伝統板・第二

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心の力 ④ - 伝統

2021/04/09 (Fri) 02:55:27

善事のみ心に描く日

           *「光明道中記」(4月9日)より

【心そのものは吾らの本体にして病気になることはない。
                  (『生命の實相』第四巻)】

心に描くことが第一の創造である。
心に描いた通り形にあらわれるのは第二の創造である。

家は建ち上ったとき初めて建ったのではなく、
それは設計家の心に出来上がったとき既に立ち上がったのである。

それよりも更に遡(さかのぼ)れば、
漠然たる建築主の心の中に何となく家を建てたくなったとき、
既にその家は建っているのだとも言えるのであろう。

或る地方では食事のときにする遊戯に「茶柱が建つ」と云って、
湯呑(ゆのみ)に注(つ)いだ茶の茎(くき)が縦になって
浮き上るのを楽しんで、左手で箸で拾い上げて袂(たもと)の中に
祝福しながら入れる風習がある。

盛んに茶柱が立つときには、
その人の運勢は盛んであり、家なども盛んに建つ。

昭和10年どこへ往っても私の茶碗に注がれる茶には
不思議に「茶柱」が立ったと言っていると、

本部の改築が出来上る、光明思想普及会の新社屋が出来上がる、
原宿の学生寮が新築される、家庭光明寮の第三寄宿舎「愛泉寮」が
新築される、研究室の新設等・・・建つ、建つ、建つ・・・

形あるものは、その奥にその形に相応する
心の波動(アイディア)が動いているのであるから、
自分の心の世界に「すべて立つ」アイディアが動き出すと、
現象界の事々物々にそのアイディアが映し出されて具象化するのである。

・・・

<関連Web>

(1)伝統板・第二「心の力」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7089178

(2)伝統板・第二「心の力 ②」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7773474

(3)伝統板・第二「心の力 ③」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7950841

          <感謝合掌 令和3年4月9日 頓首再拝>

《問題解決の中枢はあなたの心にある》 - 伝統

2021/04/26 (Mon) 04:46:29


          *「眞理」第2巻基礎篇第1章(P4~5)より

如何なる問題が起って来ようとも、
あなたはそれを解決することが出来るのである。

何故なら、貴方(あなた)を取巻く問題は、
貴方の心を中心として集って来たのであるから、
貴方の心を解決することによってその問題も解決されるからである。

貴方自身の境遇や問題が全然他動的に
貴方に圧し付けられたものであると考えている限り、
貴方はその問題を解決することは出来ないのです。

問題の解決の根本策はその出来事に関して
貴方自身が今までもっていた心をかえることです。

事件の現象を観ないで、実相を見るのです。

焦慮、恐怖、不安、取越苦労、相手に対する
憎み、怒り、不調和の心等(など)を捨てるのです。

そして、「萬物既に完全に運行せり」と感謝するのです。

          <感謝合掌 令和3年4月26日 頓首再拝>

心でわれわれの周囲に小宇宙を造る - 伝統

2021/05/06 (Thu) 04:47:52


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月6日)」より

眼に見える世界は、われわれの心で造った第二創造の世界である。
その奥に神の心で造った第一創造の世界がある。

第一創造の世界は神の創造であるから曇ることはないが、
第二創造の世界はみずからの心に従って曇ることがある。

曇っても不平を言うまい。
自分の心が曇ったのだから。

第一創造の世界は大宇宙であり、第二創造の世界は小宇宙である。
神が大宇宙を造ったように、
われわれはわれわれの心でわれわれの周囲に小宇宙を造るのである。

思考が《もの》に化(な)る。
念(こころ)が《もの》に化(な)る。

           <感謝合掌 令和3年5月6日 頓首再拝>

《心によき種子を蒔きましょう》 - 伝統

2021/05/23 (Sun) 04:54:47


       *「眞理」第2巻基礎篇第14章(P382)より

蒔(ま)かぬ種子は生えぬ。
蒔いた種子のみ生(は)えて果(み)を結ぶのが
心の法則になっているのである。

茄子を得ようと思ったならば、茄子を植えなければならない。
瓜(うり)の蔓(つる)から茄子を得ようと思ってはならないのである。

植物界に於いてのみそうであるのではなく、
人間の世界に於いても真実であるのである。

若(も)し、あなたが心の世界に不調和な種子を蒔くならば、
それは当然形の世界に不調和な事件となって
刈(か)り穫(い)れねばならないのである。

若し貴方の周囲に今、何か不調和な事件が起っていたならば、
きっと、今までに何かあなたの心の中に、
今起っている事件と同じタイプの不調和な心を起したことがあるのである。

自分の心を反省して改めたとき、事件も自然に改まってしまうのである。

           <感謝合掌 令和3年5月23日 頓首再拝>

【大空の一瞥】 - 伝統

2021/06/04 (Fri) 04:29:44


         *Web:かんながら(2021.03.10)より

人間の内側ではいつも思考が湧いています。

朝から晩まで何かしら考え事をしているようです。


しかしそこには2つの可能性があります。

思考していることに気づいているのか、
それとも思考と同化しているのかです。

この違いは極めて大きい。


思考は雲とよく似ていて、
いつも形を変え続けています。

あるときは純白の雲、ある時はどんよりと、
ある時は闇のような漆黒の雲になりますが、
それらと一つになっていると、
自分も同じように変化しているように感じます。


罪悪感の思考が湧けば

「私は悪い人間だ」

となるのです。

単にそのような思考が湧いただけなのに、
思考の内容が「私」になってしまう。

きわめて多くの人が、このような錯覚を生きています。

思考が自分になり、思考が人生になるのです。


さらには雲に成りきってしまうと
大空を見るチャンスがありません。

もし雲(思考)に取り込まれることなく、
雲(思考)に気づいていられたら、
一つの雲と次の雲のギャップが見える時があり、
そこから背後の大空を一瞥できるでしょう。


目覚めた人にも思考は湧くのですが、
いちいち真に受けません。

「いま罪悪感が出た」

「以上!」


思考の内容と自分自身の価値とは何の関係もないのです。

だって本当の自分は大空であり、
大空は雲に影響されないからです。



あなたは思考の内容ではありません。

このことは理解できるまで、
繰り返し自分に言い聞かせてください。


これはとても重要なことです。

なぜなら、あなたはそのようにして作った
自己イメージにふさわしい現実を創っているから。


思考を疑ってみることです。

その支離滅裂さを見抜けば、
もう言う通りにならなくて済みます。

思考があなたの主人なのではなく、
あなたが思考の主人だということを忘れないように。

思考と距離を取り始めれば、
ストレスは消えていくことでしょう。


ここまでは理解できたかと思います。

でもことはそう簡単ではありません。

あまりにも長い時間、思考に取り込まれてきたので、
思考から離れるだけでも大変なのです。


いつも言うように、
何事も心して練習を重ねることです。

スピリチュアルの世界は
頭でわかったつもりになる人が多いのですが、
定着させるにはそれなりの覚悟と実践が必要なのです。


いきなりやってもうまくいく人は稀でしょう。

まずは基本レッスン・・・それが瞑想です。


やがて行為の中にも瞑想感覚が浸透したとき、
思考から主人の座を取り戻しています。

それは雲から大空へのジャンプです。

( https://abetoshiro.ti-da.net/e11863793.html )

          <感謝合掌 令和3年6月4日 頓首再拝>

別次元への入り口 - 伝統

2021/06/10 (Thu) 03:17:22


        *メルマガ「天路」(2021年06月03日 )

