伝統板・第二 273981

「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

本掲示板の目的に従い、法令順守および社会倫理の厳守をお願いします。本掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付のうえ、本掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。


よき運を招くには(3)

1:伝統 :

2017/07/28 (Fri) 03:20:27

       *伝統板・第二「よき運を招くには(2)」からの継続です。
         → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6777529

《好運は過去の善業の蓄積である》

        *『 生長の家 』(昭和24年8月10日の法語)より

   如何なる大いなる仕事も一日で出来上がるものでないのである。

   今日一日でできたように見えても
   それは過去の蓄積の上に今日築かれたにすぎない。


   吾々が今ある所の運命は過去のすべての業因の蓄積である。
   だから毎日 想い 云い 行う 小事が その人の運命を作るのである。


   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12780304.html


<関連Web>

(1)光明掲示板第二「よき運を招く (9891)」
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=1912 

(2)光明掲示板・第三「よき運を招くⅡ (48)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=27

(3)光明掲示板・伝統・第一「祥運(めでたい運) (47)」
    → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=29

(4)伝統板・第二「よき運を招くには(1)」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6458154

           <感謝合掌 平成29年7月28日 頓首再拝>
2:伝統 :

2017/08/12 (Sat) 04:00:10


        *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年07月07日)」より

   (山崎拓巳氏の心に響く言葉より…)

   すごくいい情報を教えてもらったとき。
   あなたなら、どうしますか?

   「わぁ、こんないい情報、絶対ほかの人に教えたくない」
   「わぁ、こんないい情報、早くほかの人にも教えてあげないと」

   「独り占めしたい!」も「みんなでシェアしたい!」も、
   どちらの感情も持っているのが私たち人間というものです。

   しかし、そこでいったん、


   (1)この情報は未来のどんな可能性を秘めているのか?

   (2)この情報は誰に有益か? 誰に教えてあげると喜ぶか?


   と考えると、「誰に」「どのように」
   これらの情報を伝えるといのかが明らかになります。

   素敵な情報は、シェアするたびに幸せを増幅してくれます。

   「素敵」をみんなで分けると増大するのです。


   人脈も同じことがいえます。

   独り占めすると廃れてしまいます。

   あなたにとってうまく使いこなせない人脈は、
   ある意味、宝の持ち腐れになるのです。


   しかし、ある人にとっては知り合いたくてたまらない人だったりします。

   それらのご縁をつないでいく、
   情報や人間関係の「ハブ空港」に自分がなれたとしたら…。


   「あなたからやってくる情報は、私にとっていつもワクワクを感じるものです」
   というポジションを手に入れてください。

   目の前の情報も、「自分にとってのメリット」をモノサシとして見るのではなく、
   「誰かにとってのメリット」をモノサシにすれば、
   無駄な情報がほとんどなくなります。


   次に情報を発信する立場として物事を見てみましょう。

   あなたが発する有益な情報。

   人のためになり、そしてシンプルかつ素敵な情報は
   「〇〇さんって素敵だ」という言葉です。


   うわさ話や人の不幸話は蜜よりも甘いといいます。

   だけど、絶対にその魅惑におかされてないでください。

   うわさ話を好む人は自分のうわさ話にきっと潰されます。


   それよりも、誰かの長所を讃(たた)える話を流布しましょう。

   巡り巡ってその誰かの耳に伝わるかもしれません。


   「〇〇さんって素敵ね」

   「〇〇さんのひと言に救われた」

   「今、一番輝いているのは〇〇さんだね」

   「本当は、〇〇さんが一番あなたのことを心配してくれているのかも」


   第三者からそうした情報を伝えられたほうが、
   直接伝えられたときより影響が大きいのです。

   運のいい人はこの法則を上手に使っています。

           <『運の強化書』SBクリエイティブ>

             ・・・

斎藤一人さんはこう語る。

「知っていることを周りの人に教えなさい。

それがこれからの時代、成功を呼び寄せます。

教えないとどうなるか。

自分の知っていることを 自分だけの秘密にして
抱え込んでいるような けち臭いことをしていると
豊かになるどころか、 必ず失敗します」


ケチくさい人は、出し惜しみする。

自分の利を先に考えるのが習慣となっているからだ。

だから、ケチくさい人からは、人が離れていく。


ケチくさいことをしている人は、ケチくさいことを引き寄せる。

運のいい人は、「気前がいい」し「おおらか」だ。

独り占めせず、まわりを喜ばせることをする。


運のいい人を目指したい。

           <感謝合掌 平成29年8月12日 頓首再拝>
3:伝統 :

2017/08/13 (Sun) 04:52:44


     *『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』<8月13日>(P50)より

一つの結婚に破れて、「惜しいことをした。あそこまで進んでいたのに。
あの人が要らぬ口添えをしたからだ」などと後悔する者は愚かなる者である。

成らない結婚は、それは成らないことによってそれは良かったのである。
だれかの少しの口添えくらいで破壊するような結婚は砂の上に建てられた家のようなもので、
結婚してからも少しの風波に揺られると破壊したかもしれないのである。

結婚してから、夫婦関係を破壊するのは遅すぎる。
破壊するなら婚前のちょっとした問題で破壊したが良かったのである。

物の成ると成らざるとは、「誰かがどう言った」などのことに原因があるのではない。
不思議なその人おのおのの「心」の中にある運命が招(よ)び寄せる力が、
ある運命を反発し、ある運命を磁石のように吸い寄せるのである。

      <感謝合掌 平成29年8月13日 頓首再拝>
4:伝統 :

