伝統板・第二 205239

「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

本掲示板の目的に従い、法令順守および社会倫理の厳守をお願いします。本掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付のうえ、本掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。


(五月)の法語

1:伝統 :

2017/05/01 (Mon) 04:49:20

このスレッドでは、他の掲示板等から、次の3つの法語を紹介してまいります。



(1)『 生長の家 』  昭和二十五年五月号
            谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の壱より紹介
            http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


(2)『 生長の家 』  昭和二十六年五月号 
            谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の壱より紹介
            http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


(3)『 生長の家 』  昭和三十二年五月号
            『 真理 』第9巻 生活篇第11章
             「 自己が自己の主人公となること 」

・・・

《親切丁寧と云うこと》

           *『光明道中記』(P138)より

どんなに『生命の實相』を読んでも、法話を聴いても、
それが日常生活の茶飯事にすら顕れるようにならなければ駄目である。

聴いただけで生活に顕れて来ない真理は、
名前を聞いただけで食べない料理と同じ事である。
それでは吾等の生命は餓えて了うしか仕方がない。

「深切丁寧」と云うことが道を行ずる上に第一のものである。
「深切丁寧」とは、凡てのものを深く愛し、切に礼する心である。
一枚の紙も、一粒の米も、深く愛し、切に礼することによって生きてくるのである。

不健康とは、深く愛し、切に礼する心の欠乏である。

物質を不親切に、無造作に、抛げやりに扱うと云うことを、
物質に執われない美徳のように思っている人があるかも知れぬが、
実はそれこそ、一切のものを観るに「物質」として観ているのであるから、
却って其の人は唯物論者であり物質観に捉えられているのである。

すべての事物を見るに、一塵のうちにも仏の国土あり、如来説法したまうと見るとき、
日常生活の茶飯事にも深切丁寧が滲潤する。

この意味に於て「行」が大切である。

・・・

【一日の法語(5月1日)】

(1)《吾(われ)は常に平和と安静と明朗である》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   外界に如何(いか)なる混乱状態が起って来ようとも、
   吾(わ)が内には 常に平和と安静と明朗とがあるのである。

   吾は如何なる場合にも神の方へ心を振り向け、
   現象界の不調和に心を捉(とら)えられるということをしないのである。


・・・

(2)《祈りは父子相互の霊交である》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   祈りは、吾が内在の神が、宇宙の大神に近づくところの道である。
   即ち「神の子」が「親様」へ霊交するところの方法であるのである。


・・・

(3)《暗黒の時には黎明が近づいている》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P285~286>


   (抜粋として)

   あなたの心の想い(これを想念と云います)を積極的に、建設的に、
   明るい方向に、常に保つように心懸けなさい。

   外見の暗黒さに心を引っかからせはなりません。
   常に明るい実相を見るのです。

   暗い心をもってはなりません。
   明るく愉快に現在に、誠実をもって実行を続けると
   必ず道が開けて来るのです。

・・・

<参考:5月の谷口雅春先生の言葉>

(1)陽めぐりいず~「生命の實相」第37巻幸福篇上
   → (光明掲示板・第二) 
     http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=1570

(2)神に全托する~光明法語<道の巻>
   → (谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の弐)
     http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=85

(3)聖泉(いずみ)湧き出ず~光明道中記
   → (谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の弐)
     http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=86


            <感謝合掌 平成29年5月1日 頓首再拝>
2:伝統 :

2017/05/02 (Tue) 03:55:16


(1)《吾は吾を唯幸福にのみ導き給う神を信ずる》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   外の世界に如何なることがおこって来ようとも、
   吾は吾を唯幸福に導きたまう神のあることを信ずるのである。

   吾々は現在の状態を人間の努力によって変化しようと
   力む必要はないのである。


・・・

(2)《祈りには心境が変ることを先(ま)ず願え》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   自分の心境だけの御蔭を頂くのである。

   神に祈ればその間だけでも、神の方へ心が振向けられ、
   自分の心が感化せられる、それこそが真の御利益である。

   「 神よ、みこころの如くならしめ給え 」 と
   神の方へ心を振向けることを専(もっぱ)らにする方が、
   心境の変化のためには一層よいのである。

・・・

(3)《肉体の習慣性に負けてはならない》

   (全文は)
    → (『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <286~287>)


   (抜粋として)

   霊的進歩をとげなければ、一時的の成功はあっても、
   永遠の勝利と云うことはありません。
   霊的進歩を遂げるには、是非とも神との一体感を深めなければなりません。

   私たちの肉体は結局、物質として顕れていますから、
   結局「なまけ者」であります。

   それは成るべく努力しないで楽をしたがります。
   「神想観などしたくない、面倒くさい」と思うかもしれません。
   その面倒くささに打ち勝つのが霊の働きであります。

            <感謝合掌 平成29年5月2日 頓首再拝>
3:伝統 :

2017/05/03 (Wed) 03:39:42

(1)《物事を良くするのは心配によってではない》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   「思い煩い」を唯 捨てて
   神に任せるがいいのである。

   何事をするにも神とともに歌を歌う積(つも)りで
   明るくすることが大切である。

・・・

(2)《先ず 「 内 」 なる宝を発見せよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   外の力に頼るな。先ず自分を発見せよ。
   自分の内の力を発見したら 先ずその力を働かせることが必要である。

