伝統板・第二

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「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

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賢者の一日一言(7月) - 夕刻版

2018/07/01 (Sun) 21:16:12

このスレッドでは、過去に紹介した次のスレッドから、
日々の言葉の数々を再度紹介してまいります。

(1)伝統板・第二「『一日一語』(二宮尊徳) 」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7539379

(2)伝統板・第二「『一日一語』(森 信三) 」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6714587

(3)伝統板・第二「修身教授録・一日一語(森 信三)」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7150729

(4)伝統板・第二「一日一言(坂村真民)」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6747223

(5)伝統板・第二「ひかりの一日一言」(H15年光明日訓)
  → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6584563



            ・・・

賢者の一日一言《1日》

(1)【 7月1日 】貧富訓

   遊楽進分外、勤苦退分内、
   貧賤在其中
   遊楽退二分内、勤苦進二分外、
   富貴在其中
   遊楽分外ニ進ミ、勤苦分内ニ退ケバ
   貧賤其ノ中ニ在リ

   遊楽分内ニ退キ、勤苦分外二進メバ
   富貴其ノ中ニ在リ
              (金言集)

   【略解】

   遊楽と勤労のあり方が貧富の岐れ路という単純明快な教えです。

・・・

(2)【 7月1日 】

   世界史は表から見れば「神曲」の展開──

   そして之を裏がえせば、
   人類の「業」の無限流転といえよう。

   されば之に対して何人が、
   絶対的正邪善悪をいう資格があろう。

・・・

(3)【 7月1日 】言葉の真相

   そうじて言葉というものは、
   単に外側からながめている程度では、
   決してその真相の分かるものではありません。

   すなわち言葉の真相は、
   どうしても、自分の体をそれにぶつけてみないことには、
   真の意味というか味わいは分からないものなののです。

・・・

(4)【 7月1日 】 《接点》

   わたしが 
   尊ぶのは 
   接点  

   光と闇との  
   接点

   夜と朝との  
   接点       

   生と死との 
   接点

   わたしの詩は   
   この接点の  
   火花

・・・

(5)《1日 あなたは今、新しき天と地と共に、希望の年を迎えたのである》

   私は今、新生したのである。
   私は“神の子”である。

   神は常に私とともにあり給い、常に私を護り給うのである。
   今私は自分の内に新しき生命力が滾々と湧き出で、勇気凛々、
   一切のものに興味と悦びとをもって立向うことができるのである。

   ああ一切の好転の年、希望成就の年、ああ私は幸いなるかな。

          谷口雅春著『聖経版 真理の吟唱』より

・・・

<参考Web>

(1)賢者の一日一言(1月)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7687047 

(2)賢者の一日一言(2月)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7703213

(3)賢者の一日一言(3月)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7724250

(4)賢者の一日一言(4月)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7733101

(5)賢者の一日一言(5月)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7743267

(6)賢者の一日一言(6月)
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7751498

           <感謝合掌 平成30年7月1日 頓首再拝>

賢者の一日一言《2日》 - 伝統

2018/07/02 (Mon) 19:36:27


(1)【 7月2日 】 決心覚悟

   予が歌に
   「飯と汁木綿着物は身を助く、其の余波我をせむるのみなり」
   とよめり。

   是れ我道の悟門なり。
   能々(よくよく)徹底すべし。

   予若年より食は飢を凌(しの)ぎ、衣は寒を凌いで足れりとせリ。
   只この覚悟にして今日に及べり。

   わが道を修行し施行せんと思ふ者は、
   先づ能く此の理を悟るべきなり。

             (夜話一二五)

   【略解】
 
   生活の最低基盤の確保、
   この自覚と決心覚悟のすごさを感得せしめられます。


              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎)③」(3)に収録(巻之三~その49)。
                            <2015/09/02>
        → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6543350 )

・・・

(2)【 7月2日 】

   この地上には、一さい偶然というべきものはない。

   外側からみれば偶然と見えるものも、
   ひと度その内面にたち入って見れば、
   ことごとく絶対必然だということが分る。

・・・

(3)【 7月2日 】気分とは妙なもの

   人間の気分というものは妙なもので、
   一杯いや半杯のご飯でも、
   その足りないことを他人のせいにしている間は、
   なかなか我慢のしにくいものでです。

   ところが心気一転して、
   「どの程度こらえることができきるか、一つ試してみよう」と、
   積極的にこれに対処するとなると、
   それ程でもないものです。

・・・

(4)【 7月2日 】 《四文字》

   朝鍛
   夕練
   何といういい言葉であろう

   華厳の行者になるには
   この四文字をいつも丹田に置き
   刻苦精進しなければならぬ

   みめいこんとんの刻に起き
   己を磨かねばならぬ

・・・

(5)《2日 あなたは単なる人間ではない。あなたは神の生命そのものだ》

   人生において一番大切な事は正しく神を我がものとすることである。

   自分が神と一体なる神の生命そのものである事を自覚した者には、
   病気も不幸も失敗も近づく事は出来ないのである。

   人間は本来、絶対自由自在なる「神の子」であり、
   「神」とはいのちの絆によって分ちがたく結ばれている者だ。

         谷口清超著『いのちを引きだす練成会』より

           <感謝合掌 平成30年7月2日 頓首再拝>

賢者の一日一言《3日》 - 伝統

2018/07/03 (Tue) 19:52:48


(1)【 7月3日 】功徳天(くどくてん)と黒闇天(こくあんてん)(一)

   涅槃(ねはん)経に此の譬(たと)へあり、
   或人の家に容貌美麗端正なる婦人入り来る。

   主人如何なる御人ぞと問ふ。

   婦人答へて曰く、我は功徳天なり。
   我れ至る所、吉祥福徳無量なり。

   主人悦んで請じ入る。

   婦人曰く、
   我に随従の婦人一人あり。
   必ず跡より来る是をも請ずべしと。

   主人諾(たく)す。

   時に一女来る。
   容貌醜陋(しゅうろう)にして至って見悪(みにく)し。

   如何なる人ぞと問ふ。

   この女答へて曰く、我は黒闇天なり。
   我至る処、
   不祥災害ある無限なりと、

   主人是を聞き大いに怒り、
   速かに帰り去れといへば、

   この女曰く、
   前に来れる功徳天は我が姉なり、
   暫くも離る事あたはず、
   姉を止めば我をも止めよ。
   我をいださば姉をも出せと云ふ。

   主人暫く考へて、
   二人とも出しやりければ、
   二人連立て出行きけり、
   と云ふ事ありと聞けり。

              (夜話二六)

   【略解】

   味わい深い譬えです。
   禍福一如ときくが、このようなものなのかと教えられます。

・・・

(2)【 7月3日 】

   いかに苦痛な人生であろうとも、
   「生」を与えられたということほど
   大なる恩恵はこの地上にはない。

   そしてこの点をハッキリと知らすのが、
   真の宗教というものであろう。

・・・

(3)【 7月3日 】言葉の深さ

   お互いに常に耳馴れている言葉というものは、
   実は曲者(くせもの)であって、

   耳馴れた言葉が、
   常に新鮮な響きをもってわが心に響くということは、
   よほど優れた人で、常に進んで息(や)まない人でなければ、
   容易に至り得ない境涯と言ってもよいでしょう。

   ですからわれわれの多くは、
   このような境涯には至り得ないで、
   単に耳馴れ聞き古したこととして、
   深くは心にもとめないのが、常だと言えましよう。

   したがってそこに新たなる響きを聞き、
   その深さに驚くことを忘れがちであります。

・・・

(4)【 7月3日 】 《われ事において後悔せず》

   わたしは熊本県生れであるから、
   宮本武蔵の名は知っていたが、
   墓に参ったことはなかった。

   やっと念願かない彼の墓に詣でた時、
   一番感心したのは「われ事において後悔せず」といった
   彼の遺語であった。

   剣一筋に生きた彼のリンリンとした気概が、
   熱鉄丸(ねつてつがん)のように、この言葉の中にこもり、
   今なお生きてわれわれを励まし力づけ奮起を促してくれる思いがした。

・・・

(5)《3日 神の恵み、み栄えは、既にあなたの中にある》

   神様は、あなたに無限力を与えておられるのであって、
   目の前に出て来る問題は、あなたに解決出来ることだけなのです。
   神を信じたら、不可能はない。

   あなたの中には無限の力がある。
   それが必ず出て来るのです。
   偉大なる神のみ栄えが、問題を通して現れようとしているのです。

         谷口清超著『栄える人々のために』より

           <感謝合掌 平成30年7月3日 頓首再拝>

賢者の一日一言《4日》 - 伝統

2018/07/04 (Wed) 17:37:48


(1)【 7月4日 】功徳天(くどくてん)と黒闇天(こくあんてん)(ニ)

