伝統板・第二 2579518

本掲示板の目的に従い、法令順守、せっかく掲示板社の利用規約及び社会倫理の厳守をお願いします。
なお、当掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、
どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。

「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、
自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付して、
当掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。


言葉の力⑦

1:伝統 :

2023/02/18 (Sat) 07:56:46


円味(まろみ)のある言葉は、家庭の空気を円満にする

    *「光明道中記」(2月18日 万(よろず)円満大調和の日)より

【言葉の円味(まろみ)は家庭の重要な要素である(『生命の實相』第八巻)】

言葉は創造の力をもっているのである。

”太郎”と呼べば”太郎”が出て来る。
”次郎”と呼べば”次郎”が出て来る。
”馬鹿野郎”と怒鳴りつければ、相手は狂い立って馬鹿な行為をする。

多くの家庭はその家の主人の言葉の乱暴さによって、
どんなに毒されているか知れないものである。

或る家庭では、その家の主人が妻を呼ぶのに
「オイ、馬鹿」と云う言葉以外で読んだことがない。

「馬鹿と言われて腹が立つが、私を呼んでいるに違いないから、主人の方を向き、
用事をきき、嫌々ながら仕事をしました」と言って述懐された奥様もある。

そう云う家庭の空気が棘(とげ)立ったものであり、不愉快なものであり、
不調和なものであり、従って、その家の運命が暗いものであり、
不明朗なものであり、病人が絶えないのは当然である。

優しい言葉、愛称を伴っている言葉は家庭の空気を円満にするものである。
先ず家長から目下の者に、朝起きたとき、
丁寧に「お早うございます」と言い得るようでないと本当でない。

何でも横柄に権利のような態度でせられると、味わいがすっかり無くなって了う。
細君が古くなるほど飽きられて来るのは、
何でも権利のような顔をして押が強くなるからである。

・・・

<関連Web>

(1)“本流宣言”掲示板「言葉の持つ力 (5205)」
   → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=1100  

(2)光明掲示板・第一「言葉の力」
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=216    

(3)光明掲示板・第二「言葉の創化力」
   → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=27 (消滅)

   伝統板・第二「言葉の創化力」(光明掲示板・第二)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7825464

(4)光明掲示板・第三「言葉の力 (213)」
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=77

(5)光明掲示板・伝統・第一「言葉の力 (71)」
   → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=44

(6)伝統板・第二「言葉の力①」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6459722

(7)伝統板・第二「言葉の力②」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6844600

(8)伝統板・第二「言葉の力③」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7602123

(9)伝統板・第二「言葉の力④」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7815156

(10)伝統板・第二「言葉の力⑤」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7989520

(11)伝統板・第二「言葉の力⑥」
    → https://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8228903

           <感謝合掌 令和5年2月18日 頓首再拝>
2:伝統 :

2023/02/21 (Tue) 07:40:45


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023.1.11)より

   (樺沢紫苑氏の心に響く言葉より…)

    普段からどんなアウトプットをしているかによって、
    あなた自身のコミュニケーションにも大きな変化が出てきます。

    なぜなら、アウトプットは
    周りの人間関係に多大な影響を与えるからです。

    よいアウトプットをしていればよい人間関係ができ、

    悪口のようなネガティブなアウトプットをしていれば、当然、
    人間関係は悪化していきます。

    ですから、今よりよい人間関係を持ちたい、
    よりよい生活をしたいのであれば、
    「正しいアウトプット」をしなくてはいけません。


    何より大事なことは、まず「アウトプットする」こと。

    じっと黙っていないで、
    自分が何を考えているのか、自分はどういう人間なのかを「話す」。

    周囲に伝えるということです。

    当たり前の話ですが、何も言わなければ、相手には何も伝わりません。


    日本には、昔から「以心伝心」という言葉があります。

    「言葉にしなくても気持ちは伝わる」という文化は日本独特のもので、
    よい面もあるかもしれませんが、
    場合によってはトラブルの原因になることもあります。

    友だちとけんかしたり、些細なことで揉めたりすることは
    誰にでもありますが、
    その多くは「伝え方」が原因です。

    こちらとしては正しく伝えたつもりでも、
    相手に自分が思ったように伝わっていなければ誤解の原因になります。

    問題が起きてから
    「わかってくれていると思った」と相手を責めても遅いのです。

    ですから、まずはきちんと「言葉に出して伝える」ことが重要になります。

    そして言葉で伝える場合は、
    口で話すか、文章で書くかの2通りしかありません。

    ですから、「話す」「書く」のトレーニングが重要になってくるのです。

       <『エッセンシャル極アウトプット』小学館>

        ・・・

SNSを投稿すると、
ときどき絡(から)んでくるようなコメントを書く人がいる。

「この投稿は間違っている」、と正義感を振りかざすような人だ。

書かれた方は、気持ちがいいはずがない。


悪口のようなネガティブなコメントや投稿は人間関係を悪くする。

できれば、コメントや投稿は明るい方がいい。

人は、だれしもポジティブな話を好むからだ。

つまり、否定ではなく肯定。


どうしても自分の意見を書きたいのなら、自分のSNSで発表すればいい。

もちろん、その人への反論ではなく、一般論として。
そうすれば、人間関係は悪くならない。

そして、誰かの意見が嫌なら、
その人の投稿を見ないでスルーすればいいだけの話。


ネガティブな人には、ネガティブな人が集まる。

ポジティブな人には、ポジティブな人が集まる。


SNSのアウトプットは、その人そのものだ。

人は、小さな言葉の断片から、その人のすべてを分かってしまう。

そして、その第一印象は、たいてい間違っていない。


人間関係を悪くするのではなく…

人間関係をよくするアウトプットを心がけたい。

         <感謝合掌 令和5年2月21日 頓首再拝>
3:伝統 :

2023/02/26 (Sun) 07:05:43


     *『生命の實相』第25巻教育実践篇上(P187~188)より

ヨハネが福音書を書いた時分には
「言葉は神なり《き》」であって、もう言葉は神ではなかった。

それはどういう意味でいいかといいますと、
言葉は、《実相の言葉》と《嘘の言葉(つまり迷いの言葉)》
との二種類があることです。

「言葉は神である」というのは、
実相の言葉、すなわち善き言葉が神であって、
善き言葉を使う時、この善き言葉力によって創造(つく)られるものは
すべて善きものであるということであります。

それが反対に、本来の善き言葉が汚(けが)され歪(ゆが)められて、
われわれが神の言葉、實相の言葉を使わなくなり、悪しき言葉を使う時、
その力によってはこの世は乱れ、汚(けが)れ、天災地変、
その他家庭争議などと、災(わざわ)い多き、悪しき現象となって
現れてくるのであります。

この時、もう「言葉は神なり」ではなく、
「言葉は悪魔なり」になっているのです。

 
それで生長の家の人類光明化運動とは、
人々の言葉を浄(きよ)めて、ほんとうに神の言葉にする
ということであって、人々の言葉を、本来の神より発する言葉、
実相より発し実相を讃える言葉にしてしまおうというのが目的で、
これこそわれらの人類光明化運動の究極の目的なのであります。

本来われわれは神の子であり、その実相(じっそう)は神である。

この実相より発する言葉は必ず善(よ)からざるを得ないのであります。

すべての人みな神の子でありますから、
すべてこれ善人あるべきはずであります。

ところがこの世の中には
必ずしもことごとく善人の姿をした人間ばかりはいない。

またそのことごとくが神の子らしい幸福(こうふく)さを
備えていないというのは、取りもなおさず実相(じっそう)から出た
言葉がこの世界を形造(かたちづく)っていないからであります。

実相ならざる言葉、罪とか、病とか、死とか、
本来ないものを、なんだかのごとく装っている言葉が
この世の中を占領しているからであります。

それでわれわれの使う言葉を実相の言葉
―― 神より出(い)でた浄(きよ)になった本来の善き言葉のみに
還元したならば、実相の言葉によって、すべてのものが実相の姿を
この世の中に現すわいてきてたちどころに地上天国に浄土が湧出する
というわけであります。

         <感謝合掌 令和5年2月26日 頓首再拝>
4:伝統 :

2023/02/28 (Tue) 07:09:34


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023.1.20)より

   (内藤誼人(よしひと)氏の心に響く言葉より…)

   《「ネガティブ」な雑談などありえない》

   「飲食はお断りします」

   「タンクトップのお客はご遠慮ください」

   「両替は致しません」

   「返品はご遠慮ください」


   人気のないお店では、こういう注意書きが多い。

   こういう注意書きは、お客を不愉快にさせるので、
   お店にとっては何のメリットもないのだが、
   平気でそういう注意書きを店内のあちこちに貼り付けているのである。


   繁盛しているお店では、逆だ。



   雑談もそうだが、
   "なんとなく気分が悪い”と感じさせる話題はすべてNGである。

   「日本の経済はもうダメ」

   「最近の子どもは、みな腐っている」

   「日本の政治家は、最悪」

   という話題が、それである。


   そんな話を聞かされて、いい気分になる人などいるのだろうか。

   いるわけがない。

   雑談というのは、面白おかしくなければダメなのである。


   そのためには、聞いていて
   心が躍ってくるような、楽しさがなければならない。

   雑談だからといって、なんでもアリかというとそうではなく、
    "ポジティブなものに限る”という、きちんとしたルールがあるのである。

   私たちを、なんとなく不愉快にさせる表現を
   「ネガティブ・フレーム」の表現といい、

   楽しい気分にさせる表現を
   「ポジティブ・フレーム」の表現という。


   人と話すときには、 できるだけ
   ポジティブ・フレームで話すことを心がけるといい。

   それが雑談の基本である。


   たとえば、相手が「今年の夏は暑いですね」
   というネガティブ・フレームで話しかけてきたら、

   「でも、秋になったら紅葉が見事でしょうね」
    とポジティブ・フレームで切り返していくのが、正しい姿勢である。

   「そういわれれば、そうですね」と
   相手を楽しい気分にさせたほうがいいに決まっている。

   そういう方向で雑談を進めるのが絶対に必要なポイントなのである。

            <『雑談の達人』大和書房>

       ・・・

何人かと雑談をしているとき、どうしても話が弾まないときがある。

そういうときはたいてい、ネガティブな話題になっている。

もし、それが飲み会だったら、ゼンゼン盛り上がらない会となってしまう。


自分のドジ話や、失敗談をする人は好かれる。

思わず笑ってしまうようなドジ話は場が盛り上がる。


その反対に、嫌われるのが自慢話や成功談だ。

「いかに自分はすごいか」という話を延々と聞かされて、楽しくなる人はいない。

これは、説教も同じ。


どんな雑談をするかによって、その人の印象が変わる。

「明るい人なのか、暗い人なのか」、
「教養がある人なのか、ない人なのか」、
「自信がある人なのか、ない人なのか」、
「エネルギッシュな人なのか、そうでない人なのか」…。

