伝統板・第二

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人口激減社会という国難 ② - 夕刻版

2018/08/28 (Tue) 20:16:08

      *伝統板・第二「人口激減社会という国難」からの継続です。
        → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7716583

《このままでは『2040年の日本』はこうなる》

     *『だから日本はズレている』古市憲寿・著 より

(1)階級社会化が進行した2030年代には、街でデモや暴動が起こった。
   最低賃金法の撤廃や公的年金廃止などが含まれた社会保障と雇用一体改革の
   強行採決時には、国会を老若男女が囲んだ。

   しかし階級が固定し、人々がそれを当然のことと思うようになると、
   国民の幸福度は上がり、治安も回復していった。

(2)治安維持に一役買ったのは生活保護制度の代わりの「ベーシックインカム」と、
   移民相当職と呼ばれる労働者に対しての
   「ハッピーサプリ(抗鬱剤)」無料配布だ。

   日本は低賃金労働を移民に任せるという選択肢が取れなかった。
   東アジア諸国の経済水準が上昇し、わざわざ日本に出稼ぎに出る
   必要がなくなったからだ。

   政府は2020年に「労働開国」を打ち出したが既に手遅れであった。

(3)移民相当職に日本の貧困層が従事し、時給150円でも
   ハッピーサプリのおかげで幸せになれた。

   日本の人口は1億人を割った。
   かつて発表された「日本の将来推計人口」を超えるスピードで人口は減った。

   政府の少子化対策の失敗と、経済成長国で職を得るため、
   日本を脱出する人々の増加によるものだ。

         <感謝合掌 平成30年8月28日 頓首再拝>

人口減少による「孤立と縮小」への処方箋 - 伝統

2018/08/31 (Fri) 20:13:51


       *Web:Livedoor News (2017年10月26日)より

「人口減少と社会保障 孤立と縮小を乗り越える」(山崎史郎著、中央公論新社)


評者は、先日、福島県のとある村を訪問した。
人口は1300人、毎年数十人単位で減っている。
高齢化率は50%を超え、60歳代では若造と言われる。

特別養護老人ホームを増床したが、
介護スタッフの確保ができず、稼働できないでいる。

今後、更に高齢者自体が減る見通しの中で、
この特養をどうしたらよいかなど、
村の福祉の行く末について、様々な相談を受けた。


20年以上前になるが、評者は、介護保険を創設する仕事に携わった。
その頃、全国のあらゆる地域で、特養の整備を進めていた。
いくら造っても足りないと言われた。

それが今、介護者がいないから稼働できない、
さらには、入所する介護者がいないという驚きの事態が出現している。

いずれも、少子高齢化が進んだ結果、生じた「人口減少」がもたらしたものだ。


本書は、厚生労働省で、介護保険の創設・運営に関わり、
省の内外で「ミスター介護保険」と呼ばれた著者が、3
8年間の公務員人生を振り返り、

「人口減少」が社会保障、ひいては日本社会に及ぼすインパクト、
そして、それに対処するための処方箋について、
各地の取組事例などを交えながら、述べたものだ。


急激で、しかも日本社会のあらゆる場面に大きな影響を与える
「人口減少」という社会事象に対して、既存の制度にとらわれることなく、
また、雇用、住まい、地域政策など、旧来の社会保障の枠を超えた視点からの指摘は、
極めて説得力がある。

眼前の課題に追われ、視野狭窄に陥りがちな後輩達へのメッセージと受け止めた。


《人口減少に適応するために――「縦割り・横並び」からの脱却――》

人口減少は、「人手不足」を引き起こす。
前述の村の特養では、介護スタッフ不足のため
一部施設が稼働できない事態が生じていたが、
都市部でも、同様の状況にある施設が相当数見られる。

都市部での介護人材不足は、当面、処遇改善を図ることにより、
対応できるかもしれないが、現役世代が減少した地方では、
容易に解決できる問題でもない。

都市部であっても、今後、高齢化が急速に進み、
要介護者が急増する状況にあっては、
次第に危うい事態が招来することは否定できないだろう。


著者は、こうした人口が縮む中において、
社会保障は、「効率化」と「多様化」の視点に立って改革されなければならないとする。

具体的に、「人材」、「住まい」、「地域組織」の3つの社会資源について、
こうした視点からの見直しが必要だと指摘する。


「人手」については、

(1)ICTを活用した業務の簡素化、効率化を進め、ロボットも活用する
   ⇒イノベーション、

(2)高齢者介護、障害福祉、保育などのサービス拠点の一体化(共生型施設)
   ⇒サービス融合、

(3)専門資格の相互乗り入れ(マルチタスク化)
   ⇒人材多様化など、サービス改革を進める。


「住まい」については、高齢者ケアや低所得者のセーフティネット保障の観点から、
住宅行政と社会保障行政の連携を強化するとともに、
全国で820万戸にも及ぶ空き家の活用などによる「コンパクトシティ」の実現を図る。


「地域組織」については、市町村内のより身近な地域の
「つながり」をつくる組織として、「地域運営組織(地域課題を共有し、
解決策を協議するとともに、各種事業を実行する組織)」が期待できるとし、

こうした地域運営組織などが、地域密着型の多様な事業を展開できるよう、
包括的な交付金を導入することを提案している。


これらの指摘は、いずれも、「縦割り・横並び」からの脱却を意味するものであり、
「人口」も「社会ニーズ」も増加することを前提に作られてきた、
これまでの社会保障の在り様を大きく転換するものだ。


《「社会的孤立」という新たなリスクへの対応――「共生支援」――》

本書では、「家族」と「雇用システム」の変化から説き起こし、
その行き着く先が「人口減少」であったと論じているが、同時に、
「家族」と「雇用システム」の変化は、深刻な「社会的孤立」を招いたと指摘している。

そして、これまで、病気、老齢、介護、失業などといった
個別のリスクに応じて制度化されてきた日本の社会保障は、
こうした社会的孤立という新たなリスクに対応できていない、とする。


   「これまでは、それぞれのリスクは別々に発生し、
   個々のリスクさえカバーすれば、人には帰る家庭があり、戻る職場があり、
   支える周囲の人々があり、そして、その『つながり』の中でふたたび力を取り戻し、
   社会や家庭で活動していくことができる、という暗黙の前提があった」


   「しかし、周囲に心身の支えとなるような家族も同僚も友人も少なく、
   日常の生活が孤立している場合は、いくら支援サービスを提供しても、
   ひとりだけでは窮状を脱することが難しく、また、一旦改善しても
   ふたたび同じような状態に戻ってしまうおそれが強い。
   さらに、複数のリスクを同時に抱える個人や家庭も多くなっている」


こうした認識に立って、今後は、個別リスクの保障だけでなく、
人のつながりそのものを強めていくことが主要課題になると指摘する。
「人々が自分以外の人と共に生きていく」ことそのものを支援するというのだ。


これを著者は、「共生支援」と呼び、次の3つの取組みを提唱している。

(1)孤立した人々をできる限り社会集団の中に「取り込む」
  (非正規労働者の正規化、社会保険への適用拡大など)

(2)包括的・伴走型の支援によって、孤立した人々を制度やサービス、
   さらには他の人と「つなぐ」

(3)就労支援や学習支援などによって、人々が自立していくことを支援し、
   生きる力を「強める」


著者が立案した「生活困窮者自立支援法」は、こうした視点に立って、
事業が進められ、各地で実績を挙げているが、一昨年からは、
さらに「我が事・丸ごと」といったキャッチフレーズで、
次のステップに歩みを進めている。

そして、この先には、「地域共生社会の実現」という目標がある。


《全世代型社会保障への転換――社会全体で財源を負担していくことが必要――》

今回の総選挙で、自民党は「子どもから、現役期、高齢期まで生涯を通じた
全世代型の社会保障を構築します」と公約としたが、
著者も、社会保障を「全世代型」へ転換すべきと主張している。


まず、何よりも、出生率を回復し、将来の人口減少に歯止めをかけ、
人口構造を変えることが重要だと指摘する。

希望出生率1.8を2030年に実現でき、2040年に人口置換水準(2.07)まで回復すれば、
2050年には高齢化のピーク(35.3%)を迎えるものの、
長期的には現在の高齢化率と同水準の27%程度で安定するというのだ。

そのためには、高齢期の支援が中心となっている現在の社会保障の在り方を改め、
給付面では、「子育て支援」を強化し、負担面では「支え合い構造」を再構築する
必要があるとする。


子育て支援として、まず、仕事と子育ての両立支援、
そして、経済的な支援の強化を行うべきだという。

また、その財源については、

(1)税財源、
(2)子ども保険、
(3)子育て支援連帯基金(年金、医療保険、介護保険が拠出)

の3つの選択肢を挙げている。

著者としては、社会保険方式を基本とする日本の社会保障との調和を保ちつつ、
制度間の連帯という新たな支え合い機能を付加するという点で、
(3)がお勧めのようである。


負担の問題は、利害の対立もあって、そう一筋縄で答えの出る問題ではないが、
いずれにせよ、全世代対応、しかも、使途が子育て支援という以上、
社会全体で負担していく仕組みであることが基本であろう。

難しい課題だが、逃げずに答えを出していかねばならない。

当面、避けられない人口減少への対処と並行して、両面作戦となるが、
一日も早く全世代型の社会保障を実現することによって、
出生率の回復が図られ、将来の人口減少の懸念が払拭される日が来ることを期待したい。

   (http://news.livedoor.com/article/detail/13802847/

         <感謝合掌 平成30年8月31日 頓首再拝>

《日本を終わらせる「超少子高齢化」》 - 伝統

2018/09/27 (Thu) 19:05:46


          *Web:MONEY VOICE(2018年9月20日)より要点の抜粋

2018年9月16日、総務省は「日本の総人口に占める70歳以上の割合が2,618万人となり、
初めて日本の人口の2割を超えた」と報告している。団塊の世代が70代に達しているのだ。

65歳以上で見ると3,557万人で、日本の総人口比の28.1%である。

一方で出生数の方は、200万人超えだった1974年以後から明確に減少の方向にあり、
2016年にはとうとう100万人を割って97万6,978人になってしまっている。

高齢者が極端に増え、子供が極端に減っている。
まさに、超少子高齢化が進んでいる。
また、人口の自然増減率を見ると2007年から一貫してマイナスを記録するようになった。

これらのデータから、日本は3つの危険な事態が進行しているということが分かる。

1. 高齢者が増え続けている
2. 子供が減り続けている
3. 人口も減り続けている

高齢者が増えて、子供が減って、人口も消えていく。


日本が静かな危機に直面している。

高齢者が増え続ける国にイノベーションは生まれない。

子供が減り続ける国に活力は生まれない。

人口が減り続ける国に成長は見込めない。


少子高齢化は日本を崩壊させる致命的な病苦なのだ。
そろそろ日本人は、これから生々しい「日本の崩壊」を現実に見ることになる。


《日本人のほとんどは少子高齢化という病魔に無関心》

社会・文化・経済における「日本の崩壊」があるとしたら、
その原因となる確率が最も高いのは、間違いなく少子高齢化の進行だ。


しかし、日本人のほとんどは少子高齢化という日本を蝕む病魔に無関心だ。
まるで他人事なのだ。


なぜなのだろうか。
それは、半分以上の日本人が「少子高齢化をまったく実感できていない」ことにある。

なぜ実感できないのか。
それは、日本人の人口の半分が三大都市圏(東京圏・名古屋圏・大阪圏)に暮らしており、
この三大都市圏に暮らす人たちは「日本人が減っている」ということに肌で気づかないからでもある。

総務省統計局「国勢調査」及び国土交通省「国土の長期展望」がまとめた資料を元に、
総務省市町村課が作成した『都市部への人口集中、大都市等の増加について』の資料を読むと、
この三大都市圏に住む人たちの割合はさらに増えていき、都市部の人口集中が
これからも続くことが示されている。


一方で、三大都市圏以外の地域は着実に人口減となる。
2050年までに、現在、人が居住している地域の約2割が無居住化し、
国土の約6割は無人化すると分析されている。

人口の半分以上は三大都市圏に暮らすので、少子高齢化はまったく実感できていないのである。
だから、地方がどんどん死んでいくのに無関心のまま放置されている。



《日本崩壊の過程が人口動態から透けて見える》

(1)少子高齢化という病魔は、
   「地方」という最も弱いところを破壊して壊死させてから、
   都市部に侵食していくのだ。

(2)増え続ける「買い物弱者」

   地方に残されるのは常に高齢層である。高齢層は消費が弱い。
   だから地方の個人商店は売上が上がらず、店主の高齢化も相まって
   次々と廃業を余儀なくされていく。

   地方で暮らすというのは、不便と隣合わせである。

   地方ではモノを買いたくても買えない人たちが大量に出現しているのである。

(3)地方は、もはや買い物すらできない陸の孤島に

   人口が減り、出歩く高齢者も減っていくと、交通機関も赤字経営となって維持できない。
   電車は走らなくなり、バスの路線もなくなり、交通はいよいよ不便になる。

   銀行も、病院も、郵便局も、赤字経営になれば撤退していくしかない。
   当然のことながらATMもない。

   そうなれば、地方は陸の孤島も同然の状態となり、
   いくら郷土愛が強くても、そこで暮らしていけなくなってしまう。

   こうした状況が延々と続いており、少子高齢化によって状況は悪化するばかりだ。

(4)自然災害からのインフラ復旧すら危うい

   人口が減り、高齢化し、やがて消えていくのだから、
   地方が再生できると思う方がどうかしている。

   昨今は地震やゲリラ豪雨や台風と言った自然災害も大型化しているが、
   地方がこうした自然災害に被災していくと、
   やがてはインフラの復旧ができなくなる可能性も高い。

   インフラが消えれば生活環境は極度に悪化する。
   地方は再生よりも荒廃に向かう。

(5)見捨てられた高齢者が認知症で這い回る地獄絵図

  ①2024年には日本で最も人口の多い団塊の世代がすべて「75歳以上」となってしまう。

  ②2026年には高齢者の5人に1人が認知症患者となる。
   これは患者数にすると約730万人である。


(6)危機感の共有化が急務

  ①地方の人々はもうこの状況が改善できないことを悟り、
   再生をあきらめ、日本をあきらめる。

  ②しかし、都会に住む日本人はまったくそのことに気づいていないか、
   気づいても無関心のままである。

   これで日本はこれからも大国でいられると楽観的に思える人はどうかしている。

  ③日本を愛し、日本の未来を憂うのであれば、
   日本最大の国難は少子高齢化であると強く認識しなければならない。
   もう手遅れの一歩手前まで来ている。

  ④それなのに、
   少子高齢化が日本を破壊する時限爆弾になっているという意識は、
   まだ日本人全体に共有されていない。そして、危機感もまた希薄だ。

  ⑤少子高齢化によって税収が減っている上に、
   高齢者にかける社会保障費が膨れ上がっている。

   少子高齢化の放置によるツケは、年金受給年齢の引き上げ、年金の削減、
   医療費負担の増大、税金の引き上げ……という見える形で、
   日本人全員にのしかかってくるようになっている。


(7)自滅へのトロッコに乗った私たちにできること

  ①最初にやらなければならないのは、とにかく「少子高齢化が日本を自滅させる」
   という共通認識を持ち、これを広く周知して国民の意識と議論を高めていくことだ。

  ②危機感が共有できていないから問題は先送りされてきた。
   ここで少子高齢化の危機感が共有できなければ、日本は破滅的な結末を迎えてしまう。

  ③この危機感が共有できたら、出生率を上げるためにどうするのか、
   地方をどう救うのか、少子高齢化を解決するために税金はどのように配ればいいのか、
   政治家は何をすべきなのか、社会はどのように変わるべきなのか、
   すべての議論が進んでいくことになる。


   (https://www.mag2.com/p/money/530806 )

         <感謝合掌 平成30年9月27日 頓首再拝>

【100%やってくる未来は、人口減少と少子高齢化】 - 伝統

2018/09/28 (Fri) 19:27:38


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年09月26日)より

   (成毛眞氏の心に響く言葉より…)

   今後、どんな天変地異が起ころうとも、
   日本に、100%やってくる未来が、人口減少と少子高齢化だ。

   2040年ごろには、ほとんどの団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢人口がピークを迎える。

   国立社会保障・人口問題研究所によれば、
   2042年、65歳以上の高齢者は3935万人にも達するという。

   2053年には人口も1億を下回ると予測されているから、
   人口の40%近くが高齢者になるという計算だ。


   地方に行くと、その割合はさらに増える。

   秋田県に至っては、2045年に人口の50%以上が65歳以上の高齢者になると予測されている。


   このような状況が予想できるわけだが、
   本当に恐ろしいのは何かといえば、「お金」の問題である。

   客観的に考えていくと、どう見積もっても、ミドルエイジは、
   この先、茨(いばら)の道を歩まざるをえない。


   まずは年金と社会保険の問題だ。

   今の40代が高齢者になるころには、年金の給付額は大幅に減るのは間違いない。

   現行の制度のままでは現役世代がつぶれてしまうから、
   社会保険は持ちこたえられなくなる。

   そうなると、解決策は一つしかない。

   高齢者への社会保険の給付を減らすことだ。

   意外と見過ごされがちなのが、
   健康保険や介護保険を利用するときの自己負担割合である。

   現在の医療費の負担割合は70歳までが3割、70~74歳が2割(現役並みの所得者は3割)、
   75歳以上が1割(同)だが、これにメスが入るのも避けられない。

   70歳までは5~6割を負担、75歳以上も3~4割を負担という未来は容易に想像できる。


   そんな厳しい状況に拍車をかけるのは、増税だ。

   2018年3月の時点で、国の借金は1087兆8130億円に膨れあがっている。

   借金を返すにも、国の基本的な収支をあらわすプライマリーバランスは
   ずっとマイナス(赤字)だから、減るどころか増える一方。

   今でも返せないのに、今後は人口減によって、さらに税収が減るから、
   もはや生易しいやり方では返せまい。

   いずれにしても、国として税金を上げるのは避けれられないことだ。


   こうした経済環境の変化を勘案すると、残念ながら、次のような未来が予想できる。

   それは、「老後に贅沢な資金をもっていなければ、リアルに野垂れ死ぬ」ということだ。

   お金がなければ、医療や介護サービスをろくに受けられなくなる。

   それどころか、日々の食事や生活必需品にも困ることになるだろう。


   このまま漫然と老後を迎えれば、その先には地獄が待っている。

   そうならないためには、いまのうちから手を打つことが必要だ。

   その1つは、稼いだお金を貯めて、それを資産運用に回すこと。

   資産運用も大事だが、最も重要なのは、お金を稼げる自分であり続けることだ。

   60代になっても70代になっても稼ぐことができれば、
   社会保険に頼らなくても、インフレが来ても、食いっぱぐれることはない。

          <『定年まで待つな!』PHPビジネス新書>

              ・・・

人口減少と少子高齢化によって引き起こされる問題は多岐にわたる。

たとえば、「地方の市町村の消滅」「大学の倒産」「空き家や耕作放棄地の増大」
「地方の伝統行事の消滅」「さらなる人手不足」「地方の交通機関の撤退や縮小」
「税収減による公共サービスの低下や劣化」「町内会や自治会の崩壊」
「地方の中小企業の後継者難による廃業や倒産」等々だ。


未来の予測に最も役立つのが、人口学だと言われている。

なぜなら、何年後かの人口は、ほぼ正確に予測できるからだ。

だから、人口減少と少子高齢化に伴って起こる未来予測は、
時期のずれは少しはあったとしても、ほぼ正確に必ず起こる。

今、見える未来だ。


政治や経済や経営、あるいは、IT技術などの未来の予測はそうはいかない。

変化は加速し、様々な方向に波及し、その結果、思ってもみなかった方向に進むからだ。


「100%やってくる未来は、人口減少と少子高齢化」

本書には、厳しい指摘だけでなく、これからをどうすればいいかという
ポジティブな策も数多く列挙されている。

個々人に向けて書かれた本だが、これを会社に置き換えてみても大いに参考になる。


「人口減少と少子高齢化」の時代をたくましく生き抜きたい。


         <感謝合掌 平成30年9月28日 頓首再拝>

政策の【正しい】優先順位 - 伝統

2018/10/04 (Thu) 17:14:58


        *メルマガ「RPE」(2018年10月04日)より

第4次内閣が発足した安倍総理が談話を出しました。

どんな内容だったのでしょうか?

全文を見てみましょう。




<来年は、皇位の継承という歴史の大きな節目を迎えます。

その直後には、日本が初めて議長国を務めるG20(20カ国・地域)サミット、
さらに翌年は、東京オリンピック、パラリンピックが開催され、
世界中の注目が日本に集まります。

日本がまさに歴史の大きな転換点を迎える中で、今こそ、
未来を見据えて、平成の、その先の時代を切り拓く時です。


国難とも呼ぶべき少子高齢化に真正面から立ち向かい、
一億総活躍の新たな国づくりを推し進めます。

未来を担う子供たち、子育て世代に大胆に投資するとともに、
高齢者の皆さまがいくつになっても活躍できる社会を実現することで、
全ての世代が安心できる社会保障制度へと改革を行ってまいります。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)や欧州との経済連携協定をはじめ、
新しい時代の世界のルールづくりを進めます。

激動する国際情勢の中で、北朝鮮問題をはじめとする諸課題を解決し、
わが国がリーダーシップを発揮して、新しい時代のアジア太平洋の平和と繁栄の礎を
築き上げてまいります。

希望にあふれ、誇りある日本を創り上げ、次世代に引き渡すため、
内閣一丸となって、政策の実行に邁進する決意です。

安倍内閣の新たな取組に、国民の皆さまのご理解とご協力
を改めてお願いいたします。>



内容を見てみましょう。


まず、来年は、

・天皇陛下が陛下が退位され、皇太子さまが即位される

・日本が議長国を務めるG20サミットが開かれる

再来年は、

・東京オリンピック、パラリンピックが開催される


それで、日本が世界の注目を集めると。

総理は、いいます。



<日本がまさに歴史の大きな転換点を迎える中で、今こそ、
未来を見据えて、平成の、その先の時代を切り拓く時です。>



平成が終わる・・・。

まさに歴史の大きな転換点です。

「未来を見据えて、その先の時代を切り拓く」ために、

真っ先に何をすればいいのでしょうか?



<国難とも呼ぶべき少子高齢化に真正面から立ち向かい、
一億総活躍の新たな国づくりを推し進めます。

未来を担う子供たち、子育て世代に大胆に投資するととも
に、高齢者の皆さまがいくつになっても活躍できる社会を
実現することで、全ての世代が安心できる社会保障制度へ
と改革を行ってまいります。>


なんと「少子高齢化」をトップにもってきました。

皆さん、これどうですか?

私は、「絶対的に正しい!」と思います。


この談話を読まれて、特に保守派の皆さんは、

「おい! 憲法改正について、一言も触れてないじゃないか????!!!!!」

と憤っておられるかもしれません。


皆さん、「少子化問題」と「憲法改正」、
どっちが優先されるべきだと思いますか?

私は、「少子化問題」だと思います。

憲法改正を強行しようとすると、国が真っ二つに割れることになります。

日本の国論が真っ二つに割れる、国が分裂するのを喜ぶのは、もちろん中国です。


ところが、「少子化問題」は、誰もが認識している「大問題」なので、国は一つになります。


「少子化問題を解決するための支援拡充」というのは、
本来左派の皆さんの仕事でしょう。

ですから、がんばって良いアイディアを出していただきたいと思います。

納得できない保守の皆さんも、最後までお読みください。



▼日本最大の課題は、人口問題

皆さん、少子化問題が深刻であることはご存知でしょう?

では、どのくらい深刻なのでしょうか?


まず、日本の人口は、すでに減少しています。

国勢調査によると、2010~2015年で、人口が96万3000人減った!

毎年平均、20万人減っている計算になります。


先に進むほど、状況予測は悲惨になっていきます。

国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、

2065年の日本の人口は、8808万人。

2100年には5000万人を割る。


これだけ聞いても、イメージできないですね。

大ベストセラー「未来の年表」からショッキングな話をックアップしてみましょう。


・2040年には、自治体の半数が消滅する

・2065年~外国人が無人の国土を占拠する


となっています。

2065年というと、私は95歳になります。

わかりませんが、元気で生きている気がします。

しかし、「外国人が無人の国土を占拠している」状態をみながら、
絶望的な気分であの世に旅たちたくはありません。

皆さんは、どうでしょうか?



▼世界最高の戦略家ルトワック、「少子化問題」を語る


最近、「全国民必読の書」が発売になりました。

世界一の戦略家と呼ばれるルトワックさんの新刊


●「日本4.0」

です。

ルトワックさんは、最新刊の中で、
「少子化問題」を日本最大の問題の一つと位置づけています。

少し引用しておきましょう。

<日本は長年、少子化問題を議論しながら、人口減少という国家にとって
真の危機を間近にしても、思い切った施策を打ち出そうとしていない。

そもそも将来の納税者が減少すれば、近代国家は衰退するしかないのだ。>(22、23p)


親日家のルトワックさんですが、この問題については、日本政府を強く批判しています。

<もうひとつ、子どもがいなければ、安全保障の議論など何の意味もないということだ。

人間の人生には限りがあり、未来は子どもの中にしかない。

当然、国家の未来も子どもの中にしかなく、それを守るために安全保障が必要なのである。

どんなに高度な防衛システムを完成させても、
国内の子供が減り続けている国が戦争に勝てるだろうか?

