伝統板・第二
八月)の法語 - 伝統
2026/08/01 (Sat) 04:58:16
このスレッドでは、他の掲示板から、次の3つの法語を紹介してまいります。
(1)『 生長の家 』 昭和二十四年八月号
http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12745628.html (消滅)
(2)『 生長の家 』 昭和二十五年八月号(1日~19日)
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
『 生長の家 』 昭和二十五年八月号(20日~27日)
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=25
(3)『 生長の家 』 昭和五十二年八月号(22日~31日)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/lite/read.cgi/study/11346/1322022766/746-845(消滅)
・・・
【一日の法語(8月1日)】
(1)《毎日小善の習慣をつけること》
毎日小善を行うことを忽(ゆるが)せにせざれば
遂(つい)にそれが積りて善き人格を養成し、
見えざる天の倉に善きものを貯(たくわ)え
結局 自分の運命が好転するのである。
自分のこしらえた善業が 常に自分のよき友達である。
ある人は嘘(うそ)をつくことができない。
それは本当のことをいう習慣がついているからである。
ある人は常に出鱈目(でたらめ)を云い嘘をつく。
それは常に嘘をつく習慣がついているからである。
人間は自分自身の運命に 自分の習慣の判を押すのである。
・・・
(2)《人体は神の宮である》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
神は外にも内にも到(いた)る処(ところ)にましますのである。
何よりも必要なのは
自己の内に神がましますと云う自覚である。
人間の身体は神の鎮座(ちんざ)まします 「 肉の宮 」 であるから、
自分の内に神をみとめ
「 わが魂の底の底なる神よ 無限の力 湧(わ)き出(い)でよ 」 と、
時々瞑目して黙念する事は良き祈りである。
・・・
<参考:8月の谷口雅春先生の言葉>
(1)『 光明法語<道の巻> 』(八月の法語「人間は神の自己実現」)
(谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の弐)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/yuyu6/&mode=res&log=18
(2)『 生命の實相 』第三十七巻幸福篇(八月「八方礼拝」)
(生長の家光明掲示板・第一)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=5(消滅)
(3)『 光明道中記 』(八月「烈日に伸びる」)
(光明掲示板・第一)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=6 (消滅)
<感謝合掌 令和8年8月1日 頓首再拝>
【ニ日の法語(8月2日)】 - 伝統
2026/08/02 (Sun) 04:53:56
(1)《最初が大切である》
最初が大切である。
最初に一寸(ちょっと)したはずみに行ったことが種になって、
同じようなことがくりかえされる。
初めを慎むことが大切である。
習慣は坂の上においた車のようなものである。
そのままおいておけば何事もおこらないが
少しでも動かすと加速度で下向し始めるのである。
悪魔は決してマッチで硬い石炭に火をつけようとはしないのである。
「 ほんのささいな罪 」というような小さな屑(くず)に火をつけて
全体を真黒焦げにしてしまうのである。
・・・
(2)《過去は過ぎ去る 未来はわがもの》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
現在は過去の想念の投影であり、
過ぎ行きつつあるものなのである。
未来は現在の想念の投影であり、
これから造りつつあるものなのである。
過去と現在とを歎かず、
未来の幸福のために今善き念を蒔(ま)け。
<感謝合掌 令和8年8月2日 頓首再拝>
【三日の法語(8月3日)】 - 伝統
2026/08/03 (Mon) 04:42:41
(1)《自由意思のある処(ところ)に自分の責任がある》
一切万事吾(われ)より出(いで)て、吾に帰る。
すべて自分の周囲におこることには自分自身に責任があるのである。
他に責任を課するものは弱者である。
我々の周囲には無限のものが与えられているが、
どれをとるかは自分の自由意思である。
神は空の鳥にまかずからずとも食物を与え給(たま)うたが
その口ばしの中に食物を投げ入れはしなかったのである。
食物の選択は鳥自身の自由意思である。又 鳥自身の努力である。
努力のあるところすべて発達があるのである。
