伝統板・第二

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想念 ② - 夕刻版

2017/11/27 (Mon) 21:20:13

       *伝統板・第二「想念 ①」からの継続です。
         → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7314125


   《自分の念(こころ)は隠せない》

      *『 生長の家 』(昭和24年2月15日の法語)より

   あらゆる現象は
   自分自身の言葉の通りに現れたものである。

   諸君の健康も貧富も境遇も
   悉く 「 言葉 」 即ち 「 想念 」 の具象化である。

   だから 自分の内部にある心的状態を如何に隠して見た所が、
   自分の肉体の状態及び環境の状態は
   悉くその内部想念の表現であるから詐(いつわ)ることはできない。

   それは種子の中にある隠れたる花が、
   実際の花となって咲いたのと同じである。

   何の種子を蒔いたか
   花を見ればわかるように、

   その人の肉体及び環境の状態をみれば
   念(こころ)の種子が
   何であるかわかってしまうのである。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12954870.html

         <感謝合掌 平成29年11月27日 頓首再拝>

《人間の運命は想念のハンドルの把(にぎ)り方で極(き)まる》 - 伝統

2017/12/02 (Sat) 17:41:50


        *『 生長の家 』(昭和24年2月16日の法語)より

   宇宙には生み生みて止(や)まざる所の
   創造力が満ち満ちている。

   そしてその創造力の発現の中心となる 「 座 」 が
   無数にあるのであって、その中心が 「 個生命 」 である。

   「 自我 」 は 「 個生命 」 と云う磁場の中心にいて、
   心の法則によって、 「 想念 」 と云うハンドルを動かして
   自分の想念する所のすべてのものを造るのである。

   すべて力あるものの背後には
   「 目に見えざる形 」 ― 「 目に見えざる言葉 」 ―  
   「 想念 」 がある。

   すべてのものは想念によって形を定められるのであるから、
   想念を如何に動かすかが
   その人の運命を決定する。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12954985.html

         <感謝合掌 平成29年12月2日 頓首再拝>

《生命が波動して想念となる》 - 伝統

2017/12/06 (Wed) 18:13:12


       *『 生長の家 』(昭和24年2月12日の法語)より

   「生命」の波動を称して「想念」という。
   「想念」を単に「念(ねん)」とも云い、「こころ」と訓ずる。
   従って「心」と書くこともある。

   「生命」は目に見えざる無限の力の貯蔵所のようなものであって、
   その貯蔵所の門を開いて、
   その貯蔵されている力を
   導き出してくるのが想念の働きである。

   丁度それは火薬の中に秘められている力が、
   そのままでは何の力も現さないが、
   或る振動によってこれを爆発状態に導くと
   驚くべき力を発現するのと同じである。

   火薬の爆発力は 鉱山の掘鑿(くっさく)にも、
   又 大量殺人にも何れにも使うことが出来るのであって、
   その力そのものには善悪は無いのである。

   心の力もそれと同じことで、
   善に使うも悪に使うも自由である。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12928124.html

         <感謝合掌 平成29年12月6日 頓首再拝>

《想念の具象化に必要な意志の力》 - 伝統

2017/12/08 (Fri) 19:44:13


        *『 生長の家 』(昭和24年2月13日の法語)より

   「 個生命 」 は宇宙大生命がよってもって働く所の
   磁場(フィールド)のセンターの如きものであるから、
   無限の力をそこに呼び出して来ることができるのである。

   しかし、それは法則に従ってのみ
   よび出して来ることができるのである。

   「 自分 」 が 「 宇宙大生命の力 」 を 「 個生命 」 の点に於て、
   想念の力によって 「 心の法則 」 を利用して、
   欲する形 又は 方面によび出して来るのである。

   「 自分 」 というものが 「 個生命 」 という
   生命の磁場から力を引き出して来るのには、
   「 想念 」 を使うのであるが、

   「 想念 」 の具象化に必要なる一定の時間だけ
   一定想念を持続するのは、
   「 意志 」 の力である。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12932147.html

         <感謝合掌 平成29年12月8日 頓首再拝>

《微小体は最も想念に感応し易い》 - 伝統

2017/12/10 (Sun) 20:56:35


        *『 生長の家 』(昭和26年2月1日の法語)より

   人間が救いに到る道は無数である。
   しかしそれには近い道と遠い道とがある。

   一直線に到る道は 「 人間・神の子 」 と端的に覚えることである。

   反対の方向へ向っていてさえも、やがて真理に到達することが出来るのは、
   地球を東へ廻っていっても西へ廻って行ってもアメリカに到達することが
   出来るようなものである。

   物質科学を研究して研究し尽す時、
   ついに 「 物質は無である。それは想念の影である。」
   と云う真理に到達するのである。

   素粒子のような、微小体は 無の世界から想念によって作られるのであるから、
   「 中間子がある 」 と信じて実験していると 「 中間子 」 があらわれて来る。


    → http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/53bbf8899b4382abc6226239ee5105e4

         <感謝合掌 平成29年12月10日 頓首再拝>

悪人と病気とは結局、自分の想念の影にすぎない - 伝統

2017/12/22 (Fri) 18:45:37

《悪人も病気も自心の展開である》

          *『 生長の家 』(昭和25年12月6日の法語)より

   吾々に対して害を与えたる如く見える相手の外観を見て、
   相手の実相を判断してはならない。

   吾々は常に外観を超えて実相円満の相(すがた)を
   見なければならないのである。

   それは病気に対しても同じことである。

   吾々に害を与える悪人も決して存在しないと同じように、
   病気も亦存在しないのである。

   悪人と病気とは結局、自分の想念の影にすぎないのである。

   悪人も肉眼に見え、病気も肉眼に見えるけれども、
   それは唯(ただ)、自分の心の具象化として、
   映画の如くあらわれて見えるに過ぎないのである。

   吾々が想念のフィルムを変化すれば、
   病人は健康となり、悪人は善人に変るのである。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12283933.html

            <感謝合掌 平成29年12月22日 頓首再拝>

《先ず想いを変えよ》 - 伝統

2018/01/04 (Thu) 16:54:21


        *「光明法語」(1月4日)より

自己の環境も肉体も自己の念(おもい)の反映であるから、
思いを変えれば環境も肉体も変わるのである。
不幸を思えば不幸が来(きた)るのである。

若(も)し自分に危険が迫って来るとするならば、
それは如何に外から迫って来るかのように見えようとも、
それは自己の心のうちに生じたものであることを知らねばならぬ。

