伝統板・第二

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天皇陛下の譲位 ② - 夕刻版

2018/09/26 (Wed) 16:58:48

     *伝統板・第二「天皇陛下の譲位」からの継続です。
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7667299




高御座が皇居に 代替わりに向け準備本格化

        *Web:日本経済新聞(2018/9/26)より


2019年10月22日の「即位礼正殿の儀」で
新天皇と新皇后が登壇する高御座(たかみくら)と御帳台(みちょうだい)の部品が
26日午前、保管先の京都御所から皇居にトラックで移送された。

宮内庁は18年度中に漆の塗り直しなど修繕を終え、
19年9月ごろから組み立て作業に入る計画だ。

19年4月末の天皇陛下の退位を控え、宮内庁は6~9月、
高御座と御帳台を約3千のパーツに解体し梱包する作業を進めてきた。

京都御所では25日午前から、約30人の作業員らが4トントラック8台に
段ボール箱など約250個の荷物を慎重に積み込んだ。


高御座と御帳台は1990年の前回の即位礼正殿の儀で使われた際には、
憲法の政教分離原則に反するとの批判が強く、過激派からの攻撃を懸念して
自衛隊ヘリで移送された経緯がある。

今回は「警備情勢が変化し、妨害を受ける可能性が低下した」(宮内庁幹部)ため、
陸路で搬送された。

  (https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35759500W8A920C1CC0000/?n_cid=NMAIL007

           <感謝合掌 平成30年9月26日 頓首再拝>

「皇位継承式典委員会」の設置 - 伝統

2018/10/12 (Fri) 18:58:07


          *読売新聞(2018/10/12)より

政府は12日午前の閣議で、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に伴う
儀式の詳細を検討する「式典委員会」(委員長・安倍首相)の設置を決定した。

委員会は続いて初会合を開き、
秋篠宮さまが皇位継承順位1位の皇嗣となったことを広く国民に示す
「立皇嗣(りっこうし)の礼」を2020年4月19日に行うことを決めた。

首相は、皇太子さまが即位する19年5月1日と、
新天皇が即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が行われる来年10月22日を
祝日とする考えを示した。

祝日はいずれも来年限りとする。
祝日法に基づき、祝日に挟まれる5月1日前後の4月30日と5月2日も休日となるため、
来年は4月27日から5月6日まで10連休となる見通し。

秋の臨時国会に関連法案を提出する。

   (https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181012-00050045-yom-pol

           <感謝合掌 平成30年10月12日 頓首再拝>

「即位礼正殿の儀」まで1年 - 伝統

2018/10/21 (Sun) 18:28:58

「即位礼正殿の儀」まで1年=皇位継承時の中心儀式-天皇退位

         *時事ドットコムニュース(2018/10/20)より

皇太子さまが来年5月に新天皇となられた後、
皇位が継承されたことを国内外に公に示す「即位礼正殿の儀」が、
1年後の同年10月22日、皇居・宮殿「松の間」で行われる。

今月12日に内閣に設置された式典委員会が天皇陛下の退位に伴う儀式も含めて統括し、
宮内庁に設けられた大礼委員会が円滑な実施に向け審議を重ねる。

即位礼正殿の儀は「即位の礼」の中心儀式で、
明治天皇、大正天皇、昭和天皇のいずれの場合も京都御所の紫宸殿で行われた。

大正天皇以降は、旧皇室典範(1889年制定)に「
即位の礼および大嘗祭は京都においてこれを行う」と規定されていたためで、
場所の指定がなくなった今の皇室典範の下で初めて実施された現在の天皇陛下の時
(1990年11月)に、宮殿の正殿の中で最も格式が高い「松の間」に移された。