ネガティブな話をする人は、ネガティブな印象しか残らない。


「雑談は常にポジティブに」 という言葉を胸に刻みたい。

         <感謝合掌 令和5年2月28日 頓首再拝>
5:伝統 :

2023/03/10 (Fri) 07:42:19


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023.1.30)より

   (斎藤一人さんの心に響く言葉より…)

   たとえば「行けたら行きます」というようなあいまいな言い方は、
   親しい友人同士なら許されても、上司が部下に言ってはいけない。

   あいまいな指示を出されると、言われたほうが混乱するでしょ?

   それは、かわいそうです。

   100人に言って1人が間違えるような話し方をしていると、
   今度は相手が100人になったとき10人が間違えてしまう。

   その人が1000人に影響を与えるような立場になったら、
   100人が間違えてしまうんです。


   だから、ふだんから自分の話し方に気をつけて、
   1000人に1人でも間違えないような
   指示の出し方を心がけなきゃいけません。

   先日も私のお弟子さんが電話でお店の予約をとるのに、
    「今、入れますか?」 と聞いていたので、

   私が、 「最初から『○○人なんですけど、入れますか?』と
   聞かなきゃダメだよ」 と教えてあげました。

   そうしないと、お店の人が、「何人ですか?」と
   聞き直さなければならなくなって、手間をとらせてしまいます。

   4人だったら入れるけれど、6人だったら入れない場合だってあるんですから、
   人に手間をとらせるような話し方をしてはいけない。


   でもこういうあいまいな指示が会社の中でもたくさんあります。

   たとえば部下に、 「今日、社内にいる?」

   「います」 という会話だけで終わりにしてしまったら、
   部下は上司が自分に話があるのかと思って、
   ずっと待っているかもしれません。


   「話があるから、夕方行くね」 という言い方もよくない。

   必ず「いい話があるから」と言わないと、
   部下は夕方まで不安な気持ちで待つことになります。

   私の場合、いい話は、たとえ電話でも
   すぐその場で話すことにしています。

   「今日、すごくいい話があるから、
    夕方詳しく話すけど、それはこういう話だよ」
   という具合に。


   そうすれば、部下は夕方まで楽しい気持ちですごせます。

   楽しい話はすぐに伝えてあげたほうが、
   幸せが早くやってくるんです。

   私のお弟子さんがプレゼントを
   部下に用意していたことがありました。

   私は、 「『あげる』って、今すぐ電話で言ってあげな。
   早く言われたほうが1秒でも早く幸せになれるんだから」 と言って
   すぐに電話させました。


   《いい話は1秒でも早く伝えて、部下を幸せにしてあげる》

      <『斎藤一人 変な人が書いた人生の哲学』PHP文庫>

      ・・・

たとえば、部下や知り合いから
「ちょっと相談があります」と言われると、少しギクッとする。

言葉のニュアンスがあいまいだから、悪いことを考えてしまって不安になる。

「(部下が)辞める」と言ってくるのか、
「(知り合いが)トラブルが起きた」と言ってくるのか、

心配になって、相談にくるまでじっとしていられなくなるからだ。

いい話なら
「いい話なんですが、ちょっと相談があります」
と言ってくれたら気が楽になる。


悪い話は、実は緊急を要する場合が多い。

もし、あまりよくない話なら
「少し悪い報告なんですが、すぐにお会いできますか」
と、あまり時間をおかない方がいい。

それが1週間後とかになるとその1週間、気になって仕方ないし、
その間に事態はどんどん悪化する可能性大だ。


だから、「いい話」か「悪い話」かを先に言うことは大切だ。

そして大事なことは、
「いい話は早く、悪い話はさらに早く」を心がけること。


「いい話は1秒でも早く伝えて、部下を幸せにしてあげる」

人を不安にしない話し方を心がけたい。

・・・

<参照>

他に向ける「思い」と「言葉」と「行為」の大切さ
伊勢ー白山 道(2023-02-20 )
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/56ac2e8b4f5bd8b02a7522386baedb57

          <感謝合掌 令和5年3月10日 頓首再拝>
6:伝統 :

2023/04/10 (Mon) 07:26:30

      *ゲイリー・ジョン・ビショップ(著)より

「 あなたはあなたが使っている言葉でできている」を
世界一わかりやすく要約してみた
【本要約チャンネル】(2022/05/30)
https://www.youtube.com/watch?v=m_E2JAQ1as0

▼【目次】
0:00 ご挨拶・導入
1:39 本日のお品書き
1:59 ①限 自分にどんな言葉をかけるかで人生が変わる
12:57 ②限 「自分のためになるしゃべり方」で望む現実を手に入れる
20:23 ③限 あなたの人生を変える言葉

          ・・・

あなたはあなたが使っている言葉でできている Unfu*k Yourself
【ゲイリー・ジョン・ビショップ】
フェルミ漫画大学(2021/04/19)
https://www.youtube.com/watch?v=1kYISflVQ2k

0:00 「あなたはあなたが使っている言葉でできている」
   授業開始!!
1:17 自分にどんな言葉をかけるのかで行動が変わる
2:53 今悩んでいることは大した悩みではない
5:31 全ては自分の捉え方次第
6:23 「でも」という言葉を使わない
8:13 自分がどうしてもしたいことをはっきりさせておく
10:08 考えるのをやめて行動する
11:47 先が分からないから面白い
13:02 何も期待せず、全てを受け入れる
14:06 まとめ
15:01 END

・・・

本書の目次

第1章 最初に心に刻むべきこと

  人は常に自分と会話している
  自分にどんな言葉をかけるかで人生が変わる

  ネガティブな言葉がネガティブな感情を呼ぶ
  自分にとっての現実は、自分の頭でつくり出せる

  脳を少しずつ鍛え直そう
  セルフトークをアサーティブ(主張型)に変える
  この本の使い方

第2章 「私には意志がある」

  人生を変えられないことに言い訳をするな

  「やるぞ!」という意志があるか?
  「意志がない」と宣言してもいい

  ネガティブな意志のパワーを活用する

  本当にその目標を達成したいのか?
  目標への道筋をはっきりさせる

  本当に大切なものに集中しよう

第3章 「私は勝つに決まっている」
 
  人生で起こるすべての出来事は勝利だ
  「負けているのに勝っている」というミステリー

  自分を縛っている限界に気づこう
  自分は何に「勝っているのか」を振り返る

  自分の「勝ち癖」を目標に向けよう

第4章 「私にはできる!」

  問題は必ず起こる
  大変なのはあなただけではない
  あなたはこれまで問題を乗り越えてきた

  未来に目を向ける
  人生の舵を握れ

  あなたにはできる!

第5章 「先がわからないからおもしろい」

  確実さを求める病
  確実な成功などあり得ない
  ありもしないものを追いかけるな!

  一歩踏み出して白い目で見られよう
  先が見えない状況を楽しもう

  人生は冒険だ

第6章 「自分は思考ではなくて行動だ」

  思考が変われば人生は変わるか?
  人間は思考ではない

  行動が思考を変える
  心がやる気になるのを待っていてはいけない

  思考と自分を切り離せ

第7章 「私はがむしゃらになる」

  安全圏の中では成功できない

  がむしゃらになる
  信じれば真実になる

  道を自分で切り開け
  誰でもがむしゃらになれる

第8章 「私は何も期待せず、すべてを受け入れる」

  こんなときどうする?
  期待がパワーを失わせる
  期待を手放せ!

  人は無意識に支配されている

  すべてを受け入れるとはどういうことか?
  何も期待せず、すべてを受け入れる

第9章 次はどこへ?

