伝統板・第二

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ひかりの一日一言49~神と偕に生くる道 - 伝統

2019/04/01 (Mon) 03:30:00

この「神と偕に生くる道」は
「眞理」第9巻生活篇第4章(P86~113)からの謹写です。




ひかりの一日一言《1日》

《1日 今ここに勝利がある》

「今」がすべてである。

過去も未来も考えることなしに、
「今」ここに「自分」に於(お)いて神が生きていると観ぜよ。

「今」が私の日であり、「今」が神の生命の出発である。
「今」ここに神が生き、「今」ここに勝利がある。
今日が勝利の日であり、今日が幸福の日である。

今、神はわれと偕(とも)にある。
何を憂(うれ)えんや。
今、神の智慧はわが内に働き、
今、神は吾(われ)を導き給(たま)うているのである。

「昔はこうであった」とあなたが言うようになったとき、
あなたの生命(せいめい)は前方に向わずに後方に向う。
それは進歩の停止であり、老衰の徴候である。

「今」を祝福せよ。
「今」が幸福の時である。

「今」ここに吾(わ)が内に生きる神を自覚して、
神と偕(とも)なる自己を祝福せよ。
     
「今」万物は新たである。
「今」あなたは幸福である。
「今」あなたは神と偕(とも)にある。


「眞理」第9巻生活篇第4章(P86~87) より

       <感謝合掌 平成31年4月1日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《2日》 - 伝統

2019/04/02 (Tue) 04:20:21


《2日 日々是好日である》

あなたの健康が衰えたとか、病気があらわれたとか云うときには、
”「今」わたしは神の生命(せいめい)を無限に受けているのである。
今日(きょう)直ちに病気は治癒し、無限の精力はこんこんと湧き出でる”
―― と念ぜよ。

断々乎として神より与えられたる完全の権利を主張せよ。

「明日のことは思い煩うな。明日は明日にて足れり」
「今」が新しき生命(いのち)である。
無限の力が「今」この一点に凝縮してあらわれる。

「今」が機会である。
新しき生命(せいめい)と、新しき力との機会である。

日々是好日である。

「今」与えられている。
神からの贈り物(無限の生命力と無限の智慧と)を
完全に受けていることを承認せよ。

みずからその贈り物を受けていることをみとめることを拒むな。
与えられていても、認めることがなければ
それは与えられていないのである。

素直にあなたが神の生命(せいめい)を受けていることを承認せよ。


「眞理」第9巻生活篇第4章(P87) より

       <感謝合掌 平成31年4月2日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《3日》 - 伝統

2019/04/03 (Wed) 02:47:53

《3日 毎日毎日、健康と幸福とを宣言しましょう》

毎日々々が勝利の日である。
毎日々々が健康の日である。

昨日(きのう)までの日が勝利の日でなくても、
昨日(きのう)までの日が健康の日でなくても、
すでにこれらの日は済んだのである。

今日は完全に神から与えられた「勝利」と「健康」とを
素直に受け取れば好いのである。

日取りの好し悪しを言ってはならない。
すべての「日」は神の与えものである。

神が、あなたの健康のために、
神が、あなたの幸福のために、愛するために、喜ぶために、
あなたにすべての「日」を与えたまうたのである。

もしあなたが健康でないならば、若しあなたが幸福でないならば、
あなたは愛行が足りないか、今与えられている賜(たまもの)を見て
歓ぶことが足りないのである。

空気を日光を水を、家を食物を大地を、あなたがつくらないのに、
こんなにも色々のものを与えられているのに、
何故(なぜ)歓ばない人があるのか。

与えられたものを先ず受けて喜ぶことから幸福と健康とは来るのである。


「眞理」第9巻生活篇第4章(P88) より

       <感謝合掌 平成31年4月3日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《4日》 - 伝統

2019/04/04 (Thu) 02:25:06


《4日 神は常に護りたまう、唯(ただ)心の不導体を取り除くことが必要》

危急の事態が生じたときに、何と祈ってよいかわからないときにも、
吾々が神に振り向くならば、祈りの言葉は整わずとも、
ただ「神よ」と言うだけでも神の救いは今此処にあらわれるのである。

イザヤ書六十五章には

「かれら呼ばざるさきにわれこたへ、かれらが語りをへざるに我きかん」

と神は言っていられるのである。

神は吾らの祈りの言葉が終わってからでないと活動を開始し給わないように、
そんな動作の鈍い方(かた)だと考えるのは間違いである。

神は至る処にましまし、今此処にあり。
必要と同時に神の救いは現前するのである。

神は常にましますのであり、祈りによって懇請しなければ
働きたまわない方(かた)ではないが、祈りは吾々人間の心を神に振り向け、
吾々自身の「心の不導体」を取り去りスイッチを入れる働きをするのである。

