伝統板・第二

3846909
本掲示板の目的に従い、法令順守、せっかく掲示板社の利用規約及び社会倫理の厳守をお願いします。
なお、当掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、
どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。

「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、
自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付して、
当掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。

神社~今月の言葉(7月) - 夕刻版

2026/07/01 (Wed) 13:02:56


【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和八年七月)】

度会行忠

   人は乃(すなわ)ち天下の神物(しんもつ)なり
   須(すべか)らく静謐(せいひつ)を掌(つかさど)るべし


   (人間というものは神からの賜りものであるからこそ、
    社会の安寧と平和を守り、その維持を実現していく責任がある。)


  度会行忠 (わたらい ゆきただ)

  鎌倉末期の神道家で、伊勢神宮外宮の神官。
  神を仏より上位とする「伊勢神道」を体系化し、神道の独立性を主張。
  後の神道思想に大きな影響を与えた。


http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r807/

https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202607.pdf

          <感謝合掌 令和8年7月1日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和八年七月)】 - 伝統

2026/07/02 (Thu) 04:52:18


  一意専心

              ~ 管子 ~


  「一意」とは、一つの考えを指し、
  「専心」とは、心をその一つにだけ集中することをいいます。

  物事を進める時、周囲の環境に惑わされず、
  一つのことに向かって努力しましょう。

https://www.shirayama.or.jp/

          <感謝合掌 令和8年7月1日 頓首再拝>

【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和八年七月文月)】 - 伝統

2026/07/02 (Thu) 14:55:43


吾が日本は種子を生じ、
震旦は枝葉を現し、
天竺は果実を開く、

故に仏法は万法の果実たり、
儒教は万法の枝葉たり、
神道は万法の根本たり。

   ~ 吉田兼倶・唯一神道法案集 ~

(以下略)


       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)


 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和8年7月<文月>をクリック)

             <感謝合掌 令和8年7月2日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和七年七月)】 - 伝統

2026/07/03 (Fri) 04:55:25


王 陽明

   樹を種(う)うる者は必ずその根を培(つちか)い
   徳を種うる者は必ずその心を養(やしな)う


   (樹の成長を望む者は
    根がしっかりと張るよう初めは余分な枝を刈り取り
    根に栄養がいくように育てる

    同じように(学問により)徳を養いたいと望む者は
    初めにしっかりと志を立て
    余計な事に気が取られないようにしなければならない)

http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r707/

https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202507.pdf

          <感謝合掌 令和8年7月2日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和七年七月)】 - 伝統

2026/07/03 (Fri) 13:30:48


  忙裡閑(ぼうりかん)を愉(ぬす)む

              ~ 江湖長翁集 ~


  多忙の中から暇を見出して、その余暇を有効に楽しむ事をいいます。

  「忙中閑有」とも云い、「六中観」にも出てきます。

  夏休みに入っても忙しい世の中でありますが、
  ゆとりのある楽しい日々を過ごしましょう。


https://www.shirayama.or.jp/kotoba/k07.html

          <感謝合掌 令和8年7月3日 頓首再拝>

【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和七年七月文月)】 - 伝統

2026/07/04 (Sat) 04:33:50


神風の 伊勢の宮居の ことをまづ 今年も物の 初めにぞ聞く

       ~ 明治天皇御製  ~


終戦後(昭和24年)は、「奏事始」と申してゐるが、
終戦前は「政始」(明治2年以降)と申し、年初の1月4日に、
先づ伊勢神宮の御祭典の恙がなく御斎行の由を申し、
それ以後、一般政治のことを総理大臣以下各大臣が奏上したものである。

鎌倉時代の順徳天皇の禁秘御抄のうちにも、
「先づ神宮の御事、次に諸事」とある御精神は、これと同じである。

明治37年の「政始」の最初に、伊勢神宮の御事の奏上を
謹んで承はられてゐる陛下の厳粛なお姿が眼に浮んで来る。

漏れ承はるに明治以降、宮城内の天皇陛下の御机は、
遠く伊勢神宮の方向に面して置かれ、常に伊勢神宮に相対されて、
政治を聞こし召されたとのことである。

ここに、神事を重んぜられる天皇の深いみ心を知ることが出来る。

私共が、毎年としの初めに伊勢神宮の大麻を頂き、
神棚に奉斎する精神も、かうした皇室の大御心の万分の一にも
通ずるものがありたいとの願ひからである。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)


