伝統板・第二 337548

「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

本掲示板の目的に従い、法令順守および社会倫理の厳守をお願いします。本掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付のうえ、本掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。


吉田松陰・一日一語

1:夕刻版 :

2018/04/01 (Sun) 19:32:39

          *「吉田松陰・一日一語」川口雅昭 (編集) より

吉田松陰・一日一語 4月1日~10日


【 4月1日 】 「晩節を全うするに非ざれば」

国強く勢い盛んなる時は、誰も忠勤を励むものなり。
国衰え勢い去るに至りては、志を変じ敵に降り主を売るに類寡からず。

故に人は晩節を全うするに非ざれば、
何程才智学芸ありと雖も、亦何ぞ尊ぶに足らんや。
盟主に忠あるは珍しからず、暗主に忠なるこそ真忠なれ。

          ・・・

国が強く勢いが盛んな時には、誰でもまごころを尽くすものである。
しかし、国が衰え、勢いが去ってしまうと、
志を変えて敵に降参し、主人を売るようなタイプの人間も少なくない。

人は晩年の節操を全うするものでなければ、
どれ程才能があり、頭の回転が速く、幅広い知識があったとしても、
尊敬するほどの価値はない。

立派な主人に仕えてまごころを尽すことは、珍しいことではない。
愚かな主人にまごころを尽すことこそ、本当の忠臣である。


・・・

【 4月2日 】 「禽獣に異なる所以」

学問の道、禽獣に異なる所以を知るより要なるはなし。

           ・・・

学問においては、人と禽獣との違い、
つまり人間は鳥や獣とどこが違うのか、
ということを知ることが最も重要である。

・・・

【 4月3日 】 「友とは」

友とはその徳を友とするなり。

         ・・・

友とはその人徳を友とするのである。
簡単なようで一番難しいことです。

友達・・・遊ぶ友はいても悩み、苦しみを相談でき、
親身になってくれる友は何人いるだろう。

・・・

【 4月4日 】 「人に交わるの道」

凡そ人に交わるの道、怨怒する所あらば、直ちに是れを忠告直言すべし。
若し忠告直言すること能わずんば、怨怒することなきに若かず。

君子の心は天の如し。
怨怒する所あれば雷霆の怒を発することあれども、
其の事解くるに至りては又天晴日明なる如く、一毫も心中に残す所なし。

是れ君子陽剛の徳なり。

          ・・・

人と交際する際には、怨み怒るようなことがあれば、
直ちに遠慮なく、自分の信ずるところの、まごころをもって指摘し、
戒め諭すべきであろう。

もしも、それができないのであれば、最初から怨怒などしないほうがいい。

心ある立派な人の心は空のようなものである。
怨怒することがあれば、雷のように怒りを発することもあるが、
それが終われば再び、雲一つない青空のように、
その気持ちを心の中に残す、ということはない。

これを君子の太陽のような、強く堅固な徳という。

・・・

【 4月5日 】 「肯綮を得る」

書は肯綮を得るを貴ぶ。

         ・・・

読書というものは、その「急所」の意味をよく理解して、
自分のものとすることが大切である。

ただ読むだけでなく、何を得るのかをよく理解しなくては
折角の読書も無意味に終わってしまうのだろう。

・・・

【 4月6日 】 「我は我たり」

汝は汝たり、我は我たり。
人こそ如何とも謂え。

         ・・・

お前はお前である。私は私である。
人は何とでもいえ
自分は自分である己の信念を信じよということか。

・・・

【 4月7日 】 「心程」

心程人の能く知るものはなし。
耳目四体は相見ざれば或は知らず。

心に至りては一見せずと云へども、名を好み利を好み、
徳を好み勇を好むの類、一として人目に逃るる所なし。

畏るべきの至りと云ふべし。
然れども是れ亦頼母敷の至りと云ふべし。 安政3年3月26日「講孟?記」

           ・・・

心ほど、人がよく知っているものはない。
耳目や全身は直接会わなければ分からないであろう。

しかし、心は会わなくても、名誉を好むとか、利益を好むとか、
また、徳を好むとか、勇気を好むということは、
一つとして、人に知られないものはない。

最も恐るべきことというべきである。
しかしながら、同時に最も頼もしいものというべきである。

・・・

【 4月8日 】 「貴き物の己れに存在するを」

人々貴き物の己れに存在するを認めんことを要す。

           ・・・

人間は人として大切なものが生まれつき
自分の中に存在していることを認めることが大切である。

・・・

【 4月9日 】「一日此の世にあれば」

人一日此の世にあれば一日の食を食い、一日の衣を着、一日の家に居る。

何ぞ一日の学問、一日の事業を励まざるべけんや。

           ・・・

人は一日この世の中にいれば、
一日分の食事をし、一日分の衣服を着、一日分、家にいるのである。

とすれば、一日分の学問、一日分の事業に励まなければいけない。

・・・

【 4月10日 】 「武士たる所は」

武士たる所は国の為に命を惜しまぬことなり。

弓馬刀槍?の技芸に非ず。
国の為に命さへ惜しまねば、技芸なしと云えども武士なり。

           ・・・

武士が武士である所以は、国家のために命を惜しまないことである。

弓、乗馬、刀、槍、小銃や大砲などの技術があるからではない。
国家のために命を惜しまないようなら、技術がないとしても立派な武士である。

・・・

<関連Web>

吉田松陰については、先代の掲示板において、次のWebがあります。

(1)“本流宣言”掲示板」

  ①吉田松陰精神に学べ  (全文) (4729)
    → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=994   

  ②松陰スピリッツ (4756)
   → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=998  

(2)「光明掲示板・第一」として、

   吉田松陰 (2876)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=581   

(3)「光明掲示板・第二」として

  ①吉田松陰~『留魂録』
   → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=507   

  ②千代(松陰の妹)から見た吉田松陰 (4255)
   → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=902  

  ③成人式(元服)での吉田松陰の言葉 (4558)
   → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=956   

  ④花燃ゆ~吉田松陰の末妹「文」の生涯 (11226)
   → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=2140   


(4)光明掲示板・第三「吉田松陰 (1324)」
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=267

(5)光明掲示板・伝統・第一「吉田松陰」
   → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=62

(6)伝統板・第二「吉田松陰」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6814974

(7)伝統板・第二「吉田松陰の留魂」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6814974

(8)伝統板・第二「吉田松陰②」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7656679

            <感謝合掌 平成30年4月1日 頓首再拝>
2:伝統 :

2018/04/12 (Thu) 18:36:41

【 4月11日 】 「心一杯の事を行ひ尽す」

一事より二事、三事より百事千事と事々類を推して是れを行ひ、
一日より二日、三日百日千日と、日々功を加へて是れを積まば、
豈に遂に心を尽すに至らざらんや。

宜しく先づ一事より一日より始むべし。 安政3年5月14日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】

一つのことより二つ、三つより百、千のことと、
一つのことから他のことと押し広めて実行し、
一日より二日、三日より百日、千日と努力をして功績を積み上げていけば、
どうして、心を尽くすことができるようにならないであろうか。