ノーベル賞を受賞した神経心理学者ロジャー・スペンリーは、

「心は脳が出す化学物質や電気信号によって起きる『反応』」

だと言いました。


しかし、晩年のスペンリーは、

「脳とは、心を受信するラジオなのかもしれない」

と語るようになったのです。



それは、脳の研究が進むうちに、
心は脳を超えた活動をするという証拠が次々に見つかったからです。


つまり、「心」を発信する放送局が、「脳」とは別にあるようなのです。


そして現在、それを裏付けるかのように新たに導き出されたのが、
ホログラフィー理論です。

これは

「脳は宇宙の情報をキャッチする受信機」

という考えです。


だとすれば、放送局は宇宙といえるでしょう。

宇宙とは、人間の意識そのものなのかもしれません。



そこで、もしAIに心が宿るなら、
コンピュータによる心霊現象とかもありそうです。

実際、亡くなった人から着信があったり、
メールが届いたりするケースがよく起こると言われます。

そこに画像ファイルが添付されていたとか。


亡くなった人のFacebookアカウントが、
ときどき、新しい友達リクエストを承認しているなんて話も。


電子という海ともいえるネットの世界は、
実在しないフィクションの世界です。

ネットの世界自体が、人類の集合的無意識を表したものなのです。

だから、別次元の世界と干渉しあっても、決しておかしくありませんね。

          <感謝合掌 令和3年6月10日 頓首再拝>

【自己肯定感の教科書】 - 伝統

2021/06/30 (Wed) 04:58:43


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.04.14)より

   (中島輝(てる)氏の心に響く言葉より…)

   自己肯定感は状況によって高まったり、低まったりします。

   もし、自己肯定感がつねに一定に保たれる性質のものであれば、
   私たちが抱える人生の悩みの多くは消え去り、

   カウンセラーの必要はなくなり、
   安心感に満ちた楽しい暮らしになるはずです。


   「自己肯定感」とは、
   つまり自分が自分であることに満足し、
   価値ある存在として受け入れられること。

   言わば、私たちの人生の軸となるエネルギーです。

   自己肯定感という感情のエネルギーがあれば、日々の生活のなかで、

   「楽しい!」

   「大丈夫!」

   と思えることが多くなります。


   ところが、自己肯定感は人生の軸となるエネルギーにもかかわらず、
   高くなる日もあれば、低くなったまましばらく停滞してしまうことも
   あります。

   しかも、その高低がダイレクトに
   あなたの物事の考え方や行動力、判断力に強い影響を与えるのです。


   アメリカで行われた心理学の研究によると、
   私たちは1日に6万回の思考をおこなっているそうです。

   これは起きている時間、1秒に1回、
   何らかの思考をしながら生きている計算になります。

   しかも、その6万回のうち80%、約4万5000回は、
   身を守るためのネガティブな思考になりがちであるということも
   わかっています。

   1日24時間、8時間の睡眠をとっているとして、
   3秒に2回は身を守るためにネガティブな考えがよぎっている
   ことになるわけです。


   自己肯定感が低くなってしまうと、
   私たちの心はちょっとした出来事でも揺れ動き、
   気分が沈みやすくなり、行動は消極的になります。

   言わば、自分に自分で「NO」と言っているような状態です。

   つまり、ありとあらゆる出来事を
   否定的にネガティブに捉えてしまうのです。


   逆に自己肯定感が高い状態にあると、
   物事を前向きに解釈することができ、気持ちが安定し、
   積極的に行動することができるようになります。

   ですから、あなたのなかで
   「最近、なんとなくうまくいっていないな」
   「何が原因かわからないけど、モヤモヤした 気持ちが消えないな」

   という変化が起きているとしたら、
   それは自己肯定感が低くなっているサインです。

         <『自己肯定感の教科書』SB Creative
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        ・・・

自己肯定感の高め方には2つあるという。


『一つ目は、「パッと一瞬で高める方法」です。

 ちょっと自信がないなと思ったら、セルフハグをしながら、

 「大丈夫、大丈夫。」

 と言いましょう。

 少し嫌なことがあったら手を洗いながら、

 「ツイてる。ツイてる。」

 と言いましょう。

 考えがうまくまとまらないときは、部屋を掃除しながら、

 「できる。できる。」

 と言いましょう。

 このように日々の生活のなかに
 簡単にできる自己肯定感を高めるテクニックを使ってみましょう。



 二つ目は、さまざまな技法をつかって、
 「じわじわと高める方法」です。』


また、「自尊感情」についてこう述べている。

『自尊感情とは
「自己肯定感」の根っこの部分に当たる重要な感情です。

 自尊感情が安定しているとき、

 「私ってなかなかよくない?」

 「自分っていいよね」

 と自分を尊ぶことができ、
 物事を肯定的に捉えることができるのです。

 内閣府の行った調査(日本を含めた7ヵ国の満13〜29歳の若者を対象
 ・平成25年度)によると、

 日本人は諸外国の人に比べて、
 自尊感情が低いことが明らかになっています。

 「自分自身に満足している」と答えた若者は 7.5%で、なんと10人に1人です。

 また、「どちらかと言えば満足している」と回答した人は38.3%。

 「満足している」と合わせて45.8%という結果でした。

 これはアメリカ、ドイツ、フランス、韓国など、
 同様の調査を行った国では70〜80%を超えていて、各国の中では最下位なのです。

 日本の社会は、自尊感情が傷つきやすい構造を抱えているのです。』


自己肯定感は他人と比較すると、どんどん低下していく。

たとえば、SNSなどで、
「素敵なレストランでの食事」とか
「豪華な旅館に泊まったシーン」のような華やかな発信を見て、
落ち込んでしまうというようなことだ。

これに対処するには、
身近な人に喜んでもらうような「何かを与えること」をすること。

すると、まわりから感謝の言葉が増えてきて、自己肯定感が高まるという。

それが高まってくると、根拠のない自信が湧いてくる。


アメリカの思想家ラルフ・ウォルドー・エマソンは
「根拠のない自信こそが絶対的な自信である」と言う言葉を残している。

自己肯定感を高め、根拠のない自信を持てる人でありたい。

          <感謝合掌 令和3年6月30日 頓首再拝>

なんじの欲する事物の上になんじの心を集注せよ - 伝統

2021/07/05 (Mon) 03:11:49

     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(7月5日)より

なんじの欲する事物の上になんじの心を集注せよ。
なんじの欲せざる事物の上になんじの心を集注せいてはならない。

病を欲するならば、病の上に心を集注せよ。症状を気にかけよ。心配せよ。
しからばなんじの病は必ず増大すべし。
心をそれに集注するものが実現するからである。

多くの人々がなぜ不幸であり、不健康であるかの原因は、
好まないものにことさら心を集注して心配するからである。
なぜ、君は自己の欲せず希望せざるものの上に心を集注するのであるか。

幸福ならんと欲する者は、自己の幸福のみに心を集注せよ。
他の人の幸福のみに心を集注せよ。他の人の幸福を羨(うらや)んではならない。
幸福を羨む心は、幸福を否定し、抑制し、不幸を欲する心であるがゆえに、
みずから不幸を招くのである。

他人の幸福を自己の幸福と感じうるものは、自分が今いかに現実に乏しくとも、
他(た)のすべての人の幸福が自分自身の幸福であるがゆえに、
すでに豊かであるのである。

なんじの欲する事物の上になんじの心を集注するとき念の創化作用によって、
ついにそれをこの世界に現実化するに至るのである。
なんじ、何を欲するや。これをまず自己自身に問え。

しかして、健康を欲するならば、「われは完全なり健康なり。われは生命(せいめい)なり。
われは神の子なり。われは永遠の存在なり。われは不老なり。われは何物をも羨まず。
われは日々にいっそう、神の子の完全さを顕現するなり」と常に精神を集注して念ずべし。

諸君が成功を欲するならば、常に偉大なる物のみを心に描け。
偉大を念ぜずして偉大になった者は一人もないのである。
小なる計画は人を魅(ひ)曳きつける磁石的力を有しないのである。

いやしくも失敗を予想するなかれ。しかし細心であれ。一歩一歩を大切にすべし。
大望を抱くものは日常生活に気をつけるのである。
気をつけることと、恐怖することはちがうのである。

将棋の木村名人のように一分一秒を大切にして、
しかも最後の勝利を前途に描く者はついに勝つのである。


心の法則を知らざる者は、健康を欲しながら病気を念じ、
成功を欲しながら失敗に精神を集注し、
すべて逆に逆にと心を使うから失敗するのである。

されば健康を欲し成功を欲するものは少なくともその基礎知識として勝利の常識として
わたしの「人生は心で支配せよ」の本一冊ぐらいは読んでおかなければならないのである。

