伝統板・第二

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青年を祝福する② - 伝統

2016/03/27 (Sun) 03:53:11

 *伝統板・第二「青年を祝福する①」からの継続です。
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6455741


釈尊のお弟子、谷口雅春先生のお弟子

          *昭和40年5月 生長の家青年会全国大会 に於ける御講話
           (『理想世界』 昭和40年7・8月号)『實相と現象』 より
 
《神の構図を実現する選士としての諸君の使命》

現実の日本国は、日本国家の本体たる理念というものが天照大御神の御心の中に描かれて、
その理念そのものが、天降って形となって現れたのである。 

それがこの蓮華の中の如き中心帰一の形であります。 
天の八方、地の八方、合計十六方向に中心から展開している。 
一切のものは中心から生れたものであることが、蓮の花の形に象徴されているのです。

花片という部分品が相談して集まって蓮の花が出来たのではなくて、
中心から花片が展開したのである。 

部分である花びらが中心に寄り集まったのではなくて、
中心から花びらが延び開いてきているのであります。

このように中心帰一の世界が、神様のお造りになった神の構図の世界なのであります。 
その美しき神の構図の金波羅華の実相世界をこの地上に持ち来たす使命を受けて堂々と雄々しくも今、
皆さんは、この青年大会に於いて、使命遂行に邁進しようと起ち上がられたのであります。 

諸君こそ真に救世主である。

釈尊の時代には、この金波羅華の実相世界を悟った弟子は迦葉尊者ひとりでありましたが、
今ここには、天皇中心の金波羅華の理想世界を、いみじくも悟ってその実現のために
不惜身命の活動をなすべく起ち上がって下さった同志が7千人もあるのであります。

イエスの弟子は12人であり、釈尊の十大弟子は10人であった。 
それでもキリスト教も仏教も現代のように伸びたのであります。

ところが生長の家は今、ここに集まっている数だけでも7千人の若い同志が
神に選ばれ金波羅華の実相世界の真理を悟って、それを現象界に実現するために
起ち上がったのでありますから、

必ずこの理想世界は諸君の手によって実現するに相違ないのであります。

諸君の協力に感謝いたします。

      (http://blogs.yahoo.co.jp/vanon32/19641810.html より転写)


<関連Web>

(1)光明掲示板・第三《青年を祝福する》
       → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=540 

(2)光明掲示板・伝統・第一「《青年を祝福する》」
   → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=27

           <感謝合掌 平成28年3月27日 頓首再拝>

“天皇信仰”に導く熱意を燃やせ! - 伝統

2016/04/05 (Tue) 04:38:44

國家と自分 ― 生長の家を拡めよとは言わぬが“天皇信仰”に導く熱意を燃やせ!

          *『新日本の力』 より
 
八絋一宇とは斯うだよ。 

吾々の人体でも 『一』 と 『多』 とが一つになっている。 
諸々の細胞が4百兆、或は1千兆と言われておる細胞が一つになって、同時に一つであり、
そして中心に帰一している、それと同じことだ。

一即多になったとき、それを生活に生きたときに、
そこに生々として生々としたいのちが動いて来るのだ。 
一即多でないものは皆なバラバラで摧けるものだ。


君等、日本精神の青年達はまだまだ熱意が足らぬぞ。 

僕は皆さんに敢えて生長の家を弘めろとは言わないが、
天皇信仰、日本精神に引っぱり込む熱意はもっと燃えねばならぬ。  

そのためならその手段方法は本当に “いのち”がけで、地下に潜り込んでも、天に舞い上っても、
如何にしてでも、自分の知っている限り、皆な手繰り寄せでそして日本人皆を天皇信仰に導かなくては
ならない  ―  そういう熱意とか行動とかいうものがまだたらないのではないか。

 
尤も東奔西走するばかりが能ではない。 
静かに深く日本、祖国をおもい、じっと魂の底深くそれを練り、魂の底深く忠の理念を醢醸して、
そこに生気を貯えると言うことも時には必要じゃないかと思う。 
そうでなしに唯徒らに乱舞しているだけでは可けない。

そのためには坐禅的、神想観的修行というものが是非必要だ。 
坐禅と言って唯黙って坐って自分だけの悟りを開いたらいいとか、
自分だけ、天皇信仰しておったら好いのだというのであっては可けないのだ。 

自分だけという利己主義が曲者だ。 
自分だけ悟ると言うのは ― 是は自由主義だ。 個人主義だ。 野狐禅だ。 
本当の日本主義でもなければ、本当の悟りにもなっていない。

 
『一』 つの全体が吾々だ。 
一即多の哲学が日本の哲学だ。 
一即多・多則一が日本民族の自覚である。 

それを八絋一宇と言う。 

我々すべての日本人が、否更に進んではすべての世界の人類が一人残らず
日本精神に目覚め天皇信仰に目覚めきたときが八絋一宇の実現だ。 

これが実現するまでは、寝ても覚めてもじっとしておられないと言う位に、
それが自分の胸悩める位にならなくちゃ可かぬぞ。


皆さんの話の中に 『国家に‘対する’忠』 と、
国家に対していのちを捧げると言うような言葉が出ているが、
是は無論間違でも何でもない。 

けれども尚一層切実に言うならば、『国家に対して』 と言う 『対して』 だけは不要だ。 
『対して』 ということは国家と自分とが離れて相対的になっている。 
尤も現象的に説明する場合には 『国家に対して』 という言葉の表現は間違っているのじゃない。 

ただ自覚の上としては、国家の‘いのち’が自分の‘いのち’だ。 

この自覚が必要だ。

国家の‘いのち’が自分の‘いのち’なんだから、
国家を生かす外に自分の‘いのち’を生かす道がない。 

全体の‘いのち’と自分の‘いのち’とはバラバラじゃない、ひとつなんだ。 
一円相だ。 
一円相で国家を生かし、皇国を生かす他に、何物も自分を生かす道はないのだ。 

‘祖国’を‘生きる’ことが自分が生きることなんだ
  ―  それが分かったならばじっとしておられない筈だ。 

自分が生きるか死ぬかの問題は、同時に国家が生きるか死ぬかの問題だ。 

それが二つに分れていると思うのが、それが現象に捉われ、肉体に捉われ、物質に捉われ、
物質の塊り5尺の塊りが人間だと思っておるからだ。 

肉体無しの自覚に徹せよと言うのはそこだ。


『肉体なし』 と本当に分ってしまった時に、
自分の‘いのち’と言うものは、此のまま国家とピタリと一つのものなんだ。 

国家が私なんだ。 
私が国家なんだ。 
私が起たなければ誰が起つのだ。 

その自覚がみんな一人一人に出来るのだ。

『私が起たなければ誰が起つ? 』 
この自覚を日本人ひとりひとりが皆有った時に、本当に日本の国は強くなる。 

みんなが国家そのものを全責任を背負って、古来からの聖者は、
世の中は悩むものがひとりでもあるかぎりは私の責任だ  ―  と斯う言った、

それと同じように 
『日本の国にひとりでも 天皇信仰と言うことに徹底しない者があるのは、私の罪なんだ』 

斯うひとりひとりが皆自覚が出来るようになった時に、本当に日本中が、天皇信仰になれるのだ。 
そうしてその信仰が、百万、一千万、一億の力となるのだ。


国家が自分だ。 
そのほかに 『自分』 と言うものが何処にある。 
国家の為に勤労を捧げると言うことが、それが自分が生きると言うことなんだ。 

国家が自分と対立しているように思い、国家に捧げると思う。 
捧げるのは捧げないより優しだが、それではまだ国家と自分の分裂がある。 
捧げただけ自分が減って来るように思う。 

是が物質を観、物質的イデオロギーで人間を観て、
そしてそのプラス、マイナスを考えているからそう言う風になるのだ。 

我々は物質を観ないで、肉体を観ないで、そして本当の‘いのち’そのものを目のあたりに観る。 
そうすると国家の‘いのち’が自分の‘いのち’であると判るのだ。


我々は日本の歴史を背負って、茲に天之御中主神以来、久遠のいのちを背負って
その歴史的現実の一点に立って、今『自分』を切実に生きるのは、唯国家を生きることしか
仕方がないのだと言うことが本当に分らなければならない。 

分らない青年がひとりでもあるということは非常に情けない。 

これは我々自身の熱意の足らぬ罪だ。’
 
 (http://blog.goo.ne.jp/vannon32/e/04d582760e6d3e3a4cf19b7f7d17f142?fm=entry_awc より転写)

           <感謝合掌 平成28年4月5日 頓首再拝>

【みんなと違うことをおそれない】 - 伝統

2016/04/15 (Fri) 03:18:58


        *メルマガ「人の心に火を灯す」(2016年03月22日)より

   (ジェリー・ミンチントン氏の心に響く言葉より…)

   わたしたちはみな、「みんなと同じようにしなさい」と言われながら育ってきました。
   まわりに合わせて、外れてしまわないようにと。
   なぜなら、そのほうが「安心」だから。

   多くの人は、自分と似た人といっしょにいると居心地がいいものです。
   
   ですから、周囲とあまりにも違っている人は、批判や攻撃にさらされやすい。

   親は、そのことをよく知っていますから、わが子の「安全」のために、
   みんなと同じようにしていなさいと子どもに言うのです。

   そして、自分たちも安心します。

   教師にとってはなおさらです。

   自分とあまりにも違う子どもは理解できないし、
   もしすべての子どもが一人ひとり違っていたら
   指導はとてもたいへんなものになります。

   つまり、みんなと同じでいることは、大人たちの利便性と安心のためなのです。


   さらに、そうした大人たちの様子を敏感に察した子どもたちは、
   少しでも自分たちと違う子が周囲にいると攻撃します。

   つまり、いじめます。

   自分にはしたくてもできないことをしているから。


   たしかに、人と違っていることによるデメリットはたくさんあります。

   けれども、アメリカの思想家、ラルフ・ウォルド・エマソンの言葉を
   ここで紹介する必要もあるでしょう。

   「人間は周囲の人に合わせることによって
   いかに多くのものを失うかを考えなければならない」

   失うもののひとつは、たとえば、自尊心です。

   自分の行動の決定権を周りに委(ゆだ)ねるような生き方は、
   確実に、人の自尊心を損ないます。

   では、自分らしさを大切にするために、どんなことができるのでしょうか。


   間違えてはいけないのは、わざと人と違うことをするのではない、ということ。

   そうではなくて、ただ、次の4つのことを行います。


   (1)考え方  できるだけ自分の考えに従いましょう。

   (2)決定  自分の経験と知識をもとに決定をくだします。

   (3)行動  周囲の人がするから自分もするというのは賢い態度ではありません。

   (4)ライフスタイル  既成概念にとらわれるのではなく、
                あくまでも自分の判断に従いましょう。


   自分らしさを大切にすることもまた、失うものと手にするものがあります。

   それらを比較して、自分の行動を自分で選んでください。

            <『あなたがなりうる最高のあなたになる方法』ディスカヴァー>

                 ・・・

多くの人は、子どもの頃、あまりにまわりと違っていると
いじめられる可能性があるので、周囲に合わせることをしてきた。

しかし、本当に自律している子どもは、周囲に合わせていたとしても、
何か独自のパフォーマンスやキャラクターを持っていた。


「和して同ぜず」

という論語の中の言葉がある。

人と協調はするが、人として間違ったことや、主体性を失うようなことはしない、ということ。

反対に、「同じて和せず」という、なんでもかんでも調子よく同調する者は、協調性はない。

つまり、自尊心を持っていない人。


謙虚であることは必要だが、卑屈になってはいけない。

自尊心があるからこそ、謙虚でいられるということも言える。


ITやAIが急速に進化する現代、我々人類にますます必要となってくるのが、創造性や想像性。

つまり、人と違ったこと、今までにないことを創造しなければ生き残れないからだ。

車の運転を始めとして、農業、介護、金融など、たいていのことは、
ロボットがやってのける時代がすぐそこまできている。


みんなと違うことをおそれない創造性豊かな人をめざしたい。


           <感謝合掌 平成28年4月15日 頓首再拝>

自己逃避の為の仮面 - 伝統

2016/04/24 (Sun) 03:43:44


        *「生活と人間の再建」(P14~15)より

青年は大言壮語を好むものであるが、
新の神の子の自覚ある者は大言壮語するということはないのである。

真に偉大なる者は、「夜露の如く、夜静かに降って万物をうるおし、明け方には
詩型を没してしまう謙遜さをもっているのである」、
私はいつか云ったことがあるのである。

大言壮語するものはキティ台風の如く猛烈ではあるけれども
それはただ破壊をたくましくするだけである。
真に愛深きものは大言壮語することはないのである。

旋風が巻き起こるのはどこかに真空の所があるからそれを埋めるために巻き起こる
のであると同じく、大言壮語する者も、どこかに自分の心の中に空虚な所があるから、
それを誤魔化そうとして大言壮語するのである。

色々の娯楽物が歓迎されるのは、心理学的にいうならば、
「自己」から逃避したい欲望の現われである。

それは、自分自身の現状に不満足であるから
自然と自分を逃れてどこかに気を転じていなければならなくなっているのである。

多くの人達は「自分」を忘れたいのである。
大言壮語する青年も「自分自身」を忘れたいのである。
「自分自身」を自己の前隠してくらましてしまうのである。

しかしそのような「自己」からの逃避は
永遠に自己をくらましているわけには行かないのである。

大言壮語したあとのさびしさは芝居が果てた後(あと)のさびしさや、
映画がゼ・エンドに近づいた時のさびしさに似ていて、
どんなにしても自分をくらまし終わることは何時までも続かないのである。

青年の過激にわたる集団運動も概ねこの自分をくらましたい欲望に
基づいて行なわれるのである。
集団して、青春の勢いで気勢をあげていなければさびしいのである。

そこには喇叭のように周辺が高らかに鳴り渡るだけであって中はカラッポであって、
本物の喜びは到底味わえないのである。
現代の青年の多くはそのような淋しさに駆りたてられるいるのである。

彼らは脚下照顧するに自分が耐えられないことを暗黙に知っているのである。

然し真に強者である人間は自分自身を脚下照顧することができるであろう。

           <感謝合掌 平成28年4月24日 頓首再拝>

柔和なる者、地を嗣がん - 伝統

2016/05/03 (Tue) 03:20:48


        *「生活と人間の再建」第1章(P3~5)より
           ~『生長する青年』 25年1月号初出
           (http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1864


   まことに汝らに告ぐ、もし汝らひるがへりて幼児の如くならずば、天国に入ることを得じ。
   されば、誰にてもこの幼児の如く己を卑うするものは、これ天国にて大いなるものなり。 
                        〈マタイ伝 第十八章3ー4〉

   幸ひなるかな、柔和なるもの、その人は地を嗣がん。 〈マタイ伝 第五章5〉


柔和なる者、地を嗣がん

現代人に概ね欠けているものは「この幼児の如く己を卑うする」 謙りの心である。 

キリストが、「柔和なる者は地を嗣がん」 といった言葉は、詩篇の第三十七篇にある
ダビテの歌の第十一節、「されど謙るものは国をつぎ、又平安の豊かなるを楽しまん」
という言葉を引用したのであるが、 

「柔和なるもの」及び「謙り」の原文は何れも同じ語(ことば)をつかってあるのである。 
ただ訳者が異るから、一方では「柔和なる者」と訳し、一方では「謙るもの」と表現されて
いるのである。


柔和なるもの、或は謙遜なるものは、光明思想の最初の研究者によって
著しく誤解せられ、見捨てられている傾があるのである。 

何故なら光明思想の根本となるものは、「人間は神の子である」ということであるから、
一歩あやまるときには、夜郎自大、自画自賛、自からがすでに完璧に達せるものと誤認して、
自分の意見を以て唯一の真理と考え、

自己の浅薄(あさはか)なる経験と一層なる観察とを以て結論した所のものを、
直ちに最高の真理であるかの如く過信し、それを以て、幾多の深き体験を通して獲得したる
先人の思想又は行為を批判してみづからを高しと誇り、

同気相求め相寄りて、徒党をくみ、群集の力によって、先人を圧迫して、
もって新時代の青年なりとするが如き傾向が往々にして見られるのである。

しかし、かくの如きは、現代の青年に於いては寧ろ一大弊害であるのである。

真に神の子の自覚を獲得したる所のものは、キリストの所謂る 『地を嗣ぐべき柔和なる精神』
 ―― 真の謙遜をもたなければならないのである。 
真の謙遜こそその人の性格の強さと勇敢さとの表現であるのである。 

逸(はや)りたつ心や、向う見ずの猪突や、自分ばかりが正しいとする増上慢の心には、
少しも真理を少しもすなおに受け入れる広さが存在しないのである。


真に偉大なるものは自からの力に傲慢になるということはないのである。 
徒らに自分の尊大を衒い、それを豪語して人に迫るというが如きことはしないのである。 

彼が神の子であるということを自覚することは、すべての自分の善きものが、
自分自身から出るのではなくして、神からの賜物であるということを自覚することにある
のであるから、自からこれに対して驕るというが如きことはなくなるのである。

彼が如何なる功績をあげたにせよ、彼はそれが自分自身からの力に非ずして、
神から与えられた力を自分の容れものを通して使ったのであるということを知るが故に、
それに対して誇ることなく、たかぶることなく、恩にきせがましい心をおこすことなく、
それに対して報いを求めることもないのである。

ただ彼は神の力が、神の智慧が、神の愛が、自分を通して百パーセント完全に
現われることができなかったことを恥づるのみである。 

だから神の子の自覚とは、謙遜に裏づけられたる自覚でなければならないのである。

           <感謝合掌 平成28年5月3日 頓首再拝>

神の声を聴くには - 伝統

2016/05/10 (Tue) 04:19:52


        *「生活と人間の再建」第1章(P5~9)より

神は「静かなる小さき声」にて吾らに語り給うのである。
その静寂(せいじゃく)なる声は、たかぶる人の心の耳にはきかれないのである。

それを知ることなくして、ただ徒(いたず)らに「吾神の子なり」との命題を知ったからと
て直ちに自分の全身全霊が神の子の波長にあうわけではないのである。

それにも拘(かかわ)らず、「吾神の子なり」と知った以上は、
自分の考えることは悉(ことごと)く神より出でたる正しき思想である等(など)と考え、
深き先人の言葉にきくことを敢(あえ)てせず、

自(みずか)らの低き思想を以(もっ)てすでに足れりとする自己満足の如(ごと)きは、
これから発達途上にある青年達にとってもっとも恐るべき災いなのである。

キリストが「汝(なんじ)らひるがえりて幼児(おさなご)の如くならずば
天国に入(い)るを得じ」と云った如く、幼児(おさなご)のすなおさに復(かえ)って
先人の言葉を素直にとり入れてよく咀嚼(そしゃく)しよく吸収するもののみ
「天国にて大いなるもの」となることを得(う)るのである。

青年の心の固さは寧(むし)ろ美点ではなくして欠点であるのである。
固いものよりも柔かいものが強いのである。

幼児は柔かい精神をもつが故(ゆえ)に速(すみや)かに言語でも覚えるのである。
幼児は霊感にみたされており、その成長は、青年よりも尚一そう速かなのである。

幼児は自己をてらうことなく、自己弁解することなく、
自分の尊大を維持せんがために言葉巧みに詭弁(きべん)を弄(ろう)することもなく、
ただすなおに謙遜に一切のものを受け容れるのである。

彼は単純であり、純粋であり、柔和であり、そのままであり、謙(へりくだ)りであり、
虚飾や自己弁解や名誉慾(よく)などにしばられるということはないのである。

かくの如き幼児の心のみ平和であり、静寂であって、
神の「静かな小さき声」をきくことができるのである。

凡(およ)そ偉大なる人格とは、極(きわ)めて謙遜なる人格であるのである。
謙遜なるもののみが神の偉大なる導きを受けることができるのである。


凡そこの世の中の不幸と葛藤とは謙遜ならざる人々の、
即ちキリストの所謂る「柔和なる者」ならざる精神の摩擦より生ずるのである。

「《おれ》がこれをした」「吾これをなせり」かく信じて
しかしてその報酬に自分を主張せんとする。

かくて権利と権利の主張は互いに衝突し、摩擦して争いを生ずる因となるのである。
世界の平和を来たすにはかくの如き傲慢と尊大と自我拡張の心とを除かねばならないのである。

真に「柔和なる者」決して自ら高き地位や重大なる役目につこうとしないのである。
真に偉大なる人は、自分について又自分自身の働きについて吹聴したり、
恩に着せたりすることはないのである。

凡(あら)ゆる場面に於いて彼は自分よりも他人をば高き位地に推し出そうとする。
そして自らは低きについて、下からそれらの人を却って押し上げてやることに
喜びを感ずるのである。


諸君はスター・デーリーの生活を紹介した『愛は刑よりも強し』をおそらく読んだであろうが、
あの中に出てくるライファーの如き生活が本当の柔和なる生活であるのである。

彼は人を助けても《自分が手柄をした》とは思わないのである。
それは、《神の愛を現すため》にしたのであり、その行為によって《自分自身が救われるがため》
に「させて頂くのである」というような謙遜の心持を常に失わないのである。

彼は病人を治すにしても、自分が病人を治す力があるなどとは認めないのである。
相手が病人であるのは、自分の心の中に尚「病気」があるのであるから、
相手の「完全な姿」を完全にみる力がないから相手が病気に現れているのであると、
自ら謙りて相手の完全な姿を拝ませて頂くのである。

自分はこのライファーの生活態度に著しく心を打たれたのである。
自分はすべての人間がこのようになってくれることを望み、
このようになってくれることによってのみ世界の平和が確立すると思うのである。

自分は『愛は刑よりも強し』の本を校正しながら幾度も、同じ文章を繰り返し読んで、
自分も斯くなりたいと大息しつつ感じたのである。


真に偉大なる人はライファーの云うが如く謙遜であって
何ら自分の功績に対して特殊の権利を主張しようとはしないのである。
彼は謙遜であるが故に、自分が認められないことが何ら不平ではないのである。

彼はほめられようとは思わない。
彼は神に対して常に謙っているのであって、
《神の栄光を現すことが尚足りないことをひたすらに神の前におそれているのである》。

自分の功績を誰かが誉めてくれなくとも、
誰かがあやまって彼を却って悪しざまに批評しようとも、
それは彼にとって何ら彼の心を傷つけることにはならないのである。

彼は尚自己が神の栄光を完全に現し得ないことを恥じる、
そして、実相においては如何なる批評も如何なる誹謗も自己を傷つけるものではない
ということを知っているから動じないのである。

人のまちがった考えは自分の真の値打ちを何ら傷つけることはできないことを知って
却って心は常に平和であるのである。

かくの如き真に偉大なる柔和が現代の青年には欠けているのではないかと思う。
この柔和なる精神なくして世界の平和は到底招来することはできないのである。

           <感謝合掌 平成28年5月10日 頓首再拝>

”群れない生き方” - 伝統

2016/05/18 (Wed) 03:28:10

 
         *<メルマガ「人の心に灯をともす(2016年04月16日)より 

   (川北義則氏の心に響く言葉より…)