一方、正殿の儀で天皇陛下が即位したことを宣言する時に使う「高御座」は、
一貫して紫宸殿に保管されている。

今年9月25日夜から26日朝にかけ、新皇后が使う「御帳台」と共に解体されて
4トントラック計8台で紫宸殿から皇居内に運び込まれた。

来年10月の正殿の儀が終わると、過激派によるテロを警戒して
自衛隊のヘリコプターで移送した90年時と同様、紫宸殿に戻される。

正殿の儀は今後も皇居で行われる可能性が高く、
「(再移送は経費的にも)無駄ではないか」との声も聞かれる。

ただ、宮内庁幹部は「歴史を鑑みても、京都御所に存置しておくことが妥当」
「高御座は紫宸殿にあるものと決まっている」と述べるなど、
変更する予定はないとしている。

   (https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102000382&g=ryl

           <感謝合掌 平成30年10月21日 頓首再拝>

「大嘗宮の儀」 - 伝統

2018/11/21 (Wed) 17:23:36

「大嘗宮の儀」に招待、700人 来年11月、平成より200人減

       *Web:共同通信(2018年11月20日)より

来年の天皇代替わりに伴って行われる儀式や祭祀の細部を詰める
宮内庁の「大礼委員会」は20日、第2回会合を開き、
来年11月14~15日に実施される代替わりの重要祭祀「大嘗祭」の
中心儀式である「大嘗宮の儀」に、前回より約200人少ない
700人程度を招待することを決めた。

大嘗宮の儀の後、皇居・宮殿で新天皇が参列者と酒食を共にする「大饗の儀」は、
同月16日と18日の2回となった。

天皇陛下が来年3~4月、三重県伊勢市の伊勢神宮や奈良県橿原市の神武天皇陵、
東京都八王子市の昭和天皇陵に参拝、退位することを自ら報告することも決まった。

http://news.livedoor.com/article/detail/15623848/

           <感謝合掌 平成30年11月21日 頓首再拝>

平成最後の新嘗祭に思う祭祀の「宗教性」 - 伝統

2018/11/26 (Mon) 18:48:50


     *メルマガ「斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」」(平成30年11月25日)より

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粟が捧げられる意味を考えてほしい
──平成最後の新嘗祭に思う祭祀の「宗教性」

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陛下はおととい、最後の新嘗祭を親祭になられた。
感慨もひとしおだったに違いないと拝察される。
それは「最後」だからではない。

「簡略」新嘗祭だったからだ。

報道によると、陛下は夕(よい)の儀の後半にお出ましになり、
暁の儀にはお出ましにはならなかった。
「健康上のリスク」への配慮とされる。

日本書紀の仏教公伝のくだりや養老律令の神祇令、
あるいは順徳天皇の「禁秘抄」に書かれてあるように、
祭祀は天皇第一のお務めであり、
歴代天皇はそのように信じて祭祀をみずからお務めになった。

とりわけ新嘗祭は皇室第一の重儀とされたのだった。

明治の改革で、天皇の祭祀は近代法的に整備された。
敗戦後、掌典職は天皇の私的機関となり、昭和22年5月の日本国憲法施行に際して、
皇室祭祀令はほかの皇室令とともに廃止されたが、
宮内府長官官房文書課長の依命通牒により、祭祀令附式に定められる祭式は存続してきた。
占領下も、社会党政権下でさえも、である。

祭祀は天皇の聖域である。


▽1 側近によって曲げられた皇室の伝統

天皇の祭祀が不当かつ無法な簡略化に甘んじることとなったのは、
昭和40年代、入江相政侍従長の時代である。

万年ヒラの侍従だった入江が、瞬く間に侍従次長から侍従長に駆け上がり、
真っ先に取り組んだのが祭祀の「簡素化」(入江日記)である。

香淳皇后や女官が抵抗したことが入江自身の日記に記録されているが、
入江は皇室の伝統に忠実な女官を「魔女」呼ばわりし、追放している。

このころ祭祀簡略化の名目は昭和天皇の高齢化だったが、
半月にもおよぶ外遊をなさる天皇が高齢とはいえまい。

真因は入江の祭祀嫌いと入江自身の加齢ではなかったか。

 
祭祀の簡略化と改変は、無神論者を自称する富田朝彦の登場で促進された。
次長時代の昭和50年8月15日の長官室会議で、
平安時代以来の石灰壇御拝の歴史を引き継ぐ毎朝御代拝の祭式が変更された。

