伝統板・第二

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賢者の一日一言(R元年8月) - 夕刻版

2019/08/01 (Thu) 19:24:53

このスレッドでは、過去に紹介した次のスレッドから、
日々の言葉の数々を再度紹介してまいります。

(1)伝統板・第二「『一日一語』(二宮尊徳) 」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7539379

(2)伝統板・第二「修身教授録・一日一語(森 信三)」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7150729

(3)伝統板・第二「松下幸之助に学ぶ 指導者の365日」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7687044

(4)伝統板・第二「一日一言(坂村真民)」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6747223

(5)伝統板・第二「ひかりの一日一言29~失敗から立ち上がる道」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7606832

            ・・・


賢者の一日一言《1日》

(1)【 8月1日 】無一物

   本来人の生るる時は、
   一物も持参する者に非ず、
   又死する時も持ち往く者に非ず。
   裸にて帰る者なり。

   しかるを、
   わが物となすは、知らず、
   無を悟らざる人なり。

                   (報徳記)

   【略解】
 
   「本来無一物」という禅語あり。
   「一切放下」という佛語あり。

・・・

(2)【 8月1日 】人生の意義① ~ ローソクを燃やし尽くす

   人生の意義とは、
   たとえて申せば、ここに一本のローソクがあるとして、
   そのローソクを燃やし尽くすことだとも言えましょう。

・・・

(3)【 8月1日 】 結局は社長一人の責任

   会社の経営の良否は、
   結局は社長一人の責任です。
   部は部長、
   課は課長一人の責任なのです。

   責任者は言うべきを言うだけでは足りないのです。

   幸之助は、

   「相手に深い感銘を与える話をしてこそ指導者なのだ」

   と教えてくれました。

   感銘あってこそ共感が生まれ、
   経営の良否が決まるのです。

   人間としての美しさを磨きあげ相手に深い感銘を与えるのが、
   社長の責任です。

・・・

(4)【 8月1日 】 《すべては光る》

   光る
   光る

   すべては
   光る

   光らないものは
   ひとつとしてない

   みずから
   光らないものは
   他から
   光を受けて
   光る

・・・

(5)《1日 繁栄のコツ》

   心の法則によって富もうとする場合、兎もすれば人々は、
   労少なくして多くの富を得ようとするような
   間違いにとらわれることがあるのであるが、
   心の法則は決してそんな魔術ではないのである。

   少なく価を支払ったものは
   少なく受け取るより仕方がないのが心の法則なのである。

 
   いつか短波放送で東京の成田屋と云う店が非常に繁昌しているのを
   放送記者が訪問して主人の成田さんにその繁栄のコツと云うようなものを
   聴いていたが、

   成田さんは引揚者であり、最初は微々たる店を開いていたが、
   繁栄するには良き品を安価に売らねばならないと云うので、
   毎日築地の卸売市場へ商品を買いに行くのであったが、

   都内電車の始発に乗って築地に行っていたのでは他の商人が安い商品を
   仕入れてしまった後で、自分の店に安い良品が手に入らないと云うので、
   始発電車の2時間前に自転車を自分の足で漕いて築地まで通って
   安価な良商品を手に入れて顧客(とくい)にサービスしたと云うことであった。

 
   ひと以上に親切な努力とサービスとがあってのみ
   本当の繁栄が得られるのである。

   繁栄する店には繁栄する原因があり、
   つぶれる店にはつぶれる原因があるのである。

   皆経営する人の心である。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
        (第3部繁栄の泉)第8篇(P202~203) より

           <感謝合掌 令和元年8月1日 頓首再拝>

賢者の一日一言《2日》 - 伝統

2019/08/02 (Fri) 19:27:53


(1)【 8月2日 】克己の道

   論語に己れに克(かつ)て礼に復(かえ)れと教えたるも、
   佛にては見性といひ、
   悟道といひ、転迷と云ふ。

   皆これ私を取り捨つるの修行なり。

   この私の一物を取捨つる時は、
   万物不生不滅不増不減の道理も又明らかに見ゆるなり。

   此の如く明白なる世界なれども、
   この己れを中間に置きて彼と是とを隔つる時は、
   直ぐその座に得失損益増減生滅等の種々無量の境界現出するなり。

   恐るべし。

                        (夜話続四二)

   【略解】
 
   不生不滅・不増不減の絶対必然の世界なれど、
   その中間に自己の立場を置く時、
   得失・損益・増減の相対的世界に堕す。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話残篇」(42)に収録。<2016/10/27 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6937106 )

・・・

(2)【 8月2日 】人生の意義② ~ カの一切を出し切る

   自分が天から受けたカの一切を、
   生涯かけて出し切るところに、
   初めて、

   小は小なりに、
   大は大なりに、
   国家社会のお役にも立ち得るわけで、

   人生の意義といっても、
   結局この外にはないと言えましょう。

・・・

(3)【 8月2日 】 人間だから行き過ぎることもある

   「人間だから行き過ぎることもある。
    そういう場合は、すぐ引き返すこと、
    その見極めがなによりも大切だ」

   と、幸之助はいつも言い聞かせていました。

   「今が、最善だと思っても、
    それは、今日の最善であり、
    明日の最善ではない」

   ものごとは日々進歩しているのです。

   生成発展しているのです。

   いつ如何なる時でも学び続ける大切さを教えられました。

・・・

(4)【 8月2日 】 《燃える》

   燃えていなかったら
   どうして相手の人に
   火をつけることができよう

   そのためにわたしは
   初光吸飲を続けるのである

・・・

(5)《2日 光明思想は魔術ではない》

   光明思想は、決して自分の欲する事物を
   無条件で何でも得られると云う方法を教えるのではないのである。

   若し人間が自己の欲する事物を無条件で何でも得られると云うことになるならば、
   人間は正しい努力を為すことを忘れてしまい、ただ享楽と怠惰と貪欲とを事とする
   愚かな利己主義者に成りさがってしまうであろう。

 
   人間が地上に生れて来たのは、ある条件の下(もと)に、その条件に適合しながら
   困難を克服する努力をつづけることによって、愛を実現し、自己の品性を陶冶し、
   自己の能力を開発し、魂を向上せしめんがための神の御意志によるのである。

   この神の御意志に反対して、努力もなく、愛もなく、
   ただ自分の利己的満足を得んがために、「労せずして効多き方法」を得るために、
   「心の力」を使うならばそれは、宗教ではなく、魔術になってしまうのである。

          谷口雅春著『生活の智慧365章』
           (第3部繁栄の泉)第8篇(P203) より

           <感謝合掌 令和元年8月2日 頓首再拝>

賢者の一日一言《3日》 - 伝統

2019/08/03 (Sat) 19:39:54


(1)【 8月3日 】循環変化の理

   或問う
   「春は花秋は紅葉と夢うつつ
      寝ても醒めても有明の月」、
   とは如何なる意なるや。

   翁日く、
   是は色即是空・空即是色、
   と云へる心を詠めるなり。
   夫(そ)れ色とは肉眼に見ゆる物を云ふ。

   天地間森羅万象これなり。

   空とは肉眼に見えざる物を云ふ。
   所謂(いわゆる)玄の又玄と云へるも是なり。

   世界は循環変化の理にして、
   空は色を顕はし、色は空に帰す。

   皆循環の為に変化せざるを得ざる是れ天道なり。

                       (夜話一四八)

   【略解】
 
   循環変化の理をあざやかに説かれるところ、
   哲人尊徳翁の面目躍如である。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(4~その15)に収録。< 2015/11/11>
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6592962 )

・・・

(2)【 8月3日 】準備は永く、昧わうは一時

   すべて物事というものは、
   これを準備するには、
   随分と永い時間を要するものですが、

   さて一たびそれを見るとか味わうとかいうことになりますと、
   それを準備するに要した時間の幾分の一にも足りない短時間に、

   否、
   時にはそれ以上ですんでしまうものであります。

・・・

(3)【 8月3日 】 企業の赤字は

   企業の赤字は、人間でいえば、
   体から血が出ている状態です。

   「すぐに止めなければ、
    出血多量で死んでしまう。
    赤字は罪悪だ」

   と、幸之助はいつも厳しく叱っていました。

   日々努力を重ね、
   あと一歩で完成する仕事も、
   止めを刺す努力を怠れば、
   瞬時に無に帰してしまうものです。

   来月赤字をなくすと言っても、
   赤字経営者には明日はないのです。

   経営は真剣勝負だと、
   繰り返し教えられました。

・・・

(4)【 8月3日 】 《足の裏にきく》

   ある朝、足の裏にきいてみました。
   足の裏よ、お前はかなしくはないかい。
   いつもきたない所ばかりをふんでいて、腹のたつことはないかいと。

   すると足の裏が微笑して答えました。
   腹のたつなんて、とんでもないことです。
   そんなことを一度も思ったことはありません。

   考えてごらんなさい。
   体のなかでわたしは一番幸せ者ですよ。
   なぜなら、何万年何億年とつづいてきている地球と、
   いつもじかに接しているのです。

   ありがたいものだといつも感謝こそすれ、
   不平に思ったことはまったくありません。

・・・

(5)《3日 労しただけの功がある》

   併しまた光明思想は、
   決して「労多くして効少き方法」を教えるのでもないのである。

   世間の多くの人のやり方は、「労多くして効少き方法」をとっているので、
   「働けど、働けど、なおわがくらし楽にならざり、じっと手を見る」と云う
   石川啄木の歌のような生活に陥っているのである。

   だから、ひとたび生長の家の「光明思想」に触れると、
   「労多くして効少き方法」から、「労しただけの効ある方法」に移るから、
   非常に能率高くして、恰(あたか)も、

   「労せずして効ある方法」であるかの如き観を呈し、それに眩惑せられて、
   「労せずして効が得られる」と錯覚し、

   正しき愛に満ちた努力をなすことをわすれてしまって、
   しまいに愛行も精進も怠って、
   「此頃(このごろ)は私には光明思想はきかぬ」などと
   愚かなことを言い出すに至るのである。


        谷口雅春著『生活の智慧365章』
           (第3部繁栄の泉)第8篇(P204) より

           <感謝合掌 令和元年8月3日 頓首再拝>

賢者の一日一言《4日》 - 伝統

2019/08/04 (Sun) 19:54:42


(1)【 8月4日 】一陰一陽

   凡(およ)そ世の中は陰々と重なりても立たず、
   陽々と重なるも又同じ。
   陰陽々々と並び行るるを定則とす。

   譬(たと)へば寒暑昼夜水火男女あるが如し。

   人の歩行も右一歩左一歩、
   尺蠖(しゃくとり)虫も、
   屈みては伸び、屈みては伸び、
   蛇も左へ曲り右に曲り´~此の如くに行くなり。

                        (夜話一六〇)

   【略解】
 
   この陰陽の理を説かれるのが易経であり、
   「一陰一陽」「極陰陽転」、
   易は万物循環変化の理を説く。

                  ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(4~その27)に収録。< 2015/12/06 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6592962 )

・・・

(2)【 8月4日 】人間の有限性

   人間は生まれると同時に、
   自覚の始まるわけではない。

   それどころか、
   人間が真の自覚を発するのは、
   人生の三分の一どころか二分の一辺まで生きないと、
   できないことのようです。

   そしてここに、
   人間の根本的な有限性があるわけです。

・・・

(3)【 8月4日 】 たとえ失敗したとしても

   幸之助は、

   「たとえ失敗したとしても、
    それはある一定期間の失敗である。
    だから元気を出して、
    もう一度挑戦したらええんや。
    まわりまわって生成発展ともなり得る」