危険を予感するものには危険が来るのである。

自己の運命は自己が作者であり、自己が完成者である。
不幸から自己を護るのは、自分の心のうちに不幸を予感することを
止(や)めることから始めねばならないのである。

            <感謝合掌 平成30年1月4日 頓首再拝>

感情想念を明るく - 伝統

2018/01/10 (Wed) 19:46:46

《あなたの運命を好転する根本問題》~感情想念を明るく

           *『白鳩』(昭和42年12月9日の法語)より

   自分の〃人間〃の看板を取りかえるには、
   表情明るくすることが必要なのである。

   表情の暗いのは看板が悪いのである。
   表情を取り換えて明るいものにするには、
   表情という文字のあらわす通りに、

   表情は、自分の感情想念の表現であるから、
   自分の感情想念を明るくしなければならないのである。

   自分の運命の儚きをクヨクヨ暗く思い煩うことをやめさない。
   思い煩うほどあなたの表情は悪くなるばかりである。

   自分の運命を‘はかない’と思うから
   自分の運命が‘はかなく’なるのである。

   あなたは〃思うこと〃が自分の運命をつくるのだという
   〃心の創化作用の法則〃〈略して〃心の法則〃ともいう〉を
   知らなければならない。

   「自分の運命は屹度好いのだ」こういう考えに、
   あなたの感情想念を一転しなさい。
   其処から、あなたの運命は好転しはじめるのである。


    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=782

            <感謝合掌 平成30年1月10日 頓首再拝>

《明るい想念》 - 伝統

2018/04/16 (Mon) 19:16:43


      *『生活の智慧365章』(第1部生命の泉)第1篇(P16) より

吾々人間は”神の子”であり、自由意志を与えられており、
自己の運命を如何に決定するか固有選択の権利と、
その選択したものを実現するための道具とを与えられているのである。
  
その道具というものはほかでもない、自己の「想念」と「言葉」とである。

吾々は積極的な建設的な明るい想念と言葉と行動とによって
幸福な運命を良き運命をつくり出し、

消極的な破壊的な暗い想念と言葉と行動とによって
不吉な悪しき運命をつくり出すのである。


吾々がよき想念をつくり出そうと思うならば、
現実の不幸や病気などに心を振り向けていてはならないのである。

先ず神の方へ心を振り向け、神のもちたまえる凡(あら)ゆる善き性質を
思い浮かべ、それを讃嘆し、それに感謝する想念を起こすようにするがよいのである。

            <感謝合掌 平成30年4月16日 頓首再拝>

原因(想念)が変われば結果(運命)は異なる - 伝統

2018/04/24 (Tue) 18:18:33


        *「希望を叶える365章」(P92)より

人間は霊的存在であり、「霊」なる本体より発する想念の波を
自分の肉体及び身辺に具体化することによって、
自分の運命を決定するのである。

自己を単なる唯物論的存在だと考える限りに於いて、その人は、
唯物論的束縛 ―― 自己を物質としての限界を超えることのできない束縛
―― によって縛られることになるのである。


想念は一種の動力であり、想念するところの心象(かたち)を具体化する
ために必要な要素を引き寄せ、それを具体化して自己の運命を決定する
のである。

想念は原因であり、運命は結果である。
自分の想念が変化しない限り、自分の肉体及び身辺に生起(せいえき)
する事件は、類似のもののみが現れて来て、
一向変化することはないのである。

今、諸君の身辺に現れる環境状態が、自分にとって不適当であるならば、
自分自身の想念を変化するがよいのである。

原因が変われば結果が異なるのである。

            <感謝合掌 平成30年4月24日 頓首再拝>

正しき想念と正しき言葉が幸福を現象化する - 伝統

2018/05/16 (Wed) 18:09:45


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月16日)」より

宇宙にあるあらゆる理念のうち全包容的最高理念が人間である。
だから人間は万物を従わせ、万物を生かし、
万物をその使命のところに配置する権能を有するのである。

人間が人間としての価値と存在の意義は、自己選択をなしうるということにあるのである。
万物を従わせるとは、自己選択をなしうることである。
曰く、想念の自由、感情の自由、意志の自由、言葉の自由、行動の自由ということである。

毎日、毎時、毎分、毎秒、毎瞬、われわれは何を想うか、いかなる感情を起こすか、
何を意志するか、何を言論するか、何を行動するかの自由を持っているのである。
その自由のゆえにこそ人間の尊厳が存在するのである。

かくのごとき自由は機械にはもちろん、単なる動物にすら存在しないところのものである

しからば諸君はまず何を想念すべきであろうか。
悪を想念するならば、悪は現象し来たるであろう。
善を想念するならば、善は現象し来たるであろう。

病気を想念するならば、病気は現象し来たるであろう。
戦争や敵意を想念するならば戦争や敵意は現象し来たるであろう。
平和のみ善意のみ想念するならば平和のみ善意のみが現象し来たるであろう。

釈尊は人生のもろもろの苦しみを解脱する八つの道を八聖道として教えたのであるが、
その最初に置いたのは正見(しょうけん)と正思惟(しょうしい)とであった。
正見とは正しき見解―正しき世界観の確立である。

この世界は有情非情同時成道・山川草木国土悉皆成仏の世界であり、
すべて仏心の展開せる世界であって悪は存在しないとの正しき見解の確立である。
すべての人間はすでに成れる仏であって完全なる自由を有するとの正しき人間観の確立である。

かくて正しき世界観人生観立ってのち、われらは想念の自由によって
正しくその真理を思惟しなければならない。
またわれらは言葉の自由によって正しくその真理を表現しなければならない。

もしわれらが正しき世界観、人生観に到着していようとも、
正しく想念せず、正しく善き言葉のみを発しないときには、われらの人生は不幸にみちたもの
となり、われらの住む世界は悲惨憂苦みち満ちたものとなるほかはないのである。

われらの人生が幸福なものとなるか、不幸なものとなるかは、
われらの想念と言葉が何を表現するかによって定(き)まるのである。

人類の霊魂なお稚くして何を想念すべきか、何を言葉に表現すべきかを知らず、
いたずらに敵意ある世界を心に描き、(正見の反対の邪見である)互いに悪想念と悪感情とを
そそり、言葉に敵意を表現するをもって足れりとなす。

その行くところや悲惨なる末路なるべきは、およそ「心の法則」によって、
然らざるをえないのである。

人間の霊魂よ進歩せよ。高級の霊魂は今後の世界の推移をいかに見るか。
われらはここに人生の深き指針として本全集『生命の實相』第九巻・第十巻「霊界篇」を
世に送り、魂の向上の必須要件を説くとともに、今後の世界の推移を示す指標とするものである。

