伝統板・第二

2528235
本掲示板の目的に従い、法令順守、せっかく掲示板社の利用規約及び社会倫理の厳守をお願いします。
なお、当掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、
どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。

「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、
自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付して、
当掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。

成功者(成幸者)への道 - 伝統

2016/04/11 (Mon) 04:36:57

《必ず成功する日》

           *「光明道中記」(4月11日)より抜粋

【天地に満つる大きな清浄な空気 ―― それが得られるのに何故
 吾々は狭い室内からのみ空気を吸う必要があるでしょうか。(『百事如意』)】


不成功な人間が常に呟(つぶや)く言葉は「自分には運がない」という言葉である。

「運さえあれば自分だって立身出世も出来れば高位高官にもなれるのだが」と言う。

そしてとうとうこんな人は生涯呟きながら不成功で終って了(しま)うのである。

併し本当に成功する人は「運は常に自分の掌中にある」と言う。
「時々刻々自分を磨き、自分を伸ばす運だ」と言う。

そして斯う云う人々は常に自分を磨いて時々刻々自分の能力を増大し、
自分をば高い位置にまで伸(の)し上げる。

常住楽観主義、常住成功主義の人はこんな人である。

・・・


<関連Web:光明掲示板・第一「成功への道 (7592)」
       → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1416 >

            <感謝合掌 平成28年4月11日 頓首再拝>

生命は前進するのみ - 伝統

2016/04/17 (Sun) 03:58:35


          *『生命の實相』第37巻幸福篇上(4月17日)」より

見えない間に生長する、進歩が今眼に見えなくとも生命は必ず前進しているのである。

今爛漫と咲いている桜花も、実は枯木のごとく見えていた冬の日に
その「花の美」を貯えていたのである。

沈滞期に本当に沈滞してしまったと思って、
悲観してその生長を続けない桜の木は枯れてしまうのである。

人間もまたかくのごときものである。
 
沈滞期に屈せざる心の明るさと、努力を継続せしむる意思の力と、
その意志の力を持続せしむる感激の押し出す力とを失わない者はついに大成するのである。
 
事業を成すのも、道を(みち)成(じょう)ずるのも同じことである。

「海も波のごとく動揺するものは風にさらわれて打ち上げられん」

            <感謝合掌 平成28年4月17日 頓首再拝>

全てが成功に変わる日 - 伝統

2016/04/18 (Mon) 04:33:02


           *「光明道中記」(4月18日)より

【自己の内に埋蔵されたる無限無尽の供給を知らないものは
 自己に対して罪を犯すものであります。(『百事如意』)】

若し躓きと見える様な事が起っても躓きと云うものは
神の造り給いし世界には無いと信ぜよ。
「躓き」とは本当は「入口」なのである。
どこの家にも入口の門は閉まっているが如く見えるであろう。

吾々は「入口」の前に往って行詰る。
否、行詰ったと錯覚するのである。
併しその時には既に奥座敷に近いのである。

吾々は野原を彷徨(さまよ)っているときには少しも行詰らないと感じる。
而も既に成功の玄関に来たときに、その前に直面した「扉」に対して、
「ハテ、行詰った」と錯覚する。

併し、吾々の前に鎖されている「扉」は決して、
吾々を閉め出すために鎖されているのではないのである。
それは吾々が当り前に開くのを待っている。

その「扉」を開くには秘密の秘伝も何もない。
ただ当り前に「眼の前にある扉を開く」と云う仕事、言い換えれば、
眼の前に「今」与えられていることを百パーセントの忠実さで実行する
と云うことによって、成功の「扉」は開かれるのである。

「今」をおろそかにする者は「扉」を開かないものである。

生命がそれ自身の本然なる自他共栄の相互活動を行なうとき、
健康になるのは当然である。

            <感謝合掌 平成28年4月18日 頓首再拝>

善き「蓄積された念」が成功へと誘う - 伝統

2016/04/21 (Thu) 04:28:34


           *「光明道中記」(4月21日)より

勤労も好(よ)い、奉仕(サービス)も好い。
併しながらそればかりが成功の全貌ではないのである。

世の中には石川啄木の歌の通り、
働けど働けど生活が楽にならない人たちも沢山ある。

勤労は耕作であり、掘鑿であるけれども、
いくら耕しても不毛の地では好い作物は出来ないし、
いくら掘鑿しても、鉱物の埋蔵されていないところから鉱石が採取される筈がない。

だから成功とは、見えない世界に埋蔵されている「或る物」だと
言わなければならないのである。

見えない世界に埋蔵されている「或る物」こそ耕作して花開き実を結ぶ種子であり、
埋蔵されている鉱石である。

これは宗教上の語(ことば)で言えば「福田」であり、
心理学上の語で言えば識域下に印象されている観念である。

それは一言で云えば、吾々の先祖と、吾々自身が潜在意識の世界に蓄積して来た業である。

それは意業、口業、身業と云うように3つに分つことも出来るが、
すべての業は念の動かない所に動かないのであるから、
全(すべて)は「蓄積された念」だと云う事が出来る。

「念」が不幸になるように蓄積されている人は、
どんなに耕作しても、どんなに掘鑿しても、そこは不毛の地だと云うことになる。   

            <感謝合掌 平成28年4月21日 頓首再拝>

成功の要素 - 伝統

2016/04/30 (Sat) 04:19:32


         *「青年の書」(P219~220)より

成功の要素は、

困難をできるだけ引き受けようとすること。
責任をのがれようとせぬこと、
進んでいっそう大いなる責任をとろうとすること、
人間の表面をごまかす娯楽的読物や観物(みもの)を避けること、

読むなら立派な纏まったものを読むこと、
観るなら立派な芸術品を観ること、

つまらない出来事にこだわったり、腹を立てたり、
持ち越し苦労、取越し苦労でクヨクヨすることによって
時間とエネルギーを浪費せぬこと。

および毎日進歩することである。


進歩しないものは必ず退歩しているのである。
人生は坂に車を押すが如く、婦人の使う鋏(はさみ)の如く、
油断をしたり使わねば錆びてしまうのである。


何もしないよりは、結果は失敗でもよい何でも試みるがよい。
何か行なえば何か得られなくとも必ず経験は得られるのである。

          (『愛と光との生活』より)


            <感謝合掌 平成28年4月30日 頓首再拝>

”肚をくくり、覚悟を決める” - 伝統

2016/05/09 (Mon) 04:17:01


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2016年04月10日)より
 
   (すがのたいぞう氏の心に響く言葉より…)

   人生は楽観的に生きたいものである。
   そのほうがやっぱり楽しいからだ。

   ところで、楽観的と言われる人、思われている人が、芯から楽観的、
   楽天的なのかというと必ずしもそうではないのである。

   自分は物事を悲観的に考えてばかりいるから、あんなふうになりたいと
   憧れる人は多いが、そのほとんどの人は肝腎なところが見えていない。

   楽観的・楽天的な人にも二種類あるのだ。
    中には悲観的な人以上に、物事を悲観的に考える人もいるのである。

   何かをするとき、「うまくいかないかもしれない」と考えれば、
   なかなか行動に移せないのが普通である。

   自分が悲観的と思っている人のほとんどは、そこで躊躇していることだろう。

   しかし、「うまくいかないかもしれない。でも、それでもかまわない」と
   思えれば行動に移せる。

   これはハナから物事が「うまくいく」「何とかなる」と考えているような
   楽観性とは違うのである。

   こういう人は、実はひじょうに慎重であって、何かをやるときには、
   いつも最悪の事態になることを考えているのである。

   弱気と言えば、かなり弱気なのである。

   けれども、たとえばスポーツ選手には、こういう繊細さが必要とされるだろう。

   頭まで筋肉でできているようなイケイケ気質の選手は、結局一流になれない。

   あるゴルフ記者が、「トッププロほど驚くほど臆病なんですよ」
   と言うのを聞いたことがある。

   そういうものだろう。


   いつも最悪の事態を考えるような、悲観的な見方を持つことは、
   その人の個性というものかもしれない。

   その慎重さは悪くない。
   しかし、問題はそこから先のことだ。

   それは、最悪の事態が起こることを「覚悟」できるかどうかである。

   「そういう結果になってもいい。しかたない」

   そう思えるかどうかが鍵なのである。

   これこそが脳天気ではない楽観というものであり、
   後悔しない考え方というものなのだ。

           <『こころがホッとする考え方』すばる舎>

             ・・・

危機感を持たない「楽観主義」ほど危ないものはない。
危険、危険と警報が鳴っているにも関わらず、「まあ、なんとかなるだろう」と突き進む。

感性がするどい人は、破滅に向かう前に、天から降りて来るメッセージに気づく。


「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」

京セラの稲盛和夫氏の言葉だ。


夢は楽観的に大きく描く必要がある。

しかし、計画段階ではあらゆる事態を想定し、その問題対処の方法を考えつくす。

そして、実行に移す時は「必ずできる」と楽観的に明るく考え、一歩を踏み出す。


藤尾秀昭氏は、覚悟についてこう語る。

「人生に対して覚悟を決めること。覚悟を決めない限り、真の人生は始まらない」

肚をくくり、覚悟を決める。


一歩を踏み出すには覚悟が必要だ。


            <感謝合掌 平成28年5月9日 頓首再拝>

この人が成功しない理由 - 伝統

2016/05/16 (Mon) 04:08:44


            *Web:ザ・レスポンス(2016.5.9)より


この世には、2つのタイプの人がいる。
一つは何事も実行する実践家。もう一つは実践家を見て、うんちくを垂れる評論家。

今、○○○でこのメールを書いている時、
隣で、二人のサラリーマンらしきスーツ姿の男が話している。。

一人の男が、もう一人に向かって、
成功のためのうんちくを語っているようだ。

『この話しってます!? ある人が、家政婦を成功者の家に派遣してたんです。

そしてね、共通点を探したんですよ。
その共通点が一つだけ、見つかったんですけど、なんだと思います・・・?』

なんだろう?
隣の話が聞こえてしまって、僕も考えてしまった(笑)

『それはね。トイレの蓋が閉まっていたんですよ!』

『へぇーー』

『でも、トイレの蓋を閉めたからって成功するわけじゃないしねぇー』

当たりめぇーだろ! めちゃめちゃうさん臭いやんけ!その話!
と心の中で突っ込みを入れる。

『僕は最近、もう本を読まない事にしたんですよ!』

『だってね。いくら本を読んでも成功しないんですよ。
本って読んだ時は、へぇーーーって思うんですけど、しばらくすると忘れちゃうんですよ。』

『これだけね。成功するための本が出てるのに、
日本人みんな成功してないでしょ!?
だから、本を読んでも意味ないって思ったんですよ!』

と、なかなかぶっ飛んだ屁理屈を展開している。

あなたはどう思った?

なかなか、屁理屈かましてるな~
と思って聞いているが、一つ気づいた事がある。

この人、平日の午前中から、仕事もしないで、成功について評論してる。

言っちゃー悪いが、そんな人が成功するわけがない。

成功は本を読んで手に入れるものではない。
成功についていくら考えても手に入らない。

ましてや、友達同士で評論しても手に入らない。


たった一つ成功する方法は、体を動かして、実行する事。

行動によってしか、結果、成果は生まれない。



結果、成果が生まれなかったらもちろん、成功なんてするわけもない。

我々は行動するタイプの側にいる。

あなたがこのような評論家に出会ったらサクッと席を立って、その人から離れよう。

こういうタイプは時間やエネルギーをあなたから吸い取って行く。

さて、話が耳に入って来てしゃーないので僕もそろそろ、この席を立とうと思う(笑)

自分のまわりに有害なものがあったらそこから立ち去るのがベストだ。

            <感謝合掌 平成28年5月16日 頓首再拝>

「成功のカギは、やり抜く力」 - 伝統

2016/05/23 (Mon) 03:40:07


         *Web:TED(2015年7月6日) より
              ~アンジェラ・リー・ダックワース

27歳のとき 私は 経営コンサルの とてもきつい仕事を辞めて
もっときつい仕事につきました。

教師です ニューヨークの公立中学校で1年生に数学を教えました。
先生らしく 小テストや試験を作って 宿題を出しました。
答案が戻ってくれば 成績をつけました

衝撃を受けたのは IQだけが 優等生と 劣等生の違いではない ということです。
成績がとてもよかった生徒でも それほど高いIQではない子もいたのです。
頭がすごくよくても 成績の良くない子もいました

そこで 私は考えたのです。
中学1年の数学で習うことは 確かに 難しい 割合 小数― 平行四辺形の面積
でも こうした概念の習得は 不可能なことではありません。

そこで 私は確信しました。
どの生徒も、十分な時間をかけて、一生懸命 勉強すれば 習得できるのです。

数年の教師生活を経て 私は ある結論にたどり着きました。

教育で必要なのは 動機付け、
心理学の観点から 生徒や学習について もっとよく理解することなのです。

教育において 私たちが 唯一 よく知っているモノサシは IQです。
でも もし学校や人生でうまくやれるかが、すぐに簡単に学習する能力以外に
かかっているとしたら どうでしょうか?


だから 私は教壇を下りて 大学院に行き、心理学者になりました。
様々な 超挑戦的な環境に置かれた 子どもや大人についての 研究を始めました。

どの研究でも 考えていたのは 誰が成功し それはなぜか?

