伝統板・第二 189372

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神界の谷口雅春先生からの叱咤激励か

1:夕刻版 :

2016/06/12 (Sun) 19:00:22


今私は天界にいて世界の行く末を、日本の行く末を、そして生長の家を見守っている。
私は聴いたのである。
心から私を愛してやまない、私のためには命を投げ出すことをもいとわないN生の悲痛な叫びを。

N生は、行動力がある男である。しかし、必ずしも文章で思いを十全に表現することが出来ない。
N生はそれをもどかしく思いながらも、現状の生長の家の動きを見て矢も楯もたまらず
叫びを挙げようとしている。

 
併し筆がかなわず心は掻き乱され、思いは千々に揺れている。
N生の私を思う熱き心に答え、S生を通じて私の考えを改めて伝えることにする。

この言葉はS生の筆を通して語られる。
これが私のものであるかどうかは、言葉の響きをもって判断されよ。

 
かつて私が地上で文章を書き連ねていた時に伝えたことがあるであろう。
或る言葉が、神の啓示か、はたまた、高級霊の伝言か、迷いの霊の言葉であるか、
最終的には、その内容と響き―私は神韻といった―で判断せよと。

 
私は昭和60年6月17日に世を去った。
それ以降に世の中で起こっていることについて地上の言葉で述べることはできない。
このため、生長の家の信仰熱き者も、判断に迷うことが多くなった。

その挙句の果て、ついにこのたびの生長の家の方針なるものが発表され、
古き信徒を含め右往左往している。

 
私の教えを正しく捉えていても、
問題点を指摘し反論をうまく表現できないものは悲痛な叫びをあげている。
天界にいる私には、皆の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 
私が起こした生長の家は、生前繰返しているように、何も目新しいことを述べているのではない。
釈迦が、キリストが、弘法大師が、親鸞が、エマーソンが語った真理を、
現代人が解るように説き直しただけである。

だから私を教祖とは呼ばせず、ラッパだと言い続けてある。

しかし、私はこうも言っている。
私は心よりキリストを信ずるものである。
キリストの精神を体得したものである。

霊感によって書かれた書物は、霊感を通してのみ理解しうると。
私の書物は、私が霊感で読み解いた聖書のように読み解きにくい書物ではない。

にもかかわらず、生長の家の信徒と云いながら、私が驚くような解釈がなされている。
私の浩澣な書物を十全に読み解けばそのようなことは起らないはずである。

 
しかし、時は流れ人は易きに就くようになった。
私の書物をつまみ食いして自分の都合のよいように後付けの解釈をするものが
後を絶たない始末である。

そこで私はN生の悲痛な叫び、N生の叫びを現界で受け途方に暮れているS生の呼び声に答え、
ここに再度私の言葉を伝えることにする。

心に眼ある者は見るべし、心に耳ある者は聴くべし。

 
私は、『生命の實相』、人生問答篇で示したが、生長の家の教えは何も目新しいものではない。
私が幾十万という書物を三十年読み解き、そのエッセンスを書いたものであると。

その心は、人間には神が宿っており、いやしくも古今の名著と云われるものには、
神の真理が宿っていること、それであればこそ、時を紡いで読み継がれているのであると。

従って、私の教えは何も神懸りにならなければわからないとか、
現象は神懸りにならなければわからないとかいうものではないのである。

 
私が教えを伝えひろめる中で、度々繰り返した言葉があるであろう。
それは、聖書に出てくる、「樹の善悪はその果実を見て知れ」と云うコトバである。

物事の判断をする時に、事実がどうであるかを吾々はよく見なければならないということである。

私は早稲田大学で英文学を学ぶことを通していろいろ教えられた。
それが後の生長の家の教えとして大きく花開く基になったと説いたであろう。
「神ハ愛也」の冊子にもその事は示してある。

その中でも大きな影響を与えたのが、ウィリアム・ジェイムズのプラグマティズムの教えである。
何を言っているかではなく、言われたことで何が起っているか、その起っていることから
言われたことが正しいかどうか判断せよという教えである。

だからこそ、私はあれほど体験談を重視したのである。

 
今の国際関係を見るがよい。かつて神示で示したことがあろう。
国際連盟は中心がないから、いくらいつまで論争(ことあげ)してみたところで善きことは生れぬと。
そして中心とは何かについて私は詳しく説いてきた。

今の世界もその時と何も変わっていない。

先般開かれた伊勢サミットで、安倍首相は、改めてアジア地域での国際法順守を説いた。
各国首脳もそれに賛意を示した。

その結果何が起ったか。
一昨日6月9日、中国の軍艦により尖閣海域で示威行動がとられた。
かつロシアの艦艇を追尾中の出来事である。

 
アメリカの中国問題の第一人者マイケル・ピルズベリーはその著書China2049でこういっている。
アメリカは、西欧諸国は、中国の甘言に騙され続けてきたと。
いまこそ、世界覇権を目指す中国の甘言から目が覚めねばならないと。

その著書の推薦文で、元CIA長官は、親中派のひとりだった著者が、
中国の軍事戦略研究の第一人者となり、親中派と袂を分かち、世界の覇権を目指す
中国の長期的戦略に警鐘を鳴らすようになるまでの驚くべき記録であると書いている。

恐らくこの書で目覚めたアメリカは、中国海軍の行動に対し即座に日本は同盟国であると
宣言したと今日11日の新聞は報じている。

改めて伝える。
現在は「冷戦終結後」の時代ではない。

冷戦が終結したように見えたのは、米ソの冷戦が一旦終結したのであって、
その裏では100年計画で世界覇権を目指す中国の戦略が進行している。

冷戦など終っていない。
唯物論にとらわれた国家はせめぎ合いを続けているのである。

かのピルズベリーによれば、お人好しな米国人もついにその事実に気付いたのである。
EUを巡りイギリスが独立を目指す中で、ドイツがヨーロッパの覇権を目指す動きをしているのも
同じことである。

国際情勢は何も変わっていないのである。

 
すべての国が生長の家の説く物質無の真理に目覚めるまでは状況は変わらない。
生長の家の使命は大なのである。

かつて私は説いたであろう。なぜソ連がこの日本の国を狙うのかと。
それは、かつて日本は東海姫氏の国と云われたように、資源豊か、人材優秀、工業力優秀、
まさに素晴らしい乙女のような国であるからであるからと。

このうるわしき乙女を自己のものにせんと、淡々と狙っているのであると。

うるわしき乙女日本を護るには、米国との安全保障条約が欠かせないと。

私は、実相世界は神の国で大調和しているが、
此の世は光と闇が交錯している世界であると説いてきた。

闇に対しては光をもって相対せよと教えているが、
その光とは、必ずしも甘いだけの対応ではない。

 
『生命の實相』道場篇で、道場破りともいうべき青年との対話を思い出すがよい。
私はコトバで説き伏せた。殴りかかろうとする青年の心が痛いのだと。

併し、わたしの高弟の野村義隆元陸軍大佐は、殴られる前に即座に殴り返し、
自ら痛みを知れと云うコトバを返した。そして私は書いたはずである。

それぞれに個性が出ていてよいのであると。
野村氏のやり方が間違っているとは一言も言っていない。
個人の対応でもこうである。

まして国家と国家の対応は言わずもがなである。


諸君は思い出すがよい、60年安保の時を。あの時マスコミは何といったか、
世の学者は何といったか。

安保を締結すればとんでもないことになる。
日本は軍国主義に舞い戻ると。

その時、敢然と方針を貫いたのは時の首相岸信介氏であった。
さすがの岸首相も、官邸、岸邸を取り巻く反対の群衆で心が折れそうになった。

後日判ったことであるが、その時私が聖使命新聞に書いた安保条約に賛成するとの言葉に、
百万の味方を得た思いがして安保締結を貫徹することが出来たとのことであった。

これこそ真理の燈台たる生長の家なのである。

わたしは自伝の中でこう云うエピソードを残したであろう。
中学時代の先生で大男だが気迫のない先生がタコとはやし立てられ顔を赤くして
学生に嘗められている一方で、小男ながら気迫のある先生には、
先生より大きい学生が叩かれても首をうなだれて従っていると。

そして、人間関係で重要なのは気迫であると。
ましては国家の関係に於いてをやである。

 
ある人は云うであろう。
対米従属は駄目なのだと。
それはその通りである。

しかし、神の言葉を思い出すがよい。
神の国は必ず実現する。
しかし、その時が何時かは誰もわからぬと。

神は絶対であり時空を超越している
。併し現世は映画のフィルムがスクリーンに展開する世界である。
現世は因果律の法則に沿って展開されねばならぬ。

神とは超次元、異次元の存在ではないとあれほど言って聞かせたであろう。
諸君が良心の判断に従って行動すること、それが神のコトバに従うことである。

現世は過去の因果を解きほどく中で展開する。
今の世も人類の迷い罪が解きほどかれる流れのなかにある。
因果の法則、現世の法則を見極めねばならぬ。

 
先の大戦は、大東亜戦争の名が示すとおりである。
戦争目的は立場によっていかようにでも言える。

大事なのは、樹の善悪は果実を見て知れ、の精神である。
大東亜戦争の結果何が起ったか、それを見れば、あの戦争の意義は一目瞭然である。

大東亜戦争の結果、アジア、アフリカの民が独立したのである。
戦前戦後の世界地図を見比べれば、赤子にでもわかる理屈である。
一切の言挙げは不要である。

神示で示したように、戦争は迷いと迷いが打ち合って消える過程である。
戦争である以上悲惨な事、行き過ぎたことが起こるのは当然である。
迷いはないに越したことはない。

しかし、現象を見れば迷いはあるのである。
心が変らぬ限り、人が生き物を殺すことを止めぬ限り、
その業の自壊作用として戦争は起こるのである。

併し、間違えてはいけない。
迷いは現れているのであって、根本的にあるのではない。
さればこそ、消えて行くのである。

しかし、手を拱いて消えるのを傍観せよと言ったことは一回もない。

『真理』青年篇での私の悲痛な叫びを思い出すがよい。
誰か愛国の青年は出でざるかと。赤坂の学生道場等あらゆる手を尽くして
真理宣布に行動する青年を育てんとしたのに、
研究研究に没頭する学生か、自分の個人的信仰に閉じこもる青年しかいない。

一方で、共産主義を信奉する青年は生命を賭した運動をしている。
生命の実相を悟った青年が左翼の戦士に伍して世界平和を招来する思想を
人類に広めよと悲痛な叫びを上げたのである。

 
この叫びに起ち上がった青年が、火の玉となって活動したおかげで、
紀元節が祝日となり、元号は法制化され、日の丸の国旗が実現し、
天皇御在位50周年の式典も行われたのである。

