伝統板・第二 369868

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胎内記憶

1:夕刻版 :

2016/01/15 (Fri) 19:41:40

多くの人が「生まれる前の記憶」をもっている

           *「前世を記憶する日本の子どもたち」池川明・著(P16)より

(胎内記憶)の調査を進めるうちに、子どもたちの話の細かいところは違っていても、
だいたい共通するイメージがあることに気づきました。
まとめると、こんな感じです。


(1)生まれる前、子どもたちは「雲の上」のような穏やかな世界で、
   神さまのような存在に見守られながら、のんびり暮らしている。
   自分と同じような小さな子どもたちと遊んでいることも多い。

(2)子どもたちは「雲の上」から地上を眺めて、どのお母さんのもとに
   生まれるかを決め、地上に降りてくる。

   お母さんを選ぶのは本人であることが多いが、
   まれに他の人に選んでもらう子どももいる。

   生まれるのをしぶる子もいるが、ほとんどの場合、自分で納得して生まれてくる。

(3)「雲の上」で過していたときより以前に、今とは別の人間として
   「この世」で生きていたことを憶えている子もいる。

   その人生で死んだ後、体を離れて「雲の上」に行った。
   そして、ひと休みしてから今の自分として生まれることを決めて、
   再びこの世に戻ってきた  ――  。


・・・

<関連Web>

(1)「“本流宣言”掲示板」内スレッド「胎内記憶 (6068)」
    → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=1361   
                         

(2)「光明掲示板・第一」内スレッド「胎内記憶Ⅱ (770)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=198    

                         
(3)「光明掲示板・第一」内スレッド「胎内記憶に心耳を澄ます」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1423    


(4)「光明掲示板・第二」内スレッド「胎内記憶Ⅳ」
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=2190   


(5)「光明掲示板・第三」内スレッド「胎内記憶Ⅴ」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=92


(6)「光明掲示板・伝統・第一」内スレッド「自分をえらんで生まれてきたよ (66)」
    → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=40


(7)「伝統板・第二」内スレッド「自分をえらんで生まれてきたよ」
    → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457822

             <感謝合掌 平成28年1月15日 頓首再拝> 
2:伝統 :

2016/01/17 (Sun) 19:36:58


          *「生きがいの創造」飯田史彦・著(プロロ-グ)より

長男のヒロ君が4歳になった ある秋の日のことでした。

東京都に住むAさん親子は 大手メ-カ-に勤める陽気な御主人と 
専業主婦でしっかり者の奥さん そして息子の3人家族です。

御夫妻は信頼できる人格と高い教養とをかねそなえ 決して
見返りもないウソをついて他人をからかうような方々ではありません。


いつものように ヒロ君は NHK教育テレビで8時30分から放送
されている教育番組 『英語であそぼ』 に夢中になっていました。

御夫妻は そのわきで朝食です。

ヒロ君は 英語がとても得意で 特に教えるわけでもないのに
テレビの中で出演者のお姉さんがしゃべる英語 それも単語ではなく
きちんとした文章を いつもすらすらと覚えて見事にまねをしてしまうのでした。

その朝も 流暢に英語をしゃべるヒロ君に 奥さんは何気なく

「ヒロ君って英語じょうずだね」と話しかけました。

するとヒロ君はいかにも当然そうに こう答えたのです。


『 うん ぼく 昔 アメリカに住んでたから 』


もちろん ヒロ君は アメリカに住んだことなどないはずです。

東京で生まれ それまで4年間の人生をずっと同じ マンションで過ごしてきました。


奥さんは 「 この子 教えたこともないのに どうしてアメリカという
国名をはっきり知っているのだろう。テレビか 子供雑誌で知ったのかしら 」

と思いながらも 

「 そうだったの それで英語が上手なんだね 」 

と相づちをうちました。


Aさん御夫妻は ふだんから 

「 子供の話をバカにしないできちんと聞いてあげよう 」 

と夫婦の間で約束していたからです。


するとヒロ君は 平然と こう言ってのけたのです。


『 うん アメリカに住んで とっても楽しかったの。 
だからもう1回 生きようと思ったの 』


奥さんは言葉につまり 朝食をとりながら2人の会話を聞いていた
御主人も 驚いてふり向きました。


Aさんご夫妻は まったくの無宗教者で それまで「生まれ変わり」 の話など
したこともないうえ 「生まれ変わり」という現象について ほとんど知識もなく
興味も抱いていませんでした。

しかも たった4歳の息子の口から 「生きようと思った」 などという
難しい表現が流れ出たことも ふだんのヒロ君の口調からみると
大いに違和感のある現象でした。


「生きる という言葉の意味が この子 わかっているのかしら」

と考えながら なぜ息子が 「もう一回 生きようと思った」 などと

口走るのか 見当もつかなかった奥さんは 「ふ-ん」 と

聞き流すしかありませんでした。



そして 数ヵ月後。

奥さんは あるきっかけで もう一度 ヒロ君にそのことを聞いてみようと思い立ちました。 

数ヶ月たった今 もう一度聞いてみてもしもヒロ君が同じことを口にするようならば 
以前の言葉がたまたま思いついて口走っただけの 「でまかせ」 ではないことに
なると思ったのです。


奥さんは さりげなく 「ヒロ君って 昔 どこに住んでたんだっけ」

とたずねてみました。


するとヒロ君は ふたたび 数ヶ月前とまったく同じ言葉を口にしたのです。

しかも さらに驚くべきひとことをつけ加えて。


『 ぼく アメリカに住んでたんだよ。 アメリカに住んで とっても楽しかったから 
もう一回 生きようと思ったの。 そしたらだれかに 日本に行きなさいっていわれて 
日本に飛んで行ったの 』


奥さんは 内心の動揺をかくしながら 

「いったい だれに《日本へ行きなさい》っていわれたの ?  」 とたずねてみました。


「う-ん わかんない。でも日本に行きなさいっていわれたの。
それで 日本に飛んでいったの。そしたら ママのおなかの中にいたんだよ」



そういえば ヒロ君は 2歳の終わり頃から 時々
「おなかの中にいた時の格好」をして見せてくれることがありました。

もちろん そんなことを 御夫妻の方から教えたことなどありませんし
2歳の子供が そんな知識を持っているはずもありません。



奥さんは もう一度 真剣に聞いてみました。

「ママのおなかの中にいた時のこと ヒロ君 覚えてるんだよね ? 」


「うん 覚えてるよ。パパの声が聞こえたの。ママの声も聞こえてた」

そう言いながらヒロ君は ひざをかかえてうずくまり 

「こんなふうにしてたんだよ。目が覚めたら 手を伸ばしたりしてた」 

と言いながら、足を動かしたり 手を伸ばしたりするのです。


「生まれた時のこと 覚えてる ? 」


「うん 覚えてるよ。 頭が下になってて 頭からクルクル回りながら生まれてきたの」



奥さんは すっかり 目の前に起きている現象を
認めないわけにはいかなくなっていました。

ヒロ君が話してくれるようなことを ヒロ君に教えたことなど一度もないのです。 

赤ちゃんが 母親の産道の中をクルクルと回りながら生まれてくることは
確かに事実なのですがヒロ君がそれをどこかで知ったはずはありません。


これは 本当に ヒロ君が経験したことのある現実の 「記憶」
に違いない・と そばにいた御主人も確信しました。

湧き上がる感動で胸がいっぱいになり 言葉を失った御夫妻の前で

ヒロ君は さらに平然と話し続けていました。


『 ママのおなかから外に出た時 すごく明るくて 寒かったの 』


それから数ヵ月後ののち 私のインタビュ-に答えてくださった
奥さんは 最後に こうしめくくりました。


『 私たち夫婦は たった4歳の息子から 生きることの意味を
教えてもらったような気がします。 息子の言葉から 毎日身のまわりに
起きることを 何でも楽しみながら生きるべきだという ・・・

人生の大きなヒントをもらったんです 』




・・・・『 とっても楽しかったから もう一回 生きようと思ったの 』

という ヒロ君の言葉は 今でも 御夫妻の胸に深く刻まれています。

             <感謝合掌 平成28年1月17日 頓首再拝> 
3:伝統 :

2016/01/20 (Wed) 19:50:39


           *Web:日本メンタルサービス研究所(第58回目)より

(1)胎内記憶研究のきっかけ

  ①「産科が良くならないと、教育が良くならない」と言われたこと。

  ②飯田史彦さんの著書『生きがいの創造』に出会ったこと。

  ③チェンバレン博士の『誕生を記憶する子どもたち』という本に出会ったこと。


(2)「産科が良くならないと、教育が良くならない」

  ①出産そのものじゃなくて、妊娠中の関わり方でその後の育児が変わってくるんです。
   その結果として、教育現場がどうなるかが決まってくる。

  ②教育現場が荒れているって事は、それまでの家庭が荒れているという事だし、
   家庭が荒れているという事はお産が良くないという事だし、
   お産が良くないという事は妊娠中の夫婦関係が良くないという事。


   これを良くしたら、日本の子どもが良くなるかもしれないって思ったんです。

(3)良いお産かどうかは、赤ちゃんが笑って産まれるか泣いて文句言ってるかで区別できる。
   (チェンバレン博士)

  ①妊娠中から気持ちを赤ちゃんにどれだけ向けるかで決まるという事です。
   そういうのが見えてきたんです。

  ②妊娠中、夫婦喧嘩をしていると、胎児は嫌でお腹を蹴るんですよ。

  ③お父さんは話しかけないと。
   お父さんって赤ちゃんにとって赤の他人だよね。

   お父さんは自分の子どもと思ってるかもしれないけど、
   赤ちゃんにとっては赤の他人だから、抱っこされても泣くよ。

  ④いつも胎児に話しかけていると、生まれてから抱っこしたら、笑うようになります。


(4)胎内記憶に関するアンケート結果

  ①胎内記憶は3割で、生まれる時の誕生の記憶は2割の子がだいたい持っています。
   そして、最近気がついたんですけれど、中間世の記憶で
   「お父さんお母さんを選んできた」って言う子が2割います。

  ②中間世の記憶を持っている子もかなり多くて、5分の1くらいの率です。
   その典型的な内容が「お父さんお母さんを自分が選んで生まれてきた」
   っていう記憶です。

  ③どういう風に選んだか、どういう風に降りてきたか、お腹に入るのがいつだとか、
   バリエーションがいっぱいありますけれど、

   基本的には「自分で選んできた」これは共通してますね。


(5)「胎内記憶を知ることで、どんな良さが得られますか?」

  ①妊娠中の方が知ると、すごく親子関係、母子関係が良くなるんです。
   胎内記憶を知ると妊娠中のお母さんの笑顔が増えますよね。幸せになる。

  ②お父さんについては、お父さんを見ると笑う子が生まれてくるから、
   と胎内記憶の話をしていくと、お父さんは、育児が楽しいっていう風になっていく。


(6)「流産や死産も、子どもさんが決めているとか?」

  ①子どもに聞くとみんなそう言いますね。子ども達に聞いたんですよ。
   「流産する子とかいるけど、それはお母さんが決めるの? 神様? それとも子ども達?」
   っていろいろ聞いたんですね。答えてくれる人はみんな「子ども達」と例外なく言います。

  ②お産する日を決めるのも子ども達ですね。
   陣痛を作るのも、いつ生まれるのかも子ども達が決めるって言います。

   障害を持つ子もそうです。
   子ども達がみんな自分で選んで来ているらしいのです。


(7)「(流産や死産も)自分で選んでいる。それは、何のために?」

  ①目的はいろいろですね。流産する子の場合は、両親が幸せになるためですね。
   家族が幸せになるために流産する。

   離婚寸前だった方に子どもができて、流産する。
   そうすると「旦那さんが優しかった」って。

  ②よく考えてみたら結婚する前も優しかった旦那さんなんですね。
   結婚した後で、違うと思ってたけれど、ずっと優しかったことを思い出したんです。

   本当は優しかったんだけれど、それを見てない自分がいて
   「それにこの子が気づかせてくれた」って言ったママがいたんですよ。
   そういうことがあるんです。

  ③そういう風に良いメッセージを受け取る人もいるかと思えば、
   逆にもっと悪くなる人もいるんですね。

   それを決めるのは受け取ったお母さんの側なんですよ。
   赤ちゃんとしては命を賭けて、どうするのかの選択を迫る訳ですよね。

  ④普通は生きて産まれて、お母さんにちょっとずつ嫌なことをやりながら
   成長させるっていうことをやるのが普通の子どもの戦略なんですけれど、
   「このままじゃだめだ」と思った時に、

   「このお母さんはこのレベルじゃだめだから、一気に成長させてやるか」って、
   命を賭けるんです。

   賭けだから、成功するか失敗するかはそのお母さん次第なんです。
   失敗する人が多いんですよ。

   でも、それが失敗した時に、その子が「だめじゃない」と言う訳ではなくて
   「また、他のお母さん探してやるから」と言うんです。

  ⑤子ども達としては親を成長させるというミッションがあって、
   成功するまでやるらしいんです。
   だから、失敗してもいいんですって。

   それよりも、お母さんのお腹に来るってすごく楽しい事らしいんです。
   もう、テーマパークに来ちゃった状態ですよ。

  ⑥子どもはまず流産して「悲しい」とは言わないです。
   むしろ「お母さん、ありがとう」って感謝してます。

   堕ろしちゃえとか言ってるお父さんにも「ありがとう」って言うんですよ。
   お父さんも一緒に招いてくれないと、お腹の中に来れないからなんですって。

   顕在意識と潜在意識は違っていて、潜在意識で赤ちゃんに来ていいよと許可しないと、
   来れないらしいんです。

   だから来た時にお父さんお母さん両方に感謝します。
   もう離婚寸前だったりする旦那でも。
   そして「招いてくれてありがとう」って喜んで帰っていくらしいんですよ。

  ⑦流産する子は「お母さん幸せになってね」って自分から流産していく訳ですよ。
   だから赤ちゃんはその後でお母さんもハッピーにならなかったら、
   ちょっと悲しいよねって、そういう事なんです。

   だから胎内記憶は「お母さん、いい加減でハッピーになってよ」って、
   子どもからのメッセージの事も多いと思いますよ。

  ⑦死産した子の死に顔を見ると、これはみんな穏やかなんですよ。
   だから「お母さん、その穏やかな顔見て赤ちゃん辛かったと思います?」って聞くと、
   「いや、この子は、もう本当に幸せそうに亡くなった」って人ばかりなんです。

   「いい顔だ」ってみんな言うんですよ。

  ⑧流産した子は顔は見れなくて、袋で出てくるんです。
   そうしたらその袋を見て「輝いて見えた」っていう人もいるんですよね。
   そういう意識で見ると、そういう風に見えるんですね。

   だけど、悲しい心の目で見ると悲しい子になっちゃう。

   ほとんどお母さんの主観なんですよ。

  ⑨悲しい方がいい人もいるんです。
   「悲しくて自分を責める。一生、私はそれで生きていく」っていう人生を
   決めた人は、それでいいんです。
   それは、そういう人生の経験がその人にはとても重要ですから。

   だけど「この子がいたから私、頑張って生きていけるの」って思う人生の方が、
   良いような気はするんですけどね。

   「この人に恥じないような生き方をしよう」とか
   「この子が来てくれて私は幸せだから、この子に感謝しよう」って生き方の方が、
   良いような気はするんです。

   お母さんの思い込みで、赤ちゃんが悲しくないのに
   悲しいと思い込まないでねって思いますよ。

  ⑩向こうから見たらこの世って楽しいみたいですよ。
   来たい子はいっぱいいるので、来たがる子の中から勝ち抜いて
   お母さんのお腹の中に来ているんです。

   だからもう、お腹の中に来れただけでハッピーだと思いませんか? 
   流産だってOKですよ。だって来たことに意味があるんだから。


             <感謝合掌 平成28年1月20日 頓首再拝> 
4:伝統 :

2016/01/23 (Sat) 19:11:04


           *Web:日本メンタルサービス研究所(第58回目)より

(8)「障害や難病をお持ちのお子さんも、自分で決めているのですか?」

  ①子ども達は「自分で病気を選ぶ」って言います。
   「病気になって、それ辛いよね」って聞いたら
   「だって病気治すの面白いでしょう?」って言うんですよ。

   どうやら障害は自分で作って来てるらしいんですよ。

  ②だからそれはかなり――障害を持つと厳しい人生が待ってますよね。
   私の理解では、普通の子育てでの人生では学べない事をやりたいって事は――
   レベルが高いから、わざわざハンディキャップを持って来ている。

   生きていく時にハンディキャップを設けることによって、
   ちょうど人並みの人生を送れるくらいレベルの高い魂の子だなと思ってるんですね。

  ③障害を持った子の魂のレベルは高くて、普通の人生では成長できない子だなと
   思ったので、障害を持ってる子のお母さん何人かに、そのように聞いたんですよ。

   お母さん方は、否定した人はいなかったですよ。
   みんなそのとおりだって言いました。

  ④お母さん方は分かってるんですよね。
   本当に子ども達はそれを期待して、お母さんを選んでいます。

   障害を持った子を育てられるくらい魂のレベルが高い人じゃないと、来れないんです。
   選べないんですよ。

   子ども達はかなり意識的に、そういう大丈夫なお母さんを選んでますよね。


(9)「胎内記憶の研究から何を感じられましたか?」

  ①良い悪いを自分で決めて、「何で私は幸せになれないの?」なんて思ってるけれど、
   そう思えること自体がもう幸せなんですよ。

  ② 生まれて来られるだけですごい競争を勝ち抜いて来てますから。
   少なくとも、生まれるってことは超エリートなんですね。


(10)「子どもさんが病弱で、健康に産めなかったとご自分を責めていらっしゃる
   お母様もいらっしゃると思います。そういう方へ先生から伝えたい言葉はありますか?」

  ①そうですね。責めることは悪いことではなくて、一部は当たっているかもしれないけれど、
   子どもが病気がちな人生を選ぶ。
   子どもにとってこのご両親は一番最適だっていうことで選ぶんですね。

   それは、子どものプレゼントだから、
   やっぱりそのプレゼントはしっかり受け止めた方がいいんじゃないって
   お伝えしたいですね。

   その子どもさんが、親御さんにプレゼントしたのは、
   それに見合う親御さんだからだっていうことだと思います。
   レベルの高いプレゼントと言うことになるでしょうか。

  ②せっかく子どもがプレゼントを持ってきてくれたのに、自分を責めるっていうのは、
   子どもに対して不平不満を言っているのと一緒だから、
   それは子どもにとっては辛いですね。

   子どもはお母さんの幸せを願ってくるのだから。

  ③記憶がある人に聞いた流産の話なんですけど、子どもが逝って、
   同じお母さんのところに戻ってきて、すごくいいところだよって
   覚えていた子がいるんですよ。

   その時にお母さんのお腹に入って分かったんだけれど、
   お母さんは流産して悲しかった、でも子どもはすごく嬉しかった。

  ④障害を持った子も多分同じなんですよ。
   障害を持って産まれてきて、「このお父さん、お母さんで嬉しい~」なんだけれど、
   お母さんは「この子を産んで辛い。私が良くなかったのね」って。

   違うでしょう?

   お子さんは、お父さんお母さんに、「産んでくれてありがとう」って言うことはあっても、
   お母さんは責めることはないんですよ。
   だからそういう風に意識を変えてほしいなっていうことです。


(11)「子どもが小さい時に両親が離婚をする子どもは、どうなのでしょうか?」

  ①離婚をすると親が不幸になると思う子どもは離婚させないようにします。
   でもこの親は離婚した方がいいとなると離婚OKなんですよ。
   それはどっちもありです。

   どっちにしても、そのことが幸せだと思えるかどうか、なんです。

   お母さんは家庭内暴力を受けて、ひどい目にあって、別れるっていうのが
   その子どものお母さんのミッションであれば、それでOKなんです。

  ②でも離婚がダメだと思ったら、引き止める子っていっぱいいますよ。

   あるお嬢ちゃんはまだ幼稚園に行っている子なんですけれど、
   喧嘩するとお父さんとお母さんの手を合わせて、
   自分の胸に置いて「喧嘩しちゃだめよ」って言うんだって。

   それで「何のために生まれてきたの?」って聞いたら、
   「それはお父さんとお母さんをもっと仲良くさせるためだよ」って言うんですって。

  ③流産もいい流産もあれば、悪い流産もあるんですね。
   悪いっていうのは、お父さんお母さんがメッセージに気がつかないっていうことです。
   でもそれも、気がつかないってことすら悪くないみたいなんです。

  ③でも、辛いってことは、この人生において学ぶ時に大事な事らしいんですね。
   辛いとか淋しいとか切ない感じは、肉体を持たないと味わえないらしいんです。
   向こうの世界から見たら、これはすごく魅力的らしいんです。

   それを味わいに来ていると考えたら、順調な学びだってことです。

  ④一生は限りがあるから、いつまでもやっていないし、
   限られた時間の中で一生懸命にやることですよね。

   私達は、100年は長いって思っているかもしれないけど、
   向こうだとあっという間の出来事、2~3日の旅行みたいな感じらしいです。

  ⑤逆に短い、流産とか死産でも、学べることはすごく大きい。
   だからお得な旅行に来て、ほんの一瞬。多分そのほんの一瞬っていうのが、
   年寄りが死ぬ前に走馬灯のように一生がわかって、人生短かったと思う、
   その感覚なんですよ。それが多分、本当の一生分なんですよ。

   だから泡沫(うたかた)。
   生きてるっていうことは、魂から見ると、本当に一瞬のことらしいです。

  (http://www.jcounselor.net/11interview/archives/2011/05/5814.html


             <感謝合掌 平成28年1月23日 頓首再拝> 
5:伝統 :

2016/01/25 (Mon) 19:02:46

      *「ママと笑いたくて生まれてきたよ」<池川明・著>プロローグ(P2~8)より


(1)子どもは人生を選んで生まれてくる

  ①赤ちゃんは、親を選び、自分の身体を選んできます。

  ②病気や障がいがある赤ちゃんも、同じことです。


(2)子どもたちが胎内記憶・出生記憶で語ってくれたこと

  ①世の中には、おなかの中にいたときのことを覚えている方がいるのです。

  ②雲の上のようなところで、神さまや天使のような存在に見守られていた。

  ②「雲の上から降りよう」と決めた原点において、どんな子も、
   どこに生まれ、どういう身体をもつか、本人が納得して
   お母さんに宿っているというのです。

(3)チャレンジしたくて生まれてくる子どもたち

  ①雲の上では、そこでのんびりするより、
   山あり谷ありの状況に身をおくことに、魅力を感じるようなのです。

  ②あえて地上に降りようとするときは、さまざまな経験をして自分を豊かにしたい
   という、冒険心や好奇心にあふれているのでしょう。

  ③この世を遊園地にたとえるとしたら、夢見心地のメリーゴーランドではなく、
   長蛇の列に並んでまで絶叫マシーンに乗りたがるのと、
   ちょっぴり似ているかもしれません。

