伝統板・第二

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がん哲学外来医による、がん患者への”言葉の処方箋” - 夕刻版

2016/10/31 (Mon) 17:48:46

このスレッドは、スレッド「がんが消滅していく生き方」の関連として、
がん哲学外来医・樋野興夫氏の著書から、
がん患者への”言葉の処方箋”について紹介してまいります。

《がん哲学外来医による、がん患者への”言葉の処方箋”》

      *「明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」樋野興夫・著 
       (樋野興夫氏は順天堂大学医学部、病理・腫瘍学教授で医学博士です。 )

メスも薬も使わず、言葉の力でがんと闘い、2000人以上を救った圧倒的死生観。


はじめ より (P3~9 より抜粋)

がんになると、多くの人が自らの「死」を意識し始めます。
そしてそのうちの約3割の方がうつ的な症状を呈します。

がんになったことで生きる希望を失ったり、生きる意味が見出せなくなったりし、
うつ的な状態に陥ってしまうのです。

うつ的な症状を解消するには、患者さんの思考そのものを
前向きなものに変えてあげる必要があります。
そのきっかけとなるのが言葉の処方箋であり、人間の根源に触れる問いかけです。

生きていれば、嫌なことやつらいことや困ったことの一つや二つはあるでしょうし、
病気にはなっていなくてもそれよりも大変な出来事に直面することだってあるでしょう。

そのようなとき、本書で紹介している言葉の処方箋を思い出してください。
生きるとは何か。自分の使命とは何か。
言葉の処方箋を持てるとその言葉を軸に物事が考えられるようになるのです。

          ・・・


第1章 人生の使命を全うするまで、人は死なない

1.2時間で終わった命にも役割がある(P18~22)

臨床医が生きた人と接するのに対して、
私たち病理学者は主に亡くなった方々(ご遺体)と接することになります。

いまは指導する立場なので自分ではやりませんが、
20代から30代にかけて、たくさんの病理解剖を行ってきました。
正確な数字は把握していませんが、300体は越えているでしょう。


人生これからといった若者や生まれて間もない赤ん坊を解剖しなければならないときは、
人生の空しさを感じました。

「いったいこの子は何のために生れてきたのか? 」
若くて未熟だった私には、その答えがわかりませんでした。

遺体から臓器を取り出し、おなかの空っぽになった様子を見て、
「生きるとはどういうことか?」、「死ぬとはどういうことか?」と自問したものです。


人間は、自分の寿命に気づかない生き物です。
病理解剖を何度繰り返しても、自分が明日死ぬとは思えない。
しかし人間は誰でも必ず死ぬ。

その事情がわかっていながらどうしても「明日は自分が死ぬ」とは思えません。

元来、人間とはそういう生き物です。


ところががんになると様子が違ってきます。
突然、自分の死がリアルに感じられるようになります。

実際はがんになっても半数の人は治りますが(発見が3年早ければ7割は治るとされる)、
「がん=死」という図式が頭をよぎります。

そして人は、生きる基軸を求めるようになります。

「自分は何のために生れてきたのか」
「残された人生をどう生きたいのか」
「そのために自分は何をすればよいのか」


あるときから私は「死しても生きるとはどういうことか?」を考えるようになりました。
「死から生を見つめる」のが私の仕事だったからでしょう。

そして私はこう考えるようになりました。

人間には一人ひとり、その人に与えられた役割や使命がある。
たとえ生後2時間で亡くなった赤ん坊であってもそのことに変わりはない。
生まれてきたことや、生きていたことは残された者への贈り物になる。


生後2時間で赤ん坊を亡くした両親と10年後に会う機会がありました。
そのとき両親は話してくれました。

「あの子が生まれてきたからいまの私たちがあります。
あの子の分も楽しく、素敵な人生を送りたいと思っています。

いまでもときどきあの子のことを思い出して二人で話すことがあるんですよ。
とても短い人生でしたが、いまではあの子にはあの子なりの役割があったと思っています」。


どんな短い人生であっても生きている限りは一人ひとりに役割がある。
大事なことは、それに気づけるかどうです。


人生の役割についてお話をすると、ときどきこう尋ねられる方がいます。

「先生ご自身の人生における役割は何でしょう。よかったら教えてください」。

一言で答えられたよいのですが、そう簡単ではありません。
たくさんの死に向き合ってきた私ですが、いまだ、日々、自分の役割を求め続けています。
生きながら、歩きながら、探し続ける、それが人生というものではないでしょうか。