この動き無くして、東日本大震災での陛下によるお言葉があり得たであろうか。


生長の家が政治活動をする中で、思わず私は言ってしまったなかに、
「生長の家の一つや二つつぶれてもいい。天皇国日本が残るのであれば」と云う言葉がある。
あれほど言葉の力の大切さを唱え、大東亜戦争中に「海行かば」を歌うことは
敗戦を招くことになるからと反対していた私がである。

これは私の言葉ではない、神が言わせたのである。
現実はその通りになった。
当に神の予言だったのだ。

生政連の運動は、窮極の目的である憲法復元、改正はならなかったが、
日本国の象徴たる国旗日の丸は残り、紀元節も残った。

諸君たちの働きは無駄になったのではない。


大東亜戦争では、日本国が十字架にかかりアジア・アフリカの民は独立を勝ち取ったのである。
特攻隊の英霊の死は無駄になったのではない。
十字架のキリストであったのだ。

 
生長の家も然りである。
大東亜戦争で十字架にかかり死にかかった天皇国日本を救うために、
今度は生長の家が殉死したのである。
生政連の解散後の動きをめぐる中で、生長の家は確かに死んだのである。

形の上で教団は残っている。
しかし現世で生長の家を名乗る教団は、生長の家としては死んでいるのである。

 
考えて見るがよい。
私は常々言っていたはずである。
藤棚の家は生長の家発祥の記念となる家であるから永久に保存すべきであると。
そして今長崎に保存されている。

わが愛娘恵美子がわが愛する妻と一緒に吾が神殿生長の家神誌を郵便局まで運んだ
乳母車が総本山に展示されているのもそのためである。

 
生長の家の今日の発展の基となったのは昭和9年に東京進出してからであるが、
日本国の使命を受け大東亜戦争を戦うことで日本国は瀕死の状態になり、
生長の家もGHQにより解体の危機に瀕した。

その危機から立ち上がり、戦後の教勢拡大の原点となったのが原宿の本部建物であった。
藤棚の家に相当する建物である。

この建物は、信徒の献資のたまものであり、岸田日出刀東大教授と云う
当時の第一人者である建築家の設計による歴史的な価値のある建造物でもある。

その建物を壊すということは教えの心を損なうことである。

さらに神殿たる『生命の實相』、その縮約たる『甘露の法雨』も閉じ込められてしまっている。
生長の家はそこにはない。死んだのである。
1昨年に生長の家の大神の化身たる住吉大神を祭神の一つに格下げしたのはその最後の象徴である。

でも、歎く必要はない。
『生命の實相』第1巻はしがきにあらかじめ予言してあったことが実現しただけである。

生長の家の本部は地上にはない、神界すなわち実相の世界にあるのである。
すべては神の御心の展開である。

 
何故かかる事が起るのか。
諸君の奮起を促すためである。
太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れずと云うコトバがあるであろう。
眠れる信徒よ目覚めよ。

 
かのキリスト教の大発展は、イエス亡き後ローマ帝国の迫害を乗り越えた熱き信徒にあるのだ。
仏教を見よ、御簾の奥、上座にしがみつく人々を振り払い大衆に向かって行った人々が
大乗仏教を立てたのである。

 
諸君は改めて思い出されるがよい。
なぜ私が晩年80を過ぎてから長崎の総本山を建立したかを。
そしてそこに何が祭ってあるかを。

 
私は立教当時、吾に神殿は不要である、神殿とは『生命の實相』であるという神示を伝えた。
それがゆえに、それでも総本山を作るのは、鎮護国家のためであると伝えた。

さればこそ、奉祭の対象は護国の神剣であるのである。
生政連発足の際に申し上げたはずである。

人間神の子を説く教えはほかにもある。
現象は心の影と説く教えも他にある。
それではなぜ、この時、この日本国に生長の家が生まれたのであるかと。

 
生長の家の教えとは、真に世界平和を実現するためには、仏教でハチスに中心があると説くように、
キリスト教で一つの御心が成っているのが天であると説くように、
地上も中心が無ければ治まらないということである。

その中心にふさわしい国は何か。
それは中心がある国でなければならない。
中心は変らないものでなければならない。

世界で中心が変らない国はどこか。
それは日本しかないのである。

覇権による王権交代の国では世界は治まらないのである。
天意を受けた御子が中心にあってしらしめす国であればこそ、丸く治まるのである。

さればこそ、西欧の叡智アインシュタインも、伊勢神宮を参拝して理解したのである。
神が闘争の世界を平和に導くために天皇国日本を残していたことを。
そしてそれを神に感謝すると。

伊勢神宮とはなんであるか。
天照大神を祭るところである。
天照大神とは、日本の大御親である。

そして、天皇とは、天照大御神の御子孫である。
そして吾等は大神の日子、であり、日女である。
このことは伊勢神宮の大神の前で神想観をすれば誰でも感じることができるのである。

 
この天皇を抱く日本が占領憲法下で危うくなっているから、
今こそ住吉大神を直接仰いで日本国の実相顕現をせねばならぬと建立されたのが総本山である。

この使命を実現をするのが生長の家の信徒の使命なのである。

天皇というのは何も日本の王と云うだけではない。万国の王である。
神道の神だけではない。キリスト教の神でもある。

生長の家の歴史、私が啓示をうけた経緯を顧みるがよい。
私は、住吉大神、神功皇后を祭る、元住吉神社、生田神社にお参りする中で啓示受けた。

 
啓示の発端は、キリストの流れを汲むニューソートの
フェンウィック・ホルムスの本に巡り合ったことである。

この本を読んで、不完全な現象は神の創造ではなく、心の現れであると教えられた。
それによって、不完全な現象を見て神を否定していた私の迷いが覚めた。

実相は完全、神の世界は完全という縦の真理と、
現象は心の現れと云う横の真理がわかったのである。

さらに、現象には実相そのものの現れである真象と、
迷いの顕れである偽象があり、
光を照らし闇の無を暴露して行くのが現象生活の使命と判ったのである。

すべてはホルムスの本、ひいてはキリストの教えからである。

もともと私は大本教で聖書を読み込みキリスト再臨論で注目を浴びたが、
ホルムスの本で啓示を受け真理の光で改めて聖書を読む中で、更に教えられたのである。

聖書の最終章はヨハネの黙示録である。
創世記のエロヒム神の創造で始まった完全な神の国が、エホバの神で善悪相対の世界となった。
最後には再び神が降臨して新天新地が実現する。まさに、新天新地の神示にある通りである。

新天新地を迎えるためには、王の王たるかたは、血に染まった衣をまとわれている。
つまり血みどろの戦いをせられるということである。
そのお方は、忠実また真、又の名を神の言、すなわちミコトと云われる方である。

キリスト教の奥伝たる黙示録はキリスト教徒にとっても解読が難しい所である。
神の啓示を受けた私が霊感で読み解いたのが、
王の王は、天皇、スメラミコトということである。

このことは、戦前の『生命の實相』にはハッキリ解いてある。
『古事記と日本国の世界的使命』のはしがきで引用された私の言葉にあるように、
戦後の『生命の實相』にはない。

占領下の日本人を救い、日本国の復活をするために
『生命の實相』の再刊を急ぐ中で割愛されたのである。
このため多く信徒は知らないままでいる。

 
しかし、今こそいう。
私がなぜ、戦後すぐに、日本国の将来を憂い『限りなく日本を愛す』というような
愛国の書を出したかを。割愛された部分を説くためである。


教えに今も昔もない。
生長の教えの本質は未来永劫不変である。
そして、それは、仏教とも、キリスト教とも、矛盾しない。

 
それは何か。世界には全て中心があること、原子に原子核があり、細胞に細胞核があり、
雪の結晶に核があり、地球に核があり、太陽系に太陽があるのと同じである。
この中心帰一がなければ世界は治まらぬのである。

そして世界の中心になるのは、神勅に基づく天皇を中心に仰ぐ日本しかないのである。
そして、それは黙示録にも予言され、さればこそアインシュタインも伊勢で実感したのである。

このことを説くのが生政連発足の言葉で述べたように生長の家であるのである。
 
この教えを理解するものであれば、天皇を単なる象徴でかつ国民の総意に基づくというような
不安な位置付けをする憲法が到底受け入れられるものでないことは判る筈である。

さればこそ、憲法を改正すべし、さしあたっては明治憲法に復元すべしと私は説いたのである。

冷戦が終わったから今の憲法に基づく天皇制のままでよいという議論が誤りであることは、
冷戦が過ぎたという認識自体が誤りであることから言うまでもないが、

それ以上に、天皇への中心帰一こそが生長の家の教えの核心であることを
知らねばならないのである。

これを明確にする為に憲法を改正せねばならないのである。
幸いにも復刊された『久遠の實在』では中心に帰一する道という章で、
中心をすめろぎとフリガナを振ってあり、その事が明確に説明してある。

この章を、今の『生命の實相』の万教帰一篇、古典に現れたる宇宙構造の中心理念と
読み比べて見れば、先ほどの『古事記と日本国の世界的使命』はしがきで説いた
天皇と日本国に関することがどのように削除されたかを如実に感じることができるであろう。

 
今神界では日本国実相顕現の大きなうねりが起きている。
今まで日本国を貶めていた暗黒思想を解き放つ動きが大きくなっている。

 
『生命の實相』生活篇で、夜明け前が一番暗い、最後まで耐え忍べ、
信仰成就には時間が必要であると説いたであろう。
いよいよその動きが本格化するのである。その前には、闇がうごめくのである。

 
キリストもサタンに誘惑された。
生長の家教団が今の教えと唱えこれまでの私の教えを信奉するものを原理主義と
唱える動きもそれである。

 
人はさばくなと教えてあるが、妄説とは決して和解するなと教えてある。
生長の家の教えは、天皇信仰である。日本の中心に天皇が座り、
その日本が世界の中心になるとき世界に本当の平和が来るというのが根本の教えである。

 
日本は真理国家であるが、真理国家に軍備が必要でないとは一言も言っていない。
心の改善で戦争を起らせないようにするまでは、次善の策として力のバランスで
日本を侵略不可能ならしめないといけない。

軍備も安保も不要だという議論は現実には調和しない。
人時処の三相応がなければ、どんな善も善とならないと説いてある。

生長の家とは、蛇のように聡く鳩のように柔和であるところである。
迷いの世界で戸締りをしないのは寧ろ迷い人を盗人に促す罪作りな行為である。

 
私の真の教えは、天皇国日本の実現である、
之に邁進するものは、わたしの真の教えを継ぐものである。

至嘱。ますます精進されんことを。

  ( http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=394 より転写)