 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和7年7月<文月>をクリック)

             <感謝合掌 令和8年7月3日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和六年七月)】 - 伝統

2026/07/04 (Sat) 13:31:55


皆虚

   浅き川も深く渡れ


皆虚 (かいきょ)

江戸時代前期の僧、俳人。元和(げんな)二年(一六一六年)生まれ。
土佐の真宗大谷派円満寺の住職。
連歌を里村昌琢(しょうたく)に、俳諧を野々口立圃(りゅうほ)に学んだ。
別号に角茄軒。法名は空願。著作に『四名集』。

標記の言葉は『世話焼草』より。


http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0607/

https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202407.pdf


・・・

<参照>

浅き川も深く渡れ
https://www.mylevel.co.jp/cmb/post_108.html

何事にも注意深く行動せよ という意味を持つ教訓です。

          <感謝合掌 令和8年7月4日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和六年七月)】 - 伝統

2026/07/05 (Sun) 04:43:49


  己を克(せ)めて

     礼に復(かえ)る

              ~ 論語 ~


  他者を責める前に、自らを自省し、
   礼節を失わぬ慎みの心が大切です。

  引くことを知らぬ正義の争いは世の中を乱す原因となります。
  気をつけましょう。


https://www.shirayama.or.jp/kotoba/k06.html

          <感謝合掌 令和8年7月4日 頓首再拝>

【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和六年七月文月)】 - 伝統

2026/07/05 (Sun) 09:49:50


ものごとにおごる心を祓ひみば

     いづれの神か障りあるべき

           ~ ト部兼好・百首歌抄 ~

”祓”とは、まづ人が”俺が、俺が”という「我」を
祓ひ去ることにつきる。

世にもろもろの祟り・障りがあるとすれば、
それは自分の不遜・傲慢さが廻り廻つて、
自分に還り来つたものに外ならない。

だからあるゆる事柄に対して、傲慢・不遜の心を以て、
相対することをやめ、清浄・正直な心を以て、
相対処し得るならば、いかなる神にしても、
私共に障害を与へる神があるであらうか。

障害のない人生を獲得する唯一の道は、
自分の傲慢・不遜の心を取り去り、
謙虚な心、我を無にした心を持つ以外にない。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)


 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和6年7月<文月>をクリック)

             <感謝合掌 令和8年7月5日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和五年七月)】 - 伝統

2026/07/06 (Mon) 04:58:43


豊田佐吉

   人間のやったことは
   人間がまだやれることの
   百分の一にすぎない


      人間の発明には
      まだ多くの可能性が
      秘められている
   
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0507/

https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202307.pdf

          <感謝合掌 令和8年7月5日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和四年七月)】 - 伝統

2026/07/06 (Mon) 13:23:34


  刮目して、これを見る

       ~ 北斎書 ~

   今までの先入観にとらわれえず、
   新しい目で対象を見つめ直すことの大切さを
   表しています。

    *「刮」とは、「磨く」や「こする」という意味です。

http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k05.html

          <感謝合掌 令和87月6日 頓首再拝>

【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和五年七月文月)】 - 伝統

2026/07/07 (Tue) 04:51:06


神道は生きる事ばかりにて宣敷と存じ奉り候、
何もかも時々刻々に物を生かし候所こそ
天照大神の御道と存じ奉り候

      ~ 黒住宗忠書翰集 ~

  神道の産霊の信仰を身に体し、生成化育の神の力を信じて
  生き抜いた模範の一つを、ここに見出すことが出来る。

  神道の産霊の力とは神のすべての物を生み、生かし育て、伸ばす
  お力の持ち主であられることを信じ、その御心を頂いている私共としては、
  人を傷つけ隠し入れるのではなく、反対にその人の持てる力をいかし、
  伸ばしてあげるべきである。