私たち 研究チームは ウエストポイント陸軍士官学校に行き、
どの士官候補生が 陸軍訓練に残り、誰が中退するか、予想しようとしました。

全国スペリング・コンテストでは
どの子どもが 競争でより勝ち残るか、予想しようとしました。

教育困難な地区で働く 新米教師を調べて、
どの教師が 学年が終わるまで 教えるのを続けていて、
そのうち 誰が 生徒の学習成果をあげるのに 最も成功するか、考えました。

民間企業とも提携して調べました。
どの販売員が仕事を続け、そして 誰が一番お金を稼ぐか。

こうした様々な状況において、ある一つの特徴が大きく 成功を左右していました。

それは 社会的知性ではありません。
ルックスでも、身体的健康でも、IQでもありませんでした。

やり抜く力です。

やり抜く力とは、超長期目標に向けた 情熱や忍耐力で スタミナがあることでもあります。
やり抜く力は 明けても暮れても 自らの将来にこだわることです。

その週だけとか、その月だけではなく、何年もの間 一生懸命に取組み、
その夢を 実現することです。

やり抜く力は 短距離走ではなく、マラソンを走るように生きることです。


数年前 シカゴの公立学校で やり抜く力の研究を始めました。
何千人もの高校2年生に、やり抜く力に関するアンケートをして、
1年間以上待って 誰が卒業するか見ました。

結果 やり抜く力が高い方が より卒業にたどり着いていました。
それは 様々な数値指標を同じにして 比較したとしてもです。
家族の収入や 標準学力試験の成績、学校でどれだけ安全に感じているかが 同じでもです。

やり抜く力が重要だったのは 陸軍士官学校や
全国スペリング・コンテストだけでなく、学校でもです。

特に 落第ギリギリの生徒にとって重要でした。

私にとって やり抜く力について、最もショックだったのは、
やり抜く力を育てることについて 私たちも 科学も ほとんど知らないことです。

毎日 親御さんや先生に聞かれます。
「子どものやり抜く力を どう育てるか? 学習意欲をどう教えるか?
どうやって 長い間 モチベーションを保たせさせるか?」 。

分かっているのは 才能と やり抜く力は違うことです。

私たちのデータが はっきり示す通り、才能があっても
純粋に 最後まで決めた事を やり抜けない人たちが たくさんいます。

事実 データによれば やり抜く力は、
才能の高さとは 通常関係ない、むしろ 反比例さえするのです。

これまで聞いた中で 子どものやり抜く力を育てるのに―

一番よいのは、「成長思考」と呼ばれるものです。


スタンフォード大学のキャロル・ドウェックが 見出したもので、
成長思考とは― 学習する能力は固定しておらず 努力によって変えられる と信じることです。

ドウェック博士が示したのは 子どもたちが 脳の機能や 課題に対する― 脳の変化、
成長について 学ぶと、失敗したときに より辛抱できるようになることです。
失敗は永続的な状態でないと 信じているからです

ですから 成長思考は やり抜く力を育てるのに とても良いのです。
でも それだけでは足りません。
私が言えるのは そこまでです。

私たちは まだその段階で そこからは 今から取り組む仕事なのです。
最高のアイデア 最強の直感を使って それを試してみないといけません。

私たちが成功しているのか知り、失敗し 間違い、
そして そこから学んだことで 一から やり直さないといけないのです。

つまり 子どもたちの やり抜く力を高めるため、私たち自身が やり抜かないといけないんです

ありがとうございました

   (http://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20150706-00001733-ted

            <感謝合掌 平成28年5月23日 頓首再拝>

成功とは「気づく」もの - 伝統

2016/05/29 (Sun) 03:27:29


           *『神社の神様に聴いた 天国に行ける人、行けない人』
             はづき虹映・著 (P117~121) より


成功とは「なる」ものでも、「する」ものでもなく、「気づく」もの。

Q:多くの人は成功を望んでいます。
  でも、実際に成功できる人は、ひと握り。
  「成功のヒケツ」を教えて欲しい。

A:成功とは「なる」ものでも、「する」ものでもなく、「気づく」もの。


               ・・・

(1)「気づく」とは、私たちは実は最初から「成功者だった」と、
   気づくことではないでしょうか?

(2)「成功者になる」ためにはまず、「成功者になっていない状態」を
   味わわなければなりません。

   「成功する」ためには、最初に「成功していない状態」から
   スタートしないと、「成功」という体験を味わうことができません。

(3)今までの時代は、目に見えるモノが増えていくことが、
   成功の証であり、手応えだったようなところがありました。

   しかし、今はもう、そういう時代ではありません。
   「モノが増えること」=「成功者になる、成功すること」から
   ステップアップする時代に入っています。

(4)これからの時代の「成功」は、「成幸」に取って代わられることでしょう。
   もうパワーとテクニックを駆使して、物理的なモノを追いかける
   「成功」は時代遅れです。

   それよりも、精神的に豊かに生きる生きること、もっと幸せ度を高めて、
   自分らしい生き方を貫くことが、これからの時代の「成幸」の
   スタンダードになるでしょう。

(5)ひょっとすると、私たちは神様が用意してくださった「幸せ」という名の海に
   生まれて、その幸せの海の中で暮らす、魚なのかもしれません。

   そこに気づけるかどうかが、21世紀以降の「成功(幸)のヒケツ」になると、
   思っています。

(6)「幸せを捜す必要などありません。成功を求めなくてもいいのです。
   だって、あなたは最初から幸せであり、成功しているのです。
   どんなときも、いつでも、あなたは幸せですから・・・」

   そう言って、神様はいつもやさしく微笑みかけてくれています。

            <感謝合掌 平成28年5月29日 頓首再拝>

自分の欠点を正面から受容した瞬間、人生は一変する - 伝統

2016/06/06 (Mon) 04:05:01


       *「お金と人を引き寄せる50の法則」/千田琢哉・著(P40~43)より

お金持ちの共通点として、自分の欠点を正面から受容していることがある。
貧乏人の共通点としては、その逆である。
この違いは実に大きい。両者の差は、永遠に拡がり続ける。


虚心坦懐に周囲を見渡してみると、男の半分はバカだし、女の半分はブスだ。

ここからが大切なのだが、
バカでもお金持ちはいくらでもいるし、
ブスでも素敵な男性ととろけるような人生を送っている女性がたくさんいるではないか。

要はバカならバカを受容し、ブスならブスを受容したからこそ、
勝ち取った成功だということをあなたに気づいてもらいたいのだ。

バカのくせにふて腐れて勉強しないと、貧乏人コース一直線だ。
バカはバカなりに、
どの分野でもどうやって勉強すればエリートに勝てるのかを考えることだ。

エリートたちがやりたがらないことをやってみるのだ。
エリートたちが気づかない盲点を衝いてやるのだ。
同じバカで成功している人からとことん吸収するのだ。

(以下略)

            <感謝合掌 平成28年6月6日 頓首再拝>

【実行力がアイデア力を決める】 - 伝統

2016/06/15 (Wed) 04:12:39


     *メルマガ「人の心に灯をともす」(2016年06月12日)より

   (岬龍一郎氏の心に響く言葉より…)

   世の中には知識豊富で弁も立つアイデアマンがいる。
   だがアイデアは、考えるよりも実行して形にするほうが何十倍も大変なのだ。

   すなわち、ものごとは考えるだけではダメで、
   まずやってみること、そして結果を出すことが重要になる。


   いまから40年近く前、千葉県松戸市役所に誕生した「すぐやる課」が
   与えたインパクトは相当なものだった。

   「すぐやる」というネーミングがまずすばらしかった。

   「役所にひらがな名はいかがなものか」という反対も強かったが、それを押し切ったのが、
   マツモトキヨシ創業者で、松戸市長でもあった松本清さんである。

   松本さんが「すぐやる課」でねらったのは、第一に住民サービスの充実だが、
   もう一つは役人の姿勢を変え、「すぐに行動すること」の大切さを
   植えつけたかったのだと思う。

   松本さんはアイデアをつぎつぎと実行に移し、成功も失敗もした。
   たとえ失敗でも、最初から「失敗するだろう」と言ってなにもやらないより、
   ずっといいと考えていた。

   「百年考えても、千年考えても、考えてるだけじゃなにも進歩しない。
   だから、ともかくやろうじゃないか」という言葉が残っている。


   世間には新製品や新サービスを見て、
   「自分でも考えられたのに」などと負け惜しみを言う人がいるが。

   そんな人は、アタリ・コンピュータ創業者ノーラン・ブッシュネルの
   つぎの言葉をかみしめてほしい。

   「私と同じようなアイデアを持っていた人はきっといただろう。
   ただ、私はそれを行動に移し、彼らはそうしなかっただけだ」


   いいアイデアなどだれでも考えつく。

   実行力がアイデア力を決めるのだ。
   まずやってみる。
   たとえ失敗に終わっても、それはつぎの成功の糧となる。

   2007年に経済同友会代表幹事に就任したリコー会長・桜井正光さんは
   社長時代、社員に「ファイアー文化」を提唱し、こう行動のあと押しをした。

   「ニーズが見えにくい時代には、
   行動第一でトライ・アンド・エラーを徹底しなくてはいけない」

   「ファイアー」は射撃で『撃て』の意味だ。

   かつてのようにニーズがはっきりしていた時代は、
   そこをねらって引き金を引けばよかった。

   しかし、ニーズが不透明ないまは、
   こちらから新しい市場を創出していくことが求められる。

   では、新しい市場はどこにあるのか。
   それを長々議論しても意味はない。

   「だいたいこのあたり」というところに、まず弾を撃ち込んでみる。
   つまり、「ファイアー」だ。

   大切なのは失敗を恐れることなしに、「まずやってみる」ことである。

         <『いい言葉は、いい仕事をつくる』PHP文庫>

                 ・・・

「地球は『行動の星』だから、動かないと何も始まらないんだよ」(斎藤一人)

どんなに素晴らしいアイデアがあろうと、それを実行しなければそれは、
「絵に描いたモチ」であり、無いのと同じ。


百の説教より一つの実行が、周囲を変え、やがてそれが大きな影響力を持つようになる。

「後ろ姿を見せる」というのは、この行動の大切さを言っている。


「実行力がアイデア力を決める」

口ばかりでなく、実行の人でありたい。

            <感謝合掌 平成28年6月15日 頓首再拝>

なぜ、松下幸之助は「運が悪い」と答えた人間を不採用にしたのか - 伝統

2016/06/25 (Sat) 04:36:40


       *Web:NAG2 News(2016.06.22)

《経営者の性格形成》

企業の「最大の経営資源」が経営者であるとするならば、
成果を実現させる経営者の性格形成を知ることは秘儀を知ることともなりそうです。

ただそのあり様を見てみると、あたかも禅宗の僧侶が「悟り」を開くにも似ており
「知識」ではなく「知恵」として訪れるもののようです。

その意味では、安易に体得はできそうもないものとも言えます。


松下幸之助さんですが、公的にはきらびやか成功の人生ですが
その裏面には私的な苦悩の生い立ちがあります。

幸之助さんは3男5女の末っ子でした。
父親は11歳の時に、母親は18歳の時に亡くし、兄、姉もはやく26歳で長姉も亡くしており、
おまけに長男も1歳にも満たずして亡くしています。

松下幸之助さんは、成功の秘訣を聞かれて3つのことをあげています。

(1)貧しい家庭に生まれたこと。

(2)学歴が無いこと(小学校中退)。

(3)身体が病弱であること。

肉親を早くに亡くしていることとも加えて、
物事の本質を深く考えることが自分を律する術となって
経営者としての人柄が形成されて行ったようです。


そんな松下さんですが「自分は運が良かったから成功した」と言い、
社員の採用面談の最後に「あなたは、運がいいですか」と問いかけ
「運が悪いです」と答えた人は採用しなかったそうです。

そこには、その人の思考スタイルを瞬時に見分けるカラクリがありました。
それは、人がどのような「考え方」を持つべきかを教えるものでもあります。


少し話が回りくどくなるのですが、お付き合い下さい。
人には生まれ持って自尊心があり、傷つきたくないがために失敗した場合にも
「自分の能力が劣るのだ」と思いたくはありません。

だからといって、能力を高めるための辛い努力もしたがりません。
その時に役立つ考え方が「運が悪いから、仕方ないのだ」というものです。


人の心の「摩訶不思議さ」は、自分を防衛するために
無意識で「ごまかし」もできるし自分を信じて不可能を可能にもしてしまいます。

「運が良い」と思える人は、失敗したり思い通りに行かなかったりした場合でも
見方を変えたり更なる努力を傾けてチャレンジすることができます。
この人が、成果をもたらすことができて貢献できる人と言えます。


《成功するために必要な「2つの要件」と3つの要素》

成功する経営者には2つの要件と3つの要素があるようです。

2つの要件とは「上昇志向」「自己効用感」であり、
3つの要素とは「勇気」「価値観」「素直さ」です。

洋の東西を問わず、偉大な経営者はこの2つの要件と3つの要素を
自身の生い立ちのなかで「知恵」ある「悟り」でもって獲得しています。


「自己効用感」とは聞きなれない言葉なので、解説します。

自己効用感とは、自身が目標を達成する能力があるとする「確信」です。
この確信は、不運であると感じていたことや困難であると感じる場面において
自身の「知恵」や「勇気」を持って克服した時に生まれるものです。