   是(こ)れ生者必滅会者定離の譬(とと)へなり。

   死生は勿論、
   禍福吉凶、損益得失皆同じ。

   もと禍と福と同体にして一円なり。
   吉と凶と兄弟にして一円也。
   百事みな同じ。

   只今もその通り。
   通勤する時は、近くてよいといひ、
   火事だと遠くてよかりしと云ふ也。

                   (夜話二六)

   【略解】
 
   深い人生の悟道観というべきか。

              ・・・

  (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎)」(1)に収録(巻之一~その26)。
                            <2015/05/26>
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457816 )

・・・

(2)【 7月4日 】

   人はその一心だに決定すれば、
   如何なる環境に置かれようとも、
   何時かは必ず、道が開けてくるものである。

・・・

(3)【 7月4日 】 人問は井戸のようなもの

   人間のカにはそれぞれ限度があるとも言えますが、
   同時にまた他面からは、際限がないとも言えるのです。 

   それはちょうど井戸水みたいなもので、
   なるほど一方には、水の良く出る井戸もあれば、
   また出の良くない井戸もあると言えましょう。

   しかし実際には、
   水をかい出して、もう出なくなったと思っても、
   しばらくすればまたちゃんと元のように溜っているのです。

   人間のカもまあそんなもので、
   もうこれ以上はやれないと思っても、
   その人にして真に精進の歩みを怠らなければ、
   次つぎと先が開けてくるものであります。

・・・

(4)【 7月4日 】 《生き方》

   わたしが尊ぶのは
   その人の思想ではなく
   その人の生き方だ

   わたしが木を見て
   感動するのも
   絶えず天へ向って
   伸びようとしている
   あの張りつめた姿にある

・・・

(5)《4日 心を開けば何時でも到る所にチャンスがある》

   「機会だって? 機会はわしが造るのだ」と、
   ナポレオンは彼の心の全盛期に言っています。

   機会を自分自身で造るとは、心が常にひらいておれば
   到る処機会ならざるはないと云うことであります。

   若し倒れても、それは起上がる機会なのです。
   倒れると云うことすら、発達の機会なのであります。

        谷口雅春著『新版 真理』第3巻「初学篇」より

           <感謝合掌 平成30年7月4日 頓首再拝>

賢者の一日一言《5日》 - 伝統

2018/07/05 (Thu) 19:26:59


(1)【 7月5日 】災害に備へて

   人世の災害凶歳より甚だしき話。

   而(しか)して昔より、
   六十年間に、
   必ず一度ありと云ひ伝ふ。

   左もあるべし。
   只飢饉のみにあらず。
   大洪水も大風も、
   大地震も、
   其の余非常の災害も必ず六十年間には、
   一度位は必ずあるべし。

   たとひ無き迄も必ず有る物と極めて、
   有志者申し合わせ金穀を貯蓄すべし。

   穀物を積み囲(かこ)ふは籾(もみ)と稗(ひえ)とを以て、
   第一とす。

   田方の村里にても籾を積み、
   畑方の村里にては、
   稗を囲ふべし。

            (夜話一九四)

   【略解】
  
   「備えあれば患(うれ)いなし」の通り災害地変に備え貯蓄の必要を力説せられた。

              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎)⑤」(7)に収録。<2016/02/22>
       → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6754248 )

・・・

(2)【 7月5日 】

    弱さと悪と愚かさとは、互いに関連している。

    けだし弱さとは一種の悪であって、
    弱き善人では駄目である。

    また智慧の透徹していない人間は結局は弱い。

・・・

(3)【 7月5日 】生命の種子をまく

   われわれ教師としては、
   生徒の素質のいかんを言う前に、
   まず生命の種子を相手の心の中へまき込むことです。

   生命の種子をまくとは、
   自分の全信念を傾けて教えるということです。

・・・

(4)【 7月5日 】 《精一杯》

   すべてのものが
   精一杯
   生きているのだ

   蟻も蜜蜂も
   精一杯
   働いているのだ

   それが生命を与えられたものの
   真の姿だ

・・・

(5)《5日 「できたら、しよう」そんな根性では何もできない、断じて行え》

   これこれができたら、あれをしようという人がありますが、
   そんな根性では何事もえきるものではないのであります。

   「できたら、しよう」というのではなく、
   意を決してすればできるのであります。

   「余裕があったら、しよう」というのではなく、
   断じて行えば、必ず余裕ができてくるのであります。

              谷口雅春著『生命の實相』頭注版第3巻より

           <感謝合掌 平成30年7月5日 頓首再拝>

賢者の一日一言《6日》 - 伝統

2018/07/06 (Fri) 18:51:00


(1)【 7月6日 】 不止不転の理

   夫(そ)れ此の世界、
   咲く花は必ず散る、

   散(ち)ると云へ共又来る春は、
   必ずさく、

   春生ずる草は必ず秋風に枯る、
   枯るといへ共、
   又春風に逢(あ)へば必ず生ず、
   万物皆然り、

   然れば無常と云も無常に非ず、
   有常と云も有常に非ず、

   種(たね)と見る間に草と変じ、
   草と見る間に花を開き、
   花と見る間に実となり、
   実と見る間に、
   元の種となる、

   然れば種と成りたるが本来か、
   草と成りたるが本来か、

   是を佛に不止不転の理(ことわり)と云ひ、
   儒に循環の理と云ふ、
   万物皆子の道理に外るる事はあらず。

                   (夜話一一三)


   【略解】
 
   佛教では不止不転の理といい、
   儒教では無限循環の理というが、
   種は草となり花咲き実となりまた種となる。
   この循環をくりかえしている。
   万象流転の理ともいえましよう。

              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎)③」(37)に収録。<2015/08/21>
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6543350 )

・・・

(2)【 7月6日 】

   人間の偉さは才能の多少よりも、
   己に授かった天分を、
   生涯かけて出し尽くすか否かにあるといってよい。

・・・

(3)【 7月6日 】この現実の大野に

   教育とは、結局人間を植えることであり、
   この現実の大野に、
   一人びとりの人間を植え込んでいく大行なのです。

   それがいかに荘厳な事実であることか。
   それは達識明眼の人でなければ、
   真の洞察はできないかも知れません。

・・・

(4)【 7月6日 】 《自分の道》

   この世で一番尊く美しいものはただ一つ。
   それは自分がどう生きてきたかということである。

   あしたに咲き、ゆうべに散る、
   はかない命の花でさえ実に真剣である。
   それゆえにこそ、あのように美しいのである。

   名もなく、貧しく、この世の片隅にいても、
   神や仏の目から一番愛せられる生き方をしよう。

   自分に与えられた、
   ただ一つの道を、
   ひたすらに行こう。

   きのうをすごし、
   きょうをおくり
   あすを迎えてゆこう。

   そういうことを告げ知らせてくれる、
   このごろの蒼
   天のさわやかさである。

・・・

(5)《6日 強く明るい信念の持続こそ、希望実現の原動力である》

   失敗と成功とは外界の条件によるような外観を呈するかも知れぬが、
   その外界の条件を動かすものは心の力なのである。

   心に“希望する状態”の光景を強く描いて持続し、真剣に努力を続けるならば、
   外界の条件そのものが変化して、あなたの希望実現に道をひらいて
   協力してくれるようになるのである。

           谷口雅春著『人生の秘訣365章』より

           <感謝合掌 平成30年7月6日 頓首再拝>

賢者の一日一言《7日》 - 伝統

2018/07/07 (Sat) 20:28:55


(1)【 7月7日 】死生観の徹底

   凡(およ)そ事は成行くべき先を、
   前に定めるにあり。

   人は生るれば必ず死すべき物なり。

   死すべき物と云ふ事を、
   前に決定すれば活きて居るだけ日々利益なり。

   是れ予が道の悟りなり。

   生れ出ては、
   死のある事を忘るる事なかれ。
   夜が明けなば暮るると云ふ事を忘るる事なかれ。

                      (夜話四二)

   【略解】
 
   尊徳翁の死生観の徹底を教えられる。
   森信三先生の語に「念々死を覚悟して、始めて真の生となる」の語がある。

              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎) ②」(4)に収録。<2015/06/11>
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6511555 )