必ずできるようになる。
志を立てたならば、まず一つのことから、思いついたその日から始めるべきである。

・・・

【 4月12日 】「真心を行ふを貴ぶ」

男子事を立つる、真心を行ふを貴ぶ。 

安政6年2月上旬「※入江杉蔵あての書翰」

          ・・・

【訳】

男子がことを行う時には、まごころを尽くすことが大切である。

※長州藩の足軽 入江杉蔵。松陰の高弟。野村和作は実弟。


・・・

【4月13日】 「一日此の世にあれば」

人一日此の世にあれば一日の食を食ひ、一日の衣を着、一日の家に居る。
何ぞ一日の学問、一日の事業を励まざるべけんや。 

                安政3年5月14日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】

人は一日この世にいれば、一日分の食事をし、
一日分の衣服を着、一日分、家にいるのである。
とすれば、一日分の学問、一日分の事業に励まなければいけない。


・・・

【4月14日】 「よしあし事もいはばいへ」

世の人はよしあし事もいはばいへ賤が心は神ぞ知るらん。 

安政元年4月19日「※白井小助あて書翰」

          ・・・

【訳】

世の人は、(私の)よきことも悪しきことも、いいたければ、好きにいったらいい。
私の心は神様だけが知っていてくださるのだから。

※長州藩の重臣 浦氏の家来 白井小助。江戸遊学以来の友人。
下田事件時、松陰のために奔走した。


・・・

【4月15日】 「片意地者に非ざれば」

人は小事にても是非善悪必ず信をば失はぬと云ふ片意地者に非ざれば、
何事も苟且のみにして、執持する所はなきものなり。 

                 安政3年4月15日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】

人間はどんな小さなことでも正しいか正しくないか、よいか悪いか
という点において信念を失わないという頑固なものでなければ、
何をさせてもちょっとしたことしかできす、しっかりとしたことを行うことはできない。


・・・

【4月16日】 「暫時の間なり」

今世学問をする者己れの年少を恃み、何事も他日と推延ぶる者あり、
殊て知らず、人生一世間、
※白駒の隙を過ぐるが如し、仮令百年の命を全くすとも、誠に暫時の間なり。 

                 安政3年5月14日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】
今、学問をするものは、自分がまだ年少であるということを口実として、
何事につけても、いつの日にか、などといって、実行を延期するものがいる。

人生というものは、「白駒の隙を過ぐるが如し」といわれるように、
歳月の過ぎ去ることは、大変早いというこがどうして分からないのであろうか。

たとえ百年生きたしても、本当にわずかな間でしかないのに。

※荘子の著書『荘子』の言葉。荘子は、中国の戦国時代、宋国に生まれた思想家。
道教の始祖の一人とされる人物。


・・・

【4月17日】 「道義の外に」

道義に従ひて禍罪に遇ふは其の道を尽すの極にして、
凡そ人は道義の外に行くべき処なし。 

                    安政3年5月14日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】

人の行うべき正しい道に従い、その結果として、災難や刑罰に遭遇するのは、
その正しい道を尽くした果て、というべきである。
だいたい、人は人の行うべき正しい道以外に行くべき所はない。


・・・

【4月18日】 「強恕の道」

強恕して行ふ、仁を求むることこれより近きはなしとは、何等の親切の教ぞや。
大儀なることを勉強してすると、人の情を思ひ遣りて己の行ひをすると
より学問は始まることにて、是れ強恕の道なり。 

                     安政3年5月14日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】

強恕、つまり大いに努力し、まごころから人をおもいやることこそ
仁を求めるには最も近い方法である。
とは本当に親切な教えであるなあ。

骨の折れることを強いて行うこと、また人の気持ちを思いやりながら
自分が実践することから学問は始まるのである。
これが孟子のいう強恕という生き方である。


・・・

【4月19日】『武士の恥を知らざること』

君子は徳義なきを恥、小人は名誉なきを恥ず。
君子は才能なきを恥、小人は官禄なきを恥ず。
小人の恥ずるところは外見なり。君子の恥ずるところは内実なり。

そもそも恥じの一字は本邦武士の常言にして、恥を知らざる程恥なるはなしなし。
武士の恥を知らざること今日に至り極まれり。

          ・・・

【訳】

心ある立派な人は、人として踏み行うべき義理の心が足らないことを恥じ、
つまらない人は名誉がないことを恥じる。

君子は才能がないことを恥じ、小人は官位や俸禄がないことを恥じる。

小人が恥じるのは外見である。

君子の恥じるには心の内面である。
だいたい恥という一字は我が国の武士が常に口にする言葉である。
恥を知らないとほど恥ずかしいことはない。

その武士たる者が恥を知らないこと、今日ほどひどい状態は未だかつてない。


・・・

【4月20日】 「賢者の楽しむ所は」

賢者の楽しむ所は道のみ、好む所は善のみ。
勢位利禄、一も心に入ることなし。 

               安政3年5月17日「講孟剳記」

          ・・・

【訳】

心ある立派な人が楽しむのは、人としての正しい道だけである。
また、好むのは、善だけである。
権勢や地位、利益、俸禄などは、一つとして心にかかることはない。

            <感謝合掌 平成30年4月12日 頓首再拝>
3:伝統 :

2018/04/22 (Sun) 19:24:50


【4月21日】 「決して言はれぬなり」

各々其の職の上に於て、天命時運と云ふことは決して言はれぬなり。
(中略)
己が職を自ら廃し、是れを時運天命に附せば、
不忠不孝、不仁不義、皆時運天命になるなり。 

          安政3年5月17日「講孟剳記」

【訳】

それぞれの人が、自分の職務上のことについて、
天によって定められた宿命であるとか、
時の巡り合わせであるなどということは、決していうことはできない。

(中略)

自分の職責を自分から放棄し、これを時運や天命の責任というのであれば、
不忠、不孝、不仁、不義なども、みんな時運、天命となってしまう。

・・・

【4月22日】 「勇なくんば」

人苟も勇なくんば、仁智並びに用をなさざるなり。 

         安政3年5月20日「講孟剳記」

【訳】

人は真の勇気というものがなければ、
慈しみ、思いやりの心や物事を理解し、
是非・善意を弁別する心をもっていたとしても、
何の役にも立たない。

・・・

【4月23日】 「事省くべく」

事省くべく、事省いて而して志専らにすべし。
志専らならば則ち奇策雄論論往々将に得る所あらんとす。 

嘉永4年4月21日「※阿兄に与ふ」

【訳】

くだらない世事は省略するべきである。
省略して、今抱いている志に専念すべきである。
専念すれば、奇抜な策略やすばらしい考えが、やがて思い浮かぶことであろう。

・・・

【4月24日】 「かくすれば」

かくすればかくなるものとしりながら、やむにやまれぬやまとだましひ  

          安政元年4月24日「獄中より※家兄伯教に上る書」

【訳】

このようなこと(※下田事件のこと)をすれば、
このようになるということは知ってはいた。
しかし、それでもやらねばならなかったのは私の大和魂ゆえである。

※1 この歌は実際には、安政元年(1854)4月15日、
   下田事件後、下田から江戸伝馬町獄へ護送される途中、
   泉岳寺の前を通過した時に歌ったものである。

※2 兄 杉梅太郎。字は伯教。生涯、松陰を理解し、助けた。
   後、民治と改名した。

※3 安政元年(1854)3月27日の夜半、松蔭が下田停泊中の米艦に乗り込んだ事件。
   密航とされているが、私の研究では、ペリー刺殺が主目的であった。

・・・

【4月25日】 「学と云ふものは」

凡そ学問の道死して後已む。
若し未だ死せずして半途にして先づ廃すれば、前功皆棄つるものなり。
学と云ふものは進まざれば必ず退く。

故に日に進み、月に漸み、遂に死すとも悔ゆることなくして、始めて学と云ふべし。  

                 安政3年5月23日「講孟剳記」

【訳】

大体、学問というものは、死ぬまで継続すべきものである。
もしも、死んでもいないのに、途中でやめてしまえば、
それまでの努力して得たものは全て捨ててしまったことになる。

学問というものは、進まなければ、必ず後退するものである。
だから、日に進み、月に進み、その結果、死ぬとしても
後悔することがないようになってこそ、初めて学問ということができる。

・・・

【4月26日】 「一善を行へば」

一善を行へば一善己れに存す。
一益を得れば一益己れに存す。
一日を加ふれば一日の功あり。
一年を加ふれば一年の功あり。

人を教ふる者かくこそ言ふべし。  

        安政3年5月23日「講孟剳記」

【訳】

一つのよきことを行えば、その善は自分のものとなる。
一つの有益なものを得れば、それは自分のものとなる。
一日努力をすれば、一日の功績がある。
一年の努力をすれば、一年の功績がある。

