伝統板・第二

2537509
本掲示板の目的に従い、法令順守、せっかく掲示板社の利用規約及び社会倫理の厳守をお願いします。
なお、当掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、
どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。

「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、
自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付して、
当掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。

子どもの教育② - 夕刻版

2015/10/22 (Thu) 20:07:39


スレッド「子どもの教育①」からの継続です。
  → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6463326



見ることはあらわすことであるから、言葉で児童の不良や欠点を見てはならない。


          *「生命の實相」第25巻教育実践篇上(はしがき)より


教育の根本は児童にやどる可能性を信じ、発見し、それを賞揚し、激励し、
自信を高め、勉学に興味をもたしめることにあるのである。

子供の伸びる力は「生命」の伸びる力である。
生命は解放されてはじめてスクスク伸びるのである。

児童に宿る本来健全な優良な伸びる力を発現させるためにはまず縛りを解放することである。
心に児童の不良や欠点を見てはならないし、児童の劣等や悪意を見てはならない。
見ることはあらわすことであり発現させることである。

言葉で児童の不良や欠点を見てはならない。
また言葉で児童の劣等や悪意を言いあらわしてはならない。

言葉は創造者であるから、言葉によって不良や欠点を言い現わして、
それに注意を集中させて児童を優良児たらしめようというような
過去の教育は悉く失敗に終わっているのである。

成績の不良な児童を見て、それに精薄児だとか劣等児とかいう名称をつけて、
それを優良児にしようと思ってもその言葉に呪縛せられて、
児童の生命は委縮して伸びることはできないのである。

子供が何の気なしに過った行為をしたとき、それを悪意であると解して、
「なぜお前はこんなことをしたのだ」と咎めてみたとて、その子供は「自分は悪意あるものだ」
という暗示を受けて、悪意ある不良少年または少女だと、みずから信ずることによって、
かつては「無意識の過失」であったところのものが、今度は意識的な悪意に変ずるばかりである。


子供を愛する両親よ、そして教師よ、保護者たちよ。

あなたが扱った児童が、あなたの意図するように健康にならず、優良な成績をかち得ず、
怠け癖が直らず、反抗が止まず、不良の傾向がますます増加するように見えるならば、
前記のように「欠点」や「不完全」や「不良」を見て、それを言葉に言いあらわして、
その「欠点」や「不完全」や「不良」に気づかせて直そうと思うからである。

それは、心に思うことが顕われ、言葉で暗示することが実現するという
精神科学の法則に気がつかないからである。

このわたしの提唱した教育法では、
世界にはどんな劣等児も精神薄弱児童もないことになるのである。

戦後、各学校では自由教育方式が採用されて、
従来の「詰め込み教育」が廃される傾向になっているのは、まことに好ましい傾向であるが、
それにしても、単に「自由」に放任するだけでは足りないのである。

その根本に児童の生命の奥にある「円満完全なる神性」を見ることと
言葉に言い現わすことがなければ、自由や放任だけでは児童は必ずしも良くならないのである。

「見る」ことは「顕わす」ことであり、「言葉」は「創造者」である。

               <感謝合掌 平成27年10月22日 頓首再拝>

幼児期 子どもの性格が変わるとっておきの口ぐせ - 夕刻版

2015/10/24 (Sat) 19:56:17


      *「伸びる子の9割は、「親の口グセ」で決まる」(第2章)金盛 浦子・著より
        (P103~154)より抜粋

(スレッド「よき口ぐせを」子供を追いつめるお母さんの口癖~その1(2015/10/16)
 の関連です。 → http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6457343 )



(1)「ママはがっかりだわ」

    → 「○○ちゃん 大好きよ」
      「大丈夫よ。ママは、いつだって○○ちゃんを見守っているから」


    子どもは少しでも親に喜んでもらいたいものです。
    親に喜んでもらって、温かく抱きしめてほしいのです。

    否定的な言葉で反応すると、子どもの心は大きく傷つき、自信を失ってしまいます。
    やがては、自己否定につながっていってしまいます。

    子どもの自信を育むためにいちばん大切な栄養は、丸ごと包み込む親の愛です。
    それが安心を生み、自信を育み、自分の存在を大切にする自己肯定感に
    つながっていきます。
    

(2)「恥ずかしくて外を歩けないわ」

   この言葉は、「世間」という尺度で自分の子どもを測っているのです。
   これは子どもを丸ごと受け入れている言葉ではありません。
   子どもの状態が一層悪化させてしまいます。

   子どもを大切にしていないだけでなく、
   自分自身も大切に思っていないということです。


   こんなときは、

    → 「ママはあなたの味方よ」
      「なにがあっても、ママは、あなたの味方よ」

   こんな言葉が自然に出てくるには、なによりも親が自分自身をいいところも
   悪いところも含め丸ごと抱きしめて大切にすることです。


(3)「どうして片づけないの! 」
   「なんでやらないの」
   「どうしてやらないの」

   これらの言葉は、命令と変わりません。
   しかも、大きな声できつい言い方をしなければ、
   動き出さないという負のスパイラルができあがってしまいます。

   心理学上は、閉ざされた質問(「yes」か「no」でしか答えられない質問)で、
   相手から何かを引き出すことはできません。


   「なんで」「どうして」の代わりに、子どもの答えを引き出すために
   「なにを」「なにが」を使うという「開かれた質問」を使うのです。

   具体的には、

  →「《なに》からやったら、うまくできるかな? 」
   「《どう》やったら、うまくいくかな? 」

   こんな言葉のかけ方です。

   そうすると、子どもは「やる」「やらない」という答え以外に、
   考えなくてならなくなります。

   そして、考えて出した答えは自分のものですから、
   命令されたという意識がなく行動を起こせるのです。


(4)「しなきゃ」「すべき」  → 「どうしたらいいかな」

   子どもは、毎日、朝、昼、晩と、誰かから
   MUSTとSHOULD、HAVE TO を浴びせられたら、
   「もう、いいかげんししてよ! 」と叫びたくなります。

   それは強迫観念というストレスになるばかりではなく、
   自分で考えて判断する機会が失われしまいます。


   そうならないためには、(3)でふれた「どうして」から「なにを」に加えて、
   「いかにして」(HOW)を使ってみましょう。

  
   たとえば、急がないと遅刻しちゃいそうだというケースでは、
   「急がないと遅刻しちゃいそうだけれど、どうすればいいかな? 」

   これが「HOW」を使った言い方です。
 

(5)「ダメでしょ」「早くしなさい」 → 3つの「HOW」へ

   たとえば、宿題があるのに、いつまでもやろうとしないケースを考えてみましょう。

   「どう思うの? 」(本人の考えの確認)
   「どうなりたいの? 」(目標あるいは目的の確認)
   「どうすればいいの? 」(手段、方法の確認)

   この3つのHOW(どう)を使います。

   
   3つのHOW(どう)を使った会話の後で、
   「そうだ、ママも、○○の勉強しなきゃ! 」
   と子どもがゲーム感覚で勉強をやるのが効果的な方法です。


(6)「だらしないんだから! 」 → 「成長したわね」へ

   次々にうつっていく遊びを見て、
   「ちゃんと片づけてから、次の遊びをしなさい! 」なんて言うお母さんがいますが、
   この時期の子どもは、しょせん無理なのです。

   遊びの連続性と言って、次々にうつっていくことが子どもの創造性を育む上で、
   とても大切な事なのです。

   散らかった子供部屋を見たら、

   「まあ、うちの○○ちゃんどんどん成長しているわね」と、喜んであげましょう。


(7)「ダメね、かしてごらん」 → 「いっしょにやってみようか」

   子どもは、いろいろな体験をすることで、多くのことを学んでいきます。
   大人が想像する以上にすばらしい吸収力を持っています。

   その吸収力を存分に発揮させるには、内的動機づけ、
   つまり自己決定ということが大切です。

   子どもがやろうとしていることに、否定的な口出しをすることで、
   この大きな力を削いでいるのだということを知ってください。

   
   子どもがうまくいかないことがあった場合かける言葉は、
   子どもの伸びる力がついていくような表現が大切です。

   「すごいじゃない。自分でできるんだ! 」

   「いっしょにやってみようか」

   これなら、子どもは自分から進んでやっているということに満足し、
   たとえ失敗しても、そこからさまざまな知恵と力を生み出していくことができます。


(8)「早く片づけなさい」 → 「気持ちいいと思うよ」

   お母さんたちの「ああしなさい。こうしなさい。あれはダメ! 」が通用するのは、
   せいぜい幼稚園の年少さんぐらいまでです。

   年長さんぐらいになると、だんだん反抗的になって、口答えしたり、
   いくら言っても聞かなくなってきます。

   子どもは、そのくらいの年齢になってくると、自我が芽生えてきます。
   自我の芽生えは子どもの心の成長にとって大切なことですから、
   お母さんたちとしては、むしろ喜んでいいことです。

   この大事な自我を育てるには、どんな言葉が効果的でしょうか?

   「ママ、○○ちゃんの漢字の勉強、見てみたいな」
   「きれいにしたら、気持ちいいと思うよ」

   親の気持ちを伝えると同時に、子どもにどうするかの決定をゆだねるのです。
   繰り返しているうちに、きっと見違えるような変化が出てきます。



(9)「いつまでぐずぐずしているの」 → 「お母さんは心配だなぁ」


   あなたは、あんたは、(背景に隠されている場合も含む)、という言葉を
   使っていると、命令の言葉と同じように、反発を招くだけです。

   効果的なのは、「親業訓練」で有名はトマス・ゴードン博士が提唱した
   「私メッセージ」です。

   主語を「あなたは」や「あんたは」に変えることだけで
   人は言うことを聞くようになるのです。


   「いつまでぐずぐずしているのよ。学校に間に合わないわよ! 」

   →「いつやるの? いませしょう! って感じにしてくれると、
     私は(ママは)うれしいし、助かるんだけどな」

    「学校に間に合わないかもしれないと、お母さんは(私は)心配だなぁ。
     でも、でも、○○ちゃんだもの、大丈夫だよね」

   こんな私メッセージにすると、頭ごなしに命令されているときと違って、
   子どもは親の気持ちに共感しようとします。


               <感謝合掌 平成27年10月24日 頓首再拝>

褒めて、自主性と自信の素を育てる - 伝統

2015/10/30 (Fri) 20:02:31


<子どもはおだてりゃ空を飛ぶ~自主性と自信の素を育てる>

      *「伸びる子の9割は、「親の口グセ」で決まる」(第2章)金盛 浦子・著より
        (P106~108)より

あまりいい言葉ではありませんが、「豚もおだてりゃ木にのぼる」と言います。
豚だって木にのぼるのですあkら、子どもだったら空にだって飛んでいきます。

最近小学校の先生をしている知人に聞いたのですが、
子どもたちに「自分の良いところ」を3つ書き出すという課題を出したら、
半数以上の子ができなかったというのです。

びっくりしますね!

それだけ、誰もが自信をなくしているのです。



お母さん、これは、もしかしたら、あなたのせいかもしれませんよ。
ほら、いつも言っているでしょう!

「なによ、何もできないのね! 」
「なんど言ったらわかるの! 」
「いいかげんにしなさい!」・・・etc

これで、みんな自信の芽を摘まれてしまっているのです。

それでは自信を持たせるには、どうしたらよいのでしょうね?

それは褒めることです。
あだてると言い換えてもいいかもしれません。

この場合、決して遠慮はいりません。
とにかく褒める、なにがなんでもおだてる!
そのくらいのつもりでちょうどいいのです。


たとえば、朝、学校に行くとき、いつまでもぐずぐずしているとします。
そこで、「早く」「早く」といくら急(せ)かしても、叱咤しても、
決して子どもの行動は改まりません。

たとえ一時的に早くなったとしても、それはお尻を叩かれてしかたなく
動いているだけで、自主的なものではありません。


でも、こんなふうにしたらどうでしょうか?

「あら、今日は着替えるのが早いね。おお、すごい、すごい! 」

少しでも、できたことがあれば遠慮いりません。
大げさなくらい褒めましょう。


どんな子どもだって、褒められれば、
「そうか、次もちゃんとやろう! 」
そんなふうに思うのです。

こうして自主性が生まれ、それがどんどん自信に変わっていくのです。

               <感謝合掌 平成27年10月30日 頓首再拝>

衣服の贅沢よりも書物の贅沢 - 伝統

2015/11/01 (Sun) 20:00:44

衣服の贅沢よりも書物の贅沢  ―  家庭に書籍の宝庫を備えつけよ

         *『白鳩』(昭和41年12月号)より

             
色々の辞書、百科事典、歴史叢書、参考文献、その他有用なる書籍を備えつけた家庭で
育った児童は、知らず識らずのうちに自己教育を達成し、無駄に時間を費やすかわりに、
その時間を利用して、非常に経済的に色々の知識を学ぶことになるのである。

しかも書棚に整然と並んでいる良書の群は、その家の雰囲気を明るくし、魅力的にし、
児童も、その魅力的な室内にいることが楽しくて、一層長く書斎に留って勉強するように
なるのである。

これに反してよく整えられた書棚を備えず、児童の書籍による学習をなおざりにする家庭では、
児童は家庭の中に長くいることが退屈になり、外に出ることを好んで、時には誘惑にかかって
色々の危険にさらされることになるのである。

書籍の学的雰囲気の中にあって育てられている児童は素晴しく幸福である。

若し児童が立派な多くの蔵書の中にあって、書籍に触れ、その装幀や書名に親しみをもつように
なり、自由にいつでもそれを利用することが許されるならば、明るい性格の児童は益々明るくなり、
その良書のなかからどんなにか多くの心の栄養を吸収することになるであろう。

経済上やむを得なければ、すり切れた衣服や補修した靴を穿いても、
書物を求めることにケチであったり、節約してはならない。

若しあなたが自分の子供たにち大学教育を受けさせる経済力がないならば、
経済力の許す範囲で、子供たちのために良書の数冊を備えてやりなさい。 

子供たちはそれから知識を吸収し、良書の雰囲気に触れて向上し、他の人にすぐれて責任と
栄誉ある位地につけるだけの人格識見共に備わる立派な人間になることができるのである。

全生涯のうち人間精神の根本訓練が行われる場所は幼少年期の家庭生活ではないだろうか。 
私たちの生涯の履歴を形成する生活習慣及び精神の傾向を形成するのは、
此の幼少年期の家庭生活に於いてであるのである。

幼少年期に習慣づけられた傾向は、
その人の全生涯に付きまとうて離れがたき方向づけとなるのである。 

だから規則正しき、一貫した精神訓練を行うことによって、
良き習慣を子供に養うのは幼少期の家庭教育によらなければならないのである。

若しひとたび児童に読書をきらったり、進んで勉強をしない習慣がついてしまったならば、
それは児童以外の誰かが、児童を強制して読書や勉強に駆りたてることはできないのである。

子供は生れつきふざけるのが好きであり、冗談にふけるのが好きなのである。 
訓練されない子供はまた利己主義であり、自分が遊びたいと思っている時に、
何故みずからつとめて勉強しなければならないのか、読書しなければならないのか、
何故それを他の人たちが希望するのか、なかなか子供自身には理解できないのである。

しかしながら、ひとたび家庭の中に、勉強したり、読書したりして、
自己向上につとめる習慣が確立されてしまったならば、
自己向上の努力そのものが悦びなるのである。 

そのような家庭で育つ少青年は、スポーツに出掛ける時の期待の悦びと
同じような歓喜の思いで勉強時間を待ちかねるようになるである。
   
     〔オリンズ・S・マーディン SelfーInvestment より抄訳〕

   (http://blogs.yahoo.co.jp/vanon32/19672051.html より転写)

               <感謝合掌 平成27年11月1日 頓首再拝>

子どもが話したら、「うなずき」と「おうむ返し」で答えることから始めよう - 伝統

2015/11/03 (Tue) 20:29:46


      *「伸びる子の9割は、「親の口グセ」で決まる」(第2章)金盛 浦子・著より
        (P135~139)より

お母さんたちが集まる場に行くと、

「最近は、学校のこととか、あまり話をしてくれなくて・・・」

そんな嘆きをよく耳にします。

みなさんも経験がありませんか?

学校から帰ってきて、いろいろ話を聞こうとすると、
返ってくるのは「べつに」という言葉だけ。
でもねそれは、みなさん地震がもたらした結果かもしれませんよ。


せっかく子どもが話しかけてきても、生返事だけで耳を傾けない。
子どもの話をすべて自分の話に置き換えてしまう。
そんなことがありませんでしたか?

たとえば、学校の帰りに新しいゲームセンターができたと、子どもが話しかけてきても、

「ふ~ん」

だけなら、まだしも、

「寄り道なんかしてきたんじゃないでしょうね! 」

というお説教に変わってしまうなんてことがありませんか。

これでは、子どもも、だんだん話したくなくなります。

子どもが話しかけてきたら、忙しくても面倒がらずに、まず耳を傾けることが大切です。
(=傾聴、アクティブ・リスニング)

具体的には、「うなずき」と「おうむ返し」。それだけです。

「近くにゲームセンターができた」という先ほどの例で言うと、まずは、

「へえー、そうなの? 」
「そんなところにゲームセンターができたの」

そんな感じです。

もし、お子さんが、こんなふうに話しかけてきたら、どうでしょう? 

