伝統板・第二 2527715

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困難に戯れよ③

1:伝統 :

2019/08/22 (Thu) 04:35:03

《常に神はわれを護りたもう》

       *「真理」第9巻生活篇第6章(P148~149)より

あなたはどんな困難がやって来ても、
ただ あなたは神の方へ振り向けばよいのです。

神様から離れて、我(が)の力で、さ迷いあるくから、
迷い児のようになることがあるのです。

しかし神様と云う親様は「人間の親」のように
肉眼で見守っているのでありませんから、
あなたが神を思い出し、神様を心で呼び出しさえするならば、
直ぐ神様はあなたの近くにいらっしゃるのであります。

神は常にあなたを護っていらしゃいます。

神の愛は無限です。
神の力は無限です。

悲観することなど、一つもないのです。

困難に対して悲しむことも、呟(つぶや)くこともやめましょう。

「神は常にわたしを護りたもう。われこれを信ず、われ是を信ず」と
自分自身にむかって、確言いたしましょう。

その確言が潜在意識の底に滲(し)み透うり、
宇宙の潜在意識を動かしたときあなたは完全に困難から脱却します。

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・第二「困難に戯れよ! (10457)」
     → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=2004 (消滅)

   (再掲示)伝統板・第二「困難に戯れよ(光明掲示板・第二)」
     → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7897491

(2)光明掲示板・第三「困難に戯れよ! (70)」
     → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=36

(3)光明掲示板・伝統・第一「困難に戯れよ! (28)」
     → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=16

(4)伝統板・第二「困難に戯れよ①」
     → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6463677

(5)伝統板・第二「困難に戯れよ②」
     → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6879318

            <感謝合掌 令和元年8月22日 頓首再拝>
2:伝統 :

2019/09/03 (Tue) 04:30:07


       *Web:今日も良いことがあるように(2019/06/11)より

▼どんな仕事でも、相手がある限りクレームはつきものですね。

クレイマー、怒っている人にはどう対処していけばいいのでしょうか?

日本一クレーマーが多いと言われる新宿歌舞伎町で、
クレームをものともせずに、逆にクレーマーをファンにしていった
凄腕のホテル支配人がいました。

「怒鳴られたら、やさしさを一つでも多く返すんです」

三輪 康子(大手ホテルチェーン新宿歌舞伎町店支配人)

その支配人、三輪康子さんのお話です。


▼三輪さんの着任当初、ホテルはひどい状態でした。

ロビーにはヤクザがたむろし、最上階はヤクザの定宿、
汚水槽には覚醒剤の注射器が浮かび、
従業員はだれもがやめたいと思っていました。

警察の対応も冷ややかでした。

ふつうなら、こんなホテルの責任者というだけで、
気が滅入ってしまうでしょう。


▼しかし、三輪さんは違いました。

三輪さんは、この状況をなんとか改善しようとしたのです。

まず、ヤクザを泊めない、
クレーマーの要求には粘り強い交渉でNOを言い続ける、
ということに決めました。

そのため、宿泊を断られ怒ったヤクザから、
日本刀を振りかざした脅されたこともあります。

しかし、三輪さんは逃げるどころか、逆に一歩前に踏み出し、
「お客様に、私は殺せません」と迫ったそうです。

その態度にひるんだのは、ヤクザのほうでした。

エレベーター前の宿泊客から「酔客がうるさい」と苦情を言われても、
満室のため部屋交換や値引きには、一切応じませんでした。

その代わり、自分が一晩中エレベーターの前に立って
酔客に「お静かに」と注意することを約束し、不眠でその約束を果たしました。

約束した泊り客も、結局、ほとんど寝ないで、
三輪さんが約束を守るか、こっそり見張っていたそうです。(笑)

そのうち、ヤクザは仁義を切ってホテルに近寄らなくなり、
悪質なクレーマーも舌を巻いて、三輪さんのファンになりました。

▼その結果、日本一のクレーマー地帯で、有名ホテルグループ売上日本1を達成!

2010年度MVP賞受賞!

警察からも表彰されました。


▼三輪さんは言います。

「神様は乗り越えられる試練しか与えない」

「人を恨んでは前には進めない」

「義理と人情、笑顔と愛嬌」(笑)


▼それにしても、三輪さんは、どうして、そこまで強くなれるのでしょう。

ご著書によると、
郷里、青森の八戸市で開業医をされていたお父さんの影響だそうです。

と言っても、お父さんは、ヤクザと違って、
怒鳴ることも、声を荒上げることもない優しい人でした。

しかし、貧しい人や困っている人のために、
金銭を度外視して、尽くした人だったお医者さんだったそうです。

そんな尊敬するお父さんの背中を見ながら、

「人を信じること」

の大切さを彼女は教えられます。

だから

「怒っている人に怒り返してはいけない。
怒っている人には、余計やさしい言葉でお返ししなさい」と。

お父さんのこの言葉が、彼女の教訓となったのです。


▼ヤクザを相手にする新宿歌舞伎町ほどヒドクはありませんが、
教育現場にもクレーマーはいますので、私にも経験があります。

こちらが正しいと思って、高圧的に対処すると失敗します。

怒り返せば、火に油を注ぐようなもので、余計に怒りの嵐が吹き荒れます。

どれだけ自分が正しいと思っても、
「怒っている人に怒り返してはいけない」のです。

相手の怒りを静めるには、何よりも理解と愛情が必要です。

毅然とした態度で、かつやさしさをもって対応するのです。

怒っている人は、自分は正しい。
だのに、不当な扱いを受けたと思っているものです。

ですから、

「怒っている人に怒り返してはいけない。
怒っている人には、余計やさしい言葉でお返ししなさい」

というのは効果的な処方なのです。

怒っている人には、やさしさで包む方が、その人の心を落ちつかせます。

理解され、愛情をもらった人は、変わっていきます。

だんだんと怒りは静まってきます。

怒りの嵐が去り、心が落ち着けば、まっとうな話が通じるようになってきます。

怒っている人に、まず理解と愛情を示す。 (^.^)

・・・・・・・・・・・・・・・

【出典】三輪康子著『日本一のクレーマー地帯で働く日本一の支配人―
怒鳴られたら、やさしさを一つでも多く返すんです!』

  ( https://lucky.t-nakai.work/2019/06/11/thinking-81/ )

            <感謝合掌 令和元年9月3日 頓首再拝>
3:伝統 :

2019/09/16 (Mon) 03:22:41


        *Web:今日も良いことがあるように(2019/03/19)より

徳島県の山奥に、すごい町があるのをご存じでしょうか。

徳島県の上勝町です。

何がすごいかというと、この町は、
徳島市から路線バスで約二時間かかる山奥にありながら、
人口の約1400人の2倍以上の視察者・研究者が
世界中(約二十六カ国)から毎年訪れているのです。

しかし、この町は30年前までは、高齢者が人口のほとんどを占める過疎地でした。

私は、徳島県の上勝町を講演のために訪れたことがあります。

わずか一日の滞在でしたが、この町の姿勢に学べることがたくさんありました。
上勝町の活性化の秘訣は、私たちの仕事や人生にも役立つでしょう。


《追い出されそうになった青年指導員》

1979年春、上勝町に徳島農業大学校を卒業したばかりの青年がやってきます。

その人、横石知二さんは父親のように県庁マンになりたかったのですが、
その年は採用がなく、上勝町の農協から声がかかり
営農指導員として就職したのです。

初めて訪れた上勝町は、暗く沈んだ空気が漂っていました。
町は、高齢化が進み、高校はなく、若者は都会に仕事を求めて帰ってきません。

60代から70代の男たちは、
朝から農協や役場に集まり、酒を飲んで、くだを巻いていました。

特に雨の日は、補助金がいくらだの、国が悪い、役場が悪いだの
愚痴をえんえんとしゃべり続けていました。

町のおもな産業はミカン、林業、建設などで、
高齢者には出番がなく、しかも雨が降ると作業ができないからです。

女性のほうは、もっと状況は悪く、
ほとんどの人が自分で定期的に収入を稼げる仕事はもっていません。

仕事がない、金がない、でもひまのある女性たちは、
毎日毎日、嫁や誰か、町の悪口を朝から晩まで愚痴っていたのです。


若い横石さんは、このままではダメだと、改革を訴えますが、大反発を受けます。

「お前はよそ者」「お前の給料は出しとるか」「何もできんくせに」
「明日から、来るな」「帰れ!」と怒鳴られ、追い出されそうになります。


《歴史的大災害が福と転じる》

さらに、1981年2月、歴史的大災害となった異常寒波が上勝町を襲います。
主要産業のミカンがほぼ全滅。

収入の道が断たれ、多くの農家はまさにどん底の危機に瀕しました。

しかし、「禍いを転じて福となす」です。

この大ピンチを、横石さんが提案した短期期間で収入が得られる
切り干しイモやワケギなどを、皆で協力し努力しながら
作って売ることでしのぎます。

その後も順調に収入を上げていき、
横石さんの町の人の信頼も上がっていきます。


《「葉っぱなんかが売れるもんか」》

横石さんが、「葉っぱビジネス」のアイディアを考案したのは、
ひょんなことからでした。

1986年10月、出張で行った大阪の寿司屋で
若い女の子3人が料理の赤いモミジの葉っぱをつまみ上げて、
「かわいい!」と大喜びしている様を目にします。

1人の女の子は、バックからきれいなハンカチを取り出し、そっと置いたのです。
「かわいい? 葉っぱなら、うちの町にいくらでもあるぞ」

横石さんが「葉っぱをつまものにして売る」とひらめいた瞬間でした。

なんとかこの町らしい活性化ができないかと、いつも考えていたからでしょう。

つまものとは、料理を引き立てるために用いられる葉っぱや枝花のことです。
上勝町は山ばかりなので、きれいな葉っぱは、いくらでもあります。

野山から採ってきたその葉っぱをつまものとして
全国の料亭や温泉旅館へ出荷しようというのです。

「まさか、葉っぱなんかが売れるもんか」と、
はじめは、町民の多くから反対があり、協力者はほとんどいませんでした。

実際やってみても、売れ行きはよくありません。

しかし、横石さんは、ノートを持って自腹で料亭やホテルに足を運び、
2年間に渡ってつまものを地道に研究しました。

そのニーズに合わせて商品の改良を重ね、
高齢者でも分かる作業手順を工夫していきます。

そして、葉っぱといえども、料理を美しく彩るものであることから、
商品名も「彩(いろどり)」と改名し、地道な営業努力を続けました。

その結果、次第に、全国各地から注文がくるようになったのです。


《元気になった老人たち》

70代、80代のおばあちゃんたちがパソコンを使って、注文を取り出しました。

やる気になったおばあちゃんたちの豊富な山の知識、知恵、粘り強さ、
丁寧さによって、売り上げはどんどん上がっていきます。

年間販売額116万円でスタートした事業は年々売り上げを増し、
19年後には累積売上は20億円を突破、年間売上が3億に迫るほどの、
町を救う産業となったのです。


この事業の成功には、他にも次のような副産物が生まれました。

   1.高齢者に働く意欲と自信が生まれた。

   2.高齢者約千人に笑顔が生まれ、元気になってきた。

   3.町全体に活気が出てきて、村に帰ってくる若者も増えてきた。


町長さんによると、寝たきりだった老人も働きだし、
元気に生活するようになったそうです。

上勝町の成功の秘訣は、
一見、役に立たないと思われていたものを役立てたこと。
そこらへんに落ちている葉っぱも、使いようによっては重宝されます。

欠点だと思われていたものが、長所になったのです。


体が弱り仕事はできないと本人も思い込んでいたご老人も、
まだまだ元気に働けます。

私たちのまわりの無駄だと思われているもので、
役に立つそうなものがあるのではないでしょうか。

そう、私たち自身も、まだまだ何かできるのではないでしょうか。

    今、自分がもっているものを活かそう。

70歳を超えても何か新しいことができます。(^.^)