   と言っていました。

   不景気でも良いものは売れるのです。
   だから、品物がよく、価格も適切なら、
   不景気でなくなります。

   成功の道は、知恵と、愛と辛抱なのです。

・・・

(4)【 8月4日 】 《くちなしの花》

   責めるな
   責めるな

   人を責めるのが
   一番いかんと

   朝夕
   わたしに告げる
   くちなしの花

・・・

(5)《4日 自然の法則と心の法則は車の両輪》

   此の世界には、その運行を司っている法則がある。

   その法則を実際に応用することによって、私たちは労しただけの効果を挙げ、
   或は価を払っただけの悦びや楽しみを得ることができる。

   私たちが法則に順応すれば、法則は私たちに順応してくれるのである。
   法則には自然科学の法則と、心の法則とがある。

   今までは、自然科学の法則だけが重んじられていて、
   心の法則が軽んじられていたために、
   多くの人々は「労多くして、効すくなき生活」を送っていた。

   「自然科学の法則」と、「心の法則」とは車の両輪のようなものである。
   一方の車輪が欠けていると、生活に能率があがらない。

   科学的に繁栄の法則にかなうような方法を講じても、
   心がそれに副わなかったら繁栄はない。

   滋養物をいくら食っても、心が心配に満たされていたら、
   健康になれないようなものだ。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P204~205) より

           <感謝合掌 令和元年8月4日 頓首再拝>

賢者の一日一言《5日》 - 伝統

2019/08/05 (Mon) 20:25:58


(1)【 8月5日 】己が心に異見すべし

   汝国に帰らば決して人に説く事を止(とど)めよ。
   人に説く事を止めて、
   おのれが心にて、己が心に異見せよ。

   己が心に異見するは、
   柯(か)を取って、柯を伐るよりも近し。

   もと己が心なればなり。
   夫れ異見する心は、汝が道心なり。

                   (夜話三七)

   【略解】
 
   尊徳翁は、
   人に説くより自分自身に説くべしと教えられた。

   行住坐臥油断なく自分自身に異見すべしと。

   斧(おの)の柄をとって枝を払うより簡単なことである。
   柯とは斧の柄であり枝を意味する。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(1~その37)に収録。< 2015/12/06 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457816 )

・・・

(2)【 8月5日 】先人の足跡をたどる

   真に大志を抱く限り、そしてそれを実現しようとする以上、
   何よりもまず偉人や先哲の歩まれた足跡(そくせき)と、
   そこにこもる思想信念のほどとを伺わざるを得ないでしょう。 

   すなわち自分の抱いている志を、一体どうしたら実現し得るかと、
   千々(ちぢ)に思いをくだく結果、
   必然に偉大な先人たちの歩んだ足跡をたどって、
   その苦心の後を探ってみること以外に、
   その道のないことを知るのが常であります。

   ですから真に志を抱く人は、
   昔から分陰(ふんいん)を惜しんで書物をむさぼり読んだものであり、

   否、
   読まずにはおれなかったのであります。

・・・

(3)【 8月5日 】 難局に直面した場合

   難局に直面した場合、幸之助は

   「まず、
    その事実・事態をはっきりと素直に認識することが大事である」

   と、言っています。

   あわててはいけないのです。
   この難局の向こうに成功があることを確信することが大切であり、
   難局こそ成功に至る道と信じることが大事なのです。

   未来は、
   今の生きる振る舞いによって決まるのです。

・・・

(4)【 8月5日 】 《人情味》

   隣の庭木の葉が散り込んでくるのにも文句を言い、
   団地の近くの森で鳥たちが鳴くのがやかましいから、
   木を切ってしまえと主婦たちが抗議し、

   噴火し灰を散らした損害を国に払えとマイクで言う者まで出てき、
   ああなんという自己主張だけの日本人になってしまったのだろうかと、
   肌寒くなるこの頃の日本である。

   何がこんな日本にしてしまったのだろうか。
   政治か、教育か、金か、いろいろあるだろう。

   でも二度とない人生なのだ。
   ああ生きていて良かったと言えるような生き方をしたいものである。

   人間で一番大切なのは情味である。
   出世も立身も、そうしなくていい。
   人情味のある人間として、世を終わりたいものである。

・・・

(5)《5日 行動を伴わねばならない》
 
   「心の法則」は私たちに告げて言う。

   「汝の求むるものをわれは汝に与えるのではない。
   汝の想念が如何なる波長のものであるかに随って、
   その波長に合うものを与えるのである。

   心を暗黒にもてば、われは汝に暗黒を与える。
   心を暗黒にもちながら、光明を求めても
   われは光明を汝に与えることはできない。

   しかし、心を明るくもっていたならば、
   労せずして何でも欲するものを現象界に於て得られると思ってならない。

   汝にすべてのものが与えられているのは、実相界に於てのことである。

   その実相界にある無限のものを、如何なる形に噴出せしめるかは、
   汝の心によって、“心の形”の噴出口を如何につくるかによってきまる。

   しかしそれだけでは足りないのである。
   その噴出口から、実相界にある“無限のもの”を引き出すには、
   行動を起こさねばならない。」

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P205~206) より

           <感謝合掌 令和元年8月5日 頓首再拝>

賢者の一日一言《6日》 - 伝統

2019/08/06 (Tue) 19:00:44


(1)【 8月6日 】修身斉家を第一とす

   不仁の村を、
   仁義の村にする、
   甚だ難しからず。

   先ず自分道を踏んで、
   己が家を仁にするにあるなり。

   己が家仁にあらずして、
   村里を仁にせんとするは、
   白砂を炊(かし)いで飯にせんとするに同じ。

   己が家誠に仁になれば、
   村里仁にならざる事なし。

                  (夜話三九)

   【略解】
 
   すべて改革改善は、
   修身・斉家より始めよとの仰せである。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(2~その1)に収録。< 2015/06/08 >
     → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6511555 )

・・・

(2)【 8月6日 】後からくる人のために

   一人の人問がその生涯をかけて切り開いた道というものは、
   単にその人一人にとどまることなく、
   後からくる幾多の人々がその恩恵に浴するのでありまます。

・・・

(3)【 8月6日 】 背後にある流れ

   「ものごとの背後にある流れや、
    つながりを見通す目と心を養え」

   よく言われた言葉です。
   経営の原点です。

   物の一面に捉われることは、失敗を呼ぶ。
   自然は見えざる絆を、
   目に見えるものにするための仲立ちの役目を果たしているのです。

   幸之助は素直に外側の自然に目を向けることによって、
   自分の内面を深く掘り下げてきたのです。

   幸之助の振る舞は、自然そのものでした。

・・・

(4)【 8月6日 】 《出会い》

   すべては出会いである

   川も出会いの喜びに
   音をたてて流れてゆく

   その川のべに立っていると
   わたしは師にめぐりあった喜びを
   川と共に語りたくなる

・・・

(5)《6日 心のレンズの向け方》

   宇宙には無限の供給が充ち満ちているけれども、
   それを現実世界に持ち来すためには、
   それが現実世界にあらわれて来るための通路を作らなければならない。

 
   景色は無限にひろがっているけれども、
   それを写真に撮影して現像するためには、先ずその人の持つカメラの
   レンズをどの方向に向けるかを定めなければならないのと同じである。

   どんなに美しい景色が無限にひろがっているにしても、
   私たちはカメラのレンズを向けた方向の景色だけ写真にうつし取るのである。

   それと同じく私たちの「心のレンズ」を暗い方面にのみ向けるならば、
   私たちは、暗い事物のみを現象世界にあらわすことになるのである。

   これに反して私たちの「心のレンズ」を明るい方面のみ向けるならば
   明るい世界が現象界にあらわれて来るのである。


        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P206) より

           <感謝合掌 令和元年8月6日 頓首再拝>

賢者の一日一言《7日》 - 伝統

2019/08/07 (Wed) 18:02:31


(1)【 8月7日 】心の開拓

   夫(そ)れ我が道は、
   人々の荒蕪(こうぶ)を開くを本意とす。

   心の荒蕪一人開くる時は、
   地の荒蕪は何万町あるも優ふるにたらざるが故なり。

   汝が村の如き、
   汝が兄一人の心の開拓の出米たるのみにて一村速かに一新せり。

   大学に明徳を明らかにするにあり。
   民を新たにするにあり。
   至言に止(とどま)るにありと。

   明徳を明らかにするは心の開拓を云ふ。

                         (夜話五九)

   【略解】

   一人の心の開拓のカの偉大さを物語るものである。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(2~その21)に収録。< 2015/06/28 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6511555 )

・・・

(2)【 8月7日 】良木を仕立てる

   種子のまきつ放しで、
   世に良木(りょうぼく)になつたためしはないのです。

   良木を仕立てるには、
   どうしてもまいた種子に、
   種々手入れをしなければならぬでしょう。

・・・

(3)【 8月7日 】 わが人生に悔いなし

   とにかく働きました。
   体の動く間は働き続けたのです。
   カレンダーの休みの日も、
   自分が満足するまで働いたことを振り返ると、
   我が人生に悔いはありません。

   しかし、
   最愛の女房や家族には多くの迷惑を掛けたと思っています。
   許してほしい、
   ただただ許して欲しいと素直に思うのです。

   しかし、
   幸之助の人生に少しでも触れたことは、
   再び同じ生き方をしても良いという充実感に満たされています。

   幸之助は私の人生の救いの主です。
 
・・・

(4)【 8月7日 】 《めぐりあい》

   大いなる一人のひととのめぐりあいが
   わたしをすっかり変えてしまった

   暗いものが明るいものとなり
   信ぜられなれなかったものが信ぜられるようになり

   何もかもがわたしに呼びかけ
   わたしとつながりを持つ親しい存在となった

・・・

(5)《7日 パン種とふくらす力》

   実相世界はメリケン粉の中の入れられたパン種のようなものである。
   それは内部からふくらんで現象の形をつくろうとするのである。

   しかしその「パンの形」を如何にするかは、
   パン焼師が心によって水で捏ねたメリケン粉を
   如何なる形にして置くかによって定まるのである。

   麭焼師(べーカリー)がメリケン粉の塊を
   丸くして置けば丸い形のパンが出来るのである。

   麭焼師(べーカリー)がメリケン粉の塊を
   細長くして置けば細長い形のパンが出来るのである。
   コッペ型にして置けばコッペパンが出来るのである。

 
   それをふくらす力は内部の実相にあるのだけれども、
   どんな形にふくらすかは人間自身が如何なる心で
   如何なる形をつくっておくかによって定まるのである。

   法則は厳重であり、愛憎によって現象界の姿を変化するものではないのである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P206~207) より

           <感謝合掌 令和元年8月7日 頓首再拝>

賢者の一日一言《8日》 - 伝統

2019/08/08 (Thu) 20:13:57


(1)【 8月8日 】恭謙おのれを持す

   己を恭(うやうや)しくするとは、
   己が身の品行を敬(つつし)んで堕(おと)さざるを云ふ。

   その上に又業務の本理を誤らず、
   正しく温泉宿をするのみ。

   正しく旅籠屋(はたごや)をするのみと、
   決定して肝に銘ぜよ。

   此の道理は人々皆同じ。

   農家は己を恭しくして、正しく農業をするのみ。
   商家は己を恭しくして、正しく商法をするのみ。
   工人は己を恭しくして、正しく工事をするのみ、
   この如くなれば必ず過ちなし。

