伝統板・第二

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伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/17 (Tue) 08:20:00



 新しき項で、 輝子先生の御話に行こうと思いましたら、

準備不足でした('◇')ゞ。


 ですから、雅春先生の明窓浄机になります。
 


    明窓淨机  谷口雅春先生


   昭和四十八年「生長乃家」誌八月號


 この新時代に於ては人間は決して死なないものだということを人類は悟るであらう。

彼らは人間の弔ひの儀式とはただ肉體を葬るだけのも

のであつて、「眞の人間」を葬るものではないことを悟るであらう。

嘗て知り、嘗て愛したところの人は常に吾らの周圍に

その生前よりも遥かに偉大に、遥かに善良に、永遠に

幸福に、悠久に、無窮に神の微笑を自己の上に浴びな
がら、生きてゐるのである。
            (『生命の實相』靈界篇)

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/18 (Wed) 08:41:38

 

 日本保守党、期待充分です!(^^)!





 雅春先生です。


 〇もう私も數へ年八十一歳である。今年の十一月二十二日になれば滿八十歳になる譯である。

「生長乃家」誌も創刊以來四十四周年を數へる。創刊

當時四十歳で誌友又は信徒におなりになつた方はもう八十歳を超へてゐられるのである。

從つて古い時期からの教への友で、も少し親しく話し

ておきたかつたと思ふ人が、次々と靈界に旅立たれる。

カナダの味元虎巢さん、アメリカの松本勝さん、京都

の齋藤壽美さんや、豊橋の堀田實さんや、本部の高橋

直治さんや和歌山の藤田勝一さんや東山(とうやま)

半之助さんや最近(五月)には長崎縣の教化部長だ

つた谷川吉次郎さんや、岩手縣の連合會長だつた小野

省二さんや、擧げればまだまだ思ひ出すのであるけれ

ども、あまり悲しい思ひをするので、これ以上お名前を擧げるには忍びない。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/19 (Thu) 08:42:38

  
 何か、憂鬱なニュースが多いですね!(^^)!。

 日本保守党は、別格ですけれども…。







   明窓浄机です。


 谷川さんは八十三歳、嘗て七十五歳の時高血壓で頭

腦が多少朦朧とするといふので退職願を出されたが、

私が生ま卵を食べることをやめるやうに勧めて以來、

元氣恢復、時にはこの高齢で熊本縣と長崎縣の兩縣の

教化部長を兼任せられたことがあり、多忙な教化生活を續けてゐられたのである。

病氣する暇のない忙しさで却つて長生きされたのだと思ふ。


                  (つづく)
 

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/20 (Fri) 08:31:15



 即、雅春先生へ。


 五月一日、長崎縣の幹部の教修會に出席し、午前十

時過ぎ、全員に對して神想観を唱へながら、その魂が

天界に「神あがり」ましましたので、まことに「神あ

がり」といふ古語がふさはしいやうな天命完遂の休憩ともいふべき失神であつた。

この臨終を迎へるに臨む態度は、あの豊橋の講師會長

堀田實さんが、式辞を朗讀中に突然倒れられた清淨神
聖なそれと好一體であると言へる。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/21 (Sat) 07:55:41

 

 愈々、暖房の季節に入りました。灯油が高くて往生しています。一時はL35円位だったのに…(^_-)。









 雅春先生です。

〇會合に集まつてゐた奥田寛理事をはじめとして幹部

の有志者全部で「實相圓滿誦行」を行ひ、聖經『甘露

の法雨』を集団讀誦した結果、意識恢復して入院、普

通の腦溢血の失神なら、急に意識を恢復して言葉を自

由にあやつるのもむつかしいかと察しられるが、一週

間入院中、家族親族全部に感謝の言葉を告げて訣別、

思ひ殘すことなく安らかに大往生せられたのであつた。

それは招神歌朗誦中倒れられた滿一週間後の五月八日

午前十時十五分、時刻の分秒迄キッカリ倒れられてか

ら一週間。

親族代表の方から「これはまことに御教えの功徳と皆

様の御愛念によつて、家族親族に別れを告げるため、

キッカリ一週間、命を延ばして頂いたのだ」と感謝の意を述べられたといふ事である。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/23 (Mon) 07:41:51



 寒くて、縮こまっていますので、即、明窓浄机へ(^^♪。






 聞くところによると谷川さんは臨終の三十分前に、

佐世保の講師會長が病院にお見舞ひに行き、直接面會

を遠慮して谷川夫人と廊下で立ち話をしてゐると、谷

川さんはその声を室内から聞き「誰か來てゐるのでは

ないか」といはれ、講師會長だと知ると、病室に招き

入れ五月下旬に佐世保市と長崎市とで催される清超先

生の講習會の準備の進行狀態などつぶさに聴き「講習

會の事をよろしく頼む」と言はれた。それが教化部長

として講師會長への最後の言葉であつた。誠に靈界移

行まで教への普及の事のみを考へてゐられたのであつた。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/24 (Tue) 07:32:36



 即、明窓浄机へ。


〇岩手縣の連合會長だつた小野省二氏の臨終も、斯く
ありたいと思ふほど立派なものであつたといふ。

五月十九日の朝まで御元気でゐられたが、急に心臓が

苦しくなつたと言はれるので、家族の方々が入院を勧

め、病院に入つてレントゲン検査や診療を受けつつあ

るうちに、坐亡せられたのであつた。坐亡といふの
は、坐つたままで苦しみなく昇天せられたのあつた。

夫人の千代子さんは、人間生命の不死を知つてゐられ

るので「少しも寂しさを感じない」と言はれて、御高

齢にも拘らず元氣に葬儀の事に當つてゐられたといふことである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/25 (Wed) 07:39:14



 即、明窓浄机です。

 日野西恵美子さん、札幌でお元気だそうです(^^♪。



〇生命は”生”であつて死を知らない。人間の靈魂は

蠶が繭を食い破つて翅を生じて一層自由の境涯になる

やうに、肉體の繭を必要としないときが來るのである。誰でも肉體が要らなくなると脱ぐのである。

それにしても、悟りによつて人生を達觀してゐる人で

あつても、肉眼で見えない世界に移行されるといふ事は遺族に取つて悲しい事である。

日野西恵美子さんのやうに、靈界に移行した自分の夫

と常に對話して夫の靈から導きを受け、對話を交へ得

る境涯にまで到達した人は、それはそれで尊い體驗で

あるが靈界に旅立つた自分の夫や妻を思ふにつけて

も、やるせない悲しみと寂しさに涙する人も、私は人情が深くて美しいと思ふのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/26 (Thu) 07:51:26



 札幌の日の出が仙台東京よりも

 遅くなりたりそんな季節に






 明窓浄机です。


 愛する妻に先立たれたある人はその四十九日の滿中

院に際して私の家内に電話してこられて、妻遺愛の

品々をいまかたづけつつあるのだが、それらの品々を

見てゐると、思わず涙ぐましくなると、妻思ひの美し

い愛情を電話で訴へて來られてこんな歌が出來たと言

はれた。電話のまた聞きであるから多少歌詞にに聴き間違ひがあるかも知れないがこんな歌である。――

 見るにつけ思ふにつけて胸せまる

 妻が愛でたる品の數かず


                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/27 (Fri) 07:44:20



 有り余る話題が、何もない話題になっているような今日この頃!(^^)!。








 雅春先生です。


〇しかし人間は死ぬのではないである。無くなるので

もないのである。人間はその肉體といふ物質的繭から

脱出することによつて一層聖なる境涯、自由なる境涯

に入るのである。彼は靈であつて、もう物質でも肉體でもないからである。

從つて物質的欲望や執着にまどはされる機會がなくなるから本當に自由である。

親しき愛する家族又は友人にわかれて悲しみに打ちひ

しがれてゐる遺族の人たちは『生命の實相』(携帯版

第十巻)”靈界篇”に収錄されてゐるデンマルクの靑

年劇作家マグナッセンにあらはれた彼の父の靈魂からの通信を讀んで頂きたい。

その通信ははじめから全部讀んで頂きたいのであるけれども、茲には、唯一部分だけを抜粹引用する。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/28 (Sat) 07:35:27


 十三夜の月は見られたけれども、十五夜は拝めないかもしれません!(^^)!。






 明窓浄机です。


『併し私はお前に告げる――人は神の子であるから神

は如何なる其の小さき子供たちにも祝福の微笑を投げ

かけ給ふのである。その肉體を去つていく如何なる小
さき魂にも微笑を投げかけ給ふのである。

間もなく全世界の人類は、神の造り給へるこの世界に

は人間自身が信念によつて創作しない限り何一つ惡な

るものは存在せず何一つ恐怖すべきものは存在しないことを悟るに到るであらう。

すべての恐怖すべきものは何一つ實在ではないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/30 (Mon) 08:23:24



 恵美子先生が亡くなられましたね、残念なことです。

後ほど、御話を謹写させて頂きます。

 有難うございます。

 御著書の表紙を写させて頂きました。






 雅春先生です。


 それは實在するかのやうな外見を示してゐるけれど

も本當は實在しないのである。人間の眞性は(眞に實在する人間は)神の子たる靈性である。

神の子たる人間の靈は本来聖淨であつて、神は常にそ
の上に祝福の微笑を投げかけてゐ給ふのである。

死するやうに見えようとも一切の神の子は神にいだか

れ神に導かれ、永遠に生きるのである。あらゆる人は

永遠に生き、神と偕に生きるのである。何處にもこの世界には恐怖すべき何物も實在しないのである!