人を教えるものは、このようにこそ(門人を)教え導くべきものである。

・・・

【4月27日】 「一世の風俗を以て」

平士の職は一身の脩治を本とし、一世の風俗を以て己が任となすべし。 
 
                 安政3年5月28日「講孟剳記」

【訳】

平士たるものは、自分一身を修めることを根本とし、
その時代の風俗をよきものとすることを、自分の任務と自覚すべきである。

 

※平士:一般の藩士で、役職に就いていない武士。

・・・

【4月28日】 「万事自ら」

文王を待ちて而る後に興る者は凡民なり。
夫の豪傑の士の若きは文王なしと雖も猶ほ興る。
凡民と豪傑の分を明かに知るべし。

豪傑とは万事自ら創して敢へて人の轍跡を践まぬことなり。  

            安政3年5月17日「講孟剳記」

【訳】

文王のような心のある立派な王の指導を受け、
その後で意気を奮い起こすようなものは凡民、一般の民衆である。

豪傑、つまり傑出した人物というものは、
文王の指導を受けなくても、みずからの力で興起するものである。

凡民と豪傑との違いをはっきりと知るべきである。
武勇にすぐれ肝っ玉のすわっている人は何事も自分で創意工夫するものであり、
決して他人の行った真似などはしないものである。

※文王:?~紀元前11世紀ごろ。 中国の周朝の始祖。

・・・

【4月29日】 『国の存するや自ら存するなり』

国の存するや自ら存するなり。
あに外に待つことあらんや。外に待つことなし。
あに外に制せらるることあらんや。外に制せらるることなし。
故に能く外を制す。


【訳】

国家というのは自ら存在するものである。
どうして外国の御機嫌などを窺う必要があろうか。必要はない。
また、どうして、外国の指導などを受ける必要があろうか。ありはしない。
そういう自立した国家であってこそ、初めて外国をおさえることができるのである。

・・・

【4月30日】 「徳を以て」

師弟朋友皆徳を以て交はる者なり。
挟む所あるべからず。 

       安政3年5月29日「講孟剳記」

【訳】

先生と弟子、友達同士、みなそれぞれ人徳をもって交際しているのである。
自分の身分や地位などを心にたのみ鼻にかけるべきではない。

            <感謝合掌 平成30年4月22日 頓首再拝>
4:伝統 :

2018/05/04 (Fri) 18:13:50


【 5月1日 】 「已(や)まざる所なし」

已(や)むべからざるに於て已(や)む者は、已(や)まざる所なし 

          安政3年5月29日「講孟剳記」

【訳】

人としてやめてはならいないことを平気でやめてしまうようなものは、
どんな大切なことでもやめないことはない。


・・・

【 5月2日 】 「畢竟一誠なり」

人(ひと)唯(た)だ一誠(いっせい)あり、
以て父に事(こと)ふれば孝、
君(きみ)に事ふれば忠(ちゅう)、
友(とも)に交(まじ)はれば信(しん)。
此の類(たぐい)千百、名(な)を異(い)にすれども、
畢竟一誠なり。 

                 安政3年5月29日「講孟剳記」

【訳】

人にはただ一つのまごころをもって、
父に仕えれば孝となり、
君主に仕えれば忠となり、
友と交際すれば信義となる。

このようなことは大変多く、名前は異なっているが、
つまるところはただ一つ、「まごころ」である。

・・・

【 5月3日 】 「乱とは」

明(みん)の葉向高(しょうきょうこう)曰く
「乱(らん)とは禍変の説に非ざるなり、
法紀凌(ほうきりょう)遅(ち)し人心囂競(ごうきょう)す。
即ち是れを乱と謂ふ」と。

                 安政2年「獄舎問答」        


【訳】

明の葉向高がいっている。

「(国家)が乱れるというのは、
災いとなるような騒動をいうのではない。

(国民に)法律など、規則を守る心が次第に衰退し、
人々が栄達のみを求めて、争い騒ぐ状態となること。これを乱という」と。

・・・

【 5月4日 】 「仁人は天下に敵なし」

仁人(じんじん)は天下に敵なし

                 安政3年6月4日「講孟剳記」

【訳】

慈愛の深い人には、この世に敵はいない。

・・・

【 5月5日 】 「大丈夫斯の世に生まれては」

大丈夫斯の世に生まれては、志を立つる事高大なるを貴ぶ。

       安政4年10月3日「実之(さねゆき)、字(あざな)は賓卿の説」

【訳】

立派な男児はこの世に生まれたからには、
志は高く、大きいことを重視するものである。

・・・

【 5月6日 】 「碩学鉅師あらば」

学政必ずしも改めず、
唯(た)だ碩学(せきがく)鉅師(きょし)あらば文興らざるを得ず、
材士良兵あらば武(ぶ)隆(さかん)ならざるを得ず。

                 安政2年7月「獄舎問答」 


【訳】

教育にかかわる行政を必ずしも改めることはない。
ただ、大学者や真摯に学問をしようとする先生がおれば、
学問というものは盛んにならないことはない。

また、才能があり、心ある武士がいれば、
武道が盛んにならないことはない。


・・・

【 5月7日 】 「君子道義の交わりは」

君子の交(まじわり)は淡くして水の如く、
小人の交(まじわり)濃(こ)くして醴(あまざけ)の如し。
その味も知るべし。

君子道義の交(まじわり)は、淡き故に久しうして変ぜず、
小人利欲の交(まじわり)は濃き故に久しからずして変ず。

                 安政3年5月29日「講孟剳記」


【訳】

心ある立派な人の交際と言うのは、さっぱりしていて水のようである。
つまらない人間のそれは、濃厚で、甘酒のようである。
これをもって、交際のあり方を知るべきである。

君子の、人としてのあるべき正しい道にかなった交際は、
さっぱりとしているが故に、長期にわたり変わることがない。

小人の利益や私欲を目的とした交際は、濃厚であるが故に、
却って長続きせず、すぐに変わってしまう。

・・・

【 5月8日 】 「進むこと鋭き者は」

其の進むこと鋭(するど)き者は、
其の退(しりぞ)くこと速(すみや)かなりと。

已(や)むべきに於いて却って已(や)めず、
薄くする所に於いて却って厚くする者、
一旦の奮激(ふんげき)にてすることにして、
真に誠より発し終始衰えざる者に非ず。

故に其の進鋭の時に方(あた)りては、
已(や)めざる者も厚き者も或は及ばざることあり。

而(しこう)して其の退くの速やかなる、
時去り勢い変じ、索然(さくぜん)跡(あと)なきに至る。

                 安政3年5月29日「講孟剳記」


【訳】

調子よく進む者は、退くことも早いという。

やめるべき時にやめず、適当でいい時に、かえって手厚くする者は、
一時的な感激で行っているだけである。

本当にまごころから行い、ずっと(そのきもちが)衰えない者ではない。

だから、その調子よく進めている時には、
やめない者も、手厚くする者も、
(心あるひとでも)とても及ばないように見える。

しかしながら、(そのような調子のいい人間は)退く素早さといえば、
時勢が去り、勢いが変われば、全く跡形もなくなるようなものだ。


・・・

【 5月9日 】 「豈に人に由らざらんや」

忠孝仁義の訓(おしえ)は経籍(けいせき)にあれども、
其の躬行(きゅうこう)心得(しんとく)に至りては
豈(あ)に人に由(よ)らざらんや。

                 安政3年6月4日「講孟剳記」


【訳】

忠孝仁義という教えは、儒学の経典にはあるが、
それをみずから実際に行い、心に刻むということは、
どうして人によらないことがあろうか。
ありはしない。


・・・

【 5月10日 】 「天下の理勢明白的切」

人の父を敬すれば、我が父を敬す。
人の兄を敬すれば、人我が兄を敬する。

天下の理勢(りせい)明白(めいはく)的切(てきせつ)、
斯くの如し。

                 安政3年6月4日「講孟剳記」

【訳】

人の父を敬えば、(その人は)私の父を敬ってくれる。
人の兄を敬えば、私の兄を敬ってくれる。

人の世のなりゆきというものは、明らかで疑う余地がなく、
全く人情と一致している。
まさにこのようなものである。

            <感謝合掌 平成30年5月4日 頓首再拝>
5:伝統 :