未来の繁栄が約束されるだろうか?>(23p)


そしてルトワック氏は、少子化解決のための具体的方策も提案しています。


<もし日本が本当に戦略的な施策を打ち出すのであれば、
最も優先されるべきは、無償のチャイルドケアだろう。

スウェーデン、フランス、イスラエルは、高い水準のチャイルドケアシステムを整備し、
実際に子供が増えている。>(23、24p)


<まずは不妊治療の無料化。
イスラエルはこれを100%実施している。

次は出産前の妊婦が必要とする諸費用、出産費用、さらに
小学校に行くまでのチャイルドケアの費用を国が負担することである。>(24p)



これらの施策も「社会主義的だ!」と批判する人がいるでしょう。

ルトワックさんは、「極端に保守化した人たち」を批判します。

<高齢化が行き着くと、国内の雰囲気は保守化し、悲観的になる。

未来のことを考えない近視眼的な思考がはびこるようになるのだ。

私は日本の右派の人々に問いたい。

あなたが真の愛国者かどうかは、チャイルドケアを支持するかどうかでわかる。

民族主義は国旗を大事にするが、愛国者は国にとって最も
大事なのが子どもたちであることを知っているのだ。>
(24p)



私は、「真の愛国者」かどうかわかりませんが、
「真の愛国者でありたい」とは思っています。

それで、もちろん「少子化対策」を支持します。

皆さんは、いかがでしょうか?


安倍総理は就任されると、まず「大規模な金融緩和」を実施しました。

おかげさまで新卒大学生は、「3社も4社も内定をもらっている人だらけ」だそうです。


その次、総理は、「集団的自衛権行使」を認める「安保関連法」を成立させ、
日米関係を劇的に改善させました。

それで、中国は、なかなか尖閣を侵略できないでいます。


その後は、「働き方改革法」を成立させました。

この法律は、「月100時間(=週25時間=1日5時間)の残業」を「合法」とする、
ひどい内容です。

それでも、「働き方改革、働き改革!」と大騒ぎしたおかげで、
実際に残業が減っているようです。


次に総理が選んだテーマは、「憲法改正」ではなく

「少子化問題」でした。


既述のように、「憲法改正」を強行すれば、
日本の国論は完全に二分し、習近平は大喜びしたことでしょう。


しかし、総理は、賢明にも「少子化問題」を次のテーマに選んだ。

実にすばらしいことだと思います。

         <感謝合掌 平成30年10月4日 頓首再拝>

日本の黄昏~その1 - 伝統

2018/10/20 (Sat) 18:18:25

人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評

1.少子化が経済を冷却する

  まずは少子化の影響から見てみたい。子どもが減ると何が起こるか。

(1)経済が冷え込む

  ①購買力のある若年層が減ることで消費が冷えこみ、経済が停滞し、悪循環に陥る。

  ②これは税収の落ち込みにもつながる。

  ③また、労働市場も縮小する。

(2)IT技術者不足によりイノベーションが減速する

  ①IT産業への需要は今後も堅調に伸びる一方、IT技術者は2019年をピークに、
   就業者数が退職者数を下回る状況が続く。

  ②IT技術者の不足は当然イノベーションへの悪影響ももたらす。

  ③情報セキュリティの観点では国防にも直結する問題となる。

(3)地域の活気がなくなり、伝統行事が消える

  ①「伝統行事が消える」は私個人としては大問題だけど、
   それ自体はイデオロギーにもよるので、気にしない人は気にしないかも。

  ②客観的な問題としては、高齢者や子供に対する地域の見守り機能が衰退し、
   治安維持や災害時の手助けができなくなる。

(4)企業内高齢化が経営を圧迫する

  ①「高齢化」というと65歳以上の定年後人口を想定しがちだが、
   少子化は65歳までの労働人口での高齢化も引き起こす。

  ②人口ボリュームの大きい団塊ジュニア世代が50代に突入する
   2021年ごろから、企業の人件費がピークになる。

   彼らに加えバブル世代のポストも不足し、彼らの処遇や
   モチベーションを引き出すため、企業は管理職のポスト増設に迫られる。
   彼らが60代に入る2032年以降は退職金負担も大きくなる。

  ③経営者も辛いが、彼らを支えるその下の世代も辛そう‥。

         <感謝合掌 平成30年10月20日 頓首再拝>

日本の黄昏~その2 - 伝統

2018/10/21 (Sun) 18:04:06


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評


2.高齢化の本当の問題は「高齢者の高齢化」

(1)次に高齢化。

  ①本書が問題視するのは、高齢化と言っても単に「65歳以上人口が増える」だけでなく、
   高齢者の中の高齢化が進む点。

  ②現在65~74歳人口と75歳以上人口とは拮抗しているが、
   やがて前者は減少し、後者の比率が増えていく。

   団塊世代が全員75歳以上となる2024年には日本人の6人に1人が75歳以上となる。

  ③政府は定年年齢引き上げなど「高齢者の活用」を検討するが、
   増加するのが75歳以上の「超高齢者」であるので、現実には活用は困難だ。
   「老老介護」も増えていく。

(2)また、本書は
   「貧しいおばあちゃんの激増という身近な現実から目を背けてはならない」と指摘。

   夫の介護に貯金を使い、少子化で地価が下がって遺されたマンションも売れず、
   あるいは未婚のまま高齢化した「貧しいおばあちゃん」が増えていく。


         <感謝合掌 平成30年10月21日 頓首再拝>

日本の黄昏~その3 - 伝統

2018/10/22 (Mon) 18:34:11

人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評


3.「地域包括ケア」は成立せず介護離職が増大する

  少子化・高齢化の影響で最も身近なのは「介護」だろう。
  しかし大きな問題を孕んでいる。


(1)「地域包括ケア」は成立しない

   介護人材の慢性的不足や、介護保険財政破綻の回避のため、
   政府は「地域包括ケア」を提唱する。
   これは介護を「地域の支え」「家族の支え」に期待するものだ。

   しかし本書によれば、以下の理由から「地域包括ケア」はうまくいかない。

  ①未婚者増加、離婚増加の傾向により一人暮らしは増大しており、
   「家族の支え」に頼れない。

  ②一人暮らしの高齢男性は地域に溶け込めない傾向にあり、
   「地域の支え」に頼れない。

  ③介護を担う50代には仕事があり、中重度の要介護者を抱えることは難しい。

  ④増える未婚女性は自らの生活のために稼がねばならず、介護に時間を使えない。


   本書によれば要するに、社会保障制度が前提とする
   「家族」のカタチが変わってしまっているのだ。


(2)介護難民・介護離職の増大

  ①要介護人口は2025年には約253万人が見込まれるが、
   老人ホームなどの介護施設のキャパシティは215万人程度しか確保できず、
   「介護難民」が発生する。

   これらは(家族がいれば)家族が支えざるを得ない。

  ②中重度の介護者を抱えて仕事を継続することは困難なので、介護離職が相次ぐ。
   ところが現状の数字を見ると、過去5年に介護離職した人のうち
   4人に1人しか復職できずにいる。

   未婚の場合には、離職すれば自らの生活も成り立たなくなる。


   <関連Web:介護放棄地獄(2017-12-16)より>

        みんな簡単に施設入れろと言うけど、
       私の祖母は特養に空きがなくてすぐに入れるところに入れたら
       1年で500万取られたよ。待機老人問題はもっと知られて欲しい。

       (https://anond.hatelabo.jp/20171216145903

         <感謝合掌 平成30年10月22日 頓首再拝>

日本の黄昏~その4 - 伝統

2018/10/23 (Tue) 19:58:10

人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評

4.「あたり前」の社会システムが失われる

  少子高齢化は社会インフラへの影響も大きく、本書は次のように指摘する。

     少子高齢化とは、これまで「当たり前」と思ってきた日常が、
     少しずつ、気づかぬうちに崩壊していくことなのである。

                           『未来の年表』より

(1)インフラが老朽化する

  ①道路や上下水道、市民ホールといった社会インフラの多くは
   高度経済成長期に集中的に整備されたもので、今後急速に老朽化する。

  ②しかし人口減少はインフラ利用者の減少と、これに伴う税収減をもたらし、
   自治体職員の確保を難しくする。
   インフラを支える技術者も高齢化し減っていく。

   こうした事情から、社会はインフラは維持できず、リニューアルも困難になる。


(2)輸血ができなくなる

   輸血用血液のうち、けがなどに使われるのは3.5%に過ぎず、
   80%はがんや心臓病、白血病などの病気の治療に使われるという。

   使用者の85%は50歳以上の患者で、提供者(献血者)の75%は50歳未満だ。

   ということは、少子高齢化は供給者減・使用者増をもたらすので、
   輸血用血液は足りなくなる。


      これは要するに、「病院に行けば助かる」というこれまでの常識が
      通用しなくなるかもしれないということである。

                         『未来の年表』より

(3)病院で死〇なくなる  (*〇:ね)

   輸血以前の問題として病床も足りなくなる。
   本書は「「病院に行けば助かる」という常識が崩れ去るどころか、
   病院にたどり着くことすらできなくなる」と指摘。

   そして社会の関心は「どこで死ぬか」に集まると予想している。


         <感謝合掌 平成30年10月23日 頓首再拝>

日本の黄昏~その5 - 伝統

2018/10/24 (Wed) 17:07:11


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評

5.地方経済は崩壊し、2040年に自治体の半数が消滅する

  予測によれば、現在ある日本の自治体のうち半数が2040年までに消滅する。
  そのほとんどはもちろん地方だ。この道程を見てみたい。

(1)地方の高齢者は増えない

  ①高齢化は地方で進むと思われがちだが、そうならない。
   これまで若者を大都市に吸われてきた地方ではすでに高齢化が進んでおり、
   比率でみると今後変わることはない。

  ②むしろ、80代になった親が都市圏に住む息子・娘をたよって
   同居するケースが目立っており、地方の高齢者は数の上では減少していく。


(2)地方の地域経済が成り立たなくなる

  ①高齢者数が減った地域では高齢者の消費をあてにしていた地域経済が成り立たなくなる。
   これは若者の働き先をなくし、若者は仕事を求めて都市に流出し、
   人口がさらに減るという悪循環にも結び付く。

  ②2030年度には38道府県において、
   域内の供給力では需要を賄い切れない生産力不足に陥る。

  ③2033年には空家率が30%を超え、倒壊の危険が増し、犯罪も誘発される。


(3)地方の生産力不足が財政問題に直結する

  ①地方の生産力不足は地方税収の落ち込みに直結し、
   地方自治体は地方交付税への依存度を高める。

  ②地方交付税の総額は、2030年度には現在の1.5倍に膨らむとされる。

  ③地方交付税への依存は地方自治体の自律性も損う。

         <感謝合掌 平成30年10月24日 頓首再拝>

日本の黄昏~その6 - 伝統

2018/10/25 (Thu) 18:21:52


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評

6.都市部の高齢化は2024年以降本格化し、医療介護地獄へ

  地方はヤバいけど都市圏なら安泰、という話でもない。
  高齢者比率に大きな変動のない地方よりも、
  高齢化がこれから進む都市部の方がより深刻である、というのが本書の見方だ。

  なお本書では都市部として東京圏(神奈川・千葉・埼玉を含む)を指していた。
  東京圏の少子高齢化は2024年以降に急速に進む。

(1)「高齢者予備軍」の高齢化と高齢者の流入

  ①都市部における高齢者数激増の最大の要因は、現状において若い世代が多いこと。
   つまり「高齢者予備軍」が多い。

  ②これに加えて、故郷に残してきた年老いた親を呼び寄せるケースも少なくない。

  ③2045年には東京も「3人に1人が高齢者」という街に変貌する。


(2)医療機関や介護施設が追い付かない

  ①大都市はビジネス中心の街づくりがされてきたため、
   医療機関や介護施設の整備が追い付かない。
   地価の高さから新設も困難だ。

  ②東京都の介護施設利用者数は、2025年には2010年の定員数の2・5倍程度に膨れあがる。
   しかし「地域のつながり」というものもないので、地域でのケアには期待できない。

  ③本書は、東京に住む人は今後「医療・介護地獄」を味わうと指摘する。

      老後も東京圏に住み続けるのは、介護難民に陥るリスクを覚悟するようなもの
                           『未来の年表』より

(3)大都市においても空き家は増える

  ①「2040年に消滅する自治体」の多くは地方だが、
   現在からは信じにくいが、東京都内のいくつかの区も含まれている。

  ②大都市部でも確実に空き家は増え、土地やマンションの価格は下がっていく。


(4)社会保障費が足りない

  ①それでも東京に人が住む以上、高齢者にとって暮らしやすい街づくりが求められるが、
   そのためには膨大なコストが必要だ。

  ②社会保障費も増えるなか、大都市部に住み続ける限り、
   負担増とサービス低下に繰り返し見舞われることになる。

         <感謝合掌 平成30年10月25日 頓首再拝>

日本の黄昏~その7 - 伝統

2018/10/26 (Fri) 18:15:07


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評


7.財政危機の「2025年問題」と「2042年問題」

  ここまで色々見てきたけど、問題のいくつかに「お金がない」があった。
  端的には人口ピラミッドの不均衡が原因だが、副次的には地方自治体や
  インフラなどの需要・出費のあるところで税収が取れない、というものもあるだろう。

  ヤバいヤバいと言われる社会保障費。

  大きなピンチとして以下の2つが挙げられていた。

(1)政府が想定する「2025年問題」

  ①現在政府が想定するのが「2025年問題」だ。
   この頃になると人口ボリュームの大きい団塊世代が75歳以上になり、
   医療・介護費がかさむとの懸念である。

  ②具体的には、2025年の医療保険給付額は2015年より10兆円以上増える54兆円とされ、
   介護給付費もほぼ2倍の約20兆円に膨らむ。


(2)2042年こそ最大のピンチ

  ①しかし本書は2042年こそ「日本最大のピンチ」になると指摘する。

   2042年は高齢者数がピークを迎える年であり、
   高齢者向け施策は人数が一番多くなる同年に合わせて進めなくては間に合わない。

   その社会コストがかなり大きくなるとの懸念だ。

  ②この頃の高齢者・団塊ジュニア世代は就職氷河期世代でもあり、
   思うような職に就けなかった人が多く、年金保険料の納付実績が少ないため、
   将来的な低年金・無年金状況を避けられない。その保護費用も必要になる。

         <感謝合掌 平成30年10月26日 頓首再拝>

日本の黄昏~その8 - 伝統

2018/10/27 (Sat) 19:12:04


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/17)
               ~『未来の年表』書評


8.安全保障に深刻な懸念が生ずる

  最後に安全保障。ここは日本だけでなく世界の趨勢にも関連する。

(1)世界の食糧不足が日本にも影響

  ①農業就業人口の先細りは、農業を主産業とする地域に大きな打撃を与える。
   具体的には、その地域の人口が減ることで
   学校や診療所の統廃合が進み、農業就業者のみならずその家族も住みづらくなり、
   結果として農業をやめる人が増えてしまう。

  ②一方、世界人口は増え続けていて、食料不足を全地球規模の問題だ。
   日本も世界的な食糧争奪戦に巻き込まれることは避けられない。

   そんななかでの食糧生産量減少は国家の安全保障問題に直結する。


(2)水不足も無縁ではない

  ①食料と並んで懸念されるのが水不足問題だ。
   「食料を輸入している国が、その輸入食料をすべて自ら生産したら
   どの程度の水を要するか」の推計量を「バーチャルウォーター」という。

   この指標で見れば、日本は水の輸入大国となる。

  ②水不足もまた世界的なイシューであり、
   食料自給率と同様、日本の存立に影響しうる。


(3)離島の防衛コストが増す

  ①2050年には、現在人が住む地点のうち19%が無居住エリアになるとされる。
   このとき、有人離島においては約10%が無人島化する可能性がある。

  ②国境離島や外洋離島は排他的経済水域の重要な根拠となるところ、
   これらが外国に占拠される可能性は排除できない。

   実際に占拠までされなくとも、自衛隊や海上保安庁の監視負担は増大し、
   防衛力の低下につながる。


(4)でも、守れない

  ①自衛官や警察官、海上保安官、消防士といった職種の隊員募集年齢は18~26歳だが、
   この層は1994年からの20年で35%減と激減していて、
   組織規模は縮小せざるを得ない。

  ②これまで当たり前に思ってきた「安全・安心」の確保が、
   少子高齢化や人口減少によって足元から崩れ去ろうとしていることに、
   私は危機感を抱かざるを得ない。

   この現実こそ、私が名づけた「静かなる有事」を最も分かりやすい形で示している。
                         『未来の年表』より


   (http://hiah.minibird.jp/?p=2708

         <感謝合掌 平成30年10月27日 頓首再拝>

日本の黄昏~その9 - 伝統

2018/10/28 (Sun) 17:40:11


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/22)
               ~『未来の年表』書評(2)


提言の大枠は「コンパクトで効率的な国への作り替え」

前回も書いたけど、少子高齢化に伴い予想される種々問題に対して、
政府も指をくわえているわけではない。

例えば「地域包括ケア」構想や、
「50年後に人口1億人程度の維持」なる目標提示をしたりしている。

本書もこうした姿勢に一定の理解は示すものの、
「現実逃避の心理が働くのだろうか、「目標」というより「願望」に近い
甘い見通しや計画がなくならない」と、あくまで評価は辛口だ。


労働力不足に対する政府対策は大まかに
「外国人労働者」「AI」「女性」「高齢者」の4点であるとし、
いずれも必要性を認めつつ、以下の理由により「切り札」にまではなり得ないと指摘する。

(1)新興国経済浮揚により外国人労働者にいつまでも頼れるとは限らない。

(2)人工知能は可能性が大きいものの、実用化可否は不透明。

(3)女性の労働参加を阻害する要因は根強い。

(4)これから増えるのは75歳を超えた「高齢化した高齢者」であり、
   労働力として期待できない。

本書の掲げる方向性は、「拡大路線でやってきた従来の成功体験と訣別」し、
痛みを伴ってでも「戦略的に縮む」こと、
「人口激減後を見据えたコンパクトで効率的な国」へ作り変えることである。

成長ベースで考えるのでなく、撤退戦を行うわけだ。


その具体的な内容について、次に紹介してみたい。

  (つづく)

         <感謝合掌 平成30年10月28日 頓首再拝>

日本の黄昏~その10 - 伝統

2018/10/29 (Mon) 19:26:21


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/22)
               ~『未来の年表』書評(2)


1.「高齢者」の数を減らし、出産にインセンティブを設定する

  まずは問題の根源にある少子高齢化対策から。
  本書は現状の合計特殊出生率では少子化食い止めは不可能であるとしながらも、
  そのスピードを少しでも緩めて時間を稼ぐことは重要としている。

(1)「高齢者」の数を減らす

  ①姥捨てではないですよ。高齢者の線引きを75歳へ引き上げるなど、
   「高齢者」の定義を変えるという提案だ。

  ②また、15歳で就職する人は減っているので、
   「子共」の定義も14歳以下から19歳以下へ引き下げる。

  ③新たな年齢区分によれば、団塊世代が75歳以上となる2025年でも
   「3.7人で1人」を支え、65歳以上がピークを迎える2042年においても
   「3.2人で1人」を支えることになる。

   なんだろう、この数字から感じられる安心感。分母が多い、分母が多いよ!


   本書は「もちろん、単に年齢区分を見直しただけではうまく機能しない」と断り、
   健康状態の個人差や、組織に高齢者が居座ることの弊害も指摘するが、
   一案としては面白い。

   他に、空家をあてがい老後生活にかかる費用を少なくさせる、
   といったアイディアも書かれていた。


(2)第3子以降に1000万円給付する

  ①戦中戦前の「産めよ殖やせよ」のアオリじゃ成果出なかったし、
   必要なのは長時間労働是正とか環境だよね、とは指摘しつつも、
   「ありきたりの対策だけでは十分な成果を上げられない」と本書は指摘。

   必要なのは「子供を持つことに大きなメリットを感じられるような対策」であるとして、
   一例として以下を提案している。

   第2子が大学を卒業するまで所得税を大幅に下げる。

   第3子以降には、子供1人につき1000万円規模を給付する。

   気になる財源は「社会保障費循環制度」なる提案が述べられていた。
   ざっくり言えば相続税の見直しで、安心して老後を暮らせるようにして
   公費負担額の貯め込みを防ぐ、というものだった。


         <感謝合掌 平成30年10月29日 頓首再拝>

日本の黄昏~その11 - 伝統

2018/10/30 (Tue) 18:52:24


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/22)
               ~『未来の年表』書評(2)

2.時間と空間をコンパクト化する

  「戦略的に縮む」こと、つまり撤退戦の具体策が次の2案だ。
  時間と空間に関するものである。

(1)24時間社会から脱却する

  ①日本はサービスの質が高く便利だが、労働力が減るのにいつまでも続かないよね、
   過剰サービス感もあるし「便利すぎる社会」はそろそろ見直したら?
   というのが本書の主張。

   具体例として「24時間社会の発想をやめる」ことを提案する。
   実際に、24時間営業を減らすファミレスも出ているそうだ。

  ②本書が指摘するポイントは「顧客の意識を変えること」。

     不要不急のサービスを見直し、
     「不便さ」を楽しむぐらいの社会としての余裕を持ちたい

                      『未来の年表』より。

(2)非居住エリアを明確化する

  ①「人口が激減し日本列島はスカスカな状況となった後も、
   人々が思い思いの土地に住むのでは、行政コストから考えてあまりに効率が悪い」ので、
   「居住エリアを決めて人々が市街地区域に集まって住むようにする」という案。

  ②とはいえ住み慣れた土地から離れてもらうことの合意形成は困難なので、
   そこは法整備で対応する。

   例えば非居住エリアに住み続ける人には受益者負担として増税するとか、
   ディスインセンティブを与える。

  ③コンパクトシティの考え方として、次の「多極ネットワーク型」も面白かったので紹介。

     コンパクトな街づくりといっても、
     駅前などの中心市街地に寄せ集めるばかりが方法ではない。
     一から開発計画を立てるのではなく、地域内に多数の拠点をもうけ、
     公共交通機関で結ぶ「多極ネットワーク型」のほうが現実的であろう。

                        『未来の年表』

         <感謝合掌 平成30年10月30日 頓首再拝>

日本の黄昏~その12 - 伝統

2018/10/31 (Wed) 18:31:45


人口減少が「当たり前」を崩していく日本の黄昏

          *Web:希望は天上にあり( 2017/12/22)
               ~『未来の年表』書評(2)

3.地方と都市との戦略的連携と、地方への移動を促す

  地方の話が出たところで、半世紀来の論点である「都市と地方」に触れてみる。

  その前に改めて問題を整理すると、次のように整理できるだろう。

  ①地方の人口減少により、地方自治体が維持できず消滅する。

  ②地方の人口減少により、地方から都市への労働力供給や分業が成り立たなくなる。

  ③都市の高齢化比率上昇により、都市では高齢者への対応ができなくなる。

  本書は「都市への一極集中」には反対の立場で、地方に人を戻すべきだと考えている。
  そのうえで以上の問題について以下3案を挙げている。


(1)都道府県を「飛び地合併」する

   昨今自治体の線引きの見直しがされているが、
   本書は「問題の本質は選挙区選出の参院議員が不在となる県が誕生することではなく、
   人口が激減する県が今後も行政機関として成り立つのか」と指摘。

   カイ・シデン風に翻訳すれば「死んじゃあなんにもならねえんだから」である。

  ①「人口が減る隣接県が寄せ集まって「道州」を形成してみたところで、
   人口減少は解消しない」ので、本書は「遠く離れた自治体同士での広域合併」も
   選択肢に入れることを主張。

  ②例えば神戸・広島・福岡の三都市合併による巨大都市化や、
   地方都市と大都市との連携が挙げられていた。

   特に後者は、地方側は土地や介護設備を提供し、
   大都市側が人的・財政的に支援するという補完的関係となる。

(2)日本版CCRCにより中高年の地方移住を推進する

  ①こちらは米国の大学連携型CCRC(Continuing Care Retirement Community)を
   日本でもやろう、という案。

   CCRCとは介護施設や病院と密に連携したケア付きの高齢者向け自治体で、
   米国では商業施設との連携が図られている。

  ②本書著者提言がきっかけで石破茂地方創生担当大臣時代に法制化されたとのことで、
   以下はその素案。

   日本版 CCRC 構想(素案) (PDF)(日本版CCRC構想有識者会議)
   https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/ccrc/ccrc_soan.pdf

  ③ターゲットは「出世レースの先が見え、定年退職を意識し始める」けど
   「何かやり残したことがある」「年齢的にはラストチャンス」なサラリーマンだ。

   健康時から地方に移住してもらい、大学キャンパスと連携することで
   若い世代と連携したり、地域社会との共働できる。

   老人ホームとは異なる生き生きとしたイメージがポイントとのこと。

  ④田舎暮らしは結局馴染めず都会に戻る人も多い。
   そこでまずは5年契約で都会の部屋を貸し出して地方に移住して、
   契約期間後に本当に定住するかを判断する。


(3)セカンド市民制度を創設する

  ①本書によれば、自治体の長期ビジョンや行動計画を見ると、
   出生率向上や移住者増加を織り込み、人口減少に歯止めがかかることを
   前提とするところが少なくないという。

   これについて、「日本全体で人口が減るのだから、
   すべての自治体が定住人口を増やせない」と指摘。

   その上で、「今後は中途半端な定住人口増よりも、
   〝ファン人口〟の多い地方こそ生き残る」とする。

  ②本書の提言は、結論から言えば税制の変更だ。
   各自治体が定住人口にこだわる理由の1つが住民税であるところ、
   そうではなく、居住実態に応じて、住民票のある自治体と
   「第2の居住地」の自治体とで按分する制度に改める。

   これにより地方の自治体は、定住ではなくとも、
   リピートして街に来てくれる「ファン人口」を増やすことに注力する。
   これが「セカンド市民制度」である。

  ③セカンド市民登録した人は「第2の居住地」での行政サービスの一部や
   交通手段優遇などが受けられ、かわりに町おこしのアイディア出しや
   地域イベントへの参加をする。これにより地域の活性化が図られる。

   (http://hiah.minibird.jp/?p=2710

         <感謝合掌 平成30年10月31日 頓首再拝>

「労働市場の未来推計2030」 - 伝統

2018/11/06 (Tue) 19:29:54


      *Web:SankeiBiz.(2018.10.24)より

2030年の人手不足、644万人 パーソル総研と中大が推計、17年の5.3倍に

(1)2030年の人手不足数は644万人と17年実績の121万人から
   5.3倍に拡大し、人手不足が一段と深刻化するという。


(2)労働需要と供給を予測して不足人数などを推計した。
   20年に384万人、25年には505万人と拡大を続け、
   30年には644万人に達するとしている。


(3)パーソル総研では644万人の不足に対し、
   働く女性を102万人、高齢者を163万人、外国人を81万人増やすことで対応。
   さらに人工知能(AI)やロボットなどの技術革新で298万人分の労働力を
   代替すれば不足を埋められると推計した。

(4)中大の阿部正浩教授は「高齢者活用では女性の労働拡大が求められるが、
   そのためには介護が問題になる。介護を続けながら働いていける社会を
   作ることが重要だ」と強調した。

   (https://www.sankeibiz.jp/business/news/181024/bsg1810240500002-n1.htm

         <感謝合掌 平成30年11月6日 頓首再拝>

「世界最高の戦略家」ルトワックがとらえる日本の「少子化問題」 - 伝統

2018/12/04 (Tue) 17:31:56


      *メルマガ「ロシア政治経済ジャーナル」(2018/12/4)より

日本の人口は、

2050年には1億人を切る。

2100年には5000万人を切る

これから80年で、なんと7000万人減少する(!)という予測です。

そして、約900(!)の自治体が消滅する可能性がある。


「少子化問題」については、いろいろ立場があります。


1、「少子化問題なんて全然問題じゃない」という立場

「人口が減っても、生産性を向上させることで、経済は成長する」

とか

「日本より人口が少ない国は山ほどある。一人当たりGDPを高めれば問題ない」

といった主張。



2、「少子化は不可避だから、対応しなければならない」という立場

「高齢者にもっと働いてもらいましょう!」

「女性にもっと活躍してもらいましょう!」

「移民を大量に入れましょう!」

「AIを活用して、人が減っても経済がまわるようにしましょう!」

など。

これらの「対策」はいずれも「少子化は不可避」という
大前提をもとに構築されています。



3、「少子化問題は解決できる。政策で出生率は増やせる!」という立場

これが私の立場です。

というのも、世界を見渡せばそういう例がたくさんありますから。



さて、皆さんは1から3までどの立場?