・・・

(3)《神想観の注意》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P287>


   (抜粋として)

   神想観は先ず教えられた通りの基本的神想観のやり方から
   入って行かなければなりません。

   神想観を修するには、同一の言葉を念じても
   常に新鮮な感情を籠めて念ずるように心掛けなければならない。

   言葉がただ形式や、何の意味も感じも起らない
   呪文的繰り返しに陥らないように
   溌剌たる意味をもって念ずることが大切です。

            <感謝合掌 平成29年5月3日 頓首再拝>
4:伝統 :

2017/05/04 (Thu) 04:38:18


(1)《吾れ神と共にあり、何を恐れんや》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   今 眼の前にあるものは
   過去の想念の影であるのである。

   それはすでに ないのである。
   ないものに心を捉えられるな。

   神は今日ここにましますのである、自分の中に。
   されば吾は何を恐れんや。

・・・

(2)《真に神のパイプとなるには》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   祈りによって神の御心(みこころ)と同調し、行動の方向が決定せられ、
   その決定せられた方向に行動をとることによって、
   その人は本当に神のパイプとなり、
   神の自己実現となるのである。

・・・

(3)《常に神想観を怠らないこと》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <288~289>


   (抜粋として)

   神想観は毎朝毎晩必ず実修する習慣をつけるが宜しい。

   (神想観での祈りの例)

   「神と我とは一体である。神は完全であるから我も完全である。
   神と我とは一体である。神は霊であるから我も霊である。
   霊は金剛不壊であるから我も金剛不壊である。金剛不壊であるから
   如何なる病菌にも気候の変化にも冒(おか)されない・・・」

 
   「神の生命(いのち)われに流れ入りてわが生命(いのち)となりたまう。
   われは無限智慧、無限愛、無限生命(せいめい)、無限健康」


   「神は我が罪をゆるしたまいてわれをその慈手(みて)に抱きたまう。
   われは完全に赦されたり」

            <感謝合掌 平成29年5月4日 頓首再拝>
5:伝統 :

2017/05/05 (Fri) 03:28:09


(1)《自分を害する人にさえ其(そ)の幸福を祈れ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)
   
   神はすべてを良くし給う力である。
   神の力が自分より完全にそそぎ出(い)でるためには
   まず吾らはすべての人を赦さなければならないのである。

   すべての人を赦して、而(しか)して後に
   神に対して凡ゆるよきものを願う所の祈りが
   神に対して波長が合うのである。

・・・

(2)《実相は金剛不壊完全である》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   現象は遷(うつ)り変るが、実相は金剛不壊(ふえ)の存在である。

   遷り変る現象の不完全さに心を奪われて、
   その奥にある真実在( 実相 )の完全さを見失ってはならない。

・・・

(3)《あなたは今何(ど)んな位置に立っているか》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P289~290>


   (抜粋として)

   人間は 「 神の子 」 である。
   何(なん)らかの点に於いて 神の最高の自己実現なのです。
   だから何らかの使命 又は 天分を 神は人間に与えているのです。

   併(しか)し あなたが、若し神が
   あなたに使命づけた位置にいないならば
   どんなに物質に豊かであっても本当の幸福感は得られないでしょう。

            <感謝合掌 平成29年5月5日 頓首再拝>
6:伝統 :

2017/05/06 (Sat) 04:41:17


(1)《復活の力は「 赦し 」から出て来る》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   キリストが十字架から復活した様に、
   凡ゆる不幸の中から復活する力が
   自分の中に宿っているのである。

   神はすべての罪をすでに赦し給うたのである。
   自分も亦すべての人を赦したのである。

・・・

(2)《真の正しき祈りとは》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   神想観は、実相観であり、実相において全てのものが
   既に与えられていることを確認し肯定するため強き祈りであり、

   既にこの世界は完全であり、この人間は完全であることを確認し、
   ほめ讃(たた)え、感謝する祈りである。

・・・

(3)《生存競争の必要はない》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P290>


   (抜粋として)

   神は萬物のつくり主であり、神は無限でありますから、
   神はすべての人間ひとりひとり各々使命を与えているのであります、

   この真理が分れば本当にこの世界には生存競争はあり得ないし、
   嫉妬や、利益の分け前で争うことの必要もないのである。

   あなたが何か現状に不満足であるならば、
   あなたの内なる神が、あなたの本当の位置を探しているのです。

            <感謝合掌 平成29年5月6日 頓首再拝>
7:伝統 :

2017/05/07 (Sun) 03:54:53


(1)《消極的な考えを捨てよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   吾々を不幸にするものは外界の状態でも、
   時代の流れでもないのである。

   それは自分の心が消極的に傾いていることである。

   これらの消極的な心の態度を克服する時、
   直ちに積極的な働きが自分の内から生まれて来るのである。

   而して何よりも、人間が神の子であるということを知ることである。

・・・

(2)《困難な時ほど 「 神の子 」 を自覚せよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   困難が来たときに其の人の信仰がテストされるのである。

   そんなときに言葉の力によって自己が神の子であることを強調し、
   「 吾れは神の子であり、神の愛に強く支えられているから
   如何(いか)なる困難をも克服し得るのである。
   神よあなたの愛に感謝いたします 」 と