出典:笠松 和市 (著) 佐藤 由美 (著)
『持続可能なまちは小さく、美しい』(学芸出版社) 
横石 知二著『そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生』
(SBクリエイティブ)

https://lucky.t-nakai.work/2019/03/19/story-41/

・・・

<参考Web>

(1)老人ホームはいらない!?
   徳島県上勝町の「葉っぱビジネス」が注目される理由とは
   https://matome.naver.jp/odai/2141132554762391201

(2)最近の上勝町の面白さは、もはや葉っぱビジネスだけではない
   https://greenz.jp/2016/08/22/kamikatsu_travel/

(3)徳島・上勝町「ゼロ・ウェイスト運動」
   https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu900038/

(4)上勝町 | 「日本で最も美しい村」連合
   https://utsukushii-mura.jp/map/kamikatsu/

            <感謝合掌 令和元年9月16日 頓首再拝>
4:伝統 :

2019/09/25 (Wed) 04:41:13


      *「真理」第9巻生活篇第6章(P153~154)より

困難を困難とみとめてそれと戦ってはなりません。
困難を困難として心につかむとき、
その困難は自分から離れがたいものとなるのです。

心を神の方へ向けなさい。

神と云う「無限の智慧」に心を向けかえて
其処から出て来るヒントに従って素直に事をはこぶとき、
どんな困難も完全に克服できるようになるのです。

困難はほっておけば、困難みずからで自壊するのです。

困難を敵として取り組んで、それをつかんで色々と掻き廻すから、
池の中を棒で掻きまわすように益々周囲がにごって来るのです。

池の水を澄ます途(みち)は池の水を掻き廻さないことにあるのです。
自分が困難を克服することは要らないのです。
神が困難を克服したまうのです。

私達はただ神の指示するままに従っておれば好いのです。
神は無限の智慧であります。
無限の智慧をわがものとしなさい。

            <感謝合掌 令和元年9月25日 頓首再拝>
5:伝統 :

2019/10/07 (Mon) 04:09:52


        *Web:今日も良いことがあるように(2019/07/05)より抜粋


   わたしは困難なことを問題とは呼びません。

   むしろ、チャンスと呼びます。

                マザー・テレサ


新しいことにチャレンジすると、誰もが困難に出会います。

しかし、できないということではありません。

マザー・テレサも、たった一人でスラムに出て、
貧しい人々を助ける活動をしたとき、困難の連続でした。

お金もないし、仲間もいないし、理解もされませんでした。

自分の無力さを思い知り、苦しみました。

それでも、謙虚に神の助けを願い、笑顔で仕事をしていったのです。

ヒンズー教の寺院の境内で、死にそうな人の看護をしているときには、
宗教が違うという理由で「出て行け」「殺すぞ」と言われました。

それでも、神の望まれるまま、
自分のできることを心をこめて行なっていったのです。

困難に出会うと、人は自分の弱さを知ります。

しかし、謙虚に助けを求め、力を尽くすことで時間はかかっても、
必ず乗り越えていけます。

そうして、人は成長し、次々と願いを実現していけるのです。

  ( https://lucky.t-nakai.work/2019/07/05/word-75/  )

            <感謝合掌 令和元年10月7日 頓首再拝>
6:伝統 :

2019/10/20 (Sun) 02:07:30


       *Web:ツキを呼ぶ感謝のことのはブログ(2009年9月16日)より

「人は幸せになるためにこの世に生まれてきています」。

しかし、その一方で、
「安楽な人生を送るためにこの世に生まれてきた人は一人としていない」
のもまた事実です。

なぜかというと、
この世にやってくる前にいたあの世というのはとても安楽な世界なんです。

大概のことが思った通りになります。
しかも思うとすぐに叶い目の前に現れます。
この世とはまた全然違うんですね。

ですから、安楽に過ごしたいのであれば、
この世にやってくる必要はまったくないわけです。


人は、この世に、思い通りにいかないことに巡り会い、
つらく、苦しい思いをするためにやってきているのです。

しかも、そんな安楽な世界からこの世に
無理やり連れ込まれてきた人は一人としていません。

すべての人が自分で

「どうか行かせてください。お願いします」

と強く懇願してやってきています。

また、この世にやってくるにあたり、
自らの人生で起こることの多くを“自ら決めた上で”
やってきているといわれています。

思い通りにいかない、つらく、苦しいことは誰が決めたわけでもなく、
自分でこうしようと決めたことばかりなのですね。


その多くは、これまで生まれてきて超えられなかった“課題”であるようです。

人は過去に幾度もこの世での人生を送っています。
そして、以前に失敗したにも関わらず、気づきがないがために
何度も同じ失敗を繰り返してきています。


ブライアン・L・ワイスの「前世療法2」には
このような実際の事例が紹介されています。


ダンというアメリカ人の男性は、恋人であるメリールーが
いつも人前で他の男に媚(こ)びを売ることに、我慢できませんでした。

それが何度も続くので、彼はついに嫉妬(しっと)で怒り狂い、
彼女の「首をへし折ってやりたい」とまで思いつめるようになります。


しかし、退行催眠でダンが知ったのは、
過去世で彼が彼女を何度も殺していたという事実でした。

ダンは何度も生まれ変わりをしながら同じ苦しみを背負う人生を送りながら、
繰り返し、繰り返し学ぶ機会を与えられてきたわけです。

彼の課題は彼女を解放し、そして自らを彼女への執着から解放して、
嫉妬の感情から心を自由にすることにあったのです。


自分の目の前に現れることは、
自分が仕掛けた「時限つき体験爆弾」のようなものです。

自分がこの世で体験したいと思うことが時間割ごとに仕掛けられています。
正確には自分で仕掛けてあります。

その課題は、必ず自分が超えられる課題のみになっています。

超えられない問題、難題は決して起こらないのです。

そして、その体験、課題は、自分の魂の成長につながることばかりです。

体験をして、そこで「これらのことは自分に必要なことなんだ」と
明るく前向きなポジティブな気持ちになり、すーっと受け入れた瞬間に
課題は“合格”となり、カルマは消えていきます。

自分の前で嫌な、つらい思いの原因になっていた人や事柄さえも、
自分のその体験のためにわざわざ現れていたことに
気づく時がやってくることでしょう。


課題を乗り越えた時の歓びのために
人はわざわざこの世にやってきているわけです。

ですから、嫌なこと、つらいことがあって当たり前なんだ、
自分が超えられないことはないんだというポジティブな気持ちで、
日々を過ごしてください。

せっかくの良き機会です。「多くの経験」をしてください。

多くの経験から多くの学びを得て、持ち帰ることが自らの歓びと成長になるのです。

多くの体験から、多くの歓びと幸せがもたらされるよういつも祈っています。

  (http://kansya385.blogspot.com/2009/

            <感謝合掌 令和元年10月20日 頓首再拝>
7:伝統 :

2019/11/03 (Sun) 03:35:52


        *Web:今日も良いことがあるように(2019/07/05)より抜粋

   「絶望するって、神に背を向けることよ」

        ルーシー・モード・モンゴメリ著『赤毛のアン』


世界的名作『赤毛のアン』を生み出した
作家ルーシー・モード・モンゴメリの話をします。

実は、『赤毛のアン』は、もしかしたら、存在しなかったかもしれないのです。

モンゴメリは、教師や新聞記者を経て、作家になった人です。

詩や短編小説を書いて何度か出版したことがあるのですが、
それまで長編小説を書いたことはありません。

あるとき、元気な少女が主人公の長編小説に挑戦しました。

掃除、洗濯、食事のしたくなど家事の合間に、台所や寝室で、
彼女は力をふりしぼって作品に取り組みました。

「きっと素晴らしい本ができる」

そう信じて書き上げた原稿をモンゴメリは胸の高鳴りを抑えることもできず、
馴染みのカナダの出版社へ送りました。

ところが、不採用。すぐに返却されました。

そこで彼女は、また別の出版社へ送りました。
ところが、また不採用。

結局、5社に送って、すべて不採用でした。


「あんなに一生懸命書いたのに・・・」

モンゴメリは、落胆しました。

自分も、自分の作品もすべてが否定された気持ちになり、
もはや泣くことしかできませんでした。

そして泣くだけ泣いたあと、
その原稿を古い帽子の箱につめてしまうのです。

月日が経ち、以前のように詩を書いたり家事に精を出したりしているうちに、
あの不採用の原稿のことはすっかり忘れてしまいます。

ところが、何ヶ月もがすぎたときでした。

荷物をさがしていたら、偶然、その原稿をみつけたのです。

懐かしくてページをめくるうちに、どんどんと物語に引きこまれていきます。

「この作品はダメじゃない。もう一度ためしてみよう」

そう思った彼女は、カナダの出版社がダメなら、
アメリカの出版社ならどうかと送ってみることにしました。

正解でした。

しばらくすると、採用の通知がきたのです!


その作品は出版されるとアメリカでベストセラーとなりました。

カナダでもベストセラーになりました。

日本でも花岡花子さんに翻訳され、『赤毛のアン』は、大人気となりました。
そして、世界の名作の1つとなったのです。


もしも、モンゴメリがあのボツ原稿をそのままにしていたら、
「もう一度ためしてみよう」とチャレンジにしなかったら、
『赤毛のアン』は存在していなかったかもしれません。


あきらめるのは、まだ早い。

一度や二度、NOと言われても、ダメではないのです。


可能性はあるのです。

美しい花、大きな花、たくさんの花として咲く可能性があるのです。

  ( https://lucky.t-nakai.work/2019/07/05/word-75/  )

            <感謝合掌 令和元年11月3日 頓首再拝>
8:伝統 :

2019/11/16 (Sat) 04:32:54

全盲のピアニスト辻井伸行さん、日本人初の快挙

        *Web:今日も良いことがあるように(2019/04/17)より


2009年6月7日、全盲のピアニスト辻井伸行さん(当時20歳)が、
アメリカで開催された第13回ヴァンクライバーン国際ピアノコンクール、
日本人初の優勝を果たしました。

全盲でピアノが弾けるだけでもすごいことなのに、
国際コンクールで優勝できるなんて、本当に天才です。


母親の辻井いつ子さんによると、伸行さんは生まれつき音に鋭敏な子でした。

掃除機や洗濯機の音にも、泣き叫ぶほど反応したのです。

いつ子さんは、普通にはいかない子育てにストレスが溜まり、
全盲のわが子の行く末に不安を募らせ、本当に辛かったと思います。


そんないつ子さんに一筋の光が射したのは、伸行さんが2歳3ヶ月のときです。

クリスマスの近い日、いつ子さんが夕食の支度をしながら、
何気なくジングルベルのメロディーを口ずさんでいたところ、
どこからか、その歌声に合わせてピアノの音が響いてきたのです。

それは、伸行さんの1歳の誕生日にプレゼントした
白いおもちゃのピアノの音でした。

弾いていたのは、驚くことに2歳のわが子。


それまでは、ピアノが好きだといっても、
ただやみくもに鍵盤を叩いていただけだったのに・・・。

そのときの心境をいつ子さんはこう書いています。

「1990年12月、街中にジングルベルが流れ出した夜。

私と伸行はその日、どこに続いているかわからないけれど
確かに希望の星が輝いている『音楽』という名の道の端緒についたのだと思います。

深い森のなかで伸行の手を引いてさまよっていたところ、
パッと視界が開らけて細い道が遠くの丘の向こうまで続いている。

そんなシーンのなかに自分が立っているような気分でした。」

辻井いつ子著『今日の風、なに色』


それを機に、伸行さんと母いつ子さんの音楽の旅はスタートしました。

「この子がこの子らしく生きていけるように、
この子の中に眠っている才能を少しずつひらいていこう」と・・・。

それから18年、辻井伸行さんの才能は世界に認められるほどに、
磨かれ伸ばされ開かれていきました。

才能があったのは明らかですが、楽譜が見えないために、
親子とも他の人より、違った苦労があったのは確かでしょう。


でも、辻井伸行さんは身体のことを聞かれて、こう答えています。

 「目は見えなくても、心の目は見えているので満足しています」

そんな明るさと素直さが辻井伸行さんの奏でる音楽にはあるようです。

辻井伸行さんは、その後も世界中の多くの人に希望と楽しみを与える活躍をしています。

【出典】辻井いつ子著『今日の風、なに色全盲で生まれたわが子が
「天才少年ピアニスト」と呼ばれるまで 』(アスコム)

