伝統板・第二

382680
「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

本掲示板の目的に従い、法令順守および社会倫理の厳守をお願いします。本掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付のうえ、本掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。

「インターネット道場日々の言葉」のご紹介 ② - 夕刻版

2018/08/19 (Sun) 19:22:10

     *伝統板・第二「インターネット道場日々の言葉」からの継続です。
         → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7759861

平成30年6月21日の言葉

「感応の涙」そして「守護」「御守り」~平成30年6月21日(木)より抜粋

「京都いのちのミュージアム」が、教育者、医療関係者を呼んでいる。
世界中の心ある人々を「京都府宇治市」の「救命センター」で、
強く強く、結びつけてくださっている。

これは、戦後中絶され、 大好きな お母さんの胸に一度も抱かれず、
愛しき母のお乳(ちち)を与えられず、顧みられなかった赤ちゃんたちが、
「思いを寄せて」「わが思いを思い」とする人々の出現により、
感動と喜びの涙を流しながら、力強く 守護し、応援して下さっている気がするのである。

https://internetdojo.wordpress.com/

        <感謝合掌 平成30年8月19日 頓首再拝>

神はひかりである - 伝統

2018/08/20 (Mon) 20:15:42

平成30年8月20日の言葉

「神はひかりである」~平成30年8月20日(月)より抜粋

平成最後の宝蔵神社大祭が終わった。
17日、18日、19日、3日間。
宝蔵神社の神域に参拝してその理念に感謝し、
報恩感謝の思いで祈りを捧げさせて戴いた。

(中略)

人は神の子である。

神は光であるから、人は、限りなく明るくあれ。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/19/%EF%BC%98%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%90%E6%97%A5%E6%9C%88%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月20日 頓首再拝>

平成30年6月20日の言葉 - 伝統

2018/08/21 (Tue) 18:25:32



今日も全身全霊で祈る~平成30年6月20日(水)より抜粋


全ての人が御自分のいのち、そして愛する尊い、いのちを傷つけなくて良いように。

皆が、喜びと笑顔で満ち満たされますように。

合掌感謝 あなたの心願成就。

一人漏らさず世界平和祈願成就。

大熊良樹拝

        <感謝合掌 平成30年8月21日 頓首再拝>

平成30年8月21日の言葉 - 伝統

2018/08/23 (Thu) 03:16:29

「祈り方」について~平成30年8月21日(火)より抜粋

わたしは宇治を退職時に、祈願部「神癒祈願課」の講師であった。
この、「神癒」と言うのが極めて重要なのである。

わたしは人としてでなく、人でありながらも
「神人」として祈らせて戴いていたのである。

その、尊い、祈り方についてであるが・・
神と合一(融合)して、日に数百回と「祈願対象者」と三者合一(三者融合)した。

例えば、祈願依頼者が「山田太郎」さんであるのならば、

「神の無限の愛、吾れに流れいりたまいて~・・愛の霊光燦然と輝き給う~
(神と合一する)。その光、いよいよ輝きを増して、《山田太郎さん》の
全身全霊を覆い給い~(対象者と合一する)・・・。

(すでに完全に実相が顕現した喜びに歓喜しながら・・) 
すでに~実相~顕現せり~!!
実相円満完全。実相円満完全。実相円満完全。
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。・・・」

と祈った。

(中略)

実相を観るとは、実相に立つと言うことである。
実相に立てば見える物、全て「実相」である。

逆に「現象に立ち」て見るならば、
「二元論」の「実相・現象」であり、それは本物ではない。
従って、毀誉褒貶あり、夢幻の世界である。

実相から観よ。
「実相以外が無い!!」と真に、知ることだろう。
そこに究極の幸せがある。

ぜひ、今日から、更に「全身全霊」で全ての人の幸せと笑顔を祈って下さい。
お願い致します。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/23/%EF%BC%98%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%91%E6%97%A5%E7%81%AB%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月23日 頓首再拝>

平成30年8月23日の言葉 - 伝統

2018/08/23 (Thu) 20:00:22


「神は愛なり。吾れも愛なり。」~平成30年8月23日(木)より抜粋

我々の本質は愛であるから、愛を生きるしかないのである。

あきらめよ。
諦(あきら)めるの語源は、「明らめる」すなわち闇を照らして、
その「本質」を、世に、はっきりと照らし出すことである。

(中略)

永遠に若く活き活きと美しくある法方は、
人間の本質である、「愛(神)を生きる」生き方である。

大熊良樹拝


https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/23/%EF%BC%98%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%93%E6%97%A5%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月23日 頓首再拝>

平成30年8月22日の言葉 - 伝統

2018/08/24 (Fri) 19:47:08


「悪は本来無い」~平成30年8月22日(水)より

悪は本来無いのものが「状態」として現れているのである。

「人」「時」「処」三相応が大事である。調和が大事である。

「神様、わたしをお使い下さい」と祈りて1日を始めよ。

また、時間があれば、呼吸するように、
「全ての人が幸せでありますように」
「全ての人に喜びと笑顔が満ち満たされますように」と祈れ。

そうすれば、調和が世界を調律するであろう。

(中略)

価値とは「値打ち(音打ち《ねうち》)」=【響き】である。 
素晴らしさが「響く」事である。
良い響きを宇宙に響かせる事こそ、値打ちであり「いのち」なのである。

良い響きとは「good(グッド)=良い 」ひびきであり、
そして「god(ゴッド)=神」を現す、
自分も人も喜べる「神の子」の「生き方」である。

大熊良樹拝


https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/23/%EF%BC%98%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%92%E6%97%A5%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月24日 頓首再拝>

平成30年8月25日の言葉 - 伝統

2018/08/25 (Sat) 18:06:44


悪口を言う者は「生長の家」人ではなく、地獄の人である。
~平成30年8月25日(土) より抜粋

都合の悪い言葉のみを排斥しては成らない。
この言葉こそ、平成最後の生長の家信徒に一番大切な言葉である。

(中略~互いに排斥し合う者は「生長の家」の誌友ではない)

