伝統板・第二

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お月見 - 夕刻版

2017/10/03 (Tue) 21:12:50

《中秋の名月(平成29年)》

明日、10月4日は「中秋の名月」。

いわゆる「十五夜」で、旧暦8月15日の名月のこと。

旧暦では7月、8月、9月の3ヶ月が秋にあたるのですが、
8月はその真ん中の月であるので「中秋(仲秋)の名月」と呼ばれています。
今年の旧暦8月は、9月20日から始まっております。

【中秋】 (1)秋を三分したなかの秋。仲秋。 
     (2)秋のまんなか。陰暦8月15日。

【仲秋】 秋3箇月の中の月。即ち陰暦8月。中商。なかのあき。
     8月15日を指す中秋は、これとは別の語。

一般的に、お月見の日(旧8月15日)に見える月の場合は
「中秋の名月」と書きます。

旧暦8月15日の中秋の名月は、満月でないことが多いようです。

満月の当日が、中秋の名月になる確率は40%程だそうです。

今年の満月は、10月6日になります。

ちなみに、中秋の名月が次に満月になるのは、2022年です。



<参考Web>

(1)平成28年(2016年)の中秋の名月
   → http://www.astroarts.co.jp/special/2016moon/

(2)本流宣言掲示板「中秋の名月 (4406)」
    → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=907

(3)光明掲示板・第一「中秋の名月 (1997)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=424
   (このWebには、”道産子 さま”による谷口雅春先生の書の紹介があります)

(4)光明掲示板・第三「名月 (177)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=71

(5)伝統板・第二「お月さん」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457344

(6)伝統板・第二「名月」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7004950

            <感謝合掌 平成29年10月3日 頓首再拝>

月と兎 - 伝統

2017/10/04 (Wed) 18:04:23


Web:Google(平成29年10月4日)
    → https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl


月うさぎ伝説にも諸説ありますが、一般的に言われているのは次のようなお話です。

『昔、あるところにうさぎときつねとさるがおりました。
ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。
さるは木の実を、きつねは魚をとってきましたが、うさぎは一生懸命頑張っても、
何も持ってくることができませんでした。

そこで悩んだうさぎは、「私を食べてください」といって火の中にとびこみ、
自分の身を老人に捧げたのです。

実は、その老人とは、3匹の行いを試そうとした帝釈天(タイシャクテン)という神様。
帝釈天は、そんなうさぎを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのです。』

これは、仏教説話からきているお話です。

また、このお話には続きがあり、
『うさぎを憐れんだ老人が、その焼けた皮を剥いで月に映し、
皮を剥がれたうさぎは生き返る』という説もあります。
だから、月の白い部分ではなく、黒い部分がうさぎなのですね。

では、なぜ餅をついているのでしょうか?

「うさぎが老人のために餅つきをしている」とか
「うさぎが食べ物に困らないように」という説がありますが、
中秋の名月が豊穣祝いであることを考えると、
たくさんのお米がとれたことに感謝する意が込められているようです。

   (http://www.i-nekko.jp/gyoji/2012-092710.html より複写)

            <感謝合掌 平成29年10月4日 頓首再拝>

「十六夜(いざよい)」の月 - 伝統

2017/10/05 (Thu) 19:52:07

「十六夜(いざよい)」の月

今晩の月は「十六夜(いざよい)」の月です。

「十六夜」も毎月訪れますが、「中秋の名月」の十五夜と同様、
一般的に旧暦の8月16日を「十六夜」といいます。

          ・・・

月の出は一日過ぎると約40分も遅くなるため、
十五夜の次の晩の月は「いざよう」ようにためらいながら
なかなか姿を現さないと、昔の人は感じたようです。


“いざよい”は,ためらってぐずぐずすることで,
“十六夜の月”は,ためらうように昇ってくる
十五夜の翌日の月を表した呼び名です。


(大辞泉より)