2018/05/13 (Sun) 17:31:17


【 5月11日 】 『大才能の人は』

君子の人を教うるは、人君の人を用うると異なることなし。
人を用うるの法、大才能の人は始めより大任重職を命ず。

而して其の人亦自ら奮励し、
大いに其の忠思をのぶること、猶ほ時雨の化するが如し。

若し大才能の人を瑣事賤役に役使すれば、其の人必ず厭怠して之が用たらず。
教えも亦然り。

                 安政3年5月29日「講孟剳記」

【訳】

心ある立派な人が人を教えるというのは、殿様が人を任用することとちがいはない。
人を任用する方法は、すばらしい才能を持っている人には、
最初から大きな任務や重要な職を命じる。

すると、その人は更に自分から発奮して、大いに忠なる思いを発揮するだろう。
それは、時雨が自然に天地の万物を生じ育てることと一緒である。

もしも、すばらしい才能を持った人をつまらない仕事や使役などに使えば、
その人は必ず嫌気を起し、役に立たなくなってしまう。
人に教えるということもまた同様である。

・・・

【 5月12日 】 「塾とは」

今の学ぶ所の※四書五経は、皆聖人の学なり。
然るに善の善に至らざるは、塾の一字を闕(か)くなり。

熟とは口にて読み、読みて熟せざれば心にて思いひ、思ひて熟せざれば行ふ。
行うて又思ひ、思ひて又読む。
誠に然らば善の善たること疑ひなし。 

             安政3年3月28日「講孟剳記」

【訳】

今人々が学んでいる四書五経は、孔子、孟子が説いた教えを記したものである。
それなのに、善の善たる境地に達することができないのは、
「熟」という一字を欠いているからである。

「熟」とは、口で読み、読んで熟さないなら、
思索、つまり、物事のすじみちを立てて深く心で考え、
思索しても熟さないならば行動する。

行動して、また、思索し、思索してまた読む。
本当にこのように努力すれば、「熟」して、
善の善なる境地に達することは、疑いないことである。

※四書とは、『論語』・『孟子』・『大学』・『中庸』。
五経は、『易経』・『詩経』・『書経』・『春秋』・『礼記』をいう。

・・・

【 5月13日 】 「心ならずの処に」

都(すべ)て人は心ならずの処に真情は発するものなり。
慎まざるべけんや。
是れを慎まんとならば、亦平素独りを慎み誠を積むにあるのみ。 

                 安政3年6月4日「講孟剳記」

【訳】

全て人というものは、思いがけないところで不用意に、
そのいつわりのない心(本心)を現するものである。

慎まなければならない。
慎もうとすれば、また、日頃、自分自身を慎み、
まごころを積み重ねていくだけである。

・・・

【 5月14日 】  仁とは人なり

5月14日 「仁とは人なり」

仁とは人なり。
人に非ざれば仁なし。
禽獣是れなり。

(中略)

世には人にして仁ならざる者多し。
又人を離れて仁を語る者最も多し。
今の読書人皆是れなり。 

              安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

仁とは、人が人である根本である。
人でなければ仁はない。
鳥や獣がこれである。

(中略)

世の中には、人であっても仁のないものが多い。
また、(自分のことを棚に上げて)仁を語るものが最も多い。
今の書を読む人はみんなそういう類である。

・・・

【 5月15日 】 唯(た)だ人の善のみを見る

余平素行篤敬ならず、言忠信ならずと云へども、
天性甚だ柔懦迂拙なるを以て、平生多く人と忤はず、

又人の悪を察すること能はず、唯だ人の善のみを見る。 

               安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

私は日頃、行いは忠実でも慎み深くもなく、言葉は誠実でも正直でもないが、
生まれつき、大変臆病で、世間の事情にうとく、愚かな性格なので、
普段は人と衝突しないようにしている。

また、人の悪い所を探し出すことができず、
ただ人のよき所だけを見るようにしている。

・・・

【 5月16日 】 政を為すの要は

政(まつりごと)を為(な)すの要(よう)は、
人々をして鼓舞(こぶ)作興(さっこう)して、
各々(おうおう)自(みずか)ら淬励(さいれい)せしむるにあり、

(中略)

而(しこう)して其の術(すべ)・賞罰の二柄(にへい)にあり。

                 安政2年6月朔日「福堂策」

【訳】

政治を行う上でのポイントは、
人々を激励してやる気にさせ、それぞれが自分から努力しよう
という気持ちにさせることである。

(中略)

そして、その方法は、褒めることと叱ることの2つである。

・・・

【 5月17日 】 倏忽の間なり

山径(さんけい)の蹊間(けいかん)は、
是を用ふれば其の路(みち)を成すこと倏忽(しゅつこつ)の間なり。
又用いざれば茅草生じて是を塞ぐこともまた少頃(しょうけい)の間なり。
人の心も亦然り。

               安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

山の中の小道は、毎日人が通れば道となることは瞬時のことである。
また、通らなければ、茅や草が生え、塞がってしまうことも暫時のことである。

心の雑草を取り続けなければ塞がってしまうことは、人の心も全く同じである。

・・・

【 5月18日 】 聖人の胸中は

聖人の胸中は常に多事にして楽しむ。
愚人の胸中は常に無事にして楽しまず。 

               安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

心ある立派な人の胸の内は、いつも仕事が多くて、それを楽しんでいる。
愚かな人の胸の内は、いつも仕事がなくて、楽しんでいない。

・・・

【 5月19日 】 徳に周き者は

利に周(あまね)き者は徒(いたずら)に凶年其の身を殺す能はざるのみならず、
又能く人を賑救(しんきゅう)して、あわせて死せざらむるに足る。

徳に周(あまね)き者は徒(いたずら)に邪世(じゃせい)其の心を乱す
能はざるのみならず、又能く人を薫化(くんか)して乱れざるしむるに足るなり。 

               安政3年6月4日「講孟剳記」

【訳】

利益を得ることに用意周到なものは、農作物の実りの悪い年にも、
むやみにその身を死なせないだけでなく、
多くの人々を救って、更に死なないようにさせることができる。

徳を修めることに用意周到なものは、
よこしまで悪いことが横行している時代であっても、
その正しい心を乱さないだけではなく、
更に、人々を教化して、乱れないようにさせることができる。

・・・

【 5月20日 】 今を論じ難ければ

古を執りて今を論じ難ければ皆空論なり。  

                安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

昔の事例をもって、今のことを論じることができないのであれば、
皆無益な議論である。

            <感謝合掌 平成30年5月13日 頓首再拝>
6:伝統 :