・・・
(2)《想念の実現力を応用せよ》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
散乱した想念は 実現力が少ないのである。
恐ろしいものを想い出すのと同じほどに
「 善い事 」 を始終 想い出すならば
其の人は 屹度(きっと)善くなるばかりである。
<感謝合掌 令和8年8月3日 頓首再拝>
【四日の法語(8月4日)】 - 伝統
2026/08/04 (Tue) 04:57:02
(1)《刻苦しただけのお蔭(かげ)である》
貧乏は愉快なものではない。
水の底に沈むのも又決して愉快なものではない。
しかし一度深みへ連れて来て、手を放された時に、
本当に泳ぐ力がでて来るように、
本当に貧乏になった時に富む力が生まれてくるのである。
楽にして勉強したものは本当に身につかない。
・・・
(2)《現在の不幸より脱する智慧》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
現在の状態を、過去の自分の想念の結果だと
正直に勇敢に承認することは 智慧の始めである。
その時はじめて原因を改める事が出来るのである。
<感謝合掌 令和8年8月4日 頓首再拝>
【五日の法語(8月5日)】 - 伝統
2026/08/05 (Wed) 05:00:33
(1)《一日一愛行が運命を建築する》
善き友達をもつということは十本の指をもつが如きものである。
善き信仰をもつことは頭脳をもつのと同じようなものである。
善き友達は誠実な深切によって得られるのである。
こちらが愛すれば、友もこちらを愛するのである。
愛に抗する力はない。
すべての人間は愛によって自分自身の善き運命を建築するのである。
人は運命の建築技師であるばかりではなく、
自分の運命の煉瓦(れんが)を一つずつ積んで行く職工でもある。
壮大な運命を建築することもできれば、
小さな運命も建築することも出来るのである。
脆弱(ぜいじゃく)で すぐこわれてしまうような安建築も出来れば、
どんな天災地変にもこわれないような堅固な建築もできるのである。
一日一善 一日一愛行が善き運命の建築である。
・・・
(2)《貧しきを征服するには》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
神は神の子なる人間を
豊かに 幸福に 愉快に 楽しく 生活せしめたいのが
その願いであるのである。
人間を貧乏にしたのは 人間自身の想念である。
何事にも充分 熟慮と努力を与えることが
貧しさを征服する道である。
<感謝合掌 令和8年8月5日 頓首再拝>
【六日の法語(8月6日)】 - 伝統
2026/08/06 (Thu) 05:06:39
(1)《魂が成就したら万事が成就する》
人間は魂の発達が第一に大切である。
外界に於ける成功と否とは、必ずしも問う所ではないのである。
魂は肉体にまさり、肉体は衣服にまさり、
衣服は外界にまさるのである。
しかし本当に魂が神格を得る時 すべてが成就するのである。
魂の完成の上に築かれた成功のみが、
揺がぬ基礎の上に築かれた成功である。
・・・
(2)《責任を自己にもとめよ》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
神の子とは 責任を最も多く自覚する者のことである。
神が一切万事を造りたまう如(ごと)く、
人間も一切万事を自分の身辺につくるのであるから、
自分の運命も環境も 結局 自分の責任なのである。
<感謝合掌 令和8年8月6日 頓首再拝>
【七日の法語(8月7日)】 - 伝統
2026/08/07 (Fri) 04:53:58
(1)《自己創造のよろこび》
真の成功は 自分の働きを通してのみ得られるのである。
自分の働きのない成功は
人の弾いているピアノを聞くようなものである。
自分にはきこえているが、
それは自分の造ったものでもなければ
自分の音楽でもないのである。
真の成功は自分が描いたものでなければならぬ。
自分が労せずして目の前に美しき絵が現われても、
それは自分の絵でないように、
自分の作らない成功はいくら目の前に現われても
自分のものではないのである。
・・・
(2)《成功する人は皆明るい人である》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
成功する人は 皆明るい人なのである。
事物の暗い面を見ず、
人の性格の悪い面を見ず、
事物が暗転して来たように見える時にも、それに悲観せず、
悲観しないが故にどんな不幸に遭っても失望落胆せず、
新しき活路をひらいて進むことが出来るのである。
<感謝合掌 令和8年8月7日 頓首再拝>
【八日の法語(8月8日)】 - 伝統
2026/08/08 (Sat) 05:05:58
(1)《自己の仕事を全力をもって改善せよ》
チャンスというものは外にあるのではない。
自分の中(うち)にチャンスを見るものは
時々刻々がチャンスである。
あらゆる機会に全力をつくすものは常に今がチャンスである。