(4)「学ぶために生まれてきたよ」

  ①チャレンジの大きい人生を選ぶことは、
   たんに冒険心や好奇心を満たすだけではありません。

   なぜなら、試練が過酷であるほど、人生を深く体験することができますし、
   それを乗り越えたとき、得るものも大きいからです。

  ②「生まれる前の記憶」を調べていると、子どもたちはしばしば、
   「学ぶために生まれてきた」「人の役に立つために、生まれてきた」と答えます。

  ③勇気ある子どもたちの中には、チャレンジの大きい身体で生まれることを、
   「わくわくしながら選んだ」と感じている子もいます。

  ④ミッションを自覚している子にとっては、
   障がいや病気は、決して失敗ではありません。

   むしろ、すばらしい体験をさせてくれる自分の身体を愛おしみ、
   希望にもえて、この世にやってくるものです。

  ⑤人は、ただ生きのびるだけでなく、よりよく生きようとするもの、
   そのはじまりは、すでに雲の上にあるのかもしれません。

(5)人生はどんなときも、不思議に美しく、かけがえのないプレゼント。
   日々をていねいに生きる子どもたちは、そんな喜びを教えてくれます。

             <感謝合掌 平成28年1月25日 頓首再拝> 
6:伝統 :

2017/10/07 (Sat) 20:39:07


         *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年10月07日)」より

   (産婦人科医、池川明氏の心に響く言葉より…)

   私は産科医として、母子の心身に健やかなお産を模索するうち、
   子どもたちに「胎内記憶」(子宮にいたときの記憶)があることに
   気づきました。

   私の調査によると、小さな子の約2割に、胎内記憶があります。

   さらにその前の記憶、つまりお母さんに宿る前のことを覚えている、
   というお子さんもいます。

   子どもたちは、「雲の上のようなところでのんびり過ごし、
   どのお母さんのもとに生まれるか、自分で決めて生まれてきた」
   と語ることが多いのです。


   理生(いんやく りお)くんは、「にじ色の星から来た」と語っています。

   ふしぎなのですが、ここ数年、「他の星からやってきた」
   と語るお子さんが、とても増えています。

   ご両親は宇宙のはなしなどしていないのに、お子さんからとつぜん、

   「ぼく(わたし)は、太陽(土星、金星、他の星座)から、地球に来たよ」

   といいだしたりするのです。


   「星の子」の中には、第六感が優れていたり、芸術的な才能があったり、
   この世のルールに慣れるのに、ちょっぴり戸惑ったりするお子さんもいます。

   かつて、私が聞き取り調査したときは、
   子どもたちは「生まれてきた理由」として、

   「人の役に立つためにやってきた」

   「お母さんを助けるためにやってきた」

   と、語ることがほとんどでした。


   ただ、星の子は、それに加えてこんなことをいいます。

   「地球を助けるためにやってきた」


   理生君は、2011年3月4日に、「人間を自殺させるおばけ」の夢を見ています。

   さらに、「世界の終わりは、もうそろそろだ」といった2日後に、
   東日本大震災と原発事故が起きました。

   お母さんの紀子さんは、理生くんのファンタジーと思っていた世界が、
   現実世界と重なったことに、畏怖を覚えたそうです。

   その後、理生くんは沖縄に移住しました。

   現在は、琉球伝統の弦楽器、三線(さんしん)を愛する少年として、
   元気に暮らしています。


   理生くんは、こんなふうにも語っています。

   「戦争が好きな神様もいる。
   でも、神さまは戦争できないので、人間にとりついて戦争させる。
   ほんとうは、人間は、どの神さまとも心でつながって、
   おはなししなくてはならない」

   「ウランの神さまは、悲しんでいる。涙ぐんでいる」


   いま、地球は、さまざまな意味で、危機にあります。

   それは、人が神さまとの心の会話をなくして、
   我欲にすべてを費やすようになったことによって、
   生じているのではないでしょうか。

   もしかしたら、現代という時代は、
   人が本来の生きかたを思い出すための、最後のチャンスかもしれません。

   理生くんは、それを「すじみちを生きる」と、呼んでいます。


   心の神さまは、外にいるのではなく、すべての人の心の中にいます。
   どんな人の心も、神さまの心とつながっていて、
   その声を聞くことができます。

   昔の人は、そのことを、

   「お天道さまが見ているよ」

   「自分の心にはずかしくない生き方をしなさい」

   という言葉で、教えてきました。


   私たちは再び、子どもたちに、
   「あなたの心の神さまは、なんて言っているの」と聞くことが、
   たいせつなのではないでしょうか。

   星の子たちは、人が神さまの心とつながることを忘れたために、
   危機にある地球を助けたくて、この世に生を受けたのかもしれません。

     <『神さまががくれたひとすじの道』サンマーク出版>

              ・・・

この本は、理生くんが4歳から13歳まで、折にふれて語った言葉を、
お母さまの紀子さんがまとめたもの。

理生くんの言葉から…


『人間はみんな、幸せになるために生まれてきた』


『人間たちの、生きるすじの流れをつくったのは、神様。

それを勝手に変えるのは、ばかなことだ。

神さまは、「いいことをする」というすじをつくったけれど、
人間はそれを変えてしまうことがある。

神さまのすじみちどおりにすれば、生きられるのに、
ほかの人がいやがることをすることは、神さまのすじみちを、自分で傷つけること』


『ぼくが地球に来たのは、空気がいっぱいあるから。
だから、ほかの星にいる人たちよりも、うんと長生きできる。

地球には、戦争があるけれど、
他の星でも、戦争しているところはあるから、同じこと』


『生まれる前は、体も性格も、決めてくる。
天とか、ふしぎな国とかでは、一瞬で、性格を決めたり、変えたりすることができる。

どんな性格にするか決めると、神さまに

「ほんとうに、それでいいですか。
下に行くと、性格を変えるのは、難しいですよ。
時間がかかって、すぐには変えられませんよ」

って、いわれる』


『「もの」にも、たましいがあって、言葉をかけると、それを聞いている。

ハサミに「ありがとう」っていったら、刃が丈夫になるかもしれない。
ハサミには、耳がないけれど、心で、感じとっている。
お礼の言葉や、感謝の言葉は、直接、ハサミの心に響く。

言葉はそれくらい、たいせつなこと』



「世界終末時計」というものがある。

アメリカの科学雑誌が毎年発表しているものだが、
2017年は前年より30秒早められ、残り2分30秒となってしまった。

核兵器の脅威や、気候変動への対策が進んでいないからだ。


地球を助けるためにやってきた「星の子たち」。

お天道さまがみている。

一人ひとりが、自らの心に恥じない生き方をしたい。

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・伝統・第一「【自分をえらんで生まれてきたよ】 (66)」
   → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=40

(2)伝統板・第二「自分をえらんで生まれてきたよ」
   → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457822

・・・

<参考Web>

(1)幸せ実践塾(2015年04月17日 神さまがくれたひとすじの道)
    → http://4awasejsn.seesaa.net/article/417456062.html

  ①(p.15)

   すじみちは、「奇跡」と呼ばれることもある。
   「偶然」とか、「奇跡」とか、
   どの方向から見るかで、言葉は変わる。

   でも、言葉には関係なく、
   ただ一歩一歩、歩いていく。
   それが、人生というものだ。

  ②(p.27)

   ウランの神さまも、原発も、放射能も、悪くない。

   「爆発するな」っていうと、
   ウランの神さまは、ますます怒るだろうね。

   「ごめんなさい。人間が勝手で、ごめんなさい」
   というところから、始めなくてはいけない。

  ③(p.108)

   「ぜったいにおきる」「ぜったいにおきない」ということは、ない。
   ぼくのいうことも、「ぜったいに正しい」ということは、ない。
   だって、ふしぎは、信じることによって、おきるのだから。


(2)住職のひとりごと(2015年02月11日)
   『神さまがくれたひとすじの道』をいただいて
    → http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/b1c3ba7b60f4a733be1b9cabdcca3e16

   いんやくりお君、4歳から13歳までに語った言葉の収録

  ①(P73より)

   人生に、ほんとうは、暗いことは、ない。
   暗いものも、ほんとうは、光からできている。
   「暗い」と思えるのは、そこに、光があるということ。

   人間に見えるものは、すべて、光でできている。
   光でないものは、人間には、見ることができない。

  ②(P76より)

   人間の宝は、言葉、いのち、心、動き。
   人生は、そのすじみちで、決まっている。
   だから、後悔しないでいい。

   失敗したと思っても、そこから学ぶなら、
   それは、ほんとうの失敗ではない。

  ③(P104より)

   人は死ぬと、天国に行く。
   でも、そのまま天国に行くわけじゃない。
   天国に行く前に、しばらくいるところがある。

   地上で暮らした疲れを、いったんとって、
   休む場所が、どこかの空にあるはずだ。
   それは、入道雲の上にあることが多い。
   ふっくらした、ふかふかの、毛布みたいな雲の上にある。

   飛行機で上を飛んでも、見えないけれどね。

   地上で思い切り悪いことをした人と、
   いいことをして幸せを感じていた人は、
   それぞれ、ちがうところに行く。

   悪いことをした人が行くところは、
   地獄と呼ばれることもある。

   ほんのちょっと悪いことをした人は、
   「まあ、いいか。天国に行け」って、
   星の大王にいわれる。

  ④(P110より)

   人間は、脱皮する。
   死ぬときに、脱皮する。

   脱皮したたましいは、
   生きていた家庭に帰ってきたり、
   ほかの人として、生まれ変わったりする。

   記憶がある人も、記憶がない人もいるけど、
   ここに戻ってきているのは、同じこと。

  ⑤(P133より)

   心は、体ぜんたいにある。
   皮膚の細胞より細かいところにも、心はある。
   心臓、脳、骨の細胞にも、心はある。

   脳が自分の気持ちを考えるときは、
   脳が心といえるし、

   心臓で気持ちを考えるときは、
   心臓が心といえる。

   足にも考える心はあるけど、
   足で考えるのは特殊な技で、
   ぼくには、よくわからない。

             <感謝合掌 平成29年10月7日 頓首再拝>
7:伝統 :

2018/01/06 (Sat) 19:22:17


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P34~46)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

   人はなぜ、生まれてくるのでしょうか?

   これを子どもたちに聞くと、「人の役に立つため」、
   とりわけ「家族を幸せにするため」という答えが多いです。

   臨死体験をされた方々の複数の証言によると、
   死後、閻魔様(えんまさま)の前で聞かれるのは、
   次の2つのことだけだとも言います。


   1. 陰徳(いんとく)を積んだか?(人知れず、他人の役に立ったか?)

   2. 自分の人生を楽しんだか?


   であるにも関わらず、私たちが「生きているのがつらい」と
   感じることが多いのは、なぜでしょうか?

   私が、多くの子どもたちから集めたお話から解釈するに、
   たぶん、「自分がつらい思いをして、それを乗りこえたときに、
   魂はそれを“楽しい”と喜ぶ。そしてつらい思いをしたからこそ、
   同じようにつらい思いをしている人の役に立つことができる」からだろう、
   と思います。

   つまり、ずっと幸せかつ平穏に過ごしているだけの人は、
   他人の心に寄りそえないし、魂も、実は「それで楽しい」とは
   思わないようなのです。

   つらさのただ中にある人は、
   実は、同じようなつらさを経験したことのある人の助言しか、
   真剣には聞かないものです。

   なので、そのためにもつらい経験をする必要がある、
   苦労する必要があるのかな、とも思います。


   実は、子どもたちに聞いた、空の上で暮らす魂の日常は、
   すごく穏やかで、平和で、幸せなのだそうです。

   着るものにも、食べるものにも困らない世界で、
   食べようと思えば、いくらでも食べられて、ダイエットの必要もない、
   すごく良いところなのだそうです。

   ですので、この世に生まれてくる魂たちは、
   “非日常”を求めて…まさにアミューズメントパークに来るような感覚で、
   この世に生まれてくるようなのです。

   楽園から楽園に移動しても“非日常”は感じられないので…それでこの世は、
   制限が多く、つらいことも多い世界なのでしょう。


   また、空の上と、この世とでは、どうも時間の流れも違うようです。

   空の上は時間がすごくゆっくり流れていて、地上は速いのです。

   私たちの100年と、赤ちゃんとして過ごした数週間とか数日間は、
   あちらの世界に戻るとそう変わらない、と多くの子が証言しています。

   空の上では、時間という概念がないのだけれど、
   あえて言うと、時間がものすごくゆっくり流れている、と。


   だから地上に生まれて来ると、魂の成長が、
   空の上にいるときよりもはるかに早まるのだそうです。

   いわば、この世は、魂レベルの促成栽培地なのです。

   空の上では、小学校1年~6年までに千年かかるのに、
   地上では6年で済むとか、そういった感覚で考えていただけると良さそうです。


   ですから、お得なのです。

   だから、みんな、地上に来たがるわけです。

   ですから、「早く魂を成長させたいな」という人が
   優先的に生まれて来ているとも言えます
   (実際は、そうした成長とは無関係に、この地上に、
   ただただ多くの刺激や体験を求めに来ている魂も少なくないようですが)。

             <感謝合掌 平成30年1月6日 頓首再拝>
8:伝統 :

2018/01/07 (Sun) 18:21:36


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P91~95)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

子どもが望む愛、注いでほしい愛って、何なのでしょうか?

これがけっこう難しいんですけど、長年調べてきてわかったのは、
それはどうも「笑顔」のことのようなのです。

お母さんの笑顔。

妊娠中にニコニコしていて、生まれたとき、赤ちゃんの顔を見てはニコッとして、
その後、子どもが大きくなって「ねぇ、ねぇ、お母さん」って言ってきたら、
「なあに?」ってニコッと笑う ―― これが愛情なのです。

愛情イコール、笑顔だったんですね。

でも、たいていのお母さんは、妊娠中からしかめっつらをしています。

病院で、これをやっちゃダメ、あれをやっちゃダメって言われますからね。

食事や行動も制限されて・・・具合は悪いし、旦那は理解に乏しいし。
そうして苦労して生んだ後は、赤ちゃんは泣きますし・・・さんざんなんですね。

そういうお母さんを、お子さんから見ると、
お母さんは、いつも眉間にしわを寄せていて、つらそうな顔をしているんです。

子どもは、自分が生まれて、
お母さんが笑顔になるのを期待しているのに、笑顔にならない。
すると、自分は生まれちゃいけなかったかな、と思うんです。

それで、少し大きくなってくると、今度は怒られるわけです。

「あんたが、こんなことをするから!」
「あんたさえいなけりゃ、お母さんは苦労しないのに!」とか。

そうしたら、「もう空に帰ろうかな」と思う子も出てくるのです』。

子どもだって自殺することがあるとエリザベス・キュープラー=ロスが
本に書いています。
2歳や3歳の子が農薬を飲んだり、車の前に飛び出したりする、と。

それをみなさん、知っておくほうが良いですね。

表面でとらえたら、わからなんですよ。
でも、子どもがいなくなる前は、
その直前にお母さんが怒っていることが多いそうです。

子どもからすると、やっぱり自分がいるためにお母さんが怒っていて、
つらいな、とか思うのかもしれません。

自分がつらいのもあるけれど、自分がいることでお母さんがつらそうだから、
自分はいなくなったほうがいいのかな、という発想を持つんですね。

悲しいでしょう?
親はまさか「死んだほうがいい」なんて思っていないわけです。

毎日、笑顔を見せない親は、子どもにそういうメッセージを
発しちゃっている可能性があるとしたら、これはまずいですよ。

やっぱり、子どもを妊娠したら、生まれてきたときのすばらしさを
イメージして、笑顔になっていないといけません。

お子さんがおなかの中にいるときから、ですよ。

ですから、旦那さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、
やっぱり妊婦さんが笑顔になれるように配慮したほうがいいですね。

いま、お産の現場は、それどころではないのも事実です。
死産、障害を持った子ども、訴訟の怖れ・・・
医療の現場では、笑顔を表現したり、教えたりすることが
すごく、しにくいのです。

これを変えて行くのはなかなか難しいでしょう。


ですから、お産をする人やご家族、一人ひとりが、
笑顔を意識するしかないわけです。

             <感謝合掌 平成30年1月7日 頓首再拝>
9:伝統 :

2018/01/08 (Mon) 18:10:50


          *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年01月05日)より

   (産科医・池川クリニック院長、池川明氏の心に響く言葉より…)

   生まれる前の記憶を調査するうち、
   私は不思議な「記憶」と出会うようになりました。

   胎内記憶、誕生記憶にとどまらず、
   「お母さんのおなかに宿る前」について語る子供がいるのです。

   幼い子どものファンタジーと思われるかたもいるかもしれません。


   ところが、不思議なことに、子どもたちが語る世界は、
   細かい部分は違っていても、いくつかの共通するイメージがあるのです。

   おなかに宿る前は、「雲の上」のような、ふわふわとして
   安らぎに満ちた世界で、自分と同じような子どもと一緒にいたこと。

   天使や神さまのような存在に、優しく見守られていたこと。

   そして、自分の意思で生まれることを決め、
   お母さんを選んで、この世にやって来たということ、などです。


   たとえば、子どもたちはこんなことを語っています。

   「雲の上には、数えきれないくらい赤ちゃんがいっぱいいて、
   天使みたいに羽がついているの。リーダーみたいな天使がいて、
   その人は赤ちゃんにはならない天使で、『お母さんを選んでいい』
   って教えてくれるの」


   「お空から見ていて、あの人がいいなと思ったら、おなかに入るんだよ。
   ママはベランダにいたから、飛んできて入ったよ」


   「優しそうなお母さんを見つけて、おじさんに『あの家がいい』と言った。
   それで生まれてきたんだよ」


   「空の上から、弟と一緒にお母さんを見ていたよ。
   ぼくが『先に行くね』と言って、生まれてきたの」


   もちろん、こういった記憶を証明することはできません。

   けれど、私は、それらを科学的に立証するより、
   もし子どもたちの語る世界を受け入れるなら、
   子育てや生き方がどんなふうに変わっていくかに関心があります。


   お子さんから「ママを選んで生まれてきた」と聞いたお母さんは、

   「それまでは、わが子なのだから自分のもの、という思いが
   どこかにありました。けれど、あの子が自分の意思で生まれてきたと聞いて、
   子どもは一人前のたましいであり、尊重しなければならないと感じました。
   子どもが私を信じて来てくれたのだから、それに応えていきたいと思います」

   と感想を述べられています。


   子どもたちがお母さんを選ぶ理由は、それぞれ異なります。

   「優しいお母さん」「かわいいお母さん」が人気ですが、
   「寂しそうなお母さん」「泣いているお母さん」を選ぶ子どももいます。

   そういう子どもたちは、

   「ぼくが来たら、ママはさみしくないかなと思ったの」

   「ママに笑ってもらいたかったから」

   と、語っています。


   私は多くのお子さんの話から、子どもはお母さんが大好きで、
   お母さんの役に立ちたいと願っている、と考えるようになりました。

   これは私の仮説なのですが、おそらく、子どもはお母さんに
   「愛」というプレゼントをもって、雲の上からやってくるのです。

   子どもは、お母さんがそれに気づいて、日々をほほえみで満たしてくれると、
   「お母さんの役に立てた」という自信をつけます。

   そして安心して、今度は「もっと広く人の役に立つ」という、
   次のステップに踏み出すのだと思います。

   お子さんは、親子という人生のパートナーを組むにあたり、
   あなたを最高のお母さんと信じて、宿ってくれたのです。


   そんなふうにイメージすると、
   子どもを授かった喜びを、より深く感じることができます。

   子育てに自信を失いそうなときも、
   気持ちが少し軽くなるのではないでしょうか。

   そして、もう一歩踏み込んで、もしかしたら
   自分も親を選んで生まれてきたのかもしれない、と想像してもらいたいのです。

   「とんでもない、あんな親を好んで選ぶはずがない」と、
   反発するかたもいることは、よくわかっています。


   けれど、生まれる前の記憶によると、
   赤ちゃんは「険悪な家庭に和(やわ)らぎをもたらしたい」という理由でも、
   お母さんを選ぶことがあるようなのです。

   難しい家庭に生まれてきたかたは、
   そんな勇気あるたましいなのかもしれません。

   <『子どもはあなたに大切なことを伝えるために生まれてきた。』青春出版社>

              ・・・

産婦人科医の池川明氏は、「胎内記憶」の日本の第一人者。

3500人の胎内記憶調査の実績がある。

その調査によると、胎内記憶は33パーセントの子どもが持っているという。

そして、記憶の保有率に最も大きな影響を及ぼしていたのは、
「お母さんがおなかの赤ちゃんに話しかけていたかどうか」だった。

お母さんによく話しかけてもらっていたお子さんは、
胎内記憶の保有率が高いことが分かった、という。


ドラマや映画などで、親に向かって
「頼んで生まれてきたわけじゃない!」と毒づくシーンがある。

しかし、そうではなくて、「(自らが)親を選んでこの世に生まれてきた」
とするならば、すべてのことまったく変わってくる。

親のせいにしたり、まわりや環境のせいにすることはできなくなるからだ。

何故なら、自らがその親や環境、を選んできたから。


嫌なことも、つらいことも、面倒なことも、トラブルも、
すべて自らが自分の成長のために選んできた。

長い人生のシナリオや脚本を前もって自ら書いてきた、ということ。


子どもは「ママを選んで生まれて来た」。

子どもからの大切なメッセージを大事にしたい。

             <感謝合掌 平成30年1月8日 頓首再拝>
10:伝統 :

2018/01/10 (Wed) 19:40:21


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2015.7.11)より

   (池川クリニック院長、池川明氏の心に響く言葉より…)

   弟に順番を譲ってもらったというお兄ちゃんの証言です。

   現在6歳になる長男が、言葉をしっかり話しはじめた2歳半ごろに、
   次男をおなかに授かりました。

   私のおなかに次男が着床するかどうかという時期に、
   とつぜん「ママのおなかに赤ちゃんがいる!」と、長男が言いだしました。

   まさか、と思いつつも、2週間後に検査をすると陽性!