  死ぬ前に何を後悔するだろう?
  ごまかすのはやめよう

  過去のせいにするのはやめよう

  自由になるための2ステップ

  頭の中から跳び出せ

https://d21.co.jp/book/detail/978-4-7993-2369-4

          <感謝合掌 令和5年4月10日 頓首再拝>
7:伝統 :

2023/04/15 (Sat) 07:50:36


        *メルマガ「成功への道しるべ」(2023.3.15)  

◆松下幸之助氏は、人を採用する時

「君は自分を運のいい人間と思っているか、それとも運が悪いと思っているか」 

と尋ねられ、
運が悪いと思っているといった人は採用されなかったといわれます。 

また、ご自分の成功について

 若い頃は  「成功は半分は運や!」と云われていましたが
 晩年は   「成功はほとんど運や!」と云われています。

このようにいわれると、自分は運が悪い人間と思っている人は、
成功を諦めなければならないのかと思ってしまいます。

実際私は運が悪い人間だと思っていると、運が悪いことが引き寄せられます。

ただ、運が悪い人間か、良い人間かは決まっているのでなく、
自分が勝手にそう思っているに過ぎないのです。

運がいい人間と思うか、悪い人間と思うかは私達の選択の問題なのです。

だから、私は運がいいと思う方を選択すればいいのですが、
「思い」というのは、簡単に思い通りになりません。

決意しても、気が付くと「運が悪い」と思っているのです。


「潜在意識」には、

今までインプットされてきた運が悪いと思い続けてきた「思い」や、
運が悪かった「体験」で一杯だからです。
だから無意識の内に私は運が悪いと反応してしまうのです。


そこで「私は運がいい」と言葉にして反復するのです。
とにかく徹底して反復して「潜在意識」にインプットされている
ネガティブな情報を、「運がいい」というポジティブな情報で、
圧倒し置き換えてしまうのです。

自己啓発の教材などでは、
「間(ま)を置く反復」が必要と示唆していますが、

「間(ま)を置かない反復」という意識で連続して
反復することが必要です。

「間」を置くと、その間にネガティブなことを思ってしまうからです。



◆「治る、治る、あなたも、きっと治る(PHP文庫)という本があります。

著者の越智宏倫氏は幼児の時から30年近く重度の喘息に苦しみ続けました。
ありとあらゆる治療をしたのですが治りません。

ある人の勧めで訪れた診療所があり、
その先生はあなたの否定的な思いを「潜在意識」から取り除けば
喘息は、すぐに治りますといわれます。

そしてその先生が指示されたことは、健康体をイメージしながら 
《治る、治る、きっと治る》と四六時中、
言い続けなさいということでした。

現実には四六時中など出来ませんが、
とにかくその意識で徹底して反復されました。

その結果3週間目の朝、
目覚めた時完全に喘息が治ったと自覚できたのです。
著書はその体験記です。

30年間どんな治療をしても治らなかったのは、いつも喘息の発作を恐れ、
思い続けていたので、まさしくそれが実現されていたのです。

間を置く反復では、奇跡的効果が期待できないのです。
反復を止めた途端、喘息の発作を思ってしまうからです。

せっかくインプットしたプラスの情報も、
喘息を恐れるというマイナスの情報で
相殺されることになってしまうのです。

四六時中反復は出来なくても、とにかく徹底して反復すると、
アファームするのを一時中断しても、
頭の中では、しばらくは反芻しているので、
寝ても覚めても実現したいことを思っている状態になります。

いつも思っている状態になるのでそれで目的ははたしています。


◆3週間徹底して反復すると
「潜在意識」の中の情報を置き換えることが出来るというのは、
他の実験でも証明されています。


私達の頭脳、「潜在意識」の仕組み、働きはそのようになっています。

私がなりたい自分を簡潔なキャッチコピーにし、
3週間徹底して反復すれば、なりたい自分に生まれ変われます。 
                                      


編集後記

自己暗示の創始者と云われるエミール・クエ博士(仏)は
入院している患者に

「私は毎日だんだん良くなっている」

を反復することの効果を説き呼びかけました。
実践した患者はみな良くなっていきました。

このアファーメーションは病人だけでなく、
すべての人に効果があります。

鏡の前でやればもっと効果があります。

元気になり魅力的な顔、表情に変わっていくのがわかれば
楽しく継続できます。

          <感謝合掌 令和5年4月15日 頓首再拝>
8:伝統 :

2023/04/26 (Wed) 08:30:02


       *メルマガ「勝ち神からの手紙」(2023.4.22)より

4月は新入生や新社会人で、駅も街も人でいっぱいです。
新しい場所で新しい人生の一歩を踏み出すことで、
緊張感とともにこれからの期待で一杯でしょう。

新たな社会に入ると、やはり一番苦労するのは人間関係です。
そしてその人間関係の基本となるのはやはり「ことば」です。
「ことば」があるからこそ、人と人が通じ合うのです。

しかし、ことば一つで通じ合うどころか、
反感を買うこともあるので、とても難しいと思います。

江戸時代の良寛さんはとても「ことば」を大切にした人です。
その良寛さんが、「ことば」を学んだのは、道元禅師の教えです。

道元禅師の「正法眼蔵」の中のある一節をまるごと書写して、
「ことば」を学んでいました。

それは、「愛語」というものです。

良寛さんが書写した一文を掲載します。
ぜひ、音読して見て下さい。
道元禅師の心が伝わってくると思います。


  愛語といふは、衆生をみるにまづ慈愛の心をおこし、
  顧愛(こあい)の言語をほどこすなり。

  おほよそ暴悪の言語なきなり。
  世俗には安否をとふ礼儀あり。
  仏道には珍重のことばあり。
  不審の孝行あり。

  慈念衆生(じねんじゅうじょう)、
  猶如赤子(ゆうにょしゃくし)の思ひを
  たくはへて言語するは愛語なり。

  徳あるはほむべし。
  徳なきはあはれむべし。

  愛語をこのむよりは、やうやく愛語を増長するなり。
  しかあればひごろ知られず見えざる愛語も現前するなり。

  現在の身命の存ぜらん間、好んで愛語すべし。
  世々生々にも不退転ならん。

  怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること、愛語を本とするなり。

  向て愛語を聞くは、表をよろこばしめ、心をたのしくす。
  向かわずして愛語を聞くは、肝に銘じ、魂に銘ず。

  しるべし愛語は愛心よりおこる。
  愛心は慈心を種子とせり。

  愛語よく廻天のちからあることを学すべきなり。
  ただ能を賞するのみにあらず。


なかなか難しい言葉も出てくるので、私なりの解釈をお伝えしたいと思います。

「愛語といふは、衆生をみるにまづ慈愛の心をおこし、
 顧愛(こあい)の言語をほどこすなり。」

愛語とは、人と接した時に優しく相手を思いやる心を持って、
ことばをかけることです。


「世俗には安否をとふ礼儀あり。仏道には珍重のことばあり。不審の孝行あり。」
世間には「ご機嫌いかがですか」(不審)という挨拶の
ひとつひとつも愛語のひとつです。


「慈念衆生(じねんしゅうじょう)、猶如赤子(ゆうにょしゃくし)の
 おもひをたくはへて言語するは愛語なり。」
まるで赤ん坊を大切に思うように、ことばをかけるのが愛語です。


「徳あるはほむべし。徳なきはあはれむべし。」
良い事があったときには「よかったね!」「頑張ったね!」と誉め、
上手くいかなかったときには「残念だったね」「気の毒だったね」と
慰めることも愛語です。


「愛語をこのむよりは、やうやく愛語を増長するなり。
 しかあればひごろ知られず見えざる愛語も現前するなり。」
愛語を好んで使うと、どんどん連鎖して増殖し、
やがて自分でも気がつかなかった思いやりのある「ことば」が
現れてくるようになるのです。


「現在の身命の存ぜらん間、好んで愛語すべし。世々生々にも不退転ならん。」
命のある間、進んで愛語をかけていけば、後々の世まで語り続けられていくものです。


「向て愛語を聞くは、表をよろこばしめ、心をたのしくす。
 向かわずして愛語を聞くは、肝に銘じ、魂に銘ず。」
面と向かって思いやりの言葉をかければ、表情を和らげ楽しい気持ちになります。
また直接でなくても、間接的に人から自分に対する思いやりの言葉を聞けば、
心に響くものです。


「愛語よく廻天のちからあることを学すべきなり。」
愛語は世の中を変え、動かす力を持っていることを知るべきです。


「ただ能(わざ)のみにあらず。」
ただ能力がある、技能がある、業績が高い事だけを観るのではなく、
その人自身を認める事が大切です。


道元禅師の教えと良寛さんの日本人としての心根を
この機会に学んで頂きたいと思っています。


そして最後に、愛語の究極は「叱る」ということであることを
付け加えたいと思います。

ただ優しいことばが愛語ではなく、
相手を思いやる心を持つことが大切という教えです。

愛語をかけることで、世の中が少しでも良い方向に向かっていくことを願う
道元禅師や良寛さんの心根を感じて頂きたいと思います。

            <感謝合掌 令和5年4月26日 頓首再拝>
9:伝統 :

2023/05/03 (Wed) 04:45:19


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月3日)」より

「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神なりき。
万(よろず)のものこれによりて成る」と「ヨハネ伝」の冒頭にあるとおり、
言(ことば)は万事の本(もと)である。

言(ことば)というのは空気の振動ばかりのことではない。
心の振動も、顔の皮膚の振動も、身体(からだ)の態度も、文章も、手紙も
すべてコトバである。

しかし根本的には心の振動が、言語という空気の振動ともなり、
表情という顔の皮膚の振動ともなる。

見ゆる形は、見えない心的エネルギーが現われたのである。

心を平和に、言葉に善きことのみを発し、表情を明るくすることが大切である。

           <感謝合掌 令和5年5月3日 頓首再拝>
10:伝統 :

2023/05/04 (Thu) 09:34:32


       *メルマガ「勝ち神からの手紙」(2023.4.28)より

さて、前回は良寛さんの「愛語」をお伝えしました。

そして今回は「戒語」の紹介です。

愛語は相手を思いやる心から生まれ、愛語を積極的に使いましょう、
と良寛さんは言います。

そして、その心からもうひとつ生まれるものとして
「戒語」があるのです。

相手とのコミュニケーションの基本が会話であり、
会話は言葉によってなされます。

その言葉の中には「自制しなければならない言葉」があります。
その言葉を良寛さんはまとめて自筆で書き残しています。
その数は400近くになるのです。

良寛さんがまとめて書かれていたものを、
「戒語」としてまとめたのは貞心尼です。

良寛さんのそばにいてお世話をしながら、
生前の良寛さんとの物語をまとめた方です。

貞心尼は、良寛さんの戒語を90か条にまとめています。
ひとつひとつは、心に突き刺さる言葉です。
愛語を使わなくては・・・と思いつつ、発せられるのが戒語であったりします。
私なぞは、90か条の戒語で振り返るたびに、落ち込みます・・・。