「十六夜」は元は「猶予う(いさよう)」という一つの言葉
(「ためらう」「停滞する」という意味の動詞)が名詞化したもの。


Web:十六夜(いざよい)
    → http://mo.atz.jp/chisiki/yobina/16.htm

            ・・・

「十六夜」を使った俳句は以下のようなものがあります。

「十六夜も まだ更科の 郡(こおり)かな」 松尾芭蕉

「昨夜の十五夜は更科の里で見た。十六夜の今日もまだ去りがたく、
更科の郡(地域、区画などのこと)に留まっている」


・・・ 

(以下は、昨日の記事「月と兎」の今昔物語版の紹介です)


「月」と「うさぎ」にまつわる話

        *今昔物語「天竺の部・巻五・第13話」より

今は昔。天竺にて「うさぎ」、「きつね」、「さる」の三匹が
菩薩修行をしながら仲良く暮らしていました。
とても仲良く暮らしていた3匹ですが、いつも話している事がありました。

  「前世では犯した罪によって、この様な卑しい獣の姿で生まれてしまった。
  今生では我が身を捨てて、善行を重ね立派に生きよう。」


この彼らの行いを「帝釈天」が観ていて、

「彼らは獣の身でありながら、珍しく殊勝な姿である。では一つ試してみよう。」

とたちまち老翁に姿を変えました。
力なくよぼよぼ姿で三匹の獣の居る所に表れ、

「わしは年老い疲れ果ててしまっている。お前達でわしを養ってくれないか。」

と伺ってみたそうです。
すると三匹は、

「それこそ私たちの望む姿です。さっそく養って上げましょう。」

と言って、「さる」は木に登り、木の実や果物を取ってきては好きな物を食べさせ、
「きつね」は、お墓に出向いて餅等の供物をくすねてきては、
老翁の思うがままに食べさせてあげたそうです。

老翁はすっかり満足し、

「お前たち二匹は、実に慈悲深い。菩薩と言っても差し支え無い。」

と褒め、しかしこれを聞いた「うさぎ」は、一生懸命に成って食べ物を求め
野山を駆け巡ったが、探す事が出来ませんでした。

こうしているうちに人間に殺されたり、他の獣に喰われたりして、
命を落とすのが関の山でなかろうかと、あれこれ悩んでいたそうです。

ある日、自分の決意の元に一つの考えを実行に移します。

「私はこれから美味しい物を求めてきますので、木を拾い、火を焚いて待っていて下さい。」

この様に皆に伝えてその場から立ち去りました。
そこで「さる」は木を集め、「きつね」は、火を持ってきて焚き付けて、
「うさぎ」の帰りを待ちました。

そこに手ぶらで帰ってきた「うさぎ」を見て、

「お前は何も持ってきてはいないではないか。
思っていた通り、うそをついて人を騙し、火を焚かせて
自分が温まろうとと言う事だろう。憎らしい。」

と「さる」と「きつね」は言いました。
そこで「うさぎ」が、

「私は食物を求めて来る力がありません。ですから私の身体を焼いて食べて下さい。」

と言うなり、その火の中に飛び込んで焼け死んでしまったそうです。
「うさぎ」はいっそのこと、今のこの身を老人に食べてもらい、
永久に生死輪廻の世界に離脱しようと考えていたのです。


その姿を見た帝釈天は元の姿に戻り、
「うさぎ」が火の中に飛び込んだ姿を「月」に移し、
あまねく一切の衆生に見せるため、月の中にとどめ置かれたと言う事です。そして、

