伝統板・第二

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丁酉の春 - 伝統

2017/02/04 (Sat) 04:37:45

今日2月4日は立春です。

実質、いよいよ今日から2017年(平成29年)のほんとうの幕開けです。

今日から、「丁酉(ひのととり・ていゆう)」がスタートします。

暦の上の冬は昨日までで、今日は春立つ日の「立春」、
暦の上ではいよいよ春到来となります。
「寒中見舞い」は昨日までで、今日から今月末ごろまでは「余寒見舞い」となります。


昔は1年の始まりは立春からでした。
新年を表す「初春」や「新春」などの「春」も、もともとはこの「春」です。


立春の朝、禅寺の門前や家の玄関に張られる「立春大吉」の紙のお札は
縦書きすると左右対称になり、新しい1年を災難に遭わず無事に過ごせるようにとの
願いが込められたおまじないだそうです。

*「立春大吉」
  → http://nanisore-club.com/rissyundaikiti-imi-3219

 「立春大吉」にはこんな逸話があるそうです。

   昔の話、立春大吉のお札が掲げられた家に鬼が押し入ったそうです。
   鬼がふと振り返ると、侵入する際に目にした立春大吉の文字が見え、
   鬼は「まだ入っていなかったのか」と勘違いをし、
   そのまま家を出て行ってしまった、というお話です。

   そんな逸話から、立春大吉のお札を貼っておくと、
   厄除けになるといわれているそうです。



立春の時期の花として、梅の花があります。

菅原道真公が太宰府に左遷された時に詠んだ有名な歌があります。

 「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」

 (春の東風が吹くようになったら、花を咲かせて香りを届けておくれ、梅の花よ。
  私がいなくても、春を忘れないでいておくれ。)

            ・・・


春を迎えた悦びを、讃春歌で感じてみましょう。


(一) 外に花咲く    春が来た。
    内にも花咲く   春が来た。
    外にも内にも   春が来た。
    
    心の中(うち)に 眠ってた
    神が目覚めて   春うたう
    心ほのぼの    春が来た。
    心ほがらか    春が来た。

(二) うれしいうれしい 春が来た。
    すべての人に   にこにこと
    瞳の中(なか)に 神の愛、
    
    ことばの中(なか)に  神の智慧、
    かみの生命(いのち)を 今いきて
    こころ明るく      笑いましょう。
    こころ青空       笑いましょう。

(三) わが魂の神めざめ
    すべての人に神を見る、

    過去のなげきの  夢さめて
    あらたに生まれた この生命(いのち)
    ここが天国    極楽と

    ひかりの世界に  歌いましょう。
    いのちの春を   歌いましょう。
  
    youtube  http://www.youtube.com/watch?v=LwVsbczg0II

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・第二「立春 (5221)」
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=1078

(2)光明掲示板・伝統・第一「立春大吉」
    → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=75

(3)伝統板・第二「春」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6748752

           <感謝合掌 平成29年2月4日 頓首再拝>

『梅風』(ばいふう) - 伝統

2017/02/07 (Tue) 04:36:13


静岡県熱海市の熱海梅林では梅の花が見頃を迎え、
圧倒的な規模を誇る神奈川県小田原市の曽我梅林では
4日の土曜日から梅まつりが始まりました。
今年は開花が早いそうです。

熱海梅林
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170204-00000040-asahi-soci

曽我梅林
http://soganosato.com/kaika/

            ・・・

以下は、メルマガ「夢の言の葉( 2016年2月6日)」より

『梅風』(ばいふう)

   ☆---------------梅の香りを吹き送ってくる風---------------
 
 
 ふんわりと、豊かな香りを漂わせながら咲く梅の花。
 
 その香りを運ぶように吹く風を、「梅の下風(したかぜ)」、
 あるいは、『梅風』といいます。
 
 
 梅の時期ですから、まだ冷たい風が多いことでしょう。
 
 
 それだけに、梅の香りの清らかさを、いっそう ひきててているようです。
 
 ところで、梅が咲く頃に吹く東風は、「梅東風(うめごち)」と呼ばれます。
 
 
 さまざまな方角から吹く風が、『梅風』となるのでしょうけど、
 やはり、東風が多いのかもしれません。
 
 
 春の代表的な風とされた「東風(こち)」。
 
 その東風を待って咲くと思われたことから、
 梅は、「風待草(かぜまちぐさ)」とも呼ばれました。
 
 
 
