伝統板・第二

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一日一言(坂村真民) - 夕刻版

2016/02/02 (Tue) 20:56:49

このスレッドでは、「仏教詩人」と慕われた
「坂村真民」さんの言葉を、その著「一日一言」から紹介してまいります。

【 2月1日 】

 《今》

 大切なのは
 かってでもない
 これからでもない

 一呼吸
 一呼吸の
 今である
    
    真民


・・・

【 2月2日 】

 《一度》

人は一度
死なねばならぬ

日は一度
沈まねばならぬ

光は一度
闇にならねばならぬ

これが宇宙の教えだ

このことがわかれば
大概のことはわかる



・・・

【 2月3日 】

 《連帯感》

これからの世の中で一番大切なのは連帯感ということである。
人間同志は勿論のこと、鳥獣虫魚、一木一草にいたるまで
深いつながりを持っているということである。

これ無くして平和も幸せもやってこない。
わたしはこれを大詩霊さまの心と呼んでいる。

・・・

【 2月4日 】

 《エネルギー》

祈ることによって
エネルギーは増大する

天のエネルギー
地のエネルギー
この無限のエネルギーを
吸飲摂取するのだ

そして小さい自己を
大きな自己にするのだ


・・・

【 2月5日 】

 《光》

空に
星が光っている

野に
露が光っている

山に
木が光っている

ああ
光を求め
光を見つめ
生きてゆこう



            <感謝合掌 平成28年2月2日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 2月の言葉(6日~10日) - 伝統

2016/02/08 (Mon) 20:45:30


【 2月6日 】

《前から後ろから》

一道を行く者は
孤独だ

だが
前から呼んで下さる方があり
後から押して下さる方がある

・・・

【 2月7日 】

《試練》

この試練を越えよう

これを越えたところに
また一つの新しい自己が
見出だされよう


・・・

【 2月8日 】

《筋金》

わたしは「万里一条鉄」という禅語が好きである。

わたしが参禅したのも、悟ろうと思ったのではなく、
詩を作る万里一条鉄の筋金を打ち込むためであった。

わたしは徴兵検査の時、筋骨薄弱第二乙と徴兵官から、
満場の中で大声で宣告された言葉を忘れることはできない。

それ以後、生来筋骨薄弱であっても、この筋骨には
わたし独自の筋金が入っているぞという人間に
仕上げたいと念じてきた。


・・・

【 2月9日 】

《消えないもの》

消えないものを
求めよう

消えないものを
身につけよう

消えてゆく身だけれど
消えないものがある

それは愛
そして真心(まごころ)

・・・

【 2月10日 】

《われに母あり》

われに母あり 人生の
生きゆく力 純情(まごころ)を
愛の翼で はげまして
じっと諭して 下さった

  じっと諭して 下さった
    母の姿に 泣けてくる

            <感謝合掌 平成28年2月8日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 2月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/02/18 (Thu) 19:26:17


【 2月11日 】

《愛の真実の中に生きる》

わたしは日本に生まれたから、日本の存続を乞い願うのである。

しかし今の日本をみていると、危機感だけが増長増大してゆく。
史上かつてない日本の精神弛緩であり、国民意識の欠如である。
うすっぺらな幻影的繁栄がいつまで続くか。

しっかりした背骨を持たない民族は、
ひとたまりもなく重圧に屈してしまうであろう。
 
国土を愛し、そこに住む鳥獣を愛し、草木を愛し、
祖先から受け継いできた言葉を愛し、愛の真実さの中に生きてゆく、
それがこれからの真の宗教なのである。



・・・

【 2月12日 】

《六魚庵信仰歌》

しんからひとをいかることのできないとき
わたしはまだまだだめだと思う

しんからひとをゆるすことのできないとき
わたしはまだまだだめだと思う

・・・

【 2月13日 】

《驕り》

恐ろしいのは驕りだ。

あの不死身のようなヤマトタケルのミコトがどうして死なれたか。
古事記はその心の驕りを死の原因にしている。

驕りは軽蔑するところから生まれてくる。


わたしは満8歳の時父が急逝し、一ぺんにどん底に落ちた。
それで軽蔑されることが、どんなにつらいかを体で感じとっている。

軽蔑された伊吹山の神が怒り、
タケルのミコトを死に追い込んだのである。

大きな怒りなら決闘でもしたらいい。
それはそれなりにすっきり解決がつく。

しかし軽蔑はとげのように深くつきささって抜けない。
軽蔑され軽視された山の神の怒りが、
あの勇猛無双のタケルを死なせてしまうのである。

・・・

【 2月14日 】

《一手》

凡才には
長生きの
一手しかない

・・・

【 2月15日 】

《命は黄金》

若い時は命と言うものを、そんなに切実に思わないが、
年をとると命と言うものが、
本当に黄金のように思われ、
平常時即臨終時と言われた一遍上人の言葉が、
実にありがたいのである。


・・・

【 2月16日 】

《秘訣》

結局は
自然体で行く
それが無病長寿の
秘訣
つまり宇宙自然の呼吸に己れを
合わせてゆくことである


・・・

【 2月17日 】

《息を合わせて》

『一遍上人語録』の中に、

 よろず生きとしいけるもの、山河草木、
 ふく風たつ浪の音までも、念仏ならず
 ということなし。

という言葉がある。生きているということは、
息しているということである。生きとし生ける
ものの息に、わが息を合わせて生きてゆく、
これが一遍の念仏であり、呼吸なのである。
 

・・・

【 2月18日 】

《巨木》

巨木の前に立つと
まだ坐根の足らないことを
しみじみと思う



・・・

【 2月19日 】

《落日》

落日が知らせる
晩年の生き方


・・・

【 2月20日 】

《命がけ》

命がけということばは
めったに使っても
言ってもいけないけれど
究極は命がけでやったものだけが
残っていくだろう


            <感謝合掌 平成28年2月18日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 2月の言葉(21日~25日) - 伝統

2016/02/22 (Mon) 20:44:00


【 2月21日 】

《男の命》

男は何に
命を賭けるか

これがわたしの
命題


・・・

【 2月22日 】

《興味シンシン》

生きていることはいいことだ。

日本が、世界が、動き変りゆくのを、じっと見ているだけでも、
一つの芝居を見ているように興味シンシンたるものがある。


・・・

【 2月23日 】

《傘寿という傘》

 傘寿という傘をさし
 雨ニモマケズ
 歩いてゆこう


そういう短い詩がノートの中に書いてある。
また、こんな詩も出てくる。

 八十になったら記念に
 仏さまから傘を頂こう
 天蓋のような美しい傘を
 

なにごともなってみなければわからないものであるが、
傘寿ということばも文字もいい。
 
美しく生きたいものである。


・・・

【 2月24日 】

《砂地踏み行①》

宗教家だけでなく、何か芸道にたずさわっている者は、
行は欠いてはならないと思う。

わたしは最近砂地踏み行というものを始めた。

これは彼岸での祈りと明星礼拝とを兼ねているものであるが、
まだ暗いうちに家を出、三百三十メートルの長い重信川の橋を渡り、
彼岸の砂地を念仏やパーリ語の三帰依文や真言を唱えて
三十分ほど回走する。

これは素足だから初めは痛かったが、
もう痛くないほど足の裏が固くなった。

禅宗も真言宗も行をする。

もし他力宗だから行などはしないという僧や人があったら、
必ず衰微するにきまっている。



・・・

【 2月25日 】

《砂地踏み行②》

家庭も学校も過保護になり行的なものが殆どなくなった。
だから制御する力みなくなり凶悪犯罪が急増した。

ただ行臭くなったらおしまいだが、
正しい行だったら まちがうことはない。

            <感謝合掌 平成28年2月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 2月の言葉(26日~29日) - 伝統

2016/02/25 (Thu) 19:58:21


【 2月26日 】

《信条》

詩を作ることは
自己を作ること

自己を作ることは
自己の心を作ること

自己の心を作ることは
大海のような心になり
すべてを受け入れ
すべてを愛すること


・・・

【 2月27日 】

《本もの》

本を百万巻読んでも
本ものにはなれない

本は頭を肥やすが
足は少しも肥やしはしない

足からきた悟りが
本ものである。



・・・

【 2月28日 】

《仏さま》

仏さまが美しいのは、願を持っていられるからである。
そのように願を持って生きている人は皆美しい。
本当の美しさは、このような願を持つ人を言うのである。

わたしは、そういう人にあった時が一番うれしい。
目が光り、顔が光り、後ろ姿までがひかっているからである。


・・・

【 2月29日 】

《これでよいのか》

これでよいのか
これでよいのかと
いつもわが身に問うて

お釈迦さまの教えに
はずれぬよう
生きてゆこう

            <感謝合掌 平成28年2月25日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 3月の言葉(1日~5日) - 伝統

2016/03/02 (Wed) 18:44:41


病いが
また一つの世界を
開いてくれた
桃咲く
       真民

・・・


【 3月1日 】

《念ずれば花ひらく》

念ずれば
花ひらく

苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを

わたしもいつのころからか
となえるようになった

そうしてそのたび
わたしの花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった

・・・

【 3月2日 】

《赤ん坊のように》

どうでもいいという
人間からは
なにも生まれてはこない
そういう生き方からは
なにも授かりはしない

祈るのだ
願うのだ
赤ん坊のように
いのちの声を
はりあげて
呼ぶのだ

・・・

【 3月3日 】

《八字十音》

「念ずれば花ひらく」をわたしは八字十音の
真言(しんごん)と言っている。

だから、ひらくを漢字で開くと書いたことは一度もないのである。

ある時、念ずれば花開く、と
染め抜いた旗を作っていられた方があった。
また碑を作っていられた方があった。

これはわたしの本をよく読んでおられないからである。

字には言霊(ことだま)があり、視覚からくる霊力がある。
だからどうしても八字でなくてはならぬ。

わたしが八字十音と強く言うのは字数の
不思議、音感の不思議を知ってもらいたいからである。

お経にも延命十句観音経があり、百字心経がある。
字数、音数の不思議な力を、わたしたちはもっと知らねばならね。


・・・

【 3月4日 】

《幸せの灯り》

幸せはどこからくるか
それは自分の心からくる

だからたとえ不幸におちても
心さえ転換すれば
灯台の灯りのように
自分ばかりでなく
周囲をも明るくしてくれる

そのことを知ろう


・・・

【 3月5日 】

《苦難》

苦難は
神の愛

喜べ
喜べ

            <感謝合掌 平成28年3月2日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 3月の言葉(6日~10日) - 伝統

2016/03/07 (Mon) 19:46:29


・・・

【 3月6日 】

《鈴》

鈴は中がからっぽで玉が入っている。
だからいい音を出すのである。

この玉が真民流で言うなら「念ずれば花ひらく」八字十音である。

母はこのことばをいつも心の中に持っていた。
だから母の声はどんな苦難苦闘のなかでも朗らかで、
リンリンとした張りがあった。

五人の子供たちは、この母の鈴のおかげで、
貧乏の中にあっても卑屈にもならず、
暗い人間にもならずに育った。


・・・

【 3月7日 】

《タンポポを見よ》

順調に行く者が
必ずしも幸せではないのだ

悲しむな
立ち上がるのだ

タンポポを見よ
踏まれても平気で
花を咲かせているではないか


・・・

【 3月8日 】

《未練》

「今」を生き続けたものに
未練はない

働くだけ働いた蜂は
蟻に己を与え
鳴くだけ鳴いてこおろぎは
己を風葬にする


・・・

【 3月9日 】

《祈り》

かすかな祈りでもいい、
一人一人の小さな祈りが大きなものとなり、
それが人類の平和に連なっていくのである。


・・・

【 3月10日 】

《鈍刀を磨く》

鈍刀(どんとう)をいくら磨いても
無駄なことだというが
何もそんなことばに
耳を借す必要はない

せっせと磨くのだ
刀は光らないかも知れないが
磨く本人が変わってくる

つまり刀がすまぬすまぬと言いながら
磨く本人を
光るものにしてくれるのだ

そこが甚深微笑(じんじんみみょう)の世界だ
だからせっせと磨くのだ


            <感謝合掌 平成28年3月7日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 3月の言葉(11日~15日) - 伝統

2016/03/12 (Sat) 18:53:50


【 3月11日 】

《ある人へ》

光が射しているのに
あなたはそれを浴びようとしない

呼んでおられるのに
あなたはそれを聞こうとしない

手をさしのべておられるのに
あなたはそれを握ろうとしない

お経にもそんな人のことを
書いてあります

どうか素直な心になって
二度とない人生を
意義あるよう生きて下さい



・・・


【 3月12日 】

《真の人生》

靴屋さんなら、人が喜んでいつまでも履(は)いてくれる靴をつくる。
食べもの屋さんならば、人に喜んで楽しく食べてもらえるものを作る。

そういう生き方で生きていく。
それが真の人生というものではなかろうか。


・・・

【 3月13日 】

《仕事》

頭のさがるのは
年齢でもなく
学問でもなく
肩書きでもなく
その人がしている
仕事である

貧しい人のため
苦しんでいる人のため
希望を失った人のため
体を張って
生きている
マザー・テレサのような人である


・・・

【 3月14日 】

《知足》

わたしは知足を
足るを知れと読まず
足を知れと読む

足の裏を知ることによって
本当の人間になるのだ

知足第一
これがわたしの人間観


・・・

【 3月15日 】

《タンポポ堂三訓》

おごるな
たかぶるな
みくだすな

            <感謝合掌 平成28年3月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 3月の言葉(16日~20日) - 伝統

2016/03/17 (Thu) 18:08:43


【 3月16日 】

《無差別平等》

無差別平等というのが、私の根本思想である。

(中略)

川は下へ向って流れる、そして平等の海に注ぐ、これが宇宙の意思だと思う。
覇権といういやな言葉が流れているが、本当の平和、本当の幸福は、
無差別平等の思想を根本にしなくてはならぬ。

山河草木鳥獣虫魚悉皆成仏!
こんな無差別平等の教えがどこにあろうか。
だから仏教はこれからだというのである。

・・・

【 3月17日 】

《一年草のように》

生も一度きり
死も一度きり

一度きりの人生だから
一年草のように
独自の花を咲かせよう



・・・

【 3月18日 】

《一度ぎり》

一度ぎりだから真なのだ。
一度ぎりだから美なのだ。

東洋芸術のよさは、この一度ぎりにある。
日本画の一線も一度ぎり、日本の書も一筆ぎり、彫刻も一刀ぎり。

一度ぎりはとりかえしのつかないものを言う。
今日只今も一度ぎり。
だからわたしはみめいこんとんに起きる。

一度ぎりというものが腹のどまんなかにでんと坐っていなければならぬ。
腹ができているというのは、この一度ぎりというものを腹中に持っている事を言う。

詩がやってくるのも一度ぎりである。
だから天地清涼の暁天を廃し待つのである。

一度ぎり!