   繰返し念ずることは信仰を更に強め困難を乗り切る力を与えるのである。

・・・

(3)《心はレンズである、向ける方向のものを映し出す》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P291>


   (抜粋として)

   私たちは実相の「完全な供給」の方に
   「心のレンズ」を向けるようにしておれば、
   現象界に映ってくる姿は「完全な供給」のみとなって来るのです。

            <感謝合掌 平成29年5月7日 頓首再拝>
8:伝統 :

2017/05/08 (Mon) 04:30:42


(1)《不幸を数えるよりも幸福を数えよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   「 私は神の子だ。私は神の子だ 」 と
   常に間断なく心の中に宣言せよ。

   凡ゆる神の祝福が神の子には
   与えられているのである。

   まず不幸を数えあげるよりも、
   幸福を数えるようにすべきである。

・・・

(2)《困難を克服する言葉》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   困難に面したときは 次の如(ごと)く念ずるが好い。

   「 困難と見え、病気と見えるのは仮想であって
   本当の相(すがた)ではないのである。

   吾れは神の創造(つく)りたまいし 此(こ)の世界が常に善に、
   永遠に善であり、常に調和していることを知るのである。
   されば吾れに敵対する者は 何一つあり得ないのである。 」

・・・

(3)《心は「実相」と「現象」とをつなぐパイプである》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P292>


   (抜粋として)

   また心は一種の「パイプ」に喩えることが出来ます。
   そのパイプの一端は「実相」(無限供給の世界)につながっているのです。
   パイプのもう一方の端は「現象世界」につながっているのです。

   私たちが若し、この神の無限供給 ―― 智慧の供給、愛の供給、
   生命(せいめい)の供給、富の供給、歓喜の供給、調和の供給を
   邪魔しさえしなければ、無限に楽しい極楽浄土が
   此の儘地上に実現するのです。

            <感謝合掌 平成29年5月8日 頓首再拝>
9:伝統 :

2017/05/09 (Tue) 04:34:54


(1)《感謝と愛念をすべてに送れ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   自分の目の前にあるすべての事物に感謝と愛念を送ることは、
   そのすべての事物を完全ならしむる所の
   もっともよき方法である。

   自分は今日から凡(あら)ゆる事物に
   感謝と愛念を送り、
   さらにすべての人々に感謝と祝福の念を送るのである。

・・・

(2)《勝利者としての確信》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   「 われ常に人生に於いて勝利す 」 と云うのが
   我らの標語でなければならないのである。

   神はわが生命(いのち)であり、
   わが内に神いまして、わが事業を導きたまい、
   わが肉体の健康を維持したまうのである。

   これを信ずるとき 如何なる病いも如何なる不幸も
   我を害することは出来ない。

・・・

(3)《すべての「善き物」と「幸福」は「実相」から来る》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P293>


   (抜粋として)

   私たちは、すべての善き物を唯、
   「神」からのみ、「実相」からのみ得ることが出来るのです。

            <感謝合掌 平成29年5月9日 頓首再拝>
10:伝統 :

2017/05/10 (Wed) 03:57:12


(1)《神の扉は暴力では開けない》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   まず神の扉を開くことが第一である。

   神の扉は 暴力では開けない。
   我(が)の力でも開けないのである。

   それは感謝によって開かれ
   愛念によって開けるのである。

・・・

(2)《先ず人生観を変えよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110

   (抜粋として)

   人生が思うようにならないとか、
   健康が思うようにならないとか云うものは、
   自己の想念を変化し、自己の人生観を変化し、
   生活感情全体が変化しなければならないのである。

   楽観的な気持をもって、自己内在の力を出来るだけ出すようにするならば、
   事業に於いては新しき機会が、健康に於いては新しき活力が、
   おのずから目覚めて来って、
   輝かしい成功と健康とを実現することが出来るのである。

・・・

(3)《神の智慧を頂くこと》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P294>


   (抜粋として)

   実相界からの智慧を遮断されたる「人間的工夫」ほど
   愚かなものは無いのです。
   それは賢(さか)しらに見えつつ却って失敗するのです。

   先ず仕事や勉強を始める前に暫く祈って、
   神の智慧と能力を頂いてから始めましょう。

            <感謝合掌 平成29年5月10日 頓首再拝>
11:伝統 :

2017/05/11 (Thu) 03:11:29


(1)《内在の 「 神の子 」 をくらましてはならぬ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   吾々は自分に宿る 「 神の子 」 を通してのみ、
   凡ゆる困難に打ち勝って勝利者となることができるのである。

   吾に宿る神の子は、
   自己に宿るキリストであり、
   内在の仏性である。

   それに目覚めることが第一である。

・・・

(2)《神に対して心を調節せよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   常に、自分の心を神に向って調節せよ。

   暇ある毎に5分間でも3分間でも利用して、眼をつぶり、

   「 自分は神と一体である。神は愛であるから、
   自分は常に神の愛に護られている 」 と

   暫時(ざんじ)思念することは、心の調律に大変よい。

・・・

(3)《或る西洋の寓話》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P295>


   (今回は、全文表示)

   或る日、父と子供とが花園の手入れをして草花に水をやっていました。
   子供は水道の栓にゴム・ホースをつないでホースの先から出る水を
   草花に濯(そそ)いでやるのが、楽しみでした。