会話で言葉を発している時、相手を見ています。
そして、相手に自分の思いが伝わるように話しているつもりです。

愛語を学べば、思いやりの心を持って愛語を使おうとします。
でも簡単にはできません。
どうしても戒語が出てしまうものです。

いつになったら、できるようになるのだろう・・・
そう思っているうちに還暦を過ぎてしまったわけです。

ただ、良寛さんが愛語と戒語をまとめてくれていたおかげで、
自分の言葉を振り返ることができます。
そして少しは、進歩できたのではないでしょうか。

良寛さんの戒語にはこのようなものがあります。

「とはずがたり」
相手から尋ねられていないのに勝手に話してしまう

「かうしやくのながき」
知ったかぶりのように長々と講釈する

「さしでぐち」
出しゃばって口をはさむ

「ついでなき はなし」
思い付きで順序も考えず話す

「てがらはなし」

「じまんばなし」

などなど・・・

「人の物いひきらぬうちに ものいふ」
相手の話が終わってないのに中断させて話す

「あしきとしりながら いひとをす」
自分に非があると知りながら、自分の考えを貫き通そうとする

「さしたる事もなきを、こまごまといふ」
大してとりあげることもない些細な事までこまごまと話す
などなど・・・


愛語と戒語は車の両輪なのかもしれません。
そしてどちらも相手を思いやる心から生まれてくるのでしょう。
アクセルとブレーキのようなこの二つを意識することで、
人間として成長できるのかもしれません。

還暦過ぎても・・・まだまだ、できていませんね。
だから・・・やること沢沢山あります!
ありがたいことです。

・・・

<参照>
戒語と愛語
円覚寺(2021.04.03)
https://www.engakuji.or.jp/blog/33444/

            <感謝合掌 令和5年5月4日 頓首再拝>
11:伝統 :

2023/05/18 (Thu) 07:09:02

あなたに不幸を引き寄せる…言ってはいけない言葉!
伝説のユタがお答えします!
奇跡の琉球ユタ HALチャンネル(2023/05/12 )
https://www.youtube.com/watch?v=67-Ei8PQZ-c

(1)馬鹿

(2)疲れた

       <感謝合掌 令和5年5月18日 頓首再拝>
12:伝統 :

2023/06/03 (Sat) 08:33:08


        *「生命の實相」第37巻幸福篇上(6月3日)」より

「知力も直覚も語(ことば)によって構成せられ、またそこなわれる。

善き語(ことば)、悪しき語は
知力と直覚とをあるいは構成し、あるいはそこなうがゆえ、
十分語を選択する術(すべ)を知らねばならぬ」とパスカルは言っている。

言葉の暗示の力は、智力を増し、直覚を増す。

祈りが学業成績に影響するのは当然なことである。

子供の学修を指導しつつある父母がすぐ焦(じ)れてきて
「子供の頭の悪さ」に不平を言うがようなことでは、
その子供の学業成績は挙がるものではない。

           <感謝合掌 令和5年6月3日 頓首再拝>
13:伝統 :

2023/06/05 (Mon) 07:13:43

(上岡龍太郎)断定してやること
Web:note中村 篤史/ナカムラクリニック(2023年6月3日)
https://note.com/nakamuraclinic/n/n1592e408b05c?magazine_key=m76003541a54a

           <感謝合掌 令和5年6月4日 頓首再拝>
14:伝統 :

2023/06/06 (Tue) 08:20:09


     *メルマガ「成功への道しるべ(2023年4月14日)より   

米国の著名な哲学者・心理学者であったウイリアム・ジェームズ
(1842〜1910年)の残した名言は含蓄に富んだものが多くあります。 

自己啓発の教材などによく使われている次のような一文があります

「出来るかどうかわからない試みを、成功させるただ一つの方法は、
 まず初めにそれができると信じることだ」   
 
ところが、出来るかどうかわからないことを、
まず初めに出来ると信じるというのは矛盾しています。

常識的には、やっぱり出来そうか、どうかを
よく調べるべきではないかと思うのですが、
そうすると問題点が見つかるだけです。
結局止めておこうとなります。

これでは、なんの進歩もありません。
それならどうすればよいか?

私達の頭脳の仕組みを、よく理解しておくことが必要です。 

私達の頭脳は「顕在意識」と無意識の「潜在意識」で構成されています。

「顕在意識」の役割は、基本的に実現したいことを決めることです。

「潜在意識」の役割は、どのようにして、ということも含め、
その目標を忠実に実現することです。

ですから、「顕在意識」(私)のやるべきことは
肯定形で明確な目標を設定すること。

それを繰り返し反復して「潜在意識」に伝えることです。
 
問題は「潜在意識」が、多くの場合は、過去にインプットされた
ネガティブな情報で一杯になっているため、
否定的に反応してしまことです。

常に前向きに反応するよう洗脳する必要があるのです。


なぜ日本電産は急速に大きくなれたのですか?
と尋ねられたことに対して、

永守重信社長が、次のように答えられたことがあります。

《会社を作たものの仕事がありません。
 取れた仕事は他社が「出来ません」と言って、
 引き受け手がなかった仕事です。

 帰って社員に話すと「出来るはずがない」と言います。

 そこで私は、社員に、これから皆で「出来る、出来る・・・・」を
 1000回言おうと提案し、
 皆で声を出し「出来る」を反復したのです。

 そうすると、だんだん出来るんじゃないかと
 思えるようになってきたので、
 すぐに、作業に取り組み1歩前進できたのです。

 日本電産は、その繰り返しで大きくなってきました。》

一大決心というのは、当てになりません。
また長年に亘って身に付けてきた考え方や意識は簡単に変りません。

「出来る、出来る」と皆で、1000回も反復していると、
だんだん頭がおかしくなって(もちろん良い方に)きて、
出来るのではないかと思うようになります。

そうなったらその意識が変わらないうちに行動することです。 
少しであっても確実に前進した実績を作ることができます。

これは確実に「心構え」を前向きに変えていくことになります。
その繰り返しで目標に向かって確実に前進していくこともできます。

そう考えると荒唐無稽とも思える永守重信社長のやり方は、
まことに理に適ったものであることがわかります。


こうすればいいということがわかれば、
新しいこと、困難なコトを、迷うことなく決めることができます。

「出来るか、出来ないか」ではなく、
「やりたいかどうか」で決めればいいのです。

もう一つ学ぶべきことは、

「実践し、実践的に学ぶ」のは最高に効率的なやり方で、

学んでから、実践しようというのは、余りにも効率が悪い
ということです。



編集後記

哲学者・心理学者であったウイリアム・ジェームズの名言のなかに
次のような含蓄に富んだものがあります。

*楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ。

*世界は常に勇気ある者のための劇場である。

*賢明であるコツとは、何に目をつぶるかを知ることである。

*人間は心構えを変えることによって、人生を変えることができる。
                             等々

        <感謝合掌 令和5年6月6日 頓首再拝>
15:伝統 :

2023/06/18 (Sun) 05:04:16


       *『生命の實相』第三十七巻幸福篇上(6月18日)より

言葉が舵であって、人生の方向を定める。
言葉、言葉、言葉、言葉・・・・・
われわれの心に印象を深からしめるために
「言葉」という字を繰り返し繰り返し書いておく。

船は船長の言葉の力でその方向に必ず進むのである。
船長はみだりにまちがった言葉を出すことはできない。
船長が「東」と言うのに、船が「西」に進むということはありえない。

では、われわれは「幸福」に人生を航海したいならば、
「幸福」の方向にのみ自分の「人生」を進めたいならば、
われわれは自分の人生の船長であるから
「幸福」とのみ掛け声をかければよいのである。

「幸福」「幸福」とのみ毎日掛け声を掛けているならば、
必ず自分の「人生」は幸福の方向に進んで行くにちがいないのである。

「健康」「健康」とのみ掛け声をかめていれば、
必ず「健康」の方向にのみ自分の人生は進んで行くにちがいないのである。

それだのに「幸福」を切に求めながら、
毎日「自分は不幸だ」と掛け声をかけたり、
呟いたりしている人があり、

「健康」を切に求めながら、毎日「自分は虚弱だ」と
掛け声をかけたりしている人がある。

自分の運命について呟く人、自分の病身について呟く人は
こういう種類の人であって、その人がその生活習慣を改めないかぎり、
本当に幸福と健康とは来ないであろう。

今現に不幸であっても「幸福」と言う人は、
西へ行こうとしている船が「東」と言う船長の言葉で
「東」へ位置を変じはじめると同様に、「幸福」の方向へ
生活が転向しはじめるのである。

           <感謝合掌 令和5年6月18日 頓首再拝>
16:伝統 :

2023/06/19 (Mon) 05:02:04


        *『生命の實相』第三十七巻幸福篇上(6月19日)より

「アダムの名づけたるところのものは、その物の名となれり」と
「創世記」にあるように言葉のとおりに事物はなるのである。

宇宙は感受力鋭敏なラジオ・セットのようなものである。

このラジオ・セットは言葉で放送したものを感受するほか、
心で放送したものを鋭敏に感受して、
それを具体的可聴的可視的な存在とするのである。

自分の放送しないところのものは一つとしてこの世界に形を顕わさない。

妻を呪う言葉を出したときには、
妻はやがてその呪わるべき形に変って来るだろう。

良人を呪う言葉を出したとき、
良人はやがてその呪ったとおりの姿に現われて来るであろう。

自分の職業を呪い、境遇を呪うがごとき言葉は
冗談にも発すべきではないのである。

もし過ってそんな言葉を出したならば、それと反対の言葉、
「善い良人だ」「善い妻だ」「自分の職業は良い職業だ」
「自分の境遇は幸福な境遇だ」
というような言葉で打ち消しておくことが必要なのである。

・・・

<参照>
呪いの正体
伊勢ー白山 道(2023-06-16 )
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/d5b715afb46a3b4d0181a2e510b22ff1