・・・

*谷口雅春先生の著書「人生は心で支配せよ」については、次のWebも参考になります。

<参考Web:”山ちゃん1952 さま”のブログ「則天去私」(2013年11月16日)
での「人生は心で支配せよ~はしがき」
       http://tecnopla1011.blog.jp/archives/1122148.html >

          <感謝合掌 令和3年7月5日 頓首再拝>

心の「絞り」を調整する - 伝統

2021/07/18 (Sun) 04:53:08


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(7月18日)より

写真を写すにも、絞りを調整することによって、
その写真が上手に写ったり下手に写ったりするのである。

それと同じく現世をよくするには心の「絞り」を調整することが必要である。

内部が整うて、外界が整うのである。
何か外界に悪しきことが起こったら、まず内部を調整すべきである。

         <感謝合掌 令和3年7月18日 頓首再拝>

正しさではなく、幸せに焦点を合わせる - 伝統

2021/07/20 (Tue) 02:19:41

【衝撃】天使たちからのメッセージがヤバすぎる!!
あなたは正しくい続ける必要はない!!【スピリチュアル】
ワンダーウォール !(2021/04/05)
https://www.youtube.com/watch?v=-v4Chy1WmZ8

(1)心のエネルギーを調整して、望む状況を引き寄せることができます。

(2)内なる世界、感謝、喜びに集中するとき、
   大きな幸せを引き寄せるのです。

(3)あなた自身の心の中に焦点を合わせ、楽しむことをしましょう。

(4)あなたにはあなたらしく存在する権利があります。
   あなたの優しくて、素晴らしい自己であり続けてください。

(5)神は、すべての人間の身体部分が互いに調和のとれた状態に
   機能させます。

(6)創造のすべて、いかに小さな部首であっても、
   創造されたものには、例外なく目的と価値があるのです。

(7)あなたは人生におけるあらゆる選択が間違っていることについて
   指摘・訂正することができますが、それは(結果的に)
   あなたのエネルギーレベルを引き下げるだけです。

(8)本当にあなたが大丈夫だと実感させる唯一の方法は、
   すべての人間が自身の魂を成長させ拡大させるので
   結局のところ皆がそれぞれに、魂レベルで心配するに至らないことを
   理解することにあります。

(9)もっと深く掘りましょう。
   あなたはむしろあなたに害を及ぼした者たちへの憎しみを手放し、
   彼らが積み上げた重荷からあなた自身を解放してあげてください。

(10)幸福を選ぶ前に外界が順応するのを待つなら、
   あなたは生涯を待ち続けることになってしまいます。

(11)あなたのエゴは脅かされていると感じるかもしれませんが、
   あなたの魂、あなたの創造主、そしてあなたの天使たちは
   皆、あなたの真の価値を知っています。

(12)何よりも、外部の検証とは関係なく、自分の価値を真に受け入れると、
   ご自分の存在の尊さを簡単に反映できる、好都合な人物や
   外的状態をあなたの人生に呼び込むことができます。

(13)あなたは、世の中の不正に意識を集中しています。
   しかしながらそれゆえ、あなたはより多くの不正を引き寄せて
   しまっているのです。

(14)神聖な神はあなたをより深い人生経験へと導こうとしています。

   しかしながら、喜んでネガティブなエネルギーに自分のエネルギーを
   一致させる人々がこの世には存在します。

(15)不親切な人に力を与えるのをやめて、
   喜びを取り戻してみませんか?

   すべてあなた次第なのです。

   ご自分を励ましてくれえる考え方に焦点を合わせるのは
   一種の選択なのです。

(16)あなたの喜びの周波数は、より親切な人を引きつけ、
   真実が明らかになり、やすらぎと優雅さにあなたを導く
   振動を続けます。

   もし、あなたの振動を高めることを本当に選択した場合、
   正しいとか間違っているとかをやめ、
   高いエネルギーで振動している宇宙の力を信頼し、
   成り行きに身を任せてください。
   
   その行動はあなたがより大きな幸せに波長を合わせている
   ことを意味します。

   それが「幸せ」であなたにとって正しい道なのです。

            <感謝合掌 令和3年7月20日 頓首再拝>

念(こころ)の中に三千大千世界の一切のものがある - 伝統

2021/07/31 (Sat) 04:15:10


          *「眞理」第2巻基礎篇第3章(P99~100)より
            ~《世界は互に一体である》

爰(ここ)に林檎があるとします。

これを感覚に触れる面から申しますと、
それは或る色(いろ)、或る匂い、或る形、或る味い、或る目方
・・・・等に過ぎません。

これらの色々の感覚的事実をつなぎ合わし綜合したら、
それを「一個」にまとめて感じて「林檎」と吾々は感ずるのでありまして、
その「一個」にまとめて「林檎」とする力は
吾々の念(こころ)の中にあるのです。

だから一個の林檎は実に吾々の心の中にあり、
自分自身の念の中にある「林檎」を、
その感覚的事実の《其処に》移入して、
「其処に林檎がある」とするのであります。

だから吾々の念(こころ)の中に、
林檎もあれば蜜柑もあり、地獄界もあれば極楽界もある。
三千大千世界の一切のものがあるのです。

これが「一念三千」「十界互具(ごく)」「相即相入」と云うのであります。

            <感謝合掌 令和3年7月31日 頓首再拝>

物質の原因は心である - 伝統

2021/08/02 (Mon) 04:45:33


       *「光明法語」(8月2日)より

原因あって結果来る。精神科学も物質科学も同様である。

物質科学は物質にのみ原因をもとめるが、
吾らは、その物質は如何にして生じたるかを追求し、
それがエネルギーの波動であることを明らかにし、

そのエネルギーの波動は、智慧あり秩序ある
エネルギーの波動であることを明らかにし、

智慧あり秩序あるエネルギーとは、
物質的なるものではなく、心的なるものであることを
明らかにし、心によって物質の変化することを明らかにし、

心によって健康と運命をと支配するのである。

            <感謝合掌 令和3年8月2日 頓首再拝>

「心」が万事に先行する - 伝統

2021/08/12 (Thu) 05:01:42


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月12日)より

列車に乗ってその列車が転覆したからといって、
その列車に乗せた駅員が悪いのではない。

転覆するような列車に乗るのは、乗ったその人自身に
その列車に乗るようになっている「心」があったからである。

「心」が万事に先行するとういうことを知る人は不幸に逢っても、
他を憎んだり恨んだりするものではない。

自分の「心」がそれを造ったということを知っているからだ。

列車に乗って不慮の災難に逢うことも、
人の口車に乗って不幸に陥ったり物事が失敗に終わるということも、
「乗る」のは、自分がその乗物に引きつけられて乗ったのだから、
自分自身の「心」の中に原因があるのである。

他(ひと)が「悪い、悪い」と思っている人は、
要するに責任を他(た)に転嫁する卑怯者のことである。

人間は強くなるにしたがって、
いっさいの原因を自分自身に帰するようになる。

そして聖者と言われるほどの人になると、
衆生の一人でもまだ苦しんでいる者があると
自分自身の責任だと感ずるものである。

世界のすべての人類が「光明思想」を知らず、また知っても十分実践せず、
不幸に沈淪(ちんりん)している者があるのは、
わたしの宣伝が足りないからなのである。

皆わたしの罪なのである。

      <感謝合掌 令和3年8月12日 頓首再拝>

「心」の中にあるものが、運命を招(よ)び寄せる力となる - 伝統

2021/08/13 (Fri) 04:54:25


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月13日)より

一つの結婚に破れて、

「惜しいことをした。あそこまで進んでいたのに。
 あの人が要らぬ口添えをしたからだ」

などと後悔する者は愚かなる者である。

成らない結婚は、それは成らないことによってそれは良かったのである。

だれかの少しの口添えくらいで破壊するような結婚は
砂の上に建てられた家のようなもので、
結婚してからも少しの風波に揺られると破壊したかもしれないのである。

結婚してから、夫婦関係を破壊するのは遅すぎる。
破壊するなら婚前のちょっとした問題で破壊したが良かったのである。

物の成ると成らざるとは、
「誰かがどう言った」などのことに原因があるのではない。

不思議なその人おのおのの「心」の中にある運命が招(よ)び寄せる力が、
ある運命を反発し、ある運命を磁石のように吸い寄せるのである。

      <感謝合掌 令和3年8月13日 頓首再拝>

心の王国を征服する - 伝統

2021/08/14 (Sat) 04:47:21


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月14日)より

世界を征服することは偉大であるが、
まず自分の心の王国を征服することはいっそう偉大である。
ます自分の心の王国を征服し、自分の心に真理を実現すれば、
一家に平和は来たり、一家に平和来たれば近隣相和す。