                     (夜話七六)

   【略解)

   かつて明治政府発布の「教育勅語」に「恭謙おのれを持し」とありました。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(2~その38)に収録。< 2015/07/15 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6511555 )

・・・

(2)【 8月8日 】まず読書、次に実践

   誠実と言っても、
   真の内面的充実がなくては駄目です。

   人間も単に生まれつきの「人のよさ」というだけでは足りないのです。
   うっかりすると、
   その人の無力さを示すだけです。

   ですから諸君らとしては、
   内面的な弾力のある人格を築かねばならぬ。

   それには何と言ってもまず読書です。
   そして次には実践です。

・・・

(3)【 8月8日 】 何度失敗しても

   何度、失敗しても、
   もう一度勇気を失わなければ、
   必ずものになります。

   あまり恐れたり、心配しても、
   何の得にもなりません。

   それは、
   人間の可能性を狭めてしまうからです。

   失敗した本当の原因は、
   その人の心の中にあるのです。

   成功するために、
   心に理想の灯を点すことが大切です。

   心を思い切って変革することです。

・・・

(4)【 8月8日 】 《蝉脱》

   辞書に蝉脱(せんだつ)という言葉がある。
   正しくは蝉蛻(せんぜい)と書くのであるが、
   せみのぬけがらのことである。

   せみは、そのからを脱ぎ新しい自分となる。
   そういうことから、超然として世外に脱け出る
   意味が生まれてくる。

   古人は、せみのぬけがらを見て
   ああ自分もからを脱いで、
   別な人間にならねばならぬと思ったのである。

   釈尊が蝶を見て感動された心と同じなのである。

・・・

(5)《8日 自己表現としての世界》

   この世界は自己表現の世界である。
   自己の内部に播かれたる普遍的にして個性的な天分を表現したとき、
   その人は悦びを感ずるのである。

   母親は子供に対する愛情を完全に表現し得たとき
   母親としての普遍的な悦びを感ずる。

   しかしその表現の仕方は個性的であって、
   ひとりひとりの母親によって異なるのである。

   だからこれを「普遍的にして個性的な天分の表現」と言うのである。

   良人は妻を愛し得たとき良人として普遍的は悦びを感ずる。
   しかしその愛し方は個性的である。

 
   宗教家は信仰をその体験と説教とを通じて表現し得たとき
   宗教家としての普遍的な悦びを感ずる。

   しかしその体験と信仰とはその人に独特の個性的なものである。

   美術家は美を表現し得たとき普遍的な悦びを感ずる。
   しかしその美の表現の仕方は個性的なものである。

   この世界はまことに普遍的にして個性的な表現の世界である。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
        (第3部繁栄の泉)第8篇(P207~208) より

           <感謝合掌 令和元年8月8日 頓首再拝>

賢者の一日一言《9日》 - 伝統

2019/08/09 (Fri) 20:01:23


(1)【 8月9日 】異変にも対応

   凡(およ)そ事を成さんと欲せば、
   始めに其の終りを詳(つまび)らかにすぺし。

   譬(たと)へば木を伐るが如き未だ伐らざる前に、
   木の倒るる処を、
   詳らかに定めざれば、
   倒れんとする時に臨んで如何共仕方無し。

   故に予印旛(いんば)沼を見分する時も、
   仕上げ見分をも、
   一度にせんと云ひて、
   如何なる異変にて、
   失敗なき方法を工夫せり。

                  (夜話一六五)

   【略解】
 
   どのような異変にも対応できるよう、
   始終をよく見極めることが大切である。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(4~その32)に収録。< 2015/12/20 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6592962 )

・・・

(2)【 8月9日 】真の修養

   真の修養というものは、
   単に本を読んだだけでできるものではなくて、

   書物で読んだところを、
   わが身に実行して初めて真の修養となるのです。

   それゆえ書物さえ読まないようでは、
   まったく一歩も踏み出さなないのと同じで、
   それでは全然問題にならないのです。

・・・

(3)【 8月9日 】 熱意なき人は、描ける餅の如し

   「熱意なき人は、描ける餅の如し。
    知識才能も、熱意がなければ無に等しい」

   幸之助の好きな言葉です。

   人は生きることの素晴らしさを知った時、
   すべての生命の尊さを知るものです。

   その一念の変革が、
   喜びの生き方へと人生を輝かせていくのです。

   その時、熱意が生まれてくるのです。
   熱意がその人を変え、すべてを変えていくのです。

・・・

(4)【 8月9日 】 《ねがい》

   わたしのねがいは
   呼吸を合わせることである

   石とでも
   草とでも
   呼吸を合わせて
   生きてゆくことである

・・・

(5)《9日 実相世界の秩序》

   この世界は自己表現の世界ではあるけれども、
   自己表現を遂げるがために、他の人の自己表現を妨げたり、
   他の人に苦痛や不幸を与えるようなことをしてはならないのである。

   何故(なぜ)なら、此の世界を表現している「奥なる生命(せいめい)」は
   すべてのものが一体であり、互いに侵し合うことなく
   調和した生かし合いの世界であるからである。

   これが「実相の世界」の秩序である。

   だから此の「実相の世界」にある善きものを現象界に調和してあらわすには、
   他(た)の幸福を侵すような形でそれを求めてはならないのである。

   他(た)を侵(おか)すような形に於いて求めるならば、
   それは実相の秩序と相反することになるから、実相の世界の秩序と波長が合わず、
   求むる事物が得られないことになるばかりではなく、若し、それが得られたら、
   実相の秩序が崩れて不調和な状態に苦しむようになるのである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P208~209) より

           <感謝合掌 令和元年8月9日 頓首再拝>

賢者の一日一言《10日》 - 伝統

2019/08/10 (Sat) 19:32:44


(1)【 8月10日 】推譲それぞれ

   今年の物を来年に譲るも譲なり。
   則ち貯蓄を云う。

   子孫に譲るも譲る也。
   則ち家産増殖を云う。

   その他親戚にも朋友にも譲らずばある可からず。
   村里にも譲らずばある可からず。
   国家にも譲らずばある可からず。

   資産ある者は確乎と分度を定め法を立て能く譲るべし。

                        (夜話七七)

   【略解】
 
   推譲にもそれぞれがあっていいわけだが、
   これも分度を守ることが大切である。

                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話篇」(3~その1)に収録。< 2015/07/16 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6543350 )

・・・

(2)【 8月10日 】真の良書

   真の良書というものは、
   これを読むものに対して、
   その人の人生行路を決定していく意義を持つ。

・・・

(3)【 8月10日 】 正しい道は必ず認められる

   正しい道は必ず認められるものです。
   一時誤解されることがあっても、
   長い間にはその正しさが必ず証明されます。

   幸之助の変わらぬ信念でした。

   人類は、
   何かを未来へ伝承していくものです。
   いいものは必ず継承されていきます。

   温かい心は幸せを、
   冷たい心が人々を不幸に、
   事業を失敗に追い込むのです。

   響き合う心が、必ず正道に光を当てます。

・・・

(4)【 8月10日 】 《なやめるS子に》

   だまされてよくなり
          悪くなってしまっては駄目

   いじめられてよくなり
          いじけてしまっては駄目

   ふまれておきあがり  
          倒れてしまっては駄目

   いつも心は燃えていよう
          消えてしまっては駄目

   いつも瞳は澄んでいよう
          濁っていては駄目

・・・

(5)《10日 法則は制限の条件》
  
   私たちはみずから其処へ行くことによって
   其の風光を楽しむことが出来るのである。
   テレビや映画でも風光を楽しむことはできるが、
   それは、またそれだけに価(あたい)を支払ってあるからである。 

   すべて何らかの形に於て相当の支払いをしないでいて
   事物を得ようと思ってはならないのである。

   無論、価を支払わないでも得られるときがあるけれども、必ず何らかの形で、
   その後にそれ相当の価を支払わさせられるのである。

   それが因果の法則であり、平衡の法則である。

   法則と云うものは、無限に自由なと云うものではない。
   法則と云うものは事物の運動に限界を与える条件であるからである。

   酸素と水素とが集まって水となる法則は、
   酸素と水素以外のものが集まっても水にはならないと云う制限の条件である。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P209) より

           <感謝合掌 令和元年8月10日 頓首再拝>

賢者の一日一言《11日》 - 伝統

2019/08/11 (Sun) 19:18:37


(1)【 8月11日 】人の長所を友とすべし

   論語に己れに如かざる者を友とする事勿(なか)れとあるを、
   世に取違へる人あり、

   夫(それ)人々皆長ずる所あり、
   短なる所あるは各々免れ難きなり、
   されば其人の長ずる所を友として、
   短なる所を友とする事勿れの意と心得べし、

   (中略)

   多くの人には短才の人にも手書きあるべし、
   世事には疎きも学者あるべし、
   無学にも世事に賢こきあるべし、
   無筆には農事に精しき有るべし、
   皆其長所を友として短所を友とすること勿れの意なり。

                           ((夜話続四一)

   【略解】

   人には少なくとも一点の長所美点がある。
   それを認めて友とすべきである。


                 ・・・

   (伝統板・第二「二宮翁夜話残篇 」に収録。<2016/10/25 >
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6937106 )

・・・

(2)【 8月11日 】「報徳記」と「夜話」に学ぶ

   極端に言えば、
   小中学校では尊徳翁の
   「報徳記」と「夜話」とを読ませれば、
   修身書はいらぬとも言えるほどです。

   教科書を躬(み)をもって突き抜けていくだけの信念がなくては、
   何を言ってみたとて無駄なことです。

・・・

(3)【 8月11日 】 愚かなことはしない

   自分は運がないとか、弱いとか、
   自分で不幸を探すような愚かなことは、
   絶対にしないことです。

   今現在ここに生きている、
   それだけでも十分、運があるのです。

   生きるということは、
   何事かをなし得ることなのです。

   自分自身を照らす内面の光が、
   幸福を必ず見つけ出してくれます。

   この世の中に、
   つまらない人間は誰一人もいないのですから。

・・・

(4)【 8月11日 】 《S子のこと》

   このS子はわたしが朝鮮で教えたのであるが、
   終戦で引き揚げ、 (中略)

   東京に出、ある慈善社会活動家の経営する学園に勤めた。
   ところが裏面を見ると、いたみを持つ者を食い物にしてしている
   似悲(えせ)慈善家であった。

   そこで彼女の純粋さは一ぺんによごされ、
   救いををわたしに求めてきた。

   そうしたS子に、

   この詩を送ったのである。

   だまされ、
   いじめられ、
   ふまれ、
   転落する人と、しない人、

   泥まみれになる人とならない人、
   そういう人たちをいくたりも知るゆえに、
   わたしは詩を書き続けている。

   いたみのない人には、わたしの詩は無用である。

・・・

(5)《11日 法則を実践する訓練》

   「心に描いたものが形にあらわれる」と云う心の法則は、同時に
   「心に描かないものは形にあらわれない」と云う限界の法則でもある。

   心に暗いものを描きながら、明るい事物を希望しては無駄である。
   「類をもって集る」と云う心の法則は、
   「類でないものは集まらない」と云う法則でもある。

 
   私たちは単に其の法則を学んだだけで足れりとせず、
   つねにそれを実践する訓練をつまなければならない。

   自己の欲する「希望された状態」を既にあるかの如く
   心に描く練習をしなければならない。

   其の練習をしないでおって、行きずりに一寸(ちょっと)
   「明るい心」をもっただけで、「明るい事物」が現れなかったからと云って、
   「心に思った通りにあらわれない」などと思ってはならない。