2018/05/24 (Thu) 19:14:26


【 5月21日 】 地を離れて人なく

地を離れて人なく、人を離れて事なし、
人事を論ずる者は地理より始むと。

                安政3年6月10日「講孟剳記」

【訳】

土地を離れて人というものはない。
人を離れて営為というものはない。

だから、人の営為(えいい)を論じる場合には、
その人の生まれ育った地理から始めるべきである。

・・・

【 5月22日 】  義侠世群に絶す

天下の士に貴(たっと)ぶところは、人の為めに糾紛を解くにあり。
而も肯(あ)へて取るあらず、義侠世群(ぎきょうせぐん)に絶す。  

                安政5年正月4日「新年三十短古」


【訳】

天下の士たるものが重んじるのは、
人のために(世の中の)乱れやもつれを解決することである。
しかも、そのために、名利などはけっして求めない。

このような義侠心、男だてこそ、
世に比較するものがないほどに優れたものである。

・・・

【 5月23日 】 欲の陥り易くして

凡そ欲の陥り易くして悔い難きものは、
多くの忽(ゆるが)せにする所にあり。  

                安政3年6月10日「講孟剳記」

【訳】

だいたい、欲望というものが陥りやすく、
後から振り返って、悔やんでも悔やみきれないのは、
(心を)いい加減にしているところがあるからである。

・・・

【 5月24日 】 我が道に従はせ難きは

彼れの道を改めて我が道に従はせ難きは、
猶ほ吾れの万々彼れの道に従ふべからざる如し。  

                安政3年6月10日「講孟剳記」

【訳】

人の生き方を改めさせて、自分の生き方に従わせるが難しいのは、
なお、私が決して人の生き方に従うことができないのと一緒である。

・・・

【 5月25日 】 帰らじと思ひさだめし旅なれば

帰らじと思ひさだめし旅なればひとしほぬるる※涙松かな。  

                安政6年5月25日「涙松集」


【訳】

もう帰っては来ないだろう、と覚悟を決めた旅であるので、
一層涙にぬれる、この涙松だなあ。


※江戸時代、萩往還は、この松並木から、左に折れており、
 萩城下が見える最後の場所であった。

 安政6年(1859)のこの日、松陰は萩を発ち、江戸へ護送された。
 その時、「涙松」で詠んだ歌である。

・・・

【 5月26日 】 国を憂ふるを以て自ら任ず

抑々(そもそも)余が如き、正直国を憂ふるを以て自ら任ず。  

                安政3年6月10日「講孟剳記」

【訳】

私は、衷心より、国家を憂えることを自分の責任としている。

・・・

【 5月27日 】 忠孝の本

「君父の恩情を体認する」は是れ忠孝の本(もと)なり。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

「君主や父親の御恩を、体験してしっかり会得すること」は、忠孝の基本である。

・・・

【 5月28日 】 士の妻室たる者は

「士の妻室たる者は、士常に朝に在りて内を知らず、故に夫に代りて家業を戒む。
豈(あ)に懦弱(だじゃく)を以てせんや」と云ふは、実に至言なり。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

「武士の妻たるものは、武士が常に城に詰めていて、
家のことをを知らないのであるから、夫になり代わって、
家のことを一切取り仕切るものである。

どうして、軟弱で意気地のない態度でよかろうか。いけない」
という教えは、実に適切な言葉である。

・・・

【 5月29日 】 深き者は

世人(せじん)の、事を論ずる、
浅き者は事の成敗を視、深き者は人の忠奸を視る。
かくの如きのみ。  

                安政3年「叢棘(そうきょく)随筆」

【訳】

世間一般の人があることを論ずる際、
心ない人は勝ち負け、つまり、結果を重視して見る。
心ある人は、まごころかよこしまな心かを重視する。
こんなものである。

・・・

【 5月30日 】 士道と云ふは 

士道と云ふは、無礼無法、粗暴狂悖(きょうはい)の偏武にても済まず、
記誦詞章、浮華文柔の偏文にても済まず、
真武真文を学び、身を修め心を正しうして、
国を治め天下を平かにすること、是れ士道なり。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

士道、武士として踏み行うべき道義というものは、
礼儀にはずれたり、道理に合わなかったり、荒々しく乱暴で、
道義に背いた非常識な言動をするような偏った武ではいけない。

また、そらんじるばかりで、これを理解することに努めず、
また実践しない学問や、上辺ばかり華やかで内容がない、
という偏った学問でもいけない。

真の武、真の学問を学び、身を修め、心を正しくして、国家を治め、
天下を平らかにすること、これが士道である。

・・・

【 5月31日 】 事に練れて過誤なきに若かん

翁曰く「事為さずして過誤を免かるるは、
何ぞ事に練れて過誤なきに若(し)かん」と。

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

中谷翁がいわれた。
「何事もしないで、過ちを免れるよりは、仕事に熟練して、
過ちを犯さないようにするにこしたことはない」と。

楽をして難を逃れるのではなく、事に精通し努力してこそ難なく過ごせる。
だから人は努力をしなさいということだろう。


中谷翁:中谷市左衛門
    天保年間、村田清風を助けて、長州藩の藩校改革に尽力した。

            <感謝合掌 平成30年5月24日 頓首再拝>
7:伝統 :

2018/06/02 (Sat) 19:18:12


【 6月1日 】 義より大なるはなし

士の道は義より大なるはなし。
義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。  

              安政2年3月「士規七則」

【訳】

武士の生きていく道は義、人として正しい生き方の他にはない。
それは勇気によって実行される。
また、勇気は正しい生き方のよって更に成長する。

・・・

【 6月2日 】 自ら励むことは中十年にある

大凡十歳前後より四十歳比迄(ころまで)、三十余年中(ちゅう)学問を勤む。
而して其の最も自ら励むことは中(ちゅう)十年にあるなり。  

              安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

だいたい、十歳前後から四十歳頃まで、三十余年間はずっと学問をするべきである。
そして、その中で、最も自分から精進すべきは中の十年間にある。

・・・

【 6月3日 】 傍人(ぼうじん)に礙(さわ)らず

傍人に礙らず、非礼を為さず、過言を出(いだ)さず。  

               安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

他人の妨げをしない、無礼なことをしない、(しゃべりすぎて)失言をしない。

・・・

【 6月4日 】 総べて酸辛(さんしん)

材を達し徳を成す総べて酸辛。  

               嘉永3年「先哲叢談前後編を読む」

【訳】

才能を伸ばし、人としての徳を身につけることは、辛く、苦しい。

・・・

【 6月5日 】 斯道(しどう)の塞がる所以

近時、風俗澆薄にして教化陵遅し、書を読む人は天下に満つれども、
道を求むる者は絶えてなくして僅かにあり。

而して其の自ら是(ぜ)とし自ら高ぶり、
先知は已(すで)に肯(あえ)へて後知(こうち)を覚(さと)さず、
後覚(こうかく)も亦肯へて先覚を師とせず。

是れ斯道の塞がる所以にして、志士の憂ふる所以なり。  

        安政2年9月18日「※太華山縣先生に与へて講孟剳記の評を乞ふ書」

【訳】

この頃は、風俗が軽薄になり、(後進を)教え導いて善に向かわせる、
という風潮が次第に衰えている。

本を読む人は多いけれども、人としての道を求めるものはおらず、
いたとしてもわずかでしかない。

そして、人々は自分の現状に満足し、尊大になり、
先知、つまり悟っている人は後知、まだ悟っていない人を指導しようとせず、
また、後知も先知を師としない。こ

れこそが、人の人たる道が行き詰まる理由であり、
心ある立派な人が憂えている理由である。

※山縣太華(やまがたたいか)。長州藩藩校明倫館の学頭。

・・・

【 6月6日 】 平生の言行各々其の遺命なり

明君賢将と暗君愚将とは平生に定まることなれば、
平生の言行各々其の遺命なり。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

立派な殿様、賢明な将軍であるか、
あるいは馬鹿な殿様、愚かな将軍であるか否かは、
日ごろの生活において決まることである。

つまり、日ごろの言葉や行いはそれぞれ(その人の)遺言、
臨終の時のいいつけと一緒である。

・・・

【 6月7日 】 蒼天に附す

身跡(しんせき)を将(も)つて蒼天(そうてん)に附す。  

               安政2年正月元日「乙卯稿(いつぽうこう)」

【訳】

我が身は全て天運にまかせる。(自分であれこれと画策しない。)

・・・

【 6月8日 】 細行(さいこう)を矜(つつし)まざれば

「行住坐臥、暫くも放心せば則ち必ず変に臨みて常を失ひ、
一生の恪勤(かっきん)、一事に於て闕滅(けつめつ)す。
変の至るや知るべからず」と云ふは、

細行を矜(つつし)まざれば、遂に大徳を累(わずら)はすと
云ふと同一種の語にして、最も謹厳なる語(ご)なり。  

                 安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

「普段の生活において、一瞬でも安心して、気を抜けば、
必ず非常事態に遭遇した時、平常心を失い、
生涯をかけて励み勉めてきたことも、一つのちょっとしたことで、
全てをなくし、失ってしまう。いつ変が起こるか、予測することは難しい」
ということは、些細なことにも心を尽くして対応しなければ、