   そして、妊娠を言いあてたころから、
   長男が胎内記憶らしきことを話しはじめました。

   最初のうちは「ママのおなかの中は暗かった」とか、
   「おなかの中にいたとき、ママの声が聞こえた」などのお話でしたが、
   だんだん生まれる前にいた世界のことを話すようになりました。

   「ぼくがお空の雲の上にいたとき、おじいさんが『どの人にする?』って聞いたの。
   ぼくは雲の下をのぞき込んで、『あの人がいい! 』と言って、ママを指したの。
   そのときに、隣にいた男の子もママを指したの。

   でも、『ふたり一緒は無理だよ。どっちが先に行く? 』と、
   おじいさんが言ったから、『ぼくが先がいい! 』と、答えたの。
   隣にいた男の子も、『いいよ! 』っと言って、笑ったの。

   だから、ママのところにぼくが先に来たんだよ!」


   「どうしてママを選んだの?」

   と、私が聞いてみたら、

   「とっても楽しそうに笑っていたから!」

   と長男は答えました。

   ご長男が話したように、
   「とても楽しそうだったから、お母さんを選んだ」というのも、
   子どもたちがよく口にする理由のひとつです。


   これに関連して、子どもたちがお母さんを選ぶ理由を、
   少しさぐってみることにしましょう。

   先にも少し触れましたが、お母さんを選んだ理由のナンバーワンは、
   「優しそうだったから」です。

   「優しいから」ではなく「優しそうだったから」というところがポイントかもしれません。

   というのも、
   「空の上から見たときは優しそうだったけれど、生まれてみたら違ってた」
   と話す子が少なからずいるからです。

   そして、優しいお母さんにつづいて人気があるのは、
   泣いていたり寂しそうだったりして、生きるのが辛そうなお母さんです。

   普通に考えれば、優しくて明るいお母さんのほうがいいように思えますが、
   なぜ子どもたちは泣いているお母さんをあえて選ぶのでしょうか。

   私の知人のお子さんに、りゅうのすけくんという男の子がいます。
   りゅうのすけくんのお母さんはシングルマザーで、
   妊娠を知ったときにはとても困惑し、中絶を考えたといいます。

   でも、悩んだすえに産むことに決め、そして生まれてきたのがりゅうのすけくんでした。

   りゅうのすけくんは、ちょうど5歳くらいになったとき、
   私の講演会にお母さんと一緒に来て、後ろのほうで聞いてくれました。

   そうしたら、トコトコと前に出てきて、

   「先生、ぼく、お話がしたい」

   と言うのです。何を話すのかな、と興味津々で言葉を待ったら、

   「お空の上には虹があって、虹を食べてた」

   とか、いろんなことを話しはじめました。

   そこで私が、

   「りゅうのすけくんは、どうしてお母さんを選んだのかな?」

   と聞いたら、

   「お母さんが泣いてて寂しそうだったから。ぼくが来たら笑ってくれると思ったの」

   そんなことを言いました。

   このときお母さんは、後ろのほうで聞いていましたが、
   りゅうのすけくんの言葉に涙を流していました。

       <『ママを守るために生まれてきたよ!』Gakken>

              ・・・

「親が勝手に生んだ」
「親のせいでこんな性格になった」
「親せいで今、何もかもうまくいかない」と、親のせいにする人がいる。

しかし、もし、仮に自分が、両親や家や国や環境、
そして、母親を選んで生まれてきたとしたら、他の誰にも文句を言うことはできない。

胎内記憶を持つ子どもたちは、空の上に天国のようなところがあり、
そこから地上を見て、母親を選ぶという。

自分の人生は、他の誰のものでもない、
「この自分が選んで決めたシナリオ」と、肚の底から納得するなら、
人の生き方は変わってくる。

そして、両親を大事にしようと思うようになる。

「ママを守るために生まれてきたよ! 」

今一度、自分の生まれてきた意味を考えてみたい。

             <感謝合掌 平成30年1月10日 頓首再拝>
11:伝統 :

2018/01/11 (Thu) 20:05:31


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P22)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

地上に生まれてきたばかりの子どもは、
ちょうど遊園地に来たみたいに、うれしくて仕方がない。
だから、いつもはしゃいで、飛びはねている。

でも、だんだん年を取ると、
自分でジェットコースターに乗りに来たのを忘れてしまう。
それで、「つらい」「逃げ出したい」「死にたい」
と思うようになる子もいる。

でも本当はみんな、自分で自分の体や人生を選んで、
この世にやって来ている。

             <感謝合掌 平成30年1月11日 頓首再拝>
12:伝統 :

2018/01/12 (Fri) 18:43:16


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P24)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

ぼくたち人間はそもそも
お母さんや家族を幸せにしようとして、やってくる。

だから、亡くなった人に対して一番大切なことは、
残された人たちが幸せに暮らすこと。

死んだ人たちに、「ありがとう」という気持ちを向けると、
魂は光り輝いて空の上に帰れる。

空に帰ったことを、
いつまでも悲しんでばかりいてはいけないんだって。

でも、みんなと一緒にいたことを
時々は思い出してほしいと思っているよ。

             <感謝合掌 平成30年1月12日 頓首再拝>
13:伝統 :

2018/01/13 (Sat) 17:42:57


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P26~30)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

地上で苦しいことがあっても、
本当は自分で全部選んで生まれてきた。

より輝くために、
いろんな気持ちをより深く味わうために、
自分でジェットコースターに乗りに来た。

苦しいことを乗りこえると、
また必ず、別のイヤなことが起きる。

それを、ジェットコースターだと思って乗りのえていくと、
だんだんアップダウンの傾斜がゆるくなっていく。

それは、魂のレベルが少しずつ上がっていくから。

「生まれる前に自分で選んだ試練」が全部終わると、
あとの人生は楽になる。
なんのトラブルもない、おだやかな人生になる。

だから早く試練を終えたほうが、あとでラクができる。

一番の試練は、中学生のことと、
結婚したあとに来る人が多いみたい。
結婚してみたら、実は相手と全然意見が合わないとか。

でも、それは、自分で選んだ、もっとも大切な試練なんだ。

そうした夫婦での試練を乗り越えるお手伝いのために、
また新しく、子どもが空からやってくる。

あまり愛されずに育った親に、
愛し、愛されることを教えるために生まれてくることもある。

             <感謝合掌 平成30年1月13日 頓首再拝>
14:伝統 :

2018/01/16 (Tue) 20:35:26


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P37~40)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

中には、チャレンジャーな魂もあって、
自分で、虐待される人生を選んで生まれてくる子もいるようです。

ある知り合いの女性(Aさん)は、
「幸せ」という文字が全く見えない家庭を選んで生まれてきました。

「自分なら、この家庭を幸せにできるんじゃないか。
それを達成できたら、おもしろいんじゃないか」 と期待して、
お母さんのおなかに入ったと言うのです。

そうしたら、おなかの中にいるときに、お母さんのおへそから、
同じ目的を持って生まれてきたお兄ちゃん2人が虐待されているのを
見たわけです。

それで、おなかの中で「やっぱり、ここに生まれるのはイヤだ、
私には荷が重いから出て行こう」と思って流産しようと思ったけれど、
”運悪く”流産できなかった、 と、Aさんが語っていました。

母体に陣痛が来たときに、とにかく生まれたくないから、
足をふんばって、生まれないようにした。
しかし、大きな渦に飲み込まれて生まれちゃった、とのことでした。

男2人の下で女が生まれて、3歳まではかわいがってもらえたけれど、
しゃべるようになってから突然、母親から虐待が始まり、
その後は、自殺まで考えたそうです。

そうして、自分が妊娠して子どもを産んだ後は、
今度は、自分自身がその子を虐待してしまったそうです。

結果、Aさんは、それを乗りこえたのですけれども ―― 
わが子を虐待しているときに、写真家の人が、5歳のお兄ちゃんの写真を
撮って、大きい写真に伸ばして送ってくださった。

それを見たときに、お兄ちゃんの瞳の奥に、仏様の慈悲の心、
自分を慈しむような心を見たそうです。
それで、「ごめんね」と謝った、と。

そしたらその子が、こう言ったようです。

「いいんだよ、お母さん。お母さんはいつか気づいてくれると信じていたから、
気づいてくれて良かったよ。お母さんが悪いわけじゃない。
お母さんはそれしか方法を知らなかったんだから。

おばあちゃんも悪いわけじゃない。
誰が悪いわけじゃなくて、気がついた人が、なおせばいいだけなんだよ」

5歳の子がそう言うのを聞いて、Aさんはそこからぱたっと虐待を止められた
そうです。Aさんは、「実は、虐待を止めるのはかんたんなんです。
まず、気がつくことが大切です」 と言っていました。

Aさんは、自分が親から虐待されていたときには、
「親を殺すにはどうしたらいいのか」
「親が飲んでいる牛乳に、農薬を入れたら死ぬんだろうか」
「寝ている顔に、殺虫スプレーをかけたら死ぬだろうか」
などと考えていたそうです。


今は、おばあちゃんは頑固者ではあるそうですが、
良い家族関係が築けているそうです。

虐待をされて、自分も虐待をして、でもそれを乗りこえた例です。

このケースなどは、空の上からやって来た目的を無事に果たせたケース
と言えるでしょう。

             <感謝合掌 平成30年1月16日 頓首再拝>
15:伝統 :

2018/01/17 (Wed) 18:14:47


       *「ママ、生まれる前から大好きだよ! -胎内記憶といのちの不思議」
         池川明・著 より

******************

みうちゃん(7歳)

「2歳の頃、「なんのために人間になったの?」と聞いたら、
「笑うため!」と答えて笑っていました。

4歳の頃、「みうは、なんで人間になったの?」ともう一度聞いたら、こんな風に答えました。
「本当はもう人間にならなくてもよかったんだけど、体があって楽しそうだから、
ママを選んでから毎年、ママのところに行ってもいいですか?って神さまに聞いていたの。
でも、なかなかOKが出なかったんだけど、ある日『今日はいいよ』って言われたの。

みうはラッキーだったんだよ。だって、OKが出ない子もいるから。」

そして、
「黄色の笑う神さまのところから、すごーく揺れる船に乗ってきた」
と、話してくれました。

「人間になってみて、どう?」と聞くと
「楽しいよ!笑ったり、歌ったり、みうがいたところでは、夢がなんでも叶うの。
ほしいものが手に入るし、みんな優しいし、お花がたくさん咲いていて、
いいにおいがしているの」」

******************


******************

みうちゃん(7歳)

「ふいに、「みうが種だったときにね!」と言いだしたのです。

「種って?」

「子どもの種だよ。精子だよ」

「みう、精子だったの?」

「そうだよ。みう、いちばん大きくて光ってて、元気だったの。
ぬるぬるしてて気持ち悪かった。 
ある日、ぬるぬるしてないなーと思って見たら、
パパがおしっこをするところの入り口の近くにいたの。

あの入り口って、口みたいにパカッと開いているでしょ。
その近くでのんびりしてたら、水と一緒にすごい勢いで流れだして、
気が付いたらママのここにいたの。」
と言って、みうは私の下腹部を押さえました。

「うわっ、ここどこ?と思って上を見たら、おっぱいがあった。
みう、種だったのに、卵になっちゃったの!」

「お腹の中はどうだった?」

「肌色で、電気がついてるみたいに、少しだけ明るかった。」

「みんな最初は種なの?」

「ううん。卵もいるよー。種も卵も全部、卵になるの。」

******************


******************

7歳の男の子

「生まれる前は、目に見えない玉みたいな形で、星のない宇宙のようなところを、
ぴょんぴょんはねて遊んでいた。うれしくも悲しくもない気持ち。

そこから、いつのまにかイトミミズみたいなのになって、
それはものすごくたくさんいて、肩とかにバシバシあたる。
ぼくは、数え切れないほどいっぱいあるひとつ。

レースしているみたいに、泳いで走っている。
それで、ぼくが一位になったみたいな感じ。
そうしたら、この卵になった。
ほかのイトミミズはどこに行っちゃったのか、ぼくはしらない。

そしてある日とつぜん、体がどんどんふえ始めた。
一日一日すごい勢いで増えて行く。
ぼくはそのままでよかったのに、おなかが分かれてきた。

最初はめだかのような、ぶたの赤ちゃんが丸まったみたいで、まぶたがやたら分厚い。
そのうち、まぶたがちょっとずつ大きくなるときに、まぶたの皮が薄くなってくる。
最初は真っ暗だけど、その後ちょっとずつ、目は開かなくても光のようなものが見えてくる。

はじめは手とかほとんどなくて、手首はあっても、指とかはっきりしない感じ。
手や足が出てくるときは、毎日ちょっとずつ生えてくる。
指ができたら、よく手や足の指をこすって遊んだり、くるくる宙返りして遊んだ。

髪の毛がちょっと生えてきたときは、指とか爪はもう完全に生えていた。
イトミミズや黒いつぶつぶのときはないけれど、
ぶたの赤ちゃんのときから、ホースができてくる。

おなかの中は赤紫のつぼのようなところで、
ザーザーと何かが流れる音とドクドクと音がしている。
中はぶよぶよで、なまぬるい水が入ってる。

ぼくは丸まっていて、ママのおなかとおへそから出ている線でつながっている。」

******************


******************

4歳・男の子

「ぼくね、まほうの世界にいたことがあるんだよ。
まほうの世界には、赤ちゃんがたくさんいる。おとなも少しいるよ。
おとなはおしごとしなくていいんだよ。赤ちゃんの様子を見てるんだよ。」

******************


******************

5歳・男の子

「ながーいながーいすべり台をすべってきた。
あお向けに足からすべってきた。
すべり台は虹色に光っていて、あつかった。

地球が見えてきたから、もうすぐお母さんのところにつくと思った。
とちゅうで分かれ道があったけど、迷わずにまっすぐ来た。
もうひとつの道に行くと、別のお母さんのところに行くんだよ。」

******************


******************

9歳・女の子

「雲の上では、ちいちゃい子は神さまと一緒にいるの。
お手伝いの天使と妖精もいる。

お母さんは自分で決めて、神さまにいうの。
神さまはダメとは言わないよ。」

******************


******************

12歳・女の子

「神さまに、生まれてもいいですよっていわれると、
羽をつけてもらって、空を飛んでいくの。
すると、扉がある。

まわりは透明な壁になっていて、そこは通り抜けられないので、扉を開けて行く。

それからお母さんを探して、おなかの中に入るの。
天使がついてきてくれるから、一緒におなかに入ったら、羽をとってもらうの」

******************


******************

りゅうのすけくん(6歳)

「空を飛んで世界中を探して、いちばんママがよかったの。
さみしそうだったし、ぼくが来たらさみしくないかな、と思ったから。
ぼくが生まれたら、ママは喜んでくれたよ。

ほかにも、ひとりかふたり、「ママにしようかな」と思った人がいたよ。
でも、その人にはもう子どもがいたので、れいやくん(弟)と相談して、やめたの。

ママがお花見をしていたとき、羽のある小さな蜂になって、
飛び込みながらみんなを見ていて、ママの口に入ったんだよ。」

******************


******************

たかゆきくん(6歳)

「子どもたちは雲の上で、ずっと列みたいに並んでいる。
遊んではいないけれど、ふつうに歩いていたりする。
病気の子で生まれるか、元気な子で生まれるかっていうのを、
絶対に決めなくちゃ、生まれられないから。

元気で生まれるか病気で生まれるかを決めるのは、自分。
自分でお母さんを決めて、元気な子で生まれるって決めたら元気な子に生まれるし、
病気の子に生まれるってなったら、病気で生まれる。

神さまは、雲の上の、また上の教会にいて、
元気に生まれるか生まれないかを子どもたちに聞いたり、
生まれた後の人(=死んで雲の上に戻ってきた人)には、
よいことをしたか悪いことをしたか聞いたりする。

悪いことをしたら、そこでまた生まれてよいことをしなくちゃいけないけれど、
よいことをした人はほめてもらって、ちょっとのあいだ、
行きたいところに行かせてもらえる。」

******************


******************

あつしくん・3歳

「あつしくんって呼ばれる前に、にんにくをむいたことがある。
そのときはイギリスのお料理屋さんの子どもだった。
1988年8月9日に生まれて、ゲイリースって呼ばれていた。
7階建ての建物に住んでいた。高い熱が出て、死んでしまったんだ。」

******************

 (http://blog.goo.ne.jp/usmle1789/e/39a71f517612f2f26b7d8f9a42ea96f5 より転写)

             <感謝合掌 平成30年1月17日 頓首再拝>
16:伝統 :

2018/01/19 (Fri) 19:41:18

        *『致知』2013年4月号 より

今回から、5回にわたり、【胎内記憶に心耳を澄ます】を紹介してまいります。

①第1回目~『明らかになった胎内記憶の実態』

②第2回目~『常識によって削ぎ落とされる感性』

③第3回目~『教育問題の大本にあるもの』

④第4回目~『親を選んでくる子供たち』

⑤第5回目~『出生前診断を考える』

────────────────────────────────────

池川 明(池川クリニック院長)& 村上和雄(筑波大学名誉教授)対談
 『致知』2013年4月号 特集「渾身満力」連載「生命のメッセージ」より

────────────────────────────────────

(村上和雄)

生まれる前の記憶を語る子供たちがいるという。
この「胎内記憶」が我々に示唆するものは何か。

医療の現場に胎内記憶を生かし、妊産婦の啓蒙に尽力してきた池川明氏とともに、
従来の常識にとらわれないこれからの親子のあり方、生き方について語り合った。

 * * * * * * * * * * * * *

『明らかになった胎内記憶の実態』

(村上)

池川先生とは講演会でお会いして以来のご縁ですが、
先生が産婦人科の現場で収集、研究してこられた「胎内記憶」のお話は、
とても興味深いものがあります。

ご著書にもいろんな実例を紹介されていますが、
生まれる前に母親の胎内にいた頃の記憶を語る子供たちがたくさんいるそうですね。


(池川)

そうなんです。情報発信を始めて15年くらいになりますか、
この頃ではお産をするお母さんの7割くらいは、
赤ちゃんにおなかの中にいた頃の記憶があることを理解される時代になりました。


(村上)

最近、胎児教育が一般にもかなり受け入れられるように
なってきたのも、池川先生のご尽力の賜物だと思います。
しかし最初はなかなか理解を得られなかったでしょうね。


(池川)

お察しのとおりです(笑)。
ただ、私が初めて胎内記億のことを知って、自分の病院で話してみたら、

「うちの甥も、おなかの中にいた時は温かくて気持ちよかったと言っていますよ」
「小学生の孫が作文に、おなかにいた時に包丁
(鎧子)が入ってきて、足を掴まれて引きずり出された(帝王切開)と書いています」

なんて言うスタッフがいたのでびっくりしましてね。

翌日から妊婦健診に来られる子連れのお母さんに、
「お子さんがおなかの中にいた時の記憶を話すことはありませんか」と
端から聞いてみたんです。


(村上)

お母さん方の反応は?


(池川)

結構多くの方が、「うちの子しやべります」っておっしやったんです。
変な子ってネガティブに捉える方か多かったのと、
親が聞かない限り子供も自分からしゃベらないのであまり話題にならなかったんですね。

そこで真偽を確かめる際に、朝日厚生事業団のご縁もあり、
諏訪市と塩尻市のすべての公立保育園でアンケート調査を実施できました。

すると1620件のご回答のうち、どちらの市でも、
おなかの中の記憶を持つ子が30%、
誕生した時の記億を持つ子が20%もいることか分かったんです。


(村上)

それはかなりの割合ですね。


(池川)

千を超える回答に基づく数字ですし、異なる地域で
同じような結果が出ましたから、信憑性が高いと思うんです。

その後も興味を持ったいくつかのIT企業が独自調査を実施しましたが、
やはり同じような結果を得ています。


(村上)

子供たちはどんな記憶を語っているんですか。


(池川)

「暗くて、プカプカしてて、気持ちよかった」
「温かくて柔らかだった」といった胎内の様子や、
「丸くなって入ってたの」「毎日ずっとねんねしてた」
「ダンスして、キックして、クルンってまわったりした」と自分のことを話したりします。

また「パパがオヘソをツンツンしてきたんだよ」
「お父さんとお母さんがケンカをしてた」といった外の様子や、
「暗いトンネルをくぐってきたんだよ」と出産時の記憶を語る子もいます。

ですが、子宮の中は温かくて居心地のいい空問だったと言う子が多いですね。

お母さんの気持ちもすべて伝わるようで、
妊娠中に夫婦のいさかいなどでネガティブな精神状態でいると、
冷たかった、寂しかったと言う子もあります。

母親の食べたものに対する好き嫌いについても語りますし、たばこやお酒はダメなようです。
もちろん科学的に証明することは極めて難しいですから、
そんなことはあり得ない、といった否定的な意見もたくさんあります。

アメリカではチェンバレン博士のグループが肯定派ですか、
まだ三百人くらいの団体にすぎません。
向こうの産科の先生とお話ししたことがあるんですが、
医学的に証明されていないということで全く信じていませんね。
だけど、否定する意見の方にも科学的な根拠があるわけではないんです。


(村上)

否定する人は、胎児は人間ではないと見ているんでしょう。
しかし僕は胎児を人間と見るほうが正しいと思います。
どこからが人間かという線引きは、人間が勝手に引いているだけであってね。

・・・

*【胎内記憶に心耳を澄ます】は先代の掲示板で紹介したことがありますが、
 すでに、その掲示板からは消滅しております。

            <感謝合掌 平成30年1月19日 頓首再拝>
17:伝統 :

2018/01/20 (Sat) 17:50:59


『常識によって削ぎ落とされる感性』

(村上)

池川先生がご本に書かれているソニー創業者の
井深大さんとは、僕も対談させていただいたことがありましてね。
ご存じのように井深さんは幼児教育の研究にも熱心で、
『幼稚園では遅すぎる』という世界的なベストセラーもあります。

ですから僕は「幼椎園で遅過ぎるんだったら、
我われ大学の教師はどうしたらいいんですか?」と突っ込んでみたんです(笑)。


(池川)

もっともな質問です(笑)。


(村上)

井深さんによれば、大学ではもちろん技術や知識は教えることはできる。
しかし教育については幼稚園に行く前にひと勝負ついているんだと。

教育はゼロ歳以前、つまり胎児の時から既に始まっていて、
その時期にお母さんから非常に大きな影響を受けるというお話をしてくださいました。


(池川)

残念ながら、私が井深さん主宰の幼児開発協会を知ったのは、井深さんが亡くなった後でした。
その時は『頭の体操』で有名な多湖輝さんが代表を務めておられたんですか、
ご講演を拝聴して大変興味を持ちましてね。

見学に伺ったら、子供たちが描いた胎内の絵をたくさん見せてくださって、
胎内記憶というものが当然あるという前提でお話しされるんですよ。
その後も講師の方に毎月来ていただいて、いまも様々なスキルを伝授いただいています。


(村上)

それか原点だったのですね。


(池川)

井深さんのご著書によれば、ウガンダのお母さんたちはおむつを使わないそうです。
うんちやおしっこは外でさせるというので、
「どうして赤ちゃんがうんちやおしっこをする前に分かるんですか?」って聞くと、
「どうしてあなたは分からないの?」って逆に聞き返されたという話があります。

そういう育て方をした赤ちゃんは発達が凄く早くて、
生後2目で首が据わり、生後4日でニコニコ笑うんだそうです。

ところが西洋式の病院でお産をするようになったら、
もうそんなことはなくなったらしいです。

井深さんはそういうたくさんの事例をもとに、
赤ちゃんの発育は生まれや育ちで全く違うことを確信されていたから、
胎児記憶についても当たり前のように説いておられたんだと思うんです。