・・・

(2)【 7月7日 】

    自己の力を過信するものは、
    自らの力の限界を知らぬ。

    そして力の限界が見えないとは、
    端的には、自己の死後が見えぬということでもあろう。

・・・

(3)【 7月7日 】人問の本懐

   我々の学問の目的は、
   「国家のためどれだけ真にお役に立つ人間になれるか」
   ということです。

   どれほど深く、
   またどれほど永く―。

   人間も自分の肉体の死後、
   なお多少でも国家のお役に立つことができたら、
   まずは人間と生まれてきた本懐というものでしよう。

・・・

(4)【 7月7日 】 《喜べ喜べ》

   喜べ喜べ

   喜んでいると
   みんな寄ってきて
   助けてくれる

   それと反対に
   悲しんでばかりいると
   みんな離れていってしまう

   だから喜べ喜べ
   それが幸せの秘訣だ

・・・

(5)《7日 “愛”こそが、すべてを癒し救う力である》

   愛深きまなざしは、凡ての不完全な姿を消滅せしめるのである。

   それはただ単にセンチメンタルな表面的な眼つきの事ではないのである。

   愛そのものを以って眺めるとき、自他は一如なるが故に、
   そこには悪しき姿がないのである。

   「愛深きまなざし」とは大いなる神の癒しである。

      谷口清超ヒューマン・ブックス1『愛と祈りを実現するには』より

           <感謝合掌 平成30年7月7日 頓首再拝>

賢者の一日一言《8日》 - 伝統

2018/07/08 (Sun) 18:49:48


(1)【 7月8日 】迷悟一円

   佛語に、
   本来東西無視、
   何れの処に南北ある、
   迷うが故に三界城(かいじょう)、
   悟るが故に十方空とあり、
   又一草を以て之を読まん。

   日く、
   本来根葉なし、
   何れの処に根葉ある、
   植うるが故に根葉の草、
   実法(みの)るが故に根葉空し、
   呵々(かか)。

               (夜話六九)

   【略解】
 
   「予一草を以て万里を究無」とあります。
   この草も初めは一粒の種子であります。

   種は一種の気であります。
   気が根葉実を発するわけであります。

   それにしても迷いとは比較相対の見方・考え方で
   悟りはそれを越えた絶対の世界です。
   迷中悟あり、悟中迷ありです。

              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎) ②」(31)に収録。<2015/07/08>
     → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6511555 )

・・・

(2)【 7月8日 】

    かにかくに ひと世つらぬき 生きて来し

         そのいや果てぞ いのち賭なむ

・・・

(3)【 7月8日 】常に志とともにあれ

   いやしくも、ひとたび真の志が立つならば、
   それは事あるごとに、常にわが念頭に現れて、
   直接問接に、自分の一挙手一投足に至るまで、
   支配するところまでいかねばならぬと思うのです。

・・・

(4)【 7月8日 】 《心と体》

   わたしの心が
   燃えている日は
   道の草木(くさき)も
   光りかがやき

   わたしの体が
   躍(おど)っている日は
   空の小鳥も
   凛々(りんりん)と飛ぶ

・・・

(5)《8日 人は愛によって甦り、無限の能力を伸ばすことが出来る》

   人間は愛によってよみがえるのです。

   愛が人間をして本当に人間たらしめるのであります。
   愛がない時、人間はイビツに成長する。
   それは丁度石の下にしいられた花のようなものです。

   私達がその石をとりのけ、「愛」をふりそそぐならば、
   やがて立派な実を結ぶことが出来るのであります。

        谷口清超ヒューマン・ブックス10『愛は凡てを癒す』より

           <感謝合掌 平成30年7月8日 頓首再拝>

賢者の一日一言《9日》 - 伝統

2018/07/09 (Mon) 18:57:55


(1)【 7月9日 】色即是空・空即是色

   夫(そ)れ天地問の万物、
   眼に見ゆる物を色といひ、
   眼に見えざる物を、
   空といへるなり。

   空といへば何も無きが如く思へども、
   既に気あり。
   気あるが故に直ちに色を顕はすなり。

   譬(たと)へば氷と水との如し。
   氷は寒気に依って結び、
   暖気に因って解く、
   水は寒に因って、
   死して氷となり、
   氷は暖気に因って、
   死して元の水に帰す。

   生ずれば滅し、
   滅すれば生ず。
   有常も有常にあらず。
   無常も無常にあらず、
   此の道理を、
   色即是空・空即是色と説けるなり。

                 (夜話六六)

   【略解】
 
   色から空へ、
   空から色へと循環無常の世界である。

              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎) ②」(28)に収録。<2015/07/05>
      → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6511555 )

・・・

(2)【 7月9日 】

    道元の高さにも到り得ず、
    親鸞の深さにも到り得ぬ身には、

    道元のように「仏になれ」とも言わず、
    また親鸞のように「地獄一定の身」ともいわず、

    たゞ「人間に生まれた以上は人らしき人になれよ」と
    教えられた葛城の慈雲尊者の、
    まどかなる大慈悲心の前に、心から頭が下がるのです。

・・・

(3)【 7月9日 】性欲の問題①

   性欲の萎(な)えたような人間には、
   偉大な仕事はできないと共に、
   またみだりに性欲を漏らすような者にも、
   大きな仕事はできないということであります。

・・・

(4)【 7月9日 】 《三願》

   鳥のように
   一途に
   飛んでゆこう

   水のように
   素直に
   流れてゆこう

   雲のように
   身軽に
   生きてゆこう

・・・

(5)《9日 夫よ妻よ、コトバで態度で愛を表しているか》

   「愛情の表現」が出来ていないと、折角お似合いの男女同士が結婚しても、
   中々本当の楽しい家庭生活が出来ないのだ。

   夫婦ならば、相手が自分と共にいる時、一番たのしそうでいてもらいたい。
   それは愛する者は誰でもそう思う。
   愛は悦びであるから、それをコトバや表情に現してもらいたいのだ。

          谷口清超著『あなたを解放するもの』より

           <感謝合掌 平成30年7月9日 頓首再拝>

賢者の一日一言《10日》 - 伝統

2018/07/10 (Tue) 19:05:36


(1)【 7月10日 】善因には善果あり

   善因(ぜんいん)には善果あり、
   悪因には悪果を結ぶ事は、
   皆人の知る処なれども、

   目前に萌(きざ)して、
   目前に顕(あらわ)るる物なれば、
   人々能く恐(おそ)れ能く謹みて、
   善種を植え悪種を除くべきなれども、
   如何せん、

   今日蒔(ま)く種の結果は、
   目前に萌さず、
   目前に現れずして、
   十年二十年乃至四十年五十年の後に現るる物なるが故に、
   人々迷ふて懼(おそ)れず、
   歎(なげか)はしき事ならずや。

                 (夜話一一九)

   【略解】

   善因善果、悪因悪果は天地の法則である。
   ゆめゆめ軽んじてはならない。

   長い目で1れば、
   必ず歴然たるものがある。
   お互いに慎しまなければならなない。

              ・・・

   (伝統板・第二「二宮尊徳(二宮金次郎) ③」(43)に収録。<2015/08/27>
     → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6543350 )

・・・

(2)【 7月10日 】

   足もとの紙クズ一つ拾えぬ程度の人間に何が出来よう。

・・・

(3)【 7月10日 】性欲の問題②

   すなわち人間のカ、人間の偉大さと言うものは、
   その旺盛な性欲を、
   常に自己の意志的統一のもとに制御しつつ生きるところから、
   生まれてくると言ってもよいでしよう。

   かくして初めてそこに、
   人間としての真の内面的な弾力を生ずるわけであります。

・・・

(4)【 7月10日 】 《大地のように生きてゆく》

   花にも早く咲く花と、なかなか咲かぬ花とがある。

   わたしなど何もかも晩成(おくて)だから、
   植えた朴(ほお)まで花咲くまで二十年近くかかった。

   まあそんなことで朴(ほお)への愛も特別強くなったが、
   今は何もかも早咲き早実の時代、
   よほどしっかりしないと敗残者になってしまうが、

   しかし大きな世界から見れば、
   何もそんなに急ぐことはないのである。

   二度とない人生をじっくりと大地のように生きてゆく。
   わたしなど、そういう生き方が好きであり、
   そういう人が一番親しくなつかしい。 

・・・

(5)《10日 神は自分の外にあるのではない、自分の内なる神を生かせ》

   神というものは自分の外にあるのではない。

   自分が神の子である。
   神の子であるから自分そのものがまた神である。

   他に神を求めるにおよばない。
   自分の内の神様を生かすようにすればよいのである。

   自分のうちに宿っている神性を信じて
   それを出すようにすれば病気も治るのである。

          谷口雅春著『生命の實相』頭注版第3巻より

           <感謝合掌 平成30年7月10日 頓首再拝>

賢者の一日一言《11日》 - 伝統

2018/07/11 (Wed) 20:41:04


(1)【 7月11日 】変に応じ変に備える

   世治まると雖(いえど)も、而(しか)も変なき能わず。
   変ありと雖も、而も予備あれば則ち憂うるに足らず、
   変あって予備無ければ世遂に乱る。

   故に日く、
   国三年の蓄(たくわえ)なき国其の国にあらずと。
   豈唯(あにただ)国のみならんや。

   家も亦然り。
                       (語録二九一)