          <感謝合掌 平成28年6月12日 頓首再拝> 
2:伝統 :

2016/06/19 (Sun) 19:48:13


「N生に答える」の中に、次のご文章があります。

   私が教えを伝えひろめる中で、度々繰り返した言葉があるであろう。
   それは、聖書に出てくる、
   「樹の善悪はその果実を見て知れ」と云うコトバである。

   物事の判断をする時に、事実がどうであるかを
   吾々はよく見なければならないということである。

   私は早稲田大学で英文学を学ぶことを通していろいろ教えられた。
   それが後の生長の家の教えとして大きく花開く基になったと説いたであろう。
   「神ハ愛也」の冊子にもその事は示してある。

   その中でも大きな影響を与えたのが、
   ウィリアム・ジェイムズのプラグマティズムの教えである。

   何を言っているかではなく、言われたことで何が起っているか、
   その起っていることから言われたことが正しいかどうか判断せよという教えである。

   だからこそ、私はあれほど体験談を重視したのである。

                   ・・・

このご文章で述べられている「神ハ愛也」から、該当部分を次に紹介させていただきます。

           *「神ハ愛也」(谷口雅春先生90年の足跡)(P12~13)より

明治40年4月、谷口先生は市岡中学校を卒業後、
文学の道を志して早稲田大学高等予科の文学科に入学された。

早稲田大学高等予科を翌年7月に修了、つづいて9月、
先生は文学部英文科に入学された。

(中略)

谷口先生は早稲田入学後も、しばらく『文章世界』や『新潮』に投稿をつづけ、
明治44年の6、7、8月号の『新潮』には、小倉七美の筆名で投稿、
3回連続して第一席に入選した。

(中略)

しかし、その後間もなく、先生は文筆活動をやめて、
もっぱら読書に没頭されるようになった。

その対象は文学書ではポー、ボードレール、ワイルド、メーテルリンク、トルストイ等、
哲学書ではショ^ペンハウエル、ウイリアム・ジェイムズ、ベルグソンであった。

ことにジェイムズのプラグマティズムは、片上伸教授の講義に深い感銘をうけられた。


   《早稲田のウイリアム・ジェイムズの「人生は生きる価値ありや」という論文を、
    片上天絃先生が講義してくれなかったら、

    心によって人生を支配できるということを説く生長の家の種子は、
    私の心のなかに蒔かれなかったかもしれないのであります》<人間の運命・私の運命>


          <感謝合掌 平成28年6月19日 頓首再拝>
3:伝統 :

2016/06/22 (Wed) 19:50:04

「N生に答える」の中に、次のご文章があります。

   私は、『生命の實相』、人生問答篇で示したが、生長の家の教えは何も目新しいものではない。
   私が幾十万という書物を三十年読み解き、そのエッセンスを書いたものであると。

   その心は、人間には神が宿っており、いやしくも古今の名著と云われるものには、
   神の真理が宿っていること、それであればこそ、時を紡いで読み継がれているのであると。



(以下は、『生命の實相』第16巻人生問答篇下(P198)からのご文章です。)


わたしがここに持ってきました本は、これはカール・ヒルティの『眠られぬ夜のために』
という本であります。新聞の小説などをお読みになる暇があるならば、こういう定評のある
世界的名著をお読みになるとよいと思います。

この人の『幸福論』という本の中に、人間が幸福に常に進歩して生きるには
「新聞を読むな」ということが書いてあります。

多勢の人たちは朝の一番尊い時間にいろいろの新聞を読むために
どれだけ尊い自分の時間を殺しているかしれないということが書いてあります。


わたしが割合に社会のことでも学問のことでもいろいろのことをよく知っているのは、
わたしは今まで非常に苦労艱難のほとんど時間の余裕のない生活を送って来たにかかわらず、
人が新聞などに時間を空費している間に纏まった本を読んだからであります。

「朝の時間は黄金、昼の時間は銀、夜の時間は銅」という諺がありますが、
この黄金の時間である朝の時間に新聞を読まないで、わたしは纏まった本を読んだのであります。

そして30年間読み漁った幾十万の本の中からそのエッセンスを
わたしは『生命の實相』に凝縮したのです。

わたしの『生命の實相』全巻をお読みになることは、30年間かからないと
読めない本の精髄をわずか1年くらいで知ってしまうことであって、
非常に時間の経済であります。

          <感謝合掌 平成28年6月22日 頓首再拝>
4:伝統 :

2016/06/24 (Fri) 18:19:44

「N生に答える」の中に、次のご文章があります。

   私が起こした生長の家は、生前繰返しているように、
   何も目新しいことを述べているのではない。

   釈迦が、キリストが、弘法大師が、親鸞が、エマーソンが語った真理を、
   現代人が解るように説き直しただけである。

   だから私を教祖とは呼ばせず、ラッパだと言い続けてある。



以下は、「生命の實相」第27巻久遠仏性篇上・第7章より


《著者のない書物》(P147)

生長の家は実に『久遠を流るるいのち』の所有(もの)である。
私はそれを本当に信じいるのであるし、そうであってこそ生長の家には、
ただ書を読むだけによって病気が治るというが如き奇蹟すらも生じて来るのである。

なぜなら、斯くてこそ生長の家の発行書を読むことによって、
『谷口』と言う私の《いのち》に触れるのではなく
「久遠を流るるいのち」に触れることになるからである。

              ・・・

《久遠のいのちに触るるもの》(P148)

『生命の實相』の著者は本当は「久遠を流るるいのち」なのである。
釈迦も「久遠を流るるいのち」を把握したし、
キリストも「久遠を流るるいのち」を把握したのである。

そのほか空海、最澄、親鸞、日蓮もすべて「久遠を流るるいのち」を把握したのであろう。
カントも、ヘーゲルもエマソンもそうであるかもしれない。
そうわたしは考えるほか仕方がないのである。


              ・・・

《わたしは喇叭(らっぱ)》(P157~160)

ともかく「久遠を流るるいのち」としての釈尊は世界の至るところに遍満したまうのであって、
その「いのち」の霊波を感受するラジオ・セットさえあれば日本でも英国でも、米国でも
何国(どこ)ででも、そこに仏の教えが説かれるのである。

伊藤道海禅師が『生命の實相』を読んで見て、
『言々すべて仏の教えである』と雑誌『宇宙』で評したのは当然のことなのである。

『仏とは久遠を流るるいのち』の表現なのである。
わたしは始めから『わたしは生長の家の教組ではない。私は諸君と共に『生長の家』の教えを
聴聞してひたすら、其の如くい生きんと努力せる一人の求道者に過ぎない・・・』

と『生命の實相』第一巻14ページに明記してある。

わたしは教えのすべての栄えを神に帰(き)し、「我が業(わざ)は我が為すにあらず、
天地(あめつち)を貫きて生ける祖神(みおあや)の権能(ちから)」という
招神歌(かみよびうた)を唱えない日とてはないのである。

わたしは釈迦・キリストがそうであったろうところの「久遠を流るるいのち」に触れん事を
つとめ、斯くつとめつつ、「久遠を流るるいのち」の啓示を『生命の實相』に書き止めた
のである。

だから『生命の實相』の本当の著者は谷口という、いつにか生まれていつかは死滅し
しまうような儚い人間が書いたのではない。

その著者は「久遠を流るるいのち」である。
わたしはただ「久遠を流るるいのち」の流出口となったに過ぎないのである。

谷口という名はよくつけてくれたものだとい思う。
わたしは老子が。「谷神(こうしん)不死」と言ったところの、死なず不滅の
「久遠を流るるいのち」の喇叭口(らっぱこう)になったのにすぎないのである。


わたしとと同じく、「久遠を流るるいのち」の喇叭口となったものは、
いずれも仏の教えを語るものである。

仏の教える真理は「生長の家」が独占するものでもなければ
既成仏教が独占するものでもないのである。

キリストの聖書は既に「久遠常在の釈迦」の言葉なのである。

またかのカーライルが「汝の運命を征服する武器は念(こころ)である。汝もし人または
団体に対して致命的な考えをもつならば、汝は引金を引かなくても相手に手傷を負わす
ことになる。念ずればその結果は必然に現れる」と言った時に、
カーライルは既に仏の教えを語ったのである。

なぜなら、それは「三界は唯心の所現」であることを説き、この世界は因縁所生の世界である
ことを説破しているからである。彼はこれを説いたとき「久遠を流るるいのち」に触れて
その喇叭口となったのである。

換言すれば、カーライルが斯く真理を説いた時、常住久遠の釈迦牟尼仏が
「余国に衆生のために無上の法を説いた」のである。


また見よ、エマースンが「聖者と天才とが世界に投げた思想は世界を変化する」と説いたとき、
彼もまた三界唯心の真理を説いて、常在久遠の釈迦の歌口(うたぐち)となったのである。

彼は大自然を精神的絶対者であると説き、Overe-Soul(オーヴァー・ソール)なる超越的神性
があらゆる事物の根底に存すると説き、いっさいの価値はこのOvere-Soul(オーヴァー・ソール)
の発現に源泉すると説き、しそうがこの世界を変化するものであると説いたとき、

正に彼の汎神論的唯心論は仏説に一致しているし、彼の称したオーヴァー・ソールなるものは
仏教の仏性に当たるし、大自然を精神的絶対者と見たとき、法身仏をそこに見出したと断言
してさしつかえないのである。


かくのごとく観じきたるときには、ユダヤにも英国にも米国にも「久遠常在の釈迦」はすでに
仏教を説き給うたのである。仏教とは、ここに見よ、かしこ処に見よ、というがごとく
堂塔迦藍や書庫のうちには存在しないのである。

また釈迦と言う名前の肉体が喋ったことならば何でも仏教だと思うことも間違いである。
肉体の釈迦の言(げん)でも、悟らないで喋っていた時の言葉は仏教ではない。

竜樹菩薩の作でも、曇鸞大師の作でも、カーライルでも、エマースンでも
「久遠を流るるいのち」に触れて真理が語られる時には、それが仏の教えなのである。

すべての仏教者は、も少し心を広くして、せめて伊藤道海禅師のように、誰の著作であっても
真理が説いてあるものならば「これすべて仏の教え」と讃嘆するほどの「和」と宏量とが
あってほしいと思う。


          <感謝合掌 平成28年6月24日 頓首再拝>
5:伝統 :

2016/06/26 (Sun) 19:40:02

「N生に答える」の中に、次のご文章があります。

   今の国際関係を見るがよい。かつて神示で示したことがあろう。
   国際連盟は中心がないから、いくらいつまで論争(ことあげ)してみたところで
   善きことは生れぬと。