  そうすることが、やがて神の御心に添うことになり、
  神の御心のまにまに生きていることになる。

  この極致がやがてこの文章にある
  「道は生きる事ばかりにて宣敷と存じ奉り候」である。

  「時々刻々」とは「僅かの間でも」の意味で
  「物を生かし候所こそ天照大神の御道と存じ奉り候」となる。

  天照大神の御心が、生成化育の実行、実現にあることを、
  そのまま身に体したものの所信の一節である。

       (続神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)


 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和5年7月<文月>をクリック)

             <感謝合掌 令和8年7月6日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和四年七月)】 - 伝統

2026/07/07 (Tue) 14:06:17


徳川光圀

   苦は楽の種

   楽は苦の種と知べし

http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0407/

https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202207.pdf

          <感謝合掌 令和8年7月7日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和四年七月)】 - 伝統

2026/07/08 (Wed) 04:41:04


 習慣は常と為る

       ~ 漢書 ~


   習慣というものは、知らぬ間に深く身について
   生まれつきのようになってしまい、
   その言行に及ぼす影響は大きいのであります。
 
   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k04.html

             <感謝合掌 令和8年7月7日 頓首再拝>

【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和四年七月文月)】 - 伝統

2026/07/08 (Wed) 12:57:35


 天地の初は 今日を始めとす

     ~ 北畠親房・神高正統記 ~

  
  天地の初めなる天岩戸開きによって
  神のみ光を見得るか否か。

  それは、今日只今の自分の心の眼を開くか否かに
  かかっている。

  古事記によると、「天地初めて発くる時」とは、
  天地万物の始源の時をいったもので、
  天地が始めて開けて、万物の生成化育が行なわれたとなる。

  即ち「天地の始め」と、万物の始原(根源)とは、
  全ての真理を求め、これを追求するのは自分の責任であって、
  自分が只今(今日)、これを追求しようと決心したとき、
  その人は真理の扉を開く事が出来る。

  今日、只今の自己の決心を求めるところに、
  神道信仰追及の道がある。

       (続神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)


 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和4年7月<文月>をクリック)

             <感謝合掌 令和8年7月8日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和三年七月)】 - 伝統

2026/07/09 (Thu) 04:57:15


渋沢栄一

 礼儀ほど美しいものはない
 礼儀とは人の持てる
 最高の美徳である

http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0307/

https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202107.pdf

          <感謝合掌 令和8年7月8日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和三年七月)】 - 伝統

2026/07/09 (Thu) 14:47:34


 辞(じ)は達(たつ)のみ

       ~ 論語 ~


   文章は言語がしっかり伝われば良いのであって、
   飾り立てることはない。

   メールや話が長くなると、
   何が言いたいかが分からなくなり、
   逆に言訳になる。

   言葉を選びましょう。

   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k03.html

             <感謝合掌 令和8年7月9日 頓首再拝>

【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和三年七月文月)】 - 伝統

2026/07/10 (Fri) 04:51:49


 日に新に日々に新に

       ~ 大学 ~

  (説明)

 古来いう日新の教えである。
 今日の自分は、昨日の自分ではないという自信を、
 常に持つことである。

 明日の自分は昨日以上の自分であるという自信に生きる。

 自信に生きる自分とは、毎日が勉強の二字につきる。

 人間が自信に生きるとは、毎日勉強する以外にない。

 古事記その他の神道書にしても、
 一度読めばそれでよい、というものではない。

 今日は文字に意義を明らかならしめ得た。
 明日はその信仰的な意味が、どこにあるかを明らかならしめる。

 かくして自分の信仰が一層昂められていく。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)


 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和3年7月<文月>をクリック)

             <感謝合掌 令和8年7月9日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和ニ年七月)】 - 伝統

2026/07/10 (Fri) 15:14:33


嘉納治五郎

  人に勝つより自分に勝て

  (http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0207/ )

   https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202007.pdf

         <感謝合掌 令和8年7月10日 頓首再拝>

【白山比咩神社 7月のことば(令和2年7月)】 - 伝統

2026/07/11 (Sat) 07:43:07


 治世(ちせい)は大徳を以ってす

          ~ 三国志 ~


    「大徳」というものは根本の事である。

    何事にも根本を押さえ、大所高所に立って、
    人の生活が成り立つように配慮して
    行動する事が大切である。

     (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k02.html

         <感謝合掌 令和8年7月10日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(令和2年文月)】 - 伝統