           <感謝合掌 令和5年6月19日 頓首再拝>
17:伝統 :

2023/06/23 (Fri) 04:59:22


   *『生命の實相』第三十七巻幸福篇上(6月23日)より

朝目を覚ましたとき、その疲労感に捉われるな。
多くの病人は、半睡半覚状態における身体の《だるい》感じを
「病気の執拗(しつこ)いためである」と錯覚しているのである。

「身体(からだ)の《だるい》のは同じ姿勢で長く寝ていたからである」と信ぜよ。

そして

「今後自分には善きことばかりが来るのである。
自分は神の子であり、神に祝福されたるものであるから、
常にいっそう幸運は訪れ、常にいっそう健康になるのである」

と瞑目のまま低声(こごえ)をもって繰り返し念ぜよ。

必ずその言葉の力のとおりになるのである。

         <感謝合掌 令和5年6月23日 頓首再拝>
18:伝統 :

2023/07/16 (Sun) 08:58:40


     *(藤平光一・著)より

(1)言葉が心を変え、行動を律する。

(2)真に立派な人格とは、
   いついかなるところにあっても変わらず、
   心と言葉、行動が一致していることをいう。

(3)わからないことは、わからないと言う。

(4)繰り返すが、
   リラックスは最強の状態である。

   では、リラックスするにはどうしたらいいのか。

   身体の重みを落ち着くべきところに落ち着かせる。

(5)勝海舟との会談にさきがけ、静岡に赴いて
   西郷隆盛と直談判を果たし、事実上、
   江戸無血開城を成し遂げた山岡鉄舟。

   西郷と膝を交えた瞬間の鉄舟が、
   リラックス状態にあったことは疑いを入れない。

   いかなる苦境にも変わらず
   明鏡止水の心境で臨んだとされる鉄舟は、
   むろん、いついかなるときにも、
   天地に任せ切る心身統一状態になれたのである。

(6)「気が出ている」と心に思い、
   言葉に出しただけで気はほとばしり出る。

(7)合気道の植芝盛平先生は実際に磐石不動で強かった。
   私はそれを一所懸命学ぼうとした。

   そして、その秘訣は
   リラックスすることにありと悟ったのである。

(8)下腹に心をしずめるとリラックスできる。

        <感謝合掌 令和5年7月16日 頓首再拝>
19:伝統 :

2023/07/20 (Thu) 08:41:15


     *メルマガ「人間力」(2023.4.9)より

対談「宇宙を貫く言葉の法則」/小林正観&神渡良平
(『致知』2008年8月号より抜粋)
───────────────────

【小林】

宇宙というのはどうも二重構造に
なっているみたいなんです。

結婚したいと言ってる人からは
結婚が遠ざかるし、

お金がほしいと言ってる人からは
お金が遠ざかるし、

健康がほしいと言ってる人ほど
健康が遠ざかっていくようです。

ですから講演でも、
「聴かなくてもいいですよ」
みたいな話のほうが聴きたくなる
と思うんです。



【神渡】

なるほど、宇宙の法則がそうなっているんですね。



【小林】

ある保険会社が、車につけてあるお守りの数と事故率を調べたら、
お守りの数が多くなるほど事故率が高い
という統計が出たんです。

なぜお守りが多いほど
事故に遭いやすいかというと、
前が見えなくなるからです(笑)。


【神渡】

アハハ(笑)。


【小林】

それは冗談ですが、
でも宇宙の構造はそういうふうに、

執着を持って求めるほど遠ざかるらしいんです。

つまり、営業ナンバーワンになりたいと年間1,000回言ったとすると、
来年もまたその言葉を千回言うようになるし、

健康がほしいと言っている人は、
来年も再来年も同じことを言い続けることになる。

つまり叶っていないわけです。

言ったことが叶うのではない。

言った言葉をまた言いたくなるようにセットされるらしいというのが、
これまでの研究で私が掌握した宇宙の方程式です。


【神渡】

だから正観さんは先に「ありがとう」と
感謝するのがいいとおっしゃっているんですね。


【小林】

そうです。「ありがとう」を仮に1万回言ったとすると、

来年また「ありがとう」を
1万回言いたくなるような現象が勝手に降ってくるんです。

何が降ってくるかは分からないけれど、
とにかく「ありがとう」を言いたくなる現象が1万個セットされる。

そういうふうになっているみたいです。

だから、

「嬉しい、楽しい、幸せ、ありがとう、ツイてる」

というような言葉をずっと言っていると、

言った回数だけ、
その言葉をまた言いたくなるようにセットされるわけです。

せっかく宇宙の仕組みがそうなっているらしいと分かったので、
私はそれを毎日使いこなしています。

ものすごく簡単で、お金もかかりません。

宇宙の方程式に沿って言葉を使うことで、
人生を潤し、豊かにすることができるんです。

            <感謝合掌 令和5年7月20日 頓首再拝>
20:伝統 :

2023/07/24 (Mon) 11:19:59


今の生活は自分の余韻(よいん)を創っている最中です
伊勢ー白山 道(2023-07-23)
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/49c03696a0ff022150e886affeafb840

            <感謝合掌 令和5年7月24日 頓首再拝>
21:伝統 :

2023/08/15 (Tue) 09:52:27


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023.5.7)より

   (北尾吉孝氏の心に響く言葉より…)


   小説家の井上靖(1907年~1991年)さんの言葉に、

   「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」

   というのがあります。


   ある中学校の「学校だより」 (2021年10月22日) には此の言に関し、
   次のように書かれています。

   同じ出来ないことでも、
   「希望を語る」ことと「不満を語る」ことは異質なことであり、

   一方は未来を語るのに対し、
   一方は今に対しての不満を語っており、
   両者の意識の使い方がまるで違うと思います。

    (中略) 言霊と言う言葉があります。

   言葉に宿る霊の意味です。

   古代の日本人は言葉に宿る霊力が、
   言語表現の内容を現実に実現することがあると信じていたそうです。

    (中略)

   現代に生きる我々も言葉を大切に遣い、希望をもっていきたいものです。



   先達・先哲の片言隻句(へんげんせっく/ほんのちょっとした短い言葉)には、
   大きな力が宿っているということでしょう。

   片言隻句は時として、個人の行動や考え方あるいは思想といったものに
   多大な影響を及ぼします。

   そういう意味で、片言隻句には魂が込められており、
   その魂は様々な人に色々な形で響いて行くのだろうと思います。



   私は、幼少期から中国古典の片言隻句に触れてきました。

   自分から進んで漢籍を手にしたわけではありません。

   父が折に触れ中国古典の片言隻句を引きながら、
   古典の世界へと導いてくれたのです。

   今にして思えば、先ず簡潔にして端的な片言隻句によって
   中国古典に触れたのが良かったと思います。

   私が私淑する明治の知の巨人・安岡正篤先生は、
   「照心(しょうしん)語録』の中で、次のように述べておられます。



   ――われわれの生きた悟り、心に閃めく本当の智慧、或いは
   力強い実践力、行動力というようなものは、
   決してだらだらと概念や論理で説明された長ったらしい文章などに
   よって得られるものではない。

   体験と精神のこめられておる極めて要約された片言隻句によって
   悟るのであり、又それを把握することによって行動するのであります


   ― 先生の言葉は全くその通りで、
   そうした片言隻句を頻繁に念仏のように唱えることで自身の習慣のように
   身に付けて行くことが大事だと思います。

   日頃から何事も言は行に結び付けねば無意味であり、日々の生活の中で
   知行合一的に事上磨錬(じじょうまれん)して行くのです。


   冒頭の
   「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」という寸言も
   人に響きます。

   その真理は一つに、
   自分自身を律する上での大きな力になっているわけです。

   そういう意味では、これも言霊ではないでしょうか。

   「長ったらしい文章」が心の中に残り、時として 自分の行動規範になる等、
   自分を律する上で役立つといったことは殆どありません。


   『酔古堂剣掃(すいこどうけんそう)』
    (中国明代末の読書人・陸紹行(りくしょうこう)
     が生涯愛読してきた古典の中から会心の名言を収録した読書録) に、

   「神人の言は微。聖人の言は簡。賢人の言は明。
    愚人の言は多。小人の言は妄(もう)」

   という 言葉が採録されています。

   森先生が述べておられる
   「体験と精神のこめられておる極めて要約された片言隻句」は、
   正に此の微・簡であります。


         <『心田を耕す』財界研究所>

        ・・・

「過去の話ばかりする人」と「未来を語る人」がいたら、
誰もが「未来を語る人」と一緒にいたいと思う。

過去の「武勇伝」や「昔はすごかった」という自慢話や、
「昔はほんとに大変だった」という苦労話。

昔をなつかしむ人には、現状に不満がある人が多い。

今の現状に不平不満がある人が、未来を語ることはない。



「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意思によるものである」

と、フランスの哲学者、アランは言った。

人は、なんの努力もしなければ、
すなわち、怠けていると「悲観主義」になる。

「楽観主義」になるには、意思がいる、
すなわち、努力がいる、ということだ。


だからこそ、努力する人は
夢や未来を語り、希望を語ることができる。

怠けている人は、
不平不満を語り、悲観主義となる。


安岡正篤師は、
「徳とは無類の明るさのことである」といった。

未来を語り、希望を語る人には無類の明るさがある。

つまり、それが徳のある人。


「努力する人は希望を語る」

という言葉を胸に刻みたい。

      <感謝合掌 令和5年8月15日 頓首再拝>
22:伝統 :

2023/08/30 (Wed) 11:32:09


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月30日)より

明瞭に語られたる言葉は、曖昧に念ぜられたる言葉よりも実現力は強いのである。
合掌瞑目神想観の形式をとり、自分の耳に聞こえるほどの声をもって、
次のごとく誦(とな)えることは自己内在の無限の力が自覚する上に効果がある。