   肩書にしがみつく引退者たちもみっともないが、若い人たちが有名企業の肩書を求めて、
   とくに大企業に入ろうとするのも、いまどきはやめておいたほうがいい。

   よく「ソニーに入るより、ソニーをつくったほうがカッコいい」
   といわれているが、まさにそのとおりではないかと思う。


   英国のマールバラ公爵家は、ヨーロッパでも有数の家柄だが、
   初代ジョン・チャーチルは、英国史上屈指の将軍とされている。

   彼はすぐれた軍才を発揮し、一代でいまに続く名門貴族を興した。

   そのマールバラ公が貴族になったのち、
   新参者の彼を「きみは誰の子孫なんだ? 」とからかった者がいた。

   英国は階級社会の国だが、
   300年前の当時はいまよりもその意識がさらに高かった。

   名家の出であることが何よりの肩書であり、成り上がりの彼には、
   とうてい持ち得ないものだったのだ。

   しかし、マールバラ公は毅然(きぜん)と胸を張り、こう言い返したという。

   「私は子孫ではない。祖先になるのだ」

   いわれた貴族は、きっと自分の器の小ささを思い知ったことだろう。


   貴族の話はさておき、とにかく、いつまでも看板や肩書にしがみついているのは、
   滑稽だし、惨(みじ)めでもある。

   とくに定年後は、自分はまったく「素」の一個人であると、
   しっかり自覚しなければならならい。


   米国のノーベル賞作家、アーネスト・ヘミングウェイが絶妙な“訓示”を垂れている。

   「いまは“ないもの”について考えるときではない。
   “いまあるもの”で何ができるかを考えるときである」


   看板、肩書を捨てると、いまの自分の“正味の姿”が見えてくる。

   その自分に何ができるか、これからどうするかを考えよう。

   それが地に足がついた生き方というものだ。

   いつまでも「裸の王様」でいるより、身の丈に合った生き方のほうが、
   ずっと豊かで面白いではないか。

    <『人生で捨ててはいけないもの』大和書房>

              ・・・

「高校の時、友達はみんな将来Googleで働きたいって言ってた。
けど、私はそこで検索される人になりたいと思ってたの」

レディー・ガガの言葉だ。


「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」

という言葉がある。

鶏口となるも、牛後となるなかれ、という言葉を略したもの。

大きな組織(牛の尻)に入って軽く扱われるより、
小さな組織(鶏の口)でもいいからそこで長となり、
重んぜられたほうがよいということ。


これは、何も会社や組織の中のことでだけではない。

「独立不羈(ふき)」という束縛を受けないで、自らの考えに
従って行動する、という群れない生き方に通じる。


群れない生き方は魅力的だ。

           <感謝合掌 平成28年5月18日 頓首再拝>

先ず観点を変えよ - 伝統

2016/05/24 (Tue) 04:00:54


        *「生活と人間の再建」第1章(P12~14)より

基礎が定まらないで、その上に如何に理想を描こうとも、生活を築こうとも、
それは砂上に建てた楼閣にすぎないのである。

この世界を物質であると考え、人間の幸福を物質の多寡によって定めようとし、
物質の面から奪い合いをしようとするならばそこには平和も幸福もあり得ようがないのである。

この世界を物質であると見る限りに於いて、物質は有限であるから、
少数の人が豊かに生活すれば他(た)の人の分け前は減るのである。
自分の豊富は他の人の搾取によってのみ成り立つのである。

唯物論を世界観にもっている限りは、其の人にとって、こういう考え方は真理である。
そこで貧者と富者とは争う外仕方がない。このディレンマからそうして人類は脱却して
豊かにして美しい平和の世界を築いて行くことができるであろうか。


人類は観点をかえなければならないのである。
物質は有限ではないのである。
吾々は新興物理学の新らしき世界観から新しく出発しなければならない。

物質は真空から生み出されつつあるのである。
真空はその知性を以って法則と現われ、法則は一切のものを造り出す。
吾々の中に宿る「知性」は宇宙の「知性」と同じ「知性」である。

吾々が心を平和にして宇宙の「知性」に耳を傾ける時、
吾々は一切のものを生みだすところの「宇宙の知性」の即ち「神」のみ声を
きくことができるのである。

精巧なラジオセットが放送室から放送する立派な楽譜の音楽をそのままにうつし出すように、
吾々の精神が平和にみちて、静かなる寂(じゃく)の声に耳を傾ける時、

宇宙の一切のものを生み出した本源の智慧を交通して欲するものを
地上に生み出して来ることができるのである。


富むことが貧しきものに対する搾取とならずして、
富むことが貧しきものに対する豊富なる貯蔵庫となることができるのである。

自分が豊かに実ることが、人類全体への祝福であるような
美しき冨を築くことができるようになるのである。

これは唯物論ではできないのである。
唯物論を精算してすべてのものは神より来たり、神に交通することによってのみ、
すべてのものが得られるという唯神実相論の世界観に立たなければならないのである

即ちキリストが云ったように

「まず神の国と神の義を求めよ、その余のものは汝らに加えらるべし」

であって、まず「神の国」即ち唯神の所造である実相世界の存在を認め、
そこから一切のものを得(う)ることにするならば、そこに争いなく戦いなき
本当に平和なる世界を導き出して来ることができるのである。

           <感謝合掌 平成28年5月24日 頓首再拝>

「回復力(立ち直る力)」 - 伝統

2016/06/02 (Thu) 03:31:08


          *カリフォルニア大学バークレー校の2016年度卒業式講演 より
           ~Facebook COOのシェリル・サンドバーグ氏

《人々が挫折からどう立ち直るための3つのP》

(1)Personalization(個人化:個人的な問題とみる)

  ①自分の失敗を認めるということです。

  ②研究結果によると、過去のことを自分のものとすることにより、
   その人自身が強くなるそうです。

  ③失敗を受け入れることは私たちを回復させるだけではなく、成長させてくれるのです。


(2)Pervasiveness(遍在性:周囲には常にあらゆるものがあると知る)

  ①1つの出来事が人生のすべてに影響を与えることを信じるということです。

  ②自分の人生にはひどいことばかりではないと気づくことなのです。


(3)Permanence(永続性:不変のものだけではないと知る)

  ①私たちはよく永続的に現在の気持ちを投影するものです。
   そしてそのような感情の二次的な気持ちを経験するのです。

   不安に感じるとき、自分が不安であるということに不安を感じるのです。
   悲しいとき、自分が悲しいということに悲しくなるのです。

  ②その代わりに、自分の感情を受け入れるべきなのです。
   しかしこれが永久には続かないということを認めるべきです。



   3つの「P」は私たちの人生で起こり得る多くの場面での共通の反応です。
   私たちのキャリア、私生活、人間関係のなかにおいてです。


《さらに悪いことを考えてみる》

(1)私たちの脳には心理的免疫力がある

   ちょうど体に免疫があるように、私たちの脳には心理的免疫力があり、
   これらのステップはギアを入れて頑張る助けになるのです。

(2)ものごとがさらに悪化したとした場合と比較すると、感謝の気持ちがわく

  ①その感謝の気持ちが、悲しみの気持ちを和らげる助けになってくれました。

  ②感謝の気持ちを見つけることは回復するカギとなるのです。

  ③時間をとって感謝できることをリストに挙げられる人は、より幸福で健康です。
   結果的に、祝福を数えられる人は自分の祝福を増やすことができるのです。


《寝る前にうれしかったことを書き出す》

(1)今年の私の新年の目標は、毎晩寝る前に3つのうれしかった時を書き出すということです。

  ①このシンプルな習慣は私の人生を変えてくれました。

  ②なぜなら、その日1日がどんな日であろうとも、
   なにかうれしいことを考えながら眠りにつくことができているからです。

(2)私が言いたいのは、1日1日がどれくらい尊いものであるかを理解しながら
   生きるということです。


《夫を失って深い感謝を知った》

(1)本当に皮肉なことですが、夫を失うことが、深い感謝をする助けとなったのです。
   友人たちの優しさに対して、家族の愛に対して、子供たちの笑い声に対しての感謝です。

(2)私がみなさんへ望むことは、みなさんも感謝の心を見つけられるようにということです。

  ①今日のようないい日だけでなく、大変な日にこそ、それは本当に必要になるのです。

  ②みなさんのこれからの人生にはさまざまなことが起こるでしょう。
   このすべてを楽しんでください。

  ③私はみなさんが喜びと意義を持って自分の人生、貴重な日々を歩むことを願います。
   痛みを感ずることなく歩んでくれたらと願います。
   それにより1歩1歩に感謝できるのです。


《鍛えなければならないのは“回復力”》

(1)みなさんの中には成長する能力があることを信じてください。

  ①挑戦に直面するとき、みなさんの奥深くには
   学んで成長する能力があるということを覚えていてください。

  ②あなたは生まれつき回復力を持っているわけではありません。
   筋肉と同じように、それは訓練することができるのです。
   必要な時にそれを使うのです。

  ③その過程で自分がいったい誰なのか、理解することができます。
   それにより最善の自分になれるかもしれないのです。

(2)回復力を鍛えてください。

  ①自分のなかに回復力を確立してください。
   そうするならば、悲劇や失望に直面したとき、何事も乗り越えることができるでしょう。

  ②私が約束しましょう。
   よく言う言葉にあるように、私たちは自分が思うより弱く感じるかもしれませんが、
   自分が思うより強くもあるのです。

(3)回復組織を築いてください。

(4)回復力のコミュニティを構築しましょう。

  ①自分の人間らしさ、生きようと思うこと、そして愛する能力は人と人とをつなげます。
   家族や友人の助けとなりましょう。

  ②私が言っているのは、個人的関心を払うということです。
   メールにハートの絵文字を付けるだけではありません。
   互いに支えあい、オプションBを蹴散らせるように互いに助け合いましょう。

   そして1つ1つの喜びを祝うのです。

    (http://logmi.jp/144715

           <感謝合掌 平成28年6月2日 頓首再拝>

真に偉大なる者 - 伝統

2016/06/11 (Sat) 04:36:38


        *「生活と人間の再建」(P16~19)より  

然し真に強者である青年は自分自身を脚下照顧することができるであろう。 
附和雷同して威丈高に雷霆のようにはためきわたっていた自分が本物でない
ということを知る時が来るのである。 

何故そんなに騒々しくしていたのか、その原因を探りあてる。 
そして何故自分がさびしかったのかというその原因を知るのである。 

それは 《自分の愛がたりなかったからである。》
愛が自分の生活に生きていなかったというのを知るのである。 
愛しないものは常にさびしいのである。 

青年がさびしいのは、愛を求めているからである。 
然し愛は求めては得られないのである。 
愛は与えなければならないものなのである。 

これに彼らは気がつかなかったのである。

ある人は今まで淋しかったが、毎日必ず五つのことを何か 
《人のために》なるように実行するということを試みるようにしてから、
人生にさみしさがなくなったといっているのである。

人のためになることが愛でなのである。 
求めることが愛なのではない。 
《愛することが愛なのである。》

愛は暴風の吹きまくるように大きな仕事をしなければならないということはないのである。 
目立つ仕事をしなければならないということではないのである。 

大きな仕事や、目立つ仕事は、それを行う時に自分が偉大であるというような
傲慢な考えが伴い勝ちであり、「これだけ私がするのに」 というような恩にきせがましい
報いを求める心がおこったり、名前や人の “きこえ” を求める野心がともないがちである
けれども、夜露のような静かなる愛の奉仕は、そのような不純な野心を伴わないのである。

だから人の前に出て大いなる 《きこえ》のあるものは
却って神の前に出て小さいことがあるのである。 
神の前には暴風よりも夜静かにおりて消えてしまう露の方が大いなる愛であるのである。


ある人は毎日必ず五人以上の隣人を祝福してあげることにしたと云う。その祝福は心の中で 
「神よ彼に本当の幸福を与え給え。 彼は神の愛に守られて本当に幸福になります」
と静かに合掌するような気持で一二分間祈ってやるだけのことであるが、
それは誰も知らない所の本当にかくれたる愛の奉仕であるのである。

けれどもこのような祝福が目に見えないだけに却って尊いのである。 
もし全世界の人間が、このような気持で隣人を、そしてどこの国の国民をも
祝福してやる気持になれば全世界に戦争というようなものは再び起らないのである。 

こういう小さい行いの中に本当の報いを求めぬ与えるばかりの愛があるのである。 
そしてそれは神の前に大いなるものとせられるのである。


病人の家をたずねて、だまって一冊の光明思想のパンフレットを与えて帰る。 
彼が必ず神の愛に守られて健康になるということを念じて帰る。 
そのやさしい行い、愛にみちた微笑、相手の心配を軟げる真理の言葉。 

それは相手のほか誰も知らない。 
それは誰からも名誉を表彰されない。 

けれどもこういう行いの中にこそ本当に 「神の子」 なる自分の人格が完成され、
はっきりと実現するのである。


諸君は外的な成功や名誉に目をくらませられてはならない。 
何よりも自己の中に宿る 「人格」 の完成こそもっとも重大なる価値あるものと
知らなければならないのである。 


諸君は自己の「内部理想」を人格に出す時始めて価値ある人となるのである。 
このことは私が 『青年の書』 の第一章に力を篭めて書いたことがあるが、
今も更に繰り返さずにはいられないのである。 

自己の内部理想を失うものは、如何に太鼓や喇叭を以てその栄誉を喧伝せられようとも、
それは自分の本質にとって何ら意義もないことなのである。


愛は小さきことの実践から始まるのである。 

諸君は自分にとって必要なるものを神に対して求めたことがあるであろうが、
然し自分にとって何の利益にもならない、ただ他の人のためにのみなる幸福を
祈ったことがあるであろうか。 

若しそれがないとしたら今すぐからそれを実行することをお勧めする。 
本当の魂の喜びはそういう所から湧いて来るのである。


魂が真にその奥底から喜べるようになった時、
自分自身が決して報いをもとめるものではないが、
そこに必ず目に見えて物質的にも報いが現われて来るのである。 


諸君の仕事が今まで都合がよく行かなかったことを悲しむな。 
諸君の作物が今まで大いに収穫がなかったことを憂えるな。 

法則が神である。 

諸君がすべての周囲の人々を祝福し始めた時、
諸君自身は神から祝福され得る人となるのである。

神は 「静かなひくい声」 で諸君にささやき給う。 
そして諸君を導き給うのである。 

諸君の生活がしんに神の生活となり、愛を実現する生活となる時、
神の祝福と愛とが諸君の仕事に現われて来るのである。

まず小さき愛行を実践せよ、そこから諸君の周囲に天国が実現して来るのである。

           <感謝合掌 平成28年6月11日 頓首再拝>

あなたに伝えたい2つの言葉 - 伝統

2016/06/22 (Wed) 03:38:34


          *『致知』2016年4月号(「二十代をどう生きるか」)
           ~ 佐々木 隆(ジェイティービー相談役)

いま私が若い人たちに伝えたいのは、次の2つの言葉です。

(1)「腑に落ちた知識は、絶対に自分を裏切らない」

   ということである。

   20代というのは、会社や組織の中で様々な雑用や下積みをやらされるものだ。

   その時、自分にとって何が本当に必要なのか分からなくて迷ったり、
   自分の将来に関係あるのだろうかと疑問を感じて中途半端になる人が非常に多い。
   私自身がかつてそうだった。

   また、若い時は研修やセミナーを受講する機会も多いだろう。

   その場では納得して帰ってくるのだが、覚えているのはせいぜい1週間程度で、
   自分の仕事に生かせていることとなると極めて少ない。

   それは結局、知識が腑に落ちていないからなのである。


   では、いかにすればよいのか。

   ごく些細なことでいいから、
   一つのことを徹底的に何か月も考えを巡らせる訓練が必要なのだと思う。

   ある程度の確信を持ったら、今度はその知識を自分の言葉で人に話す。
   相手の考えも聞き、さらに深める。

   そのサイクルを積み重ねていく先に、間違いなく自分を裏切らない、
   自分を救ってくれる腑に落ちた知識の獲得がある。


(2)もう一つ、大事な事として、「現在に生きろ」ということだ。

   まだ来ない明日のことを考えて不安になったり、
   過ぎ去った昨日のことを考えて後悔するのではなく、
   きょう一日に集中する。

   きょう一日に集中し切った人、
   つまり、いま目の前にある仕事、環境、知識を最大限生かした人が
   必ず成功者になるのだ。

   ゆえに、いま学んでいることやいま携わっている仕事が
   未来の自分にとって役に立つか否かを考えるのは、全く意味がない。

   いや、むしろマイナスに働くと思う。

           <感謝合掌 平成28年6月22日 頓首再拝>

【ビル・ゲイツとジョブズ】 - 伝統

2016/07/01 (Fri) 03:57:31


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2016年06月28日)より

   (竹内一正氏の心に響く言葉より…)

   ビル・ゲイツはすごいプログラマーだったのか?

   そうではない。

   なるほどプログラムをすることは好きだった。

   しかしある時、新しくゲイツと仕事を始めた若者が、すでに完成していたプログラムを見て、
   「誰だ? こんなひどいプログラムを書いた奴は」とバカにしてしまった。

   もちろんそのプログラムを書いたのはゲイツだった。

   ゲイツより優れたプログラマーはたくさんいたのだ。


   ではジョブズは素晴らしいエンジニアだったのか?

   そうではない。

   アタリ社で一応テクニシャンとして仕事をしていたが、優秀とは言いがたいレベルだった。

   アタリ社創業者ノーラン・ブッシュネルから「ブレイクアウト」という
   ブロック崩しゲームの回路設計を請け負った時も、
   実際に設計したのはジョブズではなく、友人だった。

   友人に頼んでやってもらい、
   あたかも自分で設計したようにブッシュネルに報告し、驚かせた。

   むろん、その友人とは、エレクトロニクスの魔術師ウォズニアックだった。


   ビル・ゲイツは天下一のプログラマーではなく、
   ジョブズも天才エンジニアではなかったのだ。

   だが、たとえば指揮者のカラヤンも小澤征爾(おざわせいじ)も、
   バイオリンやフルートの名演奏家ではない。

   それでも、オーケストラを率いて感動の演奏を生む。

   優れた指揮者は、個々の楽器をうまく弾けなくても、問題はない。


   ゲイツもジョブズも同じである。

   ただし、二人は共に希代(きだい)の名指揮者であることは間違いないところだが、
   ビジネス術では決定的な違いがある。


   ビル・ゲイツは商売を第一に考える。

   だから、性能なんて後回しだ。

   「天ぷらうどん」がなくても品札(しなふだ)を掲げ、
   お客が「天ぷらうどんをくれ」と言ったら、平気で素うどんを出す。

   天ぷらの材料がなく、揚げ方もわからないが、仕入れて準備するより、
   手元にある素うどんでも出しておけば、ともかく「うどん」であることは間違いない。

   「腹が減ってりゃ、客も文句は言わないはず」というのがゲイツ流だ。

   マイクロソフトが開発したMS・DOSも、ウィンドウズも、そうだった。



   それに対して、ジョブズは性能を追求する。

   この目標だと決めたら、徹夜続きでぶっ倒れかかっている
   メンバーの首根っこをつかんででも、前に進み、目標を達成させる。

   どれだけ客を待たせても、「素うどん」ではなく
   「天ぷらうどん」をつくり上げて客に届ける。

   たとえば、マッキントッシュが設計目標をクリアして製品として完成するまでに、
   ジョブズは当初考えたより2年間も余計につぎ込んでいる。

   ゲイツでは考えられない非効率ビジネスだ。

   ゲイツが現実主義者とするなら、ジョブズは完璧主義者だった。


        <『スティーブ・ジョブズ 神の策略』経済界>

              ・・・

竹内氏はこう語る(本書より)。

「ジョブズはPARC(ゼロックス社のパロアルト研究所)でパソコンの未来を発見したが、
PARCを訪れた人々はジョブズ以外に数多くいた。

リンゴが木から落ちるのを見た人はたくさんいたが、
そこから万有引力の法則を発見したのはアイザック・ニュートンだけだった。

また、ヤカンの蓋(ふた)が蒸気で持ち上げられるのを見た人は数限りなくいたが、
そこから蒸気機関車を発明したのはジェームズ・ワットだけだった。

チャンスの女神は、往々にして私たちの手の届くところに潜んでいるようだ。

そして、人が見逃してしまいがちなチャンスを発見する力は、
24時間絶えず考え続ける『持続思考』にあることは間違いない。

頭脳が問題を解こうとフル回転をしていると、チャンスのほうが手を振ってくれる」


同じものを見て、ある人はそこに大きな成功の種を発見し、多くの人はそれを見過ごしてしまう。

寝ても覚めても考え続けているかどうかが、閃(ひらめ)きの差となってあらわれる。

ある種の執念であり、勘違いにも似た思い込みだ。


とほうもない夢を実現する人には限りない魅力がある。

           <感謝合掌 平成28年7月1日 頓首再拝>

《高き理想を掲げよ》 - 伝統

2016/07/16 (Sat) 03:36:27

          *『 生長の家 』(昭和26年6月28日の法語)より

   貴方が心を高き理想に振り向けるとき、
   あなたの人格は 高きものとなり、
   あなたの行動は 高きものとなるのである。

   あなたが低きものに興味を持つとき、
   あなたの人格は 低きものとなり、
   あなたの行動も 低きものとなるのである。

   最も高き理想は「 神 」である。

   あなたの理想を神にまず振り向けよ。

   それは意志の力で神にまで自分の念を
   強力に持ちつづけなければならぬと云うことはないのである。

   自分が神の子であることを知れば好いのである。
   唯(ただ)知るだけで好(よ)いのである。

   自己の生命の源泉が神より来たれるものであることを知り、
   神が人間を神の子として神の如く完全に創造(つく)り給うた実相を
   “ ただ ” 知るだけで可(よ)いのである。


   → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=127

           <感謝合掌 平成28年7月16日 頓首再拝>

【遠回りを楽しむ】 - 伝統

2016/08/02 (Tue) 03:37:04


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2016年05月10日)より

   (本田健氏の心に響く言葉より…)

   長い人生のなかで、遠回りをせざるをえないことが、しばしばおきます。
   それは、受験の失敗や留年、病気などで、同級生から数年遅れることかもしれません。

   あるいは、仕事で左遷されたり、事業に失敗して、
   借金を返済するためだけに数年かけるといったことです。

   そこまでネガティブでなくても、子育てで数年ブランクができるといったことも、
   本人にとっては、遠回りに感じるかもしれません。

   私たちは、つい最短距離で行きたいと考えがちですが、
   そんな人生は現実的ではありません。

   最短距離どころか、全然違う方法に行ってしまうのが人生です。

   そして、うまくいっていても、途中から遠回りさせられることもよくあるのです。


   『日本経済新聞』には各界の著名人が自分の半生を語る、
   「私の履歴書」というコーナーがあります。

   大きな企業の経営者もよく登場しますが、彼らの大半が、
   長いサラリーマンの生活のなかで、不遇な時期を過ごしています。

   主流派から外れ、地方の子会社に飛ばされたりしています。

   興味深いのが、その遠回りが、
   後に経営者としてとても役に立っていたりすることです。

   遠回りも長い目で見れば、
   実はその人の人生にとって大切な時間かもしれないのです。

   最短距離を行っている人は、余裕がないし、
   周りの人に対しても、能率を求めがちです。

   一方で、道草ばかり食ってきた人は、
   どこか穏やかでのんびりしているところがあります。

   「まぁ、なるようにしかならない」ということを体験で悟っているのです。

   また、速く走ったから早く目的地に着けるわけでもありません。

   逆に、遠回りしたほうが近道を見つけることにつながったりもするのです。


   あなたは、これまでに道草をしたことがありますか?