「月の表面にある雲のようなものは、この「うさぎ」が火に焼けた煙であり、
月の中に「うさぎ」がいると言うのは、この「うさぎ」の姿である。

誰も皆、月を見るたび、この「うさぎ」を思い浮かべるがよい」

と帝釈天が言ったと言う事です。

  (http://ridingbasic.com/naruhodo/moon/

            <感謝合掌 平成29年10月5日 頓首再拝>

《月とかぐや姫》 - 伝統

2017/10/06 (Fri) 18:43:14

今日は、十七夜。
陰暦8月17日の月。立ち待ち月。

今年の十七夜は、満つる月、満月です。

・・・

《月とかぐや姫》

『竹取物語』は、平安時代初期につくられたといわれる日本最古の物語です。

竹取の翁が、光る竹の中にかぐや姫を見つけた時の描写。

「三寸ばかりなる人いと美しうて居たり。……美しきこと限なし。
いと幼ければ、籠に入れて養ふ」。


光る竹のなかの美しい娘は、長じてさらに美しくなり、幾人もの
貴公子から求婚されながら、難題を出してはそれを拒みます。

帝からの熱烈なお召しにも応えようとしません。

そしてある年の春から、かぐや姫は月を見ては嘆き悲しむようになるのです。


「月の顔見るは忌む事に制しけれども、
ともすれば、人間にも月を見ては、いみじく泣き給ふ」。

「月を見ることは慎むべき事だと止めたけれども」

とあります。

当時、月を見るのは不吉なこととされていました。
月は、 恐れの対象でもあったといわれています。

そして、八月望月、中秋の名月の夜、かぐや姫は告白します。


「おのが身は、この國の人のもあらず、月の都の人なり」。

月の国の人は、たいへん美しく年もとらないのだといいます。

帝の兵や翁たちの必死の抵抗も虚しく、かぐや姫は月の都に帰って行きます。


不死の薬を残して、 かぐや姫を失った翁と媼は、血の涙を流して悲しみ、
その薬を飲まずに病み伏してしまいます。

帝も嘆き悲しみ、
かぐや姫に逢えないあれば不死の薬も何になろうと、
富士山の頂で それを燃やしてしまいます。

  (http://contest.japias.jp/tqj2008/100335/japan.html より複写)

・・・

《竹取り物語》

(1)『八月十五日ばかりの月に出で居て…』:竹取の翁に、月に帰ることを告白するかぐや姫
    → http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/taketori/09/0902.html

(2)『かかるほどに、宵うち過ぎて…』 : 現れた月の使者
    → http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/taketori/09/0905.html

(3)『翁、答へて申す…』 : 竹取の翁に別れを告げるかぐや姫
    → http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/taketori/09/0906.html

(4)『天人の中に持たせたる箱あり…』 : 月へ帰るかぐや姫
    → http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/taketori/09/0907.html



<参考:全文
    → http://www.manabu-oshieru.com/daigakujuken/kobun/taketori.html >

・・・

<参考Web:東洋経済オンライン(2017年5月5日)
       「かぐや姫」に隠された恐怖の裏ストーリー
        「竹取物語」は愛の物語なんかじゃない
     → https://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20170505_170052/?p=1

       (或る譬話・寓話からの学び③2017/05/05で紹介済み
        「「かぐや姫」に隠された恐怖の裏ストーリー」
        http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7160566 )


            <感謝合掌 平成29年10月6日 頓首再拝>

十三夜(後の月見) - 伝統

2017/10/31 (Tue) 19:18:58


明日11月1日は、陰暦九月十三夜で、「後の月」と呼ばれて、
古くから、仲秋の名月の次のもう一度のお月見をした月です。

https://sk-imedia.com/jyusanya-2754.html

お月見はもともと収穫の感謝に関わる習俗であったようです。

八月十五夜はサトイモなどを供えることが多いので別名「芋名月」と呼ばれ、
九月十三夜は「栗名月」「豆名月」などと呼ばれています。
栗や豆を月 に、また神棚などに供えたことに拠る命名です。

「小麦名月」と呼ぶ地方もあります。
これはお供えするのではなく、陰暦九月十三夜のお天気で
翌年の小麦の作 柄を占う習慣から来たものです。

・・・

        *メルマガ「大和しうるわし」(2017年10月28日)より

11月1日は十三夜です。
中秋の名月に対して、後の名月といわれます。
晩秋の名月と言った方が私は好きです。

晩秋の「晩」は「くれ」のことです。
秋の「くれ」が晩秋ですから、立冬までの冬の前の季節のことです。
大器晩成や、晩御飯、晩年・・・など「くれ」を意味する言葉があります。

晩秋の名月は13日の月です。
月が満ちてくる、最後の段階であり、完全でないところに趣を感じる日本人の感性です。

未完、未発・・・ここのところの「勢い」が、とても大事なのです。

未完から「完成」に至る大きな力が働いているのです。


           ・・・

十三夜を詠んだ歌~勅撰集(八代集)から


顕季卿家にて九月十三夜、人々月の歌よみけるに

~大宰大弐長実


     くまもなき鏡と見ゆる月影に心うつらぬ人はあらじな



九月十三夜に、月照菊花《月 菊花を照らす》といふことをよませ給ける

~新院御製


    秋ふかみ花には菊の関なれば下葉に月ももりあかしけり



後冷泉院御時、九月十三夜月宴侍けるによみ侍ける

~大宮右大臣


    すむ水にさやけきかげのうつればやこよひの月の名にながる覧(らむ)