            <感謝合掌 平成30年5月16日 頓首再拝>

想念の法則によって、健康も幸福も築いている - 伝統

2018/05/31 (Thu) 18:57:32


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月31日)」より

心の法則にせよ、物質の法則にせよ、
いずれも反対の方向に働くことができるのである。

同一の力が自動車を前方にも後方にも動かす。
磁気の陽極は惹き、陰極は反撥する。

ある種の想念と感情は建設的創造的であって、友そのほか助けとなる力を呼ぶ。
これとは全然反対の効果を生ずる想念および感情もある。

それは誤解と争いと悪意とを創る。
この種の想念感情を消極的であると言うのである。
破壊的沈滞的で個人の進歩を妨げるからである。

実際失敗する人は、好ましくない状態を作り出す方向に
心の法則を働かしているのである。

次に述べる箴言はメンタル・サイエンスの箴言であって
算術の法則と同じに信頼のできる基本的な法則であり、
さっそくあなた自身にも適用されるものなのである。

すなわち「今日貴下(きか)の生活の中にある好ましくないもの、
貴下の健康・幸福・成功を妨ぐるものは、
その好ましいものと同様に、あなた自身が心の法則に
働かしめてみずからそれをもたらしたからそこに存るのだ」ということである。

些細な事件、不慮の出来事、損失または利得、結婚したり離婚したり、
その他人生に起こるすべてのことの背後にはある見えざる力があり、
その見えざる力が具象化しつつあるのである。

その見えざる力は実は自分自身が起こした想念の力なのである。

諸君は想念の法則によって動いている宇宙に住んでいて、そこで想念の法則が、
あたかも物理的法則が星の運行を支配するがごとく、
諸君の運命の運行を支配しているのである。

「想念の法則」とは「因果の法則」ともいい、
現在意識すなわち自覚ある心の思想、感情、希望に常に応えてくれる宇宙普遍の心、
阿頼耶識の働きを言うのである。

これは神の働きまたは「真如縁起」ではない。
阿頼耶識の働きである。
次に主観心の説明を試みる。


阿頼耶識は心理学上の潜在意識にほぼ一致するものであるが、
もっと広義に用いられる。

夢の状態で活動する心、習慣の背後にある心、タイピストや音楽家の指に
眼があるかのごとく働くその指を通して働く心である。

それはわれらの生命(せいめい)の内部にあって
われわれの身体を母胎にいる間から創造した心である。
そして今もその心は再創造を続けているのである。

阿頼耶識が浄化されてアンマラ識となるとき真如実相の智慧に近づくのである。
それが真如実相の智慧に近づくにしたがい、肉体を創造する力は完全となるのである。

われらの肉体細胞は日々死んでいるのであって、新しい細胞と組織とを創造し、
生活過程で消耗したものと取り換えつつあるのであって、
その再創造が、浄化された阿頼耶識によって導かれるとき、
肉体の再創造は完全となり、健康なる肉体が創造せられる。

これに反して阿頼耶識が浄化されないとき
肉体の再創造は不完全となり病気となるのである。

            <感謝合掌 平成30年5月31日 頓首再拝>

人間は放送局であると同時に受信セットである - 伝統

2018/06/02 (Sat) 19:21:59


    *『光明法語』(六月の法語「天国は汝の内にあり」6月2日)より

一人一人の人間は各々放送局であると同時に受信セットであるとも言い得る。
各々の放送局である個人は、或は悲しみの念波を放送し、或は怒りの念波を、
或は憂いの念波を放送している。

二十二億の『人間放送局』から別々に放送されるこれらの想念・感情の波は、
類似の波長を起こす受信機(人間)の所に群り集まって
想念の集団をなして具象化するのである。

だから自分が起こした悲しみの波のみが自分の身辺に具象化するだけではなく、
悲しみの念波を起こせば自分以外の悲しみの波も集まって来て具象化する。

        <感謝合掌 平成30年6月2日 頓首再拝>

《想念と運命との関係》 - 伝統

2018/06/20 (Wed) 18:28:52


        *『人生の秘訣365章』第5篇(P118) より

「私は貧乏だ」と思っている人に金持はなく、
「私は不健康だ」と思っている人に健康人はないのである。

あなた自身はあなたの想念の具象化したものなのである。

もっとも、「心」には、表面にある“現在意識”と、
隠れたる底にある“潜在意識”とがあって、
現在意識では「金持だ」と無理に思っていても、
潜在意識では、「貧乏だ」と云う想いが脱け切らない場合もある。

そんな場合には表面の心で、「自分は金持だ」と思っていても、
まだ現象的には貧乏であり得る。

では、潜在意識にある「想念」を改造するにはどうしたら好いだろうかと云うと、
それには潜在意識の特質を利用するが好いのである。

潜在意識は、外から暗示として入ってくる心的刺激を受け容れて、
素直に刺激された通りの「想念」をテープ・レコーダーのように
それを印象して保存している特質がある。

だから潜在意識を改造しようと思ったならば、
外から来る暗示に対して無防禦(むぼうぎょ)であってはならないのである。

        <感謝合掌 平成30年6月20日 頓首再拝>

運命を好転しようと思うならば「想念」を変えよ - 伝統

2018/06/24 (Sun) 19:15:02


         *『人生の秘訣365章』第5篇(P121) より

《既に受けたりと信じて感謝しなさい》

吾々の自主的精神はこのように外来の暗示には断じて屈従しない
と決意すれば屈従しないでいられるものなのである。
そこに人間が「神の子」としての自主的権威があるのである。

みずから発意し、選択した「想念」と、それと類似の波長を有する想念のみが、
あなたの境遇となり、運命となってあらわれる。

運命を好転しようと思うならば「想念」を変えよ。

あなたの魂の底の底なる願いが何であるかを、よく見届けて、
それが既に「實相」の世界に於いて実現しているのだと信じ、
それが既に実現せる有様を「想念」にハッキリと描いて、

「神よ、あなたが、それを実現し給いし事を感謝いたします」

と心に唱えて神に感謝するがよいのである。

感謝は「既に受けた」と云う念を一層ハッキリ心に描くことになる。

        <感謝合掌 平成30年6月24日 頓首再拝>

《事件は事件でなく「想念」そのものである》 - 伝統

2018/07/03 (Tue) 19:54:49


       *『人生の秘訣365章』第5篇(P122~123) より

心は常に積極的に、そして明るく建設的に、有(も)つべきものである。

若しあなたの想念が、消極的に陰気くさく破壊的な方向に
偏向(かたむ)いているならば、あなたの計画や行動は、
自然に破壊的な、消極的な、不建設的な傾向をもって来(く)るから、
する事なす事、何事も失敗に終ると云うことになり勝(かち)である。