近隣相和せば、一町一村に平和来たり、一町一村に平和来たれば、一群一県に真理来たる。
一群一県に真理来たれば、国家はじめて正法に立脚し、国家正法に立脚すれば四隣の国
おのずから相和し、四隣の国おのずから相和せば、もって世界の平和を招くに足るのである。

      <感謝合掌 令和3年 8月14日 頓首再拝>

斯く心は病菌に作用す - 伝統

2021/08/16 (Mon) 04:40:37


        *「光明法語」より

八月十五日の法語 微生物と念の感応

近頃、柴田酵素や渡辺酵素で肥料を速成して、
その施肥効果により二倍増産三倍増産を得る事が可能であると説くものがある。

実際試みて何等効果がなかったと言うものもあり、効果著しかりしと言うものあり、
批評まちまちであって一定の結果を得ない。

農事試験場では実際上効果なしとして一旦否定したるも、
此の種民間の評判高き故、もう一度実験して見ると云うことである。

酵素は微生物の生産物である。
微生物は人間の念に感応し易い。

念によって効果を異(こと)にするは当然である。

・・・

八月十六日の法語 斯く心は病菌に作用す

嘗て、千葉大医科と、慶応大医科とで、チフス菌は鼠の腸内にて殺菌消化されて
形を止めなくなると言い、一方は然らずと言い、両大学にて各々実験を行い、両方とも自己の
主張する通りの実験の結果を得、孰(いず)れにも勝敗決せずして物別れになった事があった。

同一程度の重症の結核患者で、一方は暗く悲哀と絶望の精神をもち、
他方は明るく楽天的なる精神をもったとせよ。

明るき楽天的なる精神の者は快方に向かい、
悲哀と絶望に沈みたる者の結核菌は益々繁殖して病は増悪する。


      <感謝合掌 令和3年8月16日 頓首再拝>

心の波で不幸や貧乏や病気を描くな! - 伝統

2021/10/05 (Tue) 04:56:27


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(10月5日)より

見える世界に不幸や病気が起こったからとて、それをそのまま実在だと思い、心に描けば
描くほど、その映画のフィルムの複製を幾本も新たにつくって映写することになるから、
その不孝や病気は治らないのである。

映画の世界(眼に見える世界)に不孝を映して見ることが嫌いならば、フィルムの世界
(心の波で作る映画の世界)における原画を訂正しなければならないのである。

現象界は結果であって、原因ではないのである。原因の表現が結果である。
だから結果であるところの不幸や病気を根絶しようと思うならば、
原因であるところの心の波で描く原画を変更しなければならない。

心の波で不幸や貧乏や病気を描くな。

           <感謝合掌 令和3年10月5日 頓首再拝>

念力 - 伝統

2021/10/18 (Mon) 03:36:44


自力の思念伝達法

          *「光明法語(10月16日)」より

自己の思念力を念送して相手の悩みを癒やす方法は、電波の波及と同様の原理を、
電波よりも尚一層精妙なる霊的波動にあてはめたものである。

その方法は、自己の送ろうとする思念又は想念を、心の中で繰返し繰返し、
余念なく、他念なく強烈に繰返す事によって成立っている。
時には十数分間、時には十数時間も強烈に同一想念を繰返すのである。

そして、それは相手に於いて効果を顕す事があるが、
その時には思念者は精力を消耗してフラフラになっている事が多い。

・・・

クーエの自己暗示法

          *「光明法語(10月17日)」より

クーエの自己暗示法は「自分はこれから毎日あらゆる点で一層よくなる」と云う
同一思念を20回繰返す事によって成り立っている。

併しこれは念力波及の方法ではなく、ただの言葉で、その想念を潜在意識につぎ込めば、
潜在意識が絶大なる力でその言葉の通りを成し給うと云う信念に基いている。
これは精力を消耗し尽す事はない。

クーエも他に念力を送る場合もある。
子供をよくしたいと思う時、欲する内容の言葉を眠れる子供から1米(メートル)
離れて繰返し唱えれば好結果を得ると主張したのである。

・・・


精神は互いに感応する

          *「光明法語(10月18日)」より

眠っている子供の枕元で数学の公式を幾度も唱えて聞かせて、
覚めてからその数学の公式を思い出させると完全に暗誦し得たと云う実例もある。

リーテル・ブルバンクは自分の妹に会いたいと思うとき手紙を書かないで、
思念で「今日はお前に会いたいんだが」と念じたら必ずその次の列車で
その妹はブルバンクのところへやって来たと伝えられている。

夫婦の思いが互いに感応した実例は沢山ある。
妻があやまる気になったとき、夫が妻に済まぬと思うようになった例も多い。

           <感謝合掌 令和3年10月18日 頓首再拝> 

【思考は文字化すると現実化する】 - 伝統

2021/10/20 (Wed) 04:42:46


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.05.01)より
 
   (横川裕之氏の心に響く言葉より…)

   「思考する」「考える」というと、頭の中だけでやっている人がほとんどです。

   一方で、結果を出す人たちは、思考を
   紙や画面にアウトプットすることをやっています。

   つまり、「文字化している」ということです。

   なぜ思考を外に出したほうがいいのか?