依命通牒の解釈運用が側近によって、密室で、天皇・皇族への相談もなく、
にわかに一方的に変更されたのである。

同年9月1日以後、当直の侍従は装束ではなくてモーニングで、
宮中三殿外陣ではなくて前庭の隅から、拝礼することとなったことが、
『昭和天皇実録』にも説明されている。
憲法の政教分離原則への配慮であったという。

 
やがて昭和天皇の高齢化によって、文字通り祭祀は簡略化されていった。
卜部日記には、それでも親祭にこだわる昭和天皇の痛々しいまでのお姿が記録されている。

皇室祭祀令の附式には、幼帝の場合の対応が注意書きされているが、
天皇の高齢化は想定されていない。

祭祀簡略化の経緯を間近で御覧になっていたのが今上天皇である。
30年前、皇位を継承されたのち、今上陛下は皇后陛下とともに、
祭祀の正常化に取り組まれたらしい。

即位以来、陛下は、
皇室の伝統と憲法の理念の両方を追求されると繰り返し述べられている。


平成の祭祀簡略化はご公務ご負担軽減策として始まった。
渡邉侍従長らが昭和の先例を引き合いに陛下に打診したが、
陛下はなかなか同意なさらなかった。

ようやく在位20年を過ぎて、軽減策は実行に移されたが、
いわゆるご公務の件数は減らず、祭祀のお出ましだけが半減した。

そして新嘗祭が、昭和の先例に従い、簡略化された。
陛下はさぞご無念だったことだろう。
祭祀大権という言葉があるが、もはや実権は陛下の手中にはない。

 
今回の譲位は陛下ご自身の御意思によって始まった。
高齢となった場合の象徴天皇の務めについてのご懸念が背景にあるように
説明されているが、祭祀のお務めへのご懸念だったのではないかと私は考えている。

ビデオ・メッセージには「祈り」と説明されている。
憲法への配慮から「祭祀」とは表現できなかったのであろう。

悠久なる皇室の伝統より、最高法規とされる憲法が、明らかに優先されている。
陛下は象徴天皇とは何か、ご公務とは何かを考えてほしいと、
主権者とされる国民に、ビデオで訴えられたが、私たちは十分に応えているだろうか。


▽2 失われてしまった粟の文化

天皇の祭りは、国民統合の祭りである。
天皇の祭祀は宗教ではない。
少なくとも、憲法が禁じる国による宗教的活動ではない。

したがって国民の信教の自由を侵すはずはない。
カトリック信徒が祭祀に携わっているとも聞くが、その何よりの証明ではないか。

 
神嘉殿の宮中新嘗祭、大嘗祭の大嘗宮の儀では、
米と粟の新穀が神前に手ずから供され、御告文ののち天皇は直会なさる。

今上天皇の即位大嘗祭に携わった鎌田純一は『平成大礼要話』に、
悠紀殿・主基殿の儀の「米と粟」を正確に記録している。

一方、政府は30年前も、そして今回も、大嘗祭は「稲の祭り」だと解釈している。
メディアも同様である。粟はどこへ消えたのだろうか。

宮中三殿の祭祀は稲の祭りであるが、神嘉殿の新嘗祭は米と粟である。
皇室第一の重儀は稲の祭りではない。稲だけではない。

 
よく聞くように、斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅に基づき、
稲作の神に五穀豊穣を祈るなら、稲の新穀で十分であろう。