実をいうと、それぞれ一理あるんですね。


確かに、人口が減っていても経済成長は可能です。

(例、2000年~08年のロシアとか。)

あるいは、日本の65歳はまだまだ若いので、どんどん活躍していただきたい。

それに、女性だって、どんどん活躍していただきたい。

AIだって普及が必要。

「AI」とまでいかなくても、スーパーにいけば「無人レジ」が登場していますね。

たくさん無人レジがあり、「指導員」が一人いるだけでまわっている。

そして、「出生率を増やすことができる」のもまた事実。


今日は、「世界最高の戦略家」ルトワックさんは、

「少子化問題」をどう考えているか、ご紹介します。



▼ルトワック、【愛国者】の【条件】

ルトワック氏は、最新刊「日本4.0」の中で、
「少子化問題」を日本最大の問題の一つと位置づけています。


少し引用しておきましょう。

<日本は長年、少子化問題を議論しながら、人口減少という
国家にとって真の危機を間近にしても、思い切った施策を打ち出そうとしていない。

そもそも将来の納税者が減少すれば、近代国家は衰退するしかないのだ。>(22、23p)


親日家のルトワック氏ですが、
この問題については、日本政府を強く批判しています。



<もうひとつ、子どもがいなければ、
安全保障の議論など何の意味もないということだ。

人間の人生には限りがあり、未来は子どもの中にしかない。

当然、国家の未来も子どもの中にしかなく、
それを守るために安全保障が必要なのである。

どんなに高度な防衛システムを完成させても、
国内の子供が減り続けている国が戦争に勝てるだろうか?
未来の繁栄が約束されるだろうか?>(23p)



そしてルトワック氏は、少子化解決のための具体的方策も提案しています。

<もし日本が本当に戦略的な施策を打ち出すのであれば、
最も優先されるべきは、無償のチャイルドケアだろう。

スウェーデン、フランス、イスラエルは、
高い水準のチャイルドケアシステムを整備し、
実際に子供が増えている。>(23、24p)


<まずは不妊治療の無料化。

イスラエルはこれを100%実施している。

次は出産前の妊婦が必要とする諸費用、出産費用、
さらに小学校に行くまでのチャイルドケアの費用を
国が負担することである。>(24p)


これらの施策も「社会主義的だ!」と批判する人がいるでしょう。

ルトワックさんは、「極端に保守化した人たち」を批判します。


<高齢化が行き着くと、国内の雰囲気は保守化し、悲観的になる。

未来のことを考えない近視眼的な思考がはびこるようになるのだ。

私は日本の右派の人々に問いたい。

あなたが真の愛国者かどうかは、
チャイルドケアを支持するかどうかでわかる。

民族主義は国旗を大事にするが、愛国者は国にとって
最も大事なのが子どもたちであることを知っているのだ。>(24p)


私は、「私は真の愛国者です!」と宣言する自信はありません。

しかし、「真の愛国者になりたい」とは思います。

それで、もちろん政府が、「少子化対策をします!」と
いえば(まともな政策であれば)支持することでしょう。


今日は、世界一の戦略家ルトワックさんも、


「少子化問題は、国家の最優先課題だ!と考えている」


という話でした。


         <感謝合掌 平成30年12月4日 頓首再拝>

少子高齢化で未曾有の国家崩壊へ。落ちゆく日本を救うたった1つの方法とは? - 伝統

2018/12/24 (Mon) 18:49:45


       *Web:MONEYVOICE(2018年12月20日)より

《少子高齢化で日本は壊滅する》

過激なまでの少子高齢化が現実になっている。
それなのに、誰も少子高齢化を真剣に考えようともしない。

その結果、日本は地方から死んでいき、
やがて都市部をも少子高齢化の弊害が覆い尽くすようになるのだ。

少子高齢化で認知症が這い回る地獄絵図が日本に生まれるのは、
このままではそう遠くない未来でもある。


《どれだけ警鐘が鳴らされても誰もが放置してきた》

政府は、じわじわと社会保障費を削減に動いている。
具体的にどうやって削減しようとしているのか。

クスリは今後ジェネリックに切り替えられる。
介護保険料は段階的に引き上げられる。
健康保険(協会けんぽ)の国庫補助も削減される。

あるいは、生活保護も段階的に引き下げられる。
生活保護については、2018年10月から子どものいる世帯や
母子世帯の生活保護基準がすでに引き下げられている。

こうした施策が同時並行で起きている。

なぜ政府がこうした施策を急いでいるのかというと、
少子高齢化が待ったなしで進んでおり、
このままでは社会保障費がパンクしかねないからだ。

すべては少子高齢化で起きている問題の緊急対応なのである。


安倍首相は消費税率10%への引き上げに備えた対策を早急に講じるよう指示している。
なぜ国民の誰もが反対する消費増税が強行されるのかというと、
やはり少子高齢化による社会保障費の増大に苦しんでいるからである。


この他にも、政府は「生涯現役社会」を掲げ、未来投資会議で
雇用義務付けを65歳から70歳に引き上げる方向で検討に入っているのだが、
これもまた少子高齢化によって労働人口が減ってしまうことによる対応策である。

「移民を入れない」と言いながら外国人の単純労働を許可して
2025年までに50万人超の外国人を入れようとしているのも、
やはり少子高齢化による労働者人口の減少の対応策である。

今、目の前で起きている日本の問題の少なからずは、
突き詰めれば少子高齢化に起因している。


《政府のやっていることは単なる「応急措置」》

政府のやっていることは、根本的な少子高齢化対策ではなく、
単なる「応急措置」であることに気づかなければならない。

結局のところ、少子高齢化問題を解決するためには
「子どもを増やす」以外はすべて問題を複雑化するだけなのである。

社会保障費を削減したら生活苦に落ちる国民が続出し、
新たな社会問題が増えることになる。

消費税の引き上げも、やはり貧困と格差の問題をより加速させてしまい、
これまた新たな社会問題を引き起こす。

2025年までに50万人超の外国人を入れようとする施策はより無謀なものだ。
移民の大量流入を歓迎した欧州はどうなったのか。
文化的な軋轢や対立や衝突が先鋭化して国が分断されてしまうほどの
問題をも生み出したではないか。


《解決策は「子どもを増やす」》

では、少子高齢化を解決するためには、どうすればいいのか。
答えは極限的なまでに簡単なものである。
「少子」なのだから、これを「多子」に切り替えればいいだけの話だ。

「子どもを増やす」

単純に考えると、これこそが少子高齢化の最もシンプルかつ正当な方法である。
少ないから問題になっているものは、増やせばそれで解決する。
自明の理だ。

子どもがどんどん増える社会になると、少子高齢化問題は20年で解決する。

子どもを増やしたければ、若年層が子どもを生みたいと
思えるような環境を次々と整えていけばいい。


「子どもを生み育てたら報奨金や一時金や祝い金で祝福する」
「子どもを生み育てたい国づくりをする」
「子どもにかかる税金や費用を極限まで低くする」

「子どもを生むことが経済的メリットになる社会にする」
「子育てを母親や夫婦だけに押し付けず、地域で支援する」
「家族・地域・社会・企業・政府すべてが子育てを応援する」

「時間のある高齢層こそ子育て支援人員とする」
「同棲世帯でも支援の対象にする」
「母子家庭も厚く保護して困窮しないようにする」

「養子制度も充実させる」
「大企業には託児所・保育室設置を義務付ける」
「交通機関は母子が移動しやすい空間や席を作る」

「子どもが遊びやすい安全な街づくりにする」
「上記の政策と共に子どもを生もうというキャンペーンを張る」



《国も企業も個人も、できることはたくさんある》

「子どもを増やす」という目標が明確になると、
そのためにどうすればいいのかというアイデアは無数に出てくる。
国も企業も個人も、できることはたくさんある。


日本が今すぐしなければならないのは「子どもを増やす」ことである。
子どもを増やすためには、すべての政策をここに振り向けなければならない。


《なぜ政治家も官僚も「子どもを増やす」ことに着目しないのか》

子どもを増やす方向に政策を向けて全力で邁進すれば、
やがては内需が戻り、社会が活性化し、土地も株式も上がり、
イノベーションも進み、歳入も増える。

こんなシンプル極まりないことが気づかないほど、政治家も官僚も劣化している。
いや、劣化ではなくて、もしかしたら日本をわざと破壊するために、
このシンプルな答えに気づかないフリをして問題を複雑化しているのか。

日本人を減らし、日本という国を歴史から抹殺しようとしているのか。

そう思われても仕方がないほど、
政治家も官僚も「子どもを増やす」ことに着目しようとしない。

無能だから気づかないのか、
それとも日本を破壊するために気づかないフリをしているのか分からないが、
いずれにしても日本はこのまま少子高齢化を放置すると
地獄のような社会に突き進むことになる。


地方は崩壊し、税金は次々と上がり、社会保障費は削られ、内需は減少し、
社会は停滞し、時代遅れの国になり、劣化した国になり、
やがて日本は世界的影響力も存在感も縮小して取るに足らない国と化す。

誰もそんな未来を望んでいないはずだ。


《人口が増えるだけで問題は解決する》

少子高齢化は平成で一気に進んだのだが、
「子どもを増やす」という単純明快な政策が行えないのであれば、
日本の次の世代は沈みゆく。

逆に「子どもを増やす」という単純明快な政策に政府が向かえば、日本は浮上する。


人口動態は国の未来を表す。
子どもが多ければ多いほど国は躍動し、未来は可能性が拓ける。

日本の人口は「産めよ増やせよ」政策で2億人になってもいい。
人口が2億人になるのであれば、単純に考えて内需も2倍になる。
それだけで、地方は蘇り、不動産価格も株価もうなぎのぼりに上がっていく。

日本国民と政府がそこに気づくかどうか……。


もし日本を何とかしたいと思っているのであれば、
すべての問題に優先して少子高齢化に取り組むように政府に働きかけなければならない。


《たった1つの方策「子どもを増やす」》

「人口が減ってもロボット化すればいい」みたいなものでは日本は絶対に復活しない。
あるいは高齢者に死ぬ直前まで働いてもらっても日本は絶対に復活しない。
よそから移民を大量に入れても付随する問題の方が大きくなる。

こうしたやり方は問題の本質から外れている。

少子高齢化で未曾有の国家崩壊に落ちていく日本を救うただ一つの方策は、
「子どもを増やす」である。
それをしないから日本は苦しんでいる。

核心に向かって真正面に取り組まないから衰退している。

すべての日本人は子どもを増やすことによって恩恵を受けられるのだから、
強力にそれを推し進めるべきなのである。


今からでも手遅れでもないし遅くもない。
まだ人口は1億2,000万人を維持しているのだから、
ここから「子どもを増やす」政策に入れば2億人も達成できる。

人口が増えれば日本はそれだけで復活する。

      (https://www.mag2.com/p/money/611290

         <感謝合掌 平成30年12月24日 頓首再拝>

「日本が外国人に汚染される」 - 伝統

2018/12/25 (Tue) 19:51:26


          *Web:文春オンライン(2018年11月21日)より

「日本が外国人に汚染される」日本一多国籍な街・新宿で育った中国人の意外な一言


いま大久保や百人町の学校は、外国人の子が半数なんですよ──。

そんな話を聞いたのは数年前の春のこと。
その時点ではすぐに取材に取りかかれず、時間が過ぎた。

外国人が多く暮らす地域は昨今各地にある。

インド人が多く暮らす西葛西(江戸川区)、
ネパール人が多く暮らす阿佐ヶ谷(杉並区)、
ブラジル人が多く暮らす大泉町(群馬県)、あるいは、
ベトナム人や中国人が多く暮らす「県営いちょう団地」の横浜市泉区(神奈川県)などだ。

 
だが、そんな中でも新宿区は国別の多様さとしては最上位の自治体だろう。
国籍内訳で134カ国、数にして4万2849人(2018年10月現在)と、
同区の人口で8人に1人という数に達している。

その新宿区の中でも、もっとも外国人の比率が高いのが大久保や百人町地区だ。
同地区は、外国人比率が百人町2丁目で41.5%、大久保1丁目で47.4%と
際立って高い(2017年1月)。
また、日本屈指の歓楽街、歌舞伎町が隣接するという点でも特徴的だ。

大久保地区は一般的にコリアタウンとして知られている。
実際、新大久保駅の東側には、K-POPスターのグッズやコリアレストランが
いくつも連なり、若い子たちが昼も夜も歩き回っている。

だが、昨今は新大久保駅の西側にも変化があり、
少し歩けば、ネパール、トルコなどと南アジアから西アジア、中東まで文化圏が広がっている。


子どもたちの差別といじめ

「大久保」という多国籍の人と文化が混在する街で、
外国にルーツをもつ子どもたちはどのように多国籍と向き合っているのか。
2ヶ月ほどかけて、同地区を中心に、行政をはじめとした各種関係機関を訪れつつ、
さまざまな国の人に会っていった。

基本的な関心事は、言語や習慣など文化が異なる中で、
どのように言葉を学んだり、どのように友だちをつくったり、
文化の違いをどう乗り越えているのか、ということ。

ただ、それと同時に懸念していることもあった。
そうした「違い」にもとづく差別やいじめだ。

言葉が不十分なことや外見が違うことで差別やいじめが起きるのではないか、
という懸念はすこし想像力を働かせば思いつくことだ。

また、数年前、大久保地区では激しいヘイトスピーチデモなどがあり、
大きな社会問題にもなっていた。
そんな経緯を思えば、悪い想像をしてもおかしくなかった。 

会っていったのは大久保周辺に暮らす、
中国、韓国、ミャンマー、ネパールなど複数の国籍の人たち。
また小学生、中学生、高校生、大学生と世代も偏らないようにした。

「いじめ」といった懸念の結論だけ記せば、大久保地区でひどい話を聞くことはなかった。

もちろん小さいものがないわけではない。
ちょっとした諍いやケンカに伴う悪口は耳にした。
だが、それは解決が難しい複雑なものではなく、
成長期であれば誰しも体験するであろう性質のものだった。

 
おかしなことが起きないよう、学校が努力した面もあるだろう。
だが、取材の実感で言えば、子どもたち自身がそもそも、
そうしたネガティブな感覚をもっていなかったという感触のほうが大きい。

言葉が不自由な段階での孤独感、友だちが少ない時点での疎外感はある。
だが、言葉が扱えるようになり、友だちができていけば、そうした部分も薄れていく。

また、外国人の子たちが多いということは、外国人という存在が珍しいことでもない。
つまり、多様であること自体が平常状態なので、少数の存在を特別視しなくなっているのである。


「文化が侵食される」
 
それどころか、数人の外国人からは驚くような感想を聞いた。

それは、この先もっと外国人が入ってくると、もっと大久保は変わっていきますね、
といった趣旨の質問を投げたときだった。

5歳のときから大久保地区で暮らす、30代の中国籍の男性は
「僕は、日本が逆に外国人に汚染されてしまうんじゃないかと心配です」と苦笑した。

汚染という言葉も刺激的だが、そんな排外的な懸念を
外国人である中国の人が語っていることにも驚いた。

それはどういう意味なのか。
さらに尋ねると、彼はこう答えた。


「日本に長く暮らしていると、日本のよさはすごくわかる。
落ち着き、おもてなし、慎み深さ。私は子どもの時から日本に来て、
そういう部分を自然と教わりました。これはいま中国に行っても習得できないことです。

だから、この先、外国人が一気に多くなると、
そういう日本のよさが伝わらないのではないか。
むしろ彼らの文化に侵食されてしまうんじゃないか。
そう心配してしまうんです」

 
この取材を通じて、さらに驚かされたのは、そんな日本に
親和感を抱いている大久保の外国人の子どもは少なくなかったことだった。

彼らがどんなことを語ったかは、
「文藝春秋」12月号 の「日本一多国籍な教室の子供たち」という記事で記したので、
参照いただければと思う。

(森 健/文藝春秋 2018年12月号)

         <感謝合掌 平成30年12月25日 頓首再拝>

中国人の街・川口で広がる「日本人との距離」 - 伝統

2018/12/30 (Sun) 17:29:22

中国人の街・川口で広がる「日本人との距離」
芝園団地の人々は何を考えているのか

          *Web:東洋経済(2018/12/30)より

「初級から中級の日本語を学びたい人、日本人とおしゃべりしたい人、
ぜひ参加してください!(想学?初?中?日?的人。想和日本人聊天的人。自由参加!)」

ある日曜日の午後、埼玉県川口市の芝園団地内にある公民館で、こんな貼り紙を見つけた。
NPO法人川口国際交流クラブが行っているもので、参加費無料の日本語教室だ。
覗いてみると、中国人やベトナム人、ボランティアの日本人ら20人以上が集まっていた。

「朝のあいさつは『おはようございます』です。
昼間に会ったら、『こんにちは』。さあ、言ってみましょう」


《2週間前にハルビンから来日したばかりの男の子》

中国人の母親と子ども、ボランティアの日本人女性の3人のテーブルに座り、
しばらく見学させてもらった。
40代前半くらいの中国人の母親は日本語が話せたが、
隣に座る息子(12歳)は一言も話せないようだ。

話を聞いてみると、息子は2週間前にハルビンから来日したばかり。
その日、初めて母親が日本語教室に連れてきたという。

息子は5歳から12歳まで中国のハルビンに住む祖父母の家に預けられていた。
下には7歳になる子どももいて、その子はまだ祖父母の下に預けているという。

複雑な家庭の事情が背景にあるようだが、中国では国内でも、
北京や上海で生活費を稼ぎ、田舎に住む祖父母の下に
子どもを預けている家庭は少なくない。

初対面で、この家庭の詳しい事情まで聞くことはできなかったが、
おそらく中学入学を前に、せめて1人だけでも
子どもを手元に呼び寄せたいと母親は考えたのだろう。

母親は息子が日本の生活に慣れるまでは心配だからと、
子どもが来日する前に仕事を辞めたという。

来春から日本の公立中学に通うという息子の日本語教育について、
深く思い悩んでいるように見えた。

団地内の別の日本語教室では、また違う光景が展開されていた。
こちらは若い中国人ママが中心となって行う「芝園支援交流倶楽部」の主催によるものだ。

LINEと使い方が似ている中国のSNS、ウィーチャット(微信)のグループ170人ほどに
配信して参加者を募っている。
月に2回、月謝は4000円。日曜日に日本人教師が授業を行っている。

筆者が知る限り、芝園団地内の日本語教室はこの2つのみだが、
もしかしたら、ほかにもSNSで連絡を取り合い、団地内の中国人が集まって
日本語を学んでいるのかもしれない。

芝園団地は“中国人比率が非常に高い団地”として近年、全国的に有名になった。
川口市の人口約60万人のうち、中国人は約2万人。
自治体別の在留中国人数で全国第5位だ。
東京都、大阪市などの大都市を除くと、中国人比率の高さは群を抜いている。

その象徴的な存在が、このUR都市機構の賃貸住宅、芝園団地だ。
2018年6月時点で、約4500人いる住民のうち、約半数の約2300人が中国人、
あるいは中国にルーツを持つ人々となっている。

筆者は今春から拙著『日本の「中国人」社会』の取材のため、団地に何度も足を運んできた。
最寄り駅のJR京浜東北線、蕨(わらび)駅から団地に向かって歩き始めると、
すれ違う人々から聞こえてくるのは、ほとんど中国語だ。


敷地内や近隣する通りには中国人向けと思われる中華料理店や中華食材店が軒を連ねている。
団地は中庭を囲んでひとつの小さな街のようになっているが、
全部で8棟ある居住棟のエレベーター付近には、ゴミ出しや騒音に関する注意事項や
行事のお知らせが日本語と中国語で併記されている。

平日の昼間や週末に中庭を歩くと、元気に遊び回る子どもたちと、
中国から「子守り」のためにわざわざ来日した祖父母たちが大勢いて、
日本の一般的な団地とはかなり雰囲気が異なる。

筆者は長年中国と中国人を取材してきたが、
全住民の半数が中国人というのは、かなりのインパクトだ。
現地に行くたびに「まるで中国の小区(集合住宅)みたい」という感覚に襲われる。


《芝園団地に多くの中国人が集住するようになった理由》

有名になった芝園団地だが、
中国人たちが何を考えているのかについてはあまり報じられていない。

そもそもなぜ、芝園団地にこれほど多くの中国人が集住するようになったのか。
自治会や、住民、元住民などへのインタビューを総合すると、
主に以下のような理由が考えられる。

・UR都市機構の物件は保証人が必要ないので、外国人でも借りやすい
・1980年代から1990年代にかけて新宿や池袋の日本語学校に中国人留学生が増えたが、
 彼らがしだいに郊外の安くてアクセスのいい地域の物件を求めるようになり、移住してきた
・IT企業のエンジニア用の寮として借り上げられている
・友人や親戚など、中国人同士のクチコミを頼ってきた
・すでに中国人コミュニティーが形成されていて、母国語で情報を得やすい

自治会によると、増えてきたのは1990年代後半からで、
当初は何らかのきっかけで大学教授などのエリート層が入居し始めたという。
以降、東日本大震災の年などを除き、毎年、右肩上がりで増え続けているそうだ。


2014年に自治会が住民200人に対して行ったアンケート調査では、
東北3省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)出身者で、主に30代のファミリー層が多かった。

2017年からこの団地に住んでいる20代の中国人男性はこう語る。

「私は上海出身なのですが、これまで同郷の人には1人しか会ったことがありません。
東北や福建省出身者が多いのではないでしょうか。仕事はIT企業のエンジニアが多い。
蕨からは品川や新橋、東京駅にアクセスしやすく、池袋にも近い。
生活費の安さや住みやすさがクチコミで中国人社会に広まり、ここまで数が増えたのでは」