   算数の計算を思い出していただきたいのですが、
   九九や二桁までの足し算・引き算なら、多くの人が暗算でもできます。

   しかし、そろばん教室などで特殊な訓練を受けていない人は、
   二桁の掛け算や三桁以上の計算になったら、暗算よりも筆算を選択するはずです。

   なぜなら、暗算よりも筆算のほうが正確だからです。

   思考も同じです。

   頭の中で考えるよりも、外に出したほうが正確に把握できます。


   書いた文字は、その人の思考の現れです。

   頭の中で思考できていないことは、文字にすることはできません。

   そして、思考の量と文字量は正比例します。

   たくさん思考している人は、たくさん書けますし、
   逆にあまり思考していない人は、少ししか書けません。


   頭の中で思考はたくさんしているけれども、
   いざ、文字にしようとすると出てこない…
 
   こんな状態は、頭の中がグルグルと回っているだけで、
   残念ながら思考できていない状態です。

   私たちはテレパシーを使って、相手に自分の頭の中身を伝えることはできません。

   同じように、相手の頭の中身をのぞくこともできません。

   頭の中身を伝えるには、言葉を使って
   相手に伝わるように整理しなければなりません。


   頭が整理できないという人に限って、文字化することをせず、
   自分の頭の中で思考をグルグルさせてしまっています。

   一度、文字化してしまえば、そのことについて頭のリソースを使うことなく、
   そのリソースを使ってほかのことを思考できるようになります。

   脳は不思議なもので、外に書き出していると、
   その空いたスペースに新しいアイデアや考えを生み出してくれます。

   書いているうちに思考はどんどんアップデート
   されていき、より鮮明なものとなり、現実化が近づいてくるのです。


     <『思考は文字化すると現実化する』WAVE出版
               https://amzn.to/333XEXM >

          ・・・

本書の中に「思考」についてのこんな文章があった。

『あなたの人生は、あなたが過去に思考したことに
 ふさわしいものが提供されています。

 どんなに現時点での人生がきびしいものであった
 としても、
 それは過去の自分の思考が創り出したものです。

「こんなきびしい人生を望んでいるわけないだろう!」と、
 あなたはお怒りになるかもしれません。

 そのお怒りはごもっともです。

 でも、自分が創り出していないとしたら、
 人生は自分以外のものによって創り出されている、

 つまり、あなたは自分の人生の主導権を
 自分以外のものに渡してしまっていることを
 認めることになります。

 もちろん、自然環境など自分で
 コントロールできない制限もたくさんあります。

 でも、その制限の中で自分がどう選択し、
 決断していくのかは、自分が主導権を握って、
 自由に選ぶことができます。

 自分が「力」をつけていけば、
 その制限の枠を徐々に徐々に広げることが
 できるようになります。』



現在の我々は、過去に発した(使った)言葉によってできている。

何か嫌なことがあったとき、それを、
人のせいにしたり、社会や政治のせいにしていた人は、行動も他責となる。

そして、あらゆる行動が投げやりとなり、自ら努力をしなくなる。

結果、ネガティブでグチが多く、人やまわりのせいにばかりする、
つまらない魅力のない人となる。


反対に、過去、どんなときもポジティブで、
明るく前向きで肯定的な言葉、感謝の言葉を使っていた人は、
現在もその通りの人間になる。

すべては、習慣によって強化されるので、
ますます(加速度的に)、良くなる人は良くなり、悪くなる人は悪くなる。


「思考は文字化すると現実化する」という。

言葉で言うより、文字化した方が、さらに何倍もの効力が出る、ということだ。


思考を文字化して、更に自分を磨きたい。

           <感謝合掌 令和3年10月20日 頓首再拝> 

心の照準は現在意識 - 伝統

2021/11/08 (Mon) 04:36:15


       *「光明法語」(11月8日の法語)より

「我みずからにては何事もなし得ず、
天の父われに在(いま)してみ業をなさしめ給うのである」
とイエスは言った。

癒すのは「天の父」即ち神であり、われではないのである。
われは、心の照準を定めて引金を引くだけである。

心だけ正しい方向にむけて神の力の自働するのに任せて置けば好いのである。
みわざは内在の爆発力がなし給うのである。
内在の爆発力とは、神である。

照準を定めるのは現在意識であり、
現在意識の志向を潜在意識の中まで落すのが、
「引金を引く」ということである。

           <感謝合掌 令和3年11月8日 頓首再拝> 

「心はすべての造り主」 - 伝統

2021/11/23 (Tue) 04:51:50


        *「生命の實相 第38巻 幸福篇下」(11月23日)より

人間の心の思いは動力であることを知らなければなりません。
心に描いたことが形にあらわれるのであります。
このことは何度繰り返しても繰り返しすぎるということはないくらい
重大な問題なのであります。

キリストは

「まず神の国と神の義(ただしき)を求めよ。
 その余(よ)のものは汝らに加えらるべし」

と教えられました。

具体的に現実世界に善きものが現れてくるに先立って
まず心の世界に、神の国を描くことが必要なのであります。

「もし芥子種ほどの信だにあらば
 この山に動いて海に入れと言うといえども必ず成らん」

とキリストが言われたのも、

実現に対する信仰が心の世界に打ち建てられれば、
神の国にあるいっさいのものがこの世に実現するということであります。

すべての地上の建造物は、
まず建築家の心の内に描かれたものが実現したのであります。
原子爆弾といえども科学者の心の内に描かれたものが実現したのであります。

「心はすべての造り主」と言われている所以(ゆえん)であります。

物質はみずから自発的に動いて一定の形をとることはできません。
湯呑みが勝手に歩いたり、万年筆が勝手に動いて
文章を書くということもありません。

ブランシェット(心霊現象の自働書記でお筆先を書く道具)が自働して
文字や絵を書くのは、その道具が勝手に動くからではなく、
それを動かす霊があるからです。

われわれの肉体細胞の成分が一定の姿に配列されて
健康になるのも病気になるのも皆心の働きです。

           <感謝合掌 令和3年11月23日 頓首再拝>

思う通りになる世界 - 伝統

2021/12/20 (Mon) 05:00:23


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月20日)より

この世はままならぬと思う者には、まことにこの世はままならぬ世界である。
これに反して、この世は思うとおりになる世界だと思う者には、
まことにこの世は思うとおりになる世界である。

環境は人間に支配されると思う者には、環境は人間に支配されるが、
人間は環境に支配されると思う者には、
環境は頑としてその人の上に暴君的力を揮うであろう。

そのこと自身が環境は自分の思うとおりのものであること表している。

            <感謝合掌 令和3年12月20日 頓首再拝>

心の岩戸開きは、明るさ、積極性、建設的からなる - 伝統

2021/12/21 (Tue) 05:00:11


       *「光明道中記」(12月21日《心の岩戸開きの日》)より

【どうでも好いことに何時(いつ)までもかかわるな。生命は貴(とうと)い。
                      (『生命の實相』第十一巻)】

心を支配すること。
何をおいても心を支配すること。
明るい気持に常になるように心掛けること。

ただそれだけを常に心掛けるだけでも、
あなたの運命は輝かしいものに転じて来るであろう。
あなたの健康は従来よりも前進して来るであろう。

神は光明遍照であると云うことを知らなければならない。
光明のないところ、明るさのない処には神は在(い)まさないのである。
心に光明を満たす時、万物が生き生きと蘇生(よみがえ)って来るのである。

神は一切所に充ちていられるのであるが、
心の天岩戸の開かないところにはその光は射し込まないのである。

『古事記』に書かれているのは虚(うそ)ではない。
天之宇受女命(あめのうずめのみこと)の明るい舞踊に触発され八百万神々の
明るい笑いが暗黒の世界に、日の光を射し込ましたのである。

吾々は明るいと共に、積極的でなければならないし、建設的でなければならない。
積極的な者は一時は失敗するかも知れないが、
その失敗は必ずや経験の上に何物かを獲得せしめるので、
結局は失敗ではないのである。

明るいばかりで此の世を笑いで吹き飛ばすだけでも完全だと言えない。

明るい上に積極性があり、更に建設的であることを要するのである。

            <感謝合掌 令和3年12月21日 頓首再拝>

神の心、太陽の心、親分の心 - 伝統

2021/12/30 (Thu) 06:33:17


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月30日)より

健康が心の中にあるのみではなく、財福もその人の心の中にあるのである。

親分の心になることが、自分自身の運命を親分にまで推し進める。
いつまでも子分の根性で功(こう)を同僚の間で争い、
眼を偸(ぬす)んで安らかさを希(こいねが)っているようなことでは、
その人の運命はいつまでも子分であるのであろう。

親分の心の最大なるものは、神の心である。

すべてを赦し、すべてのものを太陽のごとく照り、温(あたた)め、
みずからは光線と温熱と生命(せいめい)を投げ出すのみで、
敢(あ)えてみずからは求めぬのが神心(かみごころ)。

太陽の心。太陽の心。これが親分の心である。
かくのごとき人はよく衆(しゅう)を率(ひき)い大いに伸びるのである。

            <感謝合掌 令和3年12月30日 頓首再拝>

心の力(精神力)と霊の力(生命力) - 伝統

2022/01/06 (Thu) 04:55:39


       *「光明道中記」(1月6日《父と偕(とも)にある日》)より

【我れみずからは何事もなし能(あた)わず、
 父は子を愛してその為す所を悉く子に示し給う。(ヨハネ伝)】

精神力とか心の力とか言われるものは、語(ことば)の使い方にもよるが、
概(おおむ)ね本源の力を指すものではない。
それは本源の力が脳髄的ラジオセットに触れて副次的に反射して生じた力である。

それはラジオセットに生じた一種の電磁気的波が放送局の波を捉えて吾々に美しい音楽を
聞かせてくれるかのように、宇宙本源の霊の力を捕捉(キャッチ)する媒介になる。

併し、吾々の心が何事をも為すのではなく、それによって捕捉せられたる
宇宙本源の霊の力がすべての事を為すのである。

所謂る精神力が第一次的生命そのものでないのは、
脳髄を破壊すれば精神力はあらわれなくなるので明らかである。

併し、精神力が消えようとも、脳髄を創造(つく)った力は消えるものではない。
精神力が現れない前に脳髄が造られたのである。
甲の脳髄が破壊されて、甲の精神力が消えたときにも、脳髄を創造ったところの
神秘なる生命力はまた乙の脳髄、丙の脳髄を創造り出すのである。

脳髄から発する精神力は、生命の前哨戦に立つ斥候のようなものなのである。

併し斥候だからとて軽んじてはならない。
斥候の指し示すところへ本隊は導かれて進む。

            <感謝合掌 令和4年1月6日 頓首再拝>

「心」とは何であるか - 伝統

2022/01/27 (Thu) 04:42:27


       *『 生長の家 』(昭和25年9月10日~11日の法語)より

「 心 」 とはこれを 「 意識 」 とも云い、ものを感ずるところの働きである。
それは自分の存在することを知り、自分の環境を知るところの働きである。

「 意 」 は欲する働きであり、自己の存在を自證(じしょう)するのである。

「 識(しき)」 は外界を知る働きである。


「 意思する自分 」 があることは自明の事実であってそれは証明を要しないのである。

その 「 意思する自分 」 が何がゆえに外界を識(し)ることが出来るのであろうか。


それは内界と外界とが 「 本来一つ 」 のものであり、
その波動を一つにするものであるからである。

然(しか)らばその 「 本来一つ 」 のものとは何であろうか。それは物質か、心か?