   人間の心は、現在意識の底に潜在意識があって
   それが尚(なお)も暗黒を想念している事があるからである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P209~210) より

           <感謝合掌 令和元年8月11日 頓首再拝>

賢者の一日一言《12日》 - 伝統

2019/08/12 (Mon) 19:24:47


(1)【 8月12日 】天地の大父母

   天地の大父母なり。

   国家困窮せば則ち大父母を頼むの外、
   復(また)他術あるなし。

   苟(いやし)くも大父母を頼まば、
   則ち興復せざるを憂えん。

   何を大父母を頼むと謂う。
   荒蕪(こうぶ)を墾開(こんぺき)し、
   穀栗(こくぞく)を産出する、
   是れなり。

              (語録二四)

   【略解】
 
   荒地を開墾し、
   穀物を産出させることこそ、
   天地の父母に祈誓する道である。

・・・

(2)【 8月12日 】優れた実践の背後には

   すべて優れた実践の背後には、
   必ずや常に一個の思想信念がある。 

・・・

(3)【 8月12日 】 成功か失敗かの分かれ目が

   「100の事を行って、一つだけ成ったとき、
    成らなかった九九に目を向け、力を落とすか、
    成った一つに目を向け、希望を抱くか。
    成功か失敗かの分かれ目が、こんなところにもある」

   と、幸之助は言っていました。

   エジソンは九九の失敗の後に、
   一つの成功があったとして、発明王になりました。

   この一つの成功に、
   すべての成功がかかっていると考えて、
   成功の法則を見つけだしてほしい。

・・・

(4)【 8月12日 】 《気に生きる》

   宇宙の気が
   一番生き生きと動くのは
   寅の一刻
   午前三時三〇分である

   心に悩みを持つ人よ
   体に病を持つ人よ

   宇宙無限の力をいただき
   気に生きる不思議を体得しよう

・・・

(5)《12日 目的地へ導く準備工作》

   何事もまだ終焉ではないのである。
   生命(せいめい)は永遠であるからである。

   無限の善さが顕現しようと云う途上にあるのであるから、
   悲観するにはまだ早いのである。

   栗の実に棘(とげ)だった毬(いが)があるからとて、それは却って、
   その実が完熟するための保護であるのである。

   蜜柑の果実が酸っぱいからとて、それは決して不完全ではないのである。
   それはやがて時来れば甘くなるための準備工作が行われつつあるのである。

   私たちは、ただ自己の生命(せいめい)のうちにある無限の智慧に導かれて、
   その智慧に信頼して、動揺しないで心を平和に保ち、導かれるままに
   素直に行動するだけでよいのである。

   その智慧は或る時は私たちにジグザグ・コースをとらせることもあれば、
   或るときは迂回路をとらせることもあろうが、
   それによって、やがて私たちを目的の地に導いて下さるのである。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P210~211) より

           <感謝合掌 令和元年8月12日 頓首再拝>

賢者の一日一言《13日》 - 伝統

2019/08/13 (Tue) 20:43:03


(1)【 8月13日 】衰時の分を弁(わきま)え守る

   国家衰廃に陥ると雖(いえど)も、
   而(しか)も衰時の分を弁(わきま)え、
   固く之を守り、
   以て我が道を行わば、
   則ち其の余徳は終に天下に及ぶべきなり。

   若(も)し夫(そ)れ其の分を知らざれば則ち千万金ありと雖も、
   而も尚足らず。
   終に衰廃に陥り、
   亡滅を免れざるなり。

                      (語録三〇八)

   【略解】
 
   衰時の分をよく納得領解しそれを守りきれば、
   衰廃もおそるるに足らずと説いておられる。

・・・

(2)【 8月13日 】成形の功徳

   すべて物事というものは、
   形を成さないことには、十分にその効果が現れない。

   同時にまた、仮に一応なりとも形をまとめておけば、
   よしそれがどんなにつまらぬと思われるようなものでも、
   それ相応の効用はあるものです。

・・・

(3)【 8月13日 】 迷ったまま歩き続けてはいけない

   迷ったまま歩き続けてはいけない

   幸之助は
   「迷っている間は、じっとしていることや。
    光明も見えてくる」
   と教えてくれました。

   思い通りにいかないのが、人生です。

   一つのことにくよくよせず、
   何事も結構という心構えで臨みたいものです。

   日々生成発展なのです。
 
・・・

(4)【 8月13日 】 《その刻々》

   昇った日は
   沈まねばならぬ

   咲いた花は
   散らねばならぬ

   生まれた者は
   死なねばならぬ

   これは自然の法則である

   だから悲しむことはない

   大切なのはその刻々を
   どう生かして来たかにある

・・・

(5)《13日 他の過ちを怒るなかれ》

   人が間違った行動をしたからと云って、それに対して腹を立てたり、
   憤慨したり、攻撃精神を起こしたりしてはならない。

   そんな事をする暇に、相手が「神の子であって今後そんな間違いをしない」
   と祈る方がよいのである。その方が自分の心が安らぐ。


   彼が間違っているからとて、
   自分の心を不安に陥れなければならぬ理由は何処にもないのである。

   しかも相手の「悪」や「間違」をみとめて、
   それを心に描いて強く憎んでいる限りは、
   相手の「悪」も「間違」も益々顕れるばかりであるのが心の法則である。

   それよりも、彼の過ちをゆるして、
   彼をその過ちから釈(と)き放ってやるようにすれば、
   彼は必ず改まって来るに相違ないし、

   そうすることが自分自身の魂の修養にもなるし、
   自分自分の神性を顕現し、愛を長養することになるのである。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P211~212) より

           <感謝合掌 令和元年8月13日 頓首再拝>

賢者の一日一言《14日》 - 伝統

2019/08/14 (Wed) 19:04:35


(1)【 8月14日 】耐忍第一

   大任を負う者は誹謗蜂起(ひぼうほうき)して事業将に壊れんとするあり。

   此の時に当り、
   極力耐忍して必ず惑う勿(なか)れ。

   暴風驟雨(しゅうう)も日を終えず、
   逆変じて順至るも亦期にすべきなり。

                     (語録三一一)

   【略解】
 
   大任を背負う者はいかにそしられようとくさされようと、
   耐忍徹底すべしと教えられる。

・・・

(2)【 8月14日 】情熱と生命

   そもそも人間というものは、
   情熱を失わない間だけが、
   真に生きていると言ってよいのです。

   内面的情熱の枯渇した時は、
   すなわち生命の委縮した時と言ってよいのです。

・・・

(3)【 8月14日 】 転んだら立たねばならない

   「転んだら立たねばならない。
    赤ん坊でも、転んだままではいない。
    すぐ立ち上がる」

   絶望した若者は、死の淵にたたずみますが、
   「自分の心という家に帰りなさい」
   という心の声を聞きます。

   そして、心の内で、
   真の自分の心と出会うことで再生するのです。

   こうして、人生はドラマを生んでいくのです。

   人生七転び八起きです。

・・・

(4)【 8月14日 】 《みつめる》

   じぶんを
   一本のろうそくとしてみつめ
   一本のせんこうとしてみつめ

   一つのことに燃えつきるのだ

・・・

(5)《14日 パイプの中を掃除せよ》

   形なき真空の世界から、この宇宙と人間とを創造した
   神の無限の智慧がわが中(うち)に宿っているのである。

   今、自分の肉体がどんな病気にかかっているようとも、
   その無限の智慧は此の自分を内部から完全なるものに
   再創造することはできるのである。

   神の無限の智慧と力とが自分の身体(からだ)を
   健全に恢復し得ないような如何なる難病もないのである。


   「自分の信仰の力で、この自分の病気を治してみせる」と思ってはならない。
  《自分の力》などで治るのではないのである。

   「自分」が無くなり、自分の力(りき)みがなくなり、神に全托して、
   神がその智慧によって完全き働き給うことが出来るようにすることが、
   人間の役目であり、神が完全に働き易いようにしさえすれば、
   あとは全能の神が是(これ)を為(な)したまうのである。

   つまり「自分」と云うパイプの中をよく掃除してさえ置けば、
   あとは完全に神の癒す力の浄水(じょうすい)が流れる訳である。

            谷口雅春著『生活の智慧365章』
             (第3部繁栄の泉)第8篇(P212) より

           <感謝合掌 令和元年8月14日 頓首再拝>

賢者の一日一言《15日》 - 伝統

2019/08/15 (Thu) 19:06:37


(1)【 8月15日 】喜声腹より出ず

   腹より出ずる者は喜声なり。
   背より出ずる者は悲声なり。

   世の商議する者悲声を発すれば、則ち事成らず。
   喜声を発すれば則ち事成る。

   鶏(とり)難に遇えば、則ち悲声を発す。
   是れ背より出づるなり。
   時を報ずるは、則ち喜声を発す。
   是れ腹より出づるなり。

                  (語録二二七)

   【略解】
 
   鶏の声を通して声は腹から出すべしと教えられる。

・・・

(2)【 8月15日 】偉大さをつくる素材

   人間の偉さというものは、
   大体二つの要素から成り立つと思うのです。

   すなわち一つは、豊富にして偉大な情熱であり、

   次には、かかる豊富にして偉大な情熱を、
   徹頭徹尾浄化せずんば己まぬという根本的な意志力であります。

   かくして情熱というものは、
   人間の偉大さを形づくるところの素材であり、
   その基礎と言ってもよいでしょう。

   したがってまた始めから情熱のない干からびたような無カな人間は、
   いわば胡瓜(きゅうり)のうらなりみたいなもので、
   始めから問題にならないのです。

・・・

(3)【 8月15日 】 失敗も成功につながる

   幸之助はいつも私たちに、

   「失敗しても、
    その失敗によって、
    さらにより良き道を発見出来れば、
    失敗も成功につながる」

   と、元気づけてくれました。

   過ちと正しいことを通算して、
   正しいことのほうが、
   多くなるような働きをしていけばよいのです。

   一つの使命に立って仕事をしていけば、
   お互いの心と心がつながってくるのです。

   力強い仕事も遂行出来るのです。

・・・

(4)【 8月15日 】 《ひとりひそかに》

   深海の真珠のように
   ひとりひそかに
   自分をつくってゆこう

・・・

(5)《15日 人間の善意を信頼せよ》

   神の万物を調和したまう愛が全世界、全存在の内部に動いているのである。
   この事を私たちは、どんな混乱の中に於ても信じなければならない。

   万物は混乱しているように見えても、その混乱を過程として、
   永久の平和と調和との世界へと移行しつつあるのである。
   もっと人間の善意を互いに信頼し合わなくてはならない。

   平和への呼び掛けに対しても、「その裏に何があるか」と疑うまえに、
   その奥には神の「万物調和」の摂理が働いていると云うことを信じなければならない。

   この「信」がなければ常に冷戦は消えず、
   熱戦の危険にいつも人類は戦いていなければならない。

   神の愛と智慧とはすべての人間の内部に潜在的に動いており、
   それを認め讃えることによって、それは顕在的にあらわれて来るのである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P212~213) より