マザー・テレサは語っています。

「私は、主のみこころを記すための短い鉛筆です」。

彼女の言葉を借りるならば、所詮、人生とは「ちびた鉛筆」です。

田舎町で育った少年の頃、物を大切にする美徳として「ちびた鉛筆」を
我慢強く、丁寧に使い、宿題を完成させたものです。

問題は「鉛筆」の長さではなく、鉛筆を使って何を描くか。
それが私たち一人ひとりに与えられた役割や使命ではないでしょうか。

                ・・・

☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   死について考えることは、
   人生を見つめ直すきっかけになる。


     生きている限り、人には使命がある。
     問題は寿命の長さではなく、何をしたか。



・・・

<関連Web>

(1)伝統板・第二「がんが消滅していく生き方①」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6684196


(2)伝統板・第二「がんが消滅していく生き方②」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6828827

            <感謝合掌 平成28年10月31日 頓首再拝>

自分の人生のより所を知る - 伝統

2016/11/02 (Wed) 17:58:21

自分の人生のより所を知る (P24~28 より抜粋)

がんを告知された患者さんの約3割の方がうつ的な症状を呈します。

うつ的症状に陥った人に生きる希望や目的を取り戻してもらうため、
がん哲学外来では言葉の処方箋を出しています。

(中略)

60分間の面談で、一人ひとりの土台を見つけ出す手助けをする。
それががん哲学外来の大きな役割です。

励ましの言葉では、一時的で表面的にすぎません。
家に帰って一人になると、寂しさや孤独感が波のように押し寄せてきて、
再びうつ的状態に戻ってしまいます。

うつ的症状を解消して心の外に向けさせるには、
人類の最初にして最後の問いに向き合っていかなければいけません。

それが「自分は何のためにうまれてきたのか」です。

いまからでも遅くありません。
あなたの居場所を見つけてください。



☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   つらいときこそ、
   自分と向き合うチャンスだと思う。


     「自分は何のためにうまれてきたのか」
     をじっくり考える

            <感謝合掌 平成28年11月2日 頓首再拝>

「あれもこれも」より「これしかない」で生きる - 伝統

2016/11/04 (Fri) 18:33:50


(1)もし私(著者)が、余命宣告を受けたとしたら、
   残された時間は、自分にとって本当に大切なものは
   何かと模索します。

   人生において本当に大切なものは少ない。
   私はその一つ一つに一生懸命になるはずです。

(2)私たち日々の生活を振り返ると、
   「少ないつもりが多いムダ」現実性を痛感します。

   人生は「あれもこれも」より「これしかない」がいい。

(3)「余人をもって代え難し」な生き方をしたいものです。



☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   自分にしかできないことは案外少ない。
   それに全力を傾ける。


     なんでも「自分が、自分が」をやめて
     ほとんど人に任せる。
     そうすることで品性が生まれる。

            <感謝合掌 平成28年11月4日 頓首再拝>

人生は1周遅れぐらいがちょうどいい - 伝統

2016/11/09 (Wed) 18:10:42


(1)いま振り返ると「人生は1周遅れぐらいのほうがちょうどいい。
   ゆっくり走ると、ゆとりが生まれる。人生はゆとりを持って
   品性を保ちながら走り続けることが大切」と感じます。

(2)トップでゴールできればそれは確かにすばらしい。
   しかし、トップの人にだけ価値があって、
   ビリの人には価値がないかというと決してそうではない。

   ビリでゴールした人にもトップとはまた違った価値がある。

   周回遅れになっても、最後まであきらめずに走り終えた人の姿に
   私たちは感動したり、勇気づけられたりします。

   周回遅れの人にも周回遅れの責任があるのです。
   私はそれを「1周遅れの先頭の責務」と呼んでいます。

(3)病気になって人に遅れを取ってしまったからといって焦らなくてもいい。
   失敗して無駄な時間を使ってしまったからといって焦らなくてもいい。
   うまくできないからといって焦らなくてもいい。