粟を捧げる必要はない。
稲とともに、粟が捧げられるのは、粟の神、粟の信仰、粟の民の存在が、
前提とされていると考えざるを得ない。

柳田国男が書き残しているように、日本列島は必ずしも米作適地ではないし、
日本民族は稲作民族ではない。柳田は稲作願望民族と表現している。

水田稲作農耕民が神前に稲を捧げるように、畑作民は粟を捧げて祈る。
文化人類学の知見によれば、台湾の先住民は粟をとりわけ神聖視し、
粟の祭祀を行ったらしい。

 
常陸国風土記には粟の新嘗のことが書かれてある。
縄文人の直接の子孫といわれるアイヌは稗と粟を食し、酒には稗を用いるという。

大正のころの日本人は稗や粟の酒をふつうに飲んでいたと聞くが、
いつの間にか失われてしまっている。

およそ天皇、即位したまわんときは、すべて天神地祇祭れ、と神祇令にある。そ
れぞれの神祭りにはそれぞれの作法がある。
民が信じるすべて神々に祈り、国と民を統合するには、
天皇の祭りは複合祭祀にならざるを得ない。


▽3 御代替わりの祭祀について政府は検討していない

来年は大嘗祭が行われる。

わが国では、御代替わりごとに、大規模な国民統合の多神教的、
多宗教的な国家的儀礼を行うことが古来、続いてきた。
それは価値のないことだろうか。

宗教的な対立が世界的に繰り広げられている今日、意味がないことだろうか。

アメリカでは9・11同時テロの直後、「全国民の教会」といわれる
ワシントン・ナショナル・カテドラルで、各宗教の代表者も参加する
多宗教的な追悼式が行われた。

多宗教化は現代の潮流といえるが、
皇室の伝統ははるかなる時代の先駆けではないのか。

 
なぜ天皇は神々に粟を捧げ、神人共食されるのか、学問的な深まりが求められている。
祭祀学、神道学、文化人類学など、米と粟の祭祀についての研究を、
残念ながら私は読んだことがない。学問研究が時代のニーズに追いついていない。

御代替わりは本来、全体として国事のはずだが、
今回も大嘗祭は、その宗教性を理由に、皇室行事とされる。

御代替わりの儀礼はかつては登極令附式に定められていたが、
賢所の儀など関連する践祚の式について、今回、政府が検討した形跡はない。
宗教性ゆえにである。

 
陛下はどのような思いで、最後の新嘗祭に臨まれたのだろうか。
何を思われ、来年の御代替わりをお迎えになるのであろうか。

   (http://melma.com/backnumber_170937_6761021/ )

           <感謝合掌 平成30年11月26日 頓首再拝>

現代にふさわしい大嘗祭のあり方とは? - 伝統

2018/12/03 (Mon) 18:57:49


     *メルマガ「斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」」(2018年12月02日 )より

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現代にふさわしい大嘗祭のあり方とは?
──秋篠宮文仁親王殿下の「大嘗祭」発言に思う

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秋篠宮文仁親王殿下がお誕生日会見で、大嘗祭のあり方について、
率直に疑義を示されたというので話題になっている。

殿下は、大嘗祭は「ある意味の宗教色が強いもの」で、
したがって「国費で賄うことが適当かどうか」と仰せになった。

「宗教行事と憲法との関係はどうなのか」「やはり内廷会計で行うべきだ」
「身の丈に合った儀式にすれば」というのが「私の考え」とのことである。

関連質問に対してのお答えだが、
殿下は以前からこのお考えを披瀝してこられたものらしい。

ポイントは、大嘗祭の性格と政教分離原則との関係、
大嘗祭の本来的あり方、皇族の意見と政治との関係、の3点かと思う。


▽1 大嘗祭は宗教的儀礼なのか

まず指摘しなければならないのは、たいへん失礼ながら、
殿下はどこまで祭祀をご存じなのかということである。

たとえば、皇室第一の重儀とされる新嘗祭は、
天皇陛下が神嘉殿の内陣でご親祭になるあいだ、皇太子殿下は隔殿で控えられる。
けれども、ほかの男子皇族方は殿外でご参列されるのみである。

秘儀とされる祭式は、天皇から皇太子へ一子相伝で伝えられるという。

皇族方は大祭ならご参列だが、小祭ならご参列もない。
もしや新嘗祭、そして大嘗祭の祭儀について、詳細をご存じないのではあるまいか。

 
宮中祭祀の宗教性は外見的に見れば、誰でも感じるところであり、
だとすれば、憲法の政教分離原則からすれば、とくに厳格主義に立つならば、
殿下の仰せの通り、公金の支出には疑問を抱かざるを得ないかも知れない。