             ・・・

物質より心が先である


物心一如(いちにょ)的立場から云うならば、
事物の根元は 「 物質 」 であると云うのも、
事物の根元は 「 心 」 であると云うのも
一如(ひとつ)であると云うことになる。

しかし、「 物質 」 と云うものの概念は
、「 知性も感情もないものを物質と云う 」 意味に於いて
考えられているのであるから、

物心一如と云うことは 「 知性も感情もない物質 」 と
「 知性も感性もある心 」 とは一如と云うことになる。

こうして物と心とが一つであれば、どちらが先なのであろうか。

「 知性も感性もある心 」 を高位とし、
「 知性も感性もない物 」 を低位としなければならない。


高位のものは内に低位のものを含み得るが
低位のものから高位のものは生れ得ない、

従って、心は物質に先立つのである。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=100

            <感謝合掌 令和4年1月27日 頓首再拝>

《運命の船を操縦するには》 - 伝統

2022/02/19 (Sat) 03:39:33


      *「眞理」第2巻基礎篇第1章(P10~11)より

帆掛舟(ほかけぶね)はその帆(ほ)の向け方によって、
同じ風が吹いていましても、
港から出て行くことも、港に帰って来ることも出来ます。

船の進む方向の変化は、帆の向け方によるのであり、
風の受け方にあるのであって、
風のまにまに翻弄されるのではないのであります。

吾々の運命も、大生命の
生命(いのち)の流れのままに翻弄されるのではないのであります。

その大生命の生命(いのち)の流れを如何に、
自分の「心の帆(ほ)」の向け方によって、
自分の運命の船が東へも進めば、西へも進むし、
健康の方へも進めば、病気の方へも進み、
成功の方へも進めば、不幸の方へも進むのであります。

自分自身が自分の「運命の船」の進む方向を決定するのであります。
他(た)を恨んではなりません。

『運命の原理』又は『健全の眞理』をお読みください。

         <感謝合掌 令和4年2月19日 頓首再拝>

冷たい心、温かい心 - 伝統

2022/02/20 (Sun) 03:59:36


         *「光明道中記」(2月20日《雪が融ける日》)より 

【他が自分に対して薄情である場合は、
 自分自身に何か暗い冷たさがある思え。(『生命の實相』第四巻)】

温かいストーブの周囲にはおのずから人が集る。

人を拝めば人が集る。

荒木松衛さんが、熊本県立白川学園と云う不良児の感化院で
園長をしていられたときに一人の生徒が脱走した。

その時、荒木さんは風邪を引いて寝ていられたが、
「私の懐は温かいのだ。生徒よ帰って来い。
 私はこの温かい心で汝を抱擁するのだ」

という意味の思念をせられたら、
脱走した生徒が急に帰園したくなって帰って来た
という話を聞いたことがある。

若し、他が自分に対して薄情であり冷淡であるならば、
それは自分の中に「温かさ」がないからである。
暗い冷たい世界からは何人(なんぴと)でも逃げ出そうとするものである。

また内心に温かいものを持ちながらでも、
他(ひと)を責め、人を指す心を起すとき、
それは相手を追い出す心になる。

如何に多くの愛深き妻が、良人を責める心を起したがために、
その良人が堕落の淵に堕ちたであろう。

だから
「他を責める心、人を刺す心は人を逐(お)い出す心」(『生命の實相』第二巻))
であり、

「他の欠点をあげたい心が既に神に背(そむ)いた心である」
(『生命の實相』第五巻))と示されている。

         <感謝合掌 令和4年2月20日 頓首再拝>

《自分の心持は周囲に影響する》 - 伝統

2022/02/28 (Mon) 05:01:25


           *「光明法語」(2月28日)より

人の一挙一動は無論のこと、その心持ちは必ず周囲に影響を与えるものである。

社員を充分働かせるのも、働くのが興味がなくなって怠けるのも、
社長または上役の一つの励ましの言葉や、
冷酷な尊大ぶりなどによって、それが変わって来る。

やさしい言葉、やさしい態度、それがどんなに周囲に影響するか。

私に議論を吹きかけようとして演壇近くやって来た聴衆が私が演壇に立って
ただ「皆様ありがとうございます」とお辞儀をしただけで理屈がなくなり、
生長の家が好きになった人もある。

         <感謝合掌 令和4年2月28日 頓首再拝>

どんな破損でも摩滅でも「心」で細胞を修繕し得る - 伝統

2022/04/07 (Thu) 07:19:22


   *「光明道中記」(4月7日《必ず知人一人を光明化する日》)より

【五官に顕れる状態で喜悲(きひ)する者は
 五官を信じているので神を信じていない。(『生命の實相』第十一巻)】

眼は物を視(み)ない、耳は音を聴かない、脳髄は《もの》を考えない。

視るのは心であり、聴くのは心であり、考えるのは心である。
心は自分の便宜のために眼を創造し、耳を創造し、脳髄を創造したのである。

ここに言う「心」とは脳髄から出る作用ではない。
脳髄を設計したところの「心」である。
それは脳髄以前の「心」であるから「生命」と同意義に解しても可(よ)い。

「生命」は《常に》ある。
併し脳髄は破壊する。眼球も破壊する。聴官も破壊する。
併し、破壊するものは《常にある》ものではない。

途中から造られたもの、暫定的なもの、ただの機関に過ぎないもので、
「生命」そのものではない、「人間」そのものではない。

人間は死なないものである。

常に破壊しつつある機関の中にあってそれを操縦しながら、
永遠に死なないところの機関手が「人間」なのである。

その機関の材質は、「固定的な物質」で出来ているものならば、
それが摩滅し、摩損したときに取換に不便であるかも知れぬが、

それは「エーテル」と一時科学者が名付けたところの
「無」を材質として、それを心の波でどんな形にでも造構したものであるから、
どんな破損でも摩滅でも「心」でそれを修繕し得るのである。

            <感謝合掌 令和4年4月7日 頓首再拝>

善事のみ心に描く日 - 伝統

2022/04/09 (Sat) 07:20:23


           *「光明道中記」(4月9日)より

【心そのものは吾らの本体にして病気になることはない。(『生命の實相』第四巻)】

心に描くことが第一の創造である。
心に描いた通り形にあらわれるのは第二の創造である。

家は建ち上ったとき初めて建ったのではなく、
それは設計家の心に出来上がったとき既に立ち上がったのである。

それよりも更に遡(さかのぼ)れば、漠然たる建築主の心の中に何となく家を
建てたくなったとき、既にその家は建っているのだとも言えるのであろう。

或る地方では食事のときにする遊戯に「茶柱が建つ」と云って、
湯呑(ゆのみ)に注(つ)いだ茶の茎(くき)が縦になって浮き上るのを楽しんで、
左手で箸で拾い上げて袂(たもと)の中に祝福しながら入れる風習がある。

盛んに茶柱が立つときには、その人の運勢は盛んであり、家なども盛んに建つ。

昭和10年どこへ往っても私の茶碗に注がれる茶には不思議に「茶柱」が立ったと
言っていると、本部の改築が出来上る、光明思想普及会の新社屋が出来上がる、
原宿の学生寮が新築される、家庭光明寮の第三寄宿舎「愛泉寮」が新築される、
研究室の新設等・・・建つ、建つ、建つ・・・

形あるものは、その奥にその形に相応する心の波動(アイディア)が動いているのである
から、自分の心の世界に「すべて立つ」アイディアが動き出すと、
現象界の事々物々にそのアイディアが映し出されて具象化するのである。

            <感謝合掌 令和4年4月9日 頓首再拝>

心は脳を超えた活動をする - 伝統

2022/04/17 (Sun) 06:38:04


       *メルマガ「天路」(2022.04.16)より

そもそも心とは何なのか?