   学校や会社の帰りに、ダラダラと関係のない場所に寄り道したり、
   友だちや同僚と行ったことがないところに出かけたりしたことがあるはずです。

   そのとき、ふだん感じられない解放感とワクワク感を感じませんでしたか?
   それは、ちょっと冒険にも似たようなスリルだったかもしれません。


   道草のない人生と、ある人生。
   どちらが楽しいかといえば、回り道、寄り道がある人生のほうが
   何倍も楽しいはずです。

   今度、人生で遠回りをしている、ムダなことをやっている感じがしたら、
   それを道草だと思ってください。

   今はわからなくても、きっと後で、
   そのムダが役に立っているとわかるときがやってきます。

   それを神様からの贈り物だと考えてみましょう。

   《5年道草をくったら、5年遅く生まれてきたと思うのだ…吉川英治》

        <『落ち込んだときに勇気がでる49の言葉』PHP文庫>

                 ・・・

「チャンスというものは、掴み取るだけで成功とは限りません。
私はチャンスを失ってどん底を知り、回り道をしたおかげで、
人間的に成長できたように思います」(フジ子・ヘミング)


人生においての回り道や寄り道あるいは道草を、
どう見るか、どう考えるかで人生は大きく変わってしまう。

回り道を嘆くのか、あるいはそれを天からのメッセージと受け止めるのか。


藩主である島津久光公の逆鱗にふれた西郷隆盛は島流しの刑を受けた。

雨ざらしに等しい獄舎で、西郷は読書に励み、漢学の素養を深め、肚をつくった。

その経験から、「敬天愛人」や、
「人を相手にせず、天を相手にせよ」の境地に達したという。


回り道、寄り道、道草は天からの贈り物。

遠回りを楽しみたい。


           <感謝合掌 平成28年8月2日 頓首再拝>

夢をかなえる集中講義~その1 - 伝統

2016/08/13 (Sat) 03:29:34


        *『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』
          ティナ・シーリグ・著 より 要点の抜粋


■目次

序 章 ── ひらめきを形に

第I部 想像力
第1章 どっぷり浸かる ── 建物のなかに入る鍵
第2章 ビジョンを描く ── 世界があなたの舞台

第II部 クリエイティビティ
第3章 やる気を高める ── 顧客は自分自身
第4章 実験を繰り返す ── 卵は割れてもかまわない

第III部 イノベーション
第5章 フォーカスする ── ゴミ箱のなかを整理する
第6章 フレームを変える ── 脳に刷り込む

第IV部 起業家精神
第7章 粘り強く続ける ── 何がボートを浮かせるのか
第8章 周りを巻き込む ── 物語を聴かせて

終 章 ── 終わりは始まり


本書では、読者がひらめきを形にし、夢を実現するまでのサイクルを
「インベンション・サイクル」と名付け、それをステップ・バイ・ステップで
説明しています。


《「インベンション・サイクル」で、ひらめきを形にする!》

(1)アイデアを形にするまでのプロセスに必要なスキルには階層があります。
   言葉の読み書きなどと同じく、基礎的なものから順序立てて覚えることで、
   誰でも身につけることができます。


(2)インベンション・サイクルとは、ひらめきを形にするまでのサイクルです。

   想像力がクリエイティビティを生み、
   クリエイティビティがイノベーションにつながり、
   イノベーションが起業家精神を呼び起こす。


(3)インベンション・サイクルを構成する4要素とその定義

  ①想像力
   ~存在していないものをイメージする力。

  ②クリエイティビティ
   ~想像力を駆使して課題を解決する力。

  ③イノベーション
   ~クリエイティビティを発揮して独創的な解決策を編み出すこと。

  ④起業家精神
   ~イノベーションを活用してユニークなアイデアを形にし、
    ほかの人たちの想像力をかきたてること。


(4)「想像力」とは、存在していないものをイメージする力です。

  ①そのために必要なのは、好奇心をもつこと、とにかくとことんやってみること、
   そして、頭のなかでアイデアを思い描くことです。

  ②これは自然に身につくスキルですが、実体験だけでなく仮想の体験も大いに有効です。
   インプットは多様であるほどいいのです。

  ③旅をして、本を読み、食事をし、音楽を聴き、映画を見る。
   さまざまなものにふれるほど、想像力は豊かになります。

  ④想像力から生まれたアイデアは自分のなかで温めておいてもいいし、
   他の人たちに伝えてもかまいません。

   たとえば私は、猫と鳥を掛けあわせた動物や、
   デザートを最初に出すコース料理といったアイデアを思いついたのですが、
   これを自分のなかにしまっておいてもいいし、今のように披露してもいいわけです。


(5)「クリエイティビティ」は、想像力を駆使して課題を解決します。

  ①クリエイティブなアイデアは、具体的なニーズを満たし、
   社会のなかで目に見える形になっています。

   自分にとっては新しくても、
   他の人にとっては新しいアイデアではないかもしれません。

  ②クリエイティビティには、独自性と有効性の両方が必要です。
   独自性のあるものがクリエイティビティであるには、実効性がなければならないのです。

  ③想像力とクリエイティビティを区別することは、とても大切です。
   頭のなかに海辺の光景を思い浮かべるのは想像力、
   その光景を絵に描くのがクリエイティビティです。

   ソーラーカーをイメージするのは想像力、
   実際にソーラーカーをつくるのがクリエイティビティです。


(6)「イノベーション」とは、クリエイティビティを発揮して
   ユニークな解決法を生みだすことです。

  ①革新的(イノベーティブ)なアイデアは、クリエイティブなアイデアと違って、
   それを生みだした本人だけでなく、世界全体にとっても斬新でなければなりません。

  ②そのために必要なのは、世の中を新鮮な目で見つめること、
   思い込みを疑うこと、状況を捉え直すこと、
   そして、ばらばらな分野のアイデアを結びつけることです。

  ③イノベーションは、クリエイティビティと違い、
   日々の問題をクリエイティブに解決するよりはるか遠くを目指す必要があるのです。

  ④その結果として生まれる革新的なアイデアは、チャンスを掘り起こし、
   おなじ方法では対処できなかった課題に挑むことができます。


(7)「起業家精神」は、イノベーションを応用して、ユニークなアイデアを現実の形にし、
   それによってほかの人たちの想像力をかきたてます。

  ①イノベーションの事業化を目指す企業にとって起業家精神が必要なのは
   言うまでもありませんが、起業家のように考えることでむずかしい問題を解決していく
   という意味では、どんな活動にも必要なものです。

  ②起業家精神をもつ医師が新しい治療法を開発して患者の命を救い、
   起業家精神をもつ教育者か効果的な教授法を編み出して実践し、
   起業家精神のある政治家が画期的な法律を立案し、施行して社会問題を解決します。


(8)インベンション・サイクルのプロセスで必要なもの

  ①想像力をはぐくむには、まずは、ひとつの世界に飛び込み、
   その世界にどっぷり浸かること、
   そして、今あるものに代わるものを思い描くことが必要です。

  ②クリエイティビティを発揮するには、やる気をかきたてること、
   実験を繰り返しながら課題を解決することが必要です。

  ③イノべーションを起こすには、フォーカスすること、
   そして、フレームを変えてユニークな解決策を打ち出すことが必要です。

  ④起業家精神を発揮するには、粘り強く続けること、
   周りを巻き込むことが必要です。

           <感謝合掌 平成28年8月13日 頓首再拝>

夢をかなえる集中講義~その2 - 伝統

2016/08/24 (Wed) 04:27:21


《「想像力」を高めるための秘訣》

(1)それは、ひとつのことにどっぷり浸かって、ビジョンを描くことです。

  ①注意すべきは、情熱は後からついてくるものであって、
   やってみるのが先だということ。

  ②想像力は、実際に経験してみることで刺激されます。
   すると、自分はこうしたい、といった
   最高のビジョンを描くことができるようになります。


(2)情熱を傾けられるものを見つけようと、内へ内へとこもる人たちにはよく出会いますが、
   彼らには見落としていることがあります。

  ①行動してはじめて情熱が生まれるのであって、
   情熱があるから行動するのではない、ということです。
   情熱は初めからあるわけではなく、経験から育っていくものです。

  ②バイオリンの演奏を聴いたことがなければクラシック音楽は楽しめないし、
   ボールを蹴ったことがなければサッカーはうまくなれません。
   卵を割ったことがなければ料理好きにはなれないのです。

(3)情熱をはぐくむのに、最初は大それたことをする必要はありません。

  ①レストランのウエイターなら、日々、大勢の客とふれあう機会があり、
   ユニークな視点から世界を見ることができます。
   こうした経験からいくつもの教訓を学び、ひらめきが生まれるかもしれません。

  ②たとえば、効果的なサービスの秘訣を発見し、
   接客スキルを他の人に教えるにはどうすればいいかを
   考えるようになるかもしれません。

  ③食事制限の必要な客の要望を聞いているうちに、
   そうした客のニーズに応えるレストランを開こうと思う可能性もあるでしょう。

   客が糖尿病を患っていることがわかれば、糖尿病で気をつける食事を学び、
   それを生かすこともできます。

(4)情熱は尽きることはありませんが、新たに情熱を傾けられるものに出会えたら、
   どの方向にも向けることができます。

  ①たとえば、顧客サービスに的を絞ると決めたとして、
   接客の達人になってもいいし、コンサルティング会社を立ち上げる道もあります。

   ドキュメンタリーを作ってもいいし、新しいレストランをオープンしてもいいのです。

  ②ただ言えるのは、最初にレストランのウェイターとしての経験がなければ、
   新たなやりがいを見つけることはない、ということです。

  ③どのケースでも、方向を決めて扉を開けると、
   存在すら知らなかった何通りもの道が開かれます。

  ④じつは、大義や天命といったものは、
   それまで無関心だったことである場合も多いのです。

  ⑤人生のさまざまな側面に言えることです。
   最初から好きになる一目惚れは滅多にないものです。

   人でも職業でも何かの課題でも、
   深く知れば知るほど、情熱をもち、のめり込むようになります。

  ⑥一目惚れの喩えをもう少し続けましょう。
   結婚したいのであれば、一番してはいけないのが、
   じっと座って電話が鳴るのを待っていることです。王

   子様やお姫様が迎えに来てくれるわけではありません。
   自分にぴったりの人を見つけるには、たくさんの人に会ってみるに限ります。
   デートして初めて愛情が湧いてくるもので、その逆ではありません。

   もちろん、最初は失敗したり、がっかりしたりすることもあるでしょう。
   でも、自分に合う人を見つけるというプロセスを大切にしないかぎり、
   うまくいくことはないものです。


(5)境界だと思っているものは自分で決めたものに過ぎず、
   自分で想像できることに限られるのです。

(6)やってみて初めて自信が生まれるのであって、
   自信があるからやるわけではないのです。

           <感謝合掌 平成28年8月24日 頓首再拝>

青年よ偉大であれ - 伝統

2016/09/04 (Sun) 04:21:12


本稿は、昭和29年5月落慶成った原宿本部道場に於ける青年会全国大会での
吉田國太郎講師の 講話を筆録したものであります。

ここでは、著者が亡くなる(昭和32年6月)3年前のものからの抜粋です。

光明掲示板・第一「<青年基礎真理講座> 「常楽への道」 吉田國太郎先生著、追録」
 → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=277 より抜粋


(1)“何ものが生きるか”“何ものが立っているか”これを見極めること。

   『これが解らないのだったら、生長の家やめてしまえ』
   『これがわからなければ必ず生長の家をやめるとき来ますよ!!必ず来ますよ!!』

(2)真に私達が偉大になりますのには、
   どんな力を出したらいいかということが問題であります。

   本当の信仰生活をせずにはおられないところまで、私達の魂が来ているということは、
   “物質には本来力が無い”ということがわかっている、その色んな意味において
   それが解らされて来ている証拠なのであります。

   谷口先生がお開き下さいました生長の家によりましては、
   (釈迦やキリストが通った)苦難を通らずに、その偉大さを、
   われわれ一人一人の魂の中に開いていただいているのでありますから、

   われわれは谷口先生を、このみ教えを最も偉大なるものとして、
   先ず讃嘆して、これを本当に幼な児のように、ここに走り寄らずには
   おられないような気持が、私達の心の中に動いておらなければならないのであります。


(3)生長の家では“肉体は無い”ということがですね、“物質はない”ということが、
   これ教えの一つの根本になってまいります。

  ①肉体があると思って、肉体があると思っていて、
   それで“嬉しいッ”と言っても駄目ですよ。
   明日になったら危ない嬉しさですよ、それは。

   それは影にだまされる嬉しさです。物にだまされる嬉しさです。
   今のその自分の心を使いながら、神の子として使えばいい言葉を使って
   感謝していっても駄目です。

   そういうものは神の子が行ずる行ではございません。

  ②『肉体は無い』ということですね。
   (黒板に字をかく)これを説いて下さっている教えは、
   この生長の家以外にはないのです。


  ③あらゆる宗教は、本当の神の光を、本当の自分、ですから生命の解放を
   ・・・・・・本当の生命が解放されることが本当の幸福なのであります。
   幸福は外にあるのではないのであります。裸のままで無限の幸福なのであります。

   生命が解放されたら、青空の中に、皆さん、無限の輝きが見えるんです。

   しかし、『肉体は無い』『物質は無い』ということを、私たちがこれを通さないで、
   ここがうやむやですね、うやむやのままで、神や仏を拝むようになってしまっている
   のが、あらゆる宗教なのです。

   ここに宗教が人類を解放出来なくなった。
   人類の本当の幸福をですね、与えることの出来なくなったところのガンがあるのです。

   このガンを摘出することを完全にやったのが生長の家なのです。

  ④だから皆さんが『生命の實相』をお読みになって、生長の家をおやり下さいましても
   ・・・・・・・入る道は、色んなところから入るように道は沢山開いて下さっております。

   とにかく色んなところから入ってまいりますが、とどのつまりは、
   私達が、本当に人間は、肉体はなくて、物質はない、
   ここを本当に通って、私達は神を拝まなければならないのですね。

(4)生長の家は万教帰一でございますから、
   あらゆる宗教の神髄には拝めるものを見ております。

   「宇宙の根本を把握したのが生長の家ですからね。」

   このような救いとなって出て来た宗教にも生命としては
   このもの(宇宙の根本把握)がございますけれども、
   今現実に生きているものは、みんなそれを通っていないのであります。

   これ(“物質なし”“肉体なし”)を通っておらないで、
   神様、仏様を拝んでいるのです。

(5)皆さんはここでもおやりですが、おうちで毎日、神想観をしておいででありましょうか。

  ①神想観をして私達は『生命の實相』を読む。

  ②私達はね、本当に、純一無雑な祈りというものが私達の生活の中心に立ってですね、
   そこから受けるものは受け、出すべきものを出してゆくようにしなければですね、
   必ず、この肉体の自分での努力ということでやっているところを超え切れないのです。

(6)ただ拝む

  ①谷口先生は“現象なし”になって、なーッにも無しのところでもって、
   光明遍照の神のいのちを、拝まれて、讃嘆して、
   それを皆さんに伝えずにはおられなくて、このみ教えを開かれたんでしょッ。

  ②皆さんは、
   “私は神様に生かされているんだ。有難いーッ”と拝んでいらっしゃいますか。

(7)偉大ということは、何も形で、どうこういうこっちゃないんです。
   この立つべき魂が立ったのが偉大なんです。
   ですからもう、赤ちゃんだろうが誰だろうが、立つべき魂が立ったら偉大なんです。

(8)谷口先生は神を讃嘆して、神の子を私達に教えて下さってんだ。
   ・・・・・・ここのところを先ず、
   ・・・・・・素直に受けるのはそこだ。

   ・・・・・・ここのところを素直に受けたところからいった時にね、
   天地の運行が止まざる如く、私達の生命の喜びは、絶えることがないんだ。

   ・・・・・・そうなって来た時、はじめてですね、
   お蔭となって出て来たものの中にですね、中に、なんとも言えないところの
   神の祝福というものが出て来る。

   そうなって自分がいった時に、はじめて皆さん、
   お父さん、お母さんの愛がわかるんだ・・・・・・

   そういう肉体と物質と、今のような見方がなくなった自分、その自分になった時にね、

   ・・・・・・そこから父母の愛というものが、皆さん、本当ーにッ、
   お父さんお母さんの有難さ、神の有難さとお父さんの有難さとお母さんの有難さと
   ひとつになった有難さ。

   そこから出て来た時にですね、そうなって来るとですね、
   本当に神のいのちが父となり母となってですね、そうして自分が生れて来て、

   自分の心臓が動いて“吾れあり”の自覚、“吾れあり”の自覚がその時にはじめて、
   神の子が“吾れあり”と今ここに生きている“吾れあり”になってくるんだッ。


(9)本当に先生のお書きになった本の文章は、どれもこれも真理の美しさとあいまって、
   実に素晴しいのでございます。

   本当に読む人を感激させずにはおかないのでございます。

   これはきっと先生が、本当に人類の幸福のために本を書こうという愛念が、
   すばらしい文章になったのだと思うよりほか仕方ないくらい
   感激すべきものなのでございます。


(10)この拝みをもってはじめて行がですね、肉体が行じているんでないところの
   本当の神のいのちが生きているところの行となりですね、

   それをしている自分が拝むことによって、拝むことが完成しですね、
   神想観が完成し、このことはひとつものの裏表であります。

   この拝む気持、そして愛の気持、その気持を先ずですね、
   身近なものからはじめてですね、身近なものからはじめて、
   生きている私達はですね、また与えられた機会をとらえてですね、
   そこにこの愛を行じて行く。


(11)私達は本当に、“おおーッ兄弟よッ”という気持でですね、愛を生きて行く。

   その愛が今先生が仰言ったような、近くにあるものに対するですね、
   平凡な愛は疎んじがちであるということをも疎んじないような気持になってですね、
   生きて行くことによってですね、

   これらが一つとなって、ここに澄み切って、本当の私達の祈りというものが完成し、
   行が完成し、こうして神のいのちというものがですね、
   お互いのいのちを通してですね、ここに渦巻いて生きて行く。

   そして本当に実相の世界がここに実現して来ると。

   “ゆめゆめ、肉体の我れが一所懸命にやって神を行ずると思うこと勿れ”
   
   という言葉で私の今日の話を終わらせていただきます。

           <感謝合掌 平成28年9月4日 頓首再拝>

《生活の方向を定めて前進せよ》 - 伝統

2016/09/16 (Fri) 03:34:54


        *『 生長の家 』(昭和24年8月17日の法語)より

   青年期は自己の人生の行路をどの方向にむけるか
   方向決定に就いて大いに熟慮すべき時代である。

   かくして定められた方向に成人期を通じて前進するのである。

   八十歳になっても、生活の方向転換を行うことはできないことではないが、
   その性格、能力、習慣等に一定の傾向が定(きま)っているから
   些少(さしょう)の努力では仲々方向転換できないのである。

   併(しか)し、今が時である。
   諸君は まだ若いのである。


   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12811920.html

           <感謝合掌 平成28年9月16日 頓首再拝>

失敗しない人間は使用できない - 伝統

2016/09/29 (Thu) 03:29:15


         *「致知(平成28年2月号)」(P78)より
          ~大橋洋治(ANAホールディングス相談役)

このような失敗(下積み時代の数々の失敗)を繰り返していたが、
仕事が面白くないとか辞めようと思ったことは一度もない。

仕事というのは本来楽しいものであるし、
どんなに大変な仕事であろうともそこに意義や価値を見出し、
「面白い」「楽しい」と思って取り組まなければ何も得られない。

そういうバイタリティを持つことこそ、
人生を豊饒に導く最たるものではないだろうか。


私が携わっている空の仕事には、
晴天の日のフライトもあれば
雨の日のフライトもある。

それと同じように、
人生の旅路においても、
調子のいい時と逆境の時があるだろう。

一つ壁を乗り越えると、より大きな壁がまた立ちはだかる。
人生というのはその繰り返しに他ならない。

ゆえに大事なことは、失敗を恐れないことである。

いまの若い人たちは私の時代と比べて
とても真面目である半面、大人しく、
リスクを背負って挑戦しようとしない。

つまり、失敗しない人が多いように思う。

私はいま、若い人たちが仕事で失敗しても全く怒らない。


むしろ、

「もっと失敗しろ」

「それだけしか失敗しないのか。
 そういう人間は信用できない」

と発破を掛ける。


失敗してもいいから、
自分に嘘をつくことなく、
これだと信じたことを一所懸命やり抜く。

その先に人間としての成長がある──。

これは50年以上にわたる
ビジネス人生を通じての実感である。

           <感謝合掌 平成28年9月29日 頓首再拝>

《信念と経験とを有(も)つことが大切である》 - 伝統

2016/10/14 (Fri) 03:57:59


          *『 生長の家 』(昭和24年8月19日の法語)より

   人の意見はきかなければならないが、
   人の意見に左右されてはならないのである。

   人の意見に左右されるものは
   自分に信念と経験とがないからである。

   かかる人は砂の上に立てたる楼閣の如(ごと)く
   周囲から来る色々の意見の突風のために
   覆されてしまうのである。

   信念と経験とを有(も)つことが大切である。


   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12825133.html

           <感謝合掌 平成28年10月14日 頓首再拝>

《理想実現のために努力せよ》 - 伝統

2016/10/26 (Wed) 04:34:48


          * 『 生長の家 』(昭和25年8月20日の法語)より

   常に汝の最高の理想を生きるべく心掛けよ。 
   理想に対って突進する者は常に人生に喜びを感ずることが
   出来るのである。 

   常に全力を出し切って理想に突進する事が大切である。 
   実行して行くうちに、自分に内在する力が徐々に発現されて
   来るのである。

   理想と云うものは前方にぶらさがっているように見えていても
   前方にあるのではなく、自分の内部にある内容を、
   前方に投影して、それを実現するべく引出して行くのであるから、
   理想を実現するための努力は結局、自己の内部神性を発現する
   ための努力となっているのである。


   http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=25

           <感謝合掌 平成28年10月26日 頓首再拝>

《夢を描いて 気は大きく心は細心》 - 伝統

2016/11/08 (Tue) 03:33:46


         *『 生長の家 』(昭和24年8月25日の法語)より

   夢を描かないものは
   若返ることは出来ないのである。

   老年も夢を描くことによって
   青年となることができるものである。

   夢はそれを現実化すべき事物の模型である。

   文化は人類の描いた夢が次第に
   具象化(かたちにあらわ)して行く現象である。

   青年はよろしく豪宕(ごうとう)なる夢を描くべきである。
   豪宕にして細節を顧みること勿(なか)れ。

   併(しか)し、小事を忽(ゆるが)せにしてはならないのである。
   如何(いか)なる大建築物も
   小さなるブロックから成り立っているのである。


   ※ 豪宕(ごうとう)・・・気性が雄大で小事にかかわらないこと。
   ※ 細節(さいせつ)・・・ことがらの細かい部分。

   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12849901.html

           <感謝合掌 平成28年11月8日 頓首再拝>

《内に力を蓄える者は やがて大成する》 - 伝統

2016/11/25 (Fri) 04:51:43


         *『 生長の家 』(昭和24年9月10日の法語)より

   青年の時には大いに勉強すべきである。
   
   充分の学力も 素養も 訓練も なくして
   すみやかに立身出世したいなどと思ってはならない。

   芍薬(しゃくやく)やダリヤの花は
   その根の大きいものほど立派な花が咲くのである。

   根を大きくせずして、
   大きい花を咲かせようと思ってはならない。

   根から切った花は 一時美しく咲いているように見えても、
   毎年変らずに続いて咲く力は ないのである。

   中に能力を蓄えておくことが必要である。


   http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=31

           <感謝合掌 平成28年11月25日 頓首再拝>

超一流な人への歩み - 伝統

2016/12/10 (Sat) 04:24:55


           *『超一流になるために知っておくべきこと』千田琢哉・著 より

(1)誰と付き合うかより、誰と付き合わないか。

(2)ヒソヒソ話というのは、100%の確率で格下が格上に対するものだ。
   ヒソヒソ話というのは、古今東西を問わず下々の人間の専売特許なのだ。

(3)仕事は始業時間までに終わらせる。

   簡単なことについては開始時刻前にちゃちゃっと終わらせておくのが基本。
   あんまり考えなくていい&そこまで手間がかからないのなんて
   最初に片付けておくのが吉です。

(4)短時間で圧倒的な実績を残している人の特徴は、
   「良いと確信したら即実行に移し、悪いと確信したら電光石火の如くやめる」
   である。

  ①ごく短時間で圧倒的な実績を残している人たちを黙って観察していると、
   こんなことに気づかされる。 頭が柔らかいのだ。
   「かくあるべし」といった固定観念がなく、いいと思ったことは
   すぐに試してみる若々しさをいつまでも失っていない。

  ②まず最初に、素直に言われたことを実行してみる。他人のマネをしてみる。
   本質的な法則を覚えてきたら、自分で考えてできるようにする。
   この流れから自分の感性を鍛えられれば、仕事をこなすスピードは一気に加速します。