確かに、隣駅の西川口駅前に広がる新興のチャイナタウンで中華料理のメニューを
開いて見ても、とくに東北料理や福建料理が多く、平日の夜に食べに行くと、
会社員風の男性や若い家族連れが目につく。


《筆者が気になった「言葉」の問題》

また、筆者が気になったのは、「言葉」の問題だ。
市内に多数ある日本語教室の存在だった。

川口市のパンフレットによると、市内には19カ所もの日本語ボランティア教室がある。

日本に住む中国人は約73万人(2017年末の法務省の統計)に上るが、
大まかにいえば、1)留学生、2)留学後そのまま就職や結婚をした人、
3)仕事のために来日した人々(とその家族)の主に3つに分けられる。

1)~3)のいずれの場合も、技能実習生などの場合を除き、
基本的には本国で日本語を学んでから来日したか、あるいは来日後、
日本語学校などで本格的に日本語を学んだケースが多いと思われる。
つまり、日本にいる中国人の大半は、日本語はある程度話せることが多い。

ところが、ここには日本語教室が多く、まだ日本語を話せない人が多くいるとみられる。

つまり、“通常コース”から外れた人々、
たとえば祖父母や乳飲み子を抱えた主婦、祖父母の元から親元に返された子どもなど
のように、来日前に日本語を学ぶ機会がなかった人々が多く来日しているのではないか
ということだ。

団地内でベビーカーを押しながら散歩している若い女性と
その母親らしき中年の女性に中国語で声を掛けてみた。

「私は福建省出身です。ここに引っ越してきて1年くらい。
夫の友人の紹介でここに住むことになりました。
まさか私が日本に来ることになるとは思っていなかったのですが、
夫が池袋で飲食業に勤めることになって、私も夫についてやってきました。

この団地なら中国人が多いし、私も寂しくないだろう、と思ったみたい。
母も中国から手伝いにきてくれるし、周囲はみんな中国語ばかりの環境なので安心。
ここで中国人の友達もできたし、日本語ができなくてもまったく不自由しないですよ」


この女性に「日本語はできる?」と聞いてみたところ「うん、少し……」と小さな声で答え、
母親と顔を見合わせて笑っていた。

とくに生活に不便はないのだろう。
団地に隣接するスーパー「マミーマート」でも、レジで日本語を話す必要はなさそうだった。

団地の敷地内に数軒ある中華料理店や雑貨店の経営者や店員は、ほぼ全員が中国人だ。
以前、ここに住んでいたという友人の中国人によると、
団地から徒歩で行ける蕨市立病院にも中国人看護師がいるので心強いという。


《「中国人だけ」の社会》

日本に住む中国人には、都心の大企業に勤務するエリート会社員も増えてきた。
中国の経済躍進を追い風に、日中の橋渡しをしているような国際人材の存在が
クローズアップされている。彼らはいわゆる、日の当たる存在だ。

しかし、その一方、生活のために子どもを中国の祖父母に預け、
自分たちが長時間稼いで仕送りをしている家庭、日の当たらない存在もまだまだいる。


後者の“古いタイプの中国人”が、芝園団地などに代表されるような、
中国人が多い地域に集まって住み、助け合いながら生きているということなのだろう。
それはそれでいいことなのかもしれないが、筆者には心配もある。

日本に住んでいながら、中国人だけの社会を構築し、
その中でのみ生きる人がどんどん増えていき、
日本社会に溶け込まないままになるのではないか、ということだ。

ある時、芝園団地に住む中国人に「次に来たら、あの中華料理店で食べてみたいな」
と言ったところ、大変驚かれた。

「ここに住む日本人は、中国人がやっている店にはまず行かないですよ。
お互いに通う店はまったく違うし、行動様式も異なる。
彼らは同じ団地に住んではいるけれど、交わることはほとんどないんです」というのだ。


また、こんなこともあった。

中国人ママたちが主催するフリーマーケットが集会所で行われたときのこと。
声を掛けた女性から「えっ??あなた日本人なの??ここに日本人もくるのね」と言われた。
嫌味で言っているのではなく、純粋に驚いたようだった。

ひとつの団地の敷地の中で毎日のように顔を見合わせていても、
お互いにコミュニケーションすることはほとんどない。

「冷ややかな分断」という言葉が浮かんだ。

数年前までは夜中の騒音やゴミの捨て方、子どもの外でのおしっこなどの問題が
起きていたが、管理するURが中国語の通訳を置いたり、注意の貼り紙を増やしたり
するなどして対応した結果、最近では住民同士のトラブルは減ってきたという。


しかし、トラブルが減った=何も問題が起きていない、というわけではない。
コミュニケーションがないから、表面的なトラブルはないだけ、ともいえる。

分断したままの“快適な生活”は、続くだろうか。
何かトラブルが起きたとき、まったくコミュニケーションを取ってこなかった
外国人のことには疑心暗鬼になりやすい。

「ここには〇〇人がいるから……」といった根拠のない臆測や
批判が湧き上がる可能性はないだろうか。

私たちは新しい“隣人”たちについて、もう少し知る必要性があるのではないか。

    (https://toyokeizai.net/articles/-/257423 )

         <感謝合掌 平成30年12月30日 頓首再拝>

国がなくなる。少子化で国防すら意味をなさなくなる亡国日本 - 伝統

2019/01/07 (Mon) 19:17:25



       *Web:ネタりか(2019/1/7)より抜粋

日本の人口は1年で〇〇万人減った…

(1)「少子化」を「あまり問題じゃない」という人もいるんですね。
   実をいうと、私自身もそれほど気にしていませんでした。
   ところが、新刊『日本の生き筋ーー家族大切主義が日本を救う』にも書きましたが、
   2年前のあるできごとで、「事の深刻さ」を実感したのです。

(2)私の実家は、長野県第2の都市松本市にあります。松本駅から徒歩圏にある。
   2016年の夏、私はあるきっかけで、「町内に50歳以下の人が一人しかいない」(!)
   ことを知りました。

   それは、女の子で小学校1年生である。
   つまり8歳から49歳までの人は、町内に1人も住んでいない。

   そして、子供の頃あったお店はほとんどつぶれ、町内が「スカスカ」になっている。

   私は思いました。
   「長野第2の都市松本の中心がこんな状態なら、
   他の地方はもっと大変なのではないか?」

   調べてみると、本当にものすごい勢いで、人口が減っている。

(3)ここ1年で、人口は44万8,000人減った。

   日本の人口は、過去1年間で、
   「県庁所在地である地方の中核都市が一つ消滅する」ほど減っているのです。

   しかも、恐ろしいことに、人口減少のスピードは加速しています。

(4)皆さん、日本の少子化問題、人口減少問題は、本当に切実です。
   少子化問題は、「真の国難」。

   安倍総理は、是非真剣にこの問題に取り組んでほしいと思います。

(5)最後に世界最高の戦略家ルトワックさんが、少子化問題について何を語っているか、
   『日本4.0』から引用しておきます。


     日本は長年、少子化問題を議論しながら、人口減少という
     国家にとって真の危機を間近にしても、思い切った施策を
     打ち出そうとしていない。

     そもそも将来の納税者が減少すれば、近代国家は衰退するしかないのだ。

     もうひとつ、子どもがいなければ、安全保障の議論など
     何の意味もないということだ。

     人間の人生には限りがあり、未来は子どもの中にしかない。
     当然、国家の未来も子どもの中にしかなく、
     それを守るために安全保障が必要なのである。

     どんなに高度な防衛システムを完成させても、
     国内の子供が減り続けている国が戦争に勝てるだろうか?
     未来の繁栄が約束されるだろうか?

    ( https://netallica.yahoo.co.jp/news/20190107-56715332-magmag )

         <感謝合掌 平成31年1月7日 頓首再拝>

移民失敗による欧州の事例を学ぼうとしない日本 - 伝統

2019/01/16 (Wed) 19:06:28

欧州「移民受け入れ」で国が壊れた4ステップ これから日本にも「同じこと」が起きる

     *Web:東洋経済オンライン(2018年12月30日)より抜粋

(1)欧州諸国の移民問題の惨状を描き、話題を呼んだ1冊の本の邦訳が先頃出版された。
   イギリスのジャーナリストであるダグラス・マレー氏が著した
   『西洋の自死――移民・アイデンティティ・イスラム』
   (中野剛志解説、町田敦夫訳、東洋経済新報社)である。

   欧州諸国は戦後、移民を大量に受け入れた。
   そのため、欧州各国の「国のかたち」が大きく変わり、
   「私たちの知る欧州という文明が自死の過程にある」と著者のマレー氏は警鐘を鳴らす。

   昨年、イギリスで出版された原書は、350ページを超える大著であるにもかかわらず、
   ベストセラーとなった。
   その後、欧州諸国を中心に23カ国語に翻訳され、話題を巻き起している。

(2)著者は本書の冒頭に次のように記す。

   「欧州は自死を遂げつつある。
    少なくとも欧州の指導者たちは、自死することを決意した」。

   「結果として、現在欧州に住む人々の大半がまだ生きている間に
    欧州は欧州でなくなり、欧州人は家(ホーム)と呼ぶべき世界で唯一の場所を
    失っているだろう」。

(3)入れ替えられる欧州の国民と文化

  ①イギリスをはじめとする欧州各国では、
   大量移民の影響で民族構成が大きく変わりつつある。

   本書で挙げられている数値をいくつか紹介したい。
   各国のもともとの国民(典型的には白人のキリスト教徒)は、
   少数派に転落していっている。

   2011年のイギリスの国勢調査によれば、ロンドンの住人のうち
   「白人のイギリス人」が占める割合は44.9%である。

   また、ロンドンの33地区のうち23地区で白人は少数派である
   〔ちなみに、この数値を発表したイギリスの国家統計局のスポークスマンは、
   これはロンドンの「ダイバーシティ」(多様性)の表れだと賞賛したそうである!〕。

   ロンドンではすでに数年前に白人のイギリス人は少数派になっているのだ。

   2014年にイギリス国内で生まれた赤ん坊の33%は、
   少なくとも両親のどちらかは移民である。

   オックスフォード大学のある研究者の予測では、2060年までには
   イギリス全体でも「白人のイギリス人」は少数派になると危惧されている。

  ②スウェーデンでも今後30年以内に主要都市すべてで
   スウェーデン民族は少数派になると予測されている。

   国全体としても、スウェーデン民族は現在生きている人々の寿命が尽きる前に
   少数派になってしまうと推測される。

  ③民族構成が変わるだけでなく、欧州諸国の文化的・宗教的性格も変容する。
   イギリス国民のキリスト教徒の割合は、過去10年間で72%から59%と大幅に減少し、
   2050年までには国民の3分の1まで減る見込みだ。

   2016年にイギリスに生まれた男児のうち、最も多かった名前は「モハメッド」であった。

  ④同様に、ウィーン人口問題研究所は、今世紀半ばまでに
   15歳未満のオーストリア人の過半数がイスラム教徒になると予測している。
   オーストリアは、それ以降、イスラム国家になる可能性が高いといってもいいだろう。

(4)欧州社会を統合していたキリスト教の信仰は風前の灯火

  ①従来、欧州の知識人層は、移民出身者であっても、
   欧州で長年暮らすうちに自由民主主義的価値観になじみ、
   それを受容するはずだと想定していた。

   しかし、実際はそうではなかった。

  ②イスラム教徒の利害を守る圧力団体が欧州各地で数多く組織化されているという。
   あるいは、シャルリー・エブド事件など、イスラム教に不敬を働いたという理由で
   襲撃される事件もさほど珍しくない。

  ③移民の大規模な流入により、世俗化され、自由民主主義という原理によって
   結び付けられた欧州という前提が脅かされつつある。

   キリスト教の伝統、あるいは自由民主主義に支えられた基盤が掘り崩され、
   いわゆる欧州文明がこの世から消え去ってしまうのではないかと
   著者は大きな危惧を抱くのである。

(5)本書の描き出す欧州の現状は、先ごろ改正入管法を国会で可決し、
   外国人労働者の大量受け入れを決めた日本にとってもひとごとではない。

   本書を読むと、移民の大規模受け入れに至った欧州の状況は、
   現在や近い将来の日本によく似ているのではないかと感じざるをえない。

   たとえば、欧州諸国の移民大量受け入れを推進した者たちの論拠は次のようなものだった。

   「移民受け入れは経済成長にプラスである」
   「少子高齢化社会では受け入れるしかない」
   「社会の多様性(ダイバーシティ)が増すのでいい」
   「グローバル化が進む以上、移民は不可避であり、止められない」。

(6)同じことが日本でも起こる

   この4つの論拠は外国人労働者や移民の受け入れ推進の主張として、
   日本でもよく耳にするものである。

   日本でも今後、推進派の政治家や学者、評論家、マスコミは、おそらく、
   これらの論拠を適当に乗り換えつつ、実質的な移民受け入れを
   進めていくのではないだろうか。

   ほかの点でも、本書が描き出す欧州の過去の状況をたどっていくと、
   今後の日本の外国人労働者や移民受け入れの議論がどのように展開するか、
   大まかな予測が可能ではないだろうか。

   次のようなものだ。

   1:学者やマスコミは、「政治的な正しさ」(ポリティカル・コレクトネス)に
     過敏になり、移民受け入れに肯定的な見解や調査結果は積極的に報道する一方、
     否定的なものは、「報道しない自由」を行使し、大衆の耳に入りにくくする
    (たとえば、「移民受け入れは財政的に大きなマイナスだ」という研究結果は
     報道されない)。

   2:同様に移民の犯罪についても、「人種差別だ」というレッテル貼りを恐れて、
    警察もマスコミもあまりはっきりと犯人の社会的属性や事件の背景などを
    発表しなくなる。

   3:「ドイツのための選択肢」(AfD)といったいわゆるポピュリスト政党の躍進など
     移民受け入れを懸念する動きが一般国民の間に広がった場合、
     マスコミや政治家は、その第一の原因としての従来の移民受け入れ政策の是非を
     きちんと吟味することはせず、懸念を表明する人々のほうばかりに目を向け、
     ことごとく「極右」「排外主義」「人種差別」などと攻撃する。

     つまり、「問題そのものではなく、
     問題が引き起こす症状のほうを攻撃する」ようになる。

   4:こうしたことが続く結果、政治家や大手メディア関係者といったエリート層と
    一般国民の間の意識のズレがますます大きくなり、国民の分断が生じてしまう。


   西欧諸国に比べて、ハンガリーなどの東欧諸国は、
   近年、移民受け入れに対し断固たる抑制策をとることが多い。

   著者はこの相違に関して、過去の植民地主義や第2次大戦中のナチズムなどのために
   西欧諸国は、欧州の文化に対して自信を失い、贖罪意識を持っていると指摘する。

   自文化への自信の喪失や贖罪意識が、移民受け入れ政策を方向転換することが
   できない理由の1つとなっているというのである。

   自文化への自信の喪失や歴史的な贖罪意識という点でも、西欧諸国と日本は似ている。


   改正入管法をめぐる日本の国会審議は、
   欧州の失敗例をほとんど分析せずに終わってしまった。

   手遅れになる前に、本書『西洋の自死』を多くの日本人が読み、
   欧州の現状や苦悩を知り、日本の行く末について現実感をもって考えてほしいと思う。


   (https://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20181230_256915/?p=1 )

         <感謝合掌 平成31年1月16日 頓首再拝>

「不法滞在者ばかり」は昔、増える高度人材の中国人 - 伝統

2019/01/17 (Thu) 20:03:39


         *Web:日経BizGate(2019/1/9)より
              ~ジャーナリスト 中島恵

《「不法滞在者ばかり」は、もはや昔の話》

これまで、日本人が思い描く中国人像といえば、アルバイトに明け暮れる留学生、
不法滞在者、単純労働者や中国料理店の店員、マッサージ師などではないだろうか。
事実、そうした人々は多かった。

老華僑を除き、中国人が本格的に日本に住むようになったのは、
中国が改革・開放したあとの1980年代からであり、
彼らは新華僑(80年以降に来日した中国人)と呼ばれる。

新華僑の第一陣は中国政府から選抜された国費留学生や各省の公的費用などを活用した
エリート留学生が中心だった。



その後、留学生ビザの緩和、中曽根康弘元首相の下での「留学生10万人計画」などを背景に、
留学生が急増する。90年代には、不法就労を目的とする偽装留学生や就労生も現れるようになり、
失踪者や不法滞在者、犯罪に手を染める者も増えてきた。

当時、日中間には著しい経済格差があった。
多くの日本人には、そのころ(80~2000年代初頭)の記憶が強く印象に残り、
そのまま時が止まっている。
中国人による犯罪などのニュースが流れ、悪いイメージを形成する要因にもなった。


むろん、今でもそうした人々がいなくなったわけではないが、日中の経済格差が縮まり、
GDP(国内総生産)で拮抗し、中国が日本を追い越していく過程で、
中国国内の影響を強く受け、日本に住む中国人の実像は大きく変わってきた。

親の勧めに従って来日する富裕層の留学生、日本に留学後、そのまま銀行や商社、
メーカーなどに就職して働くホワイトカラー、大学教授、シンクタンクの研究員、
高度な技術を持つエンジニア、医師や看護師、行政書士など、
さまざまな職業に就くようになってきた。

経営・管理ビザを活用し、日中を頻繁に往復しつつ、新規事業を行う起業家も増えている。

 
法務省などの「高度外国人材の受入れ・就労状況」によると
、国籍・地域別高度外国人材として日本で働く全外国人のうち、
65%が中国人で、圧倒的多数を占める(ちなみに、2位は米国人、3位はインド人だ)。

「高度外国人材とは、専門的な技術や知識を持つ外国人のことで、
高学歴で職歴、収入など多数のチェック項目をクリアしたわずかな人材だけが
取得できるビザのこと」(行政書士の張建紅氏)である。

日本ではハイレベルな中国人の人材が増えている。


外国人犯罪の国籍別検挙数は全体的に右肩下がりになっており、
なかでも中国人の検挙数は2010年ごろから劇的に下がっている。


男女比では、6対4で女性が多く、構成比では20~39歳が全体の58%を占めている。


本国の猛烈な勢いを追い風にして、日本に住む中国人一人ひとりの存在感も増している。

在日中国系企業が多く加盟する「日本中華総商会」の会員企業を見ても、
貿易、製造、IT、サービス業まで業種の幅が広がっており、
日本の経済界とのつながりも太くなってきている。

在日中国人の"変化"が大きくなってきたのは、
私の認識では「爆買い」が始まった2014年ごろからであり、
中国の躍進とピタリと連動している。

中国社会が大きく変わるとき、在日中国人社会も変わっていくのだ。

 ( https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3944067027122018000000 )

         <感謝合掌 平成31年1月17日 頓首再拝>

「隣人は外国人」が当たり前になる未来を日本人はどう生きるか - 伝統

2019/01/18 (Fri) 18:57:29


         *Web:MAG2NEWS(2018.11.06)より


《外国人入居者増でウェルカムパーティが当たり前に?》

出入国管理法の改正案(まとめて外国人活用法案…と言っていますね)が国会を通ると、
外国人の労働者、永住者が確実に増えます。

これは、マンションにも大いに影響があります。
居住者・組合員に外国人の方がこれまで以上のスピードで増えるということです。


外国人の方を雇用している企業が、マンションの一室を買って外国人労働者を住まわせる
…長く永住するつもりの外国人が自ら住戸を購入する…ということが、
今後ますます増えるでしょう。その勢いは、私たちの想像を超えると思います。


日本社会が外国人の労働者を本格的に受け入れるということは、
マンション住民、管理組合にも覚悟が必要だということです。

積極的に外国人の組合員と関わって価値観・生活習慣の違いを理解していこうという覚悟です。
同時に、外国人の隣人に、日本的な思いやりや誠実さを伝えて、それを理解してもらう
ことも重要なのです。


生活習慣の違い、ルールを知らないゆえの行動が、
まわりの住民に不安や警戒感を与えることになります。
お互いを知らないということが不信感につながります。


日本人同士の場合、基本的なことは分かっているだろう…という妙な安心感があるから、
新入居者への対応に必然性を感じなくて、面倒と思って進まないのでしょうが、
外国人の方が増えたら、お互いの安心のためにウェルカムパーティ的なものが
不可欠と思うようになるのではないでしょうか。


特に話さなくても常識で分かるはず…よく聞く言葉ですが、
その「常識」が人によって違うから問題になるのです。

最近は、夫婦でも、きちんとコミュニケーションをとって、
言うべきことをアサーティブ(自分も相手も尊重しながら適切な場や方法で伝えること)に
伝えていくことが重要だと認識されるようになりました。


話さなくても分かるはずという甘えが通用しない外国人の方が増えることで、
マンションのコミュニティが新たな局面を迎えるかもしれません。


10年後、隣人は外国人…が当たり前の社会になっているでしょうから、
どうせなら、それをマイナスにとらえるのではなく、プラスの方向に考えて、
私たちも覚悟を決めるときなのかもしれません。

     ( https://www.mag2.com/p/news/375321 )


         <感謝合掌 平成31年1月18日 頓首再拝>

少子高齢化で日本は生涯現役「強制」社会へ - 伝統

2019/02/02 (Sat) 18:22:50

少子高齢化で日本は生涯現役「強制」社会へ、死ぬまで働く私達が幸せになる唯一の方法は?