2026/07/12 (Sun) 04:53:52


 あさみどり 澄みわたりたる 大空の 広きをおのが 心ともがな

           ~ 明治天皇御製 ~


   神道の教えは、「清く、正しく、睦まじく」生きるにあります。

   浅緑すみわたりたる境地は、その清浄、正直の心にあたり、
   大空広きは度量の大きさであり、睦和の精神に相当します。

   神道では、清浄、正直を二大徳目としてきましたが、
   人生は己れ独り清く生きて行く道だけではありません。

   多数の人と共同生活をする以上、助け合い、伸ばし合い、
   許し合う和合の道がなければなりません。
   これが睦み合う和の道であります。

   清浄・正直にこの睦和の徳目が更に加わることは、
   産霊の信仰を一層大きく生かすものであり、
   神道の教えは愈々広さと深さを増すのです。

        (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

    (https://hokkaidojinjacho.jp/ ~「今月のことば」令和2年7月<文月>)

         <感謝合掌 令和8年7月11日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和元年七月)】 - 伝統

2026/07/12 (Sun) 15:41:21


  明治天皇


   白雲の よそに求むな 世の人の まことの道ぞ しきしまの道


   ( http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0107/ )

     https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201907.pdf


  大意:

   己れの道とすべきものは決して遠き道にあらず、
   現に世人の踏み行く誠の道にあり、

   然るに殊更に人生の他にでもあるかの如くに、
   遠き処を求めんとするは、愚なる事である、

   決して他に求むるまでもなく敷島の道がそれである。

          <感謝合掌 令和8年7月12日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (令和元年七月)】 - 伝統

2026/07/13 (Mon) 04:52:21


 老いては ますます 壮(さか)んなるべし

            ~ 後漢書 ~

  (説明)

  経験を積み重ねてきたからこそ生かせる力や知恵もあり、
  今の自分だから出来ることがたくさんあるのであります。
  そしてその姿勢が更なる活気を与えてくれるのです。

   ( http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k01.html )

          <感謝合掌 令和8年7月12日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(令和元年文月)】 - 伝統

2026/07/13 (Mon) 12:57:06


 世の中に太かるべきは宮ばしら

     細かるべきは心なりけり

              ~ 荒木田守武・世中百首 ~

  (説明)

  奈良時代の歌人・大友家持は、「人の子は祖(おや)の名絶たず」
  として、祖先の名をはっきり世に現わすことが子孫の勤めであるとした。

  神社は祖神を祀った所として、祖神の御名・御徳が
  大きければ大きい程、人々からはっきり仰がれる。

  ここに神殿の建築には宮柱を太敷き立てることの必要があり、
  語り継ぎ今日にその技術の継承されていることも、
  神社建築の祖型を大切にするからである。

  その神社建築のうちでも、心の御柱(大黒柱)のはっきり
  立派に立っていることが、神の御心・御教の立派に立っていることの
  証明とされているのはそのためである。

  家の大黒柱をドッシリ立てるまでには、どれ程人知れぬ
  細心の注意と苦労とがいることであろう。

  神とは到達さるべき理想像である。

  従って、信仰の目標は大きく持つべく、そこに到るための努力は、
  その御教えをこまかく注意して聞き、着実に一歩一歩
  踏みしめる所から始めるべきである。

  世にいう百里の道も一歩からである。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」令和元年7月<文月>をクリック)

          <感謝合掌 令和8年7月13日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成三十年七月)】 - 伝統

2026/07/14 (Tue) 04:52:41


  陸機

   渇(かつ)しても盗泉(とうせん)の水を飲まず

     熱しても悪木(あくぼく)の陰(かげ)に息(いこ)わず


   (説明)

   どんなに窮地に陥っても、
   人道に背くことはできない。

    『猛虎行』


陸機 (りくき)