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/10/31 (Tue) 08:29:41


 雅春先生です。


「・・・・・あの私の葬式の五月の日ほど柔らかに太

陽の光が射してゐたのを私はこれまで見たことがない。

お前の頬には涙が流れ、お前の咽喉は啜歎(すすりなき)に咽んでゐた。

お前は私の死體を墓地まで運ばせて、そこで柩を地に

下ろした。小鳥は水松(いちい)の樹叢(こむら)の

中で囀つてゐた。草花は墓地のグラウンドから芳しい

匂ひを放つてゐた。白雲が徐(しず)かに靑空の中を帆掛船のやうに滑つてゐた。

黒い會堂から私の柩は運ばれて來たのだ。


(谷口註・このやうに死者自身の靈魂は生きてゐて周

圍の光景をハッキリ見、且つ自分の死體を収めた柩が

運ばれるのを見てゐるのである。”死”は無いといふことはこれで理解できると思ふ)

                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/01 (Wed) 08:26:31



 雅春先生に御許可を頂いて('◇')ゞ明窓浄机を一時中断して、

 伝統様と重複するかもしれませんが、十一月の法語を

謹写させて頂きます。


 また、仙厓和尚の書画もどうぞ。


 近の島(志賀島) 海人守るいそらの神ハ

 幾世歴て石の帽子に苔やむしたる



  十一月の法語  祖先の佛性を開顕するために 
          ー祖先供養の手引きー

               谷口雅春先生


  一日の法語 祖母と孫娘との間の断絶


 近頃は、親子の關係が断絶時代だといはれてゐる。

子供は親から離れて自分の自由な生活をしたく思つてゐる。生活樣式が全然異なるのである。

私は最近NHKテレビの『北の家族』といふテレビ劇を

見てゐるが、しずといふ娘が北海道から、父親の失敗

が原因で零落して母と共に金澤に住んでゐる祖母の家へ身を寄せることになつた。

祖母の家はその地方でも素封家であつたと見えて、祖

母は歸つて來た孫娘しずに、生け花や茶道を教へて舊

家の娘らしくオットリと育てたいと思ふ。自分の家の

やうな舊家の娘が、働きに出るなど言ふ事は、家の格

式からいつても耻(はぢ)になるといふので、働くこ

とに反對して、茶や花を習はせることにするが、しず

は祖母の考へとは反對に、働くことは立派な事で、何

も祖母の厄介になつて縛られる必要はないと、或る大

工の二階を借りて、自分の母の女學校時代の友達だつ

た醫者の家に看護の見習のやうな仕事を、折角、祖母

が習はせてくれてゐるお茶もお花も勝手に斷つて、
タイプライタ-と速記を習ひ始めたというのである。

そして事毎に祖母にとつて卑しい仕事であると思へる

ことをするのである。祖母にとつては自分の孫娘を、

かうもしてやりたい、ああもしてやりたいと思ふけれ

ども、誠に自由にならぬのが、現代の若い人たちであ

る。時代の相異を喞(かこ)つ祖母の寂しさと、悲しさがよく出てゐる作品である。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/02 (Thu) 07:22:56


 生長の家Classics樣の論調、すごいですね!(^^)!。







 法語です。


 二日の法語 祖父母として又、父として母として
 

 こんな孫娘を持つた祖父母や、又そんな自分の子供

を持つた父母にとつて、子供のそのやうな考へ方の相

異は、やりきれない淋しさであると思ふ。けれども父

母や祖父母はその寂しさや悲しみに耐へなければならないのである。

現代のやうに戰後の思想の移り変はりの激しい時代で

なくても、たとひ、それは過去の封建時代であつて

も、若い人は、自分で獨自の生活を歩まうとした。そ
れが出來ない時には、若い男女が情死までした。

或は勘當されて親子の縁を切られてその家から放逐される若い人たちもあつたのである。

封建時代でさへ年齢の相異から來る親と子の考へ方の

相異から來る悲劇といふものは起りがちであつたので

あるから、況んや、家族制度が占領憲法によつて破壊

された戰後の時代に於て、祖父母と孫との精神的斷絶

や、親子の考へ方の相反といふ事が激化して來るのは當然である。

祖母として孫娘が生きて行かうととする道が脱線車輌

に見えて心配になつたり、自分の息子や娘の生活が、

親の考へとは違ふ方向に向いて行かうとするのが間違ひのやうに見えるのも無理はないのである。

さて、そのやうなときに、子ど親たちの先輩としての

老人が、またその息子や娘の保護者である父なり母な

りが、その若い人たちに、どのやうな氣持ちになつて

彼らが間違ひの道を歩かないやうに、正しく導いてや

るのにはどうすればよいだらうか。それを讀者と共に考へて見たいのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/03 (Fri) 07:54:23



 日本保守党、ある時期に急上昇!(^^)!

 それにしても、党首饒舌です!(^^)!。








 三日目です。


 三日の法語 佛性・内在ののキリスト・人の内にある聖靈


 わたしの机の上に舊約聖書が置かれてをり、「ヨブ

記」といふところが開かれてある。「ヨブ記」の第三

十二章六節に靑年エリフが次のやうに言つてゐるのである。

「我は年少なく、汝らは年老いたり。是をもて我はば

かりて、我が意見(おもひ)を汝らに陳(の)ぶることを敢てせざりき。われ意(おも)へらく。

日を重ねたる者、よろしく言を出だすべし。年を積み

たる者宜しく智慧を教ふべしと。但し人の裏には靈あ

り。全能者の氣息(いき)人に總明を與ふ・・・・・」

エリフの此の言葉の意味を現代語で簡單に言ふなら

ば、「私は年若いものであるから、遠慮して自分の意

見を陳べなかつたであるけれども、人の内に

は”靈”が宿つてゐる。その霊といふのは全能者の聖

靈であつて人に總明なる智慧を與へ給ふのである」といふやうな意味である。

この考へは、佛教の「一切衆生悉く佛性有り」といふ

教へに通ずるものであり、キリスト教の「内に宿るキ

リスト」(内在のキリスト)の思想の萌芽が既に舊約聖書にあるとも言ひ得るのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/04 (Sat) 08:46:45



 恵美子先生は代々木の杜の描写を良くされていたことを記憶しています(^^♪





   四日の法語 生きて歩む宗教


 佛教も、舊約も、新約も、人の内に宿る聖靈又は如

來が存することに於て一致するのであるが、それが單

に學説として、一種の宗教哲學として、單に人間の知

的理解の對象となつてゐるだけでは人間を具體的に救濟することは出來ないのである。

生長の家が一宗一派を唱へず、あらゆる宗教に共通す

る眞理を説きながら、「一切衆生悉く佛性有り」

の”佛性”を實生活に活用するやうに教へるところに獨特の發展があるのである。

つまり生長の家の特色を通俗語をもつて表現するなら

ば、それは、實生活に生きて歩む宗教であり、實用的

佛教であり、生活應用キリスト教であるといふ事である。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/05 (Sun) 08:20:35



 イルミナテイ、久し振りに聴きました!(^^)!。



 五日目です。


  五日の法語 時代の相異で子供が脱線したやうに見える場合


 さて、自分の孫や、自分の息子又は娘が、時代の相

異と共に、祖父母や父母から見ればいかにも脱線した

やうに見える生き方をし、危険な方向に歩んで行きつ

つあるやうに見える時、そして年の功を經た先輩とし

て年少者にに助言をしてやっても、年少者は頑として

自分の考え及び生き方を變へやうとしない時、この”

一切衆生悉く佛性有り”の佛教哲學を應用して、その

年少者の脱線を復舊させるためにはどうすればよいのであらうか。

それは”佛性”は如來なのであるから、その子供に宿

るところの如來の全智に信頼して、その如來を聖經

讀誦と神想觀とによつて拝み顯(だ)すのがよいのである。

祖靈に感謝の聖經讀誦をつづけてゐると、祖靈の守護の霊力が殖えて子供が良化することがある。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/06 (Mon) 08:53:20