これが仏陀世尊の教えである。


・・・

【 3月19日 】

《杉村春苔尼》

道元は如浄(にょうじょう)に出会った。
親鸞は法然に出会った。

それと同じようにわたくしは杉村春苔尼というお方に出会った。

思えば真の出会いというものは自己を変え、世界を変えるのである。

・・・

【 3月20日 】

《本もの》

人間は本ものに出会わないと
本ものになれない


            <感謝合掌 平成28年3月17日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 3月の言葉(21日~25日) - 伝統

2016/03/22 (Tue) 19:33:33


【 3月21日 】

《まこと①》

信 ―― まこと
真 ―― まこと
誠 ―― まこと

まことは真実だ
古事記もまこと
万葉集もまこと

まことの文字を身につけよ
まことの信仰を身につけよ

まことだから
すがすがしいのだ
あたたかいのだ

良寛をもっと知らなければならん
良寛のまことを知らなくちゃならん



・・・


【 3月22日 】

《まこと②》

まことの字が書けるようにならなくちゃならん

しんみんよ疲れてはならん
疲れるのはまことがないからだ

まことでしたことに疲れるなんて
おこることはない筈だ


・・・

【 3月23日 】

《誠実》

誠実さを失ったら
人も滅び
企業も滅び
国も滅ぶ

一刻も狂うことなく運行する
宇宙の誠実さよ


・・・

【 3月24日 】

《波動》

わたしは華厳経から仏教に入ったのであるが、
華厳では一木一草すべてが、大宇宙の霊波霊光を持っていると説く。
そういうことが二十一世紀ではいよいよ科学的に証明されていくだろう。

まったくわからなかったあの世も、わかってくるであろう。

(中略)

大宇宙には、目に見えないものがいくらでもある。
科学は、それを見せてくれるであろう。

どうか、「念ずれば花ひらく」の念波だけでもいいから、身につけて頂き、
「一念随喜」の人となってもらいたいものである。


・・・

【 3月25日 】

《わたしの信条》

気長く待つのだ
息長く生きるのだ

            <感謝合掌 平成28年3月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 3月の言葉(26日~31日) - 伝統

2016/03/27 (Sun) 18:44:52


【 3月26日 】

《気合い》

詩は気合いなのである。
木にも気合いがあり、その木に花が咲くときには更に気合いがある。
詩が短かければ短かいほど、この気合いが大切になってくる。

気合いとはその字の通り気が合することである。
二つのものが一つになることである。
素材と自己とが一つになってリズムとなるところに詩が生れる。

この気合いを一番会得していたのが芭蕉ではなかろうか。
長谷川伸さんの文を読んでいたら「およそ迫力のないものぐらいつまらないものはない。
迫力、迫力、そして新しい迫力」と言っておられた。

私の言う気合いもこの迫力のことなのである。


・・・

【 3月27日 】

《八十を越した人への三訓》

K夫人から次のような三訓を頂いた。

  一、風邪をひくな(余病につながる)

  二、ころぶな(骨折し易い)

  三、義理を欠け(平静を乱される)
  

特にわたしは三番目の言葉に心ひかれた。
 
わたしも八十を越したから、無駄な儀礼は欠礼し、
寒山拾得(かんざんじっとく)まではゆかなくても、
もっと自由に自分の世界の中で生きたいと思う。  

・・・

【 3月28日 】

《本腰》

なにごとも
本腰にならねば
いい仕事はできない
新しい力も
生まれてはこない

本気であれ
本腰であれ


・・・

【 3月29日 】

《かなしさのうた》

たたけたたけ
思う存分たたけ

おれは黙って
たたかれる

たたくだけ
たたかれる

存在のために
真実のために
飛躍のために
脱却のために


・・・

【 3月30日 】

《苦》

苦がその人を
鍛えあげる
磨きあげる
本ものにする


・・・


【 3月31日 】

《闇と光》

闇深ければ
光もまた強し

            <感謝合掌 平成28年3月27日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 4月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/04/03 (Sun) 19:30:38


【 4月1日 】

《念ずる心》

善根熟するまで
念々怠らず精進して
自己を作っておこう

そしたら
春風吹き来った時
花ひらくことができ
春雨降り来った時
芽を出すこともできよう



・・・


【 4月2日 】

《つみかさね》

一球一球のつみかさね
一打一打のつみかさね
一歩一歩のつみかさね
一座一座のつみかさね
一作一作のつみかさね
一念一念のつみかさね

つみかさねの上に 咲く花
つみかさねの果てに 熟する実

それは美しく尊く
真の光を放つ


・・・

【 4月3日 】

《詩魂①》

一番大切なものは詩魂なのだ。
この詩魂を日夜、磨かねばならぬ。
詩魂は詩根だ。
      
詩をつくるから詩魂があるのではない。
詩をつくらない人でも、すぐれた詩魂の持ち主がある。
わたしが敬仰し、所縁を結ぶのは、この詩魂に共鳴し、共感するからである。
      
書家の書をみても、詩魂のない人のは、まったく魅力がない。
詩魂には名誉とか、地位とか、財産とかが、一番毒だ。
これにとりこにされると、どんなすぐれた人でも、この詩魂をなくしてしまう。



・・・

【 4月4日 】

《詩魂②》

詩魂は、乾坤だ。
大根、蓮根、詩根、みんな見えないところで成長していく。

詩魂を鋭くするため、豊かにするため、清くするため、暁天の霊気を吸うのだ。
詩魂を本当のものにするため、強いものにするため、独自のものとするため、
大地の野草を食べるのだ。
      
詩魂を磨こう!
      
これが天地万物に向かって、朝夕叫ぶ、わたしの合言葉である。

・・・

【 4月5日 】

《一すじに》

一すじに
生きたる人の尊さ

一すじに
歩みたる人の美しさ

われもまた
一すじに
生きん
一すじに
歩まん


・・・

【 4月6日 】

《何かをしよう》

何かをしよう 
みんなの人のためになる
何かをしよう

よく考えたら自分の体に合った
何かがある筈だ

弱い人には弱いなりに
老いた人には老いた人なりに
何かがある筈だ

生かされて生きているご恩返しに
小さいことでもいい

自分にできるものをさがして
何かをしよう


・・・

【 4月7日 】

《過について》

辞典には過愛、過激、過剰、過食、過大、過去、過度、過分、過労、過不及というのが出てくるが、
現代日本は過が原因して、こんなに混乱し、犯罪が増加し、
かってない兇悪事件の増加となっているのではなかろうか。

知らなくてもいいことを知り、
知りすぎたものを処理する力を持たず、
動物にも劣る人間が多くなった。

(中略)

わたしは若い時日本を脱出した人間なので、
時にはやりきれなくなることもあるが、
分をしらぬ人間ほど愚かで哀れなものはない。

分を知らぬようになって国も人も滅んでいるのは、
歴然とした歴史の事実である。

日本列島はこれから桜を初めとして色々の花が咲き上ってゆくが、
善い国にしてゆきたいものである。


・・・

【 4月8日 】

《動く》

動くのだ
停滞してはならぬ

川や
海が
生きているのは
いつも動いて
いるからだ


・・・

【 4月9日 】

《美》

うごいているから
うつくしいのだ


・・・

【 4月10日 】

《自我は尊し》

思うに自我ほど尊いものはなく、
自我ほど大切なものはない。

平々凡々たる者にエゴはない。


            <感謝合掌 平成28年4月3日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 4月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/04/12 (Tue) 19:17:32


【 4月11日 】

《エゴを肥料とする》

 若い時は大いにこのエゴを獲得しなければならぬ。
 若くしてこのエゴを持たない人は、立身も出世もせず、
 またよい作品を生み出すこともできない。

 エゴはまったく肥料のようなものである。
 うんと摂取して自分を豊富なものにしなくてはならぬ。

 若い時から折り目正しい紳士的な人間は、
 恐らく何事もなし得ず世を終わるであろう。
 若い時は少々破滅型の手に負えないエゴの持ち主の方が、
 後日いい仕事をし、いい作品を残すであろう。

・・・


【 4月12日 】

《所思》

流れてさえおれば
水は必ず海に達する

それと同じように
努力さえしておれば
所思は必ず遂げられる

・・・

【 4月13日 】

《実践》

一にも実践
二にも実践
三にも実践

森信三先生の偉さは
この実践にある


・・・

【 4月14日 】

《尊いのは足の裏である①》

尊いのは
頭でなく
手でなく
足の裏である

一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その努めを果たしてゆく

足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ



・・・

【 4月15日 】

《尊いのは足の裏である②》

頭から
光が出る
まだまだだめ

額から
光が出る
まだまだいかん

足の裏から
光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である

・・・

【 4月16日 】

《若い人へ》

どうかこれから人生を生きてゆく若い人よ、
本気で生きて、どんな小さい花でもいい、
自分自身の花を咲かせてもらいたい。

二度とない人生である。



・・・

【 4月17日 】

《自分のもの》

かすかな
光であっても

ちいさい
花であっても

自分のものであれば
最高であり
最大である。

・・・

【 4月18日 】

《これからは》

人に振りまわされるな
これからは
これが一番大事だ

自分の足で立ち
自分の手でつかむのだ

・・・

【 4月19日 】

《一》

一度きりの一は
どこからくるのであろうか

それは無常からくる

中世ほど無常な時代はなかった

一は無常の上に咲いた花である
一遍の一を思うとき
わたしは無常の深さに驚く

・・・

【 4月20日 】

《人生は一度きり》


人生は一度きりだという考え方は、人間を二つに分ける。
 
一つは人をよいほうに向け、一つは人を悪いほうに向ける。
 
どうせこの世は一回きりだ、太く短く面白くぱっとゆこうという者は、後者の人間となり、

この世は二度とないのだから、生きられるだけ生きて、生れてきた意義を見いだし、
世のため人のため何かをしてゆこう、という人は前者の人となる。


            <感謝合掌 平成28年4月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 4月の言葉(21日~30日) - 伝統

2016/04/22 (Fri) 19:19:22


【 4月21日 】

《しんけん》

人を生かす詩を作るためには、自分がしんけんに生きねばならぬ。
自分がしんけんに生きる詩が、即ち人を生かすことになる。

なんで仏菩薩を拝むか、それは仏菩薩がしんけんに生きていられるからである。
どのお経も仏菩薩が、しんけんに生きようといられることを説いている。

決しておれについてこい、おれは救ってやるんだとは言っておられない。
けんめいに精進していられる。
そこが仏教の大きな拠りどころである。

だから私たちもけんめいに生きねばならぬ。
それが仏の教えであり、それが宗教なのである。

・・・


【 4月22日 】

《本当に偉い人》

本当に偉い人は
マザー・テレサのように
素足にサンダルを履き
極貧最下の人たちに
一生を捧げる人である

・・・

【 4月23日 】

《師》

人間として最高の喜びは、終生の師にめぐりあうことである。
 
危機というものは、いつの世も人間がつくり出すものである。
それは人間の業かも知れない。
そしてそういう業のなかに生まれ、生きねばならぬわれわれにとって、
師とのめぐりあいのふしぎは、星のように光り輝き、虹のように美しい。

それにしても、そのようなただ一人の師にめぐりあうということは、
いかに至難なことであろうか。


・・・

【 4月24日 】

《タンポポ魂》

踏みにじられても
食いちぎられても
死にもしない
枯れもしない
その根強さ

そしてつねに
太陽に向って咲く
その明るさ

わたしはそれを
わたしの魂とする


・・・

【 4月25日 】

《呼応》

呼応こそ
わが詩の骨髄
わが詩の生命

すばるよ
タンポポ堂の
真上にまたたけ

・・・

【 4月26日 】

《こちらから》

こちらからあたまをさげる
こちらからあいさつをする
こちらから手を合わせる

こちらから詫びる
こちらから声をかける

すべてこちらからすれば
争いもなくなごやかにゆく

こちらからおーいと呼べば
あちらからおーいと応え

赤ん坊が泣けばお母さんが飛んでくる

すべて自然も人間も
そうできているのだ

仏さまへも
こちらから近づいてゆこう
どんなにか喜ばれることだろう


・・・

【 4月27日 】

《若さ》


若さというものは
顔ではない
心だ

未来への願いを持って
今日を生きる
それが真の若さだ


・・・

【 4月28日 】

《若い日の過ごし方》


若い日をどこで、どう過ごすか、
それは一人の人間の成長に、目覚めに、
大きな力を与えるものである。

九州生まれのわたしは、長い旅路の果て、
母なる神の鎮まります伊勢で、
人生のスタートを切ったのであるが、

それは今のわたしを作る詩神の大きな恩寵であった。


・・・

【 4月29日 】

《不死身のしんみん》

目が覚めたら「不死身のしんみん」「不死身のしんみん」と、となえることにした。
一日でも一時間でも生きてゆくことが大切だと思ったからである。

「お任せ致します」という他人ごとのような生き方では、ダメだと思ったからである。
凡てのものは「伸びよう、伸びよう」としている。
私も「生きよう、生きよう」と念じなければならない。

・・・

【 4月30日 】

《願い》

花になろう
実になろう

喜ばれる
人間になろう


            <感謝合掌 平成28年4月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 5月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/05/02 (Mon) 18:26:15

   花

何が一番いいか
花が一番いい
花のどこがいいか
信じて咲くのがいい
   真民

【 5月1日 】

《まだまだ》

まだまだ
勉強せねばならん

まだまだ
知らねばならん

まだまだ
○ねん

そう思う暁の
風の音

(○:死)

・・・


【 5月2日 】

《この二つを》

天を仰ぎ
光を吸い
生きてゆけ

地に額(ひたい)をつけ
命を得
念じてゆけ

・・・

【 5月3日 】

《キラキラするもの ①》

木でも草でも鳥でも本当に生きているからキラキラするのだ。
生れたばかりの太陽の美しさ、出現されたばかりの暁の明星の輝き、
本当に生きているものは皆キラキラするのだ。

キラキラするものを着飾っているからキラキラするのではない。
本当の美しさというものは内面から発するものだ。

外面だけの美しさに騙されてはならない。
近頃はこの外面だけの美しさに騙される人が多くなった。
内面の本当の美しさを知らない人が多くなったからだ。


・・・

【 5月4日 】

《キラキラするもの ②》

五月は1年中で一番キラキラする最も佳い季節である。
そうした国に生まれながら、全く季節と関係なく過ごす人が多くなった。

つまり自然の愛を深く心に浸透させることなく、日々を空しく送る人のいかに多いことか。
特に感受性に富む少年少女たちが、自然の愛を身につけることなく、
乾いた心で育ってゆくのを見ると、可哀相でならない。
 