   そして中心とは何かについて私は詳しく説いてきた。

   今の世界もその時と何も変わっていない。

   先般開かれた伊勢サミットで、安倍首相は、改めてアジア地域での国際法順守を説いた。
   各国首脳もそれに賛意を示した。

   その結果何が起ったか。
   一昨日6月9日、中国の軍艦により尖閣海域で示威行動がとられた。
   かつロシアの艦艇を追尾中の出来事である。



以下は、久遠天上理想国実現の神示と、この講義等からの紹介です。



【久遠天上理想國實現の神示】

      *「秘められたる神示(神示講義 秘の巻)」(P151~156)より

『生長の家』の因縁を書き置く。
『生長の家』とは人間が附けた名ではない。
神がつけさせたのである。

『生長の家』とはタカアマハラのことである。

|(たて)に無限に生(の)びることを『生(せい)』と言ひ、
一(よこ)に無限に長(の)びることを『長(ちょう)』と言ひ、
|(たて)と―(よこ)とが十字に交叉した中心を息叉(いへ)(家<いへ>)と言ふ、

|(たて)の生命(せいめい)と―(よこ)の生命とが交叉した中心が『家(イヘ)』である。

イヘの《ヘ》は交叉の形を象徴(かたちど)つたものである。
家(いへ)のことを巣と言ひ、住むと言ふ。
住むと云ふのは中心に集まることである。

一切のものは中心に集り、中心に統一せられることによつて澄む即ち淨められるのである。
中心のないものは統一がないので、雑然として言噪(ことさわ)ぐのである。

今の國際連盟を見るが好い、中心が無しにいつまで論爭(ことあげ)して見たところで、
善きことは生れぬ。論争(ことあげ)したすべての國が一つの中心にあつまりて、
統一せられねば全世界は一つの『家』にならぬのである。

久遠天上の『生長の家(たかあまはら)』が地上に顯現して全世界が
『生長の家(せいちょうのいえ)』にならねば永遠理想世界は地上に來ぬ。

《久遠天上》とは地に対する《天》ではない。
實相世界のことである。

イエス・キリストも『み心の天に成るが如く地にも成らせ給へ』と祈つたが、
實相世界では既にひとつの極身(きみ)に統一せられて、常樂の淨土となつてゐるのである。

地上にも實相世界が形を顯(うつ)して天國が地上に天降つてくる時期が近づいたが、
今の世界は下照姫(したてるひめ)に心を迷はせてゐて下照姫の言ひなり通りになつてゐるから、
その迷ひの自壞作用として、地上全体が『生長の家(たかあまはら)』になるまでにまだまだ
色々な難問題が起つて來る。

皇典にある下照姫と云ふのは地鑛の下で光つてゐる金(きん)のことである。

全世界が一つの『生長の家(せいちょうのいえ)』となり、
實相の世界の『生長の家(せいちょうのいえ)』が地上に顯(うつ)つて來る時には
是非とも此の世界も一つの中心に統一せらねばならぬ。

|(たて)と一(よこ)との十字の中心は”光の放射”を象徴(かたど)つたものであつて
その中心を『光(ひ)の本(もと)』と言ふのである。

日本(ひのもと)は光(ひ)の中心(もと)である。
十字架の中心ユダヤにあると思つてゐたら大なる間違ひである。
十字架の中心は日の本にありキリストの本地(ほんじ)も日本(ひのもと)にある。

十字架の放射光線が皇統連綿の國であると云ふことが
何人にも判つて來なければ此の世は治らぬ。
久遠皇統連綿と云ふことは偶然になることではない。

形の世界が心の世界の影であることが解り、實相世界が久遠常住の世界であると云ふことが
判れば久遠皇統連綿と云ふことは實相世界の久遠常住性が最も迷ひの念なしに形に顯れたのが
日本國だと云ふことが解るのである。

興廃常なき世界の國々は常住性のない迷ひが影をあらはしたのであるから、
生滅常なきは當然である。

今の世界で實相世界の常住性を形に顯(うつ)し出してゐるのはたゞ日本の國ばかりである。
生滅常なき現實世界が變じて久遠實相世界の常住性を顯現するには、常住性ある國が
ひろがりて常住性なき國を包みて、十六方位の世界を一つの常住性ある永遠滅びぬ世界と
しなければならぬのである。

十六菊と云ふのは光が十六方位にひろがりて、十六方位の國ことごとくを中心に統一せる
ことを象徴(かたちど)つたものである。十六の數は一と六と合はせて《七つ》を意味し、
《全て》を意味し、七つの燈臺が十六方位の中央に輝きて十六方位の國ことごとくが

一つの生長(みずほ)の家(くに)となると、そこに久遠實相の高天原が形に顯現して
常樂の國土が地上に涌出(ようしゅつ)する。
太陽はまだ昇り始めたばかりである。

生長の家を、高天原と假名附けさせたり、生長(みずほ)の家(くに)と假名附けさせたが、
高天原(たかあまはら)── 瑞穂の國 ── 生長の家(せいちょうのいえ)──
この三つは三位にして一體である。

『生長の家』とは『長生(ながいき)の家』、『無量壽の家』、即ち『不滅の家』であって、
實相生命の不滅の相(すがた)が家系となつて連綿と続く家である、日本に於ては
國と家とは一体である。

全世界もまた家と國とが一体である事を教へたのがイエス・キリストであつて、
そのために彼は人間同士を兄弟と呼ばせたのである。

併し兄弟があるばかりで兄弟相爭つては家は治まらぬのである。
兄弟があり、家長があり、其処に統一があつて始めて此の世が淨(きよ)まつて生長の家となり、
不滅の家となるのである。

家と云ふのは生命(せいめい)が中心に交叉し集まることを意味すると教へたが、
國と云ふものも交叉する意味のクミ(組<くみ>)から來た語である。

今の國々は皆形がクミ合つてゐるだけで、中心の生命(せいめい)(息<いき>)が一つに
統一してゐぬから”國即家”の實が挙がつてゐぬのである。

一つの中心にすべてが統一せられて、萬民その天分に応じて其の堵(と)に安んじ、
需給の関係でも一つの人体の血液が栄養を運ぶやうに、全体の細胞へ各々適當な資料を、
適當な分量だけ過不及なく與へるやうになったとき、《國》は即ち《家》となり
始めて本当の”國家”となるのである。

かくの如き國家にては凡てのものが瑞々しく穂(ひい)で、その國家は『瑞穂の國』である
と同時に『生長(せいちょう)の家(いへ)』であり、久遠實相の生長の家(たかあまはら)
の地上的顯現であるから、高天原と、瑞穂の國と、生長の家とは三位にして一體であると
言ふのである。

高天原の『高』とは|(たて)に無限性を示し、『原』は一(よこ)に無限性を示し、
『天(あま)』は|(たて)一(よこ)陽陰相交叉して運行する結果、至大天球と成ることを
示したのであり、一一(てんち)の間に『人(ひと)』の生まれ出でたる象(かたち)が
『天(あま)』であり顯圓(あま)である。

天地の間に生れ出でたた本當の人間はいづれも日月(かみ)の子(こ)であり顯圓(あま)で
あるから完全圓滿なものである。

天津日嗣の御子と言ふのはその完全圓滿さが何の迷ひにも隠される事なく明らかであるから
生命の實相の久遠常住性が形に其のまま顯(うつ)し出されて連綿と無窮につづいてゐるので
ある。

全世界が『生長(せいちょう)の家(いへ)』になつたら各人の家系もまた連綿につづく
やうになるのである。家が中途で絶えるのはその家が迷ひに捉はれて
『生長(せいちょう)の家(いへ)』になつてゐないからである。

                  (昭和七年五月二十七日神示)


          <感謝合掌 平成28年6月26日 頓首再拝>
6:伝統 :

2016/06/27 (Mon) 18:46:35

《中心とは》

      *「秘められたる神示(神示講義 秘の巻)」(P177~179)より

(1)国家にもそれが生命(せいめい)ある有機体であるためには中心がなければならない。
 
(2)中心の生命が全体を一つに統一せられて、万民その天分に応じてその堵(と)に
   安んじ、需給の関係でも一つの人体の血液が栄養を運ぶように、全体の細胞へ
   各々適当な資料を、適当な分量だけ過不及なく与えるようになったとき、
   《国》は即ち《家》となり始めて本当の《国家》となる。

(3)中心がグラつくような国の状態は、「久遠不変の中心が全体を叡智によって
   統一している実相世界」が現象界に投影している国家とは言い難いのであります。

(4)やはり、万世一系の天皇の如き、《永遠不変の一つの中心》が変ることなく
   永続しながら、それが君主専制などになることなく、天皇の御心に、万民の心が
   反映し、天皇がそれをあきらかに「知ろしめ」て、

   中心が身辺とが啐啄同時に相合するというふうに、相互にピッタリ瞬刻限を同じくして、
   呼べば応えるような国とならなければならない。

   その時にこそ、「国」は単なる「組(クミ)」ではなく、
   生命(せいめい)ある「家」となり、「国家」となり、
   「《国》そのまま家庭」となるのであります。

・・・
(以下は最近のWeb等から)

《日本を取り巻く国際環境の現状》
       
   これまでの大きな流れを振りかえってみると、

   2008年、アメリカ発「100年に1度の大不況」が起こる。
   2009年、アメリカは沈み、中国は浮上した。中国は以後、凶暴化していく。

   2010年、尖閣中国漁船衝突事件
      中国は全世界で、「尖閣はわが国固有の領土であり、『核心的利益』である!」
      と宣言する。

   2012年9月、日本政府、尖閣を「国有化」。
         日中関係が、戦後最悪に。

   2012年11月、中国、「反日統一共同戦線」戦略を、ロシア、韓国に提案。
           「沖縄を奪う意志」を明確に示す。

   2016年6月9日 中国とロシアの軍艦が、「尖閣周辺の接続水域に入った」
          http://jp.reuters.com/article/china-frigate-senkaku-idJPKCN0YU2NF

   2016年6月15日 中国軍艦が一時領海侵入 口永良部島周辺海域 海警行動は発令せず
           同海域の領海に中国艦が入るのは初めて。
             http://www.mag2.com/p/news/208145?l=ciu003d3c9

          <感謝合掌 平成28年6月27日 頓首再拝>
7:伝統 :