「今日、先生に怒られた」

「えー、そうなの。怒られちゃったんだ」

「宿題、うっかり忘れてちゃったから」

「あら、宿題、忘れたの? 」

「うん。やってあったのに、学校に持っていくのを忘れたんだ」

「持っていくのを、忘れてしまったの」

こんな調子です。


このやりとりの中で、質問を投げかけてはいけません。

たとえば
「どうして、ちゃんと持っていかないの。だらしないんだから! 」
「いったい、何の宿題? 」
「どうして忘れたの? 」・・・

これでは、子どもの話ではなく、お母さんの話になってしまうからです。


「傾聴」で大切なのは、少なくとも8:2くらいの割合で、
子ども自身に話させるということです。


こういうふうに話を聞いてもらえると、
「話を聞いてもらえている。自分は受け入れられている」と感じ、信頼が生まれます。
これが、やがて自信へとつながっていくのです。

               <感謝合掌 平成27年11月3日 頓首再拝>

子供を貶(おとし)める教育 - 夕刻版

2015/11/07 (Sat) 19:36:43


            *『生命の實相』第30巻児童教育篇(P6~7)より


今までの教育家のやっておられる教育法をみますと、
たいていは人間のわるいところを見つけまして、
それを「ここが《わるい》から直せ」というふうなことを常に言ってきたのであります。

そうして「お前はできが《わるい》からよく勉強せよ」こういうような調子で
教えてきたのであります。

そうするとその子供はどういうふうになってゆくかといいますと、
「お前できがわるいから」とこう言われると、言葉の力によりまして、
「自分はできが《わるい》ということをを強く強く心の底に印象させられるのであります。


そうして「できが《わるい》からやれ、やれ」と言われますと、
「わたしはできがわるいのだ、やらなくちゃならない」と思いましても、心の底に、
「自分は成績が《わるい》のである、頭が《わるい》のである、よくできないのである」
という強い信念がその子供の潜在意識に強く印象しておりますから、
勉強しようと思っても勉強に興味が起こらないのであります。

それをいやいや「できないできない」と思いながら勉強しましても、
本当にその勉強が心に這入(はい)らない、そのため、
いくら勉強しても、その効果があがらないということになるのであります。

これが言葉の力であります。

               <感謝合掌 平成27年11月7日 頓首再拝>

「子を叱るのは親の責任」 - 伝統

2015/11/11 (Wed) 18:46:50


           *Web:withnews(2015年11月11日)より

世界遺産にも登録されている京都の「宇治上神社」。
この神社が作った参拝者向けの紙が話題になっています。


「小さなお子様をお連れの親御様へ」

そこには、こう描かれています。

「ここは神社です。皆様が心を静めてお参りをされる場所です。
テーマパークでもファミリーレストランでもありません。
サービス業ではないのです。

『お客様は神様』の自論は通用しません。

本当の神様は目の前においでです。
当然、不敬な行動は叱ります。

親御さんがお子様をしっかり御監督なさって下さい。

お子様を叱るのは、親の責任ですし、親が不行き届きで、
周りの人に叱っていただいたなら、逆切れではなく、
『ありがとうございます』です。

自分本位な考えの大人になられないように、
正しい教育で共にお子様の健やかなる成長を見守りましょう」

            ・・・

書いた神職に聞きました

この貼り紙、どんな思いで書かれたものなのか? 
神職の片岡剛さんに話を聞きました。

 ――書いたきっかけを教えてください

 「世界遺産になってから参拝者も増えています。そんな中、私たちが子どもを注意すると、
  逆にその親から苦情を言われるケースが増えてきたためです。
  他の参拝者のためにも、守っていただきたい一般的なことを書きました」



 ――どんな思いを込めたのでしょうか

 「子どもの頃にやりたいことをやって、そのまま大きくなったら大変なことになりかねません。
  子どものうちに、しっかりと親や周囲の大人が教えることが必要だということが
  伝わればと思っています」


 ――文字の色やフォントを変えたり、「お客様は神様」という表現を引き合いに出したり、
   工夫されていますね

 「当たり前のことを当たり前に書いても読んでもらえないと思ったからです。
  気にとめてもらえないし、堅い内容だと読むのがしんどくなりますから。
  ただ、この紙は神社の紹介文などと一緒に置いてあるもので、
  大々的に訴えているわけではありません」


 ――「神社に限らず、世間一般に当てはまる指摘だ」といった声もあります

 「子どもたちは宝です。健全に育つように周りの大人が見守っていける、
  そんな社会であったらいいなと思います」

  (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151111-00000001-withnews-l26

・・・

宇治上神社は、宇治別格本山の近くにあります。
宇治川を介して、対面に平等院があるようです。

御祭神:応神天皇,菟道稚郎子 (うじのわきいらつこ) ,仁徳天皇

  → http://www.y-morimoto.com/kyoto_isan/ujikami.html


               <感謝合掌 平成27年11月11日 頓首再拝>

子どもの言いなりにならない - 伝統

2015/11/15 (Sun) 18:17:43


            *『子育てプリンシプル』奥田健次・著より

子どもを泣き止ませるために、
子どもの言いなりになっている親や祖父母が増えている。


子どもに責任を持たせる。
自分がしたことに対する責任を、子ども自身にとらせる。

(1)0~1歳:もも組
        とにかく丁寧に扱う。
        叱って育ててはいけない。

(2)1~3歳:りす組
        この時期からしつけが始まる。
        少しずつやってよいことと悪いことを教えていかなくてはならない。
 
        ここをただかわいがるだけで子どもの言いなりになってしまうと、
        あとから手をつけられなくなる。

(3)3歳以降:らいおん組
        暴れたら手に負えない。
        きちんと教育やしつけができていないと、
        街に連れて出たらたいへんなことになる。


子どもという言葉で一括りにしてはいけない。

子どもが今、どの段階(もも、りす、らいおん)にいるかで、要求の受け入れ方を変えていく。

もも:要求充足率100%。
りす:要求充足率80% 「がまん」を経験させなければならない。
らいおん:さらに要求充足率を下げる。


大人になればなるほど、思うとおりにならないことが増えていくのはあたりまえ。
徐々に子どもの要求を拒否していくことは、将来の現実のためにどうしても必要。

大人になったら、自分で仕事を探して、稼がないと生きていけないんだということを、
親は教え込まなければならない。

夢や希望だけでなく、現実の厳しさを教える。
挫折したあとの新しい道を見つけてあげるのが、親や教師などの大人の役目。


生きているかぎりストレスフリーということはありえない。

むしろ子どもが強く成長するチャンス。

親は子どものストレスを取り除こうとしてしまう
「かわいそうだから」と親が守りすぎると、
子どもが社会に出ても新しいストレスに対処できないほど軟弱に育ってしまう。

自分で考える経験をしてこなかった子は、
挫折にぶち当たったとき、自力で乗り越えようという気力さえわいてこない。


               <感謝合掌 平成27年11月15日 頓首再拝>

親の厳しい縛りで子供が堕落する - 伝統

2015/11/20 (Fri) 19:36:12

             *『精神分析の話』第43話(P145~151)より

罪の魅力というものがあります。

叱られることは何となしにしたくなるのです。 

(中略)

隠れたる罪というものには一種の魅力があるのです。

罪は本来はないのですけれども、罪だと思えば歪んでそれが魅力的に現れて来るのです。 

(中略)
 
人間の自然は善なのですから、善がしたくなるのです。 
強制的に統制すると暗取引が横行して統制を馬鹿にするのもそのあらわれです。 

悪はないのです。 
悪が形をもって顕れて来るのは、縛りに対する反動として本性が歪んで顕れて来るのです。

縛りを解くということに面白味を感ずるのが人間共通の心理状態です。 
窮屈な家庭に不良青年が出来るのも常に縛られているとその縛りを解きたくなるのです。 
親の統制があまり厳重な家庭に育った子供がよく堕落するのです。 

あんなに厳重にやっているのにどうしてあの子供は堕落したのだろう
というような場合もあり得るのです。

 
人間を縛るとそれを破るところの面白味というものが出て来るのです。 
その上、こうしたら罪になるぞと云って「罪」という名前をつけると
「罪」というものを犯したくなって来るのは、怖いもの見たしという心理状態であります。 

異常に対する魅惑であります。

子供を教育する上に気を着けねばなりません。

               <感謝合掌 平成27年11月20日 頓首再拝>

子供の運命は、母親の心の持ち方から - 伝統

2015/11/22 (Sun) 19:19:40


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(1)より

(1)運命をきめるもの

  ①「教育とは学校で習ったものを全部忘れて、その後に残ったもの」
   これは、有名な教育家ペスタロッチの言葉です。実に穿った言葉です。

  ②同じように、私達の運命をつくるものも、家庭環境から受けたいろいろの影響や、
   学校環境、社会環境から受けたさまざまな影響も、その具体的な事実が残存するのではなく、
   それらの総べてが濾過され、それらのすべてが忘れられて、しかも尚その後に残ったものが
   その個性とからみつき、その個性に傾向を与え、その運命を決定する基盤になるのです。

  ③それでは、その個性とからみつくものは何であるか、
   その個性に傾向を与えるものは何であるかということになり、
   ここに私達の究明しなければならない世界があるわけです。

(2)後家のがんばり

(3)運の悪い子

(4)学校の成績と運命

  ①大体、私は学校の先生を20年もしていて、最初に気づいたのは、この運ということでした。
   多くの子供を見ていると、学校の成績が、必ずしも社会に出てからの
   幸福の順位を現わさないということです。

  ②私は、この運ということについては時々考えさせられたものです。

  ③しかし、運というものは、何となく人間には不可抗力の世界にあるもののように思われ、
   世の教育者たちも深くその点に思いを致すことをしなかったのではないでしょうか。

(5)運命をつくる鍵

  ①しかし、私は幸いにして生長の家の教えにふれ、精神科学を知り、心の法則が
   はっきりしてくるとともに、この不可抗力のように思われていた人間の運命も、
   実は、自分の心の中でつくり出した、人生の絵巻物だったということが、
   はっきり分ってきたのです。

  ②運命をつくる鍵は、自分の心の中にあったのだと分ったのです。

   これから、私がとりあげる各種の問題の解明は、もっぱら精神科学を基礎にした、
   心の法則に従って説かせて貰うわけになるのです。そうした観点から、前述の未亡人に
   対しても、私は次のような助言を与えました。

(6)お父さんがいないから

  ①あなたの歯を食いしばって言う言葉や表情が、
   子供たちの心の底に深く深く、不運、不幸を植えつけたのです。

   精神科学では、この心の底深く植えつけられたものが、そ
   の子の運命となって現象界に現われてくるのだということを証明しているのです。

  ②夫はなくなったけれど、子供が五人もいてくれる。級長になったり、委員になったり、
   何と結構な子供を授けていただいたことであろう、ああ、ありがたい……
   こんな気持もあっていいではありませんか。

  ③そのような言葉や表情で、親子が睦みあってごらんなさい。
   そうして、お父さんは霊界で守っていて下さる。学校でいただいてきた成績表を、
   お父さんの前にそなえて喜んでもらいましょう。

   こうした明るい雰囲気を家中にただよわしたら、物はなくとも、金はなくとも、
   親も子も幸福を感じあえるようになり、心のドン底にうれしい幸福感をもてる
   ようになるのです。

   この心の底にうれしいもの、明るいものを掴むことができた時、
   それが子供の運命を明るいもの、幸福なものへと導いて行くのです。

  ④私は、さらに彼女たちの今後の運命を明るくするためには、
   現在の生活の中から喜ばしいもの、うれしいものを見出すこと、愛と感謝を表現すること、
   よい言葉、明るい表情などで、家庭の雰囲気をかえることなどについて具体的に助言しました。

  (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=542 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年11月22日 頓首再拝>

当りまえをほめることが大切です - 伝統

2015/11/24 (Tue) 19:34:14


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(4)より

(1)良い子は良い家庭から

  ①あたたかい家庭をつくりましょう
   家庭は子供の苗代であります。

   そこにゴツゴつした夫婦いがみあいの言葉があったり、
   そこにするどいとげをもった目と目、心と心の刺しあいがあったのでは、
   やわらかい子供の苗木は育ちません。

  ②始終病気にかかったり、神経質でイライラし、育ちのわるい子は、
   そうした雰囲気の中で苦しんでいる姿なのです。
   子供は、まだ目や耳で判断ができなくても、霊感的に周りの雰囲気を直感するのです。

  ③だから、子供が育つための最も大きな栄養素は何といっても家族の人々の
    ―― 和顔・愛語・讃嘆 ―― です。
   やわらかい言葉、あたたかいまなざしで祝福し合う家庭環境にしたいものです。


(2)叱る材料は親ゆずり

  ①子供を叱る叱る材料はいつどこで勉強し、仕入れてきたかという問題があります。
   これは、もうお気づきの方もあると思いますが、子供のときにお母さん方が
   よく叱られたということが原因です。お里をあらわしているのです。

  ②叱ることはたくさんあるが、ほめることがないと言われるのは、
   皆さんの潜在意識にほめられた言葉がレコードされていない、ということです。
   これで、子は親の業をつぐということも、お解りと思います。

  ③この業の切りかえ作業に、二代三代の長い時を要することさえあるのです。
   さあ、これからは毎日、家族を祝福できるお母さんになってください。


(3)ほめる勉強

  ①皆さんが叱る、1日に二度も三度も叱る。
   その叱る材料の裏側は、全部ほめる材料なんですよ。

   例えば、子供が鼻汁を出していろと『きたない、ふきなさい』と叱るでしょう。
   しかし、鼻汁の出ていない瞬間もあるものですよ。
   その瞬間が、ほめる時なんですよ。

   『あれ坊や、今日は鼻の下がきれいなんだね……、素晴らしいね…」とほめるんですよ。
   すると、坊やはうれしくなるのです。そして、その次からは、変わるんですね。

   鼻汁の出ている時に、お母さんの顔を見た坊やが先に気がついて、
   『あっ、そうだ』と袖で鼻汁をふくのです。


   「御飯をこぼして叱られる子供も、箸をもった瞬間には、
   まだ一粒もこぼしてはいないのです。
   そのこぼれていないときに、ほめるのです。

   『今日は、上手にこぼさないね……』と。
   そうすれば、こぼした途端に、両手で御飯粒を拾う子になるのです。

  ②世のお母さんは、当り前の状態がくずれたときに叱るのは上手ですが、
   当りまえの時に誉めるべきだとは気がつかないのです。

   当りまえが尊いのです。
   下駄が当りまえに脱いであったら、それを誉めればよいのです。

   ところが、当りまえをほめることを知らないお母さんが、
   当りまえになっていないことばかりを見つけて小言をいう。
   そこで小言過剰の、子供に好かれない母親ができあがるのです。

  ③朝、子供が、泣かないで起きてきた。御主人が、お勤めがすむとまっすぐに帰られた。
   こうして当りまえのことに感謝し、祝福できる奥さんになってください。


   (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=555 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年11月24日 頓首再拝>

性教育~年齢に応じて正しい対応を - 伝統

2015/11/27 (Fri) 19:44:29


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(5)より

<どこから赤ちゃん生まれるの>


(1)「赤ちゃんどっから生まれるの」

   これは、子供が宇宙の神秘にメスを入れているところで、尊い質問です。
   正しく答えてやることが本当の愛情です。

(2)性の問題は子供に尋ねられたとき、
   質問の部分に正しくこたえるのが最も大切なことなのです。

   どんなに間違っても「そんなことは、きかないもの」などといってはなりません。
   そんなこと「きくな」といわれると、いよいよききたくなるのが、秘密の魅力で、
   下手に「いやらしい」などというと、「ああこれは、いやらしいことか」と、
   それからは性を不潔なものと考えるように導かれてゆくのです。

(3)「ある賢明なお母さんは『赤ちゃんはね、おしっこの出るあたりから生まれるのよ。
   おしっこの出る穴とはちがうのだけれど、あのへんから生まれるのよ。
   だからあのへんは大切にして、いじったりよごしたりしないようにしなければいけないのよ』
   とおしえていられるのです」


<ガールフレンド、ボーイフレンド>

(1)年頃になれば、異性に興味を感ずる。
   これは自然の姿であり、その気持を受け入れてやって、そのまま育ててやることは
   尊いことであるが、その間に、恋愛、結婚という問題がからんでくるのですから、
   そのことについてはっきりした考えをつかませてやらねばなりません。

(2)どんなに間違っても、結婚前の性交は絶対つつしまねばなりません。
   異性との交わりは、公明に、正大に、家庭と家庭との交わりの上に成り立つように、
   ガラス張りの交際に発展させてやるのが本当の親の愛情です。

   そしてどこまでも精神的な家族の祝福、
   すべての周囲の理解のなかで育ててやるべきだと思います。


<あなたの選んだ人>

(1)子供の選んだものが親の尺度に合わないからといって、
   だめだとか、いけないとか一言に切りすててしまったのでは落第です。

   そのためにできた親子の間の溝は、なかなか癒えるものではなく、
   どんなに良い子でも一度は親不孝者になることさえあるのです。

(2)子供に異性の友だちができた時は「あなたの選んだ人」として尊敬し、
   大切にしてやることです。

(3)「あんたの選んだ人は、お母さんも好きになるにきまっているじゃないの」
   といわれると、子供は責任を問われなくとも責任を感じずにはいられなくなって、
   結果は自らのたましいの成長にもなってくるのです。

    (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=559 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年11月27日 頓首再拝>

何故、子供は固着した愛情をもつ母親に反抗するか - 伝統

2015/12/02 (Wed) 19:58:22

          *『愛はかくして完成す』(P158~162)より
 
            
あまりに子供に固着した愛情をもっていて、
子供のことが一から十まで気にかかって仕方がなく、
一挙手一投足に至るまで 

「斯うしないさい」 
「ああしなさい」 
「こうしなければ可けませんよ」 

「勉強はこうしなさい」 
「学校では3番以下に落ちてはダメですよ」 

などと言わずにいられないような母親もある。 

そして母親自身は意識的にも

「わたしは子供をこんなに愛しているんだから、気にかかって仕方がないのだ」

と思い込んでいるのである。

しかも、そのような母親は実際はその子供を愛していないのである。 
子供は鋭敏にそれを観ぬいている。 
子供は常にそのような母親に対して敵意をいだくのである。 

彼は母から常に縛られているような窮屈な感じをもたされていて、
母親から逃げ出したがっているのである。


《子供は”それを”知っている》

母親が何故子供にあまり気にかけすぎて箸の挙げ下ろしにすら
干渉がましい事を常にいわねばならないかというと、

それは愛が深すぎるからではなく、
母親自身がその子供を本当に愛していない自覚が潜在的にあることを知っていて、
それを補うために、事毎に子供の行動に干渉したくなるのである。

子供は、それを知っている。 

それで益々母親に反抗しようとするのである。


《愛するとは相手を尊敬し信頼することである》

母親は 

「自分は子供を愛しているから、子供の事が気にかかって仕方がない」 

と考える。 

しかし、子供は 

「母があんなに口小言を、うるさくいうのは私を愛していないからだ」 と考える。

この 「愛している」 という思い過ごしと、
「愛していない」 という子供からの観察とは如何にして調和するのだろうか。

それは母親が 「愛する」 という事の根本的意義を知らないからなのである。

愛するとは、愛する相手を、愛せらるべき資格ある立派な存在であるという
尊敬と信頼とが根本にあって愛情を表現することなのである。 

子供の一挙手一投足に対して、気がかりで叶わないような母親には
そのような子供に対する尊敬も信頼もないのである。 

ただ子供を不完全な存在であると思い 〈ハッキリと表現すれば、子供を軽蔑し〉 
本当の意味に於いて愛していないものだから、
その代償として、子供のことに、一々干渉せずにはいられないのである

 
《自己否定の奥には”人生に対する敵意”がある》

一方に於いて 「私は子供のために犠牲になって一生を過したい。 
それほどわたしは子供を愛しているのだ」 と考える母親がある。

このような考え方は、往々にして子供をのこして夫に死に別れた未亡人に多いのである。 
しかし此のような未亡人の生活は気の毒である。 
彼女は決して日常生活に幸福感がないのである。 

大たい 「犠牲になる」 という考え方そのものに人生観上の欠陥があるのである。

神は決して誰かが犠牲にならなければ、ほかの人が幸福になれないような
不完全不調和な世界を作らなかったのである。 

彼女の人生観の奥底にはこの世界を 「犠牲を必要とする人生観」 をもって観る限りに於いて 
「人生に対する敵意」 をもっているのである。

その敵意が反映して彼女に、子供を遺して夫を死別されるような不幸な境遇が出現したのであり、
その敵意の続きとして、「犠牲」という自己否定の美名に於いて自己を苦しめつつあるのである。
 
“自己否定”そのものが“人生に対する敵意”の変形であるのである。


《母親は子供の犠牲になってはならない》 

“人生に対する敵意”を内に隠しながら子供を愛している母親は、
真には子供を愛することができないのである。

このような母親で‘自己主張的’な彼女は“愛する”という形によって子供を傷つけ、
子供を不完全なものだと信じ込んで、子供のことが「気にかかって」仕方がない、
その結果、子供に対して、「あなたは不完全だ」の念を放送し、
その念の放送によって子供を念縛して子供を不良化することになるのである。

こんな母をもつとき、子供は決して幸福には成れないのである。
 
また人生に敵意をいだきながら‘自己否定的’な母親は「自分は子供に犠牲になっている」
という気持で、その犠牲感によって不幸に陥れていることを知らないのである。 

「私が生まれることによって、私は母親を不幸にした」 という感じほど、
その子供を傷つけるものはないのである。


               <感謝合掌 平成27年12月2日 頓首再拝>

時に、しっかり叱ることが重要 - 伝統

2015/12/05 (Sat) 19:31:09


            *『子育てプリンシプル』奥田健次・著より

過保護で過干渉な親が、子どもの成長の邪魔をしている。
人間は、痛い目にあって大事なことに気づく。
成功経験と同時に失敗経験も重ねることで、よりよく成長できる。

失敗を認めさせる。
叱ったり皮肉を言ってはいけない。
親が失敗経験や成功経験をどうとらえるかで、子どもの成長は大きく変わってくる。


少しずつ目標をクリアしていくというスモールステップの発想。
ダメな親や教師は、そこを一足飛びにやろうとする。

叱らなければならない状況で、「説得」や「説明」で切り抜けようとしてはいけない。
ただ子どもに媚びているだけ。

子どもはちゃんと説明すれば理解してくれる、というのは親の甘さ。
子どもが学ばなければならないのは、
やってもいいこととやってはいけないことの境界線(=ルール)