   (https://lucky.t-nakai.work/2019/04/17/story-55/ )

・・・

<参照1>

奉祝曲 組曲「Ray of Water」
 〜天皇陛下御即位奉祝曲〜


第二楽章~「虹の子ども」辻井伸行氏がピアノ演奏
   辻井伸行が奏でる!水がテーマの奉祝曲 国民祭典4(19/11/09)
   https://www.youtube.com/watch?v=oWHppUXtfYM


<参照2>

[辻井伸行 演奏集Part2] - Nobuyuki Tsujii Performance collection Part2!
https://www.youtube.com/watch?v=rw6nItCxP8k

            <感謝合掌 令和元年11月16日 頓首再拝>
9:伝統 :

2019/11/30 (Sat) 04:36:20


      *「幸せなことしか起こらなくなる48の魔法」
             大木 ゆきの・著(P118~120)より 

山は遠くから見ている時には、どれだけの高さなのかリアルには分かりません。
麓(ふもと)まで来て、頂上を見上げられる地点に来た時にはじめて、
山の高さを感じることができるのです。
 
人生の山を越えられるだけの覚醒度に至っていない人は、
遠くから見ているだけですが、
越えるだけの覚醒をしている人は、麓まで来ることができるのです。

そして麓まで来たからこそ、山がすごく高くて険しいモノに思えます。

「あぁどうしよう。大丈夫だろうか。この山を果たして越えられるのか」、
そんな風に山の高さに圧倒されそうになっているということは、
あなたに力がないということではなく、あなたに力が備わったという証拠です。

皆さんも登山をしたことがあると思います。どうやって登りますか?

たぶん、覚悟を決めて、一歩を踏み出すところからはじまるはずです。
そして一歩踏み出したら、次の一歩を踏み出す
・・・・その繰り返しではないでしょうか。

3000mm級の山だって、エベレストだって、結局は一歩一歩の繰り返しです。
そして途中で疲れたら休むでしょうし、難所に来たら慎重にゆっくり進むはずです。

人生の山もそれと同じです。
 
まずは目の前の一?のことだけを考えればいい。
きついなぁと思う時は休めばいい。
とっても難しい問題に直面した時は、よ~く内観してから選択すればいい。
 
そうやって、ふと登ってきた道を振り返れば、
けっこう高いところまで来たなぁと驚きます。
一歩一歩進むうちに、ここまで来ていたんだと感動するでしょう。
 
やがて頂上がやってきます。
高い山や、難所の多い山ほど、登頂した時の達成感は大きいでしょう。
そしてそこまで頑張ってこれた自分を本当に誇らしいと思います。

これこそが真の自己信頼となります。
解放の手法や知識の問題ではない。
実際に登ってきたかどうかの問題です。
 
行動こそが最大の自己信頼を生みます。
 
あなたはとても覚醒しています。
難しい課題もクリアし、真の自己信頼を得られるだけの力が備わりました。

「さぁ、ここを越えてさらに大きな幸せを受け取りなさい。あなただったらできます」
と神様が言っています。

            <感謝合掌 令和元年11月30日 頓首再拝>
10:伝統 :

2019/12/04 (Wed) 03:43:51


    *「光明道中記」(12月4日《困難を遊戯化する日》)より

【苦しみも戯(たわむ)れに化する時人生は光明化する。
何事も魂の生長の養分である。   (『生命の實相』第四巻)】

自分の言いなり通りが必ず通ると云うのは、
その人にとって一つの誘惑であることがある。

通らないことが時にはあるので、
自分が過って「我(が)」でものをやろうとしていた
そのことに反省の機会が与えられるのである。

『生命の實相』のなかにも書いてあるがナポレオンの辞書には
「不可能」と云う字がなかったが、彼は「我」の力を極度にまで信じていて
「何でも自分の言いなり通りが通る」と信じていたのである。
そして最後に蹉跌が来た。

「我」の力は如何(いか)に強大であろうとも最後に崩壊が来るものである。
それは「我」と云うものは本来無いからである。

無いものを有ると思って、
我の道を通ると陥穽(おとしあな)に陥(おち)るのである。
無いものは陥没するほかはないからである。

同じく陥没する位なら大事に至らないうちに陥没する方が好い。
早く「自分の言いなり通りが通らぬ場合」が出て来る方が好い。
コツンと一つ頭を打って自分の頭(ず)が高かったことに気附くのである。

ヒットラーが世界大戦を惹き起こしたとき、
ヘンダーソン前駐独英大使が、ヒットラーを評して

「彼は何事にも『諾(イエス)』と答える人間に囲まれている
誇大妄想狂だ」と言った語(ことば)を思い出すが、

人は何事にも「諾(イエス)」と答える人間に囲まれているとき
却って災厄を惹き起こすのである。

            <感謝合掌 令和元年12月4日 頓首再拝>
11:伝統 :

2019/12/06 (Fri) 04:27:19


       *メルマガ「人間力」(2019.12.05)より

堀江菜穂子さん、25歳。
脳性麻痺のために話すことも思うように体を動かすこともできない。

しかし、堀江さんはベッドに寝たきりの生活を送りながら、
これまで筆談により数多くの詩を紡いできた。

詩作によって自らの可能性を大きく広げ、
人々に生きる勇気を与え続ける堀江さんの生き方。



私は自分の体を思うように動かせないし、歩くことも喋ることもできません。
そんな姿を見て皆、可哀想だと思うようなのですが、私は決して不幸ではありません

堀江菜穂子
詩人

 
動ける人も動けない人も、いままで生きてこられたのは一人の力ではなく、
誰かのおかげだということです。
だから、辛い時も決して一人ではないことを知ってほしいのです。

家に帰ったら、まず家族に「ありがとう」と伝えてほしいのです。

https://www.chichi.co.jp/info/chichi/pickup_article/2019/202001_horie/?utm_source=willmail&utm_medium=email&utm_campaign=ningen_20191205



人間力メルマガ 2019.12.5
───────────────────

堀江菜穂子さん、25歳。
脳性麻痺のために話すことも思うように
体を動かすこともできません。

しかし、堀江さんはベッドに
寝たきりの生活を送りながら、
これまで筆談により数多くの詩を紡いでこられました。

詩作によって自らの可能性を大きく広げ、
人々に生きる勇気を与え続ける堀江さんの生き方。
『致知』最新号に堀江さんの歩みが記された
記事が掲載されています。

───────────────────

私は脳性麻痺のために、
生まれてから今日までの二十五年間、
ほぼベッドに寝たきりの生活を続けてきました。

思うように体が動かず、言葉も発せられないので、
意思がないように思われがちですが、
実際には話したいこと、
伝えたいことがたくさんあります。

それを受け止めてもらえることは何よりの喜びです。


私の書いた詩が新聞に掲載されて大きな反響を呼び、
二〇一七年には『いきていてこそ』(サンマーク出版)
という詩集を出していただきました。

(【脳性まひとたたかう”声なき詩人”、初の本格詩集】
 『いきていてこそ』(堀江菜穂子)
  https://www.youtube.com/watch?v=d3jSEn8iX2M )


脳性麻痺とたたかう“声なき詩人”として
注目を浴びるようになり、
私の詩のいくつかには曲がつけられ
歌や合唱曲にもなりました。

コンサートで初めて歌を聴いた時は、
私の詩なのに私の詩ではないような
不思議な感覚に魂が震えました。

詩集を読んだ方や曲を聴いた方から
「菜穂ちゃんの詩に勇気をもらった」
「生きる意味を教えられた」
などと言ってもらえた時は本当に嬉しいです。

これまでつくった詩はどのくらいになるでしょうか。

数えていないので分かりませんが、
おそらく二千点を大きく超えていると思います。

いまは週に一回、筆談できる女性が
自宅に来てくださいますので、
多い時には二時間で三十点くらいの作品を
纏めてつくったりします。

書くスピードがとても早くて驚かれるのですが、
「やはり違うな」と思って修正しているうちに、
アッと言う間に時間が過ぎてしまい、
なかなか書き切れないのが残念です。



─────
編集後記
─────

脳性麻痺で寝たきりの状態にありながら、
詩作を通して生きる意味を問い続ける
詩人の堀江菜穂子さん。

筆談によって紡ぎ出される詩や
言葉のひと言ひと言がとても心に響きます。

・・・

<Web:東洋経済ONLINE(2017/07/08)
     22歳寝たきりの詩人が紡ぐ「生きている証拠」
     https://toyokeizai.net/articles/-/178945 )


            <感謝合掌 令和元年12月6日 頓首再拝>
12:伝統 :

2019/12/17 (Tue) 04:45:16

        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月17日)より

恐怖というものは誤解の上に築かれている。
およそ恐怖すべてものは実相には無いのである。

人は困難を恐怖するが、困難がどれだけわれらを高め上げてくれるものであるか、
その困難の功績を知らない者が多いのである。

もし、困難の功績というものを、われらが知ることができるならば、
われわれは困難を苦痛と感じなくなるであろうし、
困難に対して恐怖を感じなくなるであろう。

困難と苦痛とは異(ちが)うのである。
困難を苦痛と感ずるのはただ誤解に因(もとづ)いている。

困難は時として立派な遺産を置いて行ってくれるものなのである。

            <感謝合掌 令和元年12月17日 頓首再拝>
13:伝統 :

2019/12/18 (Wed) 04:29:08


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月18日)より

およそいっさいのものには存在の意義がある。
その人にとって不必要なものは存在しないのである。
いわんや困難に意義がないなどというはずはない。

与えられたものをその存在の意義をそのままに受け取ろうとしないとき、
そこに苦痛は起こり、悲哀が感じられるのである。

わたしはある日、鳩が板の上に卵を生んで抱卵に困っているありさまを見て、
その卵を巣皿の中に入れてやったら、慣れない鳩はその巣皿を怪しいものと思い、
「不幸」が見舞ったと思い、その卵の抱卵の期を失ってしまったことがある。

板の上に卵を生んだ鳩にとっては、そこへ巣皿が現れたということは、かえって救いの手であった
のだが、彼はそれを誤解し、恐怖し、与えられたものを素直に受けようとせず、苦痛を感じ、
呪詛を感じ、そして自己と自己の子孫の運命を腐敗せしめてしまったのであった。

困難を恐れる人間も、この鳩のごときものである。
すべて恐怖は誤解の上に成り立つのである。

静かに受けて、与えられた意義を見出せば、その人にとってそれは
あるいは運命向上の、あるいは人格向上の、あるいはいっそう健康となるための
素材であるはずのものがどんなにか多いことであろう。

            <感謝合掌 令和元年12月18日 頓首再拝>
14:伝統 :

2019/12/19 (Thu) 04:53:06


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月19日)より

避けようと思えば思うほど苦痛が来る。

そのまま受けて全力を尽くそうと決意すれば苦痛はやわらぐ。
そのまま受けることが天意に協(かな)うことであるのが、
これによってもわかるのである。

進んで、巣皿の中に飛び込んで行くものは、
自分も保護され、自分の子も保護されるのである。

            <感謝合掌 令和元年12月19日 頓首再拝>
15:伝統 :

2019/12/31 (Tue) 02:12:18


         *Web:今日も良いことがあるように(2019/08/15)より

映画『ライフ・イズ・ビューティフル』、ご存じですか?

どんなに辛い状況でも、ゲームのように人生を楽しむ親子の物語です。

カンヌ映画祭で審査員グランプリ受賞した感動の名作です。

アカデミー賞では、イタリア映画でありながら、
作品賞を含む主要七部門にノミネートされ、見事3部門で受賞!