 
 九州など、真夏日も(^^♪

こちらも紅葉が進みません(^^♪




 
 六日の法語 靈祭の儀禮には必ずしも一定の形式はない

 本部で催される白鳩會の月例會に出席すると、度々

祖先の霊魂をどのやうにして祀ればよいか、墓を移轉

したいがどうすればよいかなどと、靈魂祭祀の問題についてきかれるのである。

靈魂も生きてゐるのでありひとりひとり個性があり嗜

好も趣味も違ふのであり、どのやうな形式でお祀りし

てあげることが、その霊魂に取つて滿足であるかは、

いちいちの場合についてそれぞれ異なることであるか
ら本當は概括的に書くことは出來ないのである。

白鳩會の質問に対して同じやうな質問に対して私は全然異なる解答をすることもある。

迷つてゐる靈魂に對する處置と悟りを開いてゐる靈に對する處置とは自然に異なつて來るからである。

そんな處置の問題よりも大切なのは『死』といふこと

は如何なることかと先ず知ることが大切なのである。

”死”といふことが如何なることかを知らないで、死

者の靈を祀るといつても、それは祭祀の基礎を失つたことになるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/07 (Tue) 08:06:31



 セールに行列2000人、あれを求めてるんですかね(^^♪。









 七日目です。


  七日の法語 大往生と斷末魔の苦痛について


 靈界には修行の足りた靈と、修行の未熟な靈とがあ

り、それに從つて、肉體を脱して彼が靈界に往つた時
の狀態が違ふのである。

修行の足りた靈は、ハッキリとした意識を持つて肉體

を脱し、自分が今しがた脱した肉體といふ抜け殻を客

觀的に見ることが出來るのである。肉體を脱するのに
何らの苦痛をも感じない。いはゆる大往生である。

そして靈界に移行してからも意識を持ちつづけて、周圍の狀態を見たり聞いたりできるのである。

さうでない未熟な靈魂は、肉體の生前の三業(意業・

口業・身業)の不淨なるもの淨化せんがために、病

氣の苦痛を經験する。苦痛は淨化の過程である。しか

しある程度以上の苦痛は神の恵み深き攝理によつ

て、”意識を失ふ”といふ方法によつて回避されるこ

とになつてゐる。そして意識を失つた狀態で、この靈
魂は、靈界の待合室みたいな所に移行するのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/08 (Wed) 08:27:28



 八日目です。


  八日の法語 滿中陰と五十日祭について


 靈界の待合室は薄暗い世界である。それは” 靈

界”といふ語がふさはしいかも知れない。

其處に肉體を脱した靈魂は、肉體の病氣や屍臭の”移

り香”の不快臭を淨化するために、或る期間滞在せし

められるのである。それを佛教では「中陰」と稱し

て、また靈界のどの位置に行くべきか定まらない期間である。

それは大体七週間であり、佛教では四十九日間とせら

れ神道では死の直後より數へて五十日目とせられてゐ

るのは、佛教も神道も根本的に一致してゐることを示してゐるのである。

四十九日間の中陰の期間を滿了すると滿中陰の法事が

あつて生前の懇親者に御供養( 満中陰の志)を配る習慣になつてゐる。

神道では”五十日祭”といふ祭典が行なはれて、靈界

の薄暗い前室から解放されて、受持ちの高級靈の案内

によつてその霊魂が割り當てられた幽界の位置に伴は

れて行き、其處で修行することになつてゐるのであ

る。現實世界も、幽界及び靈界も、いづれも霊魂がそ

の本來の”神の子”の實相を研き出すための修行の場であることに變りはない。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/09 (Thu) 08:24:46



 愈々、タイヤ交換、暖房ボイラー稼働の時期です!(^^)!。







 九日目です。


   九日の法語 冥界の照魔鏡について


 四十九日間の淨化の期間が終つた霊魂は高級靈が靈

波によつて作つたスクリーンの前まで伴はれて行くの

である。彼はその淨化された心で、そのスクリーンに

向ふと、そのスクリーンに、彼自身が生前の一生涯に

關して來たすべての生活が、天然色映畫の如くカラーテレビの如く映し出される。

幽界の此の前室は、もう現實世界とは時間のサイクル

が異なるのであるから、極めて短時間とも言ふべき間

に、彼自身の生涯の生活の實情を、第三者的立場に於て、それを眼のあたり見るのである。

 現實世界に於ては、彼は第三者ではなく、第一者とし

て自分自身が主人公として生活して來たので、「これ

くらいな事は別に惡でも不淨でもない」と巌重には批

判することなしに我儘勝手次第に生活して來たのであ

るが、今、かうして靈的スクリーンの前に立つて自分

の一生涯の生活を第三者として客觀的に見せられる

と、善惡判断の基準が公正になつて、「この位の事は

惡くない」と思つて生前に行爲したことがらでも、

「ああ、これも惡かつた。あれも惡かつた。あんな汚

い行爲をするのでなかつた」と懺悔の心が起るのである。

懺悔というのは心を洗ひ淨めるといふ意味である。そ

の懺悔の程度は、それぞれの霊魂によつて反應が異な
つて、必ずしも完全に悔改めが完了する譯ではない。

過去に色々犯し來つた惡業でも「惡かつた」と否定

し、「再び罪を犯すまい」と反省決意すれば、その蓄

積された”業”が着物を脱ぐやうに一枚一枚剥落して空中に消えて行くのである。

 此の過去の行爲の一切を照らし出す靈的スクリーン

を、擬人的に閻魔大王と稱し又は神話的に”閻魔の
廰”の照魔鏡と稱するのである。

そして「惡かつた、二度と再び犯すまい」といふ決意と

共に、惡業の蓄積が一枚一枚、剥落してゆく過程を、

三塗の川の手前に”脱衣婆“がゐて、亡者の着てゐる

着衣を脱がせるといふやうな寓話が佛教ではつくられてゐるのである。

何れも死者の靈がそこで過去の業が自己審判され、消

える業は消え、消えない業は其の儘に、その業の種類

の善惡軽重にしたがつて三塗のうちの、どれかに行く

ことが定められて、その霊魂は靈界での落着く修行場

が決定せられるのである。それを三塗の川を渡るといふのである。

                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/10 (Fri) 07:41:19



<寿美はどうしてゐます。雅宣も元気ですか。貴女も元気ですか。…(恵美子先生著「心の旅路」288頁)>

 私は今、「神さまからのいただきもの」読んでいます。
 しみじみとしますよ。リーダーになってほしかったですね。








 十日目です。


  十日の法語 三塗の川を渡つて我らは何處に行くか


 三塗といふのは ”三途”とも書く、肉體死後の行

くべき”三つの途(みち)”であるからである。それ

は普通、地獄道、餓鬼道、畜生道の三つの道のこと、

すなわち”三悪道”の事だと解せられてゐるが、私はそのやうには解しないのである。

欲界色界無色界の三界だと解したい。何故なら人間は

皆三途の川を渡つて、地獄道、餓鬼道、畜生道に落ち

て行くより仕方がないのだつたら救はれやうがないか

らである。もつと立派な天國的な淨土に落ちつく靈魂もあつて良い筈である。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/11 (Sat) 07:59:06



 シブコ、予選通過なるや!(^^)!。








 十一日目です。


   十一日の法語 幽界現實界の境


 ここで私は、こんな素晴しい靈魂もあるのだといふ

事を『生命の實相』愛藏版第五巻”靈界篇”にある高

級靈からその子に寄越した”靈界通信”の一節を諸君に紹介したいと思ふのである。

 この高級靈はその子に向つて、

「お前は私の語らうとするところの眞義を捉へ得るで

あらうか。この眞義をすべての人類が捉へ得たなら

ば、全世界は相(すがた)を變へてしまふといふことがお前には解るだらうか・・・・・」

といつてゐるのである。

 そんなに重大な眞理がこの靈界通信には盛り込まれて

ゐるのである。彼の靈魂はその子の手を借りて、自動

書記現象によつて次の如く自分自身の臨終を書くのである。――

「私は街路で突然病氣に襲はれて病床に運ばれて、そ

して其處で死んだのだつた。家族の内でお前だけが、

父の意識の最後の殘りがかすかに漂うてゐる臨終に間
に會つてくれたのだつた。

 愛するわが児よ、私はお前を感じたよ。お前といふものが、私の最期に浮かんだ”念”だつたのだ。

お前は私の手が力なくお前の方へ動いて行つて垂れ下

がつたのを思ひ出すであらう。それは私の現實界にお

ける最後の運動であり、最後の力であつた。そして私

は現實界から没し去つて死んだのだ」(これで、彼の

肉體を通しての意識は消滅し、その次は肉體を脱した

靈魂が、現實界をのぞき込んでゐる意識に換はるのである――谷口註)

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/12 (Sun) 08:03:12



 シブコ、停滞、シード権は?