2017/08/28 (Mon) 04:45:56


       *『生活の智慧365章』(第3部繁栄の泉)第7篇(P194) より

毎日わたしたちは。自分の運命を自分で造りつつあるのである。
自分の生活にプラスをつけ加えるか、将(はた)またマイナスをつけ加えるか
と云うことによって自分自身の未来の運命を自己決定しつつあるのである。

人のためのなることを行えば、自分の運命にプラスを加えたのである。
人のためにならぬことを行えば、自分の運命にマイナスを加えたのである。

このような行動によるプラス・マイナスのほかに、
自分の心の明るさ暗さによって運命を左右するプラス・マイナスがあるのである。

常に「明るい心」をもっておれば、「類をもって集る」と云う心の法則にしたがって、
「明るい運命」が自分に集まって来るし、
常に「暗い心」を持ちつづけておれば、「暗い運命」が自分に集まって来るのである。

常に私たちは「過去の成績」(業)の中から立上りつつあるのである。

          <感謝合掌 平成29年8月28日 頓首再拝>
5:伝統 :

2017/09/05 (Tue) 04:39:02


      *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年09月03日)」より

   (萩本欽一氏の心に響く言葉より…)

   テレビの世界で大活躍する人って、
   ぜったいなにか優れたところを持っています。

   人によって優れたところはそれぞれ。

   大きく分けると「才能」と「運」と「努力」なんだけど、
   この3つのうちの、テレビで成功するために一番必要なのはどれだと思う?


   あるとき、周りにいる人たちに片っぱしから聞いてみた。

   そうしたら、答えはだいたい30%ずつに分かれました。

   いちばん多かったのは「努力」。これが36%ぐらい。
   「才能」が34%、「運」が30%ぐらいの内訳。


   だけど、僕の考えはちょっと違うんです。

   運も努力も才能も、もちろんあったほうがいいに決まってる。
   でも、絶対に必要なものではありません。


   じゃあ、テレビで活躍するために大事なものはなにか。

   それは「いい性格」なんです。

   だから僕はいつもこう言ってるの。

   「芸を磨くより、人間を磨け」


   なぜこう考えるかというと、実はテレビ番組のディレクターたちに
   こう聞いてみたことがあるんです。

   「あなたの番組に出演するタレントを選ぶとき、決め手はなんですか?」

   そうしたら、いちばん多い答えが「性格」だったの。

   「うまい人を選ぶ」と言う人が多そうなものなのに、
   そう答えたディレクターは一人もいなかった。


   テレビの場合、短時間で撮らなくちゃいけないので、
   芸で勝負するような人はあまり必要じゃない。

   番組自体、芸を見せるわけじゃなくて、あくまで「企画」ものだから、
   出演者に「合う」とか「合わない」とか文句を言われて
   撮影を止められるのが、いちばん困る。

   それで性格のいい人が好まれるんですね。

   僕の周りには性格のいい人がたくさんいて、
   そういう人はたくさん人に運を運んでいるから、
   僕にもずいぶん分けてくれたんじゃないかな。

         <『続 ダメなときほど運はたまる』廣済堂新書>

             ・・・

性格の悪い人の特徴は…

■自己中心的で、他人のことを考えない
■人のせいにする
■悪口や人のあら探しばかりする

■自慢話が多い
■お金に汚い
■人を馬鹿にするような態度をとる

■言葉遣いが悪い
■威張ったり人を見下したりする
■すぐ嘘をつく

■いつも不機嫌


性格のいい人は、上記の「人の悪い人」の反対の人。

だから、誰からも好かれるし、周りに人が集まり、まわりからの引きがある。

引きがある人には運がある。


どんなに優れた選手であろうと、監督から引かれなかったら試合には起用されない。

性格のいい人は運を呼ぶ

          <感謝合掌 平成29年9月5日 頓首再拝>
6:伝統 :

2017/09/09 (Sat) 04:39:25

          *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年07月08日)」より

   (藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…)

   人生に運とツキというものは確かにある。
   しかし、運もツキも棚ぼた式に落ちてくるものではない。

   『安岡正篤一日一言』に「傳家寶(でんかほう)」と題する一文がある。

   ここに説かれている訓(おし)えは全篇これ、
   運とツキを招き寄せる心得といえるが、その最後を安岡師は、
   「永久の計は一念(いちねん)の微(び)にあり」と記している。