               <感謝合掌 平成27年12月5日 頓首再拝>

健全な家庭には中心がある - 伝統

2015/12/08 (Tue) 19:48:11


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(6)より

一本の木を見ても、すっきりとしんの立った木は立派にのびるのです。
一軒の家も同じことです。

夫を中心に、お父さんを中心に、年寄りを尊敬し、一つ心になってこそ、
その家は栄え、子供たちも健全に育つのです。


<すべてのものに中心がある>

(1)お父さんを尊敬させるお母さん、お母さんに感謝することを教えるお父さんに
   育てられる子供ほど幸せなものはありません。これが拝みあいの家庭です。
   中心帰一が、神のみ心だからです。

(2)日本の建国二千六百余年の興隆の歴史は、
   天皇を中心に全国民が一つ心に拝み合った姿でした。

(3)すべてのものに中心がある。太陽系には太陽があり、原子電子には、核がある。
   一つの会社に社長があり、一つの県には県知事があり、一つの町にも町長がある。

   それぞれに中心があり、その中心にそって回転するところに、
   その会社その町の繁栄がある。

(4)話は大きなところまで進展しましたが、原理は一つです。
   一家の健全なる繁栄を願うのならば、妻は主人を中心に立てて、
   子供にも父を尊敬し母を愛する中心帰一の心を養うようにしなければなりません。



<家庭の浮浪児>

(1)家庭の中心が確立していないと、子供たちは
   父母の、その時その場のでたらめな感情の波にふらつかされます。
   それが、家庭の浮浪児です。
   そして、やがては社会の浮浪児への道をたどるもとになるのです。

(2)(あるお母さんが、夫と諍いを起こし、)

   キャッキャッとはしゃいでいる坊やに、お母さんがこんな言葉を口にしました。

   「坊や、お父さんとお母さんとどっちがすき
   ……お父さんにつくの……お母さんにつくの……」

   子供は可哀そうに、まごまごしているのです。
   子供はお父さんもすき、お母さんもすきなのです。
   それが健全なのです。

   子供の純で健全な心が、こうした心ない母親の言葉でゆがめられてゆくのです。


<父親を嫌う子ら>

(1)家庭に浮浪児を育てておくと、やがては親が結果を受けとらねばなりません。

(2)日頃のお母さんの言葉や表情を通じて、「おやじ、きらいや……」
   という気持が子供の潜在意識の底深く植えつけられていきます。

(3)指導した例(娘と父親との仲たがいで母親への指導)

   「家へ帰って、御主人にお詫びしなさい。娘さんにも、おわびなさい。
   勇気を出して、家庭の雰囲気を一新するのです。
   秩序ある生活を創りだすのです。

   朝おきたら、先ず御先祖を礼拝するのです。
   一服のお茶でも、お年寄りから先に、あげるのです。

   立てるべきものを立て、尊敬すべきものを敬う生活をすることです。
   そしたら、自然に家の中が調和した状態に変わるのです」


   彼女は、涙ながらにきいて下さって、実行されました。
   一切がよいように解決したことは、いうまでもありません。



<お父さんを尊敬させるお母さん>

(1)私の尊敬している奥さんの一人に、千葉市登戸の井出さんという方がおられます。
   お子さんは四人。三男一女のお母さんですが、お子たちはみな立派です。
   みなさんが結婚して、もうお子さんがあります。

   井出さんは、「盆暮にはもちろん、今日はお父様のお誕生日、今日はお母様のお誕日と、
   三人の娘たち (お嫁さんのこと)が揃って喜ばせにきてくれます……」と、
   目を細くして喜んでいられます。

(2)そのお母さんに、私はあるとき、お願いしました。
   「井出さん、あなたの教育法をきかせてくださいませんか」

   井出さんは驚いたような表情で、言われました。

   「私に教育法などあるものですか。私はただ子供たちの幼い頃から、
   あんたたちは素晴らしいお父さんをもって幸福ね……と、
   そればっかりいってきただけです」

   「そうだ、これだ。これ以上の教育法がどこにあろうか」と、
   私は感歎したものであります。



<お父さんを軽蔑させるお母さん>

(1)教育下手なお母さんたちは、父親を尊敬させるどころか、
   子供を味方にして、夫に対する不平不満をぶちまけたり、
   父を軽蔑させることにかかりきっているのです。

(2)いろいろの質問をもってこられる方の中には、
   「子供が昨年高校を卒業したのですが、どうしてもお父さんと意見が合わず、困っています」
   といったケースが、とても多いのです。私は、そうした方には、こう話すのです。

   「それは、あなたのまいた種が生えたまでですよ。あなたは息子さんのまだ小さい頃、
   『お父さんは、しょうがないわね。またお酒をのんで……』とか、

   『なまけてばかりいるわね』とか、

   子供相手にお父さんを非難し、
   お父さんを軽蔑させるようなことを言った覚えがあるでしょう。

   それが、いつの間にか子供の心の中に
   『おやじは、きらいだなぁ』という気持を植えつけてしまったのです。
   父親コンプレックスというのですね。

   それが、心身ともに成長して、力もついてくる思春期になると、
   心の奥底深くおし込められていたものが爆発的に頭をもたげるのです。
   お父さんの言うこと、すること何もかも嫌いだ、という形で現われてくるのですよ」

   事実そうなのです。

   お父さんを尊敬する子供を育てるお母さんになってください。

   (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=562 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年12月8日 頓首再拝>

愛情は豊かに表現しましょう - 伝統

2015/12/14 (Mon) 19:30:08


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(7)より

<子供をだきしめる教育>

近さんという婦人が立って、次のような体験談をしてくださいました。

「おやすみをするときに子供をだきしめてやることにしました。
先にもいったように、子供たちは4人います。一番下が男で小学校1年生、
一番上が女の子で中学2年であります。

その晩、みんなが床に就いてから、まず、一番下の小さい子供の寝床へ行って
『お休みなさい』とだきしめてやりました。

その子の喜んだのには驚きました。

二番目三番目も、みな非常な喜びようです。

でも、四番目の時には、ちょっとたじろぎました。
もう中学校の2年にもなっているのだ、いやがりはしないかと思ったのです。
しかし、公平な態度が必要だと思って、抱きしめてやりました。

すると、どうでしょう。いやがると思いのほか「お母ちゃん」と
飛びつくようにして喜んでくれたのであります。

こんなにして1週間ほど続けましたら、
子供らは私が何を言っても一つの抵抗も感じなくなったのです。

ところが、気がついてみると、お父さんがいささか淋しいらしいのです。
それで、私はある日、子供らが全部揃っているところで、
『ああ、お父さんの分忘れていたね』といって、お父さんに頬ずりしました。

子供達は、みんな喜んで手をたたいてくれたのです。
今、私のうちは春風に包まれたような楽しさです」


<夫にあまえたお母さん>

(体験談あり)

愛情の表現は、親が子に対してだけでなく、
妻が夫に対する場合に、なおさら大切なことであります。

その場合には、柔らかい心が何よりの宝なのです。
やわらかい心がないと、それができないのです。
そして、その柔らかい心を育てるのは、家庭の雰囲気なのです。



<じっと見つめてニッコリ笑う>

子供は愛されたいのです。信じられたいのです。
愛されていろという自覚、信じられているという確信があったら、
絶対といっていいほど間違いを起こす心配はないのです。

子供が学校へ出て行くとき、帰ったとき、「行っていらっしゃい」「お帰り」という言葉と共に、
じっと見つめてニッコリと笑ってやってください。

これが、子供たちにとってどんなにうれしいことか。
母の愛情を満身に受けたような気になって、友だちとも仲よく、
先生のお話も熱心にきける落ちついた気持になれるのです。

ただ、じっと見つめて、ニツコリするだけで良いのです。

愛情の表現というと、「小さい子供なら抱きしめてもやれるし、頬ずりもできますが、
大きい子供には、そうもできないじゃありませんか」と、おっしゃる方があります。
しかし、それは知恵の足りない話です。

目は口ほどにものをいうのです。
どんな大きい子供にでも、一日に一度やニ度は、これをやってみてください。
御主人には、なおさらのことです。


(中略)

ある婦人会の席でも、じっと見つめて、ニッコリ笑う話をしたものです。
そしたら、2、3日後に、一人の御婦人に呼びとめられました。

「先生、あのじっと見つめてニッコリ笑うって、とてもよろしいですね」

「ああ、あなたは御主人になさったのですか」

私は、この奥さんには子供さんのないことを知っていたからです。
答えは思いがけないものでした。

「いいえ、そうじゃありません。あの日帰ったとたんに、
お姑さんの目を見つめて、ニッコリしたのです。

お姑さんは『どうしたの、どうした』とおっしゃいました。

それで、婦人会で平岡先生に伺ったお話をしました。
『なるほど、それは良いね』ということになって、
それからは台所で会うと、じっと見つめてニッコリ笑う。
茶の間でも、廊下でも、会うとじっと見つめて、ニッコリ笑うということになったのであります。

おかげで、子供のいない家庭ではなかなか笑い声もでないものですけれど
あれ以来私のうちは、ただもうわけもなく明朗になって、
アハ……オホ……と笑い声がたえなくなっ たのです」

その他にも、御主人にこの方法を徹底的に実行した結果
「半年のうちに主人の運がひらけて、会社の重役に取り立てられ、月給が二万円もふえました
」と報告して下さった方もあります。

ものもいらねば金もいらない。
ありあわせの顔一つで、じいつと見つめて、ニッコリ笑うだけ。

ただ、これだけの愛情の表現で、幸せになれるのです。
日本中の家庭に、じっと見つめて、ニッコリ笑うことを、おすすめしたいのです。

   (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=569 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年12月14日 頓首再拝>

幸せな家庭は、明るい言葉と素直な気持ちから - 夕刻版

2015/12/17 (Thu) 19:25:19


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(8)より抜粋

《明るい言葉を家庭に社会に》 


先年、生長の家白鳩会では「よい言葉、明るい言葉で、家庭や社会を明るくしましょう」
という運動を起こしました。

(1)すなおにハイ

(2)ありがとう すみません

(3)おはよう おやすみ

(4)ああうれしい

これだけの言葉です。
これだけの言葉が、何の抵抗もなくスラスラとでる家庭は立派であり、
人間関係も必ず美しいに相違ありません。



《素直にハイ》

子供が「お母さん」といったら、朗らかに「ハイ」と返事をし、
「お父さん」といったら、朗らかに「ハイ」と返事をしてやってください。

これが、子供を素直で運のよい子に育てる秘訣です。


子供が呼んだら必ず直ぐ朗らかに返事をしてやる。
「ハイ」と返事をしてやる。これが家庭教育の第一カ条だ、と私は考えています。
その習慣をつけると、子供は実に素直に育ちます。
素直に育つだけで一なく、運のよい子にも育つわけです。


実際、子供が「お母さん」と呼んだとき、
すぐ「ハイ」と返事をしてやれば、子供の心は実に平和です。


《いっていらっしゃい、お帰りなさい運動》

心が運命をつくるという話で、思い出すことがあります。
あの大東亜戦争当時のことであります。

大阪の産業報国会で、家族を職場へ送り出すとき、「行っていらっしゃい」と送り出し、
帰ったら「お帰りなさい」と迎えてやってほしいという運動を起こしたことがあります。

その理由が大阪朝日新聞に出ました。

それによると会社や工場で、工員が腕を折ったり足を折ったり、
生命にもかかわるような大事故を起こした場合、

家族関係を調査してみろと、85パーセントまでが、夫婦喧嘩をした後であったり、
親子喧嘩の後だったということが分かったというのです。

このことは、心理学でも明らかになっている通りです。
こんなわけで、大阪の産業報国会では、家族関係を調整することが何よりも大切なことである
と気づいて“行っていらっしゃい、お帰りなさい”運動を起こしたわけです。



《ハイの名人》

私の尊敬している方に、大阪の寺田繁三という生長の家の先生がおられました。
79歳で亡くなられました。いつも、かくしゃくたる健康体で、亡くなられるまで
疲れるということを知らない方でした。

この先生に、 息子さんが一人ありますが、その息子さん教育は
徹底した「ハイ」の実行と一切をほめるということの2つでありました。

寺田先生の「ハイ」の実行は、それはそれは徹底したもので、
「御飯にいたしましょう」というと、「ハイ」と、もうお尻があがっているのでした。

息子さんは、実に明るくて素直で、すべて優秀に育たれたのです。

こんな話をきいたこともあります。
息子さんの名前は、良一さんといいます。
今度の戦争では南方派遣軍に従軍して、長らく御苦労なさったのです。

あのみじめな敗戦のために復員される日はわかったが、到着の時間がわからなかった。
時間がわからないので 寺田先生は、その日も講演に行かれたらしいのです。

夕方、帰宅されると、30分ほど前に帰られたという良一さんが、

「お父さん行ってまいりました。留守中ありがとうございました」

と挨拶された。

すると、お父さんも、
「ああお帰り御苦労でした」とおっしゃったが、すぐ言葉をついで、
「良一、お仏壇におまいりなさい」とおっしゃったそうです。

良一さんは「ハイ」と、すぐ仏壇に御燈明をあげて線香をたき、
鐘をならしてお詣りされたというのです。

そこへ、お母さんが台所から手を拭きふき出てこられて、
「お父さん、良一は帰るとすぐに、御仏壇におまいりしたんですよ」
と告げられた。

つまり御先祖さまへの帰還の報告は、もうすましてあったわけですが、
お父さんのお言いつけに、素直に「ハイ」と従われたというわけです。

私は、このお話をきいたとき、素直さということについて
何とも言えない厳粛なものを感じさせてもらいました。

そして、一家の主婦に、そういう「ハイ」の実行が出来たら、
いやでもその家庭は天国になるはずだ、と深く思ったのです。


《孝行市長さんの話》

あるとき、寺田先生が、良一さんの「絶対ハイ」のお話を舞鶴市の講演会で話されたそうです。
その席には、舞鶴市長さんも見えていた。お名前を忘れましたが、
もとの陸軍中将で、万年市長、親孝行市長として市民の信頼の厚い方だそうでしたが、
良一さんの話に深く感激されて、自ら来賓席から立って感謝の辞を述べられたそうです。

そして、市長さんは、その日帰宅されるとさっそく御仏壇にお燈明をあげて

「お父さん、お母さん、御在世の間に良一さんのような気持になれなかった親不孝を、
どうぞお許しください」

と涙と共にお詫びなさったということを、あとで聞かせて頂いたことでした。

良一さんは、学校の成績も勝れて優秀で、東大を卒業されました。
今は、三菱の会社でも重要なポストにあって、時折は社用で、
世界の各国に出張したりしておられるのです。

子供の教育に当って、家庭環境の改善は言葉からです。
それも、先ず「ハイ」からであることを提唱したいのです。

   (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=579 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年12月17日 頓首再拝>

子どものわがまま - 伝統

2015/12/20 (Sun) 19:34:13


            *『子育てプリンシプル』奥田健次・著より

人間は生まれながらにわがまま。
子どものわがままにどう向き合うか。

わがままはやめさせるべきものではなく、
「子どものわがままを育てよう」というのが、わがままの正しいとらえ方。

どこかでがまんしないといけない
わがままとがまんは、両方を育てていかないといけない。
身勝手な行動はもちろんダメ。

ケンカから学ばせる。
少しくらいのケンカなら遠くから見守っていればいい。

子どもの頃に、ある程度、ケンカをさせておかないといけない。
気まずい思いをさせておかないといけない。

               <感謝合掌 平成27年12月20日 頓首再拝>

愛情にうえた子ら - 伝統

2015/12/22 (Tue) 19:17:22


          *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
               ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(9)(10)より抜粋


幼年期における愛情の不足は、何といっても寝小便と、指をなめ、爪をかむ姿にあらわれます。
もうすこし大きくなると、親の金をぬすむとか、次は性愛の目覚めが早くなるとかいう姿となり、
青年期ともなれば酒、女、パチンコ、競馬、競輪にこり、さもなくばノイローゼ、精神分裂症、
自殺にまで行きかねないことになるのです。


<寝小便をする子供>

「子供が三、四歳になって、もうおむつもいらなくなっていましたのに、
下の子が生まれると間もなく、寝小便がはじまて……」といわれたお母さんがあります。
これなどは、はっきりと親の愛情を求めている姿だということがわかります。

下に赤ちゃんが生まれるということは、子供にとっては
何といっても恋人以上の母をうばわれることになるのですから、このときこそ、
その子の気持を察して、今までより以上の愛撫を必要とするのであります。

もし、赤ちゃんにお乳を与えているときに、 子供が側に寄ってきたら、
それこそじっと見つめて、ニッコリ笑い、
「あんたが赤ちゃんのときも、お母ちゃんはこんなにして、あんたにお乳をあげたんですよ」
といってやるのです。

すると子供は、「ああ僕もこうしてもらったのか」と満足し、赤ちゃんをも愛する子供になるのです。

そうでないと、寝小便をするだけでなく、
母をうばった赤ちゃんをにくんで乱暴する子になることもあります。



<寝小便は母の涙>

子供の寝小便は、お母さんの心のかげとして現われている場合も、よくあります。
すなわち、お母さんが暗い心、じめじめと笑えないような気持になやんでいると、
子供が寝小便をするのです。

(愛情をそそぎ、子供を抱きしめたところ、それっきり子供の寝小便は止んだとの体験談あり)


<父を恨んで寝小便>

(継父を恨んで、寝小便が止まない高校2年の女の子へ、今のお父さんに孝養をつくすことを
 指導したところ、寝小便が止んだ体験談あり)

    (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=582 )



<三児の寝小便一夜でとまる>

これは、ある田舎で会った、まだ若いお母さんの話です。
「私は三人の子供をもっています。一番上が小学校三年生、次が一年生、一番下は四歳ですが、
三人とも毎晩寝小便をするのです。どうしたらよいのでしょう」

「ああ、それはわけはない。私のいう通りしなさい。
今日帰ったら、一人一人別々に抱きしめてやるのです。
『お母ちゃんは、坊やがおってくれて嬉しい!』と、ほおずりして抱きしめるのです。

そんな時、子供は天にものぼる喜びを感ずるのです。
子供はお菓子より、おもちゃより、こうしてお母さんに抱きしめてもらうのが一番うれしいのです。
この時が子供の天国です。極楽です。

寝小便は、淋しいとき、お母さんの愛情を求めて得られないとき、下から出る涙なのです。
それだけに、うれしい! とおもった時には必ず治ります。・・・」

その夜限り、三人の寝小便は止ったのです。
若いお母さんは、喜んで喜んで挨拶にこられました。


私は結びに言いました。

「家庭を楽しくするのですよ。思いっきり愛情を表現するんですよ」


<指をなめる子>

赤ちゃんがお母さんのおっぱいにぶらさがって、片方の手で、
もう一つのおっぱいをたたいて楽しんでいる。
あれが、赤ちゃんにとっては全くの天国なんです。

あの期間をゆっくりいただけた子供は絶対といっていいほど指をしゃぶったり、
爪をかんだりするものではありません。


が、指をなめ、爪をかむ赤ちゃんの姿は、この世で最初の貧乏の表現です。
物欲しいすがた、愛にうえた表情です。

叱ってなおるものでもなければ、おだててなおるわけのものでもありません。

このことを知って深く感動された中村という若い奥さんは、
その晩眠っているみよ子ちゃんの枕元で、20分も泣いてわびたというのです。

それから毎日、ほかの兄弟のいないときに、みよちゃんを抱きしめて、いわれたそうです。

「みよちゃんがいてくれて、お母さんはうれしい」
1カ月ほど続けたある日、気がついてみると、みよちやんの指をなめるくせが治っていたのです。
みよちゃんは、五歳でありました。


<子猫をあいして>

(60ばかりの御婦人がお孫さんのそれをなおした話)

指をなめて吸いだこを作っていた六歳の女の子がいました。
叱ってもおどしてもなおらないので、仕方なくそのままにしていた。
ところが、近所の猫が子を生んだとき、今度は猫の子をもらって欲しいとせがまれ、
うるさいと思ったが仕方がないので貰ってやった。

すると喜んで喜んで、よるもひるも抱いてあそんでいるうちに、気がついてみたら、
そのわるいくせがなおっておりました。そういう話をされたのであります。

先の中村さんの場合は、愛せられることによって満足し、
あとの場合は愛を与えることによって喜びを満喫したというわけです。

子供の時代に動物を愛し、植物を愛するようになれば、自然によい性質が養われるのであります。


<愛の不足は性の目覚めを早める>

愛情の不足でできた姿は愛情の満足で消えるのです。
ここに性の目覚めとの関係が生じてくるのです。
すなわち愛する相手を得たとき、それは自然にたくまずして消えるのです。

愛情に飢えているものは、それだけ愛の相手を求めているのだから
性の目覚めも早くなるわけなのです。


ともかくも、愛情の不足によってあらわれている寝小便をする子、爪をかむ子、金をぬすむ子……
これらの子供は、みんな愛の満足という同じケースによってなおって行くのであります。

      (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=584


               <感謝合掌 平成27年12月22日 頓首再拝>

子どもの感性を磨くためのコツ3つ - 伝統

2015/12/24 (Thu) 19:52:09


         *Web:It Mama (2015年10月23日) より

(1)日々の受け答え

   例えば、子どもが夜空を見上げて「星がきれいだね~」と言ったら、
   あなたは何と返事をしますか?