   ところが突然その水道の水が停(とま)ってしまったのです。

   「お父さん、水が出なくなりました!! 」と其の子供は叫びました。
   父は振り返ってゴム・ホースを見ました。
   見ると、其の子供自身がゴム・ホースを右足で踏んでいるのです。

   「お前がホースを踏んでいるではないか」と、父は子に言いました。
   子供は気がついて右足を挙げますと、また元の通りゴム・ホースから
   水が豊かに噴出しはじめました。

   ところが暫くする子供はまた叫びました。
   「お父さん、また水が停まりました。
   足は挙げているのに水が停まったのです。」

   父がまた振返って見ますと、
   今度は子供の左足がゴム・ホースを踏んでいました。

   親からの無限供給があなたの日常生活に杜絶(とだ)えるのは、
   ちょうど此の譬え話の通りであります。

            <感謝合掌 平成29年5月11日 頓首再拝>
12:伝統 :

2017/05/12 (Fri) 03:52:30


(1)《不幸と見えるものは 「 過ぎ行く 」 波である》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   何事か自分を傷つけるものがおこって来たならば、
   それを唯(ただ) 「 過ぎ行く姿 」であると観ぜよ。

   すべての悪く見えるものは すぎ行く。
   そしてよきものが顕現する過程である。

・・・

(2)《神の愛を 「 自己 」 を通して表現せよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   どんな困難な事態でも、
   真に神の愛が貴方(あなた)を通して実現するならば、
   調和が現れるほかはないのである。

・・・

(3)《執着なき「其の儘の心」に本当の智慧が湧きます》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P296>


   (抜粋として)

   ゴム・ホースの寓話は何を語るものでしょうか。

   水道の水は「神の無限供給」の喩(たと)えです。

   柔らかいゴム・ホースは、
   其の儘素直な柔(やわら)かな「受け入れる心」です。

   そのまま受ける柔(やわらか)い心である限りは
   自然法爾に供給が無限にやってくるのです。

            <感謝合掌 平成29年5月12日 頓首再拝>
13:伝統 :

2017/05/13 (Sat) 03:10:29


(1)《汝(なんじ)の舌にて善き言葉のみを語れ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   常に神にふりむけ、
   そして愛の言葉のみを語れ。
   人のよきことのみを語れ。

   かくれたる所にて 凡ゆる人々をほめよ。

   それが自己に於いて 神を現わす所の最善の智慧である。

・・・

(2)《如何なる時にも相手の内に 「 愛 」 の心を見よ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   真に幸福なる生活を送ろうと思うならば、
   周囲の人々に対して絶対調和した心持で
   いなければならないのである。

・・・

(3)《冷淡すぎるものは執着よりも尚悪い》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P297>


   (抜粋として)

   「愛が全然ない」位ならば「執着の愛」でも、
   無いよりもある方がよろしい。
   其処から愛が発展し浄化されれば、執着が浄まって誠実となります。

   煩悩そのままに菩提(さとり)となるのです。

            <感謝合掌 平成29年5月13日 頓首再拝>
14:伝統 :

2017/05/14 (Sun) 03:18:06


(1)《吾が真実の自分は 「 神の子 」 である》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)
 
   吾に宿り給う 「 神 」 が本当の自分である。

   神は吾にその生命を
   投げ入れ給うたのである。

   それ故に吾も神に吾が生命を
   投げ入れるべきである。

・・・

(2)《如何なる場合にも相手の仏性を見よ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   人の表面の言葉や、行いで、其の人の愛を疑ってはならない。
   現象を見て人を審判(さば)いてはならないのである。
   どんな人にも仏性が宿っており、キリストが宿っているのである。

・・・

(3)《神から与えられた「生命(せいめい)」はその絞りようでどんな形にも変化する》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P298>


   (抜粋として)

   再び「水道の水」とゴム・ホースの喩えをもって話すことに致しましょうか。

   そのホースの向け方によって、火事を消す働きにもなりますし、
   家中水浸しにしたり、自分の顔にまともに水を浴びることにもなります。

   その水は建設的にも破壊的にも使えるのです。

   私たちは神から与えられたる「生命(せいめい)の水」を
   破壊的に使うことを止めて、建設的に使うようにしなければなりません。

            <感謝合掌 平成29年5月14日 頓首再拝>
15:伝統 :

2017/05/15 (Mon) 03:23:40


(1)《敵はないのに敵と見るな》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   あなたの幸福が誰から奪われるかも知れないとあなたが恐怖する。
   そしてあなたが相手を敵と認める。敵はないのに敵を認める。

   想像の敵が具体化して遂にあなたを不幸に陥れることになるのである。

・・・

(2)《人を審判(さば)く心なかれ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   外見にあらわれている悪(病気、悪意、不調和等)を
   存在すると思ってはならないのである。

   現象(あらわれ)を見て心がひっかかってはならない。

   人を審判く心は、痛みや、狭窄(きょうさく)や、胃潰瘍や、
   出血性の病気や、高血圧病の原因である。

・・・

(3)《生命(せいめい)の輸送管をふさぐ汚物》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P299>


   (抜粋として)

   これらの破壊的な想念感情は、此の世界を美しい花園にするための
   「生命(せいめい)の水」を流通させるゴム・ホースに、汚物をもって
   栓をすることになるのです。