 ~ 東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 
    主なしとて 春を忘るな ~ (菅原道真『拾遺和歌集』)
 
 
 とはいえ、いち早くやってきた春に、
 なかなか気づけないでいるのは、人間の方ではないでしょうか。
 
 
 『梅風』が届けてくれる、かぐわしい春の便り……。
 
 みなさんは、もう受け取られましたか。

            <感謝合掌 平成29年2月7日 頓首再拝>

桃の季節 - 伝統

2017/02/20 (Mon) 04:35:34


春の花と言えば、梅、桃、そして桜です。
この三種、いずれもバラ目・バラ科の植物のためよく似ています。

 見た目では下記のような違いがあります。


       花びらの形     幹
       ……………     …………
   【梅】 先が丸い      ザラザラ

   【桃】 先が尖っている   斑点模様

   【桜】 先が割れている   横縞模様



一般的には、梅、桃、桜の順に咲いて、春の訪れを告げてくれます。

・・・

酉歳の「春」の始まり・・・桃の季節

       *メルマガ「大和しうるわし」(2017年2月19日)より
  ====================================

今年の干支は丁酉(ひのととり)の年回りです。
立春から新しい年の幕開けとなり、様々な兆候が表れてきました。
一年(ひととせ)は早く過ぎ去ってしまいます。
今年をどのように過ごすのか、どんな実りを得るのか、充実した1年にしたいものです。

今年の立春から、今日で16日目です。
立春の月は「上弦の月」でしたので、今日は「下弦の月」です。
26日には朔(新月)になります。

二十四節気では、昨日18日は雨水。雪が雨に変わり、氷が解けて水になる・・・。
そして春一番が吹く・・・。
地面では、草木が動き始めます。芽生えの季節の到来なのです。
先週は札幌にいましたが、北の大地でも雪解けが始まっていたのです。


春が近づく兆しは、「桃の節句」です。
3月3日のひな祭りには、桃の花を供えます。

桃の木は邪気を祓う木とされます。
長寿を願うお菓子も「桃饅頭」です。
女の子の健やかな成長を願う大切な節句です。

「桃」は「木」に「兆」と書きます。
「兆」は「きざし」です。
3月6日の「啓蟄」が過ぎると、紅色や桃色の桃の花が咲きます。


桃が邪気を祓う力があることは、桃太郎伝説にも当てはまります。

桃太郎といえば、家来は「さる」、「キジ」、「いぬ」です。
家来を引き連れて、鬼退治に向かうのですが、その方向は鬼門(うしとら・丑寅)です。

さる(申)、キジ(酉)、いぬ(戌)とともに、
桃太郎伝説は、見事に十二支を表しています。

桃太郎の中で、キジ(酉)は女性です。さる(申)といぬ(戌)は男です。

前方を守る家来の「さる」は道案内をします。
後方を守る家来の「いぬ」は最後のとどめを刺します。

さるといぬはお互いがライバル関係にあります。
それは、キジ(女性)をめぐる戦いです。

「犬猿の仲」と呼ばれるほど仲が悪いように見えますが、
実は、お互いの長所と役割を熟知しています。
それは大将(桃太郎)の采配がいいからです。

キジ(女性)の感性は周りがよく見える「眼」を持っているからでしょう。
さるやいぬの動きもよく見えます。
そして、「今」何をなすべきかを見極めることができます。
変化を敏感にとらえることができるのが特徴です。