           <感謝合掌 令和元年8月15日 頓首再拝>

賢者の一日一言《16日》 - 伝統

2019/08/16 (Fri) 19:39:01


(1)【 8月16日 】天地の霊気

   人体は天地の霊気に成る。
   故に私にあらざるなり。

   然り而(しか)して其の恩を知らず、
   其の報を念わず。

   妄(みだ)りに私欲を擅(ほしいまま)にする者は天地必ず之を罰す。
   畏れざるべけんや。
   慎まざるべけんや。

                 (語録三ニニ)

   【略解】
 
   「人体は天地の霊気に成る」
   この一語、
   また「根元の父母あればこそ」
   の一語はゆめゆめ忘れてはいけない。

・・・

(2)【 8月16日 】真理の響きを語れ

   諸君らも多少は会得したかと思いますが、
   他日学校で修身を教える場合には、
   ただ教科書に書かれていることを型通りに教えるだけではだめです。

   そうではなくて、この自分というものが、
   教科書に示されている真理にぶっかって、そこにいかなる響きを発するか、
   それを語るのでなくては、生徒の心には響かないでしょう。

・・・

(3)【 8月16日 】 悩みはあって当たり前

   「悩みはあって当たり前。
    それは生きている証しであり、
    常に反省している証左でもある」

   よく幸之助は好んで話しておりました。

   悩むのは、
   創造しているから悩むのです。

   創造の魂は立ち止まることを知らないのです。
   生涯、
   終わりなき前進を自ら選びとっているのです。

   幸之助は、
   悩みあってこそ成功があると言っています。

・・・

(4)【 8月16日 】 《無心無礙》

   雲の
   かたち
   無心なるもののうつくしさよ

   水の
   あのひびき
   無礙(むげ) なるもののこころよさよ

・・・

(5)《16日 神に選ばれた生活の選手》

   神が自己に与えたまうた天分を最高度に発揮すべく毎日毎日を決意し、
   実践しなければならないのである。

   今、与えられている仕事に自己の全精神力と体力とを集中すべきである。
   その時人間は幸福感を得るのである。

   たとえばオリンピックの選手が
   全力を尽くしているときには一切の自我が無くなって
   ただ、その競技にのみ全生命がそそがれているようにである。

   選手にとっては、その競技に全心身を集注しているときが
   無上の幸福感の時なのである。

   人間が地上に生まれたのも、
   地上で或る使命を果すために選手として選ばれたのであるから、
   その全力を出し切っているときに本当の幸福感が来るのである。

   人生に悦びがないなどと思っている人は、
   全生命を出し切らないから生命がスランプに陥って、
   幸福感が湧いて来ないに過ぎないのである。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P213~214) より

           <感謝合掌 令和元年8月16日 頓首再拝>

賢者の一日一言《17日》 - 伝統

2019/08/17 (Sat) 19:06:16


(1)【 8月17日 】天道と人道

   田圃(でんほ)の荒るるは、天道自然なり。
   耕耘(こううん)怠らずして、荒さざるは、人道なり。

   堤の潰(くづ)るは、天道自然なり。
   之を堰(せき)て怠らざるは人道なり。

   居室の破損するは天道自然なり。
   之を造作して怠らざるは人道なり。

   人心放僻奢侈(しゃし)に流るるは自然なり。
   仁義礼譲を以て之を教へ之を防ぎ怠らざるは人道なり。

   人道の要務は私欲を制して能く勤動し、
   節倹を守って仁義を行ふにあり。

                        (報徳論)

   【略解】
 
   天道と人道の意義をこれほど明確に示されると、
   納得領解せざるを得ません。

・・・

(2)【 8月17日 】感じたことが本物

   人間が、
   真に自分の内容と言い得る世界は、
   ただ感ずることによってのみ得られる世界です。

・・・

(3)【 8月17日 】 多くの人が成功しないということは
 
   「多くの人が成功しないということは、
    大通りがあるのに、
    無理に畦(あぜ)道を歩いて行くからである」

   幸之助の哲学です。

   事業は、
   儲かったり、損したりするものという、
   根本観念に間違いがあるのです。

   事業経営は、
   常に利益が伴うものなのです。

   経営の基本の考えに、
   間違いがあるということは、
   近道だと思って、
   無理に畦道を歩いているようなものです。

   いつでも、
   大道・王道を歩んでいけば必ず成功するのです。

・・・

(4)【 8月17日 】 《水の味》

   水は実に単純である。

   その水の味がわかるまでには、
   何度か人は泥酔し、
   あるいは美食に耽るかもしれない。

   そうした美酒飽食の果てに、
   天地の恵みの水のうまさがやっとわかってくる。

   それはすべての飾りが取り除かれる時なのである。

・・・

(5)《17日 無限供給のパイプをふさぐもの》

   あなたが若し無限供給の来たらんことを欲せられるならば、
   自己の想念によって、宇宙の無限供給の流入口を
   ふさいでしまってはならないのである。

   あなたは現在あるところの収入量だけを勘定したり、
   現在の収益の場所、収入の財源だけを考えて、
   そのほかの何処からも収入の道がないなどと考えてはならないのである。

   宇宙は無限に広いのであって、あなたの収入が流れ入るパイプは
   あなたが肉眼で見ている場所のほかにも色々あるのである。

   あなたは祈りの際に、
   その無限の供給の流れ入る無限のパイプを瞑視しなければならない。
   あなたの供給を遮るものは、あなた自身の「限る想念」だけである。
   今すぐ其の「限る想念」を取除けなさい。

   月給取だから、そのほかのに収入の道がある筈はない
   などと云う考えを捨てなさい。
   みずからを「限る」ものは、限っただけしか得ることができない。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P214~215) より

           <感謝合掌 令和元年8月17日 頓首再拝>

賢者の一日一言《18日》 - 伝統

2019/08/18 (Sun) 19:39:07


(1)【 8月18日 】鎌を磨く

   田畑を開かんには先づ鎌を磨け、
   然らば草は容易に刈られん。

               (金言集)

   【註】
 
   「一鎌を重ねて苅り怠らざる」の語がありますが、
   それにはまず鎌を磨くよりほかない。

・・・

(2)【 8月18日 】否定の価値

   そもそも精神というものは、
   それが真に伸びるためには、
   必ずや何らかの意味において、
   一種の否定を通らねばなりりません。

   すなわち、この否定という浄化作用、
   すなわち自己反省というものを通らずに伸びたのは、
   精神としては真に伸びたのではなくて、
   かえって度のすぎたものとして、結局欠点になるわけです。

・・・

(3)【 8月18日 】 誠実な一念
 
   真に人を動かすのは誠実さだけです。
   いかに学識があり、
   地位が高くても人の心は簡単には動きません。

   命をかけるというほどの一念があって、
   初めて人の心は動くのです。
   如何なる困難にも対処する力が湧いてくるのです。

   もうこれくらいでよいだろうという限界を自らつくってしまえば、
   一歩の進歩も望めないのです。

・・・

(4)【 8月18日 】 《渇くこと》

   渇くということは非常に大切なことである。
   渇かない人にいくらいい飲み物を与えても喜びも感謝もしない。

   愛でも学問でも同じで、
   渇かない相手にいくら与えても無駄である。

   詩国も誰々さんに送って下さいと切手を入れて依頼される方があるが、
   殆ど続いて読まれる人はいない。

   渇かないから胸に入ってこないのである。

   その点わたしはなどいい時に生まれた。
   飢えも渇きも体験した。

   それが今もわたしに詩を作らせている根源になっている。
   お互いもっと渇き真剣になろう。

・・・

(5)《18日 月給取りにも無限供給の道はある》

   或る月給取がありました。
   彼は肺結核にかかった。
   それが動機になって彼は生長の家に触れたのである。

   それから医師にみてもらうと、
   驚いた事には、喀痰(かくたん)中に無数に結核菌がいるとの事で、
   彼は強制的に会社を休まされることになった。

   その間(あいだ)に彼は一所懸命に『生命の實相』を読んだ。
   そして其処に書かれている通り、「健康」と「神からの無限供給」が既にあることを
   深く想念したのである。

   すると次に医者に診断を受けた時には全然喀痰中から菌が検出されなかった。
   塗抹(とまつ)試験をしても、菌培養試験をしても菌の不在が証明された。
   彼は会社へ出勤することを許されたのである。

   彼はやはり神からの無限供給を祈りつづけた。
   すると会社の社宅が抽選であたった。
   そのために普通の家賃を支払っている時よりも3千円も節約になかったのである。

   病気欠勤していたに拘わらず、その期末には2千円月給が上がった。

   定額所得者でも定額以上を得ることができる例である。

           谷口雅春著『生活の智慧365章』
           (第3部繁栄の泉)第8篇(P214~215) より

           <感謝合掌 令和元年8月18日 頓首再拝>

賢者の一日一言《19日》 - 伝統

2019/08/19 (Mon) 19:14:29


(1)【 8月19日 】飽食の戒

   珍味と雖(いえど)も飽食すること勿(なか)れ。

   其の甚しきに及んでは、
   病を起して死に至る。

   是れ天理なり。

         (金言集)

   【註】
 
   粗衣粗食を自ら実行せられた翁の面目躍如である。

・・・

(2)【 8月19日 】余韻を残す

   いかに凡人といえども、
   その生涯を深い真実に生きたなら、
   必ずやその死後、何らかの意味でその余韻を残してている。

・・・

(3)【 8月19日 】 社会のため、人々のため
 
   「社会のため、人々のために、
    奉仕・貢献するのでなければ、
    事業を大きくする必要はない」

   というのが幸之助の哲学です。

   事業は何のために行うのかという、
   基本を明らかにすることから、
   すべてが始まるのです。

   幸之助は、
   「社会のSOSを解決することが、
    事業を起こす目的だ」
   と、信じていました。

・・・

(4)【 8月19日 】 《一字一輪》

   字は一字でいい
   一字にこもる力を知れ

   花は一輪でいい
   一輪にこもる命を知れ


・・・

(5)《19日 不安恐怖を除くための祈り》

   何よりも心の迷い、恐怖、不安等を取り除きなさい。

   毎日の祈りの際に、
   神が無限の供給源であり、無限の生命源であることを念じなさい。
   そうすることによって、一切の心の迷い、恐怖、不安等を
   取り除くことができるのです。

   「神は無限生命であり無限の供給でありたまう。
   わたしは神の子であるから、常に神より無限の生命と無限の供給とを
   与えられているのである。

   だから私は常に健康であり、裕かであるのである。

   神は常にわたしを護りたまうが故にわたしには何らの不安も恐怖もない。
   心は常に明るく愉快で、私は神の生命と財福の供給が無限に流れ入る
   パイプになっているのである」

   と云う風に祈るならば、恐怖心も不安も除かれ、
   真に「神」の流入する不思議のパイプとなることができて、
   日常生活に必要なあらゆる物を得ることができるのである。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P216) より

           <感謝合掌 令和元年8月19日 頓首再拝>

賢者の一日一言《20日》 - 伝統

2019/08/20 (Tue) 19:35:26


(1)【 8月20日 】借金の禍

   借金を隠蔽(いんぺい)するは益々借金を増長せしむるの途なり。
   宜しく之を神棚に飾りて、念々返済を心かくべし。

                         (金言集)