   人生はかすかな一念の積み重ねによって決まる、というのである。

   新潮社を創業した佐藤義亮(ぎりょう)氏に、
   浅草で商いを手広く営む知人があった。

   ある晩、その人の店が全焼した。


   翌日、佐藤氏が見舞いに駆けつけると、なんと、
   知人は酒盛りをして騒いでいるではないか。

   気が触れたか、とあきれる佐藤氏に、知人は朗(ほが)らかに言った。


   「自棄(やけ)になってこんな真似をしているのではないから、
   心配しないでください。

   私は毎日毎日の出来事はみな試験だ、天の試験だと覚悟しているので、
   何があっても不平不満は起こさないことに決めています。

   今度はご覧のような丸焼けで、
   一つ間違えれば乞食(こじき)になるところです。

   しかし、これが試験だと思うと、元気が体中から湧いてきます。

   この大きな試験にパスする決心で前祝をやっているのです。

   あなたもぜひ一緒に飲んでください」


   その凄(すさ)まじい面貌(めんぼう)は男を惚(ほ)れさせずにはいない、
   と佐藤氏は言っている。

   知人は間もなく、以前に勝る勢いで店を盛り返したという。


   明末大儒、呂新吾は言う。

   「精神爽奮(そうふん)なれば則(すなわ)ち
   百廃倶(ひゃっぱいとも)に興(おこ)る

   肢体怠弛(したいたいし)すれば則ち
   百興(ひゃっこう)倶に廃(すた)る」

   精神が健やかに奮い立てば、もろもろの廃れたことが一斉(いっせい)に興る。

   手足身体が怠(なま)け弛(ゆる)むと、もろもろの盛んなことも一斉に廃れる。


   運とツキを招き寄せる法則は古今に不変である。


   最後に、大和ハウス工業の樋口武男会長から伺った話を付記する。

   「人の道を守らない人間、親を大事にしない人間、
   恩ある人に砂をかける人間に、運はついてこない」

   人生の真理はシンプルである。

          <『小さな人生論 5』致知出版社>

             ・・・

仏教には輪廻(りんね)の思想がある。

人は何度も生まれ変わる、というものだ。

そして、生まれてくるときには、
自分に対し、いくつもの試験問題を作ってくるという。

自分が向上するための試験問題だ。


「自分が越えられない問題は起きない」という言葉があるが、
自分自身が自分のレベルアップのための問題を作っているのだから、
当然といえば当然だ。

だから、運がいい人は、そのことを分かっているから、愚痴や文句をいわない。


「すべては、必要、必然、最善」(船井幸雄)

今自分に起きている問題は、
すべて、自分にとって必要であり、必然であり、最善なのだ。

そして、それは自分の成長のために必要な「何か意味のあること」。


「運とツキを招き寄せる法則は古今に不変」

にっこり笑って、人生の試験を乗り越えたい。

・・・

<参考:家訓「伝家宝」(安岡正篤)>

(1)我が幸福は祖先の遺恵、子孫の禍福は我が平生(へいぜい)の所行にあること、
   すでに現代の諸学にも明らかなり。

(2)平生・己れを省み、過ちを改め、時理を正し、恩義を厚くすべし。
   百薬も一心の安きに如かず。

(3)良からぬ習慣になれるべからず。
   人生は習慣の織物と心得べし。

(4)成功は常に苦心の日に在り。
   敗事は多く得意の時に因ることを覚るべし。

(5)事の前に在りて怠惰、事に当たっては粗忽(そこつ)、
   事の後に於ては安逸、これ百事成らざる所以なり。
   天才も要するに勤勉のみ。

(6)用意周到なれば機に臨んで惑うことなし。
   信心積善すれば変に遭うて恐るることなし。

(7)不振の精神・退廃せる生活の上には、何ものをも建設するに能わず。
   永久の計は一念の微にあり。
 
      (以上、安岡正篤語録「一日一言」

     (http://utorongo.otemo-yan.net/e319075.html より複写)

          <感謝合掌 平成29年9月9日 頓首再拝>
7:伝統 :

2017/09/26 (Tue) 03:14:45


       *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年08月25日)」より

   (観相学、藤木相元氏の心に響く言葉より…

   よく「男の顔は履歴書」とか、
   「男の顔は四十を過ぎたら自分の責任」などといわれます。

   これは男に限らず、人はある程度の年齢になると、
   持って生まれたその人の運と、それまでに得てきた運とが
   加味されて顔が整っていくということをあらわした言葉ともいえます。

   顔には、その人の運がすべてあらわれ、
   そのときどきのツキの有無までわかります。


   こういった観相学を修めた人ではなくとも、
   毎朝、自分の顔を鏡でチェックするという習慣をつければ、
   どんな人でも運を見る目が養われます。

   肌の色つやがいいねえ、などとよく口にしますが、
   この色つやが顔を見るときの一番のチェックポイントになります。

   いい状態、つまり運が向いているときは、まず顔のつやとなってあらわれます。


   つやはその人の勢いをあらわすものですから、
   額がテカテカしていれば、ひじょうにいい運が向いてくる状態になっている
   と思っていいのです。

   これは、単に脂肪が浮いただけでは
   テカテカといった光は帯びないのですぐにわかるはずです。

   ためしに、いま勢いのある政治家や財界人の顔をよく見てみればわかります。

   まず例外なく、顔に光を帯びています。


   このつやは人の心に正直で、
   気持ちが「明」ならば、ホクロまでつやつやしてきますし、
   「暗」になっていれば消えてしまうのです。


   「水もしたたるいい女」「夕立のような女」と、
   昔の人はつやのある女のことを表現しましたが、
   これは、人間の体の3分の2を占める水分をエネルギーとして
   燃やして発散するほど、恋でも仕事でも心の動きが活発である人ということです。

   生きのいい人のことを「みずみずしい」というように、
   まさしく水がつやとなってあらわれているわけです。

   したがって、心にハリのない人はつやもなく、しぼんで見えるということです。


   ですから、自分の顔につやがないと感じたら、
   朝、太陽を呑み込み、鏡のまえで笑うということを毎朝続け、
   明の体質づくりを心がけることがだいじです。

   自分の顔をつやのないまま放っておくのは、
   みすみす運を逃がすようなものです。

        <『運の作り方開き方』PHP文庫>

               ・・・

「運勢の強い人は、 みんなピカピカつやつやの顔を しているものです」
(変な人が書いた成功の法則)より

斎藤一人さんは、運をよくしたいなら、顔につやをつけなさい、という。

顔につやがあると、
「最近元気そうだね」とか「何かいいことあったの」とか言われる。

パワーがみなぎっているのを感じるからだ。


反対に顔に生気がない人は、
具合悪そうに見えたり、元気も、やる気もなさそうに見える。

死んだような顔とか、魂を抜かれたような、うつろな表情、だ。
なんの勢いもパワーも感じない。


勢いのある人は、エネルギッシュで、活力に満ちている。

それが顔につやのある人。

顔につやがあれば運が向く。

          <感謝合掌 平成29年9月26日 頓首再拝>
8:伝統 :