ついに、(それまでの生涯をかけて築き上げてきた)大きな恩徳さえも
台無しにしてしまう、というのと同じ教えである。
最も慎み深くて厳格な言葉である。

・・・

【 6月9日 】 速久処仕(そくきゅうしょし)已(すで)に初めに決す

易に云ふ如く、「君子は幾を見て作(た)ち、日を終ることを待たず」
の理(ことわり)にて、道(みち)の否(ひたい)泰、時の可否は聖人一目瞭然にして、
速久処仕(そくきゅうしょし)已(すで)に初めに決す、亦明決(めいけつ)ならずや。  

                   安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

『易経』にいうように、
「心ある立派な人は、ことのきざしを見て、すぐに行動を起こし、
一日たりともぐずぐずしてがいない」。

この通りであり、聖人は、人としての道が正しくないか、正しいか、
また、時宜(じぎ)が適当であるか否かをすぐに見抜き、
その最初において、自分の進退を決めている。
まことにはっきりした決意ではないか。


・・・
【 6月10日 】 楽しむ所を楽しむ

徒(ともがら)(中略)曰く、
「遇不遇は天のみ、我れに於て何かあらん。我れは我が楽しむ所を楽しみ、
以て慊(あきた)らざることなかるべし。
況や人の共に其の楽しむ所を楽しむあるをや」と。 

            嘉永2年4月7日「児玉君管美島軍事を拝するを賀する序」

【訳】

仲間が(中略)いった。

「世に認められるか否かは全て天命である。私にとっては何の問題でもない。
私は自分の楽しいと思うところを楽しみ、それで十分満足である。
ましてや、他の人が一緒に私の楽しむものを楽しんでくれているのに」と。

            <感謝合掌 平成30年6月2日 頓首再拝>
8:伝統 :

2018/06/13 (Wed) 17:27:47


【 6月11日 】 武士道が闕(か)くる

武士たる者は只今にても君命あらんには、槍を提(ひっさ)げ馬に打乗り、
水火に駆け込むべき身分なれば、飲食男女の欲を縦(ほしいまま)にし、
疾病を生じ、懶惰(らんだ)に陥り、気根を弱くしては、武士道が闕くるなり。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

武士たるものは、今すぐにでも命令があれば、槍をひっさげ馬に乗り、
水や火の中に駆け込むべき身である。

だから、暴飲暴食をしたり、男女の欲望を貪(むさぼ)ったり、
病気になったり、ものぐさになったり、気力や根気を弱くしたりしては、
武士の道に欠けるというものである。

・・・

【 6月12日 】 慨然として

慨然(がいぜん)として国天下を以て自ら任ずべし。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

気力を奮い起こして、国家、天下の維持・発展を、
自分の責任として自覚しなさい。

・・・

【 6月13日 】 死して後已むの四字は 

死して後(のち)已(や)むの四字は言簡(げんかん)にして義(ぎ)広し。
堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、
是(こ)れを舎(お)きて術(すべ)なきなり。  

                  安政2年3月「士規七則」

【訳】

死而後已(ししてのちやむ)の四字は文字は簡潔であるが、
その意味する所は大変広い。

意志が強く、我慢強く、思い切りがよい。
また、しっかりしていて、容易に動かされない男子たるやめには、
これをおいて、他に手段はない。

・・・

【 6月14日 】 賢母あらば

賢母あらば賢子あり。  

              安政4年4月5日「※周布君の大孺人某氏八十寿の序」

【訳】

人として優れた母がいれば、人として優れた子供がいる。

※長州藩士 周布政之助公輔。松陰の同志だったが、後、離反。
 松陰刑死後、遺骸埋葬を助けた。

・・・

【 6月15日 】 文武は士の家業なれば

文武は士の家業なれば、是れを習練するは論を俟(ま)たず。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

学問をし、武芸を修めることは武士の生業(なりわい)である。
これを繰り返し学ぶことはいうまでもないことである。

・・・

【 6月16日 】 独り自ら志す所は

独り自ら志す所は皇国の大恩に報い、武門武士の職分を勤むるにあり。
此の志は死すと雖も吾れ敢へて変ぜす。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

一人で自分から志しているのは、国家の大きな御恩に報い、
武門にある武士としての当然の務めを行う、ということである。
この志は死んだとしても、強いて変えることはない。

・・・

【 6月17日 】 凡(およ)そ生を天地間に稟(う)くる者

凡そ生を天地間に稟くる者、貴(き)となく賤(せん)となく、
男となく女となく、一人の逸居(いっきょ)すべきなく、一人の教なかるべきなし。
然(しか)る後(のち)初めて古道に合ふと云ふべし。  

                安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

この世の中に人として生まれたものは、身分、性別にかかわらず、
一人として怠けて気ままにしているべきものはなく、
また、一人として教えないでいいというものはない。
こうして後、初めて昔からの正しい教えに及ぶというべきである。

・・・

【 6月18日 】 軽蔑する者は

貧賤を以て是れを軽蔑する者は、必ず富貴を以て是れに諂屈す。  

                安政3年6月10日「講孟剳記」

【訳】

貧乏や身分の低いことをもって、その人を軽蔑するようなものは、
必ず、お金持ちや地位の高いことをもって、その人に媚(こ)びへつらう。

・・・

【 6月19日 】 君子小人並びに服するの人①

君子に二等あり。高尚の士は固(もと)より流俗に同じうせず、
汀世(おせい)に合せず、こう々然として古人を以て師とす。
此の人の世に居る、俗人庸夫其の奇怪に駭き、口を交へて唾罵するは固よりなり。
而して独り有識の士のみ深く是れを推服す。

【訳】

心ある立派な人に二種類ある。
その一つは高尚の人、つまり、学問・言行などの程度が高く、
世俗を超越した気高い人物である。

このような人はくだらない世間に同調せず、濁世に合わせず、
志を大きくもって、昔の心ある人物を師としている。

このような人物がいると、俗人や凡庸な人物は、
その、常識では考えられない言動に驚き、
そろって非難することは、いうまでもない。

しかし、学問があり見識の高い人物のみは、このような人物を、
心から偉い人として推し、心服するのである。


・・・
【 6月20日 】 君子小人並びに服するの人② 

徳行の士は「居処恭しく事を執りて敬し、
人と忠なるは夷狄に之くと雖も棄つべからざるなり」<(論語)子路>

「言忠信、行篤敬ならば、蛮貊の邦と雖も行はれん」<(論語)衛霊公>の類にて、
斯くの如き者は君子小人並びに服するの人なり。  

               安政3年6月7日「講孟剳記」

【訳】

二つめは、徳行の人、つまり、道徳にかなった人物であり、
「日頃の生活態度はうやうやしく、仕事に際しては心をそのことに専らにし、
敬い謹んで、怠らず、ゆるがせにしない。

また、人と交際する時には忠誠を尽くして、斯き偽らない。

この三つは、夷狄のような、礼儀道徳の低い所へ行っても、
すてて、これを失ってはいけない」<(論語)子路>とか、

「言葉が誠実で正直であり、行いが人情に厚くつつしみ深ければ、
言行共に誠があるので、自然に人を感動させて、(中国はいうまでもな
く)どんな未開の土地に行っても行われることであろう」<(論語)衛霊公>
という類である。

このような人物に対しては、君子も小人もともに敬服するものである。

            <感謝合掌 平成30年6月13日 頓首再拝>
9:伝統 :

2018/06/22 (Fri) 17:38:00


【 6月21日 】  輟(や)めざるなり

一月(ひとつき)にして能(よ)くぜんずば、則ち両月にして之れを為さん。
両月にして能くせずんば、則ち百日にして之れを為さん。
之れを為して成らずんば輟(や)めざるなり。 

                  安政4年5月3日「諸生に示す」

【訳】

(一旦立てた志というもの)
1ヶ月でできなければ、2ヶ月かけても、これをなし遂げたい。
2ヶ月でもできなければ、百日かけてもこれをなし遂げたい。
いくらやってもできなければ、できるまで絶対にやめない。