っていう問いについて、

ノーベル賞を受賞した神経心理学者ロジャース・スぺンリーは、

「心は脳が出す科学物質や電気信号によって起きる『反応』」

だと言っています。


しかし、脳の研究が進むうちに、
心は脳を超えた活動をするという証拠が次々に見つかりました。


晩年のスぺンリーは、

「脳とは、心を受信するラジオなのかもしれない」

と語るようになったそうです。


つまり、「心」を発信する放送局が、「脳」とは別にあるようなんですね。

そして現在新たに導き出されたのが、ホログラフィー理論です。


これは、

「脳は宇宙の情報をキャッチする受信機」

という考えです。


つまり、放送局は宇宙と言えるでしょう。

宇宙とは、人間の意識なのかもしれません。



じゃあ、コンピューターに心が宿るなら、
コンピューターによる霊現象とかもありそうだと思いませんか?


これっ、実際によく起こったりするんです。

亡くなった人から着信があったり、メールが届いたりするケースですね。

画像ファイルが添付されていたこともあるみたいです!


聞いたところの話では、

亡くなった友人のFacebookのアカウントが、

今でもときどき、新しい友達リクエストを承認していて、

その友達も目撃していると言います。



電子の海ともいえるネットの世界は、実在しないフィクションの世界です。


ネットの世界自体が、人類の集合的無意識を表したものですから、
別次元の世界と干渉しあっても、おかしくありません。

            <感謝合掌 令和4年4月17日 頓首再拝>

《「失敗」を予想せざる者は遂に勝つ》 - 伝統

2022/04/20 (Wed) 07:33:38

          *「眞理」第2巻基礎篇第1章(P12)より

心の帆(ほ)を「失敗」の方に向け、「病気」の方へ向けていながら、
「成功」の方へ、「健康」の方へ航海して行きたがっている人があるが、
これはまるで逆の方向へ進むようなものです。

自分で、心に思う通りのものに引きつけられるのですから、
「失敗」を心に描けば、「失敗」の方へ自分が吸い寄せられつつあり、
「病気」を心に描けば、「病気」の方へ自分が吸い寄せられつつあるのです。

人生は、谷川に架(か)かっている細い丸木橋を渡るようなもので、
恐れずに渡れば、サーカスの芸人のように自由に渡れるが、
「失敗するかも知れぬ」と恐怖心を起した刹那、その人は、
「失敗」に引きつけられて墜落することになるのである。

常に失敗を予想せぬならば最後に人生に勝つのです。

            <感謝合掌 令和4年4月20日 頓首再拝>

内からの発現で時代はつくられる - 伝統

2022/05/26 (Thu) 07:23:12


       *「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月26日)」より

内から発現するのが時代の流れである。
時代によって精神が左右せられるのではない。

社会的地盤から精神が生まれてくるのではなく、
内から理想は層一層完全なる形態に顕われようとして時代をつくり、
社会的構成を変えてゆくのである。

           <感謝合掌 令和4年5月26日 頓首再拝>

心を整えることによっても肉体を調整し得る - 伝統

2022/07/09 (Sat) 07:30:48

      *「光明法語」(7月9日)より
        ~全身は霊的エネルギーの層である。

ロック〇ェラー研究所の外科医長故アレキシス・カレル博士は言っている。

「吾々の意識のすべての状態は脳髄の化学的変化に相互連関をもっている。
 脳髄は全身に相互連関をもち、吾等の全身は恰(あたか)も
 心的及び霊的エネルギーの層をなしているのである。

 意識のすべての状態は人体に一定の化学的又は生理的状態を引起こす。

 されば人間は或る動作によって自分の肉体を調整し得ると同様に、
 瞑想により心を整えることによっても肉体を調整し得るのである。」

是が凡(あら)ゆる方面から人間の肉体を解剖した世界一の大医の言である。

           <感謝合掌 令和4年7月9日 頓首再拝>

心の「絞り」を調整する - 伝統

2022/07/18 (Mon) 07:50:42


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(7月18日)より

写真を写すにも、絞りを調整することによって、
その写真が上手に写ったり下手に写ったりするのである。

それと同じく現世をよくするには心の「絞り」を調整することが必要である。

内部が整うて、外界が整うのである。
何か外界に悪しきことが起こったら、まず内部を調整すべきである。

         <感謝合掌 令和4年7月18日 頓首再拝>

物質の原因は心である - 伝統

2022/08/02 (Tue) 07:33:58


       *「光明法語」(8月2日)より

原因あって結果来る。
精神科学も物質科学も同様である。

物質科学は物質にのみ原因をもとめるが、
吾らは、その物質は如何にして生じたるかを追求し、
それがエネルギーの波動であることを明らかにし、
そのエネルギーの波動は、智慧あり秩序ある
エネルギーの波動であることを明らかにし、

智慧あり秩序あるエネルギーとは、物質的なるものではなく、
心的なるものであることを明らかにし、
心によって物質の変化することを明らかにし、
心によって健康と運命をと支配するのである。

         <感謝合掌 令和4年8月2日 頓首再拝>

心の中の複雑混迷 - 伝統

2022/08/03 (Wed) 06:15:14


       *「光明法語」(8月3日)より

精神科学の研究家は、病気の大部分は殆どすべて心に根源を発し、
心によって病み、心によって癒される事を知る。

併しながら、それは決して、「病気になる」と思ったから病気になり、
単に「病気は無い」と想ったから治ると云う様な単純なものではない。

病気なんて一切考えないのに病気になった人もあり、
心はその儘で一時治る人もある。

人間の心の内部にはもっと
複雑な混輻輳(コンプレックス)があるのである。

この混雑輻輳(ふくそう)極まりなき心の解剖と
その浄化こそ真に癒す道である。

         <感謝合掌 令和4年8月3日 頓首再拝>

「心」が万事に先行する - 伝統

2022/08/12 (Fri) 11:34:03


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月12日)より

列車に乗ってその列車が転覆したからといって、
その列車に乗せた駅員が悪いのではない。

転覆するような列車に乗るのは、乗ったその人自身にそ
の列車に乗るようになっている「心」があったからである。

「心」が万事に先行するとういうことを知る人は不幸に逢っても、
他を憎んだり恨んだりするものではない。

自分の「心」がそれを造ったということを知っているからだ。

列車に乗って不慮の災難に逢うことも、
人の口車に乗って不幸に陥ったり物事が失敗に終わるということも、
「乗る」のは、自分がその乗物に引きつけられて乗ったのだから、
自分自身の「心」の中に原因があるのである。

他(ひと)が「悪い、悪い」と思っている人は、
要するに責任を他(た)に転嫁する卑怯者のことである。

人間は強くなるにしたがって、
いっさいの原因を自分自身に帰するようになる。

そして聖者と言われるほどの人になると、
衆生の一人でもまだ苦しんでいる者があると
自分自身の責任だと感ずるものである。

世界のすべての人類が「光明思想」を知らず、また知っても十分実践せず、
不幸に沈淪(ちんりん)している者があるのは、
わたしの宣伝が足りないからなのである。
皆わたしの罪なのである。

      <感謝合掌 令和4年8月12日 頓首再拝>

心には、運命を招(よ)び寄せる力がある - 伝統

2022/08/13 (Sat) 10:51:23


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月13日)より

一つの結婚に破れて、「惜しいことをした。あそこまで進んでいたのに。
あの人が要らぬ口添えをしたからだ」などと後悔する者は愚かなる者である。

成らない結婚は、それは成らないことによってそれは良かったのである。
だれかの少しの口添えくらいで破壊するような結婚は砂の上に建てられた家のようなもので、
結婚してからも少しの風波に揺られると破壊したかもしれないのである。

