伝統板・第二 228992

「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

本掲示板の目的に従い、法令順守および社会倫理の厳守をお願いします。本掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付のうえ、本掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。


寛容と忍耐

1:伝統 :

2015/04/03 (Fri) 04:39:23

*光明掲示板・伝統・第一「寛容と忍耐 (161)」からの継続です。
  → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=70


・・・


「忍耐の徳」

          *『道をひらく』松下幸之助・著(P118~119)より


何ごとにおいても辛抱強さというものが大事だが、
近ごろはどうもこの忍耐の美徳というものがおろそかにされがちで、
ちょっとした困難にもすぐ参って悲鳴をあげがちである。

そして、事志(ことこころざし)とちがった時には、
それをこらえてさらに精進をし、さらに力を蓄えるという気迫がまるで乏しくなり、
そのことの責任はすべて他にありとして、もっぱら人をののしり、社会を責める。

これは例えば、商売で品物が売れないのは、すべて世間が悪いからだ
というのと同じことで、これでは世間は誰も相手にしてくれないであろう。

買うに足る品物であり、買って気持ちのよいサービスでなければ、人はだれも買わないのである。

だから売れなければまずみずからを反省し、じっと辛抱をしてさらに精進努力をつづけ、
人々に喜んで買っていただけるだけの実力というものを、養わなければならないのである。

車の心棒が弱ければ、すぐに折れてガタガタになる。
人間も辛抱がなければ、すぐに悲鳴をあげてグラグラになる。

おたがいにに忍耐を一つの美徳として、辛抱強い働きをつづけてゆきたいものである。

・・・

<関連Web:光明掲示板・第一「「寛容」というリーダーの資質」
      → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1442 >

           <感謝合掌 平成27年4月3日 頓首再拝>
2:伝統 :

2015/04/14 (Tue) 03:54:08


          *「人生の秘訣365章」(P252)より

忍辱は仏教では、布施につぐ覚りに到達するための最も尊き修行である。
忍び難きを忍び、謙遜に自己を顧みる徳が忍辱である。
ひとから侮辱せられるのは、自分自身にそれらの辱めを受ける何かがあったのである。

現在そのような行為をしていないかも知れない。
併し、過去のいつの時にか、その辱めを受けるに相応するようなことを
想い又は行為していたのであろう。
それは今世のことでないかも知れない。

或るいは前世、前々世の出来事であるかも知れない。
併し、原因のないところに結果は現れないのである。

今ひとから悪しざまに言われるのは、悪しざまに言われるような業の蓄積があり、
この業が形にあらわれて消えて行きつつあるのだと考えれば、どんな辱めも、
どんな悪口雑言も、それを有りがたく受けて感謝することができるのである。

どんな辱めにも興奮しないでいる事は大調和を得る秘訣である。

           <感謝合掌 平成27年4月14日 頓首再拝>
3:伝統 :

2015/04/21 (Tue) 04:46:52


           *「私はこうして祈る」(P57~59)より

短気は損気といわれているように、
腹立てるということは、自他ともにばかげていることである。
腹立つことは、まず第一に、自分自身にとって最大の不親切な行為である。

吾々は、吾々の内に神が宿り給うているのである。
宿っているといっても、吾々の中に別の「神」というものが寄生しているということではない。

肉体は吾々の外皮であり、道具であって、
その中に宿っている「神」そのものが、「我々」そのものなのである。

「神」は「愛」である。
それゆえに「吾々」そのものは「愛」である。
「愛」を行ずることによって、「吾々」自身が生きることになるのである。

自分自身を、「憎しみ」を行ずるような低い卑しい存在だと
思いちがいしてはならないのである。

自分を「腹立つ」ようなそんな短気な存在だと軽蔑してはならないのである。
腹が立ってきた時、いろいろ方法はあるが、
次の如く思念することにより、ふしぎにも短気がなくなるのである。

              
               ○

「私は立腹するようなそんな愚かな私ではない。私は神の子である。
愛に満たされ、寛大で、包容力が大きくて、何ものをもゆるすのである」

                  
               ○

「神よ、あなたがすべての罪を赦したまうが如く、
私もあの人の罪を赦すことを得せしめ給え」
  
               ○

「人間は神の子であるから完全である。
彼は現在的には悪しく見えているけれども
現象は本来ないのであるから彼が悪いと見えるのはウソである。
彼は神の子で完全であり、自分に好意をもっているのである」

           <感謝合掌 平成27年4月21日 頓首再拝>
4:伝統 :