   其処から精神的にも肉体的にも経済的にも色々の故障が起こって来るのです。

   私たちは此のような心の塵をもって生命(せいめい)の輸送管を
   つまらせないようにしましょう。

            <感謝合掌 平成29年5月15日 頓首再拝>
16:伝統 :

2017/05/16 (Tue) 04:51:16


(1)《神の子たる貴方(あなた)の幸福は 自身以外の誰も奪うことは出来ぬ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   この世界は神の造り給うた世界であるから
   何事も恐るべきものは真に存在することはできないのである。

   他の人が何と云おうと、何をなそうと、
   彼らが吾々自身の幸福を奪うことはできないのである。

   人間は神の子であるから、
   神の子には幸福がつきものであるのである。

・・・

(2)《先ず神の智慧に導きを願えよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   神の智慧に接触するには、決して複雑、多言の祈りの言葉を
   要するものではないのである。

   神の智慧に振り向いて、「神よ」 又は 「父よ」 
   と称えて心が平和に本当に落着いて、
   神の心と波長が合えばよいのである。

・・・

(3)《暗黒から光明に転向すること》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P299~300>


   (抜粋として)

  「悔い改め」と云うのは「ああ、今まで私は光に背を向けていた、
   間違っていた、済まなかった」と気がついて、
   クルリと向きをかえて光に面することを言うのです。

   暗黒から転向して光に向かうことが完了しなければ、
   本当に「悔い改め」が完了したのではありません。

   いつまでも暗い方を向いて「自分は悪かった、悪かった」と
   自己責罰の感情に捉われているのは「悔い改め」ではありません。

            <感謝合掌 平成29年5月16日 頓首再拝>
17:伝統 :

2017/05/17 (Wed) 03:35:13


(1)《難問題の解決は神にゆだねよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   難問題に面した時には、直ちに神にふりむく事が必要である。

   かかる際には
   「 わが魂の底の底なる神よ 無限の力湧き出でよ 」
   と念ずることが必要である。

   この言葉を数回念じて 心を平静にしていると
   自然に適当な智慧が 自分の中(うち)に湧き出て来て、
   如何なる難問題も解決されることになるのである。

・・・

(2)《心を明るく持てよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   心の明るさと云うことが第一に必要である。
   神は光であるから、
   神の波長に合うためには先(ま)ず明るい心が必要である。

   「 私は朗らかである。私は神の子であるから、
   親様なる神が 私のすべての事を見戍(みまも)り給うから、
   私は神にすべてをまかせて、心平和である。
   すべての事は必ずよく成就するのである。」

   と時々、眼を瞑(つぶ)って念ずるようにし、
   心の平和と朗らかさとを回復するがよいのである。

・・・

(3)《「罪」より転向するとは?》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P300~301>


   (抜粋として)

   「光」に向きかわるには
   「神」の方へ完全に向き変わらなければなりません。

   光に面したとき、すでに暗黒(やみ)は存在し得ないように、
   あなたが神の方へ完全に向き返ったとき、
   最早「罪」も「悪」も存在しないのです。

   しかし本当に「光」の方へ振向くのにはそうずればよいのでしょうか。

   「神よ、み国を来(きた)らしめ給え、み心の天に成るが如く、
   地にも成らしめ給え。」

   これこそ純粋なる祈りであります。

            <感謝合掌 平成29年5月17日 頓首再拝>
18:伝統 :

2017/05/18 (Thu) 03:30:40


(1)《すべての事物は結局は最善の結果へ向かう》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   もし吾々がここが神の世界であり、
   凡ゆるものが自分を祝福するために
   共同作用を営みつつあるものだということがわかるならば、

   吾々は 現在目の前に進行している出来事が
   どんな不幸の様に見えても
   それについて思い煩う必要はないのである。

・・・

(2)《何が神の導きかの判断について》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   神の導きは、神の利己主義ではないから、
   自他一体の幸福になるような願いは神の導きなのである。

・・・

(3)《短時間の祈りを度々繰り返すこと》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P301~302>


   (抜粋として)

   まとまった時間が得られない人にとってはもっと短い時間の祈りを
   1日10回乃至20回行なうがよいと思います。

   神想観は観法ですから一定時間の持続を必要としますけれども、
   祈りはもっと短い時間で事足りるのであります。

            <感謝合掌 平成29年5月18日 頓首再拝>
19:伝統 :

2017/05/19 (Fri) 04:41:44


(1)《神を憶(おも)えば、神は人を憶う》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   神を思い出せば
   神の光を受けるのである。

   すでに光は与えられているけれども
   思い出さないのは
   神に対して波長を合わさないのと同じことである。

   吾々が神を思いださない限りは
   その恵みを完全には受け取ることはできないのである。

・・・

(2)《祈りは内在の神を展開する》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   祈りの効果と云うものは、神を説得によって感動せしめるのではなく、
   祈りの深まることによって、神われと共にあり、神われに来りたまいて、
   われを通して働き給うていると言う自覚が深まると云うことである。

   この自覚の深まるに従って、内在無限の神性が展開し出(い)で
   何事も順調に行われるようになり、身体に於いては内在無限の
   自然療能力が発現して、病気も速やかに癒(い)えるのである。

・・・

(3)《自己臍下丹田の神》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P302~303>


   (抜粋として)