あらゆるものがキラキラして呼んでいる。
その声を聞こう。
その姿を見よう。


・・・

【 5月5日 】

《一途》

尊いもの
一途なる歩み

光るもの
一途なる姿


・・・

【 5月6日 】

《せい一ぱい》

どんな小さい花でも
せい一ぱい
咲いているのだ

だからかすかな自分でも
せい一ぱい
生きてゆこう


・・・

【 5月7日 】

《花と愛》

一つの花でもいい。
本当によく見つめてみると、その神秘さに驚くであろう。

中近東とちがって日本には四季それぞれ、とりどりの花が咲く、
そうした花々をじっと見つめる愛すらほとんど持たずに、
大人となり、父となり母となる。

そういう日本になってしまったら、これから先のことが思いやられてくる。


・・・

【 5月8日 】

《利他の心》

どんないい果物でも
熟さなければ
食べられない

それと同じく
どんな偉い人でも
利他の心がなければ
本ものとは言えない


・・・

【 5月9日 】

《生きているからには》

生きているからには
しょぼしょぼとした
目なんかせず
生き生きした
魚の目のように
いつも光っていようではないか

生きているからには
くよくよした
泣きごとなんか言わず
春の鳥のように
空に向って
明るい歌をうたおうではないか

生きているからには
できるだけ世のため人のため
体を使い
あの世へ行った時
後悔しないように
発奮努力しようではないか

・・・

【 5月10日 】

《本気》

本気になると
世界が変わってくる
自分が変わってくる

変わってこなかったら
まだ本気になってない証拠だ

本気な恋
本気な仕事

ああ
人間一度
こいつをつかまんことには


            <感謝合掌 平成28年5月2日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 5月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/05/13 (Fri) 18:43:18

【 5月11日 】

《求道(ぐどう)》

一に求道 二に求道
三に求道 四に求道
死ぬまで求道


・・・


【 5月12日 】

《いつどこで》

いつどこで
わたしのことを思うて

ペンをとったり
祈りをしたり
道を歩いたり

草をむしったり
御飯をたいたり
お茶をたてたり

している人があるかも知れぬ

そう思うと
この身を大事にしなくてはならぬ
一層奉仕のまことをつくさねばならぬ

・・・

【 5月13日 】

《生きる》

なぜもっと生きたいか、
生きねばならないか

答えは簡単だ、
天才ではないからだ。

とにかくわたしはもっともっと生きねばならぬ、
老いの美しさこそ真の美しさであると、
いうことができるまで。


・・・

【 5月14日 】

《宇宙の塵》

何か一つでもいい
いいことをして
この世を去ろうではないか

散る花を惜しむ心があったら
一匹のこおろぎでも
踏み殺さないように
心していこうではないか

大きなことはできなくても
何か自分にできることをして
宇宙の塵となろうではないか

・・・

【 5月15日 】

《三万六千五百朝》

「三万六千五百朝」(棟方志功)

なんといういい言葉だろうか。
百年生きたって僅か三万六千五百朝だ。

一朝だってムダにしてはならないんだと、
腹にしみわたるような言葉だ。

・・・

【 5月16日 】

《大変なこと》

地球を作る
大変なことだったろう

人間を造る
これも大変なことだったろう

自己を造る
これも大変なことだ

この大変なことの数々を
しっかと知らねばならぬ


・・・

【 5月17日 】

《独自》

小さい花でいい
独自の花であれ

小さい光でいい
独自の光であれ

・・・

【 5月18日 】

《窯(かま)》

わたしは窯を見て歩くのが好きである。

(中略)

わたしが特に魅せられるのは窯の中の火の色である。

投げ入れられる陶工の心と、
投げ入れられた薪とが一つになって、
窯の中の作品を焼きあげてゆくのだ。

わたしはあの焔のひとときを煉獄と言ってきたが、
今もこの考えを変えようとは思わない。
あのようなきびしい試練が人間にも大切だからである。

窯は一つの宇宙である。
死して生きようと教えてくれる人生である。

・・・

【 5月19日 】

《円熟》

どんな小さな行(ぎょう)でもいい
積み重ねられたものは
木の実のようにいつか
その人を円熟させる

・・・

【 5月20日 】

《花》

何が
一番いいか

花が
一番いい

花の
どこがいいか

信じて
咲くのがいい

・・・

            <感謝合掌 平成28年5月13日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 5月の言葉(21日~31日) - 伝統

2016/05/22 (Sun) 18:48:54

【 5月21日 】

《朴の花》

朴(ほお)の花をまだ見たことがないと
おっしゃる方が、かなりおいでになるようです。

実に清楚で、びっくりするほど大きく、匂いゆたかな花です。
どうして花はこんなにも美しいのかと、いつも見るたび思うのですが、

八木重吉さんは、そのことを、
「ひとすじの気持ちで咲いているからだ」と
胸のすくような美しい短いことばで言ってくれました。

これからいろいろの花が地上に咲くでありましょう。
どうか見落とさないように、路傍の小さい花たちにも、
開花の喜びのことばを与えてやって下さいませ。


・・・

【 5月22日 】

《詩と信仰》

しんの生活なきところに
真実の詩は生れない

しんの信仰なきところに
生命の詩は生れない

・・・

【 5月23日 】

《心を深く、愛を深く》

詩を読む心は、
心を深くし、
愛を深くすることである。

男女の愛だけではない。
一木一草一虫一鳥一石への愛である。

生れ難きなかを人間に生れてきたんだから、
生れてきた甲斐があるように、
自分を仕上げて死にたいものである。


・・・

【 5月24日 】

《七字のうた》

よわねをはくな

くよくよするな

なきごというな

うしろをむくな

ひとつをねがい

ひとつをしとげ

はなをさかせよ

よいみをむすべ

すずめはすずめ
やなぎはやなぎ
まつにまつかぜ
ばらにばらのか


・・・

【 5月25日 】

《風》

ともに
あゆめば

ひかる

・・・

【 5月26日 】

《老いをどう生きるか》

一遍上人も芭蕉も、五十一歳でこの世を去られた。
二人とも老翁の感じがする。
十分に生きられたからであろう。

特に芭蕉は自ら翁といっている。
四十歳になると世を譲り隠居した時代だから、
五十歳になると翁という感がしたのであろうが、

現在は六十歳になっても
翁どころではなく皆溌剌足るものである。・・・・


・・・

【 5月27日 】

《ねがい》

人は終焉に向って
自分を磨いて
ゆかねばならぬ

たゆまず
おこたらず
あせらず
いそがず

大木朴(ほう)の如く

・・・

【 5月28日 】

《つねに》

つねに
流れて
いるから
川は生きて
いるのだ

止まるな
滞るな

つねに
動いておれ
頭も
足も


・・・

【 5月29日 】

《乗り越える力》

つらいと思うのは
つかれているからだ

つらいことを
つらいと思わず
乗り越えてゆく
力をつけよう


・・・

【 5月30日 】

《不思議》

念じていたら必ず
そうなっ てゆく

体も
そうなってゆく

周囲も
そうなってゆく

一切が
そうなってゆく

そういうものを
不思議と言う


・・・

【 5月31日 】

《一貫》

一以て貫く

わたしは
これが好きだ

わたしは
愚か者だから
これしか
できないのだ

一貫の詩
一貫の愛
一貫の師

これが
しんみんの
生き方だ


            <感謝合掌 平成28年5月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 6月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/06/04 (Sat) 18:21:33


6月のことば

一途であれ
一心であれ

   真民


【 6月1日 】

《六魚庵箴言》

狭くともいい
一すじであれ

どこまでも掘りさげてゆけ

いつも澄んで
天の一角を見つめろ

・・・


【 6月2日 】

《試練》

試練は
鞭ではない

愛なのだ
慈悲なのだ

・・・

【 6月3日 】

《喜びに生きる》

「すべてのものはうつろいゆく、怠らずつとめよ」という言葉は、
有名な釈迦の最後のお言葉である。

わたくしはこのお言葉が大好きで、
このお言葉を腹中に叩き込んで詩精進してきた。

修行なくして仏教はない。
どんなに他力の教えといっても修行を怠ってはならない。
 
とはいっても何も瀧に打たれたり、断食したりするのを修行というのではない。
平常心是れ道というように、日々の生活を人間らしく生きてゆくのも立派な修行である。

そしてそれらはすべて喜びを持って行ってゆかねばならない。
喜びなくして行うものは、どんな難行を果たしても、よい実を結ぶことはできない。


・・・

【 6月4日 】

《手を合わせる》

手を合わすれば
憎む心もとけてゆき
離れた心も結ばれる

まるいおむすび
まるいもち
両手合わせて作ったものは
人の心をまるくする

両手合わせて拝んでゆこう


・・・

【 6月5日 】

《本ものの道》

この道はあきることはない ―― あきる道は本ものではない。
この仕事はあきることはない ―― あきる仕事は本ものではない。

あきない道だから、あきない仕事だから、
いつも新しく、いつも生き生きしている。


・・・

【 6月6日 】

《こころ》

こころを持って生れてきた
これほど尊いものがあろうか

そしてこのこころを悪く使う
これほど相すまぬことがあろうか

一番大事なことは
このこころに
花を咲かせること

小さい花でもいい
自分の花を咲かせて
仏さまの前に持ってゆくことだ




・・・

【 6月7日 】

《知ること》

世界中のこと、
男女のこと、
その他いろいろのことなど知らなくてもいいのだ。

限りのないことだもの。

それより一つのことをはっきりと知った方がいい。

愛とは何か。
神とは何か。
仏とは何か。

生と死とは。
己とは。

その何れの一つでもいい。
納得のいくまで知ることが大切だ。

・・・

【 6月8日 】

《闇と苦》


闇があるから
光がある

苦があるから
楽がある

闇を生かせ
苦を生かせ


・・・

【 6月9日 】

《妥協》

決して妥協するな
妥協したらもうおしまい

一番恐ろしいのは
自己との妥協だ

つねに鞭うち
つねに叱咤し
つねに前進せよ

・・・

【 6月10日 】

《前向き人生》

人生は一度きり

だから
ころんでも
立ちあがり

前向きに
生きてゆくのだ


            <感謝合掌 平成28年6月4日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 6月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/06/12 (Sun) 18:47:01



【 6月11日 】

《自力》

求めよ、さらば与えられん。
叩けよ、さらば開かれん。
自力でやるのだ。

権利だけ主張する根性はいかん。

仏さまから貰ってばかりいる者は、
本当の仏さまの御恩を知らない。
だからわたしは、過保護的な今の行政をあまり尊く思わない。

けんめいに求めなくちゃならん。
けんめいに叩かなくちゃならん。

そういうものが、今の日本には少なくなった。
衰微衰亡は、そういうところから始まる。


・・・


【 6月12日 】

《どうしたら救われるか》

どうしたら救われるか
木に聞いてみた

木は答えてくれた
気を充実させることだと

こんどは石に聞いてみた
意思を強くすることだと言う

つぎには鳥たちに聞いてみた
鳥たちは異口同音に
すべてを任せることだと

これには深く感動した


・・・

【 6月13日 】

《いのちの張り》

大切なのは
いのちの張り

恐ろしいのは
この喪失

懸命に
一途に
鳴く
虫たちの
声声

・・・

【 6月14日 】

《今》

大切なのは
かってでもなく
これからでもない

一呼吸
一呼吸の
今である


・・・

【 6月15日 】

《純粋一途》

禅の本がよく売れており、仏教学の本も
流行のようだが、私はあまり読まない。
いろんなことはあまり知る必要はないのだ。

大事なことは、
どう生き、どう死ぬかと言うことである。

私がこおろぎの声に感動したりするのも、
あの純粋一途さにある。

イエスも一途に純粋に生きられた。
あの純粋一途さがキリストの心なのである。

純粋一途なものは、
すべて私の師であり、友である。
花にひかれるのもこの一途さにある。


・・・

【 6月16日 】

《一日一信》

一日
一信

やっと楽しい
ひとときがきた

あの人
この人を
身近かにおいて

一字
一字
書くひとときの
うれしさ


・・・

【 6月17日 】

《人のねうち》

おのれが尊いのではない。
おのれをおのれたらしめるものが、
おのれの中にあるから尊いのである。

だからこのおのれをおのれたらしめるものを
見出さなくてはならぬ。
自覚しなくてはならぬ。

そのことなくして
人は人としてのねうちがあるとはいえない。

花を花たらしめるもの、
光を光たらしめるもの、
香りを香りたらしめるもの、
その存在をはっきりと知ることが大切である。

・・・

【 6月18日 】

《昼の月》

昼の月を見ると
母を思う

こちらが忘れていても
ちゃんと見守っていて下さる
母を思う

かすかであるがゆえに
かえって心にしみる
昼の月よ


・・・

【 6月19日 】

《深さ》

海の深さは
測ることができるが

愛の深さは     
測ることはできない

・・・

【 6月20日 】

《本物》

ぐっとくるものがなくなったらもうおしまい 
すべて本物には肺府を突く

何ものかがなくてはならぬ   
ゴッホの絵のように


            <感謝合掌 平成28年6月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 6月の言葉(21日~30日) - 伝統

2016/06/22 (Wed) 19:25:02


【 6月21日 】

《脱皮と解脱》

個性というのは脱皮することによって、
その濃度を増してゆくものである。

それを家庭でも学校でも教えなくなった。
それが今の日本である。

わたしが宗教が大切だというのは、
このことを言いたいからである。

宗教とは脱皮、解脱のことなのである。
かっての彼と今の彼とは、別人のようになっている。

そしてそれによって面(顔)も一変してくる。
わたしは、そういう人を何人か知っている。

・・・


【 6月22日 】

《大木》

木が美しいのは   
自分の力で立っているからだ

・・・

【 6月23日 】

《朴》

朴(ほお)は字もいいし、ひびきも実によい。
花は純白で、大きく、
そして何とも言えない芳香を持っている。

葉もまた天狗の団扇(うちわ)といわれるほど
大きく堂々とした男性的な木である。

特にわたしが、この木に心ひかれるのは、
わたしが晩成(おくて)の人間であるように、
この木もまた晩成だからである。


・・・

【 6月24日 】

《生きていればこそ》

生きていればこそ
会えないひとにも会え
ふしぎな契りを
結ばせていただき
こんな嬉しいことはない


・・・

【 6月25日 】

《声》

生きていることは
すばらしいぞ

そういっている
石がある
木がある

川辺に立つと
水も
そういって
流れてゆく


・・・

【 6月26日 】

《捨の修行①》

年をとると、どうして駄目になるのか。
これだけは自分が年をとらねばわからぬことである。

どんな英雄でも、
年をとって駄目になり、
その栄光の歴史を、晩年で汚している。

そのわけは一言でいえば、
自分を捨てきれないからである。

捨てるということが、どんなに大事であるか、
そしてどんなに難しいことであるか、

かっての柔軟な魂を喪失し、
頑固さだけが残り、
一切の判断が齟齬(そご)してゆくのである。

・・・

【 6月27日 】

《捨の修行②》

仏典も聖書も捨を言う。
だから究極はここにこなくてはならぬ。

でも、ここにくることの
何と至難なことであろう。

大変な行(ぎょう)を積んだ人でも、
その行からきた名声地位を捨てきれずに
駄目になってゆく。

(中略)