ラジオ受信機はあり、既にラジオの放送がありとも
スイッチを入れることによってのみ聴取できると同じである。


「眞理」第9巻生活篇第4章(P89) より

       <感謝合掌 平成31年4月4日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《5日》 - 伝統

2019/04/05 (Fri) 04:06:12


《5日 相手の実相を観て和解するには》      

悪に抵抗するためにあなたの時間と精力をついやしてはならない。
あなたの時間と精力とを「善」を見るためにこそ費やすべきである。

敵と云うような者を神は決して造りたまわないのであるから、
敵と見える者も、その実相を観るならば、「神の子」であり
互いに兄弟であるから、本来仲の好いのが当然であるのである。

人間は誰でも、愛されたい、認められたい、理解されたい、尊敬されたいと云う
願いをもっているのであって、或る人があなたに敵対するならば、彼はあなたに
愛されたく、認められたく、理解されたく、尊敬されたく思っているのに、
あなたが愛せず認めず理解せず尊敬せねと思って、反抗心を掻き立てているからである。

あなたの愛と理解と尊敬とを相手にしっかりみとめられるように表現すれば相手は、
愛されている猫のように温和(おとな)しくなってしまうのである。


「真理」第9巻生活篇(P90)より

            <感謝合掌 平成31年4月5日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《6日》 - 伝統

2019/04/06 (Sat) 01:59:01


《6日 相手に和解するとは、相手の実相の完全さを観ることです。》

相手に和解すると云うことは、
相手に宿る神性・仏性こそ「本当の彼」そのものであって、
「本当の彼」が完全なることを心で見詰めて、
それを心で祝福するのである。

併し、「和解する」とは必ずしも相手のいだく考えや計画や要求に
言いなり放題に追従すると云うことではないのである。

意見の相違は充分検討し戦わしたら宜しい。

そして相手にやどる完全なる実相(神の子)をこちらがジッと心で見詰めれば、
今まで相手が頑張っていた意見が突然又は徐々に消えて、
調和した意見に変わってくるのである。

マーフィー博士著、中嶋逸平氏訳「信仰の魔術」には、
或る女にウルサク付きまとって迷惑きわまる男を、

”神の作りたる世界にはそんな人に迷惑をかける男は存在しない。
彼は神の子で善良な好い人だ”

と其の男の実相を見詰めることによって、
その男は地球が彼を呑みほしたように来なくなった実例をあげている。

この本は心に強く描くことが如何に実現するかについて皆さんの参考になるであろう。


*「真理」第9巻生活篇(P90~91)より

            <感謝合掌 平成31年4月6日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《7日》 - 伝統

2019/04/07 (Sun) 03:58:48


《7日 面白くない出来事が起こりましたら》
           
何か不都合な出来事が起こって来たとき、
その不都合な出来事の表面の姿を心でつかんで、
自分の心をその不都合から放たないでいますと、

自分の心がその「不都合さ」に縛りつけられて自由を失ってしまって、
自由自在の活動ができなくなりますから失敗するに到るのであります。

それよりも先ず神の方へ心を振り向けよ。

そして

”この事件に対しては神の愛と智慧と調和とが、
自分にためにも彼にためにも働いているのであるから必ず好都合に解決する”

と強く強く念じて神の《おはからい》に信じて
お委(まか)せして置くのが好(よ)いのであります。

私達の想念は習慣性をもっておりますから、
心配する癖を付けますと、益々心配するようになり、

神にまかせて明朗になる習慣をつけると、そのようになりますから、
神に祈って委まかせする習慣をつけましよう。


*「真理」第9巻(P91~92)より

              <感謝合掌 平成31年4月7日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《8日》 - 伝統

2019/04/08 (Mon) 02:52:45


《8日 この世界には平衡の法則が働いています》

腹の立っている時に人に対して
手紙を書いたり反駁文を書いたりしてはなりません。

自分に対して不当の批評を加えた人に対して、
自分の心を整えないで、すぐやり返してはなりません。

何よりも自分の心を整えることが先です。
そのためには神想観して相手の実相が完全であることを、
赦しと愛と深切の心で見詰めましょう。

そして、”自分に対しては何人も傷付けることができない、
すべては神の子であって、調和している”という実相を心で確認してから
次の行動に移るのがよいのです。

何が起こっても恐れることはありません。

此の世界には、「平衡の法則」と云うのが働いているのです。
奪ったものは必ず奪い返えされるのです。
深切をつくしておれば、何時かは深切が自分に返って来ます。

「正しいのに不幸だ」と一見思われる事件がありますが、
そう云う正しさは、正しさの故に相手を憎んでいたことに
気が付かねばなりません。


*「真理」第9巻(P92~93)より

              <感謝合掌 平成31年4月8日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《9日》 - 伝統

2019/04/09 (Tue) 04:23:21


《9日 ”失望する愛”は”求める愛”だからです》

愛を失ったとき、どんな正しさも折れ易くなります。

他(ひと)を本当に愛するためには、
自分自身が神の愛に抱かれ包まれ神の愛に満たされている
自覚を得ることが必要です。

神想観中に

”神の愛にいだかれて私は幸福である”