2017/10/10 (Tue) 05:05:17


         *『白鳩』(昭和49年1月14日の箴言)より

   『信仰の科学』の61頁には
   『憂鬱と悲観に曇った気持は感染するのである。
   暗い表情は全て暗い影を投げかけるのである』 
   と示されているのである。

   あなた達は常に、明るい微笑を頬に湛え、希望と愛とに輝く
   瞳をもって人々に対するようにしなければならない。

   生長の家の練成会は〃心の訓練〃によって健康を増進し、
   運命を好転し、事業を繁栄に導き、家庭に調和を実現するための
   〃練成〃を目的とするのであるけれども、
   「笑いの練習」という表情を明るくする練習があるのである。

   〃明るい表情〃 〃ニコヤカなる微笑〃 〃憂鬱を吹きとばす哄笑〃 
   というものは、肉体の表情の訓練であるけれども、
   「類は類を引き寄せる」という法則によって、
   その人に明るい運命を引き寄せることになるのである。

   冷たく固い表情をもちつづけて一生涯一度も笑ったことのないような人は、
   表現すべき感情が、鬱結内攻してしまっていて、その結果、その感情の
   鬱結の‘かたまり’を生ずる腫瘍又はそれに類似の病気
   を引き起こすこともあるのである。


   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=809

          <感謝合掌 平成29年10月10日 頓首再拝>
9:伝統 :

2017/10/25 (Wed) 03:21:24


          *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年10月23日)」より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   私たちは、一人ひとりを本当に大切にしているか、
   ということを常に考える必要があります。

   例えば、手紙をくれた人に返事を書こうと思いながら、
   つい書きそびれて月日が経ってしまい、
   いつの間にか忘れてしまうことは少なくありません。

   同じように宅配便で何かを贈ってもらったとき、
   すぐに礼状を出せばいいものを、「そのうちに」と思っていると、
   先方から電話があり「着きましたか」と聞かれることになります。

   贈ってくれた人は、何も礼状が欲しいわけではなく、
   届いたかどうか、確認したいだけです。

   ですから、「届きました。ありがとう」という
   礼状を出す(あるいは電話をする)ことが、その人を大切にすることになる
   のですが、私たちは、ついついなおざりにしているような気がします。


   一人ひとりを本当に大切にしているかどうかで、
   実はその人の「運命」が決まってきます。

   「運命」というものは「人が運んでくるもの」です。

   運んできてくださった人に「感謝」し、「手を合わせる」、
   ということを続けていると、その人の人生は、
   「嬉しさ」や「楽しさ」、「喜び」に満ちたものになっていきます。


   極端に言うと、「運命」には
   「運がいい」とか「運が悪い」ということはありません。

   「運が悪い人」というのは、
   目の前の「運」(人)を見過ごしている(大切に思っていない)
   ということにほかなりません。

   一人ひとりを大切にしている人は、必ず良い「運命」を手に入れます。

   「運」は「人によって運ばれてくるもの」なのですから。


   「運にめぐまれている人」というのは、別に次から次へと
   「幸運がやってくる人」という人ではありません。

   一人ひとりを大切にしている人なのです。

   人との「出会い」や「つき合い」を大切にしていくかどうかで、
   自分の将来が決まっていく、ということに気がつかなければいけません。


   一人ひとりを大切にしない人に「幸運」はありません。
   つまり、良いものが運ばれてくることはないのです。

   逆に、一人ひとりを大切にしている人
   (社会的な地位や身分というものには関係なく、
   人間一人ひとりを本当に大切にしている人)は、「幸運」を手に入れます。

   それは、金銭的経済的にプラスになるということではなく、
   目に見えない「運の良さ」というのもです。


   「今まで自分は、運が悪かった」「ついてなかった」と嘆く人は、
   もしかしたら、一人ひとりを大切にしてこなかったのではないでしょうか。

   もう一度、自分の日常生活を見直してみましょう。


   報酬や仕事というものに関わっていなくても、
   自分と縁のある人、出会う人というのが必ずいるはずです。

   その一人ひとりを、できるだけ大切にしていくことです。

   そうすれば、今までにない「幸運」な日々が展開していきます。

         <『神さまに好かれる話』三笠書房>

             ・・・

坂村真民さんに「二度とない人生だから」という詩があるが、
その中にこんな一節がある。

「 二度とない人生だから

一ぺんでも多く便りをしよう

返事は必ず書くことにしよう」


また、茶道に「一期一会(いちごいちえ)」という言葉がある。

一生にもう二度と会う機会はないのだ、と言う気持ちで、
その場その場の出会いを大切にする、ということ。


運とは人のことだ。

それは、目の前に現われた人をどれだけ大事にするかということ。

相手の、地位が高いとか、肩書があるとかは関係なく、
そのご縁に深く感謝し、手を合わせる。


運にめぐまれている人は…

一人ひとりを大切にし、感謝多き人。

          <感謝合掌 平成29年10月25日 頓首再拝>
10:伝統 :

2017/11/09 (Thu) 04:37:04

    
        *メルマガ「人の心に灯をともす(2011年11月07日)」より

   (米長邦雄氏の心に響く言葉より…)