(5)できないヤツほど群れる。

  ①これまでサラリーマン社長とも数多く一緒に仕事をさせてもらったが、
   彼らには共通点のようなものが確実にあったように思う。
 
   それは彼らが20代の頃に、いつまでも同期の連中と
   ウジャウジヤ群がっていなかったということだ。

  ②私が出逢った成功者たちは、本当にバラバラだった。
   彼らの唯一の共通点は、自分のペースで仕事ができる環境を
   構築することに成功したことだった。

(6)気乗りしない仕事ほど、すぐに取り掛かる。

(7)仕事で一番大切なことは、締め切りを死守することだ。

(8)会社が赤字になる理由をあなたは即答できるだろうか。
   遅刻するからだ。
   毎年締め切りまでに決められたノルマを
   達成できなければ、当然赤字になる。

(9)メールを完全に閉じると、時間が一気に増える。

(10)愚痴、悪口、噂話を今すぐ。やめよ
   これらから卒業する方法は、簡単だ。
   勉強することだ。

   人は勉強すればするほど、志が高くなっていく。

(11)時間を取るか、お金を取るかで迷ったら、間髪を入れれず時間を取ること。
   理由は死に際に必ずわかる。

(12)自由で大好きなことを仕事にしたければ、雑用のプロになれ。

(13)ポジティヴオーラに囲まれろ。

  ①本気で仕事を楽しくしたいのなら、手っ取り早い方法がある。
   それは、楽しそうに仕事をしている人の傍らで働くことだ。

  ②「環境のせいにするな!」と叫ぶ人がいるが、それは嘘だ。
   仕事に限らず環境というのはとても大切で、才能を活かすも殺すも環境次第だ。
   環境改善の第一歩は、隣に座っている顔ぶれを幸せな顔ぶれに変えることなのだ。

(14)仕事は結果がすべて。
   まずは好き嫌いではなく、とりあえず働くことだ。
   つべこべ言わず、働くことだ。

(15)運を良くするには、運のいい人と付き合うことだ。

(16)1円でいい、黒字にすることに全力を尽くせ。

(17)あなたの年収は、今群れている連中の底辺に
   近づいていることを知る。

(18)お金は、物事の本質を囁くことで青天井に入ってくる。

(19)大好きなことで、人を感動させた人が大金持ちになれる。

(20)さげまんには注意せよ。

  ①さげまんをなめてはいけない。
   あげまん100人の集団 に、たった一人でもさげまんが紛れ込んだら最後、
   その場すべての運気を破壊してしまう恐ろしい生き物がさげまんなのだ。
 
   あなたが日々どれだけ健康的な食生活をしていたとしても、
   1滴の猛毒で命を落とすリスクがあることは知っているだろう。
   さげまんの破壊力は、この猛毒と同じだ。

  ②あげまんは、フットワークが軽い。
   声がしっとりしている女性は、あげまん。
   朝に強いのが、あげまん。

           <感謝合掌 平成28年12月10日 頓首再拝>

作家、George Sanuders氏による「Syracuse University」での卒業式スピーチ - 伝統

2016/12/24 (Sat) 03:45:21


         *Web:ICHIROYAのブログ(2013-08-04)より

おまえら、おやじっていうのは、金づるだとしか、思っちゃいねえだろう?
てか、昔のロック、The Whoのヒット曲を思い出せないときに、
尋ねたり、まあ、出番っちゃあ、そんなとこだ。

で、たまたま気が向いたら、
「このおやじはなんでこんなんになっちまったのかな?」っていう興味がわいて、
「人生で、一番、後悔してることは、何?」なんて失礼な質問をぶつけてきたりする。

ま、もちろん、そんな質問されなくても、こっちから言い聞かせてやることも多いし、
聞きたくないって言われたら、ふんづかまえてでも、話してやりたくなるのさ。


で、おれ。
まあ、「成功した」と思われてる作家のおれだけど、
おれが、人生で、一番後悔してることは、なんだと思う?


たまに、ビンボーしてたこと? えげつない仕事に明け暮れたこと?

あ、あれか。スマトラで川に落っこちて、それを300匹のサルたちに笑われたとき?
そうさ、あいつら、盛大に川にウンチをしやがって、その水を飲んでしまったおれは、
病気になって、7か月も入院したんだ。
あのときの大失態か?


そんなことじゃない。

あれは、中学校1年のときだった。
エレンちゃんが転校してきた。エレンちゃんは、おばんしかしないような大きな眼鏡をして、
いつも、ピリピリしてて、金髪の髪を口にもっていって、噛んでた。

クラスのやつも、近所の連中も、ほとんど、彼女を無視した。そして、たまに、からかった。
「お前の、髪、いい味する?」ってね。

いや、もちろん、おれは、そんなことには加担しなかった。
どちらかといえば、そんなことから、彼女を守ろうとした。
だけど、何もしなかった。

でも、もちろん、知ってたんだ。
彼女が、朝、学校へ行く前、家を離れて学校へいくことを、
まるで恐れるように、家の前庭で立ち止まっているのを。

そのうち、彼女は、いっちまった。
転校して、いなくなった。

まあ、それだけの話だ。

そして、そいつが、42年経った今でも、忘れられないんだ。


おれが、人生で、一番、後悔しているのは、そういうこった。
なんで、あの時、親切になれなかった、ってことなんだ。


さすがに、いまじゃ、おれの目の前に、ひどく困った人間が現れたら、
すんなりと同情できるし、親切に、やれることをやる。


じゃあ、なぜ、親切になるのが難しいのか?

ダーウィン流に、生き残るための間違った意識が遺伝子のなかに組み込まれているんだと、
おれは推測している。

つまり、こんな風に、でっかい間違いを思い込んでる

(1)自分こそが世界の中心だ  
(2)自分は世界から切り離された存在だ
(3)自分の命に終わりはない

頭じゃ、わかっているのさ、誰でも。
でも、本能的に、そう考えて行動しちまうのが、人間てものなのさ。


どうやったら、そいつを払しょくできるかって?
そいつは難しい問題だ。

子犬を飼ってみるとか、いろいろあろうぜ。
でも、スピーチの時間も3分を切ったんで、
あたりまえの方法を言うより先にすすむぜ。

まあ、それについちゃ、自分でも考えてみるこった。


まあ、しかし、この件についちゃ、ちょっと素敵なこともあるぜ。
おれたちは、歳をとると、自然に、ある程度は、「親切に、やさしく」なるもんだ。

人生、いろいろと辛いことがあっても、助けられることだってあって、
社会とつながってるし、みんな助け合って、生きているんだっていうことが、
実感できるようになるんだ。

知り合いが、ポロポロと死んでいきゃあ、否が応でも、自分もそのうち、
あちら側へ行くことが、実感として、わかるようになるしな。

そう、おれみたいな人間でも、そいで、たいていの人間は、
歳をとると、優しくなるものさ。


ひとつ教えておいてやるぜ。

なんだかんだ言ったって、おまえのその「おれがおれが」っていう利己心は、
歳をとるにしたがって、いつか薄れていく。

で、お前の存在の中心にあった「おれ」は・・・・照れくさいが、はっきり教えてやるぜ、
「愛」に置き換わっていることに気づくだろう。

おまえら、思ってるだろう?

なんで、父ちゃんと母ちゃんは、たいしたこと成し遂げてないのに、
あんなに幸せそうなんだろう、って。

お前の父ちゃんと母ちゃんの中心は、いまのお前の「おれ」じゃなくって、
「お前に対する愛」に置き換わってるんだぜ。
だから、あんなにも、幸せそうなんだ。

ほら、全然、わかっちゃいないだろう?

で、お前も、そうなるんだぜ。


まあ、ともかく、卒業、おめでとう。

で、もちろん、お前ら、これから社会に出て、成功したいって、思ってるよな。
いい大学出て、いい会社に入って、きれいな嫁さんや、稼ぎのいい旦那を見つけて・・・
そして、もちろん、天職をみつけて、その分野で成功したいと思ってる。

それでいいんだ。

がんばれよ!


でも、知っておいたほうがいいぜ。
その種の成功は、カゲロウみたいなもんだ。

知ってるだろう?
カゲロウってやつは、それを目指して、いくら歩いても、
どんどん遠ざかって、結局到達できない。

「成功」を追っかけて、「成功」は手にしたけど、
それが思っていたもんじゃなかった、って場合もある。

いわゆる「成功」だけを追っかけてると、人生、間違えることもあるんだ。


だから、おれがお前らに、頼みたいのは、こういうことだ。

どうせ、お前らは、歳とともに、親切な、利己的でない人間に、なっていくんだ。
いくら、お前が、いま、親父やおふくろを理解できなくてもな。
だから、そいつを、急げ、そのスピードを上げろって。


なにも、「成功」を追っかけるな、と言ってるんじゃないんだ。

金持ちになれ、名誉を求めよ、
胸を焦がす愛に落ちよ、旅をせよ、
革新をおこない、リーダーシップをとれ!


そして、裸でジャングルの川で存分に遊べ!(ただし、サルたちのうんちには気をつけろよ)

だけど、やがて、歳とともに、自分の中で大きくなる光、
人のことを深く思いやるお前の芯にある灯、そいつの存在を信じて、
大切に育てることを忘れちゃいけない。

それを大きく、大きく育てるんだ。

大きな問題に直面して迷った時、その光の照らす方へ進め。
それこそが、お前を大きな成功に導くはずだ。

そして、万一、社会的な成功が、お前の目前で、
だれかほかのものの手に落ちたところで、
どうだというんだ?

その灯を育てること、その輝きを放つこと以上に、大切なことなんてない。

そして、いつか、シェイクスピアのように、ガンジーのように、マザーテレサのように、
その灯を、まぶしいばかりの輝きにするんだ。


そして、お前が80才になったとき。110才になったおれがもし生きてたら、

「おれの人生は、素晴らしかった」って聞かせてくれよな。

卒業、おめでとう!


http://kyouki.hatenablog.com/entry/2013/08/04/085224

           <感謝合掌 平成28年12月24日 頓首再拝>

今後、日本の求むる人物は? - 伝統

2017/01/08 (Sun) 04:31:38


          *『理想世界』(昭和47年1月号)より

静慮し、理解し、決意し、行動することは
人間にのみ与えられている聖なる “意識の秩序” であって、
それは天界の秩序を地上に実現したものである。

群集に附和雷同して行動するものは犬狼の類である。 
静慮を失って発作的に行動するものは狂犬である。

三島由紀夫氏は、一人で行動することができないで
群集で行動するものは弱者の自覚をもっているからだと喝破した。

         〇         〇

「危険に面して動ぜず、肉体の欲情に汚されず、逆境に処して幸福感を失わず、
動乱に面して心の平静を失うことなく、人から媚び又は恐れられている権力者の誘惑に対して
微笑を酬いて靡かざる人物こそ、彼は肉体の本能を超えて、天界の光を受けたもの
ということができるのである」  とはセネカの名言である。

今後の日本に必要なる人物はこのような人間だと思われるのである。

          〇         〇

真に偉大なる人物は、包容力が大きいのである。 
包容力が大きいとは、単に大小善悪無差別に包容するという意味ではなく、
“悪” と見える者〈物〉の奥にも善なる実相があることを見、

“小” と見ゆる事物の奥にも、偉大なる神の生命と智慧と愛とが宿って、
それが現れているのだと知り、“小” は小なりに  “大” は大なりに、
そのまま其処に神が顕現することを知り、その実相を尊敬して大切にする者のことである。

         〇         〇

大人物は、よく人を赦すのである。 
この場合 「赦す」 というのは、「あいつは悪い奴だけれども勘弁してやれ」 と、
彼の悪をみとめるだけで、その悪の跋扈をゆるしてやるという意味ではないのである。 

「あいつは悪く見えていても“根”は立派な奴だから、その“根”の立派なところを見て、
育ててやったら立派な人物になる」 とその実相の善と完全さとを見て、
その実相を解放することでなければならないのである。 

「“根”が立派だ」 と見るその “根” とは、その人の根本実相のことである。

 
諸君は大人物にならねばならぬ。 
大人物はよく人を赦すが故に、多くの人々が味方となってついて来て、
大事業を成就することができるのである。

         〇         〇

真の剛胆不敵は “実相・神の子” の自覚からのみ生まれるのである。
 
かかる自覚のある人は、常に 「われ神と倶にあり」 との自覚があるために
如何なる困難に面しても臆することなく、怯むことなく、困難を克服し、
平静に事物の推移を観察し、何を為すべきかを速かに知り、
擾乱を鎮めて秩序を恢復し得る人である。

時局が危機に面してくればくるほど、真に神との一体感をもち
現象界の擾乱に動ずることなくよく静慮し、よく理解し、よく決断し、
よく遂行する人を必要とするのである。

諸君は毎日、神想観を実修して神との一体感を深め、
祖国の危急時に際して、何を為すべきかの指示を霊感によって受け、
神との一体感による真の 「剛胆不敵」 の勇気をもって、

為すべき事、為すべき時に為すべき場において、
勇敢に遂行する人になって貰いたいのである。

  (http://blog.goo.ne.jp/vannon32/e/83b804025fe9db90feae6ff98ad6cfe4 )

           <感謝合掌 平成29年1月8日 頓首再拝>

真実はどこにあるか - 伝統

2017/01/26 (Thu) 04:45:11


      *「苦労が辛いんじゃない、『夢』がないから辛いのです」(P16~17)より

事実は見えるところに現れますが、真実は見えないことが多いのです。
それはあるで木に咲く花と根っこの関係に似ています。

以前、歌手の北島三郎さんが「大樹深根」について話してくれたことがあります。

「近頃の世の中はいつも上へ上へと伸びていこうとしますが、大切なのは土台です。
これを忘れてはいけない。

大きな樹には花を支える幹があり、幹を支える根があります。
しかし根は土の中で見えないのです。
大きくなればなるほど、根は枯れないように土の中で一生懸命頑張っているのです。

この根っこが水や肥料を枝から葉へと送ってくれたおかげで
目に見える繁栄となったわけです。

しかしまた、そうして育った葉や花は、たっぷりと太陽の光をあびて、
養分を根っこへ送ることになります。

こうしてお互いがお互いのために、役目をしっかりとまっとうしてこその
大樹なんだと思います」

(中略)

事実をよく観察し、真実を見逃さないことの大切さを痛感します。

『咲いた花だけ 人は観て きれいな花だと もてはやす
花には枝があり 幹がある 目に届かぬ その下に
わすれちゃならない 根っこの力 陰で支えて 土ん中』

(作詞/鈴木紀代、作曲/原譲二、編曲/南郷達也)

『根っこ』という北島先生の歌です。

・・・

<参考:『根っこ』(動画)
      →  http://www.uta-net.com/movie/10145/ >


           <感謝合掌 平成29年1月26日 頓首再拝>

人生は、出逢った言葉の質と量で決まる! - 伝統

2017/02/13 (Mon) 04:32:46


       *『死ぬまで仕事に困らないために20代で出逢っておきたい100の言葉』
        千田琢哉・著 より


(1)人生

  ①99%の人は、準備だけで人生を終えてしまう。

   仕事は準備で半分以上決まるというのは本当の話だ。
   ところが準備が大切なあまりに、圧倒的多数の人たちは準備だけで人生を終えてしまう。
   準備不足で失敗するのではなくて、準備ばかりして挑戦しないから何も成し遂げられない。

  ②理不尽な噂を立てられたら、あなたはまもなく成功する。
   噂のベクトルはいつも下にいるグループから上にいるグループに向かって配信されている。

(2)仕事

  ①雑用から逃げると、死ぬまで雑用させられる。
   雑用こそ、藝術的に仕上げる。
   雑用から確実に卒業するためには、雑用においては社内で圧倒的にNo.1になること。

  ②残業人間に、仕事ができる人はいない。
   労働時間の長さと年収は反比例する。

  ③量をこなして、はじめて手の抜きかたが見えてくる。
   量をこなさないで手抜きをしているのは、単にサボっているだけのリストラ候補。

  ④楽しい仕事はない。楽しそうに仕事をしている人はいる。

(3)時間

  ①Time is life. 遅刻は、殺人と同罪。
   お金よりも時間のほうが大切だとわかった瞬間から、成功への第一歩がはじまっている。

  ②群れから脱出すると、時間が増える。
   意識的に単独行動するようにすると、時間が増えて素敵な出逢いも増える。

  ③愚痴をやめると、時間が増える。
   時間を増やす方法は何か新しいことをするのではなく、不要なことをやめてしまうこと。

  ④100点目指して期限切れより、0点でもいいから前日に提出。
   期限切れよりもできの悪い仕事は、この世に存在しない。

  ⑤何をするかより、何をしないか。
   一部の天才を除いて、人は同時に二つ以上のことに本気で打ち込むことはできない。
   今まさにやっていることが最重要かつ緊急であれば、それ以外のすべてを
   いっさい気にする必要はない。

(4)組織

  ①上司をお得意様と考えると、毎日が変わる。
   現実を変えることはできないが、現実の見方を変えることは一瞬で可能。

  ②現在群がっているグループで、あなたの一生が決まる。

   10年後、あなたの年収や社会的地位はちょうど5人の平均値になる。
   成長するためには、あえて居心地の悪さを経験する環境に身を置くことも必要。

  ③力がある人間ではなく、結果を出した人間が出世する。

(5)勉強

  ①「納得できません」が口癖の人は、必ず落ちぶれる。

  ②納得できない理由は相手にあるのではない。ひたすら自分にある。

(6)情報

  ①「わかりません」と言えることが、すべてのスタート。

   人間は教わる側よりも教える側に回りたい生き物。
   プライドが邪魔して言えないこと、できないことをやってみると嘘のように成功する。

  ②誰が発信したのかを、必ず確認しておく。

  ③1つの情報は、3ヶ所から集める。

  ④情報で大切なのは、集めることより捨てること。

(7)交渉

  ①話した量が少ないほうが最後に勝つ。

  ②打ち負かすのではなく、包み込む。

   勝ち負けは長期的には必ず両者負けになる。
   両方とも勝てる方法がきっと見つかる。

  ③「意見は違って当たり前」と知っておく。

   最初から満場一致になるほど危険な交渉はない。
   満場一致はもう一度やり直し。

  ④「これだけは伝えたいこと」を、1つだけ手帳に明記しておく。
   たくさん伝えようとしてたくさん話すと、結局何も伝わらない。

  ⑤抽象的ではなく、具体的に攻める。

  ⑥解説者ではなく質問者になる。

  ⑦沈黙は、相手に破らせる。

  ⑧痛いことを言われたときこそ、「なるほど」。
   窮地に陥った際のとっさの一言をあらかじめ決めておくだけで、落ち着くことができる。

(8)友情

   友情は目的ではなく、結果に過ぎない。

(9)恋愛

  ①相手に依存するのは、あなたが相手に依存しているから。

  ②「・・・・だから好き」は、愛していない。
   「・・・・なのに好き」が、愛している。

(10)決断

  ①遅い決断は、どんなに正しくてもすべて不正解。

  ②まずは挙手。考えるのはそれから。
   挙手しながら質問を考えても時間は十分にある。
   何事も2秒で考える癖を。

           <感謝合掌 平成29年2月13日 頓首再拝>

奉仕の心 - 伝統

2017/03/04 (Sat) 03:43:40


      *「苦労が辛いんじゃない、『夢』がないから辛いのです」(P18~19)より

他人の身に起きていることを「ひとごと」と思っている人に
リーダーは務まりません。

他人の困っている様子を見て、我が身に起きたことと同じように思い、
見返りなど期待せずに助けようとする心こそ『奉仕の精神』です。

奉仕の精神は、思いやり=仁の心です。
「仁」は人偏に二と書きます。
二人の間に通じる心のことです。

心が通じれば一体感が生じ「ひとごと」ではなくなります。

自分は何のための生きているのか、人間は何のために生まれてくるのか、
そうした根源的なことを考えたことのある人は多いと思います。

人生の意味を考える前に、今自分が生きている状態をよく観察すれば
自分の力だけで生きているのではないことがわかるでしょう。

あなたが立っているは社会です。
その社会の中に生きていくのです。

今までも社会があなたを育ててくれたのです。
だから社会に起きることのすべては「ひとごと」ではありません。

紛争がない暮らしなら社会のおかげ、
災害に遭っても生き延びられたなら、それも社会の人々のおかげです。


人間は皆で社会を築いています。
皆に「奉仕の精神」なくして幸福は望めないのではないでしょうか。

一人の奉仕する姿が、隣人の奉仕の心を刺激して次々に
伝播していったらどんなにいいことでしょう。

労を惜しまず自ら進んで奉仕できる人を、本物の人物だと思います。

           <感謝合掌 平成29年3月4日 頓首再拝>

霊の選士としての青年に期待する - 伝統

2017/03/18 (Sat) 04:49:27


          *「若人のための78章」より

青年は概ね「新しき」を求める傾向をもっています。

そして特に「第二反抗期」の青年には、「古き」を破壊することに痛快味を感じて、
折角父祖から伝承して来た尊きものを自己破壊することをもって
「新しい」とか「進歩的」とか考える傾向があるのですが、
諸君はそのような反抗衝動の奴隷となってはならないのであります。


諸君は静かに考えなければならない。

古くとも尊きものは尊いとして伝承して大切に護り育てる
寛大の心を有たなければならないし、

新しくとも、それが日本民族に、その国土に、その伝統に、その歴史に、その文化に、
その顔貌に、その肉体に、ふさわしくない一切のものは、

健全なる肉体が、あやまって異物を食した場合、
嘔吐したり下痢したりして排泄してしまうように、

それを排泄し去って、日本民族でなければならない国のあり方を、
特色ある文化の創造を心掛けなければならないのであります。


既にいわゆる進歩的文化人として日本文化否定の一定の傾向にあって
ジャーナリズムに喝采されている中年以上の知識人たちにこの事を期待しても、
これらの人達は今更、あと戻りすることは、世間の体面上からも難しい。

されば日本固有の国のあり方を文化のあり方を
伝承し、保存し、護持し、発展せしめ、これを一層完成し行くのは、
神より選ばれたる霊の選士たる諸君、青年の役目である。

私は特に霊の選士として此らの真理を体得せる
日本の青年に期待して止まないのであります。

     (http://blogs.yahoo.co.jp/tachiyan50/31733516.html より転写)
                        
           <感謝合掌 平成29年3月18日 頓首再拝>

「清新明暢」の気が溢れる - 伝統

2017/04/04 (Tue) 03:27:37


昨日(4月3日)は全国の企業や官公庁で入社式や入庁式が行われ、
およそ89万人が新社会人としてスタートを切りました。

今日(4月4日)は二十四節気に言う「清明」。

新鮮で生気にあふれている様を「清新」、
明るくのびのびとしていることを「明暢(めいちょう)」と言います。

桜花爛漫、天地万物に清新明暢の気が満ちあふれる時候で、
街をゆく新社会人にも清新明暢の気が溢れています。

・・・

《わかったつもり》

      *「苦労が辛いんじゃない、『夢』がないから辛いのです」(P20~21)より

「そんなことは知っている」と傲慢な人より
「まだまだわかっていないことばかりだ」と自分の無知に気づいている人のほうが賢いと
言ったのはソクラテスです。

有名な「無知の知」です。

(*ソクラテス「無知の知」~http://makotti.blog.so-net.ne.jp/2014-02-19 )

知らないということを知っている。
自分が「わかっていない」と気づくことがたいせつです。


これに付け加えるとしたら、自分がわかっていると思っていることも、
もしかしたら「わかったつもり」だけではないか、と自分へ問い直すことが
出来たら本当の進歩ができると思います。

入社したてで知らないことばかりの新入社員は、質問が次から次へと湧いてきます。
でも、知らないことを知ったかぶりするよりいいのです。

自分がわかっていないことに気づいたら、
まずは何がわかっていないのかを整理します。

知らないことをそのまま放っておいたら昨日と同じ自分です。
自分の前に現れた疑問は、縁のあった疑問だと思って追い掛けましょう。

その時「わかったつもり」 や話半分で「わかったわかった、了解! 」
という早とちりはダメです。
わかったように思っても頭で理解しただけという場合もあります。

心の底から納得することが大切です。

           <感謝合掌 平成29年4月4日 頓首再拝>

青年よ大志を抱け - 伝統

2017/04/16 (Sun) 03:21:03

今日4月16日は、「大志を抱く日」です。

1877年(明治10年)のこの日、クラーク博士がアメリカに帰国する際、
札幌農学校に残した「少年よ大志を抱け」の言葉に由来し、制定されました。

次に、その全文を紹介いたします。

“Boys be ambitious !
Be ambitious not for money or selfish aggrandizement ,
not for that evanescent thing which men call fame .
Be anbitious for the attainment of all that a man ought to be .”

http://english-columns.weblio.jp/?p=1895/

・・・

大いなる冒険の壮途に発(た)とう

         *「若人のための78章」第4章(P10~12)より

(1)青年の幸福は、色々の問題と取り組んでそれを克服することによって、
   自らの内に内蔵する「神より与えられたる無限の力」を開発ことが必要である。

(2)もし困難が来るならば、新しき国土を発見するために今自分はジャングル地帯を
   掻き分けて進んで行く勇敢なる探検隊員だと観ずるがよいのである。

   困難を避けてはならないのである。
   困難を感謝して恐れることなく取り組むことが
   その人間を大成する最善の道なのである。

(3)「問題がある」ということは機会があるということである。
   夢を描く心、冒険精神・・・それがなければ人類の発達は
   今日ほど速やかに到達出来なかったであろう。

(4)行け! 青年よ。大いなる夢を描いて、大いなる冒険の壮途に着け!
   