だから破壊的な感情や、腹立っているときに、手紙を書いたり、人に面会したり、
物事を計画したりすると、とんでもない不結果を招くことになり勝である。

あなたの身辺に起る「具体的な事件」は、あなたの「想念」の結晶である。

「事件」は実は事件ではなく、「想念」そのものなのである。
あなたの「想うところのもの」があなたの「事件」である。

しかし劣等感を潜在意識の底にもっている限り、
その人の想うところの「想念」は劣等な、自己萎縮的なものとなり、
あなたの運命も優れたるものとは成り得ないのである。

        <感謝合掌 平成30年7月3日 頓首再拝>

境遇はあなたの想念が外界に具体化したもの - 伝統

2018/07/08 (Sun) 18:51:48


       *『人生の秘訣365章』第5篇(P123) より

《境遇は“鉄の鎖”ではない》

劣等感だと自覚していないで人類の大多数がもっている劣等感は
「人間は境遇によって支配される」と云う考えである。

誰でも持っていがちなこの考えは、
「人間は境遇の奴隷だ」と云う意味をもつ奴隷的な劣等感である。

「境遇がよくならなければ、どうにもならない」と考える人にとっては、
境遇はその人を縛っている鉄の鎖であり、
いつまでもその人は縛られていて、悪い境遇から脱することはできない。

境遇の鎖に縛られる心を捨てよ。
その瞬間からあなたは自主的な人間に一変する。

自己を境遇の前に屈従させてはならない。
「境遇が人間を支配する」と云う考えから
「人間が境遇をつくる」と云う考えに転向しなければならない。

境遇と云う具体的な状態は、
実はあなたの想念が外界に具体化したものに過ぎない。

        <感謝合掌 平成30年7月8日 頓首再拝>

吾々の想念は全宇宙に伝わる - 伝統

2018/07/12 (Thu) 19:48:27


        *「光明法語」(7月12日 宇宙は一つの生命体である。)

運動と云うものは「動くもの」とそれがその中で動くところの「媒質」とによって
可能となるのである。例えば魚は水中で動き、鳥は空中で動き、
ラジオの波は空間のエーテルを媒質として動く。

では吾々の想念は何を媒質として動くのであろうか。
吾々の想念は、「宇宙に満つる想念の普遍的波」の中で動くのである。
吾々の想念が全宇宙に伝わらないと云うことはあり得ないのである。

ただ、吾等はそれを自覚することが出来ないに過ぎない。
吾々の想念が或る処へ伝達して無限供給が出て来る原理は其処にある。

        <感謝合掌 平成30年7月12日 頓首再拝>

《あなたの運命の作り手は? 》 - 伝統

2018/07/17 (Tue) 19:10:27


       *『人生の秘訣365章』第6篇(P141~142) より

ヘンリー・フォード第一世は

「吾々が何かを心に描いて思うならば、その想念が
小さな霊体(little enetity)となって、心に描いた状態を
《形の世界》に持ち来すためのメッセンジャー(使者<つかい>)となって往き、
それを実現するための要素を吾々のところへ持って来てくれるのである」

という意味のことをいっているのである。

実際、吾々は、間断なく、自分の「想念の霊体」を
使いとして至る所に派遣しつつあるのである。

そして、或る人は

「自分の人生の行路はどうしてこんなに嶮しいのであろうか」

と嘆くのであるし、

また別の或る人は

「自分の人生の行路はどうしてこんなに《なだらか》であり、
幸福に満たされているのであろうか」

と常に感謝しているのである。


そのようにその人の人生が苛辣であったり、幸福であったりするのは、
決してその人の宿命ではないのであり、自分自身が毎時々刻々常に間断なく
心に何かを想っている其の「想念の使者(ししゃ)」が所要の要素をあつめて来て、
想った通りの運命を自分自身につくり上げてくれつつあるからである。

だからあなたの運命についての責任は「宿命」というものにあるのではなく、
あなたがどんな「想念の使者(ししゃ)」を選んだかに責任があるのである。

        <感謝合掌 平成30年7月17日 頓首再拝>

《明るい「想念の使者」を送りましょう》 - 伝統

2018/07/20 (Fri) 19:14:25


       *『人生の秘訣365章』第6篇(P142~143) より

どんな種類の「想念」を使者として送ろうか。
これがあなたの人生を左右する根本となるものなのである。

その「想念の使者」の選び方で、
或る使者は、嶮しい道を、なだらかな道にしてくれるし、
或る「想念の使者」は折角平坦な道に、障壁や妨礙を築いてくれるのである。

そんなに「想念の使者」というものは有力なものであるから、
あなたは余程、毎日毎時何を想うかに注意しなければならないのである。

苟(いやし)くも、不幸が来るとか、病気になるとか、不景気に襲われるとか
思ってはならないのである。

どんなに現在悪いように見えても、

「これは善いことが来る前兆である。
一番暗い丑満時は黎明のはじまりである。
今私の明るい“想念の使者”が今自分に幸福と繁栄とを
作り出して持って来てくれつつあるのである」

と念じて、暗い想念を打ち消して
明るい「想念の使者」を宇宙に送り出すようにしなければならない。

        <感謝合掌 平成30年7月20日 頓首再拝>

微生物・病菌への想念の影響 - 伝統

2018/08/16 (Thu) 20:53:27


        *「光明法語」(8月15日~16日)より

微生物と念の感応

近頃、柴田酵素や渡辺酵素で肥料を速成して、
その施肥効果により二倍増産三倍増産を得る事が可能であると説くものがある。

実際試みて何等効果がなかったと言うものもあり、効果著しかりしと言うものあり、
批評まちまちであって一定の結果を得ない。

農事試験場では実際上効果なしとして一旦否定したるも、
此の種民間の評判高き故、もう一度実験して見ると云うことである。

酵素は微生物の生産物である。
微生物は人間の念に感応し易い。

念によって効果を異(こと)にするは当然である。

・・・

斯く心は病菌に作用す

嘗て、千葉大医科と、慶応大医科とで、チフス菌は鼠の腸内にて殺菌消化されて
形を止めなくなると言い、一方は然らずと言い、両大学にて各々実験を行い、
両方とも自己の主張する通りの実験の結果を得、孰(いず)れにも勝敗決せずして
物別れになった事があった。

同一程度の重症の結核患者で、一方は暗く悲哀と絶望の精神をもち、
他方は明るく楽天的なる精神をもったとせよ。

明るき楽天的なる精神の者は快方に向かい、
悲哀と絶望に沈みたる者の結核菌は益々繁殖して病は増悪する。

        <感謝合掌 平成30年8月16日 頓首再拝>

常によき念を送る - 伝統

2018/09/10 (Mon) 19:41:20


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月10日)より

「神の無限の愛われに流れ入り給いて、愛の霊光燦然として輝き給い、
すべての不安、恐怖、憂鬱を雲のごとく散らしめたまうのである。」

常に暇あればかく念じて自分自身の心の中に神の愛をもって満たせ、
もしあなたがたれかに貸し金があったり、店子が家賃を払ってくれなかったり、
商品の決済をしてくれなかったりしたとて、その債務者が不正直で悪意があるとか、
払わぬつもりでいるとか考えてはならないのである。