   運がよくなるにはどうするか。

   それには運のよい人と付き合って、
   運の悪い人とは付き合わないことです。

   では、問題は、運が悪い人はどういう人で、
   運がいい人はどういう人かを、いかに見分けるかですね。

   私はその人と会った瞬間、運がよい人か悪い人かをすぐに見抜くことができます。

   これは私の一番の特技でもあるわけですが、結論の部分だけを申し上げますと、
   運のいい人、運の悪い人の差というものがあるんです。

   運の悪い人は次のような感情を持っています。
   他人と自分を比較して「妬(ねた)む」「そねむ」「ひがむ」「恨(うら)む」「憎む」…。

   そんな人に運はやってきません。

   お付き合いする女性が運が悪い人だと、男性の運気はガタガタッと落ちるんですよ。

   相手の運がよいと男性の運気は上がります。

   結局、「妬む」「そねむ」「ひがむ」という気持ちがない人は 、
   長い時間一緒にいたとしても「あの人は素晴らしい」「すてき」
   といった言葉ばかり口にします。

   「金もなければ、仕事もうまくいかない」と感じていた時に
   「でもあなたのここが好き」と言われたら、
   男性は誰だって「よし、やる気が出てきた」となりますね。

   それで運もよくなる。

   それが、「あんた、本当にダメな男ね」と いつも言われていたらどうですか。

   日頃持っている恨みつらみなどが、
   その男性の生活や仕草に全部出るようになりますから。

   そうすると運が悪くなっちゃうんですよ。


   相手の運をよくするには、まず自分の運をよくすることが大切なわけですけれど、
   自分がよい感情を持ち合わせているか。

   もう一つは、相手がそれを持っているかどうかを知ることです。

            <『月刊致知 12月号』致知出版社>

        ・・・・

マイナスの言葉、ネガティブな言葉、暗い言葉ばかりを発する人で、運がいい人はいない。

普段使う言葉は、その人の日頃の生活習慣や、姿勢などを
もっともよく表すバロメーターだからだ。

ニコニコと明るく元気のいい人は、
必ずプラスの言葉、相手を喜ばす言葉を使っている。

だから、運もいい。

「朱(しゅ)に交われば赤くなる」の言葉の通り、悪い友と交われば、悪くなり、
良き友、運のいい友と交われば、運がよくなる。

マイナスのオーラを発している人には決して近づかないこと。

運のよい人と付き合うことはとても大事なこと。

          <感謝合掌 平成29年11月9日 頓首再拝>
11:伝統 :

2017/11/25 (Sat) 04:52:14


        *『 生長の家 』(昭和24年3月18日の法語)より

   自分の運命が向上しないのは、
   自分の与える分量が少ないからである。

   すべて自分の運命は
   自分自身で作るのである。

   吾々の生命を悪鬼のように吸血し、黴菌のように浸蝕し、活力を涸渇せしめ、
   仕事の能率を低下せしめ、有為の人材をして無力化してしまうのは、
   仕事を一所懸命に行う所の克苦精励によってではないのである。

   吾々の活力を奪い、精力を衰耗せしめ、
   人生観が真暗がりになるほど神経を衰弱せしめるものは、
   健康の法則にそむいたる日常生活に於ける誤れる習慣である。


    → http://blog.goo.ne.jp/porarisu5gou/e/5798ef1d2f7a1b278ba30ff640148c2b

          <感謝合掌 平成29年11月25日 頓首再拝>
12:伝統 :

2017/12/13 (Wed) 04:44:48


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2017年12月02日)より

   (マーク・レクラウ氏の心に響く言葉より…)

   なぜ一部の人はいつも幸運に恵まれ、
   その他の人たちは不運にさいなまれるのか?

   イギリスの著名な心理学者リチャード・ワイズマン博士は
   「運」について研究し、次のような結論に達した。


   「運というものに科学的な根拠はない。唯一の違いは、
   自分は幸運だと思うか不運だと思うかである。
   言い換えれば、自分にいいことが起こると予想するか、
   悪いことが起こると予想するかである」


   これは非常に含蓄のある言葉であり、肝に銘じる価値がある。

   ワイズマン博士はどうやってこんな結論に達したのだろうか?