酉歳の今年は、女性が活躍する年回りです。

邪気を祓う力を持った桃の花が咲くころには、春の勢いが一気に増してきます。
戦いを始める時期の到来です。

変化は本番になってきます。
その変化の兆しを捉え、家来とともに一歩を踏み出すのです。

雪解け(雨水)が終わり、大地が開けて虫が動き始めます(啓蟄)。

3月3日の桃の節句には、桃の木を供えよう。

冬が終わりを告げ、桃色に染まる春の兆しを感じよう。

            <感謝合掌 平成29年2月20日 頓首再拝>

弥生三月 - 伝統

2017/03/01 (Wed) 04:19:54

暦の上では2月初旬の立春から「春」になりますが、
気象庁の定義では3月から5月までを「春」と呼びます。

今日からは弥生三月、いよいよ春の始まりです。


ですが、雪国では、春はもう少し先の話です。

そこで、


童謡 「春よ来い」

 youtube → https://www.youtube.com/watch?v=L1b8NJbLeWI    


相馬御風作詞・弘田龍太郎作曲


春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒(はなお)の じょじょはいて
おんもへ出たいと 待っている


春よ来い 早く来い
おうちの前の 桃の木の
蕾(つぼみ)もみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている



・・・

(既に春を感じている方々へは )

童謡  春が来た

  youtube → https://www.youtube.com/watch?v=FJGUzzQmai0

高野辰之作詞・岡野貞一作曲/文部省唱歌(三年)


春が来た 春が来た どこに来た。
山に来た 里に来た、
野にも来た。

花がさく 花がさく どこにさく。
山にさく 里にさく、
野にもさく。

鳥がなく 鳥がなく どこでなく。
山で鳴く 里で鳴く、
野でも鳴く。


            <感謝合掌 平成29年3月1日 頓首再拝>

明日は「ひなまつり(桃の節句)」 - 伝統

2017/03/02 (Thu) 04:12:41


             *Web より

《ひなまつり》

女の子が産まれて始めての節句を「初節句」といい、嫁方の親が
子供の身代わりとなって災いが降りかからない様に、
という思いが込められた雛人形を贈ります。


  雛人形には、厄除けとなる「桃の花」

  体から邪気を祓う為の「お白酒」

  よもぎの香気が邪気を祓うといわれる「草もち」

  人の心臓をかたどり子供の健康を祈る親の気持ちの現れの「ひし餅」

  自分のかたわれでなければ絶対に合わないことから、
  女性の貞節を教えた「蛤〔はまぐり〕」(お吸い物)


などが供えられます。

また、ひし餅や雛あられに見られる白・青・桃の3色はそれぞれ、
雪の大地(白)・木々の芽吹き(青)・生命(桃)を表しており、
この3色のお菓子を食すことで自然のエネルギーを授かり、
健やかに成長できるという意味があります。

・・・

《ひなまつりの起源》

雛祭りの起源は、中国の「曲水の宴」という厄除けと不浄をのぞく目的の行事と、
日本古来の「祓え(はらえ)」(罪や不浄を清める信仰)が習合したもの。

室町時代、紙で作った人形〔ひとがた〕で体をなでて穢れを移し、
川海に流すことで無病息災を祈った「流し雛」という風習と、
ひいな遊び(人形遊び)とが結びつき、
貴族の間で人形を飾り、祀るようになったと考えられています。

江戸時代に入り、二代将軍秀忠の娘徳子が後水尾天皇のお妃様として
宮廷に入る際、京都の御所で盛大な雛祭りが行われたのをきっかけに、
幕府や大奥でも雛祭りを行うようにりました。

やがて武士階級から町人へと広まり、江戸幕府が3月3日を祝日に
設定したことで大衆も盛んにお祝いするようになりました。

・・・

《童謡~うれしいひなまつり》
https://www.youtube.com/watch?v=tQAFJ_NPrfA

歌詞:

(1) あかりをつけましょ ぼんぼりに
  お花をあげましょ 桃の花
  五人ばやしの 笛太鼓
  今日はたのしい ひな祭り

(2) お内裏様(ダイリサマ)と おひな様
  二人ならんで すまし顔
  お嫁にいらした ねえさまに
  よく似た官女(カンジョ)の 白い顔


(3) 金のびょうぶに うつる灯(ヒ)を
  かすかにゆする 春の風
  すこし白酒(シロザケ) めされたか
  赤いお顔の 右大臣(ウダイジン)

(4) 着物をきかえて 帯しめて
  今日はわたしも はれ姿
  春のやよいの このよき日
  なによりうれしい ひな祭り

<参考:ひな祭りの歌(うれしいひな祭り) 歌詞の意味
    → https://tashlouise.info/%E9%80%9A%E5%B9%B4%E8%A1%8C%E4%BA%8B/%E9%9B%9B%E7%A5%AD%E3%82%8A/631.html