ネタばれになりますが、ストーリーを少しだけご紹介します。


《幸福な家庭が戦争に巻き込まれる》

1939年、ユダヤ系イタリア人のグイドは、北イタリアの小さな町にやって来ました。

そこで彼は小学校教師のドーラに恋をします。

彼の純粋さとロマンチックな人柄は、
彼女の心をとらえ、困難の末、ふたりはめでたく結ばれます。

そして、息子が誕生し、親子3人の幸福な家庭を築くのでした。

しかし、戦争の色が濃くなり、幸せだった家族は、
ナチス・ドイツの強制収容所行きという過酷な運命に陥ります。


《人生は楽しいゲーム》

絶望と死の恐怖に支配された世界の中で、
グイドは家族を守るため、ある嘘を思いつきます。

幼い息子へ語りかけた言葉です。

「これはゲームなんだ。泣いたり、ママに会いたがったりしたら、減点。
いい子にしていれば点数をもらえて、千点たまったら勝ち」

「軍服を着た悪者に見つからないようにかくれんぼをするんだ」

「勝ったら本物の戦車に乗っておうちへ帰れるんだ」    


そうして、明日をも知れない極限状態でも、
グイドは決して生きることをあきらめず、息子の前では明るくふるまいます。

ガス室にユダヤ人の子供たちが送られていく中で、
息子を自分のベッドに隠し通したり、命がけで放送室に侵入し
マイクで女子収容に送られた妻に愛を伝えたり、
その豊かな想像力と勇気ある行動で明るく懸命に家族を守り抜くのです。


幼い息子は最後までお父さんを信じて、
辛い収容所の中でも、人生というゲームを楽しみます。

そのラストはどうなるのか、ここには書きませんが、感涙必至の名シーンです。 

主人公のグイドは常に陽気でいい加減なように見えることがあります。

しかし、妻や息子のことを一番に考えて、どんな苦境に立たされても、
家族の前では不安を見せずに明るい笑顔でいる優しさをもつ男でした。


どんなに辛い状況でも、愛と勇気のこもった嘘を最後まで貫き通したのです。


人生はゲーム。悲しんでいれば、減点。

喜んでいれば、点数をもらえて、最後にすごいご褒美が待っている。


これは嘘でしょうか。

嘘だと言う人もいるでしょうが、
信じていれば、人生は楽しく充実したものになります。


人生はゲーム。愚痴や文句ばかりなら、減点。

愛のある言葉、笑顔を人にあげられたら、点数がもらえて、楽しいことがいっぱい。


このゲームを楽しむのは、あなたと私です。

    (https://lucky.t-nakai.work/2019/08/15/story-88/ )

・・・

映画「ライフ・イズ・ビューティフル(字幕版) (プレビュー)」
 https://www.youtube.com/watch?v=furrhu_PJH4

映画「ライフ・イズ・ビューティフル - 予告編 (字幕版)」
 https://www.youtube.com/watch?v=J0oYP6DxC-U

涙なしでは観られない!感動の名作『ライフ・イズ・ビューティフル』(1998)の解説と考察
 https://minority-hero.com/cinema_review/life+is+beautiful/

            <感謝合掌 令和元年12月31日 頓首再拝>
16:伝統 :

2020/01/19 (Sun) 04:48:48


         *『 生長の家 』(昭和24年7月8日の法語)より

   二個の樫(かし)の実を 一つは深い森の中に落し
   一つは寒風吹きすさぶ禿山(はげやま)の上に植えておいたと仮定せよ。

   二つの樫の実は同時に発芽するかも知れないが、
   深い森の中に発芽した樫の苗は、森林に蔽われて強い日光にも
   強い風にもさらされないでいる代りに
   それを繊弱な姿にしか成長しないのである。

   禿山の頂上に植えつけられた樫の苗は、
   常にはげしく吹きすさぶ風と戦いながら、
   深く根を張り、成長は徐々であるが幹は一そう強固に太くなり
   遂には亭々として天をも摩する大樹となるのである。

   http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/4baaffc4696b85e8ea13f34d11f03d06

            <感謝合掌 令和2年1月19日 頓首再拝>
17:伝統 :

2020/01/22 (Wed) 04:57:35


        *「光明法語」(1月22日)より

あらゆる見せかけの困難はすでに困難ではないのである。

吾は何事は起って来ようとも神之(これ)を解決し給うことを信ずるのである。
如何なる出来事もこの信念を打ちこわすことは出来ないのである。

吾は目の前に起って来る如何なる困難をも呪(のろ)いはしないのである。
すべての困難は吾が魂を鍛え上げる鍵である。吾が魂を磨く《やすり》である。

吾が魂が鍛えられ、磨かれ、光輝燦然と輝く様になった時、
もはやそのようなあらあらしい砥石は自分の魂に不必要になって来るのである。
従ってそのような困難は消えてしまう。

            <感謝合掌 令和2年1月22日 頓首再拝>
18:伝統 :

2020/02/04 (Tue) 04:43:07


        *メルマガ「日本一元気」(2020年01月20日)より

私は何度も失敗をしてきましたので、
そこからどう立ち直るか、やりぬくか、
これが非常に難しいけれども大事なことだと思っています。

もちろん自分の夢を実現するために失敗したあと、
努力をして困難を乗り越え、成功する。

こんなストーリーが理想ですが、
人生なかなかうまくいくものではありません。


目指していた夢に破れ、
遠回りをした結果、別の道で大成功をするということも、
人生においてはよくあることですし、
私自身振り返っても「セカンドベスト」の方が
うまくいっているようにも感じます。


しかし結果としてセカンドベストであっても、
失敗した後には立ち上がらなければなりません。


第16代アメリカ大統領のリンカーンは、
誰でも知っている偉大な歴史上の人物ですが、
彼は貧しい家庭に生まれ丸太小屋で誕生しました。

9歳の時に母は病気で亡くなり、
面倒を見てくれた姉もなくなります。

そしてその後、

22歳で事業に失敗。

23歳で州議会議員選挙に落選。

25歳で再度事業に失敗。

34歳から5年に3度下院議員選挙に落選。

46歳で上院議員に落選。

47歳で副大統領になろうとしたが失敗。

49歳で上院議員に落選。

という人生を送ります。

ドラマや映画としては面白いかもしれませんが、
なかなかこれは厳しい人生です。

最終的には、51歳でアメリカ合衆国大統領となるわけですが、
この失敗の連続を見て皆さんは何を感じるでしょうか。


リンカーンは失敗するたびに、
ハードルを上げて努力をしている。

このことに気づきます。


実際、リンカーンはこんな言葉を残しています。

「あなたが転んでしまったことに関心はない。
 そこから立ち上がることに関心があるのだ」


失敗した後に、何をするか。

ここが勝負です。

            <感謝合掌 令和2年2月4日 頓首再拝>
19:伝統 :

2020/02/10 (Mon) 02:46:47


           *「光明道中記」(2月10日)より

【困難があるので魂は向上する。軌道に摩擦があるので汽車は進行する。
                        (『生命の實相』十一巻)】

魂の向上とは、困難がなくなることではない。
困難が困難でなくなることである。

甲は1ポンドの鉄亜鈴(てつあれい)を振舞(ふりま)わすことを
快感であると言い、乙は2ポンドの鉄亜鈴がちょう度快感であると言う。
かくの如くして吾々の力が向上するに従い、困難が困難でなくなるのである。

吾々の筋肉は毎日使うことによって発達し、
吾々の頭脳も毎日使うことによって発達する。

最初は一桁の加算(よせざん)が難しかった小学生が、
ついには高等数学の問題を何の苦しみもなく解くことが出来るようになるのは、
その人の進歩であり、困難を征服した賜(たまもの)である。

お蔭と云うのは、数学上の問題が無くなることではなく、
どんな数学の問題でも自由に解決し得るように力を得ることであると同じように、
吾々がお蔭を得たと云うのは人生に問題が無くなる事ではなく、
どんな人生の問題でも重荷でなく解決し得るようになる事である。

最後のドタン場になって「救けてくれ」と言うのは、
平生(へいぜい)勉強しないでいて
お情(なさけ)及第させてくれと言うに当る。

お情及第させられた者は、
その時は有難いと思っても実力がないから次の時に失敗する。

            <感謝合掌 令和2年2月10日 頓首再拝>
20:伝統 :

2020/02/26 (Wed) 06:50:00


        *「生命の實相」第7巻生活扁(P185~186)より

そうだ、神は生命の源であってわれらは皆、生命なのだ、
生命の本来の面目は自由自在なところにある。

しかし自由が自由とわかるのは、
自由がただ障害を破ったときにおいてのみである。

剣の名手は、敵者(あいて)があらわれてはじめて
自分の自由を現実にすることができるのだ。

水は平地にたたえられている時は、
まだその自由は潜んでいるにすぎないのである。
それが逆境の上に置かれるとき何物をも押し流す自由を得るのだ。

「光」であり「生命」であるわれわれ人間にとっては
本当の暗黒もなく、本当の障害というものもないのである。

暗黒は光が進んで行くとき、
その光の眩(まぶ)しさを引き立たすために役立つにすぎないのである。

障害は潜(かく)れている生命の自由さを引き立たす役でしかない。

電流の通路に抵抗があるので電流は光となり熱となるのである。

抵抗のない電流と、落差のない水とは、
それが逆境におかれていないためにかえって本当に自由ではないのである。

おお、逆境こそはわれらの生命にいっそうの自由を与えるものではないか。

空気の抵抗があるので飛行機は空を飛ぶことができるのではないか。
タイヤに摩擦があるので自動車は地を走ることができるのではないか。

どこにも障害のない世界、抵抗のない世界、摩擦のない世界は、
本当は自由のようでも、その自由は永遠に発揮されないで
「可能」の形の世界ではないか。

だから、障害こそはわれらの生命に光明を放たしむる要素なのだ。
抵抗こそはわれらの生命を飛躍せしめて、
いと高き世界へと高揚さすための要素なのだ。

艱難こそはわれらの生命の自由さを現実にする要素なのだ。

されば、どんな艱難に面しても、
われらはその暗い側を見ることは要らないのである。

いかなる艱難(なやみ)も、
われらの生命のどの部分かを引き立たすために存在するのである。

艱難(なやみ)の来るたびごとに初めてわれらの生命は潜んでいた力を実現し、
潜んでいた自由を形にかえることができるのである。

天国は、ここに見よ、かしこに見よというがごとく、
われらの外に来るのではなかったのである。

われらが艱難の意義を知り、苦しみの功徳を知り、この世界の何物も、
自分の生命の自由さを実現する資料とならないものはないということを知るとき、
そこにこのままに、天国が地上に実現するのである。

            <感謝合掌 令和2年2月26日 頓首再拝>
21:伝統 :

2020/03/08 (Sun) 04:10:47


        *メルマガ「人間力」(2020.2.18)より
         ~ 稲盛和夫(京セラ名誉会長)

私は、「試練」とは、一般的にいわれる
苦難のことだけを指すのではないと考えています。

人間にとって、成功さえも試練なのです。

例えば、仕事で大成功を収め、地位や名声、財産を獲得したとします。

人はそれを見て、
「なんと素晴らしい人生だろう」
とうらやむことでしょう。

ところが実は、それさえも天が与えた厳しい「試練」なのです。

成功した結果、地位に驕り、名声に酔い、財に溺れ、努力を怠るようになっていくのか、
それとも成功を糧に、さらに気高い目標を掲げ、謙虚に努力を重ねていくのか によって、
その後の人生は、天と地ほどに変わってしまうのです。

つまり、天は成功という「試練」を人に与えることによって、
その人を試しているのです。
 

いわば人生は、大小様々な苦難や成功の連続であり、
そのいずれもが「試練」なのです。

そして、私たちの人生は、
その人生で織りなす「試練」を、どのように受け止めるかによって
大きく変貌していくのです。

私たちは、苦難あるいは僥倖、そのいずれの「試練」に遭遇しても、
決して自らを見失わないようにしなければなりません。

つまり、苦難に対しては真正面から立ち向かい、さらに精進を積む。

また成功に対しては謙虚にして驕らず、さらに真摯に努力を重ねる。
そのように日々たゆまぬ研鑽に励むことによってのみ、
人間は大きく成長していくことができるのです。
 
私は、現代の混迷した社会を思うとき、
私たち一人ひとりが、どのような環境に置かれようとも、
自らを磨き、人格を高めようとひたむきに努力し続けることが、
一見迂遠に思えても、結局は社会をよりよいものにしていくと信じています。