   ある研究で、被験者たちに新聞を通読し、
   掲載されている写真の数を数えるように指示した。


   自分は不運だと思っていた人たちは答えを出すのに平均2分かかったが、
   自分は幸運だと思っていた人たちはほんの数秒で答えを出した。

   なぜなら、その新聞の2頁目に大きな字で
   「この新聞には43枚の写真が掲載されている」と書かれていたからだ。

   その答えはあまりにも明白だったが、
   自分は不運だと思っていた人たちはそのメッセージを見落とし、
   自分は幸運だと思っていた人たちはそれを見た。


   さらに、博士は新聞の中ほどに
   「実験者に『これを見た』と言えば250ドルが当たる」という
   別のメッセージを書いておいた。

   やはり、自分は不運だと思っていた人たちはチャンスを見落とし、
   自分は幸運だと思っていた人たちはチャンスをつかんだ。


   このように、幸運か不運かは、
   いいことが自分の身に起こることを予想しているかどうか
   という問題にすぎない。

   ネガティブな物の見方をしているかぎり、脳はチャンスに気づかないのだ。


   物の見方がポジティブなら、脳はチャンスを見つけてつかむことができる。

   繰り返すが、私たちの予想が現実をつくり出すのである。

   よい結果を予想するなら、脳はそれにいち早く気づくことができる。


   《幸運な人は幸運が訪れるのを待つのではなく、
   創意工夫して自分で幸運を創り出す(タル・ベン・シャッハー/心理学者)》


      <『習慣を変えれば人生が変わる』ディスカヴァー>

             ・・・

松下幸之助翁の運についての話がある。
『啼かなくていいホトトギス (中経の文庫)』より

『商品を運んでいる少年時代に、
路面電車のレールに自転車のタイヤが滑ってしまい、転んでしまったそうです。

路面電車はすぐに気がつき急停車し、体の前で止まってくれました。

「電車も止まってくれたし、まわりの人も商品を拾って集めてくれて、
わしは運が強い」と言い続けたそうです。

さらに、大阪湾内で、夏の日に海に落ちたこともありました。

この時も船が気がついて、松下少年は事なきを得たのですが、
このときも「わしは運が強い」と言い続けました。

「もし冬の日だったら、病弱な自分は助からなかっただろう。
落ちたのが夏でよかった。わしは運が強い。運が強かった」と言い続けたそうです』


本当に運がよければ、自転車で転ばなかっただろうし、海に落ちたりはしない。

しかし、その起こったできごとをどう捉えるかで運命は変わる。

「私は運がいい」と思うか、「私は不運だ」と思うのか。


自分は、運がいいと思えば、運がいいことを脳は探し始める。

不運だと思えば、不運なことを探す。


「自分は幸運だ」、といつも思える人でありたい。

          <感謝合掌 平成29年12月13日 頓首再拝>
13:伝統 :

2017/12/30 (Sat) 03:40:03


         *Web:MAG2NEWS(2017.06.06)より

(1)カネ持ちの多くが慈善事業や寄附行為を人知れずやっています。

   他者にプラスのエネルギーを注いだら、自分にも何か還って来てしまう。

(2)運が下がっている、金運がヤバいことになっていると自覚したら、
   真っ先にやることがあります。それが寄附行為なんです。

(3)人生のカラクリって、「自分のため」からどれだけ離脱出来るのかが、
   自分に入って来るプラスのエネルギー量を規定するというところにあるんです。

   寄附、チャリティー、慈善事業って他者のためでしょ。
   自分のためじゃないわけですよ。

   ここにプラスのエネルギーを注ぐと、それが回り回って(オマケに巨大になって)
   自分のところに還って来てしまうんです。

   これが宇宙の法則なのです。

(4)世界のおカネ持ちの多数を占めるユダヤ人の教えであるタルムードには、
   収入の10%を常に寄附しなさいって書いてあるんです。

   これを子供の頃から実践しているんですよ。
   なんたってもらったお小遣いやお手伝いをしてもらうお駄賃だって、
   親はそこから10%を寄附させるんですから。

   彼らが世界の経済を牛耳っている理由が分かりますよね。

   (http://www.mag2.com/p/news/252028

          <感謝合掌 平成29年12月30日 頓首再拝>
14:伝統 :

2018/01/11 (Thu) 03:59:07


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年01月04日)より

   (リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…)

   《「運が味方してくれる人」、絶対の共通点》

   私たちは、あら探しをしたり、人の話にけちをつけたり、
   欠陥を見つけることに関してはエキスパートである。

   どこかへ出かけてみたらとても混んでいたとか、
   子供の学校に問題があったとか、腹を立てることは簡単にできる。

   いつだって、探しているものは目に入るようになっているのだ。

   たとえばホテルに泊まって文句をつけるネタを探せば、いくらでも見つかるだろう。
   同じように、人に対して、あるいは生活様式、住んでいる場所、
   仕事についてあら探しを始めたらきりがない。


   だが、この理論は逆の方向にも働く。

   もし、よい面を探そうとすれば、それが駐車スペース、仕事、隣人、子供の学校、
   友人、行楽地など、何であろうと、きっと気に入るものが見つかる。

   あなたはただ、条件や選択肢をいろいろ調べて、
   自分に合わないものや要求を満たさないものを除いていけばよい。

   実に簡単なことだ。


   以前、仕事を辞めたいという人と話をしたことがある。

   車のセールスの仕事は相手から断られることが多く、それに耐えられないというのだ。

   ところが、話をしているうちに、
   彼は自分が今まで断られたことばかりに目を向けていたことに気づいた。

   何とか契約成立にこぎつけたこともたくさんあったのである。

   一つ契約が成立した嬉しさを思えば、そのための苦労など、ものの数ではない。


   彼は仕事に取り組む姿勢を変えた。
   その結果、断られてもあまり気にならなくなり、
   その結果、フラストレーションが減っただけでなく、売上成績も上がったのである。

   ぜひ、今日からでもこの発想の転換を試してみてほしい。


   自分の不運や不満を嘆いたリ、怒ったりするのではなく、
   目を見開いて、辛抱強く、あなたがすでに「手にしているもの」を探してみる。

   腹を立てるためにネタを探すのではなく、自分の好きなものを探してみる。

   頭にくる人に目を向けるのではなく、そういう人は視野の外に追いやって、
   好意を持てる人、見ていて気持ちのいい人を見つけてみる。

   そして、そんな人が見つかったら、
   「ほら、いい人だっているじゃないか」とつぶやいてみよう。


   結局、自分がどこへ目を向けるかという問題なのだ。

   世間にあふれている腹立たしいことに対して、
   それがそこにあるというだけで目を向けるのか、
   それともほんのひと握りではあるが、好ましいことに目を向けるのだ。

   この発想の転換をすることで、毎日がどんどん楽しくなっていく。

         <『小さなことにくよくよしない88の方法』王様文庫>

               ・・・

以前、「犯罪者のなり方」というような記事を読んだことがある。

その方法は、朝からテレビの前に座り、ニュースだろうが、ドラマだろうが、
天気予報だろうが、その番組の出演者やアナウンサーが話していることに対し、
いちいち、文句やいちゃもんをつけるという訓練だった。