人間は修行を怠ると
一ぺんに駄目になる。

捨にも修行が大事である。

・・・

【 6月28日 】

《ひらく》

花ひらく 
運ひらく 
道ひらく 
目ひらく 
心ひらく

すべて 
開くことが 
大事だ 

大道は無門 
閉ざしてはならぬ

・・・

【 6月29日 】

《光と力》

光は一隅より      
力は一人より

・・・

【 6月30日 】

《存在》

ザコはザコなり   
大海を泳ぎ

われはわれなり  
大地を歩く


            <感謝合掌 平成28年6月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 7月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/07/03 (Sun) 19:42:54

月の巻頭言

  救いは行動にある
           真民

【 7月1日 】

《接点》

わたしが 
尊ぶのは 
接点  

光と闇との  
接点

夜と朝との  
接点       

生と死との 
接点

わたしの詩は   
この接点の  
火花

・・・


【 7月2日 】

《四文字》

朝鍛
夕練
何といういい言葉であろう

華厳の行者になるには
この四文字をいつも丹田に置き
刻苦精進しなければならぬ

みめいこんとんの刻に起き
己を磨かねばならぬ


・・・

【 7月3日 】

《われ事において後悔せず》

わたしは熊本県生れであるから、
宮本武蔵の名は知っていたが、
墓に参ったことはなかった。

やっと念願かない彼の墓に詣でた時、
一番感心したのは「われ事において後悔せず」といった彼の遺語であった。

剣一筋に生きた彼のリンリンとした気概が、
熱鉄丸(ねつてつがん)のように、この言葉の中にこもり、
今なお生きてわれわれを励まし力づけ奮起を促してくれる思いがした。


・・・

【 7月4日 】

《生き方》

わたしが尊ぶのは
その人の思想ではなく
その人の生き方だ

わたしが木を見て
感動するのも
絶えず天へ向って
伸びようとしている
あの張りつめた姿にある



・・・

【 7月5日 】

《精一杯》

すべてのものが
精一杯
生きているのだ

蟻も蜜蜂も
精一杯
働いているのだ

それが生命を与えられたものの
真の姿だ


・・・

【 7月6日 】

《自分の道》

この世で一番尊く美しいものはただ一つ。
それは自分がどう生きてきたかということである。

あしたに咲き、ゆうべに散る、
はかない命の花でさえ実に真剣である。
それゆえにこそ、あのように美しいのである。

名もなく、貧しく、この世の片隅にいても、
神や仏の目から一番愛せられる生き方をしよう。

自分に与えられた、
ただ一つの道を、
ひたすらに行こう。

きのうをすごし、
きょうをおくり
あすを迎えてゆこう。

そういうことを告げ知らせてくれる、
このごろの蒼
天のさわやかさである。


・・・

【 7月7日 】

《喜べ喜べ》

喜べ喜べ

喜んでいると
みんな寄ってきて
助けてくれる

それと反対に
悲しんでばかりいると
みんな離れていってしまう

だから喜べ喜べ
それが幸せの秘訣だ




・・・

【 7月8日 】

《心と体》

わたしの心が
燃えている日は
道の草木(くさき)も
光りかがやき

わたしの体が
躍(おど)っている日は
空の小鳥も
凛々(りんりん)と飛ぶ

・・・

【 7月9日 】

《三願》

鳥のように
一途に
飛んでゆこう

水のように
素直に
流れてゆこう

雲のように
身軽に
生きてゆこう


・・・

【 7月10日 】

《大地のように生きてゆく》

花にも早く咲く花と、なかなか咲かぬ花とがある。

わたしなど何もかも晩成(おくて)だから、
植えた朴(ほお)まで花咲くまで二十年近くかかった。

まあそんなことで朴(ほお)への愛も特別強くなったが、
今は何もかも早咲き早実の時代、
よほどしっかりしないと敗残者になってしまうが、

しかし大きな世界から見れば、
何もそんなに急ぐことはないのである。

二度とない人生をじっくりと大地のように生きてゆく。
わたしなど、そういう生き方が好きであり、
そういう人が一番親しくなつかしい。

            <感謝合掌 平成28年7月3日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 7月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/07/12 (Tue) 19:20:55


【 7月11日 】

《凛》

砂漠や高山を踏破してきた
人の顔は
窯を出た焼き物のように
凛(りん)としている

人間こんな顔にならない限り
本ものとは言えない。


・・・


【 7月12日 】

《つねに前進》

すべて
とどまると
くさる

このおそろしさを
知ろう

つねに前進
つねに一歩

空也は左足を出し
一遍は右足を出している

あの姿を
拝してゆこう


・・・

【 7月13日 】

《しんみん五訓》

クヨクヨするな

フラフラするな

グラグラするな

ボヤボヤするな

ペコペコするな


・・・

【 7月14日 】

《専一専心》

念ずれば
必ず花はひらくのだ

専一なれ
専心なれ


・・・

【 7月15日 】

《悟り》

悟りとは
自分の花を
咲かせることだ

どんな小さい
花でもいい

誰のものでもない
独自の花を
咲かせることだ


・・・

【 7月16日 】

《自分の花》

小さい花でいいのだ、
人にほめられるような大きな美しい花ではなく、
だれからも足をとめて見られなくてもいい、

本当の自分自身の花を咲かせたらいいのだ、
それを神さま仏さまに見てもらえばいいのだ。  


・・・

【 7月17日 】

《積み重ね》

花は一瞬にして咲かない。
大木も一瞬にして大きくはならない。
一日一夜の積み重ねの上に、その栄光を示すのである。
私はそういうタイプのものが好きである。

宗教家には一瞬にして開眼し開悟し回心する人がある。
そういう行き方を協調賛美する。
わたしはそういうタイプや信仰を好まない。
これはわたしが鈍物鈍才だからであろう。

何れにしても東洋では努力精進を尊ぶ。
東洋の諸芸は小さい時からたたきあげた
技や芸の心というものを大切にする。

苦労に苦労を重ねた挙句達したその人独自の世界を賛美する。
わたしはそれが本ものではなかろうかと思う。
一瞬にして変わったものは、また一瞬にして変化する。


・・・

【 7月18日 】

《何を持つか》

木は
気を持つ

石は
意思を持つ

あなたは
何を持つか


・・・

【 7月19日 】

《竹》

竹を見ると
一貫の道というものを
教えてくれる思いがする

   朝に見る竹 夕べに見る竹
   朝に聞く竹 夕べに聞く竹

・・・

【 7月20日 】

《朝顔夕顔》

朝(あさ)は朝顔の花のように
あかるく輝いていたい

夕(ゆうべ)は夕顔の花のように
ほんのり匂うていたい


            <感謝合掌 平成28年7月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 7月の言葉(21日~31日) - 伝統

2016/07/23 (Sat) 18:38:37

【 7月21日 】

《花仏人》

うつろいやすきを花といい
つねにいますを仏といい
かなしきを人という

・・・


【 7月22日 】

《仏法》

生きるのだ。
生きることが仏法なのだ。

どう生き、
どう死ぬか、
それを知ることが仏法なのだ。

人間らしく生きる、
ただそれだけでいいのだ。

仏法には別に子細はないのだ。
生活を離れて仏法はないのだと、
わたしは声を大きくして言おう。


・・・

【 7月23日 】

《石を思え》

腹の立つ時は
石を見よ

千万年も黙って
濁世(じょくせ)のなかに
坐り続けている
石を思え


・・・

【 7月24日 】

《三学》

一つ
いかに生きるかを学べ

二つ
いかに愛するかを学べ

三つ
いかに死するかを学べ




・・・

【 7月25日 】

《母の教え》

仏の教えの根本は大悲である。
大悲こそ世尊の教えの母体なのである。

そういうことを母は小さいわたしに、無言で教えてくれた。
わたしが今日信仰をしっかと持つことができたのは、
深く掘り下げてゆくと、いつもここにやってくる。

わたしは世の若い母親たちに告げたい。
それは幼い子になにを刻みつけてくれるかということを。
つまり三つ子の魂のなかに、なにを注ぎ込んだかということを。


・・・

【 7月26日 】

《無限》

宇宙が無限であるように
母恩も無限である

・・・

【 7月27日 】

《詩というもの》

愚かなれば、
愚かなるほど、
産み出すことは至難なのである。

詩は天から降ってくるものでもなければ、
地から湧いてくるものでもないのである。

自分が難儀をしなければ、
一篇の詩も産れだそうとしないのである。

詩神詩霊は時に冷酷である。

それ故にこそ、
私は縋(すが)りつくのである。


・・・

【 7月28日 】

《時代を生きる》

詩人として大事なことは時代を生きることである。
だから時代から目をそらしてはいけない。
保守も革新も正しくはない。

正しいのはその時代の目をしっかりととらえて
正しく歌うことである。
時代の声をうたいだすことである。

だから詩人には参考書はいらない。
蔵書も不要である。

詩人はいつも裸で素手で素足で立向かわねばならぬ。
古代の歌がいいのは、その詩人たちの赤裸の姿、心情ゆえである。



・・・

【 7月29日 】

《この二つを》

少食であれ!
これは健康のもと

少欲であれ
これは幸福のもと

この二つのものをしっかりと身につけよう

この世を悔いなく終わるため
この世を楽しく生きるため


・・・

【 7月30日 】

《心の中の宇宙》

宗教は結局は心の中の宇宙なのである。

何れの宗教も、この心の中の宇宙を説き、
各個人もこの心の中の宇宙で安心し立命し、
生きそして死んでゆくのである。

だからどの宗教がすぐれ、
どの宗教が劣っているということもない。

一番大切なことは確固とした自分の宇宙を
持っているか、いないかということである。
端的に言うなら安心して○ねるかどうかということである。

*○:死

わたしにとって詩とは生きることであった。
生きがたい世を生き抜くための杖であり支えであった。


・・・

【 7月31日 】

《嵐と詩人》

いつも嵐が
吹いている

それが
詩人というものだ

            <感謝合掌 平成28年7月23日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 8月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/08/03 (Wed) 18:12:49


8月のことば

いつも瞳は
   澄んでいよう
   濁ってしまっては駄目
             真民


【 8月1日 】

《すべては光る》

光る
光る

すべては
光る

光らないものは
ひとつとしてない

みずから
光らないものは
他から
光を受けて
光る


・・・


【 8月2日 】

《燃える》

燃えていなかったら
どうして相手の人に
火をつけることができよう

そのためにわたしは
初光吸飲を続けるのである


・・・

【 8月3日 】

《足の裏にきく》

ある朝、足の裏にきいてみました。
足の裏よ、お前はかなしくはないかい。
いつもきたない所ばかりをふんでいて、腹のたつことはないかいと。

すると足の裏が微笑して答えました。
腹のたつなんて、とんでもないことです。
そんなことを一度も思ったことはありません。

考えてごらんなさい。
体のなかでわたしは一番幸せ者ですよ。
なぜなら、何万年何億年とつづいてきている地球と、
いつもじかに接しているのです。

ありがたいものだといつも感謝こそすれ、
不平に思ったことはまったくありません。

・・・

【 8月4日 】

《くちなしの花》

責めるな
責めるな

人を責めるのが
一番いかんと

朝夕
わたしに告げる
くちなしの花

・・・

【 8月5日 】

《人情味》

隣の庭木の葉が散り込んでくるのにも文句を言い、
団地の近くの森で鳥たちが鳴くのがやかましいから、
木を切ってしまえと主婦たちが抗議し、

噴火し灰を散らした損害を国に払えとマイクで言う者まで出てき、
ああなんという自己主張だけの日本人になってしまったのだろうかと、
肌寒くなるこの頃の日本である。

何がこんな日本にしてしまったのだろうか。
政治か、教育か、金か、いろいろあるだろう。

でも二度とない人生なのだ。
ああ生きていて良かったと言えるような生き方をしたいものである。

人間で一番大切なのは情味である。
出世も立身も、そうしなくていい。
人情味のある人間として、世を終わりたいものである。

・・・

【 8月6日 】

《出会い》

すべては出会いである

川も出会いの喜びに
音をたてて流れてゆく

その川のべに立っていると
わたしは師にめぐりあった喜びを
川と共に語りたくなる



・・・

【 8月7日 】

《めぐりあい》

大いなる一人のひととのめぐりあいが
わたしをすっかり変えてしまった

暗いものが明るいものとなり
信ぜられなれなかったものが信ぜられるようになり

何もかもがわたしに呼びかけ
わたしとつながりを持つ親しい存在となった


・・・

【 8月8日 】

《蝉脱》

辞書に蝉脱(せんだつ)という言葉がある。
正しくは蝉蛻(せんぜい)と書くのであるが、
せみのぬけがらのことである。

せみは、そのからを脱ぎ新しい自分となる。
そういうことから、超然として世外に脱け出る
意味が生まれてくる。

古人は、せみのぬけがらを見て
ああ自分もからを脱いで、
別な人間にならねばならぬと思ったのである。
釈尊が蝶を見て感動された心と同じなのである。


・・・

【 8月9日 】

《ねがい》

わたしのねがいは
呼吸を合わせることである

石とでも
草とでも
呼吸を合わせて
生きてゆくことである


・・・

【 8月10日 】

《なやめるS子に》

だまされてよくなり
       悪くなってしまっては駄目

いじめられてよくなり
       いじけてしまっては駄目

ふまれておきあがり  
       倒れてしまっては駄目

いつも心は燃えていよう
       消えてしまっては駄目

いつも瞳は澄んでいよう
       濁っていては駄目

            <感謝合掌 平成28年8月3日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 8月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/08/12 (Fri) 20:06:19


【 8月11日 】

《S子のこと》

このS子はわたしが朝鮮で教えたのであるが、
終戦で引き揚げ、 (中略)