   【略解】
 
   尊徳翁は「散(あ)えて財を積むにあらず、
   変に応ぜんが為なり」といわれた。

   昔より「備えあれば憂いなし」という。

・・・

(2)【 7月11日 】

   畏友というものは、
   その人の生き方が真剣であれば必ず与えられるものである。

   もし見つからぬとしたら、それはその人の人生の生き方が、
   まだ生温くて傲慢な証拠という他あるまい。

・・・

(3)【 7月11日 】失敗を最善に生かす

   すべて偉人というものは、
   後悔しないもののようであります。

   現に宮本武蔵なども、
   その『五輪之書』において
   「われ事において後悔せず」と言っているのです。

   そこで諸君らも一つ、
   後悔しないような人間になって戴きたいものです。

   それにはいかなる失敗も、
   必ずやこれを最善に生かすという心がけが大切でしょう。

   失敗を成功以上に生かす人間こそ、
   真に畏(おそ)るべき人間であります。

・・・

(4)【 7月11日 】 《凛》

   砂漠や高山を踏破してきた
   人の顔は
   窯を出た焼き物のように
   凛(りん)としている

   人間こんな顔にならない限り
   本ものとは言えない。

・・・

(5)《11日 「才能のない神の子」などは一人もいない》

   よく「自分には天才があるかないか」と心配する人もあるが、
   「天才」は無限力として、誰でも持っている。

   それを信ずるのが「神の子・人間」の信仰であり、
   「才能のない神の子」などは一人もいないのであり、
   「役に立たない人間」など一人も生まれてはいないのである。

           谷口清超著『「ありがとう」はすばらしい』より

           <感謝合掌 平成30年7月11日 頓首再拝>

賢者の一日一言《12日》 - 伝統

2018/07/12 (Thu) 19:45:51


(1)【 7月12日 】根元の父母

   何を根元の父母と謂う。

   吾が身の根元は父母にあり。
   父母の根元は祖父母にあり。

   漸々(ようよう)遡(さかのぼ)って之を推究せば則ち終に天地に帰す。
   故に太陽を称して根元の父母と為す。

                     (語録二九四)

   【略解】
 
   二宮翁の道歌に

   「昨日より知らぬあしたのなつかしやもとのちちははましませばこそ」

   とあり、
   大宇宙根元生命をお慕い申しあげるのみである。

・・・

(2)【 7月12日 】

   肉体的な距離が近か過ぎると、
   真の偉大さは分かりにくい。

   それ故その人の真の偉さがわかるには、
   ある程度の距離と期間を置いて接するがよい。

・・・

(3)【 7月12日 】真実の教育

   そもそも真実の教育というものは、
   自分の失敗とつまずきとを、
   後に来る人々に、
   再び繰り返さすに忍びないという一念から起こると言ってもよいでしょう。

・・・

(4)【 7月12日 】 《つねに前進》

   すべて
   とどまると
   くさる

   このおそろしさを
   知ろう

   つねに前進
   つねに一歩

   空也は左足を出し
   一遍は右足を出している

   あの姿を
   拝してゆこう

・・・

(5)《12日 親の虚栄心で神の子たる子供を縛るな》

   親は自分の「好みの型」に子供をはめ込もうとしないで、
   子供の天分をのばしてやることが大切です。

   子供がいかなる職業に向くか、どの学校に行くのが適しているかという事は
   神様のみが御存知なのであって、親が子供を心で縛るならば、
   子供の才能を窒息せしめてしまうのであります。

         谷口清超ヒューマン・ブックス10『愛は凡てを癒す』より

           <感謝合掌 平成30年7月12日 頓首再拝>

賢者の一日一言《13日》 - 伝統

2018/07/13 (Fri) 19:02:58


(1)【 7月13日 】己に克つ

   孔子曰く、
   己に克ち礼に復(かえ)れば、
   天下仁に帰すと、
   私欲の身より生ずる之を己と謂う。

   なお蔓草の田畝に生ずるごとし。
   カを極め私欲を圧倒す。
   之を克と謂う。

   なお角カして勝を制するがごとし。

   之を開墾(かいこん)に譬(たと)う。
   己に克つは闢荒(へきこう)なり。
   礼に復(かえ)るは播種(はしゅ)なり。

                   (語録二九七)

   【略解】
 
   闢荒とは、荒地を開くこと。
   播種(はしゅ)とは種子を蒔くこと。
   すべて農耕を通して、具体的に教えてくださった。

・・・

(2)【 7月13日 】

   なぜ私が石が好きかというと

   一、第一には何時までたっても倦きがこない。

   二、また石は、盆栽や小鳥などのように一切世話や手入れの必要がない。

   三、その上、ブームになるまでは、石には金銭的な値段がつかなかったので、
      私のような横着者には最上の趣味でした。

・・・

(3)【 7月13日 】真実の道

   実は真実の道というものは、
   自分がこれを興(おこ)そうとか、
   あるいは「自分がこれを開くんだ」というような考えでは、
   真に開けるものではないようです。

   (中略)

   では真実の道は、
   一体いかにして興るものでしょうか。

   それには、
   「自分が道を開くのだ」
   というような一切の野心やはからいが消え去って、

   このわが身わが心の一切を、
   現在自分が当面しているつとめに向かって捧げ切る
   「誠」によってのみ、
   開かれるのであります。

・・・

(4)【 7月13日 】 《しんみん五訓》

   クヨクヨするな

   フラフラするな

   グラグラするな

   ボヤボヤするな

   ペコペコするな

・・・

(5)《13日 神に全托した心境になると、自から自然治癒力が湧き出てくる》

   無条件に、ただ神に感謝し、神に全托した心境になると、
   普通では考えられないような自然治癒力が湧き出てくる。

   その心が現れ出るとき、
   もはや不幸や病気や貧乏や金詰まり等々はすべて消え去るのである。

   何故なら光があらわれると、一切の陰は、あと形もなく消滅するからである。
 
              谷口清超著『幸運の扉をひらく』より

           <感謝合掌 平成30年7月13日 頓首再拝>

賢者の一日一言《14日》 - 伝統

2018/07/14 (Sat) 20:10:33


(1)【 7月14日 】小を積んで大と為す

   夫(それ)れ小を積めば則ち大と為る。

   万石(ばんこく)の栗は則ち一粒の積、
   万町の田は則ち一耒(いちらい)の積、
   万里の路は則ち一歩の積、
   九仞(きゅうじん)の山は則ち一讐(いっき)の積なり。

   故に小事を務めて怠らざれば則ち大事必ず成る。

                     (語録三〇ニ)

   【略解】

   一耒(いちらい)とは、田を耕すこと。
   一簣(いっき)とは、土を運ぶもっこのこと。

   「積小為大」の教えを徹底して説かれている。

・・・

(2)【 7月14日 】

   自分の最も尊敬している偉人の伝記は、
   精しく調べていて、
   自在に実例が出るようでなければ真の力とはなりにくい。

・・・

(3)【 7月14日 】無窮なる生命

   人間というものは、
   その外面を突き破って、
   内に無限の世界を開いていってこそ、
   真に優れた人と言えましょう。

   同時にまたそこにこそ、
   生命の真の無窮性はあるのです。

・・・

(4)【 7月14日 】 《専一専心》

   念ずれば
   必ず花はひらくのだ

   専一なれ
   専心なれ

・・・

(5)《14日 病気を治そうとあせるな。実相の完全な相を見よ》

   観ればあらわれるのです。

   イエスは現象的に言えば病気をしている人に対しても、
   その病気を見ず、「床をとり上げて歩め」と言い、

   墓の中に横たわるラザロにさえ
   「死せるに非ず寝るたるなり」と言っています。

   イエスは病気や死を超えて、無病不死の霊なる相手の実相を観たのであります。

          谷口雅春著『新版 真理』第8巻「信仰篇」より

           <感謝合掌 平成30年7月14日 頓首再拝>

賢者の一日一言《15日》 - 伝統

2018/07/16 (Mon) 07:04:09

(1)【 7月15日 】大極無極

   周子の所謂(いわゆる)大極無極は何ぞや。

   思慮の及ぶ所、之を大極と謂い、
   思慮の及ばざる所、之を無極と謂う。

   画家に遠海波なく遠山木なきの法あり。

   是れ波なく木なきにあらず。
   蓋(けだ)し自力及ばざるなる。
   無極も亦然り。

              (語録三〇四)