   多くのママは、「わ~本当だ、きれいだね~」で終わってしまうかもしれません。

   また、かわいい花を見た子どもが、「かわいいお花だね~」と言ったとき、
   あなたは何と返事をするでしょうか?


   大村さんは、「人以外の命の育みや、この先にはどんな話があるんだろう、
   と続きを考えさせる声かけをすることで、普段の生活の中で自然と視野が広がっていく」
   と言います。

   先ほどの星の話ですが、
   「本当だね。大きい星だね。あぁいう大きく光っている星は一等星って言うんだよ。」
   と答えることで、あの星は大きい星なんだ、一等星っていうんだ、
   と子どもが知ることができます。


   同じように、かわいい花を見つけたときは、まわりにも目を向けて、
   「本当だね! あっ、アリさんがいた!カマキリがいた!ここで生まれたのかなぁ~。」
   こう答えてあげることで、花以外のいろいろなことに目をやる習慣がつきます。

   こうすることで子どもの好奇心が育ち、好きな分野がでてくるでしょう。


(2)子どもの質問や感想を軽く流さない

   ママが忙しいときに限って、子どもって質問をしてきますよね。
   つい、「後でね」「そうなんだ~」と適当に流してしまったことがあるママも多いのでは?

   大村さんは、「子どもの感性を磨くためには、子どもからの質問や感想を述べたことについて、
   軽く流さず、感動したり、続けて質問してあげてほしい」と言います。
   適当に受け答えをしてしまうことで、子どももそれ以上先を知ろうとしなくなってしまいます。

   また、表現方法も、イエス・ノー、ある・ないだけではなく、
   何がどうでどうなのだと伝えられる人になって欲しいですよね。

   そのためには、
   「返答する言葉も簡略化しすぎたものにならないようにしてほしい」と大村さん。


(3)パパと子ども2人の世界を作る

   あなたのお子さんはパパとふたりだけで過ごす時間はありますか? 

   大村さんは「育児には父親の影響も少なくありません。」と言います。

   大村さんのお子さんは、パパと男だけの内緒の話、野球や友達との喧嘩の話などをしています。
   「父親や父親のような立場だからこそ与えられる世界は、確実にあります。」と大村さん。

   確かに、筆者もパパと娘がふたりで出かける時間や2人だけの時間を作るようにしていますが、
   2人だけの秘密があるようでとても楽しそうです。

   また、「妻という立場から言うと、夫が育児に積極的に取り組んでくれるということは、
   育児の苦悩を分かち合ってくれることでストレスが軽減されることに加え、
   育児に関して一緒に考えてもらえるという心のよりどころにもなります。」と大村さん。

   パパに育児に参加してもらえるということは、
   子どもの新しい世界を作るだけでなく、ママにとってもいいことばかり。
   パパに手伝ってと言える素直さを持って、協力して育児に取り組んでいけるといいですね。
        (http://news.infoseek.co.jp/article/itmama_99856/

               <感謝合掌 平成27年12月24日 頓首再拝>

ほめる教育 - 伝統

2015/12/26 (Sat) 19:44:32


         *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
              ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(12)(13)(14)より抜粋

<ほめ合い学級>

「今度は先生の見ていないところ、先生の知らないところで、
善いことをした人のことを知らせて下さい」

これが、大成功をしたのです。

「先生、誰さんは紙屑の落ちていたのを屑籠へ入れました」
「誰さんは、便所の戸を締めました」
「誰さんはガラスのかけらを始末しました」
「誰さんは、小さい子がころんだのを見ておこしてあげました」

小さなことではあるが、数々見つけだして発表するというふうになりました。
「ああそうか、それはすばらしい、よく気がついたね。それはよいことをしましたね」

私は嬉しくて賞讃し、激励しました。こうした雰囲気に、みんな、まきこまれてきました。

「そんなことなら私だって……」
「それくらいのことなら僕だって……」
みんなが、よいことをし、ほめ合い祝福し合う級風ができたのです。

先年、私が東京都のある講演会場でこの話をしたのを聞いていられた方が、
静岡県島田市のある小学校で、受売りしてくださったそうです。

そこの校長先生が、さっそくこの教育法を、その学校に採用し、
それまで広い廊下を運動場のようにドタバタと走り廻る子供を叱ることに
かかり果てていたやり方を、即日変えられた。

堂々とあるく生徒の名前と学級をほめることにされたら、
数日のうちに静粛な廊下を現出したと喜んでいられたのです。

みんな、ほめられたいのです。
認めたものは、現われます。
心すべきことです。

    (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=598

               ・・・
ほめ合う子どもたち

<善認クラブ>

ほめること、認めること、それは常に希望と自信とをもって勇躍人生に光明を与える教育であり、
なえたるを立たせ、くずおれたるを引立たせる教育であります。

私が郷里の富山にいました頃、このほめる教育の神髄をつかんだ青年たちが、
相寄って善い子の教育を思い立ち「善認クラブ」という名称で素晴らしい成果をあげたものです。
善認クラブとは、相手の善さを認める、つまりほめる教育です。

「これから善認発表をしていただきます、先週よいことをしたことを話して下さい」
とリーダーがいいます。

すると、子供たちは口々に……
「本を読みました」
「お使いに行きました」
「赤ん坊の守りをしました」
「茶わんを洗いました」
「お床を敷きました」
「玄関を掃きました」
「雪よけをしました」
……等々といいます。

そのたびに、
「それは素晴らしい」
「それは、えらかった」
とリーダーがほめてあげる。
そして、子供たちはみんな拍手で祝福するのです。
これだけのことなのです。


でも、それだけがうれしくて、子供たちの集まる数がどんどんふえました。
それだけでなく、学校の成績がぐんぐん伸びて、
「素晴らしい子になった」「善い子になった」
と親たちが目を見はるという結果になったのです。


<偉い人とは>

私も時折この「善認クラブ」の集まりに出席して、次のような話をしたものです。

「皆さん、偉い人、立派な人ってどんな人か知っていますか。
大勢の人を喜ばせる人がえらいのです。

偉い人とは、お釈迦さんやエジソンのように大勢を喜ばせる人なのです。

だから皆さんも大勢に喜んでもらえる人にならねばなりません。
それには、小さいときから人を喜ばす稽古をしなければならない。
先ず、お父さんお母さんを喜ばす子にならねばなりません。

お父さん、お母さんは、皆さんがちょっといいことをしても、とてもうれしがられるのです。
喜ばれるのです。こんなに簡単に喜んでくださるお父さんやお母さんをよろこばすことが
できないでは、将来大勢の人を喜ばすことはできません」


こうして「親を喜ばしなさい、親を喜ばしなさい」と、みんなで教えたものです。

こうして、子供には親を喜ばすこと、人を喜ばすことを教え、親たちには子供を祝福することを
指導したのです。するとグングン子供がよくなり、成績などもみんなズンズンよくなりました。
その中の一例を次に書いてみましょう。

  (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&page=151


               ・・・

<お母さんを喜ばせた秀ちゃん>

秀ちゃんは、当時小学校四年生でした。
善認クラブには毎週出席して、お父さんお母さんを喜ばす話をきいており、
秀ちゃんのお母さんは母の会に出席して、家族を祝福することをおそわっておりました。

ある日、それは十一月も末頃だったと思います。

秀ちゃんのお母さんは朝早く起きて、隣村までお使いに行ってきました。
用事が終ったので、これから朝飯の仕度をしましょうと、急ぎ足で帰って来ると、
台所の煙突から煙が出ている。

誰が火を焚いているのかと、はいって見ると秀ちゃんです。
秀ちゃんが起きたとき、お母さんがいなかった。お使いに行ったのだろう、
御飯を焚いておいてあげたら喜ばれるであろうと思ったらしいのです。

そこへ、お母さんが帰って来たのです。

そこで、お母さんは日頃教えられたことを、この時とばかり実行したのです。
「まあ秀ちゃん、御飯たいててくれたの。ありがと、ありがと。お母さん、うれしい」
と秀ちゃんを抱きしめて喜びを表現したというのです。

この愛の表現が、秀ちゃんにとってどんなにうれしかったことか。
お母さんを喜ばせるということは、こんなにもうれしいものだということを体験したわけです。
こうした体験が、その人の人生の幸福への道標になるのです。




<親を喜ばせた悦び>

ともかくも秀ちゃんは、こうしてお母さんを喜ばす体験をしたのです
人を喜ばすことの如何にたのしいものであるか、精神的なこの喜び、
人類共通の歓喜を体得したのです。

こうなると面白いものです。それからの秀ちゃんは、
何をしてお母さんを喜ばそうかと考えるのです。
そして、翌日は、学校の帰りに杉の落葉を一抱え拾ってきました。

「お母さん、焚きつけ拾ってきた」
と手を挙げて叫びました。

秀ちゃんの家は会社の社宅で、落葉するような木は一本もなかったのです。
お母さんは大喜びでした。
「ありがと、ありがと。お母さん助かる」
と秀ちゃんを心からほめました。

こうなると、子供はますますお母さんを喜ばすことを考えるのです。
つぎの朝は、玄関の下足をきれいに並べた。
お母さんも、すかさずほめた。


学校では、作文で、先生は、いたるところに丸をつけ、
最後に「秀ちゃんは、何といい子でしょう、かんしん感心」と批評を添え、
おまけに百点くださったというのです。

秀ちゃんは、まだ百点をとったことがなかったのです。
それが百点をとったのですから、秀ちゃんの喜びはひと通りでないというわけです。
しかし、感激したのは秀ちゃんだけではありません。お母さんの方が、もっとうれしかったのです。

「お母さんは、ぼくが百点をとってくると、こんなに泣いて喜んでくださる!」

さあ、それからは秀ちゃんの真剣な努力がはじまりました。
勉強はする。よいことはする。成績も、よくなる。

子供の学校の成績の問題でも、天分や素質ということもありましょうが、
子供の心に喜びと感激が生まれたときには、無限の力が出てくるものだということが、
よくお分かりになると思うのであります。


<子供中心の教育>

善認クラブはこのようにして、たくさんの成績優良児を生んだのです。
その方法は、子供のちょっとでもよいところを見つけてやって、それをほめ、それをたたえ、
それを喜んであげる、わずかにこれだけのことです。

ひと口に、ほめるといっても、無暗やたらにほめれば良いわけではないのです。
ほめる価値あるものを認めて、ほめるのでなければ、効果がないだけでなく、
下手すると反感をまねく結果にさえなりかねないのです。


ほめるということも、深い知恵と愛がなければできるものではないのです。


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=607


               <感謝合掌 平成27年12月26日 頓首再拝>

希望と自信をもたせるのが教育 - 伝統

2015/12/29 (Tue) 20:00:58


         *Web:『御教え』全相復活を目指す掲示板
              ~平岡初枝先生「子供を見つめて」(15)より抜粋

<子供の成績は母親次第>

(1)子供が学校で悪い点をもらってきた。
   百点法で30点しかとれなかった。

  ①その成績を見る際の母親の言葉と表情が、その後の子供の成績の方向をきめるのです。
   すなわち、子供の成績を百点にすることも、零点はおろか不良にまでするのも、
   そのときの母親の言葉と表情にかかっているのです。

   答案を手にしたお母さんが怒りの表情で「これは何だい、この馬鹿が」と
   いうようなさげすみの言葉を出したとします。

   こうしたことが度々繰りかえされると、反抗心を起こした子供も、
   劣等感にみちびかれた子供も共に親をきらいになるのです。
   この親と子の間の疎遠した気持が、親子の間を決定するのです。

   疎遠の気持ははかり知ることのできない絶望感を与えるのです。

  ②反対に、悪い成績を見せられたときのお母さんの心に、
   〝まあかわいそうに、向かいの子も隣の子もみないい成績だったのに、
   うちの子だけが30点、つらかっただろう、悲しかっただろう〟と
   一片の愛の心が働いたとしたら、出る言葉もおのずから変わってくるわけです。

   「いいよ、いいよ。この次に頑張ったら大丈夫。お前、この問題はできたじゃないの。
   この問題ができれば、隣の問題もよう似た問題だもの、すぐできるようになるよ」

   こんなふうに、必ず激励する言葉がでるに違いないのです。

   そして実際にこうした言葉をきくと、子供の心に必ず「僕にもやれるかなぁ」という
   希望が生じ、「では、やって見よう」という自信が生まれるのです。

(2)ある意味において、教育とは、一生涯どんな問題にであっても、
   どんな境遇に追い込まれても、屈することなく常に新しい希望と、
   たくましい自信をもって立ちあがる子供にしてやることだと、私は思うのです。

  ①その新しい希望とたくましい自信とは、どこから生まれ、どうして育つかといえば、
   一枚の答案を手にしたときの母親の言葉と表情にかかっているのだと思います。

  ②明るい言葉と表情が親子の間をつなぐとき、子供は必ず親を好きになるのです。
   親を愛する子供は、必ず幸福な子供に育つのです。
   希望と自信を与えられた子供は、一所懸命頑張ります。

  ③わるい成績を見て怒号する母の心の中にあるのは、親の希望や誇りを傷つけられ、
   自分の思うようにならなかったことに対する不満があります。
   それが爆発するのであって、つまり利己心のあらわれです。

  ④明るく励ましてやる母は、子供の立場に立ってやり、
   子供の気持になってやるという愛のあらわれである。
   一切のことはそうであるが、特に教育の成功のためには、愛の立場に立つべきである。

   (http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=610 より抜粋)

               <感謝合掌 平成27年12月29日 頓首再拝>

おこづかいの上手な与え方 - 伝統

2015/12/31 (Thu) 19:11:50


        *Web:小学生を勉強好きにする少し変わった導き方(2012年02月20日)より

《テーマ:おこづかいのしつけ》~(光永貞夫先生のレポートより)

私の家では、一人っ子の時は毎日50円ずつあめ玉を買って与えたのですが、
それが二人三人になると、大変なボリュームになるので、
上の子が1年生になり、子供が3人になった時、子供たちと相談しました。

「毎日では大変だからどうしようか?」と言いますと、
子供もあめ玉よりお金の方がいいといいますので、いくらくらいがいい・・・と聞きますと、
子供は案外欲しがらないもので、土曜日に1回がいいということになり、
次にその金額と分配を決めました。

今までは、愛情を平等でやってきたのですが、
おこづかいの時は、少し兄さんと弟を分けようかと考え、

「お兄ちゃんはお金がたくさんかかるし、少しよけいに、次は少しというふうにしようね。」

と相談しますと、みんなが納得しましたので、
一番上の小学4年生の子は300円、その次が200円、その次が100円で、
土曜日ごと与えることにしました。

そうすると、お兄ちゃんが模範を示して、貯金箱に入れる。
次にそれを見ていた弟たちが真似して入れるようになりました。

一番上の子は、1200円くらいたまりますと、800円くらいの本を買ってくる。
二番目の子は、自動車が買いたいと言って貯金している。
それで、自動車があきてくると、つまり卒業すると、今度は漫画が好きになって、
お兄ちゃんの真似をして300円、400円出して漫画の本を買うようになりました。

三番目の子も欲しい時、子供の欲しい範囲で買えるものならば私に話をして、
それでは、あのおこづかいから買いましょうということになりました。

こうして貯金したお金で欲しいものを買いますと、非常にスムースにいき、
今まで一人に買ってやるとみんなに何か買ってやらなければならなかったのですが、
自分のおこづかいで買うようになりますと、非常に円滑にいき、
だれも文句を言わなくなりました。



(解 説)

おこづかいが上の子に多く、下の子に少なく与えられることは、
子供からみると、親の愛情を平等に受け取っていることになるのです。

それは、上の子は大きくなると、あまり親からかまってもらえなくなるのが、
おこづかいで補われて、ちょうどよくなっているのです。

子供に嫉妬心(しっとしん)をおこさせまいとして、
なんでも平等にするのは、決して公平の愛ではなく、悪平等になってしまうのです。

   (http://ameblo.jp/arigatou22519/entry-11170193814.html )

               <感謝合掌 平成27年12月31日 頓首再拝>

《子供は無意識の中で教育される》 - 伝統

2016/02/20 (Sat) 18:26:53


           *「光明法語」(2月20日)より

無意識の心的影響は、親が子供に対して教育する場合には特に著しくあらわれる。

母親が姑に対して物言うまいと決心したりしていると、
時として物言わぬ白雉の子供が出来たりすることがある。

親が人々に対して好悪の感を著しく抱いていると、
子供が食物に対して好き嫌いをするようになったりする。

親がうちの子は間違いないと信じていると間違いない子供になる。
うちの子供は虚弱であると信じていると、実際虚弱になってしまう。

しかし信ずると云うことは捨てて置くことではない。
信じて好(よ)き機会を与えることである。

            <感謝合掌 平成28年2月20日 頓首再拝>

「マシュマロ・テスト」 - 伝統

2016/02/23 (Tue) 19:18:36

          *「EQ こころの知能指数」ダニエル・ゴールマン(著)(P153)より

4歳の子どもにマシュマロをひとつ与え、「15分したら戻ってくるけど、
それまで食べずにガマンして待っていたら、もう一つマシュマロをあげる」と
約束し子供たちの反応を見る、というのがその実験の内容である。

この実験によると、三分の一の子どもは実験者がいなくなるとすぐにマシュマロを食べてしまった。
辛抱して最後まで食べずに待っていた子どもは数人しかいなかった。

その数人の子どもたちは、目をつぶってマシュマロを見ないようにしたり、
歌を歌ったり、机のうえに顔を伏せたりして欲望と戦ったという。
4歳の子どもにとって目の前のマシュマロに手を出さないことは至難のワザなのだ。

この実験ですぐに食べた子どもと、最後までがまんした子どもを、
18歳になるまで追跡調査したところ大きな差が出た。

最後までがまんした子どもは、社会性においても、人間関係においても、
ストレスや困難に対処する能力においても、さらには学力においても優れていた。

反対にすぐに手を出した子ども達は精神的に問題が多かった。感情の起伏が大きく、
些細なことにも心が動揺しやすく、対人関係でいざこざを起こしやすく、
強情でありながら優柔不断であり、自分をダメな人間だと考える傾向が強い、
などの問題のあることが分かった。

だからマシュマロに手を出すか出さないかの違いは、
子供たちの未来に大きな差を生み出すのである。


動画:マシュマロの誘惑と戦う子供の心理実験
   → http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/others/p998d4ac220119ba1cc850df82a007b46

          <感謝合掌 平成28年2月23日 頓首再拝> 

高声、憤怒の調子を帯びた言葉で話してはならない - 伝統

2016/02/25 (Thu) 20:04:26

          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(2月25日)」より


たえず親から叱られつづけてきた子は、どうも気遅れしがちである。
そうでなければ極端に反抗的に乱暴である。
 
この世の中に悪人はいないということ、もし欠点を指摘してくれる者があったら、
その人は決して悪意からでなく、自分をよくしてくれるために教えてくれるものである
ということを幼い時から子供に知らすことが肝要である。

子供の(大人も同じであるが)欠点を直すために指摘する際に、
腹立ち声を出すことはなんの益もない。ただ気遅れのする子供をつくるだけである。

その性質は生長後も時として「生涯つきまとい。その人の運命の重荷となることがあるものである。
親が子を害していると知らないで、どんなに多くの子を害していることであろう。
 
心理学者の実験によると、幼児は一定以上の高声または高音響に対して
本能的に恐怖の表情を示すのである。そのことは学童以上の年齢になっても継続する。

もし子供をよくしてやりたいとの親切から子供の欠点を指摘するような場合には、
普通の話以上の高声を出したり、憤怒の調子を帯びた言葉で話してはならないことである。

もし相手に訓示を与える際に相手に恐怖や不快の念を与えたら、
それは反抗となってせっかく話したことが反対の結果になることがある。
 
恐怖は閉じる心である。形は心の影である。蛤を見て悟るがよい。
高音を出して恐れさせれば、その蛤は貝殻を閉じるであろう。

貝殻を閉じる蛤のような気遅れする人間に育てたのは、
物を教えるときに使う荒立った高声(こうせい)である。  

           <感謝合掌 平成28年2月25日 頓首再拝>

子どものやる気を「はぐくむ言葉」VS「つみとる言葉」 - 伝統

2017/07/28 (Fri) 18:34:09


    *「子どもの成績は、お母さんの言葉で9割変わる!」西角けい子著(P39~46)より


3.子どもは、「お母さんために」勉強している

  どうして子どもは、それほどまでにお母さんの言葉に影響を受けるのでしょうか?