       *Web:MONEY VOICE (2019年01月31日)より

日本は少子高齢化問題に関して「人口を増やす」という正攻法を頑なに取ろうとせず、
日本人もまた「先進国は少子になるのは当たり前」と変な達観をして
人口を増やすのをあきらめてしまった。

本当は先進国であっても、子どもを生むことに対するインセンティブが働き、
子どもを生み育てる環境がきちんと整えば人口が増える。
日本は増やせる人口を増やしていない。

やるべきことをしないで無策のまま超少子高齢化に突入している。

そして、社会保障費はパンク寸前となって、福祉や医療費や年金はどんどん削減されていき、
さらに年金受給年齢も引き上げられようとしている。
消費税も強烈なまでに上がっていく。

すべては「少子高齢化を無策のまま放置した」ことに要因がある。


そして皮肉なことに、日本の労働現場では人手が不足するようになって
「生涯現役社会」という言葉が提唱されるようになり、日本人は高齢化しても
働き続けなければならない社会と化した。

高齢になっても働かなければならない。
これは、生涯現役の「強制」である。
自分の意思がどうであっても、死ぬまで働かされる事態に突入したのだ。

(中略)

いよいよ「生涯現役社会」が強制されるようになり、
日本人は文字通り老いて死ぬまで働かなければならなくなってしまった。

人口を増やす施策をまったく取らないで高齢層を死ぬまで働かせるのだから、
誰が考えても、こんなやり方では日本の未来が活性化するはずがないと分かるのだが、
現実はそのようになってしまっている。


(中略)


さらに、少子高齢化を放置した日本政府は社会保障費の増大に苦しみ、
年金も福祉も医療費も削減に走っている。
年金受給年齢も引き上げられて、本当に年金がもらえるのかどうかも怪しくなっている。

そうであれば、この時代に生き残るのは、戦略的に「自分の好きなことを仕事にする」
ことを深く考えなければならないというのは分かるはずだ。



生涯現役が「強制」される社会で生き残るためにやるべき重要なこととは、ただひとつ。
何が何でも「自分の好きなことを仕事にする」ことである。
それが基本であり、生き残るための土台となる。

どうせ死ぬまで働かされるのであれば、好きなことをする方がいいのは自明の理だ。
それが最も合理的な生き方なのである。

      ( https://blogos.com/article/354779/ )

         <感謝合掌 平成31年2月2日 頓首再拝>

軽くみた少子化、対策の好機を逃す - 伝統

2019/02/10 (Sun) 19:12:00


       *Web:日本経済新聞(2019/2/9 )より



    平成は少子化ショックとともに始まり、克服できないまま終わろうとしている。
    世界で最低レベルの出生率に落ち込みながらも、政府内は
    「いずれ第3次ベビーブームがやってくる」という楽観論が根強く、
    対策が後手に回った。

    回復基調にあった出生率もこのところ頭打ち。
    深刻な少子化は世界に類を見ない高齢社会を出現させた。


君は来るか 僕の腕に この空は青いか 見つめてみないか――。
1993年2月19日に厚生省(当時)が主導する「WELCOME BABY キャンペーン」ソング
「僕らが生まれた あの日のように」は発売された。

作詞・作曲は小田和正さんと飛鳥涼さん(CHAGE&ASKA)。
玉置浩二さんやカールスモーキー石井さん、浜田麻里さんら時代を代表する
ミュージシャンも多数参加し、子どもを持つ素晴らしさを高らかに歌い上げた作品だ。



平成初年の89年、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと推計される子どもの数)が
1.57に落ち込み、戦後最低を更新。「1.57」ショックといわれた。

2004~06年に内閣府参事官として国の少子化対策を担う増田雅暢氏は81年に厚生省に入省。
当時は少子化担当ではなかったが「今振り返れば牧歌的な対策。
人気歌手を動員し、キャンペーンを張れば出産が増えると少子化を軽くみていた」と指摘する。

「僕らが生まれた あの日のように」はシングルCD年間売り上げで50位以内に入り、
楽曲としては成功した。

だが最新の出生率は1.43(17年)。
1.57を一度も上回ることなく、平成は終わろうとしている。

人口維持の分岐点は出生率2.07だ。この水準を下回りながら、
政府も「第3次ベビーブームがやってくる」と楽観していた。

最初のベビーブームは終戦直後。
このとき生まれた団塊世代が結婚・出産の適齢期を迎えた70年代前半に
第2次出産ブームは起きた。

そしてその団塊ジュニア(71~74年生まれ)が適齢期を迎えればやがて
3度目のブームが来ると踏んでいた。

将来推計人口では出生率の見通しが甘く、00年代前半まで下方修正を繰り返す。
甘い期待は外れ、平成に入って間もなく、バブル経済が崩壊。
経営難に陥った企業は新卒採用を絞った。
学校を卒業しても正社員になれず、若者世代の非正規化が進んだ。

団塊ジュニアはそのあおりを真正面から受けた。

中京大学教授の松田茂樹氏は「

非正規雇用だったり正社員であっても
収入が低かったりした男性は結婚できなかった。
雇用劣化が未婚化を促し少子化に拍車をかけると当時の政府は見抜けなかった」

と説明する。

出生率低下に歯止めがかからず、政府も90年代後半にようやく本腰を入れる。
保育サービスの拡充や仕事と子育ての両立支援などを柱とする
少子化対策推進基本方針を99年12月にまとめる。

01年に厚生、労働両省が統合され、厚生労働省が誕生。
初代の雇用均等・児童家庭局長に就いた岩田喜美枝氏は
「01年5月に小泉純一郎首相が所信表明演説で待機児童ゼロ作戦を打ち出した。
総理のお墨付きで、財務省との予算交渉がしやすくなるなど保育所整備が加速した」
と振り返る。この時期の成果は03年に制定した次世代育成支援対策推進法だ。

従業員301人以上(現在101人以上)の企業に子育て支援計画作りを義務付けた。
法定を上回る育児休業や短時間勤務、在宅勤務などが普及。
出産しても働き続ける女性社員が増えた。

SCSKは同法に基づき3年の育児休業や妊娠期にいつでも取れる有給休暇などを導入した。
「制度が整い、社内の出産が増えている。働きながら2人目、3人目を出産する女性が
ここ10年で2倍以上になった」(同社)

企業の両立支援が整い、出生率も05年の1.26を底に回復傾向を示した。
ただ、いまだ待機児童が解決できていないなど積み残された課題も多い。

出生率はここ数年は横ばい。
出産数の減少はさらに深刻だ。

平成を3つに区切って年間出産数の減少をみると
平成元~10年は4万4千人減にとどまっていたが、
平成11~20年8万7千人減、平成21~30年14万9千人減(推計値)と減少幅は拡大した。

増田氏は内閣府参事官(少子化担当)を務めた2004~06年に
「団塊ジュニアが出産期にいる10年までが最後のチャンス」と政府内を説いて回った。

だが財政再建や高齢者向け施策が優先され、少子化対策に十分な財源を確保できなかった。
「子どもを産み育てられる年齢層が格段に減った今、保育の無償化など
思い切った施策を打っても手遅れ。
適切な時期に有効な手立てを打たなかったツケは未来に回る」

         <感謝合掌 平成31年2月10日 頓首再拝>

静かなる有事 人口減少に向き合う - 伝統

2019/02/16 (Sat) 19:47:13

静かなる有事 人口減少に向き合う
平成の30年 平成から次代へ(1)

       *Web:日本経済新聞(2019/2/16)より



   日本の人口が減少に転じた時代――。
   将来、平成を振り返るとこう語られるのだろう。

   東京一極集中も進み、都市と地方の格差も開いた。
   次の時代に人口問題にどう向き合い、日本のかたちをどう変えればいいのか。

   平成現役世代の元岩手県知事で総務相も務めた増田寛也氏と、
   次代を担う世代で全国最年少市長の大阪府四條畷市長・東修平氏に聞いた。


▼元岩手県知事 増田寛也氏(67)

■世界につながる地方都市を

人口問題に対する危機感が本当に広がったのは平成も最後の方になってからだと思う。
日本の人口がピークを迎えたのは2008年ですよね。

それまでは増えていたから、人口問題といっても
田舎の小さな村の話という感じだったのではないでしょうか。

私が岩手の知事になったのは1995年ですが、
翌年の96年に県の総合計画をつくりました。

まず人口推計から入り、将来的に人口は減る見通しだと県議会で説明したら、
そんな弱気な計画でいいのかと随分叱られた。

その時点ですでに県の人口は減少に転じていたが、
バブル経済時代の高揚感がまだ残っていて、企業を誘致して雇用を創れば、
人口は増えるだろうと言われました。


高齢化は意識していましたが、冷静に人口動向を分析することは難しかった。
小さな市町村では小学校が統合され、成人式の出席者がどんどん減っていく。
みんな、猛烈に人口が減っていることは分かっているのに、
それでも20年先、30年先について考えることはやめようという空気があった。


私が日本創成会議の座長として「消滅可能性都市」を発表したのも、
これではまずいと思ったためです。
岩手で起こっていたことがいずれ全国で起きる。

しかし、ただ単に地域ごとの人口推計を示しても誰も関心をもたない。
強烈に印象に残る表現にしないと人口動向に目が向かないと思って、
消滅という言葉を使いました。


東京一極集中を何とかしようと、平成に入って首都機能を移転する、
つまり遷都論がわき上がりました。
政府内で具体的な検討が進んだが、結局、腰砕けになった。

東京の機能を丸ごとどこかに移すということは難しかったし、
民間からも警戒する声が上がったためです。

東京が日本全体を引っ張り、稼いだものを地方に回すという
「東京機関車論」を主張する人も多かった。

では、東京が稼いで実際に地方も潤ったかというとそうではなかった。
結局、人や企業がますます東京に集中し、地方は疲弊した。

首都直下型地震のことを考えると東京集中はリスクが大きいですが、
何事も今の延長でなんとかなると考えたのが、
平成という時代だったのではないでしょうか。


今後も人口は推計通りに減っていくと思う。
少子化対策に取り組んでもその効果が表れるのはずっと先になるからです。
50年で1億人程度の人口でしょう。

都市と地方の格差も縮まらないが、その一方で、例えば30年先までぐらいなら、
格差がさらに開くとも思わない。

欧米のような極端な格差がない点が日本の良い点だし、
これは守っていかなければいけない。


これからやらなければならないことは、ハブ機能をもち、
求心力がある地方都市を全国で10から20程度つくることだと思います。

札幌、仙台、広島、福岡だけでなく、南海トラフ地震のことを考えれば
日本海側にも必要で、新潟や金沢が候補になる。

そういうハブ都市には(特定分野で高い市場シェアがある)
グローバルニッチトップ企業も立地していて、
地方から東京を介さずに直接、世界とつながる。

そうした国土構造にした方が日本は強くなります。


残念なのは、地政学、災害論、データサイエンスなど様々な観点から
国土全体を見渡して政策を提言できる学者や役人がいなくなったことです。

亡くなった下河辺淳さんのようなカリスマはもう出てこないだろうが、
単なるインフラ論を超えた議論ができる人材を育てなければいけないと思います。




▼大阪・四條畷市長 東修平氏(30)

■子育て支援 地域の個性磨け


平成という時代を端的に表現すると、「個の時代」になったと思います。
昭和は戦前、戦後ともにまず国家があって個が続いた。

我々の世代はあくまで個人の選択が先です。
それが浸透したからこそ、例えば、LGBT(性的少数者)などの問題についても
きちんと議論できるようになったのではないでしょうか。


東京一極集中が話題になっています。
事実そうだと思いますが、どこに住むのかという個人の選択の結果だから、
私は問題だとは思っていません。

それに私も含めて、子育ては東京ではなく、
自分の街でしたいと考える人が着実に増えています。

そうなれば企業も地方にサテライトオフィスを設けるようになる。


国は東京から地方へ人口を分散させようとしていますが、
あれは主語が『国家』になりますよね。
個の時代にふさわしいとは思いません。


ただし、災害時のリスク分散は国が考えるべきです。
東京が被災してもこの国が回るような仕組みが必要です。
それ以外は特に問題ではないし、一極集中は自然に是正されると思います。


人口減少も同じです。
私は常々、出生率などがニュースになることが不思議です。
これも出生率は高い方がいい、人口は維持した方がいいという
国家が主語になる考え方ですよね。

個人からみれば国全体の出生率なんてあまり関係ない。
もちろん、個人の視点からみて、本当はもう一人産みたいのに産めない
という状況は改善しないといけないと思います。

私が市長になろうと思ったのは5年間で市内の子どもの数が
15%も減っていたことに危機感を覚えたからです。

市の人口をみると、足元では少しだけ改善していますが、
2010年ごろをピークに減少しています。


来年度から子育て支援のために市版『ネウボラ』を始めます。
産前から産後まできめ細かく支援します。
大阪府内で最も厳しい受動喫煙防止条例もつくりました。

共働きでここで家を買おうと思う世代に照準を定めた施策です。
地域の個性を磨くことが必要です。

人口が減少すれば、税収が減って財政的に大変になるという声もありますが、
行政サービスの対象者も減少するので回ると思います。

職員数は増やせませんが、テクノロジーの力を借ります。
市では1月半ばから住民票の発行手数料をQRコードで決済できる
キャッシュレス化を全国で初めて始めました。

現金を管理する仕事が減れば、その分、他の分野に職員を配置できるからです。


問題なのは人口の総数ではなくて人口構成です。
高齢化が進むなかで手厚いサービスは維持しづらいし、
高齢者の方に相応の負担をお願いすることも必要になる。

そのためにも住民との対話を繰り返し、残すもの、やめるものを見極めています。

30年先を展望すると、地域に関していえば、
行政が画一的なサービスを提供するのではなく、
住民の個性を生かした街づくりが広がると思います。

おそらく、住民が主体性を発揮できないような地域は
持続可能ではなくなるのではないか。
その土壌を整えることが我々の責任です。

国には外交、防衛、金融政策などをきっちりとやってもらいたい。
国民が個性を発揮できるのも安全で平和な国だからです。

自治体に関しては、基礎自治体の規模や役割について再考すべきだと思います。
うちのような5万人程度の規模だと、何に投資するにしても初期投資が高くなります。





■静かなる有事 時間と距離の格差広がる

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、
 2050年すぎに日本の人口は1億人を下回る。

 そう言われてもピンと来ないかもしれないが、
 30年間で東京と大阪、北海道を合計した人口が消えると聞けば、
 事態の深刻さがわかるだろう。

 かつて経験したことのない人口減少時代が始まる。

 まさに「静かなる有事」なのだろう。

 「1.57ショックを契機に政府は出生率の低下と子ども数の減少を『問題』として認識した」。
 政府の少子化社会白書にこう書かれている。

 1989年の合計特殊出生率が当時では過去最低の1.57に下がったことを指している。
 しかし、本格的に対策に乗り出したのはずっと後の話だ。
 危機感が希薄だったとしか言いようがない。


 増田氏が指摘する通り、少子化対策に取り組んでも効果が出るのは先になる。
 そもそも、出生率が人口を維持できる水準(2.07)に回復することは容易ではない。

 次の時代も地方は厳しい。
 例えば、15年に102万人だった秋田県の人口は30年に81万人に、45年に60万人になる。
 しかも、その時点で県民の半数は高齢者が占める。

 平成の時代に一人勝ちが続いた東京も、例外ではなくなる。
 25年から30年までの間に人口が減少に転じ、
 今後30年間に高齢者が100万人以上増える。

 政策研究大学院大学名誉教授の松谷明彦氏は著書「東京劣化」で、
 貯蓄率の低下を背景にインフラの維持管理が難しくなり、
 「東京の街がスラム化しかねない」と警鐘を鳴らしている。


 人口問題は日本の姿、国土のかたちを変える。

 まず、国土利用の希薄化だ。
 国土交通省の推計によると50年には居住地域の2割で生活する人がいなくなり、
 6割以上で人口が半分以下になる。

 鉄道やバスが使えない公共交通空白地域が増える。

 交通革命も国土構造の変化を加速する。
 リニア中央新幹線が27年に東京(品川)と名古屋を結び、
 早ければ37年にも大阪まで延伸する。
 東京と大阪の所要時間が67分に縮まり、三大都市圏が一体化する。

 車を運転できない過疎地で暮らす人が徒歩で2キロ先のコンビニまで往復する間に、
 東京から大阪に移動できる。

 時間と距離の格差がますます広がる。


 次の時代をどう乗り越えればいいのか。
 まず、人口減に適合する社会に向けて、コンパクトな街に再編する必要がある。

 このまま人口密度が低下すれば、
 地方では生活に欠かせない店や施設の撤退が加速しかねない。

 訪問介護のようなサービス業の生産性を高めるためにも不可欠だ。

 次に、人工知能(AI)やドローン、自動運転などの技術を
 積極的に取り入れる必要がある。

 いずれ、無人店舗でのデジタル決済やドローンを使った宅配、
 遠隔医療などが当たり前になるのだろう。


 そして外国人と共生する地域づくりだ。
 島根県出雲市のように市内に5年以上定住する外国人の割合の目標を定めて、
 支援策の強化にすでに取り組む地域もある。

 東市長が指摘するように東京一極集中が自然に解消するとは思えないが、
 政府に何を求めるのかは大きな論点だろう。

 この点でみると増田氏と東市長の主張は異なる。

 ただし、人口動向を直視して大胆な改革に挑む。
 これが次の時代の最大の課題になることは間違いない。
(谷隆徳)

         <感謝合掌 平成31年2月16日 頓首再拝> 

衰退していく国家を再生するには - 伝統

2019/02/19 (Tue) 19:04:43


      *Web:MAG2NEWS(2019.02.19)より抜粋

一番の問題が人口減少が大きくなることで、この先数年後には、
年間100万人の減少になり、1人当たり年間消費額を50万円としても、
5,000億円のGDPの減少になり、1人100万円とすると、1兆円減にもなる。

大きなGDPの減少が、今後長期に続くことになる。

毎年GDPが1兆円以上も減っていく衰退国家になる。


旅行で、中山間部の道の駅を訪れるが、村に人がいない。
いるのは道の駅しかなく、店も道の駅にしかない。
村の活性化のために道の駅を作ったような感じである。
村人の収入源も道の駅しかないのではないかを思うくらいだ。

この状況が徐々に小都市にも来ている。
地方都市も経済的な自立が難しくなってきているようだ。


どん底から這い上がるにも、日本は人口減少もあり、経済大国には二度となれない。

日本の再生では、日本をどのような国家にするのか、もう一度考えておくことが必要だ。

日本の戦後の米国文化でもあるお金中心の社会は終わり、新しい日本を作るしかない。


日本国民は貧富の差がなく、皆が平等でつつましくても
楽しく生活できる国家を目指すべきであろうと見る。

皆が皆のために活動して、誰も不幸な人がいない社会にすることであろう。
あくまでも理想であるが。


人口減少を考えると、日本の将来を作る方法は、3つしかないと思う。

1つには、観光立国化であり、中山間部の農村までインバウンドを広げることであり、
観光と農業の兼業農家を育成することと国や自治体が新しい魅力を発見して、
発信していくことである。

アジアからの観光客が、白川郷で家を見ないで、外で雪遊びに興じている姿を見ると、
冬、豪雪地帯にアジアの人を招くと何をするのか面白いし、鎌倉作りの経験など、
まだ、日本人が感じていない魅力があるような気がしてくる。


2つには、優秀なエンジニアの国にすることである。
日本人の特徴は、コツコツと技術を積み重ねていくことに意義を感じる性格である。

それとその技術を習得したいというアジア系外国人が多く、
京都の伝統工芸の大学に入る半分が外国人と言うことである。
伝統文化の共通性がそうさせているように感じる。

IT技術者だけではなく、いろいろなエンジニアを日本に集めていくことである。
そのためには、大学教育の学費を安くして欧米の教育と同レベル以上と
英語での教育が必要であるが、米国の学費ローン地獄から逃れるために、
円安になっている日本に来る欧米系学生も多いはず。


それと、少なくとも、大都市では英語で物事が済む環境を作る必要もある。
アジア系でも英語ができる人が多いし、日本企業も日本市場の大幅縮小から
海外展開が必要であり、英語能力が重要になる。


欧米のインフレで、生活費が高騰している。
日本はデフレ地味であり、生活費が安く済むので、非常に住みやすいようだ。

技術教育を受けた外人、日本人が日本企業に入り、国内・海外で活躍してほしいものである。


3つには、コツコツと技術を積み重ねていく性格で有望なのが農業である。
人口減少になり土地が空き、若者が農業を行うスペースができる。
農業もその土地に合った物を作り、その技術的な進歩で、おいしいものができると、
高値で輸出ができるようになる。


そして、最後に日本国民が平等でつつましくも楽しい生活を送るためには、
論語が必要であると思う。

人間の関係を規定して、礼儀をわきまえる基本が必要である。
お金中心の価値観から人間関係中心の価値観に代える必要がある。
それを体系的に整理したのが論語であり、この論語を学校教育に取り入れることが必要と思う。

日本の伝統文化の背景は論語があるので、戦後のお金中心の米国文化から、
再度、江戸時代の価値観に戻る必要がある。

    ( https://www.mag2.com/p/news/386937/5 )

         <感謝合掌 平成31年2月19日 頓首再拝> 

「30年後の日本大変なことに」 債務の大きい国はひどい終焉を迎える - 伝統

2019/02/21 (Thu) 17:49:25

ジム・ロジャーズ「30年後の日本大変なことに」 債務の大きい国はひどい終焉を迎える

        *Web:東洋経済オンライン(2019年2月21日)より抜粋

日本はどうだろう。対外純資産は、世界第1位の約300兆円(図1参照)。
外貨準備高も、2018年3月末の時点で1兆2000万ドルを超えており(図2参照)、
この数字は世界第2位という非常に高い水準である。


しかし国内の財政をのぞいてみると、腰を抜かすほどの赤字になっている。
日本が抱える長期債務残高は、2017年末の時点で地方を除いて国だけでも約898兆円。
しかも、その額は年々増える一方だ。これだけの借金を返すために公債を発行し、
その借金を返済するためにまた公債を発行──と、どうしようもない悪循環に陥っている。

借金の返済には、若者や子どもたちの世代が
将来大人になったときの税収などが充てられる。
将来世代へと負担を押しつけ続けていることになるのだ。


債務が大きい国は、つねにひどい姿になって終焉する──。
こういうことは、すべて歴史が教えてくれる。

だから、日本の将来を危惧しなければならない。
私自身、心から案じている。
少子高齢化、人口減少。移民も受け入れない。

にもかかわらず高齢者は増える一方なので、
社会保障費などの歳出が増え続けていくことになる。
それを賄うために、また国債が増えていく。


■30年後の日本の借金は目も当てられないほど


日本の長期債務残高はここ10年弱で増加の一途をたどっている。
この10年で近隣のアジア諸国がどれだけ力をつけたかを鑑みると、
両者間の落差にはめまいがするような思いだ。

アジア全体は莫大な資産を持っているのに、いくつかのアジアの国、
とくに日本は莫大な借金を抱え込んでしまった。


もし私が10歳の日本人だったとしたら、
日本を離れて他国に移住することを考えるだろう。

30年後、自分が40歳になった頃には、日本の借金はいま以上に膨れ上がって
目も当てられない状況になっている。
いったい誰が返すのか──国民以外、尻拭いをする者はいない。


人と異なる考え方をすれば、ほかの人には見えないものが見えてくる。
それが成功への第一歩だ。
もし、周りから自分の考えをバカにされたり、笑われたりしたら、
大チャンスだと考えればいい。
人と同じことをして成功した人は、いままでいないのだから。



そして最も重要なのは、韻を踏みながら変化を続ける時代の流れに合わせ、
自分も変化できるようにしておくことである
。時代がどう変遷しているかを肌で感じ、それに順応することだ。

人は歳を重ねるごとに、変化に順応するのが難しくなる。
しかし、あなたがたとえ40代ですでに仕事上の地位を確立していたとしても、
変化を拒んでいればいずれ職を失うことになるだろう。

    ( https://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20190221_266214/?p=3 )

         <感謝合掌 平成31年2月21日 頓首再拝> 

日本の近未来 - 伝統

2019/02/27 (Wed) 19:03:01


         *Web:MAG2NEWS(2019/2/27)より抜粋
             ~人口減少を逆利用。
              ネットの普及で見えた「日本人が生き残る道」


そして、とうとう日本は、衰退国家になる寸前に来ている。
人口減少時代を見越した構造改革をしなかったことで、1,100兆円の国債を抱えるのに、
今後も長期に財政赤字が膨んでいくと予想でき、ゼロ長期金利の金融緩和をしないと、
国債の利子も払えないことで、このままいくと国家破綻になる可能性もある。


経済成長もゼロ、もしくはマイナスに推移する。
金利はゼロ、日本の経済規模も縮小し、輸出も減り貿易赤字国になってきた。

しかし、日本企業は内部保留が多く、世界の企業を買って、世界に出ていく。
世界展開している企業の株価は問題を起こさない限り維持すると思う。

もう1つが、海外からの観光客が増えていることで、インバウンドの消費が増えている。

現時点では、経常収支は黒字を確保して、円高になってもこれ以上の円安になりにくい。

しかし、益々、人口減少して、この均衡点を突破することは予想できる。
経常収支が赤字になると、円安に拍車がかかり、コストアップインフレが
起きてくることになる。

その先にハイインフレが待ち受けている。

ハイインフレが予想範囲内になってきたことで、
ハイインフレの準備を行う時代になってきた。

日本国民の生命を守るためには、
国内でエネルギーと食料を自給する体制に持っていくことが重要になる。
海外のエネルギーや食料は高くなり、一般庶民には手が出なくなる。


《将来のネット流通業と食料》

このように、日本の構造改革がなかったこととハイインフレで、
必然的に消費構造が変わる。

人口減少で田舎の住民は少なくなり、東北や山陰なども、北海道のようになり、
鹿やクマ、イノシシなどが多くなり、太陽光エネルギーを得る場所や
農業の場所の問題も解決するし、豚や牛肉の代わりに、ジビエを食べればよいことになる。

餌代がかからないので安いし、イノシシ、鹿は生息数が多くなり、
捕らえるのに時間がかからない。

よって、捕まえて野原に一時GPSを付けて放ち、必要な分だけ捕獲することもできる。

その上に、大豆ベースの肉も出てくる。
食文化の大変革期になる。

それとネットが普及して、「食べる通信」などのように、消費者と生産者が直接取引して、
卸を介さない消費スタイルが主流になる。
これにより、農協や豊洲市場の価値は激減する。

卸が末端価格の半分以上も取っている現状はおかしいが、
ネット経由では、最大でも30%程度になり、生産者の取り分が多くなるし、
消費者の価格は安くなる。

ということで、ネット直接取引で生産者の所得が上がり、
若者が農業やジビエ業に集まることになる。
その分、普通のスーパーや仲介業者は経営が成り立たなくなる。
製造業も同様であり、アマゾンやモノタロウ、ゾゾなどが製造業と消費者を直接結ぶことになる。


もう1つ、ネット業者は品ぞろえが重要であり、このため、寡占化する傾向にある。
ゾゾを脱退したレナウンやユナイテッドアローズなどは自社専用のネットで買えるので、
心配がないというが、品ぞろえが重要であることを無視している。

高級品としてのブランドを守るなら、
ゾゾ向けの第2ブランド商品を作り、差別化した方が良いと思う。



メルカリも同様で売りたい人と買いたい人を結ぶ直接取引が重要になってくる。
売った代金をメルペイで使えることで、利便性がアップさせている。

このように、生産者、ネット取引業と宅配業が今後の日本の流通業を作ることになる。
その意味では、一歩先を行く中国や米国に近くなる。

ネット取引業者が決済サービスを行うので、ここでも金融業やカード会社は限界が来る。

日経平均など総合的な株価は変動しないか下落するが、
時代を先読みした銘柄は株価を上昇させるので、
ネット取引業、バイオ、5G、AIや自動運転など、将来望な企業に投資した方が良いと思う。


《地産地消経済と直接取引経済に》

円安になると、相対的に日本の労働賃金は安くなり、海外での生産より、
日本の生産の方が製造コストが低くなる。
このため、日本で消費する消費財は、日本で生産した方が良くなる。

ということで、地産地消経済と直接取引経済が完成することになる。
このため、人口が減少するのに、自動化した生産拠点を日本に戻す企業が増えている。

このように流通業が衰退して、生産者の復権が起こり、
製造業も含めて、品質や革新的な物を生み出す力が重要になる。

ここで重要なのが技術であり、技術者と研究者である。
1つのことに人生を掛けることができるかどうかであるが、
お金より生き甲斐を技術に見出す人が多くいた方が、良いことになる。

この傾向を持つ民族は日本や中国、韓国、ドイツに多いと見ている。
ということで、製造業に向くのが、この4ケ国であり、
ドイツとアジアの時代になったということになる。