「神はすべてのものを我に与え給えり、ありがとうございます。(十回)
 神は無限の智慧を我に与え給えり、ありがとうございます。(十回)
 神は無限の愛を我に与え給えり、ありがとうございます。(十回)
 神は無限の生命(いのち)を我に与え給えり、ありがとうございます。(十回)」

十回には限らないのであるが、
あまり永いのも長時間かかるし、短くても感銘が浅くなる。
十回と限定したのはそのためである。

敬虔の念を起こすために合掌の形式をとっているから、
1回称えれば、右手の拇指に軽く力を入れ相対する拇指を押し、
2回称えれば右手の人差指に軽く力を入れて相対する指を押し、

順次に中指、紅指指、小指と移り、
さらに左手の拇指より始めて左手の小指に至りて、終われば合掌のまま、
数のことを考えて意識を複雑にすることなしに十回称え終わるのである。

「ありがとうございます」と称える時は、
すでにそれを受けたる感激に浸りつつ
本当にありがたい気持を起こすのである。

言葉は単なる思想以上の感情を招(よ)び起こし、
感情は単なる思想以上の動的創化力となるのである。

      <感謝合掌 令和5年8月30日 頓首再拝>
23:伝統 :

2023/09/18 (Mon) 09:35:16

【意識の覚醒】今日から口にするとスゴイ事が起こる8文字の言霊「とほかみえみため」
潜在意識が覚醒して理想が現実化する
よつば ⌇ 幸せ波動の引き寄せ塾( 2023/09/10 )
https://www.youtube.com/watch?v=DythT5sHH_s

      <感謝合掌 令和5年9月18日 頓首再拝>
24:伝統 :

2023/09/24 (Sun) 11:40:09

【言霊の心理学】知らなきゃ一生損をする魔法の言葉3選
ペンキ画家SHOGEN(2023/05/19)
https://www.youtube.com/watch?v=vaNTodGuIEA

(1)挑戦することで、新しい自分に会える。

(2)「私はあなたのことを信じている」という言葉をかける。

(3)挑戦して失敗したとしても、
   「人間らしいや」「可愛いね」と言ってあげる。

      <感謝合掌 令和5年9月24日 頓首再拝>
25:伝統 :

2023/10/08 (Sun) 09:59:07


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(10月8日)より

善きことのみを語り、善きことのみを考える習慣をつけなければならない。
自分の嫌いなこと、望ましくないことを語ってはならないし、思ってもならない。
言葉は想念と同様に強力なる具象化(かたちにあらわす)の力を持っているのである。

われわれは自己の運命ラジオのアナウンサーである。
われわれ自身が言葉に発するとおりに現象世界にあらわれてくるのである。

だから常に自己の欲することを、希望することをあたかもすでに実現せるがごとく
想念し言葉に出すようにつとめなければならない。
そして言葉に出す場合にそれを信じて出すことが必要である。

善き言葉がかえって実現しないように見えるのは、
悪いことを言う時にかえって信じながら話すからである。

           <感謝合掌 令和5年10月8日 頓首再拝>
26:伝統 :

2023/10/19 (Thu) 09:14:35


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(10月19日)より

実在は「全一(ぜんいつ)」である。
「全一」は表現せられえない。
「全一」は一度に知覚せられえない。

そのことはわれわれの記憶内容全体のようである。

われわれは生れてからいろいろの機会に無数に触れ、見、聞き、経験した事柄を
記憶しているのであるけれども、
その全体が一度に記憶の表面に浮かび上がって来ないのは、
「全一」なるものは、無数の相(すがた)が超時空的な世界に重なり合っているから、
知覚することができないためである。

それを記憶心象として脳髄の知覚面に浮かび上がらせうるには、
「全一」の中から、必要でないものを残して置いて、
「今」必要なものだけを、空間的表象面に浮かび上がらせなければならぬ。

それと同じく、「全一」なる存在が、それが知覚しうるように表現せられるためには、
「全一」の中からある物を”呼び出し”て来て、
他を「全一」の中に残しておかなければならぬ。

表現はコトバであり、コトバは呼び出しであるのはこのためである。
われわれは善きコトバの力によって善き物を創造することができるのである。

           <感謝合掌 令和5年10月19日 頓首再拝>
27:伝統 :

2023/10/31 (Tue) 11:14:05


    *「光明道中記」(10月31日《言葉の神秘を知る日》)より

【言葉の力によって認めるものだけが存在に入る。 
                (『生命の實相』第二巻)】 

早稲田政治科出身の先輩、上田謙氏は言語学を深く研究している人である。
次のような草稿を送ってこられた。

―― 言(こと)とは音(おと)に子音Kなる無意味の接頭語を飾りたるものです。
葉とは端(はし)くれ即ち現象の意。

然らば音とは何ぞや。
是れ印度(いんど)、波斯(ペルシア)、希臘(ギリシア)等に於ける
拝火教によびなされし音即ち odo と称する veda 教典に説く
万有に貫通する生命乃至実在の事也(なり)。

希臘”オデ”イ・イリ”アド”は皆此の音乃至 odo の事にして、
是が又歌とも同じものです。

其の証拠には「斯う云う事を歌って置き乍(なが)ら」云々の言葉の中の
「歌う」とは「言う」乃至言葉の意味なるに依(よ)りても知らる。

又音無(おとな)しい人とは、喋らぬ人の謂(いい)にて、
是も音とは言葉である事が証さる。

かく日本人の上層を成せるものの名は正しく梵語と同一語源で
出羽(でわ)は deva(神)、佐分利(さぶり)は svara(日神<ひのかみ>) 

幣原(しではら)は svara では余り梵語其の儘故、これを隠して「て」を入れて
「し(て)はら」であり、されば神の意である弊(しで)の字があるので、
此の弊(へい)の字が「しで」と読む理由が解る訳で字引には謎である。
んと撥(は)ねて「しんばら」となる。

御社(おんしゃ)の「光明」も「しばら」で光明真言に言う「じんばら」は
此の「しばら」で光明(神)の事です。

・・・・・

谷口雅春先生が説かれる「言霊」については、
掲示板「光明掲示板・第一」内のスレッド
「『言靈と神通力』」で学ぶことができます。
 → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=613 

           <感謝合掌 令和5年10月31日 頓首再拝>
28:伝統 :

2023/11/01 (Wed) 09:10:56

山や神社で、絶対に言っては生けない言葉とは
伊勢ー白山 道2023-10-31
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/94b1c95d9918ff33fcb4b36f69240b1e

           <感謝合掌 令和5年11月1日 頓首再拝>
29:伝統 :

2023/12/12 (Tue) 12:18:55


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月12日)より

井上源蔵さんから「こその妙味」という題で興味ある原稿が来た。
本当に「こそ」の二字の置き所で地獄が極楽になり、極楽が地獄になるのである。
これが言葉の力というものである。

井上源蔵さんは中風で7年間半身不随で
腰が海老(えび)のように曲がっていた老人であったが、
この「こそ」の妙味を体得して中風が癒え腰が伸びたのである。


(こそという言葉を自分につけたとき争いの因(もと)となる)

夫  貴様みたよなお多福婆(おたふくばば)をわしでありゃ《こそ》置いてやる
妻  わしじゃから《こそ》辛抱もするが誰が見るぞえ痩せ世帯(じょたい)

親  誰がお蔭でそうまでなったおれが学問させりゃ《こそ》
子  学問させてもみんなはできぬわしが勉強したりゃ《こそ》

地主  あれがああして暮らしてゆくもこちが畑田(たはた)を貸せば《こそ》
小作人 地主の田畑が荒れずにいるのもわしが小作をすれば《こそ》



(こそという言葉を相手につけたとき互いに仲よく和解する)

夫  外でわたしが働かれるも内をそなたが守りゃ《こそ》
妻  私みたいな不束者(ふつつかもの)をあなたなりゃ《こそ》深切に


親  あの子なりゃ《こそ》出世もしたよ苦労したのも甲斐がある
子  今日(きょう)のわたしの出世もみんな親の苦労があれば《こそ》

地主  田畑つくらず暮らしのたつのも小作する人あれば《こそ》
小作人 わが田なくても暮らしてゆけるこれも地主あれば《こそ》


 (これによって)

《こそ》と威張ってこちらにつけりゃなにをこしゃくと喧嘩腰

《こそ》とあがめて相手につけりゃにっこり笑ってあなた《こそ》

喧嘩するのも仲よくするも《こそ》の付けどこただひとつ


夫婦、親子、妻子、地主、小作人は言うにおよばず、資本家と労働者の関係も
債権者と債務者の関係もないし教師と生徒、主人と番頭、奥様と女中などの関係も
皆こうしたものであろうと思われる。


井上源蔵さんは自分の背の伸びたのを都々逸(どどいつ)に歌って曰く ―― 

   背だけのばしてもろうたこの身骨(みほね)を惜(お)しまにゃ気が楽よ
   細い道でも我(われ)から退(よ)けて人を通せば気が楽よ

   理づめ言わずに理のある事もまけてしまえば気が楽よ
   腹を立てるは至らぬからと思いいりゃこそ気が楽よ
   我意(がい)や気ままや無理いう人に勝とうと思わにゃ気が楽よ

   正直あつい寒いのいといなくはたらく人はよろず円満
   他事(ひとごと)と思えばやがてわが事よまことつくせばやがてわが事(こと)

            <感謝合掌 令和5年12月12日 頓首再拝>
30:伝統 :

2023/12/17 (Sun) 09:54:13

【斎藤一人】絶対効果あり!
この言葉を言うだけで悟りと幸せを手に入れます!
幸運の近道切符・斎藤一人さんのひとり言(2023/12/14)
https://www.youtube.com/watch?v=uMpd03576eI


我は神なり愛と光なり

我が神なら人も神なり

         <感謝合掌 令和5年12月17日 頓首再拝>
31:伝統 :