中国、西晋の文学者。
呉の名門貴族の家に生まれたが、呉の滅亡後、洛陽に入る。
宰相張華に認められ出世したが、政争に巻き込まれて殺された。

張華に、詩才がありすぎると評されるほどの天才的作家であり、
その詩は対句を用い修辞に富み、斉梁(せいりょう)文学の先駆けとなっている。

特に「文賦(ぶんのふ)」は、中国文学理論の代表的著作として名高い。

    (http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/h3007/

     https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201807.pdf

          <感謝合掌 令和8年7月13日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成三十年七月)】 - 伝統

2026/07/14 (Tue) 13:12:26


  言(げん)は簡(かん)なるをもって、貴しと為す


              ~ 楊時「ニ程粋言」 ~


  (意味)

   人に思いを伝えるのが言葉の役割であります。

   真心をもって、飾らず素直な言葉を差し出せば、
   必ず相手の心の奥深くまで届くでしょう。、

   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k30.html

          <感謝合掌 令和8年7月14日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(平成30年文月)】 - 伝統

2026/07/15 (Wed) 04:44:58


 神明の利益を蒙ることは

    信力の厚薄に依るとなり

            ~ 倭姫命世記 ~

  (説明)

信仰心とは神を信じることの深いか薄いかによってその結果に差がある。
神のお言葉を、又神の行為を見習うべきものであって、これに神習う以外に、
自分の生きる道はないのだと、これを絶対に信じ、実行するものと、

そうではなく、一通りの信仰心しか持たないものとの差は、
後になってその人のすべてに亘って大きな差のあることは、
幾多の実例によって示されている。

信仰に生きる人、信仰によって生かされている人は、
幸福な人だといえる。


神が、こうすることが一番幸せなのだと教えられるなら、その通り、
実行する以外に、自分の生きる道はないのだとして、
毎日、どこでも、その言葉通りに生きる。

若しも、それが神のご利益だとするなら、神の言葉によって、
生かされている自分を見出すことは、信仰上、最も幸福であり、
そこに神のご利益が溢れて出ているといえよう。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」平成30年7月<文月>をクリック)

          <感謝合掌 令和8年7月14日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成ニ十九年七月)】 - 伝統

2026/07/15 (Wed) 13:27:47


やなせたかし

   ごくありふれた日常のなかに、
   さりげなく、ひっそりと、
   幸福はかくれています。



(説明)

「健康でスタスタ歩いているときには気がつかないのに、
病気になってみると、当たり前に歩けることが、
どんなに幸福だったのかと気づく。

幸福は本当はすぐそばにあって、気づいてくれるのを待っているものなのだ。」

『やなせたかし 明日をひらく言葉』PHP文庫




やなせたかし

大正八年(一九一九)~平成二十五年(二〇一三)。
日本の漫画家、絵本作家、詩人。高知県生まれ、本名は柳瀬崇。

主な作品に絵本『やさしいライオン』『チリンのすず』(フレーベル館)、
作詞に『手のひらを太陽に』『それいけ!アンパンマン』など。
九〇年、勲四等瑞宝章受賞。九五年、日本漫画家協会文部大臣賞受賞。
晩年には日本漫画家協会理事長を務めた。

    (http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/h2907

     https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201707.pdf

            <感謝合掌 令和8年7月15日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成ニ十九年 七月)】 - 伝統

2026/07/16 (Thu) 04:52:11


  寧静(ねいせい)非ざれば

       遠きを致(きわ)むることなし

              ~ 小学 ~


  (意味)

   物事は丁寧に真心を尽くして行わなければ
   遠大な事業を達成することはできない。

   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k29.html )

            <感謝合掌 令和8年7月15日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(平成29年文月)】 - 伝統

2026/07/16 (Thu) 15:13:00


 とこしえに国まもります天地の

    神の祭をおろそかにすな

            ~ 明治天皇御製 ~

  (説明)