アジア・ドイツの時代の原因は、人の性格にある。
一歩一歩着実に行う農耕民族の時代になったようである。
このため、中国でも南部の広州、深セン、香港地域の発展が大きい理由である。

逆に言うと、商業民族たちの没落であり、
ドイツを除く英国や米国など欧米人やアラブ人などである。

交渉力のある商業民族は、農耕民族から利益を奪うことで成り立ってきたが、
ネットの普及で生産者と消費者が直接取引できるようになり、
出番がなくなってしまったようである。

   ( https://netallica.yahoo.co.jp/news/20190227-85617573-magmag  )

         <感謝合掌 平成31年2月27日 頓首再拝> 

人口危機 正視せぬ日本人 - 伝統

2019/03/11 (Mon) 19:59:28


            *日本経済新聞(2019/3/11)より抜粋
            ~堺屋氏(故人)『平成三十年』の先見の明

近未来の予測小説『平成三十年』を読み返して驚かされるのは、
日本人の出生数が100万を切る年を言い当てたことだ。著作集から引く。

「実際、子供の減少は著しい。昨平成二十八年の出生数は、日本政府の切なる願いに反して、
百万人を割ってしまった。(中略)そうなった一因が、若い世代の晩婚化だという」

厚生労働省の人口動態統計によると、16年に生まれた日本人は前年より2万8699人少ない97万6978人。
朝日新聞がこの小説を連載した90年代後半は、下がり続けてきた出生数が今度こそ反転すると
厚労省が希望的予測をしていた時期に重なる。

だが当時はまだ少子化対策を禁忌する空気があった。
国の財政への負の影響を心配した大蔵省に、一部の学者が
「女性は経済の道具か」などと感情的に反発し、政治は傍観した。


小説には「厚生年金の支給開始が67歳に上がり、支給額は物価上昇率より小幅の増額にとどめる」
という場面も出てくる。積立金枯渇をくい止め、将来の世代に年金制度を残すために、
この二つの改革は避けて通れないはずだ。

いまだに改革が不十分なのは、政治の情けなさ故だ。

人口危機を正視できない日本人の国民性を思わざるを得ない。


06年夏、猪口邦子少子化対策相に大胆な対策を提案したのは、
本紙の人口問題取材班として紙面対談を企画したときだ。

「大学内に保育所を増やして学生結婚しやすくし、両親とも24歳になるまで
学費と保育料の全額を奨学金として出せばいい」

猪口氏は「官僚主導で出生率低下を止められなかった事実を受け止め、
新たな対策を議論している」と応じた。

以降の歴代政権は少子化相を置き、対策に取り組んでいる風を装ってきたが、改善はみられない。

19年10月の消費税増税にともなう保育無償化にいたっては、待機児減らしに逆行するおそれさえある。

2人、3人とわが子を増やしたいと望む若者の身になった堺屋構想の肝は、
これまでの延長線上で政策を立案する官僚的発想からの脱却だ。


日本経済が閉塞感に覆われていた03年1月のインタビューで、こう話していた。
「学校の試験は易しい問題から取り組めと教わったでしょう。
簡単な問題を8問解けば難問に挑戦して2問しか正解しないより評価されるから」

「この仕組みをかいくぐった試験の達人の多くが銀行や役所に入った。
バブル経済後、彼らに決断を避ける知的怠惰がはびこった」


今、厚労省を襲う統計不正が露見させた組織ガバナンスの不在も、知的怠惰の帰結であろう。
問題をことさら矮小(わいしょう)化し、身内をかばおうとする。
怠惰は拡散しているのかもしれない。

統計といえば、非議員枠で小渕、森両内閣の経済企画庁長官をつとめた堺屋氏は
「迅速かつ正確な経済統計を生み出すことにこだわり続けていた」。
政府の景気判断に責任をもつ内国調査一課長だった大守隆氏の述懐だ。

もっともゴルフ場のキャディー、スナック経営者、パチンコ屋の店員などが抱く景況感を
統計数値化するのは「難しい」。これが役所の常識だった。

その旨を伝えた大守氏に長官はひと言、「何ができるか考えてください」。

あれっという感じだった。
出口がないままに検討委員会を組織した大守氏は、
日銀調査統計局長の村山昇作、早川英男両氏や街角指標の分析に定評がある
民間エコノミストの宅森昭吉氏らに助言を求めた。

こうして2000年に公表を始めたのが景気ウオッチャー調査だ。
知的怠惰に流されかけた官僚組織を救った好例だろう。

経済産業省出身の政策アドバイザー原英史氏も、薫陶を受けた一人だ。
人口危機の克服には「万博誘致を起爆剤にして世の中を楽しくすることだ」と語っていたという。


文庫版の『平成三十年』上巻の副題は「何もしなかった日本」。

平成後を生きる私たちの世代に対する希代の未来予測家の遺戒である。

         <感謝合掌 平成31年3月11日 頓首再拝> 

「2025年問題」~医療費が爆発的に増える - 伝統

2019/03/14 (Thu) 17:30:45


       *Web:ニコニコニュース(2019/03/13)より
            【書評】この国の若者は幸せなのか。日本を滅ぼす「2050年問題」

『老後の誤算 日本とドイツ』


日本の「2025年問題」はすぐそこに迫っている。
2025年には団塊の世代が後期高齢者になる。
医療費が爆発的に増える。

健保連の推計では2025年の日本の医療費は57.8兆円と、2015年から4割近く増加する。
その増加分の殆どは後期高齢者の医療費で、
高齢者の医療費に限ってみれば、7割近くの増加となる。

当然、医療保険料を値上げしなければやっていけないが、
その一方でそれを払い込む現役世代の人口は減少するのだ。
日本の医療保険が持続可能な形になっているかは、大いに疑問である。

日本の医療関係者は少ない上に負担が大き過ぎる。
こんな先進国は日本以外にない。

日本のシステムは持続可能かというと、
2025年問題の解決策を真剣に考えない限り、
おそらく難しいと断言できる。


これ以上、医療関係者にしわ寄せを押し付けることはできない。
医療保険の構造改革も必要だが、
人々が(とくに高齢者が)考え方を変えることが何より重要なことである。

若い人たちの、自らの責任ではない負担が、刻一刻と増え続けている様子を見ながら、
高齢者たちだけが「逃げ切ればいい」わけがない。

年金制度の改革を行おうとしたとき、
「長年、働いてきた人を斬り捨てるのか」と煽って批判する人たちがいる。

制度の改革は、変化した状況に適応させるために行うもので、
敬老の精神とは切り離して考えるべきだ。

いずれにせよ、日本では、年金にしろ、医療費にしろ、
支援が高齢者のところに集中している。


それに比べて、これから働き、子供を作り、
しかも、高齢者を支えていかなければならない若い世代が、貧しい。
支援すべきは、まずは若者だ。

医療保険がこげついている今、医療は治療の効果の出る人を優先すべきだし、
また、高齢者は実費の何割といわず、支払い能力に応じて、若い人の分まで負担すべきだ。

そして、同時に、高齢者の不要な医者通いも厳重に制限する。
そのためには、無駄な診療や投薬では、医者に儲けが出ないシステムを作ることが必須だろう。

「意識もなく寝たきりの人々のおかげで、
日本の平均寿命が世界一に押し上げられているのなら、
1位は返上しても差し支えないのではないかと私は思っている」。

読者である私もそう思っている。

ピンピンコロリといきたい。

   ( https://news.nicovideo.jp/watch/nw4982802 )

         <感謝合掌 平成31年3月14日 頓首再拝> 

日本人は「人口減」で起こる危機を甘く見ている - 伝統

2019/03/27 (Wed) 20:09:50


     *Web:東洋経済ONLINE(2019/03/24)より抜粋

《その場しのぎの楽観論を唱えている場合ではない》

人口減少と高齢化が進む日本には大変厳しい未来が待ち構えています。
これは脅しでもなんでもなく、人口動態などのデータを
冷静かつ客観的に分析すれば見えてくる、ほぼ確実な日本の未来です。

今すぐにでも対応を始めないと、
日本は近い将来、三流先進国に成り下がることは確実です。
いや、下手をすると、日本は三流先進国どころか
途上国に転落する危険すらあるのです。

  (「はじめに~日本人の勝算」デービッド・アトキンソン(著)より)


《消費税の引き上げについて》

たしかに、日本の消費税の税率が他の先進国に比べて安いのは事実です。
しかし、そもそも消費税の課税対象となる消費、そしてそれを増やすために
不可欠な日本人の所得をいかにして上げるかが、
この問題の根本の議論であるべきです。

それに比べたらたった2%の税率の引き上げなど、些末な話でしかありません。
大きなパラダイムシフトが起きている以上、今までにない、
もっと根本的かつ大胆な政策が求められているのです。

  (「はじめに 日本人の勝算」デービッド・アトキンソン(著)より)


《人口減少・高齢化に対応するためには、全企業が賃上げに向かうことが不可欠だ》

日本の生産性はあまりにも低迷している期間が長く、
他の先進国とのギャップが開きすぎている。

よって、日本的経営や日本型資本主義、あるいは文化の違いを理由として
正当化したり、ごまかしたりすることは不可能。

これを解決することは日本にとって喫緊の課題だが、
そこでの唯一の問題は、経営者をどう動かすかにあるというのである。


最低賃金を引き上げたとしても、日本人の実力をもってすれば
なんの問題も生じない。


《最低賃金と格差社会》

最低賃金は、格差社会を是正するための政策でもある。
日本の場合、上位層の収入上昇より、明らかに収入の低い
労働者の増加によって格差が拡大してきたが、
格差社会是正の早道は最低賃金の引き上げ。

現状の日本の最低賃金の水準はあまりにも低いだけに、
これを大きく引き上げれば大きな成果が期待できるわけだ。


《最低賃金と地方再生》

アメリカは州別に導入しているが、欧州の場合は全国一律が基本。
日本の現行の最低賃金も都道府県別に決められているのでアメリカに近いが、
そもそもアメリカと日本とではさまざまな規模が異なる。

日本は国土も狭いうえに、交通網が整備されていて、人口もアメリカの3分の1程度。
そのような国で最低賃金を都道府県ごとにバラバラに設定したら、
労働者は最低賃金の低いところから、最も高い東京に集中してしまって当然で、
事実そうなっている。

この悪循環から脱却するためにも、
最低賃金を全国一律にすることを真剣に検討すべきだとアトキンソン氏は言う。


《最低賃金引き上げは「少子化対策」にもなりうる》

日本の社会は厳しく、懸命に仕事をしてももらえる給料は少なく、楽しみもあまりない。
そして、老後の生活も不安だらけだ。そんな中、今の社会制度に対する
抵抗として子どもをつくらない選択をしている人も相当数いるはず。

だからこそアトキンソン氏は、最低賃金を引き上げ、
その最低賃金のすぐ上の層にも段階的な効果が出れば、
少子化問題も緩和されるのではないかという仮説を立てているという。

計算機をたたいてみれば、今の日本経済のあり方を変えないと
国が滅びてしまうことはすぐにわかる。

にもかかわらず、それに本格的に取り組んでいる人は少ない
とアトキンソン氏は言う。

諸外国に比べてより改革が必要なのに、先進国として日本は最も改革しにくい国だとも。


《改革しにくい日本を変えるには、強制力が必要》

私たちは大きく意識を変えなければならない時期にきているのかもしれない。
そして重要なのは、かたくなに動こうとしない日本という国を、
どう動かすか、動かせるか。

日本企業は、自由にさせておくと、生産性を向上させる方向に向かわないだろう。
アトキンソン氏も言っているとおり、それは歴史を振り返ってみれば明らかだ。

だとすれば、手段はひとつしかないことになる。

すなわち、強制的にやらせることだ。

そのためには、最低賃金の引き上げが最適だという考え方なのである。


   ( https://toyokeizai.net/articles/-/272235 )

         <感謝合掌 平成31年3月27日 頓首再拝> 

「令和」時代で、平成が放置した“少子高齢化”の時限爆弾を解除できるか? - 伝統

2019/04/10 (Wed) 20:41:17


「令和」時代で日本は終わる。平成が放置した“少子高齢化”の時限爆弾を解除できるか?

          *Web:MONEY VOICE(2019年4月4日)より

《バブルの後遺症に苦しみ続けた平成》

(1)平成は大きな戦争に巻き込まれることなく30年が過ぎた。
   それは、第二次世界大戦で激しい辛苦に見舞われた日本にとっては幸運なことだった。

(2)しかし、経済的な観点から見ると、「平成」は決して平穏ではなかった。

   バブルは平成元年の最後の日に弾けたので、
   平成は30年間ずっとバブルの後遺症に苦しみ続けた時代であったとも言える。

(3)平成は決して悪い時代ではなかったが、
   平成に就職活動をしなければならなかった世代は苦しい世代であったのだ。

   この世代の仕事と経済を巡る苦しみが、
   結婚率の減少や、少子化を生み出すことになり、
   次の時代「令和」に巨大な問題として引き継がれていく。


《少子高齢化による「毒」の蔓延》

(1)「令和」の時代は、率直に言うと、平成の30年に渡って放置され続けてきた
   「少子高齢化」の時限爆弾が次々と爆発していく時代に入っていく。

   国には多くの世代が共存し、人々はひとつずつ年を取る。
   そのため、人口がどのように変わるのか、というのは予測できる事態である。

   元号が新しくなり、気分が一新されたとしても、国民の年齢が若返るわけではない。
   つまり、人口動態の動きによって、何が起きるのかは大体分かる。

(2)「令和」に何が起きるのか。

  ①少子高齢化は、ある日突如として起きた問題ではない。
   20年も前から「このままでは日本は危険なことになる」と言われ続けてきたのである。

   しかし、平成の政治家は誰ひとりとして、この問題を重く見ることはなかった。

   日本の根幹を揺るがす凄まじく危険な問題となり得るのに、
   「こんな問題」に取り組んでも何の得にもならないので政治は見向きもしなかった。

  ②そして、国民もまた増え続ける高齢者と減り続ける若年層を見ても
   他人事のように思って、政治家に「一刻も早く何とかしろ」と訴えることもなかった。

   政治家も国民も「少子高齢化」の深刻な問題にうまく気づけなかった。

  ③地方がどんどん過疎化していき、限界集落が次々と生まれるようになった。
   若年層が経済的な問題を気にして結婚しなくなった。
   子どもも増えなくなった。

   社会保障費が莫大に膨れ上がるようになった。
   税金も過酷になった。
   イノベーションも生まれなくなった。
   不動産も下落した。

   こうした問題が次々と起きるようになり、もう取り返しが付かないのではないか
   と思うほど危険な状態になって、日本人は「ひょっとして、少子高齢化は
   日本を蝕むガンなのではないか」と気付くようになっていったのである。


《「令和」にツケが回されている》

(1)少子高齢化が起こした問題

   地方の過疎化 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   限界集落 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   社会保障費の増大 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   介護問題の深刻化 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   税金引き上げ → 少子高齢化の進行で起きた問題

   イノベーション欠如 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   内需の縮小 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   日本企業の不振 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   労働人口の減少 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   不動産の下落 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   空き家の増加 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   自治体の赤字 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   外国人の増加 → 少子高齢化の進行で起きた問題

   日本文化の硬直化 → 少子高齢化の進行で起きた問題


   少子高齢化が起こした問題が、また別の問題を起こし、玉突き状態になって
   全体を悪化させているのが今の日本の姿だ。

(2)危機感を持ち、問題に対処していけるのか

   新しい時代「令和」になると、こうした問題はさらに悪化し、
   より深刻な事態を日本社会に引き起こす。

   「平成」が放置した問題は「令和」にツケが回されているのだから、
   「令和」は幸せいっぱいの時代になるというのは楽観的すぎる。

   もし、少子高齢化という巨大な問題に対して何もしないのであれば、
   「令和」は日本という国にとどめを刺す時代になりかねない。

   それほどの危機感を、政治家も国民も持つべきなのである。


《ロボットや人工知能では解決しない》

(1)ロボットや人工知能で少子高齢化問題が解決すると考えるのは、
   あまりにも浅はかである。

   ロボットをいくら増やしても、
   ロボットが商店街をぶらぶらして買い物をするわけではない。
   ロボットは買い物をしてくれないので内需は増えない。

   家を借りることもない。
   税金を払ってくれるわけでもない。
   子どもを産んでくれるわけでもない。

(2)ロボットは少子高齢化の「労働面の解決」にはなるが、それだけだ。
   すべての解決にはならない。


《「令和」の時代に日本人を増やす必要がある》

(1)「令和」を迎えて日本は何を考えなければならないのか。

   日本の根幹は「少子高齢化」によって足元が崩れ去っていこうとしているのだから、
   「令和」の時代は必死になって少子高齢化問題を解決しなければならないのである。

   何としてでも、「令和」の時代で日本人を増やす必要がある。

(2)政治家も国民も一丸となって、
   きめ細かく人口を増やす政策を取り続けるしかない。
   政治の焦点は、ここに的を絞るべきなのだ。


《「放っておけばいい」は言語道断》

(1)日本の出生率は1.44で人口が維持できないほどの少子化であり、
   明らかに政治の無策や国民の無理解が状況を悪化させている。

(2)少子高齢化で問題なのは、日本は団塊世代ジュニアの時代にバブルが崩壊して、
   本来は増えるべき人口が増やせないまま放置されてきたことだ。

   日本の人口はもっと増やせたのだが、社会環境の悪化がその芽を摘み取った。
   政治の無策がそこに加わったのも不幸なことだった。

(3)対策も何もしないで「先進国は少子化だから放っておけばいい」
   というのは言語道断である。

   はっきり言って、反日で日本を攻撃している人間よりも
   「少子化でもいい」「日本は人口がもっと減ってもいい」みたいなことを
   軽々しく言っている人間の方がよほど日本を危機に陥れる。


《真剣に解決に乗り出せば日本は終わらない》

(1)問題がはっきりと認識されたら対策することもできるのが日本人の強みだ。

   もともと日本人は、問題の現状認識と要因分析ができたら、
   一丸となって対策を取り効果を計り、さらに対応することができる民族である。

   だから、日本人の国だからこそ現状は絶望的ではないと言える。

   少子高齢化が日本を蝕むガンであることを知り、対策を取れれば
   日本はまだ「終わり」にはならない。

(2)「令和」の時代は、少子高齢化問題に本腰を入れて取り組んでくれる
   政治家が誕生し、国民がそれを応援する光景が見られるのだろうか。

   そうなって欲しいが、そうなるとも言えない。

   「令和」もどんな時代になるのかは分からないが、
   「令和」は日本人が日本に誇りを持てる国になって欲しいと強く願っている。

   令和の時代に、新しい日本の希望を見たいと切に思う。

   ( https://www.mag2.com/p/money/660647 )

         <感謝合掌 平成31年4月10日 頓首再拝> 

人口減少、外国人の流入増 - 伝統

2019/04/13 (Sat) 16:38:41

総人口1億2644万3000人、減少率0.21% 18年10月時点
総務省発表

        *「日本経済新聞」(2019/4/12)より

(1)外国人の純流入数は6年連続で増加

   外国人の過去1年間の入国者数から出国者数を差し引いた
   純流入数は16万5千人で6年連続で増えた。

   約270万人の外国人が国外に流出し、海外からは約287万人が流入した。

   外国人が総人口に占める割合は1.76%だった。

(2)人口の自然増減は減少

   1年間の出生数から死亡者数を差し引いた
   人口の自然増減は42万4千人の減少だった。

   自然減は12年連続で高齢者の増加と出生数の減少が背景にある。
   1年間の出生児数は94万4千人、死亡者数は136万9千人だった。
   男女別では男性が14年連続、女性は10年連続で自然減だった。

(3)生産年齢人口の減少

   労働の担い手となる15~64歳の「生産年齢人口」は、
   51万2千人減の7545万1千人だった。
   総人口に占める割合は59.7%で、50年以来最低となった。

   人手不足が成長の足かせとなりかねない実態が浮き彫りとなった。

(4)年齢層別の割合

   15歳未満の人口は全体の12.2%で過去最低となり、
   70歳以上は20.7%と初めて20%を超えた。

(5)生まれた年の元号別の人口

   平成生まれが3352万8千人となり、総人口に占める割合は
   前年から0.9ポイント上昇の26.5%だった。

   明治・大正生まれは140万5千人で1.1%、
   昭和生まれは9151万人で72.4%だった。

   ( https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43664250S9A410C1MM8000/ )

         <感謝合掌 平成31年4月13日 頓首再拝> 

日本の厳しい未来 - 伝統

2019/05/14 (Tue) 20:25:25


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年05月12日)より

   (小西美術工藝社社長、デービッド・アトキンソン氏の心に響く言葉より…)

   日本には今、大きなパラダイムシフトが訪れています。

   パラダイムとは、ある時期、ある集団の中で、常識として認識されている
   「思想の枠組み」を意味しています。

   一方、シフトという英語には、変える、移すなどの意味があります。

   パラダイムが変わる、
   つまり、それまで常識と認識されていたさまざまな事柄が、大きく移り変わること、
   これがパラダイムシフトです。


   パラダイムシフトが起きると、それまでのやり方がまるで通じなくなります。

   当たり前だと考えられていた前提条件が大きく変わってしまうので、
   対処の方法も大きく変えなくてはいけなくなるからです。


   日本で今まさに起きているパラダイムシフトの原因は、人口減少と高齢化です。

   日本ではこれから、人類史上いまだかつてない急激なスピードと規模で、
   人口減少と高齢化が進みます。


   人口が右肩上がりで増えるというパラダイムが、
   右肩下がりに減るというパラダイムにシフトしたのです。

   これまで当たり前だと認識されてきたことが、すべて当たり前ではなくなります。

   日本は大きなターニングポイントに立たされているのです。


   人口減少と高齢化が進む日本には大変厳しい未来が待ち構えています。

   これは脅しでもなんでもなく、人口動態などのデータを
   冷静かつ客観的に分析すれば見えてくる、ほぼ確実な日本の未来です。

   今すぐにでも対応を始めないと、
   日本は近い将来、三流先進国に成り下がることは確実です。

   いや、下手をすると、日本は三流先進国どころか
   途上国に転落する危険すらあるのです。


   しかし日本国内の議論を聞いていると、
   あたかも今までの仕組みを微調整して対応すればなんとかなるという、
   その場しのぎで実に甘い、のほほんとした印象しか伝わってきません。

   嵐が目の前に迫ってきているというのに、
   危機感はまったくといっていいほど感じられません。


   ご存じの通り、日本ではすでに少子化が始まり、子どもの数が年々減っています。

   1950年に全人口の55%もいた24歳以下の人口尾は、2030年には18%まで低下します。

   人口の55%が24歳以下だった時代、大学教育が若い人だけだったことは、
   大学の経営戦略としても、国家の教育のあり方としても、理に適っていました。

   しかしその数が18%にまで減少する以上、
   大学のあり方そのものを転換しなければなりません。

   国民の55%を対象としていた時代の延長線上で、
   国民の18%の教育をどうするかを議論すべきではありません。

   国民の82%をどう教育するかが課題となっているのです。


   「人生100年時代」と言われる中、刻一刻と変化するこれからの世の中で、
   何十年も前に学校で学んだ知識や一個人の経験から得られた知見だけで、
   物事に適切に対処していけるとは思えません。

   この観点からも、25歳以上の成人の再教育は間違いなく必要になるのです。

   その際には、大学が大きな役割を担うべきです。


   しかし今、各大学はすでに少なくなってしまった子どもたちの奪い合いを、
   血まなこで繰り広げています。

   これこそ、今までの枠組みに囚われ、固定観念に染まっている証拠です。

   これは大学に限った話ではありません。

   あらゆる場面で、これまでの固定観念に囚われない、
   新たな解決策を見つける必要があるのです。


   日本は今、大変革の時代を迎えています。

   もはや平常時ではありません。

   皮肉なことに、大変革が起きると、
   それまでの仕組みや枠組みに詳しければ詳しいほど、
   固定観念に囚われてしまい、新たな発想を生み出すことができなくなります。

         <『日本人の勝算』東洋経済新報社>

             ・・・

デービッド・アトキンソン氏は、
「まずは所得を継続的に上げること」が必要だという。

その結果、生産性は上がるが、
そのためには企業の規模を大きくする必要がある、と。

日本では20人未満の社員の企業で働いている労働者の比率が全労働者の20.5%で、
30人未満まで含めると、29.9%となる。

先進国の場合、
これら小規模企業に勤める労働者の比率と生産性の相関関係は0.93と、非常に高い。

日本の人材評価は世界第4位だが、生産性は第28位だ。

一方、アメリカの人材評価は第24位だが、生産性は第9位となる。

これも、企業規模で説明がつくが、
従業員数が250人以上の企業で働くアメリカ人労働者の比率が49.8%にのぼるのに対し、
日本はたったの12.9%だ。


これは農業で考えるとよくわかる。(以下、「ジブン農業」より抜粋)