  法語、十二日目です。


  十二日の法語 思ひやりのある死者の霊の力


 この父の靈は高級靈であるから、肉體を脱した直

後、直ぐ現實界を見ることが出來るのである。それで
次ぎのやうに自動書記現象で綴るのである。――

「私の愛する児よ、お前は立ちながら父親の肉體を覗

き込んでゐた。併しその時お前の心に浮かんだのはお
前の不幸な母親のことであつて私の事ではなかつた。

お前の魂は意識していなかつたが、その考へは私の魂

の中に織り込まれてゐて私と同じことを考へてゐたの

だ、”どうして此の哀れな母を助け、慰めてあげよう

か”と。・・・・・彼女よりも先に私が他界するとい

ふ事は彼女にとつて實に殘虐な運命であつた。それは彼女にとつて太陽が没したことになる。

絶望と悲嘆との極みが彼女を襲ふであらう。(註。肉

體を脱した父の靈は、その息子が何を考へてゐるかを靈的知覺によつて知つてゐたのである。)

 わが児よ、その時、お前の母親がやつて來たの

だ。・・・・・その時お前は母親の手を握りしめ、彼

女の腕を抱き上げた。――さうしたのは本當はお前で

なく、私だつたのだ。お前は眼の前に横になつてゐる

父親を忘れて母親に囁きかけた――さうしたのは、本當は私だつたのだ。

私はお前に力を與へ、お前の母親に内から力を與へてゐた。

母がその夜お前が心配したやうに悶絶もせず悲しみに耐へることが出來たのはそのためだつたのだ」

(『生命の實相』愛藏版第五巻靈界篇136頁、携帯版第十巻107頁)

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/13 (Mon) 07:58:16



 「落ちるところまで落ちた」のに、この笑顔(^^♪。








 十三日目です。


   十三日の法語 祖先靈を祀ること


 死者の靈はこのやうに現實界の人々にも力を及ぼすことができるのである。

諸君は祖先の霊の祭祀のことを思ひ浮かべることがあ

つたり、氣にかかつたりするならば、それは祖先(亡

父母を含む)自身の祭祀して貰ひたい意識があなたの

意識の中に織り込まれてゐるからなのである。だか

ら、さういふ考へが起つて來た時にはお仏壇のない家庭ならお仏壇を買つて來て祀つてあげるがよい。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/14 (Tue) 07:14:54



 暖かさが戻るようで結構です(^^♪。







 十四日目です。


 十四日の法語 靈界への移行と死後の靈魂の狀態


 このやうな高級靈の特殊の狀態は別として、一般普

通人の靈魂の肉體死後、間もなくの狀態は、現實世界の臨終の狀態の續きの狀態を經驗するのである。

心境が急激に變はることはないからである。靈魂が肉

體を脱皮して新たなる境涯に入る過程は、毛虫が蛹の

狀態から脱皮して翅の生えた蝶の狀態に移行する過程

にも似てゐる。それは”靈界への出産ともいふべき狀

態で、出産の陣痛とでも言ふべき斷末魔の苦しみを經

驗する。(もつとも悟境に入つてゐる靈魂は既に述べ

たやうに無痛分娩とでも言ふべき安樂の狀態で、意識を持續しながら靈界へ移行する)

斷末魔の苦しみを味はふ靈魂は、神の慈悲によつて、

或る程度以上の苦痛を免除して、或る期間(ひとによ

り長短があり、間もなく意識を恢復する者もいるが、

長きは數十年にわたり人事不省のまま継續するのもある)

それは各自の過去の業因の相異によつて業果が異なる

のである。その人事不省の無意識狀態が長きにせよ、

短きにせよ、いづれにせよ靈界に於て意識を恢復した

時には、(その人にとつて無意識中のことは心の中に存在しないからである)

生前、臨終の際の狀態が、記憶の世界に蘇生つて來

て、癌で死んだ人は心に癌の苦痛が復活して來て、靈

界のその癌の症狀をその幽體に継續する狀態を假作し苦しむやうになるのである。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/15 (Wed) 08:25:09



 恵美子先生の「神さまからのいただきもの」素晴しいです(^^♪。





 十五日目です。七五三です。


 十五日の法語 病念を持ち越して靈界で苦しむ靈を救ふために


 病念を靈界まで持ち越して、病氣の記憶のままに病

氣を靈界で體験しつつ苦しんでゐる靈魂の救はれる道

は、病氣や肉體はないといふ事と、死後の生命を説い

て聞かせて上げ、「死」といふものはない、それは現實界から靈界への轉任である。

その轉任の時期は神の御手にあるのだといふ眞理を悟

らせてあげることが第一である。それには祖靈を招靈

して『甘露の法雨』を毎日時間を約束して讀誦してあげるがよい。

 一人の迷へる靈魂を導くだけで、原因不明の病氣や

不治の病氣、それに家庭不和などが改善される場合が

あるのである。だから、先祖とか親類緣者の祭祀といふものを決しておろそかにしてはならない。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/16 (Thu) 07:21:24

 

 偽メール多いですね、対策はあるんでしょうけど、

日本も堕ちたもんですね。











  十六日の法語 わが生命は祖先の生命の連續である


 祖先又は自分に關心のある緣者の靈魂の想念は、そ

の子孫に影響を與へるので、祖先が好まないところを

子孫が行なへば、祖先又は緣者の靈魂の反對觀念を受

けてその人の運命が妨げられ、順調に進まなくなる事もある。

また祖先又は自分に關心のある緣者の靈魂が迷ひに捉

はれ、信ずべからざるを信じ、妄執にとらはれてゐる

と、現實界の子孫たるわれらがその念を受けて、正し

い事を行いながらも、それがおもしろくゆかなくなる

ことになるから祖先の靈魂にはすみやかに眞理を悟らせてあげる必要がある。

(『生命の實相』携帯版第四巻、第五巻、第十六巻参照)

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/17 (Fri) 08:02:43



 納豆にはヨーグルト、しょうゆにはマグロ刺身、ご飯には焼肉だそうですね(^^♪。






 十七日目です。


  十七日の法語 佛壇、神棚の意義


 佛壇も神棚もないといふのは、一家の魂のよりどこ

ろになる靈的中心がないことになるのでよろしくない。

人間界で佛壇も神棚ができるといふことは、肉眼で見

たら物質の祠や宮が出來ただけだが、靈眼でみると、

そこにはもつと荘巌な靈界の御宮が出來てをつて、そ

の姿が影を映して、人間界に物質の神棚とか佛壇とか

が出來てゐるといふことになつてゐるのである。だか

ら簡單な神道式のお宮でもよろしいし、宗派に從つて

適當な佛壇をこしらへて拝んであげると、靈界にはそ

れ相當の幽體の神社、佛閣があり、そこへその靈が出

入して、それを據點に修行してだんだん靈格が上がつてゆく、といふことになつてゐるのである。

  (『生長の家』誌昭和三十六年九月號参照)

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/18 (Sat) 07:37:24



 何の災難もなく過ごさせて頂いております。

有難うございます!









 十八日目です。


 十八日の法語 位牌と鎭魂(みたましづめ)の仕方


 肉體は死んでも”人間”そのものは”靈”であつて、靈は死ぬのではないのである。

靈を祀つてあげるのは清淨な木材(紙)で造つた位牌又は石牌に名前を書いてあげるがよい。

俗名の方が却つてよいのである。戒名を付けてあげて

も靈界で人事不省の無意識中に付けた戒名などは自分

の戒名だとは知らないで、その戒名を讀んでも、出て來ないこともある。

男なら俗名の下に、”比古命”と書く。女なら俗名の下に、” 比女命”と書く。

最も近い親族が書く方が、靈を呼ぶためにのアンテナ

としてはよいのである。親の靈を祀るにはその實子が

位牌に親の名前を書く。子の靈を祀るにはその實父母が位牌に子の名前を書く。

文字には書いた人の靈波が宿つてゐるのであるから親

と子とは最も近似の靈波を持つてゐるから、その靈を招ぶ場合に波長の同調が得られるので都合がよい。

書き終はると、それを佛壇又は神棚又は清淨な場所に

安置し、「何年何月何日を現世の限りとして幽界に歸

りましましし何々比古の靈(みたま)ィ

ィ・・・・・」と數囘、靈を本當に呼び出す氣持で唱へる。

その後數歌を數囘唱へて招靈された靈魂が來臨する時

間的餘裕を與へるとともに精神を統一して來臨の靈を

自己に受ける。そして合掌の指先を位牌(又は石牌)