と強く念ずるが宜(よろ)しい。

自分が愛されていない自覚では、他(ひと)を本当に愛することはできません。

自分が愛されている自覚のない場合、
他(ひと)を愛する事件が起こるとしますならば、
それは他(ひと)を「愛する」形をしているけれども、
実は「愛を求めている」のです。

「愛する」と「愛を求める」とは非常に相異するのです。

「求める愛」は失敗しがちです。

常に成功する愛は、「愛する愛」「与える愛」のみです。

「良人が私を愛してくれません」と訴える奥様がありますが、
それは、「求める愛」だからです。

本当に愛する愛になり切ったとき、
平衡の法則で、愛が自分に必ず返って来ます。


*「真理」第9巻(P93~94)より

              <感謝合掌 平成31年4月9日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《10日》 - 伝統

2019/04/10 (Wed) 03:38:46


《10日 神に護られている思いを潜在意識に印象しましょう》

神が常にあなたの事業を護っていることを信じなさい。
神の愛が常にあなたの子供を護っていることを信じなさい。

信ずるとは表面の心で唯ポカンと漠然と、そう思っていることではありません。
常に心でとなえることです。

現在意識がそれを忘れていましても潜在意識は常に
「神は常に私の事業を護っている、私の子供を護っている」
と云う想念で一杯になっているのでなければなりません。

仏教でも「不断の念仏」と云うのがあります。

表面の心の動きよりも、心の底に流れている全心の思いが
「神に護られている」と云う想念で常に満たされていなければなりません。

「われは神に護られて常に健康である。
われは神に護られて常に幸福である。
われは神に護られて必ず栄える。
神の智慧は常にわれを安全と繁栄に導きたまう」

と念ずるように致しましょう。


*「真理」第9巻(P94~95)より

              <感謝合掌 平成31年4月10日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《11日》 - 伝統

2019/04/11 (Thu) 04:19:10


《11日 友から愛情を得たい場合には》

あなたがよき友達を欲しいと思われましたならば、友を求めるよりも先ず、
「自分は他(た)の人を如何にしたら幸福にしてあげられるか、教えて下さい」
と神に真心をもって祈ることが必要であります。

そして真剣に人を少しでも幸福にし、その重荷をとってあげるには
どうすればよいかを考えるのです。

そして考えついたことを、どんな小さな事でも
必ず実行するするようにするのです。

その実行の中から本当に親しく知り合いになる友ができて来ます。
自分が何も他(た)に与えないでいて、
友がないと云うことを呟いてはなりません。

あなたが友情を他(た)の人に与えている限り、
その友情は必ず誰か「不特定の人から」あなたに返ってまいります。

併し「此の人」の愛を得たいと思ってその人に愛を与えても
その人は貴方に愛を寄せないかも知れません。

その人を自分の愛で縛ろうと考えてはなりません。
愛情で人を縛ってはなりません。


*「真理」第9巻(P95~96)より

              <感謝合掌 平成31年4月11日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《12日》 - 伝統

2019/04/12 (Fri) 02:19:59


《12日 神の遺産を素直に受け取りましょう》

幸福、平和、調和、健康は神が神の子たる人間に約束されたる賜物であります。
神を抜きにしてそれらのものは決して与えられないのであります。

悲しみや、憤(いか)りや、呪いや、嫉妬や、争いや、不安や、恐怖は、
神が人間に与えたもうたものではないのであって、

人間が神に叛(そむ)き、神の与えられたる積極的な恵みを
自ら受け取らないことによるマイナス状態に過ぎないのです。

人間は神の子として神の与え給うた全ての祝福を受け取る権利を
持っているのでありますが、それは恰も吾々人間社会に於いても、
親の財産を継承する自由もあるが、その権利を放棄する自由もある
のに似ているのであります。

病気や貧乏は神からの遺産ではなく、
神の遺産を継承しない結果おこる状態であります。

この不継承の消極(マイナス)的状態は
私たちが神の遺産(既にある完全なる実相)を素直に継承し始めるに従って
消滅し始めるのであります。


*「真理」第9巻(P96~97)より

              <感謝合掌 平成31年4月12日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《13日》 - 伝統

2019/04/13 (Sat) 04:30:36


《13日 あなたの幸福は先ず心を調(ととの)えることからです》

物質によって幸福を得ようと思っても、
幸福は神から来るのでありますから、

結局は、その幸福は束の間であって、
幸福だと見えたものは直ちに不幸に転じてしまいます。

その実例は新聞の社会面を見れば無数に見出されるのであります。

吾々が幸福を得ようと思ったならば、
物質は心の結果として反映してあらわれるものであることを知り、
物質を求めるよりも先ず心を調える方に専念することが肝腎であります。