・・・

【 6月22日 】 伐柯(ばっか)遠からず

伐柯(ばっか)遠からず。

                  安政四年閏五月「両秀録に跋(ばっ)す」

【訳】

手本とすることは眼前にある。
決して遠方まで探す必要はない。

・・・

【 6月23日 】 味ひあるかな

古人(こじん)言へるあり、「其の非(ひ)心を格(ただ)す」と。
味ひあるかな、味ひあるかな。  

                  安政4年6月6日「戯れに対策に擬す」

【訳】

昔の人が、「その人のよこしまな心を正す」といっている。
実に、味わいがある教えだなあ。

・・・

【 6月24日 】 風化を起こさんと欲す

今諸君と松下村の風化を起こさんと欲す。
宜しく此の語(ご)を以て令甲(れいこう)となすべし。
遺忘(いぼう)することなかれ。  

                  安政3年6月10日「講孟剳記」

【訳】

今、私は諸君と一緒に我が松下村を徳によって教化しようと思う。
であるから、この言葉をして、我々の掟の第一条としよう。
忘れてはいけない。

・・・

【 6月25日 】 君子は渇(かっ)すとも

君子は渇すとも※盗泉を飲まず、志士は窮すとも溝壑を忘れず。 

                  安政4年8月「※溝三郎の説」

【訳】

心ある立派な人は、どんなに困っても悪いことは行わない。
志のある武士は困難な状況に陥っても、正しい道を守るためには、
死んでも棺桶がなく、溝や谷間にそのまま
捨てられるくらいのことを覚悟するものである。

※1山東省泗水県にある泉。
  孔子は(盗泉という)悪い名前からその水を飲まなかったという。

  不義の意に用いる。

※2萩松本村の商家の子。高弟 吉田栄太郎稔麿が松陰に託した子。

・・・

【 6月26日 】 小成(しょうせい)に安んずることなかれ

老兄(ろうけい)の為す所学ぶ所、事々皆実なり、
但(た)だ軽用(けいよう)妄挙(ぼうきょ)して以て
小成に安んずることなかれ。 

                  安政4年6月27日「※福原清介に復す」

【訳】

(現在の)あなたの生き方、また、学んでおられることは、
全て道理に適ったものです。

しかし、簡単な気持ちで、道理にはずれた振る舞いをして、
ほどほどの人物になることで満足してはいけませんよ。

※長州藩士 福原周峰。名は公亮。松陰の友人。

・・・

【 6月27日 】 今人(こんじん)大眼目(だいがんもく)なし

今人大眼目なし、好んで瑣事末節を論ず。
此の弊読書人尤(もっと)も甚(はなはだ)し。(中略)
其の自ら行ふ所を見れば、辺幅(へんぷく)を修飾し、言語を珍重し、
小廉(しょうれん)曲謹(きょっきん)、郷里善人の名を貪(むさぼ)り、
権勢の門に伺候し、阿諛曲従(あゆきょくじゅう)至らざる所なし。
行々(こうこう)の色(いろ)著(あら)はれず、侃々(かんかん)の声聞えず、
忠ならず孝ならず、尤(もっと)も朋友に信ならず、
而して自ら居りて愧(は)づることを知らず。
是れを之れ務(つとめ)を知らずと謂ふ。

                   安政3年5月29日「講孟剳記」

【訳】

今の人は大きな見方ができず、つまらない、枝葉のことばかり論じている。
この欠点は読書をしている人に大変顕著である。(中略)

そのような人の行動を見れば、上辺を飾り、言葉づかいを重々しくしている。
また、さっぱりとして、欲がなく、細かいことも注意深く謹み、
ふるさとで立派な人と呼ばれたいと望み、権力のある家にはおべっかをつかい、
自分を曲げてでも追従している。

剛健な態度、剛直な見識はなく、忠孝を実践する様子もない。
友人に信義がなく、自分の行いを恥じることも知らない。

このような人を、人としてのなすべきことを知らない人という。

・・・

【 6月28日 】 苛数(かすう)を以て 

聖人固より苛数を以て人を責めざるなり。 

                   安政4年4月7日「※小田村士毅に与ふ」

【訳】

心ある立派な人は、罪を数えあげて、人を厳しく責めとがめることをしない。

※長州藩士 小田村伊之助。士毅は字。松陰の友人。後、松陰の妹 寿が嫁いだ。

・・・

【 6月29日 】 士此(しこ)の世に生まれては 

士此の世に生まれては、才の高下と学の深浅とに随ひて、
各々志す所なくんばあらず、但だ事変に遭逢(そうほう)して、
自ら暴棄(ぼうき)に安んずるは、是れ悲しむべきのみ。 

                   安政4年8月17日「※木原慎斎に与ふる書」

【訳】

侍たるもの、この世に生を受けたからには、
もって生まれた才能の高下、修めた学問の深浅に従って、
それぞれ志す所がなければいけない。

ただ、避けることのできない辛い状況に出会って、
自暴自棄になることは、実に悲しむべきことである。


・・・
【 6月30日 】 志士と云ふは

志士と云ふは即ち道に志すの士なり。  

                   安政3年8月以降「武教全書講録」

【訳】

志士というのは人として正しい生き方をしようとする人である。

            <感謝合掌 平成30年6月22日 頓首再拝>
10:伝統 :

2018/07/02 (Mon) 19:33:47


【 7月1日 】  利を争へば

利を争へば乱を長ずること、自然の勢なり。 

                安政5年正月6日「狂夫の言」

【訳】

利益を争えば、世の中の秩序の乱れを助長する。
それは自然の勢いである。

・・・

【 7月2日 】  天下の本は 

抑々(そもそも)天下の本は国と家に在り。 

                安政4年10月28日「※口羽徳祐に復する書」

【訳】

だいたい、一国の政治の基本は国家と家である。

※長州藩士。松陰は安政4年10月より文通を始め、意気投合した親友。

・・・

【 7月3日 】 憚(はばか)り多きことならずや

道(みち)は古聖賢大抵言ひ尽せり。
今の学者多くは其の書を観て口真似をなすのみ、
別に新見(しんけん)卓識(たくしき)古人に駕出(がしゅつ)するに非ず。

然(しか)れば師弟共に諸共聖賢の門人と云ふものなり。
同門人の中にて妄(みだ)りに師と云ひ弟子と云ふは、
第一古聖賢へ対して憚(はばか)り多きことならずや。 

                安政2年8月16日「講孟剳記」

【訳】

人としての道は昔の聖人や賢者が大抵いい尽くしている。
今の学者というもの、多くはその書を見て、口真似をしているだけである。
別に新しい発見や優れた見識が、昔の聖賢を凌いでいるわけではない。

とすれば、師も弟子も全て聖賢の門人というべきものである。
だから、同じ(聖賢の)門人の中で、むやみに師といい、弟子というのは、
昔の聖賢に対して、恐れ多いことではないか。

・・・

【 7月4日 】 己れを以て人を責むることなく

己れを以て人を責むることなく、一を以て百を廃することなく、
長を取りて短を捨て、心を察して跡を略(と)らば、
則ち天下いづくにか往くとして隣なからん。 

                   安政2年7月4日「※徳、字は有隣の説」

【訳】

自分の尺度のみで他人を批判しない。
一つの失敗だけで、その人の全てを駄目だといって見捨てない。
その人の長所を取り上げ、短所は見ないようにする。

心中を察して、結果を見ないようする。
このような気持ちで生きれば、どこへ行こうとも
人が集まってこないことがあろうか。ありはしない。

※富永有隣。徳は名。野山獄の同囚。出獄後、松下村熟で松陰を助けた。

・・・

【 7月5日 】  主一無適

主一無適は心学の常套(じょうとう)。 

               安政4年11月3日「※馬島甫仙に贈る」

【訳】

事とに当たってはその一事に精神を集中統一し、他に散らさない、
ということは朱子学の古くからの教えである。

※長州藩医の子 馬島光昭。松下村熟の門人

・・・

【 7月6日 】  ?生(そうせい)より起る

天下の英才を育するは必ず?生より起る。

               安政4年11月24日「※松浦無窮に与ふ」

【訳】

天下の優れた才能をもった人物は、必ず私のもとから育つ。(必ず私が育てる)