アメリカと比べると日本とあまりにも条件が違いすぎるので、オランダと比べてみる。

オランダの国の面積は九州とほぼ同じで、その半分が農地で、
農家1戸あたりの農地面積は25haだが、日本は1.8ha。

そして、農産物の輸出ランキングでみると、
1位はアメリカの1449億ドル、2位はオランダで866億ドル、
日本はなんと57位で33億ドルしかない。

なぜなら、オランダは最新の通信技術(ICT)を駆使した
ハイテクな農業を行っていて、付加価値の高い商品を作りそれを輸出しているからだ。


これから日本の企業が生き残るには、適正な規模まで企業規模を拡大し、
生産性を高め、賃金を上げ、教育投資をし続けること。

個人でいうなら、どの年代においても、新たな知識や技術を取り入れる
生涯学習(リカレント教育)にチャレンジすること。


大変革の時代…

固定観念を捨て、新たな発想で生き抜きたい。

           <感謝合掌 令和元年5月14日 頓首再拝>

AIに勝る読解力養おう - 伝統

2019/05/18 (Sat) 19:43:42


       *「日本経済新聞」(2019.05.10)より
        ~令和を歩む(7)国立情報学研究所教授 新井紀子

人口減少が進み人件費が上昇する日本は、企業活動のあらゆる面で
デジタル化が進むデジタライゼーションの影響が最も顕著に表れる国だろう。

人工知能(AI)に職を奪われ望む職業につけない若者が増える一方、
AIを使いこなし莫大な富を築く者も出現する。

AIが大学受験に挑戦する「ロボットは東大に入れるか(東ロボ)」で警告してきたことが、
現実味を持って受け止められるようになってきた。

内閣府の「2030年展望と改革タスクフォース」の委員を務めたが、
マクロ経済学からみると不確定要素はイノベーションだけで、
他の指標はすべて悪化している。

「一発大逆転」を狙いたくなる気持ちはわかるが、
イノベーションがいつ起こるかは予測不可能だ。


18世紀に英国で始まった産業革命では労働力として大勢の人間が必要だった。
資本があっても労働力がないとモノを作れなかったからだ。
それが民主主義を生むきっかけにもなった。

しかし現在進むデジタライゼーションでは企業は人間を必要とせず、
産業が生まれても雇用が増えるとは限らない。

さらにグローバル化が進み、
国民国家の枠組みの中では富の再配分がうまく機能しなくなっている。
近代社会の前提が崩れてきているといえるだろう。

だが、国民国家の代替案がすぐに見えてくるわけではない。
デジタライゼーションを利用し、国境を越えて富を集めながら、
それに相応する人間を雇用しないGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、
アマゾン・ドット・コム)のような企業にどう再配分させるかが課題になる。


日本が一つの経済圏を保つには「人口1億人」の維持が鍵になる。
バブル崩壊やリーマン・ショック、2度の大震災に見舞われた平成時代は
目の前の問題の対応に忙殺され、若者が希望と安心感を持てるような政策を打てなかった。


このことが、令和のスタートに暗い影を落としている。

これまでの研究でAIの限界がハッキリした一方で、
多くの中高生がAIと同じように読解力が不足していることもわかった。

読解力といっても文学の鑑賞ではない。
教科書や新聞など事実について書かれた文書を正確に理解する力だ。
これを放置するとAIに仕事を奪われる層が増え、格差が広がる危険性がある。


読解力は生産性に直結する。
文書やメールを読んできちんと実行できないメンバーが組織の中に数人いるだけで、
ビジネスやプロジェクトは滞り、生産性は下がる。

AIと差別化できる力は「創造力」だとする論もあるが、
論理性や構成力のない思いつきはアイデア倒れになりやすい。

型破りは基本の型が身についたうえで破壊するから型破り。
まず母語である日本語やAIの基礎となる数学をしっかり身につけてほしい。


子供たちに読解力を身につけてもらうリーディングスキルテストに取り組んでいる。
読解力が身につけば生産性が高い人材になり、安心して生きていける。

そうしたシンプルなメッセージが伝えられればいい。

          <感謝合掌 令和元年5月18日 頓首再拝>

2035年には男子の三分の一、女子の五人に一人が未婚となる - 伝統

2019/05/31 (Fri) 19:22:16


        *メルマガ「「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」(2019.05.31)より

(書評)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
 2035年には男子の三分の一、女子の五人に一人が未婚となるようだが、
  それでは甲子園の野球大開は地区大会さえ開催できなくなる。
  ♪
河合雅司『未来の透視図  ――目前に迫るクライシス2040』(ビジネス社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

おそるべき未来図、
2035年には男子の三分の一、女子の五人に一人が未婚という状況が訪れ、
甲子園は地区大会さえ開催できなくなる。

「出産可能な女性が消えていく」という、真っ暗闇がやってくる。
 
日本女性の未婚状況は、いずれ国を滅ぼしかねない。
 
かくして「日本消滅のスケジュール」が本書で示された。

河合雅司氏が未来を透視すると、こういう地獄が控えているようだ。
 
生活インフラを透視しても「美術館」が消え、ER(緊急病院)があちこちで消え、
そして町から銀行が消え、向こう三軒両隣が空きやとなる。

現実に現代日本の地方都市、田舎へ行けば駅前はシャッター通り、
廃屋に近い空き家が数百万軒あり、昼でも町がしーんとしている。

公園はあっても、遊んでいる子どもがいない。
早朝の公園は老人達のラジオ体操組がちらほら。

過疎の農村では村の鎮守のお祭りも開けず、神社は廃り、孤独な老人が寝ている。
 
介護現場も、居酒屋も、コンビニも建築現場も顕著なほどに人出が不足し、
昨今は深刻な労働者不足を補おうと外国人の呼び込みに懸命だ。

すでに令和元年現在、日本にいる外国人は270萬人。
これは未曾有の異常事態ではないのか。

ところが、2040年には少子高齢化ではなく、「無子高齢化社会」となる。
こういう暗鬱な社会がまもなく出現し、介護労働者は払底する。
火葬場は満員となり、そのうち葬式の面倒をみる人材もいなくなる。

 

評者(宮崎)は、この悲観的未来透視シナリオを提示する、本書を読みながら、
じつは百八十度異なることを考えていた。
 
なぜ子供を産んで増やそうとしなくなったのか。
それは未来の夢を描くなくなり、情感の希釈化、情緒の不在であり、
共同体の喪失感からきているのではないのか。
 
かつての日本には精神的絆で固く結ばれた共同体があり、全員が参加する人生。
農村であれ、漁村であれ、或いは貝の加工、或いは翡翠の鉱山集落であれ、
日本人の起源である縄文時代にはこうした心配事はなにもなかった。

この基本的な生活スタイルは江戸時代まで続いた。
 
伝統的コミュニティでは、現代人のなやむイジメ、引き籠もり、生涯独身、
少子高齢化などという問題はなかった。
ストレスも少なく、突然切れて、保育園児を殺傷したり、
通行人を刺したりという事件は稀だった。

もちろん「中学お受験」もなければ入試地獄もなければ、
まして現代の科挙といわれる東京大学法学部エリートの主知主義で、
国家が運営されるというおかしな国家でもなかった。

たとえば縄文時代、集落の全員が、お互いに助け合い、徹底的に面倒を見合った。
縄文集落の代表例である三内丸山遺跡では、三十人ほどが一つの屋根の下で
一緒に暮らした竪穴住居が再現されているが、
その建築技術の見事さには誰もが舌を巻くだろう。

共同作業で分担し合い、木材の伐採、調達、運搬から、資材の組み立て、
わらぶき屋根、部屋の中の祭壇つくりまで、全員参加のコミュニティがあった。

だからお祭りが尊重され、祭祀が恒常的に営まれ、精神の紐帯が強固だった。

縄文集落の典型とされる三内丸山遺蹟の規模は五百人前後だったと推定され、
集落にはまとめ役の長(おさ)がいて、春夏秋冬の季節に敏感であり、
様々な作業を分担し合い、クリ拾い、小豆の栽培、狩猟、漁労はチームを組んだ。

各々の分担が決められ、女たちは機織り、料理、壷つくり、食糧貯蔵の準備、
そして交易に出かける斑も、丸木舟にのって遠く越後まで、黒曜石や翡翠を求めて旅した。

縄文の社会には「保険」もなく、医者もおらず、幼児死亡率は高かったが、
適者生存がダーウィンの言う人間社会、動物社会の原則であり、
むしろこの大原則を忘れての偽善の平和、ばかしあい、生命装置だけの延命、
植物人間だらけの病人という末期的文明の生態はあり得なかった。

だからこそ人間に情操が豊かに育まれ、詩が生まれ、物語が語り継がれたのだ。

ましてや待機児童とか、老老介護、生涯独身、孤独死などとはほど遠い、
理想的な助け合いコミュニテイィが存在し、平和が長く続いた。

縄文時代の一万数千年間、日本では大規模な戦争はなく、
その証しは集落跡から発見された人骨から、刀傷など戦争の傷跡はなく、
障害者の人骨も出てきたため集落全体が福祉のシステムであって、
面倒を見合っていたことが分かる。

或る人口学者は縄文最盛期の人口を26萬人と推計し、
気象状況もしくは地震、津波、寒冷化などによる飢餓で
二万人にまで激減したこともあるとしたが、

現代日本に当てはめると、一億二千万が1000萬人になるようなことがおきたのだろう。


やがて弥生時代という新しい、闘争社会がやってきた。
渡来人がコメの栽培技術とともに流入し、日本に稲作が普及するが、
この弥生時代から富の分配をめぐって、集落ごとの喧嘩、出入り、暴力沙汰、戦争が始まり、
日本は一面で殺伐として社会となる。

この寓話は何を意味するか。

労働者不足だからと言って闇雲に外国人労働者を入れるという
政治のパッチワークが国家百年の大計画に基づくとは、とても考えられない。

したがって問題は何か。解決策は奈辺にあるのか。

それは子供を増やすという古来から人間が自然に営んできた健全な社会に戻すことである。

それも児童手当とか、保育所の充実とかの修繕的な対応ではなく、
基本的、抜本的取り組み、それは女性が子供を産み、増やしたいという
人類の基本の欲求が自然に起こるような社会の実現だろう。

男は男らしく、女は女らしく、強い男性の子供を産みたいという女性、
生きて行くための食糧確保を一等優先して考える発想、
まわりが皆、子供の成長を助けあう、

縄文時代の思考、生活のパターン、人生のスタイルを取り返すことから、
始まるのではないのか。

          <感謝合掌 令和元年5月31日 頓首再拝>

出生率1.42 - 伝統

2019/06/08 (Sat) 18:38:33

出生率1.42 目標「1.8」遠く 育児支援策は不可欠

      *Web:毎日新聞(2019.06.07)より)

安倍政権は、結婚して子どもを産みたい人の希望が全てかなう
「希望出生率1.8」を2025年度に達成する目標を掲げる。

しかし、実際の合計特殊出生率は3年連続で0.01ポイント低下し、実現にはほど遠い。

 
出生率の低下が続くのは、39歳以下の出産が伸びていないことに加え、
かつて年間の出生数が200万人を超えた「団塊ジュニア」世代(1971~74年生まれ)が
40歳代半ばになったことが大きい。

産む女性の数が減れば、子ども全体の数も減少する。

戦後日本の出生率は、2度のベビーブームを経てから一貫して下落傾向にあり、
2005年には過去最低の1.26にまで落ち込んだ。

近年は、認可保育所の整備や不妊治療を受ける人への助成拡大など
さまざまな施策による後押しも手伝い、微増傾向が続いていたが、
ここにきて足踏み状態が続く。

未婚化や晩婚化が影響しているとみられる。

10月から幼児教育・保育の無償化が始まるが、
子育て支援策の拡充は今後も欠かせない。

女性の就労が進む中、出産・育児と仕事が両立しやすい環境を
整えることによる「安心感」の醸成が必要だ。

     ( https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190607-00000073-mai-soci )

               ・・・

出生率1.42、3年連続の減少 18年生まれ最少91万人

      *Web:毎日新聞(2019.06.07)より抜粋

厚生労働省が7日公表した2018年の人口動態統計によると、
合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数に相当)は1.42と
前年を0.01ポイント下回り、3年連続で低下した。

18年に生まれた子どもの数(出生数)は91万8397人(前年比2万7668人減)で、
統計開始(1899年)以来の最少記録を更新した。

死亡数は136万2482人(同2万2085人増)で戦後最多を更新。
出生数と死亡数の差はマイナス44万4085人で、「自然減」は初めて40万人を超えた。
減少は12年連続で、減少幅も年々拡大している。

少子化が進む一方、急速な高齢化で死亡数が増え、
厚労省は「今後も一定程度は拡大していく」とみる。

 
出生率は05年に過去最低の1.26まで落ち込んで以降、15年に1.45まで持ち直したが、
その後は再び低下を続ける。

厚労省は「出生数の85%は25~39歳の母による出産だが、
この年齢の女性が減っていくのが大きい」と背景を分析。

18年の25~39歳の女性人口は約984万人で初めて1000万人を割り込んだ。

母親の年齢別でみた出生率は、出産の高齢化を背景に
40~49歳では微増となったが、39歳以下は低下した。

03年から増加傾向が続いていた35~39歳も18年は減少に転じた。

婚姻は前年より2万428組減の58万6438組で戦後最少を更新した。
平均初婚年齢は夫が31.1歳、妻が29.4歳。

第1子出産時の母親の平均年齢は30.7歳だった。

   ( https://mainichi.jp/articles/20190607/k00/00m/040/176000c?inb=ys )  

         ・・・

       *Web:日本経済新聞(2019.06.07)より抜粋

出生率がほぼ横ばい圏だったのに出生数が大きく減ったのは、
出産適齢期とされる女性の人口が減ったためだ。
15~49歳の女性は前年に比べ1.4%減の2463万人だった。

子どもを産んだ女性を年齢別にみると、44歳以下の全ての年齢層で出産が減った。
30~34歳は1万人以上減り33万4906人となったほか、
25~29歳でも約7000人減の23万3754人となった。

第1子を産んだ時の母親の平均年齢は30.7歳と、4年連続で過去最高水準を記録した。
平均初婚年齢も夫が31.1歳、妻が29.4歳と高くなっている。
結婚する年齢が上がったことで晩産化が進み、
第2子、第3子を産む人も少なくなっているもようだ。


都道府県別の出生率では最も低い東京都が0.01ポイント低下し、1.20となった。
神奈川県や大阪府などの大都市圏は全国平均を下回る1.3台で推移した。
最も高いのは沖縄県の1.89だった。

政府は25年度までに子どもを欲しいと考える夫婦らの希望が
すべてかなった場合の出生率「希望出生率」を1.8にする目標を掲げる。

共働き世帯が増えるなか、出産・育児と仕事が両立しやすい環境を整えないと、
出生率は上昇しない。

出生数から死亡数を引いた人口の自然増減は44万4085人減で、
過去最大の減少幅だった。

人口減は当面続くため、社会保障やインフラを人口減を前提にして作り直す必要が出ている。

  ( https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45809520X00C19A6MM8000/?n_cid=NMAIL007 )

           <感謝合掌 令和元年6月8日 頓首再拝>

出生数・合計特殊出生率の減少 - 伝統

2019/06/16 (Sun) 19:28:32


厚生労働省が先日発表した人口動態統計によりますと、2018年に生ま
れた子供の数(出生数)は91万8397人で過去最低を更新しています。

 ・出生数   91万8397人 ※過去最少(前年比2万7668人減)

 ・死亡数  136万2482人 ※戦後最多( 同 2万2085人増)

 ・自然減   44万4085人 ※過去最大( 同 4万9753人増)

 ・婚姻件数  58万6438組 ※戦後最少( 同 2万0428組減)


昨年の出生数は、ピークだった1949年(第一次ベビーブーム)の
269万人と比較しますと、およそ3分の1の水準です。

かつては見合い結婚が7割を占める時期もありましたが、
恋愛結婚が主流になると同時に未婚率が上昇。
晩婚化も進み、平均初婚年齢は夫が31.1歳、妻が29.4歳と高止まり。

第1子出生時の母の平均年齢は30.7歳と4年連続で横ばいながら
過去最高水準となっており、

一人の女性が生涯に産む子供の推定人数を示す
「合計特殊出生率」は1.42と3年連続で低下。

出産適齢期とされる女性の絶対数が減っていることも
出生数の減少につながっています。

           <感謝合掌 令和元年6月16日 頓首再拝>

【一つの業種が丸々この世から消えてしまう】 - 伝統

2019/06/18 (Tue) 21:16:37


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年06月16日)より

   (成毛眞氏の心に響く言葉より…)

   222万6613部。

   これは2017年から2018年の、たった1年で消えた新聞の発行部数だ。

   「新聞が消滅する」と囁かれて久しいが、数字は残酷な現実を突きつけている。

   「日本新聞協会」が発表している日本の新聞発行部数によると、2018年は3990万1576部。

   これは発行部数のピークだった1997年の5376万5000部と比べると約1400万部も少ない。

   20年で業界の規模が4分の3に縮小したことになる。


   新聞の部数激減の原因は一つではない。

   インターネットの普及で「紙の新聞を読む」という習慣が、
   若年層を中心に消滅しつつあることが何よりも大きいだろう。

   販売店に必要以上の部数を押し付けて、発行部数を水増しする
   「押し紙」を止めたことも背景にあるかもしれない。


   政府が2018年にまとめた高齢者白書によると、
   2017年に1億2671万人だった日本の人口は2045年には1億1000万人を割り、
   2055年には9744万人と1億人の大台も下回るとされる。

   つまり、これから40年の間に、2500万人もの人口が消えることになる。

   さらに、高齢者比率(65歳以上)も2035年にはほぼ3人に1人(32%)、
   2065年には2.6人に1人(38%)まで上昇する。

   こうした人口動態の変化で、介護などの高齢者向けのサービスや技術、
   ロボットなどの産業は拡大するかもしれない。


   しかし同時に、技術の進展や少子化によって、
   立ち行かなく産業が出てくるのも疑いようがない。


   その直撃を受けかねない最たる産業として、教育関連業がある。

   たとえば、学校や塾といった学習支援は約350万人が従事する巨大産業だ。

   なかでも平成の30年間で極端に膨張してきたのが、大学ビジネスである。

   日本の大学は、少子化にもかかわらず、右肩上がりに増え続け、
   2019年3月現在、787校を数えている。

   1989年が499校だったので、平成の間に約300校、
   1年に10校のペースで増え続けたことになる。

   このままだと令和は「大学衰退の時代」といわれるかもしれない。


   人口動態の変化で、大学より一足先に荒波にさらされたのが予備校業だ。

   2014年に代々木ゼミナールが「27校舎を7校舎まで減らす」と発表し、
   驚いた人も多いだろう。

   予備校の生徒数は1990年では約19万5000人だったが、
   2015年では約4万6000人程度まで激減。

   足元で少子化傾向が続くことを考えるには、
   もはや「予備校と呼ばれる存在そのものが、社会的役割を終えつつある」
   といっても過言ではないかもしれない。


   教育関連と同じく、300万人以上が従事する運輸通信業も、
   人口動態の変化が直撃している業種だ。

   なかでも地域人口減少の影響を受けやすいのが公共交通機関である。

   今後、中長期的にかなりの減収になるのは確実視されており、
   なかでも過疎地では、存続そのものが危ぶまれている鉄道路線がすでに少なくない。

   大都市以外の在来線は慢性的に赤字なだけに、
   地方に行くほど鉄道会社の経営は厳しくなる。

   公共性を踏まえて耐えに耐えてきたが、もはや限界だろう。

   鉄道は車両やレールなど施設維持に莫大なコストがかかるため、
   路線の維持すら難しくなっているのが現実だ。

   赤字でも会社が存続できていたのは、
   国から交付された経営安定基金の運用益があったからだ。

   民営化時、経営基盤の弱いJR四国、北海道、九州の3社に計1兆2800億円交付され、
   四国には2082億円が支給された。



   人口減少が直撃しているのは企業だけではない。

   財政難に陥った結果、その維持が困難になりつつある自治体も少なくない。

   日本経済の根幹を長く担い、大規模な雇用を地域に生んできた
   製造業の多くが海外に進出している。

   市税は目減りし、地方交付税の減少も響き、財政の悪化が止まらない。

   特にこの10年ほどで、より深刻になっているのが旧炭鉱の街だ。

   炭鉱の閉山などと聞くとかなり昔の話に思えるかもしれない。

   しかし、つい最近まで国が支援を続けていたのである。

   石炭から石油への転換期に当たる1950年~60年代、
   閉山に伴う大量失業などに対応する必要に迫られ、
   公共事業に対する国庫補助のかさ上げや雇用費用対策など、
   “カネ”を投下し続けた。

   “カネ”が自然に落ちてくる制度が約半世紀続いた結果、
   その地域に何が生まれたのか?

   それは、役所・住民双方における「依存体質」だと思う。

   石炭の街である北海道の夕張市が2008年に破綻したように、
   いつ「第二の夕張」が出てもおかしくない状況といえよう。

   旧炭鉱街は極端な例と思われるかもしれない。

   しかし人口減少が進む日本ではそのほかの自治体も、
   そしてそこで働く公務員も安穏としていられない時代になることは間違いない。

   わかりやすいのは道路、図書館、美術館などだろう。

   この10年ほどの間で、民営化や運営委託などが急速に進んだのは周知の事実だ。

         <『決断会社を辞めるか辞めないか』中公新書ラクレ>

               ・・・

成毛氏は本書の中でこう語る。

『20年ほど前まで、上京した大学生が地方に戻り、
Uターン就職する際に人気だったのが「県庁」と「銀行」だった。

それは、いずれも「潰れない」と信じられていたからだろう。

しかしその状況は大きく変わった。

銀行、特に地方銀行はすでに存続自体が危ぶまれている。

金融庁は2018年に衝撃的な報告書を出した。

東北や四国など23県の地銀について、地域で独占的な存在になろうとも、
不採算構造は変わらないと指摘したのだ。

つまり、店舗や人員を減らそうが時間稼ぎに過ぎない、
ビジネスモデルそのものが立ち行かなくなっている、というわけだ。


金融庁は銀行の監督官庁である。

いわばプロスポーツチームの監督が
その選手へ「そろそろ引退だな」とクビを宣告したに等しい』


そして、成毛氏は

『これからの時代、一つひとつの会社が変わる、というレベルにとどまることなく、
一つの産業“丸ごと”での激変がしばしば起こることになるというのが私の見立てだ。
ある日、一つの業種が丸々この世から消えてしまう、という事態が
おそらくこれから増えていくことだろう。』という。


先日、『引きこもり18年、去った老親 「市役所に相談を」メモ残し』
(西日本新聞)という記事があった。

自宅で18年引きこもってっている54歳の男性が、
ある朝起きると家にいるはずの両親がいなくなっていた、という話だ。

寝具も食器も車もなくなっていたという。

両親は70歳代。

途方に暮れた男性は、次第に「自分ではいあがるしかない」と思うようになり、
市役所に相談に行き、生活保護の申請をした。

現在は、生活保護を受けず、派遣社員として働いているという。

両親の「疲れ果て限界にきていた」というメモも見つかった。



欧米ではあまり引きこもりが顕在化しないのは、
18歳になると親のもとを去る、という文化があるからだという。

これは、人間の引きこもりだけの話ではない。

企業も地方自治体も、補助金をもらい続けていると、行動を起こさなくなる。

ゆでガエルの原理だ。


「一つの業種が丸々この世から消えてしまう」ような時代…

どんな変化にも対応できる力を身につけたい。

           <感謝合掌 令和元年6月18日 頓首再拝>

元国税調査官が暴く「少子高齢化は政府による人災」の決定的証拠 - 伝統

2019/06/21 (Fri) 19:25:31


          *Web:MAG2NEWS(2019.06.18 )より

(1)少子高齢化は人災である

   日本はこの40年の間に、子育てを支援するどころか、
   わざわざ少子高齢化を招き寄せるような失政をしてきた。


(2)非正規雇用の増大が少子化を加速させた

  ①少子化の大きな要因となっているのは、非正規雇用者の増大です。

  ②この非正規雇用の増大は、日本の非婚化を促進しているのです。
   正規雇用の男性の既婚者は4割ですが、
   非正規雇用の男性の既婚者は1割しかいません。

   このデータを見れば、日本社会の現状として、
   「非正規雇用の男性は事実上、結婚できない」ということです。


(3)消費税は子育て世代がもっとも負担が大きい

  ①消費税というのは、収入における消費割合が高い人ほど、負担率は大きくなります。

  ②収入における消費割合が高い人というのは、どういう人かというと、
   所得が低い人や子育て世代ということになります。

   人生のうちでもっとも消費が大きい時期というのは大半の人が
   「子供を育てている時期」のはずです。
   そういう人たちは、必然的に収入に対する消費割合は高くなります。


(4)児童手当は焼け石に水

  ①児童手当というのは、だいたい一人あたり月1万円、年にして12万円程度です。
   その一方で、児童手当を受けている子供は、税金の扶養控除が受けられません。
   そのため、平均的なサラリーマンで、だいたい5~6万円の所得税増税となります。

   それを差し引くと6~7万円です。
   つまり、児童手当の実質的な支給額というのは、
   だいたい年間6~7万円しかないのです。

  ②子育て世代には、消費税が重くのしかかります。
   子供一人にかかる養育費というのは、年間200万円くらいは必要です。
   食費やおやつに洋服代、学用品などの必需品だけでも
   平均で200万円くらいにはなるのです。

   子供の養育費が200万円だとして、負担する消費税額は16万円です。
   児童手当で支給された分を、はるかに超えてしまいます。

  ③子育て世代にとって、児童手当よりも増税額の方がはるかに大きいのです。
   少子高齢化を食い止めるためには、政府は子育てがしやすいように
   「支給」しなければならないはずなのに、むしろ「搾取」しているのです。


(5)子育て世代への大増税

  ①政府はこの40年の間、子育て世代に大増税を何度か行っています。
   その代表的なものが、「配偶者特別控除」の廃止です。
   平成16年に廃止された。

  ②子供が小さくて妻が働きに出られない家庭などにとって、
   配偶者特別控除の廃止は大きな打撃でした。
   この制度が廃止されたために、少ない人でも、だいたい4~5万円の増税となったのです。

  ③「配偶者特別控除の廃止」は、少子高齢化が人災だったことの象徴でもあります。  

   現在も「配偶者特別控除」という名称の所得控除はありますが、
   これは平成16年以前のものとはまったく別のものです。

   現在の「配偶者特別控除」は、一定以上の稼ぎがあって配偶者控除を受けられない人が、
   ある程度の控除を受けられるという制度です。
   配偶者控除を補完するための制度に過ぎません。


(6)なぜ待機児童問題は20年以上解決されないのか?