多弁を弄する事をやめよう。
師のこの言葉は大事である。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/25/%EF%BC%98%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%95%E6%97%A5%E5%9C%9F%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月25日 頓首再拝>

平成30年8月24日の言葉 - 伝統

2018/08/26 (Sun) 19:28:04


世界を天国にする最も迅速な方法~平成30年8月24日(金)より抜粋

神社に奉職していた頃は、電話相談の担当日があり、
わたしが担当する日は、多いときには通常の3倍から5倍はあったようだ。
いまでも電話による、人生相談や命に関わる相談は多い。

(中略)

全宇宙がそこにある。
全宇宙の時がいまにある。

感謝せよ。
感謝を生きよ。

宇治の宝蔵神社神域で、わたしを大変可愛がって下さった
「霊的天才」榎本恵吾先生の御文章を最後に紹介したい。
わたしも榎本先生の大フアンだった。


  「神が神を観じ給うのが神想観」

   (「幽 斎 殿 Ⅲ」より)

      榎本恵吾先生

  神想観の一つである、「蓮華日宝王地観(れんげにっぽうおうじかん)」
  において宇宙大の大日輪(だいにちりん)の中心に坐し給う
  「観世音菩薩は自分自身なり」と念じ、観ずるのである。

  それ故、「自分自身なり」ととなえるのであるから、
  それを念じ、観じている自分は観世音菩薩であり、
  吾れが観世音菩薩であることは自然、当然なことである。

  最初に「吾れ観世音菩薩、五蘊皆空(ごうんかいくう)と照見(しょうけん)す」
  とはっきり宣言せられているのである。

  観世音菩薩が観世音菩薩をとなえ給うているのであり、
  神が神を観じ給うのが神想観であるのである。

  自分はどこにも無いのである。
  自分が無いということがまことの悦びであり、感謝であるのである。

  「すべての人に神を観る」というのもまた、吾が内なる實在宇宙の中心に
  その人を神として神が観じてい給う神のみコトバであり給うのである。

  例えば、神想観において、神を念じ観ずる時、神を生んでいるのである。 
  生長の家の大神、天照大御神、住吉大神、塩椎大神(しおつちのおおみかみ)
   ・・・・・・等々である。

  それを神みづからが神の子人間に為さしめてい給うのである。
  幽の幽なるもの、神の神なるもの、はじめのはじめなるもの、
  澄み切りの澄み切りなるものの消息である。

  これらすべて、生み生みなるものの消息であるのである。
  幽の幽とは却って、創造(うみ)の創造(うみ)なるもののことであるのである。

    吾れを見しものは神を見しものなり。

    神を見しものは吾れを見しものなり。

  神はみづから、生む方であり給い、生んで貰う方であり給うのである。
  神はご自分を生み給うのである。
  そして生んで貰う方でもあり給う。


わたしの個人指導が、人気を呼んだ秘訣があるとするならば、
「ただただ実相を喜んでいた」からだろう。
触れるだけで連鎖的に、人生問題が解決し、喜びが伝播してゆくのである。

(実相に立ち) 実相を喜んでいれば、心が、明るくなる。
神の明るさを放てば、全てが整うのである。
まことにまことに、ありがたい事である。

それにしても・・、なんと明るい。
そして、なんとありがたい教えを戴いたものであろうか。
教恩を思うと、胸が熱くなる。

わたしが「報恩感謝」で生きるのみと思い決心している所以である。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/25/%EF%BC%98%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%94%E6%97%A5%E9%87%91%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%93%EF%BC%90%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月26日 頓首再拝>

平成30年6月17日の言葉 - 伝統

2018/08/27 (Mon) 19:37:33


徹頭徹尾「報恩感謝」の人生を。~平成30年6月17日(日曜日)の言葉より抜粋

私たちは「谷口雅春先生」が神界に神あがられた「6月17日」
・・あの日から33年を迎えた。この「33年間」。

恩師である谷口雅春先生の「願い」を
「わが願い」として生きることができただろうか。

天照大御神御出御の露払いである、
宇宙清めの神「住吉の大神」の「分霊」として
「尊きいのち」を生きているだろうか。

本当の意味で「心喜ぶことのできる」一日一日を、
全身全霊で、生きているだろうか。

今日、新たに誓う。神命(聖使命)に生きんことを。
「神の最高の自己実現」として、神の「みいのち」を輝かせて生きんことを。
 
私は、涙して、大声をあげて泣いた、あの日を決して、忘れない。
                   
大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/06/16/%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/

        <感謝合掌 平成30年8月27日 頓首再拝>

平成30年8月26日の言葉 - 伝統

2018/08/28 (Tue) 20:27:37


「罪を犯す事能わざるものなり」~平成30年8月26日(日)より抜粋

「甘露の法雨」には、人間は真理の眼より見る時は
「罪を犯す事能わざるものなり(罪を犯すことができない)」、
「病に罹る事能わざるものなり(病に罹ることができない)」、
「滅ぶること能わざるものなり(滅ぶことができない)、と書かれてある。

(中略~「甘露の法雨」<人間>)

「罪」と「病」と「死」を三暗黒と言うが、
自身の本性を自覚すれば、その「三暗黒」に落ちない
と言うのだから素晴らしい。

私たちのいのちは『真性の人間』にして、そのほかの如何なるものにも非ず。
これを「人間神の子」と言う。その歓喜に飛び上がりて喜べ。
そして、嬉しさに泣け!!