  答えは簡単です。

  子どもは、大好きなお母さんのために勉強しているからです。

  「まさか」と疑うお母さんもいるかもしれません。
  「うちの子は本人の意思で勉強させているから、そんなことありえない」
  と思うお母さんもいるでしょう。

  でも、塾に来た子どもが私に話してくれるのは、いつだってお母さんの話です。
  テストが返ってくると、「この点ならほめてくれるかな」とか、
  「こんな点をとったら怒られる」と、お母さんの反応を常に気にしています。

  たとえ自分で「いままでより成績があがった」と思っても、
  お母さんにほめてもらえなければ子どもは喜べません。
  子どもは、大好きなお母さんの期待に応えるために、日々がんばっているのです。


  ◎子どものやる気を「はぐくむ言葉」VS「つみとる言葉」

  お母さんが自分を認める言葉をかけてくれたら、
  子どもはうれしくなり、やる気が湧いてきます。
  これがやる気を呼び起こす「はぐくむ言葉」です。

  逆に、大好きなお母さんから否定的な言葉ばかりかけられたり、
  がんばっている姿を認めてもらえなければ、
  子どもはガッカリし、だんだんやる気を失います。
  これがやる気を「つみとる言葉」です。

  「はぐくむ言葉」をかけるお母さんは子どもを伸ばし、
  「つみとる言葉」をかけるお母さんは、子どもの可能性を止めてしまいます。

  お母さんの言葉の影響力は絶大です。
  お母さんの言葉の前では、学校の塾や先生の言葉もかすんでしまいます。


4.絶対に言ってはいけない NGワード

  ◎「つみとる言葉」を言いすぎていませんか?

  「私が使っているのはどっちの言葉かしら?」と悩むお母さんも多いでしょう。
   ここでは、お母さんがよく口にする
  「はぐくむ言葉」と「つみとる言葉」の具体例をまとめました。


【はぐくむ言葉】

□ おはよう
□ ありがとう
□ 気をつけてね

□ いってらっしゃい
□ そうだよね
□ 信じているよ

□ 応援しているよ
□ うれしそうだね
□ うまくいってよかったね

□ 時間どおりにできたね
□ 約束、守れているね
□ 片づけられたね

□ きちんと伝えられたね
□ 大丈夫!
□ 仲よく遊べているね

□ おいしそうに食べているね
□ 勉強できているね
□ 成績があがってよかったね

□ 1人でできているね
□ おやすみ


【つみとる言葉】

□ 早くしなさい!/さっさとしなさい!/グズグズしないで!
□ 勉強しなさい!
□ 集中しなさい!

□ なんでそんなことをしてるの!
□ いつまでテレビ見ているの!
□ マンガばっかり読んでいちゃダメ!

□ いい加減にゲームをやめなさい!
□ あの子とつき合っちゃダメ!
□ あの担任(塾の先生)ハズレよね!

□ 塾って、しょせん、お金儲けだからね
□ お母さんは疲れているのよ!
□ あなたのこと考えるだけで、気が重くなるわ!

□ もう、病気になりそう!
□ あなたにはいくらかかっていると思っているの!
□ うちの家には、お金がないのよ!

□ お父さんのように、なっちゃダメ!
□ 誰のために働いていると思っているの!
□ そんな言い方をするんだったら出ていきなさい!

□ 誰のおかげでご飯が食べられると思っているの!
□ ○○さんはあんなにできるのに、どうしてあなたはダメなの!

□ おなたなんて(子どもなんて)産まなきゃよかったわ
□ お母さん、もう死にたいわ

いかがでしたか。

「つみとる言葉」を使うことの多かったお母さんは、
意識して「はぐくむ言葉」を使うようにしてみましょう。

子どもが見違えるように伸びていきます。

           <感謝合掌 平成29年7月28日 頓首再拝>

知らず知らずのうちに「つみとる言葉」を言ってしまう3つの理由 - 伝統

2017/08/05 (Sat) 18:58:09


    *「子どもの成績は、お母さんの言葉で9割変わる!」西角けい子著(P47~57)より

(1)「甘やかしてはダメ」という意識

  ①わが子の将来の幸せを願う意識からの言葉ですが、
   その気持ちは子どもには伝わりにくいのが事実です。

  ②「高いレベルに到達してほしいからこそ厳しく接するべき、
   ある程度のレベルで甘い顔を見せたら子どもがそこで満足してしまう」

   という思いから、「つみとる言葉」が口癖になり、
   それが子どもをいつのまにか追い込んでしまうという事実があります。


(2)お母さん自身の不安

  ①このままでは、合格できないではとの母親の不安感から、
   その感情を子どもに「つみとる言葉」をぶつけてしまう。

  ②「できるだけよい成績をとってほしい」というのは母親の愛情ですが、
   愛情のエネルギーを待ち合った方向へ向けてしまうと、
   子どもの可能性を伸ばすことはできません。


(3)わが子の可能性を信じられない気持ち

  ①以前、通っていた塾や家庭教師の先生から言われた否定的な言葉が、
   子どもの限界をつくっていることが多いのです。

  ②子どもはお母さんをとても尊敬しているものです。
   でもお母さんが子どもの可能性を信じられず、否定的なことを
   言い続けたら、

   子ども自身も自分の飛躍を信じられなくなって、
   その可能性はつみとられてしまいます。

  ③どんな子にも、必ず心のなかに可能性のタネを持っています。
   タネがぐんぐん育つか、芽吹かないまま腐ってしまうかは、
   お母さんの言葉がけしだいです。

   わが子の可能性を信じて「はぐくむ言葉」で子どもの心に
   水や光、栄養を与えてあげれば、必ず可能性のタネが芽を出し、
   子どもはどんどん伸びていきます。

           <感謝合掌 平成29年8月5日 頓首再拝>

「大丈夫! 」は、子どもをぐんぐん伸ばす魔法 - 伝統

2017/08/08 (Tue) 19:14:31


    *「子どもの成績は、お母さんの言葉で9割変わる!」西角けい子著(P64~66)より

(1)「大丈夫! 」

   多くの「はぐくむ言葉」がある中で、お母さんが「大丈夫! 」を
   口癖にすると、子どもの可能性が大きく変わります。

   「大丈夫! 」というのは、決して気休めではありません。

(2)お母さんの信じる気持ちが伝わると、子どもはポジティブにがんばるようになり、
   それが成績アップにつながります。

   反対に、お母さんが子どもの可能性を疑ってしまったら、
   子どもも自分の可能性を信じられなくなってしまいます。

(3)なかには、「大丈夫! 」という言葉の代わりに抱きしめるなど、
   スキンシップをとるお母さんもいます。

   お母さんが子どもの気持ちを理解して抱いてあげると、
   子どものなかに安心感や信頼感が生まれ、
   落ち着いて勉強できるようになります。

   抱きしめて愛情を伝えるのも、
   「大丈夫! 」と同じくらいすばらしいことです。

(4)「大丈夫! 」と声をかけられて育つと、
   困難な状況に陥ったときに反射的に「大丈夫! 」と言える
   たくましい子に育ちます。

   これは、子どもが自分の夢をかなえていくうえで、
   とても大切なことです。

   「大丈夫! 」という言葉がけを積極的にしてあげてください。

           <感謝合掌 平成29年8月8日 頓首再拝>

反抗期の子供が口にするキツイ発言の受け流し方 - 伝統

2017/10/07 (Sat) 20:34:27


         *Web:MAG2NEWS(2017.10.02)より
          ~思春期の「うるせえ、くそばばあ」を翻訳すると、こうなります

《思春期の反抗》

(1)思春期は甘えと反抗、依存と自立を繰り返す。
   つまり、反抗できるということは、親がちゃんと育ててきて、
   自立に向かっている証拠の一つだという。

(2)一方で、不安が強くて反抗できない子どももいる。
   何が不安かというと、反抗すると親に見捨てられるのではないか
   という不安である。

   十分に甘えられず、親からすると
   手がかからず「いい子」で育ってきた子どもである。
   これら抑圧の状態で育ってきた子どもは、成人を過ぎてから
   突如爆発することがあるという。

(3)思春期に「反抗」という小爆発を繰り返していれば、やがて落ち着く。


《思春期の反抗的言葉は翻訳が必要》

(1)わかっていても、愛する我が子が突如「うるせえ、くそばばあ!」
   と言ってきた時のショックは大きい。

   ここへは「思春期の言葉は、外国語だと思って」とのアドバイス。
   つまり、そのまま受け取らずに、翻訳が必要である。

(2)例えば

   「くそばばあ」→「お母さん」
   「ぶっころす」→「怒っているんだよ」
   「ウザい、知らねえ」→「放っておいてね」

   つまり、

   「うるせえ、くそばばあ!」

   →「お母さん、今僕もがんばってるから、わかってね」

(3)「感情が高ぶった相手の言葉を外国語とみなす」というのは、
   結構応用の効くテクニックである。

   このテクニックは、学校でも、職場でも、夫婦間でも使える。

   (http://www.mag2.com/p/news/278543 から要約)

           <感謝合掌 平成29年10月7日 頓首再拝>

自覚のない「毒親」が、知らずに子どもへ浴びせているNGワード - 伝統

2017/10/09 (Mon) 20:20:49


         *Web:MAG2NEWS(2017.09.14)より

(1)毒親とは

  ①子どもを自分の支配下に置き、その人生に有害な影響を与える親を指す俗語。

   米国の精神医学者スーザン・フォワードによる書籍『毒になる親』から
   派生した造語で、同書の邦訳版が1999年に出版されて以降、
   広く知られるようになった。

  ②子どもへの暴力的・性的な虐待や育児放棄だけでなく、
   精神的な虐待や過度な干渉も毒親の特徴とされる。

  ③毒親による歪んだ親子関係は子どもに深刻な心的外傷を与え、
   その影響で成人後も対人関係に問題を抱えたり、
   依存症に陥ったりして苦しむケースも少なくない。

(2)親の育て方が子どもに影響を与えることは、
   誰でも多少なりともわかっていることだとは思いますが、
   実際にはその影響は、考えているよりずっとずっと大きいのです。

   実は知らないだけで、毒親に育てられて苦しんでいる大人たちが
   今の社会にはたくさんいるのです。

(3)親の言葉がけが子どもの人生を決めている。

  ①親の子どもへの接し方、言葉のかけ方には強い力があるのに、
   それを知って育てている人はまだまだほんの一握りです。

   ですから、暴力的・性的な虐待や育児放棄の場合は別として、
   自らが毒親であることに気づいている親も、
   毒親に育てられたと自覚している人も、おそらくほんの一握りでしょう。

  ②そもそもその毒親(精神的な虐待や過度な干渉)と言われる人たちは、
   まるで悪いことをしている意識はなく、我が子を思って、我が子をちゃんと、
   正しく良い子に育てようと思うからこそ、
   そのような接し方をしている場合も多いのです。

   その「ちゃんと、正しく良い子」がクセモノなのです。

(4)毒親に育てられた人の特徴

  ①洋服、持ち物、といったささいなことから、進路、恋愛、結婚に至るまで、
   親が気に入るかどうか、を基準に選んでしまう。

  ②子育てに対して異様にイライラする。
   言うことをきかない子どもに腹が立って仕方がない。

   なぜそうなのかというと、親の過干渉や支配のもとに生きてきた人は、
   自由に自分を表現すること、自由に行動することを我慢してきたので、
   それを堂々とやっている自由奔放な子どもの言動が腹立たしくて仕方がないのです。

  ③自分がやりたいこと、好きなこと、ワクワクすることが何なのか、よくわからない。

   常に親から与えられたもの、親が許可したものだけを選択してきているうちに、
   自分の心が純粋に欲しがっているもの、喜ぶことがわからなくなってしまって
   いる、ということです。

(5)毒親の子育ては、子どもの可能性を信じることなく、
   親が答えを与え、親の権力によって子どもを支配しています。

(6)もしもあなたが毒親に育てられたのかも?と思い当たる節があるなら、
   以下のことを心がけ、実践してください。

  ①我が子に無限の可能性があると信じる。

   子どもの可能性を最大限に引き出し生かすことが親の役割です。

   またその可能性は、世間の評価や親の価値基準と必ずしも同じではありません。
   今世間にないものを生み出す人が、新しい未来を切り開く人です。

   そして新しい時代に生まれてきた魂には、親を超える可能性があるはずなのです。

  ②答えは子どもの中にある、というスタンスで接し、
   子どもの答えを見つけるパートナーになる。

   常に「どうするべき」を指示命令するではなく、
   子どもが「どうしたい」のかを問いかけます。

   やってはいけないことをしようとしたときは、
   「どうしてそれをやりたいの?」「それをやるとどうなると思う?」と問いかけ、
   その答えを待ってから、やってはいけない理由を説明します。

  *子どもの可能性を引き出すよきパートナーになるために使ってはいけない毒言葉

   「も~、だめね~ 」

   「なにやってるの! ほんとに××なんだから」

   「いえいえ、うちの子なんて・・・」(人前で謙遜する)

   「そんなこと無理(無駄)よ。やめておきなさい」

   「うまくいくわけがない」

   「あなたにできるはずがない」
 
   「夢みたいなこといってるんじゃない」

  ③自分自身の人生に目覚める。

   親の思い通りにしなければならない、親を悲しませてはならない、
   という考えを手放してください。

   子育て、育児を変えるには、小手先の技術だけ学んでも長続きしません。
   まずはあなたの心を癒し、整えることが最も大切で効果的です。

   感情がバロメーターです。
   あなたの心が喜ぶことをして、あなたの心を大切に生きましょう。

(7)シンデレラになる魔法 その5

   「ちゃんと正しく良い子」を育てる「イイ母」になることをやめ、
   子どもの気持ち、あなたの気持ちを大切にする。

   (http://www.mag2.com/p/news/264003 )

           <感謝合掌 平成29年10月9日 頓首再拝>

親に自分の価値観を尊重してもらった子どもは、人を大切にする - 伝統

2017/10/16 (Mon) 20:26:45


     *Web:MAG2NEWS(2017.10.13)より

《価値観を尊重する》

(1)物事の重要度・大切さの尺度は人によって異なります。

  ①子どもにとっての「大切なこと」は、子ども自身の尺度で決まります。

  ②子育てで「相手の価値観を尊重する」ということは、
   子どもの「大切」を、大人の「大切」と同じように尊重することです。

(2)相手の尺度での「大切」なことを、
   自分の「大切」と同じように扱ってあげるということ、意識していたいものです。

(3)例~1

   わが家で大事な用事ができて4人で出かける必要が生じました。
   その日程を検討していて、妻も私も都合がつく木曜の夕方にしよう、
   となりました。

   念のため子どもたちにも伝えます。
   「用事で出かけるのは木曜日、学校が終わった後にしようと思う。空けといてね」。

   すると、娘が「えーっ…ちょっとその日はやりたいことがある」と返してきました。
   そうでした。その日はバレンタインデー。
   娘は友達にチョコレートを届ける計画を立てていたのでした。

   その瞬間、私が反射的に思ったのは、
   「でも、それは今回の用事に比べれば、どうでもいいことだよね?
   そんなことで用事を先送りにするの、おかしくないか?」という反論でした。

   でも、すぐに気が付きました。娘にとっては、いま一番大切なことなんだろうな、と。

   結局、用事で出かけるのは延期することに。

   娘は、木曜の放課後、張り切ってチョコレートを届けに出かけました。
   帰宅後にイキイキと話をしてくれる娘の様子を見て、
   この判断で良かったのかな、と今は思っています。

(4)例~2

   電車がよく見えるスポットへ

    → そろそろ帰ろうか
    → あと15分待てば、特急が来る!
    → でもそろそろ帰らないと、ご飯の支度が…

   時間通りにご飯の支度をしたい、ということも大切。
   でもそれと同じように、この機会に特急列車を見たい、
   ということも大切なこととして扱ってあげたいです。

   この場面であれば、今しかできないこと=特急を見てから帰ること
   を優先してあげてもいいのかな、と思います。

(5)例~3

   夜、夢中になって本を読む子ども

    →もう寝る時間だよ
    →もうちょっとでこの本読み終わるから、最後まで読んでしまいたい
    →明日の朝起きられなくなったら困るでしょ!