あなたが赦さない心を持っている限り、あなたは幸福になれません。
赦さない心は「縛る」心ですから、そんな心を持っている限り
あなた自身が縛られて幸福になれません。

他(ひと)を赦しなさい。
自分を赦しなさい。

若し何か罪悪感をもっているならば、祈りによって神に赦しを願いなさい。

そしてすでに赦されたと信じて感謝しなさい。


           *「真理」第九巻生活篇(P97~98)より

              <感謝合掌 平成31年4月13日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《14日》 - 伝統

2019/04/14 (Sun) 03:32:32


《14日 攻撃精神は同時に自己破壊精神です》

他(ひと)に復讐の心をもっていれば、
あなたみずからが苦しまなければなりません。

あなたが復讐の心を背負って歩いているならば、
それは茨の枝を背負って歩いているようなものです。

歩いているうちは、歩行に気をとられて茨の棘(とげ)に気がつかない
かもしれませんけれども、さてその茨の枝を背負ったまま仰臥(ぎょうが)
しますと、今更ながら、その背負ったものが自分自身を傷つける
痛みに気がつくのです。

復讐や慍(いか)りや憎しみは最初は自分を傷つけるものだと云うことに
気がつきませんが、やがては此の自分の背負っている茨の枝のように
自分を傷つけるようになるのであります。


神は決して私達に罰を与えません。

「審判(さばき)は子にゆだねたり」と云う言葉が聖書の中にありますが、
神の子たる人間が自己審判して自分を傷つけのです。

最近の精神分析の発達は、他(た)に対する攻撃精神と云うものが
如何に自己破壊の願望とつながっているかを教えているのであります。

           *「真理」第九巻生活篇(P98~99)より

              <感謝合掌 平成31年4月14日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《15日》 - 伝統

2019/04/15 (Mon) 03:07:26


《15日 言葉は軽々しく話してはならない》

軽々しく、下らない世間話を喋ってはなりません。

霊的な力は沈黙のうちに養われるのです。

世間話と云うものは次から次へ社会的不満足、家庭的不満足、人の欠点、
それから、あらゆる不平と云う風に、おおむね事物の暗黒面をとりあげて、
それを自分の言葉で相手に印象し、それに共鳴して吐き出される相手の
暗黒な言葉を自分の潜在意識につぎ込んで、暗黒の印象を増幅して
自分を傷つけるものなのです。

そして”言葉の力”と潜在意識の具象化力によって好ましからざる事物を
現実界につくり出す結果となるのであります。

すばらしい大計画の話や自分の手柄話は、時には華々しく爛漫として
咲きにおう桜の花のように魅力があることがりますが、
花が美しいばかりで立派な実がみのらないことがあります。

計画は或る期間は、ジックリと寒中に与える肥料を吸収して
発芽の準備を整える植物のように人に話さないで生長せしめねばなりません。

           *「真理」第九巻生活篇(P99)より

              <感謝合掌 平成31年4月15日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《16日》 - 伝統

2019/04/16 (Tue) 04:43:40


《16日 言葉は慎重に有力に使いましょう》

言葉は有力なる武器ですから、
無闇にそれを散乱させてはならないのであります。

だと云って其れを全然使ってはならないと云うのではないのです。

火薬はその爆発力を適当に閉じ込めて置いて後(のち)に爆発させると
一層の威力を発揮するのであります。

蒸気の力もそれを閉じ込めて置いて一定の方向に噴射するとき
汽車汽船を動かすことができますし、タービン回転の推進力を
閉じ込めて置いて一定の方向にそれを噴射するときジェット機は
空中飛行をするのです。

言葉もそれを軽率に浪費することなしに想念としてそれを蓄え、
洗練し、強化して後(のち)、それを一定の方向にリードして
噴出させてこそ本当に効果を発揮することができるのです。

無限の愛情を内(うち)にこめておれば、
その人の唯(ただ)一語が相手の胸を打つことができるのです。

常にコセコセ小言を言っている母親の言葉を子供が軽視し、
たまに発言する父親の言葉が力を持つのは其のためです。

           *「真理」第九巻生活篇(P100)より

              <感謝合掌 平成31年4月16日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《17日》 - 伝統

2019/04/17 (Wed) 03:51:00


《17日 雑談を多くしてはなりません》

雑談多き時は仕事の能率を失う。
事務所にて雑談してはならない。

雑談しながら校正すれば見落としができ、
誤字脱字が看過(みのが)される。

雑談多きときは時間の浪費となり、祈りの時間を失う。
雑談多きときは話の種が猥雑(わいざつ)に陥り魂の清きを失う。
魂の清きを失うときには高き霊界より来る啓示に触れることができない。

高き霊界より来る啓示に触れることができなければ、
創造と創作との能力を失う。
創作と創造とはともに高き世界より来(きた)る
インスピレーションによって来(きた)るものであるからである。