私たちは、神の最高の自己実現なのである。

大熊良樹拝 

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/28/8%E6%9C%8826%E6%97%A5%E6%97%A5%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月28日 頓首再拝>

平成30年8月27日の言葉 - 伝統

2018/08/29 (Wed) 18:33:32


神は人間の光源にして人間は神より出でたる光なり~平成30年8月27日(月)より抜粋

人間は神の子である。神の子の本性は「神」である。

吾らの本質が「神」であることのなんと素晴らしい事であろうか。

その関係を「光源」と「光」の関係であると「甘露の法雨」には書かれてある。

(中略~「甘露の法雨」<人間②>)

光の無き光源はなく、
光源の無き光はなし。
光と光源とは一体なるが如く
人間と神とは一体なり。

吾らは、常に「実相に立ち」、「実相から観る」ことを忘れてはならない。

常に喜びと笑顔で満ち満たされて「地上天国」に生きようではないか。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/28/8%E6%9C%8827%E6%97%A5%E6%9C%88%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月29日 頓首再拝>

平成30年8月28日の言葉 - 伝統

2018/08/30 (Thu) 19:09:26


「万物はこれ神の心、万物はこれ神のコトバ」~平成30年8月28日(火)より抜粋

言葉は神である。
良き言葉を使おう。

「甘露の法雨」には、
《完全なる神の『心』動き出てコトバとなれば一切の現象展開して万物成る。》
と書かれている。

(中略~「甘露の法雨」<人間③>)

物質にて成るもの一つもなし。  

肝に銘じたい。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/28/8%E6%9C%8828%E6%97%A5%E7%81%AB%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月30日 頓首再拝>

平成30年8月29日の言葉 - 伝統

2018/08/31 (Fri) 20:18:14


「罪は神の子の本性に反す」~平成30年8月29日(水)より抜粋

引き籠りは「54万人」と言われているが、
アンケート対象外の主婦や30代以上の方が多く、
今、40代以上の引きこもりが増えており、
事実上は「100万人以上」いると言われている。

いのちを表現し辛い。

いのちに自信が持てない理由は、自己の神性を認めることができないからである。

(中略~「甘露の法雨」<人間④>)



(平成30年8月15日 大熊良樹講師・・・お盆の言葉より・・・)

不登校10万人。320万人の精神障害。2400万人の睡眠障害。
600万人の睡眠薬依存。

この原因は、大東亜戦争で「あなたたち」のために「いのち」を掛けた人々の
「生き方」と「いのち」を侮辱している世相の現れである。
安らかな「眠り」につけないのである。

全くもって「おかしい」のである。
忘恩の極みなのである。

毎年公称20万人(実際は100万人の お腹の中の赤ちゃんが
無残に殺戮されている事実は、先祖を貶めている象徴として、
子孫を「惨殺」する事で 自己毀損(魂の自己冒涜・霊的自殺行為)を
しているのである。(じつは、ここから、谷口雅春先生の「神命の書」は出ている。)



人間は神の子である。
3か月。90日間、全身全霊にて「甘露の法雨」を
「喜んで」読誦することが出来たら「これらの自己棄損」は消え始める。

いのちを守る運動に目覚める。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/29/8%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年8月31日 頓首再拝>

平成30年9月1日の言葉 - 伝統

2018/09/01 (Sat) 18:37:36


『真性の人間』は神人にして神そのままの姿なり~平成30年9月1日(土)より抜粋

9月1日(大正12年)は、関東大震災の起こった日である。
この日、被災した谷口雅春先生輝子先生が避難した方向は「助かる方角」であり、
逆の方向に逃げた場合、炎に囲まれて助からなかった方向であったという。

運命という「いのち」の流れもあるだろう。
しかし「使命」という「いのち」の本線もあるのである。

人が生まれて来た使命とは「魂を生長させて〔自ら喜び〕」
「多くの人の幸福のお役に立つ〔人を喜ばす〕」ことである。


罪と病と死を、三暗黒という。
人間の苦しみの「3つの原因」である。

実は・・

これらが悪いのではない。
これらにトラワレルことが「苦」なのである。
むしろ、本来、ないものが、現われることには、深い、ありがたみ(意味)がある。

そして・・あくまでも「無いものは、無い!!」のである。

この真実を知る時、人生から「三暗黒」は、たちまち消えるのである。
さよならもいわずに、しゅーっと、消える!!
さっさと消える。あっけなく消える。


(中略~「甘露の法雨」<人間⑤>)


無いものは無い。
であるから、「感謝」したときに、いらないものは、「ない」ところに消えてゆく。
これを「無に帰する」という。

『真性の人間』は神人にして神そのままの姿なり。
私たちの本性について、生長の家の大神であり、
「住吉の大神として現れた谷口雅春先生」は、こう書かれている。

まことに、まことに、嬉しくありがたいことである。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/01/9%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年9月1日 頓首再拝>

平成30年9月2日の言葉 - 伝統

2018/09/02 (Sun) 17:53:15


『百万人の児童を救う運動を起せ』~平成30年9月2日(日)より抜粋

  
巨大台風が近付いている。
南海トラフの危機もある。

もう一度耳を傾けよ。


(中略)


(何度でも書かせて戴く。)
不登校10万人。320万人の精神障害。
2400万人の睡眠障害。
600万人の睡眠薬依存。

年間100万の中絶(子孫殺し)。

この原因は、大東亜戦争で「あなたたち」のために「いのち」を掛けた人々の
「生き方」と「いのち」を侮辱している世相の現れ、自己懲罰、自死行為である。

安らかな「眠り」につけない大事な人があるのである。
全くもって世が狂い人のあり方が「おかしい」のである。「
忘恩の極み」なのである。

毎年公称20万人(実際は100万人の お腹の中の赤ちゃんが
無残に殺戮されている事実は、先祖を貶めている象徴として、
子孫を「惨殺」する事で自己毀損(魂の自己冒涜・霊的自殺行為)をしているのである。

(じつは、ここから、谷口雅春先生の「神命の書」は出ている。)

諸君、『百万人の児童を救う運動を起せ!!』

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/02/9%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%97%A5%EF%BC%89-%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年9月2日 頓首再拝>

平成30年8月30日の言葉 - 伝統

2018/09/03 (Mon) 19:07:44



「感覚はこれ信念の影を視るに過ぎず」~平成30年8月30日(木)より抜粋

昔のことである、

河田遼太郎先生が谷口雅春先生の前で「団扇」をぱたぱたとあおぎながら、
「暑い暑い」と言っていたら、温度にも季候にも感謝だと、叱られたという。

「暑い」と言う言葉で無く、どう思っていたかが大事であったのだろう。
おそらくは、今年最後の「暑さ」であると、喜んで「暑い」「暑い」と言っていたら、
「嬉しい」「嬉しい」と響いたことであろう・・・。


(中略~「甘露の法雨」<神>)


皆さんは、全ての言葉を「嬉しい」「楽しい」「ありがたい」のリズムに
チューニングしておられますか? 