の方に向けて、下腹部に力を入れて”イューゥ”とい

ふ發聲の氣合いをかけると、招靈された靈魂が、招靈

の儀を行ひつつある人の合掌の指先より氣合と同時

に放射されたる靈氣によつてその位牌に結び付けられる。

謂はば今迄はその靈を招ぶにしても無線交信であつた

のが靈の絲により有線通話式に緣が結ばれることにな

り、その位牌に向つて經を上げたり、物を供へれば、

直接電話を掛ける如く相手に通ずることになるのである。

                  (つづく)
 

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/19 (Sun) 07:53:17



 日曜日出勤です(^^♪。


 <(1)十二支や十干は数や方角だけでなく、
   それぞれ独自の意味を持っています。

   例えば「甲」が持つのは第1位であり、優勢であることを表す他、
   まっすぐに堂々とそそり立つ大木を表しています。

(2)「辰」は十二支の中では唯一の架空の生き物、龍(竜)を意味します。

   水や海の神として祀られてきた龍は、
   竜巻や雷などの自然現象を起こす大自然の躍動を象徴するものであり、
   「龍が現れるとめでたいことが起こる」と伝えられてきました。

(3)この2つの組み合わせである甲辰には、
   「成功という芽が成長していき、姿を整えていく」といった
   縁起のよさを表しているといえそうです。>

 勉強しました!(^^)!。









 十九日目です。


 十九日の法語 位牌には何名の名を書いてもよい


 又位牌には(一牌に)何人の名を書いても構はな

い。同じ宗旨の人なら表に”何々家先祖代々親族九族

一切の靈”と書いて、裏に、殊に死んで五十年經たな

い人の名前を書いて、一々呼び出して、一緒にそこへ
お祀りしてあげるというやうにすればいいのである。

一緒の位牌の中に入つてゐても、血のつながりの親類

緣者、家族みたいなものだから、其処に一緒にゐるといふことに障りはないわけである。

また、人間は五官の感覺器官に頼つているので、本當

に耳に聴こえるやうに呼ばなければ聞こえぬが、靈魂

は肉體の感覺器官を通さないでも、我々が何月何日に

祖先供養をするんだと心の世界に決めると、それを感

じて其処に集つて來るといふ事になつてゐるのである。

それを特に名前を誦へてあげるのは、迷ひが多かつた

り、恨みが解けないでゐたり、或は自分が新佛で、澤

山の先輩の靈魂の參列があるために遠慮して、自分の

名前を呼ばれなかつたら、前列に出たらいかんのだと

思ひ、後ろの方で未だ遠慮してゐるやうな靈魂もある
から、名前を呼び出してあげた方がよいのである。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/20 (Mon) 07:50:59



 さあ、また新しき1週間、頑張りましょう(^^♪。

阪田先生の件、よかったですね!(^^)!。







  二十日の法語 新たに祖先靈を祭祀する場合 


 新たに靈牌又は墓石を作つて、お詣りする時は、祓

式を行ひ、次にまず”招神歌”を唱へて正しい神樣の

御降臨を願つて、祭祀の意義をといた祭文を續み、佛

教ならば祓式の代はりに般若心經を経を續みて盲念を淨め

て本尊の御守護のもとに招靈するやうにする。これは

浮浪の靈などに災ひされないためで、力強く権威ある態度で行ふやうにする。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/21 (Tue) 08:22:41


 住吉本宮が空っぽ、恵美子先生はいない、明るいニュースはないんですか?

 ありますよね、いっぱい(^^♪。







 雅春先生の御言葉は続く。


 二十一日の法語 生長の家は葬祭の儀式に何故神社的式典を採用するか


 何故生長の家では祭官が神道的服装をし、神道的儀
禮に則つて祭祀を行ふかと問ふ人がゐる。

まず第一に、何故神前に榊をそなへるのであるかといふ問がある。

これは古事記の天岩戸開きの時の行事に、「天の香具

山の五百津の眞賢木(いほつまさかき)を根こじにこ

じて上枝に八戸勾璁(やたのまがたま)の五百津の御

須痲流の玉を取り著け、中枝に八百鏡(やたのかが

み)を取り繋け、下枝に白丹寸手(しろにぎて)、靑
丹寸手(あおにぎて)取り垂(し)でて・・・・・」

とある故事に則つたのであつて、別に生長の家の事で

あるから、獨特の祭式の行事として特に定めたもので

はないのであるが、萬教歸一の生長の家の事であるか

ら、神道佛耶等色々の信者が集るので、佛式にしても

キリスト式にやつてもよいのであるが、佛式に葬祭の

行事をやればキリスト教の人は反撥するであらうし、

キリスト教式に葬祭の儀式をやれば佛教の人は反撥す

るであらうから、そこで日本人ならキリスト教の人で

も、佛教の人でも反撥なしに集まり易いので、萬教歸

一を目標とする生長の家では、その葬祭の儀式作法

は、特別の事は除き、だいたい神社式典の儀禮作法に則つて行ふことになつてゐるのである。

だいたい神社式典は、宗教のやうに思ふ人もあるが、

神ながらの道――すなはち、自然の道がそのままに生

活習慣にあらはれたものであつて、何々宗といふやう

な特定の教義を宣布するところのものではないのである。
     
     (『白鳩』誌昭和四十五年十月號參照)


                   (つづく)


 

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/22 (Wed) 08:40:13



伊藤陽夫先生の「住吉大神顕斎の祝詞」素晴しいです(^_-)-☆。






 雅春先生お誕生日の日に。


  二十二日の法語 先祖供養の意義


 1 第一義的には、

 人間は神の子である。神の子はそれ自身で完(ま

つ)たい。外から何物かを附け加へてもらふことによ

つてはじめて完全になるやうなものではない。――これが第一義的眞理である。

神の子たる人間の靈が外からお宮を附け加へてもらは

ないと靈界の生活に困るやうでは、それは宮といふ迷

ひに捉はれてゐるのである。お宮を建ててもらはない

と靈界の生活に困るやうでは、それは宮といふ迷ひに

捉はれてゐるのである。お宮を建ててもらはないと靈

界の生活に都合が惡いとか、お堂を建ててもらはねば

靈界の生活に都合が悪いとかいふのでは、その靈は神性の自覺が足りないのである。

それで、神性の自覺をした靈にとつてはどんな形式によつても祀つてもらふ必要はないのである。


 2 第二義的には、

  未だ悟りの境地に達してゐないで、肉體的自覺を

脱し切つてゐない靈魂は習慣的に空腹の感じを催し、

餓鬼道的に苦しむものもあるので、應病與藥的に「食

を欲するものには食を與へ、藥を欲するものには藥を

與へ」といふ譯で、宮を欲するものには宮を與へ、佛

壇を欲するものには、佛壇を與へてこれを供養して誠

をつくすことが、これが先祖に對する道となつてくるのである。

從つて祖先が佛教で續いて來た家系の靈を祀るのは佛
教的儀禮に則るのがよいのである。

                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/23 (Thu) 07:38:55


 トニーラエリアンさん、正義の味方(?_?)


 今日は今年最後の祝日、国旗を掲げましょう(^^♪。

 新嘗祭ですね。










   二十三日の法語 獻饌の意義


 神道の儀式には祭祀に當つて獻饌が行なはれる。こ

れは神靈が空腹を感じ給ふのでお食事を與へるのではない。


神の恵みを受けて五穀豊穣等の功徳を受けた古代人

が、その初穂を神に獻じて御禮を申し上げる故事から

發祥したのである。霊魂を祭祀する時には、その人が

生前好みたるところの食物を供へてあげるがよい。


靈魂は物質の食物を食さないし、悟りを開いた高級靈

は物質の食物を欲しないが、まだ霊界に移行した事す

ら自覺せず、やつと靈界で意識を恢復しかけた靈は、

自分をまだ肉體的存在であるといふ薫習が失せないの

で、食物を食べたい氣がしてをり、食べたと思はねば空腹の感じを味はう。


そのやうな靈魂に對して、何も食物を供へずに最初か

ら聖經を讀誦しても「お經どころか、空腹で仕方がな

いのだ」と空腹の念が邪魔して聖經の文句を充分きか

ないことがある。從つて讀經の功徳は乏しいのである。

そこで祀つて貰いたいと、食を欲する靈魂には、その

希望を滿たしながら徐々に本當の悟りに導いてあげる

ために祭祀に一定の形式をとることになる。

それで生長の家の信者たちは、祖先を祀るには祖先の

信じた宗教型式を傷つけずに存續することになつてゐるのである。

 佛教ではそのやうな靈を弔ふために盂蘭盆會などに

施餓鬼と稱して食物を供へてから經文を讀むのはその

ためである。ただし靈が實際に食するものは現實の物

質的食物ではない。靈界は念の世界であり念を食物と

して生きてゐるのであり、物質の供物の大小、多寡に

よるのでなく、供へる人の念が靈界に放送され、あの

ひとにあげたいといふ即ち愛念が原動力になり念送さ

れて靈界に念で作られたお供物となつて出來上る。さ

うすると「あれは私に供へて下さつたのだから頂こ

う」といふ氣が起るとすつと自分の口に入つて來て、

「おいしい、ああ滿服した」といふ氣持が起るのである。

 無論もつと向上した霊魂――肉體は無い、何も食べ

なくても吾々は神の生命によつて生かされてゐるので

あるといふ自覺を得た霊魂たちは決して何も食べたい

とは思はないのであるけれども、併し自分に對する愛

念を以て供へて下さつたといふ愛の念はやはり喜びと
なり、その人を生長させることになるのである。

惡念は靈魂を低下せしめる害物となり、善念特に眞理

の想念は、最も靈魂を向上せしめる滋養物となるのである。

それ故に靈魂に対して眞理の經文を讀誦する行持があるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/24 (Fri) 07:54:44