   規則正しい生活・充分な睡眠は、間違いなく大切です。
   でも、読書に夢中になること、残り4ページだけだから読み切ってしまいたい
   という思いも、同じように大切なこととして理解してあげたい。

   この場面も、柔軟に対応して、
   本を読み終わったら就寝、としてあげても良いと思います。
   その結果翌朝に苦労したら、それはそれで良い経験ですし。

(6)なお、子どもの「大切」を尊重すると言っても、
   全て言いなりになる・要望に応えるという意味ではありません。

   検討・相談の結果、子どもの「大切」をあきらめてもらう場面が
   出てくることも、当然あるでしょう。

   その時に、子どもの「大切」を大人の「大切」と同等に扱って
   検討・相談の対象にすることが、尊重しているということになるのです。

   そして、子どもの「大切」をあきらめてもらう時には、
   それに相応しい態度・言い方で伝えることも忘れずにおきたいところ。

   普段から子どもの「大切」を尊重してあげていると、
   子どもの方も大人の「大切」を尊重してくれるようになり、
   相談もしやすくなりますよ。

   子どもの価値観を尊重すること、ぜひ気に留めて過ごしてみてくださいね。

   (http://www.mag2.com/p/news/301711

           <感謝合掌 平成29年10月16日 頓首再拝>

子を叱る時に忘れてはいけない3つの事 - 伝統

2017/12/20 (Wed) 19:52:12

日本シンクロ界の母が伝授。子を叱る時に忘れてはいけない3つの事

        *Web:MAG2NEWS(2017.12.18)より

《井村流 叱る時の3つのコツ》

過去に選手を率いた9度のオリンピックで、
すべてメダル獲得に成功してきた井村雅代さん。
世間では「鬼コーチ」と評される井村さんの指導法から、叱るコツを学びます。

《仕事と人生 井村 雅代》

いま、スポーツ界で叱る教育の代表といえば、すぐに私の名前が挙がります。

でも、私の中では叱っているという意識は全くありません。
下手だから下手、ダメだからダメ。本当のことを言っているだけなんです。

そして本当のことを言ったら、私は必ず直す方法を言います。
一つの方法だけでは直りませんから、今度はこうやってごらんと、
どんどん次の直し方を言う。

そして直ったと思ったら、「それでいいよ」とちゃんとOKを出すんです。

でも取材に来られるマスコミの方は、私が怒っているところばかり撮るから、
ああいう恐ろしい映像になるんです(笑)。

ここで皆さんに叱るコツをお教えするならば、
叱る時はまず現行犯で叱ってください。

いまのそれがダメなんだって言われたら、人間は反省します。
「君、この前も同じことを言ったよ」と古いことを持ち出してはいけません。
これをやられると、いまやったことへの反省が薄れてしまうんです。

もう一つしてはいけないのは、しつこく叱ること。
それは本人の自己満足で、聞いている人は「もう分かったよ」って
嫌気が差してくるんです。

現行犯で叱ること、古いことを持ち出さないこと、しつこく叱らないこと。
この3つの叱るコツをぜひ覚えてください。

そして、叱る時は本気でかかってください。
相手がどんなに小さなお子さんでも、
自分に本気でぶつかってくれているかどうかは分かるんです。

中途半端に叱るくらいなら、最初から知らん顔をしているほうがましです。

叱るとは、いま自分の目の前にいるこの人は、
絶対にこのままでは終わらないんだ、いまの状態よりも必ずよくなるんだと、
その人の可能性を信じることなんです。

だから本気でぶつかり、よくなるまであの手、この手で引き上げようとする。
叱るとは、その子の可能性を信じるということなんです。

http://www.mag2.com/p/news/343896

           <感謝合掌 平成29年12月20日 頓首再拝>

「ヴィッテ式」天才教育 - 伝統

2018/01/09 (Tue) 17:38:13


        *『「ヴィッテ式」天才教育』松田雄治・著からの要点の紹介

(1)法律学者であったカール・ヴィッテは、
   1800年にドイツのロヒョウという村に生まれた。

(2)父親の名前は、同じくカール・ヴィッテ。
   父親のほうは、片田舎の牧師であったが、非常に博学な人であった。

   ヴィッテ牧師は、息子の綿密な教育計画を立て、そして実行した。

(3)この教育法が功を奏して、9歳でドイツ語、フランス語、イタリア語、
   ラテン語、英語ならびにギリシャ語を自由に操り、動物学、植物学、物理学、化学、
   とりわけ数学にその才能を発揮したとされる。

   9歳のとき、ライプティッヒ大学に入学し、
   1814年、わずか14歳たらずで、数学の論文で哲学博士を授与された。

   2年後には16歳で法学博士を授与された。

(4)カール・ヴィッテは、病弱なガリ勉タイプではなく、
   円満で高潔な人柄で周囲の人々から好かれ、健康にも恵まれた。

   ヴィッテ牧師が究極、目指したものは、「円満な人格」を養うことであった。

(5)ヴィッテ牧師には
   「子どもが幼い間に、首尾一貫したしつけをしておけば、
   後々まで周囲に迷惑をかけるような問題行動を起こすことはない」
   という信念があった。

   子どもの能力を高めるには、「早くから言葉を教えなければならない」
   というのがヴィッテ牧師の考え方。

   
(6)「乳幼児に言葉を教えるときには、同じように重要なことは、
   親が毎日、子どもが喜ぶ、面白い本をたくさん読んであげることだ。
   それによって、語彙が豊富になるからだ」
   とヴィッテ牧師は力説している。

  ①「幼い子供には、お話ほど大切なものはない」(ヴィッテ)

  ②昔話、おとぎ話、童謡などの口承が言葉の教育に貢献する。

  ③わらべうたの中には、日本語の持つ美しい雰囲気が、とても大切に表現されている。
   そして心地よいリズム、正しい抑揚、聞きやすい歌い方により、子どもの中にしみる。

  ④テレビやビデオは言葉の教育の悪害。

(7)0から3歳ごろまでの幼児期の記憶は、普通ほとんど表面の意識にはのぼらない。
   しかし、この時期の子育てで、最も大切なポイントは、
   家庭内の雰囲気、家族の調和したムード。

   核となるのが、夫婦相互の信頼と尊敬。

(8)1歳を過ぎたら、子どもに料理をさせよう。
   料理で思いやりや他人の行為がわかる子に。

(9)子どもは遊びながら成長し、いたずらが知的能力を開発する。

(10)家庭は赤ちゃんがはじめて「心」を学ぶ場所。

(11)基礎学力があれば、将来の選択肢が増える。

(12)他人のための善行や相手の立場で考えた言葉や行動には思いっきり誉めたが、
   知性向上の自分のための勉強には「よくがんばった」程度の中位の誉め方で接し、
   決して子供が慢心しないように心がけた。

<参考Web>

(1)ヴィッテ式天才教育
   → http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/3467/book-vitte.html 

(2)ビッテ式の超英才教育がすごい!
   → https://eisai-kyouiku.com/?p=11325

           <感謝合掌 平成30年1月9日 頓首再拝>

学校と家庭の教科書 - 伝統

2018/01/15 (Mon) 18:23:57


      *『子どもの夢を叶える家族の教科書』原田隆史・著からの要点の紹介です。

(1)子どもの問題は、親の問題である。

(2)靴をそろえるだけで、子どもが変わる。

(3)心のコップを上に向ける。

  ①私は生徒たちの心のコップを上に向けるために、
   まず学校で生徒の靴を徹底して揃えることにした。

  ②体育館で集会などがあると、
   入口に置かれた外履きの靴が散乱していたのを、
   生徒にやらせるのではなく、私が一人で何十人もの生徒の靴をそろえた。

   ただ、黙ってそろえ続けた。

  ③しばらくすると、その様子が見えていた数人の生徒が、
   自分の靴をそろえるようになった。

   そして自分の靴をそろえる生徒が増え始めると、
   今度は他人の靴もそろえるようになった。

  ④すると、最初は私の話に耳も貸さなかった生徒が、話を聞くようになった。

   心のコップが上を向き始めたのだ。

  ⑤5もの心のコップを上に向けるためにも、
   まずお父さん、お母さんが靴をそろえているところを
   子どもに見せてください。

(4)私の教師時代、多くの問題を抱えた荒れた学校では、
   校内は汚れ、トイレは破損していた。

   壊れたトイレや扉を修理し、
   学校をすべてきれいにするには時間がかかる。

(5)再建の3原則を徹底させる。
   今すぐにでも家庭教育の基本を子どもに教えてください。

   それは次のたった3つだ。

  ①時を守る。

   「時を守る」とは、時間を厳守すること。
      ↓
   相手を尊重する行為であり、信頼を得られる。

  ②場を清める。
  
   「場を清める」とは、掃除や整理整頓の習慣を身につけること。
     ↓
   自分自身と向き合う行為であり、心づくりができる。

  ③礼を正す。

   「礼を正す」とは、挨拶と返事をすること。
   そして「ありがとう」と感謝する気持ちを持つこと。
   挨拶は礼儀の基本だ。
     ↓
   人間関係が良好になる。

(6)心をきれいにする奉仕活動。

   家での奉仕活動とは、家のお手伝いである。
   家族のためになることがいいでしょう。
   お皿洗い、玄関の靴を揃えるのなど。

           <感謝合掌 平成30年1月15日 頓首再拝>

本気の教育 - 伝統

2018/01/26 (Fri) 18:44:04


      *『本気の教育でなければ子どもは変わらない』原田隆史・著より

(1)大人が変わらなければ、子どもは変わらない。

(2)まず大切なのは、子どもたちの心のコップを上向きにすること。
   具体的には、次の6項目を指導する。

  ①靴を揃える。

  ②椅子を机の中に入れる。

  ③かばんを立てる。

  ④元気のいい弾んだ「ハイ」という返事。

  ⑤人より早く挨拶をする。

  ⑥背筋をピンと伸ばした姿勢。

(3)まず、大切なのは態度教育である。

(4)目標を持たせる。

   目標の設定で重要なポイントは、次の10項目です。

  ①三段階で目標を設定

  ②達成のための奉仕活動を設ける(道徳目標と呼ばれる)

  ③「心、技、体、生活、健康」について自己の最高と最低を把握しておく。
   (自分自身のこの幅のことをコンフォートゾーンと呼ぶ。
   コンフォートゾーンを把握しておけば、現在の自分の位置を正確に認識できる)

  ④問題点の発掘と解決策の決定。

  ⑤期限を決める。

  ⑥優先順位(好きなこと、大事なことからはじめる。おかず理論)

  ⑦宣言する(人前で目標を発表することによりやる気を高める)

  ⑧セルフトーク(自分を励ます)

  ⑨ルーティン(本番で実力を発揮するために自分なりのパターンを決めておく)

  ⑩書いて張る
   (毎日繰り返し見ることにより潜在意識に働きかけイメージを強化し、やる気を高める)

(5)書き続ければ、意識は高まる。

(6)まず、クツを揃えることから。
   家庭でできる心づくり指導。

  ①母性だけの教育が暴力を生む。

  ②靴をそろえさせよう。
   家庭での「心づくり指導」は、
   いいかえれば家庭に「父性」を取り戻すこと。

  ③父性は、お父さんでなければ発揮できない、というものでもない。
   お母さんが父性を発揮することもできる。

   家庭に、一つの決まり、けじめを持ち込めばいい。

   その決まりを、毎日つづける。
   何があっても決まりをつづけさせるという厳格かつ強い意志が父性なのだ。

  ④靴を揃えてられるようになったら、次はテーブルのゴミを片付ける。

   親自身も努力して家の中から「すさみ」をなくしていくことが大切。

  ⑤整理整頓をしてゴミをきちんと片付け、
   子どもの心をすさませる原因を家の中につくらない。

(7)心づくり指導

   心づくり指導には、
   「心を使う」「心を強くする」「心を整理する」「心をきれいにする」の4つがあります。

  ①「心を使う」・・・目標設定用紙に書く。目標への意識を高める。

  ②「心を強くする」・・・継続(お手伝いなど)をする。

  ③「心を整理する」・・・日誌を書く。心のマイナス要素を整理して、気持ちを未来へ持っていく。

  ④「心をきれいにする」・・・感謝の気持ちと謙虚な心を養う。

           <感謝合掌 平成30年1月26日 頓首再拝>

【創造性の高い人とは】 - 伝統

2018/03/18 (Sun) 18:28:41


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年03月11日)より

   (アダム・グラント氏の心に響く言葉より…)

   大人になって(スティーブ・ジョブズがいうところの)
   「宇宙をへこませる」ような人がどういう人かを考えてみると、
   まず頭に浮かぶのは“神童”だろう。

   2歳で字が読めるようになり、4歳でバッハを弾き、6歳で微積分をゆうにこなし、
   8歳までに7ヵ国語を流暢(りゅうちょう)に話せるようになっているような
   天才児たちだ。

   クラスメートは羨望(せんぼう)のまなざしで彼らを見る。


   けれどもT・Sエリオットの詩の言葉を借りると、
   天才児のキャリアは「地軸くずれるとどろきもなく、ただひそやかに」
   終わる傾向があるのだ。

   実のところ、神童と呼ばれた人が大人になって世界を変えることはまれだ。

   心理学者の研究によると、歴史上もっともすぐれ、
   多大な影響をおよぼしている人たちは、
   子ども時代にはさして才能に恵まれていたわけではない。

   天才児を大勢集めてその一生を追跡してみたとしたら、
   同等の家庭環境に育つふつうの子どもたちよりも、とくに優れているわけではない。


   これは直感的に理解できることだ。

   才能に恵まれた子どもたちは、学問的な知識は優れているけれども、
   社会でうまく生きていくための知識に欠けていると、みな思うだろう。

   知的な能力があっても、社会的、感情的、実践的なスキルに欠けているのでは?

   だが研究の結果を見てみると、この説明では不十分なのだ…
   才能に恵まれた子どもたちのうち、社会的問題や感情的問題に苦しんでいるのは、
   4分の1に満たないのである。

   大部分はうまく社会に適応しており、社交の場であるパーティでも
   国語検定大会と同じように楽しく過ごしている。


   ではなぜ、天才児は才能にも野心にもあふれているのに、
   世界を進歩させるようなことを成し遂げられないのかというと、

   「オリジナルであること」、つまり独自のことや独創的なことを
   率先して行う術(すべ)を学んでいないからだ。

   カーネギー・ホールで演奏したり、サイエンス・オリンピックで優勝したり、
   チェスのチャンピオンになったりするうちに、悲しい結末が待ち受けている。

   訓練で技術は完璧になるが、新しいものを生み出すことができなくなるのだ。


   才能ある子どもたちは、高尚なモーツァルトのメロディーや
   美しいベートーベンの交響曲を奏でるようになっても、
   自分では作曲をすることはない。

   既存の科学的知識を吸収することには労力を注ぐが、
   新しい知識を提供することはない。

   独自のルールやゲームを考え出すのではなく、
   既存のゲームで体系化されたルールにしたがっている。

   そして全過程において、両親からの承認や教師の称賛を懸命に得ようとしている。


   研究によると、創造性のもっとも高い子どもたちはむしろ、
   教師に好まれないことがわかっている。

   ある研究では小学校の教師に、お気に入りの児童と気に入らない児童をあげてもらい、
   リストに示されている特徴に照らして、両グループの児童を評価してもらった。

   その結果、もっとも気に入らないと評価された児童は、
   まわりに同調せずに自分独自のルールをつくる子たちであった。


   教師は創造性の高い児童を冷遇し、問題児としてあつかう傾向がある。

   そのため、多くの児童はルールにしたがうことを素早く学び、
   自分だけのユニークな考えを胸にしまっておくようになる。

   作家のウィリアム・デレシーウィックツの言葉を借りると、
   「このうえなく従順な羊」へと変貌(へんぼう)を遂げる。

           <『誰もが「人と違うこと」ができる時代』三笠書房>

             ・・・

古来、どの時代においても、成功した人、生きのびてきた人たちに
最も必要なのは、オリジナリティや独創力だ。

ITやAIが発達する現代は、
ますます個性的なことや独創的なことが重要視される時代となった。

ルーティンの仕事や一般的な事務や作業のほとんどが
今後AIに置き換わってくるときに必要なのが、AIにできない仕事、つまり、
マニュアルにない仕事や、まったく新しいものを作る力や、対人関係能力だからだ。

特に、新しいものを創り出していくことはロボットはAIにはできない。


親や教師は、「他人に迷惑をかけないこと」や「波風を立てないこと」、
「ルールに従うこと」を重視する。

そして、それが行き過ぎると、他人と違うことを否定するようになる。


親や教師やリーダーは…

人の創造性の芽をつぶさない人でありたい。

           <感謝合掌 平成30年3月18日 頓首再拝>

気をつけたい!子どもをダメにする父親の3つの特徴 - 伝統

2018/04/28 (Sat) 18:59:03


        *Web:オールアバウト(2018年4月27日)より

子どもの学力を伸ばすには、家庭での子どもとの関わり方が重要です。

育児書や受験情報誌では、子どもを伸ばす父(母)親がやっていることについて
書かれていることがあります。もちろん、どれもすばらしいものですが、
“ふつう”の親にはなかなかできないことが多々あるのが難点。

そこで、これだけは改善したい「子どもをダメにする父親の3つの特徴」を紹介します。

1.「なぜ?」「どうやって?」に答えられない

脳科学の研究から、父親は論理的な説明、母親は情緒的な説明をすることが、
子どもの脳の発達に良いことがわかっています。

ですから、子どもの「なぜ?」「どうやって?」に具体的に答えられないお父さんは、
次のことに気をつけましょう。

例えば、子どもとキャッチボールをしている時に、
・「しっかり投げなさい」
・「ちゃんと投げなきゃダメじゃないか」
と、抽象的に言うよりも、

・「相手の胸をめがけて投げるんだよ」
・「投げる方向にまっすぐに足を踏み出す」
と、具体的なアドバイスをするよう心がけることです。

一般に、男性は女性よりも体の動きや機械の仕組みなど、
構造や仕組みに詳しい傾向にあります。

ですから、スポーツの場合だと、体のどの部分を具体的に
どのように動かしたらよいのかを説明することに向いているのです。
子どもの側も、その方が具体的でわかりやすいので受け入れやすいわけです。

これはスポーツに限らず、子どもの思考力を養う上でとても重要なことです。
例えば、バーベキューや魚釣りといったアウトドアでの活動やトランプや将棋など
頭を使うゲームなどでも。

アウトドアでは、火をおこすのにも“コツ”があり、魚釣りにも“ポイント”があります。
トランプには“攻略法”、将棋には“定跡”があります。

この場合、親自身が「できる」か「できない」かは、それほど重要ではありません。
むしろ、「できない」ことでもどうしたら「できる」ようになるかを考えようとする
心構え(=マインドセット)の方が重要です。

よく知らない場合は、調べたり子どもと一緒になって学んだりしましょう。

どうしたら「できる」ようになるかを考えようとする気持ち(マインドセット)は
非認知的能力といって、「やる気」以上に、今、注目されている学力の一つです。

いずれにせよ、親が根拠を持って子どもの問いかけに、
論理的、かつ具体的に答えられることが重要です。


2.点数や結果でしか評価しない

一般に男性は、協同よりも競争を好む傾向にあります。
競争の結果、勝ち負けがはっきりとしてしまうことが多いので、
男性は勝ち負けにこだわる傾向にあります。

ところが、誰だって勝ってばかりいたら気分が良いですが、
負けがこんでしまうと気分が悪くなってしまいます。

単純に勝ち負けのような“結果”だけを評価することは、
子どものやる気をなくさせてしまう可能性があるのです。

このように結果でしか評価しないことは、子どもをダメにする父親の
典型的な行動パターンの一つと言えます。
そんな場合は、次のことに気をつけると良いでしょう。


それは、結果に至るまでの“過程”を考えることです。
これはスポーツに限らず、テストやお稽古ごとの発表会などでも同様です。

勝った(良かった)ときには、がんばった過程(努力のようす)をほめてあげ、
負けた(悪かった)ときには、何がどういけなかったのかを考えさせる機会とするのです。

特に、ほめる場合は、結果ではなく過程をほめることが重要です。
これは心理学の分野では、常識中の常識です。
勝ったときだけでなく負けたときも、努力のようすをほめることをお忘れなく。


3.「すごい」ところが一つもない

子どもは、父親の背中を見て育つものです。
子どもから見て「すごい」と思えるところがあることで、
子どもの学びを促進します。

そんなこと言われても、「すごい」ところなんて全然ない
と思われる方がいるかもしれません。
しかし、どんな人にも何か一つくらいは打ち込めるものがある(あった)はずです。

「旅行や出張でいろいろなところに行ったことがある」
「高校生の時にバンドを組んでいて、ギターをかじったことがある」など、
一見、たいしたことではないと思えることでも、
他人から見れば「すごい」ことの場合もあります。

打ち込んだこと、趣味、得意なこと、どんな些細なことでも良いので、
他人にはない良さを子どもに示せることが大切なのです。


以上、3つの特徴について紹介してきました。

学校や塾よりも、むしろ家庭での子どもとの関わり方こそが
子どものやる気や学力形成に最も重要です。

どれも“ふつう”の親にできることばかなりなので、
早速実践して(お父さんにすすめて)みましょう。

   (https://news.infoseek.co.jp/article/allabout_28751/

           <感謝合掌 平成30年4月28日 頓首再拝>

ありのままを褒められた子どもは、「天才性」を発揮する - 伝統

2018/05/04 (Fri) 18:10:15


         *「ありがとうの奇跡」小林正観・著(P154~157)より

身近な女性の「賞賛」を浴びた男性は、
ものすごく「抜きん出る人(いわゆる天才)」になります。

身近な女性とは夫婦関係でいうと「妻」、親子関係でいうと「母親」です。

夫は、賞賛してくれる妻を大好きになります。
そして妻のために一所懸命働きます。

同様に、「男の子」は、母親に「あなたはあなたでいいのよ」と言ってもらえると、
母親のことが大好きになります。

そして、《「母親を大好きな男の子」は、ものすごく勉強もするし、お手伝いもします。》


でも、母親のことが嫌いな男の子は、「言われたことのすべて反対」をやります。

母親が「弱い者をいじめちゃダメ」と言っても、
「こんな母親に好かれたくない」と思っているので、
あえて、母親から嫌われるような行動を取るのです。


ある人から、「子どもに『あなたはあなたでいい』と言ったら、
ワガママを言い出すだけではないですか?」と質問を受けたことがあります。

子どもがワガママを言うとしたら、それは母親が子どもから好かれていないからです。

子どもに対して、口うるさく注意をしてきたからではないでしょうか?