いまの医学の常識では、生後4日で赤ちゃんが笑うなんてありえないことですから、
随分変わった人だと思われていたでしょうね。
新生児微笑といって、お母さんに捨てられないためにそう装っている
というのが医学の解釈なんです。

だけど井深さんの本を読んでからは、本当は笑ってるんじやないか、医学の常識か真実を
感じ取る大切な感性を削ぎ落としているんじゃないかという気もするんです。

            <感謝合掌 平成30年1月20日 頓首再拝>
18:伝統 :

2018/01/21 (Sun) 17:56:09


『教育問題の大本にあるもの』


(村上)

育児の常識に関して言えば、
『スポック博士の育児書』という本が長い間信奉されていましたね。


(池川)

はい。赤ちゃんの自立を妨げるから、泣いてもすぐ抱っこしてはいけません。
添い寝も、おっぱいもやめましょうといったことが説かれていました。

この育児法の弊害に気づかれたのか、熊本の慈愛園の潮谷愛一先生でした。
潮谷先生のお話では、昭和40年以降に生まれた子供に、すぐキレたり、
情緒混乱の子供が多発するようになったのを不思議に思って調べたところ、

実は昭和39年に配布された母子手帳から『赤ちゃん――そのしあわせのために』
という副読本が添付されるようになって、そこに抱っこや添い寝を否定する
記述があったそうです。

明らかに『スポック博士の育児書』の影響を受けていて、
これが20年問、毎年全国で150万冊も配られ続けたそうです。


(村上)

そうだったんですか。


(池川)

戦前の日本はほとんど自宅出産で母子ともに死亡率が高かったので、
戦後GHQの指令で赤ちゃんは産後、病院の新生児室に移すことになりました。
昭和39年からそれに加えて抱っこする風習までやめさせられた。

要するに、赤ちゃんとお母さんを切り離すことばかりやってきたんですね。
赤ちゃんに心かあるとしたら、きっと寂しかったろうと思います。

そういう育て方をされた子供の心というのは相当に傷ついていて、
感性や人間性が損なわれていると思いますから、なんとか癒やしてあげないと、
その子たちが親になった時の子育てにも影響します。

愛情をもらわずに育った人は、愛情が分からないから
赤ちゃんをまともに抱っこすることもできません。


(村上)

それは心配ですね。


(池川)

潮谷先生はこの小冊子の配布をやめるよう国に何年も働きかけ、
ようやく内容が改まったんです。
しかし誤った育児法を20年も発信し続けた弊害で、
抱き癖をつけてはよくないと思っている人がいまだにいるんです。

実は『スポック博士の育児書』は、
博士自らの手で七回も書き換えられているんです。

ご本人と親しくされていた私の先輩の奥様によると、
博士は最後の7回目の書き換えをされた後、
いままで書いてきたことは間違っていたから、
よりやくそれを正す本ができたと喜んでおられたそうです。


(村上)

本人が誤りを認めているのですね。


(池川)

いま教育の問題が深刻化していますが、
その大本には誤った出産や育児があると思うんです。

しかし産婦人科医は否定するんですね。
彼らにとって大事なのは、赤ちゃんが無事に生まれるかどうかであって、
子供がどう育つかは関係ないんです。

フィンランドでトゥーラ・タミネンという方が、
神経発達、運勤発達、社会適応性がいいのは
どういう子かという17年間の調査報告をしています。

その結果、母親が幸せな気持ちで出産した子供は、
調査期間中最後までよい影響か残ったとしています。

ということは、逆にお母さんが不幸だと思った出産は、
子供の健全な発達を妨げると思うんです。
子供の将来は妊娠中のお母さんの心の状態か凄く大事だと思います。


(村上)

それを裏づける実例はたくさんあると思います。
僕の知人のお子さんが五人兄弟なんですが、一人だけどうもおかしいというんです。
お母さんは自分が原因だと思っておられる。

というのは、その子の妊娠中にご主人との関係がこじれて、
離婚問題に心を悩ませていたそうなんです。

それほど母親の精神状態というのは、子供の成長に大きな影響を及ぼすんですね。


(池川)

私は妊娠して魂か宿った瞬間から大事だと思います。
人間の感情や情動を司る脳の視床下部や扁桃体などは、
受精して50日くらいで原型はほぼ完成しますから。

お母さんか妊娠した時に幸せを感じていると幸せな発達をしていくし、
ストレスがあるとストレスのある発達をしていきます。

ですから女性は早くからそういう勉強をして、
幸せな結婚や妊娠を目指してもらわなければなりません。

性教育が極めて大事だと私は思うんです。
性教育はセックスや避妊の方法ではなく、命の大切さを教えることです。

どれだけの命の犠牲の上に自分たちが生を受けたのか。

このことをしっかり理解させなければなりません。

            <感謝合掌 平成30年1月21日 頓首再拝>
19:伝統 :

2018/01/22 (Mon) 19:09:57


『親を選んでくる子供たち』

(池川)

胎内記億を語る子供たちの中には、例えば
「僕はさぁ、雲の上で見ててママのところにビューンて来たんだよ」と、
生命が宿る前の中間生や過去生の記憶まで出てくるケースもあるんです。


(村上)

妊娠をする前の記億ですか。


(池川)

ええ。最初に気づいたのは、ある女の子が、女優さんになりたいから、
空の上から綺麗なお母さんを選んできたって話しているのを聞いた時です。

調べて分かったのは、胎内に宿る前の記億を持っている子が
20%、5人に1人いたんです。

おなかの中の記憶以上に不思議な話ですから、オカルトっぽいし、
虐待や中絶をする親はどうなんだといった疑問や反論も受けます。

わざわざそんな親を選んでくる子がいるのはおかしいと。

こういうことを言うと結構批判を受けるんですが、
これまで聞いた話から推測すると、どうもそういう子は、
敢えて虐待や中絶をされるためにその親を選んできているようなんです。

恨んでいる子は一人もいなくて、みんな「お母さんありがとう」って言うんです。


(村上)

それはどういうことですか。


(池川)

赤ちゃんはお母さんを精いっぱい応援していますし、
命を懸けてお母さんを守ろうとしています。

そして長い目で見ると、中絶や虐待があったことによって、
お母さんや家族が愛情を取り戻したりすることがあるようなんです。

あるお母さんは義理のお父さんを恨んでいたそうなんですか、赤ちゃんを流産した後、
そのお義父さんが「神様は絶対に悪いことをしないから」と声をかけてくれたそうなんです。

実はそのお義父さんは、かつて病気で九死に一生を得た方でした。
お母さんはお義父さんの優しさを初めて実感して、家庭が穏やかになったそうです。


(村上)

流産という悲しみを経てそうなったわけですね。


(池川)

それからあるお母さんは、自分が子供の頃に虐待を受けて嫌な思いをしたのに、
今度は白分が我が子に虐待をしていた。

ある時我が子の写真を見たら、
目の奥に仏様の慈悲の心が見えてハッとしたそうなんです。
すぐ子供にそれまでのことを謝ったら、その子は僅か5歳なんですが

「僕はお母さんが分かってくれるって信じていた。だってお母さんがそうするのは
お祖母ちゃんからそうされたからだし、お祖母ちゃんもそうされてたんだから誰も悪くない。
お母さんが気づいてやめてくれてよかった」

って言ったそうなんです。


(村上)

考えさせられる話ですね。その母親のように、
自分が子供に選ばれたことを自覚すれば、親子関係は随分変わるでしょう。


(池川)

それは子供にも言えることで、この母親を選んだと思うと親子関係はよくなります。
人生が辛かった人も豊かになるんです。


(村上)

こういう話は、魂の存在を肯定しないと深く理解できないと思うんです。

僕は致知出版社から出した『魂と遺伝子の法則』にも書いたんですが、
人間というのは肉体と心と魂によって成り立っていて、魂は永遠のいのち、
サムシング・グレートとでもいうべきものに繋かっていると考えているんです。

そして遺伝子は魂の情報、つまり生まれる前の情報も持っていると考えると、
池川先生のお話も納得できます。

魂の話をすると、おまえは科学者ではないと批判されますが、僕はかまわない。
魂かあると仮定したほうが人間を理解しやすいですからね。

科学的に証明されようがされまいが、大事なことは、
そういう前提で話を進めることで、人が幸せになれるかどうかなんです。

同様に胎児記億の話も、それによって人の幸せに結びつくのであれば、
肯定的に受けとめるべきだと僕は思います。
なぜなら、いのちの本質については、
いまだに科学的にはほとんど解明されていませんから。


(池川)

村上先生にそう言っていただけると本当に心強いです。
こういう話を科学バリバリの人に理解していただくのはとても難しいですからね。

私は最初、産科医の先生方が変わればお産か変わり、日本も変わると思って
一所懸命働きかけたんですが、一向に変わりませんでした。

そこでお母さんに働きかけをして、
お産をする方の多くが赤ちゃんに記億があることを理解する時代になったんです。

今後はこれをもう少し深めて、赤ちゃんと会話することの大切さや、
お母さんの気持ちか赤ちゃんの成長に大きな影響を及ぼすことを
もっとご理解いただきたいと考えています。

こうした考え方がもっと広がれば、医学界も無視できなくなると期待しているんです。

            <感謝合掌 平成30年1月22日 頓首再拝>
20:伝統 :

2018/01/23 (Tue) 19:12:02


『人はなぜこの世に生まれてくるのか』

(池川)

中間生の記憶を持つ人の中には、ごく稀にですが、
自分が精子だった時の記憶を持つ人もいます。

ある30代の男性は、「僕はたくさんの仲間と競ってゴールに着きました。
みんなの分まで頑張って生きなければ」と語っています。

精子ばかりでなく卵子も、二百くらいの中から一つが出てくるし、
受精卵も五分の一しか子宮に辿り着けません。

また、魂が一つの精予に宿るまでには、選抜試験を受け、
相当順番待ちをしなければならないようです。

そういうことを考えたら、私たちは自分の命を本当に大切にして、
一所懸命に生きなければならないんですね。


(村上)

それだけではなく、38億年の間、
一度も途切れずに連綿と繋がってきた生命の歴史という視点を加えると、
さらに命の重みというものが増してきます。

最近、出生前診断というのが可能になって、遺伝子になんらかの問題のある命は
事前に排除することもできる時代になりつつあるんですか、
生まれてこようとする命にストップをかける権利は人間にはない、と僕は思うんです。

大人の常識からすれば、その命が生まれても幸せではないと思うかも知れませんか、
それはいまの基準で決めているだけで、絶対ということはあり得ない。

それからこれは第三者が言及することではないかも知れませんが、
障碍者の方やそういう子を授かったご家族が、苦しみを乗り越えて多くの
気づきや学びを得たり、幸せを見出されたという話はよく聞きます。


(池川)

とても大事な視点ですね。
たくさんの胎内記憶に触れていると、
辛いことの多いこの世に子供たちがわざわざ生まれてくるのは、
たぶんこれから生きていくことを楽しみにしてくるんだと思うんです。

これからどういう人生を選ぶか、
ディズニーランドに行く時みたいにわくわくしてやってくるらしいです。

ディズニーランドの乗り物みたいに、人生も一度に一つしか選べないし、
一度動き始めたら引き返せません。

そしてほとんどの人か、自分の実力と同じか、少し荷の重い人生を選ぶようです。
決して自分にこなせない人生は選んでこないんですね。

そう考えると、障碍や困難に見舞われている子は、
凄いチャレソジャーなのかもしれませんし、
それだけ魂も輝いているんじゃないかとも思うんです。


(村上)

そうなのかもしれませんね。


(池川)

先程の出生前診断の問題は、本人の意思を確認できないことです。
これは健常な子も同じで、大人の思い込みで子供の幸せを決め、
押しつけるところからいろんな問題が起きるんです。

私が妊産婦の指導で最も重視しているのは、赤ちゃんとのコミュニケーションです。

すべての赤ちゃんに意図や意思かあり、
感じる力もあることを理解して向き合うべきで、
親が一方的にいい、悪いを決めるべきではありません。

愛情を持って真摯に耳を煩ければ、胎児は必ずなんらかのサインを送ってくれるんです。


(村上)

先日、ダライ・ラマ法王をお招きしてシンポジウムを開いた時に、
「花に心はあるか」という議論が持ち上がりました。
仏教も環境に応じて変化し、花に心があるとするのは日本の仏教だけのようです。

日本という国は二千年にもわたってそうした独自の精神文化を育みつつ、
科学技術でも優れた業績をあげ、経済大国にもなった稀有な国です。

我われはあまり自覚していませんが、
日本に対する世界の評価は我われが考える以上に高いし、
ダライ・ラマ法王も「二十一世紀は日本の世紀です」
と期待を込めておっしやっています。

日本はあの大震災で大きな打撃を受けましたが、
ここから再び立ち上がるためには大きな意識革命が必要です。

それはただ日本のためだけではなく、世界の平和にも繋がるものである必要がある。

きょうは池川先生のお話を伺って、お産の現場はその土台となる大切な場所であり、
ここを変えることがひいては意識革命にも結びついていくことを実感しました。


(池川)

年間百万人もの新しい命か生まれてくる場所ですからね。
幸い、これまでの活動を通じて、
お母さん方の意識は随分変わってきたという手応えがあります。

今後さらに理解が広かり、医療の現場にもその影響がおよんでいけば、
日本人の意識革命も進んでいくと思います。

そのためにも、お産の現場が人を幸せにする場
となるように力を尽くしていきたいと思います。

   おわり

            <感謝合掌 平成30年1月23日 頓首再拝>
21:伝統 :

2018/01/27 (Sat) 17:50:50

       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P40~45)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

つまり、スタートの時点では、子どもは幸せを運びにやって来ているわけです。

幼児に聞くと、少なからぬ子が、
「自分をいじめる親(虐待する親)を、自分で選んでやって来た」
と言います。

(中略
 喜んで来るわけでないにしても、ある種の使命感を持って生まれてくる
 魂もあるようなのです)

中には、身体の障害や病気も、自分で選んで生まれてきたという子だっています。
「障害とともに生きることに興味があったから」
「病気を治そうとする体験をしたかったから」
だと言うのです。

(中略)

この世に生まれてくる魂たちは、”非日常”を求めて―― 
まさにアミューズメントパークに来るような感覚で、
この世に生まれてくるようなのです。

(生まれる前の世界は楽園のようなもの)
楽園から楽園に移動しても、”非日常”は感じられないので―― 
それでこの世は、制限が多く、つらいことが多い世界なのでしょう。


ですから、たいへんつらい道ですが、あえて虐待されてそれを乗りこえる、
障害や病気を持って生まれてきてそれを乗りこえる――
というのを目的に生まれてくる人もいるのかもしれません。

(中略)

たとえば、映画を観たり、本を読んだりするとき、みなさんは、
どんな内容のものに興味をひかれるでしょうか?

最初から、みながずっと幸せで、何の苦労もなく一生を過ごしましたとさ、
という物語に、果たしてお金を払うでしょうか?

みなさんが観たい/読みたいのは、主人公がハラハラ・ドキドキのピンチを
勇気をふるって乗りこえた話とか、こわいモンスターに襲われたけどギリギリ
逃げ切った、というお話じゃないでしょうか。

(中略)

幸せいっぱいの楽園に飽きて、この世に遊びに来た人は、
最初から幸せいっぱいの人生を選ばないんじゃないか、と私は思うのです。

            <感謝合掌 平成30年1月27日 頓首再拝>
22:伝統 :

2018/01/29 (Mon) 19:27:58


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P45~48)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

空の上は時間がすごくゆっくり流れていて、地上は速いのです。

空の上では、時間という概念がないのだけれど、あえて言うと、
時間がものすごくゆっくり流れている、と。

だから地上に生まれて来ると、魂の成長が、
空の上にいるときよりはるかに早まるのだそうです。
いわば、この世は、魂のレベルの促成栽培地なのです。

空の上では、千年かかるのに、地上では6年で済むとか、
そういった感覚で考えていただけると良さそうです。

ですから、お得なのです。
だから、みんな、地上に来たがるわけです。

「早く魂を成長させたいな」という人が優先的に生まれて来ているとも言えます。
(実際は、魂の成長とは無関係に、ただただ多くの刺激や体験を求めて
 来ている 魂 もまた少なくないようです)

ある30代の女性で、前世で死んだときのことを覚えている方がいたのです。
太平洋戦争当時、日本にいて、空襲により14歳で死んだという記憶がある方でした。

その方は、死後、空の上に戻って行きました。
そこで、友達が待っていて、「なんだ、もう帰ってきちゃったんだ?」
「ああ、ほんとだね、下の世界での一生って短いね」
という会話をしたのを覚えているそうです。


その女性は。「でも、下の世界はおもしろかったから、また行ってくるね! 」
と言って、すぐ井戸の中に飛び降りて、また生まれ変わってきたと言います。

で、空の上に戻ってからすぐに井戸に飛び込んで生まれ変わってきたのに、
この世ではもう、自分が14歳で死んでからはや30年が経過していた、
というのです。


そういう時間の感覚を理解していただくと、この世はアミューズメントパークだ
というお話もより理解しやすくなるでしょう。

つまり、空の上の子にしてみたら、この世で100年苦労して死んだとしても、
ちょっとだけアミューズメントパークに行って来た感覚なんですね、
日帰りとか、数日間ぐらいの。

で、帰ってくる日にちを決めずにこの世に旅しに来る人もいれば、
決めてから来る人もいるようです。

そして、海外旅行に行って帰ってきたときに飲むお味噌汁を
すごくおいしく感じたりするように、

この世での旅を終えて平和で穏やかな空の上の世界に帰ったとき、
人は、ほっと安堵するようなのです。

            <感謝合掌 平成30年1月29日 頓首再拝>
23:伝統 :

2018/02/08 (Thu) 18:49:07


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P49~52)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より


(1)多くの人にとっては、死ぬことは恐怖であり、イヤなものです。
   でも死んだときの記憶がある人に聞くと、
   なんとも思っていないふうなのです。

   退行催眠などで”前世の記憶”を呼び覚ますと、
   死ぬときは、一瞬苦しいけど、あとは平気だったという方が多いのです。

(2)多くの子どもたちから聞くところによると、死んだ後しばらくは、
   死んだときの衣装や姿形を維持しているようです。
   それがだんだん、光の玉に戻っていく・・・。

   ちなみに、流産した子は、光のまま、帰ってしまうようです。

(3)子どもたちが言うには、”魂”にも”集団”があるらしいんです。
   で、しに代表選手が地上に降りていくそうです。

   そして雲の上から、その子の地上での冒険を
   みんなでハラハラしながら見ている。

   というのは、その子がした経験を、後でみんなで共有できるからです。
   その子がレベルアップ(魂的に成長)すれば、
   みんなも成長できるし、

   レベルが落ちていけば、みんなで落ちていく。

   だからハラハラして見ているのです。

(4)地上に降りていくときはみんな輝く光の玉なのですが、
   戻ってきたときに、もっと光輝いている魂もいれば、
   同程度の輝きの魂もいれば、真っ黒になって、帰ってくる魂も
   いるそうです。たまに帰ってこない魂もいるそうです。

(5)「みんな、死んだ後は、光になって、空の上に帰らないといけない」
   「より光り輝いて戻るためには、陰徳を積み、人生を楽しむという
    目的をはたしていればいい」

    ―― そう知っていると、人生の向き合い方、
   死にゆく人への向き合い方も変わってくるんじゃないでしょうか。

(6)亡くなった方を見送る際に、「あなたがいたおかげで、
   私たちはずいぶん助かりました」という思いを向けたら、
   魂はより光り輝いて、空の上に戻れるのです。

   空の上では、光り輝いて戻ってくるのを、みんなで待っています。

(7)流産をしたときに涙を流して、「帰らないで」とお願いする
   お母さんは多いのです。

   でも、そうすると、帰れなくなってしまう子もいるようです。

   自分のために「行かないで」と泣くのではなく、
   (6)のように送り出してあげたらいかがでしょう?