結婚してから、夫婦関係を破壊するのは遅すぎる。
破壊するなら婚前のちょっとした問題で破壊したが良かったのである。

物の成ると成らざるとは、「誰かがどう言った」などのことに原因があるのではない。
不思議なその人おのおのの「心」の中にある運命が招(よ)び寄せる力が、
ある運命を反発し、ある運命を磁石のように吸い寄せるのである。

         <感謝合掌 令和4年8月13日 頓首再拝>

心の王国を征服する - 伝統

2022/08/14 (Sun) 12:28:19


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(8月14日)より

世界を征服することは偉大であるが、
まず自分の心の王国を征服することはいっそう偉大である。

ます自分の心の王国を征服し、自分の心に真理を実現すれば、
一家に平和は来たり、一家に平和来たれば近隣相和す。

近隣相和せば、一町一村に平和来たり、
一町一村に平和来たれば、一群一県に真理来たる。

一群一県に真理来たれば、国家はじめて正法に立脚し、
国家正法に立脚すれば四隣の国おのずから相和し、
四隣の国おのずから相和せば、もって世界の平和を招くに足るのである。

      <感謝合掌 令和4年8月14日 頓首再拝>

微生物は人間の念に感応する - 伝統

2022/08/15 (Mon) 09:02:28


       *「光明法語」(8月15日《微生物と念の感応》)より

近頃、柴田酵素や渡辺酵素で肥料を速成して、
その施肥効果により二倍増産三倍増産を得る事が可能であると説くものがある。

実際試みて何等効果がなかったと言うものもあり、効果著しかりしと言うものあり、
批評まちまちであって一定の結果を得ない。

農事試験場では実際上効果なしとして一旦否定したるも、
此の種民間の評判高き故、もう一度実験して見ると云うことである。

酵素は微生物の生産物である。
微生物は人間の念に感応し易い。

念によって効果を異(こと)にするは当然である。

      <感謝合掌 令和4年8月15日 頓首再拝>

斯く心は病菌に作用す - 伝統

2022/08/16 (Tue) 10:06:28


       *「光明法語」(8月16日》)より

嘗て、千葉大医科と、慶応大医科とで、
チフス菌は鼠の腸内にて殺菌消化されて
形を止めなくなると言い、一方は然らずと言い、

両大学にて各々実験を行い、両方とも自己の
主張する通りの実験の結果を得、孰(いず)れにも
勝敗決せずして物別れになった事があった。

同一程度の重症の結核患者で、一方は暗く悲哀と絶望の精神をもち、
他方は明るく楽天的なる精神をもったとせよ。

明るき楽天的なる精神の者は快方に向かい、
悲哀と絶望に沈みたる者の結核菌は益々繁殖して病は増悪する。

      <感謝合掌 令和4年8月16日 頓首再拝>

容貌を美しくするには - 伝統

2022/08/23 (Tue) 08:50:06

        *「光明法語」(8月23日)より

ロック〇ェラー研究所の外科医長カレル博士は言う、

「容貌の特徴は、皮膚の下の脂肪の中で動く筋肉の状態で定まる。
 是等(これら)の筋肉の状態は吾々の思想感情の状態によって定まる。

 人は各々望み通りの顔附(かおつき)表情をする事が出来る。
 けれども其の顔附、表情をば永久に被(かぶ)っているわけには行かない。

 併し、吾々の知らない間に吾々の顔附は
 心の状態によって少しずつ作られて行くのであり、
 年をとるにつれて益々はっきりと
 人間全体の感情や欲望や希望一切の看板の様になる」と。

      <感謝合掌 令和4年8月23日 頓首再拝>

心に化粧せよ - 伝統

2022/08/24 (Wed) 06:28:47


        *「光明法語」(8月24日)より

誰でも容貌の美を希わない者はないであろう。

顔は吾々の心の鏡である。
白粉(おしろい)でいくら塗っても、その精神の下劣さは隠すことは出来ない。

「顔は精神の活動よりも、もっと深いものを現す。
 人間の顔には、その人間の悪徳や、美徳や、理性や、知識や、愚かさや、
 感情や、最も隠された性癖や、さらにその上の全肉体の構造や、
 質や、生理的、心理的病気の傾向まで現れる」 

とカレル博士は更に言っている。

誰も隠すことは出来ないのである。

天知る、地知る、自分知るである。

          <感謝合掌 令和4年8月24日 頓首再拝>

心に「想うもの」が出て来る - 伝統

2022/10/01 (Sat) 08:33:22


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(P92)より

すべての事物は、心の想うことによって存在に入ったのである。

神が心に星辰を想い、天体を想うことによって、
諸々の星辰天体が生じたようにである。

われわれの周囲の事物はわれわれが心に想うことによって存在に入ったのである。
そうすれば自分の好まない事物を心に想わないようにしなければならない。

「想うもの」が出て来るのであるから、敵を想えば敵が出て来る。
戦争を想えば戦争が出て来る。
病気を恐れて、心に警戒すればするほど病気にかかるのである。

ということは予防的なことをいっさいするなという意味ではない。
戸締りをしないで徹夜で泥棒を恐れているよりも、
戸締りをして泥棒を思わないで眠る方がよい。

           <感謝合掌 令和4年10月1日 頓首再拝>

心の波で不幸や貧乏や病気を描くな! - 伝統

2022/10/05 (Wed) 07:22:02


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(10月5日)より

見える世界に不幸や病気が起こったからとて、
それをそのまま実在だと思い、心に描けば描くほど、
その映画のフィルムの複製を幾本も新たにつくって映写することになるから、
その不孝や病気は治らないのである。

映画の世界(眼に見える世界)に不孝を映して見ることが嫌いならば、
フィルムの世界(心の波で作る映画の世界)における原画を
訂正しなければならないのである。

現象界は結果であって、原因ではないのである。
原因の表現が結果である。

だから結果であるところの不幸や病気を根絶しようと思うならば、
原因であるところの心の波で描く原画を変更しなければならない。

心の波で不幸や貧乏や病気を描くな。

           <感謝合掌 令和4年10月5日 頓首再拝>

精神は互いに感応する - 伝統

2022/10/18 (Tue) 08:36:09


          *「光明法語(10月18日)」より

眠っている子供の枕元で数学の公式を幾度も唱えて聞かせて、
覚めてからその数学の公式を思い出させると完全に暗誦し得たと云う実例もある。

リーテル・ブルバンクは自分の妹に会いたいと思うとき手紙を書かないで、
思念で「今日はお前に会いたいんだが」と念じたら必ずその次の列車で
その妹はブルバンクのところへやって来たと伝えられている。

夫婦の思いが互いに感応した実例は沢山ある。
妻があやまる気になったとき、夫が妻に済まぬと思うようになった例も多い。

            <感謝合掌 令和4年10月18日 頓首再拝>

病気の形を思い浮かべるな - 伝統

2022/11/04 (Fri) 07:47:47


       *「光明法語」(11月4日の法語)より

ヘンリー・ヴィクトリー・モルガン氏が指摘したように、
或る夫人は自分の少数の白髪(しらが)が出来かかったのを
「白髪は無くなる、白髪は無くなる」と毎日思念し続けた結果、
1ヵ月後には全頭が真白(まっしろ)になって
「思念の力もクソもあるか」と大いに憤慨したそうであるが、

「白髪がなくなる」と念ずる事は
「白髪は今ある」と念ずる事を言換えたもので、
毎日「白髪」を思い起こさせる事になるのである。

総(すべ)て、病気の形や状態について、それを論議し、
思い浮かべる必要はないのである。

            <感謝合掌 令和4年11月4日 頓首再拝>

愛なき心がわれらを傷つける - 伝統

2022/11/07 (Mon) 08:06:13


     *「生命の實相 第38巻 幸福篇下」(11月7日)より

物質はわれわれを傷つけることはできぬ。
愛なき心がわれらを傷つけるのである 

―― そしてあたかも物質がわれわれを傷つけたるがごとく錯覚せしめるのである。
物質に傷つけられたるがごとく見えている時に、反省してみると、
物質によるよりも先ず自分の心が恐れていたか、憎んでいたか、怒っていたか ――

ともかく傷ついていたことを発見するであろう。

            <感謝合掌 令和4年11月7日 頓首再拝>

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