東京に出、ある慈善社会活動家の経営する学園に勤めた。
ところが裏面を見ると、いたみを持つ者を食い物にしてしている
似悲(えせ)慈善家であった。

そこで彼女の純粋さは一ぺんによごされ、
救いををわたしに求めてきた。

そうしたS子に、

この詩を送ったのである。

だまされ、
いじめられ、
ふまれ、
転落する人と、しない人、

泥まみれになる人とならない人、
そういう人たちをいくたりも知るゆえに、
わたしは詩を書き続けている。

いたみのない人には、わたしの詩は無用である。

・・・


【 8月12日 】

《気に生きる》

宇宙の気が
一番生き生きと動くのは
寅の一刻
午前三時三〇分である

心に悩みを持つ人よ
体に病を持つ人よ

宇宙無限の力をいただき
気に生きる不思議を体得しよう


・・・

【 8月13日 】

《その刻々》

昇った日は
沈まねばならぬ

咲いた花は
散らねばならぬ

生まれた者は
死なねばならぬ

これは自然の法則である

だから悲しむことはない

大切なのはその刻々を
どう生かして来たかにある

・・・

【 8月14日 】

《みつめる》

じぶんを
一本のろうそくとしてみつめ
一本のせんこうとしてみつめ

一つのことに燃えつきるのだ



・・・

【 8月15日 】

《ひとりひそかに》

深海の真珠のように
ひとりひそかに
自分をつくってゆこう

・・・

【 8月16日 】

《無心無礙》

雲の
かたち
無心なるもののうつくしさよ

水の
あのひびき
無礙(むげ) なるもののこころよさよ



・・・

【 8月17日 】

《水の味》

水は実に単純である。

その水の味がわかるまでには、
何度か人は泥酔し、
あるいは美食に耽るかもしれない。

そうした美酒飽食の果てに、
天地の恵みの水のうまさがやっとわかってくる。

それはすべての飾りが取り除かれる時なのである。



・・・

【 8月18日 】

《渇くこと》

渇くということは非常に大切なことである。
渇かない人にいくらいい飲み物を与えても喜びも感謝もしない。

愛でも学問でも同じで、
渇かない相手にいくら与えても無駄である。

詩国も誰々さんに送って下さいと切手を入れて依頼される方があるが、
殆ど続いて読まれる人はいない。

渇かないから胸に入ってこないのである。

その点わたしはなどいい時に生まれた。
飢えも渇きも体験した。

それが今もわたしに詩を作らせている根源になっている。
お互いもっと渇き真剣になろう。



・・・

【 8月19日 】

《一字一輪》

字は一字でいい
一字にこもる力を知れ

花は一輪でいい
一輪にこもる命を知れ



・・・

【 8月20日 】

《現代日本の黒い霧》

安易に流れたら一篇の詩も生まれはしないのである。
そうした恐ろしい安易さが、日本を蔽うている。
それこそ危機というべきである。

汚職も犯罪も、すべては真剣さを欠いているところから
起こってくるものである。

国を滅ぼすのは、いつの時代においても、
遊情安逸の心からなのである。

まさに現代日本の恐るべき黒い霧は、
これなのである。

私は万緑一新の山中深く分け入って、
しみじみそんなことを思った。

            <感謝合掌 平成28年8月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 8月の言葉(21日~31日) - 伝統

2016/08/22 (Mon) 19:00:02


【 8月21日 】

《素足になれ》
 
みんなといってよいほど、どこか狂ってきた。
この人がと思う人が、へんな言動をしたりする。

地についた生活をしていないからだ。
足を地につけず生きている人間がふえてきた。

動物たちは皆足を地につけている。
だから彼等は狂わない。

車時代となって皆狂ってきた。
足を大地につけていない人間の一大悲劇だ。

人間は一日一度素足になって素直になれ。



・・・


【 8月22日 】

《試み》

人間が真の人間になるためには
いくたびかの試みに会わねばならぬ

試みには
神の試み
悪魔の試みがある

いずれにしても
いくたびかの試みに会って
初めて人は本ものになる



・・・

【 8月23日 】

《仏のこころ》

追いつめられて
初めて人間は
本物になる

だから本物になるためには
絶対絶命の瀬戸際に
立たされねばならぬ



・・・

【 8月24日 】

《美しい母》

そういう母の思い出のなかで
わたしが今も忘れないのは

乳が出すぎて
乳が張りすぎてと言いながら

よく乳も飲まずに亡くなった村人の
幼い子たちの小さい墓に
乳をしぼっては注ぎしぼっては注ぎ

念仏をとなえていた母の
美しい姿である。

若い母の大きな乳房から出る白い乳汁が
夕日に染まって

それはなんとも言えない絵のような
美しい母の姿であった


・・・

【 8月25日 】

《愛》

愛とは
呼吸がぴったりと
合うことである


・・・

【 8月26日 】

《感心・感服・感動》

感心とは、
心に深く感じいることであり、

感服とは、
なるほどと深く感心することであり、

感動とは、
深く心に感ずることである。

どちらもおなじようなものだと思う人があるかも知れないが、

文学作品や芸術作品は、
感心するとか、
感服するとかでは、
まだ十分とは言えない。

感動を与えるところまで行って初めて優れた作品と言えよう。

感動とは感じて動かされることであり、
動の方にウエートがある。



・・・

【 8月27日 】

《詩の世界》

詩の世界は狭い

しかし限りなく深い



・・・

【 8月28日 】

《四訓》

川はいつも流れていなくてはならぬ

頭はいつも冷えていなくてはならぬ

目はいつも澄んでいなくてはならぬ

心はいつも燃えていなくてはならぬ


・・・

【 8月29日 】

《禅》

禅は酒の中にも、
一皿の料理の中にも、
一個の茶碗の中にも存在する。

そういうものを求めてわたしも生きてきた。

・・・

【 8月30日 】

《花と人》

美しい花より
よい香りを持つ
花がいい

美しい人より
よい性質の
人がいい


・・・

【 8月31日 】

《前進しながら》

人間いつかは終わりがくる

前進しながら終わるのだ


            <感謝合掌 平成28年8月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 9月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/09/02 (Fri) 19:02:24


9月のことば

影あり
仰げば
月あり
  真民


【 9月1日 】

《三不忘》

貧しかった時のことを
忘れるな

苦しかった時のことを
忘れるな

嬉しかった時のことを
忘れるな



・・・


【 9月2日 】

《序詩》

花咲けば
共に眺めん

実熟せば
共に食べん

悲喜分かち
共に生きん



・・・

【 9月3日 】

《一遍一念》

この世は
一遍きり

だから
一念を
貫いてゆこう



・・・

【 9月4日 】

《フラフラするな》

人間は徒労と思えるようなことを、
一しょうけんめいすることだ。

坐でもそうだ。
何にもならんかも知れぬ。

しかしその何にもならんと思われるなかに、
限り知れないものがあるのだ。

詩作もそうだ。

フラフラするな、

グラグラするな、

現代を見つめ、
現代に動かされるな。


・・・

【 9月5日 】

《一心不乱》

心を一つにして乱れず

これだ
これだけでいいのだ


・・・

【 9月6日 】

《坐ること》

とにかくすわることだ。
坐ってさえおれば、
道はひらけててゆく。

そして、その道は正しい道である。

坐り方が足らないと、
邪道に走ったり、病気をしたりする。

坐はわたしの詩の骨髄である。
タンポポもしつかり大地に坐っているのだ。

これを学ばねばならぬ。

禅を頭で考える人は、
結局どこかにだめな処がある。



・・・

【 9月7日 】

《大きな広い心で》

宇宙観に立てば
地獄も極楽もない

すべては心から
来ているからである

苦しむな
悩むな

大きな広い心で
生きてゆくのだ


・・・

【 9月8日 】

《サラリ》

サラリと
  生きてゆかん
   雲のごとく

サラリと
  忘れてゆかん
   風のごとく

サラリと
  流してゆかん
   川のごとく


・・・

【 9月9日 】

《余光》

年をとると
沈んでゆく日が
心にしみる

特に海に沈んでゆく日の
静けさ
温かさ

その余光の
美しさ

人生もかくあれと
知らせてくださる
ありがたさよ


・・・

【 9月10日 】

《芙蓉の花》

私は芙蓉の花が好きである。
なぜかというと落花が実にいいからである。

庭に二本の白花があるが、
その白花さえ落ちる前には薄い紅色がさしてきて、
天平の乙女(菩薩のと言ってもよい)髪の形をして、
なにかはじらいつぶやくような身振りで、
ぽっと落ちる。

落ちてころりと二回転するのもある。

それが実に可憐である。

殆どの花は落花がみじめだが、
芙蓉の花はまるくおのれをつつんでつつましく落ちる。

人間かくのごとくありたいものだと思いながら、
深まりゆく秋の庭に咲く芙蓉の花を、
朝毎夕毎ながめるこのごろである。

            <感謝合掌 平成28年9月2日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 9月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/09/13 (Tue) 18:02:24


【 9月11日 】

《ありがたいなあ》

ありがたいなあ
ありがたいなあ

どんなに苦しいことがあっても
生きていることは
ありがたいなあ


・・・


【 9月12日 】

《敬老》

わたしは自分の力で生きているとは思っていない。
諸神諸仏諸菩薩諸天、その他多くの方の
おん守りによって生かされていると思っている。

それがはっきりわかる齢になった。

でもここで大切なことは、わかったならば何か
御恩返しをするということである。

何でもよい、自分にできる御恩返しをして
軽い気持ちになり、合掌してこの世を去ることである。

老いたる人を敬うことは大切なことであるが、
果たして本当に敬われることをしてきたか、
 
そういうことをしっかり考えることも
敬老の日だと思う。


・・・

【 9月13日 】

《会いたき人あれば》

会いたき人あれば
一輪の花にも
こころときめき

一羽の鳥にも
むねをあつくす


・・・

【 9月14日 】

《めぐりあい》

人生は深い縁えにしの
不思議な出会いだ


・・・

【 9月15日 】

《若い好漢》

先生ちかごろはどこにもお出でになりませんね。
若い彼は来るなり、わたしに向かってそう言った。

何か私に言いたいような口ぶりであったが、
わたしがいまのわたしには、
沈黙が最大のエネルギー、最良の食べ物なんだ、

どこにゆかなくても世界の針は却ってはっきり見え、
人々の動静も心電図のように明確にわかる。

ウコサベンする年でもなく、
心にもない世辞を言う配慮もいらぬ、

長明は方丈の小庵こもり無常をしるし、
武蔵は洞窟にこもり五輪の書をかいたではないか、

わたしもタンポポ堂にこもり詩魂を練るのだ、

そう答えて、この若い好漢と対坐した。


・・・

【 9月16日 】

《リンリン》

燐火のように
リンリンと
燃えていなければならない

鈴虫のように
リンリンと
訴えていなければならない

禅僧のように
リンリンと
鍛えていなければならない

梅花のように
リンリンと
冴えていなければならない


・・・

【 9月17日 】

《光る》

海から日は出で
満山の露が光る
まさに華厳(けごん)

この時からわたしはしっかりと
光を求めて歩み始めた


・・・

【 9月18日 】

《ねがい》

あなたに合わせる手を
だれにも合わせるまで
愛の心をお与え下さい

どんなに私を苦しめる人をも
すべてをゆるすまで
広い心をお授け下さい


・・・

【 9月19日 】

《ユニテ》

わたしが
ねがうのは
ユニテ(一致)

どんなに
ちがったものでも
どこかで
一致するものがある

それを見出みいだし
お互い
手を握り合おう


・・・

【 9月20日 】

《手と足 ①》

手は何のためにあるのか、

それは落ちてゆく自己を支えるためである、
とリルケは言っている。

そういう言葉からわたしはリルケに接近していったが、
リルケはキリスト教国の生まれだから手をいったのだろう。

わたしは仏教国の生まれだから、
足はなんのためにあるのか、

それは落下してゆく自分を、
どこで踏み止めるか、
そのためにあると言おう。


            <感謝合掌 平成28年9月13日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 9月の言葉(21日~30日) - 伝統

2016/09/22 (Thu) 18:43:30


【 9月21日 】

《手と足 ②》

わたしは一白水星の生まれだから、
低い処低い処へと流れてゆく水の性を身につけている。
そしてこれが宇宙の運行だとも思っている。

だから私は足を大事にし、
落下していく自分を支えてくれと頼むのである。

地球を絶滅させる核兵器を作り出す頭よりも、
間違った自分を、どこで踏みとどまらせるかの
足の重要性を、私は強調したい。


・・・

【 9月22日 】

《大木の幹》

大木の幹にさわっていると
大木の悲しみが伝わってくる

孤独というものは
猛獣にすらあるものだ

万年の石よ
沈黙の鬱屈よ

風に泣け

月に吼えろ


・・・

【 9月23日 】

《影》

影あり

仰げば
月あり


・・・

【 9月24日 】

《月を愛する》

わたしはみずから光る太陽も偉大だと思う。
しかし太陽の光を受けて光り返す月に、
何とも言えない親近感と慈愛とを持つのである。

時には大きな光の環ができて、
安らかに眠っている人々を、
静かに守り照らしているのである。

そういう美しい月を仰いで、
宇宙の心というものを知り、

わたしもしみじみと、
人間と人間との光の環を、
大きく広げてゆきたい思念に燃えるのである。


・・・

【 9月25日 】

《自分の詩》

自分の詩を書くのだ

ほかの人の詩なんか
どうでもよいのだ

どんなに上手でも
うらやましいと思うな

自分は自分の詩を
一生懸命
書いてゆけばいいんだ

字だってそうだ
自分の字で押し通してゆくのだ

いのちあふれた字を
書いてゆけばいいのだ


・・・

【 9月26日 】

《馴れ》

もっとも恐ろしいのは、この馴れ。
暁天祈願も、彼岸の祈りも、
馴れたら、もうおしまい。

初心忘るべからずというのも、
この馴れの恐ろしさを言っているのである。

(中略)

ものを作る者に一番の危険は、
この馴れである。
    
 「湯之盤の銘に曰く日に新たに
  日日に新たに又日に新たなり(大学)」

お互い毎朝顔を洗う時、そういう心でありたい。

信仰だけではなく、芸術もそうであるし、
ピチピチと生きている詩、
生きている文字、それが一番大切だと思う。

それにしても今は暖衣飽食に慣れて
頽廃の色があまりにも濃い。

 「学道ノ人、衣食ヲ貪ルコトナカレ」
    (道元禅師学道用心集)

これは千古の鉄言である。


・・・

【 9月27日 】

《六魚庵信仰歌》

迷いながら
躓きながら
求めながら

失いながら
憎みながら
愛しながら

泣きながら
堪えながら
責めながら

怖れながら

己をつくり
神へ近づく
仏へ近づく


・・・

【 9月28日 】

《人なり》

芸も人なり
詩も人なり
書も絵も人なり

人なりと言うは
その人の心を
表わすものなりということだ

心せよ心せよ


・・・

【 9月29日 】

《二つの言葉》

画家の高山辰雄さんが、いいことを言っておられた。
いい絵というのは肋骨に引っかかってくるものを持っている。
ゴッホの烈しさはやさしさからきていると。

この二つの言葉はよかった。
最近の若い人は絵画でも陶器でも実に器用で、すぐに個展を開く。
別にそれを非難するつもりはないが、感心はするが感動はしない。
つまり肋骨に引っかかってくるような玄なるものを持たないのである。

(中略)
 
また烈しさはやさしさからきているという言葉も、
うーんとうならせるものであった。

わたしはこの言葉を耳にした時、道元の『正法眼蔵』の烈しさを思った。
そして、あれは禅師のやさしさからきているんだなと、
今までのとかくの誤解が氷解していった。

シャカやキリストの烈しさ、あれもやさしさからきているのだ。


・・・

【 9月30日 】

《心棒》

独楽(こま)が回るのは
心棒があるからだ

しんみんの心棒は
念ずれば花ひらく
大宇宙大和楽


            <感謝合掌 平成28年9月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 10月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/10/03 (Mon) 17:57:53