2016/06/29 (Wed) 20:30:11

中国による挑発、海から空へと拡大


          *Web:毎日新聞 6月29日(水)0時48分配信 より

<中国軍>空自機に攻撃動作 空自OB指摘


◇空自創設以来初めて、実戦によるドッグファイト

元航空自衛隊空将の織田(おりた)邦男氏(64)が28日、インターネットのニュースサイトに、
東シナ海上空で中国軍の戦闘機が空自戦闘機に対し攻撃動作を仕掛け、
空自機が自己防御装置を使用して離脱したとする記事を発表した。

政府は公表していないが、政府関係者は記事のような事実があったことを認めている。

毎日新聞の取材に織田氏は同様の内容を答えた上で
「中国機の動きは少なくとも16日以降、続いているようだ」と話している。

織田氏は記事で、中国軍艦が9日に沖縄県・尖閣諸島の接続水域に入ったり、
15日に鹿児島県の口永良部島の領海に侵入したりしたことを記述しつつ

「中国海軍艦艇の挑戦的な行動に呼応するかのように、
これまでの(一定の距離を保つ)ラインをやすやすと越えて南下し、
空自スクランブル(緊急発進)機に対し攻撃動作を仕掛けてきた」と書いた。

 
さらに「空自機は、いったんは防御機動でこれを回避したが、このままでは
ドッグファイト(格闘戦)に巻き込まれ、不測の状態が生起しかねないと判断し、
自己防御装置を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱したという」
とした。

織田氏は毎日新聞に対し、攻撃動作とは中国機が、後ろから近づいた空自機に対して
正面から相対するような動きを見せ、さらに追いかけるような姿勢を見せたことだとした。

空自機の自己防御装置は、熱源を感知するミサイルから逃れる花火のようなものをまく
「フレア」だったとして、かなり近距離だったのではと指摘した。

織田氏は記事で「空自創設以来初めての、実戦によるドッグファイトであった」と書き
「上空では毎日のように危険極まりない挑発的行動が続いているという」とした。

  (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160629-00000000-mai-int

       ・・・

「いよいよ中国が軍事行動」百田尚樹さん、ツイッターで危機感 
産経報道「中国軍機、空自機に攻撃動作」受け
産経ニュース / 2016年6月29日 16時27分

http://www.sankei.com/politics/news/160629/plt1606290009-n1.html


作家の百田尚樹さんが29日、自身の短文投稿サイト「ツイッター」に、
「いよいよ中国が軍事行動を取り始めた」などと書き込んだ。


 同日付配信の産経ニュース「中国軍機、空自機に攻撃動作 
『ドッグファイト回避、戦域から離脱』」の記事に対して投稿。

「軍艦の接続水域侵犯および領海侵犯から、どんどんスピードが早まっている。
それなのに、マスコミはなぜ騒がない! 
『カエルの楽園』をそのままなぞるつもりか!」とつづった。


百田さんは、中国軍機の問題に対して連続して投稿。

「中国はとてつもなく恐ろしい国だということを、なぜテレビは言わない! 
中国は第二次世界大戦前のドイツに似ている。
今も多くの人は戦争なんか起こらないだろうと思っている。

しかし、第二次世界大戦が起こる1年前も、
こんな大戦争が起こるとは誰も思っていなかったのだ。
戦争は突然起こる」と危機感を募らせた。

http://news.infoseek.co.jp/article/sankein_sk220160629543/

          <感謝合掌 平成28年6月29日 頓首再拝>
8:伝統 :

2016/07/01 (Fri) 19:48:28

「N生に答える」の中に、次のご文章があります。

   アメリカの中国問題の第一人者マイケル・ピルズベリーは
   その著書China2049でこういっている。

   アメリカは、西欧諸国は、中国の甘言に騙され続けてきたと。
   いまこそ、世界覇権を目指す中国の甘言から目が覚めねばならないと。

   その著書の推薦文で、元CIA長官は、親中派のひとりだった著者が、
   中国の軍事戦略研究の第一人者となり、親中派と袂を分かち、世界の覇権を目指す
   中国の長期的戦略に警鐘を鳴らすようになるまでの驚くべき記録であると書いている。

   恐らくこの書で目覚めたアメリカは、中国海軍の行動に対し即座に日本は同盟国であると
   宣言したと今日11日の新聞は報じている。

   改めて伝える。
   現在は「冷戦終結後」の時代ではない。

   冷戦が終結したように見えたのは、米ソの冷戦が一旦終結したのであって、
   その裏では100年計画で世界覇権を目指す中国の戦略が進行している。

   冷戦など終っていない。
   唯物論にとらわれた国家はせめぎ合いを続けているのである。

   かのピルズベリーによれば、お人好しな米国人もついにその事実に気付いたのである。
   EUを巡りイギリスが独立を目指す中で、
   ドイツがヨーロッパの覇権を目指す動きをしているのも同じことである。

   国際情勢は何も変わっていないのである。




以下は、「China2049」からの紹介です。


《中国「世界制覇」の野望》

         *Web:DIAMOND onlin(2015年11月11日)からの抜粋です。

(1)「衝撃の書」~「China2049」

  ①米中関係改善に貢献した、米国の超大物スパイが暴露本を出版!

  ②著者のピルズベリーは現在、ハドソン研究所中国戦略センターの所長であり、
   米国防総省の顧問も務めている。

   また、米国の政策に大きな影響力を持つ、
   「外交問題評議会」「国際戦略研究所」のメンバーでもある。

  ③米国の「対中政策」に40年以上深く関わってきたピルズベリーは、
   この本の中で、「米中関係」の驚くべき「裏話」をたくさん披露してくれている。


(2)1970年代はじめの米中関係の劇的な改善

  ①米中関係が劇的に改善されたのは、1970年代はじめだった。
   米国は、冷戦のライバル・ソ連に対抗するために、「中国と組む」ことにした。

  ②主導したのは、ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官といわれる。
   特にキッシンジャーは、「米中関係を劇的に改善させた功績」により、
   「リアリズム外交の神様」と評価されている。

  ③ピルズベリーは当時20代半ばだったが、「米中和解」に大きく貢献した。
   ニクソンとキッシンジャーは1969年、「中国と和解した時、
   ソ連との関係が過度に悪化するのではないか」と恐れていた。

   ピルズベリーは、ソ連人から情報を入手し、
   「米中が和解しても、ソ連は米ソ緊張緩和の動きを止めない」ことを伝えた人物だったのだ。


(3)「キッシンジャーは毛沢東の計略にはまった」鄧小平時代には米中「蜜月」に

  ①この本にはもっと重要なことが書かれている。

   「米中和解」を「真」に主導したのは、
   ニクソンでもキッシンジャーでもなく、中国だったのだ。

  ②キッシンジャーは71年7月、極秘で中国を訪問。
   そして、72年2月、ニクソンは歴史的訪中を実現させた。
   キッシンジャーはすっかり毛沢東に魅了され、中国に取り込まれてしまう。

     <キッシンジャーは毛の計略にまんまとはまり、ニクソンに、
     「中国は英国に次いで、世界観がアメリカに近い国かもしれない」と告げた。
      中国の戦略を疑う気持ちはみじんもなかったようだ。>(96p)

  ③両国関係は、毛沢東が76年に亡くなり、鄧小平がリーダーになった後、さらに深まっていく。

     <西洋人にとって鄧は、理想的な中国の指導者だった。
      物腰が穏やかなおじいさんのようでありながら、
      改革精神に富むバランスのとれた指導者。
      要するに、西洋人が会いたいと思う人物だったのだ。>(101~102p)

   そして、米国は、この「理想的な指導者」を、惜しみなく支援することにした。

  ④こうして「理想的な指導者」鄧小平は、米国(と日本)から、ほとんど無料で、
   奪えるものを奪いつくし、中国に「奇跡の成長」ともたらすことに成功する。
   まさに、中国にとって「偉大な指導者だった」といえるだろう。


(4)天安門事件と冷戦終結で関係にヒビ~驚きの「クリントン・クーデター」が勃発

  ①80年代末から90年代初めにかけて、米中関係に大きな危機が訪れる。理由は2つあった。

   1つは、89年6月の「天安門事件」。人民解放軍は、「民主化」を求める天安門のデモを
   武力で鎮圧し、数千人の死者が出た。

   もう1つは、「冷戦の終結」である。

  ②クリントン大統領は、就任当初、強硬な対中路線を敷いた。

   米国が反中に転じることを恐れた中国は、なんと米国政府内に
   「強力な親中派グループ」を組織し、クリントンの「反中政策」を転換させることにした。

      <ついに1993年末、中国が現在、「クリントン・クーデター」と呼ぶものが起きた。
       中国に同調する面々が大統領に反中姿勢の緩和を認めさせたのだ。
       クリントンがかつて約束したダライ・ラマとの新たな会談は実現しなかった。
       対中制裁は緩和され、後に解除された。>(143p)

   驚くべき事実である。
   中国はなんと、米国の外交政策を180度転換させることに成功したのだ。


(5)米国から覇権を奪い復讐する! 驚きの中国「100年マラソン」計画

  ①著者のピルズベリーは親中派の一人として、
   60年代末からつい最近まで、「米中関係を良好にするために」尽力してきた。

  ②ピルズベリーは、国防総省とCIAから、中国の「米国を欺く能力を調べるよう」依頼された。
   彼は、諜報機関の資料を含むあらゆる情報にアクセスし、研究を行った結果、
   驚くべきシナリオが見えてきた。


      <これらのタカ派は、毛沢東以降の指導者の耳に、ある計画を吹き込んだ。
       それは、「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる
       2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位を
       アメリカから奪取する」というものだ。

       この計画は「100年マラソン」と呼ばれるようになった。

       共産党の指導者は、アメリカとの関係が始まった時から、
       この計画を推し進めてきたのだ。

       そのゴールは復讐>(22p)

  ③しかし、当時はピルズベリーのこの見解を、ほとんど誰も信じてくれなかった。
   その後、「中国が世界制覇を狙っている」という彼の確信はゆっくりと強まっていく。

   2006年、国防総省の顧問になっていたピルズベリーは、ウォール・ストリート・ジャーナルで、
   「私の使命は、国防総省が『パンダ・ハガー』(=親中)にならないようにすることだ」と主張。

   そして、「中国政府はアメリカを避けられない敵と見なし、相応の計画を練っている。
   だから、わたしたちは警戒を怠ってはならない」と警告した。

  ④中国は、大物パンダ・ハガー(親中派)の裏切りに激怒した。
   以後、今まで交流のあった中国人政治家、学者、軍人などとの交流は断ち切られ、
   中国行きのビザも、なかなか出なくなった。

  ⑤彼が決定的に反中に「転向」したのは、13年だという。

     <2013年の秋に北京を訪れて初めて、わたしは自分たちが間違っていたこと、
      そして、アメリカの衰退に乗じて、中国が早々とのしあがりつつあることに気づいた。>
                                      (318p)


