伝統板・第二
先祖供養 ⑦ - 伝統
2024/12/14 (Sat) 12:18:21
なぜ「地下に眠る」と云うか?
Web:粟野真弘のblog(2024年10月26日)
http://blog.livedoor.jp/mmmawano550121/archives/58749310.html
荒魂は永く墓地に眠るということ
《垂示》「地下に眠る霊」と普通に謂う場合は、
やはり墓地の「地面の下に眠る霊」という意味が
あるのです。
肉体死後の霊が地下に眠るという観念は、〝一霊
四魂〟という古神道的信仰から謂いますと、〝体〟
そのものがアラワレタミタマ即ち「荒魂」である
からです。
またこれを心霊学的に解釈しますと、死体を地下
に埋葬する場合に、其処に、〝彼〟又は〝彼女〟
が瞑目して横たわっていることを肉眼で見るもの
ですから、「地下に眠る霊」というような観念が
自然発生として起って来たのであり、それが通用
語となって、それが或る種の宗教的にも信ぜられ
るようになったのであります。
こういう素朴な信仰が一般化して、キリスト教な
どでも肉体死後の霊魂は、地下に眠っているとい
うふうに考えられているのであります。
(『新版 人生を支配する先祖供養』164~165頁)
・・・
<関連Web>
(1)本流宣言掲示板「先祖供養」
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=733 (消滅)
(2)「光明掲示板・第一」スレッド「先祖供養 (125)」
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=63
(3)「光明掲示板・第二」スレッド「先祖供養 (96)」
→ http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=45 (消滅)
(4)「光明掲示板・第三」スレッド「先祖供養 (511)」
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=128
(5)伝統板・第二「先祖供養」
→ http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6539638
(6)伝統板・第二「先祖供養 ②」
→ http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7704087
(7)伝統板・第二「先祖供養 ③」
→ http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7838046
(8)伝統板・第二「先祖供養 ④」
→ https://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8230640
(9)伝統板・第二「先祖供養 ⑤」
→ https://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8346660
(10)伝統板・第二「先祖供養 ⑥~祖先供養の手引き」
→ https://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8354370
<感謝合掌 令和6年12月14日 頓首再拝>
地下に眠るのは「荒魂(あらみたま)」 - 伝統
2024/12/15 (Sun) 10:54:06
Web:粟野真弘のblog(2024年10月27日)
http://blog.livedoor.jp/mmmawano550121/archives/58753688.html
「荒魂」というのは、神道の「一霊四魂」という考え方からきています。
谷口雅春先生の『古事記と現代の預言』に一霊四魂について
触れておられるところがありますので、ご紹介します。
(前略)神道では〝一靈四魂〟といって、實相の一靈が、
荒魂(あらみたま)、幸魂(さちみたま)、奇魂(くしみたま)、
和魂(にぎみたま)というふうに、四魂にわけているのであります。
現代の心理學者は我々の心のハタラキを智情意と三つに
わけていますが、
古神道では「四魂」といって、心のハタラキを四つにわけ、
單にハタラキだけではなく、そのハタラキの〝座〟となる
幽體を四つの「魂(こん)」として、夫々の名稱を附している
のであります。
荒魂というのは、肉體のことであります。肉體
は〝心の波〟が肉眼に見える形に現われたもので
あります。だから現身魂(あらみたま)というのです。
人間が死んだら肉體卽ち現身魂を墓に埋めるんです。
そして荒魂に附随して幸魂は墓地に行くというこ
とになっているのです。ですから墓地には幸魂と荒魂と
あるわけなんですね。
それで幸魂というのは、肉體的な家族的な愛の魂であります。
これに反して和魂というのは博愛的な愛の魂であります。
心理學者の「智情意」の「情」を
日本では家族の愛の「幸魂」と公の愛の「和魂」と
に分けたのであります。
古代から日本民族は「愛」といっても、一つでは
ないということを認めておったのは日本民族の素晴
らしさであります。
幸魂は家族的な愛情、妻に對する愛情、
子供に對する愛情のような魂です。
和魂というのは公の愛情である、民族を愛し、社會を愛し
國家を愛する愛情の魂であります。
和魂は、その家の佛壇叉は神棚におまつりされるのであります。
奇魂というのは叡智の魂です。(以下略)
(『古事記と現代の預言』98~99頁)
<感謝合掌 令和6年12月15日 頓首再拝>
一霊四魂の行方について - 伝統
2024/12/18 (Wed) 11:35:26
Web:粟野真弘のblog(2024年10月28日)
http://blog.livedoor.jp/mmmawano550121/archives/58753694.html
墓地の地下に眠る「荒魂(あらみたま)」。
『人生を支配する先祖供養』には次のように説かれています。
一霊四魂の行方について
《垂示》荒魂は墓地の地下に眠っていますが、
遺族が家庭で祭祀しますと、幸魂が家庭の仏壇
又は祭壇を本拠としておられるが、まだ仏壇等
に祀られず、無念の涙を注いで戦地等仆(たお)
れたまま、まだ聖経をも聴かせられずにいる人
の幸魂は荒魂の眠れる附近に荒魂を看戍りつつ
浮游しているわけです。
現象界では数十年経って、世間が変っていまし
ても、霊界と現象界に於ける時間のサイクルの
差がありますので、やっぱりその霊魂は仆れた
場所の地下又は草むらに残存せる遺体や遺骨に
〝念の牽引力〟によってからみついているのが
普通であります。
幸いその遺骨が蒐集され、葬祭の儀式を経て地
下に埋葬せられたならば、荒魂は末永く「地下
に眠って」安息を得ることになります。
葬祭の儀式を経た後、四魂のうち幸魂は家庭の
祭壇に、和魂は招魂社又は靖国神社等の祭壇に
祀られ、奇魂は実相界に昇天しますが、これら
の四魂は物質ではないのですから、四つがハッ
キリ別々に分離しているのではなく、四魂その
ままに一霊として相連繋を保ち、霊的生活を営
み、その霊魂進化の程度に準じて霊界での修行
を課せられ、また使命の召喚に応じて、地上に
生まれ変って来ることになっているのでありま
す。
(『新版 人生を支配する先祖供養』166~167頁)
<感謝合掌 令和6年12月18日 頓首再拝>