   【略解】
 
   大極とは、
   万物の源とする本体を指す。
   宇宙生命の根源ともいえようか。

・・・

(2)【 7月15日 】

   肉体的や精神的苦痛は、なるべく人に洩らさぬこと──。

   人に病苦や不幸を漏らして慰めてもらおうという根性は、
   甘くて女々しいことを知らねばならぬ。

・・・

(3)【 7月15日 】下坐行①

   我々人間も、
   どうしても真実を積まねばならぬわけですが、
   しかし事を積むには、
   まずその土台からして築いてかからねばなりません。

   では人問を鍛えていく土台は、
   一体どういうものかというに、

   私はそれは
   「下坐行(げざぎょう)」というものではないかと思うのです。 

・・・

(4)【 7月15日 】 《悟り》

   悟りとは
   自分の花を
   咲かせることだ

   どんな小さい
   花でもいい

   誰のものでもない
   独自の花を
   咲かせることだ

・・・

(5)《15日 「神」と直結する「縦どりの精神」が反映と成功の秘訣である》

   そもそも神の国には“独占”ということはない。
   何故なら神の国は、常に“無限”であり“自由そのもの”であるからである。

   真の繁栄や成功のためには、
   このような「神」と直結する心構えが何よりも大切である。

   この世の中は、自分がやったことが、
   拡大し変化して、やがて自分に返って来るものである。

            谷口清超著『行き詰まりはない』より

           <感謝合掌 平成30年7月16日 頓首再拝>

賢者の一日一言《16日》 - 伝統

2018/07/16 (Mon) 19:45:39


(1)【 7月16日 】武蔵の国

   日本武尊(やまとたけるのみこと)東征凱旋の途、
   秩父武甲山(むこやま)に憩い給いて武器を蔵(おさ)め給う。
   故に武蔵国と称すと云う。

   徳川氏乱を壊(はら)って、
   而(しか)る後天下の武将を江戸に蔵(おさ)むるも亦武蔵と謂うべし。

                           (語録三一〇)

   【略解】
 
   武蔵国の由来を初めて知り、
   成程と頷きました。
   それぞれ地名の由来がある事を知りました。

・・・

(2)【 7月16日 】

   手に入れし 鴨川石を 厳しけき 時世なれども わが愛でてをり

   遠山を とほく眺むる 姿なす これの石かや 愛でて飽かぬかも

・・・

(3)【 7月16日 】下坐行②

   下坐行を積んだ人でなければ、
   人間の本当の確かさの保証はできないと思うのです。

   たとえその人が、
   いかに才知才能に優れた人であっても、
   またどれほど人物の立派な人であっても、

   下坐を行じた経験を持たない人ですと、
   どこか保証しきれない危なっかしさの付きまとうのを、
   免れないように思うのです。

・・・

(4)【 7月16日 】 《自分の花》

   小さい花でいいのだ、
   人にほめられるような大きな美しい花ではなく、
   だれからも足をとめて見られなくてもいい、

   本当の自分自身の花を咲かせたらいいのだ、
   それを神さま仏さまに見てもらえばいいのだ。  

・・・

(5)《16日 天地の一切のものと和解せよ、無限供給が現われる》

   まず神と和解することが必要なのである。
   神の救けを得ようと思ったら天地一切のものと和解した関係に入らねばならぬ。

   神よりは善のみしか来らないと信ずることが神に対する和解の第一歩である。

   神はわが親であり、わが供給である給う。
   神は決して人間の貧しきことを欲したまわないのである。


          谷口雅春著作集第1巻『光明法語<道の巻>』より

           <感謝合掌 平成30年7月16日 頓首再拝>

賢者の一日一言《17日》 - 伝統

2018/07/17 (Tue) 19:08:24


(1)【 7月17日 】天地の命分

   万世にわたって易(かわ)らないのは、
   天地自然の命分なり。

   その間に生まれしもの、
   人でも、鳥獣でも、虫魚でも、草木でも、
   おのづから命分というものあり。

   たとへば、草木で言えば、
   あるいは小さくあるいは大きく、
   あるいは低い湿地に生じあるいは高い乾燥地に生じ、
   花を開くものあり、実を結ぶあり、
   これが草木の命分なり。

   又、虫魚でいへば、
   裸のものあり、羽毛のあるあり、
   うろこのあるあり、貝をかむるあり。

                (報徳外記第一章)

   【略解】
 
   天地自然の命分とは天から与えられた天分であり使命であるということ。

・・・

(2)【 7月17日 】

   「流水不争先」──

    現世的な栄進の道を、アクセク生きてきた人が、
    あげくの果てに開眼させられた一境地といってよかろう。

・・・

(3)【 7月17日 】知りにくい自己を知る

   お互い人間というは、
   自分の姿が一ばん見えないものであります。

   したがって私達の学問修養の眼目も、
   畢竟するに、この知りにくい自己を知り、
   真の自己を実現することだと言ってもよいでしょう。


   畢竟(ひっきょう)=究極 

・・・

(4)【 7月17日 】 《積み重ね》

   花は一瞬にして咲かない。
   大木も一瞬にして大きくはならない。
   一日一夜の積み重ねの上に、その栄光を示すのである。
   私はそういうタイプのものが好きである。

   宗教家には一瞬にして開眼し開悟し回心する人がある。
   そういう行き方を協調賛美する。
   わたしはそういうタイプや信仰を好まない。
   これはわたしが鈍物鈍才だからであろう。

   何れにしても東洋では努力精進を尊ぶ。
   東洋の諸芸は小さい時からたたきあげた
   技や芸の心というものを大切にする。

   苦労に苦労を重ねた挙句達したその人独自の世界を賛美する。
   わたしはそれが本ものではなかろうかと思う。
   一瞬にして変わったものは、また一瞬にして変化する。

・・・

(5)《17日 人生は、隠された無限を探し出す「宝さがし」である》

   あなたは人生いたる処に“宝探し”をやっているようなものである。

   神は、あまり貴いものを地表に直ぐ見えるところには置き給わなかったのである。

   どんな人間にもダイヤモンド以上に高貴な輝く美しき“神性”が宿っているのである。

   それを掘り出す掘削機や鑿岩機が“想念”と“観”となのである。

             谷口雅春著『新版 栄える生活365章』より

           <感謝合掌 平成30年7月17日 頓首再拝>

賢者の一日一言《18日》 - 伝統

2018/07/18 (Wed) 20:33:49


(1)【 7月18日 】制するに道あり

   天地にすでに命分あり、
   人類また命分あり、
   これもとより天理必至の符(しるし)にして、
   一完不変の物なり。

   その命に従い、
   その分を守るが人道の本なり。
   分を守るに道あり。

   度を立てるなり。
   度を立てるに道あり、
   これ節約なり。

   おおよそ国用を制するには、
   一年の歳入を四分してその三を用い、
   その一を余として貯蓄するなり。

               (報徳外記第二章)

   【略解】
 
   天命に従いその天分を守るには分度の道あり。
   収入の四分の一の貯蓄法がこれです。

・・・

(2)【 7月18日 】

   公生涯にあっては、出所・進退の時機を誤らぬことが何よりも肝要。

   だが相当な人でも、とかく誤りがちである。
   これ人間は自分の顔が見えぬように、
   自分のことは分からぬからである。

・・・

(3)【 7月18日 】ホンモノとニセモノ

   真実なものと、そうでないもの、
   ホンモノとニセモノとは、

   平生は一向にその相違は見えなくても、
   一たん事が起きると、
   まごうことなくぞの相異が現れるものです。

   そこでホンモノとニセモノとの相違は、
   かように事が起きるとか、あるいはまた永い年月がたつか、
   そのいずれかによって、必ずはっきりしてくるものです。 

・・・

(4)【 7月18日 】 《何を持つか》

   木は
   気を持つ

   石は
   意思を持つ

   あなたは
   何を持つか

・・・

(5)《18日 毎朝が新生である。過去はすでに過ぎ去ったのである》

   われ新しき天と地を迎う。
   今よりのち一切の悩み、悲しみ、失望、落胆ことごとくなき、
   新天地にわれ生まれたるなり。

   暗黒は空の彼方に消え去り、
   新しき光、五彩の虹を放って今この新天地を照らすのである。

   われは一切の過去を放ち去ってこの新天地に立ち、
   この新天地に呼吸するのである。

           谷口雅春著『栄える生活365章』より

           <感謝合掌 平成30年7月18日 頓首再拝>

賢者の一日一言《19日》 - 伝統

2018/07/19 (Thu) 19:28:22


(1)【 7月19日 】勤にして倹、倹にして譲

   おおよそ分度は人道の本にして、
   勤怠・倹奢・譲奪・貧富・盛衰・治乱・存亡の曲つて生ずる所なり。

   その分に従いその度を守を勤と言い、
   その度を約(つづ)めて余財を生ずるを倹と言い、
   その余財を他に推し及ぼすを譲という。

   勤にして倹、倹にして譲なれば、富盛に達す。
   国家富盛を得れば治まり、
   治まれば永く存続す。

                   (報徳外記第三章)

   【略解】

   勤・倹・譲につき要領よく説きつくされています。

・・・

(2)【 7月19日 】

   人間は退職して初めて肩書の有難さがわかる。

   だが、この点を率直に言う人はほとんどいない。
   それというのも、それが言えるということは、
   すでに肩書を越えた世界に生きていなければ出来ぬことだからである。