如何なる聖者も言葉多きときは語るべき清き言葉を語りつくして、
ついには語るべからざる言葉を語るに至る。

ついに彼等も愚かなる事を語り、卑猥なる事を語り、
他(た)を批判し、愛の足らざる事を語るに至る。

注意すべきかな

           *「真理」第九巻生活篇(P101)より

            <感謝合掌 平成31年4月17日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《18日》 - 伝統

2019/04/18 (Thu) 03:52:39


《18日 脳髄は考えないでも働いています》

雑談する暇があれば祈りなさい。
仕事と仕事との間に、静かに目を瞑(つぶ)って深呼吸しながら、
その吸気を細く長くひいて、「神の生命(いのち)流れ入る」と念じ、
呼気を静かに吐きながら「すべての疲れは去ったのである」と念ずるのである。

頭脳の疲労は頭脳を使い過ぎるからではなく、働き過ぎて疲れたとか、
眠らないので疲れたとか云う観念によって概(おおむ)ね起こるものであることが、
最近、脳波の研究によって明らかになって来たのです。

脳髄は何も考えないときでも、眠っているときでも
脳波の実態では働いていることが明らかにされたのです。

それは恰も電飾の広告塔の電燈に全部灯(ひ)が点(とも)っているときが
何も考えない時であり、何か考えはじめると、その考えに従って順次に
電燈の或る系列が消えて往くことによって広告塔の電飾が
或る意味や図形をあらわすのに似ている。

           *「真理」第九巻生活篇(P101~102)より

              <感謝合掌 平成31年4月18日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《19日》 - 伝統

2019/04/19 (Fri) 04:13:20


《19日 祈りは神に霊的波長を合わすためです》

祈りは神に懇請することによって、
神の心を動かすのではありません。

神は懇請せざる者に恵みを与えず、
懇請する者のみに恵みを与えると云うような依怙贔屓の者ではありません。

私たちが祈るのは神を動かすためではなく、
自分自身の心が本当に神に向かい、自分自身の心を調律して
神の波長に合わせるためなのであります。

私たちは神はすべてぼ善き事物の本源であり、
すべての善き事物は既に神から与えられている事を知っているのです。
それは既にテレビの放送はあるのと同じことであります。

併し如何にテレビの放送がありましても私達が波長を合わさなければ、
その放送が肉眼に見える世界に現れて来ないように、

如何に神の恵みがありましょうとも、神は霊でありますから、
その恵みは「霊的波動」として与えられているのです。

それを肉眼に見える世界に実現するのは「人間」と謂うテレビ・セットで
霊の波長を合わせる必要があるのであります。

           *「真理」第九巻生活篇(P102~103)より

              <感謝合掌 平成31年4月19日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《20日》 - 伝統

2019/04/20 (Sat) 00:38:54

《20日 祈りと神想観とは同じことです》

「観ればあらわれる」と云う法則があります。
「心 此処にあらざれば観れども観えず」
と云う語に対応する言葉であります。

其処に何かがありましても
心がそれを感受する準備ができなかったら、
アルとして感じられないのです。

だから「観ればあらわれる」と云う場合の「観る」とは、
既に其処に与えられている事物に対して、
心をそれに振り向け、それにピントを合わし、
それに波長を合わすと云う意味であります。


「祈り」は神の恵みに対して「この波長を合わせ」「ピントを合わす」
方法でありますから、此の場合、「観る」と「祈る」とは
同じことになるのであります。


生長の家で「神想観をして祈る」と云う語(ことば)がありますが、
ニュー・ソートの用語では”prayerful meditation ”という語(ことば)があります。

どちらも同じ意味で「観ることは祈ること」になるのであります。


           *「真理」第九巻生活篇(P103~104)より

              <感謝合掌 平成31年4月20日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《21日》 - 伝統

2019/04/21 (Sun) 04:16:40


《21日 本当に正しい祈り方は ?》

神は既に至る処に在(いま)したまい、
一切を「霊」をもって完全に造り給いているのである。

既に私たちは神の中にあり、神は私達の中にあり給い、
互いに一体となっているのである。

私たちはそれを自覚することによってその完全なる有様(ありさま)が
現象界にもあらわれて来るのである。
それを自覚する方法が、”実在の完全さを瞑想又は黙念する方法!
即ち「神想観」であります。

自覚が深くなればなるほど、神の創造になる霊的実在の世界の善きものを、
より一層ゆたかに受け容れることができるようになるのである。

私たちは神に対して「物質を与えたまえ」と祈ることを止(や)めなければならない。
神の世界は唯(ただ)「霊」のみが存在するのであって、物質は、
その「霊の賜物(たまもの)」を私たちが受け取った場合に、
それが感覚面にあらわれて「物質」として見えるだけである。