   「流産して、早く帰っちゃったから、お母さん悲しいの」と
   言われたら、その子の魂も心残りで、輝けないんじゃないか
    ―― 私はそう思うのです。

            <感謝合掌 平成30年2月8日 頓首再拝>
24:伝統 :

2018/02/09 (Fri) 17:56:42


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P52~56)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

(1)魂が、いつ肉体に入るかについては、
   子どもによって言うことが違います。

   10週目だとか、5か月で安定した時期に入るだとか、
   ケースバイケースのようです。

(2)あの世に帰るタイミングは、様々です。

  ①流産して、お母さんのおなかの中からすぐ帰る子もいれば、
   死産で、生まれた瞬間に帰る子もいます。

   あるいは100歳まで生きる人もいます。

   でも、それって、”生まれてくる前に決めている”んじゃないかな?
   と私は思っています。

  ②もともと、「超短期旅行をしよう」と決めてくる子もいるのです。
   だから、お母さんが嘆き悲しんでも、子どもにとっては
   順調な短期旅行だったのかもしれません。


  ③流産したお母さんが、「私が悪かった、私が悪かった」と、
   毎日、自分を責めていると、赤ちゃんは、困ってしまうようなのです。

   そではなく、「短い間でしたけど、来てくださって、ありがとう」
   と念じていると、亡くなった赤ちゃんも、うれしいだろう、
   と思うのです。

  ④流産した場合には、おなかの赤ちゃんの心臓が止まって、
   体外に出て来るまでにかなりの時間がかかるケースがあります。

   そうした場合は、心臓が止まった後も、その子の”魂”はお腹の中にいて、
   その間に、”お母さんが見て、感じたもの”を「自分の経験」として
   味わって、おみやげとして空の上に持って帰れるのだそうです。

   空の上の子にとっては、肉体を持つという経験はとても
   貴重で大切な体験であり、思い出のようなのです。

   ですので、亡くなった赤ちゃんが体外に出てくるまでは、
   おなかの中の”魂”に語りかけながら日々を生きたら良い
   と私はアドバイスしています。

   とにかく、この世にどれだけとどまるかは、
   お母さんが決めるんじゃないのです。
   赤ちゃんがそれぞれ決めて来るのです。

   ですから、その子が決めたことを、尊重してあげたらどう?
   と思うのです。
   
            <感謝合掌 平成30年2月9日 頓首再拝>   
25:伝統 :

2018/02/13 (Tue) 19:59:35


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P56~63)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

(1)子どもたちはみなさん、それぞれ生まれてくるのに目的があって、
   何をしにきているのかあらかじめ決めているようです。

(2)それで、子どもたちは、自分の目的に沿った行動をとりたがるわけですが、
   それを親が「ダメ」と言うことがあります。

   そうして、子どもの進路を変更させたりする。
   でも、それでは、子どもが生まれてきた目的に合致しないことも
   出てくるんじゃないでしょうか。

(3)それに対して、魂の存在を知り、その魂ごとに計画があり、
   目的があって、この世にやって来ているのだと、知っていると、
   子どものやりたいことと今置かれている環境や性格などが、
   全部つながってきて、違う世界が見えてくるわけです。

(4)この地上世界には、いろいろなアトラクションがあるので、
   みんなが好きなところを選べばいいんじゃないですかね。

   魂のレベルが上がってくると・・・だんだん、同じようなことを
   何度も経験してくると、同じアトラクションに乗っているのに
   魂が飽きてくるんですね。

   自分の魂のレベルや質にあったアミューズメントパークを
   自分で選んで、のりこなそうとしてくるんですね。

   で、自分で選んだアトラクション(試練)なら、
   たぶん、自分には乗りこえられないはずがないのです。

(5)人生では予期しない、イヤなことが必ずやって来るんです。

   試練が来たら、自分が生まれてくる前に選んだアトラクションだと
   思って、そこで何かを学ぼうとするのが良いと思います。
   そすれば、より多くを学べると思うからです。

   その試練を、楽しかったと思えるか、つらいだけと思うかは、
   人の感性とか考え方によって変わります。
   それは、どっちがいい、悪いではないと思います。

   楽しんでもいいし、こわがってもいい。
   それぞれで、学べるものが違うからです。

(6)たとえどんな人生であっても、途中リタイアー(自殺)せず、
   十分、自分の人生を生ききったぞ、と。
   アトラクションを乗りきったぞ、最後のゴールまで行ったぞ、と。

   そうしたほうが、人生は楽しかったと思えるのでしょう。

(7)誰かの死を看取る方にお願いしたいのは、あちらの世界に旅立つ人が、
   あちらの世界で「すばらしい人生だった」と胸をはって言えるように、
   
   「人生で一番楽しかった思い出は何? 」とか

   「人生で一番うれしかったことは何? 」などと、

   人生のすばらしさを旅立つ前に思い出すよう話しかけてみることです。
   (脳死状態でも、ちゃんと聞いていますので、耳元で話しかけて
    あげてください)

            <感謝合掌 平成30年2月13日 頓首再拝>  
26:伝統 :

2018/02/16 (Fri) 18:02:15


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P63~72)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より抜粋

(1)空に帰った魂は、(苦しかった経験や楽しかった経験を含み)人生の体験を、
   みんなで共有している「記憶のデータベース」に記録できるようなのです。

   そうすると、他の魂も、その体験を味わえるんですね。

   中には、「よし、他の魂がした失敗を、自分の経験として、
   次の地上世界でクリアするぞ、克服するぞ!」
   なんていう魂も出てきます。

   つまり、誰かの悪因悪果の鎖を、他の魂が断ち切ってみせるという
   ゲームも行われているようなのです。

   我々が生まれてくる理由には、このような因果解消のゲームを通して
   体験したことを、空の上の「記憶のデータベース」に持ち帰ることだ、
   という面もあるのです。

(2)自殺は、当然ながら、しないほうが良いでしょう。

   たとえば、大学受験に於いて、自分の実力はほんとはそこまでないけど、
   入っちゃった、というケースがあります。

   すると、間違って入っちゃったから、相当苦労して勉強しないと
   追いつけない。

   
   自殺する人というのは、(地上学校に)自分で入ったのに、
   この大学は難しすぎる、こんなのイヤだと言って、辞めっちゃった人
   なんですね。

   その大学に入りたい人は、実はいっぱいいたんですよ。
   でも、その人が入ったことで、一人、入れなかったんです。


   自分がこの世に生まれてきたということは、
   多くの魂を押しのけてきているわけなんです。

   もう、あなたは、この世に生まれてきただけで、
   超エリートなんですよ。

   だとしたら、超エリートなりの責任があると思うのです。

   この世を生きる特権を与えられているわけです。

   
   また、この地上に、人として生まれてくるにあたって、
   多くの精子や卵子の助けがあって受精に至っております。
   多くの死んでいったチームスパームとチームエッグスの
   仲間たちは期待しているんですよ。

   この子なら、くじけず、生き抜いて、試練を乗りこえてくれるだろう、と。

   ですから、みなさんは、その人生を多くの命たちに託されている、
   すでに選ばれた人たちなのですから、やっぱり自殺はせずに、
   自分を支えてくれた他の命の分までがんばらないといけないよね、
   と思います。

            <感謝合掌 平成30年2月16日 頓首再拝> 
27:伝統 :

2018/02/18 (Sun) 18:53:49


       *Web:雑誌「ゆほびか」編集長西田晋ブログ(2018-01-23)より抜粋

胎内記憶について、医師の池川明先生に取材したことがあります。

池川先生は、胎内記憶についての大規模な調査を行っています
(2002年の調査。長野県諏訪市の保育園や幼稚園で838人、
長野県塩尻市の保育園で、782人など) 。


池川先生は、こんな調査結果を教えてくれました。

(1)幼児の30%に、胎内記憶(お母さんのおなかのなかにいたときの記憶)がある。

(2)20%に、誕生記憶(生まれてきたときの記憶)がある。

(3)20%に、中間生記憶(お空の上にいたときの記憶)がある。


(中略)

胎内記憶をもつ子どもたちは、次のように語っています。

●子どもが、この世界に生まれてくる理由

(1)子どもは、親を選んで生まれてくる。
   親を助けるために生まれてくる (特に母親を助けるために)。

(2)子どもは、マイナスの連鎖を終わらせるために
   生まれてくる(闇を光に変えるために)。

(3)どもは、自分自身の人生の目的を達成するために生まれてくる。
   親だけでなく、みんなを幸せにするために生まれてくる(地球を愛で包むために)。

 (https://ameblo.jp/toru-nishida/entry-12346947568.html

            <感謝合掌 平成30年2月18日 頓首再拝> 
28:伝統 :

2018/02/25 (Sun) 19:47:40

息子が話した胎内記憶にびっくり!未来の兄妹のことも分かっていた?

        *Web:mamari(2017年03月16日)より要点の抜粋

現在5歳の長男、2歳の次男、1歳の長女の育児中です。

長女を妊娠中、長男が話したお腹の中にいた時の記憶にびっくり!

さらに、長男が描いた妊娠中の私の絵にもびっくり!

赤ちゃんはお腹の中のことを覚えている?感情もある?色も見えていた?

赤ちゃんの不思議が詰まっています!


《長男が話したお腹の中にいた時の話》

(1)お母さんの感情が心臓の動きとして胎児に伝わっていた。

(2)子宮とへその緒の存在を知っていた。

(3)長男は、3番目の胎児の性別を知っていた。

(4)3人が兄妹になることもわかっていた。


《お母さんの感想》

全ての子供たちが、うちの子のようにお腹の中の記憶を話してくれるとは限りません。

もしかしたら知ってはいるけど、話さないだけかも…そんな場合もあるかもしれませんし、
まったく覚えていないかもしれません。

でも、長男のこんな話を聞くと、赤ちゃんの聴覚も視覚も、そして記憶も本当にあるんだ!
と実感しました。

          (詳細は → https://mamari.jp/13294

            <感謝合掌 平成30年2月25日 頓首再拝> 
29:伝統 :

2018/02/27 (Tue) 19:32:50


         *Web:ルポ「胎内記憶」の不思議【後編】(2017.06.13)より抜粋

(1)とりやま櫂君の「ことば」

  ①「お母さんも頑張ってたから、僕も頑張った」

  ②生まれた直後の世界を、こう見事に表現した。

   「お母さんの顔が早くみたかったのに、生まれたばかり頃は
   目もあんまり見えなくて、世界がもわーっとして、
   耳も塞がってて、音もよく聞こえなかった」

(2)私を守るために生まれてきてくれた(中川直美さんと息子の琉生君)

  ①祖母が亡くなったときの、琉生君のことば

   直美さんが「さみしいなあ」と呟くと、琉生君は諭すように言った。

   「寂しくなんかないんだよ。お空に戻るだけなんだよ。
   お空では、赤ちゃんが(この世界に)降りてくる準備をしてるんだよ。
   だから2人がお空に帰ったら、交代で2人の赤ちゃんが降りてくるんだ」

  ②直美さんは、思わず「そうなの? 琉ちゃんもお空にいたの?」と聞き返した。

   「うん、お空にはね、雲がふたつあって、男の子と女の子が分かれて待っていて、
   神様が一緒に連れておりてくれるんだよ。
   僕も生まれる時は神様に連れてきてもらったんだよ。

   僕はね、お空に長くいたんだ。
   それで、“マイナス1歳”のときにママを決めたんだよ。
   みんな“マイナス1歳”のときにママを決めるんだ」


   「どうしてママを選んだの?」

   「ママが大好きだから」

  ③直美さんは、妊娠中に切迫早産と診断され、絶対安静の時期があった。
 
   元々の予定では、出産直前に実家に帰って里帰り出産する予定だったが、
   これにより3ヵ月も前に実家に戻ることになってしまった。
 
   しかし、当初はそんなに長く里帰りすることに対しためらいがあった。
   彼女は物心ついたときから、「実家に対して苦手意識があった」という。

   「私は長女として生まれたので、
   いつも『あなたは(長女なのだから)我慢しなさい』と言われていました。
   妹の方が母に似ていて、自分よりもかわいがられていると感じていました。

   そのせいか私はいつも孤独感を抱えて生きてきたのです。
   自己肯定感が低くて、自分を否定する気持ちが強かったし、
   生きる意味も感じてこなかった」
 
   大人になっても直美さんは、
   自分には価値がないと感じる“無価値観”に悩まされてきた。

   しかし、切迫早産という急を要する状況では、
   赤ちゃんの命がかかっているので選択の余地はなかった。
   結局は3ヵ月間も実家に身を寄せ、近くの病院で出産した。
 

   最初は気が進まなかった長期の里帰りだったが、予想外の副産物があった。
   その3ヵ月の間に、母親と気持ちが通じ合えたのだという。

   「出産の時も、元旦那さんは出産に立ち会えなかったので、
   代わりに母がずっと手を握ってくれて、琉ちゃんを産みました」
 
   その時、「琉ちゃんは、お母さんとの関係をよくしてくれるために来てくれたのかな、
   ありがたいな」と感じたそうだ。
 
   それでも、7年という結婚生活の間、直美さんの無価値観が消えることはなかった。
   しかし、息子との二人暮らしになった今、徐々にその無価値観が和らいできた
   と感じている。

   職場にも友人にも恵まれ、実家の家族にも支えられ、
   人生を前向きに捉えられるようになった。

   なによりも大きいのは、琉生君の言葉だそうだ。

   「琉ちゃんは、『ママが大好きだから、ママを選んだ』、と言ってくれました。
   ありのままの自分でも大好きって言ってくれる人が側にいる。
   おかげで、私は変わることができた。
   だから琉ちゃんは、私を助けるために生まれてきてくれたのかなあと今は思います」

     (http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51952


<関連:赤ちゃんは生まれる前からママのもとに「来たい」と強く願っている
    ルポ「胎内記憶」の不思議【前編】
    → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51951 >

            <感謝合掌 平成30年2月27日 頓首再拝> 
30:伝統 :

2018/04/29 (Sun) 19:04:55


         *「ありがとうの奇跡」小林正観・著(P150~153)より

40年の間に、22人の「生まれる前の記憶を持った子ども」に会いました。
その子どもたちがが決まって言った「共通項」が、
「上からお母さんを見下ろしていた」ということでした。

子どもたちに「生まれる前の状況」を聞いてみたところ、

「お母さんがさみしそうだから、話相手になってあげようと思った」

「お母さんが泣いていたので、かわいそうで味方してあげようと思った」

「お母さんを元気づける為に生まれた」

と話してくれました。

子どものひとりは、「妹」のことを話してくれました。
後ろを振り向いたら妹がいて、

「あの人たちの子どもに私たちは生まれるのよ。私もすぐ行くね」と
妹が言ったそうです。

その後、
「妹の姿が見えなくなって、さみしくて泣いちゃった」
と教えてくれました。

妹は「すぐ行くね」と言ったそうですが、
妹が人間の世界に生まれてきたのは、2年後だったそうです。


この22例の子どもたちは、お互いに情報を共有したわけでも、
つくり話をしたわけでもありません。

親同士も、子ども同士も知り合いではありません。
それなのに、どの子も、
「お母さんを喜ばせたいと思ったら、生まれてきた」と話してくれました。


そうやら、子どもは、

「母親の味方をしてあげたい」
「母親を励ましたい」
「母親の話し相手になってあげたい」

と思って、生まれてくるようなのです。


もしかしたら、すべての子どもたちが、母親を励ますために、
母親の話し相手になってあげるために生まれてきているのかもしれません。

もし、そうだとしたら、母親は、
子どもを怒鳴ったり怒ったりできるでしょうか?

「母親を励ましに来てくれた子ども」という認識を持って、
自分の子どもを見直してみてください。

子どもは、ありがたい目で、優しい目で、
母親を見つめているのではないでしょうか?

母親がつらいとき、困ったときに、何気ない会話で、
励ましてくれたのではないでしょうか?


子どもは、母親を励ましにきたらしい・・・。
そのことがわかってくると、子どもに対して怒る、怒鳴る、
ということがなくなると思います。

母親が偉そうではなく、説教がましくもなく、優しい心を持って
子どもと接することから、あたたかい母子関係がはじまるのです。

<参考Web>

(1)子どもは「母親の話し相手」として生まれてきた
   → http://yaplog.jp/svaha-world/archive/282

(2)全ての母親に伝えたい
   → https://blog.goo.ne.jp/mg2sanmai/e/cfe98cdb686bceda84717e26cf7661dc

            <感謝合掌 平成30年4月29日 頓首再拝> 
31:伝統 :

2018/04/30 (Mon) 18:31:02


         *Web:cakes(2016年4月14日)
              ~エッセイ「池川明」   より


子どもたちが語ってくれたエピソードをご紹介します。

【子宮の中の様子】 

「あったかくて、気持ちがよかった」
「くらかった」
「オレンジ色」

「狭かった」
「泳いでた。ゆらゆらしたよ。お水はあったかくて、
ちょっとしょっぱい。ごくごく飲んだよ」
「パンチ! とかキック! とか、たくさんした」

「おなかに紐がついていて、振って遊んだ」
「おなかの中では、うんちやおしっこを飲んで、また出していたんだよ」
「ママが『いたい』っていうから、かわいそうだったから、あんまり動かなかった」

「お腹の中になにかあったでしょ。
大きくなってつぶされたらどうしようと思って、こわかった」
(お母さんには、子宮筋腫がありました)

「ママのおなかは臭かった」(お母さんはタバコを吸っていました)

「お酒やコーヒーを飲むときは、赤ちゃんにことわってね」
(お母さんの食べたものの味が、羊水に反映されるようです)



【子宮の外の様子】

「パパは、『象さん 象さん お鼻が長いのね』って歌ってたね」
 おなかの中から、おへその穴をとおして外が見えた、という子もいます。
 お腹の赤ちゃんだけが持っている特別な力なのだそうです。

「お母さんとお父さんの結婚式のとき、手をつないでいるのが見えた」
「お母さん、横になって、海を見てたでしょ」
 (話してくれた海の景色は、お母さんが実家の佐世保に帰ったときの様子にそっくりでした)

「ぼくがおなかにいるとき、お店(スーパーマーケット)でしんどくなったよね。
お店の人が車でおうちまで送ってくれたね」

「ママ、あれ面白かったね。むかしむかし、じーじとばーばと怖いテレビみたじゃん。
ママのおなかの中にいて、聞いてたよ」

 お腹にいるとき、お父さんにたくさん話しかけてもらった子は、
 産まれてからお父さんをすぐ見分けて安心して抱かれ、なつく傾向が強いようです。

 反対に、超音波診断で女の子とわかり、その報告を聞いたおじいちゃんが
「なんだ、女か」とお腹に向かってつぶやいたことがありました。
 その子は、普段は愛想がいいのに、そのおじいちゃんに抱かれたときだけ
 イヤ~な顔をするとか。どうやら声を覚えていたようです。


【生まれるときの様子】

「そろそろ外に出ようと思って、出てきた」
「お水の中がせまくて、まっくらだったから、生まれることにした。
ぐるぐる横に回りながら、頭から出てきた。気持ちよかった」

「蛇みたいなものと一緒に、おなかの中からくるくるでてきたの」

「(へその緒を)自分でほどいて出ようとしたのに、
お母さんが慌てるから首にしまってきて、苦しかったよ」
(陣痛促進剤を使ったため、お産が急に進みました)

「(生まれたとき)なにかのどに詰まって、オエッオエッてなったよ」
(のどに詰まった羊水を吸引するチューブのことのようです。
医者はよかれと思って処置をしますが、赤ちゃんには迷惑なのかもしれません)

「先のとがったノコギリで、ジジジーって、おなか切ったから出てきた」

「帝王切開で生まれたとき、私はおなかの中で寝ていました。
取り出され、外の明るさで目が覚めたのです。
左上の小窓から、光が下に差し込んでいました」
(大人になってからも、誕生記憶を保持している人の話です)


【精子や卵子のときの記憶】
 
とても珍しいのですが、自分が精子や卵子だったときのことを
語ってくれる子どもがいます。
記憶や精神活動は、脳の神経細胞の働きだと私たちは考えていますが、
一つ一つの細胞にも宿っているのかもしれません。

確かに日々新陳代謝を繰り返し、病気や怪我と闘う細胞の様子は、
実に精妙で的確で、〝意志”があるように思えます。

「いつの間にか、イトミミズみたいなのになって、
それはものすごくたくさんいて、肩とかにバシバシあたる。
ぼくは、数えきれないほどいっぱいあるうちの一つ。
レースしているみたいに、泳いで走っている。それで、ぼくが一位になったみたいな感じ。
そうしたら、たまごになった。他のイトミミズはどこに行っちゃったのか、僕は知らない」

この男の子は、さらに卵が分割しだんだん胎児として育っていくプロセスや、
子宮の中の様子も語ってくれています。
専門家でなければ知ることのない、ヒトの発生のメカニズムを正確に表現していました。

「お母さんが赤ちゃんのときから、私はおなかにいたんだよ。
とても小さかったから、お母さんは気づかなかったでしょ」
(女性の卵巣の中には、赤ちゃんのときから100万から200万個の卵母細胞があります)

「卵子だったとき、精子がたくさん押し寄せてきたのがこわかった。」

    (https://cakes.mu/posts/11302

            <感謝合掌 平成30年4月30日 頓首再拝> 
32:伝統 :

2018/05/03 (Thu) 17:11:35


       *Web:柴田典子の葬儀の話でごめんなさい(2008年08月07日)より

池川先生は、産科医としてお産や子育てに役立つようにと
胎内記憶、誕生記憶の調査を続けていくうちに、
不思議な記憶を持つ子供たちと出会うようになりました。

それはお腹の中に宿る前の記憶です。

子供たちはお腹に宿る前、雲の上で天使や妖精や神様と暮らしていたと話します。
子供たちは世界中を見回して、たった一人の女の人を見つけ出します。
その人をかけがえの無いお母さんに選びます。そ

して、居心地の良い雲の上を離れて、この地上にやってきます。
お母さん、お父さんに「大好きだよ」と伝える為に。

生まれる前の記憶が本当か本当でないか、議論はひとまず置いておきましょう。

ふつう記憶とは、脳細胞に蓄えられた情報と考えられます。

一方、出生前心理学の第一人者デービット・チェンバレン博士は
「記憶はある程度成長してから身につくものではなく、初めから私達と共にあるもの」
と述べています。

お腹に宿る前の記憶に興味を持った私は、
記憶を持つ子供たちにインタビューをしましたがそれは驚きの連続でした。
人は何故生まれてくるのか、家族とは何なのか、想いをめぐらすヒントになれば幸いです。



池川先生は本の中でこんな事を書かれています。

その子供達の記憶のほんの一部を紹介します。

「魔法使いに連れられてきたの。キラキラした温かい道を歩いて。
その道はまっすぐでずっといくとパパとママのお家に着くんだ。
そのとき隣の道を歩いている女の子が『じゃーね。またね』って言ったの
。眠くなると魔法使いが抱っこして飛んでくれた。
決められた道を決められた赤ちゃんが行くんだよ。ぼく専用の道なんだ」
(4歳男子)


「雲の上にはこんな小さい子供がいっぱいいて、
これくらいの大きい人が世話をしてくれて、
小さい子達は空の上から見てて、あの家にきめたって降りていくんだ。
で、僕もお母さんのいる所に決めたんだ」(3歳男子)


「僕ね雲の上にいてね、アー、あそこの家がいいナーって思ってきたんだよ。
ここに来て良かった」(2歳男子)


「パパとママを選んだんだよ。ずっと待っていたんだよ」
(2歳男子。母親は結婚してから5年間子供をつくらなかった)


「ながーい滑り台を滑ってきた。滑り台は虹色に光っていてあつかった。
地球が見えてきたからもうすぐお母さんの所につくと思った。
途中で別れ道があったけど迷わず来た。
もうひとつの道に行くと別のお母さんの所に行くんだ」(5歳男子)


「僕は男3人で仲間になって、皆でどこのママに行こうかって考えて、
このママのところに来たんだ。やさしいママだから選んできたんだ」(2歳男子)


「私は女優になりたかったからママを選んだの。
お空からいろんな階段があっていろんなママにつながってたけど、
ママが一番きれいだったから。ママがこういうところで、こういう服を着て、
しいたけに手を伸ばした時に入ったんだよ。
ママのお腹に入ったとき長いヒモがあって自分でお腹にくっつけたの。簡単だよ」
                       (5歳女子)


「お母さんは紺に白い水玉模様のワンピースを着て、道を歩いていた。
雲の下に踏切があって、車の通る所があって。
お母さんを見てこの人にしよう思った。
他の人もよく見えたけど、なんかお母さんに目が行って、
すぐに雲の上から飛び込んで言った」
(11歳女子。お母さんは紺色に白い水玉のマタニティーを妊娠8ヶ月くらいから着ていた。
踏み切りも思い当たる場所があるという)


「妖精さんと空を飛んでさがして、ママが一番良かった。
パパも見た。おじいちゃんやおばあちゃんとかみんな見てよかったからお腹に入った」
(6歳男子)


「雲の上では列みたいにならんで歩いてた。
病気で生まれるか元気な子で生まれるか絶対に決めなくっちゃ生まれないから、
決めるためにならぶ。
神様は雲の上のまた上の教会にいて元気で生まれるか病気で生まれるか聞いたり、
死んで雲の上に戻ってきた人にはよい事をしたか、悪いことをしたか聞いたり、
よい事をした人はほめてもらって、ちょっとの間、行きたい所にいかせてもらえる。
悪いことをした人はまた生まれてよいことをしなきゃいけないけど」(6歳男子)


「赤ちゃんはいろんなことに役立つように生まれてくるんだと思います。
お母さんやお父さんの役に立つように。
流産しちゃう子は外の世界を早く見たいって気持ちから生まれちゃう事が多くて。
それで目的を果しちゃうと帰っちゃう。
後は命の大切さを知らせたいとか。
流産する赤ちゃんも役に立っている事が結構あって、
それで赤ちゃんもうれしいって気持ちがあります」(12歳女子)