10月の巻頭言



アセラズ
クニセズ
シズカニ
ジブンノ道ヲ
マッスグニ
行ケ

  真民



【 10月1日 】

《一本の道を》

弱音を吐いたら
サタンが喜ぶ

サタンに喜ばれたら
もうおしまいだ

行け
行け

一本の道を
まっしぐらに
行け


・・・


【 10月2日 】

《我行精進 忍終不悔》

わたしには死ぬまでが修行である。

大無量寿経の嘆仏偈の中に
「我行精進、 忍終不悔」という言葉がある。

わたしは毎晩となえているが、
わが行は精進して忍んで終に悔いじと読む。

修行には完成はない。未完である。
成就するのではなく成就するのを
乞い祈り願うのである。


・・・

【 10月3日 】

《からっぽ》

頭を
からっぽにする

胃を
からっぽにする

心を
からっぽにする

そうすると
はいってくる
すべてのものが
新鮮で
生き生きしている



・・・

【 10月4日 】

《一心になれば》

一心になれば
仏教でも
キリスト教でも
なんでもいいんです

必ず助けてくださいます

一心とは
空(くう)になることです
一体になることです


・・・

【 10月5日 】

《今日只今》

いかなることがあっても、
びくともしない自分を
つくっておかなねばならぬ。

そのためには、
「今日只今(こんにちただいま)」を
おろそかにしないことだ。

またいろいろのことに手を出さぬことだ。
詩人は詩を作ってゆけばよい。
決してよくなろうとしないこと。

上を見ないこと。
今のわれに感謝してゆくこと。
金というものと手を握らないこと。

そんなことを思った。


・・・

【 10月6日 】

《裏打ち》

表具軸もののこつは裏打ちにある

それと同じく修行のこつは
見えない世界の練磨にある


・・・

【 10月7日 】

《念と難》

一難去って
また一難

でも思えば
この難によって
念が鍛えられ
念の花が咲き
念の実が熟するのだ

信仰によって
難を乗り切る
念力を養ってゆこう


・・・

【 10月8日 】

《ねがい》

ただ一つの
花を咲かせ
そして終わる

この一年草の
一途さに触れて
生きよう


・・・

【 10月9日 】

《中年の人よ》

中年の人よ 自己と戦え

孤独になれば 孤独と戦い
名声を得れば 名声と戦い
いつも手綱を 引き締めよ

不遇だった時を 忘れるな
貧乏だった頃を 思い出せ

つねに謙虚であれ
奢りは悪魔の誘いだと思え



・・・

【 10月10日 】

《堂訓》

自分の病気は自分で治せ
自分の幸福は自分で築け
自分の運命は自分で開け

捨て切ってしまえば
無限の力の湧出することを知れ

全力を尽くし為すべきことを為し
あとは神仏に任せよ


            <感謝合掌 平成28年10月3日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 10月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/10/13 (Thu) 13:56:27


【 10月11日 】

《根源》

歳をとって一番いいことは、根源というものが、
素直にわかり、それが目に見え、耳に聞こえ、
まるで人間と同じように呼びかけ話しかけてくることである。

若い時にわからなかったものがわかるようになることである。

(中略)

幸せの根源、繁栄の根源を忘れた時、不幸が来、没落が来る。

若い時は根源に気付かず、つい無謀なことをやり、
人生を過ってしまうが、根源を知るということは、
人間に与えられた智の大きなものと思う。

そのためにも長生きしなければならぬ。


・・・


【 10月12日 】

《成熟》

天才でない者は
成熟を待たねばならぬ


・・・

【 10月13日 】

《意義と息》

すべて長く続けることに
意義がある

息でもそうだ
長い息が
長生きにつながるのだ


・・・

【 10月14日 】

《小さい実践》

  二度とない人生だから
  一匹のこおろぎでもふみころさないように
  こころしてゆこう

  どんなにかよろこぶことだろう

これは華厳の教えの実践化、生活化である。

口でどんなに高邁なことを講演しても、
行いが伴わなかったら、それは灰に等しく、
あの世では奈落に落ちてゆくだけである。

(中略)

わたしが尊ぶのは実践である。
一匹のこおろぎでも踏み殺さないという
小さい実践である。


・・・

【 10月15日 】

《生きることは》

生きることは
自分の花を咲かせること

風雪に耐え
寒暑に耐え

だれのものでもない
自分の花を咲かせよう


・・・

【 10月16日 】

《漂えど沈まず》

これはセーヌ河を上下する船に刻んである
言葉だということだが、いいことばだと思う。

なんだか自分の生涯でも暗示している
ようなことばだったので、テレビをみながら
ノートにしるしとどめたのであった。

沈んではならない。
軽くなければならない。

そのためには、できるだけのものを
捨てなくてはならない。

あの捨て果てて捨て果てていった一遍の一生が、
今のわたしの救いであるように思えた。


・・・

【 10月17日 】

《大木を仰げ》

堪えがたい時は
大木を仰げ

あの
忍従の
歳月と
孤独とを
思え


・・・

【 10月18日 】

《動くもの動かないもの》

わたしが木を愛するのは動かないからだ。
大地に根を下ろし、屹然として大空にむかって
繁茂している姿は、お前もかくあれと教えてくれる思いがする。

特に朴(ほお)は惚れ惚れするほど美しい。
 
どちらかと言えばこれまでわたしは動の生き方をしてきたが、
これからは守護霊さまである不動明王さまの従者として、
動かないものを崇敬し、動かないものの声に
耳を傾け、終わりを完うしよう。


・・・

【 10月19日 】

《ロマン》

ロマンをなくしちゃならん。
これをなくしたら、もうおしまいだ。

老い木は老い木なりに、美しい花を咲かせるではないか。
若木の花よりも、老い木の花に、心ひかれる。
静かで穏やかで、自分をそのまま出しているからだ。

じっと見つめていると、人間の在り方を教えてくれる。


・・・

【 10月20日 】

《独り》

独りがいい

独りでいると
宇宙もろもろのものが
手をさしのべてくれる


            <感謝合掌 平成28年10月13日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 10月の言葉(21日~31日) - 伝統

2016/10/24 (Mon) 19:27:59


【 10月21日 】

《花》

花には
散ったあとの
悲しみはない

ただ一途に咲いた
喜びだけが残るのだ



・・・


【 10月22日 】

《愛》

愛に溺れる者は
愛に泣き

愛に沈む者は
愛に苦しむ

しかし真の愛は
神の衣のように
つねに軽く
つねに涼しく
溺れることもなく
沈むこともない


・・・

【 10月23日 】

《宇宙と自分》

宇宙を知ることは
自分を知ること

自分を知ることは
宇宙を知ること

自己愛が
宇宙愛となり

宇宙愛が
自己愛となる


・・・

【 10月24日 】

《火をともせ》

火をともせ
火をもやせ

自分で自分を燃やすのだ
自分に明かりをつけるのだ

なぜ散りゆく木の葉が
あんなに己れを美しく染めるのか

そのことを考えて
自分を一層みがくのだ


・・・

【 10月25日 】

《姿勢》

万巻の書を読んでも
その姿勢が正しくなかったら
何の価値もない

大切なのは
人間を見る眼の
人間に対する姿勢の

正しさにある
真実さにある
純粋さにある


・・・

【 10月26日 】

《死と生》

死はいつ、どんな形でやってくるか、
それはだれにもわからぬ。

美しく死にたいとは誰しも望むが、
善徳の人必ずしも、
美しく死ぬとは限らぬ。

ダルマは毒殺され、
イエスは十字架で息絶えた。

だから評価は生にある。
生を美しくすることにある。

仏陀は如何に生きるかを八十年の生で示された。

わたしは沙羅双樹の実を二つ持っているが、
二つの実が、
仏陀世尊の生と死とを語ってくれる。

静かな夜明けにしみじみと語ってくれる。


・・・

【 10月27日 】

《進歩》

古い葉が落ちなければ
新しい葉は出てこない

古い衣を脱ぎ捨てなければ
新しい衣は着られない

すべての進歩は
脱落脱衣を前提とする


・・・

【 10月28日 】

《偶然と必然》

偶然からは感謝は生れてこない。
特に仏教は因縁の不思議を知らせてくれる教えである。

因縁の糸は広大無辺である。
それを知ると生きていることがありがたく、
生起する一つ一つが生き生きしてくるのである。

従って病気も治ってくるのであろう。
困難も突破できるであろう。

どうか必然の理を知り、
二度とない人生を意義深いものにして頂きたい。


・・・

【 10月29日 】

《光と闇》

光だ
光だ
という人には
いつか光が射してくるし

闇だ
闇だ
という人には
いつまでも闇が続く


・・・

【 10月30日 】

《詩》

骨髄に浸透して生き方を変え
闇を光にする

それが詩だ


・・・

【 10月31日 】

《目覚めて思う》

目覚めて思う。ただ一途に、ただ一筋に、一所懸命、作品を書いていると、
神様は何か一つ世に残るものを授けて下さる。

例えば川端康成氏には「雪国」を、
中河与一氏には「天の夕顔」を、
中勘助氏には「銀の匙」のように、
一作でよいのだ。

詩人なら、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」
、高村光太郎の「智恵子抄」、
そしてわたしには「念ずれば花ひらく」をお与え下さった。

一輪草は一輪の花を咲かせて終わるのだ。

だからイエスキリストは
「栄華を極めたるソロモンだに、そのよそおい、
この花の一つにも及ぼしかざりき」と言われた。

一作一遍の重みを、深夜目覚めて思う。

            <感謝合掌 平成28年10月24日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 11月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/11/02 (Wed) 18:02:27


氣海丹田

    真民

【 11月1日 】

《悲嬉》

悲しいことは
風と共に
消えてゆけ

嬉しいことは
潮のように
響かせよ



・・・


【 11月2日 】

《ものを思えば》

つきつめて
ものを思えば
みなかなし

されど
このかなしさのなかにこそ

花も咲くなかれ
匂うなれ
人の心も通うなれ


・・・

【 11月3日 】

《生きる日のために》

生きる日のために死をふまえて生きてゆく、
それだから生きるいのちも生まれてくるのだ。

いつも死を裏側に持っているために
生が躍動してくるのだ。

それをはっきりと知らなくてはならぬ。



・・・

【 11月4日 】

《光と闇》

本当に
光を知るためには

本当に
闇を知らねばならぬ



・・・

【 11月5日 】

《よろこび》

       M子さんへ

くるしみのなかから
うまれたよろこび

それがほんとうの
よろこびです



・・・

【 11月6日 】

《S夫人に》

百の不幸があれば
百の幸福がある筈です

この仏の心を知り
元気を出して
生きて下さい


・・・

【 11月7日 】

《絆を断つ》

絆を断つということは、
容易なことではない。

そしてそれはだれでもできることではない。

自分の道をまっしぐらに行こうとする以上、
どこかで絆を断たねばならぬ。

それができない以上、
本物にはなれない。


・・・

【 11月8日 】

《一切無常》

散ってゆくから
美しいのだ

毀れるから
愛しいのだ

別れるから
深まるのだ

一切無常

それゆえにこそ
すべてが生きてくるのだ


・・・

【 11月9日 】

《力のかぎり》
 
その力は小さくても
力のかぎり
生きてゆこう

その愛が小さくても
せい一ぱいの愛を傾け
生きてゆこう

時には切なく
生きる力を
失おうとする時があっても

力をふりしぼって
生きてゆこう

二度とない人生なのだ



・・・

【 11月10日 】

《さかむら・しんみんという花》

わたしが若い時から、
この歳にいたるまで詩を作り、
詩に執しているのは、詩人になりたいからではなく、
自分自身が生きるためである。

ここで生きるということは 生活することではない。
人間らしく生きるということとも少しちがう。
仏教的に言うならば自分の花を咲かせたいということである、

さかむら・しんみんという一個の花を咲かせたいため、
わたしは詩を作ってきたのである。

            <感謝合掌 平成28年11月2日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 11月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/11/12 (Sat) 17:23:42


【 11月11日 】

《生き方》

どんなに立派な信仰を持っていても

貧乏のどん底に落ちたり
難病になって苦しんだり
ガンになって死ぬこともある

それはどうにもならないことだ
信仰とは関係のないことだ

大切なのは
その人の生き方である

どう生きたかを
神仏に見てもらうことである

・・・

【 11月12日 】

《足の裏から出る声》

念じてもなかなか花がひらきませんなあという人がいる。
一寸先はやっぱり闇だなあという人がある。

こういうひとは大インテリか、自分をインテリだと思っている人である。
インテリというのはなんでも頭で考える、叉頭が一番いいと思っている。

わたしなんか全くそういう人種でないので、
念ずれば花ひらく、
一寸先は光だと本気で言うのである。

そしてそういう声は頭からではなく足の裏から出てくるのである。
つまり体験の声なのである。

原始仏教徒が礼拝したのは仏頭ではなく仏足だった。

私はそれがありがたい。

・・・

【 11月13日 】

《一寸さきは光》

全く「一寸さきは光」である。

これは「念じていたら花がひらきました」という人と
「念じていても花は一向にひらきません」という人と同じで、

一寸さきは闇という人にはいつも闇がくっついて歩き、
一寸さきは光という人には必ず光が射してくるのである。

これは理屈ではない、

信念信仰なのである。

・・・

【 11月14日 】

《美しさ》

生きているものは
みな美しい

妙な顔をした
虎魚おこぜでも
実に愛嬌がある

一体この美しさは
どこからくるのだろう

やはり懸命に生きるという
命から発する美しさだ

それにくらべてこの美しさを
持たない人間が
急に最近増えてきた

・・・

【 11月15日 】

《生きてゆく力がなくなるとき》

死のうと思う日はないが
生きてゆく力がなくなることがある

そんなときお寺を訪ね
わたしはひとり
仏陀の前に坐ってくる

力わき明日を思うこころが
出てくるまで坐ってくる

・・・

【 11月16日 】

《おのずからに》

余命を
いとほしみ

万象に
呼吸を合わせ

おのずからに
生きてゆかん

・・・

【 11月17日 】

《老樹》

よくわたしは樹齢何百年と言われる木に会うと、
悲しくはないかと聞くのです。
そうすると彼等は必ずこう答えてくれます。

悲しくなんかありませんよ。
一しょうけんめい生きているものには
喜びだけがあって、悲しみなんかありませんよ。

わたしの葉を噛んでごらんなさい。
生き生きしているでしょう。

朝は朝日を受け、夕べは夕日を受け、こうして立っていますと、
自分が老いていることさえ忘れてしまいます。

春夏秋冬いろいろの鳥たちがやってきて、
いろいろの話を聞かせてくれます。
肌は老いても心だけは若木と同じです。

どの樹もいつもこんな話をしてくれるので、
わたしも彼等と同じように生きてゆこうと思います。

・・・

【 11月18日 】

《天才と本物》

天才には
そう誰にでもなれないが

本物には
努力次第でなれる

・・・

【 11月19日 】

《捨ての一手》

天才でない者は
捨ての一手で
生きるほかはない

雑事を捨てろ
雑念を捨てろ

・・・

【 11月20日 】

《年齢》

年をとることはいいことだ

これまで何度読んでも
わからなかった言葉が
次第にわかるようになった

我執をはなれ
煩悩をのがれ

物をも人をも
善意の眼(まなこ)で見ることができるようになった

中国の人が年齢を尊ぶ所以も
漸くわかってきた

            <感謝合掌 平成28年11月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 11月の言葉(21日~30日) - 伝統