            <感謝合掌 令和2年3月8日 頓首再拝>
22:伝統 :

2020/03/22 (Sun) 02:06:26


          *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.03.09)より

   (松下幸之助氏の心に響く言葉より…)

   これまでの歴史の中で、困難な時代というのは幾度もあったろう。
   しかし、ある意味では今日ほど、むずかしい、たいへんな時代はない
   のではなかろうか。


   大国といわず小国といわず、先進国といわず新興国といわず、
   ほとんどの国が、いろいろなかたちで政情不安に悩まされている。

   しかも、昔であればそういうことも一つの地域、一つの国という
   狭い範囲にとどまりえたが、現在では、あらゆることが瞬時にして
   世界のすみずみにまで伝わり、それが影響しあって、
   お互いの不安を高め、動揺を大きくする。

   まことにかつてない非常時であり、動乱期だといってよいであろう。


   だから、今日に生きるわれわれは文字どおり一寸先は闇とでもいう状態である。

   平穏無事の世の中なら、安心してそれぞれの仕事に専心し、
   自分の畑だけを耕していればそれでいい。

   ところが、社会の姿がこのように流動し、変転きわまりなくては、
   せっかくの自分の働きなり努力も十分な成果を生みえないかもしれないし、
   その成果すらも一瞬にして無に帰しかねない。

   考えてみれば、実に頼りないというか心もとない気がする。
   こういう状況では、だれしも不安を感じ、動揺するのは
   一面当然すぎるほど当然である。


   だが、しかし、ここで考え方を変えてみたい。

   “こんな時代に生まれあわせたことはまことに幸せではないか”と。

   困難であり、不安定な時代である。

   それだけにこれと対決し、事をなしてゆくということは、
   非常にむずかしいけれども、それはまた実におもしろい、
   やりがいのあることではないだろうか。


   見方によっては、われわれは今、
   千載一遇(せんざいいちぐう)の好機に恵まれている。

   困難が多いからこそまことに生きがいのある時代なのだ。

   そういうところに思いを定めて、
   これに対処してゆくことが大切なのはないだろうか。

          <『新装版 思うまま』PHP>

             ・・・

これは昭和46年(1971年)に書かれた本だ。

今から約50年前。

日本経済は戦後最大の波乱にみまわれたという。


まさに、今も、このコロナショックで、こ
のままいくと日本経済は、リーマンショックどころではない
戦後最大の未曽有の危機になるかもしれない。

なぜならこれは、日本一国のことではなく、ほぼ例外なく世界中の国々に蔓延し、
それが経済に影響を及ぼしているからだ。


これこそ、まさに「国難」と言っていい。

国難とは国家全体が受ける危難のことをいうが、
会社経営においても、これほど困難で、厳しい時はない。


しかし、これを困難と捉えるか、好機と捉えるか。

まさに松下翁のいう、
「われわれは今、千載一遇の好機に恵まれている」と捉えることができるのか。


我々の先人たちは幾多の大きな困難を乗り越えてきた。

だからこそ、今、我々が乗り越えられないはずがない。


「困難が多いからこそまことに生きがいのある時代」、と思える人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年3月22日 頓首再拝>
23:伝統 :

2020/04/06 (Mon) 01:57:18


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020年02月29日)より

   (ジェフ・ケラー氏の心に響く言葉より…)

   さてここで、悪い状況や問題、失敗がもたらす7つの恩恵について指摘しよう。

   (1)バランスのとれた物の見方ができるようになる

      命にかかわる病気から生還したなら、
      タイヤがパンクしようが屋根が水漏れしようが、もうそれほど困らない。

      自分の人生における大切なことに目を向けることができるようになる。


   (2)感謝の気持ちを持てるようになる

      人は何かを失って初めて、その大切さに気づく。

      感謝しなければならないことに意識を集中すれば、
      生活にさらに多くのものをもたらすことになる。


   (3)潜在能力を引き出してくれる

      窮地を切り抜けたり障害を乗り越えたりしたあとで、
      人は精神的により強くなる。

      人生はあなたを試し、あなたはその試練に耐えたのだ。

      だから、次のハードルが現れたとき、
      あなたはよりうまくそれと取り組むことができる。

      問題と試練は、私たちの中にある最善のものを引き出してくれる。


   (4)変化を起こし、しかるべき行動を取るよう激励してくれる

      生活がどれほど退屈であったり苦痛であったりしても、
      ほとんどの人は慣れ親しんだ古いパターンにしがみつく。

      心の姿勢を変えようという気になるには、
      危機的状況やたびかさなる困難に直面する必要がしばしばある。


   (5)貴重な教訓を与えてくれる

      失敗したベンチャー・ビジネスの例を考えてみよう。

      起業家は次のベンチャーで大成功を収めるための
      何かを学んでいるのかもしれない。


   (6)新しい扉を開いてくれる

      ある人間関係が終わり、より満足のいく人間関係が始まる。

      失業して、よりよい仕事が見つかる。

      これらの例では、「問題」はまったく問題ではなく、
      姿を変えたチャンスである。

      人生のひとつの扉が閉ざされても、よりよい扉が開かれるのである。


   (7)自信と自尊心を築き上げてくれる

      障害を克服するために必要なすべての勇気と決意を持つとき、
      気力がみなぎり自信がつく。

      自尊心が高まり、そのポジティブな気持ちで
      次の行動に取りかかることができる。

         <『できる人とできない人の小さな違い』ディスカヴァー>

             ・・・

逆境や問題から学ぶことができ、成長することができる人は、
それを「人のせいにしない」。

そして、まわりのせいや、政治や時代のせいにはしない。

政府が悪い、トップが悪いといくら言っても、
今まで起きてしまったことの状況は変わらない。

ダメな経営者が「景気が悪いから我が社も悪い」と言っているようなものだ。

つまり逆に、「景気がいいから我が社も良い」というなら、
その経営者はいらないことになる。

すべて景気任せだからだ。


声高に誰かを非難している人は、自分の胸に手を当てて考えた方がいい。

もし、自分がそのトップの座にあったらどんな手を打つかと。

もっとましな手が打てたのかと。


決断を下すには、様々な条件が重なり、
何かを選べば何かを捨てなければならない。

全員がオッケーになってハッピーになることなどこの世に一つもない。

そして、状況は刻々と変わり、昨日打った手は今日は正解ではない。


その中で決断するのだ。


結果を非難するのは誰でもできる。

それは、冷暖房の効いたテレビの前で、
死闘を繰り広げるボクサーを見て罵(ののし)るようなもの。


「逆境に対する姿勢で人は問われる」


今、生かされていることに感謝し…

人のせいにせず、さわがず、

目の前のやるべきことを淡々とまっとうする人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年4月6日 頓首再拝>
24:伝統 :

2020/04/13 (Mon) 04:41:58


         *『 生長の家 』(昭和25年4月13日の法語)より

   吾は 神の生命の自己実現の中心である。

   吾々の周囲に自分を妨げる様に現われている所の事物は、
   決して自分を妨げるためにあるのではなく、
   それは画家のカンバスが画家の前に現われて 画家をして美しき絵を
   その上に描かしめんがためにあるのと同じことである。

   吾々は自分の前に立ちふさがるすべてのものを 自分を表現する所の
   カンバスであると思って 感謝すればいいのである。

   自分の心が美しくなれば そのカンバスには美しき境遇が描かれ、
   自分の心が豊かになれば 豊かなる境遇が描かれるのである。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/13804727.html(消滅)

            <感謝合掌 令和2年4月13日 頓首再拝>
25:伝統 :

2020/04/25 (Sat) 04:40:44


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020年03月25日)より

   (伊與田覺氏の心に響く言葉より…)

   清代末期の政治家・曾国藩(そうこくはん)は、
   四耐四不訣(したいしふけつ)という言葉を残しています。

   「冷(れい)に耐え、苦に耐え、煩(はん)に耐え、閑(かん)に耐え、
    激(げき)せず、躁(さわ)がず、競(きそ)わず、随(したが)わず、
    もって大事を成すべし」


   冷に耐える。
   冷は冷ややかな目を表し、冷たい仕打ちや誤解に耐えるということです。

   苦に耐えるは、文字通り苦しいことに耐えること。
   人は様々な苦を体験します。

   煩に耐えるは、忙しさや煩(わずら)わしいことに耐えること。

   閑に耐えるは、暇に耐えることですが、これがなかな難しい。
   経営者であれば仕事のない時期をどうすごすか、
   サラリーマンであれば煩(はん)に耐えての会社勤めを終え、
   年金生活に入ってどう過ごすか。


   これらのことに耐え、つまらないことに腹を立てず、
   ものごとが上手く運んでも調子に乗らず、よけいな競争をせず、
   かといって何でも言いなりになってはいけない、という戒めです。

   困ったことが起きると、空元気を出しても、
   後から見ると何かしょんぼりして見えるものです。

   人の心はすぐ後ろ姿に表れるものです。


   昔の偉人の中には、牢(ろう)に繋(つな)がれる逆境に耐えて
   大を成した人もいます。

   ガンジーは、静かな牢の中を最良の勉強部屋として、
   そこから出るたびに多くの人々を啓発しました。

   吉田松陰は、同じ牢の罪人や看守まで巻き込んでともに学び、
   牢屋を教室に変えました。

   まさに四耐四不訣の実践者といえましょう。

       <『人生を導く先哲の言葉』致知出版社>

           ・・・

仏教における「苦」とは、単に苦しいということではなく、
「思い通りにならない」ことを言う。

「四苦八苦(しくはっく)」

という言葉があるが、八つの「苦」がある。


四苦という、
「死んでいく苦しみ」「病気の苦しみ」「老いの苦しみ」「生きる苦しみ」。

そして、八苦という、
「心身を思うようにコントロールできない苦しみ」
「親しい人といつか別れなければならない苦しみ」
「恨みや憎しみを抱いてしまう人と会わなければならない苦しみ」
「お金や地位や名誉など、求めるものが手に入らない苦しみ」。


四耐四不訣もこれと同じで、思い通りにならないこと。

小林正観さんは、「耐える」とは言わず、「受け容れる」という。

それは「思い通りにしようとしないこと」でもある。


なんでも、自分の思い通りにしようとするから、苦しくなる。

なぜなら、人生のほとんどのことは、思い通りにはならないからだ。

だから、「ああ、そうなりましたか」「そうきましたか」といって
淡々として受け容れる。


「冷・苦・煩・閑」を淡々として受け容れ…

どんなこともあっても、カッとしたり、

嬉しいことがあっても、はしゃぎまわったりせず、

人とむやみに競うのではなく、

だれかの言いなりになったり、すぐに同調したりしてはいけない。


あらゆる困難、苦難に対し…

「四耐四不訣」の言葉を胸に刻みたい。

            <感謝合掌 令和2年4月25日 頓首再拝>
26:伝統 :

2020/05/07 (Thu) 03:46:18


          *「真理」第9巻生活篇第3章(P80~81)より

現状に何か不満足なことがあれば、それは内部の「一層完全なもの」が
顕現しようとして内か催して来ているのですから、
それを「我(が)の考え」で不純にしてはなりません。

神を信じなさい。

「利己的な不満足」と「一層自己完成を求める不満足」を区別なさい。
そして「自己完成のため」のみを思って現在与えられている環境で
全能力をつくして御覧なさい。

すべての環境は自己完成に役立ちます。
あなたを害する逆境などと云うものは存在しないのです。

あなたを害するものが若し《あり》とするならば、それはあなたが、
その逆境を如何に受けるかの心構えそのものなのです。

あなたがその逆境で全能力をつくしたとき、
あなたはその「逆境」と云う学校を卒業します。
その時は逆境は消え去りもっと調(とと)った環境があらわれてまいります。

            <感謝合掌 令和2年5月7日 頓首再拝>
27:伝統 :