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/30/8%E6%9C%8830%E6%97%A5%E6%9C%A8%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年9月3日 頓首再拝>

平成30年8月31日の言葉 - 伝統

2018/09/04 (Tue) 19:42:34



「闇に対しては光をもって相対せよ」~平成30年8月31日(金)より抜粋

100万年の闇も、1秒の光の照射で消える。
闇は非実在であるからだ。
どんなにありありと見えても「消極的存在」であるからだ。


(中略~「甘露の法雨」<霊>)


仮相に対しては実相を以て相対せよ。
闇に対しては光をもって相対せよ。

私たちこの聖句を忘れては成らない。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/08/30/8%E6%9C%8831%E6%97%A5%E9%87%91%E5%B9%B3%E6%88%9030%E5%B9%B4/

        <感謝合掌 平成30年9月4日 頓首再拝>

平成30年7月13日~「いのちをまる開きにして実相を喜べ。」 - 伝統

2018/09/05 (Wed) 15:48:41

「いのちをまる開きにして実相を喜べ。」

    平成30年7月13日(金)

「人智で縁を切るなかれ」大熊良樹理事長講話

わたしがかつて、年間数万人という方が参拝だけでなく
「研修」に訪れる京都の「神社」で、
個人指導をしていた時の話を紹介しようと思います。

その神社では 戦後、「自分のいのちの尊さ」や「親孝行の大切さ」
についてお話をし「鑑別所」の青少年にも大いに「改善力」を発揮した
という素晴らしい教化力を持つ神社でした。

初めて来られる方の中には、
無宗教を自称する方が3割は居たのではないでしょうか。

その様な中で不思議なことがありました。
私が禅僧出身者という事もあるのでしょうか。

私のところには、半年に1回ペースでいろいろな
「宗教家」が相談者としてやって来ました。

その日訪れた方は 初の個人指導であった。

その人は、霊感が強く、「予感」があたるのだという。
町でも、評判になり、次第に、「先生」と呼ばれて、
今は「当主様」と呼ばれて、「霊示」を下しているという。
信者は200人ほどだという。

私は、禅僧出身なので「おどろおどろしい話」も暗い「因縁話」も好かない。
「おどろおどろしい話」でなく、楽しい話とか、暗い「因縁話」
こうしたら 大変な事が起こったとかでなくて、

こうしたら、素晴らしいことになったというような
「明るい因縁話」が好きである。(笑)


その方は言う。
大熊先生。私は人の未来の予見はできますが、
自分に対する事故が予見できません。

人の未来は見えて、自分の未来が見えないのです。
そればかりではないのです。
私に対する「事故」「事件」が続々起こっていて、
縁切りを始めているのですが、切っても切っても、
良くない縁が出てくるのです。「ここ3年の話」です。

私は運命鑑定を家業としている専門家でもあるその宗教家に、はっきりと言った。


「対人関係」は「両親(自分の親)との関係性」の延長であり、
「良心(自分の本心)との付き合い方」が運命を決定するのです。

簡単に言うと、親というのは「自分のいのち」の元の元である。
その両親を恨むと、あるいは、潜在意識下で恨んでいると、
恨めしいことが起こるのである。これは簡単な投影心理です。」


宗教家は言った。
「親は酒乱で、癇癪持ちでした。27歳の時に『縁を切る。出て行け。』といい、
亡くなった時には、なんと墓をコンクリートで閉ざして、
子孫が入れなくしたのです。私が悪いのですがね。」


何という激烈な体験だろう。気の毒になった。
「そうとう酷(ひど)い。酷いと言うことは、
いいところもあったんでしょう・・。」と私は宗教家に問いかけた。

すると、宗教家は「涙ぐみながら」話した。
「そうですね。良い父でした。優しいけれど、お酒を飲むと
暴れて気がちがうようになり、母に暴力を振るっていました。」

仕事でいつも転職して(切られて)、それを、
当たるように私と弟と母に暴力で、
いつも、投げつけられた茶碗で切り傷ばかりでした。


私は即座に浮かんだ言葉を伝えた。
「あなた。誰かを切っていませんか?」それからである。

怒濤のように「切った話」を始めたのである。

「私は、実は昔、経営者をしていました。バブル期にリストラで
人員を切って切って切って切って・・」
「できた恋愛関係の女性も切って切って切って切って」・・・

その時、思わず、
「あなた、自分の子供も切って(中絶して)ないですか?」といった。

同時に、もしそうなら「あなたの兄弟がお父さんに切られて
(中絶されて)ないですか?」と・・


実は、1万人以上の指導の中で知った事なのですが、
中絶された(親がその人の兄弟を中絶したこととなる)兄弟を持つ人の
「中絶体験率」は異常に高いのです。

一瞬の沈黙のあと、宗教家は言った。

「大熊先生。そうです。父は酒乱。母は暴力を受けて絶望し、2人、
私の上の子と。弟の下の子をやむなく、中絶しています。」
私の中絶した子は・・妻にはありませんが、結婚前に3人の女性に3人あります。

一時は身を持ち崩し、反社会的な世界に居ました。
その時の子です。

父が亡くなり、懺悔から父を弔い始めてから、
霊感が人のために役立ち始めました。

兄弟にいる中絶児の数も、母が亡くなるときの病床で聴きました。
しかし父も、他に多くの中絶児がいるような気がします。

私はこう言葉をついだ。
「あなた、変な事がおこるといい、たくさんの人や事のありがたい縁を
切りましたね。

縁は天からの授かり物。「縁切り寺」があるように
「腐れ縁」を切らせ給えと祈るのも、頂き物だからです。

あなたがいくらエライ「当主様」だからと言って天を、差し置いて、
「縁を切る」と表現すること自体 あなたは「自分を信じているので」
神を信じているのではない。

「人智で縁を切るのではなく、遠ざかるときは、波長を遠ざけて 
縁に 感謝して 納めるのがよいのです。」


あなたは、謙虚さを試される巡り合わせが来る。
それがここ3年でしょう。
なのに、ありがたい。感謝すべき巡り合わせに「かみついて」切り刻んでいる。
それ「人工中絶」ですよ!!