多くの成功する経営者には「自己効用感」を持つに至る経緯があります。

京セラの稲盛さんが「自己効用感」を持ったのは、
13歳で「おじ」と同じ肺浸潤で病床にふせっていた時で、
たまたま隣家の女性に勧められて谷口雅春の『生命の實相』を読むことがありました。

そこ書かれていたのは「心のあり方」が現象として現れるという考え方で、
このことに衝撃を受けるとともにいつしか病も癒えてゆきました。


TSUTAYA社長の増田宗昭さんにも興味深いエピソードがあります。
幼いころ自動車事故に遭い顔に傷を負い、また甘えん坊であったので
「いじめ」に遭うことになりました。

それが、父親の事業の失敗や母親の頑張りを契機として
自分の意思でレスリング部に入り「いじめ」を克服して境遇を一新させました。

一見些細な少年期の出来事のようですが「自身の意志力」で困難を克服できた体験は
名経営者として成長するための拠り所ともなり得ます。


http://www.mag2.com/p/news/208361

            <感謝合掌 平成28年6月25日 頓首再拝>

5%の成功者 - 伝統

2016/07/05 (Tue) 03:24:54


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2012年11月30日)より

   (西田文郎氏の心に響く言葉より…)

   「5%の成功者」は、そうでない人たちと比べ、最初からどこかが違っているのです。
   「この人なら必ず成功する」
   そう感じさせる何かを彼らは、はじめから持っていたのです。

   私に、「いずれ成功するぞ」「いつか頭角を現すぞ」と予感させ、
   やがてその通りに成功していく人たちの心には、
   ある共通の質(心の質)が備わっていました。

   それは次のようなものです。

   ①実現が難しそうな「大きな夢」を描く。

   ②物事に素直に感動し、感激できる。

   ③自分の役割に真剣に、またがむしゃらに取り組める。

   ④努力を努力と思わない。

   ⑤悪い結果は、自分の責任と思う。


   一方、私がどんなに力を入れて指導しても、また本人がいかに努力しても、
   なぜか成功しない人たちに共通する心の質とは…

   ①未来の目標より、いまの快楽のほうに引かれる。
   ②物事に感動し、感激することが少ない。
   ③いま成すべきことに、がむしゃらになれない。

   ④努力することは苦しいことだと思っている。
   ⑤不平不満を口にし、自己正当化ばかり考える。

        <『5%の成功者の「頭の中」』知的生き方文庫>

               ・・・

幕末の志士、坂本竜馬は次のような言葉を残している。

「何でも思い切ってやってみることですよ。
どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから」

人生、開き直れば、ふつふつと勇気がわいてくる。

そして、がむしゃらになれる。

夢を語る人は、感性豊かで、明るい。

愚痴や泣き言をいう人は、自己中心的で、暗い。

夢を追い求める冒険的な人は、いつも感動と感激を忘れない。

1回しかない人生、一途一心に努力する人でありたい。

            <感謝合掌 平成28年7月5日 頓首再拝>

《信念は万事を成就する》 - 伝統

2016/07/20 (Wed) 03:22:58


          *『 生長の家 』(昭和26年6月14日の法語)より

   人は信ずる通りのものとなり、信ずる通りにその事業が成るのである。
   信仰は勝利の第一の要素である。

   「 神われと偕(とも)に在り 」と常に心の中(うち)で呟(つぶや)け。

   それが重なる毎(ごと)に信仰は強くなり、
   何事でも成就する智慧が湧き出て来るようになるのである。

   「 われは神と偕に何事でも為すがゆえに、自分は如何なる事態に
   処しても過ちなく物事を処理することが出来るのである。
   わが内より神の智慧は湧き出でるのである。

   神はわが内に宿りたまいて、内より自分を助けて い給うのである。
   われは神想観中に必ず神の導きの声をきくのである 」

   かく念じつつ 神想観すれば必ず昂(たか)まるのである。


   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=127

            <感謝合掌 平成28年7月20日 頓首再拝>

いかにつまらなかったかではなく、いかに面白かったかを話す - 伝統

2016/08/05 (Fri) 03:08:58


      *「お金と人を引き寄せる50の法則」千田琢也・著(P112~115)より

これまで1万人以上のビジネスパーソンと対話をしてきて、こんなことに気づかされた。

お金持ちと貧乏人とでは、会話の内容が正反対だということだ。

年収3000万円以上の人たちは、
「面白かった映画」「素敵なホテルのサービス」の話題で盛り上がっていた。
   
いかに面白かったかを話していた。

   
年収300万以下の人たちは、
「つまらなかった映画」「酷いホテルのサービス」の話題で盛り上がっていた。

いかにつまらなかったかを話していた。

ある瞬間にその違いに気づいた私は、
もちろん年収3000万円以上の人たちの真似をするようになった。

いかに面白かったかを話しているうちに気づかされたのは、
頭の中身が楽しいことで溢れ返って、
人生すべてがワクワクできるようになったということだ。

どんなことが怒っても、ワクワクしながらやっていると、楽しくなるのだ。
だからすべての仕事が楽しくなって、
ふと気づいたら自分も年収3000万円をふわりと通過していた。


さてここからが大切なことなので熟読してもらいたい。

現在年収が高くても、”いかにつまらなかったか”を話していると、
いずれ貧しくなるということだ。

逆に現在年収が低くても”いかに面白かったか”を話していると、
いずれ年収が高くなるということだ。


これが十数年にわたって、
1万人以上のビジネスパーソンたちの追跡調査をした紛れもない事実なのだ。

会社の社長で、”いかにつまらなかったか”という話題が大好きな人は、
会社を傾ける可能性が高い。

”いかに面白かったか”という話が大好きな人を社長にすると業績が上がる。

以上を踏まえた上で、あなたはどちらのコースを選ぶだろうか。

 
  《”いかに面白かったか”を話し続けていれば、お金と成功がついてくる! 》

            <感謝合掌 平成28年8月5日 頓首再拝>

「知恵」と「ユーモア」を出す - 伝統

2016/08/16 (Tue) 03:08:25

成功には「知恵」がつきもの
~ お客さんへの伝え方に愛とユーモアをこめる  

           *「人とお金」斎藤一人・著(第2章、P58~60)より

   仕事を成功させようと思ったら、「お金」ではなくて、
   「知恵」を出さなければいけません。

   この「知恵」にも、ちょっぴり「ひねり」が必要です。
   《愛とユーモアをこめた「知恵」を使う》ことです。

   (例えば)

    あるお店の前を通ったら、玄関の電気が消えていて、こんな張り紙を見かけました。

    「ただいま改装中にて電気が消えておりますが、営業はしております。」

    実にマジメな張り紙です。

    これがもし、私の店だったら、こんな張り紙をすることでしょう。

    「ただいま改装中にて電気が消えておりますが、店の中では元気でやっております。
    店の電気は暗くとも、私たちの笑顔は100ワットで待っております。」

    どうでしょう?

    お客さんに対しての愛情と、ユーモアを感じますよね(笑)。



    このように、貼り紙1枚にも、愛情とユーモアをこめることです。


    これからの時代、「おもしろさ」がないと成功はできません。

    例えば講演会で、いい話をする人がいても、それが「おもしろい話」で
    なければ、人はすぐに飽きてしまうのです。

    「いいことを教える」だけではダメなのです。

    「いいことを、おもしろく教える」

    これができることが、これからの時代で成功するコツなのです。



   【一人さんの魔法のルール】

    おもしろくやることを研究してごらん。
    そしたら、きっと、うまくいくよ。

            <感謝合掌 平成28年8月16日 頓首再拝>

『自己暗示』 - 伝統

2016/08/26 (Fri) 03:30:18


          *人と組織を動かす
          (日本経営合理化教会「国際ビジネスブレイン代表・新将命氏」コラム)より

自己暗示の効用について考えてみたい。

「隼」などの飛行機の設計者としてばかりではなく、マルチな活躍で知られた糸川英夫さん。

彼がかなりの年齢になってからチェロやクラシック・バレエを始めたことは有名だったが、
緊張することにおいては人後に落ちず、
本番前のリハーサルではまともにできたためしがないそうであった。

ところが、本番、舞台の真ん中に出てスポットライトを当てられた瞬間、
シャキッとなって大変身。

まったく間違えないでチェロを弾いたり、
バレエにしても ひとつも振り付けを間違えずに踊れるという。


糸川さんは、その秘訣についてこう語っていた

“なぜ、こうした芸当ができるのかといえば、前日の夜に暗示をかけておくのである。
『明日の何時から何時まで、お前は○×ホールの舞台に出る。

練習ではう まく弾けないところも出てくるが、それは練習であって、
本番になれば難しい箇所も見事に弾いてしまうに違いない』といった具合に、
自己暗示をかけておくのだ。

するとその暗示が効いて、その時間にその場所に立つと、まったくアガらなくなって、
逆にものすごい集中力が発揮できることになるのだ”


一流の人は、何をやらせても一流である。
糸川さん自身にもともと備わっている才能や集中力を割り引いた発言だとしても、
かなり含蓄のある言葉だ。

それというのも、たとえば、自己暗示をかけたり強く想い願うことによって、
実際に道が開かれたなどというように、
人生は自分が思い描いた通りになる傾向が強いからだ。


すると多少乱暴だが、こういう言い方も可能ではないだろうか。

現在のあなたの環境や境遇は、良くも悪くも、
おおむねあなたが考えたことや行ったことの結果である。

そして、いま思い描いているあなたの将来の姿は、
かなり確実性をもって将来のあなたの姿である・・・。


成功したければ、成功を思い描け!


イメージ・トレーニングでも自己暗示でも良い。

将来の自分はこうなっているんだ、そのためにこんな努力をするんだ、
こうした肯定的な発想に基づいて目標を立て、
心の中でいつでも明確に想い描いてみよう。


こうありたいと思うことによって、
自分の行動も自然とそれを実現する方向に向かっていくはずだ。

哲学者ニーチェも言った

“心の中に未来にふさわしい像を描け。
未来の生を思い巡らすならば、工夫し、発明すべきものが限りなくあるのだ”

http://www.jmca.jp/column/hito/hito62.html

            <感謝合掌 平成28年8月26日 頓首再拝>

《成功型の人は躊躇(ちゅうちょ)する事はない》 - 伝統

2016/09/06 (Tue) 04:04:23


       *『 生長の家 』(昭和24年8月18日の法語)より

   熟慮することも一つの行為(おこない)である。
   青年には時として熟慮せずに
   猪突(ちょとつ)することがある。

   熟慮のない猪突は方向を誤って
   電車を発車させるようなものである。

   何時(いつ)衝突するか 脱線するか わからないのである。

   併し、いつまでも迷っていては何にもならない。
   
   右すべきか左すべきか二つの問題の間を
   何時(いつ)までもふらついている者は、
   猪突してどこかの壁に衝突し再びまいもどってくる者よりも
   却(かえ)っておくれることがある。

   行けば自(おの)ずから道が開けるのである。

   すべて成功型の人間は左顧右眄(さこうべん)することなしに
   まっしぐらに目的に向かって突き進む。

   無駄に好機会を待っているなどということはないのである。
   かかる人にとっては時々刻々が機会である。

   しかもその前進が周到なる熟慮に伴われつつ
   時々刻々たゆみなく前進するには
   人生に於けるいろいろの体験を経て来た後でなければならない。


   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12821493.html

            <感謝合掌 平成28年9月6日 頓首再拝>

【まわりにどう思われているか】 - 伝統

2016/09/17 (Sat) 03:20:41


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2016年09月09日)より

   (西田文郎氏の心に響く言葉より…)

   たとえば、職場での人間関係を考えてみましょう。

   あなたの上司は、あなたのことをどう思っているでしょうか。

   「積極的だ」
   「責任感がある」
   「頼りになる」

   と思っているでしょうか。

   もし、そう思われていないならば、あなた自身が
   どれだけ「自分は積極的で、責任感があり、頼りになる存在だ」と思ってみても、
   まったく意味がありません。

   あなたは「積極的で、責任感があり、頼りになる存在」ではないのです。

   そう思わせなければ意味がない。


   自分では「能力や実績がある」と思っていても、
   他人から見てそう思われていなければ、能力や実績はないのと同じなのです。

   あなたが自分をどう思うかは一切関係なく、
   考えるべきは「どうすれば積極的な人間だと、上司に思ってもらえるだろうか」
   「能力や実績があると評価してもらえるだろうか」ということです。