「僕が生まれてきた意味はお母さんとお父さんが結婚して
子供が生まれないとすぐ喧嘩して離婚する可能性があったから、
それを止めなきゃっていう意味で生まれてきた。
離婚するより一緒のほうが幸せだったから。
他にも使命って言うか、そういう意味で生まれた子は少なくない。
さびしい家庭になるから、自分が生まれて楽しい家庭になろうとか」(13歳男子)


「雲の上では弟と仲良しで弟が並び順で後ろだったから。
でも順番待たないでビューンって一番前に行っちゃう子もいる。
そういう子はどっかケガデ死んじゃうことかもいる。
自分で行きたい、行きたいって、先行っちゃって、どっか病気だったり。
病気でもいいから早く行きたくて行っちゃう」(6歳男子)

   (https://blog.goo.ne.jp/shibatanoriko/e/e2b1cb5cc507743b2014d3d7f6cdf567

            <感謝合掌 平成30年5月3日 頓首再拝> 
33:伝統 :

2018/05/07 (Mon) 19:14:32


       *Web:いのちを紡ぐ~たいわEVERYDAY(2017-02-12 )より

そもそもこの絵本の内容は、
私の知人の娘「ふぅちゃん」が語ってくれたお話です。

当時ふぅちゃんは5年生で、
もう、言葉も知識も人柄もはっきりしてました。

でも、生まれる前のことを覚えてる、
胎内記憶のある子だったのです。

ふぅちゃんと出逢うほんの少し前に池川先生と出逢い、
「胎内記憶」の存在を知った私は、
池川先生に同行されていた今では我が師匠である、
南山みどり先生の学びを始めようとしていた時でした。

小学生になったころから「生きづらさ」のようなものを感じていた私は、
「胎内記憶」
という考え方と、

みどり先生の説く
「たいわ」に、
どれほど救われたかわかりません。

「胎内記憶」
という考え方を通すと、
自分のいのちは自分以外のものの力でこの世に生み出されたのではなく、
自分の意思をもってこの世に生まれたいのちであると、表現できます。

私は、その確信を持った時に、
たくさんの子どもたちにこの考え方(胎内記憶)を伝えたい!!!
と、強く思ったのです。

そこで・・・
一緒にお仕事させていただいていた、
絵本作家のひだのかな代さんにお願いして、
ふぅちゃんのお話を絵に描いてもらうことにしました。

最初、ひだのさんは、
「私、人物描けないから!!!」
と、言って、半ば断られました。

が!!!!
次回会ったときに、
「こんなんでよければ・・・・」
と、試し描きの絵を見せてくれたのです。


その時、今の絵本を見て、
皆様が感じたことと同じことを感じました。

「この絵が、このストーリーが、
必要な人のいのちのスイッチを押すはず!!!」

そして、ひだのさんが完成させてくれたこのストーリーを、
映像絵本としてBGMをつけ、小さい女の子のナレーションをつけ、
映像絵本としての教材を作りました。

そして、たくさんの幼稚園から小学校や中学校、高校にお邪魔して、
この絵本の映像版を教材として子どもたちに見せました。

時には、教育現場の方から、
その内容を強く否定されることもありました。

でも、子育て支援の講座などでは、
多くのお母さんたちが目に涙をいっぱいため、あたたかい美しい涙を流し、
講座が終わるとまっしぐらに我が子にかけより、
抱きしめる姿を何度も目にして、

やっぱり大事な絵なんだ・・・
と、実感していました。

そして・・・・・
なんのご縁か、「バースカフェ」という場所で、
たくさんの方に見て頂くことになり、
ここまで多くの方に応援して頂く形になったのです。


ふぅちゃんに出会い、
ひだのさんに絵を描いてもらって、
教材として皆さんに見てもらうようになって早5年。

5年の時は、この絵本を受け入れて頂く、
大切な5年間だったと思っています。


http://ameblo.jp/karinyuchan/entry-12247066428.html

            <感謝合掌 平成30年5月7日 頓首再拝> 
34:伝統 :

2018/05/11 (Fri) 18:36:05


         *「うまれるまえのおはなし」ひだのかな代(えとぶん)より
           ぶん を抜粋

うまれるまえ

わたし くものうえにいたの
すごく きれいな ピンクいろの くも

わたし ひとりじゃないよ
かみさまや おともだちも いっぱい


かみさまは さいしょ
わたしたちの たましいを つくるんだ


そして たましいの おせわを しながら
うまれてからのことを
いっしょに かんがえて くれるの


あるひ かみさまが
「おかあさんを きめようね」って
いろいろ アドバイスしてくれて
わたし おかあさんを えらんだんだ


あかあさんを きめたら
わたしたちは からだ をもらうの


くものうえから あかあさん みえたよ
「あのひとが わたしの あかあさんだね」って
いったら
てんしが にこにこ うなずいてくれたの


そのあと プレゼントが たくさん
おいてあるところに いって
「このなかから ひとつだけ あかあさんに
もっていってあげなさい」って
かみさまが いったの


いろんな いろの プレゼント
なかには キラキラ ひかっているのもあって
「これは びょうきというプレゼントだよ」って

ゆうきあるこは それを えらぶんだけれど
わたしは えらべなかった


あかあさんの ところに くるひ
もらったプレゼントを からだのなかに しまったら
みんな すきなやりかたで おりていいの
わたしは にじのすべりだいで きたんだよ


これは うまれるまえの おはなし
みんなは すこしずつ わすれてしまうけど
わたしは”わすれない”という プレゼントを
くものうえで もらったから


え?  どうして あかあさんを えらんだのかって?
それはね
おかあさんの えがおが いちばん
かわいかったからだよ

            <感謝合掌 平成30年5月11日 頓首再拝> 
35:伝統 :

2018/05/19 (Sat) 18:57:28


         *Web:うまれる ~胎内記憶の体験談 より

私には今3人(7歳5歳1才)の子供と今お腹のなかに赤ちゃんがいます。

一番上の長女と二番目の長男の胎内記憶の話を書き記したいと思います。

一番上の長女が当時1歳すぎのお喋りさんのときに胎内記憶を聞きました。

ママのお腹にいたときのこと覚えてる?と聞くと

うん。

どんなだった?と聞くと

暗くて暖かい、ドッドッて音がして
お風呂の中にいたみたいだった。

と答えました。

ママのお腹の前にどこにいたか覚えてる?
と聞くと

白いお髭のおじいちゃんとお話ししてた。

あと赤ちゃん3ついたよ。
それからじゃんけんぽんした。

といっていて

みっつって3人いたの?と聞くと

うん!女の子と男の子2つと3ついたよ。

男の子とじゃんけんして、私が先に滑り台したの。
と,,,



その後に妊娠がわかり、産まれたのが長男でした。

長男が産まれたとき娘は2歳後半で
産まれた赤ちゃんをみてニコッと笑って
この子じゃんけんぽんした子だよ。

やっと会えたね。といいました。

その時はとても驚きました。

長男が産まれてもうすぐ3歳のとき
長女と話したときの事を思い出して長男にも同じことを聞きました。

ママのお腹にいたときのこと覚えてる?
と聞くと、うん。

どんなだった?と聞くと

あったかいの。ママの声聞こえたよ。

ぶんちゃんって
(妊娠当時お腹にかけてた言葉です)

そんな話してなくて驚きました。

続いて

ママのお腹に来る前のこと覚えてる?
と聞くと うん。

どこにいたの?と聞くと

白いお髭のおじいちゃんとお話しした。
あとおとこのことおんなのこ。

ママにあいたいよってゆってたけど
僕がすべった。と。

そして続けて息子は、
ママのお腹に赤ちゃん来るよ、まだだけど男の子だよ。
と言いました。

その話から2年たって、
出来た赤ちゃんは本当に男の子でした,,,

今1才の次男は、
おしゃべりがなかなか上手に出来ず聞けてませんが

今お腹にいる赤ちゃんは女の子で、
長女と長男の言うとおりの性別で、
お腹にやって来てくれたんだなと思いました。

そして、この子たちは
私をちゃんと選んできてくれたんだと思いました。

このことを忘れないように、
上の子二人には絵本をつくってあげました。

将来子供が出来たときに
渡してあげられたらなぁと思っています。

今考えてもとても不思議で、
とてもいい体験をしたなぁと思います。

   (http://www.umareru.jp/experience/16-all-comment-t.html

            <感謝合掌 平成30年5月19日 頓首再拝> 
36:伝統 :

2018/05/24 (Thu) 19:11:34


         *Web:うまれる ~胎内記憶の体験談 より

子供の胎内記憶や前世記憶に興味があり、
聞くのは1回が良いなどと聞いていたので、

きちんと話せるようになり、
自分から話してくれるタイミングを伺っていました。

4歳の娘とお風呂に入っていて、赤ちゃんごっことして、
体を丸め、私が抱いてお湯にゆらゆらしている時、

「赤ちゃんの時はこうやってお腹にいたんじゃない?」と
何気なしに言うと、

「そうだよ~。ピカピカのお腹だったの。
オレンジと黄色のお日様色!」

と、話し始めました。

これはチャンスがきた!と思い、
娘の語りの邪魔をしないように、
ゆっくり話してみました。

私「お腹の中にいる前はどこにいたの?」

娘「上にいて、優しそうだな~美人だな~って
お母さんを見つけて、突入~ってお腹に入ってねんねしたの。」


私「どうやって選んだの?誰かに言われたの?」

娘「自分で選んだよ。」


私「上ってどこのこと?」

娘「雲の上だよ~! お空のね。」


私「そっか~。すごいね~」

良く聞く「雲の上」「お母さんを選んだよ」というワードに、

娘も記憶あるんだなと思っていたところ、
ぎょっとするようなことを言われました。


娘「今のお母さんの方がず~っと優しい!」

・・・今のお母さん??

私「じゃあ、前のお母さんもいるの?」

娘「そうだよ。前のママはね、嫌だったママなの。
  何もしてないのに叩くの。だから嫌だな~って。

  それでね、子供で上に行って、
  優しいお母さんを見つけて赤ちゃんになったの。」


私「子供って何歳のこと?」

娘「2歳だよ。逃げ出したの。だから今は良かった~って思ってるんだ。」

私「お母さんも○○が産まれてきて良かった~って思うよ。」


前世に何があったんだろう?!
と気になることがいっぱい過ぎるのですが、

これ以上聞いてしまうと話しを盛り出すと思ったので、
こちらから聞くのはここまでにしました。

いつかまた、話してくれる日が来るのでしょうか。

不覚にも美人と子供に言われ、
うきうきしてしまった母でした。

4歳の女児って、可愛いとか美人とか良く言うのに…(笑)

      (http://www.umareru.jp/experience/16-all-comment-t.html

            <感謝合掌 平成30年5月24日 頓首再拝> 
37:伝統 :

2018/05/28 (Mon) 19:06:34


         *Web:うまれる ~胎内記憶の体験談 より

昨日、4歳9ヶ月の長男を寝付かせようと、
一緒に布団に入り
「お母さんのところに生まれてきてくれてありがとうね」と言った途端、
喋り始めた息子。

「お空の上から来たんだよ。
○○ちゃん(3歳4ヶ月の弟のこと)とジャンケンして、
ボクが勝って降りてきたんだよ(にこにこ)」

以前、まだ3歳のころ、
お母さんのお腹の中どうやった?と聞くと
「ふわっふわ!」と答えたことはあったものの、

そんな話、私が言い聞かせたことあったっけ?
と疑問を抱いていると、
出るわ出るわいろんなお話。


以下、箇条書きで話したことをまとめます。

●どうやってお母さんのところに来るって決めたの?

→ ○○ちゃん(弟)が決めた。
ほかのおウチは、ケンカばっかりしてたけど、
ここはケンカしてなかった。
○○ちゃんが「良い家!」って言って、決定ボタン押した。
テレビは、住んでたおウチの2階の天井の上の方にあって、
リモコンで選んだ。

テレビの真ん中に決定ボタンがあったけど、めっちゃ硬くて、
一緒に住んでた男の人に押してもらった。

お母さんも見えた。洗濯物してた。
(確かに私は妊娠中、料理はめったにせず洗濯係でした!)

3月(長男の誕生月)に○○ちゃんとジャンケンした。
○○ちゃんがパーでボクがチョキで勝って、
じゃ、明日行くねっ、また後でねって言って降りてきた。


●2人のほかにもいたんだ?
→ ちっちゃい子がいた。男の子。
(あと1人授かれたらと思っていますが、女の子希望。次も男の子か!?)

そのちっちゃい子は0歳が終わって、1歳くらい。
○○ちゃん(弟)とケンカばっかりしてた。
ボクとはしなかった。

そのちっちゃい子のお父さんとママかな、
お父さんとお母さんと5人家族だった。


●ちっちゃい子の国では、誕生日が今と違った。
(自分と弟と、もう1人いたちっちゃい子の分と、
なぜかはっきり日付まで言いました。)


●ちっちゃい子の国は、カードがないと入られない。
ちょっとおっきい子の国もある。
おっきい子の国は、カードがなくても入れるし、スーパーもある。
人がいっぱい。スーパーでカートがちゃんと押せないくらい。


●ちっちゃい子の国は、上の方、雲の上にある。
雲は乗るとすぐ落ちちゃうから、
落ちないやつをシュッシュってかけて乗ってた。
(ドラえもんの見過ぎか!?笑)


●ちっちゃい子の国は、10月1日から雪が降った。
5月から8月は梅雨だった。
2月から4月は春だった。
春の花がいっぱい積もった。花で遊べたし、拾えたし。


●ちっちゃい子の国から、どうやって降りてきたの?
→ すべり台できたの「するる~ん」て。
長いすべり台だった。楽しかった。2台ある。
お腹とすべり台とつながってたから、お腹の中に入れた。
(道のりの途中、すべり台や階段が複数があったことなど、
お腹までの道のりを細かく説明してくれました。)


~翌朝~

長男「○○ちゃん(次男)とジャンケンしたよね!ね!
   勝ったよね!ボクがチョキで・・・」

次男「ちがうよ!(合ってるし!?)ボクが負けたんだよ!
(右手をパーにしながら真剣なまなざし)」


弟も覚えている!?
しかもジャンケンで何出したかまで?

・・・と、その夜、長男坊は30分くらい、
ずっと喋り続けて教えてくれました。

なんか壮大な映画を見たあとのような感覚で、
今もその衝撃(?)に浸っています・・・。

欲を言うと「お母さんが可愛かったから来た」
とか言われてみたかった私です(笑)

       (http://www.umareru.jp/experience/16-all-comment-t.html

            <感謝合掌 平成30年5月28日 頓首再拝> 
38:伝統 :

2018/05/30 (Wed) 20:25:03


        *『仕事が夢と感動であふれる5つの物語』福島正伸・著(あとがき)より

私はある日、一枚の写真を目にしました。

それは一人の難病の女の子の写真でした。

その子の姿は、頭や体のあちこちに器具が取り付けられ、
見るに堪えないような姿でした。

彼女の病気は、進行性のため、一年に一回か二回は大きな手術をするのです。

それがうまくいかなければ、命を落とすこともあるそうです。

彼女のお母さんは、彼女を見るといつも、

「なんでうちの娘だけが、こんな姿にならなければいけないの?」

と泣き崩れていたそうです。

それで彼女はお母さんを元気づけるために、
いつも笑顔でお母さんを迎えるようになりました。

そしてお見舞いに来る人にも、笑顔を見せるのです。

ですから、私が見た写真も彼女の笑顔だったのです。

そのうちに、お母さんはどんどんやせ細り、ただ泣いているようになりました。

その姿を見かねて彼女は、お母さんが来ると、ウソをつくようになったのです。

「痛いでしょう?」と聞かれると、「痛くない」と笑顔で言うのです。

しかし、お母さんが帰ると、「痛い、痛い」と泣き出すのです。

「夜も寝られないでしょう? 」と聞かれれば、
「よく寝られるよ」と言うのですが、
彼女の病室からは一晩中うめき声が続いています。


また彼女は童話が大好きで毎日読んでいました。

そのうちに自分でも童話を作るようになりました。

それはすべてお母さんを元気づけるお話ばかりでした。


その中に、『強い子』というお話があります。

彼女が生まれる前のお話です。

ある日彼女は神様に呼ばれました。

神様のところに行くと、既にたくさんの赤ちゃんたちが、並んで待っていました。
そして、一人ひとりがプレゼントを神様からもらっているのです。

「この町に生まれたい」と言えば、お金もちの家に生んでくれます。

どんな夢でもかなえてくれるのです。


そして、とうとう彼女の番になりました。

しかし、そのとき彼女は、自分が欲しいプレゼントが決まっていませんでした。

ふと見ると、神様の後ろに、
「重い病気」というプレゼントがあるのを見つけるのです。

彼女は神様に

「これは誰がもらえるの? 」

と聞きました。

すると神様は、

「これがもらえるのは、一番強い子だよ。
なぜなら、このプレゼントをもらった子は、
生きている間は、ずっと苦しむことになるのだから」と。

そのとき、彼女はこう思ったのです。

「もし、自分以外の子がこのプレゼントをもらって生まれてきたとしたら、
自分がその子に会った時にとってもつらい気持ちになるだろうな」

そして、彼女は神様にお願いしました。

「私が一番強い子よ。他の子には、絶対にあげないで。私なら、耐えてみせる。
他の子が苦しむのは絶対に嫌だから、そのプレゼントは私にください」

すると神様が、

「君が一番強い子だね。ならば、あげよう。君が来るのをずっと待っていたんだよ」

そう彼女に伝えました。

そうやって女の子は生まれてきた・・・・・。

重い病気をかかえながら。

         ・・・

ある説によると、人間の遺伝子は、
すべての人がほんの少しずつ違っているそうです。
それは、すべての人が、体質が違う人間となって生まれるためだそうです。

その理由は、たとえ一つの恐ろしい病気が人類を襲ったとしても、
その病気にかかりにくい体質を持った人が、生まれるようにするためだそうです。
それによって、一つの病気が人類を滅ぼすことはできなくなるからです。

ただ、そのためには、誰かが難病にならなくてはいけないらしいのです。
難病の子供たちは、人類にとって最も大切な存在なのかもしれません。

すべての人に、生まれてきた理由があります。

それは、自分で見つけ出すことができます。
自分が置かれている状況がどんなに厳しいものであったとしても、
そこにこそ自分の役割があるのかもしれません。

大切なことは、自分が置かれている状況を嘆くよりも、
自分が置かれている状況の意味を考えてみることです。

意味のない状況はありません。意味を見出そうとすれば、
必ずそこには重要な意味があることに気づくはずです。

私たちが人間として生まれてきたのは、まわりの人々だけでなく、
他の生物や未来の地球にとって必要な存在だからなのです。

            <感謝合掌 平成30年5月30日 頓首再拝> 
39:伝統 :

2018/06/05 (Tue) 18:49:43


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P72~80)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より要点の抜粋

(1)選ばれて生まれてきているのに、引きこもりになる人もいます。
   それにも意味があるのだと思います。

  ①厳しい環境下では、引きこもれません。
   引きこもっていたら、死んでしまいますから。

   つまり、命に別状がない場合にだけ、安心して引きこもれるわけです。

   そういう体験をしに、この世に生まれてくる魂もまたあるのでしょう。

  ②とはいえ、引きこもる人にも、それなりの理由や背景があると思います。

   お母さんからの愛情を、胎内にいるときから2、3歳までに注がれた子は、
   軸がぶれにくい。「愛されている」という自己肯定感が育まれるからです。

   いっぽうお母さんから愛を注がれなかった子は、
   自分が何者かわかりにくいようです。
   自分を肯定的に見る感覚が養われにくいからです。

  ③子どもは「自分が生まれたことは、良かったことなのだ」ということを
   確認したいがために、親からの愛情を求めます。

   しかし、それを親がくれなかった場合、
   子どもは今度はそれを異性に強く求めるようになります。
   親の代わりに、恋とか愛とかを、他人にすごく求めるようになります。

   多くの場合、恋人から結局、親からもらえるような
   無条件の愛は得られません。

   次から次へと相手を変えていける子はアクティブと言えますが、
   それができない子が、今度は「引きこもり」になっていくわけです。

   ですから、ほとんどが親の問題では、と思えます。
   ですが、実はその親自身も、さらにその親から同じように、
   愛情が注がれていないケースが多いようです。

  ④「引きこもり」も、子どもから親への強いメッセージなのかも
   しれません ―― 「自分のことを、もっと愛してほしい」という。

(2)家庭内暴力、キレやすい

   これらも、「引きこもり」と同じ根から起こっているのです。
   「自分のことをもっと見てくれよ」というメッセージです。

    ―― 親は「注いでいる」と思っていても、子どもはそう思っていない
    ―― これが根っこだと思っています。

(3)でも、実はそれだって選んで、今のそういう日本に生まれてきている。

  ①虐待する家にやって来て、自分がそれを克服してハッピーにさせるのだ、
   と思って生まれてきても、「ああ、親の力のほうが強いな」と思って、
   早期にあきらめてしまう子もいます。

   それは少しレベルの高い大学に入りすぎた、ちょっと荷が重かった、
   ということです。

  ②ミッションを成功させる子もいれば、失敗する子もいます。

   子どもをめげさせたその親たちだって、さらにその親に対して
   いろいろなことを伝えたくて選んで生まれてきたのに、
   そのミッションを失敗して、今があるのかもしれません。

  ③とはいえ、生まれてくる目的は、
   いろいろな人のとにかく役に立つこと、です。

   引きこもりを経験することで、
   ほかの引きこもりの人の気持ちを理解してあげることができ、
   希望の星になることもできます。

  ④中には、親に気づきを与えるために、引きこもることを
   あえて選んで生まれてきているケースもあると思います。

   魂のレベルで「それじゃダメだよ、母ちゃん、家族が幸せになれないよ」
   というメッセージを発信したいときに、引きこもって、
   親に愛情を確認しているのかもしれない。

   自分はつらいけど、親が気づいてくれたらハッピーという、
   そういう人生を目指して生まれてきたのかもしれない。      

(4)生きがい

  ①「他人の魂を成長させる」ための人生、
   「人生は、学校みたいなものだ」というのは、
   本当にその通りだと思うのです。

  ②その学びの成果は、
   「人の役に立つ」「人を喜ばせる」ということです。

  ③ですから、本当は、他人のために生きる、
   他人が喜んでくれるように行動するっていうのが、たぶん、
   誰にとってもの「生きがい」だと思うのです。

            <感謝合掌 平成30年6月5日 頓首再拝> 
40:伝統 :

2018/06/08 (Fri) 19:19:57

直近の記事で「衰弱させた状態で放置、5歳虐待死で両親逮捕」という
非常に切ない話題があります。
(→ https://toyokeizai.net/articles/-/224020

今回は、これに関連した情報の紹介です。


《虐待の連鎖を断ち切るために生まれてきた》

     *Web:胎内記憶でわかった
          子どももママも幸せになる子育て第25回(2017.12.14)
          ~産婦人科医 池川明


何のために生まれてきたかを語る上で避けられないのが、
今や大変な社会問題となっている虐待です。

よく、「赤ちゃんは親を選んできたというけれども、
虐待される子どもも、そういう親を選んできたのですか?」と聞かれます。
そうだとしたら、あまりにも切ないことです。

でも、すべてかどうかは定かではありませんが、
その厳しすぎる環境を選んできている子どもがいることは間違いないようです。

私のクリニックにも来てくださっている胎話士の未来見基(MIKIMIKI)さんですが、
彼女は、ひどい虐待を受けた半生を送ってきました。

彼女には胎内記憶があります。
ご両親を選んで生まれてきたことをよく覚えています。

「ゆがんだ家庭に幸せをもたらそう」と未来見基さんは、
この世に生まれることを決めました。

しかし、お母さんのお腹に入ってすぐに、自分と同じ目的をもって生まれた
幼い2人のお兄さんが、お母さんに折檻されているのを見て、
「私には荷が重すぎる」と感じたそうです。

でも、もう引き返せない状態で、彼女は、嵐の中に投げ出されることになりました。
しつけという名の折檻が始まりました。叩かれ、蹴飛ばされ、なじられました。

15歳のときには、虐待に耐えられずに、自殺しようとまで思い詰めますが、
ビルの屋上の柵を乗り越えようとしたら、片足が柵に引っかかってしまいました。

それで我に返った未来見基さんは生きる選択をするわけですが、
それからも虐待は続きます。

しかし、未来見基さんが結婚して出産したときから、風向きが変わってきます。
お母さんが未来見基さんの身の回りの世話をしてくれるようになったのです。
3人の子どもが生まれ、お母さんと同居をするようになりました。

風向きが変わったと言っても、2人のぶつかり合いは続きました。
そんなある日、未来見基さんは、自分がコントロールできなくなって、
長男に体罰を加えてしまいました。

「やっちゃいけない」と思いながらも手が出てしまう。
苦しかったことでしょう。

あるとき、未来見基さんは、長男に謝りました。
そのときの長男の言葉に、未来見基さんの心は大きく揺れました。
涙がとめどなくあふれ出てきたのです。

「どんなお母さんでも、ぼくたちは大好きだよ。生まれてきて良かった。
お母さん、産んでくれてありがとう」

すべての子どものお母さんへの思いは、この言葉に詰まっています。

その日を境に、未来見基さんの中で何かが変わりました。
長男が自分に向けてくれていた思いを自らがもち、
それを自分の母親へと向けるようになりました。

そこから事態は好転していきました。

未来見基さんの家系は、4代にもわたって虐待が繰り返されてきていました。
この連鎖をどこかで断ち切らなければならない。

未来見基さんと未来見基さんのお兄さんたちは、
勇気をもって、その役割を引き受けたのです。

そして、未来見基さんの子どもは、がんばっているお母さんを助けるために、
この世にやってきたのです。

   (https://43mono.com/series/tainai/tainai25/

<関連>

(1)上記情報の関連として
   本スレッド内記事「虐待する親を選んで生まれてきたケースのお話」2018/01/16

(2)「衰弱させた状態で放置、5歳虐待死で両親逮捕」に関連した
   参考となるWeb
   → https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20180607

            <感謝合掌 平成30年6月8日 頓首再拝> 
41:伝統 :

2018/06/10 (Sun) 19:06:44


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P91~95)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

子どもが望む愛、注いでほしい愛って、何なのでしょうか?