それを続けると、どんな言葉に対しても瞬間的に、
文句やいちゃもんをつけられるようになるという。

文句やケチをつけるのがクセになっているような人は、
まさにこのような訓練を毎日しているのと同じ。


だが、反対に「運が味方してくれる人のなり方」というのがあるとしたら、
「文句」の逆をやればいい。

朝からテレビの前に座り、流れてくる言葉一つひとつを、
ほめたり、感謝したり、許したり、感動したりする。


アナウンサー:「本日の天気は、晴れ時々曇り、寒さが一段と厳しくなりそうです」

自分:「素晴らしい! なんて素敵なんだ! やったね! 」


「結局、自分がどこへ目を向けるかという問題」

運が味方する人でありたい。

          <感謝合掌 平成30年1月11日 頓首再拝>
15:伝統 :

2018/01/23 (Tue) 03:35:37


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年01月06日)より

   (鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…)

   私は40年前の今ごろ、自転車の荷台に荷物を詰めるだけ積んで、
   ハンドルをとられながら、自転車で行商をしていました。

   そのときは、何一つ自分の思い通りになることはありませんでした。


   まず商品でも、自分の欲しい商品は一つも手に入らない。

   本当はあの商品を売りたい、この商品があればというふうに思いましたが、
   そんな私が望むようなものは何一つ手にすることはできませんでした。

   いずれもメーカーさんが売れなくて、
   倉庫の隅に埃(ほこり)をかぶって置いてあるようなものを譲り受けて、
   その商品を自転車に積んで売り歩きました。


   しかも、私がかつて勤めていた会社の知り合いのところへ行くことはせず、
   まったく新しい、私のことを全然知らない人のところを訪ねて歩いたわけですから、
   最初に行ったところでは口もきいてくれませんでした。

   こちらが挨拶をしても、横を向いて知らん顔をしている。
   私が立っているということを知っていても、だれも相手にしてくれない。

   どっちを向いても私は八方ふさがりという状況の中から仕事を始めました。


   私が好むようなことは何一つできない。
   だからこそ私は努力をしたわけです。

   もし思い通りの商品が手に入って、行った先々で
   私のねらったように商品が売れていたら、私は努力をする必要はなかったわけです。

   今から思うとつらいこともありましたが、本当にありがたかった。

   そのおかげで、私のようにもともと意気地なしで能なしが、
   こうして世の中のだれにも迷惑をかけずに人生を送れるようになれました。


   これは創業期からずっと長い間、
   思い通りにならないことばかりが続いたおかげだと思っています。

   くどいようですが、もし思い通りになることばかり続いていれば、
   努力なんかまったくしないで、のうのうと人生を送っていたと思います。

   現に、そういう人生を送っていた人たちは、
   みんないずれも私の目の前から姿を消していきました。

   私よりはるかに先輩で、なおかつ商売も上手で、
   会社をどんどん大きくしていった方々がいずれも姿を消していったことを見ても、
   私が申し上げていることは、絶対に嘘偽りではないと信じていただきたいと思います。

   どうか不都合なこと、嫌なことは自分を鍛える最大の味方であるというふうに思って、
   それに取り組んでいただきたいと思います。

           <『小さな実践の一歩から』>

                ・・・

ダスキンの創業者、鈴木清一氏は、こう語った。

「損と得とあらば損の道をゆくこと」


「損の道」とは、嫌なことや面倒なこと、つらいこと、効率の悪いことなど。

その「損の道」が自分を鍛えてくれる。

しかし、反対に「得の道」を行けば、楽をして努力をしなくなる。

楽なことに慣れきってしまった人は、ひとたび環境が厳しくなったら生きてゆけない。


「楽は苦の種、苦は楽の種」

思い通りにならないことが運を呼ぶ。

          <感謝合掌 平成30年1月23日 頓首再拝>
16:伝統 :

2018/02/06 (Tue) 03:17:08


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年01月09日)より

   (萩本欽一氏の心に響く言葉より…)

   ■アイデアは、気づくこと。

   それ自体は、才能があるからできることではないよね。
   だって、気づいたことが当たりかハズレかは、その時点では五分五分なんだから。
   それも、運なんだ。

   だから、気づいたことがたまたま当たるように思ってさ。
   正月、お盆、人が休む時に考えるわけね。

   神様が運をくれるような気がするから。



   ■こういう平日の昼間に考えても、
    いい案は出てこないような気がしちゃうんだね。

   この日テレでも、フジでも、テレ朝でも、どこでもみんな考えている時間だから。

   おれは「いいこと考えた」とは言わないの。
   「いい時に考えた」って言うんです。


   ■いま、ゴールデンウィークの最中でしょ?