   自分で「脚本」を書き、その脚本をもとに「演出」を考え、
   それを「演技」することで、相手の持つイメージをデザインすればいいわけです。


   上司から高評価を得るためのキャラクターを設定して、
   それを演じられたら、立ち居振る舞い、仕草、しゃべり方、
   着るものも変わってくるでしょう。

   それがチャンスをつかめる成功者の生き方です。


   よく「上司がバカだから、自分の実力を理解してくれない」と
   嘆(なげ)いている人がいます。

   そんな人を見るたび、私は「あなたこそ、バカだよ」と思います。

   もし、上司がバカなら、
   イメージデザインで評価を高めることは簡単なはずです。

   バカな上司は扱いやすい上司なのです。

   それなのに評価が低いままであるなら、
   その人が上司のイメージを変える努力をまったくしていない、
   ということです。

   これではオポチュニティコスト(一方を選んだために逃した利益のこと、
   機会費用、逸失利益とも言う)が高いまま。

   バカな上司にバカにされる悲運の人生を送ることになるでしょう。

       <『成功したけりゃ、脳に「一流のウソ」を語れ』大和書房>

               ・・・

どんなに能力があったとしても、
そのことをまわりが誰一人として知らなかったらそれは無いのと同じ。

商品も同じで、それがどんなに優れたモノであっても、
その価値がまったく伝わらなかったとしたら、それは無いのと一緒。


人も、商品も、会社も、その価値が伝わっているかどうかが、
とても大事な時代となってきた。

商品でいうなら、買ってもらえないのは、その価値が伝わっていないから。

人でいうなら、登用されなかったり、抜擢(ばってき)されないのは、
その価値が伝わっていないから。

会社でいうなら、会社の評価や評判が低いのは、その価値が伝わっていないから。


「まわりにどう思われているか」

伝えることに力をそそぎたい。

            <感謝合掌 平成28年9月17日 頓首再拝>

成功と繁栄の3要素~明るさ、計画、実行 - 伝統

2016/09/23 (Fri) 04:23:20


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月23日)より

繁栄または成功を求めながら、それを成就しえない人々を
2種に区分することができるのである。

第1種は”働けど働けどわが暮らし楽にならざりじっと手を見る”という石川啄木式の人生観
をもっていて、一所懸命に働きはするけれども、自分の運命は不幸に掟(おき)てられている
と信じたり、心が暗くして明るさがないために運命が好転しないしない人たちである。

第2種は明るい朗らかな精神をもっているけれども万事なげやりの性格をもっていて、物事を
緻密に計画せず、建設的に実行を運んでいゆかない人たちである。

明るい精神と緻密な計画と建設的に実行を運んでゆくことが成功と繁栄とにぜひなくては
ならぬ要素である。

             <感謝合掌 平成28年9月23日 頓首再拝>

魂の向上こそが、真の成功なのである - 伝統

2016/09/26 (Mon) 04:14:30


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月26日)より

本当の成功は、富を得ることでも、商売の繁昌でもないのである。
本当の成功はその人の人格の完成 ―― 心霊学的に言えば、魂の向上である。

商売の損益や、事業の成否のごときは人生航路上の遊戯にすぎないのである。
勝つも負けるも一場の遊戯にすぎない。

ただその遊戯の上で、人間は性格を形造り、
人格をより完成せしめ、魂を向上させるのである。

商売上の利益も、財産の増殖も築きあげた事業も、
何一つそれらは真の意味においてその人の獲得ではないのである。

真の意味における獲得は、
肉体が死するときにも持って行けるものでなければならないのでのである。
魂の向上、性格の強さや円満、これこそが唯一の獲得である。

             <感謝合掌 平成28年9月26日 頓首再拝>

必ず成功する日 - 伝統

2016/10/01 (Sat) 04:13:01


          *「光明道中記」(10月1日)より

【生命が主であって一切の形相は従である。(『生命の實相』第八巻)】


他に損失を与えて自分が肥え太るのは成功の捷径(ちかみち)のようであるが、
それは失敗の捷径であり、窮乏に陥る近道である。

投機によって成功せんとする者はその轍をまた踏むに過ぎない。
何故なら、投機に於ては、実質的に何物も生産しないのであるから、
利益を得た半面には必ず損をした者があるからである。

損をする者があることによって儲かる事のみ考える者は、必ず最後は損をする。
或は必ずその悪業の応報として最後が悪くなるものである。

日露戦争時の成金いずこにありや、第一次欧州大戦時の成金今いずこにありや。
若しありとすれば彼はただ他人の損によって自分が利益を得ること以外に、
何か人のために貢献したものに相違ないのである。

因果はめぐる、応報は昭々として晦ますことは出来ないものである。
血を吸うて肥える蚊は必ず蚊燻(いぶ)しの攻撃を受けなければならない。

(一)生かすために斬る破邪の剣は尊ばれる。
(二)自己を護るための剣は許される。
(三)併し他を犠牲にして自己を拡張するために剣をとる者は剣によって滅びる。

「剣」と言ったのは喩(たとえ)である。

一言一行悉くこの方面に漏れるものは一つもない。

           <感謝合掌 平成28年10月1日 頓首再拝>

先人の「成功」への言葉 - 伝統

2016/10/15 (Sat) 03:23:34


        *『君に100の成功を贈る』経済界・編 より

(1)支えなんかあって、生きていけるか。(土光敏夫)

(2)孤高に陥らず、孤独を恐れず。(永野重雄)

(3)平凡な原則を非凡な水準でもってやれ(本山英世)

(4)経験は悪だ。(鈴木敏文)

(5)バカ不平多し(小泉信三 ※元は福沢諭吉の言葉)

(6)何かそれに踏み込む勇気でしょうかね。

   将棋の世界は特にそうなんですが、自分の力だけでは勝てず、
   相手の力も使わないと勝てないので、下駄を預けることができるかどうか
   というのはすごく大きい。

   さて、自分がその立場になったら、できない人が多いんじゃないですか(伊藤雅俊)

(7)敵のない人生は無味乾燥ですわ(笹川良一)

(8)内外ともに激動期になってくると、結局、信頼関係しかないんですよ。
   つまり『嘘をつかない』ことと『努力する』ことでしょうね(鈴木治雄)

(9)怖いがゆえ、死にたくないがゆえに、自分の技術以上のことをやらないよう、
   自分に言い聞かせているんです(植村直己)

(10)人の恩受けてボタモチ一つ贈らねぇような男では、
   人間的な価値はないよ(岡田茂)

(11)人を押しのけて社会に出てもだめで、
   周囲から推されてこそ本筋である(石川六郎)

(12)ひと言でいえば、モノは売ってやる、買わせていただく、ということなんですよ。

   『売るときは大いばりで売ってやれ』、つまり、お客さんのほうが
   頭を下げて買いにくるようなモノをつくれ、ということです。

   一方、『モノを買うときはいいものを安く売っていただくんだ』ということで、
   頭を下げて買ってくる。売りと買いが逆なんですね。
   これがうちのオヤジの哲学でした(堤義明)

(13)どういう人に師事するか、どういう友人を持つかで、
   その人の一生は決まる(水野成夫)

(14)一流の人間を集めて商売をしない。
   二流、三流の人を集めて一流の仕事をさせる(藤田田)

           <感謝合掌 平成28年10月15日 頓首再拝>

《自己創造のよろこび》 - 伝統

2016/10/27 (Thu) 04:02:25


        *『 生長の家 』(昭和24年8月7日の法語)より

   真の成功は 自分の働きを通してのみ得られるのである。

   自分の働きのない成功は
   人の弾いているピアノを聞くようなものである。

   自分にはきこえているが、
   それは自分の造ったものでもなければ
   自分の音楽でもないのである。


   真の成功は自分が描いたものでなければならぬ。

   自分が労せずして目の前に美しき絵が現われても、
   それは自分の絵でないように、

   自分の作らない成功はいくら目の前に現われても
   自分のものではないのである。


   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12767055.html

           <感謝合掌 平成28年10月27日 頓首再拝>

「大成する者」に必要なこと - 伝統

2016/10/29 (Sat) 03:52:08


      *「光明道中記(その身まったし)」(10月29日)より

真に愛する仕事でないと大成することは出来ない。
忠実にやる仕事でないと大成することは出来ない。

忍耐強くあり、凡(あら)ゆる艱難に耐え忍び、
艱難と闘うことをハイキングの如く楽しみ、
しかも尚、その仕事を通して国家または人類に貢献せんと
決意したものでないと大成することは出来ない。

才智ばかりで小細工する者は
ついにその才智に翻弄されて自己が崩れてしまうであろう。

寛大な雅量と、鞏固(きょうこ)なる意志と、
而も人心を収纜(しゅうらん)するたぎる如き情熱とは
大成する者には必要である。


更に大切なのは「神に導かれる」と云うことである。

信仰深くして、神と偕(とも)なりとの自覚を以ているばかりでなく、
真に神に導かれている人にして、
機に臨み変に応じ自由自在の叡智を有っている人でなければならない。


而もかくの如き人でも、
人の信義を裏切ることを極度に厭う人でなければ終を完うしない。

           <感謝合掌 平成28年10月29日 頓首再拝>

【儲けようとしない】 - 伝統

2016/11/12 (Sat) 04:12:42


         *メルマガ「人の心に灯をともす(2016年10月26日)」より

   (松下幸之助氏の心に響く言葉より…)

   私が一言申し上げたいのは、今日においては
   あまり利害にとらわれないだけの腹をつくってもらいたいということです。

   これは私自身にいつも言い聞かせているんです。

   おまえ自身は利害にとらわれたらあかんぞ、
   利害にとらわれたら男がすたるぞ、と、
   こういうことを私、自分で言い聞かせているんです。


   利害にとらわれないと言うが、おまえは金儲けているやないかと、(笑)
   こう思われるかもしれませんが、あれは自然に儲かるんです。(笑)

   いやこれほんとうですよ。


   金というものは、儲けようとして儲かるもんやないんですよ。

   いちばん儲けようと思ってやるやつは泥棒ですわ。

   けれども儲からない。


   計算すると、いちばん引き合わないのが泥棒です。

   石川五右衛門でも、あれは泥棒の名人ですわな。
   それでも、ついに失敗ですわ。
   成功していない。

   絶対に成功しないのが泥棒です。

   だから儲けようと思っても儲けられない。

   自然に儲かるやつはこれはしょうがない。(笑)


   それでは、なぜおまえのところに自然に集まるか。

   ぼくは一生懸命仕事に忠実ですよ。
   わが仕事に忠実ですよ。

   物をつくるときでも、これでなんぼ儲かるというてつくるよりも、
   これをつくったら皆が喜ぶやろうなあと、こういう具合です。

   婦人が第一喜ぶやろうなあと。(笑)

       <『松下幸之助発言集 第八巻 強運なくして成功なし』PHP文庫>

               ・・・

「金というものは、儲けようとして儲かるもんやないんですよ」(松下幸之助)

儲けようとしたら、そこには損得勘定が入ってしまう。
損得で動く人には、卑(いや)しさや、ケチ臭さや、ずるさを感じてしまう。

人に好かれようとする人も同じ。

儲けようとか、好かれようとかではなく、相手がどれだけ喜んでくれるのかを考える。

「儲けようとしない」

まわりを喜ばせれば喜ばせるほど、お金も人も自然に集まってくる。

           <感謝合掌 平成28年11月12日 頓首再拝>

ショーペンハウエルの2つの試練テスト - 伝統

2016/11/29 (Tue) 03:23:47


         *Web:BlueBloomBlog(2016/11/13)より

ドイツの哲学者のショーペンハウエルは、
多くの人物を観察した結果、成功する者には、「2つの試練テスト」があり、
それを克服した者だけが成功を手にすると言っています。


まず、第1の試練とは、 【嘲笑・馬鹿にされることに耐える試練】

釈迦も「理不尽な事にも腹を立てないこと。忍辱はどんな苦行にも勝る。」
と言っています。
荒行をする高僧よりも、忍辱する一般人の方が徳を積んでいるということです。

いわば、忍辱は最高の徳であり、
馬鹿にされたり、嘲笑される経験は、どんな悪行でも消せる徳になるそうです。

どうしても辱めに耐えられない時は、
ショーペンハウエルや釈迦やイエスでも激しく侮辱されたのですから、
凡人の私や貴方が侮辱される位は当然だと思うべきです。

侮辱されたら、「これは訓練である」と思うのも良いかも知れません。



そして、第2の試練とは、 【反対・非難を受ける試練】

例え、正しいことでも、他者への慈愛の精神で行った場合でも、
理不尽な非難や不当な誤解や攻撃を受けるものである。
否、正しいものである程、非難を受けるものです。

しかしながら、そんな時に、意気消沈したり、腹を立てて善行を止めてはならない。

大事なことは、
正しいことを非難されても、さらに正しいことを行うこと。

親切にして、誤解されても、ますます親切にすることです。

寄付して非難されたら、もっと寄付することです。

こうした行動を実行することによって、第2の試練が克服できるそうであります。


ふたつの試練を克服した者のみに、「女神が微笑む」と哲学者は考える。


確かに、この世で成功する人物は意思の強い者である。

というか意思の弱い者など成功しては困るのだ。

例えば、腕の良い外科医とか従業員を抱える事業家のように、
命や生活を守るような困難な仕事は、
意志が弱い者には勤めてもらっては困るのです。

実際に、外科の研修医は、地獄らしい。
偏差値の秀才達は、罵声や暴力の洗礼を受けるのです。
「手術中に失神してもメスだけは離すな!」と教えられるらしい。
実際に、研修医時代に挫折して外科医を諦める者は多いのです。

どのみち、いくら才能があっても短気の者や優柔不断の者は途中で挫折する。

耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶ者こそ困難な仕事を達成できるのです。

そもそも、実際に世の中は「理不尽」である。
というか、理不尽が当たり前と考えるべきである。
しかしながら、スポーツはもっと理不尽である。

サッカーは、ゴールする競技なのに、理不尽なオフサイドがあるし、
ゴルフは、玉を穴に入れる競技なのに、
プレーヤーを不公平にするように草がぼうぼうだし、
失敗させる位置に理不尽な池もある。