2020/05/13 (Wed) 04:01:48


        *「光明法語」(5月13日)より

神が人間をこの世に生んだのであるから、
人間自身が兎や角、思い煩う必要はないのである。
問題が起こっても恐れることはないのである。

問題は必ず人間を今迄とは異なる境遇や環境に置き、
今迄とは異なる状態に於いて、その人の魂をきたえるのである。

問題は必ず解決されるために存在するのであって、
解決のない問題はないのである。
吾々は恐れることはないのである。

人生は生きており、人生は新生面を展開する。
人間の肉体は老いることがあっても人生は老いることはないのである。

            <感謝合掌 令和2年5月13日 頓首再拝>
28:伝統 :

2020/05/23 (Sat) 04:38:01


        *「真理」第9巻生活篇第5章(P131~132)より

「われは環境よりも偉大なるものなり、如何なる環境なりとも、
 尚それよりも偉大なる自己を試さん」

と云う大自信のある者でなければ真に大なる事業を成し遂げる
ことはできないのです。

つべつべ理屈をいったり、弁解することを止(や)めよ。
自己の失敗を理屈によって合理化しようとする試みは最も悪い。
それは弱者の傾向である。

どんなに難関と見えるところにも打開の道は残されているのです。
難関に正面衝突して心を険(けわ)しくしたり、恐怖したり、
あせってはならない。

柿の果実が熟して来れば自然に自壊して落ちてしまい、
その実が地に落ちると新たなる芽が生(は)えて来るように
難関もそれが熟して来たら、自然に自壊して別の新芽があらわれて来る
ように、必ず何処からか新生面がひらけて来ることになるのです。

あまりに食べすぎたら食欲がなくなり、下痢を起したりする、
その後(ご)は又別に食欲が催して来るのと同じことです。

            <感謝合掌 令和2年5月23日 頓首再拝>
29:伝統 :

2020/06/03 (Wed) 04:17:03


          *「光明道中記」(6月3日)より

【心が「迷いの念」に引っかかって生命本来の自由性を失うと、症状が顕れる。
                        (『生命の實相』第一巻)】

人が神に近づくには試練の火が必要であり、
必ず困難によって鍛えられなければならないと云うのは嘘である。

実際上多くの人達は試練の火によって鍛えられ、困難によって浄められて神に近づく。
私自身も嘗てはそうであったのである。

併し今私は試練の火が必要であったのでも、困難が必要であったのでもなかったと
「私の生活体験」を解釈する立場に立つのである。

試練の火は”神から”来たところの不可避の火ではなかったのである。
試練も無く困難もなかったのである。
自分の自覚が「実在」(神の造りたまえる《そのまま》)と調和しなかったのである。

みずから神から離れたるものと誤覚し、「実在」の秩序の中に調和しないでいる ――
その《みずからの状態》が「試練」であり、「困難」であったのである。
今よりのち試練を神からきたものと考えまい。

私が悪いのである。
すべては私の責任である。

試練を神に帰することは神を残忍者であると観、神を不完全であると観ることになる。
斯くの如きことは「子たる者」の為すべきことではない。
子自身が勝手に放浪(さすら)い出て困難を経験していたに過ぎない。

心を放って本然の状態に復するとき、病気も試練もなくなるのである。

            <感謝合掌 令和2年6月3日 頓首再拝>
30:伝統 :

2020/06/04 (Thu) 04:53:10


       *『 生長の家 』(昭和26年5月7日の法語)より

困難が来たときに其の人の信仰がテストされるのである。

困難が来ぬときに 「 人間、神の子 」 と豪語するのは
容易(たやす)いことであるけれども、実際、解決し難き困難、
普通では癒えがたき病気に直面したとき
其の人の信仰がどの程度のものであるかがわかるのである。

かかる場合、信仰うすきものは
平素の 「 神の子 」 の自覚は何処(どこ)へやら、
現象の困難の前に屈従してしまうのである。

そんなときに言葉の力によって自己が神の子であることを強調し、

「 吾れは神の子であり、神の愛に強く支えられているから
  如何(いか)なる困難をも克服し得るのである。
  神よあなたの愛に感謝いたします 」 と

繰返し念ずることは信仰を更に強め困難を乗り切る力を与えるのである。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110

            <感謝合掌 令和2年6月4日 頓首再拝>
31:伝統 :

2020/06/11 (Thu) 03:57:18


       *「光明道中記」(6月11日《困難を征服し宝石を得る日》)より

【自由ばかりでは形はない。光ばかりでは映像はない。
 「実相」に虚が作用して形が生まれる。(『生命の實相』十一巻)】


逃れようと思わぬこと。

あらゆる経験は、すべて鉱石のようなものであって、それを捨てずに処理して行くとき、
どんな貧鉱(ひんこう)からでも尊き金属を採取し得るように、
どんな経験からでも尊き「価値」を採取し得るのである。

吾らの生活は、五官の快楽のための生活ではなく、
「価値生活」であると云うことを知らなければならないのである。

人間の幸福は五官の快楽と否(いな)とにあるのではない。
それは鉱石の価値は採取し易いと否とにあるのではなく、
どんなに採取に困難でも「価値」多い鉱石はそれだけ値打ちが多いのと同様である。

盤根錯節(ばんこんさくせつ:面倒な事柄)を厭うのが生長の家の生活ではない。
盤根錯節そのものは善でも悪でもないのである。
盤根錯節が吾々に不幸を齎(もたら)すのは、盤根錯節を恐れ又は敵対するからである。

盤根錯節と協力して、わが生活を練るのだと思えば、
盤根錯節はかえって吾々に幸福を齎(もたら)すのである。

と云うのは不幸に甘んぜよと言うのではない。
不幸を幸福ならしむる不思議の力は、
逃げだそうとしないで眼の前の困難に平気で進んで行くことから得られるのである。

            <感謝合掌 令和2年6月11日 頓首再拝>
32:伝統 :

2020/06/27 (Sat) 04:24:41


       *メルマガ「夢の言の葉」(2020年4月27日)より

 ☆-------------つらいことをじっと耐え忍ぶこと-------------
 
 
 「しんぼう」の語源は、仏教用語の「心法(しんぼう)」 ではないかといわれます。
 
 「心法」とは、心の働きという意味だとか。
 
 昔の人にとっては、心を働かせるとは、じっと耐えることだったのでしょう。
  
 心は、ほかにも、さまざまな働きをするのに、いつしか、
 耐え忍ぶことだけを、「しんぼう」と呼ぶようになりました。
 
 その意味にひかれて、「辛抱」と書くようになったようです。
 
 辛さを抱く……うまい当て字といえますね。
 
 ほかに、「辛棒」とも書きました。
 
 そういえば、「辛棒の棒が大事」ということわざがあります。
 
 
 「辛棒」と、中心の軸をさす「心棒」をかけたもので、
 意味は、辛抱が大事だということを強調したものです。
 
 
 でも、「辛」という字に、横棒の「一」を足すと、
 「幸」になるではありませんか。
 
 
 新しい気づきや視点、ちょっとした工夫、今までしなかった暮らし方……。
 
 ほんのささやかなことでも、何かひとつプラスすることで、
 辛いことが、幸せになるかもしれません。
 
 
 辛い時の棒……『辛抱』を支え、幸せを呼ぶ横棒を、ぜひ見つけてください。
 
            <感謝合掌 令和2年6月27日 頓首再拝>
33:伝統 :

2020/07/04 (Sat) 04:52:09


       *『 生長の家 』(昭和26年5月8日の法語)より

   困難に面したときは 次の如(ごと)く念ずるが好い。

   「 吾は一切のものの創造主(つくりぬし)にましまし、吾が父にまします神が
   常に吾れを護(まも)り給(たま)うことを知るのである。

   神の愛は われを取巻き、わが内にも外にも行きわたりて我を護りたまうがゆえに
   われは常に健康であり、われは常に幸福であり、わが事は必ず成就するのである。

   困難と見え、病気と見えるのは仮想であって本当の相(すがた)ではないのである。
   吾れは神の創造(つく)りたまいし 此(こ)の世界が常に善に、永遠に善であり、
   常に調和していることを知るのである。

   されば吾れに敵対する者は 何一つあり得ないのである。 」


   http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110

            <感謝合掌 令和2年7月4日 頓首再拝>
34:伝統 :

2020/07/14 (Tue) 04:32:22


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.04.07)より

   (新渡戸稲造氏の心に響く言葉より…)

   人は突然不幸に見舞われると、
   それがどの程度のものなのか、大きさが分からなくなる。

   例えば、足元から急に鳥が飛び立つと、
   その大きさや種類までも分かってくる。

   天災あるいは人による災いに遭遇した時も同じで、
   その瞬間は目がくらんで真相を見誤ることがある。

   そして小さなことを大きく考えたり、大事なのに軽んじたりして、
   無駄に心を労したりする。


   また禍いに見舞われた時、すぐにその始末をすると、
   その結果が将来まで尾を引いてかえって悪い結果を生じることがあるから、
   一歩退いて冷静になって対処することが必要である。

   もちろん、失火とか病気とか、直ちに対処しなければならないものもある。

   しかし火災の後の始末、家の再建などは考える余裕があるし、
   病気についてはどう対処するか、よく考えた方がいい。


   僕の友人で、働きすぎから重い病気にかかった者がいた。

   彼が発病した時、彼の妻は非常に心配して泣き出したが、
   友人が入院した翌日、「自分も非常に驚き疲れたので、3日間保養に行きたい」と言い、
   友人を看護の人に託して保養に行ってしまった。

   3日間過ぎると妻は戻ってきて献身的に友人の介護を始めた。


   結局この友人は全快するまでに3年以上かかったのだが、
   病気が癒えたのち、妻に「あの時保養に行ったのはどういう考えだったのか」
   と尋ねると、

   妻は「あなたの病気が長くかかることが分かり、かつ私もあの時、
   あなたの病気がショックで吐血しました。看護する大切な役目があるのに
   自分が病に倒れることがあってはと思い、少し静養して気を静め、
   あなたの病気にどう対処するか考えたのです」と言った。


   すべて禍いや不幸は不意に起こるものである。

   慌てず落ち着いて前後を考え、
   物事の軽重を比較して対処法を考えることが大切である。

   やみくもに大変大変と騒ぐとますます逆境に深入りしてしまう。

           <『逆境を越えてゆく者へ』実業之日本社>

                 ・・・

新渡戸稲造氏は本書の中で「逆境」についてこう語っている。

『僕は逆境にある人に、もう少し爪先立ちをして前を見ることを切に願う。
 僕はたくさんの青年を知っているが、中には学校の試験に落第した者、
 校則に違反して退学を命じられた者、商売で失敗した者、
 養子に行ったが先の人たちと意見が合わなくなった者、
 病気になり医者から警告を受けた者などいろいろいる。

 青年の傾向として、一度落第すればもう学問はできないと思ったり、
 退学を命じられると世界中に勉強する場所は他にないように思い込んだり、
 一時意見が合わなくなると永久にその家の人たちとはやっていけないように思ったり、
 医者から注意されると直(ただ)ちに死の宣告を受けたかのように思ったりする。


 こうした時に、「さて、この先は…」と
 静かに熟考すれば、必ず前途に光が見えるはずである。

 かつて、後藤男(だん・後藤新平)からこんな話を聞いた。

 後藤が勝海舟を訪れた時のこと、勝翁が
 「君は医学生なら首の筋肉作用くらいは知っているだろう。
  ろくに知らない奴が多いんだよ。縦や横に動かすことは知っていても、
  何か事が起こった時に、チョイット首を伸ばして向こうの先を見通すことの
  できない奴が多い」と言われた。