           <感謝合掌 平成29年4月16日 頓首再拝>

不平を言うのか、実行するのか - 伝統

2017/04/26 (Wed) 03:18:50


         *Web:社長の仕事術(2017.4.23)より

From:ダン・ケネディ

今日は私が一番気に入ってるセリフについてお話ししたいと思います。

「君はクビだ! 」

私の資産運用コーチグループと一緒に、アトランティックシティのトランププラザで、
「The Apprentice」のプレミアを見ていた時のことです。

(訳注:

Apprentice=アプレンティスとは見習いのことで、
当時のアメリカ不動産王のドナルド・トランプ氏をホストに、
彼の右腕として働く人材を発掘する番組。

「You’re Fired!=君はクビだ」は番組内のトランプ氏の決め台詞)


ドナルド・トランプは正しい選択をしたと、我々は皆同意見でした。

クビになった男は、自分をうまく使ってくれなかったから活躍できなかった
と文句を言っていたのですからクビになって当然です。


翌日のミーティングで、マイク・ウォルターズが新しく採用した男の話が上がりました。
マイクは彼の新しいオフィスに事務用家具を届けに来た男を高給で採用し、
その男をプロジェクトマネージャーに指名したというのです。

その男の資質とは一体何だったのでしょう?

彼は自分が売った事務用家具が運ばれているのを見ながら、
他の運搬業者やパーティション業者、電話業者、工事作業員たちが入り乱れる中を、
誰に言われるでもなく全ての業者に指示を出し始めました。

彼の監督のもと、10時間以上かけてオフィス全体がきちんとセットアップされたのです。

彼は、与えられた以上の仕事ができること、責任を取ること、
そして「ガルシアへの手紙」を受け取るにふさわしいことを自ら証明したのです。

(訳注:

ガルシアへの手紙とは、米西戦争中に米国大統領が所在不明の
キューバ反乱軍のリーダー・ガルシアへの手紙を託した男ローワンの逸話。
手紙を受け取った時にガルシアの所在を聞くこともなく、
命令通りガルシアを探し出して手紙を届けたという)


多くの人は、何をすべきか詳細な指示を待つばかりで、
言われたことしかせず、責任も取らず、文句ばかり言っています。


マイクは、彼が見つけた逸材に新しい役職を作って与えました。

トランプは、無能な男を即座にクビにしました。


人間とは自分の仕事を外注化されたとか、自分の仕事がなくなったとか、
文句を自らかき集め、不幸のぬかるみにはまっていきがちです。


クリーブランドでは、いまだに鉄鋼所の作業員たちが、
海外に仕事を取られていくことに文句を言っています。
鉄鋼業界は、もう10年以上前に終わったのも同然なのにも関わらずです。

航空管制官たちはレーガン大統領が彼らを解雇したことに文句を言っています。
何年前の話をしているのでしょうか。


まったく、私は文句言いが大嫌いです。

ーダン・ケネディ

   (http://www.theresponse.jp/blog/president/70203/?ts=mag_dann_170423

・・・

*「ガルシアへ手紙」については、このスレッドにおいて、別途、紹介する予定です。

           <感謝合掌 平成29年4月26日 頓首再拝>

「ガルシアへの手紙」 - 伝統

2017/05/12 (Fri) 03:46:36

       *「ガルシアへの手紙」エルバート・ハバート(著)より

(1)Amazon.co.jp レビュー

    ガルシアとは、かつてアメリカとスペインがキューバを
    めぐって戦争をした際、キューバにいた反スペインのリーダーのこと。

    本書は、大統領からの依頼を受け、どこにいるかもわからないガルシアに
    手紙を届けたローワンという将校をモデルに、

    自らの 力で物事に取り組むことや、
    目の前の課題に勇気をもって挑むことの重要性を説いている。

    もともと『A Message to Garcia』はほんの数十ページの小冊子ですが、
    その影響力は1913年の時点で4000万部印刷されたという事実から
    容易に推測できる。

(2)著者の紹介

   エルバート・ハバード(1856-1915;Elbert Hubbard)

   アメリカの著名な教育家。
   セールスマンとして成功を収めた後、新しいキャリアを求めて
   40代はじめにそれまでの仕事をやめ、大学で勉強をはじめる。

   その後、さまざまな有名人に会うために各国を旅行し、
   イギリスで出会った詩人であり、美術工芸家でもあるウィリアム・モリスの
   印刷・出版社の質とプライドに感銘を受け、アメリカに戻って同様の会社を興す。

   その会社経営のかたわら、勤勉、質素な生活、積極的姿勢という
   独自の人生哲学を広めようと執筆活動をはじめる。

   ハバードの著作は、アメリカでたいへん好評を博し、
   なかでも『ガルシアへの手紙』は大変有名で、
   1895年から1915年の間、アメリカで最も版を重ねた本となった。

   D・カーネギーやキングスレイ・ウォードなどもその言葉を多く引用している。


(3)編集者のコメント

   この本には、力がある!
   しかも、人を前向きに、積極的に物事に立ち向かわせ、
   やり遂げさせるための不思議な力が。

   少なくとも、この本のおかげで、挫けそうな心を持ち直し、
   見事仕事をやり遂げた人間がいます。

   なにを隠そうこのワタクシですが・・・。

(4)本書の紹介

  ①世界中で最も多くの人々に
   大きな1歩を踏み出す勇気を与えた小さな1冊

   あなたはガルシアへ手紙を届けられるだろうか?

   この物語は、1899年にアメリカの著名な教育者、
   エルバート・ハバードがわずか1時間で書き上げたものです。

   とても簡単でわかりやすく書かれていますが、
   人間にとって非常に重要で基本的な教訓が含まれています。

   いつの時代であろうとも、社会において、会社において、
   友人として、恋人として、求められる理想的な人物が描かれています。

   そのため、早くも1913年には原本が4000万部も印刷されました。

   その後、ロシア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、トルコ語、
   ヒンズー語、中国語など世界中で翻訳され、その普遍的な教訓は
   こんにちでさえ色あせることなく私達の心へ訴えかけます。


   『あなたはガルシアに手紙を届けられるだろうか?
   ローワンになれるだろうか?

   ガルシアとは、かつてアメリカとスペインがキューバをめぐって
   戦争をした時に、キューバにいた反スペインのリーダーである。

   アメリカはそのどこにいるかもわからないリーダーに、
   大統領からの手紙を届ける必要があり、その困難な要求に
   見事に応えたのがローワンという将校である。

   著者は、この英雄譚から、いかに、ローワンのような人物が
   この社会で求められているかを短い物語として書き上げた。

   この短い物語は各国で翻訳され、世界中に読まれた。
   そして歴史上最も多く読まれた本のひとつとなった。   
                          (まえがきより)

  ②Web「青空文庫(ガルシアへの手紙)」からの抜粋

   マッキンリー大統領はローワンにガルシア宛の手紙を託した。

   そのときローワンは、手紙を受け取るに当たって

   「その人はどこにいるんですか?」

   などと尋ねなかったのである。

   なんという男! 

   彼こそは、その姿を銅像に残し、国中の学校に設置し、
   もって永遠にその業績をたたえるべきである。

   若者に必要なのは、机上の勉強や、あれやこれやの教えなどではない。

   背筋をビシッと伸ばしてやることである。

   そうすれば、若者はおのずと課せられた信頼に応え、素早く行動し、
   精神を集中させ、そして「ガルシアに手紙を持っていく」人物と
   なっていくであろう。

   ガルシア将軍はもうこの世にはいない。
   しかしガルシアは他にもたくさんいるのだ。

    (http://www.e-freetext.net/garcia.html


   変わる勇気、挑む勇気、前へ進む勇気。行動しようとする意思の力の大切さ。
   時代に、社会に求められる存在となるためにはどう生きるかを訴える一冊。

                ・・・

<「ガルシアへの手紙」>

1.「ガルシアへの手紙」の物語の教訓

(1)目の前の物事に対して、
   「自分がやるんだ」という気持ちを持つということ。

  ①自分でやる。

  ②他人の力をあてにしない。

  ③他人のせいにしない。言い訳なんかもちろん考えない。

(2)自分が見込まれ、自分が頼まれた以上、その信頼になんとしても応える。


2.希望と勇気が人間を輝かせる

(1)自分の力で生きて、生き抜くのだ。
   もう一度、夢と希望を持つのだ。

(2)勇気ある人こそ、どの社会でも最も必要とされている人である。

  ①勇気、それは自分の成長への意欲のことだ。

  ②勇気ある人は、人を頼りにしない。
   人の頼りとなる人を目指す人だ。目の前の課題に自ら挑む人だ。

  ③勇気は、他人への思いやり、他人への愛でもある。


3.できる人、できない人

(1)できる人は少ない。
   できない人を同情、憐れむより、できる人に目を向けろ。

(2)できる人、成功する人の覚悟

  ①気概と熱意を持ち続けること。

  ②明るく、前向きに行こうと思い続けること。

  ③他人に思いやりと感謝を持ち続けること。

(3)できる人のタイプ

  ①会社の方向、組織の目指しているところをよく知っている人

  ②自分の位置、役割をはずさない人

  ③自分に厳しく、自分をコントロールできる人

  ④反省できる人

  ⑤素直な人

(4)できない人のタイプ

  ①いわれないかぎり自分の仕事をつくらない人
  ②言い訳ばかりする人
  ③相手によって態度を変える人

  ④他人の目ばかり気にしている人
  ⑤他人に「ありがとう」といえない人
  ⑥他人を好きになれない人

  ⑦新しいことに拒否反応を起こす人
  ⑧平気で人を利用する人


4.エルバート・ハバードの言葉

(1)どんな人でも、少なくとも1日にひとつ、
   自分には難しいことだと思えることに挑戦し、それをやりぬかないかぎり、
   人として大した成長はできない。

(2)家から出るときは、顎をひき、頭をまっすぐに立て、胸いっぱいに息を吸い、
   そして、太陽の光をしっかりと体に入れよう。

   友人たちには笑顔であいさつし、気持ちを込めた握手をしよう。

(3)自分のやりたいことをしっかり心の中に刻み込む。

   目指す方向を見失わずに、目標にまっすぐ向かうのだ。

(4)自分がなりたいと思う、役に立ち、しかも情熱を持った理想像を
   心の中に描こう。

(5)人の思いこそすべてである。

   正しい心のありよう、それは勇気を持つことであり、
   素直であることであり、明るく前向きであることだ。

(6)正しい思考は、創造する力がある。
   すべてのことは願望から生まれ、すべての真摯な思いは、実現するのだ。
   私たちは心の思い定めるような人間になるのだ。

   あごをひき、頭をまっすぐに立てよう。
   私たちは神になる前の存在なのである。

(7)熱意ある人は、右の手を2本持っているようなものである。

(8)この世では、あるひとつのことに、富についても名誉についても、
   大きなごほうびを与えてくれる。
   それは積極的に取り組むということである。

   積極的に取り組むということは、
   人に言われることなしに、自ら、正しいことをすることである。

(9)悩みは仕事よりも多くの人を忙殺する。
   なぜなら、多くの人たちが、仕事よりも悩みと格闘しているからだ。

(10)きつい、そしていらついた言葉を口にするのは愚かしい。
   しかし、より愚かなのは、それを手紙に書いて送ることである。

   人は無礼な手紙を受け取ると、
   すぐに10倍もひどい内容にした無礼な手紙を送り返すだろう。

   そして、どちらの手紙もゴミ箱に投げ捨てられることになるのだ。

(11)真の友とは、あなたのすべてを知っていて、
   それでもあなたのことが好きな人のことである。

(12)成功

  ①天才とは、ただ、努力の継続をできる人のことをいう。
   成功と失敗の差はほんのちょっとしたところにある。

  ②成功の方向に向きかけているときが、最も困難に見えるときなのである。

  ③努力をあきらめないかぎり、失敗なんてこの世にはないのだ。

  ④自分の心の内から来る敗北以外に敗北はなく、
   自分自身の持っている意志の弱ささえ、克服すれば、
   乗り越えられない障害なんてないのだ。

(13)支払われる報酬以上のことは絶対しないという者は、
   それ以上の報酬がもらえることは決してない。

(14)いつまでも無知でいる秘訣は、実にやさしい。
   いつも自分の考えだけを肯定し、自分の知識だけに満足していればいい。

           <感謝合掌 平成29年5月12日 頓首再拝>

《20代の青年への17の助言》 - 伝統

2017/05/24 (Wed) 04:23:02


        *「20代のうちにしておきたい17のこと」本田健・著 より

(1)人生最大の失敗をする

  ①目を覆いたくなるような人生最大の失敗を恐れないで挑戦しよう
   人生で早いうちに大きな失敗をすると、あとはプラス勘定になる。

  ②すべてのものを受け入れられないのが20代
   自分にイライラし、必要以上に反応してしまう自分がまた許せない
   という悪循環に陥ってしまう。

   「ダメな自分でもいいや」が魔法の言葉。
   自分にちょっと甘くしてあげられるくらいでないと幸せ感を味わえない。

  ③目の前のワクワクすることをやってみることが大事。
   夢を生きられるかどうかの最初の一歩。

(2)大好きなことを見つける

  ①大好きなことを見つけるのは早いほうがいい。
   人生を楽しめる時間が長くなると、
   何年かたったとき「好きなこと」が変わる可能性がある。

   そして「心の磁石」が弱っていると引きつけられない。
   子供時代に大好きなことを見つけるヒントが眠っている。

  ②「嫌いなことをやっていく人生」と「好きなことをやっていく人生」
   シミュレーションしておく。
   何か後悔するとしたら何をいちばん後悔するか?

(3)一流のものに触れる

  ①「人生は自分が触れたものになる」
   住環境も大事。リラックスできる部屋で生活し、わくわくするような仕事をもち、
   すばらしい人に囲まれていたら、未来は明るくなる。

  ②「今つき合っている人が、あなたの未来を決める」
   どんな人と出会うかでその後の人生は大きく変わる。
   人と出会うなかで自分はどんな人生にしたいのかを学び、選択する。

(4)人生を100%楽しむ

  ①幸せな人の特徴は「100%楽しんで生きている」
   「楽しんで生きる」というのは、がんばっていたり、気合の入った状態ではない。
   目の前のことを心から純粋に楽しんでいる状態。

   100%楽しんでやるという癖をつけると、どんなことにも全力を出せるようになる。

  ②努力することなくワクワクしながら最後までやりきる。
   「がんばって、やりきる」のではなく
   「楽しいから気がついたら張り切ってやっちゃった」という感覚。
   気軽にやっているうちにはまってしまったという感覚。

  ③どんなときも絶対に手を抜かない
   「見られている前提」で動く。
   必ず人柄や雰囲気に、生き方が表れる。

  ④自分で積極的にチャンスをつくる。
   成功していく人の共通点「自発的にやる」。
   待っているだけでは仕事も成功への足がかりもやってこない。

   チャンスをつかめる人は誰が認めてくれなくても普段から地道な努力をしている。
   チャンスがきたときはすぐに前に飛び出せるような準備をしている。

(5)死ぬほどの恋をする

  ①恋をすることは「心の磁石」のチカラを弱らせない秘訣
   人間が一生懸命になるのは誰かのことを本当に愛しているとき。
   「情熱を感じる」回路を弱めない。
   心がワクワクするという感覚は10年後も感じられるか保証はない。

  ②恋はマーケティング
   愛せる人に出会うには、理想の相手の行動パターンを予想し、そこへ赴く。
   自分の行動範囲を拡げる。

  ③一緒にゼロから築いていける人を選ぶと人生は楽しくなる。
   自分はどんなタイプの人と一緒にいると楽しいのか・嬉しいのかを明確にする。

   「これがないとダメ」という条件は必要ない。
   自分が進みたい方向性、人生のノリが一緒の人を選んだほうが良い。

(6)一生付き合える親友を見つける

  ①親友の定義
   今持っているものをすべて投げ出してもいいから
   その人のところに駆けつける、助ける、というようなことができるかどうか。
   また相手も同じように自分のことを思ってくれるのが「親友」。

   ギブアンドテイクの関係。
   一生付き合える親友を持つことは人生で一番大切なこと。
   人生が豊かなものに変わる。

  ②ライバルを持つ=常に励まし合う仲間を持つ。
   自分を高めてくれる「ライバル」を持つ。
   自分がくじけそうになっても、相手のことを考えるともう一息がんばれる、
   そんな存在があると自分のチカラ以上の力を発揮できる。

   適度な競争は人生のスパイス。
   勝った負けたの関係でなく磨き合う仲間としての「ライバル」を持とう。
   ライバルを持つと自分自身に厳しくなる。

(7)両親と和解する.

  ①両親と和解できていないと人生で安心感を持つことができない。

  ②父親と和解できていると、キャリアを積んだり人生で何か挑戦しようというときに
   感情的な抵抗が少なくなる。

  ③母親と和解できていると、いまの自分を受け入れることが楽になる。
   創造性を育んだり、人生を楽しむことが自然にできるようになる。

(8)自分のルーツを知る

  ①進むべき道を自身を持って歩んでいける。
   自分の家族の周辺を調べていくと自分のルーツ・才能と関係していることに気がつく。
   プラスとマイナスを理解することで初めて自分のやるべきことが見えてくる。

  ②生まれた目的を探すのにつながる。
   生まれた目的というは、探すというより、ある瞬間に理解すること。
   「ああ、自分はこのために生まれてきたんだ」という気付きが腑に落ちる
   というような感覚。

  ③生まれた目的が明確になると自分のビジョンに自信がもてる。
   人生観が安定している人は、何が起きても影響を受けることがない。

   「なぜ自分は生まれてきたのか」「この人生で何をやりたいのか」を知ることが
   できれば「自分はこの分野でやっていくために生まれてきたのだ」という
   信念をもつことができる。

  ④信念を持てば、批判や否定をされても気にならない。
   自分はもっと高いビジョンで生きているんだと自信が持てる。

   ぶれないで生きるには、自分にどれだけ信念があるかどうか
   どんな状況でも「自分にはコレが大事だ」と信念が持てることが人生を支えてくれる。

(9)才能のかたちを知る

  ①才能は仕事に直結する。
   好き嫌いを感じそれをベースに大切なことを判断する。
   それが自分を幸せにするかどうかを決める。

  ②人の好みから、洋服、仕事の内容、食べ物、すべてにおいて好き嫌いを感じよう。
   そこからどういう人生を生きたいのか組み立てていこう。

  ③自分の向き不向きは好き嫌いから探る。
   嫌いなものはやめたらいい。
   やってみて、「自分には向いていない」と思ったら、やめたほうがいい。

(10)専門分野を持つ

  ①専門分野とは「自分のウリ」。
   好きなこと、進みたい道は漠然とわかっても、
   それが自分の「専門分野」と言えるのか、自信が持てない人が多い。

   ここでいう「専門分野」とは、自分はこれだけはよく知っている、得意だということ、
   「これが自分の売りです」と言えるようなもの。

   それを知るために「これでいいのだろうか?」と考えずに
   面白そうだったらとにかく飛び込んでとことんやってみる。

  ②幸せな人とは「自分は誰か?」ということをよくわかっている人。
   自分の持っている才能を一番いいかたちで輝かせている。
   自分が選んだ道を極めている人が幸せに豊かになる。

  ③自分は何をして社会とのつながりを持つか。
   20代で決めなくてはいけないこと。
   自分が貢献したものがそのまま自分の人生に返ってくる。

  ④社会の仕組みを知る。
   人は外見で判断できない。
   世の中のお金の流れはどうなっているのか、
   どうやったらお金の流れを生み出せるのかを知ること。

(11)メンターを探す

  ①メンターとは、「人生を導いてくれる先生」。
   ビジネスについて・人間としてどう行きたらいいか、
   折に触れて指導したりアドバイスをくれる存在。

   自分の人生がよりよくなるサポートをしてくれる人。
   人生は、メンターの質によって決まるといっても過言ではない。

  ②メンターの探し方。
   社会的地位やお金、雰囲気に惑わされるな。
   どれだけ身近な人を大切にして、まわりから大事にされているか。
   自分が憧れ、幸せでかつ成功しているメンターがベスト。

(12)人生が変わる本と出合う

  ①20代の読書の仕方で人生が決まる。
   人生を変えるきっかけは「肉親や自分の病気」「身近な人の死」「リストラ」など。
   本を読むことで人に出会うことの疑似体験ができる。
   とにかく自分の栄養になりそうなものを読んでいくこと。

  ②学びのプロセスに無駄なものはない。
   出会いは普段の生き方の反映。
   全ての体験が人生だから何が悪いというレッテル貼らないほうが楽しめる。

   20代は、不必要・無駄だと思うものにも出会って触れてみよう。
   そうしたらわかることがある。

   人に裏切られた痛みを体験すると人の信頼を何よりも大切にしようと考えるようになる。
   悲しいことも苦しいこともすべて無駄なことはない。

  ③「正しい」か「間違い」かで考えないこと。
   本の場合も同じ。
   読んだら自分がそれを読んでどう感じたか、ということに意味がある。
 
   自分にとってどれだけインパクトがあったのか、なかったのか。
   それを記憶しておくこと、胸に刻みつけることが自分の生き方を見つける出会いになる。

(13)質問力を鍛える

  ①質問する力がそのまま人生をつくる。
   人生でもっとも大切なスキル。

   「なぜ私は◯◯ができないんだろう?」といったネガティブな質問をすると
   自分を精神的に打ちのめしてしまう。
   その質問をする時点でもう「自分はできない」ということが既成事実になってしまう。

   幸せな成功者は「このピンチから学べることは?」
   「このピンチから出脱する方法は?」など、
   本人がワクワクして行動できる質問をする。

  ②ピンチを脱出するための質問
   「このピンチから脱出するために必要なことは?」
   「誰に助けを求めたらいいだろう?」
   「この状況で学ぶことは?」
   「いまの人生に感謝できることは?」

  ③人生を切り開く質問
   「自分に天才性があるとしたらなに?」
   「最高の人生を生きるとしたら?」
   「自分の夢を実現するのに助けてくれる人は?」
   「これからどんな奇跡が待っている?」

(14)お金と時間の管理を学ぶ

  ①消費と投資の割合
   将来自分がやろうと思うことにつながることに使うお金や時間が「投資」。
   お金にしても時間にしても限られた「資産」。

  ②知識と知恵に投資しよう
   人生で大切なことは「知識と知恵」に対する投資。
   「知識」には社会のしくみ・法律・お金の流れ・心理学など。
   知識に経験が加わると「知恵」になる。