フットボールは、前に進む競技なのに、
理不尽にもボールを前に投げちゃいけないのです。

理不尽な状態で勝つために必要な事は、じつは一つしかないのです。
それは、
《理不尽な条件の中では、自分に負けない者しか勝てません。》


そして、それが、アスリートなのです。

ちなみに、以上のスポーツはイギリス発祥なのですが、
「思うようにならない状態で戦って勝つのが強者である。」
というジョンブル精神が土台になっています。

従って、スポーツアスリートが社会でも成功するのは、当然なのです。
なぜなら、アスリートはスポーツを通して理不尽を超える訓練をしているからである。

意志の弱い者は、失敗すると、
環境や他人によって「失敗させられた」と考える被害者思想である。

しかし、意志の強い者は、

《困難自体が失敗の原因ではなく、自分の困難の対処が間違っていたから失敗した》

と被害者では無く、加害者のように考えます。

つまり、景気が悪いから倒産したのでは無く、
景気が悪いという問題の対処が悪かったから倒産したと考える者でなくては
とても企業の経営は出来ません。

もし、景気が悪いと倒産するのならば、すべての企業は倒産しなければならない筈ですが、
実際は、景気が悪くとも、売り上げを伸ばす企業が多く存在する。

悲しいことや辛いことがあっても
それは自分に必要な試練であると受け取り、
自分を高めよう・鍛えようと考えることが悲しみや苦しみの意義なのです。

いわば、理不尽こそ「人生の受験問題」であり、
正しい解答をすれば、志望校に合格できる。

そのポイントが意志の強さであり、2つの試練テストと言えるでしょう。

http://bloom.at.webry.info/201611/article_2.html

           <感謝合掌 平成28年11月29日 頓首再拝>

自然に栄える日 - 伝統

2016/12/10 (Sat) 04:42:07


           *「光明道中記」(12月10日)より

【神が商売をするので自分は神様の番頭だと思いて経営すれば繁昌する。
                           (『生命の實相』第九巻)】

家族の幸福を希(ねが)い、子孫のために或る程度の蓄財を為すことは、
ともに自然の人間の衝動であって、何ら咎(とが)めるべきではないのである。

生長の家は出家道ではない、家を生長せしむる道である。
家の繁栄を願うことは当然なことなのである。

併し、それは正しき道を通じて願われねばならないのである。
正しき道とは「公(おおやけ)」なものに奉仕する道を通してである。

人間の弱点として、最初は「公」に奉ずる為に始めた仕事が、
その仕事の「公」なる本質上、自然に栄えるようになったとき、
その栄えを自分の《もの》に帰そうとする衝動が起り勝である。

そして《自分の》成功のために何時の間にか「公」を無視して、
その成功の為に拍車を掛けはじめる。これは甚(はなは)だ危険なことである。
それは公道を走っていた馬が急に私道を走り出し、
自動車道を走っていた自動車が人道を走り出したと同じである。

馬なら手綱(たづな)をしっかり引(ひき)しめなければならないし、
自動車ならば、気を附けてハンドルを向け換えなければならない。

自己拡大だけの欲望に自分の仕事が向かないように、
吾々は常に自分の心意の方向を調節しなければならないのである。

           <感謝合掌 平成28年12月10日 頓首再拝>

ノーベル賞受賞・大隅良典氏が教えてくれた1勝9敗からの成功 - 伝統

2016/12/12 (Mon) 03:38:42


      *Web:MAG2NEWS(2016.10.05)より

《好きなことを続けること》

(1)「自分の興味に素直になってサイエンスを楽しまなくては、新しいものは生まれない」
                         (産経新聞/平成28年 日刊26,500号)

(2)「好きこそ物の上手なれ」という言葉があります。
   ビジネスで成功するための秘訣は、この言葉に帰結するのではないか。


《まずは生き残ることが大事》

(1)「まずは生き残れ。儲けるのはそれからだ」という言葉があります。
   世界一の投資家とも言われるジョージ・ソロス氏が述べたとされる言葉です。

   ビジネスで成功するためには、まずは「生き残ることが大事」と主張しています。

(2)経営というものはせいぜい1勝9敗程度です。
   1割の勝ちを得るためには、9割の負けを体験しなければならないのであれば、
   その9割の負けに耐えることが必要です。

(3)まずは負けないことが大事です。
   負けずに生き残っていれば必ずチャンスが巡ってきます。
   そのチャンスが巡ってきたときには、そこは逃さず勝ちにいくべきです。

(4)まずは生き残ることが大事です。儲けるのはそれからです。
   儲けるためには生き残る必要があります。
   生き残るためには我慢強くコツコツと経営をしていかなければなりません。


《好きこそ物の上手なれ》

(1)好きだから、たとえ上手くいかなくてもその手綱を緩めることはありません。
   上手くいかないことも面白いと思えるからです。

(2)経営はよくて1勝9敗程度です。
   9敗を我慢するのではなく、9敗を楽しめるぐらいでないと
   成功はおぼつかないといえるでしょう。

   9敗を楽しんでいるうちに1勝が巡ってきて、
   気づいていたら成功していたということです。

(3)好きなことをやり楽しむことが大事です。
   これが、大隅良典栄誉教授からの学びです。

   (http://www.mag2.com/p/news/222289


<関連Web:オートファジーでノーベル賞…大隅良典さん受賞式
       → http://www.yomiuri.co.jp/matome/20161208-OYT8T50034.html >


           <感謝合掌 平成28年12月12日 頓首再拝>

唯一の成功とは価値あるものを実現するということ - 伝統

2016/12/13 (Tue) 03:50:45


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月13日)より

唯一の成功とは価値あるものを実現するということである。

みずから省みよ。
なんじは今の生活において、今の行為において、今の思いにおいて、
価値あるものを実現しつつあるか。

価値あるもの以外のものを追求しつつあったならば、
即刻その生活を更(あらた)めなければならぬ。

では、実現とは何であるか。
物質状態に現われることのみを実現と観るときには、人間は物質目的のみの追求者となって、
心的態度は一種の功利的手段となり、唯心論者でありながら、
いつの間にか唯物論者に堕(だ)していることがあるものである。

価値の実現とは《心の中にある》ことを知らねばならない。
オスカー・ワイルドの言ったように、ロンドンの霧は詩人がこれを詩に表現したときに、
初めてその価値が実現したのである。

《それまでにも》ロンドンの霧は《物質としては》存在したのであるが、
心がそれを認めない間は、ロンドンの霧は《価値》としては存在しなかったのである。

価値だけが価値であって、そのほかのものは価値がない。
このことが判明したならば、物質そのものを追求することは愚かなことであることがわかるであろう。

われらは心の世界にさえ価値を実現すればよいのである。
価値は心の世界にのみある。

われらは愛と美と善と智慧と赦しと寛容と・・・
それらの心の中の価値を心の中に実現しさえすればよいのである。

それは主観的価値(こころだけのかち)のみであって、客観的価値(ものそのもののかち)ではない
と考える人もあろうが、そうではない。客観(もの)は主観(こころ)の投影(かげ)であるから、
主観(しゅかん)が成就したら必ず客観(きゃっかん)が成就するのである。

主観(しゅかん)の価値が成就しないで、客観(ものだけ)の成功を希(こいねが)うものは、
やがて土崩瓦解(どほうがかい)してしまうのである。

            <感謝合掌 平成28年12月13日 頓首再拝>

本当の成功とは - 伝統

2016/12/14 (Wed) 04:41:59


        *「生命の實相」幸福篇下巻(12月14日)より

静かに省みて、心が喜べるのが成功である。

心にやましい何物かが感じられるかぎりは、まだ心の世界に価値が成就していない。
たといそれが形の世界で成功したように見えていようとも、
それは砂の上に建てられたる楼閣のごときものである。

ただ価値のみが価値である。
人の世に何か《ため》になることを成すこと。
それは物質的に残るべき何物でなくともよい。
それを措いて成功はない。

本当の成功は、偶然でも僥倖でもない。
われわれの心の中に把持されたる決意であり、決意の持続である。

それは偶然とか僥倖とかいうものによって左右されるような他動的なものではない。
それは今、みずからが決意したとき得られるのである。

            <感謝合掌 平成28年12月14日 頓首再拝>

外面の成功は内面の貢献の反映であってこそ貴(とうと)い - 伝統

2016/12/15 (Thu) 04:45:43


           *「光明道中記」(12月15日)より

【貧想を持続すれば貧者となり、富想を持続すれば富者となる。
                         (『生命の實相』第四巻)】 

一日一日と自分が貢献している程度が増えると云う自覚ほど有りがたいものはない。
「自分」が大きくなるのではなく、貢献が増えると云う自覚である。
自分が天下の公僕であると云う自覚である。

外面の成功は内面の貢献の反映であってこそ貴(とうと)いのであるし、
永続もするのである。

若し外面の成功が何ら内面の価値によって支えられることなしに、
ただの偶然であるならば其の成功は間もなく壊(くだ)けてしまうであろうし、
それは一時的なものであろう。

思念の力によって成功がかち得られると云うことは事実である。
常に繁栄を心に念ずる者には繁昌が引き寄せられて来るのである。
併し、その繁栄が利己のための繁栄であったならば
それは軈(やが)ては崩れてしまうのである。

そう云う人は軈(やが)ては光明思想も効かなかったとか、
生長の家も効果がなかったとか言う人達なのである。

併しそれは光明思想が効かないのでもなく、生長の家が効かないのでもない。
繁栄の基礎が利己と云うニセ者の基礎の上に立っていたのである。

「利己」的態度で「己」だけの利益に限ってしまう者は、
「己」と云う一範囲の思念の創化力を使い果たした後、跡が続かないのである。

            <感謝合掌 平成28年12月15日 頓首再拝>

【価値ある人間になる】 - 伝統

2016/12/28 (Wed) 04:50:56


        *メルマガ「人の心に灯をともす(2016年10月27日)」より

   (本田季伸氏の心に響く言葉より…)

   《成功する人間になろうとせず、むしろ価値ある人間になろうとしなさい》

    …理論物理学者、アルベルト・アインシュタイン…


   最高の人脈を構築するためには、日頃から内面を磨き上げ、
   人から支援を求められるような「価値」を創造することに力を注ぐことです。

   なぜなら、「あの人と一緒にいるとこんなメリットがある」
   「あの人と付き合っていれば、凄いノウハウが得られる」と言われる、

   「魅力溢れる人物になる」ことが、
   ビジネスでの成功を引き寄せる極意だからです。

   自分が得意とするジャンルを作り、
   人助けができるスキルを一所懸命に努力して高めれば高めるほど、
   訪れるチャンスが増大してくるのが、「成功のメカニズム」なのです。

   人に与えられる価値を高め、成功を手繰りよせていますか?

         <『賢人たちに学ぶ 自分を超える言葉』かんき出版>

               ・・・

究極の成功は、「あの人といると楽しい」、「また会いたい」と言われる人になること。

なにも、お金の多寡やノウハウやメリットだけで人が集まってくるわけではないからだ。


「別れたあとに、また会いたいと思うような余韻や余情を残す人は魅力的な人間である」
(行徳哲男)

余韻とは、鐘の音などが消えたあとも、なお耳に残る響きのことだが、
会社や社会において、その人が残した実績や成果、そして温かな人間関係。

温かな人間関係を持続できる人には「情」がある。


自分自身を磨き、魅力ある人になること。

価値ある人間になりたい。

            <感謝合掌 平成28年12月28日 頓首再拝>

【凡人成功哲学】 - 伝統

2017/01/12 (Thu) 04:00:52


        *メルマガ「人の心に灯をともす(2016年12月12日)より

   (田中真澄氏の心に響く言葉より…)

   人間の99%は凡人です。

   凡人は秀才には頭が上がらないと考えられてきました。
   しかしそれは人生60年プラスαの昔のサラリーマン社会、
   若年者の多い社会でのことです。

   ところがこれからは、平均寿命が80を超え人生100年が到来する社会、
   サラリーマン時代と定年後の時代がほぼ同じ年数になる社会、
   そして少子高齢化によって高齢者も働くことが求められる社会になります。

   そうなればサラリーマンは、定年後のフリーな生き方ができる時代をどう生きるかで、
   人生の勝負が決まるのです。

   「人生の勝負は後半にあり」と言われる所以(ゆえん)はそこにあります。


   フリーになれば、サラリーマンが武器にしてきた勤め先の地位や肩書で示される
   所属価値では生きられません。

   何ができるかの存在価値を武器にして生きていかなければなりません。

   その存在価値を身につけるのは、秀才が求めてきた高学歴や
   官公庁・大企業の役職に就く道を参考にするのではなく、
   学歴よりも専門の力を磨いて独立している個業主に学び、
   人生の後半では自分も個業主として生きていける道を選ぶことです。


   その個業主を支えるのが、「凡人成功哲学」であると、
   この機会に知る必要があります。

   学校は良い大学に進学し、良いところに就職するための
   「秀才成功哲学」をベースにした生き方しか教えてこなかったのです。

   以前はそれでも良かったのです。

   なぜならは平均寿命が短い時代、若者が圧倒的に多く高齢者が少ない時代は、
   「秀才成功哲学」一本で人生を全うできたからです。


   しかし時代がこれまでと全く逆の状況になりつつある今日では、
   「秀才成功哲学」がら「凡人成功哲学」に切り替えて生きることが、
   すべての人に求められる時代になってきたのです。

