伝統板・第二
賢者の一日一言(R7年4月) - 夕刻版
2025/04/02 (Wed) 04:55:55
このスレッドでは、過去に紹介した次のスレッドから、
日々の言葉の数々を再度紹介してまいります。
(1)伝統板・第二「リーディング(エドガー・ケイシー)34(R5.4)」
→ https://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8318053
(2)伝統板・第二「佐藤 一斎・一日一言」
→ http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7938814
(3)伝統板・第二「松下幸之助に学ぶ 指導者の365日」
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(4)伝統板・第二「二宮尊徳・一日一語」
→ http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7539379
(5)伝統板・第二「ひかりの一日一言97~ひかりの語録(4月)」
→ https://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8317896
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賢者の一日一言《1日》
(1)【 4月1日 】
あなたが出会うすべての人が、あなたに出会ったことで、
あなたに話しかけたことで、もっと幸福になるようにしなさい。
あなたは喜びを広げることで、これを実践することができる。
Let everyone that you meet be happier for having met you,
for having spoken to you.
This ye can do by spreading joy.
(3416-1)
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(2)【 4月1日 】 自重すべし
吾人(ごじん)は須(すべか)らく自(みずか)ら重んずることを知るべし。
我が性は天爵(てんしゃく)なり。最も当(まさ)に貴重すべし。
我が身は父母の遺体なり、重んぜざるべからず。
威儀(いぎ)は人の観望(かんぼう)する所、言語は人の信を取る所なり、
亦(また)自重(じちょう)せざるを得んや。
(言後録 六)
【訳】
我々はぜひとも自分の身心を大切にすることを知るべきである。
わが本性は天から授けられたものであるから、最も大切にしなくてはいけない。
わが身は父母の遺されたものでであるから、重んじなければならない。
自分の立居振舞いは人の見るところであり、
口に出す言葉は人が信頼を置くところものであるから、
また自重しないわけにはいかない。
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(3)【 4月1日 】 成功は現状を変化させなければ
「変化は不変の法則だ。
変化にいかに対応するかで勝負は決まる。
成功は現状を変化させなければ、
本当の成功とは言えない。
現状をよい状況に変化させるために、経営をするのだ」
幸之助は、
常に「今が出発点だ」と心を尽くして経営をしていました。
素直な心で初心を貫いた人でした。
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(4)【 4月1日 】勤・倹・譲
我が道は勤倹譲の三つにあり。
勤とは衣食住になるべき物品を勤めて産出するにあり。
倹とは産み出したる物品を費やさざるを云ふ。
譲は此の三つを他に及ぼすを云ふ。
扨(さ)て譲は種々あり。
今年の物を来年の為に貯ふるも則ち譲なり。
夫(そ)れより子孫に譲ると、
親戚朋友に譲ると、
郷里に譲ると、
国家に譲るなり。
其の身その身の分限に依つて勤め行ふべし。
(夜話続四三)
【略解】
尊徳翁の三本柱「勤・倹・譲」を簡明に説かれたものです。
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(5)ひかりの一日一言《1日》
彼の行為がどんな動機からきたのであろうと穿鑿(せんさく)するな。
すべての行為を善き動機からくるものとして言葉で賞(ほ)めよ。
もし彼が悪しき動機からそれをしていたのであったなら、
彼は始めはくすぐったく思うであろう。
次に彼はそれを本当に善き動機からしていたのであったならば、
それがみとめられる時の幸福を想うであろう。
そしてこれから善き動機を有つことの幸福を知るであろう。
彼はついに善き動機をもつに到る。
彼はついに善人となる。
賞め言葉がついに彼を善人としたのである。
*「生命の實相」第22巻聖語篇(P24、25)より
<感謝合掌 令和7年4月1日 頓首再拝>
賢者の一日一言《2日》 - 伝統
2025/04/03 (Thu) 04:24:25
(1)【 4月2日 】
日々に祈れ。
自分のためにではなく、神の恵みを現すための
水路として用いられんがために祈れ。
Pray daily; not for self,
but to be used as a channel of manifestation of the mercy of God.