 
・・・

《参考:内裏様》

京都御所はむかし「内裏(だいり)」と呼ばれていました。

「内裏様」といえば宮中の貴人を指し、
雛壇に飾られる「右近の橘と左近の桜」も
御所の正殿である紫宸殿(ししいでん)を模しています。

紫宸殿にあったのは当初は梅でしたが、
乾枯したのをきっかけに桜に植え替えられました。

神話の頃、コノハナサクヤヒメが富士の頂から種を蒔いて咲いたと
言われるのが桜で、古くから日本人に親しまれてきました。

橘は常緑の葉が永遠を象徴する縁起の良い木です。


雛壇に桃の花が飾られるのは、
上巳(旧暦三月最初の巳の日)のころに咲く花であり、
安産や強い生命力の象徴とされいることにちなみます。

中国では桃の実を不老長寿の仙薬とする伝説もあり、
さらに魔を祓う力もあるとされています。


ちなみに昔々の桃太郎の話は
老夫婦が桃を食べて若返り、子供を授かるというお話でした。


ところで、お雛様を飾る際、左右の位置で迷われることが多いと聞きますが、
古式では「左上座」の伝統から向かって右側に男雛が座るのが慣わしです。

しかし、現在の一般的な雛飾りでは、結婚式の新郎新婦と同じく、
男雛が向かって左、女雛は向かって右側に座っていることが多いようです。


もともとは「天子南面」と言われますように、天子は南に向いて座り、
日の出の方角(東、天子の左手側、向かって右)が上座で、
日没の方向(西、天子の右手側、向かって左)が下座となるため、

男雛の右手側に女雛を置くのが古来からの伝統です。


しかし、国際儀礼(プロトコール)では
原則として右上位(向かって左側が上位)であるため、
現在のような向かって左側に男雛を置くスタイルが広がりました。

ちなみに、現在の皇室も国際儀礼を範としており、
一般参賀などでは天皇陛下が向かって左側、
皇后陛下が向かって右側にお立ちになります。

結論としましては、古式に則り男雛を向かって右に置くのか、
現代風に左側に置くのかは好みでどちらでも構わないそうです。

            <感謝合掌 平成29年3月2日 頓首再拝>

桃の果実 - 伝統

2017/03/03 (Fri) 04:58:50

今日、3月3日は「桃の節句」

上巳の節句は五節句の一つで、元々は3月上旬の巳の日だったが
後に3月3日に行われるようになりました。

旧暦では3月3日は桃の花が咲く季節であることから「桃の節句」とも言われる。
古来中国では上巳の日に川で身を清め不浄を祓う習慣があった。
これが平安時代に日本に取り入れられた。

後に、紙で小さな人の形(形代)を作ってそれにけがれを移し、
川や海に流して不浄を祓うようになりました。
この風習は、現在でも「流し雛」として残っています。

・・・

おとぎ話「桃太郎」

Web:日本文化いろは事典(桃太郎)
http://iroha-japan.net/iroha/D02_folktale/02_momotaro.html

《お伽噺「桃太郎」の出だしは》

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
 
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
 
おばあさんが川でせんたくをしていると、
ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。・・・


・・・

一説によると、
桃太郎のイメージの原型は『古事記』や『日本書紀』に登場する
7代孝霊天皇の皇子吉備津彦命(きびつひこのみこと)と言われております。


吉備津彦命は「四道将軍」の一人として山陽道を征服した将軍です。

その頃、現在の岡山県総社市の鬼ノ城(きのじょう)という山城に
温羅(うら)という百済国の王子がすみついていました。
温羅は大和王権にしたがわず、税をおさめなかったようです。

そこで天皇は吉備津彦命を召しだし、勅命を下します。

「吉備津彦命よ、ただちに温羅をこらしめよ!」

「ははっ」

天皇の勅命を受けた吉備津彦命は、

犬飼健(いぬかいたける)
楽々森彦(ささもりひこ)
留玉臣(とめたまおみ)