・・・

(3)【 7月19日 】出処進退でわかる人の真価

   すべて物事は、平生無事の際には、
   ホンモノとニセモノも、偉いのも偉くないのも、
   さほど際立っては分からぬものです。

   ちょうどそれは、
   安普請の借家も本作りの居宅も、
   平生はそれほど違うとも見えませんが、

   ひとたび地震が揺れるとか、あるいは大風でも吹いたが最期、
   そこに歴然として、よきはよく悪しきはあしく、
   それぞれの正味が現れるのです。

   同様にわれわれ人間も、
   平生それほど違うとも思われなくても、

   いざ出処進退の問題となると、
   平生見えなかったその人の真価が、
   まったくむき出しになってくるのです。

・・・

(4)【 7月19日 】 《竹》

   竹を見ると
   一貫の道というものを
   教えてくれる思いがする

      朝に見る竹 夕べに見る竹
      朝に聞く竹 夕べに聞く竹

・・・

(5)《19日 困難を嘆くな。今こそ自分の伸びるときだと思え》

   人間は困難に直面してこれを何とかしてやり抜こうとする時、
   本当の実力がでてくる。
   今まで気づかなかった発想も出てくるし、魂も知性も進歩する。

   だから困難に対して背を向けたり、尻込みしてはならない。
   困難があらわれたら「今こそ進歩向上のチャンスがきた! 」
   と思うことが肝腎である。

         谷口清超ヒューマン・ブックス9『善意の世界』より

           <感謝合掌 平成30年7月19日 頓首再拝>

賢者の一日一言《20日》 - 伝統

2018/07/20 (Fri) 19:10:23


(1)【 7月20日 】孝を問う

   孝を問ふ、
   曰く父母に事(つか)へて我無き也。

   孝を問ふ、
   曰く父母の憂いを以て、わが憂いとなす。

   かくの如きは、父子一体なればなり。

         (金言集)

   【註】
 
   「父母ありて我あり」。
   わがいのちの根元に思いをいたせば、
   報徳の念が止むことない。

・・・

(2)【 7月20日 】

   言葉の響きは偉大である。
   一語一音の差に天地を分かつほどの相違がある。

   それゆえ真に言葉の味わいに徹するのは、
   そのままいのちに徹するの言いといってよい。

・・・

(3)【 7月20日 】生き甲斐、生まれ甲斐

   我々人問にとって、人生の根本目標は、
   結局は人として生をこの世にうけたことの真の意義を自覚して、
   これを実現する以外にない。

   そしてお互いに、
   真に生き甲斐があり生まれ甲斐がある日々を送ること以外にはない。

・・・

(4)【 7月20日 】 《朝顔夕顔》

   朝(あさ)は朝顔の花のように
   あかるく輝いていたい

   夕(ゆうべ)は夕顔の花のように
   ほんのり匂うていたい

・・・

(5)《20日 無用のものは亡びる。有用な人となれ》

   この世に必要な人間とはこの世の為になる人だ。
   この世を愉快にする人だ。
   この世を住みよくする人だ。

   これこそ人間が神から与えられた天分である、天職である。
   天職を行うものは神から賞められ喜ばれる。

   神から賞められるとは出世をすることであり、
   神から喜ばれるとは達者になることである。

         谷口雅春著『新版 真理』第1巻「入門篇」より

           <感謝合掌 平成30年7月20日 頓首再拝>

賢者の一日一言《21日》 - 伝統

2018/07/21 (Sat) 21:14:04


(1)【 7月21日 】人となる道

   鋼鉄は焼き、冷し、打ち、敲(たた)き、
   焼き、冷し、打ち、敲(たた)きて而(しか)して後、
   始めて折れず曲らむるものとなるなり。

   人も亦斯くの如し。
                 (金言集)

   【註】

   「艱難辛苦」「百練万磨」を経ずして真に人たるを得ざるものなり。

・・・

(2)【 7月21日 】

    すべての物事は、リズムを感得することが大切である。

    リズムは、根本的には宇宙生命に根ざすものゆえ、
    リズムが分かりかけてはじめて物事の真相も解り出すわけである。

    中んずく書物のリズムの如きは、著者の生命の最端的といってよい。

・・・

(3)【 7月21日 】階段を登る工夫①

   さらさらと

   諸君は階段を昇るとき、
   まるで廊下でも歩くように、
   さらさらと登る工夫をしてごらんなさい。

   というのも人問の生命力の強さは、
   ある意味ではそうしたことによっても、
   養われると言えるからです。

   階段の途中に差しかかって、急に速度がにぶるようでは、
   それはその人が、心身ともにまだ生命力の弱い証拠と言ってもよいでしょう。

   と申すのも、
   この場合階段というものが、
   やがてまた人生の逆境にも通ずると言えるからです。

・・・

(4)【 7月21日 】 《花仏人》

   うつろいやすきを花といい
   つねにいますを仏といい
   かなしきを人という

・・・

(5)《21日 人に愉快な表情を与えて歩くものは善行の王者である》

   愛とは善とかいうことを
   人に「物」を与えることばかりだと考えているのは間違いでありまして、
   それよりもなおいっそう大切なことがある。

   それは明るい善い心の波動を人々に与えることであって、
   これはあらゆる善行のうちの王者であるとさえいえるのであります。

          谷口雅春著『生命の實相』頭注版第3巻より

           <感謝合掌 平成30年7月21日 頓首再拝>

賢者の一日一言《22日》 - 伝統

2018/07/22 (Sun) 19:47:59


(1)【 7月22日 】読書の心構え

   書を読む者ぜひとも人を済(すく)ふの心を存しねばならぬ。
   何となれば、
   書は人を済ふの道を書き載せたる物なり。

   故に之を読んでその心を存しなければ、
   何の益があろう。

                    (金言集)

   【註】

   世の学者の心すべき事として、
   真の学問は単に物知りになることではなく、
   救国済民の念がなければならない。

・・・

(2)【 7月22日 】

   批評眼は大いに持つべし。

   されど批評的態度は厳に慎むべし。

・・・

(3)【 7月22日 】階段を登る工夫②

   さりげなく

   この辺の趣(おもむき)が分からなくては、
   その人の人生もまだ本格的に軌道に乗ったとは言えないでしょう。

   そこでまたお互い人間は、
   逆境の時でも、はたの人から見て、
   苦しそうに過ごすものではないとも言えましょう。

   つまり階段の途中まできても、
   平地を歩くと同じような調子で登るのと同じように、
   人生の逆境も、さりげなく越えていくようにありたいものです。

・・・

(4)【 7月22日 】 《仏法》

   生きるのだ。
   生きることが仏法なのだ。

   どう生き、
   どう死ぬか、
   それを知ることが仏法なのだ。

   人間らしく生きる、
   ただそれだけでいいのだ。

   仏法には別に子細はないのだ。
   生活を離れて仏法はないのだと、
   わたしは声を大きくして言おう。

・・・

(5)《22日 まだまだ多く与えよ 愛は与えれば与えるほど殖える》

   他に愛を施したら、自分自身が減るように思っていられるかもしれませんが、
   決してそんなものではありません。

   愛を与えるときわれわれの個々の生命が大生命と一体となり
   いっそう大きく生長しているのであります。

   「愛を与えれば与えるほど殖える」これが生長の家の生活のモットーであります。

            谷口雅春著『生命の實相』頭注版第3巻より

           <感謝合掌 平成30年7月22日 頓首再拝>

賢者の一日一言《23日》 - 伝統

2018/07/23 (Mon) 19:51:23


(1)【 7月23日 】日本を思う

   おもへただ、から学びする人とても
   我身をめぐむこの日(ひ)の本(もと)を

                (二宮翁道歌)

   【略解】

   これは儒教や佛道その外、
   すべて外国の学問をする人々は、
   ややもすればわが日本の国の神道をうとんじ、
   わが国体の尊さを忘れがちだが、
   それでは真の学問のあり方ではないと戒められました。

・・・

(2)【 7月23日 】

   創作家が評論をするのは、チューブに穴をあけるようなもので、
   それだけ創作への迫力が減殺される。

   随って真の文豪は、評論は書かずに自己の作品で示している。

・・・

(3)【 7月23日 】階段を登る工夫③

   日々の準備

   しかしそのためには、
   非常な精神力を必要とするわけです。

   階段をさらさらと登るには、
   2倍のカではなお足りないでしょう。
   少なくとも3倍以上の、心身の緊張力を持たねばできない芸当です。

   同時にここに人生の秘訣もあるわけです。
   つまり人問というものは、
   ある意味では常に逆境に処する心の準備をしていなくてはいけないのです。

   もう一つ突込んで言えば、
   人間は毎日逆境に処する際の心構えをしていなくてはいけないとも言えましょう。

   それが先ほど申したように、
   階段を昇る際の呼吸ともなるわけです。

・・・

(4)【 7月23日 】 《石を思え》

   腹の立つ時は
   石を見よ

   千万年も黙って
   濁世(じょくせ)のなかに
   坐り続けている
   石を思え

・・・

(5)《23日 他人の心を変えることは難しいが、自分の心を変えることなら出来る》

   「環境は心の影」です。

   私たちの周囲に不完全な人があらわれて見えるのは、
   私たちの心が「本当の人間の心」をあらわしていないからです。

   自分の心が悦びに充され、感謝に充され、
   「神の子・人間」の自覚に統一されたならば、
   周囲の人は必ず「神の子・人間」の実相を顕わしてくれるのです。

           谷口清超新書文集5『「愛」は勝利する』より

           <感謝合掌 平成30年7月23日 頓首再拝>

賢者の一日一言《24日》 - 伝統

2018/07/24 (Tue) 19:53:33


(1)【 7月24日 】雨か嵐かしらねども

    この秋は雨か嵐かしらねども
     今日のつとめの田草取るなり
                 (二宮翁道歌)