   自己臍下丹田の神と謂っても、別に形の臍の下のところに
   神がましますと云うのではない。それは「種子(たね)」
   の中にある「花」の形のようなものである。

   花の理念は種子(たね)に《内在し》ながら、
   その「物質的形態」の《中にはない》のです。

   それと同じく人間に「内在する神」も
   形の臍下丹田に居給うのではない。
   而(しか)も矢張り「自己」に《於いて在る》のである。

            <感謝合掌 平成29年5月19日 頓首再拝>
20:伝統 :

2017/05/20 (Sat) 04:12:03


(1)《赦(ゆる)してただ信ぜよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   神は赦しの神である。
   愛の神である。

   唯、自分が人の罪を赦していないと、
   自分には「赦し」の波長が受けられない。

   神は汝(なんじ)の愛深き父である。

・・・

(2)《周囲の人々を完全にするには》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   相手を、審判(さば)く心や、批難(ひなん)する心で眺めることを止め、
   相手が如何(いか)に肉眼に見えようとも、
   悪しき姿は自分の妄想の描いた虚像であるとして否定し、

   「 既に彼は神の子で、神の支配下にあるのであるから、
   神の像(すがた)そのままに完全円満である 」

   として心の底深く礼拝するのである。

・・・

(3)《魂の浄化期間を設けるがよい》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P303~304>


   (抜粋として)

   更に速やかに魂の浄化を遂げようと思えば、10日間を限って、
   全然利己的損得勘定の思いを起こさず、人を憎まず、争わず、腹立てず、
   嘆かず、不平の心を起こさず、何事にも其の儘素直にハイと受けて行じ、
   暗い心を捨て、明るい心を持ちつづけ、一切のものに対して感謝の念を
   起こすようにつとめることです。

   10日間だけどと限って行なうのは、1ヶ月も、1年もつづけてやれと
   云われたのでは、「到底不可能である」と思って後退する人も
   あろうけれども、10日間と思えば出来ぬことはないのです。

            <感謝合掌 平成29年5月20日 頓首再拝>
21:伝統 :

2017/05/21 (Sun) 04:55:01


(1)《神は吾が重荷を軽からしめ給う》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   今日、一日を神の仕事の番頭であると思いて業務を励め。
   重荷を自分で負うな。
   重荷は神に委(ゆだ)ねよ。

   然して平安であれ、心安かれ。

・・・

(2)《みずから神を拒むな》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   神は幸福の源泉であるけれども、
   人間に完全なる自由を与え給うていられるのであるから、
   それを拒む場合には幸福を強制し給うことはないから、
   自己選択によって不幸や病気や貧乏があらわれて来るのである。

・・・

(3)《想念感情は現実の状態の原因である》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P304~305>


   (抜粋として)

   想念(即ち潜在意識中に、どう考えているかと云うこと)が
   私たちの人生を動かしている主要な設計構図であり、
   動力の回転の仕方を変化するものであるのです。

   私たちの想念感情が一変すれば、私たちの境遇も運命も一変するのです。

            <感謝合掌 平成29年5月21日 頓首再拝>
22:伝統 :

2017/05/22 (Mon) 03:19:07


(1)《汝を害する物は自分自身以外にない》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   何ものも何ものもあなたを害するものはないのである。
   自分が心の中に 「 害するもの 」 を認めさえしなければ
   この世界にあなたを害するものは一つもない。

   他が害するのではなく
   自分自身の 「 受難の心 」 が自分を害するのである。

     ※ 何ものも何ものも・・・「 何者も何物も 」の意。

・・・

(2)《想念の波動で世界を平和に》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   「 生命の實相 」 第五巻霊界篇には、欧州大戦に於いて
   白色高級霊(ホワイトスピリット)が強力な平和の霊波を送って、
   人類の不幸を押し返したと云うことが書かれている。

   押し返すときに押し返さなければ
   人類の不幸は益々(ますます)加わるばかりである。

・・・

(3)《神と偕にあれば災難は自然にのがれる》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P305~306>


   (全文)

   「生長の家」の誌友の中には、最初の計画を愈々(いよいよ)
   その日になって已むを得ず変更しなければならぬようになり、

   その変更がなかったら非常な災難に遭う筈だったが
   救われたと云うような実例が度々あります。

   木星号の飛行機が三原山に激突墜落した時にも、
   その飛行機に乗る筈であったのに乗らないで助かった
   山上新太郎氏のような実例であります。

   ノモハンの日ソが衝突してその日本部隊が全滅したとき、
   生長の家の一人の誌友は恰度その時、肋膜炎に罹ってノモハン進駐の
   予定の行動を止む得ず変更して入院していました。

   生長の家の信者なのに病気に罹るなんて妙だし、
   恥ずかしい事だと考えていたところが、やがて彼は病院にて、
   自分の部隊が全滅したことを知ったのです。

   若し入院していなかったら、戦線に出ていて
   全滅の仲間入りをするところだったのです。

   これなどは「内に宿り給う神」の聖なる導きによって、
   故意に運命が修正せられ、
   病気になって病院に逃避せしめられたのであったのです。

            <感謝合掌 平成29年5月22日 頓首再拝>
23:伝統 :

2017/05/23 (Tue) 03:54:18


(1)《神は犠牲を要求し給わぬ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   犠牲が必要であると思い、受難が必要であると思うのは、