   【註】
 
   借財返済をまず日夜に念じ心がけるべきである。

・・・

(2)【 8月20日 】たった一人の情熱

   すべて世の中のことというものは、
   一人の人の熱心さのいかんによって、
   事が運ぶという場合が少なくないようであります。

・・・

(3)【 8月20日 】 商品がどのように使われているのか
 
   自分たちが、
   苦心して生産した商品が、
   世間でどのように使われているか、
   もっともっと詳しく知ることが、
   経営の第一歩だと、
   幸之助は強い関心を払っていました。

   「商品はかけがえのない子供のようなもの」
   世間でどのように役立っているのか、
   どう評価されているのか。

   そこに商品のすべてが結集されているのです。

・・・

(4)【 8月20日 】 《現代日本の黒い霧》

   安易に流れたら一篇の詩も生まれはしないのである。
   そうした恐ろしい安易さが、日本を蔽うている。
   それこそ危機というべきである。

   汚職も犯罪も、すべては真剣さを欠いているところから
   起こってくるものである。

   国を滅ぼすのは、いつの時代においても、
   遊情安逸の心からなのである。

   まさに現代日本の恐るべき黒い霧は、
   これなのである。

   私は万緑一新の山中深く分け入って、
   しみじみそんなことを思った。

・・・

(5)《20日 体験に失敗はない》

   過去について思い嘆くこと勿れ。
   過去は既に蚕が、一眠ごとに脱ぎ捨てた皮のようなものであり、
   蝉の抜け殻みたいなものである。

   過去の殻の形が如何にあろうとも、
   それは現在の自己にとって何のかかわりもないことである。

   真に自分にとって大切なことは、
   脱ぎ捨てた過去の殻が如何なる形をしているかと云うことでなく、
   その殻の中にあって如何に自分の魂が生長を遂げたかと云うことである。


   如何なる困難も、如何なる失敗も、
   決して完全なるマイナスと云うものは人生には全然ないのである。

   エジソンは千百の実験に失敗した後(のち)一つの発明を完成しても、
   その千百の実験を「失敗」と呼ばないで、
   「こうしたら、こうなる」と云う実験のデータを得たのであるから、
   それだけ自分は進歩したのだと言ったそうである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P216~217) より

           <感謝合掌 令和元年8月20日 頓首再拝>

賢者の一日一言《21日》 - 伝統

2019/08/21 (Wed) 21:42:47


(1)【 8月21日 】仁徳の道

   古道(ふるみち)につもる木の葉をかきわけて
                 天照す神のあしあとをみむ

                         (二宮翁道歌)

   【略解】
 
   古道とは、
   天照大御神の大道すなわち日本の道です。

   木の葉とは儒教佛教をはじめ、
   もろもろの教えの書籍をたとえております。

   そうした教えの数々も大切であるが、
   日本古来の大道である古神道の示すご仁徳の道を忘れてはなりません。

・・・

(2)【 8月21日 】無限の井戸

   カというものは、
   一たんその気になり、
   決心と覚悟さえ立ったら、
   後からあとからと無限に湧いて来るものです。 

   それはちようど、
   井戸に水の湧くようなもので、
   もう汲み出してしまったと思っても、
   いつの間にやらまた溜っているようなものです。

・・・

(3)【 8月21日 】 許されない
 
   「企業が天下の人・モノ・土地・金を使いながら、
    社会に何のプラスももたらさないのは許されない」

   いつも幸之助は松下の基本理念として、
   こういい続けていました。

   「本当の経営は、
    世のため、人のために行うのだから」

   幸之助は、私企業といえども、
   人もモノも、金も、皆、公のものととらえています。

   公のものを使って、赤字をだし、
   公に奉仕できないのは、
   罪悪だと強く戒めていました。

・・・

(4)【 8月21日 】 《素足になれ》
 
   みんなといってよいほど、どこか狂ってきた。
   この人がと思う人が、へんな言動をしたりする。

   地についた生活をしていないからだ。
   足を地につけず生きている人間がふえてきた。

   動物たちは皆足を地につけている。
   だから彼等は狂わない。

   車時代となって皆狂ってきた。
   足を大地につけていない人間の一大悲劇だ。

   人間は一日一度素足になって素直になれ。

・・・

(5)《21日 過去のすべては魂の進歩のための肥料》

   もう、あなたは過去の失敗について、
   また過去の過ちについてグジグジ思い煩うことをしないのである。

   神は、あらゆる塵芥(じんかい)や糞尿を浄化して、
   作物がよき実を結ぶ肥料としたまう如く、

   過去のあらゆる失敗も過ちも悉く浄化して、
   よき魂の収穫を得るための肥料となしたまうのである。

   あなたの過去の過ちはあなたの人生観を深からしめ、心の視野をひろめ、
   人生の意義を悟らしめるのに非常に役立っているのである。

   あなたは過去を斯(か)く観ずることによって、
   心の混乱や不安や退嬰(たいえい)や過度緊張が取り除かれ、
   心に平和と愛と調和がみたされ、過去に体験したものを、
   真に自分の魂の生長に役立たしめることができるのである。

   また他(た)の人々の過ちについても寛容であれ、
   すべての人は一見「過ち」と見えるものを通して魂が進歩しつつあるのである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P217~218) より

           <感謝合掌 令和元年8月21日 頓首再拝>

賢者の一日一言《22日》 - 伝統

2019/08/22 (Thu) 21:51:01


(1)【 8月22日 】共生共楽こそ真

    ちうちうと歎き苦しむ声きけば
          鼠(ねずみ)の地獄猫の極楽

                 (二宮翁道歌)

   【略解】
 
   この歌は、
   鼠と猫の関係のように、
   一方の憂患が一方の喜楽となるような、
   禍福憂歓は、真の福でもなく、
   真の吉でないということを示されたものです。

   彼の喜びが我の喜びであり、
   彼の悲しみが我の悲しみであるというのがあるべき姿で
   天地と親子と夫婦と農業の道のように共生共楽がこれを示しております。

・・・

(2)【 8月22日 】世の中は公平なもの

   世の中が不公平であるというのは、
   その人の見方が社会の表面だけで判断したり、
   あるいは短い期間だけ見て、
   判断したりするせいいだと思うのです。

   つまり自分の我欲を基準として判断するからであって、
   もし裏を見、表を見て、
   ずっと永い年月を通して、
   その人の歩みを見、

   また自分の欲を離れて見たならば、
   案外この世の中は公平であって、
   結局はその人の真価通りのものかと思うのです。

・・・

(3)【 8月22日 】 積み重ねが大事
 
   すべての結果は一つひとつの積み重ねで決まります。

   表面的な結果も大切ですが、
   成果を大事にすると同時に、
   その積み重ねの過程が最も大切なのです。

   事業は、
   目的を果たすこと、
   結果を出すことを重視しますが、

   それ以上に、
   どのような理念で、
   どのようにやるのかのプロセスが最も重要です。

   それを間違えると結果は正反対になります。

・・・

(4)【 8月22日 】 《試み》

   人間が真の人間になるためには
   いくたびかの試みに会わねばならぬ

   試みには
   神の試み
   悪魔の試みがある

   いずれにしても
   いくたびかの試みに会って
   初めて人は本ものになる

・・・

(5)《22日 賢い与え方》

   あなたは寛大に人々をゆるし、
   人々に先ず裕かに与えることによって、
   神からも豊かに愛と生命とを与えられるのである。

   あなたの持てる能力の全部を捧げて人類のために尽くすが良い。

   あなたの能力、物資、時間、心身のエネルギー、
   それらは本来、神から来ったものであるから、
   神の栄えをあらわすために、人類に捧げなければならない。

   神の栄えをあらわするために、
   先ず自分の有てるものを捧げることが、
   自己が健康になり、また富むことの主要原因であるのである。

 
   併し、何時、如何に、何に、誰に、何処に与えるかが問題である。
   それを知るためには、先ず充分神に祈って、
   神からの叡智の流れを汲み取って、
   その智慧に導かれて与えなければならないのである。

   「神よ、わたしの有てる全てのものを
    何時、如何に、何に、何処に、誰に与えるべきかを教えたまえ」

   と祈ることは、賢命なる与え方をするために必要である。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P218) より

           <感謝合掌 令和元年8月22日 頓首再拝>

賢者の一日一言《23日》 - 伝統

2019/08/23 (Fri) 21:11:13


(1)【 8月23日 】天はこれを知る

   丹誠は誰しらずともおのづから
            秋のみのりのまさる数々

                  (二宮翁道歌)

   【略解】
 
   百姓が農事に精魂を傾け、耕作し、手入れをしたならば、
   誰れ知る者がなくとも、天は彼の行いを知るゆえに、
   秋の収穫において歴燃たる差がみられることは明らかである。

   これは農業だけの問題でなく、
   世上百般、みな同様のことであるという理を示されたものです。

・・・

(2)【 8月23日 】苦しみのもとは「我」

   同じく人生でありながら、
   一方にはこれを妙味津々(しんしん)として見る人もあるかと思えば、

   他方には、
   これを苦しみの連続と見る人もあるのは何故でしょうか。

   これはマア色々と考え方もありましょうが、
   一面から申せば、
   この人生が苦の世界と見えるのは、
   畢竟はまだ自分の「我」に引掛っているからでしょう。 
   ・
   畢竟=ひっきょう
   至極、最終、つまるところ、結局

・・・

(3)【 8月23日 】 叱ることほめること
 
   幸之助は人を認め、
   ほめることを大切にしました。

   反面、
   深い愛情をもって厳しく叱ることもありました。

   叱られもしないと知らず知らずのうちに、
   見方が甘くなり、
   弱さともろさが生まれてきます。

   叱られるより、
   ほめてほしいと思うのが人間です。

   しかし、
   経営ではそれだけでは許されません。

   叱られることを嬉しく思って、
   学び続けることが、生きた経営です。

・・・

(4)【 8月23日 】 《仏のこころ》

   追いつめられて
   初めて人間は
   本物になる

   だから本物になるためには
   絶対絶命の瀬戸際に
   立たされねばならぬ

・・・

(5)《23日 病気が消えるための祈り》

   あなたが若し病気であれば、
   あなたの想念を病気の症状に集中してはなりません。

   症状を超え、現象を越え、“神の子”たる
   完全なる実相に集中しなければなりません。

   既に癒されている完全なる状態を心に描いて、
   その想念を心のうちに持ち続けることが必要であります。

   次の如く祈りなさい。

   「神はわが内なる実相の生命(せいめい)である。
   実相のみが実在するのである。
   神は完全であるからわが内なる実相の生命(せいめい)は完全である。

   実相のほかには何ものも実在でないから、
   わが全心身は実相そのものである。

   実相は完全であるから、
   実相そのものであるところの全心身は健全である。

   病気と見えているところのものは、
   それは実相の完全さを知らない迷いの影にすぎないのである。
   迷いは真理を知ることによって消えるのである。

   私は今神より叡智の光を受けてすべての迷いが消えたが故に
   『迷いの産物』なる病も消えたのである。」

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P219) より

           <感謝合掌 令和元年8月23日 頓首再拝>

賢者の一日一言《24日》 - 伝統

2019/08/24 (Sat) 19:36:54


(1)【 8月24日 】心の浄化法

    日々(にちにち)に積る心のちりあくた
                 洗いながして我を助けよ

                      (二宮翁道歌)