天才とはあらゆる機会に全力をつくすことを
惜しまないもののことである。
有名作家の原稿は随分書いたり消したり、
書いたり消したりして真黒になっているものである。
シェークスピアの原稿でもゲーテの原稿でも皆そうである。
一夏中に十行しか詩がかけなかったオルベルという詩人もある。
ベートーヴェンも霊感によって作曲したように思っている人もあるが、
彼ほど苦心に苦心を重ねて作曲した人はないということである。
プラトンでさえもその対話篇の最初の一行を書くのに
九回書き変えたということである。
天才にして尚(なお)斯(か)くの如き努力があるのである。
神は自ら助くるものを助くである。
・・・
(2)《難問題も祝福すれば解決する》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
すべての難問題を解決する道は、
その問題に引っかからず、その問題を悪と見ず、
それに感謝し、それを祝福し、
その問題に関係しているすべての人々に
感謝の念を送ることなのである。
そして神に祈って 神が無限の智慧を以て
此の問題を解決し給うと念ずる事である。
<感謝合掌 令和8年8月8日 頓首再拝>
【九日の法語(8月9日)】 - 伝統
2026/08/09 (Sun) 04:56:28
(1)《努力は自己を教養する》
自己教養は間断なき努力によって得られるのである。
ある目的を心に描いてその目的に集中して前進して行く努力の中に
自己教養が得られるのである。
たんに一個の発明品を作るというそれを完成さすためには
あらゆる方面の智識(ちしき)を吸収しなければならない。
斯(か)くして一つの目的貫徹が
多くの自己教養の材料を呼びよせるのである。
教養はすべて自己教養である。
外から与えられる教養というものはないのである。
外から与えられるのは皆 材料ばかりである。
あらゆる機会に外から与えられる材料を消化して
それを自分の魂の栄養とすることが自己教養である。
・・・
(2)《人間には大宇宙の生命が宿る》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
人間は宇宙大生命の一部である。
宇宙大生命が人間に宿っているのである。
単にその一滴が宿っているばかりでなく、
宇宙大生命が貫流しているのである。
流れる力は無限であるが、
顕わし得る力は 自分がそれを見出した程度によるのである。
<感謝合掌 令和8年8月9日 頓首再拝>
【十日の法語(8月10日)】 - 伝統
2026/08/10 (Mon) 07:12:17
(1)《好運は過去の善業の蓄積である》
如何なる大いなる仕事も一日で出来上がるものでないのである。
今日一日でできたように見えても
それは過去の蓄積の上に今日築かれたにすぎない。
吾々が今ある所の運命は過去のすべての業因の蓄積である。
だから毎日 想い 云い 行う 小事が その人の運命を作るのである。
・・・
(2)《わが生命の神なることを直視する》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
今日、自分は自分の生命が神の生命流れ入って
吾が生命と成っている事実を直視するのである。
われはわが生命が神の生命であって完全に調和しており、
何処にも不完全なきことを見るのである。
<感謝合掌 令和8年8月10日 頓首再拝>
【十一日の法語(8月11日)】 - 伝統
2026/08/11 (Tue) 05:03:56
(1)《運命は各人それぞれ花咲く時期が異なる》
人には幸運の早く廻(まわ)って来る人と、
おそく廻ってくる人とがある。
おそく廻って来る人 必ずしも悪いのではないのである。
すべての草木がそれぞれ花の咲く時期が異なる様に、
人間も運命の花の咲く時期が異なるのである。
他の人の運命が好転しているのを見て、
自分の運命がまだ花咲かぬのを嘆いてはならない。
やがてすべての人間は、信じて努力して待てば
その運命に花咲く時期がくるのである。
併(しか)し 信じて努力しないものには
幸運が内にあっても外に顕(あら)れて来ないのである。
・・・
(2)《神は決して失敗しない》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
何が失敗しようとも、
私は決して神が失敗しないことを知っているのである。
若し悪い事が起るならば、
それは神が悪いのではない。
それは神から流入する力を
自分が‘せばめ’縮めたに過ぎないのである。
<感謝合掌 令和8年8月11日 頓首再拝>
【十ニ日の法語(8月12日)】 - 伝統
2026/08/12 (Wed) 05:04:37
(1)《信じて待てば花が咲く》
「 待てば 海路(かいろ)の日和(ひより)が来る 」
という諺(ことわざ)がある。
好(よ)き運命を余り早急(さっきゅう)に得ようとして
こづきまわしてはならない。
折角 蒔(ま)いた種を、じれったがってほりかえしていては
結局 何も得る所はない。
下がった株式は 必ず上がる時期が来るのである。