<天皇陛下には昨日の夕刻から本日未明にかけて新嘗祭を御親祭になられました。畏き極みでありました。

各地の神社で行われる新嘗祭は午前中が多いですが、

陛下の新嘗祭は午後六時からの「夕の儀」、午後十一

時からの「暁の儀」と浄闇のなかそれぞれ二時間ほどかけ行われます。

この時間帯に合わせ全部通しでは難しいですが、せめ

てひと時なりとも大御心を仰ぎ、天皇国日本実相顕現

と世界平和を祈念したく、午後六時からと午後十一時
から聖経(三部経)を読誦いたしました。>


下総の野人様の御投稿、恐れ入ります。




 
  二十四日の法語 幽齋と顯齋について


 祭祀には、幽齋と顯齋とがある。顯齋とは形の上の

御宮とか佛壇とか各宗で定められた一定の形に顯はれ

た方式で祀ることである。幽齋といふのは心をもつて

心に相對するもので、精神統一をして實相を念じ、人

間の實相が圓滿完全であつて惱みも病もないといふ念

を霊界の招靈の苦悩を齋(きよ)めてあげるのである。

これには、相手たる靈を生前の名前で招び出して置い

て、一緒に神想觀をするつもりでやつてもよい。念だ

けで頼りなければ、言葉で真理を説いて聞かすがよ

い。それには聖典の「實相篇」を讀んできかせてあげ

るがよい。

(『生命の實相』頭注版十六巻、二十一巻、二十八巻參照)


 生長の家の宇治別格本山の「入龍宮幽齋殿」における

幽齋は靈魂を祭祀するための幽齋でなく、自己が”無”の門關を越えてみずからを齋め盡くして實相

龍宮界の幽境に、超入する修行をするための道場として造られた神殿であるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/25 (Sat) 08:21:14



 愈々、師走ですねえ(^^♪







  二十五日の法語 個別靈の供養の期間について


 概して言へば、五十年したら、自然に霊魂の淨化が

行なはれて、迷つてゐる霊魂がほとんどなくなるとい

ふ事になる。けれども、中には毒殺されたり、非業の

最期を遂げたか、普通の死様をしてゐないで、深い惱

みを持つて死んだやうな人の霊魂は五十年経つてもま

だ淨化を完了してゐないのがあるから、五十年過ぎた

霊魂でも名前を呼んで供養してあげ、又その年月日が

判つてゐる場合は位牌の裏に書いて、特に名前を唱へ

て呼び出して、お祀りするといふことになるのである。

毒殺されたり、非業の最期を遂げた人以外の靈魂で

も、中には五十年経つてもまだ悟りを開かない霊魂が

あるかも知れないけれど、それは「〇〇家先祖代々親

族緣者一切の靈」としてまとめて招靈してゐるのであ

るから、特にその靈個人の名を唱へて招靈しないで

も、自然に感じて、供養の所へ集つて來てゐるものである。

                  (つづく)
 

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/26 (Sun) 08:16:54


♪こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪 みず雪 かた雪 春待つ氷雪~








  二十六日の法語 無緣佛を祀ることについて


 自分のご先祖ならよいけれども、無闇に無緣の、他

家の靈に供養してゐると、恰度、金持ちがルンペンに

施しをするやうなものである。施された人は喜ぶけれ

ども、”お前あそこへ行け、お前あそこへ行け、あそ

こへ行けば施しがあるぞ”といふ譯でルンペン等が集

つて來るやうに、迷つてゐる靈がいくらでもずーつと
たくさん集まつて來るのである。

あなたの靈が修行足りて靈的力があれば全部救ヘるけ

れど・・・・・少數の靈なら救へても、あまり澤山

集つてきたら、救ひ切れないことになつて折角、緒靈

に深切をしながら迷ヒの靈の禍ひをかぶることにな

る。だから普通の人は無緣の靈を招ぶのは弊害があるのである。

 神社とか寺院とかで靈大祭を行つたり、施餓鬼をやる

時には、神社とか寺院を守護する神靈の加護があるか

ら、無緣の靈を供養するのは可いけれど、個人の家で

無緣の靈を祀るのは愛念であるが、自分に靈的力が足

りないと無數に迷つてゐる靈が集つて來てそれをさば

き切れなくなると困るので、個人では無緣の靈を祀らない方がよい。
         (『幸福をひらく鍵』參照)

                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/27 (Mon) 08:39:38



 さあ、熱いコーヒーでも飲んで、新しき1週間を迎えましょう(^^♪。師走はもうすぐそこ(^^♪







 二十七日の法語 宗旨を變ヘる事によつて起こる障害


 往々精神病者の家族を持つてゐるとか、あるひは變

なえたいの知れない病氣――小児麻痺であるとか、癲

癇であるとか、舞踏病であるとか、醫者の方でちよつ

と原因不明な病氣を持つてをられる方が、その率にしてクリスチャンの方が多いのである。

これは確かに率が多いのであるが、必ずしも、これは

キリスト教そのものが惡いのではない。けれども

キリスト教が日本に移入されたのがきはめて近代であ

るために、祖先の靈魂たちがキリスト教といふものを

知らない。そしてお祖父さん、お祖母さんその上の曾

祖父さん辺りになると、その靈魂が靈界に於てどうい

ふ信仰をもつてゐるかといふと、あるひは神道である

とか、佛教であるとかの信仰を持つてゐて、耶蘇とい

ふ名前を聞くだけでも嫌ひだというふうな、異教を毛嫌ひする靈魂たちが先祖に多いのである。

その考へは偏狭なのであるけれども、ともかくも日本

人の祖先の霊魂たちの多数は、國粹的とでもいふか、

多少排他的な偏狭な靈魂があるのであつて、耶蘇の耶

の字を聞くだけでも嫌ひだといふやうな人の靈魂がある。

 いまも七十歳、八十歳ぐらいの人に聞いてみると、さ

ういふ風潮がずゐぶんその人の時代にはある。自分の

子が耶蘇になるとでもいつたら、實に穢れた異人種にでもなり、四足にでもなるやうな氣がする。

可愛い息子でも耶蘇教を信ずる以上はやむをえない、

家に入れないで、勘當してしまふやうな氣持をしてゐる爺さん婆さんの靈魂もあるのである。

さういふ靈魂たちのゐる靈界へ行つて、われわれの子

孫が耶蘇教信者といふ名前を附けて入つたら、「えら

い事だ。こいつは穢れた奴になつてきた」といふ偏見

をもつて毛嫌ひして、容易に子孫を霊界の生活に馴れるまで導いてくれないのである。

「あいつはヤソになつたから勘當する」可愛い息子の

霊魂でも先輩の霊魂から勘當同樣の取扱ひを受けて構

ひつけてくれないと、靈界で村八分的になり、どうし

て生活したらよいのか、ちょつと事情が判らない、自分だけ一人ぼつち置き去りにされる。

自分だけで修行してコツコツやつて行くよりしやうが

ないといふやうな狀態になつているのも往々あるので

ある。さういふ靈魂は靈界の生活に戸惑つて早く悟り

きれない。その悟れない靈魂が、子孫に救はれたいと

と思つて子孫に憑つて來ると、さういふ醫学的には原因不明な病氣を現はすのである。

    (『生命の實相』携帯版第二十八巻參照)

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/28 (Tue) 07:59:40



 今日は暖か、明日から愈々完全冬や!(^^)!。







 二十八日の法語 聖經『甘露の法雨』の由來について


 聖經『甘露の法雨』は『智慧の言葉』と同じく突然

靈感的に浮んで來た思想が詩的なリズムを帶びて來たのを書き留めて置いたものである。

それを讀誦することによつて色々の奇蹟を演じた。後

より見ると此の聖經は期せずして、『生命の實相』全
巻の眞理を縮約して歌つたものになつてゐる。

最初私はこれを”詩“として「生長の家の歌」といふ

詩集の冒頭に収錄されてゐたものであるが、當時、京

都電燈社長の石川芳次郎の岳父、工學博士小木乕次郎

(とらじろう)氏がこれを讀むと、單に現實界の人間

が讀誦して悟りを開いて病苦惱苦を去るばかりでな

く、靈界の緒靈もその讀誦の眞理を聞いて悟りを開

き、迷へる障りの靈も守護の靈となるので、治病・運

命好轉等の色々の奇蹟的功徳を生ずるといふので小木

博士がこれは單なる詩ではなく「聖經」と尊稱すべき

ものであるとて、京都の教化部で聖經にふさはしい紫

色絹表装の折本仕立に装幀して發行され、その後、

益々奇跡的な功徳を生じたので、京都教化部で獨占すべきでないとて本部へ版權を返上されたものである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/29 (Wed) 08:03:45