十三夜の心をよめる

~よみ人しらず


    秋の月ちぢに心をくだききてこよひひと夜にたえずもある哉(かな)

   (http://tachimachizuki.com/archives/1432

<関連>

伝統板・第二「十三夜」(2015/10/25)
 → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457344

・・・

「十三夜に曇りなし」という言葉が知られています。

明日の夕方以降のお天気はどうでしょうか。

            <感謝合掌 平成29年10月31日 頓首再拝>

ブルームーン皆既月食 - 伝統

2018/01/26 (Fri) 18:33:58


今年1月の満月は2回巡ってきます。

来週31日(火)に起こる2回目の満月は、ブルームーンと呼ばれ
この2回目の満月は、よりパワフルだと言われてきました。


このパワフルな満月に
さらに、皆既月食が重なります。

月食や日食という「食」のタイミングは
天体がもつパワーが、何十倍にも高まるとき。

        ・・・      

以下は、livedoor NEWS(2018年1月24日)より


ブルームーン皆既月食 見え方は?

月食とは月が地球の影に入る現象で、必ず満月の時に起こります。
月の一部分が欠けて見えることを「部分月食」、今回のように
月の全体が地球の影にすっぽりと入って見えなくなることを「皆既月食」といいます。

しかも、今回はひと月に2回満月がくる「ブルームーン」の皆既月食ということで、
見られればとても貴重です。

月は東南東の空で20時48分にかけ始め、21時51分に南東の空で皆既食となります。
皆既食の終わりは23時08分で、その後は徐々に欠けた部分が小さくなっていき、
2月1日の午前0時12分に、南の空で部分食が終わります。

皆既月食中の月は、「赤銅色(しゃくどういろ)」と呼ばれる赤黒い色に見え、
今回は1時間以上も楽しむことができます。

http://news.livedoor.com/article/detail/14203773/

            <感謝合掌 平成30年1月26日 頓首再拝>

赤いブルームーン - 伝統

2018/01/31 (Wed) 17:18:54


         *Web:AstroArts(2018年1月31日)より

1月31日の宵から深夜にかけて皆既月食が起こり、全国で全過程を見ることができます。
日本で皆既月食が見られるのは2015年4月以来、約3年ぶりです。

月が地球の影に全部入って皆既状態となり、
赤銅色の満月が見られるのは、21時51分~23時8分ごろの約1時間20分です。

https://www.astroarts.co.jp/special/20180131lunar_eclipse/index-j.shtml

<参考Web>

(1)1月31日は皆既月食&ブルームーン、見逃せば次は19年後!
   → https://www.mylohas.net/2018/01/160777star.html

(2)31日はスーパーな皆既月食、35年ぶり
   → http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/013000044/

(3)1月31日は『皆既月食』と『ブルームーン』が同時に見られる貴重な日!
   → https://feely.jp/78059/

(4)1/31夜9時51分から皆既月食&ブルームーン、気になる天気は?
   → https://resemom.jp/article/2018/01/30/42580.html

            <感謝合掌 平成30年1月31日 頓首再拝>

満月祭(ウエサク祭) - 伝統

2018/05/29 (Tue) 17:33:35

今日、5月29日は満月です。

(満月 2018年5月29日(火) 23:20)

5月の満月と言えば、
世界的には、満月祭(ウエサク祭)と呼ばれていて、満月のパワーが最も強い月で、

ヒマラヤにはウエサクの谷と呼ばれる聖地があり、
毎年5月の満月には、アセンデッドマスター(次元上昇した人間)が
集って、地球全域を祝福してくれる日。

天から降り注ぐエネルギーが最も増大すると言われ、
真摯に己の本質に出会いたいという思いを実現してくれるのだそうです。

こんなラッキーで素敵な夜は今夜が一番。

満月祭(ウエサク祭)は、日本にも伝わっていて、京都の鞍馬寺では、
毎年、5月満月祭(今年は5月29日19:00~明け方まで)が行われます。

(参考Web:
 (1)鞍馬寺 ウエサク祭(五月満月祭)
    → http://www.kuramayama.net/oyama/uekusasai.html 