もしそんな想念を起こしたならば相手はますます不正直になり、誠意がなくなり、
払わぬつもりになるばかりである。

自分に債務のある者を常に善意をもって扱い、善念を送り、愛念を送り、
無限供給の念を送ればその債務は速やかに払われる。

             <感謝合掌 平成30年9月10日 頓首再拝>

《“必ず好くなる”と信ずれば好くなる》 - 伝統

2018/09/25 (Tue) 19:35:53


         *『人生の秘訣365章』第6篇(P143~144) より

第一次世界大戦の船成金として当時の千万円を儲けた山下市助氏が
大正9年のパニック(恐慌)のときに、あらゆる物価や株式等の低落から、
数百万円(現在の紙幣価値に換算すると数千億円にも当る)の借金ができたときに
氏は或る金光教の先生に相談に往ったなら、
その先生は「借金なら払ったらよい」と事もなげに淡々として言われたのであった。

山下さんが「払える位なら相談にまいりません。払えないからこそ相談に来たのです」

というと、その宗教の先生が

「お前には払えないかも知れないが神なら払える。
今日(きょう)からお前の商売をしないで、神さまの商売をしろ、
お前はその神様の番頭になれ、そして神さまの指図通りに動くのだ。

毎朝仕事に出掛けるときに、神棚の前で、

“神様今日(きょう)からあなたの仕事をさせて頂きます。
今日(きょう)いちにち神様の御指図でお導き下さい”

とお祈りして出掛けて、
神様の仕事だからよくなるより仕方がないと信じて、
導かれるままに行動しなさい。

そして夕方帰って来たときまた神棚の前で
“神様、今日一日あなた様のお仕事をさせて頂きましたことを感謝いたします”
とお礼をいってから眠るのです」

と教えてくれたという話が『生命の實相』の中に書かれているが、
その通り実践することによって山下一助氏はその借金を完済して尚、
当時の金で35万円残ったというのである。

それは何故(なぜ)であるか。

それは山下市助氏のこれまでの想念が一変して、
「自分の仕事は神さまがやらしている仕事であるから必ず好いことが来る」
という想念に転じたからである。

やはり信ずる通りになる世界であり、「想念の使者」が変ったからである。

             <感謝合掌 平成30年9月25日 頓首再拝>

想念感情は同類相(あい)引く - 伝統

2018/09/26 (Wed) 17:18:19


    *「光明法語」(9月26日)より

大生命は流れるが、どんな形に流れさせるか。
大生命は創造するが、どんな形を創造させるかその形を決定し、
創造されるものの姿を決定するのは、自分の感情であり、想念である。

それは類似の波長は共鳴し、相牽(あいひ)くと云う法則に随って、
明るき感情は明るき想念を呼び出し、明るきものを創造せしめる。

暗き感情は暗き想念を呼び迎え、暗きものを創造せしめる。

一瞬時と雖も暗き感情をもつ事は罪悪である。
罪悪とは本来の明るい姿をツツム事である。

           <感謝合掌 平成30年9月26日 頓首再拝>

自力の思念伝達法 - 伝統

2018/10/16 (Tue) 17:08:46


          *「光明法語(10月16日)」より

自己の思念力を念送して相手の悩みを癒やす方法は、電波の波及と同様の原理を、
電波よりも尚一層精妙なる霊的波動にあてはめたものである。

その方法は、自己の送ろうとする思念又は想念を、心の中で繰返し繰返し、
余念なく、他念なく強烈に繰返す事によって成立っている。
時には十数分間、時には十数時間も強烈に同一想念を繰返すのである。

そして、それは相手に於いて効果を顕す事があるが、
その時には思念者は精力を消耗してフラフラになっている事が多い。

           <感謝合掌 平成30年10月16日 頓首再拝>

精神の感応 - 伝統

2018/10/18 (Thu) 18:22:14


          *「光明法語(10月17日~18日)」より          

《クーエの自己暗示法》

クーエの自己暗示法は「自分はこれから毎日あらゆる点で一層よくなる」と云う
同一思念を20回繰返す事によって成り立っている。

併しこれは念力波及の方法ではなく、ただの言葉で、その想念を潜在意識につぎ込めば、
潜在意識が絶大なる力でその言葉の通りを成し給うと云う信念に基いている。
これは精力を消耗し尽す事はない。

クーエも他に念力を送る場合もある。
子供をよくしたいと思う時、欲する内容の言葉を眠れる子供から1米(メートル)
離れて繰返し唱えれば好結果を得ると主張したのである。

・・・

《精神は互いに感応する》

眠っている子供の枕元で数学の公式を幾度も唱えて聞かせて、
覚めてからその数学の公式を思い出させると完全に暗誦し得たと云う実例もある。

リーテル・ブルバンクは自分の妹に会いたいと思うとき手紙を書かないで、
思念で「今日はお前に会いたいんだが」と念じたら必ずその次の列車で
その妹はブルバンクのところへやって来たと伝えられている。

夫婦の思いが互いに感応した実例は沢山ある。
妻があやまる気になったとき、夫が妻に済まぬと思うようになった例も多い。

           <感謝合掌 平成30年10月18日 頓首再拝>

病気の形を思い浮かべるな - 伝統

2018/11/04 (Sun) 19:56:02


       *「光明法語」(11月4日の法語)より

ヘンリー・ヴィクトリー・モルガン氏が指摘したように、或る夫人は自分の少数の
白髪(しらが)が出来かかったのを「白髪は無くなる、白髪は無くなる」と毎日思念し
続けた結果、1ヵ月後には全頭が真白(まっしろ)になって「思念の力もクソもあるか」
と大いに憤慨したそうであるが、

「白髪がなくなる」と念ずる事は「白髪は今ある」と念ずる事を言換えたもので、
毎日「白髪」を思い起こさせる事になるのである。

総(すべ)て、病気の形や状態について、それを論議し、
思い浮かべる必要はないのである。

           <感謝合掌 平成30年11月4日 頓首再拝>

全ては想念の具象化 - 伝統

2018/11/07 (Wed) 18:06:46


     *『生活の智慧365章』(第2部歓喜の泉)第6篇(P172) より

人間は神の生命(せいめい)を宿し生まれた。
(実は神のほかに生命の根源は無いのだが)そして神の生命(せいめい)は
心に想念を思い浮かべることによって万物を創造したのである。

そうすれば神の生命(せいめい)を宿し生まれた人間もまた
想念によって万物を創造することが出来る筈である。

実際一切の発明も、設計も、機械も、建築も、文学も、美術も、彫刻も、政治も、
戦争も、平和も、悉く、もとは想念として心に浮かべられたものが具体化したのである。

では、あなたの想念に暗黒なことを描くな。
あなたの”想念”に唯光明のみを描けよ。
あなたは神の如く、“想念”によって万物を造る。

殊更(ことさら)に“想念”に暗黒を描いて
暗黒なるものを造る必要はないではないか。

あなたは“想う”という過程を通して、
常に間断なく“何ものか”(あなたの想うもの)を形の世界に
あらわすべくその要素を引き寄せつつあるのである。

あなたの“心”はラジオ波のように宇宙に広がる。
そして肉眼に見えない処のものを動かして引き寄せつつあるのである。

     (http://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=52 )