明治天皇は、その御一生の間に、
十万首近く教育上必要な道をお詠み遊ばされた。

大体は日常の教えであるが、この御製のように神祭りの道についても、
根本の道を示されている。

「天地の神の祭」を、おろそかにしてはならない。

天地の神々のお陰によって、日本の平和も、日本国民の幸福も、
はかられていると、知っている。

それ故、日本全国に奉斎されている神々は、天つ神と国つ神とに別れて、
それぞれの地域の守り神とされている。

一般には氏神という神は、氏族の守護神とされている。
神はそれぞれの土地の守護神とされるので、
別に産土(うぶすな)の神ともいわれている。

ここにいう天地の神は、天つ神、国つ神であると共に、
天つ地域、国つ地域を、それぞれ持ちわけて守ります神としても
信仰されている。

広くみれば全国の神々と考えてもよい。
敬神崇祖の道、ここに国体(国柄)の真の姿がある。

       (続神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」平成29年7月<文月>をクリック)

            <感謝合掌 令和8年7月16日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成ニ十八年七月)】 - 伝統

2026/07/17 (Fri) 04:22:30


 人の一生は曲り角だらけだ

          ~ 山本周五郎 ~

 (説明)

 小説「ながい坂」の中の台詞。

 初めて挫折した時、きっと落ち込むだろう。
 しかし気にする必要はない。

 人の一生とは決して真っ直ぐなものではなく、
 そうした曲り角の連続なのだから。

  ( http://www.otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201607.pdf )

            <感謝合掌 令和8年7月16日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成ニ十八年 七月)】 - 伝統

2026/07/17 (Fri) 13:17:25


  周(しゅう)して比(ひ)せず

         (君子周而不比、小人比而不周)

               ~ 論語 ~



  (意味)

 周囲を見わたして、自分の勝手な感情で優劣をつけてはならない。

 花に例えれば、美しい花もあれば、毒々しい花もある。
 可憐な花もあれば、棘のある花もある。

 人の視点で好き嫌いを言うのではなく、
 それぞれの花は、懸命に生き、花を咲かせていることを知りましょう。

   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k28.html )

            <感謝合掌 令和8年7月17日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(平成28年文月)】 - 伝統

2026/07/18 (Sat) 04:52:47


 神明を恐れ敬ふ心あらば

    日月の恵みのなどか無からん

    ~ 加藤重春・眼前神道案内大全 ~


  (説明)

神さまは眼に見えないから、
何をしてもかまわないという考えでは、
信仰は成り立たない。

それは、自分の心は、外から誰でも見える訳のものではないから、
人をだましてやろう、と考えても、一向に差支えないというのと
同じである。


しかし、自分の心だけは、人には見えなくても知っている。
神も人の眼には見えなくても人間が何をかんがえているかは
「見通し」ていられる。

それ故、信仰で大切なことは、眼に見えない神に対して、
「慎しみ」の心を以て、神を敬う心を忘れないようにして祈るならば、
必ずや日月(神)のお恵みが、あなたの上にあること間違えなしと
いうのである。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」平成28年<文月>をクリック)

            <感謝合掌 令和8年7月17日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成ニ十七年七月)】 - 伝統

2026/07/18 (Sat) 14:25:29


 今日用うるところの材木は則(すなわ)ち前人(ぜんじん)の植うる所。

  然(しか)らば則ち安(なん)ぞ後人(こうじん)のために之を植えざるを得ん。

                  ~ 二宮尊徳 ~

 (説明)

 今日用いている材木は我々のご先祖様が植えてくださったもの。

 そうであるならばどうして我々が未来の子孫のために
 材木を植えないことがあろうか。

 何かを残さなくてはいけない。

     ( http://www.otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201507.pdf )

            <感謝合掌 令和8年7月18日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成ニ十七年 七月)】 - 伝統

2026/07/19 (Sun) 04:51:27


  人間(じんかん)、行路(こうろ)難(かた)し

               ~ 中国の詩人 白楽天 ~

  (意味)

 人生に平穏な日ばかりではない。

 人間社会において厳しい人生行路を乗り切っていくためには
 激しい嵐の中に強く生きる草のようにたくましい生き方が必要とされる。

   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k27.html

            <感謝合掌 令和8年7月18日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(平成27年文月)】 - 伝統

2026/07/19 (Sun) 14:45:33


 世の中に親に孝あり人はただ

    何につけても頼もしきかな

         ~ 荒木田守武・世中百首 ~



  (説明)