3人の家来とともに温羅の砦に攻め寄せ、
ついに温羅を攻め滅ぼしました。


しかし温羅は、死後も祟りをなしたので、その悪霊をしずめるため、
温羅を吉備神社の釜の下に封じ込めたという伝説です。

伝説は昔話となり、吉備津彦命⇒桃太郎となり、
三人の家来⇒サル、犬、キジとなり、
桃太郎の黍団子⇒岡山名物吉備団子となり、

今に伝わっています。

http://yomukiku-mukashi.com/momotarou.html


・・・

《古事記の黄泉の国の段に出てくる3つの桃の實》

日本の「古事記」では、伊耶那岐命が黄泉の国において、伊耶那美命の軍隊に追われ、
黄泉比良坂(よもつひらさか)にて、桃の実を3つ取って死神(しにがみ)の軍隊に
力一杯投げつけ、死神(しにがみ)の軍隊を退散せしめております。

 (参考 → http://uenokouen.com/momonomi/ )

              ・・・

谷口雅春先生は、『古事記と現代の預言』(P103~106)に、
次のように述べられております。



   こうして死神が筍を食べている間に、
   時間を稼いでイザナギの神は逃げてゆかれたのであります。

     ”且後(またのち)には、其(そ)の八雷神(やくさのいかずちがみ)に、
     千五百(ちいほ)の黄泉軍(よもついくさ)を副(そ)えて追(お)わしめき。

     爾(かれ)御佩(みは)かせる十拳劍(とくさつるぎ)を拔きて、
     後手(しりえで)にふきつつ逃げ來(き)ませるを、猶(なお)追(お)いて、
     黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本(さかもと)に到る時に、其(そ)の坂本なる
     桃子(もものみ)を三箇(みっつ)取りて、待ち撃(う)ちたまいしかば、
     悉(ことごと)に逃げ返りき。

     爾(ここ)に伊邪那岐命桃子(もも)に告(の)りたまわく、汝吾(いましあ)を
     助けしが如(ごと)、葦原中國(あしはらのなかつくに)の所有(あらゆる)
     うつくしき青人草(あおひとくさ)の、苦瀬(うきせ)に落ちて、

     患惚(くるし)まん時に、助けてよと告(の)りたまいて、
     意富加牟豆美命(おおかむずみのみこと)と號(い)う名を賜いき。”
                    (以上、夜見国<よみのくに>の段<くだり>)


   黄泉比良坂(よもつひらさか)の「ヨモツ」というのは、「黄泉国(よもつくに)」
   即ち闇の国で、「ヒラ」というのは、「昼の国」で
   「サカ」というのは、「闇の国」と「昼の国」との”境い目”のことであります。

   さて、その「ヨモツ国」と「ヒルの国」との、その境の峠のところ、「生」か「死」かの
   境い目の坂本というところで、『桃子(もものみ)を三箇(みっつ)取りて、
   待ち撃(う)ちたまいしかば、悉(ことごと)に逃げ返りき』というのであります。

   どんなにイザナミの軍隊(死神の軍隊)が来ておっても、桃の實(み)を3つ取って、
   それを死神に対して投げられたら、死の国の軍隊は、悉く逃げてしまったというので
   あります。

   その”桃の實(み)”というのは一体何んであるかといいますと、
   これは『生命の實相(せいめいのほうとうのすがた)』であります。

   桃の果實は生命(せいめい)の象徴であります。



   この神話は一方では桃太郎の鬼ガ島征伐のお伽話となっております。
   これはお伽話といっても、実は神話であって誰の創作ということはない。

   個人的作者はなくて、古代の日本民族が、ズッと古く大昔から、霊感によって
   宇宙の真理を直感して物語りにしているものであります。


   桃太郎のお伽話は、こうであります。
   お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行ったのであります。

   この「柴刈り」というのは、心の雑草を刈り取って、そして雑草に蔽われて
   隠されている實相を、ハッキリ現わすことであります。

   そして、「お婆さんは川に洗濯に」ということは、それは實相が垢に汚れ覆われて、
   その光が輝かぬようになっているのを、御禊(みそぎ)してそれを綺麗に洗うと
   いうことです。