好かれていない母親は、今日から「正論」を言うのをやめることです。
好かれていない母親がいくら強圧的に叱っても、逆効果です。

まずは1年ぐらいかけて「好かれる母親」になってから、
にっこり笑って「こうしてくれるとお母さんは嬉しい」と言うと、
子どもは喜んでやってくれます。


「ちゃんとした人になりなさい」
「ちゃんと普通の人と同じようにやらなくちゃダメじゃないの」
「お母さんの言うことを聞いて、正しい人になりなさい」

と言うたびに、子どもの才能の芽が摘まれていきます。

悪いところをいちいち指摘すると、子どもは「抜きん出た人」にはなりません。


どんな子どもも、全員が「天才の芽」を持って生まれてきています。
その芽を開かせる方法は、「子どものあらさがしをせず、賞賛すること」です。

《「あなたが私の思い通りになったら愛してあげるけれど、
思い通りにならないあなたは嫌い」と条件をつけるのだとしたら、
それは「愛していない」といいます。》

「あなたがあなただから、愛している」と言ってあげられること、
「私の思い通りになっても、ならなくても、愛している」と言えることが
「愛している」ということです。


「女の子」は、母親の姿を見て、「母親と同じ行動をするように育つ」のです。

女の子は母親の言っていることではなく、母親の「行動」を見ています。


たとえば、母親の友人が家に遊びに来ていて、
一緒に楽しそうにお茶を飲んでおしゃべりをしていたのに、
友人が帰ったとたん、その人の悪口を言いはじめたとします。

この母親を見て育った娘は、大人になって、
「母親と同じ行動パターン」を身につけ、陰口を言うようになります。

母親が娘を見て、不愉快な感情を抱くのは、
そこに「自分の嫌な面を見るから」でしょう。

ですから、「娘をいい子に育てよう」と思ったら、
口でどんなによいことを言ってもダメで、
「母親が自分の行動や態度をあらためること」が大切なのです。

           <感謝合掌 平成30年5月4日 頓首再拝>

「子どもが夢中になっていること」を邪魔しなければ、無限に伸びていく - 伝統

2018/05/07 (Mon) 19:17:39


         *「ありがとうの奇跡」小林正観・著(P158~161)より

植物学者の野澤重雄(のざわしげお)さんは、遺伝子操作も、
最先端のバイオテクノロジーも、特殊な肥料も使わず、
約「1万3000個」も実がなるトマトの巨木を育てた人で、
「科学万博つくば85」にも、それと同じ方法で育てたトマトが展示されたと聞きました。

トマトづくりをしている知人に聞いたところ、普通、1本の苗木から収穫できる
トマトの数は25個前後。実が小さくなることを覚悟して育てても、50~60個が
限度らしいので、野澤さんのトマトの木が、いかに大きいかがわかります。


生長の初期段階に十分な栄養、水分、温度などがないと、トマトの木は
「おやおや、この勢いで生長するとマズイことになるかもしれないぞ。
少し抑えて、このくらいでやめておこう」

と判断して、生長をゆるめてしまうのでしょう。

しかし、十分な栄養、水分などを与えて、「どんどん生長していいいんだよ」
という情報を与えると、トマトは「安心して」、どんどん生長するといいます。



もしかしたら、人間にも、同じことがいえるのかもしれません。

トマトを人間に置き換えてみると、成長の初期段階とは、幼少期です。

この時期に親の愛情に包まれて、

「自分の持っている力を、どんどん無限に伸ばしていっていい」

という情報を与えられた子どもは、安心して自分の力を、
無限に伸ばしていくのではないでしょうか。


「どうせ、たいしたトマトにならないわよ(どうせ、たいした才能はないわよ)」

「隣のトマトよりも大きくならなくちゃダメよ(ほかの子に負けちゃダメよ)」

「がんばって、トマトからメロンになってね(がんばって偉い人になってね)」

と言ってしまうと、才能の成長を妨げてしまいます。

そうではなくて、子どもの弱い部分も失敗も丸ごと受け入れて、

「どんなあなたでも、すばらしい」

「あなたの好きなこと、夢中になっていることをどんどん追及していいのよ」

と子どもを認めて安心させる。

何かができたときや、いい子にしているときだけではなく、
どんなときでも子どもを認める。

すると、子どもたちは「持って生まれた才能」を思う存分に、
無限に発揮するようになります。


「やっていると楽しくてワクワクすること」「夢中になれること」が、
その子の才能とつながっているようです。

土いじりが好きな子は、陶芸家になる才能を持っているかもしれません。

虫を追いかけるのが好きな子は、すばらしい昆虫学者になるかもしれません。

いつも何かを考えている子は、偉大な哲学者になるかもしれません。

大切なことは、子どもが夢中になっていることを邪魔しないことです。


①子どもを丸ごと受け入れて、決して否定しない。

②子どもが夢中になっていることを十分にやらせる。

③あなたには、すばらしい力があるということを、子どもに伝える


この3つを心がけて子どもと接していけば、
子どもたちの「才能の扉」は自然と開かれていくでしょう。

どんな子どもでも、計り知れない「無限の力」を持って生まれてきています。

それを生かすには、親が子どもの才能を信じ、応援してあげることなのです。

           <感謝合掌 平成30年5月7日 頓首再拝>

人物をつくる4つの要素は、「貧乏」「読書」「感動」、そして「母親の感化」 - 伝統

2018/05/11 (Fri) 18:33:17


         *「ありがとうの奇跡」小林正観・著(P162~165)より

約2500年前のインドに生きていたお釈迦さまは、弟子たちに
「人物をつくる4つの要素」を伝え残しています。

お釈迦さまがいう「人物」というのは、
「世の中に寄与し、まわりからその存在を喜ばれる人」だと私は解釈しています。

その4つの要素とは、

① 貧乏

② 読書

③ 感動

④ 母親の感化(母性)

です。

「貧乏」とは経済的に困窮しなさいという意味ではありません。
お金の価値を知るということです。
額に汗をかいて得たお金だけが、お金の価値を教えてくれます。

「読書」とは、未知への見聞を広げて、知識を蓄えることです。
昔の人たちは、知恵を集積させて書物をつくり、後世に残してくれました。
その知恵の集積を学びなさいという意味です。

「感動」は、人間形成に大きな影響を与えます。
体験によって得た感動は、自信と生きる力になります。

「母親の感化」とは、「あなたはあなたのままでいい」と、
どんなときも子どもを受け入れて、褒めてあげること。
「あなたが大好きよ」と言ってあげることです。

お釈迦さまは「両親の感化」と言っているのではなく
「母親の感化」と言っています。

《子どもを育てるときに、もっとも影響が大きいのは、
やはり、「母親の存在」です。》

素直なよい子に育つかどうかは、「母親のひと言」が大きな影響を与えています。

ととえば、母親が「世の中や人間なんて信用できない」「ろくなもんじゃない」
と言い続けると、子どもは反社会的に育つようです。

反対に、「人間はいいものだ」と言い続けると、
人間に対して好意的になるでしょう。

主に、子ども育てるのは、母親です。
父親は、母親の「精神的な安定」と「経済的な安定」の2つを
与えているのだと思います。

子どもにとっては、父親に怒鳴られて怒られると、
「こういう父親にはならないようにしよう」
「こういう男にはならないようにしよう」
という反面教師に思う子どもが多いでしょう。

子育ては、やはり、母親が直接的に影響を与えています。
ですから、母親の感情が不安定だと、子どもに伝わってします。
だから、母親尚情緒を安定させることが「父親の役割」でしょう。


もし母親がイライラしていたら、父親は母親に対して、
「感情的にならないほうがいいよ」「声を荒げないほうがいいよ」と、
声をかけてあげる役割があると思います。

母親が恨み言を言うと、その子どもは反社会的に育つ可能性があるからです。
怒って、怒鳴って、声を荒げながら強制的に従わせようとすると、
子どもも、「それと同じ方法論」を学んでしまいます。

母親は、すべて、子どもの見本なのです。


子どもに言いたいことがあるのなら、「笑顔」で言う。
向こうが要求を飲んでくれなくても、何度も笑顔で言い続ける。

20回も30回も笑顔で言われると、子どもも根負けして、
母親な言うことを聞きはじめる。

そういう関係になるのが「一番いい母子関係」だと思います。

           <感謝合掌 平成30年5月11日 頓首再拝>

子どもの小さな嘘。実は親がやりがちな叱り方が原因かもしれない - 伝統

2018/05/15 (Tue) 17:27:16


        *Web:MAG2NEWS(2018.05.10)
             ~by 柳川由紀『子どもを伸ばす 親力アップの家庭教育』

《子どもが嘘をつかなくて済むコツ》

(1)知らない振りをやめる

  ①「学校からの手紙出した?」「お弁当箱出した?」「宿題済んだ?」

   こうした質問を子どもにしていませんか?

   学校からの手紙はまだ見ていない、お弁当箱も出されていない、宿題も済んでいない、
   全て知っているのに、わざわざ子どもに質問しています。

   子どもは叱られるのを避けるために「出したよ」「済んだよ」というかも知れません。

   そう、こうした親の質問は、子どもが嘘をつきたくなる問いなのです。

  ②もっとシンプルに「学校からの手紙出してね」「お弁当箱出してね」「宿題するのよ」
   と言えばいいのです。

   「知らない振り」つまり、親が「小さな嘘をついた質問」を続けていると
   子どもも嘘をつきます。


(2)子どもに安心感を与える

  ①正直な子どもには「親に対する安心感」があります。

   困ったときは親が助けてくれる、親は自分の味方になってくれる、
   親は相談に乗ってくれると思っていれば、子どもは親に嘘をついたり、
   ごまかしたりする必要がありません。

   日頃から、子どもには「何か困ったら何でも言ってね、一緒に考えよう」
   と伝えましょう。

  ②親は子どもに対して無償の愛情を注ぎ、ありのままを受け入れることが大事です。

   例えば「嘘つきは嫌い」と日頃から言っていたら、
   「こういう子どもでないと愛さないよ」という条件付きの愛情になり、
   ありのままの我が子を受け入れることになりません。

   「親から嫌われたらどうしよう」「嘘つきと思われたらどうしよう」と
   びくびくすることになり、子どもは親の満足するような
   自分を演じる(=嘘つき)ことになるのです。


(3)子どもを受け入れる

  ①どんなに「正直は大切だ」と言うことを説明しても、
   まずは親が子どもを全面的に受け入れなければ意味がありません。

  ②何か失敗をしたとき厳しく叱ったり、そのことを受け入れずに
   しつこく嫌みを言ったりしていると、子どもはどうしても嘘をつきたくなります。
   自分を守りたいから、親に認めてもらいたいからです。

   厳しく叱られる、しつこく嫌みを言われるとわかっていると、
   どうしてもごまかしたくなるのは当然でしょう。

  ③まずは、何があっても子どもの言動を受けとめることからスタートしましょう。


《家庭教育アドバイス・・・「嘘は習慣になる」》

(1)一旦嘘をつき、上手くごまかせると、もうそれは習慣になってしまいます。

   初めのうちは恐る恐る嘘をついていても、それがバレなければ
   嘘をつくことに抵抗がなくなるからです。

(2)子どもが嘘をつく理由は、自分を守るためです。
   嘘をつく以外に方法を知らないからです。

(3)大抵の子どもたちは、幼いうちに嘘を覚えてつくようになります。
   だからこそ、「金の斧と銀の斧」「狐と猿の家柄比べ」「狼少年」といった
   嘘を諫める寓話が多いのです。

(4)嘘をついているとわかっても、まずはその言動を受け止めましょう。
   そしてそれが嘘だとわかっていること、嘘をついた理由を
   「穏やかに」尋ねましょう。

   子どもの理由によっては、
   親としてのこれまでの言動を振り返り、改めることが必要です。

(5)いつでも親は味方であること、ありのままを話せばいいこと、を伝えましょう。

   (http://www.mag2.com/p/news/358731

           <感謝合掌 平成30年5月15日 頓首再拝>

ピカソをピカソたらしめた父親の存在 - 伝統

2018/05/17 (Thu) 18:38:20

   
        *『致知』2018年6月号(P44)より
          ~ by 木原 武一(評論家)


生まれながらにして類まれなる才能を秘めていたピカソ。
その才能がいかんなく発揮された背景には、
自らの絵筆をきっぱりと捨てた父の存在がありました。

            ・・・

学校へ上がってからも、ピカソは絵ばかり描いていた。

教科書の余白は絵で埋め尽くされたが、
読み書き計算はまるでできず、
アルファベットの順序を覚えることすらできなかった。

ピカソがなぜそこまで絵を描くことに夢中になったかといえば、
画家の父親がいつも絵筆を握っているのを見ていたからである。

幼い頃の環境がピカソの才能を育んだのである。

彼の家族は、決して絵を描くことを禁じたり、
勉強を押しつけたりはしなかった。

父親は、息子ほどの画才があれば必ず将来立派な画家になるだろうと期待を寄せ、
母親も、我が子は何をやっても最高の能力を発揮するだろうと
その将来を信じて疑わなかった。

一家を挙げてピカソの才能を称賛して止まなかったのである。

ピカソが10歳になると、父親は自分が教師を務める美術学校に我が子を入れ、
学校でも自宅でも徹底的に絵の基礎を教え込んだ。

生涯に2万点もの作品を描いたピカソだが、
実は描いたデッサンの数も膨大であった。

父親のもとで徹底的に基礎を養ったからこそ、
ピカソはその才能を大きく開花させることができたのである。


そうした父と子の関係は、ピカソが13歳の時に転機を迎える。

ピカソが描いた鳩の絵を見て、我が子が自分の力量を
凌駕していることを悟った父は、自分の絵筆を息子に譲り、
以来絵を描くことを一切やめてしまったのである。

(中略)

ピカソが幸せだったのは、同じ絵の道を歩んでいた父親が、
我が子の才能を素直に認め、いたずらに矯正しなかったことである。

教えることばかりが父親の役割ではない。

我が子の素質が開花するよう温かく見守ることも父親の役割であり、
愛情の表現であると私は思う。

           <感謝合掌 平成30年5月17日 頓首再拝>

「あなたは、どう思う? 」が言える - 伝統

2018/06/01 (Fri) 19:23:25


      *Web:子どもから一目置かれる母(2014年7月18日)より抜粋

「あなたは、どう思う?」と言えると、お子さんから一目置かれる。
例えば、お子さんが4、5歳の小さいとき、
「なんで、空は青いの?」「なんでおばあちゃんは死なないの?」といろいろ聞く。
(そんなこと聞かない!と場内騒然)

違う違う。

賢女黒川伊保子は、こういう場を作り出して収めるのが芸の一つのようで、
「(おばあさんは)もうすぐ、お迎えがくる」とかいうから、
(そういうことを子どもが聞いていて)だから、
「何で死なないの?」という質問につながる。

と説明して、「そういうことを聞いてくる」のだと、納得させる。
賢女黒川伊保子は、オタオタしない。

 
いろいろ、子どもは聞いてくる。
母がそういう場合、「忙しい」とか「そんなことなんで聞いてくるの」とか
「あんたに関係ないでしょ」と、いい勝ちですが、

そのポイントとしては、そのとき「あなたは、どう思う? 」と聞いて頂きたい。

答えられない質問をされたとき

「おかあさん、なんで空は青いの? 」と言われたら 
「あなたは、どう思う? 」と聞いてみる。
結構すばらしい答えが返ってくることもある。

哲学的な答えが返ってくるかもしれない。
「お母さんも知らないの。あとでわかったらお母さんに教えてね」と、言っとけばいい。
 
ちゃんと質問を受け止めてあげることが、大事なことです。
そうすれば、一目置いてくれる。



思春期になった3年間で、

13歳で大人脳に変わります。
脳のハードウエアが。
但し、脳内のデータとか、演算構造は十五歳で大人脳が変わる。

ということは、ハードウエアとソフトウエアの変化には時間差があって、
中学3年間、ちぐはぐの時期がある。

この時期は、自分の脳を自分で把握できないから、気持ちを聞かれても困る。
たとえば、「学校どう?」って聞かれても、「ベツに」といったり、
「お弁当美味しい?」と聞かれても「フツウ」といったりする。

アレは、反抗しているのではなく、
自分の思っていることがうまく演算して出せないのである。

そういうとき「あなたは、どう思う?」って
「こう思うかな」みたいなことを話合いができると、
思春期にも会話が成立して、大人になるまで一緒にいられる。

「あなたは、どう思う?」を聞けるお母さんになってください。
一目置かれるお母さんになれます。

           ・・・

黒川 伊保子

実業家、エッセイスト。感性リサーチ代表取締役社長。
長野県生まれ、栃木県育ち。

1983年、奈良女子大学理学部物理学科卒業後、
(株)富士通SSLに14年勤務、人工知能研究に従事。

その後、民間の研究所を経て、
2003年に(株)感性リサーチを設立、代表取締役に就任。

2004年、脳機能論とAIの集大成による語感分析法
『サブリミナル・インプレッション導出法』発表。

サービス開始、化粧品、自動車、食品業界などの新商品名分析を受注し、
感性分析の第一人者となる。

  (http://new22nozawa.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-eb7d.html

           <感謝合掌 平成30年6月1日 頓首再拝>

子どもは親の「言葉」で育つのではなく、「生き様」から学んでいく - 伝統

2018/06/18 (Mon) 18:05:40


    *「「ありがとう」のすごい秘密」小林正観・著(P26~29)より

《すべてを肯定することを子どもに示す》

ある人が、私の話を聞く前は、
天気がよく腫れて青空のときは「紫外線対策をしなくてはいけない」、
天気が悪く雨が降っているときは「洗濯物が乾かない、困ったたな」
と思っていたそうです。


その人は私の話を聞いて、もののとらえ方を、
明るい方向にしたほうがいいとはじめて思いました。

晴れた日は「洗濯物が乾くのでうれいい」
雨の日は「紫外線対策をしないで済むのでうれしい」
と思うようにしたのだそうです。


晴れた日も雨の日も、事実は何も変わっていません。
しかし、とらえ方を変える前は、両方とも否定的に。
変えた後は両方とも否定的にとらえるようになりました。

現象は変わっていないのです。
もし子どもの前で晴れた日や雨の日のことを否定的に言っていたとすると、
子どもはいつも否定することを覚えてしまう。

ですから親は、なんでも肯定するということを示していくほうがいい。
そうすると、明るく楽しい子どもになります。


例えば近所の人が家におしゃべりしに来たとします。
お茶やケーキでもてなして、2時間ほど笑顔で談笑して帰りました。

帰った途端に母親が子どもの前でひと言独り言のようにこう言ったとします。
「長居をして困るのよね」。

それを子どもが近所の人が来たことに対する反応として聞いてしまうと、
近所の人が来たときには、にこやかに話をして、
その人がいなくなったら悪口を言うものであると学ぶのです。



「学ぶ」の語源は「まねぶ」。

特に母親の影響が大きいようですが、
父親もそういう行動を見せていると、子どもはやはりまねをします。

親がちょっとしたことですぐ怒るとか、怒鳴るとか、
日によってニコニコしていたり、不機嫌になったり、
感情がすごく上下するのを見せていると、
子どもは自分も日によって気分が上下していいのだと思い込んでしまいます。

子どもというのは親の言葉によって育つのではなくて、
その生き様を見て、生き方を学んでいきます。

           <感謝合掌 平成330年6月18日 頓首再拝>  

子どもを預けた時の帰りがけ『ごめんなさい』を連呼するのはやめましょう! - 伝統

2018/06/22 (Fri) 17:28:55

    *Web:「家事&お片付けは神さまからの贈り物」(2014年10月21日 )より

小さいお子さんをお持ちのお母さんで
定期的にお子さんを預けている方、
不定期に預ける方、ごくたま~に預ける方 様々ですね


全ての母子に大切な会話があります。

子どもを預けるときに大泣きされ、
うしろめたさや罪悪感を感じることも理解できます。

わたくしは次男が2歳の時に託児付きの教習所に通いました。
大泣きし、後追いをする次男を振り切る時の切なさといったら…。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
覚悟を決めて始めた教習所通いでしたが
ホントにこれで良かったのか…と何度も落ち込みもしました。


若いママさんたちのお気持ちも手に取るように理解できます。


が、しか~~~し

子どもを引き取る時のNGワードがあるのですよ。

『ごめんね~ 』を連呼するのはいけません!