 まさにそのとおりで、事が起こるとただ慌てふためくばかりで、
 「さて、この先は…」と首を伸ばすことはなかなかできない。

 だから昔の人も、
 「窮地に陥り勢いのなくなった人は常に初心に帰るべし」と言っている。』


「山を出なければ山は見えない」

という、特別尼僧堂堂長・正法寺住職、青山俊董氏の言葉がある。


我々は、山の中に入り込んでしまうと、今自分がどこにいるのかを忘れてしまう。

これは、逆境や困難という山も同じだ。

その中に入り込むと自分を見失ってしまい、不必要にあわてたり、
不安で取り乱したり、泣き叫んだりする。


不安の渦に巻き込まれそうになったときは、自分を他人のように客観視して見る。

「さあ、どうする(自分)」、「さてこの先は…」と突き放してゲームのように見てみる。

そのとき、自分があまりに、真面目過ぎることや、近視眼的であることに気がつき、
ニヤリと笑いが浮かんだらしめたものだ。


逆境や困難を越えてゆく者でありたい。

            <感謝合掌 令和2年7月14日 頓首再拝>
35:伝統 :

2020/07/17 (Fri) 06:35:17


      *『 生長の家 』(昭和25年5月28日の法語)より

四面楚歌(そか)の行きづまった状態を解放する唯一の方法は
神に振り向くということである。

周囲が如何にふさがっているにしても、上方は必ず空いているのである。

神に向かう道がふさがる、ということはあり得ないのである。

神に振り向くとは、神に感謝することであり、
神の造り給うたあらゆるものに、感謝と合掌とを送ることである。

疑わずそれを行ってみよ。

神は如何なる困難の金城鉄壁をも打破して、
調和と幸福と豊かさと健康とを恵み給うのである。

  (http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132

            <感謝合掌 令和2年7月17日 頓首再拝>
36:伝統 :

2020/08/03 (Mon) 04:11:09


     *『人生、死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる』村西とおる・著より

(1)私は逆風を浴びて生きてきたから、遅しくなったんです。

(2)人生はあきらめちゃいけない。
   あきらめる所以が何ひとつない。

(3)報われない努力がある、と言うが嘘だ。

   努力は必ず自分の血となり、肉となり骨となって返ってくる。

(4)どんな困難でも、、挑戦してから自分自身で答えを出す勇気を
   失って欲しくはありません。

(5)這いつくばっての人生にも意味がある。

(6)お金がないときは妄想しましょう。
   それが再起の原動力になる。

(7)苦しいときほど、、自分の本当に欲しいもの、
   やりたいことを考えるナイスなチャンスなのです。

(8)不景気なんてものは恐るるに足らずです。
   隣のおじちゃんやお母さん、みんな一緒に落ちていくんですから。

   そこから這い上がろうではないですか。

(9)想像力、妄想することは、人をポジティブにするんです。

            <感謝合掌 令和2年8月3日 頓首再拝>
37:伝統 :

2020/08/15 (Sat) 04:53:38


      *「生長の家」(昭和51年6月1日の法語)より

人は何故、野球を楽しみ、スキーを楽しみ、
ヒマラヤやアルプスの峻峰(しゅんぽう)に登 ることを壮快に感じ、
時としては顚落(てんら く)して死することがある危険を前途に見ながら、
随分の費用をかけて、みずから進んでその 困難に直面して行こう
とするのであろうか。

それは”困難”は自己に内在する
”未見の我 ” ”神の子なる未見の無限力”を、
顕在の世界にあらわしたいという潜在的願いがあるからなのである。

そしてその困難を征服したときに、わたし達 は勝利の快感を味わう。
生き甲斐を感じるのである。

何の困難もない平々凡々の生活が毎日続く時には、
人間は倦怠感を生じて、人生そのも のにウンザリしてしまうであろう。

  (http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1363

            <感謝合掌 令和2年8月15日 頓首再拝>
38:伝統 :

2020/08/21 (Fri) 04:21:16


       *Web:宇宙の兄弟たちへ(2020年8月20日)より

「一生懸命だと知恵が出る、中途半端だと愚痴が出る、いい加減だと言い訳が出る。」

これは戦国武将の武田信玄の言葉だそうです。


いまコロナ禍によって苦境に立たされている所が多く出ています。

自分の責任ではない
不可抗力によって不運に見舞われているように思われることでしょう。

観光や宿泊、交通、飲食など、いろんな業種が
あっというまに危機に立たされてしまいました。

流行はすぐに収まるだろうというのが大方の考えでしたが、
感染拡大は止まらず世界的に蔓延してしまいました。

多くの打撃を受けた業界において、
愚痴が出てしまう事もあるかと思いますが、
いくら口を出していても問題は解決してくれません。


厳しいですが生き残りをかけた知恵を出していかないと、
この苦境は乗り越えていけないのです。

寝ても覚めても知恵を振り絞って考え抜かなくてはなりません。

愚痴や言い訳では無くて、
知恵を出していかなければならないわけです。


武田信玄は戦国の世に生まれて、
わずかなスキを見せれば倒されてしまうような厳しい環境で生き抜き、
後世に名を残すまでになった名将となりました。

厳しい環境に愚痴や言い訳を口にしたいところだったのでしょうが、
それをこらえて知恵を絞って難局を乗り越えてきたという経験が、
こうした名言となって出たのでしょう。


人生には思いもよらない出来事が降りかかり、
あっという間に危機に直面する事があります。

そうした時に信玄の言葉を思い出し、
愚痴や言い訳ではなく、
智慧を出していけるように考えを変えていきましょう。

知恵を出す考える力こそ、
苦難や困難を乗り越えるために人間に与えられた神様からのプレゼントです。

    (https://www.spacebrothers.jp/2020/08/blog-post_20.html

            <感謝合掌 令和2年8月21日 頓首再拝>
39:伝統 :

2020/09/04 (Fri) 04:30:07


      *「生長の家」(昭和51年6月2日の法語)より

困難を克服し得た勝利感はどうして起こるの であろうか。
実は”困難”というものは、”外 ”にあるのではなくて、
自分の”内”にある” 心が描いた仮存在”なのだからである。

人間の実相は”神の子”であり、”無限力” であるから、
”困難”などある筈がないのである。

その本来の”無限力”を覆い隠して
”包み ”(罪)によって、”困難”を感ずるのである 。

一つでも、その”困難”を征服し得たということは
”包み”を破って、内在実相の”無限力 ”が一歩一歩一層多く
顕現し得たことであるか ら、自己の「実相隠蔽」を克服したこと
に勝利 感を感ずるのである。

そして自己の「実相」が 一歩でも現象の世界に
一層多く顕現し得たことに生き甲斐を感ずるのである。

  (http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1363

            <感謝合掌 令和2年9月4日 頓首再拝>
40:伝統 :

2020/09/12 (Sat) 03:22:55


          *「眞理」第2巻基礎編第6章(P113~114)より

たとい貴方の職業がどんなに苛烈でありましょうとも、
その苛烈さを逃れるための唯一の道は、その苛烈さを心に描いて
それに対抗することではありません。

その仕事がいやしくもこの世に存在する以上、
何かその仕事が人類の福祉のために直接間接に貢献している「何らか」が
あるに違いないのですから、

その「何(なん)らか」の貢献を心に描いて、
「自分は人類の福祉のために働いているのであるから、
自分は此(こ)の仕事をする事は幸福である」と
心に唱えながら仕事をすることが大切であります。

「金のために自分の生命を切り売りしている」などと考えますと、
その仕事は自分の上に重く垂れかかり、
仕事の苦痛は愈々(いよいよ)増大するようになるのであります。

仕事を愛すれば、愛は悦びの源泉ですから仕事が悦びとなって来ます。

            <感謝合掌 令和2年9月12日 頓首再拝>
41:伝統 :

2020/09/18 (Fri) 04:39:22


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.03.18)より

   (立命館アジア太平洋大学学長、出口治明(はるあき)氏の心に響く言葉より…)

   《すべての真の生とは出会いである》(マルティン・ブーバー)

   この世界は偶然の産物です。

   そして、私たち1人ひとりの人生も、
   いろいろな偶然の積み重ねによってつくられているといっていいでしょう。

   歴史を知れば知るほど、偶然こそが「この世のリアルだ」と確信します。


   私たち人類・ホモサピエンスがこれまで生き残れたのも、
   偶然だったという説があります。

   「そして最後にヒトが残った」(クライブ・フィンレイソン)という本によると、
   ネアンデルタール人が滅び、ホモサピエンスが生き残った理由は、
   「適応力」と「運」の違いにあったようです。

   筋骨隆々で、森林での大型動物狩猟向きの体型をしていたネアンデルタール人は、
   当時、地球環境の寒冷乾燥化が進み、森林が縮小し、平原が広がりはじめる中で
   徐々に生きる場を失っていきます。

   一方、しなやかで持久力に富む体を持つホモサピエンスは、
   平原での狩りにも対応でき、生き残ることができたのだそうです。

   つまり、たまたま平原が広がりはじめる時期に、
   たまたま平原に適応できる体をホモサピエンスは持っていた。

   だから生き残れた。

   まさにホモサピエンスは運がよかったのです。


   逆に、ネアンデルタール人が絶滅してしまったのは、
   たまたま運が悪かっただけだともいえるのです。

   「運がいい」というのは、フィンレイソンが指摘しているように、
   「適切なときに適切な場所にいる」ことなのです。

   この世は偶然の産物だということに、あらためて気づかされます。


   ウィーン生まれのユダヤ系の宗教哲学者に、
   マルティン・ブーバーという人がいます。

   ブーバーの思想を一言で述べると、「自分」という存在を、
   目の前の現実との関係の中から捉えようとすること。

   「自分とは何者か?」と問うとき、私たちはひたすら
   自分の内面だけを見つめがちですが、そうではなく、
   周りとの関係から自分を探っていくというのがブーバーの考え方です。

   いってみれば、「関係性」を重視したのが、ブーバーという哲学者なのです。


   そのブーバーが、代表作『我と汝・対話』で書いているのが、
   「すべての真の生とは出合いである」という言葉です。

   つまり、私たちの人生は、つまるところ、すべて出合いである、と。

   そして、そうした出合いを通して、人生はどんどん変化していく、と。

   関係性を重視したブーバーならではの言葉です。


   私たちの人生は、ブーバーのいうように、
   そのときどきの出合いによって変化し続けていきます。

   そうしたいわば川の流れに身を任せる生き方が一番すばらしいと僕は思っています。

   変化を受け入れ、川の流れのままに流されて生きていく。

   なぜなら、人間の力では、そのときどきの流れを変えることは難しいからです。


   そのことを僕は、しばしば凧揚(たこあ)げにたとえています。

   「風が吹いていないときは、凧は揚がらない」

   凧揚げしようとしても、その場所に風が吹いていなければ、
   どんなに必死になって走っても、あるいは、ものすごくよくできた高性能の凧であっても、
   揚がってはくれません。

   一方、その場所にいい風が吹いていれば、
   こちらがそれほどがんばらなくても、凧はスイスイ飛んでくれます。

   人生もこれと同じです。


   風が吹いていないときは、何をやってもダメだし、
   逆に、風が吹きはじめたら、何をやってもたいていうまくいく。

   だから、今は風が吹いていない時期だと思ったら、
   ジタバタとムダな抵抗はしないで、淡々と過ごしていく。

   ただし、いつ風が吹くかは誰にもわからないので、
   風がいつ吹いても全力で走れるよう平素から準備をしておくことが大切です。


   場合によっては、風がそのままずっと長い間吹かないこともあります。

   風が吹いていなくても、その中で人生を楽しめばいいのです。

   時間はたっぷりあるので、いろいろなことができます。

   逆に風が吹きはじめたら、
   やることがたくさん出てきてそんな暇もなくなりますから。


   古典的な名著の多くは、作者が不遇な時代に書かれています。

   そして、そのまま日の目を見ずに一生を終えた人も多いことでしょう。

   私たちは、そういう人たちをついつい「不運な人生」と思いがちです。

   でも、それはこちらが勝手にそう思っているだけで、
   本人たちはそれなりに人生を楽しんでいたのではないかと、僕は思うのです。

         <『人生の教養が身につく名言集』三笠書房>

               ・・・

松原泰道師がこんなエピソードを書いている。

『元外務大臣で戦犯になった広田弘毅(こうき)さんが、外務省の欧米局長のとき、
 後の首相、幣原(しではら)喜重郎に嫌われて人事異動で
 オランダ公使に飛ばされるんです。