これがけっこう難しいんですけど、長年調べてきてわかったのは、
それはどうも「笑顔」のことのようなのです。

お母さんの笑顔。

妊娠中にニコニコしていて、生まれたとき、
赤ちゃんの顔を見てはニコッとして、その後、子どもが大きくなって
「ねぇ、ねぇ、お母さん」って言ってきたら、
「なあに? 」ってニコッと笑う ── これが愛情なのです。

愛情イコール、笑顔だったんですね。

でも、たいていのお母さんは、妊娠中からしかめっつらをしています。

病院で、これをやっちゃダメ、あれをやっちゃダメって言われますからね。
食事や行動も制限されて・・・具合は悪いし、旦那は理解に乏しいし。
そうして苦労して生んだ後は、赤ちゃんは泣きますし・・・さんざんなんですね。

そういうお母さんを、お子さんから見ると、
お母さんは、いつも眉間にしわを寄せていて、つらそうな顔をしているんです。

子どもは、自分が生まれて、
お母さんが笑顔になるのを期待しているのに、笑顔にならない。
すると、自分は生まれちゃいけなかったかな、と思うんです。

それで、少し大きくなってくると、今度は怒られるわけです。

「あんたが、こんなことをするから! 」
「あんたさえいなけりゃ、お母さんは苦労しないのに! 」とか。

そうしたら、「もう空に帰ろうかな」と思う子も出てくるのです。

子どもだって自殺することがあるとエリザベス・キュープラー=ロスが
本に書いています。
2歳や3歳の子が農薬を飲んだり、車の間に飛び出したりする、と。

はたから見ると事故なんですが、農薬がダメなら別の薬を飲んでみるとか、
「この子は、明らかに自殺しようとしている」という事例があるんだそうです。

それをみなさん、知っておくほうが良いですね。

交通事故にあったら、みんな運転手を恨むんじゃなですか。
まさか、幼いわが子が、自殺するために飛び出すなんて思っていないから。

表面でとらえたら、わらないんですよ。
でも、子どもがいなくなる前は、その直前にお母さんが
怒っていることが多いそうです。


子どもからすると、やっぱり自分がいるためにお母さんが怒っていて、
つらいな、とか思うかもしれません。

自分がつあらいのもあるけれど、自分がいることでお母さんがつらそうだから、
自分はいなくなったほうがいいのかな、という発想を持つんですね。


悲しいでしょう?

親はまさか「死んだほうがいい」なんて思っていないわけです。
でも、笑顔を見せない親は、子どもにそういうメッセージを発しちゃっている
可能性があるとしたら、これはまずいですね。


やっぱろ、子どもを妊娠したら、生まれてきたときの
すばらしさをイメージして、笑顔になっていないといけません。

お子さんがおなかの中にいるときから、ですよ。
そのときから、お子さんはお母さんの感情を共有しているからです。

ですから、旦那さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、
やっぱり妊婦さんが笑顔になれるように配慮したほうがいいですね。


いま、お産の現場は、それどころではないのも事実です。
死産だったり、障害を持って生まれてきたりしたら、
医者が訴えられかねません。

ですから、医者の側も、訴えられないように、という意識を最優先させています。
ですから、みんながニコニコ喜ぶようなお産って、
医療の現場ではいますごく、しにくいのです。


ですから、病院側が無理なら、
お母さんやご家族が、笑顔を意識するしかありません。

そういう社会にしちゃったんですね、みんなして。
これを元に戻すのはなかなか難しいでしょう。


ですから、世の中が変わらないのであれば、
お産をする人やご家族、一人ひとりが変わって、
笑顔を意識するしかないわけです。

            <感謝合掌 平成30年6月10日 頓首再拝> 
42:伝統 :

2018/06/13 (Wed) 17:23:18


     *Web:胎内記憶でわかった
          子どももママも幸せになる子育て第26回(2017.12.18)
          ~産婦人科医 池川明

この章の最初に紹介した土橋(つちはし)さんのことも、ここでお話ししておきます。
土橋さんは、「私はこんな体験をしたい」と、空に向かってお願いをして、
その体験をさせてくれる子どもを授かってきました。

2番目の子どものときは、「失敗してもそれを取りもどすという体験がしたいので、
失敗に付き合ってくれる子にきてほしい」とお願いしました。

次女が生まれました。土橋さんが言うには、
生後1年半、1日15分のみの睡眠で暮らす中、育児、家事、仕事をこなし、
虐待寸前までいくようなひどい状況の中での育児だったそうです。

次女は、ずっと自分には胎内記憶がないと言い続けてきましたが、
10歳となり、少しずつ自分らしく生きるコツを掴み始め、
過去を振り返りこう言います。

「ママは気にすることないよ。だって、自分で最初に大変なことを
いっぺんにやっちゃおうって選んできたんだから」

「ママをいっぱい抱っこするためにきたんだ」

「ママに、大変でも、希望を持てることを知らせたかったんだから」

 
土橋さんは幼児教室を開いています。
彼女は、実際に虐待をしたわけではないのですが、その寸前までいっているので、
虐待する心理というのはこういうものかということが実感としてわかります。

それを知ることは、彼女が望むような幼児教育をする上で、
とても大切なことだったのでしょう。

ちなみに土橋さんは、自分が実際に虐待をしないで済んだのは、
その体験(つらい子育て)を自らが望んでいるということを自覚できていたから、
と言います。

すべては自分が望んだからこそ起きている事実であることを、見失わなかったのです。

そして、親がそのような体験をするためには、
虐待の危機に立たされる子どもが必要です。

虐待を体験するというプログラムをもっている子もいるので、
そういう子が名乗りをあげてくれます。

とは言っても、虐待されることが、その子の生まれてくる目的ではありません。
あくまでも、それは手段にしか過ぎません。

お母さんを幸せにするために、お母さんのもっている闇を
自分も体験しないといけない、という健気な心からくるものです。

虐待をするお母さんの多くが、自分自身が親に受け止めてもらえなかった
という思いをもっています。
そういう闇に光を灯すには、どんな状況でも受け入れるような子どもが必要です。
その子の姿を見て、お母さんの心は変化していくのです。

先ほどの未来見基さんの長男の言葉を思い出してください。

「どんなお母さんでも、ぼくたちは大好きだよ。生まれてきて良かった。
お母さん、産んでくれてありがとう」

どんなにひどい虐待を受けた子どもでも、そう思っています。

自分がコントロールできなくなって、どうしても子どもに
手を上げてしまうお母さんがいたら、未来見基さんの長男の言葉を、
頭の中で何度も繰り返してほしいのです。

未来見基さんは、ご自身の体験や考えを
『脱ペアハラ・脱虐待でハッピー子育て!』(新日本文芸協会)
という本にまとめられていて、私も少し書かせていただきました。

子どもたちは、自分がどんな犠牲を払っても、
お母さんに幸せになってほしいと願っています。

それが、自分の生まれてきた意味だからです。
目的だからです。

子育てで大切なこととは、その目的を果たしてあげることなのです。

     (https://43mono.com/series/tainai/tainai26/

            <感謝合掌 平成30年6月13日 頓首再拝> 
43:伝統 :

2018/06/18 (Mon) 18:07:30


     *Web:胎内記憶でわかった
          子どももママも幸せになる子育て第27回(2017.12.21)
          ~産婦人科医 池川明

胎内記憶をもつ子どものほとんどが言っています。

「人の役に立つために生まれてきた」

特に、お母さんの役に立ちたい、というのが彼らの強い思いなのです。
何が何でもお母さんを幸せにする。それが彼らの最大のミッションです。

10歳がひとつの区切りです。
子どもは、10歳まではお母さんと同じ命を生きていると考えていいでしょう。
自分のことよりも、お母さんのことを考えて生きています。

 
10歳からは、自分の命を楽しむことを始めます。
しかし、10歳からどう生きるかは、10歳までのお母さんとの関係に、
強烈に影響を受けることになります。

10歳までの自分は、お母さんを幸せにしたかどうか。
ミッションを果たしたかどうかが重要なカギになります。

10歳までに、自分はお母さんを助けた。
そういうすごい人間なのだと思えると、
10歳以降の自分の人生を、胸を張って生きることができます。

「お母さんのことはもう心配ないぞ、これからは自分のために生きるぞ!」
と思えるのです。

しかし、一生懸命にお母さんを幸せにしようとしたけどできなかったときは、
自分の力が足りなかったと自信をなくしたまま、
次のステージに進まないといけないのです。

その後の人生に大きな影響を与えるのは間違いありません。

では、子どもは、どうしたらお母さんを幸せにしたと感じるのでしょうか? 
子どもが元気でいてくれたら幸せだというお母さんもいるでしょう。
素直に育ってくれたら幸せだというお母さんもいるでしょう。

しかし、思い出してください。
条件付きの幸せはあまりにももろいのです。
自分都合で幸不幸を決めると、間違いを犯すことになってしまいます。

病気や障がいがあって生まれてきた子どもは、
お母さんを幸せにできないかというと、そうではないことは、
すでにお話ししました。

つまり、「子どもがどういう状態であれ、どんなことをしても、
幸せを感じられるお母さん」が幸せなお母さんなのです。

こうだったら幸せという条件が付いた途端に、
その幸せはもろく崩れやすいものになってしまいます。
子どもは、そんな幸せを求めているのではありません。

前述の未来見基さんの長女ソフィアさんが語った言葉です。
お腹の赤ちゃんに「愛してる」と言ってもそれほどうれしくはないそうです。

そこで、「どうしたらお腹の赤ちゃんに愛が伝わるの?」と聞いたところ、
「お父さんとお母さんとお兄ちゃんが楽しそうに話をして、
ピンク色のオーラに包まれたら愛を感じる」と言うのです。

言葉で「愛してる」と言わなくても心が楽しく愛で満たされていると、
子どもに愛が伝わるらしいのです。

いつも心を愛で満たすこと、楽しく生きていること、
それが子どもに愛を伝えるひとつの方法のようです。

    (https://43mono.com/series/tainai/tainai27/

            <感謝合掌 平成30年6月18日 頓首再拝> 
44:伝統 :

2018/06/24 (Sun) 19:08:57

     *Web:胎内記憶でわかった
          子どももママも幸せになる子育て第1回(2017.09.21)
          ~産婦人科医 池川明


「どうしたら親としての自覚をもてるのでしょうか?」

ある講演会で、若いお母さんが深刻な表情で質問をしてきました。

子どものことはとてもかわいいし、子どもにあれこれ話しかけてはいるのだけれども、
人から言われたり、本に書いてある通りにやったりしているだけのような気がして、
自分が本当に愛情をもって子どもに接しているのか自信がもてないって言うんですね。

このままで、きちんと子どもを育てられるのだろうかと、
彼女は、いつも不安でたまらないようです。

今は、出産にしても、育児にしても、お母さんたちはだれもが不安でいっぱいです。
私は産科医ですが、このような不安を抱えるお母さんたちから、
こういう状況ですが、どうしたらいいですか? 何をすればいいですか? と、
じつにいろいろな質問を受けます。本

屋さんへ行けば、出産や育児に関する本はいっぱい並んでいますし、
インターネットを開けば、いくらでも情報を手に入れることができます。

しかし、本やインターネットの情報は、通り一遍なものが多くて、
不安解消の手立てにはならないようです。

産科医や助産師さんに聞いても、なかなかぴたっとくる答えが得られません。

冒頭のお母さんも、たくさんの育児書を読んできたようです。
でも、読めば読むほど、どうしていいかわからなくなってしまって、
私の講演会にまで足を運んでくださって、たくさんの方がいる中で、
勇気をもって質問してくださったのです。

 
どうしたら、こういうお母さんたちの出産や子育てに関する不安を
取り除いてあげられるのか、それこそ、私が悩んでしまいました。
せっかく、頼って来てくださるのですから、少しでも力になりたいと思うわけです。

私のまわりには、たくさんの子育て経験者がおられます。

そういう方々にも相談をしました。
そういう人たちが、私にアドバイスしてくださったのは、
「胎内記憶」のことをもっともっと伝えていくことじゃないですか、
ということでした。

胎内記憶というのは、生まれる前の記憶のことです。
私は、1999年ごろから、胎内記憶の調査を続けています。

もともと、私は生まれたときの赤ちゃんは何もわからない
と信じていた産科医でした。

しかし、退行催眠の内容で書かれた『生きがいの創造』
(飯田史彦、PHP研究所、1999年)を読んで、うんちくをかたむける調子で
胎内記憶のことをスタッフに話したら、
「ありますよ」となんでもないことのように言われてしまいました。

これがきっかけで、調査を始めることになりました。
すると、驚くことに、2~5歳の子どもの約3割が、
胎内記憶をもっていることがわかったのです。

さらに子どもたちからの聞き取り調査を続けるうち、
胎内の記憶のみならず、お母さんのお腹に入る前の様子も
頻繁に聞くようになりました。

お腹に入る前ということは、体がないわけで、
つまりはたましいの記憶? という話になってきます。
それも、「ママを選んできた」と話すのですから、これには驚きました。

私の考え方が大きく変わりました。
不思議な話ですが、それを受け入れてしまうと、
世の中を見る目がまるで変わってしまって、うれしいことに、
私は産科医として妊娠出産にかかわれることを幸せと感じるようになっていきました。

現在の産科医を取り巻く環境は決して良いものではなく、
制度、訴訟などすべてにおいて産科医のモチベーションが下がることばかりなので、
その環境に一石を投じたこの現象は、自分にとってもとてもありがたいものでした。

 
子どもがお母さんを選んで生まれてくるということは、
意志をもってこの世に来るということ。
選ばれたお母さんは幸せです。
その出会いに立ち会わせていただく私が幸せでないわけがないのです。

 
胎内記憶は、子どもたちが実際に話してくれることです。
それも、1人や2人ではなく、何百人もとなると、
これは単なる作り話として片付けるわけにもいきません。

私は、胎内記憶があることを確信して、本を書いたり、講演をしたりしてきました。
映画にもとり上げてもらい、全国各地で上映されています。
非科学的なことを言っていると非難された時期もありました。

ところが、多くの方は興味をもってくださり、本を読んだり、
講演会に参加したり、映画をみてくださいます。
もう、こういうことが普通に語られる時期がきていて、
私はその語り部としてのお役目があるのかもしれないと思いました。

これからさらに、世界に向けて、胎内記憶のことを語っていこうと思っています。

 
悩めるお母さん方も、いつまでも従来の出産や子育ての常識にとらわれずに、
「胎内記憶」という視点から、自分と子どもとの関係を見ていくと、
視野が驚くほど広がって、出産、子育ての不安がなくなります。

いったい何を悩んでいたんだろう、などと、今までの悩みが馬鹿らしく
思えてきたら、かなり人生の達人になってきている証拠です。

出産や子育てについて悩んでいるお母さんたちに伝えたいのです。
悩みを解決するカギは、意外と身近に存在していました。
最高のアドバイザー、カウンセラーがすぐそばにいたのです。

出産や子育ての当事者はだれでしょうか? 
お母さんですね。お父さんもそうかもしれない。
もう1人、重要な人物を忘れていませんか? 

おわかりですね。お子さんです。
小さい子は何もわかっていないと決めつけて、
悩みを相談することはなかったと思います。

でも、胎内記憶を調べていくと、何でもわかっているお子さんが、
数多く存在していることがわかってきました。
大人以上に、いろんなことを知っている場合もあるのです。

それなら、子どもたちに聞けばいいよね、と単純に考えました。

 どういう出産をすれば満足?

 どういう子育てをしてもらいたい?

彼らはきちんと答えてくれます。
質問してもらえてうれしいのです。

今まで、大人の勝手な考えによって、大事な当事者の意見も聞かずに、
出産も子育ても進められてきました。

きっと子どもも、「いやいやさせられていた」という場面が
子育ての現場にはたくさんあったことでしょう。

それでは、子どもの側から見て、
いい出産や子育てができていないのではないでしょうか。

先ほども言ったように、私は「胎内記憶」のことを知って、
目から数え切れないほどのうろこが落ちて、妊娠・出産に立ち会えて
幸せを感じるようになりました。

子育ては、子どもを幸せにするもの、と思っていませんか? 
いいえ、子どもが幸せになるのは、お母さん、そして家族が
幸せを感じて過ごしているときなのです。

そのために、これから生まれ育っていく子どもたちが幸せになるために、
出産や子育てに悩むお母さんたちにこそ、
まず幸せになってもらいたいと思っています。

この本では、お母さんたちのさまざまな悩みを解決する、
子どものホンネを紹介していきます。
神さまやたましいの話も多く出てきますが、
それを信じていても信じていなくてもどちらでもいいのです。

特定の宗教も関係ありません。
たいわ士さん(後でくわしく説明しますが、お腹の赤ちゃんとお話しするのが
とても上手な方です)や胎内記憶をもつ子どもから聞いた、本当の話です。

どうぞ、子どもたちのメッセージに耳を傾けて、
子どもと一緒にお母さんも幸せになってください。

  (https://43mono.com/series/tainai/tainai01/

            <感謝合掌 平成30年6月24日 頓首再拝> 
45:伝統 :

2018/06/29 (Fri) 18:16:55


         *Web:ダ・ヴィンチ ニュース(2016/7/8) より
              池上明「胎内記憶でわかった 子どももママも
              幸せになる子育て: 「もって生まれた才能」の伸ばし方」 


どの子もママを幸せにするために生まれてきた!? 
リアルな胎内記憶からわかった子どもたちのホンネ


   「お腹の中にいたときにね、木とかビルとか街灯が見えたよ。
    雲とかオレンジ色で、夕焼けみたいだった。道路もオレンジ色だった」


2歳7カ月の男の子の言葉。この子の母親は、妊娠中によく夕日を浴びながら、
海沿いを散歩していたという。そして、子どもにその話をしたことはない。
それにしても、お腹の中から外の様子が見えるとは一体どういうこと なのだろう。
もしかして、胎児には未知なる能力が備わっているのかもしれない。


子どもたちの語る記憶は、胎内のみならず生まれる前の記憶にまで及んでいる。

   ある男の子は、自分は丸い光の玉で、あぐらをかいて座っている
   大仏さまみたいな神さまから、お母さんをだれにするか聞かれた
   と言っていました。


「お母さんを選んで生まれてきた」というのは、
多くの子が口にするフレーズであるらしい。

選んだ理由のナンバーワンが「やさしそう」「かわいい」である。

育児はイライラの連続で、いつもやさしいママでいることは不可能だ。
それでも、子どもが「やさしそう」と思って選んでくれたのなら、
できるだけその思いに応えてあげたい。

ママを選んだ理由で次に多いのが「助けてあげたい」。
どの子も「母親を幸せにする」というミッションを果たすために生まれてきた。

確かに、赤ちゃんを授かるということ は親に幸せをもたらしてくれる。
しかし、中には流産や死産といった悲しい結末を迎えることもあるだろう。
それは幸せから程遠いことに思えるが、赤ちゃんが命をかけてでも伝えたかった
親へのメッセージがあるのだ。


また、病気や障がいを持って生まれる子もいる。


   「雲の上では、病気のある子になるか元気な子になるか、
    自分で選んで生まれてくるんだよ」


ハンデを持って生まれてきた子は、チャレンジ精神の高い子といえる。
選ばれた親は大変な苦労もするけれど、たくさんの気づきを得るのだろう。
私には、重度のアトピーを持つ息子がいる。
血だらけになってもかきむしる様子を見て、何度「アトピーさえなければ…」
と思ったかしれない。