2023/12/25 (Mon) 09:06:46


不思議な八文字の覚醒言語。1回唱えると…
さとう式リンパケア 〜1日5分で幸せ美人に〜( 2022/05/04)
https://www.youtube.com/watch?v=xVQcmlpPlKk

天上天下唯我独尊

         <感謝合掌 令和5年12月25日 頓首再拝>
32:伝統 :

2023/12/27 (Wed) 11:56:18


     *「生命の實相」幸福篇下巻(12月27日)より抜粋

善き話題 ――
彼はこんな深切なことをした。
彼はこんなに向上した。

自分はこんなに楽しいのだ。
自分は近頃大変健康だ。
(まだ現象的には健康になりきっていなくともよい、こう話すのだ。)
自分の従事する事業はますます栄えてゆきつつある。


そのほか何でも、進歩、繁栄、向上、元気、光明、健康の雰囲気を伴うことが
話題として最もよいのである。

            <感謝合掌 令和5年12月27日 頓首再拝>
33:伝統 :

2024/01/05 (Fri) 10:48:10


     *「かみさまは小学5年生」すみれ(著)(P74~75)より

ほんとうは日文の言葉ってなによりもつよい薬
いい意味でも悪い意味でもつよい薬

たとえば「私はきらわれものだ」とか
自分に言ったらほんとうにそうなっちゃうし、

「私は幸せだ」って言ったら、
ほんとうに幸せになれる。

なぜ、自分の言葉がつよいか分かる?
相手に「あなたって幸せね」って言われても、
自分がそう思ってなかったら意味ないでしょう?


ようは納得しているか、納得していないかのちがい。

自分を幸せにできるって、
ほんとうは自分しかいないんだよね。


これだけはおぼえておいて。
自分で自分を幸せにできるってことを。
自分でしか自分を幸せにできないってことを。

       <感謝合掌 令和6年1月5日 頓首再拝>
34:伝統 :

2024/01/13 (Sat) 13:27:00


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023.5.12)よい

   (曹洞宗徳雄山建功寺住職、枡野俊明氏の心に響く言葉より…)

   《言葉の多き》(しゃべりすぎてはいけません)


   現代社会を特徴づけているのが「言葉の軽さ」ではないかと思います。

   そのこととコインの裏表になっているのが、
   言葉の多さ、しゃべりすぎです。

   軽い言葉が縦横無尽に、
   有り体にいってしまえば、野放図に交わされている。


   良寛さんには嘆かわしい時代風景でしょう。

   この戒めはいかにも禅僧らしいものといえます。


   禅には「不立文字(ふりゅうもんじ)」という言葉があります。

   ほんとうに大切な真理や教え は言葉や文字では伝えることはできない、
   というのがその意味。

   語る者は沈黙に思いを込め、
   聞く者は沈黙に思いを汲みとる。

   それが究極の禅の世界のコミュニケーション
   といっていいかもしれません。


   もちろん、それは至高の域ですが、
   日常の会話でもしゃべりすぎると、
   かえっていいたいことが伝わらない面があるのではないでしょうか。

   しゃべりすぎるのは、
   思いついた言葉をそのまま口にするからです。

   言葉が吟味されていないぶん、多くなるのです。

           <『一日一戒 良寛さん』自由国民社>

     ・・・

枡野俊明氏は
「沈黙」についてこう語っている。


『日本には「間」というすぐれた話し方の技法があります。

 いうまでもなく、言葉が語られない沈黙の時間ですが、
 それがきわめて重要なのです。

 間が相手の想像力を掻き立て、その想像力によって、
 相手は言葉にはならないこちらの思いや心情まで汲みとることができるのです。

 沈黙については、禅にこんな言葉があります。

 「維摩(ゆいま)の一黙(いちもく)、雷の如し」

 維摩は在家ながらとても秀でた仏弟子だった人ですが、その維摩が
 一瞬沈黙したときには、雷鳴が轟(とどろ)くようなインパクトがあった、
 ということです。』



多くの人は、
他人がまだしゃべっているのに、
それを遮(さえぎ)って、自分の話をしてしまう。

人の話を、最後まで聞いていることができない。

自分の話を聞いてもらいたくて仕方がないからだ。


一日一戒…

「言葉の多き」

しゃべりすぎはカッコわるい

       <感謝合掌 令和6年1月13日 頓首再拝>
35:伝統 :

2024/01/23 (Tue) 11:41:20


      *「光明法語」(1月23日)より
       ~《在(あ)るものはただ神のみと思念せよ》

人々よ、よき言葉を語れ。
悪しきことばに惑わされること勿れ。

悲観的なことばを発するな。
悲観的なことばに惑わされること勿れ。

ことばは種であるから悪しきことばは言わぬがいい。
悪しきことばを聞いたならば直ちに心の中でそれを打消すことである。

人もし悪しきことばを語るともその人を非難するな。
人の悪しきことばは吾が心の中にある隠れたる所の想念の影であると思いて
自ら明るくなるように反省せよ。

神のみが實在であるから悪しきものは存在しないものだと否定せよ。

            <感謝合掌 令和6年1月23日 頓首再拝>
36:伝統 :

2024/02/01 (Thu) 11:21:10


      *「光明道中記」(2月1日 賞め讃える日)より抜粋

呟くことを止めよ。
自己の不幸を口にすることを止めよ。
自己の病を口にすることを止めよ。

今ある運命を喜んで受けよ。
友は悪口を言われる毎に悪しき友となり、
汝に仇(あだ)する者となるであろう。

運命も、それを呟く者には仇する者となり、
それを賞め讃える者には幸福を齎(もたら)す味方となるであろう。

世界は、観られたる通りの世界であり、呼ばれたる通りの世界である。

「アダムが生物(いきもの)に名づけたる所は皆其名となりぬ」(創世記第一章)

吾等は此の世界を幸福の世界と名(なず)けようと、
不幸の世界と名けようと、自由なのである。

吾等は自分の名(なづ)け具合によって
此の世界を幸福にも不幸にもすることが出来るのである。

これから吾等は此の世界を楽しい世界と呼ぼう。

           <感謝合掌 令和6年2月1日 頓首再拝>
37:伝統 :

2024/02/18 (Sun) 09:46:30


    *「光明道中記」(2月18日《万(よろず)円満大調和の日》)より

【言葉の円味(まろみ)は家庭の重要な要素である(『生命の實相』第八巻)】

言葉は創造の力をもっているのである。

”太郎”と呼べば”太郎”が出て来る。
”次郎”と呼べば”次郎”が出て来る。
”馬鹿野郎”と怒鳴りつければ、相手は狂い立って馬鹿な行為をする。

多くの家庭はその家の主人の言葉の乱暴さによって、
どんなに毒されているか知れないものである。

或る家庭では、その家の主人が妻を呼ぶのに
「オイ、馬鹿」と云う言葉以外で読んだことがない。

「馬鹿と言われて腹が立つが、私を呼んでいるに違いないから、主人の方を向き、
用事をきき、嫌々ながら仕事をしました」と言って述懐された奥様もある。

そう云う家庭の空気が棘(とげ)立ったものであり、
不愉快なものであり、不調和なものであり、従って、
その家の運命が暗いものであり、不明朗なものであり、
病人が絶えないのは当然である。

優しい言葉、愛称を伴っている言葉は家庭の空気を円満にするものである。
先ず家長から目下の者に、朝起きたとき、
丁寧に「お早うございます」と言い得るようでないと本当でない。

何でも横柄に権利のような態度でせられると、味わいがすっかり無くなって了う。
細君が古くなるほど飽きられて来るのは、
何でも権利のような顔をして押が強くなるからである。

            <感謝合掌 令和6年2月18日 頓首再拝>
38:伝統 :

2024/02/26 (Mon) 10:54:22


       *「真理」第三巻第9章(P133~134)より

先ず自分に対して

「私は神の子だ。何でも素晴しく出来る。私の運は必ずよい、
 神様が護(まも)っていて下さるのだ」

と、朝目がさめたとき自分の耳にきこえる声で自分自身に
二十遍(ぺん)ずつ呼びかけなさい。

これが「言葉の力」と云(い)う法則を使う第一歩であります。

それから起(おき)上(あ)がったら、顔を洗うにしても、
ほこり叩(たた)きで払(はら)うにしても、箒(ほうき)で
はき浄(きよ)めるにしても、その間じゅう、

顔を洗う水に、塵(ちり)をはらうハタキに、
座敷を掃(は)く箒(ほうき)に
……その他(た)、何にむかってでも「有難うございます」と
口のうちで感謝の言葉をとなえるのです。

あらゆる物に感謝の言葉をとなえますと、
それがすべての物を祝福する言葉になり、自分が祝福されることになるのです。
これが「言葉の力」を使う第二歩となるのです。

水は川に流れていても、その水を漕(こ)がないと船は動かないのです。

言葉の力が宇宙にみちみちていて、 万物をつくっていましても、
貴方(あなた)が、 「言葉の力」で善い言葉をとなえないと、
「善いもの」は出て来ないのです。


自分の「言葉」でよいものを造り出すのではありません。

あなたが「言葉」を出すと、ちょうど石をデパートの7階から落とすと、
後(あと)はあなたがどうしないでも法則によって
それは必ず下へ落ちく行くように、

貴方(あなた)が善き「言葉」をお出しになると、法則によって、
必ず自然に善き事はあらわれて来るのです。

だから決してあなたは「悪い言葉」を出してはなりません。
自分の事を、「身体(からだ)が悪い」とか「頭が悪い」とか
言葉で思っても言葉で言ってもなりません。

「言葉」で言えばその通りになるのです。
その通りになるには少し時間がかかるか知れません。

だけど、それはデパートの7階から石を落とせば、必ず落ちるが、
下へ着くまでにはある時間がかかるのと同じことです。

それは種を植えれば必ず生(は)えるが、
それには或る時間がかかるのと同じことです。

あなたは「言葉」の種(たね)をただ落とすだけで、
それは、いつかは形の世界に芽を吹いて来るのです。

        <感謝合掌 令和6年2月26日 頓首再拝>
39:伝統 :

2024/02/29 (Thu) 10:51:33

人生がガラッと変わる!『言霊の力』|しあわせ心理学
心理カウンセラー・ ラッキー(2019/06/16)
https://www.youtube.com/watch?v=hLpDBGZd_x0

        <感謝合掌 令和6年2月29日 頓首再拝>
40:伝統 :

2024/03/04 (Mon) 09:23:33

『言葉』が人生を変えるしくみ その最終結論。
ハッピー研究所(2022/11/04)
https://www.youtube.com/watch?v=qg9LTlJ3TUI

■動画チャプター■
00:00 オープニング
02:54 本書の紹介
04:46 現実は、すべて「認識」が引き寄せた結果
08:12 潜在意識ってどんなもの?
09:49 言葉と感覚は、互いに補完し合う関係である
12:00 潜在意識にとって、願いは異物!?
13:44 言葉が潜在意識にインプットされる4つの段階
17:02 潜在意識の抵抗をやわらげる魔法の言葉
20:04 今確実にできることを言葉にする
22:10 本書のおすすめポイント!