   【略解】
 
   今年の秋の収穫時に台風災害にあって
   大変な被害を蒙ることがあるかどうか予測できませんが、
   それはともかくも、
   現在の耕作に精一杯の尽力をするばかりです。

・・・

(2)【 7月24日 】

   わたくしは文章による論争というもはしたことがない。

   それというのも、論争は第三者には面白くても、
   当事者双方は、それによってお互いに傷つけ合うだけだからである。

・・・

(3)【 7月24日 】生への感謝

   現代の人々は、
   自分が人身を与えられたことに対して、
   深い感謝の念を持つ人ははなはだ少ないようであります。

   仏教には
   「人身うけがたし」
   というような言葉が昔から行われているのです。

   つまり昔の人たちは、
   自分が人間として生をこの世にうけたことに対して、
   衷心(ちゅうしん)から感謝したものであります。

・・・

(4)【 7月24日 】 《三学》

   一つ
   いかに生きるかを学べ

   二つ
   いかに愛するかを学べ

   三つ
   いかに死するかを学べ

・・・

(5)《24日 今年ぜひやって欲しいのは、「ウソを言わない」ことである》

   もし人々がウソを言わなくなったら、どんな世界が実現するか。
   実に気持ちよく、明るくたのしくなるに違いない。

   どんな罪を犯した人でも、すぐ白状するから、すべての捜査はすぐ終わる。

   税金のごまかしもなく、もちろん不倫やサギもやれなくなり、
   家庭や社会は天国のように変貌するに違いない。
    
            谷口清超著『新世紀へのメッセージ』より

           <感謝合掌 平成30年7月24日 頓首再拝>

賢者の一日一言《25日》 - 伝統

2018/07/25 (Wed) 20:00:47


(1)【 7月25日 】遠き近きはなかりけり

   見渡せば遠き近きはなかりけり
   己々(おのおの)が住処(すみか)にぞある

                 (二宮翁道歌)


   【略解】

   遠いとか、近いとかいうが、
   遠近は比較相対的なものです。

   京都は大阪の人にとっては近いが、
   東京の人にとっては遠いようなもので、
   立地立場の如何によって変わるものです。

   遠近のみに限らず禍福吉凶優劣得失すべてに通ずる相対的評価といえます。

・・・

(2)【 7月25日 】

   善悪・優劣・美醜などは、すべて相対的で、
   何ら絶対的なものではない。

   何となれば、いずれも「比較」によって生まれるのであり、
   随って尺度のいかんによっては、逆にもなりかねないからである。

・・・

(3)【 7月25日 】道の上の友

   友人関係において、
   真に尊敬するに足る友人とは、
   結局は道の上の友ということでしょう。

   したがって道の上の友ということになると、
   結局は師を共にする場合が多いと言えましょう。
   つまり同門の友というわけです。

・・・

(4)【 7月25日 】 《母の教え》

   仏の教えの根本は大悲である。
   大悲こそ世尊の教えの母体なのである。

   そういうことを母は小さいわたしに、無言で教えてくれた。
   わたしが今日信仰をしっかと持つことができたのは、
   深く掘り下げてゆくと、いつもここにやってくる。

   わたしは世の若い母親たちに告げたい。
   それは幼い子になにを刻みつけてくれるかということを。
   つまり三つ子の魂のなかに、なにを注ぎ込んだかということを。

・・・

(5)《25日 あらゆる人生の出来事は、魂の教訓のために現れて来る》

   この世で出あう事件や人々は、
   みな何かを教えてくれる“先生”のようなものである。
   だからこの世は「人生学校」とも言う。

   そして年の若い青少年が生徒で、年寄りが先生という訳でもない。
   全ての人が先生であり、又生徒なのだ。

   そのような「人生学校」を通して、人は皆「魂を向上させる」のだ。

          谷口清超著『「人生学校」はすばらしい』より

           <感謝合掌 平成30年7月25日 頓首再拝>

賢者の一日一言《26日》 - 伝統

2018/07/26 (Thu) 20:08:23


(1)【 7月26日 】増減は器かたむく水

   増減は器かたむく水と見よ
    あちらに増せばこちら減るなり

         (二宮翁道歌)

   【略解】

   般若心経に、
   不生不滅・不垢不浄・不増不減とあります。

   この不増不減の実相を、
   みごとに一首にまとめております。

   すべて万象はみな不増不減にして、
   一方が増せば一方が減り、
   一方が減れば一方が増し、

   全体からみて増減なく、
   無限循環の変化の鉄則を示すものであるということです。

・・・

(2)【 7月26日 】

   心の通う人とのいのちの呼応こそ、
   この世における真の浄福であり、
   人間にとって真の生甲斐といってよかろう。

・・・

(3)【 7月26日 】友情

   友情の最も深く感ぜられるのは、
   何と言っても道を同じくし、師を共にする同門の友との間柄でしょう。

   というのも、
   その時そこで語り合う問題は、決して単なる世間話ではなくて、
   常に人生の問題であり、道の問題だからであります。

・・・

(4)【 7月26日 】 《無限》

   宇宙が無限であるように
   母恩も無限である

・・・

(5)《26日 希望で前途を照らしながら、勇気のエンジンで突き進め》

   希望は人生の光です。
   希望さえあれば、今はその人がどこにおろうとも前途は明るいのです。

   希望は自動車のヘッド・ライトのようなものです。
   勇気は自動車のエンジンのようなものです。

   希望で前途を照らしながら、勇気のエンジンを駆り立てて
   毎日進んで行くならば、前途は必ずよい世界へ出られるのです。

             谷口雅春著『人生読本』より

           <感謝合掌 平成30年7月26日 頓首再拝>

賢者の一日一言《27日》 - 伝統

2018/07/27 (Fri) 20:23:29


(1)【 7月27日 】食を断じて議せん

   先生顔色を正し声を励(はげま)して日く、
   今幾万の飢民露命旦夕(たんせき)に迫れり。

   明日より各々断食して役所に至り、
   此の評議決せん迄は必ず食すべからず。

   今飢民の事を議するに、
   自ら食を断じて之を議せば其の可否論ぜずして自(おのずか)ら弁ぜん。

   それがしも亦断食して此の席に臨まん。

                   (報徳記)

   【略解】
 
   飢民対策につき協議の際の心構えとあるべき態度を説く
   翁の気迫に圧倒される感あり。

・・・

(2)【 7月27日 】

   精薄児や身障児をもつ親は、悲観の極、必ず一度は
   この子と共に身を滅ぼしたいとの念いに駆られるらしいが、
   しかもその果てには必ず、この子のお陰で
   人間としての眼を開かせてもらえたという自覚に到るようである。

・・・

(3)【 7月27日 】歩き方と人間の格①

   人問いつまでも、
   ああいう風に歩いているようでは駄目ですね

   (この時、授業時間中にもかかわらず、
   廊下をぺタぺタと、スリツパを引きずってゆく生徒の足音が、
   騒々しく聞えてくる)。

   内でこう言われているとも知らないで、
   ご本人は平気でいるんです。

   ああいう調子で、いくら剣道をやるといっても、
   たいした者にはなれないでしょう。

   いわんや教師となって、
   一かどの人物になるはずがありません。 

・・・

(4)【 7月27日 】 《詩というもの》

   愚かなれば、
   愚かなるほど、
   産み出すことは至難なのである。

   詩は天から降ってくるものでもなければ、
   地から湧いてくるものでもないのである。

   自分が難儀をしなければ、
   一篇の詩も産れだそうとしないのである。

   詩神詩霊は時に冷酷である。

   それ故にこそ、
   私は縋(すが)りつくのである。

・・・

(5)《27日 憎んではならない。ただ愛し、与え、放つことである》

   神の創造り給うた世界には憎悪すべき何物もないのである。

   誰かが自分を悪口したり侮辱したりした場合にも、
   あなたはその人に対して憎んではならないのである。

   それは自分の“赦し”と“愛”とが、如何に素晴らしく偉大であるかの
   テストとして其処にあらわれた課題であると思って”赦す”がよい。

          谷口雅春著『女の浄土』より

           <感謝合掌 平成30年7月27日 頓首再拝>

賢者の一日一言《28日》 - 伝統

2018/07/28 (Sat) 20:07:44


(1)【 7月28日 】大久保侯の死

   先生君侯の逝去し玉ふ事を聞き、
   働哭(どうこく)悲歎流涕(りゅうてい)して曰く、
   鳴呼(ああ)我が道すでに斯(ここ)に窮せり。

   賢君上に在(い)まし我をして安民の道を行はしむ。
   臣始めて命を受けしより十有余年千辛万苦を尽せるは何の為ぞや。

   上(かみ)明君の仁を拡め下(しも)万民に其の沢を被らしめんとするのみ。
   豈(あに)他あらんや。

                      (報徳記)