   むしろゆとりを持って、品性を保ちながらやり続けることが大事です。
   人生は相対的です。息を切らして必死の形相で先頭を走るよりも、
   鼻歌を歌いながら1周遅れぐらいがちょうどいいんです。



☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   一等にもビリにもそれぞれに違った価値がある。


     周回遅れになっても、最後まで走り切った姿に人は感動する。
     走り続けることが大事。

            <感謝合掌 平成28年11月9日 頓首再拝>

ダメなところを認めれば,何ができるかわかる - 伝統

2016/11/13 (Sun) 18:41:27


(1)あなたにはダメなところがある。
   いいところもある。

   ダメなところばかりでもないし、
   いいところばかりというわけでもない。

(2)人間はみなそれぞれ違っています。
   顔、声、性格、短所・長所、それぞれ違う。

   そういう意味では、私たちは平等ではありません。

(3)最近、子どもたちの運動会で順位をつけないという話を
   聞きますが、これは平等の意味を取り違えているように思えます。

(4)本当の平等とは、相手の能力を認めることから始まります。
   
   1位は1位、2位は2位、ビリはビリという社会でなければいけません。
   順位をつけることが相手の能力を認めることにつながり、
   ひいては自分自身を認めることになります。

(5)相手を認めるように、自分のダメな部分を認めることができれば、
   自分には何ができて、何ができないかがわかってきます。

   それがあなたの役割や使命につながっていきます。

(6)私たちは一人ひとりに役割や使命が与えられています。
   その意味で人はみな平等です。

   しかし、どんな役割や使命を担っているかはそれぞれです。
   そこではみな平等ではありません。
   


☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   順位をつけるからこそ 平等になる。


     どんな役割や使命が与えられているかは、人それぞれ。
     何ができて、何ができないかを認めることが大事。


            <感謝合掌 平成28年11月13日 頓首再拝>

「何をするか」よりも、「どうあるか」 - 伝統

2016/11/19 (Sat) 19:29:09


(1)時間と空間をただ共有するだけでも価値のあることです。
   困っている人には、それだけでも十分にありがたいことなのです。

(2)あなたは、ただそこにいるだけで価値ある存在なのです。

   あなたの存在、優しい笑顔、おもいやりのある言葉が
   お見舞いに来てくれた人たちを勇気づけたり、
   明るい気分にしたりするのです。

(3)to do (何をするか)より、to be(どうあるか)を大事にする。
   人生には「何するか」よりも「どうあるか」が
   問われる瞬間があります。



☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   何もしなくていい。
   黙っているだけで相手の心は満たされる。


     無理に何かをやる必要はない。
     あなたは、ただそこにいるだけで価値ある存在なのです。


            <感謝合掌 平成28年11月19日 頓首再拝>

人と比べるから悩みが生まれる - 伝統

2016/11/28 (Mon) 18:06:00


(1)私たちは小さい頃から人と比較しながら生きています。
   みんな、人との比較で悩んでいます。

   がん哲学外来にやってくる人の中には、病気になったことで仕事を干されたり、
   職場を替えられたりして、生きる目的をなくしてしまった人たちがいます。

   そうした人たちには私は言います。

   「仕事は暇なほうがいいんだよ。
   生活をしていけるだけの給料がいただければそれでいいんですよ」

   するとみなさんおっしゃいます。

   「それでは私の存在意義がありません。
   私は皆と同じように働きたいのです」

   病気になる前の自分を「最高の自分」と思い、
   いまの自分と比較しているのです。

   人と比べて一喜一憂してしまうのは、
   人生の役割が見つかっていないからでしょう。

   自分の役割や使命がわかれば人と比べることはなくなります。

(2)私は病理学者ですから、これまでにたくさんのご遺体と向き合ってきました。
   だから、人とは少し違った見方が出来ます。

   死から人生を見つめ直してみると、人との比較なんてどうでもいいことに思えてきます。
   あの人よりも偉くなったから、あの人よりも有名になったから、
   これらのことが死の前にどれほどの価値を持つのでしょうか。