           <感謝合掌 平成30年11月7日 頓首再拝>

癌腫も筋腫も、想念によって消滅しうる - 伝統

2018/11/25 (Sun) 18:27:35


        *「生命の實相 第38巻 幸福篇下」(11月25日)より

われわれが「手を動かそう」と思えば、その想念のエネルギーが
神経系統を伝わって一部の筋肉に収縮運動を起さしめ、
その反対側の筋肉を弛緩せしめて、
想念したとおりの運動をそこに起こすのである。

その神経系統を伝わるところの想念のエネルギーなるものは何であろうか。
それは一種の電気的流れであると想定されるのである。

それが電気的流れであるとするならば、
それは確かに「電子」が想念によって発射せられて
神経組織をその「電子」が走るものだと解釈されうるのである。

患者の睡眠中における夢の変化にしたがって、
脳髄より放出される電気的流れに著しい変化が起こるということは、
それを実験機械によって図表的にその変化を記録した人もあるのである。

そうすれば脳髄という機械装置は、電子を放出するところの、
一種のサイクロトン装置であるということができるのである。

それを操る原動力と操縦士とが「想念」という不可思議体である。

むろん、神経伝達によって筋肉を動かす力は、
たんに現在物理学界においてその存在を認められている
「電子」だけではないのである。
もっともっと精妙な種類の素粒子を想念にしたがって
放出するのであろうと信ぜられる。

しかしいずれにせよ、神経伝達されるところのエネルギーの一部には
電子の流れが含まれていることは、想念によって人体の電気的流れが変化することが
電流計によって測定されることによって明らかである。

したがってわれわれの脳髄は、極めて少量の頭蓋骨容積の中に、
人造のサイクロトンよりも精妙なる高級サイクロトンを包容するものだ
と言わなければならないのである。

そして想念が素粒子を支配してあるいは電子をあるいは他の素粒子を、
自由自在に分離したり組み合わせたり、配列したりすることができるものだ
ということがわかるならば、

想念によって、人体に癌腫を発生したり、筋腫を発生したり、
あるいはそれを消滅せしめたりなしうる理由も当然のことだ
と言わなければならないのである。

         <感謝合掌 平成30年11月25日 頓首再拝>

《毎日、あなたは「想念の使者」を遣わしつつある》 - 伝統

2019/02/05 (Tue) 20:13:39


        *『人生の秘訣365章』第6篇(P144~145) より

私たちは毎日色いろの問題に接するのである。
それに全く言うに足らぬ程の小さい問題から、
実に重大な問題に至るまで千差万別であるといえる。

その小さな問題が、その扱い方によって
重大な問題に転回して行く種類のものもある。

それらの問題に対して、私たちは明るい「想念の使者」をつかわして
その問題を好転の方向に向わしめるか、
その反対に暗い「想念の使者」をつかわして、その問題を逆転せしめるか、
それは吾々自身の選択の自由にあるのである。

人間は“運命の主人公”だと言う所以である。
(谷口清超著『運命の主人公』に於いてその実例を見られたい)

もしあなたが「想念の使者」に「善き事必ず来(きた)る」という想念を
もたせてやるならば、彼は必ずあなたに善き事をもって来(く)るのである。

         <感謝合掌 平成31年2月5日 頓首再拝>

《あなたの想念が自己の運命の原型となる》 - 伝統

2019/02/07 (Thu) 20:11:53


       *『人生の秘訣365章』第8篇(P216~218) より

太陽光線は無色透明であるけれども、
その光を色々の色彩のスクリーンを透過せしめれば種々の色をあらわすのである。

またその光を受ける物自体がどの色を吸収し、
どの色を反射するかで、色色の色彩をその物体があらわすのである。

それと同じく神の無限にふりそそぐ恵福も、それを受ける人間自身が、
それを如何に吸収しまた反射するかでさまざまな様相をあらわすのである。

写真のフィルムにはどんな姿でも薬剤が普遍的に塗られているけれども、
それは人間がレンズを通して焦点を結ばした形だけを現像し出すのである。

普遍的な神の恵みは宇宙に充満しているけれども、人間の「心のレンズ」を通して
現象界に焦点を結ばした「想念」の形だけが現実化して来るのである。

そのゆえに神が、われわれに恵みを与えるのに差別するのではなく、
人間自身の想念が具象化して自身の運命を形造るのである。

想念が自分の運命の原型を形成するのであるから、自分の運命の不遇を歎くよりも、
自分の好運の原型となるべき、明るい想念、健康の想念、繁栄の想念、向上の想念、
建設的な想念、進歩の想念、「新しい良きアイディアは来る」という期待の想念、
家族すべて和合して仲好き想念、

接する人々及び働く場にある上役、同僚、下役等すべての人々が反目することなく、
互いに“神の子”として調和し、互いに扶け合って互いに伸びて行くというような
想念をもつように心懸けるがよい。

習慣的に暗い想念が起って来たならば、速やかに、それを打ち明かして、
その反対の明るい想念を意識的に思い起して、明るい想念を心の中で念ずるか、
自己暗示的に唇の中で繰返し唱えるがよい。

こうすることによって、次第に暗い想念の習慣は消えてしまい、
明るい想念の習慣が造られるようになるとき、
あなたの運命は好転しはじめるのである。

明るい想念を潜在意識に深く印象するには
聖経『甘露の法雨』及び『天使の言葉』をハッキリその聖句の意味を
思い浮べながら潜在意識にその意味する眞理を深く印象するつもりで
読誦するがよい。

更に病気の人ならば、『続々・甘露の法雨』を必ず一日一回は読むがよい。

自分が読む力がなければ、家族にでも、又看護婦にでも読んで貰って、
それを傾聴しているがよい。

聖経を他の人に読んで貰って傾聴していると、
どんな病苦や疼痛でも三十分間もすると消えて
病人は眠ってしまうものである。

眠ってしまっても側近の人は、その読誦を、
もう三十分間そのまま繰返しつづけるがよい。
肉体は眠っていても潜在意識は覚めていてその眞理を傾聴しているので、
この方法をただ一回用うるだけで病気が急回転して全快してしまう場合もある。