「初めてですよ。神示を伝えている私に、神を信じてないなんて言った方は。
しかし、仰る通りです。自分が神になっていました。
これ、先生のいつも言われる劣等感でした。

私は昔は愚連隊でしたが、社長になり、今はお山の大将でした。
全部失うところでした。

じつは、その予感だけはして、父に懺悔し、感謝したら、
先生の名前を思い出しました。大熊先生。」

さすがである。

全て理解したらしい。
今、為すべき事を「わかる」ことが最大の霊感である。
彼は、お礼を言い、つきものが取れたように、喜んで 笑顔で帰って行かれた。

私には、この宗教家のような、すごい予見能力などははない。
しかし、ただひとつ、本当はみんな素晴らしい。

本当はみんなありがたいと、そして、いのちは互いに深く関係し合い、
影響し合いながら、ひとつに結ばれているのだ・・・という素朴な
「いのちへの信仰」があるだけである。

この方には、特殊な能力があるらしいが、本当に必要なのは「感謝」である。
縁に感謝したときに、腐れ縁でさえも、尊い「ご縁」となるのである。

全てを成し遂げ 完成させることを「円成=(縁成)」すると言う。
このことと、「ご縁」が「成就」すると言うことは同じであるように
思うのである。

平成30年4月1日 YouTube講話「いのちが喜ぶ話」第66話 大熊良樹


自分のいのちそのものが、神のいのちであること。
神授のいのちであること、それがわかると
「人のいのちの尊さ」「ありがたさ」もわかる。

必然、縁のありがたさに感謝でき、
全ての縁が活かしであることに気付くのである。

人間は神の最高の自己実現である。

「閉塞感」とは「暗さ」である。
実に、その反対は「明るさ」と「開放感」である。

天岩戸開きの時は来た。
喜ぶためには「自己処罰の原因」を取り去ることが重要であり、
現代の自己処罰の最高のひとつが「神殺し」「先祖殺し」「自分殺し」
「子孫殺し」である「お腹の中の赤ちゃんの人工中絶(胎内殺人)」である。

この暗き胎内殺人から、父を母を、子を救おうではないか。 

「神命」を忘れるなかれ。

さあ、心を開け。いのちをまる開きにして、いのちの實相を喜べ。大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/07/13/%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89-19/

        <感謝合掌 平成30年9月5日 頓首再拝>

9月3日~9月6日の言葉 - 伝統

2018/09/06 (Thu) 23:55:59


9月3日~9月6日(暴風・大地震)~平成30年9月6日(木)より抜粋

儒教に「天人相関説」という考え方がある。
天と人とは密接な関係があり、深く影響し合っているという考え方である。

人体に、全世界、全宇宙があるという。
人体は全宇宙の縮図にして小宇宙であると説いた。

また、政治や社会など人のあり方が「宇宙(大自然)に影響」するとも考える。

 
このことは、谷口雅春先生の説かれる
「人間神の子」「人間は神の最高の自己実現である」という教えからすると、
当然、「宇宙観」「人間観」に含まれる「悟り」(神理)であり、
その「悟り」(真理)を生きることの素晴らしさを私たちは生かさせていただいている。

(中略)


思えば、本日、9月6日は、悠仁親王殿下の12歳のお誕生日である。

御皇室の方々の「体調」は臣下の「思い」「行動」「あり方」の反映である
と言われる事がある。

週刊誌で「興味」だけが先行し、俗な「風評」が流れることがあるけれど、
畏れ多いことである。

ただただ、私たちは「国父」「国母」である天皇皇后様に感謝し、
御皇室の祈りに感謝する事が大事である。

9月6日は、悠仁親王殿下の12歳のお誕生日である。
天皇となられるお方の御誕生日である。

あらゆる「現象」は「現れ」であり「洗われ(浄化)」である。
震度6強。あるいは震度7とも言われる今回の地震である。
(本日午後、気象庁より「最高震度7」と修正発表)

この日であったからこそ、縮小浄化したのである。

この日だから、一身に殿下の「御霊」が災害を受けて浄化されたのである。


(中略)

9月4日の台風21号の暴風も「瞬間風速60メートル」で
多くの神社の神木や、鳥居が倒壊した。

「人間は神社である。」谷口雅春先生のお言葉と共に御皇室の祈りを思う。
今こそ人間神性の原点に返ることが大事である。

どんなに素晴らしい事を言おうとも、しようとも、
「1日2千人」「年間100万人」の可愛い子孫。赤ちゃんをなぶり殺しにしていては、
その未来は暗いのである。

目覚めよ。心ある者は心を一つにして、行動せよ。

今回の被災で「山崩れ」「暴風」よりも「津波」「高潮」「堤防決壊」など
「水の害」などが著しく被害が多いことに気付いたことだろう。

また、「倒壊」「炎上」という大被害が、まるで待ってくれたかのように、
縮小浄化したことを感じまいか?