だから祈る時には、

「神よ、愛を与えたまえ、智慧を与えたまえ」

と祈る方がよいのである。

           *「真理」第九巻生活篇(P104~105)より

              <感謝合掌 平成31年4月21日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《22日》 - 伝統

2019/04/22 (Mon) 03:31:14


《22日 祈りの最も良き方法は》

「神に於いては何事も為し能(あた)わないことは無い。
神は吾に智慧と、力と、裕(ゆたか)さとを与え給う」

と祈る方法は最も良き祈りだと云わなければならないのである。

すべて神の智慧と生命(せいめい)と愛とその恵みとに一体であると云う
一体感を増大するような言葉を黙念することは、既に与えられている
神の恵みに波長を合わせる事になるのであるから、それだけその
「霊的恵み」が現象界にあらわれ易くなることは当然である。

併し現象界の「物質」のみに目当てして、同じ言葉を念じても
効果が薄いことは止(や)むを得ないのである。

何故なら「物質の御利益」を願う心そのものが、
「霊的なる恵み」と波長が合い難いからである。

時として現象的な物質的な御利益を願っても、それが正確にかなえられる
ことがあるのは、天の使い(高級霊)が恰も翻訳係の如く
私たちの物質で表現した願いを霊的波動に翻訳して下さるからである。

           *「真理」第九巻生活篇(P105~105)より

              <感謝合掌 平成31年4月22日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《23日》 - 伝統

2019/04/23 (Tue) 03:40:51


《23日 ”神の悦び”を“わが悦び”といたしましょう》

「神は霊的悦びである。霊的悦びがわたしの悦びである」
この言葉を神想観中に自己暗示的に毎朝夕20回づつとなえよ。

称(とな)えること1ヶ月又は数ヶ月にして、あなたの心に今までにない、
霊的な悦びが湧き上って来るのを感じられるでありましょう。

神は本来「悦びそのもの」であり、
「悦び」によって実在の世界を創られたのであります。

「創世記」の人間創造の記録に、人間がエデンの楽園に置かれるのもそのためであり、
仏教において仏教の世界が荘厳極まりなく美しく賛歌の満たる世界であるのは
そのためであるのであり、

天理教でも”神が人間をこしらえたのは物見遊山をさせたいから”とその天地創造説なる
「泥海古記(どろうみこうき)」に書かれているのも神の天地創造が
「悦びそのもの」のであることをあらわしているのであります。

その「神の悦び」を「わが悦び」とするとき、
必ず良き事物の創造が現実世界にもあらわれて来るのであります。

      *「真理」第9巻生活篇(P106~107)より

        <感謝合掌 平成31年4月23日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《24日》 - 伝統

2019/04/24 (Wed) 03:43:43


《24日 「暗黒」を光明化しましょう》

どんなに暗黒な、面白からぬ出来事が起って来ましても、
その暗黒さに心をくさらせてしまっては解決の道はつかぬのであります。

泣いても、わめいても、腹立てても、神に泣きついても、
そんな事で問題は解決する筈はないのであります。

何故なら、泣きわめいても、腹立ちも、泣きつきも、懇請も、
いずれも同じ暗黒の範疇に属するものであるからです。

「暗黒」を解決するには「光明」をもってこなければなりません。

「暗黒」によって「暗黒」を解決しようと思うならば結局、
其処に衝突か墜落か不測の災難があるのみであります。

暗黒があなたの周囲にわだかまっている時に、更にあなたの
「暗黒な想念」で暗黒を追加して見たとて一体どうなるでしょうか。

だからそんな時には

「神の智慧の光われに流れ入りたまいて われを導きたまう。
われは常に暗(くら)みことあらず」

と念ずるように致しましょう。

      *「真理」第9巻生活篇(P107~108)より

        <感謝合掌 平成31年4月24日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《25日》 - 伝統

2019/04/25 (Thu) 21:20:21


《25日 魂を逞しく生長せしめるには》

若し面白くない事が起って来たならば、
それを自分を苦しめる災いだと思わないで、
「神の栄えのあらわれんがためなり」と思うことです。

苦難はあなたの魂がそれを跳び超える力を発揮する練習をするために
神から与えられた「魂のボディビル」をするための道具だと思えば宜しい。

「今こそ神の栄えのあらわれんがためである。
神はその無限の智慧もて此の問題を解決したまう」

と暇ある毎に、機会あるごとに祈りの気持にて黙念するがよいのである。

神の智慧は到る処に充ち満ちてい給うのであり、
この黙念によってあなたの自覚が高まるとき、

その到る処に満ちたまう神の智慧に波長が合い、
波長が合えば神の智慧があらわれて来ることになるのである。

要するに魂が逞しく生長するためには、どんな現象界の苦難が来ても
驚かず平静を失わず神の智慧に振り向く練習をすることである。


           *「真理」第9巻生活篇(P108~109)より

        <感謝合掌 平成31年4月25日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《26日》 - 伝統

2019/04/26 (Fri) 04:49:02


《26日 「信仰」は霊的実在を観る霊(れい)の眼(まなこ)である》

「信仰」とは、本当か嘘かわからぬから信ずるのだと云うような
アヤフヤなものではない。

「信仰」と云うものは肉眼で見えない実在(実相)を観る霊の眼(まなこ)である。
「信仰」のない人は事物を、ただ五官(眼、耳、鼻、口、皮膚)の
感覚によって判断する。