世の中で、親子の関係ほど密着したものはありません。
親が我が子を可愛がるのは自然の情です。

その子が親を大切にするのも自然の情でなければなりません。

その意味で、世の中で、自分を生んでくれた両親に
孝行を尽くす人ほど、頼もしい人はいません。

「孝は百行の基である」といわれる理由が是にあります。

ここにいう「孝」とは、親に対する真心(誠心)であって、
誠の心を以て両親に接すること、
それは現代の青年にも真理でなければなりません。

孝行とは孝の行為、誠の行為以外にありません。

誠の心、誠の行ないの出来るもの、それ以外に頼もしいものはありません。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」平成27年7月<文月>をクリック)

・・・

<参照:世中百首>

伊勢神宮の神主だった荒木田守武が一夜の内に詠んだという百の歌です。
すべての歌の中に「世の中」が詠み込まれており、「世中百首」と題されています。
https://ohta-masakazu.blog.jp/archives/cat_26910.html

            <感謝合掌 令和8年7月19日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成ニ十六年七月)】 - 伝統

2026/07/20 (Mon) 04:58:40


  世の中に人をそだつる心こそ

       我をそだつる心なりけり

         ~ 荒木田守武 ~


  (説明)

 人を育てる心は、すなわち自らを育てる心につながる。
 人を育てることは、自らの成長でもある。

           出典『世中百首』

    (http://www.otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201407.pdf )

・・・

<参照『世中百首』>

世中百首
2012-05-04 | 俳諧畸人録
俳諧畸人録◇荒木田守武《弐》

 荒木田守武は伊勢内宮の神職にして薗田長官中川平太夫といへり
 守武幼より頴悟衆に超えて和歌連歌を善くし一世に名あり
 嘗て或連歌の席にて己れを除く外は皆僧形の人のみなれば
  ○御座敷を見れば何れもかみな月
 といひたるに宗祇法師傍に在りて
  ○ひとりしくれのふり烏帽子着て
 と附けしとかやいとも興ある談柄なり

 大永年中に童子敎誡の爲めにとて一夜百首を作り
 毎首「世中」の二字を押せり
 時人これを世の中百首と稱し又伊勢論語ともいへり

 守武は誹諧の鼻祖にして天文九年の冬獨吟千句を爲せしが
 其自撰の跋文に俳諧とてみだりにし笑はせんとばかりはいかむ
 花實を備へ風流にしてしかも一句たゞしくさておかしくあらんやうにと
 世々の好士の敎なり云々とあり實に百世の規範なり

 守武は文明五年癸巳に生れ天文十八年己酉八月八日に歿す享年七十有七

  ○元日や神代の事も思ハるゝ
  ○青柳の眉かく岸の額かな
  ○ちる花を南無阿弥陀佛とゆふへ哉
  ○勢子のもの來へき宵なりとまる狩
  ○鶯の捨子ならなけほとゝぎす
  ○ちる音は花も及ハぬ木の葉哉
  ○飛梅やかろ/\しくも神の春
  ○落花枝にかへると見れハ胡蝶哉
  ○梅そめハこぬ春まねて袂かな
  ○錦かとあさめにほそき小萩哉
  ○撫子や夏野の原の落し種
  ○朝皃にけふハ見ゆらん浮世哉
 (俳諧名家列傳續篇)

 「頴悟」は「穎悟」に同じ。《俳家奇人談》とほぼ同じ内容を記すが、
幼時より聡かったなど《俳諧名家列伝》独自の記述もある。
守武は15歳で禰宜になっており、そのあたりが「幼より頴悟」の
根拠となっているのだろう。

 発句は他書と異同あり。
例えば鴬の句は「うぐひすの娘か鳴かぬほとゝぎす」と《千句》にある。
誤伝かはたまた別句か。

----------:----------:----------:----------:----------:----------

 《世中百首》は当初文字のみで伝わったが、江戸時代に絵と注釈の入った
《世中百首絵鈔》などが出版され、教科書としても用いられるようになった。

以下に《日本俳諧史》等からいくつかを転記する。

 世の中の親に孝ある人はたゞ 何につけてもたのもしきかな
 兄弟うやまひをなしはぐゝむは 誰もかくこそあらめ世中
 世の中はものゝ稽古をするがなる 富士のたかねに名をあげよ人
 世の中はいずれの道もしならいて 時の人数になりぬるぞよし
 世の中に書くべきものは書かずして 事を欠くなり耻をかくなり
 虎にのりかたわれ舟にのれるとも 人の口にはのるな世の中
 天照す神の教へをそむかずば 人は世の中富貴繁昌