*長州藩本村の魚屋の子松浦無窮。松下村熟の門人。
 絵画に秀でていたといわれる。表紙の松蔭像は彼の手による。

・・・

【 7月7日 】 父母に順(じゅん)ならざれば 

父母(ふぼ)に順ならざれば、天下の快ありと雖も、亦何ぞ言ふに足らんや。 

                 安政4年11月24日「※松浦無窮に与ふ」

【訳】

父母に孝行を尽くさないのであれば、
いくら天下ですばらしいことを成し遂げたとしても、大したこととはいえない。

※長州藩松本村の魚屋の子 松浦松洞。松下村塾の門人。
 絵画に秀でていたといわれる。表紙の松蔭像は彼の手による。

・・・

【 7月8日 】 恬退緩静

古(いにしえ)より大業を成すの人、
恬退(ていたん)緩静(かんせい)ならざるはなし。 

                   安政3年4月7日「講孟剳記」

【訳】

昔より大きな仕事を成し遂げる人は、
おだやかで人と争わず、ゆったりとして物静かである。

・・・

【 7月9日 】 ここに処する

有志の士、力を致し心を竭(つき)し、当(まさ)にここに処することあるべし。
徒(いたず)らに自ら非蹙(ひしゅく)して已むべからず。 

                  安政4年12月7日「※小国剛蔵に復す」

【訳】

志をもっている武士は、全身全霊を尽くして、
今ある場所で、今なすべきことに全力を注がねばならない。
意味もなく、自分から勝手に悲観し、慎み、やめてはいけない。

※長州藩家老 益田氏の家臣。益田氏の郷学育英館教授。松陰の友人。

・・・

【 7月10日 】 守成は易きに似て 

創業は難きに似て易く、守成は易きに似て難し。 

                  嘉永4年6月「曹参論」

【訳】

事業を新しく始めることは難しいようで、実はやさしいことである。
創業の後をうけて、その成立した事業を固め守ることは簡単なようで、
実は難しいことである。

            <感謝合掌 平成30年7月2日 頓首再拝>
11:伝統 :

2018/07/12 (Thu) 19:39:58


【 7月11日 】 自ら戒めざるべけんや 

人を諌むる者安(いずく)んぞ自ら戒めざるべけんや。 

                安政4年6月8日「幽窓随筆」

【訳】

人を諌める人は、どうして常に自分を戒めなくていいだろうか。
戒めるべきである。

・・・

【 7月12日 】 士苟も正を得て斃る」 

 

士(し)苟(いやしく)も正(せい)を得て斃(たお)る、
何ぞ必ずしも明哲、身を保たん。 

                安政6年3月14日「自警の詩」

【訳】

武士たるものは、誠に正義のために命を懸け、身を捨てるのである。
どうして、うまく立ち回って身を守ることに価値などあろうか。
ありはしない。

・・・

【 7月13日 】 伊尹の志あれば 

孟子曾て言あり、※伊尹(いいん)の志あれば可(か)なりと。
一語(いちご)已(すで)に尽くせり。

伊尹の志は国家を憂ひ生民(せいみん)を憂ふるのみにて、一点の私心あるに非ず。 

                安政2年12月24日「講孟剳記」

【訳】

孟子にかつて、「伊尹の志あれば大丈夫だ」という言葉があった。
この一言に尽きている。

伊尹の志とは、国家を憂え、国民を憂えるだけであり、
一つとして私欲をはかる心はなかった。

※生没不詳。中国、夏末期から商(殷)初期にかけての政治家。名は摯。

・・・

【 7月14日 】 争臣七人あらば 

 

※趙弘智(中略)曰く、
「天子に争臣(そうしん)七人あらば、無道と雖も天下を失はず」」と。
是れ等の活眼、道学先生の夢想だに及ばざる所なり。 

               安政3年10月24日「幽窓随筆」

【訳】

趙弘智(ちょうこうち)が(中略)いった。
「遠慮せず自分の信ずるところを述べて、天子と論争する家来が七人あらば、
政治が一時的に道理にはずれた状態となっても、国家を失うようなことはない」と。

この、事物の道理をよく見通した眼識は、
道理にのみ偏して、世事にうとい頑固な学者など、夢にも思いつかない所である。

※生没不詳。中国、唐の学者。幼少より、孝行で有名だったという。

・・・

【 7月15日 】 躬化に如かず 

繁文縟礼(はんぶんじょくれい)は躬化(きゅうか)に如かず。
君(きみ)仁君(きみ)義なれば、仁義ならざるなし。 

                安政5年正月6日「狂夫の言」

【訳】

こまごまとしてわずらわしい規則や礼儀を作るよりは、
君子が自ら模範を示して国民を教化する方がまさっている。

殿様が心ある立派な人であれば、
仁義ある国家にならないわけはない。

・・・

【 7月16日 】 奢怠の原は 

文武の荒(こう)は奢怠(しゃたい)に如(し)くものなし。
奢怠の原(もと)は居所(きょしょ)に如くものなし。 

                安政5年正月6日「狂夫の言」

【訳】

文武の教えが荒廃する原因は、おごりや怠け心以上のものはない。
おごりや怠け心の原因は贅沢な邸宅以上のものはない。

・・・

【 7月17日 】 今の大臣は

今の大臣(だいじん)は
君(きみ)を厳(はばか)ることを知りて君に親しむことを知らず、
君を敬(けい)することを知りて君を愛することを知らず。 

                安政5年正月6日「狂夫の言(げん)」

【訳】

今の家老は、殿に対して、恐れ慎むことは知っているが、
心から親しく交わるということを知らない。
殿を敬うことは知っているが、心から愛するということを知らない。


・・・

【 7月18日 】 奇傑非常の士に交はる

大凡(おおよそ)士(し)君子(くんし)の事を成すは、
志気(しき)何如)いかん)に在(あ)るのみ。

志(こころざし)を立つるは奇傑(きけつ)非常(ひじょう)の士に交はるに在り、
気を養ふは名山大川(めいざんだいせん)を跋渉(ばっしょう)するに在り。  

                安政5年正月23日
                「※児玉士常の九国・四国に遊ぶを送る敍」

【訳】

だいたい、心ある立派な人が物事を行う時には、
意気込みがどのような状態にあるかだけである。

志を立てる方法は、特に優れた、会い難い人物に接することにある。
やる気を起こす方法は、有名な山や川などを巡り歩くことにある。

※長州藩士 児玉吉次郎。松陰の門人カ。

・・・

【 7月19日 】 天下の事は身家より始まる 

徒(いたず)らに憤(いきどお)るも益(えき)なし、
且(か)つ天下(てんか)の事(こと)は身家(しんか)より始まると。 

                安政5年正月吉日
                「※水戸斉昭卿の壁書(かべがき)に跋(ばっ)す」

【訳】

(天下国家を)意味もなく憤慨しても、何の意味もない。
天下のことは、自分一身、自分の家から始まるという。
(だから。まずは我が身を正しくし、家庭をととのえ、修めるべきである。)

※水戸藩主 徳川斉昭。

・・・

【 7月20日 】 人を以て 

山は樹(き)を以て茂(しげ)り、国は人を以て盛(さかん)なりと。 

                安政2年9月13日「※矢之介に復する書」

【訳】

山は樹木をもって青々と茂り、国家は人物をもって盛んとなる。

※長州藩士 佐世氏の家来、土屋矢之介簫海。松陰の友人、同志、生涯松陰を助けた。

            <感謝合掌 平成30年7月12日 頓首再拝>

  • 名前: E-mail(省略可):
  • 画像:

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.