 二十九日の法語 先祖に對して聖經を讀誦する時の心得


 先祖に對して聖經を供養する時「祖先の霊魂よ、お

前は迷つてゐて、迷ひの靈波を送つて來るので困つて

ゐる。この聖經を讀んであげるから、それをよく聴い

て悟りを開いて、二度と迷ひの靈波を送つて惱ませな

いやうにしてくれ」といふやうな事を言つたり、思つ
たりして 聖經を讀誦しても効果が少ないのである。

何故なら、そのやうな氣持で聖經を讀誦したりする事

は、相手の惡をみとめて、軽蔑的語調で、”よく勉強

せよ”などと言つてゐるやうなもので、現實界の人間

に對してでもこのやうな事を言ふと、反抗心を起して反撥されたりするのである。

これと同じことが祖先の靈たちにも起こるのであつて

「お前は迷つてゐるから、この眞理のお經をおききな

さい」では、いくら聖經を誦げても靈魂たちは聞きに來ないかもしれないのである。

 だから、祖霊に對して、聖經を讀む時には、


1 唯、尊敬と報恩。感謝の念をもつて誦むこと。

ただ尊敬と感謝の念をもつて、「今まで色々と子孫が

受けて來た密(かく)れたる御恩、陽(あらは)なる

御恩に對してただ感謝のためにこの眞理のお經を靈界

に對して放送しますから、どうぞお受け取り下さいま

せ」と誦へて、”ただ感謝”の念をもつて讀誦するがよい。

2.聖經の意味を説明する。

 聖經を讀む前に、先ず、「この聖經『甘露の法雨』は

あなたが祖先から傳承して來た✖✖教の教への眞理を

最もわかりやすく、現代語で書かれたものであります

から、心をよく集中して此の聖經を聴き給うて、その

眞理を體得し、靈界に於て解脱を得て神通自在になり

給ひて佛陀の境涯に達し給はん事を冀ふ」と生ける人に語るが如くに唱へてから聖經を讀むがよい。

さうでないと折角、『甘露の法雨』を誦んであげて

も、それは他宗教の經文であると誤解して反感を起して傾聴しない場合があるのである。

3 讀誦の時間を定める。

 聖經讀誦は、毎日一定の時間を決めて、正確に必ず讀誦するやうにするがよい。

靈界には靈的訓練があつて、中々多忙であつて、毎日

不定な時間に讀誦しては、殘念ながらその聖經の讀誦

を靈(みたま)が拜聴することができないことがある

のである。だから、聖經を讀み終はると

「毎日”この時間”又は幾時に聖經を讀誦しますから

必ずその時間には來たりて拜聴して下さい」と約束し

て置くがよい。

    (『生命の實相』携帯版二十六巻參照)

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/11/30 (Thu) 08:30:29



 光陰矢の如し、十一月の法語も最終日の30日です。

先祖供養の仕方、しっかり身に付けましょう。







  三十日の法語 葬祭等に燒香する意義


 葬祭に当たつて香を焚くのは何故かといふ問ひがあ

るが、辭書によれば、香を焚くことは本來、佛教の發

祥地であるインドでは高溫のため身體の分泌物多く、

不快の體臭を發するので、その體臭を打ち消すために

塗香と共に用ゐられたのであるが、宗教では、燒香は

その香氣によって人間的臭氣を佛つて、佛、菩薩その

他高級靈を勧請するために行はれることになつたのである。

 生長の家では神想觀中に、人間界では薫香を焚いて
ゐないのに、時ならぬ薫香の匂ひがすることがある。

これは神想觀を指導するために來臨された高級靈

が、人間界の體臭その他の惡臭の禍を消すために、靈

界に於てあらかじめ香を焚いて、その芳香を衣裳(おめしもの)に移して降臨せられたのが匂ふのである、

 特に死者の霊を弔ふため儀式の際に、線香を燃や

し、香を焚くのは、肉體を脱して他界した靈といへど

も尚、肉體の臭氣を脱しきれないものがあり,それを

導くために法要の際、佛、菩薩を勧請するのには、芳

香を焚いて死者の霊魂の體臭を消して佛、菩薩の降臨

しやすいやうにするためである。

      (『白鳩』誌昭和四十五年號參照)


(附記)最近、祖先供養の方法等につき、誌友及び信徒

の人々から、その手引きになるものを書いてほしいと

いふ要請が多いので、それにこたへて生長の家本部の

教務部で私の著書や執筆せる原稿の中から、それに關

するものを抜き書きして小冊子にまとめたいとて、そ
の抜粹稿を私の手元に送つて來られた。

併し、特定の人々にその冊子を有料で配本するよりも

神誌の法語にまとめれば無代で誌友、信徒諸賢に達す

る譯であるからとて、その抜粹稿に丹念に筆を入れて、法語として書き直したものがこれである。

紙數の關係で載せ切れなかつたものもあるが、又別の機會に追加することとする。

                  (おわり)
                             

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/01 (Fri) 10:48:51



 1カ月ぶりに昭和四十八年の八月號の明窓浄机に戻ります。




 會堂には悲し氣なオルガンの調律(しらべ)が呟い

てゐた。オルガンの呟きに隨つてお前は頭を屈めなが

ら、椅子に凭れてゐた。お前の手には黒い縁取りをし

た讃美歌が持たれてゐた。やがて扉が開かれて、お前

は明るい、眩しい日光の漂ふ眞昼間の中へ歩み出た。

「しかしその時太陽の光を見たのは、吾が児よ、死せ

る私ばかりであつたのだ。ほかの人は悲しみに泣きぬ

れて太陽の中へ出ても太陽を知らないのに、そんなに

悲しまれてゐた私だけが太陽に對して微笑みかけてゐたのだ。

お前の可愛い咽喉を涙で詰まらせつつ私はお前と俱に

ゐたが、私は本當は幸福であつたのだ。私は神の微笑

を感じてゐた。そして私の内には無限無數の楽しい調

べが聞こえて來ていた。無數の美しい花が私を取り巻

き、幾百万となき愛らしい小鳥の囀りが私を取り圍
み、無數の愛する人の目が私を見守つてゐた。

併し、お前は泣きながら私を携へて、私を最後の安息所へ運んで往つた。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/02 (Sat) 08:30:46



 今朝は東京も5度以下と聴きました!(^^)!。







 明窓浄机、続きです。


『お前は私のお前に話さうとしてゐる此の輝かしい知

らせを理解出來得るであらうか。私だけが生命を見、

私だけが太陽を見、私だけが歡喜を味はい、私だけがお前を愛し、愛し、愛したのであつた。

私は泣くことは出來なかつた。お前を憐れむことは出

來なかつた。何故なら、私は靈であり、私はその儘で

聖きものであり、人間は全て神の祝福の微笑を見るに相違ないことを知つてゐたからだ。

悲しみや、憂ひは吾が世界では知られないのだ。何故

なら、此の世界では人間が自分の創造で悲しいと信ず

る事物のほかには何物も悲しむべき事物は存在しない

からである。お前も此の世界へ來たときに知ることが

出來るであらうが、哀哭すべき事物はただ人間の創造

のうちにのみ存在するものなのである。人間の創造の

うちに哀哭すべき事物が造られるのは、彼が神を知らないからである。・・・・・』

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/05 (Tue) 07:26:42



 どうも認知が入って来たようです(^_-)。

昨日、投稿を忘れていたようです(^-^.


 <マスク常用者はコロナ感染率が40%も高まる>

ほんとですか? トニーさん?