   その時代認識に欠けると、これからの老後の人生は生きるのが厳しくなります。


   秀才も凡人も誰もが平等に持つ財産が3つあります。
   それは目には見えない「心」「時間」「ことば」です。

   この3つの自己資源を有効活用して、オンリーワンの財産である
   己の存在価値を築くために、「行動」と「考え方」の両面から
   普段の生活習慣を磨くことを体系化したのが「凡人成功哲学」です。


   アメリカの自己啓発作家・講演家のオグ・マンディーノは、

   「人間の成功は、知識の多さや努力の積み重ねによるものではない。
   人間を成功に導くのは習慣である」

   と語っていますが、この言葉は、3つの自己資源を良き生活習慣を通して、
   日々磨き続けることが成功の基本中の基本である、
   すなわち「凡人成功哲学」が大切であることを明示しています。

   この「凡人成功哲学」は、多くのサラリーマンの頭を支配している
   「寄らば大樹の陰」の大組織依存とは真逆の関係にあります。

         <『小に徹して勝つ』ぱるす出版>

               ・・・

田中真澄氏は、同書の中で現行の年金制度のことをこう語っている。

「かつての年金制度は、60歳から全額支給が始まって平均13年前後の年月が経過した
78歳~80歳で、その支給が終了するであろうことを前提に設計されていました。

ところが今では国民の半分以上が80代の後半まで生き、中には100歳前後まで
長生きする人も稀ではなくなりつつあります。

そのうちに80代で死んだら若死にと言われる時代になるでしょう。


これまでの年金制度が前提としている死亡年齢をはるかに超えて、
日本人が長生きしている現況は、現行の年金制度が今のままでは
機能不全に陥ることを示唆しています。

なぜなら年金の支給期間が、当初計画の2倍から3倍へと延びるのに対して、
逆に、少子化で年金制度を支える世代の誕生は年々減っているのですから、
年金を支えてきたこれまでの仕組みも財源も、今の制度のままでは
維持できなくなることははっきりしてきたからです。

ところが、団塊世代の前の世代(昭和20年以前に生まれた世代)は、
戦後の高度成長経済の恩恵を受けて、年金は掛け金の2倍以上という
高額支給を受けています。

また、その世代はそれを当然とする既得権意識を持ち、
年金改革を先送りする勢力に力を貸してきました。

しかし、年金支給の甘さが大問題となり、政府は年金支給開始年齢をやっ
と60歳から65歳に改訂しました。

ところが、それでは問題解決には程遠いことから、
さらに70歳、そして75歳、さらには80歳と段階的に支給開始年齢を
改正していかざるを得なくなりつつあります。

年金関係者の間では、支給開始年齢を最終的には
80歳まで引き上げる案が検討されているようです。

そうなれば65歳で定年になった後も、
私たちはさらに最低15年は働かなくてはならない時代を迎えることになります」


だから、悲観的になるしかない、という話ではない。

我々は今後、超高齢化社会になることを前提に、
若者も年配者も覚悟を決め、生き方や方向性を定めなければならないということ。


そのためには、「心」と、「時間」と、「ことば」に関する
良き習慣を身につけること(同書より)。

(1)「心」とは、『利他の心』、『積極の心』、
   『目に見えないものへ畏敬の念(神仏を敬う)を持つ』、
   『心を常に明るく保ち、情熱持つ』、等々。

(2)「時間」とは、『一点集中の時間の使い方』、『継続は力なり、コツコツと』、
   『優先順位をつけて行動する』、
   『周辺の環境整備(掃除・整理整頓)に時間を使う』、等々。

(3)「ことば」とは、『ご縁を大切にするために言葉(人に好かれる言葉)を磨く』、
   『肯定語を多用する』、『明るく楽しい言葉を多用する(感謝、ありがとう、
   楽しい、ツイてる、しあわせ、ゆるします)』、等々。


凡人成功哲学を身につけたい。

            <感謝合掌 平成29年1月12日 頓首再拝>

成功の鍵はあなたの心の掌中にある - 伝統

2017/01/27 (Fri) 03:35:25

《一切に感謝せよ、奉仕せよ》

          *「光明法語」(1月27日)より

この世の中には宿命というものもなければ僥倖というものもないのである。
吾々の成功は吾々の心の産物である。
吾々の失敗も又吾々の心の産物である。

吾が能力を如何に見るかその程度に従ってその人は成功するのである。

吾如何ほどに人々に深切をつくすかその程度に従ってその人は成功するのである。
吾如何ほどに人々を拝むかその程度に従ってその人は成功するのである。
吾如何ほどに人に感謝するかその程度に従ってその人は成功するのである。

あらゆる成功の鍵はあなたの心の掌中にあるのである。

            <感謝合掌 平成29年1月27日 頓首再拝>

【人間関係の技術こそが成功と幸福を招く】 - 伝統

2017/02/12 (Sun) 04:21:45


       *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年02月09日)」より

   (レス・ギブリン氏の心に響く言葉より…)

   人はみな人生でふたつのものを手に入れたいと思っている。

   それは成功と幸福である。

   もちろん人はみな違うから、成功と幸福の意味は千差万別だ。

   しかし、自分が求める成功と幸福を手に入れたいなら、
   ぜひとも学んでおかなければならないことがある。

   地位や身分に関係なく、それはまったく同じだ。


   すなわち、成功と幸福をもたらす最大の要素は、人間関係の技術である。

   人間関係の技術をしっかりマスターすれば、
   成功への道のりの約85%と幸福への道のりの約99%の地点に到達することができる。

   これは多くの科学的研究で証明されている。


   大切なのは、他人とうまくやっていきながら、
   満足感を得ると同時に相手の自尊心を満たす方法を見つけることである。

   人間関係の極意とは、お互いの自尊心を満たすようなやり方で相手とかかわることだ。

   これこそが人とかかわって本当の成功と幸福を手に入れる唯一の方法である。


   カーネギー工科大学は1万人の工場労働者を綿密に調査し、
   成功の15%は仕事のスキルによるもので、85%は性格的な要因、
   とくに他人とうまくかかわる能力によるものだと結論づけた。

   また、解雇された数千人の男女に関するハーバード大学の研究では、
   仕事の失敗で失業した人より人間関係の失敗で失業した人のほうが
   2倍多いことがわかった。

   だが、著名な心理学者のアルバート・ウィンガム博士によると、
   その割合はもっと高いという。

   1年間で失業した4000人の労働者の実態を調べたところ、
   仕事ができないから失業したのは全体の1割にすぎず、
   残りの9割は他人とうまくかかわることができないから失業したことがわかったのだ。


   周囲を見渡してみよう。

   あなたが知っている中で最も成功しているのは、
   高度な頭脳と専門技術を持った人たちだろうか?

   少し考えてみれば、最も成功していて幸福にあふれているのは、
   人間関係の技術にたけた人たちだとわかるはずだ。


   実際問題として、他人とうまくかかわる以外に充実した人生を送る方法はない。
   他人とうまくかかわらずに成功と幸福を手に入れることは不可能なのだ。

   医者、弁護士、セールスマンとして最も成功している人たちが、
   最も高度な専門技術を持っているとはかぎらない。

   それと同様に、販売成績が最もいいセールスレディーが最も聡明だとはかぎらないし、
   最も幸福な夫婦が最も美男美女だともかぎらない。

   どの分野であれ成功しているのは、人とのかかわり方の秘訣を心得ている人である。

         <『人望が集まる人の考え方』ディカヴァー>

                ・・・

我々がこの世に生まれてきた大きな目的のひとつは、人間関係を学ぶため。

仕事でも、家庭でも、学校や所属する組織でも、すべてに人間関係は存在するからだ。

だからこそ、我々は何よりも先に、人間関係の技術を学ぶ必要がある。

どんなにすばらしい技術を持っていようが、頭がよかろうが、知識があろうが、
美人であろうが、人間関係がヘタだったらそれは宝の持ちぐされ。


人間関係をよくする最も大事なことが、「相手の自己重要感」を満たすこと。

「自己重要感」とは、「自分は価値ある存在である」「自分は特別で重要な存在である」
「人から大切にされている」そして、「人から尊敬されている」というようなことを
実感すること。

自己重要感が満たされないと、「自分の居場所はここにはない」と疎外感を感じる。


人間関係の技術を磨きたい。

            <感謝合掌 平成29年2月12日 頓首再拝>

挑戦し、運は天に任せて、与えられた仕事に全力で取り組む - 伝統

2017/02/25 (Sat) 04:11:05


        *メルマガ「人の心に灯をともす(2010-06-12)」より

   (八幡和郎(やわたかずお)氏の心に響く言葉より…)

   任天堂は京都の老舗だが、家訓どころか、
   社是も社訓も持たない珍しい会社である。

   ただ、社名の由来を、会社の理念らしきものとしている。

   「一寸先は闇。運を天に任せて、与えられた仕事に全力で取り組む」

   まずは全力で取り組むことに意味がある。
   運がついてこなければ、それも運なのである。

   山内は新製品を出すための市場調査には否定的だ。
   商品が売れるかどうかの判断は社長にもできない。
   しかし、面白い商品をつくりさえすれば、
   市場調査をする必要はないというのが、山内の持論である。

   「ヒットのノウハウなんてわかれば苦労しない。
   どうやったら儲かるかというのと同じで、答えなんてない」と言っている。

   人間はなるようにしかならず、
   運は人智のあずかり知らぬことだと、割り切っているのかもしれない。

          <『大商人の金言』知的生きたか文庫>

              ・・・

任天堂は、もともとは花札などの製造販売をする玩具会社だった。
戦後すぐに二代目社長が亡くなり、孫の山内が三代目社長に就いた。
22歳のときだ。

この若い社長に対して、「若造に従えるか」と、
100人余りの社員がストライキを起こしている。

ベビーカー、インスタントラーメン、ふりかけの事業を手がけたり、
タクシー会社やホテルの経営などをしたりして多角化経営を始めたのだが、
ことごとく失敗して1970年代に入り、元の玩具会社に戻った。

1983年、ファミリーコンピューターの大ヒットで、
世界的な娯楽企業としての地位を得て今日に至っている。
(同書より)



今は、超優良会社として隆盛の任天堂も、かつては厳しい時代があった。
インスタントラーメンやら、ふりかけまで手がけ、
しかも、ことごとく失敗してきたとは想像すらつかない。

何事もやってみなければわかない。
いくら綿密に市場調査しても、新製品がヒットするとは限らないのと同じだ。

誰しも、新しい事業なり、新商品を出すとき、
最初から失敗すると思って始める人はいない。
成功すると思っているから始められるのだ。

何かに挑戦する人は、ある意味での楽天主義者だ。
失敗しても、次は何とかなるのではないか、と思うからまた挑戦できる。

今の仕事に全力を尽くし、あとは運を天に任せる。
すっきりと澄み切った青空のような心境。

人間はなるようにしかならない、と割り切ったとき、そこに運が生まれる。

           <感謝合掌 平成29年2月25日 頓首再拝>

成功の秘訣は、使命感・天分・サービスにあり - 伝統

2017/03/04 (Sat) 03:52:03


           *「光明法語」(3月2日~4日)より

《自己の使命感を生かせ》
  
或る有名な音楽家のところへ一人の娘がたずねて来て、
どうしたら自分は早くラジオに出られるようになりますか。
オペラのシンガーになることが出来ますかとたずねた。

その有名な音楽家は答えた。

「どんな天才でもそのような気持ちで天才を伸ばすことは出来ません。
歌手が歌手として成功するためにはどんな苦労をしてでも歌を立派に歌いたい
と云うような一念にならねばなりません。

かくて其の一念不動の決意によって音楽が自分自身をさえも
魅するような上手さに達した時他の人々をも魅することが出来るのである」と。

・・・

《使命感と天分を目的とせよ》 

名声や金儲けを目的にしているのは本道(ほんみち)ではない。
それは天分のない証拠だと言えるのである。

私が早稲田の文科にいたとき、その分科が甲クラス乙クラスとに分かれて、
乙クラスは専門に文学のみを修業して中等学校の英語教師たる資格を抛棄(ほうき)する。

甲クラスは若し文学で飯が食えねば
英語教師に無試験検定でなれる資格を保留することにしたのである。

その時、乙クラスにみずから進んで入学をした者は僅か数名だったが、
彼らは文壇でとも角有名人になった。

西条八十、木村毅、細田民樹、細田源吾、鷲尾雨工・・・・・等々。

・・・

《成功の秘訣はサービスに在り》

特殊の使命感をもたないで、しかも世の中に出て成功したい者は、とも角、
自分が出来るだけ多くの人々に為になる働きをしようと決意し、
その方向に向かって勉強し、その方法を考え、工夫をめぐらし、

その間に神にいのり、いのりつつ工夫し、勉強し、
神よりの叡智の流入を受け、百萬人に為になる着想を実際に応用することである。

百萬人に為になる仕事がなければ先ず一人の為になる事から始めよ。

不平を言うこと勿れ。
感謝しつつ、報恩の気持ちで自己の能力を捧げよ。  
其処から道がひらかれる。

           <感謝合掌 平成29年3月4日 頓首再拝>

人望の法則 - 伝統

2017/03/19 (Sun) 04:12:20


        *メルマガ「人の心に灯をともす(2013-06-17)」より

   (西田文郎氏の心に響く言葉より…)