けれども、とくに新嘗祭、大嘗祭は、そのルーツは遠く古代の宗教儀礼だとしても、
むしろ国家儀礼としての意義を理解し、価値を積極的に見出すべきではなかろうか。

政府は前回も、今回も、大嘗祭を「稲の祭り」と理解している。
稲作の儀礼なら宗教行事といえる。
だが、実際は「米と粟の祭り」である。

稲作民の米と畑作民の粟による国民統合の儀礼と考えられる。
けっして特定の宗教儀礼ではない。

天皇の祭祀は特定の宗教ではないし、国民に信仰を強制する性格のものでもない。
教義もないし、布教の概念もない。
したがって国民の信教の自由を侵すわけではない。

政教分離原則に反することはない。
長く伝えられてきた貴重な文化財でもある。
だとすれば、公金の支出は率先して認められるべきではないか。

政教分離原則を厳格に考えることも理解できないわけではないが、
どうしても原則をきびしく貫くのなら、ミッション系スクールへの
助成金は違憲だろうし、長崎県が県をあげて推進した教会群の
世界遺産登録運動は振り出しに戻さなければならない。

代替わりは国事そのものである。
内廷のみで行われる国事などあり得ないと思う。


▽2 大嘗宮を宮殿の庭に建てられないか

とはいえ、明治以後、巨大化した大嘗宮の規模などを考えると、
殿下が仰せのように「身の丈にあった」「本来の姿」を再検討すべきではなかろうか。

京都に都があったころ、哲学者の上山春平先生が指摘したように
、大嘗宮は紫宸殿南庭に、大嘗宮の儀の7日前に着工され、祭りのあと、焼却された。

明治末に登極令が定まり、そのあと行われた大正の大嘗祭では、
大嘗宮の規模がかつてないほどに壮大になった。
当然、大嘗宮は紫宸殿前庭では納まらず、仙洞御所の北側を拓き、設営された。

江戸時代、115代桜町天皇の大嘗宮は東西16間、南北10間の
柴垣をめぐらして設けられたというが、

大正の大嘗宮は東西60間、南北60間を板垣で囲い、建てられた。

岩井利夫・もと毎日新聞記者が『大嘗祭の今日的意義』で指摘しているように、
近代の国家主義華やかなりしころの産物といえる。

昭和の大嘗宮も平成の大嘗宮も、この大正の大嘗宮を前例として踏襲している。
そして今回もである。

当然、殿下が仰せの通り、「相当な費用がかかる」。
工事も1週間で済むはずはない。

いまどき世界に国威を誇示する必要はない。
殿下が仰せのように、神嘉殿で、とはいわないが、
宮殿の中庭もしくは前庭に大嘗宮を建てることは無理だろうか。

聞くところによると、昭和宮殿は即位儀礼が宮殿で行われることを想定して、
庭を広く設計された。

しかし今回についていえば、すでに時期を逸している。
陛下が「譲位」を仰せ出されたときに、御代替わりのあり方について、
議論を始められなかったことが返す返すも悔やまれる。

それと関連して、殿下のような皇族のご発言で、
基本的な議論をしなければならないのはじつに不幸である。

皇室は権力政治とは一線を画されるべき存在だからである。
役所の都合に合わせて皇室を利用しておきながら、
「聞く耳を持たない」官僚たちはきびしく批判されるべきではないか。

今回のことはその結果である。

次の御代替わりは陛下の御意思によって始まった。
陛下はビデオ・メッセージで象徴天皇制度のあり方を問いかけられたが、
主権者たる国民が十分に応えているとはいえまい。

2000年の歴史を踏まえて、現代にふさわしい御代替わりのあり方を、
私たちは真剣に追い求めるべきだろう。

  (http://melma.com/backnumber_170937_6764419/ )

           <感謝合掌 平成30年12月3日 頓首再拝>

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