   「知識」と「知恵」を生かしていくためには自分が何をしたいのか、誰としたいのか、
   どこでしたいのか、を明確にしなければならない。

   一番大切なのは「自分に何が必要なのか」を知る感性。

(15)没頭できる趣味をもつ

  ①お金に恵まれなくても毎日楽しくてしかたがないと感じる趣味を持っている人は、
   それだけで幸せな人。趣味は人生をより楽しい物にしてくれる。
   本業になる可能性だってある。

  ②人生のチャンスをつかむスキル
   資格や勉強をする際は、将来有利になるかではなく「面白いかどうか」で選ぶといい。
   誰かから誘われたらとにかくやってみよう。

   それがいつどういう形で役に立つのか今はわからなくても
   何年後かにはやっていてよかったと思うときがやってくる。

(16)異文化に触れる旅に出る

  ①自分が動いた範囲だけ意識が広がっていく。

  ②海外に住むという経験を持つこと
   チャンスがあれば海外にしばらく住んでみること。
   世界は日本だけじゃない、と感じることができる。

   違う文化とか違う国に住んでみると
   自分の望んでいるものが何なのかを知ることができる。
   そしてよりいまの生活に満足できるようになる。

   一度住んでみたいと感じるところがあれば、とりあえず行ってみよう。

(17)運について学ぶ

  ①運が良い人は、幸せ度・経済的自由度が高く、人間関係も上手にこなしている。
   逆に運の悪い人というのはストレスの多い生活を送っている。

  ②運命と宿命
   本人が生まれたときにある程度決まっているのが「宿命」、
   本人が変えられるのが「運命」。
   どう生かすかは自分次第。

  ③人生を幸せに生きるために大切な3つのこと
   ・自分で変えられないものを受け入れる強さ
   ・変えられるものを変えていく勇気
   ・その違いを見分ける賢さ

  ④目の前のできごとに一喜一憂しないこと
   人生ではどうしても望んでいないことが起こる。
   どんな逆境であっても、人間性・情熱・努力でひっくり返すことは可能。
   その出来事が人生を決めるわけではない。
   自分の人生を決めるのは「その状況に対して、どう感じ・考え・行動するか」。

  ⑤持つべき3つの運
   ・上から引っ張ってもらう運
   ・横から支えてもらう運
   ・下から持ちあげられる運

   助けてもらうことで自分が本来持っている運やチカラが何倍にも大きく育っていく。
   年上に可愛がられ、仲間に応援され、下の人達があなたのためだったらと
   駆けつけてくれる…そんな人間になろう。
   この3つが揃って初めて「幸せに成功することができる」

  ⑥直感を信じてチャンスをつかむ
   人生にはアドバイスや雑音の中で、自分の声だけを聞いて、
   走り抜けなければならないときもある。
   そんなときは自分の直感を信じること。

           <感謝合掌 平成29年5月24日 頓首再拝>

若者よ、挫折力を鍛えよ - 伝統

2017/06/10 (Sat) 04:05:24


       *Web:PHP online 衆知(2011年01月17日)より抜粋
             ~冨山和彦(経営共創基盤CEO)

(1)今、 大人たちが繰り出す彌縫策が、
   本音では大人たちの既得権を守ることを大前提にしていることを、
   若者はよく知っている。

(2)いまや若い世代にとって、一度もぐりこめれば終身雇用、年功制、
   豊かな企業年金が既得権として保障される豊かな会社(≒ムラ)の数は限られ、
   今後、さらに減少することも明白。

   これは一国の政策とか規制でどうなる問題ではなく、
   世界の動向や人口構成といった、もっと根底的な社会の構造問題だということを、
   当事者であり、すぐ上の「ロストジェネレーション」の先輩の苦労を
   間近でみている彼らは、大人よりもよく理解している。

(3)逆に、そのムラ、いわばシェルターから一度、放り出されたら、日本の社会は冷たい。
   ぎりぎり、そのシェルターのなかで逃げ切れる既得権者比率の高い「上の世代」が、
   そこに本気で手を付ける気がないことも、彼らはよく知っている。

   だから、絶対安全そうなシェルターへの就職人気は極端に高くなるが、
   それ以外は、どこへ行っても同じと判断しているのだ。

   これはまったく正しい。

(4)ということは、「いまどきの若者たち」は、じつはしたたかで、
   与えられた環境にしっかり順応して、混沌の時代を生き抜く準備を
   本能的にやっているのだ。

   実際、女性に多いパターンだが、世界のフィールドで一人で生き抜く力を
   鍛えるために、単独で海外に飛び出す若者も増えている。

   そこまでの闘争力、狩猟能力がなさそうだという大多数の若者は、
   デフレの国内に残り、草食的な冬眠モードで生き残りをめざす。

   それぞれに大したものだ。

(5)私や私より上の世代は、そのうちいなくなるか、力を急速に失っていく。
   偏狭な攘夷論にすがりついている連中は、あと10年もすればどんどん消えていくのだ。

   本当に日本全体が危機になったとき、いい時代を生きてきた「上の世代」、
   典型的には団塊世代から私の世代くらいまでは、意外と役に立たないはずだ。

   幕末の直参旗本八万騎と大差ない。

(6)だいたい、「いまどきの若者は」の類いは、ヤキが回ってくると言い出すフレーズ。
   エジプトの遺跡にも同じ言葉が刻まれているそうだ。

   無名時代の勝海舟も、坂本龍馬も、そして若き平清盛や織田信長も、
   当時の大人からみれば、生活態度も根性もなっていない、
   思わず顔をしかめるような「いまの若いやつ」である。

   慌てることはない、若者よ。

   この不遇と閉塞のなかで、せいぜい苦しみ、失敗し、逼塞して、
   心と体を鍛えておけ。

   早晩、君たちの時代はやってくる。

   そのときに、そうやって培った「挫折力」が必ず生きるはずだ。

   (http://shuchi.php.co.jp/article/101

           <感謝合掌 平成29年6月10日 頓首再拝>

すべての人たちが、人生に意義を感じられる目的感を持てる世界を作ろう - 伝統

2017/06/26 (Mon) 03:03:15


        *ハーバード大学の卒業式スピーチ(2017年5月)の要点の紹介
         ~フェイスブック創業者マーク・ザッカーバーグ

 (動画)https://www.youtube.com/watch?v=BmYv8XGl-YU


(1)今日僕が話したいことは、「自分の人生の目標を見つけるだけでは不十分だ」
   という話をします。僕らの世代にとっての課題は、
   「”誰もが”目的感を人生の中で持てる世界を創り出すこと」なのです。


   ジョン・F・ケネディがNASA宇宙センターを訪れた時のエピソードで
   僕の大好きなものがあります。

   ホウキを持ってる清掃員さんにケネディが何をしてるのかと訪ねたら
   彼はこう答えました。「大統領、私は人類を月に送る手伝いをしているのです」。


(2)「目的」というのは、僕ら一人ひとりが、小さな自分以上の何かの一部だ
   と感じられる感覚のことです。

   自分が必要とされ、そしてより良い未来のために日々頑張っている
   と感じられる感覚のことなのです。

   「目的」こそが本当の幸福感をつくるものなのです。

   あなたがたは、このことが特に重要な時代に生きています。

(3)この社会を前に進めること、それが僕ら世代の課題です。
   新しい仕事を作るだけじゃなくて、
   あたらしい「目的感」をも作り出さなくちゃいけない。

(4)あなたがたの多くにも、「誰かが起こすであろう”ある変化”」があって、
   そのことが自分には明確に見えているという感じがあるでしょう。

   しかし「誰か」がやるんじゃないんです。”あなたが”やるんです。

(5)ただ、自分の人生の目標をそこで見つけるだけでは十分ではありません。
   あなたは、誰か他の人にもその「人生の目標」が持てるように
   してあげなくてはいけない。
   

(6)今日、僕は世界に「目的感」を持ってもらうための3つの方法についてお話します。

  ①一緒に大きくて意味のあるプロジェクトについて語ること。

  ②”平等性”を再定義して誰もがその目的に参加する自由を持てるようにすること。

  ③世界規模のコミュニティを創り出すこと。

(7)「大きくて意味のあるプロジェクト」

  ①プロジェクトは、その仕事をやった人たちに生きる目的を与えただけではありません。
   国全体に、「俺達は偉大なことができるんだ」というプライドを与えたのです。

  ②アイデアはいきなり完成形でやってきたりしない。
   それについて取り組んでいるうちにだんだんクリアになってくるんです。
   とにかくまずは始めなくては。

  ③大きな目標に向かっているすべての人は狂人扱いされます。
   たとえ最後には正しかったとわかる場合でもね。
   複雑すぎる課題に向かっているすべての人が、
   自分がやっていることを十分に理解してないとか言って責められます。

  ④イニシアティブを取るすべての人が、急ぎすぎだと非難されます。
   いつだってもっとゆっくりさせたい人たちがいるからです。

  ⑤僕らの社会では、あまりにミスを恐れるあまり、
   もし何もせずにいたらそもそも全てがダメになってしまうということを
   忘れてしまって、結局何もせずにいてしまうことがよくあります。

   そりゃ何をやっていても、それなりに未来に課題はうまれますが、
   しかしだからといって、「それを始める」ことから逃れることはできません。

(8)”平等性”を再定義して誰もがその目的に参加する自由を持てるようにすること

  ①起業家文化は、
   多くの新しいアイデアを簡単に試せるようになっている時に栄えます。

  ②大きな成功は「失敗する自由」によって生まれます。
   
  ③良いアイデアと、ハードワークがあれば必ず成功するわけではないことは
   みんな知っています。それだけじゃなくて運も必要です。

  ④これからは、GDPのような経済的指標だけでなく、
   どれだけ多くの人間が、意味のあると感じられる人生を送れているか・・
   といった指標で社会の進歩を測っていくべきです。

  ⑤誰しもがミスをします。
   だからこそ僕らには失敗者が身動きできなくなったり、
   汚名を着せられて社会的に抹殺されたりしない社会が必要です。

   そしてテクノロジーが変化し続ける時代ですから、
   (若い頃に一度だけの教育でなく)生涯に渡って継続的に教育を受けることに
   もっと目を向ける必要があります。

  ⑥僕らは誰しも、誰かに手を差し伸べる時間を作れます。
   すべての人に、自分の目的を追える自由を与えましょう。

   それはそうすることが正しいことだからというだけではありません。
   そうすることで、より多くの人がそれぞれの目的を追求できたら、
   僕らの社会全体がよくなるから、そのためにやるのです。

(9)コミュニティを作ることでみんなに「目的感」を与えることができる

  ①すべての世代が、「ぼくたち・わたしたち」という概念を押し広げてきました。

  ②人類の歴史は、小さい集団からより大きな集団へ、部族から都市へ、そして国へ
   ・・・と多くの人間が寄り集まり、協力しあうことで今までできなかったことを
   可能にしてきた物語であることを、僕たちは知っています。

  ③そしてその最も大きなチャレンジが、今まさにグローバルに展開していて、
   僕らはまさに貧困や病気を終わらせることができる世代でもあるのです。

   今目前にある問題は、都市単位や国単位でなく、
   グローバルコミュニティレベルでの協力関係が必要な課題なのです。

  ④もし十分な数の人間が自分自身の人生に目的と安定を感じて生きられている
   としたら、その時人類は「他の地域の人たちの問題」についてケアしあうことも
   可能になるのです。

   だからこそ最善の対処法は、
   今ここで、ローカルなコミュニティを立て直すことなのです。

  ⑤人間は人生の意味をコミュニティから得ています。

   それらは自分がより大きな何かの一員であることを、
   そして一人じゃないってことを教えてくれます。
   それによって僕らは自分の可能性を押し広げる強さを得ることができる。

  ⑥変化はローカルに始まります。グローバルな変化も最初は小さく始まる。

   僕らのような、僕らの世代において、もっと多くの人を繋ぐことができるかどうか、
   僕らの最大の課題が実現できるかどうかは、全てこのことにかかっているんです

   ・・・あなたがコミュニティを創り出し、そしてありとあらゆる人が、
   自分の人生に目的感を感じられる世界を創り出すことができるかどうかにね。



2017年クラスのみなさん、あなたがたは、
「目的」を必要としている世界へと飛び込んでいきます。
それが創り出せるかどうかはあなた方次第なんです。

ミ・シャベイラの祈り~僕が困難に直面した時にいつも唱える祈り

「私たちに先立つ者たちに祝福を与えてきた力の源よ、
私たち自身の人生に祝福を与える勇気を見いだせるよう助けてください。」


みなさんがそれぞれの人生を祝福する方法を見いだせることを願っています。

2017年クラスの皆さん、おめでとうございます!グッドラック!

  (https://keizokuramoto.blogspot.jp/2017/05/blog-post_74.html

           <感謝合掌 平成29年6月26日 頓首再拝>

《鏡に映る自分》 - 伝統

2017/07/30 (Sun) 03:40:11


      *「苦労が辛いんじゃない、『夢』がないから辛いのです」(P22~23)より


ソクラテスは「汝、自らを知れ」と言いました。

自分を知ることが大切です。

どこで生まれ、どこで育ち、両親はどんな人で、
何が得意で、何が苦手で、どんな性格・・・

スラスラ言えるかも知れません。
しかし、それがすべてでしょうか。

両親の若い時からのご苦労を真剣に聞いたことがあるでしょうか。
育った環境を客観的に見たとこはあるでしょうか。

自分が得意なことはわかっていても、自分が苦手としているものは
単なる思い込みではないでしょうか。

若いうちから自分の苦手や弱点を決めつけてしまうのは、
自分から未来への扉を閉ざすもったいないことです。

自分への誤解を解けば、自分の可能性がよく見えてきます。
自分の性格や癖を分析し、思い込みを捨てて
素直な目で鏡の中の自分を見てください。


心は目に見えませんが、実は表情を通して見えています。

たとえば笑顔、心から笑っている本物の笑顔と作り笑い。
あなたの笑顔はどうですか?

心に積極的な力がつくと笑顔が本物になっていきます。

自分の笑顔を通して自分の心まで覗いてみてください。

自分を知ったらやるべきことが見えてきます。

今の自分を知り、時間がかかってもなりたい自分を目指してください。

           <感謝合掌 平成29年7月30日 頓首再拝>

天才イーロン・マスク - 伝統

2017/08/15 (Tue) 04:47:29


       *『天才イーロン・マスク、銀河一の戦略』桑原晃弥・著からの要点の紹介です。


(1)イーロン・マスクは「テスラ」のほかに、
   宇宙ロケット開発会社の「スペースX」と、
   太陽光発電会社の「ソーラーシティ」も経営している。

   それぞれかなりの成果を上げている。

   ネット決済でよく使う「ペイパル」開発者の一人になっている。

(2)多くの会社を経営しているのは、

   「人類を救う」「地球を救う」

   という大目標に沿ったものであり、人類の火星移住を本気で考えている。

(3)マスクがすごいのは、
   それらがただの荒唐無稽な夢物語ではなく、着々と現実化させていることだ。

(4)そんな世界に南アフリカから単身乗り込んで、
   わずか10年あまりで流れを変えてしまったのである。

   マスクには、
   既存の企業が思いもつかなかったアイデアがあり、
   壮大なプランがあり、人を惹きつける何かがあるに違いない。

(5)子ども時代のマスクの最大の特徴は、
   無類の読書好きだったことだ。

   読書の範囲も広かった。
   「自分はなぜ存在しているのか」
   という問題に直面し、哲学や宗教の本に没頭した。

   その一方で、科学小説やエジソンの伝記などにも熱中していた。

(6)読書と実践の体験は、
   実験好きというマスクの資質を育てている。
   ファンタジー小説やSF小説もたくさん読んだ。

(7)読書の一方で、マスクはコンピュータにも人一倍強い関心を持っていた。
   10歳でプログラミングを独学でマスターし、
   12歳のときには自作のゲームソフト「ブラスター」
   をつくって売り、500ドルを手にした。

(8)南アフリカからカナダに渡ったマスクの生活は貧しかった。

   さまざまな肉体労働をして、カナダのクイーンズ大学に進む。
   2年を過ごし、1992年奨学金を得て、
   ようやくアメリカに行くことができた。

   ペンシルベニア大学ウォートン校で、物理学と経済学の学士号を取得した。

(9)世界を救うためには、
   莫大な資金と、圧倒的な技術が必要だ。

   それらを求めて、1995年、シリコンバレーへと乗り込む。

(10)すぐれたアイデアを思いついたとき、
   すぐに行動に移せるかどうかは、起業家にとって成功の絶対条件となる。

   マイクロソフトのビル・ゲイツは、ハーバードを中退。

   フェイスブックのマーク・ザッカーバーグもハーバード中退組だ。

(11)すごくなるには、すごい相手と組む。
   小企業テラスがトヨタ、パナソニックを動かす。

(12)現実を変えるには、イメージをます塗り替える。

(13)なければ自分でつくれ。
   世界最高を使い、世界最高を実現する。

(14)すごい新しさにはすごい人が集まってくる。
   トヨタとの提携。

(15)恐れは無視せよ。
   進むのが遅くなる。

   新企業スペースXがアメリカの威信を背負う。

(16)スタートは荒唐無稽でかまわない。

(17)高い理想には危機を乗り越える力がある。

(18)グーグル創業者のラリー・ペイジが、
   ある高校を訪問したとき、
   一人の生徒から進行中のプロジェクトについて聞かれた。

   ペイジは、100くらいのプロジェクトがあり、
   分子生物学に関係したことをやっているグループから、
   ハードウェアをつくっているグループまで、
   プロジェクトの幅も広いことを伝えたうえで、

   こう付け加えている。

   「いろんな人たちがいるんだ。
   成功に導く唯一の道は、
   まず失敗をたくさんすることだからね」

(19)人生には「週100時間働く」ときがあっていい。
   企業家は、Aクラスの人材を集めようとするだけでは、
   ダメである。

   自分自身がしゃにむに働かなければならない。
   そうでなければ人材を集められないし、
   仮に集められても猛烈に働いてもらえない。

   マスクは、こんな信念を持っている。

   「起業家は毎週100時間、地獄のように働くべきだ」

(20)2007年、
   フェイスブックを本格的なアプリケーションを
   動かせるプラットフォームにしたいと考えた
   マーク・ザッカーバーグは、
   そのことを宣言するイベント「f8」の準備に夢中で取り組んでいた。

   そのとき、フェイスブック社の部屋には、
   「われわれがインターネットを変える」
   「インターネットをソーシャルにする」
   「ついに人々をインターネットに乗せるのだ」
   「ウェブに本物の経済を作り出す」

   といった壮大な声明が掲げられた。

   社員たちは自分たちが歴史をつくろうとしている感覚に、興奮していた。

(21)発明家ニコラ・テスラ自身は、
   エジソンに比類するほどのアイデアを次々に出しながら、
   それを実用化できず、
   世に知られないまま極貧の中で生涯を終えている。

(22)ニコラ・テスラを心から尊敬しながらも、
   彼のようになってはいけないと考えたのが、
   グーグルのラリー・ペイジだ。

   12歳のときに伝記を読んで大きな刺激を受けた。
   テスラからは、どんな偉大な発明をしても、
   単に発明しただけではなんにもならないことを学んだ。

   ペイジはそのことをこう話している。

   「悲しいじゃないか。
   彼にもう少しビジネスの才があり、人付き合いがうまかったら、
   はるかに多くを手にすることができたのに」

   そして、
   自分の夢は発明をするだけでなく、
   世界を変えたいのだということに気づいた。

(23)「早く進める。利益は二の次」が正しい。
   テスラ社の経営戦略。
   大切なのは利益よりもシェア。

(24)創業時のグーグルには、確固たる事業計画は存在しなかった。
   収益を上げる方法さえ見つかっていなかった。

   ラリー・ペイジらの関心は検索エンジンに集中した。

   企業に欠くことのできない利益に関しては、
   「いずれ上げる方法が見つかるはずだ」
   という根拠なき信念があるだけだった。


   グーグルCEOエリック・シュミットは、

   「計画なんかどうでもいい。むしろ運に恵まれるようにしよう。
   成功とは、絶好のチャンスが訪れたときに、
   それを生かす心構えができていることに他ならない」

(25)アマゾンのジェフ・ベゾスは、
   ウォール街の有能なビジネスマンであっただけに、

   現実は決して計画通りいかず、
   「計画に奴隷のように従うのはバカげている」ことをよく知っていた。

   一方で計画を前向きにとらえ、ベゾスはこう言っている。

   「計画を立て、それを書き表すというトレーニングによって、
   さまざまな問題点をよく考えることができるし、
   考え方や気持ちが整理され、気分もよくなってくるんだ」


   ベゾスは、会社を辞めて創業地シアトルに向かう途中、
   30ページの事業計画を書き上げた。

(26)「『信じがたいSFのようだ』と人々が思わないから、
   それは大したイノベーションではない」

   これはグーグルのセルゲイ・ブリンの言葉だ。

(27)マスクの友人によると、

   マスクは「スティーブ・ジョブスとジョン・D・ロックフェラー
   とハワード・ヒューズを足したような人物」

   だと言っている。

(28)「巻き込む力」が不可能を可能にしていく。

   ものづくりは、一人の力、一社の力でどうこうなるものではない。
   優秀な協力会社の存在が不可欠だ。

   協力会社を育て、巻き込んでこそ、
   すぐれた製品をつくることができる。

           <感謝合掌 平成29年8月15日 頓首再拝>

【10年後、君に仕事はあるのか?】 - 伝統

2017/08/29 (Tue) 04:39:51


         *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年08月21日)」より

   (藤原和博氏の心に響く言葉より…)

   《高校生諸君へ》

   君たちは親と違う人生を歩むと言うけれど、どこが決定的に違うのか?