   ご遺体を前にして感じることは、
   「いったいこの人の人生は何だったのだろうか?」
   「自分らしく生きられたのだろうか?」
   「自分の役割をまっとうすることはできたのだろうか?」 です。

   そこに他人との比較が入る余地はありません。

(3)世の中の悩みは、人と比較するから生まれてくる。
   自分本来の役割を自覚して生きていけば人と比べることはなくなり、
   悩みもぐっと減るでしょう。


☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   昔の元気な自分より、
   いまの自分が「最高」。


     他人と自分を較べない。
     昔の自分といまの自分を較べない。
     悩みの多くは、比較から生まれる。

            <感謝合掌 平成28年11月28日 頓首再拝>

頂上は一つ。しかし、そこに至る道はいくつもある  - 伝統

2016/12/01 (Thu) 19:03:37


(1)自分がコントロールできないことに一喜一憂しても仕方がありません。
   また世の中の多くのことが一過性のもので、
   そのときだけ我慢すればいつかなくなります。

(2)ゴール(目的)は一つでも、そこに至る道はいくつもあります。
   時間がかかることもあるでしょう。
   
   ゴールは見つめつつ、もっとのんびり、遠まわりを楽しみながら
   臨機応変に生きていったらいい。



☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   物事は もっとのんびり考えるといい。
   

     時間をかけたからこそ、わかることがある。
     遠まわりしたからこそ、見えるものがある。



(以上で、「第1章 人生の役割をまっとうするまで人は死なない」
 の紹介を終えます)

            <感謝合掌 平成28年12月1日 頓首再拝>

明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい - 伝統

2016/12/14 (Wed) 17:57:09


     *第2章 自分の人生を贈りものにする(P51~55)より

(1)「もし明日世界が終わるとしても、私は今日もりんごの木を植えるでしょう」
             <マルティン・ルター>

(2)私(著者)は、この言葉をもじって
   「もし明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」という
   言葉を患者さんにお贈りしています。

(3)この言葉の意味するところは、
   自分以外のものに関心を持つこと。

   自分以外のものに関心を持つと、
   自分のするべきことが見えてきます。

(4)内村鑑三は『後世への最大遺物』でこう記しています。

   「人間が後世に遺すことのできる、誰にも遺すことのできる遺物がある。
   それが勇ましい高尚なる生涯だ。
   善のために戦うまじめな生涯そのものが最も価値あるものなのだ」


☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   自分以外のものに関心を持つと、
   やるべきことが見えてくる。
   

     誰にでもその人にしか残せない贈り物がある。

            <感謝合掌 平成28年12月14日 頓首再拝>

いい人生だったか、悪い人生だったかは、最後の5年間で決まる - 伝統

2017/01/01 (Sun) 19:27:42


     *第2章 自分の人生を贈りものにする(P56~59)より

(1)一生かかって築いてきた地位や名誉や財産はどうでもいい。
   最後の5年間が何よりも大事です。

(2)最後の5年間、自分の役割をまっとうして死ぬ。
   それが残された者たちへの「よき贈り物」になります。

(3)自分の生涯を一つのモデルとして提供する。
   そのことで、誰かを勇気づける。

   これがお金やモノではなく、記憶に残る贈り物です。

(4)すべての人に贈り物を残すことはありません。
   最後まであなたに関心を持ち、最後まで寄り添い、
   見捨てなかった人だけに残せれば十分です。

(5)元気な人も、余命宣告を受けた人も、5年間、
   「明日死んでもいい」と覚悟を持って一日一日を過ごすこと。
   これまでどんな生き方をしてきたなんて放っておけばいい。

(6)私たちの人生には「死ぬ」という大事な仕事が残されています。
   いい人生だったか、悪い人生だったかは、最後の5年間で決まります。


☆ がん患者への”言葉の処方箋”

   いままでどんな
   生き方をしてきたかは
   どうでもいい。

   
     常に人生最後の5年間であるかのように全力で生きる。

            <感謝合掌 平成29年1月1日 頓首再拝>

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