   「成功するために最も必要な能力はなんですか」

   という質問を、じつに多くの経営者からいただく。

   それに対して私はいつも、

   「求める成功のレベルによりますが、経営者として大きく稼ぐためには
   人望が必要で、人望のあるなしで成功のレベルが決まります。

   目安としては社員数30名くらいの小さな組織なら、
   トップに稼ぐセンスさえあれば、人望があろうがなかろうがうまくいきます。

   しかし、さらなる成功を目指すなら、たとえば年商100億円以上の企業を目指す、
   しかも短期的な規模拡大ではなく永続的な繁栄を望むなら、
   人望がなければ組織不全を起こすか、さもなくば社長ご自身が心身ともに破綻します」

   とお答えすることにしている。


   当然ながら、経営者が思い描く夢や目標が大きければ大きいほど、
   その実現のために多くの協力者を要する。

   経営者を支えてくれる社員や家族の献身的な努力をはじめとして、
   取引先、金融機関、有力者の協力、なにより
   お客様の支持を得ないことには事業の成功はないからだ。


   とりわけスポーツの世界では、監督やチームキャプテンといった
   組織を率いる役割の人間が人望を身につけ、組織を自在にコントロール
   できるようになると、プレーヤー個々の能力が5倍、10倍発揮されるような
   「集合天才型組織」となり、驚異的な成果をたたき出す。

   これは絶対に覚えておいて欲しいのだが、
   組織の結束力や構成員一人一人の能力というのは、
   上に立つ者の器(うつわ)や力量で高くも低くもなる。

   ひと言でいえば、相手のモチベーションをどれだけ上げられるかという差なのだが、
   その大もとになるのが、組織を率いる人間の「人望」にほかならないのだ。


   しばしば混同されるが、「人気」と「人望」は違う。

   「人気」というのは、いわば「責任のない人望」である。


   「責任のない人望」のある人は、多くの人から好かれる人気者であるが、
   「この人についていけば間違いない」「頼りになる人」とは決して思われない。

   だから、多くの人を率いなければならない立場の人が、
   人気という「責任のない人望」しか発揮できないのであれば、
   非常にマズイのである。


   言い換えれば、「いい人でいたい」「好かれたい」「格好良く見られたい」
   と思うような人は、「責任ある人望」とは無縁だと考えるべきだろう。

   なぜならそういう人たちは、他人の目や思惑(おもわく)に影響を受け、
   それを判断材料としているため、簡単に自分の信念や行動を変えてしまうからだ。

          <『人望の法則』日本経営合理化協会出版局>

               ・・・

松下幸之助翁はこう語っている。

「小さい会社の経営であれば、
率先垂範して部下の人に命令しながらやることも必要だけど、
これが百人とか千人とかになれば、それではあかんね。

心の底に、“こうしてください、ああしてください”というような心持ちがないといかん。

これがさらに1万人、2万人となれば、“どうぞ頼みます”という心境に立たんと駄目やな。

けど、もっと大きくなると、
部下に対して“手を合わせて拝む”という思いがないと、いかんということや。
わしはそういう心で経営をやってきた」

(同書より)


1万人、2万人の部下とは言わず、
例えば隣近所や、PTAとかボランティアの会という
あまり利害関係のない組織の長になってしまったときなど、まったく同じことが言える。

命令や威圧では人は絶対に動かない。

心の底に、「どうぞ頼みます」とか、
「手を合わせて拝む」気持ちがなければ人は自らは動かない。


決して、威張らないし、命令もしないが、
なぜか人が言うことを聞き、思い通りに動いてくれるのが、「人望」のある人。

あの人がいうなら、仕方ない、ついて行こうと思わせる人。

そして、人を喜ばせ、感謝の多い人。


生涯かけて、真の人望を身につける努力を続けたい。

           <感謝合掌 平成29年3月19日 頓首再拝>

《本当に人間が成功する要素は》 - 伝統

2017/04/03 (Mon) 04:19:27


           *『幸福を招く365章』第2項(P30~31) より

すべての人間の内には、それを働かせば富となり、必需品の供給となるところの
「愛」と「生命」と「知恵」とが宿っているのである。

誰かがもし富んでいなかったならば、みずから顧みて、
「自分は果して愛を充分はたらかしただろうか」と反省するがよい。

また「自分は十分知恵をはたらかして行き届いて計画したか、単に人まかせにしておいたか」
を反省してみるがよい。
また自分は「生命(いのち)の限りをつくしてそれに従事したか」と反省するがよい。

あらゆることに愛がたらず、行き届いた考慮をせず、計画を緻密にせず、
根かぎり働くことをせず、人か神か誰かが多分よいようにやってくれているであろうと
甘い考えをもつということは、「自己内在の神」をおろそかにすることである。

自分自身を軽んじ、自分を拝まず、自分の尊厳を知らないことである。
そんな人が成功するはずがない。

富は単に蓄積するばかりに用いてはならないのである。
富は自分の能力を殖やし、知識を増進し、愛を実践するために、
自分に使い切れない部分の富を、人類を光明化し救済するために使うべきである。

イザと云うときにと思って蓄積したところの富は、
実際にイザと云うときが来て、消費してしまうように成り勝ちである。

何故(なぜ)なら「イザと云う出来事」を予想する心は、
「イザと云う出来事」を引き寄せる磁石的な力となるからである。

真に自分の能力が以前よりも増大し、知識が増し、
そしてそんな人物が以前にもまして深切に行届いた愛を実践する場合に、
以前よりも物質的収入が減少するという筈(はず)は断じてあり得ないのであるから、

将来の収入減少や、やがて来(きた)る老衰や病気の治療費のために、
富を蓄積して置くなどと云うことは愚かなことである。

           <感謝合掌 平成29年4月3日 頓首再拝>

必ず成功する日 - 伝統

2017/04/11 (Tue) 04:32:33


           *「光明道中記」(4月11日)より

【天地に満つる大きな清浄な空気 ―― それが得られるのに何故
 吾々は狭い室内からのみ空気を吸う必要があるでしょうか。(『百事如意』)】


不成功な人間が常に呟(つぶや)く言葉は「自分には運がない」という言葉である。
「運さえあれば自分だって立身出世も出来れば高位高官にもなれるのだが」と言う。
そしてとうとうこんな人は生涯呟きながら不成功で終って了(しま)うのである。

併し本当に成功する人は「運は常に自分の掌中にある」と言う。
「時々刻々自分を磨き、自分を伸ばす運だ」と言う。

そして斯う云う人々は常に自分を磨いて時々刻々自分の能力を増大し、
自分をば高い位置にまで伸(の)し上げる。

常住楽観主義、常住成功主義の人はこんな人である。

運は外にあり、環境にあると思う者はついに成功を失って了(しま)うものである。
運は内にあり、環境は自分の心の反影なのである。

自分の内にある「運」を育てないものは、
ついに外に何らの「運」がないことを見出すであろう。
自分の内に深切の心を養わない者は、環境も亦その人に対して不深切であろう。

大抵の人は「私は金が欲しい」と言う。
そんな人は金の方から逃げて行く。

「金が私を欲しがる」ようにならねばならぬ。
その人は諸方から引張り凧(だこ)である。

           <感謝合掌 平成29年4月11日 頓首再拝>

《潜在意識を浄(きよ)める》 - 伝統

2017/04/15 (Sat) 04:26:37


           *「光明法語」(4月15日)より

日本は現在意識では勝つように祈り乍ら、
潜在意識では、「靖国神社で会おう」というように祈っていた。
又みずから「水漬く屍(しかばね)」「草生(む)す屍」になる様に祈っていた。

現在意識で「成功」を願い乍ら、
潜在意識には「失敗して、死して靖国神社に祀られる」様に
祈っていたわけだから、その祈りは成就して負けたのである。

必ず「成功」を実現せんと欲するならば現在意識・潜在意識共に、
「成功」を念願しなければならぬ。

その為には神想観して潜在意識の底までも「吾神の子なり必ず成功する」
との念を深く印象せねばならぬ。

           <感謝合掌 平成29年4月15日 頓首再拝>

生命は前進するのみ - 伝統

2017/04/17 (Mon) 04:34:48


          *『生命の實相』第37巻幸福篇上(4月17日)」より

見えない間に生長する、進歩が今眼に見えなくとも生命は必ず前進しているのである。

今爛漫と咲いている桜花も、実は枯木のごとく見えていた冬の日に
その「花の美」を貯えていたのである。

沈滞期に本当に沈滞してしまったと思って、
悲観してその生長を続けない桜の木は枯れてしまうのである。

人間もまたかくのごときものである。
 
沈滞期に屈せざる心の明るさと、努力を継続せしむる意思の力と、
その意志の力を持続せしむる感激の押し出す力とを失わない者はついに大成するのである。
 
事業を成すのも、道を(みち)成(じょう)ずるのも同じことである。

「海も波のごとく動揺するものは風にさらわれて打ち上げられん」

            <感謝合掌 平成29年4月17日 頓首再拝>

全てが成功に変わる日 - 伝統

2017/04/18 (Tue) 04:33:49


             *「光明道中記」(4月18日)より

【自己の内に埋蔵されたる無限無尽の供給を知らないものは
 自己に対して罪を犯すものであります。(『百事如意』)】

若し躓きと見える様な事が起っても躓きと云うものは
神の造り給いし世界には無いと信ぜよ。
「躓き」とは本当は「入口」なのである。
どこの家にも入口の門は閉まっているが如く見えるであろう。

吾々は「入口」の前に往って行詰る。
否、行詰ったと錯覚するのである。
併しその時には既に奥座敷に近いのである。

吾々は野原を彷徨(さまよ)っているときには少しも行詰らないと感じる。
而も既に成功の玄関に来たときに、その前に直面した「扉」に対して、
「ハテ、行詰った」と錯覚する。

併し、吾々の前に鎖されている「扉」は決して、
吾々を閉め出すために鎖されているのではないのである。
それは吾々が当り前に開くのを待っている。

その「扉」を開くには秘密の秘伝も何もない。
ただ当り前に「眼の前にある扉を開く」と云う仕事、言い換えれば、
眼の前に「今」与えられていることを百パーセントの忠実さで実行する
と云うことによって、成功の「扉」は開かれるのである。

「今」をおろそかにする者は「扉」を開かないものである。

生命がそれ自身の本然なる自他共栄の相互活動を行なうとき、
健康になるのは当然である。

            <感謝合掌 平成29年4月18日 頓首再拝>

善き念を蓄積する - 伝統

2017/04/21 (Fri) 04:10:08


           *「光明道中記」(4月21日)より

【兎も角十人の隣人に喜ばれる人は十人の顧客を有(も)つ者です。
 神に喜ばれる人は神を顧客に有つ者です。(『百事如意』)】

勤労も好(よ)い、奉仕(サービス)も好い。
併しながらそればかりが成功の全貌ではないのである。

世の中には石川啄木の歌の通り、
働けど働けど生活が楽にならない人たちも沢山ある。

勤労は耕作であり、掘鑿であるけれども、
いくら耕しても不毛の地では好い作物は出来ないし、
いくら掘鑿しても、鉱物の埋蔵されていないところから鉱石が採取される筈がない。

だから成功とは、見えない世界に埋蔵されている「或る物」だと
言わなければならないのである。

見えない世界に埋蔵されている「或る物」こそ耕作して花開き実を結ぶ種子であり、
埋蔵されている鉱石である。

これは宗教上の語(ことば)で言えば「福田」であり、
心理学上の語で言えば識域下に印象されている観念である。

それは一言で云えば、
吾々の先祖と、吾々自身が潜在意識の世界に蓄積して来た業である。

それは意業、口業、身業と云うように3つに分つことも出来るが、
すべての業は念の動かない所に動かないのであるから、
全(すべて)は「蓄積された念」だと云う事が出来る。

「念」が不幸になるように蓄積されている人は、
どんなに耕作しても、どんなに掘鑿しても、そこは不毛の地だと云うことになる。


            <感謝合掌 平成29年4月21日 頓首再拝>

成功者の、”行動”するためのルール - 伝統

2017/05/07 (Sun) 03:21:15


         *「大富豪の仕事術」マイケル・スターン(著)より

成功するために必要なのは、すぐに始めること。

ただし他の人々によって十分効果があると証明された戦略を使わなければならない。


”行動”するためのルール~「25-25-50ルール」

これは、あなたの時間を、「学習する」「観察する」「行動する」
の3つに区切って、それぞれに、25%、25%、50%と
時間を分配するというものです。


つまり、

・学習する時間は25%まで

・観察する時間は25%まで

・学習し、観察したことを 実際にやってみることに、50%

時間をかけるということです。


もしあなたが、
新しいビジネスを始めたいのなら、

25%の時間を、起業や顧客獲得のノウハウを学ぶことに費やし、

25%の時間を、他のうまくいっている人の手法を観察することに使い

50%の時間は、実際に事業を起こして、
新規顧客獲得のために商品を売ることに費やさなければいけません。


もしあなたが、
チラシを作って集客したいのなら、

25%の時間を、チラシの作り方を学ぶことに費やし、

25%の時間を、他のうまくいっているチラシを集めて、観察することに使い

50%の時間は、実際にチラシを作って配布しなければいけません。


<参考:「大富豪の仕事術」まとめに関するWeb>

(1)http://miyanotakashi.hatenablog.com/entry/2015/01/17/134727

(2)http://www.nusacm.org/your-master-plan-for-an-abundant-life

           <感謝合掌 平成29年5月7日 頓首再拝>

ビル・ゲイツ成功の秘訣 - 伝統

2017/05/19 (Fri) 04:35:10


           *Web:事例, 成功する社長の思考法(2016.12.14)より

1980年、IBMはある問題を抱えていました。
IBMは市場でパーソナルコンピューターというコンセプトを展開し始めていたのですが、
コンピューターを動かす肝心のOSがありませんでした。