         <感謝合掌 平成31年2月7日 頓首再拝>

想念は、あなた独特の運命を造る - 伝統

2019/02/09 (Sat) 19:01:13


     *「栄える生活365章」(P116 あなたは自分の運命の主人公)より

自分い波長が合う心がなければ、どんな悪も、あなたの側(そば)にあっても、
それがあなたの肉体又は身辺にあらわれるものではないのである。

それは恰(あたか)も、其処にラジオやテレビの電波が来ておっても、
あなたの受像セットのチャンネルが波長に合うところに来ていなければ、
その放送番組が視聴し得るようには、あらわれないのと同じことである。

そしてあなた自身の想念は、あなたのみが支配しているのであるから、
あなたの身辺や境遇に何が起こって来ても、その責任を他(た)に帰して、
他(た)を恨んだりしてはならないのである。


あなたはあなたの運命の主人公であり、あなたの境遇の支配者なのであるから、
あなた自身の想念で、あなたがあなた独特の運命を造るのを何人(なんぴと)も
妨げることはできないのである。

あなたはあなたの運命を如何につくるのかを意識的に決定して、
それに必要な想念を毎日持続するようにして御覧なさい。

あなたが想念に描くものが、
あなたの運命及び境遇として展開してくるに違いないのである。

           <感謝合掌 平成31年2月9日 頓首再拝>

《精神波動は現実界を動かす》 - 伝統

2019/02/11 (Mon) 20:23:49


        *『人生の秘訣365章』第8篇(P221~222) より

ひとりひとりの人間は精神波動の放送センターみたいなものであり、
その人がある想念又は感情を起すと、その精神波動が周囲に波及して
互いにある影響を及ぼすものなのである。

母親の精神状態は最もよくその子供に影響を及ぼし、
子供を病気にしたり、健康にしたりするほどの力をもっているのである。

妻の心の状態は良人に大なる影響を与え、嫉妬したり、疑ったり、
良人が浮気をしている状態を心に描くならば、
心に描いた通りに浮気を始める良人があり、

妻が、その心の世界で今までの良人に対する不信感や、
愛情の欠乏をお詫びする心になったとき、
不思議にその良人の浮気がやんだ実例もあるのである。

そのような精神感応現象は、こうして家族相互の間だけに起るのではなく、
世界の全人類の精神傾向にも何らかの影響を与えつつあるのである。


吾々が常に平和と愛の想念感情を起すように努めるならば、
全世界の平和に貢献することができるし、
常に闘争精神を起すならば、全世界の人類の精神を闘争的にかき立て、
やがて、戦争を惹き起す原因ともなるのである。

ユネスコ憲章にも言っている通り、戦争は先ず、“心の世界”に始まるのであり、
“心の世界”に起ったところの闘争が、現実界に具象化して来て、
具体的な戦争となるのである。

           <感謝合掌 平成31年2月11日 頓首再拝>

《想念は創造する》 - 伝統

2019/02/15 (Fri) 19:11:27


      *『人生の秘訣365章』第7篇(P174) より

神は全宇宙の創造者である。
宇宙がまだつくられなかった以前には、そこには物質はないのである。

それは非物質の世界である。
非物質なるところの創造者とは、“霊”なる創造者である。

“霊”とは広義に於ける“心”とか“意識”とかいってもよい。
“霊”又は“心”が動き出すときに、それは“物質的エネルギー”ではないから、
「想う」という“動き方”をするより仕方がないのである。

神は「想う」という方法によってこの世界を創造したのである。
「想う」とは心の中に於いてコトバを発することである。

或る人が、誰かを「愛する」と想うならば、
彼は心の中で「私は彼を愛する」というコトバを想い浮かべているのである。

彼が「今日は快晴だな」と想えば、彼は心の中で「今日は快晴だな」
というコトバを暗黙のうち唱えているのである。

それゆえ、「想念が創造者である」ということは、
「コトバが創造者である」ということと同意義である。

           <感謝合掌 平成31年2月15日 頓首再拝>

《人類全体の想念を健全ならしめよ》 - 伝統

2019/02/17 (Sun) 19:52:47


        *『人生の秘訣365章』第7篇(P174~175) より

想念は或る“内容”を有(も)つのである。
コトバにも或る内容があるのである。

想念及びコトバの内容はアイディアである。

アイディアとは肉眼にとっては、無形であるけれども、
意識の世界に於いては有形なる形相をもつのである。

それは、例えば建築物の設計みたいなものである。
まだ肉眼にはその建物は見えないけれども
設計者の心の中では既に形相(かたち)をもつのである。

アイディアが心に描かれれば、それは法則によって
自働的に実現するように行動又は運動が起るのである。

アイディアの複雑に構成されたものが思想であって、
思想は全世界を動かすのである。

だから、人類の多数が如何なる思想をもつかということが、
世界の運命が決定することになるのである。

人類の大多数が好戦的な想念をもつならば、戦争は起るであろうし、
人類の大多数が平和の想念をもつならば、世界に平和が来るのである。

           <感謝合掌 平成31年2月17日 頓首再拝>

《想念は意志に優る》 - 伝統

2019/02/19 (Tue) 19:17:24


        *『人生の秘訣365章』第7篇(P175~176) より

「平和を希(こいねが)う」ということと、
「平和の想念を有(も)つ」ということとは別のことである。

「平和を希う」ということは、
「平和はまだ存在しないからその実現を欲する」という意味であり、

「平和の想念を有つ」ということは、
「既にその人の心の中に平和が実在する」のである。

「平和」「平和」と叫びながら国内を分裂に導き、
内部闘争に国民を駆り立てている人も随分沢山あるが、
これは、「平和を希う」ことは、平和を持ち来すことにならない証拠である。

彼らの心の中には「争闘」の想念が満ちているのである。

想念を如何に有つかということが、
「何を希うか」いうことよりも一層大切なのである。

如何に善きものを希っても、その反対の想念(又は観念)を
潜在意識の中にもっている限り、希求というものは意志の求めであり、
未だ無きものを願う心であり、観念は“既に斯くあるもの”を心に描いている
のであるから、“観念の力”は“意志の力”より実現力が強いのである。

だから「闘争の想念」をもちながら、
「平和を希う」運動をしてみても結局は闘争を激化することになるのである。

           <感謝合掌 平成31年2月19日 頓首再拝>

《平和の雰囲気は平和を作り、繁栄の雰囲気は繁栄を作る》 - 伝統

2019/02/22 (Fri) 18:35:06

       *『人生の秘訣365章』第7篇(P176) より

平和の想念、平和の感情をもって来てのみ
平和の世界を現出することができるのである。
まこと闘争の心をもってして平和を現出することはできない。

それと同じく、まこと“富める心”をもって来てのみ
本当に富を実現することができるのである。
これが繁栄の法則なのである。

“貧しき心”をもって、富を希求したとて、
それは空しき努力に終ることになるであろう。

凡そ繁栄している人たちは、意識的にか無意識的にか
繁栄の法則にかなう心の持ち方をしていて、常に繁栄の雰囲気がその人を取巻き、
それが磁石的力になって、繁栄を引寄せていたのである。