(6)「China2049」が示す、米中関係の未来

  ①この著書への、パンダ・ハガー(親中派)最大の大物のキッシンジャの言葉

     <ヘンリー・キッシンジャーは中国人の考えを深く理解しており、
      その知識に基づいて直接的にも間接的にも支援してくれた。>(360p)

   かつて米国ナンバーワン「パンダ・ハガー」だったキッシンジャーが、全面的に協力している。
   これは、「キッシンジャーが親中派をやめた証拠」といってよいだろう。

  ②ウールジー元CIA長官による「推薦の言葉」

     <本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、
      アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ。
      我々は早急に強い行動を取らなければならない。>

   元CIA長官が、ある国について「敵」と名指しするのは、よほどのことだ。

  ③そして、ピルズベリー自身は、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」と
   警告している。

   さらに、「中国が覇権をとった暗黒の世界」を描き、そうならないために
   「米国が中国に勝利する方法」まできっちり解説している。

  ④これらすべての事実からわかることは、
   「中国の世界覇権の野心を知った米国支配層が、中国打倒の決意を固めている」ということだ。

   つまり、現在の「米中対立」は、「米中覇権戦争」の一環であり、
   戦いは「長期化」し、決着がつくまでつづく」可能性が高いのだ。

    (http://diamond.jp/articles/-/81432

          <感謝合掌 平成28年7月1日 頓首再拝>
9:夕刻版 :

2016/07/02 (Sat) 19:04:43


         *Web:SHIKOの道 (2015-09-22)
              ~China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」より要約


(1)元防衛大臣の森本氏が本書の帯にこのようなコメントを残している。

   「次々と明かされる衝撃の事実。
   ベールに隠された中国の野望を暴露した日本人必読の書だ。」


(2)著書のマイケル・ピルズベリー氏は元々、根っからの"親中派"であったのだ。
   長きに渡り、国防総省顧問として在籍し、ニクソン政権からオバマ政権まで
   あらゆる政権で対中国を担当した。

   そんな彼が、親中派と袂を分かち、中国の長期政権に警鐘を鳴らしているのが本書である。

(3)タイトルの2049年何を意味するのか?
   それは共産党結成100周年だ。
   2049年までに強い国を実現する(世界の覇権国家になる)ことが中国の夢だという。

   彼らの100年マラソンのゴールはもう少し先だが、
   それに対して、どうするかが非常に重要である。

(4)元CIA長官であるジェームズ・ウールジー氏はこう述べている。

   「本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、
   アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探し続ける極めて聡明な的だ。
   我々早急に強い行動を取らなければならない。」

          <感謝合掌 平成28年7月2日 頓首再拝>
10:伝統 :

2016/07/03 (Sun) 19:48:23


(1)わたしたちアメリカ人は、中国がアメリカを見るように彼の国を見ていない。
   それが数十年続いてきた状態だ。

   (中略)

   中国の専門家を自任するわたしたちのなかで広く理解されているのは、
   自分たちの仕事は、米中間の誤解を減らすことに尽きる、ということだ。

   アメリカ人は中国のことを何度も誤解してきたし、時には、
   その誤解が憂慮すべき事態を招いたこともあった。
   (朝鮮戦争、中ソの関係、天安門事件・・・)

   中国を研究するアメリカ人の多くは、中国を西洋帝国主義の気の毒な
   犠牲者と見なしがちだ。それは中国の指導者が、積極的に後押しする見方である。

   このような中国を助けたいという願望と、善意に満ちた犠牲者という
   中国の自己イメージを妄信する傾向が、アメリカの対中政策の軸となり、
   中国分析の専門家による大統領などへの提言にも影響を与えた。(P9~10)


(2)わたしは、アメリカのトップレベルの 外交官と学者が共有する仮説を
   すっかり信じ込んでいた。その仮説は、

   「中国は、わたしたちと同じような考え方の指導者が導いている。 
   脆弱な中国を助けてやれば、中国はやがて民主的で平和的な大国となる。
   しかし中国は大国となっても、地域支配、ましてや世界支配を目論んだりはしない」

   というものだ。

   わたしたちは中国のタカ派の影響力を過小評価していたのである。

   こうした仮説は、すべて危険なまでに間違っていた。
   現在、その間違いが、中国が行なうこと、行なわないことによって
   日に日に明らかになっている。(P13)

(3)わたしは2012年、13年、14年の、3回の訪問の間に中国の態度が
   変化したことに気づいた。

   (中略)

   以前は「これからの多極化した世界で中国は限定的な指導力を持つことしか
   考えていない」と断言していた人が、今では「共産党は、中国の『ふさわしい』
   世界的地位を取り戻すという長期的な目標を実現しつつある」と言うようになった。

   事実上、彼らは、これまでわたしとアメリカ政府をだましていたと明かしたわけだ。

   彼らは控えめにプライドをにじませながら、アメリカの歴史において
   最も組織的で重大で危険な情報収集の失敗を暴いたのである。

   そして、マラソン(中国による『100年マラソン』)が行なわれていることさえ
   知らなかったせいで、アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている。(P27~28)

(4)中国は、中国が経済的なマラソンに勝った後、さらにアメリカの倍以上の
   経済を発展させていけば、中国の新たな地位は軍事力によって守られる、
   というのだ。

   世界最大の経済は、他のどの国より強い軍隊を必要するだろう。

   中国のタカ派はアメリカの戦略を研究するだけでなく、
   何世紀の前の中国の古代史から教訓を得ている。

   1969年にソ連の外交官が国連で警告した、
   中国の他国を欺く戦略と、世界をわがものにしようとする野望が、
   現実になろうとしていた。                  (P50~51)

(5)100年マラソンの土台となっている中国の戦略9つの要素

  ①敵の自己満足を引き出して、警戒態勢をとらせない。
  ②敵の助言者をうまく利用する。
  ③勝利を手にするまで、数十年、あるいはそれ以上、忍耐する。

  ④戦略的目的のためな敵の考えや技術を盗む。
  ⑤長期的な競争に勝つうえで、軍事力は決定的要因ではない。
  ⑥覇権国はその支配的な地位を維持するためなら、極端で無謀な行動さえとりかねない。

  ⑦勢を見失わない。
  ⑧自国とライバルの相対的な力を測る尺度を確立し、利用する。
  ⑨常に警戒し、他国に包囲されたり、騙されたりしないようにする。

                           (P57~60)

(7)中国が恐れているアメリカの7つ戦略

  ①アメリカの戦争計画は中国を封鎖することだ。
  ②アメリカは他国による中国の海洋資源の強奪を支援している。
  ③アメリカは中国のシーレーンを妨害しようとしている。

  ④アメリカは中国の分断を狙っている。
  ⑤アメリカは中国国内の反逆者を援助する。
  ⑥アメリカは中国国内の暴動、内乱、テロを助長する。

  ⑦アメリカは航空母艦で攻撃を仕掛けてくる。

                           (P220~225)

(8)2049年の中国による世界秩序

  ①中国の価値観がアメリカの価値観に取って代わる。
  ②中国はインターネット上の反対意見を「和諧」(検閲)する。
  ③中国は民主化に反対しつづける。

  ④中国はアメリカの敵と同盟を結ぶ。
  ⑤中国はエアポカリプス(大気汚染による世界終末)を輸出する。
  ⑥中国の成長戦略は深刻な水の汚染と枯渇を引き起こす。

  ⑦がん村となる。
  ⑧欺く者が勝つ-中国はナショナル・チャンピオンを野放しにする。
  ⑨中国は国連と世界貿易機関をいっそう弱体化させる。

  ⑩中国は営利目的で兵器を量産する。

                           (P270~298)


(9)中国に世界秩序を作らせないためには、

  ①第1段階 問題を認識する。
  ②第2段階 己の才能を知る。
  ③第3段階 競争力を測定する。

  ④第4段階 競争戦略を考え出す。
  ⑤第5段階 国内で共通性を見いだす。
  ⑥第6段階 国家の縦の協力体制を作り上げる。

  ⑦第7段階 政治的な反体制派を守る。
  ⑧第8段階 対米競争的行為に立ち向かう。
  ⑨第9段階 汚染者を突きとめ、恥じ入らせる。

  ⑩第10段階 汚職と検閲を暴露する。
  ⑪第11段階 民主化寄りの改革をサポートする。
  ⑫第12段階 中国のタカ派と改革派(修正主義者)の議論を監視し支配する。

                           (P325~358)

          <感謝合掌 平成28年7月3日 頓首再拝>
11:伝統 :

2016/07/04 (Mon) 18:13:31


マイケル・ピルズベリー氏、日本への提言


《アメリカは中国を過小評価した》

(1)最大の理由は、対中諜報活動に失敗して、中国という国を見誤ってしまったことだ。

   「遅れている中国を助けてやれば、やがて民主的で平和的な大国になる。
   決して、世界支配を目論むような野望を持つことはない」と

   アメリカの対中政策決定者に信じ込ませてしまった。

   しかし、彼らの本当の戦略はまったく違い、中華人民共和国建国から
   100年に当たる2049年に世界に君臨する「覇」を目指している。
   それを私は「100年マラソン」と名づけた。

(2)つまり、私自身を含めてアメリカは、相手を過小評価してしまったのだ。
   それまで蓄積されてきた反米感情を正しく把握できなかったというしかない。

   中国とソビエト連邦の関係が、53年のスターリン死後に悪化し、
   60年代に入ると国境付近で緊張感が高まっていた。そうした状況から、
   中国はアメリカ寄りだと思っていたところに間違いがあった。


《中国の国家戦略》

(1)中国のタカ派は、国家戦略を古典的な戦術書である『戦国策』や『資治通鑑』を研究して、
   知識ではなく実践的に練り上げている。

(2)『資治通鑑』は毛沢東の愛読書であり、
   中国の戦国時代(B.C.403~B.C.221年)の兵法の指南書で、
   その核になるのは、相手の力を利用して、自分の勝利に結びつける戦法といっていい。

(3)この戦法を使い、ソ連とアメリカを反目させ、アメリカから経済的、技術的援助を受ける
   という"漁夫の利"を狙った実績を上げてきた。


《米中は一触即発の危機だけは巧みに回避》

(1)ソ連からの攻撃に備えて、アメリカという切り札をどう使うかを考えたはずだ。
   その結果、まずアメリカを味方につけることを選択した。
   すなわち、アメリカの「勢」で、ソ連の「勢」を牽制するというわけだ。