   だから、カメラを回して考えてみる。

   いまなら、神様が「どこに運をあげようかなぁ」って時の候補になりやすいもん。
   だから、人が遊んでいる時に必死に考えると、トクすることが多い気がするのね。

         <『誰も知らない、萩本欽一。』ぴあ>

              ・・・

欽ちゃんは、「運は一つ」だという。

たとえば、仕事が順調にいって、運が仕事に来すぎているときは、
家族が病気になるかもしれない、と。

だから、そういう時は、金魚とか犬とか猫とかの、ペットを増やしたという。


欽ちゃんほど、「運の神様」に対して、
「恐れを持って」、「謙虚に」、「低姿勢」で向き合う人はいない。

テレビの収録でハワイに行ったときも、
欽ちゃん以外のスタッフやタレントさんが遊びに出掛けるなか、
仕事で行ったのだからと、ホテルの室内にこもって、
泳ぎに行ったりとか、バカンスを楽しんだりは一切しなかったという。

〈仕事の運が落ちるから〉だそうだ。


「人が遊んでいる時に必死に考える」

運の神様に好かれる人でありたい。

          <感謝合掌 平成30年2月6日 頓首再拝>
17:伝統 :

2018/02/13 (Tue) 03:15:14


           *「光明法語」(2月13日)より

不深切、残忍、卑怯、殺人、盗罪ーそのようなことは神の愛にそむくのである。
神は愛であるから、神の愛にそむく一切の行は神と波長が合わないのである。

吾々が人の悪を決して云わないことに決心し、
それを実行した時に屹度その人は運が向くのである。

更に自分の不運をかこたぬことにしたら一層運が向くだろう。

他人の不運(悪口)を呟くのも、どちらも神の子をけがす罪なのである。
キリストはすべての罪は赦されるけれども
聖霊をけがす罪は赦されないと言っている。

聖霊の出生である人間の悪口を言ってはならぬ。

          <感謝合掌 平成30年2月13日 頓首再拝>
18:伝統 :

2018/02/20 (Tue) 03:31:00


      *メルマガ「成功への道しるべ(2018年1月31日)」より

(1)パナソニックの創業者・松下幸之助氏は 人を採用するとき、

   「君は自分のことを運がいい人間と思っているか、
    運が悪い人間と思っているか」

   と尋ね「運が悪いと思っている」という人は採用されなかったといわれます。

(2)誰でも成功する時もあれば、失敗する時もあります。
   運がよいと思っている人と、悪いと思っている人の、
   その時の反応をちょっと考えてみました。

  ①「私は運が悪い」思っている人が、失敗すると、
   これだけ努力したのにと落ち込み、誰ということなく恨みを抱いています。

   成功すると、自分の努力が実った、成功は自分で勝ち取ったものと思っています。
   高慢になり、もっと評価されてよいのにと思ったりしています。
   成功の果実を分かち合うという発想がありません。

  ②「私は運がよい」と思っている人は失敗しても、
   しょせん「運」だからと過度に落ち込むことがありません。
   他人を責めることなく、他人の失敗にも寛容です。

   成功した時も、しょせん運だと高慢にならず謙虚です。
   お陰様でという思いがあって、成功の果実を独り占めにしません。


   だから「運がよい」と思っている人は、更に運がよいことを引き寄せ、
   「運が悪い」と思ってる人は、更に運が悪いことが引き寄せます。

   人とのお付き合いも、できれば、
   運がいいと思っている人を選んだ方がよさそうです。

(3)もっと重要なことは私達自身が「私は運がよい」といつも思うようになることです。
   ただ運がいいと思うのも、運が悪いと思うのも生まれ付きのものではなく、
   後天的に身に付けた考え方の習慣ですから、変えることは可能です。

   松下幸之助氏は「私は運がいい」と毎日20回は反復されていたということを
   最近になって知り、そんな努力もされていたことに驚かされます。

   「私は運が悪い」と思っている人が幸之助氏と同じ
   1日20回ではとても無理でしょう。
   しかし幸いなことに「私は運がいい」と言う位ことなら
   1日数百回でも、そう難しいことではありません。

   そうれば、少しづつであっても
   「私は運がいい」といつも思えるようになっていきます。

(4)いいことに出合って「私は運がいい」と思うことは容易ですが、
   悪いことに出合った時も「私は運がいい」思うことが大切です。
   そして実際そうなっていくのです。

   そんな時,“ついていないなぁ”とか“イヤだなぁ”と思っていると
   益々ピンチを増幅し苦しむことになります。

   同気相求めるのです。

   「どんな困難や難局にも、それを遥かに上回る成功の芽が潜んでいる」
   といわれます。

   だから「私は運がいい」と思い取り組めば、
   偉大な成功の芽を見つけることが出来るのです。

   偉大なものごとの達成は、ほとんどの場合
   これ以上はないという困難にであっていることからも分かります。

(5)「ツキを呼ぶ魔法のコトバ」の著者:五日市剛氏は困難に出会ったら、
   まず「ありがとう」とか「感謝します」と言うことを薦められています。

   そうすることでイヤな思い、流れを断ち切ることが出来、
   そして前向きに取り組めば、
   ピンチを大きなチャンスに変えることが出来ます。

   だから「ありがとう」は 「有難う」難有りと書きます。

   五日市さんのアイディアも取り入れ
   「私は運がいい、ありがとう、感謝します」と反復してはどうでしょうか?

(6)最近あるクライアントさんから教えられたアイディアです。

   マイクロ・ジャクソンの「鏡の中の人」
   (良く知られた名曲だというのですが、私はそんな曲あることも知りませんでした) 

   マンインザミラー/マイケル・ジャクソン【日本語字幕】
   → https://www.youtube.com/watch?v=2EarI65CO7c

   その詩に 

   「鏡の中の人を変えなさい、自分も周りの世界も大きく変わります。」
   
   というレフレインがあるそうです。

   鏡の中の人、即ち私に向かって、心を込めて反復すると、
   確かに効果は何倍もあるように思えます。


編集後記

■声に出して反復することは、そのように思うようになることのための
 手段であることを認識していることが必要です。
 だから鏡を使って心を込めて言う方が、より効果的なのです。
 
 中村天風氏は寝る前に反復すると寝ている間もその思いが続き、効果的に
 潜在意識に刷り込まれるといわれています。

          <感謝合掌 平成30年2月20日 頓首再拝>

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