2015/04/27 (Mon) 04:49:19


             *「光明法語」(P45)より

他に寛大なるものは、神からも寛大に取り扱われるであろう。
其処に「善人なおもて救われる況や悪人をや」と
親鸞の言ったことがもっともだと思われるのである。

人を赦すものは神からも赦されるのである。
人を審判(さば)く者は法則によって審判(さば)かれるのである。

神につかえる道は人につかえることにあるのである。
「いと小さきわが兄弟に対してなせるは我に対してなせるなり」
とキリストは言っているのである。

その代わりに神からの報いも人を通して与えられるのである。
突如として天から降って来る訳ではない。 

           <感謝合掌 平成27年4月27日 頓首再拝>
5:伝統 :

2015/05/02 (Sat) 04:32:24


            *「忍耐学」向谷匡史・著(P16~17)より

謙虚でいるのは忍耐力がいる。
人間はすべて、他人から認められたいという欲求があるからだ。
10の能力は15に評価されたいのが人間であり、だから自慢話をしたがる。

それをあえて8に抑えようとするには、
強い意志と忍耐力なくして不可能なことなのである。

《敢えて天下の先と為らず》

という老子の教えは、単に「謙虚であれ」という道徳的な意味だけでなく、
真価を世間が認めたときの賞賛と評価をも念頭においた”戦略的な忍耐”
であると、わたしは解釈する。


<参考Web:言葉の散歩道(155《敢えて天下の先と為らず》)
       → http://ats5396.xsrv.jp/2590/ >

           <感謝合掌 平成27年5月2日 頓首再拝>
6:伝統 :

2015/05/08 (Fri) 04:43:10


            *Webより

「一時我慢すれば、嵐が治まり波が静まる。一歩引き下がれば、世界がぱっと開ける」。
問題が起きたとき、みんなが互いに礼を以って謙り合えば、いさかいもなく
自ずと穏やかに共存できるようになる。

 
中国清の張庭玉は安徽省桐城出身の官吏で、平素から身を修め心の修養を重んじ、
人々から敬愛を受けていた。張氏は、親孝行を重んじ、宰相であった間も、
故郷に残した母親を心配してしばしば会いに帰った。

あるとき、母を見舞いに戻った張庭玉は、家が古くなったのに気づいた。
そこで、諸々の事を手配した後、使用人に作り直すように命じて都に戻った。

張家では早速、隣の葉家との間にあるスペースを使って廊下を造ろうとした。
ところが、葉家のほうもちょうど、そのスペースを使って家を増築しようと考えていた。
結局、両家は争うことになってしまった。

張家が敷地を掘り返すと、葉家がそれを土で埋めてしまうし、
葉家が工事を始めようとすると、張家の人が道具を奪ってしまう。
両家は何度も言い争いになり、爆発寸前の状態になった。

張氏の母は怒りが収まらず、息子に手紙を出して、この件を速やかに処理してほしいと頼んだ。
ところが、張庭玉は手紙を読み終わると、少しも慌てることなく、
短い詩を一首書いて故郷に届けた。

「家から手紙が届いたかと思えば、ただ壁のことだけ。
三尺くらい譲ってもいいのではありませんか?
万里の長城は今なおこの世にありますが、それを造った始皇帝はとっくにいなくなりました。
人の命などはかないものです。争って何になるのですか? 」。

張氏の母は、息子は必ず自分の味方をして助けてくれるとばかり思っていたのに、
まさかこのような手紙が届くとは思ってもみなかった。

ただ、その手紙を読んだ母は、「わずか三尺の土地のために両家の関係を損ない、
自分の体まで怒りで悪くしてしまうなんて、本当にばからしい」と一瞬にして悟った。

そして、自ら壁を三尺後ろへ下げた。
隣の葉家もこれを見て、申し訳ないと感じたのだろう。同じように三尺下げた。

結局、互いに争っていた三尺の土地が六尺に広がり、一本の通りとなったのである。

地元の人々はこれを美談として褒め称え、この通りに「六尺巷」という名前を付け、
「争ってもどうにも解決できず、通れなかったのに、譲り合ったら、六尺の道になった」
と語り継ぐようになった。

(06/10/02 08:00)
http://www.epochtimes.jp/jp/2006/10/html/d54577.html

           <感謝合掌 平成27年5月8日 頓首再拝>
7:伝統 :

2015/05/14 (Thu) 04:33:39


          *Web:大紀元日本(2009年7月1日)より

エイブラハム・リンカーンが大統領選直前、米国上院で演説するときの出来事だった。

ある上院議員が「リンカーンさん、演説を始める前に、
自分は靴職人の息子であることを思い出してほしい」と嫌みを言った。

 
リンカーンは

「父を思い出させてくれたことに深く感謝します。
父はすでにこの世を去りました。私は必ずあなたの忠告を覚えておきます。
大統領として、靴職人である父のように責務を完璧に全うできないと分かっていながらも」