そして悪人と見えれば、彼を根本的に悪人だときめてしまい、
病気があらわれれば、病気が本当にあるときめてしまい、
心できめてしまうから、もう変化の余地がなくなって、
悪人は善人にかえらず、病気は治らない事になってしまう。

正しい「信仰」は神の造り給うた世界に全然悪人がなく、
また神の造らない病気などは存在の余地がないことを正しく知り、
「悪人」と万人が見る人に於いて「善人」を見出し、
「病気」と万人が見るところに「健康」を見出(みいだ)すのである。

           *「真理」第9巻生活篇(P109)より

        <感謝合掌 平成31年4月26日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《27日》 - 伝統

2019/04/27 (Sat) 03:31:00


《27日 頼りになるものは、「神と偕にあり」という自覚です》

本当の頼りになるものは外界にあるのではない。
物質や富や境遇や、資産や ――
そんなものは本当の決して頼りになるものではない。

本当の頼りは自分自身である。
しかも、自分の肉体や腕力ではなくて「内(うち)なる自覚」である。

「われ神の子であり、常に神われと偕にあり。何をか恐れんや」
と云う内的自覚があるならば、現象界に如何なる難問題があらわれても
少しも恐れることはないのである。

何故なら、どんな現象よりも神は偉大で強いからである。

神は無限の智慧であり、
神の智慧によって解決できない問題は何一つないからである。

常識的に考えてもただ心配するだけでは
智慧は麻痺し周到精確な計画と行動ともとることは出来ないのである。

神と偕なる自覚によってのみ凡ゆる問題を解決する
良き智慧が得られるのである。

           *「真理」第9巻生活篇(P110)より

        <感謝合掌 平成31年4月27日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《28日》 - 伝統

2019/04/28 (Sun) 04:46:30


《28日 神と偕にある自覚を行動化しましょう》

「われ神と共にあり」の自覚は、自己暗示したり、
瞑想したりすることによって精神的には得られるが、
それが行動化しない場合には、精神の皮層にしか
その自覚が高かまらない事があるのである。

「われ神と偕にあり」の自覚は、「神と行動を偕にする」ところの
信仰の行動化の信仰によってのみ一層深まることができる。

信仰の行動化は信仰の生命化であり信仰が生きて働くのである。
神と行動を共にするには、「神は「愛」であるから「愛行」を実践することである。

また神は人類光明化のために常に働き給うているのであるから、
その人類光明化運動に協力し致心、挺身、献資のいずれかの徳目
またはこの三者を同時に実践することである。

若し肉体に病気があらわれているならば、一定の奉納金箱または
奉納金袋(状袋を代用してもよい)を作って置きそれを手の上に置いて
「神の人類光明化運動に献資します、
この功徳によってわたしは神と一体にならせて頂きます。
従ってもう病気はありません」

と云う風に念じてそれを公共のために捧げるとよいのである。


           *「真理」第9巻生活篇(P110~111)より

        <感謝合掌 平成31年4月28日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《29日》 - 伝統

2019/04/29 (Mon) 04:33:02


《29日 至る処に自分の心の映像(かげ)を見る》

鏡に向かって御覧なさい。
其処に映っている自分の映像(すがた)は自分の思う通りに動くでしょう。
自分が微笑(びしょう)すれば微笑するし、
自分が眼をつり上げれば鏡の映像(えいぞう)の眼がつり上がるのです。

全く自分の支配下にあるのであります。

併し、此処に一つ大切なことがあります。
それは鏡の中の映像(すがた)を動かそうと思ったら、
自分自身が先ず動かなければならないと云うことなのです。


黒住宗忠は

「立ち向かう人の心は鏡なり、おのが姿を映してや見ん」

と詠まれましたが、

人の心だけではない、
自分の周囲にあらわれるあらゆる事件、境遇、身辺の事情等、
悉(ことごと)く自分の心の映像(かげ)であるのです。

自分の心の映像(かげ)であると云う事を知らないで、
人を憎んだり恨んだりしていては、憎み恨み排斥などの状態が、
自分の心の反映として自分に加えられるのは無理がないのです。