   【略解】

   明君大久保侯と尊徳翁との間柄は、
   肝胆相照の仲だっただけにその哀惜の情は察するに余りあるものがあります。

・・・

(2)【 7月28日 】

      ある時

   悲しみの 極みというも なほ足りぬ いのちの果てに みほとけに逢ふ

・・・

(3)【 7月28日 】歩き方と人間の格②

   同じく走るのでも、
   場合によっては音を立てないように走らないといけません。

   人問もそういうふうに、
   心が冴えて来ないといけません。

   しかし十八、九や二十くらいの頃は、まだあれでもよいですが、
   人間も三十、四十になって、
   なお、パタパタと廊下を音立てて歩いていたんではもうお終いです。

   いい年をしながら、
   そんなことでは、
   実際何のために人間に生まれて来たか分からぬことになります。

・・・

(4)【 7月28日 】 《時代を生きる》

   詩人として大事なことは時代を生きることである。
   だから時代から目をそらしてはいけない。
   保守も革新も正しくはない。

   正しいのはその時代の目をしっかりととらえて
   正しく歌うことである。
   時代の声をうたいだすことである。

   だから詩人には参考書はいらない。
   蔵書も不要である。

   詩人はいつも裸で素手で素足で立向かわねばならぬ。
   古代の歌がいいのは、その詩人たちの赤裸の姿、心情ゆえである。

・・・

(5)《28日 「真理の言葉」こそが“最高の情報”である》

   現象界の情報には各種の迷妄が入り込み、多くの点でまだ不完全である。

   正しい信仰者は、充分情勢を把握し、大局を掴み、精確な判断を持ちながら、
   さらにそれを超えた神の国の“完全情報”をハッキリと把握し、
   現象世界の映像に惑わせられないところの“堅信”を持つことが大切である。

            谷口清超著『新生と解脱のために』より

           <感謝合掌 平成30年7月28日 頓首再拝>

賢者の一日一言《29日》 - 伝統

2018/07/29 (Sun) 20:10:04


(1)【 7月29日 】救荒の道

   先生曰く、礼に云く、

     国無九年之蓄曰不足
     無六年之蓄曰急
     無三年之畜曰国非其国

   夫(そ)れ歳入の四分が一を余し之を蓄へ、
   水荒年盗賊衰乱の非常に充(あ)つるもの聖人の制にあらずや。

   事予(あらかじ)めする時は救荒の道何ぞ憂ふる事之あらん。

                        (報徳記)

   【略解】

   「三年の蓄財なければ国にして国にあらず」
   と説かれた尊徳翁の備蓄救荒の心構えを学ぶべきであります。

・・・

(2)【 7月29日 】

   「救い」とは「自分のような者でも、尚ここにこの世の生が許されている」──
   という謝念でもあろうか。

   そしてその見捨てない最後の絶対無限な力に対して、
   人びとはこれを神と呼び仏と名づける。

・・・

(3)【 7月29日 】前進あるのみ

   生きている問は、一瞬の油断もなく、
   進みに進まねばならぬのです。

   これ真実の生活というものであり、
   すなわちまた誠に外ならぬわけです。

・・・

(4)【 7月29日 】 《この二つを》

   少食であれ!
   これは健康のもと

   少欲であれ
   これは幸福のもと

   この二つのものをしっかりと身につけよう

   この世を悔いなく終わるため
   この世を楽しく生きるため

・・・

(5)《29日 小さな善行の奥底には、大きな善の岩盤が横たわっている》

   どんな小さなよいことでも、よいことならどんどん実行せよ。

   小さな善行の奥底には、大きな善の岩盤が横たわっている。
   氷山の一角のように、現われている善行は小さくても、
   その奥底には、無限の「富の世界」がそれを支えているのである。

   小さな善行を馬鹿にしてはならない。

          谷口清超著『栄える人々のために』より

           <感謝合掌 平成30年7月29日 頓首再拝>

賢者の一日一言《30日》 - 伝統

2018/07/30 (Mon) 20:18:04


(1)【 7月30日 】異動の戒め

   先生曰く、
   斯(ここ)に道あり。

   断然として在職中の奢(おご)りを改め、
   衣服器財金銀に至るまで一物も余さず之を出し、
   一藩の貧人に贈り奉仕の用に当てしむべし。

   必ず某の不忠の如くなる事勿(なか)れと一言を残し、
   妻子共に歩行して一物を携へず一僕を連れず小田原に帰り、
   縁者の助力を得て艱苦を尽すべし。

                  (報徳記)

   【註】

   栄職にあった者が帰国に際し戒められた言葉で、
   生活の即時切りかえを説諭されました。

・・・

(2)【 7月30日 】

   人はこの世の虚しさに目覚めなければならぬが、
   しかしそれだけではまだ足りない。

   人生の虚しさを踏まえながら、
   各自応分の「奉仕」に生きてこそ人生の真の味わいは分かり初める。

・・・

(3)【 7月30日 】持ち味を生ずる

   一人の人間が、永い歳月にわたって明けても暮れても、
   常に心の底に持ちつづけて研究したこというものは、
   そこに一種独特の持ち味を生ずるものであります。

・・・

(4)【 7月30日 】 《心の中の宇宙》

   宗教は結局は心の中の宇宙なのである。

   何れの宗教も、この心の中の宇宙を説き、
   各個人もこの心の中の宇宙で安心し立命し、
   生きそして死んでゆくのである。
  
   だからどの宗教がすぐれ、
   どの宗教が劣っているということもない。

   一番大切なことは確固とした自分の宇宙を
   持っているか、いないかということである。
   端的に言うなら安心して○ねるかどうかということである。

     *○:死

   わたしにとって詩とは生きることであった。
   生きがたい世を生き抜くための杖であり支えであった。

・・・

(5)《30日 愛を出せ、愛はいくら出しても、減りはしない》

   あなたに対するすべての人に愛を与えなさい。
   深切を行じなさい。
   愛して愛して愛して、愛しっぱなしに愛しなさい。

   その時、あなたの蒔いた「愛の行為」の種子から発芽し、生長し、
   茎を伸ばし、葉をひろげ、蕾をゆたかにつけて
   愛の美しき花があなたを取り巻いて開くでしょう。

           谷口雅春著『女は愛の太陽だ』より

           <感謝合掌 平成30年7月30日 頓首再拝>

賢者の一日一言《31日》 - 伝統

2018/07/31 (Tue) 19:45:34


(1)【 7月31日 】万物止まること無し

   先生日く、
   万物一も其の一処に止まることあらず、
   四時の循環するが如し。

   人事富む時は必ず奢(おご)りに移り、
   奢る時は貧しきに移り、
   貧極(きわ)まる時は富に赴(おもむ)くもの是れ自然の道ならずや。

   今下館貧困極まれり。
   何ぞ再盛の道を生ぜざらん。

              (報徳記)

   【註】

   「陰極まって陽に転ずる」の理を諭し励まされました。

・・・

(2)【 7月31日 】

   たそがれて 人影もなき 池の辺に 野茨の花 咲き盛りをり

   白じらと夕べ仄かに 池の辺に 咲く野茨を 愛しみて見つ


・・・

(3)【 7月31日 】人間をつくる三つの要素

   人間というものは、
   これを大きく分けると、
   だいたい血、育ち及び教えという
   三つの要素からでき上がると言えましょう。

・・・

(4)【 7月31日 】 《嵐と詩人》

   いつも嵐が
   吹いている

   それが
   詩人というものだ

・・・

(5)《31日 一木一草にいたるまで、神のみ愛につつまれている》

   人間は神の子であり神より出ずる総てのよきものにとりまかれているのである。

   神の恵みはあらゆるものに、空気に、日光に、水に、見渡す景色に、
   さえずる鳥に、あらゆるものに現れて吾々を恵み、はぐくみ養い給う。

   神の恵みは吾々をとりまいていて一分一厘の逃れる隙もないのである。

         谷口雅春著作集第1巻『光明法語<道の巻>』より

           <感謝合掌 平成30年7月31日 頓首再拝>

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