   【略解】
 
   毎日毎日知らないうちに心の塵(ちり)や垢がっもりっもっているものです。

   この心の浄化に心がけねばなりませんが、
   身の回りの整理・整頓・清掃こそ一つの重要な心の浄化に
   つながることを知り、実行すべきでありましょう。

・・・

(2)【 8月24日 】自分の利害、他人の利害

   ところで「我」に引掛っているとは、
   言い換えれば、
   常に自分の利害を中心にして、
   人のために尽くすということの分からない人ということでしょう。

   つまり自分の利害はよく分かるが、
   他人の利害については、
   とんと気がつかぬというわけです。 

・・・

(3)【 8月24日 】 必要な存在
 
   すべての人々が必要な存在です。

   すべての人々は皆そのことを信じ、
   考え、実践し生きていけば、
   誰もが幸せになるのです。

   「必要でない人間は一人もいない」
   と、幸之助は信じていました。

   「熱意さえあれば誰でも指導者になれるのです」
   と、幸之助は大胆な人事登用をしていました。

・・・

(4)【 8月24日 】 《美しい母》

   そういう母の思い出のなかで
   わたしが今も忘れないのは

   乳が出すぎて
   乳が張りすぎてと言いながら

   よく乳も飲まずに亡くなった村人の
   幼い子たちの小さい墓に
   乳をしぼっては注ぎしぼっては注ぎ

   念仏をとなえていた母の
   美しい姿である。

   若い母の大きな乳房から出る白い乳汁が
   夕日に染まって

   それはなんとも言えない絵のような
   美しい母の姿であった

・・・

(5)《24日 消極的な想念の誘惑》

   神は人間に完全なる自由を与え給うたのである。
   この実相に心を振り向けるとき、
   一切の自分を不幸に陥れる束縛も制約も消え去ってしまうのである。

   事物を処置するに当って、否定的な消極的な面に心を振向ける者には
   大なる成功と云うことはあり得ないのである。

   神が常に自分の仕事を導き給うと云う信念があれば、
   一時その仕事が如何に行詰(ゆきずま)ったように見えても、
   また別の道がひらけて其処から素晴らしい仕事の枝が出て来て、
   主要なる仕事よりも其の枝の収益で損失をおぎなうことも
   出来るようになるものである。

   消極的な考えが起きて来たならば、

   「神はわが父であり給い、わが求むるすべてのものを神は与えたまうのであるから、
   必ずわが行くべき道は拓かれるのである。
   神は無限の智慧をわれに授け給いてわが行くべき道を示し給う」

   と念ぜよ。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P219~220) より

           <感謝合掌 令和元年8月24日 頓首再拝>

賢者の一日一言《25日》 - 伝統

2019/08/25 (Sun) 20:25:25


(1)【 8月25日 】一汁一菜

   翁は巡視中、
   時々民家に泊まられることがあった。

   当時農民が官吏に対する取扱いは、極めて叮重であり、
   翁に対しても、官吏同様に、
   相当の膳部(ぜんぶ)を供するものがあり、

   翁はいかにも不機嫌な様子で、
   「予は一汁一菜に甘んずべきことを奨励しているから、
   予に対してはかかる馳走を設くるに及ばず」
   と言われ、一菜のみ箸をっけられ召し上がられた。

                       (逸話集)

   【註】
 
   尊徳翁の面目躍如たる感あり。

・・・

(2)【 8月25日 】真の面目を発揮する

   今この真面目という字を、
   真という字の次に、
   「の」の字を一つ加えてみたらどんなものでしょう。

   そうしますと、
   言うまでもなく「真の面目」と読まねばならぬことになります。

   ところがこうなると、
   一つの新たなる展開となりましょう。

   すなわち真面目ということの真の意味は、
   自分の「真の面目」を発揮するということなんです。

・・・

(3)【 8月25日 】 チームワークを大切に
 
   事業は一人ではできない。

   一人ひとりの実力を高め、
   同時にチームワークを大切にしてこそ、
   人も会社も新たに発展するものです。

   幸之助は、
   組織運営の基本に、
   パートナーシップを大切にしていました。

   同一基盤の上での、
   役割分担の違いという考えをもって、
   ヨコ・ヨコを何より大切にしていました。

・・・

(4)【 8月25日 】 《愛》

   愛とは
   呼吸がぴったりと
   合うことである

・・・

(5)《25日 失敗という観念を拭い去れ》

   若しあなたの事業が失敗したように見えようとも、
   真実何処にも失敗と云うものが存在しないと云うことを知らねばならぬ。

   「失敗」と云う観念にあなたが固執するとき、
   「類は友を招ぶ」と云う心の法則によって、
   益々「失敗」と見えるような事件が重なってあらわれて来るのである。

   失敗を転じて成功に導こうと思うならば、
   「失敗」と云う観念を、心の黒板から拭い去ってしまわなければならない。

   イエスが「悪に対して抗する事なかれ」と言い、
   「上衣を盗る者には下着をもとらせよ」と言ったのは、

   悪と見ゆるものに対して無抵抗であるときは、
   悪は本来存在しないものであるから、
   その悪は生長しつつあるかの如き観を呈しつつ
   実は自壊して行きつつあるものだからである。

   「陰極は陽転する」と云うのは、暗黒はそれ自身で自壊するからである。

         谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P220~221) より

           <感謝合掌 令和元年8月25日 頓首再拝>

賢者の一日一言《26日》 - 伝統

2019/08/26 (Mon) 19:28:37


(1)【 8月26日 】神棚に銘記すべし

   人は誰でも借金が出来ると、
   隠したがるもので、
   そのうちだんだん殖えて行くのである。

   それ故翁は、
   「負債の出来たときは、
    大神宮の神棚へ其の負債の総額を書いて張りっけておけ、
    之れ負債を滅却する方法である」
   といわれたとのこと。

   これならば必ず負債が償還できるだろう。
   さすがに穿つた着目である。

                     (逸話集)

   【註】
 
   この着想も尊徳翁の慈言にして
   借財返済を第一に心がけるべきという教えである。

・・・

(2)【 8月26日 】八のことに十のカで当たる

   かくして真面目ということは、
   いわわゆる無力な人間のお目出たさではなくて、
   最も男性的本格的な全力生活だということが分かりましょう。

   したがってこれを実行上の工夫から申せば、
   八つのことをするにも、
   常に十のカをもってこれに当たるということです。

   また十のことをやらねばならぬ場合には、
   まさに十二のカをもってこれに当たるということです。 

・・・

(3)【 8月26日 】 気をひきしめよ
 
   どんなにすぐれたものでも、
   気のゆるみが大きな事故につながります。

   大河の流れも一滴の水が漏れることで大きな洪水の原因になります。

   失敗を素直に認め反省し改めることが大切です。

   「人は過ちを起こすもの」

   と幸之助は考えていました。

   だから、
   少しでも早くそれに気付き、
   素直に反省して、
   すぐ手を打つことの重要性を厳しく教えていました。
 
・・・

(4)【 8月26日 】 《感心・感服・感動》

   感心とは、
   心に深く感じいることであり、

   感服とは、
   なるほどと深く感心することであり、

   感動とは、
   深く心に感ずることである。

   どちらもおなじようなものだと思う人があるかも知れないが、

   文学作品や芸術作品は、
   感心するとか、
   感服するとかでは、
   まだ十分とは言えない。

   感動を与えるところまで行って初めて優れた作品と言えよう。

   感動とは感じて動かされることであり、
   動の方にウエートがある。

・・・

(5)《26日 心の映写機構》

   人が事物の成就に失敗するのは、
   心がその成就を裏付けるような心境になれないからである。

   宇宙に無限に存在する“善き物”を現象界に持ち出すための、
   「心の映写機構」がまだ完全に整わないからである。

 
   現在、如何なる失敗があろうとも、
   個々の現象的な失敗はそれほど重大視する必要はないのである。

   最も重大視しなければならないのは、個々の失敗そのものではなく、
   個々の失敗をあわらわすようにならしめたところの「心境」そのものが
   今も尚続いていると云うことである。

   人間の潜在意識にあるところの「失敗の傾向」と云うものを
   取り除かない限りは再び、三たび、そして幾度もその人は失敗するのである。

   その人が日々に少しでも一層明るく、一層よき物を表現しつつあるならば
   その人の潜在意識内容は改善されつつあると見てよいのである。

          谷口雅春著『生活の智慧365章』
           (第3部繁栄の泉)第8篇(P221) より

           <感謝合掌 令和元年8月26日 頓首再拝>

賢者の一日一言《27日》 - 伝統

2019/08/27 (Tue) 19:02:16


(1)【 8月27日 】終日督励

   物井桜町より青木村までは道程三里余りであるが、
   翁は六十余歳の老体にして矍鑠(かくしゃく)たること壮者に劣らず、
   徒歩未明に青木村に至り自ら鍬をとって
   役夫を指揮しつつ荒地の開墾に従事し終日督励して倦まず、
   日没頃疲労せる様子もなく桜町に帰るのを常とせられた。

                             (逸話集)

   【註】
 
   超人的労作の陰に不撓不屈の強靭な意志力を感ぜしめられる逸話です。

・・・

(2)【 8月27日 】百二十点主義

   常にに自己のカのありったけを出して、
   もうひと伸し、
   もうひと伸しと努力を積み上げていくんです。

   真面目とは、
   その努力において、
   常に「百二十点主義」に立つということです。

   もしこの態度を確立したならば、
   人生の面目はすっかり変わって来るでしょう。

・・・

(3)【 8月27日 】 正々堂々
 
   幸之助は自分の人生を振り返って、
   「運が良い」
   と述べています。

   しかし、
   結論から言うならば、
   やはり実力であるといえます。

   幸之助は、
   成功は実力の結果だと信じて疑いませんでした。

   王道の経営をやる以上、
   必ず勝利すると信じていたのです。

   姑息な手法に捉われず日々の実力を養い
   正々堂々と経営に取り組むべきです。

・・・

(4)【 8月27日 】 《詩の世界》

   詩の世界は狭い

   しかし限りなく深い

・・・

(5)《27日 人類への無条件サービス》

   若しあなたの事業の行末を改善しようと思ったならば、
   あなたの心に明るさを持つこと、歓びを持つことが必要である。

   神は光明であり、歓喜であるから、神の賜を受けるために
   心の波長を合わすには是非明るさと歓びとが必要であるのである。

   つぎに既に今まで与えられて来た賜について感謝の心を起こすことである。
   失敗をぐじぐじ思い患う暗黒な感情は、
   更に次の失敗を導き出す前触れであるに過ぎないのである。

 
   次に、「神は自分の父であり、無限供給の本源者である」ことを
   心の底深く念ずることである。
   そしてその無限供給の本源者より、
   今自分にその無限の供給が既に与えられ既に現象化しつつあることを
   信念深き予期の心をもつことである。

   そしても一つ大切なのは、今自分の眼の前にある「何か」を
   人類への無条件愛行(サービス)として実践することである。


        谷口雅春著『生活の智慧365章』
          (第3部繁栄の泉)第8篇(P222) より

           <感謝合掌 令和元年8月27日 頓首再拝>

賢者の一日一言《28日》 - 伝統

2019/08/28 (Wed) 18:49:45


(1)【 8月28日 】上に立つ者の覚悟

   翁日く、
   この艱難(かんなん)の時に当り太夫たるもの
   上下の為に一身を責めて人を責めず大業を行ふの道なり。

   然しただ之を行ふ事のあたはざるを憂いとせり。

   この道を行はずして、
   人の上に立ち高禄を受け、
   弁論を以て人を服せしめんとせば、
   益々怨望盛んにして国家の殃いよいよ深きに至らん。

   何を以て衰国を挙げ上下を安んずることを得んや。

                            (報徳論)