 (2)ウエサク祭とは
    → http://rimaroom.jugem.jp/?eid=1391 )


この祝福のエネルギーに満ちた日には、
『淨圓月觀』によって、神の愛の霊光を自分を通して
世界へ祝福のエネルギーを放射すると、
最高の祝福になることでしょう。

             ・・・


淨圓月觀

(正坐瞑目合掌し、普通の神想観の如く、
 無限の智慧、愛、生命、供給、歓び、調和の世界を観じたる後、次の如く繰返し祈る)

 神よあなたの無限の愛を吾れに流れ入れ給いて、
 吾れに於て愛の霊光燦然として輝き給え、
 然して、すべての人の罪を赦しすべての人々を愛したまえ。

(以下思念を次の通り繰返します)

 神の無限の愛吾れに流れ入り給いて吾れに於て愛の霊光燦然と輝き給う。

(坐れる自身の身長と同じ位の空色の淨圓月の雰囲氣に包まれている自分を内観します)

 吾れに淨圓月の雰囲氣ただよう。
 吾が雰囲氣は、やわらかく、あたたかく、清く、うるわし。
 
 すべての人々に平和と喜びを与え、すべての人の罪を赦し、
 すべての人を愛するのである。

(前に戻って繰返し念ずるのであります)


・・・・・


 *補足~「詳説 神想観」(「浄円月観」)より

この神想観は自分の雰囲気をやわらかく、あたたかく、人に平和と喜びを与えるような、
そういう雰囲気をよくするにふさわしい神想観であります。

まず普通の神想観の如く、無限の智慧、愛、生命、供給、歓び、調和の世界を観じたる後、
(あるいは最初から直接)次の如く繰返し祈ります。


『天地一切の創造主(つくりぬし)にましまして、吾が御親にまします神よ、
あなたの無限の愛を吾れに流れ入らしめ給いて、吾れに於いて愛の霊光燦然と輝き給いて、
すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛し給え。』

これが祈りの言葉であります。

我々が人の罪を赦そうと思ってもなかなか腹が立って赦せない。
怨み骨髄に徹し、嫉妬心が起ったり、損得利害の考えが起きてきて
どうしても赦す事ができない。

しかし、それは人間で赦そうと思うからできないのであります。
そこでこういう祈りが必要になる。

神の無限の愛が自分に流れ入って、そして神の愛が自分において人々を赦すので
自分が赦すのではない。

人を赦さないで憎んだり、怨んだりして人を縛る心を持つと自分自身の心が縛られ
その人の雰囲気が峻しい雰囲気になっている。
そして人が何となく近寄りがたく親しみがなくなる。

そこですべての人々を赦し、すべての人々を愛するような雰囲気になりますと
人が自然と親しみやすく、近よりやすく、その人の為に何でもしてやりたいと思うようになって、
おのずから店も繁昌し、事業も協力者を得て成就するという事になるわけであります。


それでこの祈りを数回一心不乱に繰返しまして、その祈りがきかれたと思いまして出来るだけ
ゆっくり息を吸いながら空気を吸うと思わず、光り輝く神様の愛が流れ入ると観じながら。


『神の無限の愛吾れに流れ入りたまいて吾れにおいて愛の霊光燦然と輝きたまう。
吾れに浄円月(じょうえんげつ)の雰囲気ただよう。吾れに浄円月の雰囲気ただよう。』

こう念ずるまで息をずっと吸っているわけであります。
吸い終わってもう息が入らないでも息を吸っておるつもりで
じっと息を止めていればよろしいのであります。

『吾れにおいて愛の霊光燦然と輝きたまう』

と念ずるときには光り輝くものが流れ入ってその念ずる言葉と調和して自分を中心に
黄金色の光が自分からさして、そしてちょうど自分の背より一尺くらい大きい位の黄金色の
ガス状みたいな後光(オーラ)が自分を取り囲んでいるような気持ちになり、