(2)トウ小平は、アメリカから強力な支援を取り付けることに最も成功した
   共産党指導者だったと考えてさしつかえない。

(3)文字どおり、中国は身を低くして「覇」になる機会をうかがっていたわけだ。
   しかし、ここに来て、南シナ海での人工島建設など強い姿勢に出てきた。

(4)一触即発の危機だけは巧みに回避している。

   アメリカにしてみれば、この海域に入るための許可を中国に求めるわけにはいかない。
   そんなことをすれば、中国の領有権を認めてしまうことになる。

   そこで、アメリカは航行の2カ月ぐらい前から、
   マスコミを通して「行くかもしれない」という情報を盛んに流していた。

   それは「アメリカ艦船が航行しても反撃するな!」とのメッセージにほかならず、
   中国が短兵急な反応をしなかったのも、それが功を奏したからだ。

   この米艦派遣は、しばらく継続するにしても衝突にはいたらないと見る。


《中国を過大評価してもいけない》

(1)確かに、中国が提唱したAIIB(アジアインフラ投資銀行)に
   イギリスが参加したことは意外で、それだけ中国を巡って
   世界的な構造変化が起きているということなのだろう。

(2)また、米誌『フォーチュン』が毎年、時価総額の世界上位500社を紹介しているが、
   14年には国営企業を含めた中国の会社が95社もランクインしているのも驚きだ。

(3)だからといってに、中国を過大評価してもいけない。

  ①私がいいたいのは、これらを含めて中国の国力を把握すべきだということだ。

  ②そのうえで、日米の国会議員や政府関係者に、
   この本に書かれていることが本当なのかどうか検証してほしい。

  ③あえて、中国の名言を使わせてもらえば
   「彼を知り己を知れば百戦危うからず」と『孫子』にある。

  ④少なくとも、日本はもっと中国の情報をできれば原文で読み、
   その真意を解釈したほうがいい。

   そして、自身の主張は中国語で世界に発信していくことが必要だろう。

    (http://president.jp/articles/-/16710


          <感謝合掌 平成28年7月4日 頓首再拝>
12:伝統 :

2016/07/05 (Tue) 19:49:27

挑発の動きを強める中国
~中国は戦前の日本と同じ過ちを犯し自滅に向かっている

          *Web:DIAMOND online(2016年7月4日)より

《真の狙いは何か?》

(1)中国は、年々挑発のレベルをエスカレートさせている。
   その行動には一貫性があり、戦略的な動きと見るべきだろう。

(2)中国は、10年以降、特に12年9月の「尖閣国有化」以降、
   徐々に挑発をエスカレートさせている。

   「反日統一共同戦線」戦略で宣言されているように、
   中国は「日本には尖閣の領有権も沖縄の領有権もない」とはっきり主張している。

   その上で、挑発行動を徐々に強めているのだから、
   「まず尖閣を、その後沖縄を奪うことを意図している」と考えるのが自然だ。


《中国につきあわされたロシア、“二枚舌外交”でモタモタする米国》

(1)米政府は6月8日、中国、ロシア海軍の艦船が
   尖閣諸島周辺の接続水域に一時入った事態について、
   日本と日米同盟への牽制(けんせい)と受け止め、
   自衛隊と緊密に連携し警戒監視活動に当たっている。

   政府は、「状況について報告を受けており、日本政府と連絡を取っている」
   (国務省東アジア・太平洋局)と強調している。

(2)オバマと国務省は、「中国と対峙するためにロシアと和解する」という
   「リアリズム外交」を行っている。

   しかし、米国防総省は「中国もロシアも封じ込める」という、
   「単独覇権戦略」をいまも継続しているのだ。
   具体的には、NATOの強化と拡大である。

(3)オバマ・国務省の「和解路線」と、国防総省の「対立路線」。
   この「二面外交」がプーチンを不審にさせ、
   「事実上の同盟国」である中国から離れることができないのだ。

   つまり、今回のロシア軍艦の動きは、「中国に依頼された」ということだろう。


《中国軍艦の領海侵入をスルーした!? 憂慮すべき日本メディアの「平和ボケ」》

   6月15日
   中国軍艦の「領海侵入」という国家の安全保障にとって重大なニュースを
   日本のテレビは完全に無視。

   「メディアが国民の『平和ボケ』を助長している」と批判されても仕方ないだろう。


《米国、インドも挑発して墓穴を堀る中国》

(1)中国軍がインド北部に侵入(産経新聞 6月15日)

(2)中国艦、領海侵入した日に日米印の共同軍事訓練で米空母を追尾(ロイター?2016年6月15日)

(3)中国は、日本だけでなく、米国、インドに対しても挑発行動をしている。
   日米印は「対中国」で協力関係を深化させていくことだろう。


《孤立化》

(1)先の大戦前の日本

  ①第1次大戦(1914~1918年)中、同盟国英国の再三の「陸軍派兵要求」を拒否しつづけ、
   同国に「日英同盟破棄」を決意させてしまった(1923年に失効)。

  ②日英同盟失効から10年後の1933年、日本は「満州国建国」に反対されたことを理由に、
   国際連盟を脱退し、国際的に孤立した。

  ③結果、1937年に日中戦争がはじまった時、
   日本は、米国、英国、ソ連、中国を敵にまわしていたのだ。

   そして、日本は孤立し、破滅した。

(2)現状の中国

  ①中国は、日本、米国、インドを愚かにも同時に挑発している。
   南シナ海では、ベトナム、フィリピン、インドネシアなどと争っている。

   一方で、北朝鮮の暴走を事実上黙認しているので、
   子分だった韓国も、日本と和解して米国の影響下に戻ってしまった。

  ②チャイナマネーに目が眩んだ欧州は、
   「AIIB」や「人民元のSDR構成通貨問題」で、米国を裏切り、中国についた。

   しかし、中国経済は今年からはっきり「世界のお荷物」になっており、
   「金の切れ目が縁の切れ目」とばかり、欧州諸国も露骨に態度を変えてきている。

  ③中国の挑発は今も続き、ますますエスカレートしている。

(3)油断は禁物

  ①現状、孤立を免れている日本は、孤立に向かっている中国より、有利な立場にいる。

  ②もちろん、油断は禁物。日本は先の大戦の教訓を活かし、「孤立」しないよう、
   くれぐれも慎重に進む必要がある。

   (http://diamond.jp/articles/-/94064

          <感謝合掌 平成28年7月5日 頓首再拝>
13:伝統 :

2016/07/06 (Wed) 19:24:33

EUというドイツ第4帝国

       *Web:MAG2 NEWS(2016.06.28)より抜粋

《EU=ドイツ帝国 という現実》

「世界の国=すべて平等」といわれています。

国連だって、そういう建前で運営されている。

しかし、本音をいえば、すべての国が平等なわけではありません。

たとえば、国連で強制力をともなう決定は、国連総会ではなく、安保理でされる。

安保理には、常任理事国(=アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国)

がいて、彼らは(非常に不平等な)「拒否権」という「特権」をもっている。


EUはどうでしょうか?

すべての国が平等という建前ですが、域内最大の経済力をもつドイツが圧倒的に強い。

それで、予言者エマニュエル・ドットさんなどは、
「EU=ドイツ帝国である!」とよくいっています。


ところで、イギリスにとってドイツは、「第1次、第2次大戦でぶちのめした国」です。

その敗戦国が、ちゃっかり欧州1のパワーをもち、いつの間にか28か国の実質支配者になっている。

元覇権国家で戦勝国のイギリスには、それが我慢できないのですね。

              (http://www.mag2.com/p/news/209190

              ・・・

囁かれ始めた「ドイツ第四帝国」
   → http://matome.naver.jp/odai/2144310740628015701

          <感謝合掌 平成28年7月6日 頓首再拝>
14:伝統 :

2016/07/15 (Fri) 19:12:53

「N生に答える」の中に、次のご文章があります。


   すべての国が生長の家の説く物質無の真理に目覚めるまでは状況は変わらない。
   生長の家の使命は大なのである。

   かつて私は説いたであろう。なぜソ連がこの日本の国を狙うのかと。
   それは、かつて日本は東海姫氏の国と云われたように、資源豊か、人材優秀、工業力優秀、
   まさに素晴らしい乙女のような国であるからであるからと。

   このうるわしき乙女を自己のものにせんと、淡々と狙っているのであると。

   うるわしき乙女日本を護るには、米国との安全保障条約が欠かせないと。




以下は、「古事記と日本国の世界的使命」からの紹介です。


          *「古事記と日本国の世界的使命」より

(1)『日を着たる女』というのは日本国のことであります。

   日は天照大御神で、
   『日を着たる』は天照大御神を御皇室の御祖先に頂いているということであります。

   『女』というのは、日本の国は昔から東海姫氏の国(編註・漢時代の漢詩「野間台詩」
   などに見られ、古代中国が日本に使った呼称の一つ) と云われておりまして、
   美人国だとして知られている。

   それで『日を着たる女』という言葉によって
   日本国を象徴(あらわ)しているのであります。

                             (P151)

(2)その試練の最大のものは、ユダヤ民族の世界統一運動なのであります。
   凡そ、全世界を一つの支配の下に制覇しようという野望を抱いている民族は
   ユダヤ民族であります。

   (中略)

   支那を扇動し、武器を供給して抗日運動を起こしているのはソビエット・ロシアであり、
   その中心人物はその殆どがユダヤ人であります。

   このユダヤ民族は世界各国に分散していますが、いずれも霊界より、この黙示録に
   書いてある『赤き龍(たつ)』の放送する思想念波によって暗黙のうちに一致の行動を
   とり、全世界をユダヤ人を主宰者とするソビエット・ユニオンという「赤」の一色に
   ぬりつぶそうとしているのであります。

                             (P153)

(3)これこそ全世界を「赤」一色にて取り巻こうという八俣遠呂智(やまたのおろち)の
   遠大の謀計(はかりごと)なのであります。
   この遠大なる謀計(はかりごと)は先ず世界を唯物論で塗りつぶすということでありました。

   此の赤き龍(たつ)というのは、天爾惟神(てんにかんながら)の神国(しんこく)をも
   自分の掌中に掌握しようという謀計(はかりごと)をめぐらすほどの者ですから、
   実に大きな働きであって、中々普通の人間等よりもよほど強い能力を持っておるので
   あります。

                             (P155)

(4)資本主義組織を計画したのもユダヤの守護神であり、
   これを破壊に導いているのもユダヤの守護神であり、
   その変転の過程が彼らの乗ずる処であります。

   資本主義制度というものは、皆さん御存知の通りの通り唯物論に出発している。
   総て物を蓄積して、物の力によって一切を支配して行こうという働であります。

   その反動として起こっているかのごとく見えているところの『赤』色運動というのも
   唯物論であります。本源は一つであるということがお判りになりましょう。

                             (P156)