でも、もし息子がそれを選んで生まれてきたのなら、
それが私の幸せとどうリンクするのか考えた時、ふと腑に落ちた。

「○○さえなければ」「○○だったら」とない物ねだりをするのではなく、
ありのままの子どもを認めて愛することが自分には必要なのだと。

無条件で子どもを愛し、無条件で自分の存在を受け入れられるようになること。
それができれば、自分や子どもがただ、ココ、に存在するだけで幸せを感じられる
に違いない。

そして、他者もそのように受け入れられたなら、
この世は幸せに満ちたものになるはずだ。
それが、子どもが望む究極の幸せの形ではないだろうか。



子どもたちは、10歳を過ぎると「母親を幸せにする」というミッションを終え、
自分のためのミッションに取りかかるという。


   彼らが語る不思議な世界に、迷える大人たちが
   自分らしい生き方を見つけるヒントがあるように、
   私には思えて仕方ありません。


子どもたちが親を選び使命を持って生まれてきたということは、
私たち自身も同じようにして生まれたということだ。

胎内記憶を失った大人たちも、第六感を研ぎ澄ませれば、
自分がどういうミッションを持って生まれたのか魂の記憶を感じ取れるかもしれない。

     (https://ddnavi.com/news/310157/a/ )

            <感謝合掌 平成30年6月29日 頓首再拝> 
46:伝統 :

2018/07/06 (Fri) 18:36:01

       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P95~102)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より

街角を歩くときに観察してもらってもわかるかと思いますが、
3、4歳の子は、見ているだけで周囲が笑顔になってしまうような
明るいパワーを持っていますよね。

でも、そうしたお子さんのそばを歩くお母さんは、
たいてい無表情か、険しい表情をしています。

お子さんにかけている声も、「なんで言ったとおりにやらないの! 」とか
「言うことをきかない子には、サンタさんは来ませんよ! 」とか、
「お母さんとケンカして、あんたにいいことはひとつもないからね」と
脅しているお母さんを見かけたこともあります。


現代のお母さんは、あまりに忙しくて、笑顔になる余裕がないようです。
それは子育ての重荷が、お母さんに集中しすぎているせいでもあります。

昔は、子育ては地域でやっていたものです。
お母さんに子育てのための時間が少ない場合でも、
周りの人が協力して育ててくれていたんです。

特に学校の先生などは、生徒たちを世話するので手一杯で、
わが子の面倒をよく見られないので、地域の人たちが「先生はおれたちの子を
見てくれているんだから、おれたちは先生の子の面倒を見るよ」
と言って手伝ってくれた。

それが普通の社会だったそうなんです。

だけれども、現代ではそれはできなくなっています。
今はみなさん、親だけが子どもと向き合わねくてはいけない。
これはしんどいですね。

以前は、周りの大人やおばちゃんから笑顔が返ってくるから、
子どももまだしも「みんなに愛されている自分」という感覚を
持ちやすかったのです。

これが、お母さんと1対1の関係になってしまいますと、
お母さんの負荷も重くなりますので、ずっと笑顔でいるのは、
難しくなりますよね。


子どもが、空の上からおなかを選ぶときには、
「世の中と、あとは、そのおうち全体を幸せ にしよう」と
思っているケースがほとんどのようです。

それで、まずお母さんを見て、 その後で、お父さんと、
おじいちゃん、おばあちゃんも見て、このおうちを幸せにしようって
決めてくるのです。

なぜ、そのおうちを幸福にしようと思うか、というと、元々そのおうちと
縁のある子が来るからではないか、と思っています。

でも、失敗することも多いようです。

みんな、その家に生まれてくる子は、その家を幸せにしようとして
生まれてくるのに、それを大人は知らないから、厳しくしつけたり、
いろいろ口うるさく注意したりします。

それで、結局、子どもが本来の使命を忘れてしまって、
自分が親になったときに、また同じような子育てをしてしまうわけです。

こうした負の連鎖や、そのおうちの悪癖を止めさせようと、また新しい命が、
空の上からやってくる仕組みになっているようなのです。


私の病院に来た娘さんは、自分の母親と長年いがみあっている状態でした。

でも、自分のお産に際して、「自分の母親は、こんなにも細やかに自分を
ケアしてくれるのか! 」と感じて、その娘さんは母親に対する感謝の念を
抱くようになったそうです。


母親のほうは母親のほうで、「自分の子育ては失敗だった」と長らく
思っていたと言います。でも、お産をがんばっているわが娘の姿を見て、
「すごく良い子じゃないか」と思うようになったそうです。
そうして、孫が生まれてくると、すごくかわいがってくれたと言うのです。

それで一気に、親子関係が良くなった、と聞きました。


これはお坊さんに聞いたのですが、「ある人が幸福になると、その人に加えて
先祖三代、子孫三代の七代が幸せになれる」のだそうです。
そのために、子どもは生まれてくるのだ、と。

「自分が幸せになる」ということが、いかに大切か、ということですね。

何々家の呪いって、きっとあるんですよ、家ごとに。
代々、口うるさい家系とか、厳しく育てる家系とか、虐待する家系とか。

それを変えるチャンスが、妊娠するたびに来ているわけです。

空から来る子どもは、自分こそ、この負の連鎖を止めるんだ、と思って、
みんな来ているのです。けれども、いつしかその家系のやり方に巻き込まれて
しまって、本来の目的を忘れてしまうわけです。


ですから、そろそろ、そういう仕組みに気がついたほうがいいのではないか、と。

そういうことを知らなくても、みんなが幸せな世界だったら良いのですが、
ここまで来てしまうと、誰かが意図的にこういう仕組みや考え方について
呼びかけていかないと、もう幸せを取り戻せないのはないか ―― 
そんな時代になってきているような気がします。

ですから一刻も早く、お産をする人は、そこに気づいて、笑顔を意識しながら
出産や子育てをしていただきたいな、と思っています。

あなたや家族を幸せにするために、その子は空からやって来てくれたのですから。


物質的には、食事の量でも栄養でも、
現代は、江戸時代より満たされていると思います。
でも、魂にとっては、昔のほうが幸せだったのかもしれません。

食糧事情が悪く、ちょっとした病気で命をなくす危険も多いけれど、
ご近所づきあいの中で他人に優しかたりとか、助け合ったりとかで、
人々の魂は、当時はよりニコニコと輝いていた可能性があります。


今は死ぬことを忌み嫌い、隠蔽する社会になっていますね。
それに対して、昔は、「死」がもっと身近で、
死ぬことを人々がもっと受け入れていたのではないか。
死や病気に際して、人々がもっと助け合っていたのではないか、と思うのです。

家で生まれ、家で死んでいく ―― これが普通の社会だったからです。
当時の子どもたちも、人が死ぬ場面、次第に死んでいくさまを、
今よりたくさん見ていたはずです。

いまは病院で死ぬことが多いので、人が死んでいくところは、
お子さんには見せなかったりしますよね。


でも、今まで優しくしてくれたおじいちゃんが死んでいくのを、家で見ていると、
どこかで知らぬ間に死んでいるのとでは、やっぱり違うと思うのです。

いま、病院では「在宅医療」などと言って、「家で死にましょう」という
働きかけを始めていますが、良いことだと思います。


でも、だったら「家でもお産もしようよ」と私は言いたいのです。
自宅で、みんなでおおらかな気持ちでニコニコしながら出産出来たら、
とも思うのですが、そちらはかなり難しいようです。

            <感謝合掌 平成30年7月6日 頓首再拝> 
47:伝統 :

2018/07/12 (Thu) 19:35:38


       *『ぼくが生まれてきたわけ』(P102~108)
         産婦人科医・医学博士、池川明氏・著、より 抜粋


臨死体験をされた方々の複数の体験によると、
死後に閻魔様(えんまさま)から聞かれるのは、
次の2つのことだけなのだそうです。

1.陰徳(いんとく)を積んだか?(人知れず、他人のために役に立ったか?)

2.自分の人生を楽しんだか?

(当スレッド内記事「【人は、なぜ生まれてくるのか】 」2018/01/06 (Sat) より)

               ・・・

死後に閻魔様に聞かれる「自分の人生を楽しんだか? 」という質問は、
「身勝手に、自分ひとりで快楽を得たか?」というものではなく、

「人に感謝され、認められて、自己肯定出来て楽しかったか? 」
ということではないかと思います。


「陰徳を積んだか? 」というもうひとつの質問も、

「自分が一生懸命生きていることで、結果的に、知らぬ間に人が助かったか?」
ということではないか、と思います。

何かの本で読んだのですが、ある小学生が、学校から帰るとき、
荷物をたくさんもった同級生とぶつかって、その荷物を落とさせてしまった、と。

その同級生は、同じクラスの子だけれど、ほとんど話したことがない子で、
その小学生は荷物を一緒に拾いながら、「君、どうしたの?」と声をかけた、と。

すると、「家にかえるところだ」と言うので、ふと、
「じゃあ、うちで遊んでいかない?」と誘ったそうなのです。

で、その同級生は家へ来て、テレビゲームをやって帰っていった。


それで、ずっと後になって、荷物を持っていたその子が、
誘った子に、「君はぼくの命を救ってくれたんだ」と言ったそうなのです。

なんでかと言うと、あのとき、荷物をたくさん持っていたのは、
自殺しようと思っていたからだ、と。

自分が自殺して、学校の机に自分の荷物が残っていたら、
次に座る子が迷惑すると思って、それで全部片付けて、
荷物を全部持って帰っているときに、君とぶつかったんだ、と。

君とは話したことがなかったけれど、君が声をかけてくれて、
君とテレビゲームをしたら、楽しかった。

それで死ぬのを踏みとどまったんだ、というお話でした。


この場合、お礼を言われたほうは、助けたっていう意識はないんですよね。
ただ、ぶつかったから荷物を拾ってあげて、ふとゲームに誘っただけで。

たぶん、こういうのが陰徳なんだと思います。

(中略)

つまり、自分では意図せずに、普段、自分がやっていることをやった。
ただそれだけで、誰かの心や命が救われたとしたら、
それこそが本当の陰徳だと思うのです。

(中略)

陰徳を積む、ということは、結局自分が一生懸命生きる、
お天道様に恥じない生き方をする、という、日本人が、昔から
言ってきた考え方であり、生き方ですよね。

苦しいことが多いこの世の中で、がんばってニコニコして暮らすだけでも、
明るい雰囲気を周囲にもたらすことになって、陰徳を積んでいることに
なるし、生まれてきた目的を果たすことにもなる。

            <感謝合掌 平成30年7月12日 頓首再拝> 
48:伝統 :

2018/08/26 (Sun) 19:25:39


        *Web:ポンタの想い出(2016-04-08)より

親として読むと感激するという産科医・池川明先生の
『生まれた意味を知れば、人は一瞬で変われる』。
なぜこの本は心に響くのでしょうか、
そして、子どもたちはなんのために生まれてくるのでしょうか。

《赤ちゃんは自分でお母さんを選んで生まれる》

ー 親として感激するのは、赤ちゃんが自分の意志でお母さんを選ぶという、
  空の上でのエピソードです。
  「生まれてくれてありがとう」と、感謝の気持ちが生まれます。


池川明(以下、池川) 

誕生前の世界ですから、私は「中間生」と呼んでいます。
神さまや天使がいるという証言もあるので、天国といってもいいけれど。

子どもたちは、そこからたくさんの女性の暮らしや人となりを眺め、
自分が笑顔と幸せを届けられると思うママを選んで、空から降りてきます。

「ぼくは『お母さん大好き』というために生まれてきた」。
中間世記憶の一例ですが、いい言葉でしょう。

また、よく「選べるのなら、なんで虐待する鬼母のもとに来るの?」と聞かれますが、
その赤ちゃんは虐待を止める目的で生まれてくるんです。
虐待する人は自分も虐待された経験があり、人を愛する幸せを知りません。
その負の連鎖を断ち切りたいと考えています。


ー 赤ちゃんが病気や障がいを負って誕生するのも、自分の意志なんですよね。
  周りの人々が優しさと思いやりを学べるように、と。

池川 

人間にはこの世でなすべき使命があり、それを中間生で神さまと約束しています。
ママを、家族を幸せにする。巣立った後は世の中の役に立つ。
誰もが勇気凛凛なんですよ。

でも誕生のとき心を一旦リセットし、人生をスタートさせるので、
いつの間にかブレてしまう。そのためにいじめに巻き込まれる、
やりがいが見つからない、コンプレックスで落ち込む??。

私がこうして胎内記憶の話をするのは、みなさんが初心に帰り、
自信を取り戻してほしいからです。


ー そこでこの本は、単なる育児書を超え、生き方の指南書として書き下ろそう
  と考えられたんですね。先生の生い立ちを赤裸々に語ってもらったり、
  人生相談Q&Aも随所に入れたり。

  思春期の不登校や引きこもり、恋愛・結婚・子連れ再婚、嫁姑問題、依存症まで、
  幅広く答えていただいています。


《命の意味に応える私たちの「魂」》

池川 

もう一つ、大事な柱が「魂の存在」でしょう。
数は少ないのですが、中間生よりもう一つ前の「過去世」、
仏教でいえば前世のことを記憶している子どもたちがいます。

何度も生まれ変わって、いろいろな“生”を生きるのですから、
その主体は魂にほかなりません。
神さまと、天命について約束するのも実は魂。
私たちの精神と肉体の深層に宿って、静かに私たちを見守っているのです。


ー 先日『ほんまでっか!?TV』でも、
  前世の記憶のある子どもの話が紹介されていました。
  近所の村に生まれ変わった少年が、前世で自分を殺した相手を見つけ出したとか……。
  過去生の記憶は、悲しいものが多いですね。

  ある女の子は、沖縄戦でお母さんが自分の身代りに
  米兵の銃剣で斃れたことを覚えていました。

  ナチスのアウシュビッツに収容されていた男の子は、
  ドイツ兵の制服のボタンが目に焼き付いていて、
  現世でもボタンのついた服を着ることができない……。


池川 

現代に語り継ぐべき役割を負っているのでしょうね。
過去生や中間生で近しい関係にあった魂たちは、
現世でも身近にいる例が多いんですよ。

沖縄戦の女の子は、同じお母さんと今も親子。
アウシュビッツの子は、中間生で事情を知ったお兄ちゃんが、
しっかりと支えてくれています。


《魂が一緒に「輪廻転生」する?》

池川 

はい。私自身にも経験がありますが、
たとえば職場で苦手とする上司や部下は、中間生でとても仲の良かった
“ソウルメイト”だというケースがあるんです。

「君が人生で判断を誤るようなら、全力で阻止する」と約束をしていて、
敢えて憎まれ役を買って出てくる。

人間関係で行き詰まったら、視点を変えてみてください。
案外、自分のプラスになっていることが多いものですよ。


ー 内なる自分の魂とアクセスして、その意思を感知することができれば、
  いろいろな悩みが解決できますね。


池川 

まさに「一瞬で変われ」ます。
その方法も、この本でしっかり伝授しました。

ー 哲学や心理学、カウンセリングなどで変われなかったという方にもオススメです。
  難しいことは何もありません。不思議なエピソードもたくさん載っています。
  気軽な楽しい気持ちでみなさん、ぜひ読んでみてください。

池川 

最後に、私のところに寄せられた、5歳の男の子が作った絵本を一部ご紹介します。
このお子さんは自分で字を学びたいと公文に通い、
お母さんに子のお話をして書き取ってもらい、それを自分で絵本にしたそうです。

お母さんのお腹に入る前のことや、お腹の中から見たり感じたりした
お母さんの様子が生き生きと描かれています。


《赤ちゃんが「お母さんを選ぶ」意味》

「胎内記憶」以前の「中間生記憶」を持っていて、
「雲の上からお母さんを選んだ」と話すお子さんはたくさんいます。

では、赤ちゃんはどのようにしてお母さんを選ぶのでしょうか。

雲の上では、子ども同士で「あのお母さんがかわいい」
「あのお母さんがきれいだ」などと話しながら、
自分たちのお母さんを世界中の国から選んでいるらしいのです。

中でも一番多い決定基準が「やさしそうだから」というのです。

そして、自分がおなかに宿る前から両親を見ていたという子もたくさんいます。
お父さんとお母さんのデートを後ろから見ていたという子も複数いれば、

知人の医師は、「銀座を女性2人で歩いていた結婚前のお母さんの後ろを、
自分は飛んで追いかけていた」と語ってくれました。
その女医さんは、「先生、信じられないかもしれませんが、そのときの私の背中には、
小さな羽が生えていたの」と教えてくれました。

また、「おじいさんと空を飛んでいたら、笑い声の聞こえる家があったので、
ここに生まれたら楽しそうと思って、この家を選んで生まれてきた」
と話す子どももいます。

ほとんどのお子さんは自分からお母さんを選ぶようです。
しかし、時々お母さんを選べなかったから、
「子どもを欲しがっている人がいるから、あそこに行きなさい」と
神様に選んでもらって、お母さんを決める子どももいるようです。

子どもがお母さんを選んだあと、最終的には「神様」と呼ばれる人の所に行き、
許可をもらってからお母さんの所に行くのが基本のようです。

ところが、「雲から下を見ていたら、突然突き落とされてお母さんの所に来た」
という話もあって、「自分の意志が固まらないうちに、突然選ばされてしまう」
こともあるようです。

このような中で、
「虐待される子どもは、自分から親を選んで生まれてくるわけではない」
と考える方もおられるでしょう。

記憶のある小学生は、次のように話しています。
「それも承知で生まれてくるの。お母さんが成長するまで、
何度でも同じことを言いに来るんだよ」。

つまり、お母さんが成長するために、あえて虐待する親を選んで、
「お母さん、成長してね」と、親の成長を祈ってくる子どももいるらしいのです。

親は子どもを成長させるものと思っていたのですが、
どうやら反対に、子どもが親の成長を願っている場合もあるらしいのです。

そう考えると、ご自分のお子さんを見る目が、ちょっと変わりませんか?

   (http://god634526.hatenablog.com/entry/2016/04/08/083702

・・・

<参考:『生まれた意味を知れば、人は一瞬で変われる』~目次>

第1章 胎内記憶との出会い
    (胎内記憶を持って生まれてくる赤ちゃん;ママを選んで生まれてくる
     ―驚きの中間生記憶 ほか)

第2章 僕の生い立ち・医者になって学んだこと
    (縁あって親子;天邪鬼が功を奏して ほか)

第3章 家族関係を解きほぐすために
    (結婚のためのヒント;子育てのヒント ほか)

第4章 現世を前向きに生きるために
    (自分自身の天命を知る;生きるヒントが詰まっている、魂のメッセージ ほか)

第5章 来世に希望を託すために
     (「老い」を学ぶ意味;「死」を学ぶ意味 ほか)

            <感謝合掌 平成30年8月26日 頓首再拝> 
49:伝統 :

2018/08/29 (Wed) 18:28:05


        * 「生まれた意味を知れば、人は一瞬で変われる
          - 胎内記憶・前世記憶研究でわかった幸せへの近道」
          池川 明・著(P149~150)より

聞くところによると、空の上には
順番待ちの赤ちゃんがいっぱいいて、かなりの激戦らしい。

それをかいくぐると、自分が選んだお母さんの魂と内々で更新して、
「お腹に来ていいよ」という招待チケットを受け取る必要があるんだそうです。

チケットは「出産」「死産」「流産」「中絶」の4コース。
ちょうど、アミューズメントパークの、年間パスポート、ワンデーパスポート、
入場券とよく似たシステムだと思ってください。

いずれ、本格的に生まれる年間パスポートがほしいけど、
枚数が限られていて、今すぐには手に入らない。

ちょっと下見旅行をするだけなら、
キャラクターと握手できる入場券でも十分楽しそう。

地球の観光旅行ならワンデーが便利でお得。

そんなお遊び気分で降りてくる子もいるのだとか。

お母さんに大事なメッセージを持ってくる子も、
短い期間にお話しして伝えるチャンスはあり、ちゃんと目的は果たせるのです。


一方、出産を待ち望むお母さんは、自分の魂が
短期のチケットを出したことは知りませんから、
早々に帰られてしまうと、とてもショックで、
悲しみに打ちのめされてしまいます。

医者としても、何とか立ち直ってもらおうと心のケアをつくしてきました。

            <感謝合掌 平成30年8月29日 頓首再拝> 
50:伝統 :

2018/08/31 (Fri) 20:16:22


        * 「生まれた意味を知れば、人は一瞬で変われる
          - 胎内記憶・前世記憶研究でわかった幸せへの近道」
          池川 明・著(P130~131)より

私が子どもたちから聞き取った過去世の中で、もっとも心を痛めたのが
「アウシュビッツ強制収容所」の記憶である。

現在中学生になるノリ君は、2歳を過ぎるころから、人が集まる場所、
大声が聞こえる場所を極端に嫌がるようになった。
赤ちゃんがハイハイで近寄って来るだけで火がついたように大泣きをする。

そして一番の苦手が、洋服の「ボタン」。
どんな種類のボタンだろうと、一つでもついていたら、
その服は絶対に着ようとしない。


あまりの育てにくさに困り果てたお母さんは、お兄ちゃんが通う幼児教室の
先生から、知り合いのスピリチュアリストを紹介してもらった。

2人でオフィスを訪ね事情を説明しているうちに、お母さんの頭の中には
「鉄条網で囲まれた大きくて堅牢な建物と、線路の引込線」の映像が
うかび上がってきたという。

「お母さん、今あなたに見えているのは、ノリ君の意識です。ノリ君は
過去世をそこで過ごしたですよ。わかりますか?
ポーランドのアウシュビッツです」

スピリチュアリストはそう言うなり、いきなりお母さんの胸倉を掴んだ。

「ほら、私のスーツのボタンが目の前に見えるでしょう。
ノリ君の眼には、ドイツ兵の制服のボタンが焼き付いているんです」

衝撃だった。
その後お母さんはアウシュビッツの実像を知るため、ビデオ映像を借りてきた。
そこで「土を掘り起こした跡」を見た瞬間、ここに幼かったノリ君が
埋められたのだと直感。
深い穴に折り重なる赤ちゃんの姿が、今もノリ君を苦しめているのだ・・・。

「もう、泣けて泣けて。ノリの行動すべてを受け入れることができるように
なりました」


5歳になったころ、ノリ君はボタンのおじさんに叩かれ、蹴っ飛ばされたこと、
パパとママは連れていかれて死んじゃったらしいことなどを
切れ切れに語ってくれたそうだ。

幸い、小学校に入るころにはボタンのついた給食当番の上着を何とか着る
ことができるようになり、それ以来、辛い記憶は少しずつ薄れていった。


ノリ君と、3つ上の兄・トモ君には、中間生の記憶がしっかり残っていて、
雲の上で兄弟になる約束をしていたそうだ。

お母さんは「きっとトモは、ノリが過去世でちゃんと生きられなかったことを
しっているのでしょう。だから、この世界は本当は楽しいんだよって、
教えてあげているのだと思います」 と語ってくれた。

            <感謝合掌 平成30年8月31日 頓首再拝> 

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