<参照>

「言葉」が人生を変えるしくみ その最終結論。を読んだ感想。
https://tsuchidemami.com/kotoba-jinnsei-kaeru/

【本の紹介】『言葉』が人生を変えるしくみその最終結論(石田 久二)
https://shiinablog.com/kotobagajinseiwokaerusikumi/

        <感謝合掌 令和6年3月4日 頓首再拝>
41:伝統 :

2024/03/22 (Fri) 13:14:39

良い言霊は遺伝子も修復します
伊勢ー白山 道(2024-03-22 )
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/8c7ad7cb63e63c4931fc22e2a9b75ac8

        <感謝合掌 令和6年3月22日 頓首再拝>
42:伝統 :

2024/03/27 (Wed) 11:50:33


【ベストセラー】「 あなたはあなたが使っている言葉でできている」を
世界一わかりやすく要約してみた
【本要約】(2022/05/30)
https://www.youtube.com/watch?v=m_E2JAQ1as0

▼【目次】
0:00 ご挨拶・導入
1:39 本日のお品書き
1:59 ①限 自分にどんな言葉をかけるかで人生が変わる
12:57 ②限 「自分のためになるしゃべり方」で望む現実を手に入れる
20:23 ③限 あなたの人生を変える言葉

             ・・・

【要約】あなたはあなたが使っている言葉でできている
Unfu*k Yourself【ゲイリー・ジョン・ビショップ】
フェルミ漫画大学( 2021/04/19 )
https://www.youtube.com/watch?v=1kYISflVQ2k

0:00 「あなたはあなたが使っている言葉でできている」授業開始!!
1:17 自分にどんな言葉をかけるのかで行動が変わる
2:53 今悩んでいることは大した悩みではない
5:31 全ては自分の捉え方次第
6:23 「でも」という言葉を使わない
8:13 自分がどうしてもしたいことをはっきりさせておく
10:08 考えるのをやめて行動する
11:47 先が分からないから面白い
13:02 何も期待せず、全てを受け入れる
14:06 まとめ
15:01 END

        <感謝合掌 令和6年3月27日 頓首再拝>
43:伝統 :

2024/03/30 (Sat) 10:49:57

【斎藤一人】言霊の恐ろしさをあなたは知っていますか?松下幸之助のすごい話
齋藤一人 ひとりさんの幸せ・幸福( 2022/08/29)
https://www.youtube.com/watch?v=YgPt_gb4PDQ

        <感謝合掌 令和6年3月30日 頓首再拝>
44:伝統 :

2024/05/03 (Fri) 08:47:05


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月3日)」より

「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神なりき。
万(よろず)のものこれによりて成る」と「ヨハネ伝」の冒頭にあるとおり、
言(ことば)は万事の本(もと)である。

言(ことば)というのは空気の振動ばかりのことではない。
心の振動も、顔の皮膚の振動も、身体(からだ)の態度も、文章も、手紙も
すべてコトバである。

しかし根本的には心の振動が、言語という空気の振動ともなり、
表情という顔の皮膚の振動ともなる。

見ゆる形は、見えない心的エネルギーが現われたのである。

心を平和に、言葉に善きことのみを発し、表情を明るくすることが大切である。

           <感謝合掌 令和6年5月3日 頓首再拝>
45:伝統 :

2024/05/09 (Thu) 10:13:34


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023.7.18)より

   (精神科医、樺沢紫苑(かばさわしおん)氏の心に響く言葉より…)

   どうしてもあきらめられない時に使うと、
   過去の出来事や感情に区切りがつけられる言葉を3つ紹介します。


   ■「しょうがない」

   ネガティブな言葉と思うでしょうが、
   「否定的な言葉+しょうがない」つまり「マイナス」×「マイナス」ならば
   「プラス」に転換することができます。
 
   「スマホを落として割ってしまった!
    しょうがない。割れた画面は元には戻らない。
    3年使ったから、機種変するか」

   「仕事で損失を出してしまった!
    しょうがない。確定した損失は取り戻せない。
    次の仕事で、挽回するしかないか」


   ■「まあいいか」「そういうこともある」も同様に使えます。

   「スマホを落として割ってしまった!
    まあいいか。
    3年使ったから機種変するチャンス!」


   「まあいいか」は、「まあいっか」のように
   明るい口調で軽く言うのがコツ。

   失敗で暗くなりがちなムードをチャラにして、切り替えるのです。


   「スマホを落として割ってしまった!
    そういうこともある。
    新しいスマホには、買ったらすぐに保護シールを貼ろう」

   「そういうこともある」は、
   現実を肯定する言葉、受容する言葉です。


   「もし、もっと注意していれば」のような後悔は、
   現実を受け入れられない、否認の心理から生まれます。

  「そういうこともある」は、「否認」を「受容」に変える。
   現実を肯定する。

   自分を肯定するので、次に進むことができるのです。

         <『言語化の魔力』幻冬舎>

     ・・・

「あきらめる」は「諦める」と書く。

「ギブアップする」とか「未練を断ち切る」「断念する」
といった意味で使われているが、

元々は、真理や真実を、
「明らかにする」「はっきりさせる」「つまびらかにする」という意味だ。

「あきらめる」とは、欲やとらわれ、こだわりや、思い込みなどを手放すこと。

手放すとは、禅でいう「放下著(ほうげじゃく)」すること。

投げ捨てる、放り投げる、捨て切る、という意味だ。


「しょうがない」
「まあいいか」
「そういうこともある」という言葉も、

意識を切り替え、
今までの考えや思い込みを捨て(あきらめて)、別のステージに進む言葉。

様々な思い込みや、とらわれ、執着を捨てて…

次のステージに進む言葉を胸に刻みたい。

・・・

<参照>

言語化の魔力 言葉にすれば「悩み」は消える~樺沢紫苑氏(精神科医・作家)
https://www.youtube.com/watch?v=hMLnssh08Nk


『言語化の魔力』の内容についてわかりやすく解説してみた【精神科医・樺沢紫苑】
https://www.youtube.com/watch?v=LqKE0ZlNYO8

              ・・・

【ベストセラー】樺沢紫苑「言語化の魔力 言葉にすれば「悩み」は消える」
を世界一わかりやすく要約してみた【本要約】(2022/11/28)
https://www.youtube.com/watch?v=g54Haf28SdU

▼【目次】
0:00 ご挨拶・導入
0:33 本日のお品書き
0:53 ①限 言葉にすれば「悩み」は消える!!悩みを一撃で解消する「言語化の魔力」
28:09 ②限 地震はコントロール可能!!「悩みの再設定」で悩みは消える
35:41 ③限 悩みを消すための最後の最後の手段

              ・・・

【要約】言語化の魔力 言葉にすれば「悩み」は消える【樺沢紫苑】
フェルミ漫画大学(2022/12/01 )
https://www.youtube.com/watch?v=q5z-PPPqYfA

0:00 授業開始!!
1:33 言語化するとスッキリする
3:22 言語化は脳の負担を減らす
5:11 共感されると心が軽くなる
6:46 相談して楽になろう
8:45 友達は一人いればいい
10:36 気軽にガス抜きをする
12:17 ダメなガス抜きに注意
14:07 書いて楽になる
15:35 授業終了!!
16:47 END

           <感謝合掌 令和6年5月9日 頓首再拝>
46:伝統 :

2024/05/15 (Wed) 10:20:21


      *ゲイリー・ジョン・ビショップ【著】より

第1章『最初に心に刻むべきこと』

(1)行動、決定、判断、その他さまざまなことに対して、
   脳内または心の内で自分自身と対話をして、
   意思決定をしているはずです。

   そう、人は自分自身に必ず相談をしているのです。

(2)「これをこうするとどうかな?」「これは大変そうだな?」
   「この後、どうしようかな」など、
   多くの自分自身との対話を常にしている。

   その対話で、相談と意思決定をしているのは、誰でもない自分自身。

(3)自分自身がもしもネガティブな気持ちでいる時は、
   ネガティブな回答になり、

   反対にポジティブな状態なら、
   ポジティブな相談と回答になると考えられます。

(4)自分との対話は、
   会話型ではなく、主張型の対話にすることが大切です。

   「こうしたい」ではなく、「こうである!」のように
   しっかりと主張をすることです。

   主張をすると、気持ちや状況でブレることなく
   行動できるようになります。

https://raikuhon.hatenablog.com/entry/2021/01/07/225014

           <感謝合掌 令和6年5月15日 頓首再拝>

  • 名前: E-mail(省略可):
  • 画像:

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.