(5)吾等にとって刻下最も必要なのは、日本国の使命(実相)を信ずるということと、
   その信念に全国民が一致団結するということであります。

   その目的のために国民思想を作興すべく生まれたのが『生長の家』であります。

                             (P159)

<関連Web:生長の家「今昔物語」(2015年07月10日)
       → http://blog.zaq.ne.jp/sinseityounoierengou/article/1443/ >

・・・

<参考:野間台詩>

梁の武帝(在位502-549)の尊信を受けた禅僧・宝志(418-514)が
日本のことを予言したとされる「野馬台詩」。

 (http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/jpn59.htm


          <感謝合掌 平成28年7月15日 頓首再拝>
15:伝統 :

2016/07/23 (Sat) 18:43:00


(1)愛国本流掲示板「安保騒動下の谷口雅春先生と光明化運動 (9648)」(by射手座さま)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=3791


(2)VANNON32のブログ  『生命の實相』哲學を學ぶ
    安保騒動下の谷口雅春先生と光明化運動
    → http://blog.goo.ne.jp/vannon32/e/6d41f6ffb4bd472233cfe7025491e5a4

(3)谷口雅春先生に帰りましょう・第一「谷口雅春先生は「安保」をどう見ておられたか?」
    → http://kaerou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=15448428

          <感謝合掌 平成28年7月23日 頓首再拝>
16:伝統 :

2016/08/22 (Mon) 19:08:03

「N生に答える」の中に、次のご文章があります。


   私は、実相世界は神の国で大調和しているが、
   此の世は光と闇が交錯している世界であると説いてきた。

   闇に対しては光をもって相対せよと教えているが、
   その光とは、必ずしも甘いだけの対応ではない。

 
   『生命の實相』道場篇で、道場破りともいうべき青年との対話を思い出すがよい。
   私はコトバで説き伏せた。殴りかかろうとする青年の心が痛いのだと。

   併し、わたしの高弟の野村義隆元陸軍大佐は、殴られる前に即座に殴り返し、
   自ら痛みを知れと云うコトバを返した。そして私は書いたはずである。

   それぞれに個性が出ていてよいのであると。

   野村氏のやり方が間違っているとは一言も言っていない。
   個人の対応でもこうである。

   まして国家と国家の対応は言わずもがなである。



以下は、『生命の實相』からの紹介です。

ここで、『生命の實相』道場篇との言葉が出てきておりますが、道場破りの修行者との
やりとりは、当時の道場でのやりとりではありますが、谷口雅春先生のご文章は、
実際には、『生命の實相』幸福篇上に所収されております。



         *『生命の實相』第37巻幸福篇上(P44~47)より

   二 月 十 日
 
憎みながら叱る心で軽く打つと子供は泣く。
同じ強さで打っても愛撫する心で愛慰(あいい)
すような形で打ったら子供はかえって喜ぶだろう。

痛さは心にあるからである。

かって野村義隆さんが道場で指導していた朝のことである。
禅家の道場破りを仕事にしているような物凄い格好の修行者が来た。

そしてたずねた。

「生長の家では肉体は無いというんですね。」

「そうです。」

「痛みは心にあるんですね。」

「そうです。」

「では痛みは肉体にはないんですね」。

「そうです。」

「それではあなたの肉体を打っても痛くありませんね。僕はこれから君を打ってやる!」

殺気がその修行者の眼から一閃、野村さんの方へ走った。
そのままでいたら野村さんを擲(なぐ)りでもしかねるまじき姿勢である。

 
と、たちまち野村さんの方が起ち上がってその修行者の方へ近づいていったかと思うと、
ピシリとその修行者の頬を打った。

痛いか痛くないか冷暖を自知せよというのにあったらしい。
やがて野村さんは元の座へ還って来て、何事もなかったように別の修行者と話していた。

 
野村さんが打たなかったら、野村さんは修行者に打たれていたかもしれない。
野村さんの気魄の方が修行者の気魄に打ち勝ったので修行者がうたれたのあった。
 
打つ心は打たれなかったら、野村さんは修行者に打たれていたかもしれない。
野村さんの気魄の方が修行者の気魄に打ち勝ったので修行者が打たれたのであった。


打つ心は打たれる心である。
打つことを心に描けば、その念(こころ)は形と表れて相手を打つ。
相手の気魄が強ければ、それはかえって自分自身に還ってきて自分自身を打つのである。

阿難が釈尊に対って人を憎んだ心を相手が受けなかったら、その憎んだ心は
どこへ行きますかと尋ねたときに、

釈尊は「お前は贈り物を人に持っていった時に相手がそれを受け取らなかったら
その贈り物は誰のものになるか」と問い返された。

阿難は「それは贈った人に返ってきます」と答えた。
釈尊は「人を憎む心もそのとおりだ」とおっしゃった。

 
そのころ、道場には夜も指導があって、夜間はわたしが受け持っていた。
その同じ修行者がその夜も来ていて同じようにわたしに問いかけた。

「肉体は本来無いんですね」

「そうです。」わたしは朝の出来事を知らないので何心なくこう答えた。

「痛みは心にあるんですね。」

「そうです。」

「それでは先生の肉体を僕はこれから撲りますが、傷みはありませんね。」

修行者は今にも擲りに来そうな姿勢である。

「それは痛いにきまっている」とわたしはとっさに答えた。

「なぜ痛いんだ、無い肉体がなぜ痛いんだ。
痛ければ、今後肉体に痛みは無いなどと言うな。」
 
恐ろしい剣幕で修行者は詰めかける。

わたしは静かに答えた。

「肉体そのものは傷まないが、お前の心が痛いのだ。
人を擲ろうとするお前の心には痛みがある。
『五官は心の影を見るに過ぎず』と『甘露の法雨』にある。
五官は心の痛みを映すものだ」

『ウーム、よし!』と言ったきり、
修行者は立ち上がりかけた膝を畳に落ちつけて俯向いたまま動かなかった。
そしてわたしが他の修行者と話しているうちにその修行者はどこかへ姿を消してしまった。
                         

野村さんの捌き方と、わたしの捌き方とどちらも個性が出ていておもしろいと思う。

野村さんが道場に出れば「叱られる、叱られる。野村さんはこわい」と修行者は噂する。
ときには「道場であんなに憤怒の形相をされては生長の家の名にかかわるから一日も早く
道場へ出ないようにしてほしい」と投書して来た人もあった。

 
しかし野村さんに叱られて悟ったと喜ぶ人も、
叱られて病気が治ったと感謝する人もたくさんあった。

相手を愛しなければ、公な心であんなに思うままに修行者を叱りうるものでない、
損得を考えたらあんなに叱りうるものではないと批評する人もあった。

「そんなに叱ったら生長の家へ修行に来なくなりますよ」と忠告する人があると、
「指導の最中には相手を指導することきり考えない。修行者が増えるとか減るとか、
損得のことを考えて指導する奴があるか」と野村さんはその人に一喝したこともあったと
噂にきいたことがある。

          <感謝合掌 平成28年8月22日 頓首再拝>
17:伝統 :

2016/08/25 (Thu) 19:30:12


「N生に答える」の中に、次のご文章があります。


   諸君は思い出すがよい、60年安保の時を。
   あの時マスコミは何といったか、
   世の学者は何といったか。

   安保を締結すればとんでもないことになる。
   日本は軍国主義に舞い戻ると。

   その時、敢然と方針を貫いたのは時の首相岸信介氏であった。
   さすがの岸首相も、官邸、岸邸を取り巻く反対の群衆で心が折れそうになった。

   後日判ったことであるが、

   その時私が聖使命新聞に書いた安保条約に賛成するとの言葉に、
   百万の味方を得た思いがして安保締結を貫徹することが出来た
   とのことであった。

   これこそ真理の燈台たる生長の家なのである。

   わたしは自伝の中でこう云うエピソードを残したであろう。
   中学時代の先生で大男だが気迫のない先生がタコとはやし立てられ顔を赤くして
   学生に嘗められている一方で、小男ながら気迫のある先生には、
   先生より大きい学生が叩かれても首をうなだれて従っていると。

   そして、人間関係で重要なのは気迫であると。
   ましては国家の関係に於いてをやである。

                 ・・・


以下は、『聖使命新聞』と『生命の實相』からの紹介です。


《谷口先生の“大号令”を聞いたとき、私の喜びはたとえようもなかった》

          *『聖使命新聞』(昭和44年7月1日号) より
            ~ 元 内閣総理大臣  岸 信介


『占領憲法下の日本』 を一気に読み終えた今、
9年前の安保騒動をまざまざと思い出す。

当時私は総理大臣として現行安保条約をとおすことに全力を傾けていた。 
国会周辺は赤旗が林立し、まさに革命前夜の状態であった。

私は激しいデモ隊のために身動きが出来ず、
院内の一室で国の行末を憂えておった時、側近の者から、  
生長の家が、谷口総裁の大号令のもと“安保賛成”の国民運動を
全国で展開したことを聞いた。


その時の私の喜びはたとえようもなかった。 
国民全部が“安保反対”であるかに見えるとき故、正に青天の霹靂であった。

以来9年経った今日、谷口総裁の本書に接し、あの時の生長の家の勇敢なる行動は 
“生命体としての日本国家”護持という民族の魂の発露であったことを知り
一層の自信を得た。

  (http://blog.goo.ne.jp/vannon32/e/459fb896ac8cf3cd69ce2d6bba31eab2 より転写)


・・・

《人間関係で重要なのは気迫である》

      *「生命の實相」第19巻、自伝篇(P20~21)より抜粋

幾何を教える先生は中尾といって九貫目ぐらいしかない身体(からだ)の痩せた
丈低い小男であったが、数学のできの悪い生徒にはずいぶん恐れられていた。

問題のできない生徒に起立を命じ、ビシビシと平手でその生徒の頬を打つのであった。
どんなに打たれても誰も反抗するものがない。

先生より五寸も丈高い生徒が引っぱ叩かれて、黙ってうなだれているのであった。

対人関係の征服被征服はまったく気合によるものであることを
わたしはそこに見出した。

(中略)

一方、大男の含羞(はみか)みがちの英語の先生は、
常に顔を赤くして生徒から揶揄(からか)われているのであった。

顔を赤くするので「ゆで蛸」または略称「蛸」と綽名されていた。

この先生は比較的大きい先生であったが、衆を制する気合が欠けていたのであった。

          <感謝合掌 平成28年8月25日 頓首再拝>

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