 まだこの靈界通信は續くけれどもあまり長くなるからここまでにして置く。

この一部は『生命の實相』の四六判の舊版及び愛藏豪

華版では第五巻の三三九頁から三四五頁に載せられた

ものであり、携帯版では第十巻の一一〇頁から一一九

頁迄の一部分を書き抜いたものである。そして今年の

春の彼岸會の普及功勞者のための本部の慰靈祭で其の

席に列席した遺族の方々に私は「死なない」といふこ

とを知つて頂きたいと思つて朗讀した事もあるのである。

 このマグナッセンの自動書記現象による靈界通信の文

章は非常に力強く、愛する人を現象界で失つた遺族た

ちには非常な慰めになるものだから、そのやうな方々

は『生命の實相』の原点について是非その全文を讀んで頂きたいのである。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/06 (Wed) 08:22:38



 伝統様、いつもありがとうございます。

 今回のご転載有難うございます。

確かに、当法語は昭和四十八年「生長乃家」誌十一月號のものです。

 わが家にも今年仏壇がやって来まして、雅春先生のご教示は本当に珠玉の御文章で畏れ入ります。

 失礼ですが、此処からご返事を差し上げます、悪しからず。





 雅春先生の続き、です。


 〇人間の使命は、その實相に於いて”死なない”の

であるけれども親しい人が死が近づいて來つつあるの

を眼の前に見て、その人たちから苦痛が去り、病から

恢復して健康になつて戴きたい、さう思ふのは、その

人が愛が深いからである。そのために私に病苦

の人が救はれるやうに祈つて頂きたいといつて願つて來られる人も多勢ある。

例えば日立市會瀬町三-二一-一〇に住んでゐられる

地方講師の福地信子さんは親切な人であつて、次のやうな手紙を先般寄越してゐられた。

『合掌、ありがたうございます。春光芳しき候、尊師

御一家樣には益益の彌榮誠に御芽出たく壽ぎ申上げます。本日は恐れながら申し上げます。

左記の人(姓名略す)重き病の床に伏し生死の岐路に

立ちをります。當地区の白鳩支部長を勤め、、日ごろ
求道心あつく獻身的な活動をいたしてをります。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/07 (Thu) 08:08:53



 大雪なのに、雪は一段落(^^♪。

 一粒万倍日、5日から4日連続ですね(^^♪。









 明窓浄机、続きです。


 昨日は訪れて枕頭に長時間『維摩經解釋』を拜讀させて頂きました。

扉の御写真から光が放たれたやうで、涙を流し震駭し

て申しました。「尊師の御愛念に生かされて來たあり

がたさ、この一事だけでも地上に生れて來た甲斐があ

つた。もう思ひ殘すことはない・・・・・」と病苦の

只中にあつても、このやうに歡喜しあへるありがた

さ、今此処極樂を体験された様子でございます。御用

繁多の尊師に對し誠に恐れ多い事でございますが、瞬

時なりとこの方のために御心念頂けましたら望外の喜びと存じます。合掌』

                  (つづく)


 

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/08 (Fri) 08:32:14


 来週から雪ですか、暖房がフル稼働になるかも(^^♪。



 雅春先生です。


 そしてその後病氣の方の名前が書いてあつた。忙し

い儘に福地信子さんに返事は書かなかつたが、その病

氣の方については手紙を読むと同時に黙念した。その

後も始終心に懸つてゐた。始終心に懸つてゐるといふ

ことは始終その人のために祈つてゐることと同じこと

である。祈つてあげても治らない人もある。祈つてあ

げたその時間から突然快方に向つて醫師が驚くやうな

人もある。そして醫師が驚くやうに恢復しながら或る日突然肉體の容態が急變して靈魂が神去る人もある。

 この欄で書いた中川雅弘君の肉腫の子供が醫者が驚く

やうに恢復して往つた禮状が來てゐたが、その後二月

になると子供は元氣になつて病院の廊下をニコニコ笑

ひながら小走りに走るほどになつたが、ある日突然急變が來て子供の體は昇天したのださうである。

私にはその昇天を停める力もないし、それを停めては

ならないのである。人間は肉體の生活から脱出して自由になる權利があり、その時期があるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/09 (Sat) 08:40:03



 皇后雅子様(第126代 徳仁天皇妃)の御還暦の日ですね!(^^)!。








 明窓浄机です。


〇『生命の實相』の靈界篇に収錄されてゐるヴエッテ

リニの靈告(言偏の告)によると、「突然の死はな

い」すべての死は皆豫定されたる死である」と示されてゐる。

中川雅弘君はその子供の死について父としてきびしく

自己反省して、「まだ私の心が至らないために」と書いてゐたが、さうではないのだ。

「幼くして死する子供は高級靈である」と靈界からの

告(言偏の告)示は告げてゐる。中川君は醫師が子供

の肉腫について絶望を宣告した時、今迄の生活と”心

の向き方”との間違ひについてはじめて氣がつき悄然

として天地一切のものにわびるやうな心境になり、私

に對しても練修生として生涯獻身するといふ誓ひを果

たすことをしなかつたことに對してお詫びの手紙を寄越されたのであつた。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/11 (Mon) 07:52:41



 さあ、新しき1週間、気持を入れ替えて…(^^♪。






 雅春先生です。


 その子供は”自分の肉腫”を治して貰うために此の

世に生まれた來たのではなかつたのだ。縁あつて中川

雅弘君の「心の病」を治すために、謂わば観世音菩薩

としての役割を果たすために假りに中川雅弘君の妻の

胎中に降下して來られた高級靈であつたのである。そ

して自己の體に肉腫をあらはしたのは、維摩居士が

「自分が病氣してゐるのではない衆生病むが故にわれ

病む」と文殊菩薩に語つた如く、その子供の靈は最初から病氣はないのである。

そのない病氣を自分の肉體にあらはして「雅弘の心病

むが故にわれ病む」といふ事實を示し、これに雅弘君

が氣づいて心を一轉化した時に、肉腫の如き病氣さへ

も消えて行く事實を示して、雅弘君の心の病が消えた

時に、その子供の靈は「われ観世音菩薩示現の役割を

受け、この使命を果たすべきことを爲し終れりといふ譯で、地上生活を去つて行かれたのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/12 (Tue) 08:26:14


 
 この地2℃、彼の地20℃、これ如何に(^^♪。




 雅春先生です。


 何も中川君が「自分の心が至らないから」ではな

く、その子供の高級靈は、中川君の魂を導く仕事が終

つたから、使命完了といふ譯で、靈界に還つて行かれたのであつた。

私が未だかうして長生きして靈界に還つて行かないの

は、日本國の病ひまだ癒えず、私が地上の使命を未だ

完遂するに至らず爲すべきことを成し終つてゐないからなのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/13 (Wed) 08:36:43



 師走ももう半分、少々焦って来ました(^^♪。





 明窓浄机です。


〇これを書いてゐるのは昭和四十八年五月二十七日で

『生長の家』誌の八月號のためである。何故私は今

日”人間・死すとも死せず”の眞理をこんなに自然に

筆が運ぶのかと思つてゐると、今日この執筆中靈界に

旅立たれた布教功勞者がふたりもあつて大野宗務部長から解脱名を賜りたいといふ通知があつたのある。

それ等の人々が臨終にのぞんで、私の名を呼んだに違

ひないのである。その念波に私が感應してゐたの

で”死”の問題を書く氣になつたのだと思はれる。今

朝から私の體は何だか發熱したやうで少し動くと息切

れがして發汗し、静かに執筆してゐると寒氣がし、着

物を脱いだり、重ね着をしてみたりしてゐたのであつた。
                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/14 (Thu) 08:10:37



 即、明窓浄机へ。



 その今日、靈界に旅立たれた人の一人は福島縣の教

化部長で『真理は死刑の鎖をも斷つ』の著者である

遠藤義男氏(享年七十七歳)であり、もう一人は元東京

都連合會長であり、極最近まで本部の個人指導部の講
師をして居られた伊藤用蔵氏(享年八十歳)である。

どちらも、既に眞理を悟つて現世の一切の束縛を斷ち

切つて來た人々で、今度こそ現實に、本當に現世の一

切の結縛を完全に斷ち切つて自由自在の境涯に入られたのである。

 屹度マグナッセンの父の靈のやうに「遺族たちは悲し

みに泣きぬれて太陽の光の中へ出ても太陽が輝いてゐ

ることを見ないのに、私だけが太陽に對して微笑みかけてゐた」

 と言われるのに相違ないと思ふ。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/15 (Fri) 08:15:46



 雅春先生です。


〇素晴しい奇跡的功徳を演ずる生長の家の練成の其の

奥にある眞理と行法の秘密が最近出た『人間苦の開放宣言』といふ書で公開された。

練成を受ける人も其の予備知識を持つて參加せられると一層、眞理の悟りを深めることになると思ふ。

執筆は半分を練成の實際を担當して來られた吉田武利

講師に書いて貰ひ、前半を私が執筆し、最後に私が監修した。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。50 - 道産子

2023/12/16 (Sat) 08:29:42



 雪が積もると却って暖かい気もします(^_-)。







 明窓浄机、最終回です。


 〇東京の地方講師・増田喜八郎氏から新宗教批判の

善い手紙が來てゐてそれを紹介したいと思つてゐた

が、所要の紙數を超過してしまつたので次號にさせて頂く。

               (この項おわり)

                                                 

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