(2994-1)
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(2)【 4月2日 】 欺かれても欺くな
寧(むし)ろ人の我に負(そむ)くも、我は人に負く毋(なか)らん、とは、
固(まこと)に確言となす。
余(よ)も亦謂う、人の我に負く時、我れは当(まさ)に吾の負くを致す所以を
思いて以て自(みずか)ら反(かえ)りみ、且(か)つ以て
切磋砥礪(せっさしれい)の地と為すべし、と。
我に於(おい)て多少の益(えき)有り。
烏(いずく)んぞ之(こ)れを仇視(きゅうし)すべけんや。
(言後録 一一)
【訳】
「たとえ人が自分に背くようなことがあっても、私は人に背くようなことはすまい」
というのは、誠に的確な言葉とある。
私もまた言う。
「人が自分に負くようなことがあったら、自分が背かれるに至った理由をよく考えて
反省し、かつ、それを自分の学徳を磨く糧(かて)とするべきである」と。
そうすれば、自分には大きな益がある。
どうして背いた人を仇敵と見る必要があるだろうか。
〇 先人に「森羅万象これ皆師なり」の言葉がある。
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(3)【 4月2日 】人智を越えた力によって
「人智を越えた力によって、
自分の手の届かない世界まで味方にしていけるとの強い一念が、
成功を招き、人を大きくする」
幸之助は、いつも言っていました。
この一念に立てば、
如何なる苦悩に直面しようとも、
「宿命」を「使命」に変えることが出来る。
どんな困難な局面も打開出来ると、
確信して事業を進めていたのです。
信じる力が大切だと学びました。
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(4)【 4月2日 】わが心願
予不幸にしして、
十四歳の時父に別れ、
十六歳のおり母に別れ、
所有の田地は、
洪水の為に流失し、
幼年の困窮艱難(かんなん)実に心魂に徹し、
骨髄に染み、
今日猶(な)ほ忘るる事能はず、
何卒(なにとぞ)して世を救ひ国を富まし
憂き瀬に沈む者を助けたく思ひて、
勉強せしに計らずもヌ、
天保両度の飢饉(ききん)に遭遇せり、
是に於いて心魂を砕き、
身体を粉にして弘く此の飢饉を救はんと勤めたり。
(夜話二〇〇)
【略解】
天災飢饉、
死別困窮あらゆる辛酸を味わい、
救人済世の悲願ついになる。
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(5)ひかりの一日一言《2日》
陰(かげ)を見るな。
光明の方面を見よ。
見た方面が強くあらわれる。
*「生命の實相」第22巻聖語篇(P25)より
<感謝合掌 令和7年4月2日 頓首再拝>
賢者の一日一言《3日》 - 伝統
2025/04/04 (Fri) 04:54:51
(1)【 4月3日 】
利己的なことを求めてはならない。
さもなければ、それが汝の身に降りかかり、
汝の善き目的を破壊するかもしれない。
主が望まれることのみを求めよ。
Do not ask for, then, selfish things lest
they turn upon thee and destroy thy good purposes.
Ask only as the Lord wills.
(5346-1)
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(2)【 4月3日 】 教育の方法
誘掖(ゆうえき)して之れを導くは、教(おしえ)の常なり。
警戒して之れを喩(さと)すは、教の時なり。
躬行(きゅうこう)して以て之れを率(ひき)いるは、教の本(もと)なり。
言わずして之れを化(か)するは、教の神(しん)なり。
抑(おさ)えて之れを揚(あ)げ、激して之れを進むるは、
教の権(けん)にして変なるなり。
教(おしえ)も亦(また)術(術)多し。
(言後録 一ニ)
【訳】
子弟の傍(かたわ)らでこれを導き助けるのは。教育の常道である。
子弟が横道に逸(そ)れるのを戒めて諭すのは、
時宜(じぎ)を得た教育というものである。
まず自らが率先実行して子弟を率いるのは、教育の基本である。
言葉に表さないで自然と子弟を感化するのは、最上の教育である。
抑えつけて褒め、激励して道に進めるのは、
その場に応じた臨機応変な教育というものである。
このように、教育にもまた多様なやり方がある。
相手に応じた教育を施すべきである。
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(3)【 4月3日 】 心は無限
「心は無限、万策尽きた時がチャンスだ」と。
幸之助の心はいつも雨上がりのように澄み切っていました。
心は見えないが、瞬間瞬間、
その人の一切を方向づけているものです。
だから、心がどこに向かっているかで、
その人の一生が決まってしまうのです。
不可能はそう決める心の中にあるのです。
人間には無限の可能性があります。
無限の可能性を信じたことが幸之助の成功を築いたのです。
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(4)【 4月3日 】日々の丹誠
予飢饉救済のため、
野常相駿豆の諸村を巡行して、
見聞せしに、
凶歳といへども、
平日出精人の田畑は、
実法(みのり)り相応にありて、
飢渇に及ぶに到らず、
予が歌に
「丹誠は誰しらねどもおのづから秋の実法のまさる数々」
といへるが如し。
(夜話二〇ニ)
【略解】
農事のことのみならず、
商業界においても、
不況の時にも不景気ではないというお店があります。
それは日頃の丹誠のあり方によります。
野常相駿豆とは下町常磐(しもつけじょうばん)・相馬(そうま)・駿河(するが)
・伊豆(いず)の地方を指す。
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(5)ひかりの一日一言《3日》
酷評するな。
せっかくよき心からした行為も、その動機が不純だとして酷評せば
人間はよほどの強き人格をもっている者でないかぎり、
善(よ)き行為をなす勇気を失ってしまう。
*「生命の實相」第22巻聖語篇(P25)より
<感謝合掌 令和7年4月3日 頓首再拝>