2016/11/22 (Tue) 18:20:44


【 11月21日 】

《体を拝む》

私は薬を飲まず、医者にもかかりません。
病気は全部自分で直すんです。

「眼、耳、鼻、舌、身、意の菩薩様、五臓六腑の菩薩様、両手両足の菩薩様」
と言って仰向けになりまして、「今日も一日お守りください」と言うて、
自分の体を拝むのです。

起きている時、寝ている時も働いている
五臓六腑を大切にせず、尊敬もせずにどうしますか。

一番信頼しなければならんのは親から貰ったこの体です。

・・・

【 11月22日 】

《不動明王》

ぴかぴか光っていた刃物もいつの間にか錆がつく。
だから砥石で研かねばならぬ。

長い航海を終えた船は必ずドックに入って、
船底についてきた貝がらや藻類を落とす。

人間は生き物だから、それ以上にいろいろのものが
くっつき、どうにもならなくなっている。

それに自縄自縛という言葉がある通り、
自分で自分をしばって動きがとれなくなり、
狂いそうになっている。

(中略)

不動明王は、この金(かな)しばりのようになった人間どもを、
あの綱でくくり、あの剣で解き放つため出現されたのである。

わたしはそのことを思うたび、
母が持っていた長刀と鎖鎌のことが浮かんでくる。
母もどんなにか切り捨てたことであろう。

それが解脱なのである。
そうするともうフラフラもグラグラもしない。

・・・

【 11月23日 】

《名刀のように》

すべては出会いの
一瞬できまる

だから
その時のために
心を磨いておくのだ

名刀のように

・・・

【 11月24日 】

《芸術とは》

自分の心を開いて人間の欲求を伝える
必要から生れるような芸術でなければ、
私は信じない。

文字でも音楽でも、すべての芸術は、
人間の心臓の血によって
生み出されなければならない。

芸術とは人の心の血なのだ。

・・・

【 11月25日 】

《火》

情熱を失ったら
もうおしまいだ

詩の火をかきたて
詩心を燃やせ

・・・

【 11月26日 】

《生きる》

生きることの
むつかしさ

生きることの
ありがたさ

生きることの
うつくしさ

まかせきって
生きることの
よろこびに
燃えよう

・・・

【 11月27日 】

《独り行く》

うしろから投げつけられた激しい言葉を
一呼吸ごと消し昼の街を独り歩いて行く

・・・

【 11月28日 】

《待つだけでは来ない》

われわれの不幸は
待たなくてもやってくる

だがわれわれの幸福は
待つだけでは来ない

・・・

【 11月29日 】

《自重自戒》

人に悪い感情を持たせるようなことは
決してしてはならぬ
言ってもならぬ

人に限らず
木だって石だって
念はある

念がつもりつもって
それが不幸不運の原因ともなる

自重せよ
自戒せよ

・・・

【 11月30日 】

《冬が来たら》
 
冬が来たら
うすら陽ざしのなかに咲く

冬花のつつましさを
じっと見つめてゆこう

冬花の持つ香気と清純さとを
わが体のなかに浸透させよう

            <感謝合掌 平成28年11月22日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 12月の言葉(1日~10日) - 伝統

2016/12/03 (Sat) 17:52:03


一道を
行く

      真民


【 12月1日 】

《人間作り》

花作りも
人間作りも同じだ

どんないい種でも
しっかりと土作りをし
たっぷりと肥料をやり
うんと光と水とを与えてやらねば
いい花は咲かない

日々の努力
念々の精進

その果てに
見事な花が咲き
見事な実がなり
真実な人間が出来あがる

・・・

【 12月2日 】

《一心称名》

念ずれば花ひらく
念ずれば花ひらくと
唱えればいいのです
ただ一心に唱えればいいのです

花が咲くとか
咲かぬとか
そんな心配はいりません

どうかあなたの花を
あなたの心田(しんでん)に
咲かせてください
必ず花はひらきます

・・・

【 12月3日 】

《いきいきと生きよ》

「生きているあいだは、いきいきとしていなさい」

これはゲーテの言葉のなかで、もっとも好きな言葉だが、

仏教渡来以前の日本人は、
本当に明るくいきいきと生きていたであろうと思う。
わたしはそういう人が好きである。

(中略)

もう一つ好きな言葉を挙げておこう。

「いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない」

・・・

【 12月4日 】

《初めの日に》

    その一

なにも知らなかった日の
あの素直さにかえりたい
一ぱいのお茶にも
手を合わせていただいた日の
あの初めの日にかえりたい
 
    その二

慣れることは恐ろしいことだ
ああ
この禅寺の一木一草に
こころときめいた日の
あの初めの日にかえりたい

・・・

【 12月5日 】

《きわみに》

かなしみの
きわみに
詩が生まれ

かなしみの
きわみに
光が射し

かなしみの
きわみに
手が合わされる

・・・

【 12月6日 】

《死とは真剣の代語である》

「死とは真剣の代語である」。
死生を解決せずして宗教は存在しない。

どうでもいいという人間は別として、
人間らしく世を終わりたいなら、
自分は自分なりの死生観を持たねばならね。

・・・

【 12月7日 】

《鳥は飛ばねばならぬ》

鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ

怒涛の海を
飛びゆく鳥のように
混沌の世を生きねばならぬ

鳥は本能的に
暗黒を突破すれば
光明の島に着くことを知っている

そのように人も
一寸先は闇ではなく
光であることを知らねばならぬ

新しい年を迎えた日の朝
わたしに与えられた命題

鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ

・・・

【 12月8日 】

《自訓》

弱音を吐いちゃいかん
愚痴を言っちゃいかん

千里万里を飛んでくる
渡り鳥たちを思え

・・・

【 12月9日 】

《危機の中で》

危機の中で
人は成長し

危機の中で
人は本ものになる

だから危機を避けるな
むしろ危機に立ち向かう心を養え

冷たい烈風の中を
行きつつ思う

・・・

【 12月10日 】

《宇宙の愛と霊①》

信仰には学問、頭脳、財物、そんなものは一切いらない。
大切なものは決定心だけである。

これさえしっかり持って精進すれば、
必ず神仏のお側に行くことができる。
不生不滅、不増不減の広大な世界が展開してくる。

宇宙の愛は平等にして差別などまったくないからである。
 
即身成仏とは、死んで仏になるということではなく、
仏と共に生き続けるということである。

このことがはっきりわからないと、
この世での仕事も信仰も、
形だけ言葉だけのものとなる。

            <感謝合掌 平成28年12月3日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 12月の言葉(11日~20日) - 伝統

2016/12/13 (Tue) 18:15:38


【 12月11日 】

《宇宙の愛と霊②》

わたしは毎暁月を仰ぎ明星を拝し、
石鎚の山から出現される初光を吸飲しながら、

一つの月、一つの明星、一つの太陽の下に生きる人間たちの
憎悪闘争のあまりにも激化してゆくことが嘆かれてならない。

宇宙の霊は同じである。
宇宙の愛は平等である。

・・・

【 12月12日 】

《叫び》

天才でない者は
これからだ
これからだと
叫び続け
言い続け
息絶えるのだ

・・・

【 12月13日 】

《わたしの道》

 あなたはあなたの道を行け
 わたしはわたしの道を行く
 
これがわたしのすべてだ。

そのために不幸になろうと孤独になろうと、
敢えて悲しむまい。

詩はわたしにとってこれを貫く矢のようなものだ。
そういうことを目覚めて強く思う。
もう誰も何者をも羨むこともない。

自分は自分の道をまっしぐらに行けばよいのである。
勤めをやめてから、このことがいよいよわたしの骨髄を
一本強く貫いた感がする。

・・・

【 12月14日 】

《人間味が人を動かす》

人を動かすのは、技巧ではなく、
その人の心の轟き、響き、躍動なのである。
もう少し強く言うならば人間味なのである。

これを出し得るか得ないかが、作家の生命であり、
大問題であり、最後の勝負なのである。

・・・

【 12月15日 】

《最高の人》

最高の人というのは
この世の生を
精いっぱい
力いっぱい
命いっぱい
生きた人

・・・

【 12月16日 】

《終わりを美しく》

落下埋没してゆくからこそ
木々はあのように
おのれを染めつくすのだ

ああ

過去はともあれ
終わりを美しく
木々に学ぼう

・・・

【 12月17日 】

《本当の人生》

欲を出すな
足るを知れ

九十歳からの人生が
本当の人生だ

・・・

【 12月18日 】

《かなしみはいつも》

かなしみは
みんな書いてはならない

かなしみは
みんな話してはならない

かなしみは
わたしたちを強くする根

かなしみは
わたしたちを支えている幹

かなしみは
わたしたちを美しくする花

かなしみは
いつも枯らしてはならない

かなしみは
いつも湛(たた)えていなくてはならない

かなしみは
いつも噛みしめていなくてはならない

・・・

【 12月19日 】

《冥利》

こちらを
ゼロ(空)にすると
すべて向こうからやってくる

それは天地神仏の冥利(みょうり)で
奇跡でも
不思議でもない

・・・

【 12月20日 】

《宿運を知る》

人は自分の宿運を知らねばならぬ。
それを知ることによって、
それに素直に従い生きてゆくことができるようになったら、
病気になっても病気から逃れ、災難に遇っても災難から逃れ、
失意に落ちても、そこから立ち上がることができるようになる。

そういう世界が展開してくるのである。

何事も無理をしたり、逆行したりするから、
病気になったり、災難に遇ったり、失敗を重ねたりするのである。

それらは自分を知らない処から起こってくるもので、
自分から作り出しているようなものである。

            <感謝合掌 平成28年12月13日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 12月の言葉(21日~31日) - 伝統

2016/12/23 (Fri) 17:26:52



【 12月21日 】

《地球と共に》

神仏の姿は見ることはできないが、
自己は見ることができる。

自己を見つめよと世尊は言われた。

自己の何を見つめるか。
宇宙の中の一つの価値ある存在としての自己を見つめる。
つまり銀河系の一つの星としての自己を見つめる。

そしたら生れてきたことに意義があり、
生きてゆくことが嬉しいことになろう。

路傍のタンポポも、そうであり、
一匹のこおろぎも、そうであり、
一羽のみそさざいも、そうである。
 
一千億の銀河系の中の一存在として動いている自分だと思うたら、
何か一つぐらい意義のあることをしようという希望が生まれ、
人生が凛凛としてくる。

・・・

【 12月22日 】

《世尊最後のことば》

ことしの最も大きな喜びは、

ヴァヤダンマー(すべてのものは)
サンカーラー(うつりゆく)
アッパマーデーナー(おこたらず)
サンパーデートハ(つとめよ)
 
という世尊最後のおことばを、
原語で知ったことであった。

私が満八つの時、私を観相してくれた白髯白髪の老人が、
私を予言したその言葉を五十年後の今日、
原語で知ったことであった。

私はそれ以来、このことばを
わたしの名号(みょうごう)として
となえているのである。

・・・

【 12月23日 】

《天を仰いで》

心が小さくなった時は
天を仰いで
大きく息をしよう

大宇宙の無限の力を
吸飲摂取しよう

・・・

【 12月24日 】

《生きることとは》

ああ
生きることとは
愛のまことを
貫くことだ

・・・

【 12月25日 】

《不死身》

しんみんよ
不死身の奮闘努力をするのだ

不死身というのは
人が寝るときに寝ず
人が休む時に休まず
人が遊ぶときに遊ばぬことだ

これは天才でない者がやる
ただ一つの生き方だ

・・・

【 12月26日 】

《一つのこと》

この痩せた体をただひとつのことに費やしたい

多くのことはできないから
一つのことでこの世を終わろう

・・・

【 12月27日 】

《歳月》

一日一日を重ねてゆく歳月、
空しく過ごしてきたとは思わないが、

取り返しのつかぬ歳月というものが、
近頃ほど重く心にかかるものはない。

残りの時間が、はっきりしてきたからであろう。

テレビを見ていると、
歳月を重ねてきた木が切り倒され、
歳月を重ねてきた石や岩が打ち砕かれ、
目前から消えてゆく。

その空しさが、教えてくれるのは、
一大事とは今日只今の事なり、
という仏語である。

・・・

【 12月28日 】

《こつこつ》

こつこつ
こつこつ
書いてゆこう

こつこつ
こつこつ
歩いてゆこう

こつこつ
こつこつ
掘ってゆこう

・・・

【 12月29日 】

《晩年》

人生の晩年になって
何をバタバタするか

静かに座して
宇宙無限の
恩恵に感謝し

日の光
月の光
星星の光を
吸飲摂取して

明るく
楽しく
生きてゆけ

・・・

【 12月30日 】

《ほろびないもの》

わたしのなかに
生き続けている
一本の木

わたしのなかに
咲き続けている
一輪の花

わたしのなかに
燃え続けている
一筋の火

・・・

【 12月31日 】

《六魚庵独語》

よい本を読め
よい本によって己を作れ

心に美しい火を燃やし
人生は尊かったと
叫ばしめよ

            <感謝合掌 平成28年12月23日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 1月の言葉(1日~10日) - 伝統

2017/01/02 (Mon) 20:35:40


【 1月1日 】

《願い》

日本を
楽しい国にしよう
明るい国にしよう

国は小さいけれど
住みよい国にしよう

日本に生れてきてよかったと
言えるような
国造りをしよう

これが二十一世紀の日本への
わたしの願いだ


・・・


【 1月2日 】

《心構え》

新しい年を迎えるには、
新しい心構えがなくてはならね。
決してただ漫然と迎えてはならぬ。

そしてその心構えには年相応のものがなくてはならぬ。
五十代には五十代の心構え、
七十代には七十代の心構えが大切である。

還暦になったんだから、
古希になったんだからという妥協は、
自己を深淵に落ち込ませるだけである。


・・・

【 1月3日 】

《一心不乱》

美しく生きるとは
一筋に生きることだ

一筋に生きるとは
自分を生かす一つのことに
一心不乱になることだ

一心不乱とは
神意にただ従うことだ

フラフラするな
グラグラするな
ウコサベンするな


・・・

【 1月4日 】

《生きるのだ》

いのちいっぱい
生きるのだ

念じ念じて
生きるのだ

一度しかない人生を
何か世のため人のため
自分にできることをして

この身を捧げ
生きるのだ


・・・

【 1月5日 】

《大事なこと》

真の人間になろうとするためには
着ることより
脱ぐことの方が大事だ

知ることより
忘れることの方が大事だ

取得することより
捨離することの方が大事だ

・・・

【 1月6日 】

《あるがまま》

1月6日、わたしの誕生日、
目覚めて思う「あるがまま」ということを。

シャカ族が滅んでゆくのを、
その目で見られた釈尊、80年の長い間、
あるがままの人間と歴史とを見続けてこられたがゆえに、
あの広大にして無辺な大悲が生まれてきたのである。