静かなる空色の浄(きよ)く円(まど)かなるお月様のような光を放っている、
その雰囲気をじっと見詰めるのであります。

それで下腹に力を徐々に入れながら、”みずおち”を引っ込めてその辺の息を下腹に落して、
下腹に息をじっと保ったままその雰囲気をじっと見詰めて、

『吾が雰囲気は、やわらかく、あたたかく、清く、うるわし。
すべての人々に平和と喜びを与え、すべての人々の罪を赦し、
すべての人々を愛するのである。』

こういうふうに下腹に息を軽く入れて保ったままで
「吾が雰囲気は、やわらかく、あたたかく、清く、うるわし。すべての人々に平和と喜びを与え」
―― その自分まで息を下腹に保ち、

その次の「すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛するのである」 
―― こう念ずる自分、息が自然と洩れて下腹が少し引っ込む位の気持ちになる。
それで息がでるとまた息を吸う。

吸うときは「神の無限の愛吾れに流れ入り給いて吾れにおいて愛の霊光燦然と輝きたまう。
吾れに浄円月の雰囲気ただよう。吾れに浄円月の雰囲気ただよう」、
息を吸い終るとその息を下腹に落し、

「吾が雰囲気は、やわらかく、あたたかく、清く、うるわし。すべての人々に平和と喜びを与え」
―― こう念じている時分が一番下腹に息が入って下腹がふくれている時分です。

そして、「すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛するのである」
―― という時分に息がもれ、下腹がちょっとくぼんだような状態になる。

これを繰り返します。

   (*以下は、谷口雅春先生・著『詳説神想観』(P228)より )

「浄円月観」を行った後、

「神の無限の愛、吾れに流れ入り給いて愛の霊光燦然と輝き給い吾れに浄円月の雰囲気漂う。
浄円月の雰囲気いよいよその輝きを益して全地上を覆い、全人類をして愛と平和の想いを
満たし給う」と繰り返し念ずるのがのが好いのであります。

            <感謝合掌 平成30年5月29日 頓首再拝>

平成最後の観月 - 伝統

2018/09/22 (Sat) 18:25:32

平成最後の月見

明日9月24日は中秋の名月、
そして10月21日は晩秋の名月・十三夜の月です。

平成最後の名月は、この二つの名月を愛でたいものです。
これが観月です。


そして満月は
9月25日(火)11:53


そして、この前日の24日は中秋の名月ですので
月のパワーが大きく高まっていくタイミングです。

・・・

暦めくり・・月をめでる日本人

         *「読売新聞」(2018年09月21日)より

今年は24日が旧暦の8月15日(十五夜)にあたり、中秋の名月となる。

「このような月を眺めていると、おびただしく湧き出てくる感情で、
魂は満たされるものです。私たち日本人は非常に月を愛します」

ロシア人の民俗学者、ニコライ・ネフスキーは
シベリア・バイカル湖畔の駅で出会った日本人にこう話しかけられたという。

空には月が輝き、ロシアの大地を照らしていた。

ネフスキーは著書「月と不死」の中で、日本人が月を愛する一方で、
日本人の神話に月の影が薄いことに疑問を投げかけている。

古事記には夜の支配者、ツクヨミはほとんど登場しない。

ネフスキーが採取した沖縄の民話によると、月の神様は人間に不死の水を与えようとした。
しかし、蛇が不死の水を浴びてしまったため、人間には死の水が与えられた。

蛇は脱皮して生まれ変わるようになり、人間は死ぬべき定めとなってしまった。
月は、新月となって姿を消し、再び現れる不死の存在であり、
同時に死をつかさどる者であった。