 「人数」は「にんじゅ」と読む。各々おのれの道に精進して
この道にこの人ありと数えられるほどになれと。

「かたわれ舟」は「片割れ舟」で、沈みそうな危険な船。
 全百二首は《伊勢論語》の通称どおり、
ほとんどが儒学的価値観にもとづく道歌で占められている。
その最後に天照大神をもってきたのは伊勢の神官らしいというべきか。
しかし天照大神に「教え」なるものは存在しない。

            <感謝合掌 令和8年7月19日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成ニ十六年 七月)】 - 伝統

2026/07/20 (Mon) 13:36:04


 風(ふう)の地上を行くは観(かん)なり

              ~ 易経 ~

  (意味)
                          
風は地上をあまねく吹き渡り、目に見えず、耳で聞くこともできないが、
体感によってその強さや方向、あるいは時の変化や兆しを察することができる。

自分の周りのものすべてをよく観察すれば、自ずと物事が見えてくる。

   (http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k26.html

            <感謝合掌 令和8年7月20日 頓首再拝>

【北海道神社庁、7月のことば(平成26年文月)】 - 伝統

2026/07/21 (Tue) 04:54:17


 天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの

    海のごとくに波たたぬ世を

         ~ 昭和天皇御製 ~



  (説明)

昭和八年の正月の宮中御歌会に於ける「朝の海」の御題の御詠。

四海波穏やかな国たらしめたいというのが、
昭和天皇の常日頃のお変わりのない御念願である。

「浦安の舞」のこのみ歌は多忠朝氏によって舞詠化され、
今日に於いても各神社で詠舞されている。


”朝なぎの海”は”波たたぬ世”の静かにして穏やか差を形容している。
そうした平穏な世を天神地祇(てんじんちぎ)のあらゆる神々に
祈られるお気持ちが、この御歌のうちに横溢している。

終戦のご詔勅の”万世のために太平を祈られる”お気持ちと
相通ずるものがあります。

       (神道百言  一般財団法人神道文化会編より抜粋)

 (https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
    → 「今月のことば」平成26年7月<文月>をクリック)

            <感謝合掌 令和8年7月20日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成ニ十五年七月)】 - 伝統

2026/07/21 (Tue) 14:24:58

  人の一寸 我が一尺

         ~ ことわざ ~


  (説明)

  「人の一寸は見えるが我が一尺は見えぬ」とも言う。

  一寸・一尺は欠点の大小について言っている。

  人の欠点なら、ちょっとしたものでも見えるが、
  自分の欠点は、大きなものでも自分には見えないものだ、という意。

         解説・金子武雄『日本のことわざ』

      (http://www.otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201307.pdf )


            <感謝合掌 令和8年7月21日 頓首再拝>

【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成ニ十五年 七月)】 - 伝統

2026/07/22 (Wed) 04:52:20


 浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)う

              ~ 孟子・公孫丑(こうそんちゅう)上 ~

  (意味)

 日常の雑事から離れた大らかな気分でゆとりをもちましょう。

 日々の仕事に力を注ぐために、山登りとか温泉など、
 それぞれに合った心のやすらぎの養い方を見つけておくことが
 大切であります。

            <感謝合掌 令和8年7月22日 頓首再拝>

【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成ニ十四年七月)】 - 伝統

2026/07/22 (Wed) 14:45:23


  自分のしている事が

   自分の目的(エンド)になっていない程苦しい事はない

             ~ 夏目漱石 ~


  (説明)

  目的と手段が直結しづらい世の中。

  目的や生きがいを持てずに仕事を続けるのは大変な苦痛である。

                       『行人』

    (http://www.otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201207.pdf )

            <感謝合掌 令和8年7月22日 頓首再拝>

名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.