  ①この待機児童問題は、最近でもよく話題に上りますが、
   問題として認識されたのは1990年代なのです。
   実に20年以上、解決されていないということです。

  ②この待機児童問題は、実はいかにも「現代日本」らしいというか、
   現代日本社会の政治の貧困が如実に表れたものなのです。


(7)国公立大学の授業料は40倍に高騰

  ①日本の大学生の半数に近い90万人が、奨学金とは名ばかりの
   利子付きの学生ローンを背負わされています。

  ②日本の大学の授業料がこれほど高くなったのは、
   80年代後半から2000年代にかけてなのです。

   つまり、ちょうど少子高齢化が社会問題化したころに、
   大学授業料の大幅な引き上げが行われているのです。


(8)「米百俵の精神」と真逆だった小泉内閣


(9)「二人目の壁」

  ①公益法人「1more baby 応援団」の既婚男女3,000名に対する
   2018年のアンケート調査では、子供が二人以上欲しいと答えた人は、
   全体の約7割にも達しています。

   しかし、74.3%の人が「二人目の壁」が存在すると回答しているのです。

  ②この「二人目の壁」をつくってきたのは、
   間違いなく、この国の愚かな政治家たちだったのです。

  ③日本という国は、世界有数の金持ち国です。

   にもかかわらず、若い夫婦がたった二人の子供を育てることさえ出来ないのです。
   今の日本と言う国が、いかに富が偏在しているか、
   いかに必要な人にお金が回っていないかということです。

   今の日本に必要なのは、「経済成長」ではなく、「経済循環」なのです。
   もう富は十二分にある、その富をちゃんと分配していないことが問題なのです。

  ④これ以上、日本が富を集めれば、世界中から嫌われます。
   日本がこれだけ富を集めているのに、
   若い夫婦がたった二人の子供さえ持てない社会となっていることは、
   世界的な大恥なのです。
 
   ( https://www.mag2.com/p/news/402263 )

           <感謝合掌 令和元年6月21日 頓首再拝>

少子化対策、見えぬ「特効薬」 - 伝統

2019/06/22 (Sat) 20:44:42

少子化対策、見えぬ「特効薬」 海外は働き方改革重視

      *Web:日本経済新聞(2019/6/21) より

平成の30年あまりの間、
政府がいくら対策を打ってもなかなか効果が見えなかった政策課題がある。
「少子化」だ。

これまでの対策を分析すると大きく3つに分類できるが
いずれも「特効薬」にはなっていない。

出生率は2005年に底を打ってから緩やかに回復していたがここ3年は低下が続く。
18年に生まれた子どもは91万8397人と3年連続で過去最低を更新した。


政府が本腰を入れたきっかけは1989年の出来事だった。
1人の女性が生涯に産むと推計される子どもの数を「合計特殊出生率」という。

戦後は長く、丙午(ひのえうま)の66年の1.58が最低だった。
89年にこれを下回り「1.57ショック」と呼ばれた。


《根幹は経済支援策》


結婚観の変化や働く女性の増加、男女の役割分担の意識変化、
子育てにかかる経済的な負担増――。
この時に少子化の背景だと指摘された要因はいまも変わっていない。

政府の対策もこうした背景にあわせて大まかに分類できる。

(1)子育ての経済的な負担軽減
(2)仕事と子育ての両立支援
(3)結婚支援――の3つだ。


経済的な支援の代表は「児童手当」だ。
支給対象年齢や金額を拡充してきた。

09年に発足した民主党政権は「児童手当」を
「子ども手当」に変更し、所得制限をなくした。
当初は子ども1人あたり一律で月に1万3千円を支給した。
10年には高校授業料も無償化した。

民主党は「社会全体で子どもを育てる」と掲げ
「家族」「家庭」を重視する自民党と違いを明確にした。

10年の参院選で民主党が敗北すると、
12年に自民、公明両党の主張を受け入れ「児童手当」に戻して所得制限もつけた。


いまも経済支援は少子化対策の柱だ。
今年10月には消費税率10%への引き上げにあわせて、
3~5歳は幼稚園や保育園などの利用料を原則無料にする。

所得制限はつけない。

安倍晋三首相は
「子どもの教育にかかる負担が(子どもを持つことへの)大きな制約となってきた」
と説明する。

それでも他の先進国と比べて充実しているとはいえない。
国立社会保障・人口問題研究所によると、政府の16年度の家族関係社会支出は
国内総生産(GDP)比で1.29%。英国(15年度で3.57%)などに比べてかなり低い。

財政が厳しい一方で高齢者向けの社会保障支出が膨らみ、
少子化対策に大胆な予算を割り振れないためだ。


《官製婚活」も》

2本目の柱は仕事と子育ての両立支援策だ。
91年に育児休業法が成立し、97年以降は共働き世帯数が専業主婦世帯数を逆転した。
保育園に入りたくても入れない待機児童問題が浮上し、
政府が初めて「待機児童ゼロ」を目標に掲げたのは01年のことだ。

若年層の東京圏への流入などが続き、いまだに達成できない。


少子化にあわせて「ワークライフバランス」という言葉も広まった。
03年には一定規模の企業に子育て支援計画の作成を義務づけた
次世代育成支援対策推進法が成立し、企業の意識改革も始まった。

10年代前半までの出生率の上昇傾向の理由に両立支援策の成果をあげる人は多い。


個人の選択に関わる難しさがのぞくのは結婚支援策だ。
国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、
いずれ結婚しようと考える未婚者の割合は男女ともに8~9割に上る。
それでも結婚に踏み切れない理由には、経済不安や出会いの減少などがある。

出会いの場を提供するため、政府は地方自治体の婚活パーティーを後押ししている。
「官製婚活」ともいわれる。

条件を満たすカップルに最大30万円を支給する結婚・新生活支援の補助金もある。
結婚しやすい環境づくりも対策だ。
政府は16年に正社員転換・待遇改善プランを決め、若者の就労支援にも取り組んでいる。

池本美香日本総研主任研究員は
「若者が安定的な職に就くための支援に本気で取り組む必要がある」と話す。


《カギは社会の構造変革?》

出生率の低下は先進国共通の悩みだ。他国の例は参考になるのだろうか。

フランスやスウェーデンはかつて出生率が1.5~1.6まで落ち込んだ。
その後に様々な対策を打ち、最近は1.9前後まで回復した。

経済支援とあわせて、効力があったとみられているのが
保育サービスの充実や働き方改革だ。

母親だけでなく父親にも育休取得を促し、厳しい労働時間規制も実施した。
フランスでは男女の賃金格差の解消にも長年取り組んでいる。


同じ欧州でもドイツやイタリアは少子化からまだ抜け出せない。
筒井淳也立命館大教授(家族社会学)は
「男女が同じように無理なく働ける共働き社会を実現した国は出生率が回復し、
男性が稼ぎ手のモデルを続けた国は低迷した」と分析する。

アジアではシンガポールなど共働き比率が高く出生率が低い国が目立つ。

筒井氏は「男性の厳しい働き方に女性があわせるなど競争が激しいため」と話す。
日本の社会構造も変える抜本的な働き方改革が必要かもしれない。

日本は4月から残業時間の上限規制を柱とする働き方改革関連法を施行した。
働き方改革は始まったばかりだ。

共働き世帯を前提に少子化対策を考えるなら、
男女ともに仕事と子育てを両立できる働き方ができなければならない。

これまで政府は少子化対策と働き方改革の関連を前面に打ち出していなかった。
海外の事例を参考にすれば、両立支援は数少ない有効打といえる。

少子化対策のための働き方改革が今後の課題になる。



《記者の目 希望が持てる「両立」を》

共働き世帯が増えた背景には、女性の高学歴化や男性の収入だけで
家計を支えきれない経済事情などがある。
最近は労働力不足の傾向も続く。

少子高齢化で政府は女性の「活躍」に期待し、
社会は「共働きが前提」になってきた。

政府は次々と仕事と子育ての両立支援策を打ち出してきたが、
実際に両立はできているのだろうか。

ママ同士の会話では仕事・家事・育児のすべてを1人でこなす
「ワンオペ育児」という言葉がおなじみだ。

最近では育児休業や時短勤務を希望する男性への
職場のいやがらせ「パタニティーハラスメント」(パタハラ)の問題も出てきた。

こんな言葉を耳にした若い世代が両立に希望を持てるだろうか。
長時間労働の是正をはじめ、働き方改革をさらに進めてほしいと思う。


           <感謝合掌 令和元年6月22日 頓首再拝>

地方に住むと日本の問題がほとんど解決される - 伝統

2019/07/09 (Tue) 19:16:55

目からウロコ。地方に住むと日本の問題がほとんど解決される理由

       *Web:MAG2NEWS(2019-07-04)より抜粋

日本が抱える深刻な問題といえば「少子化」ですが、
「人口の東京一極集中」も大きな問題となっています。

この2つの波に襲われている地方自治体は、
半分以上が消滅の可能性をはらんでいるとも言われ、
早急な解決が求められているのですが、有効な方法はあるのでしょうか。


《深刻な「東京圏一極集中」を解決する方法》

人口が増えたのは、東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)と愛知県、沖縄県のみ。
後は、軒並み減っている。地方は、「少子化」と「人の流失」という
二つの問題を抱えている。

それで、ベストセラー『地方消滅~東京一極集中が招く人口急減』(増田寛也 中公新書)
によると、全国896の地方自治体が、「消滅可能都市」。

つまり、全国の自治体の約半分は、消えてしまう可能性がある。


《「東京圏の一極集中」を解消する策》

これ、簡単なんです。「地方に住んだ方がお得」にすればいいんですね。

それで私は、「人口減少県の法人税を大幅に下げること」を提案しました。
そうすると、企業は、その県で活動する方がお得でしょう。

するとその県に仕事ができるので、人が集まってくる。

そして、実をいうと、地方に住むことは、
「未婚化、晩婚化」「少子化」対策にもなることがわかっています。

たとえば、建機日本最大手コマツは、意図的に工場を東京圏から地方に移した。
すると、30歳以上の女性社員の結婚率があがった。
東京50%、石川県80%。

結婚した女性社員の出生率は、東京0.9人、石川県で1.9人。


「人口減少県の法人税を下げることで、東京圏から地方に人を回帰される」

これ、本当に多くに人から、「いいアイディアです!」とメールをいただきました
そして、最近、こんなうれしい情報が入ってきました。


   一極集中是正へ税制拡充を 全国知事会が提言案
   共同 7/3(水)18:44配信

   全国知事会の地方税財政常任委員会(委員長・石井隆一富山県知事)は3日、
   東京都内で会合を開き、東京一極集中の是正を狙った税制の拡充を
   国に求める提言案を取りまとめた。

   企業の地方移転を促す「地方拠点強化税制」や、
   企業版ふるさと納税を対象に挙げた。
   今月下旬の全国会議で了承を得る。

   地方拠点強化税制は、東京23区の本社機能を地方に移すと税金が軽くなる仕組みで、
   軽減額の拡充などを検討すべきだとした。


この方向性で、どんどんやっていってほしいです。
あまりにも東京圏に、人、企業、官庁が集中しているのは、
大きな「セキュリティー問題」でもあります。

というのは、「関東大震災」が来たら、日本全体が機能しなくなってしまう。

日本国全体がまんべんなく繁栄するように、体制を変えていきましょう。

     ( https://www.mag2.com/p/news/404985 )

           <感謝合掌 令和元年7月9日 頓首再拝>

2035年には男子の三分の一、女子の五人に一人が未婚となる予想 - 伝統

2019/07/18 (Thu) 19:07:16


      *『未来の透視図―目前に迫るクライシス2040』河合雅司著(ビジネス社) 
       ~Web:東アジア歴史文化研究会(2019-06-01)


おそるべき未来図、2035年には男子の三分の一、女子の五人に一人が未婚
という状況が訪れ、甲子園は地区大会さえ開催できなくなる。

「出産可能な女性が消えていく」という、真っ暗闇がやってくる。

日本女性の未婚状況は、いずれ国を滅ぼしかねない。

かくして「日本消滅のスケジュール」が本書で示された。

河合雅司氏が未来を透視すると、こういう地獄が控えているようだ。


生活インフラを透視しても「美術館」が消え、ER(緊急病院)があちこちで消え、
そして町から銀行が消え、向こう三軒両隣が空きやとなる。

現実に現代日本の地方都市、田舎へ行けば駅前はシャッター通り、
廃屋に近い空き家が数百万軒あり、昼でも町がしーんとしている。

公園はあっても、遊んでいる子どもがいない。
早朝の公園は老人達のラジオ体操組がちらほら。

過疎の農村では村の鎮守のお祭りも開けず、神社は廃り、孤独な老人が寝ている。

介護現場も、居酒屋も、コンビニも建築現場も顕著なほどに人出が不足し、
昨今は深刻な労働者不足を補おうと外国人の呼び込みに懸命だ。

すでに令和元年現在、日本にいる外国人は270萬人。

これは未曾有の異常事態ではないのか。


ところが、2040年には少子高齢化ではなく、「無子高齢化社会」となる。
こういう暗鬱な社会がまもなく出現し、介護労働者は払底する。

火葬場は満員となり、そのうち葬式の面倒をみる人材もいなくなる。

評者(宮崎)は、この悲観的未来透視シナリオを提示する、本書を読みながら、
じつは百八十度異なることを考えていた。


なぜ子供を産んで増やそうとしなくなったのか。

それは未来の夢を描けなくなり、情感の希釈化、情緒の不在であり、
共同体の喪失感からきているのではないのか。


かつての日本には精神的絆で固く結ばれた共同体があり、全員が参加する人生。
農村であれ、漁村であれ、或いは貝の加工、或いは翡翠の鉱山集落であれ、
日本人の起源である縄文時代にはこうした心配事はなにもなかった。

この基本的な生活スタイルは江戸時代まで続いた。


伝統的コミュニティでは、
現代人のなやむイジメ、引き籠もり、生涯独身、少子高齢化などという問題はなかった。

ストレスも少なく、突然切れて、
保育園児を殺傷したり、通行人を刺したりという事件は稀だった。

もちろん「中学お受験」もなければ入試地獄もなければ、
まして現代の科挙といわれる東京大学法学部エリートの主知主義で、
国家が運営されるというおかしな国家でもなかった。


たとえば縄文時代、集落の全員が、お互いに助け合い、徹底的に面倒を見合った。
縄文集落の代表例である三内丸山遺跡では、三十人ほどが一つの屋根の下で
一緒に暮らした竪穴住居が再現されているが、
その建築技術の見事さには誰もが舌を巻くだろう。

共同作業で分担し合い、木材の伐採、調達、運搬から、資材の組み立て、
わらぶき屋根、部屋の中の祭壇つくりまで、全員参加のコミュニティがあった。

だからお祭りが尊重され、祭祀が恒常的に営まれ、精神の紐帯が強固だった。

縄文集落の典型とされる三内丸山遺蹟の規模は五百人前後だったと推定され、
集落にはまとめ役の長(おさ)がいて、春夏秋冬の季節に敏感であり、
様々な作業を分担し合い、クリ拾い、小豆の栽培、狩猟、漁労はチームを組んだ。

各々の分担が決められ、女たちは機織り、料理、壷つくり、食糧貯蔵の準備、
そして交易に出かける斑も、丸木舟にのって遠く越後まで、黒曜石や翡翠を求めて旅した。

縄文の社会には「保険」もなく、医者もおらず、幼児死亡率は高かったが、
適者生存がダーウィンの言う人間社会、動物社会の原則であり、
むしろこの大原則を忘れての偽善の平和、ばかしあい、
生命装置だけの延命、植物人間だらけの病人という末期的文明の生態はあり得なかった。

だからこそ人間に情操が豊かに育まれ、詩が生まれ、物語が語り継がれたのだ。

ましてや待機児童とか、老老介護、生涯独身、孤独死などとはほど遠い、
理想的な助け合いコミュニテイィが存在し、平和が長く続いた。

縄文時代の1万数千年間、日本では大規模な戦争はなく、
その証しは集落跡から発見された人骨から、刀傷など戦争の傷跡はなく、
障害者の人骨も出てきたため集落全体が福祉のシステムであって、
面倒を見合っていたことが分かる。


或る人口学者は縄文最盛期の人口を26萬人と推計し、
気象状況もしくは地震、津波、寒冷化などによる飢餓で
2万人にまで激減したこともあるとしたが、

現代日本に当てはめると、
1億2千万が1000萬人になるようなことがおきたのだろう。


やがて弥生時代という新しい、闘争社会がやってきた。
渡来人がコメの栽培技術とともに流入し、日本に稲作が普及するが、
この弥生時代から富の分配をめぐって、集落ごとの喧嘩、出入り、
暴力沙汰、戦争が始まり、日本は一面で殺伐として社会となる。


この寓話は何を意味するか。
労働者不足だからと言って闇雲に外国人労働者を入れるという
政治のパッチワークが国家百年の大計画に基づくとは、とても考えられない。


したがって問題は何か。
解決策は奈辺にあるのか。

それは子供を増やすという古来から人間が自然に営んできた
健全な社会に戻すことである。

それも児童手当とか、保育所の充実とかの修繕的な対応ではなく、
基本的、抜本的取り組み、それは女性が子供を産み、増やしたいという
人類の基本の欲求が自然に起こるような社会の実現だろう。

男は男らしく、女は女らしく、強い男性の子供を産みたいという女性、
生きて行くための食糧確保を一等優先して考える発想、
まわりが皆、子供の成長を助けあう、縄文時代の思考、生活のパターン、
人生のスタイルを取り返すことから、始まるのではないのか。

    (https://blog.goo.ne.jp/kirakiraboshi31/e/184ea46363804fc7e8f4246cb2f3ec6f )

           <感謝合掌 令和元年7月18日 頓首再拝>

日本の中の異国の実情 - 伝統

2019/07/22 (Mon) 18:36:57


        *メルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」(2019.07.18)
         ~室橋裕和『日本の異国  在日外国人の知られざる日常』(昌文社)

日本全国どんな片田舎へ行ってもフィリピンのパブがあり、
韓国人のスナックがあり、工業都市周辺にはブラジル人のたまり場があり、
高田馬場へ行くとミャンマー人のコミュニティがある。

竹の塚にはリトル・マニラができており、
西川口の団地はチャイナ・コミュニティに変貌した。 
 
ベトナム、カンボジア、ラオスからの難民は神奈川県大和市に集中して住み着いた。
西葛西にはリトル・インディアが形成されていた。
 
気がつかなかったのは八潮団地にパキスタンの中古車ディーラーがあつまって、
既に、「ヤシオスタン」になっていること、なかではカラチの方言が飛び交っている。

西池袋には、北区、豊島区に住むバングラデシュのたまり場があり、
光が丘団地にはモンゴル人のコミュニティが出来ているとか、
ともかく「多国籍化」の変化が激しい。


この本の著者は、日本のなかに存在する「異郷」を精力的に探訪した。


銀座のホステスには近年、客あしらいがうまい中国人女性が流暢な日本語を操り、
隣の店に行くとイタリア人やらアメリカ人ホステスもいる。

上野から鶯谷界隈には中国人経営の風俗店もあるという。
 
外国人コミュニテイィはすっかり日本の「日常の風景」となって、
いまや我が国では珍しくもない。
 
(中略)

いまテニス、短距離、バスケットボールに「日本国籍」の外国人、
あるいは日本人との混血選手がいるが、だれも違和感を感じていないようだ。

いや、かれらを声援し「日本、頑張れ!」と大声出して応援しているではないか。

こうなると、多民族国家に変貌を遂げる日がちかいのではないか?

コンビニの店員と居酒屋は、ほとんどが外国人。
それも或る居酒屋チェーンは特定のネパール人ばかりの店舗があり、
コンビニは福建出身者が多いようだ。
福建省は広く北側の福州市より福清市からの中国人が目立つ。
 
「全国区的」に有名なのは新大久保のコリアンタウン、周辺には韓国系ばかりか、
いまでは「アジアのごった煮」状況となった。
 
北池袋のチャイナタウンには中国語だけで運転免許取得可能をうたう自動車学校、
24時間営業の保育所。在日許可延長、国際結婚斡旋の法律事務所。

本書では、これまで知られていなかった蕨市にいつのまにかクルド人が集まり、
「ワラビスタン」と言われていること。

茗荷谷にはインド人シーク教徒寺院があって
インド人の社交場にもなっていることも書かれている

そして静岡県御殿場市の変化。
富士山観光に来る中国人が、買い物を愉しむアウトレットがずらーり並んでいるのだが、
300人の中国人店員が、中国語で中国人ツアー客に対応しているというではないか。

かれらは逆に日本人店員に気を遣うというのだから、
そんなことありか、と驚いてしまった。
 
実際に筆者の室橋氏はタイに十年を暮らし、
帰国後も大久保の外国租界のような町に暮らして、
朝から晩まで外国人の日常生活をみてきた。

そして現状を細密に紀行文的に観察したのが本書。
ユニークな文化論の登場と相成った。
 
日本の中にいつの間にか形成されていた異国の実情を
これほど生々しく伝えたルポは労作であり、初めて知る事柄が多かった。

           <感謝合掌 令和元年7月22日 頓首再拝>

「ダチョウの平和」 - 伝統

2019/07/30 (Tue) 19:00:10

       *Web:講談社(2018.05.08)より抜粋
            ~日本をじわじわ蝕んでいる「静かなる有事」に気づいてますか

皆さんは、「ダチョウの平和」という言葉をご存じだろうか?

危険が差し迫ると頭を穴の中に突っ込んで現実を見ないようにする様を
指した比喩だ(実際のダチョウの習性とは異なるとの指摘もあるようだが)。

日々の変化を把握しづらい人口減少問題こそ、
この「ダチョウの平和」に陥りがちな難題である。

それは切迫感が乏しいぶん、どこか人ごととなりやすい。
何から手を付けてよいのか分からず、現実逃避をしている間にも、
状況は時々刻々と悪くなっていく。

そして、多くの人がそれを具体的にイメージできたときには、
すでに手遅れとなってしまう──。

           <感謝合掌 令和元年7月30日 頓首再拝>

日本人は生きていけるのか - 伝統

2019/07/31 (Wed) 18:30:02


      *『未来の透視図―目前に迫るクライシス2040』
         河合雅司著(ビジネス社) (P94~95)より

「多少、貧しい国になったとしても、なんとか食べていける」
と語る人もいる。

だが、国際情勢をかんがみたとき、
そうした考え方はあまりにのんきすぎる。

日本人が人口を減らす一方で、世界人口は爆発的に増え続けていく。

そうした状況下で「豊かさ」を損なったならば、
この国は食べていけるだろうか。

そうでなくとも、高齢化で農業の担い手はどんどん減っている。

人口が減っても「豊かさ」を維持できるかどうかは、
少し大袈裟に言うならば、《民族の存亡をかけた戦いである》
といってもいい。

まず、正しく認識しなければならないのは少子高齢化の意味だ。

言うまでもなく、人口減少とは少子化と高齢化が両輪で進んでいく
事象のことである。

誤解している人が多いが、少子化と高齢化には因果関係はない。
少子化が進むことで総人口に占める高齢者の相対的な数が増えるため
高齢化率は上昇するが、出生数が減ったために、
高齢者数が増えるわけではない。


出生数が減ったことへの対策と、高齢者が増えることへの対策は
まったく別の政策なのである。

少子高齢化は、出生数が増える状況に戻らなければ真の克服とはならない。

だが、子どもを産むことが可能な女性が減るため、
簡単に状況が転じることはない。

少子化対策が成果をあらわし始めるまで、
そうとう長い時間の地道は取り組みが必要とする。

その間も、少子高齢化にともなう社会への影響は次々と表面化してくる。
われわれは、どうしても目の前の課題に目をうばわれることとなる。

長期的視野と短期的な視点を同時にもってあたらなければならない。

ここに人口問題解決のむずかしさがある。

           <感謝合掌 令和元年7月31日 頓首再拝>

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