「月の顔を見るのは忌むこと」という言葉が竹取物語るや源氏物語にも出てくる。
古代の日本人にはむしろ月を恐れる気持ちもあったのかも知れない。

中秋の名月をめでるのは、中国から来た習わしだが、
芋名月といってサトイモを供えるのは日本独自の要素である。

日本列島に米が入ってくる前、サトイモが主食だったころの名残だという説もある。

サトイモは東南アジアで広く利用されているタロイモと同類だ。
きぬかつぎにして、塩をかけて食べるとねっとりとうまい。

九州では、なぜか十五夜に綱引きをするところがあるが、この習わしは朝鮮半島にもある。
月を見ていると、日本人がどこから来たのか想像してしまう。

     (http://norinori123.otemo-yan.net/e1080795.html

            <感謝合掌 平成30年9月22日 頓首再拝>

お月見と秋分 - 伝統

2018/09/23 (Sun) 17:48:23


(1)旧暦八月十五日の月を古来仲秋の名月と称え、
   各地ではお月見の祭りや行事が行われます。

   ももとは中国において、十五夜を仲秋節と称し、
   月餅(げっぺい)などを供えて月見をするという風習があり、
   それが奈良時代に我が国に伝わったとされております。

   平安時代になりますと、貴族の間において十五夜の月を賞でつつ
   詩歌や管絃を楽しむことが盛んになってきました。
 
   しかし、本来は豊作の象徴である満月に秋の七草やだんご、
   季節の野菜などを供えて、月の神を祭り五穀豊饒を祈るという
   神祭りが原点になっているようです。

   だんごは古い日本の代表的食物で、ちょうどこの頃出る里芋を炊いて供えたため、
   仲秋の名月を芋正月とも言うところがあります。

   またすすきの穂を供えるのは、
   稲穂の象徴とも、月の神を招く依り代(よりしろ)とも言われます。
 
   この日には、全国各地の神社で秋の風情を味わう「観月祭」が行われるのです。

(2)九月二十三日、秋分の日をはさむ前後七日間は秋の彼岸です。
   春秋の彼岸もまたお盆のように死者の霊を供養する仏教行事としての印象が強い
   のですが、本来は日本固有の先祖のみたま祭りの行事です。
 
   したがって秋分の日には、宮中の皇霊殿において「秋季皇霊祭」が執り行われ、
   天皇陛下が皇室の御先祖をおまつりになるのです。

(3)秋分に最も近い満月の前後、月は毎夜ほとんど同時刻に出るが、
   名月の出を待ち望む心を古人は雅びに表現している。
 
   十三夜月。十四夜月。十五夜月。十六夜(いさよい)月。
   立待ち月(十七夜月)。居待ち月(十八夜月)。
   臥待ち月(十九夜月)。寝待ち月(二十日以後の月)。


   思ふこと多きことしも大空の月にむかへばなぐさまれけり  (明治天皇) 

    (http://www.tiki.ne.jp/~akama-jingu/shin-9.html

            <感謝合掌 平成30年9月23日 頓首再拝>

《中秋の名月(平成30年)》 - 伝統

2018/09/24 (Mon) 18:00:51


お月見を楽しもう!


今年の中秋の名月は、9月24日です。

「中秋の名月」とは、太陰太陽暦(注)の8月15日の夜に見える月のことを指します。
中秋の名月は農業の行事と結びつき、「芋名月」と呼ばれることもあります。
中秋の名月をめでる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われています。

今年は9月24日が中秋の名月、翌日の9月25日が満月と、
中秋の名月と満月の日付が1日ずれています。

太陰太陽暦では、新月(朔)の瞬間を含む日が、その月の朔日(ついたち)になります。
今年は9月10日(新月の瞬間は3時01分)が太陰太陽暦の8月1日、
9月24日が太陰太陽暦の8月15日となります。

一方、天文学的な意味での満月(望)は、地球から見て月と太陽が
反対方向になった瞬間(月が太陽の光を真正面から受けて、地球からまん丸に見える瞬間)
の月のことを指します。

今回は、9月25日11時52分に満月の瞬間を迎えます。

   (https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2018/09-topics03.html

            <感謝合掌 平成30年9月24日 頓首再拝>

仲秋の『望月』 - 伝統

2018/09/25 (Tue) 19:17:09


今日は、仲秋の満月(望月)です。

        *メルマガ「夢の言の葉(2018年09月24日)」より

           『望月』(もちづき)