神社神域が象徴的に「代受苦」として、
新しい御代の「安寧」と「平和」のために、急激な浄化を顕したのである。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/06/9%E6%9C%883%E6%97%A5%EF%BD%9E9%E6%9C%886%E6%97%A5%E6%9A%B4%E9%A2%A8%E3%83%BB%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E9%9C%87/

        <感謝合掌 平成30年9月6日 頓首再拝>

平成30年9月10日の言葉 - 伝統

2018/09/10 (Mon) 19:35:56

教恩、師恩に感謝せよ。~平成30年9月10日(月)より抜粋

隣国、中国では、今日、9月10月は「教師の日」であるそうだ。
「教師の日」とは、教師に感謝する日と定められている記念日・祝日である。
教師の日を祝う考え方は19世紀に多くの国で根付いた。

ほとんどの場合、地元の教育者や教育における重要な日を
記念日として定めているそうだ。
 ( 1994年にはユネスコが、10月5日を世界教師デーと定めている。) 

本年8月9日にも記したが、重要な事なので、何度も何度も書きおきたい。

日本でも、「教恩、師恩に感謝」するということを大切にする事が大事である。
特に「生長の家」ではその思いが問われている。

皆さんの心には、今、谷口雅春先生はいますか?

私の心の中で、谷口雅春先生は、尊師恩師でありながらも、
常に「生長の家の大神」そのものであり「住吉の大神」そのものである。
そして、私たちは、その分霊である。

「師の感謝、今も私たちに向けられてあり、宇宙大にあふる」

  平成30年8月9日(木)

「七つの燈台の点燈者の神示」に「皇恩に感謝せよ、汝の父母に感謝せよ」
とあるが、なぜ「師恩に感謝せよ」とないのか?

それに対して、谷口雅春先生は「神示」としてはあったけれども、
「感謝」の思いで、特に(特別な思いで)これらを「削除した」ことを語られた。
『理想世界』誌昭和45年12月15日の法語にもこのことが書かれてある。

(中略)

「師恩に感謝」「教恩に感謝」私たちは常に忘れまい。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/10/%EF%BC%99%E6%9C%88%EF%BC%97%E6%97%A5%EF%BD%9E%EF%BC%99%E6%9C%88%EF%BC%91%EF%BC%90%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年9月10日 頓首再拝>

平成30年9月11日~14日の言葉 - 伝統

2018/09/13 (Thu) 18:48:38


「人間は神の子である!!」~平成30年9月11日~14日 より抜粋


最近、心理学において、「セルフエスティーム(self-esteem)」という
概念が注目されています。
また、人間の「幸不幸」を、この概念で解き明かす事ができるとも言われます。

「セルフエスティーム(self-esteem)」とは、「自己肯定感」です。
他の言葉では、「自尊心(自尊感情)」「自己重要感」「自己重要感」「自己所有感」
ともいいます。

これら全てを「自己肯定感」と言います。

自己肯定感は「自己価値に関する感覚」であり、
「自分が自分についてどう捉え、どう感じているか」によって決まる大切な感覚です。

このことは、言葉を換えると。
「人生観」「宇宙観」でもあり、また、この感覚で
「人生」や「この世界(全宇宙)」をどう捉えるか、どう感ずるかが決まります。


自己肯定感が低い事を、「自己否定感情」が高いと言います。
「自己否定感情」が高いと、失錯行為(不幸になるための勘違い)や
自己処罰行為(不幸になるための自傷的無意識選択・破滅的無意識行動)が
多いと言われます。

(中略)

仏教ではこの「感覚」を「5感(五官)」=五識と言います。
また、「意識」を加えて「6官」とも言い、これに対して修験道では
「6根清浄(ろっこんしょうじょう)」 と言いました。

しかし「感覚は信念の影に過ぎず」であります。

現象は、あくまでも現象です。

 
さらには、潜在意識化の「7識」「8識」が説かれ、
近代100年の心理学において「潜在意識」「共通無意識」の元となりました。

7識、8識の「不思議」「不可思議」が説かれても、まだまだ、本物ではありません。

所詮、「幻」の中で「遊戯(ゆげ)」しているだけであります。

 
この100年、潜在無意識が説かれ、共通無意識が説かれる中で、
「心理」に関して深まりはありましたが、9識10識は、説かれず、
究極の「真理」までにはいたりませんでした。

「こころ」に通じて(こころの根っ子である)「心根(こころね)」に通じていないのです。
「心根(こころね)」こそ、「本物のこころ」(心王識)であり、仏心であります。

ここから「観る」ことを「神想観」と言います。
日々、一世一代(いっせいいちだい)の「神想観」を重ねるとよろしい。
すると、日々「一期一会」(いちごいちえ)の生き方ができるようになる。

これを「久遠の今」を生きるという。

仏を生きる、神の子を生きる、神の子が神によって、神の「御いのち」を生かされる。
まことに、まことに、最高歓喜の生き方であります。

 
ちなみに・・・ (心理学は、仏教経典を元に起きた学問で在りながら)
「心理学においては、一番重要な9識10識は、全く、説かれていない。」

禅宗の秋月老師が、ユングにそれを指摘した時。
ユングは、「それでは宗教になってしまいます・・。」と困ったそうであります。
まことに興味深いお話です。


(中略)


キリスト教的原罪観または仏教的罪業観から解放され、
自己処罰、自己破壊から解放されるには簡単である。

人間が自己の本来清浄の霊的実在なる本質を知ればいいのである。

「人間は、神の子である。」

「人間は、神の最高の自己実現である。」

「嬉しい。楽しい。ありがたい。」

常に唱えよ。

喜べ。

これで全てが、自己実現、大調和するのである。

 
神の視座から見るならば、すべてが神である。
現象界においても、ますます、あざやかに快刀乱麻を断つように、
「神様も驚くようなアイデア」と「智慧」で嬉々として行動しうるのである。

大調和(だいちょうわ)世界、大和楽(だいわらく)世界、
此処に、たちまち現成するのである。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/13/9%E6%9C%88%EF%BC%91%EF%BC%92%E6%97%A5%EF%BD%9E%EF%BC%99%E6%9C%88%EF%BC%91%EF%BC%94%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年9月13日 頓首再拝>