そこで、当時BASICプログラミング言語を使ったアプリケーションを売り出して
その名が知られ始めていたあの会社、そうです、あのマイクロソフトに
アプローチすることにしました。

IBMは、マイクロソフトの創業者の一人、当時はまだ若かったビル・ゲイツに、
協力してもらえるかどうか尋ねました。

IBMが作成したハードウェアで作動するようなコードはなかったため、
また、コードをゼロから書く気も全くなかったため、
ゲイツはIBMの担当者に、デジタルリサーチ社と
そのオーナーのゲイリー・キルドールを紹介しました。

完璧にマッチしたわけではありませんでしたが、
キルドールの会社が作っていたOSは、IBMが必要としていたものに相当近いものでした。


話が面白くなるのはここからです。
ゲイリー・キルドールはIBMとの会議に参加できませんでした。

自家用飛行機で遊び歩いて、というか「遊び飛んで」いたと言う噂ですが、
キルドール自身は「あの時は、あるクライアントと会ってソフトウェアを届けていたんだ」
と言い張っています。

まあ、いずれにしても、彼は自分の代わりに妻のドロシー・マキュエンを
IBMの代表者との会議に向かわせました。
ドロシーは、IBMが締結したがっていた機密保持契約には不満でした。
そして結局、IBMとの契約は結ばれることなく決裂しました。

この苦境において、IBMは再びマイクロソフトに協力を仰ぎました。

別の可能性を試してみようと思ったゲイツは、
パートナーのポール・アレンとケイ・ニシと共に、
あるプログラマーに連絡を取りました。

というのは、彼らはこのプログラマーが「間に合わせのOS」として
Q-DOSを書き上げていたことを知っていたからです。

このOSなら、キルドールとDRIのコードが完全に対応するまでの間、
IBMが提供するアーキテクチャ上で作動すると思われました。

ゲイツたちはQ-DOSのライセンスを取得すると、
あっという間にそれをIBM製PC用に改良して、PC-DOSと言う別名をつけました。
そして、このPC-DOSをIBMに提示したのです。

ここで、ビジネスの歴史上最も偉大な戦略の1つと考えられていることに、
ゲイツはIBMにこのOSを売るのではなく、ライセンス化してその権利を保有することにし、
「MS-DOS」としてそのバージョンを変えながら、
以後延々とコンピューター製造販売企業に売り続けているというわけです。

後は、皆さんもご存知の通りです。


《スピードは力なり》

「お金はスピードがあるところに集まる」という格言があります。

当時もしもビル・ゲイツと彼のチームが、素早く行動せずに、
IBMがもたらしたチャンスについて時間をかけて検討したり、
もっとひどいことには、一から作り上げようと決めていたら、
マイクロソフトは今頃、PC業界において過去の遺物になっていたことでしょう。

実際には、最初のチャンスで行動を起こし、必要に応じて計画を微調整していくことで、
現在、マイクロソフトはソフトウェア界の巨人になったのです。

これは賭けだったのでしょうか?
確かにそうです。

マイクロソフトの成功は約束されていたでしょうか?
おそらく違います。

ですが、決断して行動を起こすのではなく、
物事を検討しながら手をこまねいているだけでは、絶対に何も得られません。

また、スピードをもって迅速に行動を起こしたとしても、
「全部自分でやる」という姿勢では、それと同じ勢いで失速するだけです。

さて、あなたはどうでしょうか?

ぜひ考えてみてください。

http://www.theresponse.jp/blog/president/68854/?mag=rich_161214

           <感謝合掌 平成29年5月19日 頓首再拝>

【ジョブズの黒いタートルネック】 - 伝統

2017/05/30 (Tue) 04:30:40


       *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年04月08日)」より

   (ひすいこたろう氏の心に響く言葉より…)

   あなたはなんのために働いているのでしょうか?

   お金のためでしょうか、生活のためでしょうか。

   アップル(apple)の創業者、スティーブ・ジョブズ。
   彼は、お金のために仕事をしていたのではありません。

   だから、一度離れていたアップルに復帰を果たしたとき、
   彼が会社に要求した年俸は、1ドルでした。

   年間、約100円の給料です。
   毎月1円玉8枚、約8円のお給料です(笑)。


   では、ジョブズはなんのために働いていたのか?

   それは、「世界に衝撃を与えるため」です。

   最初の「マッキントッシュ」というパソコンが完成したとき、
   ジョブズはペンを取り出し、チームメンバーにサインを書くよう求めました。

   46名のそのサインは、すべてのマッキントッシュの内側に彫り込まれました。

   ジョブズの思いはこうです。

   「アーティストは作品に署名を入れるんだ」


   「中を見る者などいないから意味がない」と、
   ジョブズに反論したエンジニアもいましたが、ジョブズの答えはこうでした。

   「できるかぎり美しくあってほしい。箱の中に入っていても、だ」


   世界に衝撃を与えることが生きる目的だったジョブズは、こうも言っています。

   「私はアップルの経営をうまくやるために仕事をしているわけではない。
   最高のコンピューターをつくるために仕事をしているのだ」

   最高のコンピューターをつくることこそ、ジョブズの人生の「最優先事項」でした。

   そのために、ジョブズは、毎日、黒いタートルネックを着ていたんです。


   毎日、黒いタートルネックに、リーバイスのジーンズ、ニューバランスのスニーカー。
   もう、毎日その格好です。

   なぜなら、彼の生きる目的は、「世界に衝撃を与えること」だから。

   そのために、ジョブズは、人生から、「服装を考える時間」を削除したのです。

   そんな時間があるなら、世界に衝撃を与えることに回す、というわけです。


   ジョブズには、決めなければならない大切なことが山ほどありました。

   その時間を生み出すために、
   自分にとってそれほど重要ではないものを省いていったのです。

   自分にとって、何が一番大切なのかが見えていれば、
   何がなくてもいいのかはすぐにわかります。

   ジョブズは言います。

   「何をやっているか、ということだけでなく、
   何をやらないか、ということにも、僕は誇りを持っている」

   「何をしないかを決めるのは、何をするのか決めるのと同じくらい大事だ」と。

     <『なぜジョブズは、黒いタートルネックしか着なかったのか?』
                              FACTORY A-WORKS>

                ・・・

ひすいこたろう氏はこう語ります(本書より)。

「ルールとは美学。
何が自分にとっての真の幸せで、何を一番大切にしたいのかが
明確になったときに生まれる自分だけの美学。

一番大事なものを一番大事にするためのルールなんです。
一番大事なものを一番大事にする。

それを「幸せ」と言います。

一番大事にしたいものを一番大事にできたら、
人生から『後悔』という文字は消え去ります。

人は1日に6万回もアレコレぼんやりと考え事をしているそう。

しかもその9割は昨日と同じことだそうです。

凡人と天才の違いは、実はここにあるのです。

天才は、自分がどう生きたいのか、
何を最優先事項(トップ・プライオリティ)として生きたいのかが
明確に決まっているのです。

だから、いつも、そこに意識の焦点を合わせることができる」


『戦略とは何をやらないかを決めることである』

ハーバード大学のマイケル・ポーター教授の言葉だ。


「雨垂(あまだ)れ石を穿(うが)つ」という言葉がある。

軒先からポツポツとしたたる雨粒でも、同じところに落ちれば、
長い間には、石に穴をあけることができる、ということ。

まさに、コツコツと、一点集中だ。


何か一つ、事を成そうとするとき、
「何をやらないのか」「何を捨てるのか」はとても大事なこと。

何かを成し遂げるため…

自分なりの美学を持ちたい。

           <感謝合掌 平成29年5月30日 頓首再拝>

確かな成功への道筋 - 伝統

2017/06/16 (Fri) 08:13:30

        *Web:「ビジネス 成功、成功哲学・思考法」(2017.5.7)より

あなたが販売するものが何であろうと、価格や見込み購買者、利用したメディアに関係なく、
今も昔も変わらず購買意欲に最も訴えかける言葉で売りましょう。

製品やサービス、あるいは信頼性をひたすらアピールしたくなる衝動を抑え、
本当に人々が買いたいと思わせる言葉を理解したうえで販売するのです。

見込み客やクライアントが教養にあふれ、分析的であると思い込まないようにしましょう。
また、事実に基づき、論理的で「知識人」にも受け入られるような専門的アプローチが
必要だと気負わないことです。めったにそのような見込み客や顧客は存在しません。

自分のビジネスは他とは一味違うと主張したくなる気持ちを捨てましょう。
実際そんなことはありません。誰もが横並び状態です。

発言したことや、書いた言葉の1つ1つを吟味し、
人々が本当に求めているもの、購入したくなるものを人々の心に響く言葉で、
確実に語りかけるのです。

ビジネススーツ、高級車、銃弾、赤毛の犬、プライベート・バンキング、
マカオへの投資、10ドル(1000円)の子供のおもちゃ、1000万ドル(10億円)の
ソフトウェア・システムなど、商品が何であれ人々がどうしたら買いたくなるかを
把握せずに広告を打ってはいけません。


最も力を入れて、慎重かつ積極的に継続して取り組むべきことは、
人々にお金を遣わせる魔法の言葉のスキルを磨くことです。
誰しも苦手なものはあるでしょうが、このスキルだけは苦手にならないようにしましょう。

どんなことでも1つ世界レベルになれるなら、
あなたはこのスキルのエキスパートになるべきです。

私は哲学者のラルフ・ワルド・エマーソンと遠い親戚だと言われています。

彼は

「より上手にネズミ捕りを作ることができれば、
世間はあなたの戸口まで通り道を作るだろう」

という、今や絶望的に時代遅れの格言で一般的に名が知られています。

さて、これから私が考えた新しい格言を披露します。
これは決して時代遅れでなく、また絶対に時代遅れになりません。

「人々を本当にその気にさせる適切な言葉を組み合わせ、
その言葉を有効な手段で届ければ、世間は会社の金庫や自分の貯金箱を、
自らあなたに差し出すだろう。」

(中略)

あちこち目移りせず、同じテーマを何度も繰り返し深く追求することを
面倒がらないことが何より大切です。

セイレーンの美しい歌声のような甘い誘惑に負け、
安易な道に流されないよう気を付けましょう。

あなたが、いつ、どこで、どんな環境、経済状況にあり、
どのような顧客と向き合っていても、確実に成功を生み出す
このスキルを追求することが、確かな成功への道筋なのです。

ーダン・ケネディ

http://www.theresponse.jp/blog/marketing/70333/?ts=mag_dann_170507

           <感謝合掌 平成29年6月16日 頓首再拝>

成功している起業家は、「スピード」を重視 - 伝統

2017/07/04 (Tue) 03:58:32


        *Web;ダイレクト出版(2017年06月16日)より


とある会社で、ある社員がCEOに話しています。

社員が言いました。
「そのサービスのリリースには3か月かかります。」と

すると、そのCEOは、どう返答したと思いますか?

何と、「一晩でやれ」と言ったそうです。


これは、Apple社における、スティーブ・ジョブズと、とある社員の会話です。

スティーブ・ジョブズは
商品を開発する際、何よりも「スピード」を重視していました。

そして、他にも、スピードを重視している経営者はたくさんいます。

Googleの創業者、ラリー・ペイジや
FacebookのCEOのマーク・ザッカーバーグ
もスピードを重視していました。

多くの起業家は、「スピード」を重視しています。


それはなぜだと思いますか?
少し、考えてみて下さい。





その理由は、、、

売れるかどうかのテストをするためです。

なぜ、テストが必要なのかというと、
どんなに時間をかけて企画しても、どんなに商品を改善しても
その商品が売れるという保証がないからです。

売れないということは、
その企画や商品開発にかけた
お金はすべて無駄になってしまいます。

なので、成功している起業家は、「スピード」を重視し、
とにかく早く商品を作り、それを売るのです。

ですが、普通の人や普通の会社では、
仕事に「スピード」を持たせるのに大きな障害があります。

そして、その障害は、皮肉なことに真面目で働き者な人に顕著に現れます。

その障害とは、「完璧主義」です。


「大富豪の起業術」の著者であり、起業家でもある、
マイケル・マスターソンは

「スピード」と「完璧主義」について
このように言っています。


===================

成功する人は皆、

「良いけれども完璧ではない商品の前に進む心掛け」

を持っていると思う。

間違えても構わない。

もっと言えば、滑稽や愚かに見られても構わないという
気持ちがなければ行動できないのだ。

あなたは、
商品を完璧にするよりもまずは、
商品を完成させ、それを世に売るべきなのです。

============================


あなたのアイデアを商品にして、それを売り出すときに、
あなたは、その商品が完璧でないといけないと思っていませんか?

ですが、成功している経営者は商品の完璧さよりも
その商品をどれだけ早く世の中に出すかを考えていたのです。

           <感謝合掌 平成29年7月4日 頓首再拝>

名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.