 ☆------------------満月、旧暦十五夜の月------------------
 
 
 『望月』は、満月のことです。
 
 
 その語源は、「満(みち)月」「最照(もてり)月」
 「満足(みちたり)月」などが、変化したといわれます。
 
 
 また、「もち」は「持ち」のことで、
 つり合うという意味だという説もあります。
 
 太陽と、東西に相対するから、
 あるいは、左右対称の円形をしているからというものです。
 
 
 
 今から千年前の寛仁2年(1018年)10月16日……。
 
 つまり、『望月』の翌日に、時の最高権力者、藤原道長は、
 次のような歌を詠みました。
 
 
 ~この世をば 我が世とぞ思ふ
       望月の かけたることも なしと思へば~
 
 
 
 とはいえ、やがて道長の栄華も、望月とともに、
 陰っていきました。
 
 
 ですが、月は再び満ち、また欠けては、輝きを放つことを、
 繰り返しています。
 
 
 
 一度も欠けたことがないよりも、欠けても再び輝くことの方が、
 ずっと、すばらしいのではないでしょうか。
 
 
 それを、はてしなく続けている月……。
 
 改めて、その偉大さを思います。


・・・

(別の情報として)

        *メルマガ「星のしずく」(2018年09月25日)より

本日9月25日(火)は満月です。

今月の満月はおひつじ座の位置で起こります。


23日秋分・・・太陽の位置が0度、再スタートの日
24日十五夜・・・中秋の名月
25日満月・・・おひつじ座の満月 ← 今日はここ


この3日間
連続で起きた太陽と月のイベント。


このように天体のイベントが続くときは
運気を高めるチャンスです。


本日は、その最終日の満月。


「満月の日はどのように
過ごすのがよいのでしょうか?」

星のしずくでは読者さんから
そのような質問をよくいただきます。


そこで今回のおひつじ座の満月を
どのように過ごすのがよいのか

↓↓〇〇先生に聞いてみました。


************

満月の日は、生命エネルギーが高まるとき。

元気のない人は、「元気のもと」を充電する絶好の機会です。

なるべく静かに過ごし、心身のエネルギーを充電しましょう。


一方、もともと元気な人は気が高まり、感情的になりがち。
周囲との関係を穏やかに保つよう意識してみましょう。

そして満月の日はエネルギーが普段の何倍にもなります.。


よい行いは、何倍ものよい結果として返ってきます。

いつもよい行いをしていれば
幸運を受けとりやすくなるのが

本日9月25日(火)の満月です。


さらに

23日秋分、24日十五夜と

前日から太陽と月の動きが活発になっているため
その満月のパワーは普段の満月の数倍になっています。


そして今回は「おひつじ座の満月」。

12星座のサイクルの最初であるおひつじ座は、誕生=スタートのとき。

「スタート」と「再スタート」のシンボルです。

・新たな始まり
・悪縁を断つ
・勇気

といったキーワードが浮かび上がります。

恋人とのお付き合い、転職、習い事など
なにか新しく始めるにはよいタイミングです。

また悪縁を断ち切り
再スタートしたいあなたにも最適です。


悪縁を断ち切るとは

よくない人との縁を断ち切るだけでなく

・病気や災い
・食べ過ぎやタバコなど

よくない習慣を断ち切ることも含まれます。


ふだんなら勇気がいることでも気軽に行動できる。

おひつじ座はこのような特徴があります。


満月がおひつじ座で起きるこのタイミングに・・・


「新しいことを始めたいけど、勇気が出ない」
「腐れ縁を切りたい」
「新たな自分の才能を発見したい」

そのような悩みをもつ方に
おひつじ座の満月は
思いを叶えるパワーを送ってくれます。


〇〇

************

・・・

(さらに別の情報として)

9月25日は、一粒万倍日(いちりゅうまんばいび、いちりゅうまんばいにち)。

一粒万倍日とは、撒いた種が、後日、万倍にも実る日という意味の日です。

良き種を蒔けば、後日、万倍となって良きことが身の回りに起こります。

一方、悪しき種を蒔けば、後日、万倍となって悪しきことが降りかかってきますので、
注意を要します。

 (https://xn--qckua0a6400g8qf.net/post-82/

            <感謝合掌 平成30年9月25日 頓首再拝>

Re: お月見 - eoexpgpltrMail URL

2020/08/29 (Sat) 03:50:52

伝統板・第二
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