あるがままを運命だとあきらめる人は普通の人であり、
あるがままを直視し凝視して、
仏心への自覚を促し念じてゆくのが、仏の教えなのである。


・・・

【 1月7日 】

《判断》

生きているのか
死んでいるのか
つまり息しているかどうかだ

これだけで判断するのだ

絵でも字でも人間でも
一切合切これで見分け
価値づけをするのだ

その他のことはすべて
枝葉であり
末節である



・・・

【 1月8日 】

《希望》

漫然と生きているのが
一番いけない

人間何か希望を持たねばならぬ

希望は小さくてもよい
自分独自のものであれば

必ずいつか
それが光ってくる

そして
その人を助けるのだ



・・・

【 1月9日 】

《初心にかえれ》

思いあがってはならぬ。
甘やかされてはならぬ。
甘やかしてもならぬ。

きびしい鞭を、いつも当ててゆかねば、
とんでもない人間になってしまうのだ。

大地にへばりついて、人馬に踏まれ、
それでもなお枯死せず、
春になると開花するタンポポの根強さを、わが花として、
わが同盟としているお前ではないか。

かって生きる力を失おうとして詩に執した、その頃の詩を、
もう一度読み返して、
初心にかえれと、
そう強く自分に言いきかせたりした。


・・・

【 1月10日 】

《しばられない》

国家にもしばられない
金力にもしばられない
権力にもしばられない

愛にもしばられない
憎にもしばられない
地位名誉にもしばられない

そういう人間でありたいのだ


            <感謝合掌 平成29年1月2日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 1月の言葉(11日~20日) - 伝統

2017/01/12 (Thu) 18:34:33


【 1月11日 】

《光》

体の中に
光を持とう

どんなことが起こっても
どんな苦しみのなかにあっても
光を消さないでゆこう

・・・

【 1月12日 】

《感動の発揚》

感動なき民族は滅ぶというが、

日本民族は万葉集、古今集、俳諧という感情豊かな文芸を
生み出した民族だから、

益々そういうものを
発揚してゆきたいものと思う。

世界が平和になるというのも、
武ではなくて愛なのである。

日本人独特の心情を豊かにしてゆこう。

・・・

【 1月13日 】

《ありがたさ》

夜が明けるということは
なんとありがたいことだろう

光が射してくるということは
なんとうれしいことだろう

・・・

【 1月14日 】

《悲》

長く生きていることは
無駄ではなかったと
しみじみ思う年になった

見えなかったものや
聞こえなかったものが
見えだし聞こえだしたのも
ありがたい喜びの一つだが

一番の大きな喜びは
色々の悲しみを知ったことだった

・・・

【 1月15日 】

《働く馬のように①》

こんにち日本では路上に馬をみることはなくなったが、
重荷を積んでゆく馬や、
車を曳いてゆく馬など、

小さい時から見ていたわたしには、
働く馬から色々学んだ思いがする。

思うに一個の人間というものは決して
自分ひとりで出来上がるものでなく、

自然や動物や草木などから教えられ
おのずからにして成育成長するのである。

・・・

【 1月16日 】

《働く馬のように②》

競走馬だけが決して馬ではない。

他を追い越して一等の栄冠を勝ち取る馬に
熱唱する日本となったが、

人生はそうすべてが一発勝負でゆけるものではない。

やはり働く馬のように
しっかりとした足どりで
この一年を過ごしてゆきたいものである。

・・・

【 1月17日 】

《六魚庵天国①》

貧しくとも
心はつねに
高貴であれ

一輪の花にも
季節の心を知り

一片の雲にも
無辺の詩を抱き

一椀の米にも
労苦の恩を思い

一塊の土にも
大地の愛を感じよう

・・・

【 1月18日 】

《六魚庵天国②》

いじけるな
あるがままに

おのれの道を

素直に
一筋に
歩け

・・・

【 1月19日 】

《六魚庵主の願い》

人生を愛するが故に
詩を愛する

わたしの詩は
そこから生まれなくてはならない

ひとりのなげきが
万人のいのちとなり

ひとりのよろこびが
万人のちからとなり

水のように清められ
雲のように高められ
虹のように色どられ

幼な子のように
詩神の前に跪きたい

わたしの詩も
そこまで行かなくてはならない

・・・

【 1月20日 】

《二度とない人生だから》

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう

二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないようにこころしてゆこう
どんなにかよろこぶことだろう

二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事はかならず
書くことにしよう

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

            <感謝合掌 平成29年1月12日 頓首再拝>

一日一言(坂村真民) 1月の言葉(21日~31日) - 伝統

2017/01/22 (Sun) 19:03:22


【 1月21日 】

《人生とは》

「人生とは何だったのか」という手紙をよく頂くが、

二度とない人生だけに、
実に大きな命題であり、
各人が真剣に考えねばならぬことである。

よく解答を求められるが、
会ったこともない人に、
正しい返事の書ける自信もなく
わたし自身が苦しむことが多い。

どうかこういう問題は他人に頼らず、
自分で活路を見出して欲しい。

ただ一つ言えることは、
他の人のために何かすることだ。

たとえ、ベットに寝ていても、
できるものがある筈だ。

・・・

【 1月22日 】

《生死不二》

しんに生きることは
しんに死することだ

生死は不二なのだ

・・・

【 1月23日 】

《ただわたしは》

神のうたをつくらず
仏のうたをつくらず

ただわたしは
人間のうたをつくる

人間のくるしむうたを
くるしみから立ちあがるうたを

・・・

【 1月24日 】

《手》

千も万もの手が
わたしをきびしく
打ちのめす日と

千も万もの手が
わたしをやわらかく
つつんでくれる日とがある

・・・

【 1月25日 】

《生むことの恐ろしさ》

ある日テレビで若いタレント俳優が
産むことの喜びを言っていたが、その時思った。

女は産むことの喜びを知ることも大事だが、
生むことの恐ろしさも知らねばならぬと。

生まれた子がどんな子になってゆくか、
それを知ることによって、自分をよりよい者にする
努力が大事だからである。

産むことより育てることの大事さをわたしは言いたいのである。
本当に恐ろしいような子が増えてきた。

かってない繁栄の裏に、
かってない黒い影が拡大している今の日本である。

・・・

【 1月26日 】

《宇宙》

一字に
宇宙がある

一音に
宇宙がある

一輪に
宇宙がある

ああ
お前もいつか
宇宙となれ

・・・

【 1月27日 】

《宗教とは》

宗教は数学ではない。

頭でいくら知っても、
それは救いにはならね。
救われなかったら宗教ではない。

多くの人は宗教を哲学にしたりする。
念仏さえ哲学にする。
そんなものでどうして救われるものか。

上人の言われるように
愚かなる者の心に立ちかえることが宗教であり、
信仰なのである。

聖書にも幼な子の心になれとある。
幼な子に議論などはない。
理屈などない。

抱かれる無心な心が、
幼な子の姿であって、
これより美しいものはないのである。

・・・

【 1月28日 】

《祈り》

祈りは最高の実践

天に祈ろう

地に祈ろう

・・・

【 1月29日 】

《新月》

老い込んでは駄目

心が老い込んだら
体も老い込んでしまう

詩人は常に
新月のようであれ

・・・

【 1月30日 】

《輪廻転生》

大宇宙が常に回転しているように、
すべては輪廻し転生するのだと、
仏陀世尊は言われた。

無常というのも、
そこから生まれてくる。

空というのも、
ここから起きてくる。

縁というのも、
これにつながっている。

だから、
これをしっかりと体の中に植えつけておけば、
生も死もおのずから解決するだろう。

わたしは毎暁天に祈り地に祈りながら、
この輪廻転生を体に刻み込むのである。

・・・

【 1月31日 】

《あしとあたま》

あたまと
あしではない

あしと
あたまである

あしが先で
あたまが後である


(完了)

            <感謝合掌 平成29年1月22日 頓首再拝>

《念ずれば花ひらく》から《大宇宙大和楽》へ - 伝統

2017/02/04 (Sat) 18:40:41

             *「致知」2016.2月号
              西澤真美子「父・坂村真民の歩いた道」より

(1)《念ずれば花ひらく》という詩の誕生

   坂村真民は、目を酷使したため、片目を失明寸前に追い込まれてしまいます。(40代)
   宇和島にいい眼科医があると聞き、父はそこに通い始めます。

   評判の眼科医とあって待ち時間が長いため、病院向かいにあった護国神社で
   時間待ちをしていたそうです。

   ある時、母親の姿が浮かんできました。
   そして、「自分はまだ母親に全然恩返しもしていないのに、こんな目の見えない体に
   なって、母に申し訳がない」という思いが胸に込み上げてきたのです。

   そんな父の胸の内に、苦しみながらも愚痴一つ言うことなく、
   「念ずれば花ひらく」と唱えていた母親の姿が蘇ってきたのです。

   この時「念ずれば花ひらく」という詩が生まれました。

   この詩は、父が逆境の中で生み出したものなのです。


(2)《桃咲く》という詩の誕生

      *《桃咲く》

       病が
       また一つの世界を
       ひらいてくれた
       桃 咲く

   その後、父の片目は何とか回復し向かいますが、
   その数ヵ月後、内臓を悪くし、医者から「がんだ」と宣告されました。

   これに対し、父は、ある方の勧めで薬草で治そうとしていました。
   3か月後、ようやく苦しみから脱した時に生まれたのが《桃咲く》という詩でした。

   「体験が信仰を本物にする」と父はよく口にしていました。

   苦しい体験を乗り越えることで、何かあるとすぐにぐらぐらしてしまう自分を
   鍛え上げていく、そう思っていたからこそ、どんな苦労や厳しいことに対しても、
   父は常に前向きに生きていけたのだと思います。


(3)「詩一筋の骨」

  ①40代の父というのは、人生において最も迷いの多い時期だったように思います。
   そのふらふらしていた自分に1本の筋がとおるようにしたのが、
   個人雑誌「詩国」の発刊でした。(53歳のとき)

  ②迷いの中で、「詩国」の発刊を決意させたのは、
   国民教育の師父と謳われた森信三先生でした。

   その時、父は森先生と3日続けてお会いして、そのやりとりの中で決心が
   ついたのだと言っておりました。


(4)生活すべてを詩に向ける

  ①65歳で教師を辞めて詩一筋の生活を始めました。

  ②詩一筋の生活というのは、言ってみれば一日の生活すべてが
   詩に向かっていたということです。

  ③起床午前零時(夕方四時就寝)、体操、読経
   庭に出て宇宙の霊気を吸う。
   日の出前に家を出て、近くの川辺にて地球(地面)に額をつけお祈り。

   この一連の儀式を65歳から95歳まで続けます。

  ④父はよく「私は究極の自由人だ」と口にしていました。
   自由人は人に左右されないので、ある意味孤独だと言えるでしょう。
   しかし、孤立はしていませんでした。


(5)すべてに手を合わせる

  ①「どんな小さな花でもいいから、自分の花を咲かせよう」
   それが父の万人への「ねがい」でした。

  ②自分を深めるために仏教の門を叩きました。(40代)
   仏教に入ったことで、その合わせた手を自分のためだけでなく、
   人のためにも合わせるようになりました。

   されど、父はそれが本当にできるようになるまで10年かかった、と
   言っていました。

  ③そしてその合わせた手は、虫や花にも、そして最後には宇宙へと
   向けられていくのです。


(6)《大宇宙大和楽》

  ①81歳の頃「大宇宙大和楽」という言葉を父は口にするようになりました。
   その年、父は宮崎県の高千穂神社に夜神楽(よかぐら)を見に行きました。
   そしてその時に「大和楽」という神示を受けたのです。


      『連詩「大宇宙大和楽」』

      二つのものが一つになり
      そこに生命が生まれ
      無数の小宇宙が誕生し
      生成する
      空は茜(あかね) 喜びの雲が飛ぶ


      無限不可思議な力が
      粒子となって
      絶えず流れ
      特に寅の一刻では
      霊性を持ったものが
      稲妻のように
      全宇宙を駆けめぐる


      十億兆の母太陽があり
      百億兆の惑星があり
      これらすべてが
      整然と運行し
      何の乱れもない
      何というすばらしさか

 
      一輪の花
      一羽の鳥
      すべては大宇宙の分身
      むろんわれわれの体も然り
      故に釈迦牟尼世尊も言い給う
      天上天下唯我独尊と

  
      光があり  闇があり   陰があり  陽があり
      この世があり  あの世があり  苦があり  楽があり
      このように相対のなかに  調和があり  秩序があり

      宇宙生成の原理がある   それを知らねばならぬ


  ②翌々日には熊本県の阿蘇にある幣立神社にお参りした際、
   その祭神に「大宇宙大和神(おおとのおおかみ)」という神様が
   おられることを教えられたといいます。
     *幣立神社 → http://guide.travel.co.jp/article/13325/

  ③ここに至って、父の世界観は大きく広がっていきました。
   そしてそれまでの迷いが切られたかのように、
   詩の中に断定的な祈りの言葉が見られるようになるのです。

   「大宇宙の大念願は大和楽である」

   「これが『しんみん』の到達点である」

   と言い切っているほどでした。


(7)「感謝」

  ①さらに90歳を過ぎると、宇宙にまで広がったものが、
   父の中で一つに集約されていきました。

   それが「感謝」です。

  ②感謝の心は愛に昇華され、
   意識には「すべてに愛を」 という言葉が多くなったのもその頃でした。


(8)「度に生きる」

  ①苦しみの世界で生きる力を失っている一人でも多くの人たちに、
   詩をとおして生きる力を与えて、悦びの世界へ橋渡ししたい。 ―― 

   「度に生きる」、これこそが父が貫きとおした一念だったと私は思うのです。

  ②晩年、父は「老いというのは大願を失くすことである」と口癖のように言い、
   ノートには「常に一歩、常に一歩」と書き続けていました。

   そうやって自分を奮い立たせることで、最後まで一念に生き続けたのです。

(以上)

            <感謝合掌 平成29年2月4日 頓首再拝>

Re: 一日一言(坂村真民) - dfcizdtiorMail URL

2020/08/29 (Sat) 03:51:23

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