   心の雑草即ち、迷いの雑草を刈り取って、清らかな智慧の水で汚れを綺麗に洗ったら、
   其処へドンブリコ、ドンブリコと「桃の實(み)」が流れてきたのです。
   お婆さんはそれを拾って持って帰ったのでした。

   「桃の實(み)」というのは、「生命(せいめい)の樹(き)の實(み)」であります。

   死神に対して「生命(せいめい)の樹(き)の實(み)」を投げると
   死神は消滅して逃げ出すのであります。
   これが、桃太郎の「鬼ガ島征伐」であります。


   「黙示録」の第二十二章ニ節に「河の左右に生命(せいめい)の樹(き)ありて
   十二種の實(み)を結び、その實は月毎に生じ、その樹の葉は諸国の民を癒すなり」
   とありますが、、

   このことは”生命の實相”の真理を説いた雑誌が毎月発行されているのに一致するのです。
   「生命(せいめい)の樹(き)の葉(は)」と言うのは生命(せいめい)の真理を
   説いた”言(こと)の葉(は)”と言う意味であります。

   古今、東西の霊感の書はいずれも同じ真理を指し示しているのです。

   河の両岸に”生命の樹”というのがあって、そして月毎に實を結び、その實が
   ”生命(せいめい)の河”を流れ下ってくる、それが桃の實(み)であって、
   中から桃太郎が生まれるということになっているのです。

   こういうヨハネが霊感によって見たところの状態を書いた「黙示録」と、日本人が
   神話にこしらえたお伽話の桃太郎と符節を合わせて一致しているところに、神話という
   ものや、霊感の書というものは、

   結局宇宙の真理を感じて、表現したものであって、その神話が別の民族のものであって、
   別の表現をしているけれども、根本的には同じものを感じているのであるということが
   立証されるのであります。

   それで、桃の實を割ってみたら、そしたら其処から桃太郎というのが生まれてきたわけ
   です。

   (中略)

   山に柴刈りに言って「心の雑草」を刈り取ってしまって、川に洗濯に行って「心の汚れ」
   を綺麗に洗いながして、そして生命(せいめい)の本当のスガタ(即ち『生命の實相』)
   をあらわしたのです。

   そして、本当の”神の子”がそこに生まれてきたら、それが生長して鬼ガ島を征伐する
   ことができるのです。鬼ガ島とは、死の国の地獄の鬼を象徴しております。


   それでイザナギの神が、黄泉国から追っかけてきたところの、死の使者(つかい)の
   鬼共(おにども)を征伐するためにお使いになった桃の實――生命の實相――は3つ
   あるというのです。

   その3つの桃の實(生命の實)は何と何とであるかと謂いますと、

   (1)その桃の實の一つは、「日本天皇の生命の實相」

   (2)もう一つは「日本国の生命の實相」

   (3)それからさらにもう一つは「人間の生命の實相」であります。

   この3つの「生命(せいめい)の實(み)」の相(すがた)が本当にわかったら、
   死の国の地獄の鬼は逃げて行くのだということが、『古事記』に示されているわけで
   あります。


            <感謝合掌 平成29年3月3日 頓首再拝>

源平桃 - 伝統

2017/03/14 (Tue) 04:35:45

『源平桃』(げんぺいもも)

          *メルマガ「夢の言の葉」(2017年03月13日 )より

 ☆-----------------------桃の一品種-----------------------
 
 桃は、古くから栽培されてきただけに、たくさんの品種があります。
 
 大きく分けると、花を鑑賞するための「花桃」と、
 実を食用にするための「実桃」。
 
 それぞれに、さまざまな品種ができました。
 
 
 『源平桃』は、花桃のひとつ。
 
 一本の木に、同時に紅色、白色の花が咲く品種で、
 江戸時代には、すでに栽培されていたようです。
 
  
 当初は、「咲き分け桃」「日月桃(じつげつとう)」「江戸桃(えどもも)」
 「金銀桃(きんぎんとう)」などとも呼ばれてきましたが、結局、
 『源平桃』に落ち着きました。
 