平和の雰囲気は平和を作り、繁栄の雰囲気は繁栄を作る。
雰囲気が仕事をし、雰囲気がその人の運命を決定するのである。

           <感謝合掌 平成31年2月22日 頓首再拝>

《あなたの想念の力を練習なさい》 - 伝統

2019/03/07 (Thu) 19:08:16


       *『幸福を招く365章』第2項(P43) より

あなたが想念の力を覚えて、それを使用するに従って、
あなたの想念の力は段々強くなってきます。
あなたの有するどんな力でも練習と努力とによって大いに力を増すことができるのです。

想念の力が如何なるものであるかについて、
先ず手近かなところから実験して御覧になるが宜しい。
それには、若し、家族が感冒(かぜ)を引いた場合などに、
静かにその枕頭に坐して、合掌し(或はその前額部に掌を軽くつけて、
想念の有線伝導のような気持ちになるのも宜しい)

そして次の如く念ずるのです。

「神よ、我を媒介として神の無限の癒すちからを、此(この)○○氏に流し入らし給え」

こう祈ってから、○○氏の額に触れていない方の掌(てのひら)を高く天にかかげ
その掌から神の癒やす力が流れ入り、それが自分の全身を流れて○○氏の額に触れている掌に
伝わり、その掌から患者の全身に神の癒やす力が流れ入り、○○氏の全身に神の癒やす力が
光輝く状態で充ち満ちている有様を観ずるのです。

(念じ方の詳しい事については別箸『神癒への道』参照)

           <感謝合掌 平成31年3月7日 頓首再拝>

《あなたの想念があなたの運命に》 - 伝統

2019/03/10 (Sun) 19:52:10


       *『人生の秘訣365章』第1篇(P22) より

新年を迎えると誰でも心機一転して新鮮な気持になるものである。

それは人類全体が過去に於いて幾千年にわたって、そのように考えて来た想念が、
人類意識として地球上ぜんたいに充ち満ちていて、その人類意識の波動を
あなたが感ずるからである。

その人類意識の「新年を迎える心」に自分の中の心の波長を合わせて
「新しい心」になることは最もやさしい事であり、
最も好い機会を捉えることになるのである。

新年こそあなたの生活の新鮮な始まりである。
そして此の年の運命はあなたの掌中に握られているのである。

あなたは想念の自由を神から授けられているのである。
あなたが想念するもののみが現実界に具体化するのである。

ただ新しく自他の“幸福”のみを信ぜよ。
暗黒なことを考えるな。過去を過去たらしめよ。明るい事のみを考えよ。

新しい年、新しい生活、年齢にかかわらず、
自己を“神の子”と自覚する者は常に若いのである。

           <感謝合掌 平成31年3月10日 頓首再拝>

あなたの想念が、あなたの現象界の運命を左右する - 伝統

2019/03/15 (Fri) 18:49:28


        *『人生の秘訣365章』第1篇(P23) より
         ~《あなたは“運命の船”の船長》

想念は現象界の原型となるのであるから、
あなたが今日(きょう)、何を念じ、何を想うかが、
あなたの現象界の運命を左右することになるのである。

あなたは習慣に押し流されて、ともすれば、
“悪しき事”や“不幸なこと”を考えようとすることがあるかも知れないけれども、
習慣に負けては、船長を失って潮流に押し流されて
岩に激突して沈没する小舟のように破滅の運命を招くかも知れないのである。

あなたの現在意識はあなたの“運命の船”の船長なのである。
潜在意識の想念の傾向は潮流みたいなものである。

潜在意識の想念の傾向が、時として暗い方向に
あなたの考えを引き摺って押し流して行こうとするとき、

“運命の舵”をとる船長たる現在意識が意識的に想念の舵を正しい方向へと
向けかえて行くところに努力が必要であり、
その努力のなかに、運命の改善と魂の進化向上とがあるのである。

           <感謝合掌 平成31年3月15日 頓首再拝>

《 悪しき想念・暗い言葉を避けよ 》 - 伝統

2019/03/20 (Wed) 19:05:01


      *『人生の秘訣365章』第1篇(P25~26) より

心に常に思うこと、コトバに度々語ることは、宇宙の実質を動かして
何らかの物質的形に実現するエネルギーに方向を興えて、
その“想い”又は“語る”ところの事物を、ついにあなたの前に
現象的姿にあらわさしめることになるのである。

そのためには吾らは自分の想念する内容と、語るコトバを厳重に監視して、
苟も悪しき想念、暗い想念、衰退の想念等の消極的な想念を想うこと、
又語ることを避けなければならないのである。


「自分は衰退のことなど何も考えないのに、うちの商売が衰退した」

などという人があるかも知れないが、自分の心の想いを監視してみるがよい。

そして手近にメモと鉛筆とを置いて「暗い事」即ち「悲しみ」や
「前途の不安」や、「人の失敗」や、「人の悪口」や、「不景気」などのことが、
チラチラと頭をかすめる毎に、メモにマークをつける事にして御覧なさい。

あなたは別として、大抵の人は、一日じゅうにどんなに多くの暗いマークが
メモにつけられるかが判るでしょう。

メモのマークと同じように、あなたの心にも暗いマークがついているのであって、
その方向に生命創化の法則のエネルギーが動き出し、
その思いが具象化しようとしているのである。

           <感謝合掌 平成31年3月20日 頓首再拝>

《 想念を蓄積されて性格を形成する 》 - 伝統

2019/03/22 (Fri) 19:15:52


        *『人生の秘訣365章』第1篇(P30~31) より

信ずるとは、まだ肉眼に見えないものを、
「既にある」と強く“想念”を持続することである。

そして“想念”はすべてのものの実現であり、同時に、その実質が或る形を
とるための設計でもあり、その設計が実現するためのエネルギーでもあるので、
あらゆる行動は想念によって起される。

「歩こう」と人が思うとき彼は歩くのである。
「停まろう」と思うとき彼は停るのである。

現在意識が「何々しよう」とは思わないのに、無意識に習慣的に或る行為が
おこなわれるのは、過去に現在意識が起した想念が蓄積されて、
それが“一定の傾向をもつエネルギー”として吾々を駆動しているのである。

私たちはこの新年から決して“悪しき想念”を蓄積しないことにして
“一定の想念をもつエネルギー”をして、善き方向にのみ駆動するエネルギー
たらしめるように心懸けたいものである。

度度(たびたび)同じ傾向をもつ想念を現在意識が繰返して思うならば、
それは潜在意識に蓄積されて、その人間の性格を形成する。

だから“善き想念”のみを想うよう自己訓練することが大切である。

           <感謝合掌 平成31年3月22日 頓首再拝>

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