保育して下さった方にも失礼この上ありません!
もちろん我が子にも失礼!

『ごめんなさい』と謝るくらいなら
最初から預けるのはやめましょう?


我が子には

「あなたがお留守番をしてくれたおかげで、
〇〇の用事を済ませることができたの。助かったわ~」

「今日もママはたくさんお仕事ができたの。あなたのおかげよ~ありがとう!」

このセリフは0歳児にも、
もちろん通じます(←通じないと勘違いしているママもいます。

小学生の高学年にで、
一人でお留守番ができるようになった子どもにも使えるフレーズです。

私はこのフレーズを知ってから、子育てがかなり楽になりました(笑)

   (https://ameblo.jp/sweetpearoom/entry-11941969006.html

           <感謝合掌 平成30年6月22日 頓首再拝>  

保育園や幼稚園帰りに「今日何したの?」と聞いてはいけない理由 - 伝統

2018/06/24 (Sun) 19:06:04


        *Web:MAG2NEWS(2018.05.21)
           ~ by 『子どもが育つ“父親術”』 より要点の抜粋

《子どもの領分》

(1)「子どもの領分」とは、子どもが(親とセットではなく)自分だけで
   いろいろな体験をする場所・時間を指し、「子どもが自らの力で伸びる」
   ということが非常に活発に行われる場でもあります。

(2)親から見れば、「子どもの領分」は子どもを自由にさせておくべき範囲
   ということになります。その「領分」の中にいる限りは、
   口出し・手出しは内容に関わらず一切無用。

   興味があっても質問せず、危ないと思っても手は出さない。
   目で「やめなさい」とか「パパも仲間に入れてー」と訴えるのも、
   もちろんナシです。

(3)親心をぐっと抑えて「子どもの領分」を親が侵さずにいることを
   可能にできるのは、「“子どもに対する信頼”という裏づけを
   親自身の中に持つ」という方法、ただひとつだけ。


《いろいろな「子どもの領分」》

1.集中

(1)「子どもの領分」としてまず挙げられるのが、「子どもが集中している時間」です。

(2)そこで起きていることは、大きく分けて2つ。
   ひとつは、見ての通り「集中力が養われている」。

   そしてもうひとつが
   「自分の中から湧き上がる興味・関心・好奇心を堪能している」です。

(3)この第一の「子どもの領分=子どもが集中している時間」において、
   親ができることは、とってもシンプル。

   「そっと見守る」

   声をかけず、ジャマせず、参加しようとしない。
   欲を言えば、可能な範囲で夕食やお風呂の時間も融通を利かせてあげられれば、
   子どもにとっては充分な“支え”となるはずです。

2.子ども同士

(1)他の子とのやり取りを通じて、コミュニケーションの練習や
   人それぞれに異なる価値観があることの発見が行われています。

   同年代の仲良しのお友だちとは、本音をぶつけ合ったり、
   ケンカと仲直りを繰り返したりしながら、自分や相手の言葉・態度が
   どのように伝わるかを体験しています。

   また、自分と年齢や性格などが異なる子との係わり合いからは、
   本当に多くの点について、好き/嫌い・できる/できないなど、
   ひとりひとりに“違い”があること(加えて「みんな違っていて、いい」も)
   を発見しているのだと思います。

(2)子どもがそんな“領分”にいる時の親の心得は、

   「コミュニケーションを助けない」

   です。

   「助ける」と言えば聞こえは良いですが、
   「わが子はお友だちと一緒にちゃんと遊べる」という
   “親の満足感・安心感”のために、

   子どもが自分で言うべき言葉を親が代わりに言ってしまう、
   という事態(=親の自己満足のために子どもが犠牲にされる)になりやすいので、
   注意が必要です。

(3)子ども同士の間では、ケンカもひとつのコミュニケーションの形です。
   子ども同士が子どもの領分でケンカをしている時は、仲裁も必要ありません。

   泣いたり泣かせたり、不満が残ったり、後味の悪い思いをしたり、
   みな貴重な経験です。

   何年か後に「相手の気持ちになって考える」というスキルが身に付いた時、
   これらの経験は大きな大きな“思いやり”の力となって開花するのです


3.親と離れて過ごす時間・場所

(1)主に該当するのは、保育園・幼稚園での時間。

(2)子どもは、親とは違う考え方やコミュニケーションスタイルに触れて、
   多様な価値観の存在(正しいことは1つじゃない)に気がついたり、
   同じことを伝えるにも様々な方法があることを学んだりしています。

   これらの体験からは、協調性を身につけたり、
   自己主張の重要さに気づいたりするのでしょう。

(3)ここにおいて親ができる支援は、

   「聞けども訊かない」

   です。

   子どもが自分から話してくる時は、しっかり向き合って、
   ただ“聞いて”あげましょう。
   子どもが自分の経験を消化・吸収して前に進むことの助けになります。


4.スキ

(1)家の中でも外でも、1人でも他の子と一緒でも、いつでも言えることですが、
   「親が見ていない“スキ”」というのも、大切な「子どもの領分」です。

(2)こっそりやりたいこと─悪いこととはうすうす分かっているけど、
   やってみたいこと─があると、子どもは親が見ていない隙をついてやるものです
   (スキがあれば必ず悪事を働くわけではありません、念のため…笑)。

   もちろん褒めるような話ではありませんが、悪いことをしている時ほど、
   知性・感性がフル回転、集中力も注意力も最大限に発揮される瞬間は、
   他にはめったにないことも事実です。

(3)親として気に留めたいのは、まずそういった“スキ”を作ってあげること。

   “スキ”時間の間は何を見ても「見て見ぬフリ」を徹底すること。
   その間のできごとは、何日・何か月経っても話題にしてはいけません。
   でなければ、“スキ”が“スキ”でなくなってしまいます。


5.さいごに

(1)「子どもの領分」は時間とともに、
   子どもの成長とともにどんどん広がっていきます。

(2)いつかは(たぶん、とても近い将来には)、
   親が「いつでも見守っている」ことはできなくなるのは、まぎれもない事実。

   できることなら、その事実を前向きに捉えて、
   今から子どもが「子どもの領分」を存分に体験できるよう支えてあげたいですよね。

(3)多くの経験を通じて、子どもはコミュニケーション能力や思いやり、
   自分自身の考え・意思を持ってそれを主張できる力、
   他者が感じていることを察するセンスや良いこと・悪いことの判断力など、
   さまざまな力を身につける。

   そんな子どもを見ながら、親も「子どもの領分」の拡大ペースに後れることなく、
   “子どもへの信頼”を高めてゆく。

   そんな風に親子で成長していけたらいいですね。

   (http://www.mag2.com/p/news/359529 )

           <感謝合掌 平成330年6月24日 頓首再拝>  

子供に悪影響を与えてしまう親の悪習慣 - 伝統

2018/06/26 (Tue) 20:01:32


        *Web:オールアバウト(2018年2月16日)より

1.夜更かしは子どもの身体や脳の成長を妨げる

(1)親が夜更かししていると、
   ついつい寝る時間が遅くなってしまう子どもが多いようです。

   幼児期の子どもの身体や脳の成長を考えれば、
   睡眠時間が足りていれば良いというものではなく、
   睡眠の時間帯が重要となってきます。

(2)成長ホルモンを効果的に出すには、
   午後8時~10時くらいに寝るのが一番良いのです。

(3)子どもがイライラしやすい、キレやすいという話をよく耳にしますが、
   これも睡眠の時間帯や睡眠不足の影響があると言われています。

(4)さらに、夜更かしはテレビを見る時間が増加し運動不足になり、
   スナック菓子などのおやつの摂取が増えるので、
   肥満になりやすいとも言われています。


2.乱れた食生活(高カロリー)は子どもを肥満児にする

(1)ファストフードやコンビニ、インスタント食品などの
   高カロリーの食事が食卓に並ぶことが多かったり、
   脂肪分や塩分を摂り過ぎてしまうスナック菓子を袋ごと与えたり、
   また、子どもに言われるがまま炭酸飲料などのジュース類を与えることは
   小児肥満の大きな要因になります。

(2)インスタント食品やファストフードなどを全く食べないというのも
   難しい話だと思いますが、子どものことを考えて
   できるだけ食べる回数を減らす努力をしたり、

   たまには子どもと一緒におやつを手作りしたり、
   また市販のお菓子も内容を吟味して購入するなど
   意識することが必要だと思います。


3.乱れた食生活(添加物)は身体だけでなく、心もむしばむ

(1)添加物には発ガン性や変異原性(遣伝情報を担っているDNAに
   損傷をもたらし突然変異をひきおこす化学物質の性質のこと)
   を持つものが多く、

   これらには遺伝的な毒性も持つものが多いので、本人だけでなく
   子どもや孫への影響も懸念されています。

(2)また、添加物は身体だけでなく、心にも悪影響を与えるといわれています。

   たとえば、無気力、無関心、無感動になったり、
   同じ過ちを繰り返す、キレる、多動などの問題行動にも
   影響があるとも言われています。

   食品を購入するときは、必ず何が含まれているかを
   よく確認してから購入する習慣をつけたいものです。

(3)食生活は、特に親の影響が大きいので、
   乱れた食生活が子どもにも引き継がれないよう、
   気を付けなければなりません。


4.中高生の飲酒・喫煙は母親の影響が

(1)親の喫煙は子どもが喫煙を始めるきっかけになるだけでなく、
   受動喫煙の健康被害も引き起こします。
   また、乳幼児の誤嚥の原因にもなっています。

(2)父、兄の飲酒者率は減少していますが、逆に母の飲酒者率が上昇しています。
   中高生の飲酒は同性の家族の影響をより強く受けている可能性がある
   とみられています。

(3)子どもは大人に比べ体が未成熟なため、飲酒により脳の神経細胞を破壊する、
   性の成長が妨げられる、背が伸びにくい、骨折しやすいなどの悪影響を
   受けやすいのです。

   また未成年の喫煙は、一酸化炭素などの有害物質が育ち盛りの青少年の発育を
   邪魔し、タバコを吸い始める年齢が若ければ若いほど肺がんにかかりやすくなる
   といわれています。


5.親の行動がモラルの低下を引き起こす

(1)例えば、電車の中で携帯電話で会話をしたり、メイクをしたり、
   混んでいる車内で座席に荷物を置いたり、電車に乗るときの横入りなど
   モラルに欠ける行動を親が子どもに見せることで、
   子どももそれが他人に迷惑をかける行動だと思わなくなっていきます。

(2)また、スーパーマーケットなどで、子どもが商品を不必要に触ったり、
   誤って商品を破損した場合、親が見て見ぬふりをしたり、
   注意をせず黙認してしまったりすることが子どものモラルを低下させています。

(3)親が子どもの手本となる行動をとることは当然のことであり、
   また、子どもの行動にも責任を持って対処しなければなりません。


6.あいさつのできない親子が増えている

(1)近所の人への挨拶ができない子どもや大人が増えています。
   挨拶をされても、挨拶を返すことさえできない大人や子どもたちもいます。

(2)近所の人や顔見知りの人と会ったときに、親がきちんと挨拶をする姿を
   見せることや日ごろから近所の人に挨拶することを促すことで、
   子どもも挨拶することを身につけていきます。

(3)また、家庭内でも笑顔で「おはよう」や「おやすみなさい」
   「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶をする習慣をつけることも大切です。


7.借りたものを大切にしない

(1)友人、知人に借りたものや図書館の本などは、
   自分のもの以上に大切に扱うのが常識です。

   しかしながら、友人に借りたものをずるずると借り続け、
   相手から返却の催促をされるまで自分のもののように使っていたり、
   借りた本を高いところに置かず床に置いたり、汚い手で触ったり、
   また、棒線を引くなどの書き込みをするなど、非常識な行為もあるようです。

(2)こういうことは、特に親の行動をそのまま子どもが見習ってしまいますので、
   子どもの見本となる行動をとらなければなりません。


8.両親の喧嘩は子どもを不安に

(1)両親が喧嘩しているのを見ると、子どもは自分のせいではないかと悩んだり、
   親の大声に怯えたりします。

   自分は親に捨てられるのではないかと思うこともありますので、
   子どもの前での喧嘩は避けるべきです。

(2)また、母親は子どもに父親のことを悪く言うのはやめましょう。
   子どもが父親のことをどう思うかというのは、
   母親の態度に大きく左右されます。

   子どもに父親のことを悪く言ったり、
   夫に対してバカにした態度をとったりすると、
   子どもも父親のことを悪く思ったり、バカにした態度をとるようになります。

   そうではなく、母親は父親のいいところを、
   父親は母親のいいところを子どもに聞かせてあげてください。

   そうすることで、父親、母親に対する信頼感は強くなり、
   いい親子関係を築くことにつながります。


9.親が干渉しすぎると指示待ちの子どもになる

(1)子どもが一人でやっているのを見ているより手を出した方が早いですし、
   子どもが気付くまで待つより口を出したほうが楽なので、
   ついつい干渉してしまう親は多いのではないでしょうか?

   でも、その結果、自分では何も決めることができず、
   親の指示を待つ子どもが増えています。

   そして、高校生になっても身の回りのことさえできていない子どもも増えています。

(2)子どもが自分で気付くまで待つことは親にとっても忍耐のいることですが、
   将来のことを考え、子どもが自分の意思で行動できるように導くことが大切です。


10.その他

(1)子どもにテレビを見せる際には、
   親が見せても良いかどうか判断する必要があると思います。

(2)食事中はテレビを見ないという習慣は大切です。
   幼いころから、そういうものだと習慣付けましょう。

(3)親が食事に出された食べ物を残す習慣をつけていると、
   子どもも悪いことだと思わず、食べ残すようになります。

(4)親が時間を決めないでだらだらと間食していると、
   子どもも当然だらだらと間食し、食事を残すなど悪影響が出てきます。

(5)親がどこに行くにもすぐに車を使っていると、子どもも運動不足になります。

(6)親が部屋を散らかしていると、子どもも部屋を上手に片付けられない。

(7)親の言葉遣いが悪いと、子どもの言葉遣いも悪くなります。


   (http://news.line.me/issue/oa-allabout/80da02336958

           <感謝合掌 平成330年6月26日 頓首再拝>  

子どもの「やる気スイッチ」をオンにする褒め方「3つのコツ」 - 伝統

2019/02/05 (Tue) 20:00:39


      *Web:MAG2NEWS(2019.02.03 )より

(1)気づいたことを褒める。

   朝、子どもと顔を合わせたとき、「お早う、お、今日も笑顔が良いね」など、
   気づいたことをさらっと伝えましょう。

   テストの点が悪くて落ち込んでいるときは
   「できなかったという自覚があるってことだから、次に繋がるよ。
   振り返りの始まりが早いね」と、落ち込んでいることを前向きに捉えて褒めましょう。


(2)アメとむち

   子どもに何か注意したいことがある場合、
   頭ごなしに叱ったり怒ったりするのではなく、必ず褒める箇所を入れましょう。

   例えば、年末大掃除の窓ふきを手伝ってくれたものの余り綺麗になっていない場合、
   「もっと綺麗に拭いてよ」ではなく

   「リビング窓の左下の部分、ものすごく綺麗になってる!凄いピカピカ。有難う」
   などと、褒める材料になるカケラを見つけて、そこをピンポイントで褒めましょう。

   すると子どもは、その小さなカケラをきっかけに、やる気スイッチが入るのです。


(3)部分褒め

   全体的に特に褒めることがない場合、何か小さな部分に注目して褒めましょう。
   子どもが描いた絵が、大して上手ではなくどこを褒めて良いかわからない場合、
   「たくさんの色を使ってるね」「迫力があるね」「筆の使い方が上手だね」など、
   部分的なことに注目しましょう。

   子どもの部活やスポーツクラブの応援などでも結果はどうであれ、
   まずは良かった「部分」を見つけて、
   「最後まで諦めなくて凄く良かった」「大きな声が出ていたね」など褒めましょう。



子どもが何度言っても言うことを聞かない、やりたいことしかしない、宿題はいつも後回し、
など子どもの短所に目がいってしまい、なかなか長所を見つけられないパパママたちは、
叱って直そうとします。

けれども、叱るよりもまずは褒めることが先です。これを覚えておきましょう。

例えば、おもちゃ屋で子どもが「これ欲しい、買ってほしい」と駄々をこねた場合などは、
「ダメよ!買わないっていったでしょ」「今日はダメ」などと頭ごなしに叱りませんよ。

「あなたはこういうおもちゃが得意よね、みんなにも教えてあげて、
みんなとっても喜んでたね」などと褒めましょう。
その後に、「でも今は無理だから、この次にしよう」というと、
子どもはごねずに素直に親の言葉を受け入れます。

むしろ、ニコニコしながら「うん、この次にする!」と言うかも知れません。

まずは褒めてから、親として言いたいことを伝えましょう。

     ( https://www.mag2.com/p/news/381179 )

           <感謝合掌 平成331年2月5日 頓首再拝>  

ご褒美を約束して子どもに良いことをさせてはいけない理由 - 伝統

2019/02/15 (Fri) 19:02:01


        *Web:MAG2NEWS(2019.01.02)より

《「良い子」とは少し外れたところにいる本当の良い子》

良いことをした結果としてご褒美をあげるというのは、悪いことではありません。
しかし、褒美をあげることを手段として良いことをさせるというのは、
あまり良いことでありません。


結果としての褒美はいいのですが、手段としての褒美は良くないのです。

それは、なぜかと言うと、褒美という報酬によって
子どもをコントロールするようになるからです。


人間の本質は、自主性です。
本来自主的な人間が、他人からのコントロールを受け入れることによって、
自我が縮小し、自分に対する価値観、自分自身に対する尊厳のようなものが
低下していくのです。

自分に対する価値観が低下すると、それにしたがって意欲も低下していきます。
すると、次に同じような行動をさせるためには、
さらに大きな報酬が必要になってきます。


逆にもし報酬なしで、しかも困難なことを成し遂げたとすると、
その子は自分の自我を拡大させます。

すると、さらに難しいことにも挑戦したいという意欲を持つようになるのです。


子育てのコツは、結果を褒めることは良いが、
褒めることを手段にし子どもをコントロールしようとしないということです。

そして、褒めることについても、いちばん良いのは心からの感謝や賞賛であって、
できるだけ物化しないものの方が良いのです。


犬や猫などの動物は、
人間の与える手段によって行動をコントロールすることができます。
犬や猫にとっては、それが嬉しいことでもあるので何も問題はありません。

しかし、人間は、本質的に自分で自分をコントロールするという自主的な生き物です。

大人が考える「良い子」というのは、コントロールしやすい子という面があります。

本当は、そういう「良い子」とは少し外れたところにいるのが、本当の良い子なのです。

子どもを素直な良い子に育てるのは基本ですが、
素直すぎる良い子の場合は、できるだけ子どもの自主性に任せるようにすることです。

その自主的な選択が子どもなりに合理的なものであれば、
親の希望に沿わないときでもそれを認めてあげることです。

近回りで良いことをさせるよりも、遠回りで行った方が、
長い目で見れば人間を成長させることも多いのです。

     ( https://e.mag2.com/2Qmh8xY )

          <感謝合掌 平成31年2月15日 頓首再拝> 

名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.