一つの会社がつぶれても外の会社が栄えるのである。
急ぐことや“ あせる ”ことは、
生命をすりへらしてしまう鑢(やすり)である。
ゆっくり構えて 然(しか)も信じて努力している人は
常に大成するのである。
・・・
(2)《人をみだりに同情してはならない》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
真に人を助ける道は、
みだりに相手に対して憐(あわ)れみの涙を
かき垂れることではないのである。
だから真に彼を助ける道は、
彼みずからが彼みずからを助け得るように真理を与えることなのである。
仏教では物施よりも法施(真理の施し)を尊い
としているのはこのためである。
<感謝合掌 令和8年8月12日 頓首再拝>
【十三日の法語(8月13日)】 - 伝統
2026/08/13 (Thu) 04:58:30
(1)《奉仕した分量だけの成功である》
成功の本質は人類に奉仕することである。
人類より高められんと思うならば、
まず人類に与えなければならないのである。
与えた通りのものが与えられるのである。
しかし、それがすぐ現われて来ないからと云って
急いではならないのである。
時期を待つということが
あらゆる成功の要素である。
・・・
(2)《真に人を助ける道は? 》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
人は他より助けられるとき一時有り難く感ずるが、
人から助けられねばならぬような自分に
自己軽蔑(けいべつ)を感ずるのである。
だから、人を助けるには
彼自身が自信力がもてて幸福になるよう導かねばならぬ。
<感謝合掌 令和8年8月13日 頓首再拝>
【十四日の法語(8月14日)】 - 伝統
2026/08/14 (Fri) 04:33:33
(1)《日頃の訓練が大切である》
今決心せよ。そして訓練せよ。
すべての人間は完全に自由である。
甲の人 曰(いわ)く
「 それは ただ5分間で できる仕事である 」 と、
しかし もう一人の人は その仕事が一日かかっても
仲々できないのである。
それは何故(なぜ)であるかというと、
その仕事を5分間に仕上げるだけの能力を、
すでに数年もかかって養成して来たからなのである。
今前進することが蓄積されて
そして物事が迅速に遂行できるのである。
すべての物事の成就するのは
1日や1時間で できるものではないのである。
・・・
(2)《神罰の観念を捨てよ》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
人間が健康や幸福を欲するのは、
健康や幸福が人間の本来の相(すがた)であるからである。
神罰の観念を捨てよ。
汝(なんじ)が病気であったり不幸であるのは
神罰ではないのである。
<感謝合掌 令和8年8月14日 頓首再拝>
【十五日の法語(8月15日)】 - 伝統
2026/08/15 (Sat) 04:58:28
(1)《多く与えれば多く得られる》
世界は 公定価格の市場(いちば)のようなものである。
良きものを買うためには
よき価(あたい)を払わねばならないのである。
払うべき貨幣にはいろいろの形がある。
曰く 時間。
曰く 勤労。
曰く 誠。
曰く 智識。
曰く 資本。
曰く 宣伝。
曰く 決心。
曰く 敏速。
曰く 才智。・・・等々である。
すべて与えただけのものが 自分に得られるのである。
・・・
(2)《人間の不幸の原因は真理を知らぬこと》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
何が人間を不幸にし不健康にするかと云うと、
無智がするのである。
それは真理を知らぬからである。
本来 健康であり幸福である真理を包み隠しているからである。
<感謝合掌 令和8年8月15日 頓首再拝>
【十六日の法語(8月16日)】 - 伝統
2026/08/16 (Sun) 04:55:31
(1)《省みて常に自己改善せよ》
自分の力だけのものを
得ることができるのである。
人の力に頼ってはならない。
自分で失敗しただけの程度に
自分はその問題に明るくなるのである。
人の失敗を他山の石として自己を省みるものは、
労少なくして効大(おお)いなることができるのである。
しかしこれは労の外に「 自己を省みる 」 という値(あたい)を
払っているからである。
・・・
(2)《恐怖心を除く道》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=16
(抜粋として)
神が汝に与えた実相であるところの 「 幸福 」 と 「 健康 」 とを
自分の迷い心で覆い隠すな。
「 神はわが護り、われ何をか恐れんや 」 と、
一日のうち数回、眼をとじて十分間位ずつ思念するようにするならば、
恐怖心はのぞかれ、人間は おのずから心が落ち着いて健康になり、
良い考えが湧(わ)き出て来て 幸福になり何事にも成功するのである。
<感謝合掌 令和8年8月16日 頓首再拝>