   神の創造の完全さを信じない増上慢の心から生ずるのである。

   犠牲も要らず受難も要らず、
   唯 神の完全なる生活を営ましめんと欲し給うのが
   神の み心であるのである。

・・・

(2)《人類互に拝み合え》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   現象を見て分析し、此処(ここ)に相手の悪があると
   みとめて対応策を考えているような事では駄目である。

   彼を悪であるとしてこちらが憎めば、
   相手もこちらを悪であるとして対抗して来るのである。

   人類全体が人間を神の子として互いに拝むようにならなければならぬ。

・・・

(3)《全身心、全存在の革命を目指して》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P306~307>


   (抜粋として)

   「真理」の全貌を全身心をもって捉えるとはどうするのでしょうか。

   それは、あなたの「全存在」と建造物の建替です。

   今までの「内についたる欲望(のぞみ)」
   「物質についたる願望(ねがい)」の
   一切を捨ててしまわなければならないのです。

   「病気を治してほしい」「金を儲けさせて欲しい」
   「自分の子供を入学させてほしい」と云うような一切の利己的ねがいを
   断ち切ることから出発するのです。
 
            <感謝合掌 平成29年5月23日 頓首再拝>
24:伝統 :

2017/05/24 (Wed) 04:30:16


(1)《神のみが実在である》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   吾々を動きのとれなくするのは恐怖心である。
   他物でもなく他人でもないのである。

   吾々は色々の意味に於いて自分を縛る恐怖心を
   多少とも もっているものであるが、
   それは まだ全身全霊が 「 神のみが実在である 」 という真理を
   深く自覚していないからである。

・・・

(2)《相手と調和するには》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   相手と調和したいと思うならば、相手をみとめてあげ、
   理解してあげ、而(しか)して愛してあげることによって
   相手と調和することが出来るのである。

・・・

(3)《人生は心で支配せよ》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P307~308>


   (抜粋として)

   人間には、「想念の力」と云う”魔法の杖”が与えられていることです。

   この”魔法の杖”によれば、私たちは、如何なるものでも
   「想念の力」を駆使して創造することができるのであります。

   自分の「心」を支配するのです。
   『人生を心で支配せよ』の本をお読みなさい。

            <感謝合掌 平成29年5月24日 頓首再拝>
25:伝統 :

2017/05/25 (Thu) 03:17:04


(1)《祝福は祝福をよぶ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   敵を見るな。
   見ゆるもののために
   祝福をなげかけよ。

   祝福は祝福をよび、
   よきもののみが あなたの周囲にあつまって来る。

・・・

(2)《心の幸福が本当の幸福》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   考えて見れば、幸福とは個々の事物にあるのではなく、
   其の人の心の状態にあるのである。

   心の幸福な人は常に幸福な人である。

・・・

(3)《最初の10日間の心の訓練》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P308~309>


   (抜粋として)

   最初の数日又は10日間は思うように「心」を支配し、
   「想念」を吟味し選択することができないでも、

   意志を以って、
   「我れ断じて暗黒なこと、不安なこと、悪しき事を思わず」 
   と大決心をもって、

   明るきこと、快きこと、善きことのみを思うように努力しますと、
   ついには心に習慣性がついて明るきこと、快きこと、善きことのみを
   思うようになれて来ます。

            <感謝合掌 平成29年5月25日 頓首再拝>
26:伝統 :

2017/05/26 (Fri) 03:44:03


(1)《他を自分の思い通りにならせてはならない》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   心が焦々(いらいら)して来る時には、
   他(ほか)に対して働きかけるな。
   手紙を書くな。

   かかる時に 「 自分の思うようにならせたい 」 という
   我の心を捨てることが必要である。

・・・

(2)《外界の事物は素材に過ぎぬ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   外界の事物は吾々の幸福の素材になるに過ぎない。、
   素材を如何(いか)に取扱うかの心構えが大切である。

   富めること必ずしも幸福ならず、
   富めるために却って悩み多き人もある。

・・・

(3)《想念感情の採点遊戯》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P309~310>


   (抜粋として)

   自己の思う想念感情の選択 ―― 
   スターデーリーはそれを遊戯として獄中で実践し、ついに、極悪の囚人から
   霊的勝利者として聖者とまで尊敬される人になったのです。

            <感謝合掌 平成29年5月26日 頓首再拝>
27:伝統 :

2017/05/27 (Sat) 04:09:20


(1)《彼らをあるが儘(まま)ならしめよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   他の人をして他の人自身たらしめ、
   彼をして彼自身たらしめ、

   自分の考えを以て他を強制しようという考えを
   捨てた時に始めてこの世の中は、
   神が定めた通りに万物が自然に調和して行われるのである。

   なるがままにすべてのものを祝福せよ。

・・・

(2)《与えられたる仕事を拒(こば)むな》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   与えられたる仕事を神が自分に課せられたる
   人類の奉仕の仕事であると信じて感謝してそれを為(な)すならば、
   自分に不適当なる仕事にもそれを完成し得る力が
   湧(わ)き出てくるのである。

   困難なる仕事に努力することによって力は増強せられる。

   努力は魂を向上せしむる道である。

・・・

(3)《短期間に魂を進歩さすには》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P310~311>


   (抜粋として)