   【略解】

   「わが身を責めて人を責めず」
   この一力条は大業に従事する者は心すべきことです。

・・・

(2)【 8月28日 】大欲の立場にたつ

   人問が真に欲を捨てるということは、
   実は自己を打ち越えた大欲の立場にたつということです。

   すなわち自分一身の欲を満足させるのではなくて、
   天下の人々の欲を思いやり、
   できることなら、
   その人々の欲をも満たしてやろうということであります。

・・・

(3)【 8月28日 】 一つの仕事が達成されるか否かは
 
   「一つの仕事が達成されるか否かは、
    それぞれの持ち場の人が、
    責任を自覚しているか否かにかかっている」

   事業はなんと言っても、チームワークです。
   一人ではできません。

   一人ひとりがなぜこの仕事をするのか、
   どのような考え方で、
   どのようにするかで決まるのです。

   だから理念経営の重要性が問われるのです。
   目的や意味を理解し、
   そこに共感があってこそチームになるのです。

・・・

(4)【 8月28日 】 《四訓》

   川はいつも流れていなくてはならぬ

   頭はいつも冷えていなくてはならぬ

   目はいつも澄んでいなくてはならぬ

   心はいつも燃えていなくてはならぬ

・・・

(5)《28日 神の供給を受けるメイン・パイプ》

   失敗の最大の原因は、潜在意識内にある生活態度
    ―― 神観 ―― 人生観 ―― 人間関係 ――
   と云うようなものが正常でないことである。

 
   人々は金銭を求めたり、物資を求めたり、協力者を求めたり、
   健康を求めたり、愛人を求めたりするけれども、これら個々のものは、
   全体のものの一部的な断片であって、主要なものではないのである。

   全体が既に「実相世界」に於て与えられているのに、
   人々はその全体が流入する「心のパイプ」となろうとしないで、
   個々の断片を求めようとするのである。

   主導管(メイン・パイプ)をつめて置いて、
   枝のパイプで何ものかを得ようとするのであるから、
   それらのものが得られる筈がないのである。

   何よりも神を正しく理解し、夫婦の心的関係を正常にすることが
   神の供給を受ける主導管(メイン・パイプ)を開くことになるのである。

       谷口雅春著『生活の智慧365章』
        (第3部繁栄の泉)第8篇(P222~223) より

           <感謝合掌 令和元年8月28日 頓首再拝>

賢者の一日一言《29日》 - 伝統

2019/08/29 (Thu) 19:11:13


(1)【 8月29日 】聖人の政

   施(ほどこ)すことを先んずる時は国盛んに民豊かなり。

   人民之に帰し上下富饒(ふじょう)にして
   百世を経(ふ)るといへども国家益々平穏なり。

   聖人の政(まつりごと)は仁沢を施すを以て先務として、
   敢て心を取ることに用ゐず。

   暗君は取ることを先として施すことを悪(にく)む。
   治平乱暴の由つて起る所皆斯にあらざるものなし。

   今相馬の政、
   施すを以て先と為すか、取るを以て先と為すか。

                          (報徳論)

   【註】
 
   「仁沢を施すを先務とす」。
   この一語は味わい尽きざるものである。

・・・

(2)【 8月29日 】職責を通して道を体得する 

   われわれの国家社会に対する務めは、
   どこまでもその職分を通して行われる外ないわけですが、
   同時にまた他面、
   このような考え方に対しては、

   いかなる人間でも、ほとんど例外なく、
   何らかの職業についていない者のない以上、
   単に自分が一個の職業に従事していながら、
   しかもそこで会得したものが、
   広く同種類の職業に従事している多くの人々に対して、
   大きな慰めとなり、

   さらには激励となると言うに至って、
   初めて真に国家社会に尽くすものと言えましょう。

   同時にこのような境地に達した人は、
   ある意昧では、
   職責を通して道を体得した人とも言えるでしょう。

・・・

(3)【 8月29日 】 混合されてこそ調和がとれる
 
   何事にも差異があって当然である。

   それぞれ異なるものがバランスよく、
   混合されてこそ調和がとれる。

   世の中のものすべてがオンリーワンです。

   その一つひとつが、
   コラボレーションされて、
   社会が成り立っています。

   「矛盾を矛盾としないようにするのが、
    真の経営者である」
   とよく幸之助に言われました。

   会社が良くならないのは、
   矛盾をそのままにして経営しているからなのです。

・・・

(4)【 8月29日 】 《禅》

   禅は酒の中にも、
   一皿の料理の中にも、
   一個の茶碗の中にも存在する。

   そういうものを求めてわたしも生きてきた。

・・・

(5)《29日 想念と現実》

   「善き樹は善き果実を結ぶ、それゆえに果実を見てその樹の善悪を知れ」と
   イエスは教えたが、その人が良き運命にめぐまれないと云うことは、
   その人の想念が「本当のもの」でない証拠であると云うことができるのである。

   想念は原因であり、現実は結果であるからである。

   その人の想念が「本当のもの」でないと云うことは、
   その人の「本来の姿」即ち実相から来る想念ではなく、
   現象にとらわれて実相には存在しないような「不完全さ」を
   心に常に描いていると云うことである。

   もっとその人自身の想念を実相の明るさに近づけ、
   人を憎む心や攻撃精神をなくし、
   万物と和解して実相そのままの完全な調和した想念にあらしめたとき、

   現象界の不完全さは消えてしまい、
   実相そのままの完全にして調和した状態が現象界にあらわれて来るのである。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P223~224) より

           <感謝合掌 令和元年8月29日 頓首再拝>

賢者の一日一言《30日》 - 伝統

2019/08/30 (Fri) 19:00:51


(1)【 8月30日 】一鍬を重ねる

   先生曰く凡そ細を積みて大を為し、
   微を積みて広大に至るもの自然の道なり。

   譬(たと)へば天下の耕田の如し。
   幾億万町といへども春耕秋收一畝(せ)の余すことなき者何ぞや。
   他なし一鍬(しゅう)を重ね以て耕し一鎌を重ねて以て苅り怠らざるに在るのみ。

   況んや荒蕪(こうぶ)の地一鍬を積みて以て怠らざれば、
   幾万の廃地といへども之を挙ぐるに何の難きことかえあらん。

                             (報徳論)

   【註】
 
   「荒地の開拓は一鍬を重ねるよりほかなし」の語は心に銘ずるものがある。

・・・

(2)【 8月30日 】真の生活の始まり

   私は常に思うのです。

   人間もこの自分という一微小存在すら、
   国家全体に対しては、
   代理人のない一個独自の任務の存することを自覚するに至って、
   初めてわれわれの真の生活は始まるわけだと。

・・・

(3)【 8月30日 】 約束を守れ
 
   物を買えばお金を払い、
   物を売れば集金する。

   この約束事ををきちんと守っていくのが、
   経営です。

   約束事で、
   世間の調和が保たれ、
   人々の幸せが保証されるのです。

   約束を破る経営は、
   王道にはずれた邪道の経営になります。

   経営の基本は信頼によって築かれていくのです。

   幸之助は約束に厳しい人でした。
   生成発展は約束を守ることから始まるのです。

・・・

(4)【 8月30日 】 《花と人》

   美しい花より
   よい香りを持つ
   花がいい

   美しい人より
   よい性質の
   人がいい

・・・

(5)《30日 棘(とげ)立った想念感情》

   健康を得ようと欲するならば、先ず自己批判から始めなければならない。
   自己が周囲に対する感情又は想念が棘立ったものであるか、
   円満なものであるか、他の人の欠点が目につきすぎて、
   それを批判し憎むような攻撃精神が多くはないか。

 
   棘立った想念感情があるならば
   円満な想念感情に置き換えるようにしなければならないし、

   攻撃精神があるならば
   愛と赦しの想念感情にそれを置きかえなければならない。

   イライラした焦燥の感じがあるならば、
   心をもっと落ち着けて現象にひっかからないで、
   事物の底にある実相の円満完全さを見るようにしなければならない。

   欲求不満足の感じがあるならば、「実相に於ては万事満ち足れり」と念じて、
   既にあらゆる欲求が満足せしめられている円満なる状態を神想観中に心で観じて
   欲求不満足の感を取去るようにしなければならないのである。

            谷口雅春著『生活の智慧365章』
             (第3部繁栄の泉)第8篇(P224) より

           <感謝合掌 令和元年8月30日 頓首再拝>

賢者の一日一言《31日》 - 伝統

2019/08/31 (Sat) 18:31:11


(1)【 8月31日 】一鍬一邑

   先生曽(かつ)て日く、
   凡そ事を成さんとして成就せざるものは速(すみや)かなることを欲し、
   一挙にその業を遂げんとするが故なり。

   幾万の廃地を開かんとするも一鍬(しゅう)より始め、
   幾百邑を再復せんとするも必ず一邑より始む。

   一邑全く成りて然る後そのニに及び、
   順を以て十百千万に至る。
   譬(たと)へば一歩を積みて千里の遠きに至るが如し。

                            (報徳論)

   【註】
 
   一邑とは一村落。
   幾百村の再興はまず一村の再興から始めよとの教えである。

・・・

(2)【 8月31日 】最善観

   「わが身に振りかかってくる一切の出来事は、
    自分にとっては絶対必然であると共に、
    また実に絶対最善である」

・・・

(3)【 8月31日 】 長たるものは
 
   「長たるものは、
    すべての責任を自ら負うのが当然、
    それは私の責任です、
    と言い切れているかどうか」

   責任の転換は人の道に外れます。

   また、
   責任の取り方は非常に厳しいものです。

   幸之助は、
   責任を果たすとは、
   事業計画を100パーセント達成することと言っています。

   この他に、
   責任の取りようはありません。
   そのために長たるものは自分を磨き部下の尊敬の対象となるべきなのです。

・・・

(4)【 8月31日 】 《前進しながら》

   人間いつかは終わりがくる

   前進しながら終わるのだ

・・・

(5)《31日 万物はあなたの味方である》

   あなたの中には既に完全なる実相があるのである。
   あなたの実相は神であり、神聖である。

   あなたの実相は神と偕にあるがゆえに、未だ嘗て生れざる不生の存在である。
   不生の存在であるがゆえに無始無終の存在であり決して死せざるものである。

 
   あなたの実相は神であり、普遍の神と一体であるがゆえに、
   あなたの実相は万物と調和しているのである。

   あなたの実相は万物と調和しているがゆえに、
   万物はすべてあなたの味方である。

   万物すべて味方である実相をあなたが悟るならば
   何らあなたにとって恐怖すべきことはないのである。
   恐怖すべき事がないゆえにあなたの心は平和である。

   心が平和であるがゆえに、正しい智慧が湧き出て来て、
   時に随い、場所に応じて適当な行動をとることができるようになり、
   凡(あら)ゆることが好都合に行くようになるのである。

        谷口雅春著『生活の智慧365章』
         (第3部繁栄の泉)第8篇(P225) より

           <感謝合掌 令和元年8月31日 頓首再拝>

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