   大きく3点あります。ものすごく大きな違いがね。


   1つめは、君たちが社会人になる2020年代の半ばには、
   多くの親が体験した「標準的な人生モデル」は追求できないということ。

   会社で正社員にはなれないかもしれないし、大手企業に入社したとしても
   一生そこで働くのは珍しくなるでしょう。

   新卒の一括採用が残っているかどうかさえ怪しい。

   結婚して子育てし、マイホームを持つかどうかもわかりませんよね。

   だから、親の人生モデルを前提として君たちに説教しても通じない。


   2つめは、言わずと知れたスマホと、それにつながったネット世界の広がりです。

   いまの高校生は1998年以降の生まれになりますが、
   グーグルも1998年生まれなんです。

   グーグル以前とグーグル以降は人種が違うと思ったほうがいいでしょう。

   君たちの世代は、人生の半分をネット上で暮らすことになるでしょう。

   ネットゲームの中毒患者でなくても、
   社会人としてちゃんと仕事をしようとすれば、そうなるんです。

   たとえば、SNSで仲間を募る「魔法の杖(つえ)」は最強ですよね。

   親世代には、学校の枠を超えて仲間を集めようとすれば、
   駅の伝言板くらいしかなかったんです。

   自分の存在の半分は、
   ネットのなかで広がりながら他人とつながりを持つことになります。

   そして、その存在を評価されることで、
   自分の居場所が保障される感覚がある。

   ネット世界から個人がクレジット(信用と共感)を与えられることになるからです。

   リアルかバーチャルかは関係ありません。

   リアルな場はますます複雑怪奇になり、居場所がなかったり、
   存在を脅かされることも増えるでしょう。

   だから、仮にフェイスブックやツイッターが衰退することがあっても、
   新しいSNS的なサービスは次々と現れる。

   グーグル以降の人間は、
   ネット上で自己肯定感を得られる気持ちの良さからもはや逃れられないと思います。


   3つめは、人生の長さ(ライフスパン)が決定的に異なること。

   明治・大正を生きた世代と比較すると、
   君たちの世代は平均寿命が2倍に延びることになります。

   いまの親世代もあと40~50年の人生が残っているから、十分に長いんだけどね。

   親世代が生きている昭和・平成の時代は、1997年までは高度成長期でした。

   子ども時代には掃除や洗濯機をロボットがやってはくれませんでしたから、
   面倒なことや手間のかかる仕事がまだまだ多かった。
   不便な社会を知っている世代なんです。

   でも、君たちは違います。

   そうした面倒な手間を
   人工知能(AI)やロボットがやってしまう時代を生きているんです。

   切符を買って改札で駅員さんにハサミを入れてもらっていた時代から、
   カードやスマホで自動改札を素通りできる時代へ。

   世間話や値段交渉をしながら肉屋さんや八百屋さんで
   いちいち買い物をしていた社会から、加工食品を黙ってレジへもっていき
   レンジでチンしてもらえばすぐに食べられる社会へ。

   そんな、なにかと便利な「コンビニ社会」に生まれてきたから、
   好きなことでもして時間をつぶさなければ暇で困ってしまう。

   「人生とはいかに時間をつぶすか」という感覚が強くなるはずです。

   だからこそ、君たちの世代が成熟社会を進化させ、
   日本のスポーツ・文化・芸術を花開かせる可能性は高いと思います。

   このように、世界観、自分観、人生観が、
   親の世代とは決定的に異なることになるのです。

   だから、理解されなかったとしても安心していいんですよ(笑)。


   2020年に開催される東京五輪。

   アテネ五輪のあとのギリシャや北京五輪のあとの中国など、
   世界の歴史を振り返れば、オリンピックを大々的に開催するために
   競技場や道路整備などに投資しすぎた国は、
   閉幕後、景気が大幅に落ち込むことが予想できるからです。

   これらの理由から、2020年代にはおそらく求人も半減することになるでしょう。

         <『10年後、君に仕事はあるのか?』ダイヤモンド社>

                 ・・・

この文章は、高校生に向けて書かれているが、
このことは、そっくりそのまま親世代にも通じる大事な事実。

ITやAI、ロボットなどの大きな変化に対して、生きていくための方策は同じだからだ。

10年後、多くの仕事が消滅していくかもしれない中で、
どんな勉強をしたらいいのか、何を身につけたらいいのか。


未来はもうすでに始まっている。

働き方改革。

SNSによるつながりの世界。

人生100年時代の生き方。


「10年後、君に仕事はあるのか?」

時代の変化に対して、変化対応能力を磨きたい。

           <感謝合掌 平成29年8月29日 頓首再拝>

日本の若者への手紙 - 伝統

2017/09/14 (Thu) 04:26:03


     *『アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家』佐藤芳之・著より

(1)わたしの人生の旅は、東北の田舎から始まった。
   20代でアフリカ大陸へ。

   ガーナ大学を修了後、ケニアでさまざまなビジネスを試み、
   35歳で立ち上げた小さなナッツカンパニーを
   世界5大マカデミアナッツ・カンパニーに育てるまでになった。

(2)このナッツ・ビジネスは最終的に社員数4000人、
   契約農家5万軒、農場の敷地面積は東京ドーム780個分まで拡大し、
   私はケニアで25万人の生活に関わることになった。

   それまで現金収入のなかった人たちがきちんと収入を得て、
   家を建てたり、子どもを学校に通わせたりできるようになった。
   25万人の生活が大きく変わった。

(3)「何かやりたい」
   今は、その気持ちだけあればいい。

   若いということは、移り気で「散漫」なのです。

(4)私も若い人へのアドバイスは「やってみなはれ」なのです。
   失敗するとわかっていても、やらないよりやったほうがいい。
   自分自身の経験からしても、そう思うからです。

   よく「やらずに後悔するより、やって後悔したほうがいい」
   なんていいますが、やって後悔することなど、まずないのです。

(5)夢を叶えるには、根拠のない自信がいります。
   なぜなら、夢はなかなか叶わないからです。

   大きなことにチャレンジすれば、必ず「きつい時期」にぶつかるものです。
   そういう時に、消えそうになる情熱の火をともし続けるには、
   自信という燃料が必要になってきます。

   結果が出ないあいだこそ、自分を鼓舞するために
   自信が必要なのです。

(6)つらいとき、どん底にいるときほど明るく生きる。
  「根拠のない自信」がパワーを発揮するのは、まさにそういうときです。

(7)「オーナーシップ」があれば、仕事は楽しくてたまらなくなります。

(8)必死にやらない、夢中でやる。

(9)五感を通して起こる、しびれるような感動に正直でいる。

(10)合言葉は「フット・ファースト」。

   ヘッドファーストで考え始めるから、足がすくんでしまうのです。
   それなら、まずは「足を出せ」というわけです。

  ①そのためには、ぼんやりとした目標は立てること。
   はっきりとした目標である必要はない。

  ②そして、いつも身軽な状態でいること、
   身軽でいれば、チャンスをつかめる。

(11)動けば、偶然が必然に変わる。

  ①自分でも、本当に不思議だなと感じるのだが、
   とにかく走り続けていれば、
   しかるべきタイミングでしかるべき人があらわれて力になってくれます。

  ②いったん走り出せば「偶然」のほうから歩み寄ってきてくれます。
   そして、その偶然がやがて必然に変わっていくのです。

  ③本人が夢中で楽しそうにやっていれば、人は自然と吸い寄せられてきます。
   問題は山積みでも、みんなでワイワイ言いながら走ればこれもまた楽し。

   しかも、問題は解決されていくうえ、思いもよらない結果までもたらされる。

   「人」や「偶然」の力を借りる。それもひとつのセンスです。

(12)まずは「形」にしてしまう。

(13)不安なときほど、動いてみる。

   新規プロジェクトを始めるとき、わたしはよく社員にこういいます。
   「つくれば、人はやってくる」

   新しい農園に木を植えるときも、
   新しい工場を建てるときも、
   わたしはみんなにこう声をかけるようにしています。

   (この言葉は)・ある映画の主人公は、周囲にバカにされても構わず、
   トウモロコシ畑を切り拓き野球場を作り始める。
   要は、つべこべいわず、さっさとつくってしまいなさい、ということ。

   余計なことは考えず、とにかくやってしまえばいい。
   農園を耕して苗を植えればいい。
   工場を建てて製品をつくればいい。

   そうすれば人はおカネの匂いを嗅ぎ付けて寄ってきます。

   私がケニアナッツをそれなりに大きくできたのも、
   「つくれば、人はやってくる」
   と信じてやってきたからだ。

   実際に動き出せば、まわりの見る目が変わり始めるのです。

(14)わたしには、足りない力がたくさんあります。

   しかし、「でっかい絵を描く力」は誰にも負けない。
   
   未開拓の何もない草原を目の前にしても、
   ナッツの木がすくすくと育っている「絵」、
   そしてナッツの殻を剥いたりローストしたりする
   機械が工場にずらりと並び、

   みんながそこで楽しそうに仕事をしている「絵」が一瞬で、
   細部まで本当にいきいきとイメージできる。
   つまり、何もないところに「絵を描く力」。
   これだけは誰にも負けない「力」だと信じています。

(15)いつか自分のしている仕事が「ぴったりくる」
   「世の中でやるべき仕事をしているな」と思えたら、もう最高。
   そのくらいのつもりでやればいい。

(16)ケニアでビジネスを始めた頃に胸に刻んだ言葉があります。

   「自分や己の会社の利害を超えたところに
   確信を持てれば、事業にスジが通ってくる」
                   (NECの小林宏治)

(17)最初はみんなド素人。
   どんなにすごい人でも、ゼロからのスタートだ。

(18)「〇〇すべき」と考えない。

   アフリカでこういう昔話を聞いたことがあります。

   ある夜、ドーンと大きな音がしました、
   村人が何事かと家を飛び出すと、地面に大きな穴が空いていました。

   いったい何が落ちたのだろう。
   村人は穴を覗き込んでおれこれ調べ始めました。
   ところが、いっこうに落ちた物は見つかりません。

   困りはてた村人は長老のところに相談に行きました。
   すると、長老はいいました。

   「おまえたちは何をいっているんだ。
   穴が落ちてきたに決まっているだろう」

   「ああ、そうか」

   村人たちは納得していつものように仕事に戻りました。

   というお話です。


   要は、真実にこだわらない、事実をそのまま受け入れるということ。

(19)人の価値とは、自分が口にした言葉で、
   自分の行動を縛ることができるかどうかです。

   言葉は風ですから、口にしたままでは消えてしまいます。

   これを目に見える物、手に触られる物に変えられるか、
   そこが人としての高潔さ、誠実さだと思うのです。

           <感謝合掌 平成29年9月14日 頓首再拝>

好きこそものの上手なり - 伝統

2017/10/02 (Mon) 04:07:17


      *『ゼロ:何もない自分に小さなイチを足していく』堀江貴文・著より

(1)思えば学生時代の僕なんて、地味でひねくれた田舎者でしかなかった。

   そこからどうにか変わることができたのは、
   小さな成功体験を積み重ね、自分の殻を打ち破ってきたからだ。

   はじめの一歩は、すべて地道な足し算である。

(2)あなたが「変わりたい」と願っているなら、僕のアドバイスはひとつだ。

   ゼロの自分に、イチを足そう。
   掛け算を目指さず、足し算からはじめよう。

(3)僕には確信がある。

   どんなにたくさん勉強したところで、
   たくさんの本を読んだところで、人は変わらない。

   自分を変え、周囲を動かし、
   自由を手に入れるための唯一の手段は、それは「働くこと」なのだ。

(4)堀江家には文化や教養といった言葉とは無縁だった。
   家には書斎はもちろん、まともな本棚もなければ蔵書さえない。

  ①そんな堀江家にあって、
   唯一読み応えのある本といえば、百科事典だった。

   小学校時代、僕はひたすら百科事典を読みふけった。

   事典として、気になる項目を拾い読みしていくのではない。
   第一巻から最終巻の「わ行」まで
   ひとつの読み物として通読していくのだ。

  ②感覚的には読書するよいうより
   情報から情報へとネットサーフィンしていくオタク少年に近いだろう。

  ③リニアモーター、コンピュータ、そしてアポロ宇宙船や銀河系。
   百科事典には誇張も脚色もない。
   映画や漫画で見てきたような話が、淡々とした論理の言葉で紹介されている。

  ④星の名前も国の名前も、遠い昔の国王も、すべて百科事典で覚えた。
   ページをめくるたびに新たな発見があり、知的好奇心が刺激されていった。

  ⑤百科事典のおかげだとは思わないが、小学校時代、勉強はダントツだった。
   テストや教科書なんて、簡単すぎてつまらない。

(5)小学校時代、問題児であったが、
   小学校3年生のときの星野先生が唯一の理解者だった。

   先生は、僕がせっせと百科事典を読んでいることも、
   祖母が毎日唱えていたお経をいつの間にか
   暗記してしまったことも、全部ほめてくれた。

(6)中高時代、勉強しなかったので成績が悪かった。

   しかし、九州を脱出したかったため、東大を目指した。
   東大の過去問を何度も読み返した結果、
   僕のたどり着いた結論はこうだった。

  ①受験英語とは、とにかく英単語を極めることに尽きる。
   文法に惑わされてしまうのも、すべて単語の意味を取り違えているからだ。
   単語力の強化が、そのまま英語力の強化に直結する。

  ②僕の単語力はかなりお粗末だった。
   そこで英語教師におすすめの単語帳を教えてもらい、
   片っ端から丸暗記することにした。

   単語帳の隅から隅まで、すべての文言を丸暗記していく。
   俳優さんが台本を丸ごと暗記するようなイメージだ。

  ③努力するのではなく、その作業に「ハマる」こと。
   なにもかも忘れるくらいに没頭すること。
   それさえできれば、英単語の丸暗記だって楽しくなる。

  ④これは中学時代にコンピュータのシステム移植の
   仕事を通じて学んだ結論だ。

   何事も得意だとか苦手だとかいう先入観で
   物事を判断せず、目の前の作業にハマってしまえばいいのである。

  ⑤実際、単語帳の丸暗記は面白くてたまらないゲームとなった。
   英語については、ほぼこれだけの勉強で、
   高校3年冬のセンター模試で9割以上の正解率を叩き出した。

  ⑥結果的に、僕はどうにか現役で東大合格できた。
   あからさまな劣等生だった僕の合格に、職員室は大騒ぎになったようだ。

(7)仮説を立てて、実践し、試行錯誤を繰り返す。
   そんな能動的なプロセスの中で、
   与えられた仕事は「作り出す仕事」に変わっていく。

(8)人はなにかに「没頭」することができたとき、
   その対象が好きになることができる。

  ①仕事が嫌いだと思っている人は、ただの経験不足なのだ。
   仕事に没頭した経験がない、そこまでのめり込んだことがない、
   それだけの話なのだ。

  ②どうすれば没頭することができるか。
   僕の経験から言えるのは
   「自分の手でルールをつくること」である。

   受験英語では、文法なんかは後回しにして単語帳一冊を丸々暗記していった。
   もしこれが英語教師から、「この単語帳を全部暗記しろ」
   と言われていたら、「そんなの意味ないじゃん」と反発していただろう。

(9)心の中に「好き」の感情が芽生える前には、
   必ず「没頭」という忘我がある。
   無我夢中の体験だ。

   没頭さえしてしまえばいつも間にか好きになっていく。

           <感謝合掌 平成29年10月2日 頓首再拝>

【革命のファンファーレ】 - 伝統

2017/10/14 (Sat) 03:33:43


      *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年10月08日)」より

   (西野亮廣氏の心に響く言葉より…)


   「やりたいことが見つからない」

   これを読んでいるあなたも、もしかしたら、その一人かもしれない。

   そして、大人はあなたを指して、「ゆとり世代」だとか、
   「さとり世代」だとか、「草食」だとか云々かんぬん。

   自分達に比べると、
   まるで最近の若者は“人としての能力が低い”といった言い草だ。


   ただ、「最近の若いヤツは…」という苦言は、
   それこそエジプト古代遺跡にも象形文字で刻まれていたぐらい
   手垢のついた言葉で、おそらく人類誕生時から今まで
   ずーっと言われ続けていることだろう。

   もし、その言い分が正しければ、理論上、人類なんて、とっくに絶滅している。

   スケールダウンを繰り返している生物が生き残るわけがない。


   だけど、僕らは今日も生きている。

   時代や環境に合わせて、アップデートを繰り返してきたからだ。

   動物であろうと、植物であろうと、
   いつの世でも種として優秀なのは“年下”で、
   これは抗(あらが)いようのない自然界のルールだ。


   若者世代への批判は、そのほとんどが“進化への乗り遅れ”に他ならない。

   だから僕は年下を肯定するところから考えはじめるようにしている。

   そのことを踏まえた上で、正直に言うと、少し前まで、
   「やりたいことが見つからない」という言い分を僕はまるで理解できなかった。

   僕は小学校2年の頃に芸人に憧れて、そのまま今まで来ちゃったので、余計に。

   「なんで、やりたいことがないの? 」と思っていた。


   でも、「やりたいことが見つからない」を肯定するところから考えてみると、
   なるほど、理解ができるようになった。

   ようやく年下の背中が見えてきた。


   こんなことを言うと先輩方から怒られるかもしれないけれど、
   僕より上の世代は、僕より下の世代のように「職業に寿命がある」
   という体験をしてこなかった。

   多くの大人は「職業は永遠に続く」という前提で話を進めてくる。

   だから、すぐに、「お前は何やさんなんだ?! 」と肩書を付けたがる。


   上の世代の皆様には申し訳ないが、今はそんな時代ではない。

   スマホの登場以降、職業がなくなる場面をたくさん見てきただろう?

   アマゾンンに潰された本屋さんを見てきただろう?

   「ロボットタクシー」という言葉が飛び交っている今の時代に、
   「タクシードライバーになりたい!」という発想にはならないだろう?


   15年前は「タクシードライバーという職業がなくなるかもしれない」なんて
   想像もしなかった。

   20年前は、日本の本屋さんがここまでのハイペースで潰れていくことなんて
   想像もしなかった。

   職業そのものがなくなっていく時代に突入し、
   副業、兼業、転職が常識になりつつある。

   上の世代は、職業をたくさん掛け持つと
   「結局、何がやりたいんだ! 一つに決めろ! 」と咎(とが)めてくるけど、
   どっこい、やりたいことを掛け持つことや、やりたいことに迷うことは、
   これからの時代を生き抜く術だ。


   生物が生き残ろうとして、何が悪い。

   今の時代に「〇〇になる!」と肩書を一つに決め込む方が、よっぽど危険だ。

   やりたいことが見つからないことは、間違いでも何でもない。

   肩書が猛スピードでなくなっていく時代にキチンと対応できている証拠だ。


   「アッチがダメなら、コッチだ!」と、
   肩書を移動できる準備ができているわけだ。

   周りはとやかく言ってくるかもしれないが、
   肩書を一つに絞れずに肩身の狭い思いをしているあなたは大丈夫、
   何も間違っちゃいない。

   いくつかの職業を掛け持つことで新しい選択肢だって生まれる。


   具体例を挙げる。

   僕は去年、『えんとつ町のプペル』という絵本を発表したんだけれど、
   この作品の制作に費やした時間は4年半だ。

   これは、芸人としての収入があったらから可能だったわけで、
   絵本作家一本で活動していたら、4年半も収入が途絶えてしまうような
   作品の制作には手を出すことができない。


   肩書を複数個掛け持ち、収入源を複数個確保できていたから、
   そういった作品を作る権利を手にすることができたわけだ。

   「結局、何がやりたいんだ! 一つに決めろ! 」という常識に
   従っていたら、生まれてこなかった作品だ。


   革命のファンファーレは鳴った。


   農業革命よりも、産業革命よりも、大きな革命が、
   よりによって僕らの時代を直撃した。

   情報革命だ。

   インターネットにより、距離や時間の壁がなくなった。

   突然、距離や時間に結びついていたいくつかの仕事もなくなる。

   くわえて、ロボット技術もグイグイ伸びてきている。

   ものの売り方が変わり、働き方が変わり、お金の形が変わり、
   常識が変わり、道徳が変わっていく。

   超高速回転で。


   そして、残念なことに、経験したことを僕らに教えてくれる
   存在であったハズの親や先生は、この革命を経験していない。

   たとえば、あなたの親は、あなたにこんなことを言うだろう。

   「好きなことして生きていけるほど、世の中は甘くない」と。

   親世代の常識は「お金=ストレスの対価」だ。


   ところがどうだ?

   ストレスがかかる仕事から順にロボット化されていき、
   ストレスがかかる仕事がみるみる世の中からなくなっていくではないか。

   自動改札機が生まれ、改札口から駅員が姿を消したような変化が、
   今アチコチで起こっている。

   「好きなことして生きていけるほど、世の中は甘くない」と言われても、
   好きでもない仕事は消え、好きなことしか残らなくなってきている。


   ここからは、“好きなことを仕事化するしか道が残されていない”時代だ。

   多くの親や先生は、この変化をとらえていない。
   彼らは、この大波の乗り越え方を知らないのだ。


   したがって、僕らは自分自身の手や足を使い、
   僕らの身の回りに起こっている変化を、学び、実践し、思い知り、
   対応していかなければならない。

   この変化から目を背けた人間から脱落していく。
   既得権を守り始めた人間から終わりが始まる。

   頑張れば報われる時代は終わり、
   変化しなければ生き残れない時代に、僕らは立ち会っている。

   面白いじゃないか。


   変化しなくても良かった世代の常識と、衝突することもあるだろう。
   あなたが革新的な動きを見せれば、
   それが革新的であればあるほど、摩擦は大きくなる。

   旧態依然とした連中は、あなたの提案の本質を知ろうともせず
   「炎上=悪」という印象操作をし、そして、世間の批判はあなたに集中する。

   単純に彼らの理解が追いついていない場合もあるが、
   そこに発生する批判のほとんどは「変化することに対する恐れ」だ。


   ならば、そんな批判を甘んじて受けようじゃないか。
   変化しなければ死んでしまう時代なのだから。

   何が必要になり、何が不必要になったのか?
   どの職業がなくなり、何が職業となるのか?

   常識のアップデートを止めてはならない。

          <『革命のファンファーレ』幻冬舎>

              ・・・

行徳哲男師はこう語る(感奮語録より)。

「四面楚歌こそ最高である。

ニーチェの言葉に

『汝の周辺の一切が汝に反対する時、
汝が最も幸せなときである。なぜなら、生きている最も鮮烈なときだから』

とある。

いろいろな攻撃を受けたときは、
生きていることが最も鮮烈であるというのである」


「若者よ。
いつの時代でも変革は若者から始まった。
いつの時代でも、疑問、覚醒(かくせい)、憤怒(ふんぬ)は若き者の特権だ。
安寧、規制、常識は老いた者の繰り言にすぎない」


人の「問題が起きた時、それに対する姿勢」は二つしかない。

一つは、現状打破の姿勢であり、もう一つは、現状維持の姿勢だ。

現状維持とは、結局は何もしないという姿勢であり、問題は一つも解決しない。

変化に対するは、現状打破の姿勢しかない。

しかしながら、人が変革しようと行動を起こせば、
現状維持の姿勢の者たちから、抵抗されたり、批判にさらされたりする。

それが激しければ、四面楚歌になる。


《あなたが革新的な動きを見せれば、
それが革新的であればあるほど、摩擦は大きくなる》

もうすでに、革命のファンファーレは鳴った。

情報革命という、この時代の大きな変化を乗り越えたい。

           <感謝合掌 平成29年10月14日 頓首再拝>

【限界を討ち破ったときに、魅力が出る】 - 伝統

2017/10/29 (Sun) 03:24:46


        *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年10月24日)」より

   (斎藤一人さんの心に響く言葉より…)

   人の魅力って、その人が限界を超えたときに出てくるんです。

   しゃべるのが苦手な人が一生懸命しゃべってると、
   人に大きな感動を与えるものなんです。

   だから、「私は話が下手だからダメ」じゃない。
   一番ダメなのは、「話が下手だからやらない」なんです。

   苦手なことに挑戦している姿は、すてきなんです。
   みんなにすてきに映るものなんです。


   信ちゃんは性格もすてきなんです。
   だけど、一生懸命やる姿が、もっとすてきなんだよね。

   本が大の苦手だった信ちゃんが…。
   本好きが7回読むんじゃない。
   ほとんどマンガしか読んだことがなかった人が、
   7回読んだことがすごいんだよね。

   そのことで、限界という、自分で作った殻を破った。


   オリンピックが感動的なのも、限界を破って出てくるからすてきなんだよね。
   
   で、人って、そういう人の姿を見ると感動するように、神が作っているんです。

   私たち、猿じゃありませんよね。
   猿が、なにかをやっても、猿どうしは感激しないんです(笑)。

   だけど、人は、出来なかった人ができたのを見たとき、
   感激するようにできている。


   みっちゃんも、声や体が震えちゃうほど、人前で話すのが苦手だった。
   そんなみっちゃんも今では、講演会で2000人を前に舞台に立っている。

   その姿だけで、すごい魅力があるんです。

   限界を打ち破ったときに、魅力が出るんです。


   人は、できないから魅力がないんじゃない。
   できないことが一つでもできるようになったとき、
   すごい魅力が出るんです。

   それを忘れないでほしいんです。

   みんなに。

   だから、みんなにね。

   「私はできないからやらない」じゃない。
   やめる言いわけにしちゃダメなんです。

   前にも言ったけど、「深い井戸ほど出た水はきれい」なんです。
   もうひと堀り、もうひと堀りってするんです。

   成功に向かって歩き出している人を、成功者って言うんです。
   止まっちゃいけない。
   歩き続けるんです。

   千里先からでもいい。
   成功に向かって歩きだした人は、全部、魅力的なんです。


   だから、「私、話が苦手なんだ」って人には、
   「苦手でもいいから、やってごらん」って。

   「心臓が口から出ちゃう」って人には、
   「それ見たいからやってごらん」って(笑)。

   「1回口から心臓が出るところ見てみたい。
   そんなすてきなショーはないよ」って(笑)。

   やるって言ったらやろうよ、って。

   震えてもいい、声が出なくてもいい、それ場で気絶してもいい、
   だけど立とうよって。

         <『仕事はおもしろい』マキノ出版>

            ・・・

できそうにもないことにチャレンジする姿に人は感動する。

それは、年齢だったり、体力だったり、世の常識だったり、
という限界を超える姿だ。

特に、どこにでもいそうな普通の人が、
自分の限界を超えようと挑戦する姿に、人は感動する。


大勢の人前でしゃべって、何も話せなくて大恥をかいたとしても、
ほとんどの人はそれを覚えていない。

自分が気にしているほど、他人の話は、聞いていないし、気にしていない。


他人の目を気にしすぎると、チャレンジできない。

失敗したら恥ずかしいとか、こんなことしたらどう思われるかとか。

どんなチャレンジでも(無謀なチャレンジは別にして)、
最悪のことを考えてみればわかるが、命まで取られることはない。


自分の限界を打ち破ろうとしている人には、限りない魅力がある。

・・・

(関連として)

1982年オーストラリア生まれの、ニック・ブイチチ氏が語る映像をご覧ください。

そして約7分後に、自分自身に問いかけてみて下さい。



   私たちは、与えられた役割に気付いていますか?