  
 保元・平治の乱から平家滅亡に至る源平の合戦……。
 
 源氏は白旗を、平家は赤旗をかかげて、戦いました。
 
 
 『源平桃』という名は、紅白の花が混ざり合って咲く姿を、
 源氏と平家が入り乱れて戦う様子に見立てたのでしょう。
 
  
 でも、戦っているようには見えません。
 
  むしろ、お互いに引き立て合っているかのようです。
 
 
 そして、そうすることが、みずからをも、いっそう輝かせているように見えます。
 
  -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

☆『源平桃』です。
    ↓
 http://yumenokotonoha.com



 ・・・

以下は、関連として、

       *Web:ねずさんのひとりごと(2012年04月16日)
            「源平桃と壇ノ浦の戦い」 より抜粋

桜の季節になるとときたま見かけるのですが、
白、ピンク、紅の三色の花をいっぱいにつけて木があります。

遠目には、まるで桜の花で、
ピンク色の河津桜と、薄桃色の染井吉野がまるで並んで咲いているようにみえます。
とてもきれいです。

けれどそれが、よくみると一本の木です。

実はこれ、桜ではなく、「源平桃」という花桃の木です。
名前の「源平桃」は、白=源氏、紅(赤)=平家が入り乱れて戦った
「源平合戦」に例えられこの名が付いたのだそうです。

おもしろいもので、この花、咲き方は土壌やその年の気候によって、
同じ木でも、白やピンクの花のつきかたが毎年違いというおもしろさをもっています。


よく、桃自体は支那が原産といわれますが、
これは要するに桃が温帯性の植物であるというだけで、
桃自体に国境があるわけではありません。

もともと支那から日本にかけて広く分布していたものです。

本によっては、「桃の木は江戸時代の初め頃に日本に渡来した」などと
いけ図々しく書いているものもあるようですが、それはウソです。

だって古事記にちゃんと桃は出て来る。

イザナギが黄泉の国に妻のイザナミを尋ねて行った帰り道、
追って来る黄泉の国の怪物達に桃の実を投げて、これをしりぞけています。

桃は古くから日本にあったのです。


以下「壇ノ浦の戦い」以降については(略)。

次のWebにて確認できます。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1489.html


            <感謝合掌 平成29年3月14日 頓首再拝>

桜咲く - 伝統

2017/03/21 (Tue) 12:27:30


東京都心、全国で最も早く開花 満開は7~10日後か



気象庁は21日、東京都心の桜(ソメイヨシノ)が全国で最も早く開花したと発表した。

  (http://mainichi.jp/graphs/20170321/hpj/00m/050/002000g/2?inb=ys

昨年と同日で、平年に比べ5日早い。
満開になるのは7~10日後の見込み。
東京の開花が全国のトップを切ったのは9年ぶり。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170321-00000023-mai-soci


・・・

《『斎庭の穂の神勅』と「さくら」のエネルギー》

天孫降臨の時に、天照大神は『天壤無窮の神勅』と共に
『斎庭(ゆにわ)の穂(いなほ)の神勅』をお下しになりました。


『斎庭の穂の神勅』には、「吾が高天原(たかあまはら)の所御(きこしめす)
斎庭(ゆにわ)の稲穂を以て、亦吾が兒(みこ)に御(まか)せまつる」
(わが高天原につくっている神に捧げる稲を育てる田んぼの稲穂をわが子にまかせよう)
と示されています。