いのちの本質は、実に「愛」である - 伝統

2018/09/18 (Tue) 19:49:06

平成30年9月15日~19日の言葉

「いのちの本質は、実に「愛」である」~平成30年9月15日~9月19日より抜粋

谷口雅春先生は「人間は 愛の体現者として、その実を失う時、
生きながらも すでにもう死骸となっている。」
(「生命の實相」第11巻p40)と書かれております。

いのちの本質は、実に「愛」であり「慈悲」そのものであります。

中絶というのは「《愛(神)》の体現者として実を失う事」であり、
死骸となることである。

だから、赤ちゃんを救うことも大事だけれど、
いのちを守る運動は、国のいのちを守る運動でもあり
「親のいのちを守る運動でもある」のです。

「100万人の赤ちゃんのいのちを守る運動」は、親の命を救う運動でもあるのです。

《 もし、過去に辛い思いのある方は、その亡くした子の10倍100倍の子を救って下さい。
その子は、自分を機会に、自分への愛を起爆剤として、「人を救う」懸命な親の姿に、
歓喜し感涙することでしょう。

私のお父さんお母さんは、「鬼」でなく、「神」であったのだ。
そして、自分は神の子であったのだ!!と。》


(中略)


子のいいのちは、「神聖受胎」であり「神のいのち」である。
人工中絶は、殺人であり『神への反逆』である。

子のいいのちは、先祖の結晶であるから、いのちがけで守ることが大事なのです。

また、それ以前に、恋愛で付き合う・・という事があるけれども、

交際は「個(子)」と「個(子)」が付き合うというだけではなく、
先祖の代表と先祖の代表が付き合うのだという、
それぞれの家系のご先祖様を意識して、尊厳と敬意を持ち合う事が大事である。

また「男女関係(この場合、性的な関係を示します)」は、すなわち「夫婦関係である」。

これを知るべきである。
それを知れば、「夫婦関係」で、子(赤ちゃん)ができてもおかしくないことを知り、
神の御心が反映して、慎重となります。

テレビでは挨拶代わりのように「性的男女関係」の場面がでてきますが、
とんでもない作為的演出であります。

「恋愛」とは「テレビの視聴率を上げる高揚感」や「刺激」ではありません。
子(子孫)を産む女性の、性的解放とか、性的奔放などとは、
心理学的にいえば「自己処罰」でしかありません。

本来の、恋愛における「魂の高揚感」とは、
純粋な愛の高み。ひたむきな愛の高みであります。

自分を貶める者は、先祖を貶める者であります。

また、複数の異性と同時に「性的関係」を持つことは、
同時に「複数の人と夫婦関係を持つこと」と同じなのです。

私のこの指導で、職場の不倫関係が、たちまち解消された事例が多くあります。
「自分の心」を裏切ると、多くの人の家系で「自己処罰」として
「子」が「親と同じ体験」あるいは「親の恋愛者」と同じ体験を追体験したりします。

いのちがつながっているという事なのですね。

(中略)

人間の本質は「神の子」であります。

自分の本心を裏切らぬように生きて参りましょう。

 大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/18/9%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BD%9E9%E6%9C%8819%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年9月18日 頓首再拝>

Re: 「インターネット道場日々の言葉」のご紹介 ② - 大熊良樹拝Mail URL

2018/09/20 (Thu) 05:58:21

                           伝統様

合掌 ありがとうございます。 

いつもありがとうございます。思い込みの「誤字」がございました。「子(子孫)を産む女性の、性的自由とか、性的自由などとは」の部分ですが、お手数ですが、修正をお願いいたします。 申し訳ありません。


子(子孫)を産む女性の、性的解放とか、性的奔放などとは、心理学的にいえば「自己処罰」でしかありません。

                          
心理学的にいえば「自己処罰」でしかありません。 テレビでは挨拶代わりのように「性的男女関係」の場面がでてきますが、とんでもない作為的演出であります。「恋愛」とは「テレビの視聴率を上げる高揚感」や「刺激」ではありません。

子(子孫)を産む女性の、性的解放とか、性的奔放などとは、心理学的にいえば「自己処罰」でしかありません。

申し訳けなく、お詫び申し上げます。 - 伝統

2018/09/20 (Thu) 07:37:27

大熊良樹 さま

お忙しい中での、ご指摘に感謝申し上げます。

訂正されていたことに気づきませんでした。
申し訳けございません。


平成30年9月15日~19日の言葉の中で
訂正させていただきました。

もし、訂正に過ちや漏れがありましたら、
再度、連絡いただければ光栄です。


聖なる使命の中で、寸暇を惜しんでのご活躍に、ただ、ただ、頭がさがるのみです。

伝統拝


全てを神として拝んでいるか? - 伝統

2018/09/21 (Fri) 18:51:08

「全てを神として拝んでいるか?」~9月20日~9月24日より抜粋

「神こそ渾ての渾て。神は渾てにましまして絶対なるが故に神の外にある物なし。」
(『甘露の法雨』)私はこの聖句の響きにて、「素(す)」に帰ったのである。

「そ(素)のまま」であれと言う。
「素(そ)のまんま」と言う。
本来の己れであることの、なんと心地よいことであるだろう。

悟れる人の歩く様を、「歩々清風」と表現することがある。
そのような人が歩くと、清い風が起こるというのである。

そのような日々の生活でありたい。
そのままの生き方。
仕事でありたい。

そのような「使命邁進」でありたい。

(中略)