   全力を出し切っていますか?

   機会を脅威と勘違いしていませんか?

   たった1回の失敗で、全てを諦めていませんか?


「絶望から希望へ」
Nick Vujicic(日本語字幕)
   → https://www.youtube.com/watch?v=oOHD8OqBVYs

           <感謝合掌 平成29年10月29日 頓首再拝>

青年よ、勇往邁進せよ! - 伝統

2017/11/15 (Wed) 04:47:16


          *「第二青年の書」はじがきより抜粋

青年は人生の花である。
落下しかけた花ではなく、まさに満開の直前にあるような
新鮮な美しさと生気とをもった花である。

私は人生が美しく、清く、住みよい世界になるためには、
青年たちが、各々みずから、人生を美化する花であることを自覚し、
その自覚のもとに新鮮に、清らかに生きてくれることによってのみ
可能であることを信ずるのである。

青年は純粋なる理想を有つ。
私はその純粋性を尊ばずにはいられない。

人間は中年になってしまうと、概ね若いときの理想は社会の煤によって汚され、
浮世の荒波に漂流する浮標(ブイ)のように色褪せたものとなってしまいがちである。

私たちが住んでいる此の人生が、今よりも一層よくなるであろうという
希望を持ち得るのは、ただ青年の純粋な、浮世の汚れに染まない、ひたむきな理想と、
その理想実現のためには一切の情実を超えて直進する勇往邁進の力に信頼するからである。

この直情径行の純粋な理想性が常に社会改善の力となっているのである。

明治維新も青年の力によって行われたのである。
今や昭和維新を待ち望む声は久しい。

青年よ、理想をもって団結せよ。
善人はもっと勇敢にならなければならない。

  (http://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=1928 
   ”平賀玄米 さま”による新たな投稿に、ワクワクいたします)

           <感謝合掌 平成29年11月15日 頓首再拝>

あなたの人生はあと何日? - 伝統

2017/12/04 (Mon) 03:49:36

あなたの人生はあと何日?
~20代MIT卒経営者の心に響くスピーチ日本語字幕と全英文

           *Web:trapnest(2017/05/18)より

Dropboxの創業者 Drew Houston(ドリュー・ヒューストン)の
マサチューセッツ工科大の卒業式スピーチ(2013年)

【あなたの人生はあと何日?Dropbox創業者が語る「成功へのカンニングペーパー」】

(1)卒業式

   素晴らしかった毎日が終わり、また新しい毎日へと旅立つのです。
   全てが今日変わります。

(2)成功のレシピは常に変化しています。
   だからこそ、ここで私が、あなた達に”成功への
   カンニングペーパー”をプレゼントします。

   これこそが私自身が卒業式に貰いたかった物です。

  ①起業

   21歳の時に最初の会社を、Chili’s(ファミレス)で立ち上げました。

   この時期、一番楽しかったのは新しいことを学べたことでした。
   マーケティング、セールス、マネジメント、その他。

  ②数年後事態は悪化し始めました。
   
   自分自身の何かが狂っていたのです。
   やるべきことをできない自分に憤りました。

  ③なので私は少し休暇をとることにしました。

   突然私自身のスイッチがオンになったように、
   私はポーカーボットの開発マシーンになったのです。

(3)”最も幸せで成功している人たち”は、
   ”自分の好きなことをしている人”という訳じゃないんです。

   ”自分にとってのチャレンジを攻略することに夢中になっている人”で、
   その人にとっては、それがとても大切なことなのです。

   そんな人達は、”テニスボールを追いかける犬”に似ています。

(4)問題は、多くの人が、
   すぐには自分のテニスボールを見つけられないということです。

(5)人が一生懸命働けるというのは、
   人よりも優れているからという訳ではないのです。
   問題を解決するのが楽しいから一生懸命働くのです。

   だから今からは、自分自身を追い詰め一生懸命やるのではなく、
   自分を惹きつけるテニスボールを見つけるのです。
   時間がかかるかもしれません。

   でも見つかるまでは自分の声に耳を傾け続けてください。


(7)“あなたの価値は、自分と一緒に過ごす人の
   5人の平均値で決まる”とよく言われます。

   自分に刺激を与えてくれる人と一緒に過ごすということは、
   自分に才能があることや一生懸命に仕事をすることと
   同じぐらいに大切である、と学びました。

   あなたのサークルの人達が自分を高めてくれるのです。

(8)その道には必ずその道の最高の人達が集まる場所があるのです。
   その場所に行くべきです。
   他の場所で落ち着いてしまってはいけません。

   自分の尊敬する人達と出会い、彼らから学べることは
   とても大きなメリットなのです。
   尊敬する人達が自分のサークルの一部になるのです。

   そして彼らから学んで下さい。
   もしも他の場所で、自分の中で真の何かが動き出したのなら、
   そこへ引っ越すべきです。

(9)失敗は大した問題ではありません。

   ビル・ゲイツの最初の会社は信号を操作するソフトウェアを作っていました。
   スティーブ・ジョブズは最初の会社では、無料で話ができる
   プラスチックの笛を作っていました。

   どちらも失敗でした。
   でも、彼らがそんなことで悔やんでいるなんてことはないでしょう。

   今日を変えることは私が最も好きなことです。
   これからは、皆さんは人のミスの数など考える必要はありません。
   これからは、失敗は大した問題ではありません。

   人生でたったの1度、正しければそれでいいのです。

(10)”あなたの人生は30,000日”

   これが”成功へのカンニングペーパー”に”30,000″と書かれていた理由です。

   毎日、私たちは少しずつ自分の人生の物語を綴っていきます。

   私は人生をパーフェクトにするのではなく、おもしろい人生にしようと。
   自分の人生の物語をアドベンチャーにしたいのです。
   その気持ちが他人との差となるのです。

   璧な人生を歩むのではなく、冒険をするために、自分を自由にしておくこと、
   常に向上心を持って。


   (http://trapnest.net/956/post-956/
   (http://room.trunk.fm/shukatsu/1201

           <感謝合掌 平成29年12月4日 頓首再拝>

【これから生きていこうとする若者たちへ】 - 伝統

2017/12/21 (Thu) 03:02:13


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2017年10月28日)より

   (塩野七生氏の心に響く言葉より…)

   多くのことに好奇心をもつのは自分を豊かにすることになるだけでなく、
   独創の出発点であると思ってください。

   ところが、自分の気の合う人たちだけとか、
   自分が好きなことだけしかしないとか、そういうことを言う人がいますね。

   こんなことは、あなた方の若さで言わないでください。


   そういうことが言える、言ってもいい年齢というのは、まあ、70歳以上です。

   70までの蓄積がありますから、それで適当に楽しむことができますからね。

   でも、15歳とか200歳で「いえ、ぼくはもうこれしか関心がありません」
   などと言うのは、無刺激、無菌の状態を作ってしまうことになります。

   蓄積のない、何もない状態のままで行こうというわけですからね。

   そんなふうに行くと、ちょっと強力な菌が来た時に、
   まったく抵抗力なくやられてしまいます。

   だいいち、そんな生き方、そんな人生は面白くないですよ。


   では、刺激に免疫をつける生き方とはどういうものかと言うと、
   やっぱり、いろいろなことをやってみることだと思います。

   自分に合わないこともたくさんあるし、傷つくこともたくさんあります。

   でも、傷つかないままで行くと、一度傷つくとたいへんな騒ぎになります。

   だから、時々は傷ついたほうがいいんです。

   抵抗力を養うためにも。

   そのためには、自分を開放するほうがいいと思います。


   読者の方々をみていると、「あっ、この人は上に行ったら伸びそうだな」とか、
   「だめだな」というのがわかるんです。

   これには2つの特徴のようなものがあるんです。

   まず、好奇心が強いかどうかということです。

   好奇心というのは、言い換えれば、
   自分の殻を被(かぶ)って他を拒絶するのではなく、
   自分を開放していくことです。

   そういう開放的な人って、これから伸びていく可能性があると思います。


   それと、もうひとつは、大胆であるということです。
   大胆なこととはあまり恐れないこと、傷を恐れないということです。

   若い人にしか許されない特権ですから、
   やっぱり若い人はこれを活用なさるのがいいと思います。


   いま、日本の中高年は、大胆になれと言われているのに一向になれなくて、
   あたふたしています。

   これは若い時から訓練を積んでいないからなんです。

   そういう人たちが、そのまま何ごともなく戦後50年をやってきて、
   それが今、突然、自分たちで決めなくてはいけないという
   事態にぶつかったんです。

   しかし、情報の集め方も知らなければ、
   選択肢はひとつに絞ることの他はまったくできない。

   これまでとはまったく違う事態に直面させられて、
   どうすればいいのか、決定することができない。

   これから生きていこうとしてるあなた方には、
   やはり、開放的で大胆であることを身につけていただいて、
   今の大人たちとは違った臨機応変なフットワークを身につけて欲しいと思います。

         <『生き方の演習』朝日出版社>

            ・・・

「大胆、不用意」

行徳哲男師の言葉だ。

先の見えない不確実な時代は、どんなに準備をしたり、用意をしたところで、
うまくいかなときはいかない。

特に、昨日と今日の景色がまったく変わってしまうような、
大きな変化があったときはなおさらだ。

それは、大きな自然災害であったり、時代の大変革であったりする。


大胆になることは、ある種の開き直りが必要だ。
どうなってもかまわない、いつかは死ぬのだから、という肚のくくり方だ。

年を重ねるにしたがって、この大胆になる勇気がなくなってしまう。
好奇心がなくなり、守る姿勢に入ってしまうからだ。
そしてその時は、未来も失う。


自分を開放できる人は、バカになれる人。

傷つくことを恐れない人。

だから、大胆になれる。


いくつになっても、好奇心を持ち、大胆であり続けたい。

           <感謝合掌 平成29年12月21日 頓首再拝>

【雑菌主義宣言】 - 伝統

2018/01/06 (Sat) 04:13:33


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2017年12月28日)より

   (明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…)

   このシビアな時代を生き抜くのにもっとも必要な力は何か、
   それは精神の強さだ。

   わが身にふりかかる不愉快な刺激やわずらわしい事柄などの
   “雑菌”に対して免疫をつけ、簡単にはへこたれない
   メンタル面のタフさをもつ。

   自分にとって不愉快な雑菌的なものを拒否し、排除して生きるのでなく、
   あえて積極果敢に自分のなかに取り込んで、自己免疫力を高める。

   そのような“心の免疫力”を、いまから習慣づけよう。

   これを私は“雑菌主義”と名づけたい。


   大学生を教えていてしばしば感じるのは、
   純粋であること、感じやすく傷つきやすいこと、
   ナイーブであることを美徳のように思って、
   いまの自分を守ろうとする人が多いことだ。

   面倒くさいこと、わずらわしいこと、理解しにくいこと
   …自分にとって不愉快な刺激となるあらゆる物事を、極力避けようとする。

   そのために物事の判断を間違えやすい。

   本当にすべきことではなく、楽な方、より不快でない方を
   選んでしまうばかりに、結果として不利益を被(こうむ)っていることが
   しばしばある。

   善悪の判断が誤っているというよりも、
   経験値の乏しさを感じることが非常に多い。


   私自身、20歳前後の頃を振り返ってみると、
   やはり経験も心の耐性も足りなかった。

   あの当時の自分といまの自分とのあいだで何がもっとも変化したのか。

   エネルギーでいえば20歳頃のほうがはるかにエネルギッシュだった。

   しかし人間としての強さでいえば、いまの私のほうが何倍もタフだ。

   あの頃よりもいまのほうがはるかに多い量のさまざまなストレスや壁に
   ぶち当たっているのにもかかわらず、日常的にこなせている。

   自分自身で心の安定感をコントロールできている自信がある。

   20有余年の間にいろいろな経験を積み、自己免疫力がついた。

   それらが抗体となっていて、対応が速やかにできるからである。


   現代日本人は、菌の繁殖に非常に神経質だ。
   巷(ちまた)で流行っている抗菌・除菌グッズの豊富さをみても
   それはよくわかる。


   近年、アレルギーの症状を抱える人の数がたいへん増えているそうだが、
   親が神経質になりすぎて、赤ちゃんのときに細菌を極力排した
   クリーンな環境で育っていると、かえってアレルギー体質になりやすい
   ともいわれる。

   人間も、置かれた環境下自己免疫力を高めながら
   生きていくことがもっとも自然で望ましい。


   微生物などいてほしくないと思うところにいるのが
   「雑菌」であるとするならば、私たちの日常生活には、
   「こんな厄介なこと、不愉快なことは起きないでほしい」
   と願うようなことばかりだ。

   社会で生きていくことそのものが、いわば雑菌生活なのだ。


   だが、自分にとって厄介でわずらわしくて不愉快なことから学ぶものは実に多い。

   そもそも、仕事というのはわずらわしさの連続だ。

   種々さまざまなわずらわしさが、わらわらとふりかかってくるが、
   それを無視するわけにはいかない。

   その雑菌に慣れることで、仕事ができるようになっていき、
   人間として成熟していく。

   成熟するとは、資格試験に通って次のステージにレベルアップする、
   といったわかりやすいものではなく、
   地道な抵抗力の蓄積によって培(つちか)われる。

             <『雑菌主義宣言!』文藝春秋>

              ・・・

川を河川改修して周りをコンクリートで固めてしまうと、
よどみや、浅瀬や、急深(きゅうぶか)、淵(ふち)などがなくなり、
魚が棲むことができなくなるという。

また、曲がった川をまっすぐにしてしまうと、
川のまわりに広がる葦(あし)などの湿原もなくなってしまう。

かくして、川はドブと化してしまう。


川の見た目をきれいにし、扱いやすくするために、コンクリートで固める。

だが、人工物を使えば使うほど、自然からは遠ざかる。

これは川だけの話ではない。


雑菌を嫌い、抗菌グッズでまわりを固める。

しかし、嫌なこと、つらいこと、不愉快なことがあり、
人はそれを乗り越えることによって伸びる。

だからこそ、雑物、不純物、異分子、異端者といった異物を排除してはならない。


「川は曲がっているからいい」

雑菌主義でゆきたい。

           <感謝合掌 平成30年1月6日 頓首再拝>

「あたりまえ」からはじめなさい - 伝統

2018/01/14 (Sun) 03:23:50


       *『「あたりまえ」からはじめなさい』千田琢哉・著からの要点の紹介

(1)成功する人は「多くの人が見落としがちなあたりまえのこと」を、
   誰よりもきちんとやっているだけなのだ。

   きっと君はバカにするだろう。

   「あいさつをしましょう」
   「ありがとうを言いましょう」
   「時間を守りましょう」。

   ところが不思議なことに、大人になるとほとんどの人はそれができていないのだ。

(2)英語の勉強の前に、きちんとあいさつをしよう。
   ロジカルシンキングを学ぶ前に、口約束を守ろう。
   世界平和を熱く語る前に、いま隣にいる人を笑わせよう。

(3)断言してもいい。
   あたりまえのことを、あたりまえにできるようになるだけで君は突出できるのだ。

(4)あいさつをする。
   あいさつは人としての基本だ。

  ①挨拶のできないものは、どんなに才能があっても必ず干される。
   誰にも応援されず、実力を広めてもらえないからだ。
  
  ②あいさつは100%自分から先にすることだ。
   相手と目が合った瞬間にあいさつを交わすのでは遅いくらいだ。

(5)締め切りを守る。
   頼まれた仕事は、遅くとも期限の24時間前に提出しよう。

   成功者は人生がすべて前倒しで進んでいるからつねに時間がありゆとりがある。
   前倒し人生で豊かになろう。

(6)5分前集合をする。

  ①遅刻する人は、たいてい組織の底辺層の貧しい人だ。
   仕事の遅れ、作業の遅れは、遅刻が象徴しているからだ。

  ②集合時間の5分前には到着しよう。
   集合場所に到着する順番は、出世する順番と同じだ。

  ③ギリギリ到着を目標にすると必ず遅刻する。
   なぜなら人生には想定外のことがつきものだからだ。

   「電車が人身事故で遅れます」
   「タクシーが渋滞で遅れています」
   「仕事で急用で入ったので遅れます」

(7)予定時間の5分前に切り上げる。

  ①モテない人に限って終電ギリギリまで過剰サービスしてしまう。

  ②しがみつく側からしがみつかれる側に回りたかったら、
   予定時間よりも前にさっと切り上げてくることだ。

(8)長々とメールしない。
   長いメールは読まれない。
   もしくは、後回しにされる。

   やがてメールだけではなく、仕事、人生すべてを後回しにされる。

(9)電話にはすぐに出る。
   オフィスの電話は1コール以内に出ることだ。

  ①3コール目で出るのと1コール目で出るのとでは労力はほとんど変わらないのに、
   評価は断然1コールのほうがいい。
   早く出すぎて大きなご縁になったことはあっても、クレームになった記憶はない。

  ②もしあなたが今いる職場で電話当番なら、
   どんなに遅くても1コール以内に出ることだ。

   1コール目が鳴り終わるまでに電話に出ると、
   「お、この会社やるな」という印象を相手に与えることができる。

(10)つべこべ言わずにまずやる。
   やらなかったことに「ごめんなさい」と謝る人生は惨めで退屈極まりない。

   そのかわり、やっちゃったことに「ごめんなさい」と謝る人生は
   毎日がエキサイティングだ。

(11)出張清算は呆れるほど正直にする。

  ①「出張清算のやり方」と「人となり」は似ている。
   清算でウソをつく人は仕事でもウソをついている。

  ②だから清算を正直にする。
   それだけでライバルは半分になる。

(12)本当に決まった方針にはちゃんと従う。

  ①中途半端なプライドを持った人は決まった方針に抵抗して組織のお荷物になる。

  ②本物のプライドを持った人は好き放題意見を言うが、
   決まった方針には忠実に従う。
   だから次は応援してもらえるようになる。

(13)約束を守る。

  ①「近々、飯でも行きましょう」
   こんな小さな約束でも守れない大人はゴマンといる。

  ②「あの人は信頼できる」というのは口約束を守る人のことだ。
   口約束にこそ命をかけよう。

  ③日本人は紙約束や印鑑が大好きな国民だ。
   ところが人生で大切なのは紙約束よりも口約束だ。

  ④口にしたことは些細な約束ほど必ず死守する。
   口数が少なく口にした約束を守れば、あなたは誰からも信頼されるようになる。

  ⑤5「近メシ」などの小さな口約束こそ、今から命懸けで守ろう。

(14)目の前に人がいるときは携帯に出ない。

   時間は命の断片だ。
   相手の時間を奪うことは相手の生命を軽視しているということ。

   目の前の人を大切にすることは成功するための最低条件だ。

(15)先輩や上司を立てる。
   先輩や上司に対して生意気な態度を取る人は実力が中途半端な証拠だ。

   先輩や上司を遥かに超越した圧倒的実力をつければ、
   自ずと「立てる」ことができるようになる。
   立てられない人は未熟であり、実は媚びる人だということに気づこう。

(16)後輩や部下を叱る。

  ①叱るのは相手のため。

  ②嫌われるかもしれないリスクを背負って叱ることのできる人が、
   盤石な人望を築いていく。

(17)ごめんなさいという。

  ①すべての人間関係は言えない「ごめんなさい」で壊れていく。
   人が離れれば、お金も離れていく。

  ②自分に非があると気づいたら、即「ごめんなさい」することだ。


(18)すぐに返事をする。

  ①出たくない結婚式には即日「不参加」に○をつけて返信しよう。

   参加しようかどうかを長々と迷っていると催促の電話がかかってくる。
   その電話で断るのがいちばん最悪だ。
   不参加の返事ほど早く済ませよう。

  ②不参加の場合相手が一番助かるのは、
   即日「不参加」に○をつけて返信してくれる人だ。
   空きスペースにひと言「結婚、おめでとう!」と書いておけば十分だ。

(19)一人の時間をつくる。

  ①人から学んだことは一人の時間のあいだに吸収される。

  ②つねに群がっていてはうだつの上がらない人生で終わる。
   終始群がっていては自分を磨く時間がないから、いつまで経っても成長しない。

   これを避ける方法は1つしかない。
   無理をしてでも孤独の時間を1日1回確保することだ。

  ③一番オススメなのは、読書である。
   読書は究極の自分とのコミュニケーションだ。
   カバンの中に読みかけの本を1冊しのばせておくだけでいい。

   寝る前にたとえ1ページでいいから読む癖をつけよう。
   本は漫画だっていいし、写真集でも何でもいい。

   大切なのは誰とも話さず、
   孤独に自分とコミュニケーションをとるということなのだ。

(20)1日1回は最愛の人と会話する。
   酒を飲んでもいくら眠ってもストレスは解消されない。

   一瞬で疲れがぶっ飛ぶ方法。
   それは、最愛の人と会話を交わすことだ。

(21)お金を払ってくださる方に感謝する。

   存続するお店の「ありがとうございました」には迫力がある。
   お客様には命懸けで感謝する。
   それが生き残る人の条件だ。

(22)振込期日に遅れる人とは距離を置く。

   振込期日に遅れる人はすべての仕事に遅れる人だ。
   つまり時代に置いていかれる人なのだ。
   そういう人とは距離を置くに限る。

(23)期日前に振り込む人に深く感謝する。
   期日より前に振り込まれるお金には感動が発生する。

           <感謝合掌 平成30年1月14日 頓首再拝>

何物をも包容しつつ、強く大きくしっかりと生きる - 伝統

2018/01/30 (Tue) 03:46:28


          *『生命の實相』第三十七巻幸福篇上(1月30日)より

交友を選ぶことは生涯のうちで最も大切なことである。
悪しき友と交わってはならぬ。

悪しき人間は《本来ない》けれども、
方向のまちがった側へ進む者を「悪しき人間」と仮に言う。

生命(いのち)の本質の栄えのことを思わず、外面の虚栄に心を奪われ、
五官の快楽のことにのみ心を引かれて悪しき者と交わるならば、
その人は人生で一番大切なものを見失う時が来る。

かく言えばとて、
決して一日中一室に閉じ籠っている憂鬱な友達を選べという意味ではない。

明るく生きることは人生の一つの美徳である。
強く生きることも一つの美徳である。
大きく生きることはさらにまたもう一つの美徳である。

何物をも包容しつつ、強く大きくしっかりと
生命(せいめい)の大地を踏みしめて行くことは常によい。

外面(がいめん)の虚栄や五官の快楽には
強さがなく、大いさがなく、広さがなく、包容性がなく、
それが常に狭く個人的なものになりたがるから低卑なのである。

孤独ということも、
それが個人的なかぎりにおいては人の生長を害(そこな)うものである。

            <感謝合掌 平成30年1月30日 頓首再拝>

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