 当時はオランダと日本は通商がなかったので、この移動は左遷でした。

 皆はこれを心配しましたが、当の本人は平気のへっちゃら。

 そのときの心境を得意の狂句で吟(よ)んでいます。

 「風車 風が吹くまで 昼寝かな」

 風車はオランダのトレードマーク。

 風車はエンジンを持たないから、いかに精巧であっても
 風が吹かなければ自分では回れないものでしょう。

 彼はオランダへ飛ばされる、オランダは風車が有名、
 風車は風が吹かないとどうにも仕方がない、風が吹くまで昼寝かな、
 と詠んだわけですね。

 彼はのほほんとしていたけれども
 本当に昼寝をしていたわけではもちろんありません。

 その逆境時に、外交的ないろんな情報を集めて勉強するんです。

 そして再び中央に戻ってソ連の大使になったときに、
 その成果を発揮して成功を収めたのです。』
 (つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している。
                    日本人への遺言)より



苦境に陥ったり、困難なことがやってきたとき、
我々はどうしても、なんとかしようとジタバタしてしまう。

しかし、風が吹かない限り、風車は回らないし、凧も揚がらない。


風が吹かないときは、内部を充実する絶好のチャンスだ。

自分や会社の実力を高め、少しでも成長できるような行動をとること。


風はいつかは必ず吹く。

風が吹いたとき、いつでもスタートする準備ができている人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年9月18日 頓首再拝>
42:伝統 :

2020/09/23 (Wed) 04:53:59


      *「生長の家」(昭和51年6月28日の法語)より抜粋

人間が色々の生活上の問題で困難 を生ずるのは、
人間の「我の心」で利己心 が出たり、欲心が出たり、煩悩が出たりして、
根本運命であるところの「自分は神の子」であるという自性円満を忘れてしまって、

「自分は猿の子孫で、動物と同じよう な下等なものだ」という現代科学とやらの
示す常識で”中間運命” の不完全な生活をするからなのである。

うして生じた困難を解決するには、宜しく”中間運命” の世界に
マゴマゴすることなく、自分の”根本運命” たる「人間神の子」の実相に立ちかえって
生活をやり直すのがよいのである。

本源に還るということによってのみ
人間は自由無碍の世界に出ることが出来、困難が解消するのである。


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1363

            <感謝合掌 令和2年9月23日 頓首再拝>
43:伝統 :

2020/09/26 (Sat) 02:56:14


        *『 生長の家 』(昭和24年7月4日の法語)より

   飛行機は 空気の抵抗によって上昇する。
   機関車は レールの摩擦によって疾走する。

   すべての困難と抵抗とは 自己を向上せしめ
   前進せしめるための天与の刺戟である。

   もっともすぐれたる刃物は 火の中で焼かれ、
   鉄槌(てっつい)をもってくだかれ、

   はげしき砥石(といし)の摩擦によって
   その光輝(こうき)燦然(さんぜん)たる光を放つのである。

   ダイヤモンドは 硬くして純粋度の多いものほど
   はげしい摩擦によってのみ その光輝を発することができるのである。

   ダイヤモンドを磨くのはダイヤモンド自身の粉末の摩擦によるのである。


   http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/fa6ad9358ba8bb76fe1e4e26484fa68f

            <感謝合掌 令和2年9月26日 頓首再拝>
44:伝統 :

2020/10/08 (Thu) 04:12:15


          *「真理」第9巻生活篇第5章(P142~143)より

学校に於いても試験をパスしたら、それで上級にあがれるのである。
艱難はあなたを鍛えるための競技ではなく、
あなたの内部の力を引き出すための重量挙げ競技である。

学校の試験問題には受験者にはとてもできないような問題は出ないと同じように、
人生の問題もあなたにとてもできないような問題は出て来ないのであります。

神の子なたるあなたは、
或る限られたる境遇の中に閉じ込められるべきものではないのです。
何物もあなたを縛るものはないのです。

毎日毎日が機会であり、毎日毎日があなたの魂の進級試験であるのです。

しかも「試験」と云う観念に伴う
「面倒な」とか「難かしい」と云う感情は間違いです。
それはスケートやスキーの競技のように、壮快なる人生競技なのです。

毎日楽しく競技をつづけて行くうちにあなたの魂はそれだけ向上するのです。

            <感謝合掌 令和2年10月8日 頓首再拝>
45:伝統 :

2020/10/10 (Sat) 04:25:42


       *「生長の家」(昭和51年6月5日の法語)より

困難は、自己に内在する力を、
平常普段の生活以上に発揮させてくれる”呼び水”になるものである。

目標が、日常生活程度では、誰でも出来る
平凡な普通一般の生活になっていて、
別に現在以上の力を引き出してくれる機会をつくってくれないのである。

それだから、神は一見”困難”と見える問題又は事象を、
時々すべての人に課して、それを解決するために、
その人が”日常以上の力”を発揮する機会を与えて下さるのである。

それだから”困難”の来る毎に、その”困難”と、
そして、その困難を与え給うた神とに感謝せよ。

困難という研磨機を通して、わたし達の魂に内在する貴き光が、
一層多く燦然と輝き出すことになるのである。

  (http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1363

            <感謝合掌 令和2年10月10日 頓首再拝>
46:伝統 :

2020/10/15 (Thu) 04:33:53


           *Web:今日も良いことがあるように(2019/04/02)より

『「運がよくなる」おはなし』という本を読みました。

これは、1900年代の初め著者によってされた講演録です。

「苦境や困難が私たちの最高の教科書であり学びの場である」

と説く、その伝説の講演録は、アメリカでベストセラーになったそうです。


1つのエピソード・・・

あるとき、講演のあとに車椅子の障害者の女性が著者に語りました。



   「先生のお話はとてもよくわかりました。
    わたしは生まれてからほとんど痛みを闘ってきました。

    でも、わたしが知っていることは何もかも、
    この車椅子に座って学んだことなんです。

    忍耐や思いやり、人を愛する気持ちや
    勇気をもって生きることを学びました」


まわりにいた人はみな、
この女性が心が優しく、誰よりも愛されているのだと言っていたそうです。

このような例は、私たち自身にもあてはまると思います。

病や体に不自由などがある人は、他の人の病や不自由に理解を示し、
優しい心で接することができるようになれるものです。

いっそう愛情深い人になっていけるでしょう。


また、苦境や困難があるからこそ、私たちは成長できます。
壁にぶつかったときにこそ、自分の力を伸ばすことができます。

逆境から何かを学び、成功が訪れます。

要は、その受けとめ方です。

苦境や困難を不運だと思わずに、
むしろこれからよくなるためのチャンスだと考えるのです。


ベートベンは、後世に残る名曲を作る前に聴覚を失いました。
聴覚を失ったことで音楽をあきらめていれば、
歴史に名を残す偉大な音楽家にはなっていなかったでしょう。


聖パウロは、キリスト信者を迫害するさなかに、
馬から落馬し、地に倒れ、失明しなければなりませんでした。

それがきっかけとなり、真理に出会い、
自分の使命を知り、偉大なる使徒となりました。


このように苦境や困難に負けず、
自分を磨き、成長できる人は、いずれ成功します。

そういう人は、苦境や困難を恐れません。
むしろ苦境や困難を飛躍へのチャンスだと考え立ち向かっていきます。


「運がよくなる」人は、そういう心構えをもっているのです。

私たちも、自分の心構え次第で、嫌なこと、苦しいことがあっても、
何かを学び、幸せの種を見つけることができるでしょう。

その種を育てることができるでしょう。

そして、自分も人も幸福にできる力を成長させることができるようになるのです。

    ☆ 苦境や困難から学び、飛躍のチャンスにしょう。


「忍耐、思いやり、愛、勇気、友情」など、人生にとって大切なことが学べます。 (^.^)

   (https://lucky.t-nakai.work/2019/04/02/thinking-36/ )

            <感謝合掌 令和2年10月15日 頓首再拝>
47:伝統 :

2020/10/17 (Sat) 04:34:51


        *「眞理」第2巻基礎編第6章(P111~112)より

人生の重荷は自分の心に背負うべきものではなくて、
寧(むし)ろ、その重荷の包みを開いて一つ一つ処分して行くべきものである。

重荷を背負って歩くのは苦痛であるが、
重荷を開いてその中の物を一々(いちいち)処分して行く者は、
却って楽しいのである。

これが「今」を生かせ ―― の極意である。

楽しい人々は幸福であるばかりでなく、健康で、長生きし、
困難に対して抵抗力が強く、事に処するに
適当な智慧が湧いて来て成功するのである。

事物の明るい方面のみを見て、暗い方面を見ないようにするのである。

暗い方面に心が引っかからず、着々それと取り組んで行く者は、
如何なる大事に臨(そぞ)んでも委縮することなしに、
自分の能力を発揮することが出来るのである。

            <感謝合掌 令和2年10月17日 頓首再拝>
48:伝統 :

2020/10/19 (Mon) 04:54:05


       *『 生長の家 』(昭和24年7月1日の法語)より

   すべて安価なるものはそれだけ価値が少ないのである。
   吾々の得る所の喜びは、その値打を払っただけのものであって、
   それ以上のことはあり得ないのである。

   奮闘の後に得られたる獲得こそ、
   しみじみと自分の魂にその価値が感じられるのである。

   たんにその獲得の価値が感じられるばかりではなく、
   凡(およ)そ困難と戦ってそれを克服することによって
   吾々は新たなる力を獲得することが出来るのである。

   いつまでも浅瀬で足を砂の上につけて泳いでいたのでは、
   本当の泳ぐ力は出て来ないのである。
   さればこそ吾らは 「 困難にたわむれよ 」 と云うのである。

   困難を困難とせず、困難をのりこえることに喜びを見出(みいだ)す者は、
   困難きたるごとにその能力を増すのである。

   小人(しょうじん)は困難に遭って屈服してしまうのであるが、
   偉大なる人は困難あるごとに一そう自己が偉大となるのである。


   http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/7dd174f3c05e24216f87966583a937e9

            <感謝合掌 令和2年10月19日 頓首再拝>
49:伝統 :

2020/10/21 (Wed) 05:08:25


        *『 生長の家 』(昭和24年7月2日の法語)より

   「 我は 如何なる困難をも克服する所の偉大なる神の子である。」

   かく信じて目の前にある障礙物を却(かえ)って
   自己の向上する為(ため)の踏台とする人こそ
   やがて偉大に成功するのである。

   困難の報いは進歩である。
   多くの人たちは盤根(ばんこん)錯節(さくせつ)に遭遇して
   その偉大なる本性を展(ひら)き出したのである。

   神は決して高価なる宝玉を地表にころがしては い給わないのである。
   それは地下に埋蔵されて困難を穿(うが)ち行く努力によってのみ
   発掘せられるのである。

   魂を磨く所の鑢(やすり)は困難である。
   困難こそ人間を玉成するのである。


   http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/91b3c7f27b37743f351a0e60d8176e5f

            <感謝合掌 令和2年10月21日 頓首再拝>
50:伝統 :

2020/10/26 (Mon) 04:51:55


         *『 生長の家 』(昭和24年7月3日の法語)より

   多くの才能は地下に埋蔵された宝石と等しく、
   努力なしに放置する時には眠っているのであるが、
   困難の刺戟(しげき)によってそれが現実となるのである。

   金鉱は高熱の溶鉱炉で溶(と)かされた時、
   その純金の成分を分離するのである。

   神が多くの貴金属を地下に蔵して地表に置いていないのは、
   努力によって人間内在の能力と叡智を磨き出させんがためである。


   http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/f8a321701bff09ca11de9c55a2bbeb49

            <感謝合掌 令和2年10月26日 頓首再拝>

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