生長の家の第一の信条になって居るのは何であるかというと、
『汝等一切のものと和解せよ』換言すれば皆仲良しになれという事なのであります。

是は又何も生長の家が始めた訳ではない、日本の国の日本精神、
是が本来大和(だいわ)の精神であり、八絋一宇の精神であり、
皆手を繋ぐ精神である。

・・・と言われている。

先日、宇治で「谷口雅春先生の秘蔵動画放映会」の動画告知の
「谷口雅春先生の御講話」を聴いていたが、何度拝聴しても「魂が震える」。

谷口雅春先生は、単なる「生長の家の信徒」でなしに
「日本の信者にならないかんですよ。」といわれている。

私たちが、今の時代に、このことは言うていかねばならん。
ただし、誤解をまねかないように、丁寧に、言葉を添えて言うてゆかねばならない。

単なる「生長の家の信徒」というんでなしに
「(本物の生長の家を生きるためには)日本の信者にならないかんですよ。」

大宇宙「日の本」教が「生長の家」である。
「妙法」「素のまま」に、「蓮華」として、いのちを「経てて」、
神の子を自在に喜んで生きようではないか。

その基本は、やはり、絶対礼拝から始まり、絶対礼拝に終わるのである。

大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/20/9%E6%9C%8820%E6%97%A5%EF%BD%9E9%E6%9C%8824%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年9月21日 頓首再拝>

「真実を知る重み」 - 伝統

2018/09/30 (Sun) 18:34:29

「真実を知る重み」~ 9月25日~29日より抜粋


知る重みと言う言葉がある。
上の記録は「わずか」ですが、これらを含んだ、
現在30ほどのお礼状を収録したものをCDで再現しました。

それを何度も聴いていますと、元妊婦さんから、
なんども「知らないことは恐ろしいですね。」「知る事は大事ですね。」
と言う言葉が繰り返される。

出産で助成金が出ることを知るだけで救われる命は年間、数百人もいる。
まして、「人間神の子」のいのちの尊さを知るとき、人はどれ程深く救われることであろうか。

(中略)

妊婦さんのお礼状。
子を守るために、親同士が殴り合いになったとか、
中絶の直前に救われたお母さんの話など、感動する。

希望者はお電話下さい。お送りします。

080-5301-0041大熊良樹

https://internetdojo.wordpress.com/2018/09/29/%EF%BC%99%E6%9C%88%EF%BC%92%EF%BC%95%E6%97%A5%EF%BD%9E%EF%BC%92%EF%BC%99%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年9月30日 頓首再拝>

「みんな神様仏様」 - 伝統

2018/10/10 (Wed) 21:53:11

「みんな神様仏様」~9月30日~10月6日 より抜粋

いのちを守る親の会、5周年は、台風24号が近付いて来たため、講演会を中止して、
「インターネット会議」に切り替えて本部にて行った。

素晴らしい時代である、浅川先生と石川県と京都府で、1時間の懇談を持てた。
いのちに関する歴史的対談でもあった。

大いに燃えるような声援を浅川先生から受けて、何かが変わった。

実は・・台風の直撃は「夜」であるため、9月30日の講演会は
無理に開催しようと思えば開催できたが、いのちを守る親の会である。
参加者に怪我があってはならぬ。「いのちを守れない会」になってしまう。
勇気を出して「講演会」は中止させて戴いた。

それでも、「新聞広告」を見た希望者が宇治市内から4人ほどが来て下さったらしい。
ありがたい事である。

地元新聞は講演中止にもかかわらず、大きく紙面を割いて
「5周年行事」としての「いのちを守る親の会」行事(インターネット対談)を
報じてくれた。

更には、浅川先生が来年、京都に来て下さるという事を確約下さり、
それを聞いた参加予定者の多くは、次回に来ますと、連絡を下さった。

事前の報道、広告。「講演は中止の記事」。
そして「5周年はそれでもできましたという大々的記事」。

台風が来ても来なくても「とにかく感謝して進む姿勢」に
多くの方々からお褒めを戴き賞讃を戴いた。
本当に次につながる尊い5周年であった。
 
ある他団体の方が、わざわざある方に電話をして来てたそうだ。

彼は言った。
「その人は言うのです。私らの団体の行事は私たちのこころがけがいいからお天気だったが、
ほかの3つの団体は台風で中止になった、休止になった「全部彼らの心がけが悪いからだ」と。

彼は天下を取ったように自画自賛で、他を貶(おとし)めるようなことを言っていましたが、
お天気は「晴れ」なのに彼の心はよくよく「驚くほどに暗いですね」。
それを聴いて、みんなで笑いました。

晴れても暗い人もあれば、嵐が来ても心は晴天の人もあるものですね。」
 
わたしたちは、その電話をしてきた人を、反面教師として、学ばせて戴く事が大事である。
彼を幼稚な信仰者だとバカにしてはいけない。

我々のために、大事な事を「学ばせてくださるために」わざわざ、
神の子であるのに、醜態をさらしてくださったのである。

(中略)

私たちは、彼のような人をこそ、祈ってあげなくてはならない。
自分が何をしているか知らないからである。

「みんな神様仏様」
私たちは、人を貶めるのでなく人を拝むためにこの世に、生まれて来たのである。

https://internetdojo.wordpress.com/2018/10/09/%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%e3%80%80%EF%BC%99%E6%9C%88%EF%BC%93%EF%BC%90%E6%97%A5%EF%BD%9E%EF%BC%91%EF%BC%90%E6%9C%88%EF%BC%96%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年10月10日 頓首再拝>

恐怖心を追放するのが「生長の家」の念願 - 伝統

2018/10/12 (Fri) 18:45:06

「 恐怖心を追放するのが「生長の家」の念願 」~10月7~10月13日より抜粋

恐怖は「神を信じていないこと」から起こる。
いのちを信じていないことから起こるのだ。

逆に「神」を信じて「いのち」を信じると、
智慧、愛、生命、供給、喜び、調和、が湧いてくる。

(中略)

恐怖は「神を信じていないこと」から起こる。
いのちを信じていないことから起こるのだ。

逆に「神」を信じて「いのち」を信じると、
智慧、愛、生命、供給、喜び、調和、が湧いてくる。

この言葉を、ぜひ何度も何度も反芻されるがよい。

                       大熊良樹拝

https://internetdojo.wordpress.com/2018/10/09/%EF%BC%91%EF%BC%90%E6%9C%88%EF%BC%97%EF%BD%9E%EF%BC%91%EF%BC%90%E6%9C%88%EF%BC%91%EF%BC%93%E6%97%A5/

        <感謝合掌 平成30年10月12日 頓首再拝>

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