           *「真理」第9巻生活篇(P112)より

        <感謝合掌 平成31年4月29日 頓首再拝>

ひかりの一日一言《30日》 - 伝統

2019/04/30 (Tue) 04:31:18

《30日 実相世界と現象世界との関係》

身辺にあらわれたところの事象(病気をもひっくるめて)が、
すべて自分の心の映像(かげ)であるとするならば、
何処(どこ)に真実の実在があるのでしょうか。

肉眼に見える事物の背後に、感覚に感じられる状態の奥に、
「実相世界」があるのです。

神は、「霊」であるからそのつくり給うた世界は
「霊的世界」(実相世界)なのであります。

それは恰も映画を映写する時の光源の如く、煌々として眩しきばかりの
光ばかりの世界であって、少しも暗黒のない世界です。

映画にたとえれば其の光源に明暗交々(こもごも)の画像を描いた
フィルムを懸(か)けて回転させるでしょう。
するとスクリーンにフイルムの画像通りの有様(ありさま)があらわれるでしょう。

此のフィルムのたとえたところのものが、われわれの心に描いた姿でありまして、
心の姿の通りに現象界と云うスクリーンに色々の現象があらわれて来るのです。

だから階級闘争だとか国際対立だとか、心に闘争を描きながら
平和の世界を求めても平和の実現はむずかしいのであります。

           *「真理」第9巻生活篇(P112~113)より

        <感謝合掌 平成31年4月30日 頓首再拝>


・・・

<参考Web>

(1)ひかりの一日一言①
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6455552 

(2)ひかりの一日一言②
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6479787

(3)ひかりの一日一言③
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6505650

(4)ひかりの一日一言④
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6527684

(5)ひかりの一日一言⑤
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6558249

(6)ひかりの一日一言⑥
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6584563

(7)ひかりの一日一言⑦
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6618774

(8)ひかりの一日一言⑧
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6651661

(9)ひかりの一日一言⑨
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6681257

(10)ひかりの一日一言⑩
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6711243

(11)ひかりの一日一言⑪
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6745089

(12)ひかりの一日一言⑫
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6778844


<以下は、「幸福を招く365章」より」>

(13)ひかりの一日一言⑬~幸・不幸の岐れ道
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6818439

(14)ひかりの一日一言⑭~意識を高く昇らせよ
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6866429

(15)ひかりの一日一言⑮~理想を高く掲げよ
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6898754

(16)ひかりの一日一言⑯~心霊への目覚め
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6929870

(17)ひかりの一日一言⑰~健康への招待
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6962847

(18)ひかりの一日一言⑱~寿福への招待
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6990572

(19)ひかりの一日一言⑲~愛を人生に処方して
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7021791

(20)ひかりの一日一言⑳~祈りを生活に処方して 
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7058416

(21)ひかりの一日一言21~あなたも神癒が受けられる 
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7097406

(22)ひかりの一日一言22~光に向う我が運命 
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7149847

(23)ひかりの一日一言23~正しき想念の使い方 
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7190605

(24)ひかりの一日一言24~われ肉体以上のもの
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7274701


<以下は、「生活の智慧365章」より」>

(25)ひかりの一日一言25~幸福はどうしてくるか
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7538235

(26)ひかりの一日一言26~悦びはどうしてくるか
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7557795

(27)ひかりの一日一言27~智慧はどうしてくるか
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7575483

(28)ひかりの一日一言28~無限の供給を受ける道
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7590764

(29)ひかりの一日一言29~失敗から立ち上がる道
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7606832

(30)ひかりの一日一言30~豊かさを得る道
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7630690

(31)ひかりの一日一言31~肉体の苦痛はどこからくるか
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7645085

(32)ひかりの一日一言32~治癒する力はどこからくるか
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7658207

(33)ひかりの一日一言33~若さと元気はどこからくるか
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7669112

(34)ひかりの一日一言34~〝神〟を生活の中に生きるには
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7686486

(35)ひかりの一日一言35~自己の本質を知るには
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7703081

(36)ひかりの一日一言36~運命をひらくには
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7724106


<以下は、「人生の秘訣365章」より」>

(37)ひかりの一日一言37~希望実現のための法則
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7732872

(38)ひかりの一日一言38~~心で人生を支配せよ
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7743087

(39)ひかりの一日一言39~あなたは運命の主人公
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7751317

(40)ひかりの一日一言40~繁栄を実現するための根本問題
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7761105

(41)ひかりの一日一言41~祈りに強くなる31章
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7770328

(42)ひかりの一日一言42~天国を地上に実現するには
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7778386

(43)ひかりの一日一言43~”神の子”としての力を出す道
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7787449

(44)ひかりの一日一言44~大宇宙に満つる癒力
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7796082

(45)ひかりの一日一言45~萬教すべて一つの眞理を礼拝す
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7804010

(46)ひかりの一日一言46~万物は一新す
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7811802

(47)ひかりの一日一言47~人生の価値とその実現
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7820573

(48)ひかりの一日一言48~神の世継としての自分
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7828344




光明日訓(平成26年版)
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7732871

光明日訓(平成28年版)
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7538248



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