『斎庭の穂の神勅』は、高天原で神々が行われていた米作りをそのまま地上でも行なう
べしという御命令であります。

稲の種子を伝えるということは、米作りの生活を伝えることであります。
『斎庭穂の神勅』は、「米作り」という「くらし」の伝承なのです。

これは、米作り(稲作)を基盤とする文化が日本文化であることを証しているのです。


その中で、私たち日本人はこの「さくら」にどんな意味を持って生きてきたのでしょう。

来る年、来る年、春の風に誘われて、桜の木に花が咲きます。
このリズムは宇宙のリズムです。
このリズムが狂えば、私たちは生きていくことができません。

毎年、同じ時期に咲く「さくら」は稲作文化の日本では、特別な花なのです。


桜は「さくら」。「さく」「ら」です。
咲く花はすべて「さくら」なのですが、最も愛でる桜花を「さくら」と呼びました。

古事記には「コノハナサクヤ姫」の話がありますが、この「コノハナ(木の花)」が
桜花のことであり、山の神の娘が「コノハナサクヤ姫」です。


春の風が吹いてくると、山の神が山から里に降りてきます。
そして、桜の木に宿り、桜の花が一斉に咲き誇ります。

山の神は「さくらの木魂」となって、花を咲かせ、花びらに乗り移ります。
そして、花吹雪となって田に一面の花びらが降り注ぎます。

この田一面に降り注いだ花びらに神が宿っていると考えられたので、
その花びらにその年の豊作を祈ったのです。

「桜が咲く」というのは、古来から、稲の種まきの時期を知らせてくれるものでした。
花をつけ、桜の木に集まって花を愛で、花が散るのを待ってその年の種まきが始まる
ということなのです。

桜の木に神が宿り、その木に咲く花を愛で、お祭りすることを「花見」といいます。
古来から、花が散るのが遅ければ遅いほど「豊作」だといわれており、
大和人は「散るな、散るな・・・」と祈ったといいます。

稲が秋に穂を実らせ、収穫しなければ、生きる糧を失います。
命をつなぐ稲に実を結ばせるためには、桜の木に「山の神」が宿らなければなりません。

そして、秋の収穫が終われば、「田の神」は山に帰っていきます。
冬の間は、「冬ごもり」です。

山の神は、新しい年の稲のもとになる宇宙のエネルギーを蓄えて、
春の風と共に里の桜の木に宿るのです。

この繰り返しによって、私たちは命をつなぎ、文化を発展させてきました。
そして、それはこれからも同じことです。

歴史の中に生きている私たちは、過去の伝承や知恵を学び、
新しい文化を創造していく使命があります。

新しい未来への一歩は、今年の桜を愛でることから始まります。

日本人にとって桜は特別な意味があります。
不安と恐怖から脱却する方法は、毎年繰り返し咲く「さくら」の中にある
「新しいエネルギー」を感じることです。

「桜の花が咲く」意味は、私たちのもとに、新しい力をもたらすことを意味しています。

            <感謝合掌 平成29年3月21日 頓首再拝>

「花は半開を看る」 - 伝統

2017/03/22 (Wed) 04:47:07

昨日(3月21日)、東京でサクラの開花宣言が出ました。

直近の開花予想は福岡で3月22日頃。大阪は3月29日、名古屋が3月
27日、仙台は4月9日、札幌は5月4日頃となっています。


桜は、一般的に咲き始めてから1週間程度で、満開を迎えます。
東京では、これからが、花をめでるに絶好の季節のようです。

お花見で桜の下で賑やかに楽しむのも、今週後半から来週にかけてでしょうか。



中国古典「采根譚」に

   「花は半開を看る」(はなは、はんかいをみる)・・

とあります。

            ・・・

      全文は次のとおりです

      {原文}
      花看半開、酒飲微酔。
      此中大佳趣。 若至爛漫骸醄、
      便成悪境矣。 履盈満者、宜思之。


      {書き下し文}

      「花は半開を看(み)、酒は微酔(びすい)に飲む、
      此の中に大いに佳趣(かしゅ)あり。
      若し爛漫もうとうに至らば、便ち悪境を成す。
      盈満(えいまん)を履(ふ)む者は宜しくこれを思うべし。」
 
     (花は半開、酒はほろ酔い、それでこそ最高の趣というものだ。
      開きつくした花を眺め、深酒に酔いつぶれて何の風情があるものか。
      なにもかも満ち足りた人ほど、その事をよく知って欲しいものだ。)

            ・・・

満開に咲き乱れている花は確かにきれいですが、すぐに見飽きてしまいます。
それよりも五分咲きぐらいの方に、かえって風情があるようです。

満ちたりた状態というのは、だれでも願うところです。
しかし、満ち足りた状態というのはおおむね長続きしません。
満開に咲いた花はすぐ散っていきます。

それを考えますと、満開、絶頂はあまり誉められた状態ではないかもしれません。
むしろそこまで登りつめないで、登っている段階が心を楽しませてくれます。

「花は半開を看る」、

この時期、改めてこの言葉を噛み締めてみたいものです。

            <感謝合掌 平成29年3月22日 頓首再拝>

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