   そのために、生長の家では東京都では飛田給に、京都府には宇治市に、
   長崎県には長崎市に練成道場が設けられていて、

   俗世の刺激や雑音を避けて、人間の存在価値に冠する色々の講義を
   聴きながら、明るき想念、快き想念、善き想念のみを起こすことを
   一期10日間練習することになっています。

            <感謝合掌 平成29年5月27日 頓首再拝>
28:伝統 :

2017/05/28 (Sun) 04:45:55


(1)《困難の時には凡(あら)ゆる物に感謝合掌せよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   四面楚歌(そか)の行きづまった状態を
   解放する唯一の方法は
   神に振り向くということである。

   神に振り向くとは、神に感謝することであり、
   神の造り給うたあらゆるものに
   感謝と合掌とを送ることである。

・・・

(2)《人を赦すには斯(こ)う考えよ》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   神の造りたまえる人間に悪人はないと云うこと、
   そして神の自己に与え給うた幸福は何人も自己から
   奪い去ることが出来ないと云うことを本当にその人が信じ得るならば、
   自分に害を与えるかの如(ごと)く見える人達をも
   容易に赦すことが出来るのである。

   人を赦したとき自分に幸福の門が開かれる。

・・・

(3)《自己が自己の運命の創造者である》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <311~312>

   (抜粋として)

   あなたの現在の境遇は、あなたの今までの想念感情の集積の具象化です。
   あなた自身の現状はあなたの今までの想念感情の集積の具象化です。

   あなた自身が如何に《ある》かは
   あなたの想念感情が今如何に《ある》かと云うことです。

            <感謝合掌 平成29年5月28日 頓首再拝>
29:伝統 :

2017/05/29 (Mon) 04:02:08

(1)《神に対して汝(なんじ)の心を投げかけよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   あなたの心を神に対して投げかけよ。
   神はあなたに与え給うであろう。

   神は一切のものを
   調和と繁栄と幸福とに導き給う所の
   中心的統一者である。

・・・

(2)《自然療能力を呼び出すには》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   吾々の肉体の内には無限の自然療能力が宿っているのである。
   その自然療能力こそ、心臓も肺臓も胃袋もなき一個の卵細胞から
   この無限に複雑なる内臓諸機関を作り出したところの
   不可思議力なのである。

   この不可思議力を「療能力」として想念し、
   その方へ想念を集中するならば、その不可思議力は
   癒やす力として直(ただ)ちに働き来(きた)るのである。

・・・

(3)《真に救われるとは》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P312>


   (抜粋として)

   わたし達は「真理」の全貌を全身心をもって捉えなければ
   本当に救われたとは言い得ないのです。

            <感謝合掌 平成29年5月29日 頓首再拝>
30:伝統 :

2017/05/30 (Tue) 04:35:57


(1)《いくら忙しくとも一つ一つ片付けよ》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   凡ゆる仕事に一時にとりかかるな。

   唯(ただ)一つの仕事と思いて一つ終って
   次に取りかかればいいのである。

・・・

(2)《現象は結果に過ぎない》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   創造されたる宇宙は結果であって原因ではない。

   人もまた想念するところのものを肉体にあらわすが、
   それは肉体にあらわそうと故意(ことさら)に想念しないでも、
   ただ、何の気なしに想念していたことが肉体にあらわれて
   病気となったりするのである。

   病気を治そうと思わないでも善き想念を描いておれば病気は消える。

・・・

(3)《心の波長を「実相」に合わせましょう》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P313>


   (抜粋として)

   各人の実相は「神」であり、それに波長を合わせる事によって、
   各人の実相の「善さ」があらわれて来て、互いにその
   「善さ」と「善さ」とで調和した世界がひらかれて来るのです。

            <感謝合掌 平成29年5月30日 頓首再拝>
31:伝統 :

2017/05/31 (Wed) 04:45:11


(1)《神は最善の道を知り給う》

   (全文は)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=132


   (抜粋として)

   忙しい時程
   心が落ち着かなければならない。

   自分がその仕事をするのだと思ってはならない。

   「 わが内に宿る神がこれをなさしめ給う 」 と
   心の中に数回唱える様にしてから
   仕事をするがよいのである。

・・・

(2)《光のみの世界を観るには》

   (全文は)
   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=110


   (抜粋として)

   神の愛は吾等を取り巻いてい給うのである。

   汝(なんじ)の妄念を取り去れ。
   憤りを去れ。
   憎みを去れ、

   不平を去れ、
   悲しみを去れ、

   唯、感謝せよ、唯、光のみの世界を見るであろう。

・・・

(3)《完全に自己が救われたとき》

   (全文は)
    → 『 真理 』第9巻 生活篇第11章 <P313~314>


   (抜粋として)

   「わが全存在を神にゆだねる」これがあなたの全存在の革命です。

   その全存在を「肉体的ならざるもの」「神なるもの」
    「真(しん)に無我の愛なるもの」に明け渡すのです。

   その時あなたの肉体の外観は元のままであるかも知れないけれども、
   その肉体の中に生きている主人公が一変(いっぺん)したのです。

   その人は新たに生れ更(かわ)ったのです。

・・・

<参照Web>

伝統板・第二「(五月)の法語」
 → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6866432


            <感謝合掌 平成29年5月31日 頓首再拝>

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