と静かに語った。

 
演説会場は静まり返った。

リンカーンはその傲慢な上院議員に視線を向け、こう語った。

「私が知る限り、父は以前、あなたの家族のために靴を作ったことがありました。
もし、あなたの靴が足に合わなければ、私は矯正してあげます。
私は一流の靴職人ではありませんが、小さいときから父に靴作りの技術を教わりました」。

 
そして、上院議員全員に向けて、こう話した。

「ここにいる皆さんも同様です。もし、あなたたちが着用している靴は
父が作ったのであり、そして、修理あるいは矯正の必要があるならば、
私はできる限り手を尽くします。
しかし、一つだけ確かなことがあります。父の技には誰も勝てないのです」

 
その瞬間、すべての嘲笑が真摯な拍手に変わった。

 
リンカーンは大統領選に勝利した。
あるとき、その政敵に対する態度が一変して友好的になったことを非難された。

「なぜ、大統領はいつも、政敵を友に変えようとするのですか。
手を尽くして相手に打撃を加え、消滅させるべきではないでしょうか」という批判だった。

 
「我々の目的は政敵を消滅させることではない。
私たちが友になったとき、もちろん、政敵は存在しなくなる」

とリンカーン大統領は穏やかに言葉を返した。

 
リンカーンは二期連続で大統領を務め上げた。

米国首都ワシントンDCにあるリンカーン記念館の碑文には次のように書かれている。

「如何なる人に対しても、悪意を抱かない。
すべての人々に寛容と愛を捧げる。そして、必ず正義を堅持する。
なぜなら、神が私たちに正義を与えてくださったからである」

 リンカーンはまさしく寛容の力を示してくれたのだ。

    (http://www.epochtimes.jp/jp/2009/07/html/d44003.html

           <感謝合掌 平成27年5月14日 頓首再拝>
8:伝統 :

2015/05/20 (Wed) 04:44:17


            *Webより

清代、ある裕福で徳望の高い老人がいた。

ある大晦日の夜、老人は宴に参加するために、
2人の家来にロウソクを持たせて、邸宅の居間へ向かった。
老人は、庭を通りかかったとき、木の上に人がいるのに気がついた。

そこで、口実をつくって、家の者をみんなその場から立ち退かせ、
家来には酒とつまみを持って来るよう言った。

老人は、木の上の人影に向かって「もう誰もいないから、下りてきなさい」と声を掛けた。
木の上の者は、老人に声を掛けられ大層驚いて落ちそうになった。
老人は「怖がらなくていい。私はあなたを捕まえたりしないから」と落ち着かせた。

木の上から下りてきたその者は老人に土下座し、必死に謝った。
老人の邸宅に潜んでいたのは、実は隣人だったのである。
老人はその者に食事をさせ、何か要るものはあるかと問うた。

隣人は涙ながらに、
「家に老母がおり、今年は不作にあったため、年を越せなくなりました。
そこで、裕福な旦那様のお宅から物を盗み取ることを思いついたのです」と自白し、

「旦那様は私の罪を問わないと言ってくださいました。
これ以上、何の望みがありましょうか?」と激しく泣き出した。

 
老人は、「私が隣人を援助しなかったばかりに、隣人によくない行いをさせてしまった。
私が一番いけないのだ。まずはお腹いっぱい食事をしなさい。
30両の銀を差し上げるから、お正月が明けたら、これで商売をして生活しなさい。
二度とこのようなことをしてはならない。

他の人だったらあなたの行いを許してくれないだろうし、
そうなったら自分の母親まで不幸にしてしまう。一旦強盗や泥棒をしてしまえば、
一生その汚名を拭い去ることはできないのだから」と話した。

隣人が食事を終えると、老人は彼に30両の銀と食べ物を与え、塀の下まで連れてきた。

「この食べ物はお母さんに差し上げなさい。あなたは、私の家族に知られないように、
来た時と同じようにここから出なさい。私もこのことは誰にも言わないから」と言った。

 
隣人はその後、改心して正道に立ち返った。
隣人は、老母が亡くなると出家し、一心に修行して、西湖霊隠寺の住職になった。

老人が亡くなった時、隣人は遠路はるばる老人宅まで葬儀に駆けつけ、
当時この老人から救ってもらったことを皆に明かしたという。

http://www.epochtimes.jp/jp/2006/12/html/d18917.html

           <感謝合掌 平成27年5月20日 頓首再拝>
9:伝統 :

2015/05/26 (Tue) 03:20:45


            *Webより

人は間違いを犯すものであり、皆欠点を持つ。
寛大な心で他人を許すのは一種の美徳であり、
そうすれば、憎しみを溶かし、悪縁を解き、敵を友に変えることができる。

 
楚の荘王(そうおう、?~紀元前591年)は、ある夜、臣下たちを宴に招いた。
皆、心ゆくまで酒を飲み、多くの者が酔った。
宴もたけなわの頃、正殿のロウソクが風に吹き消された。
と、その隙に、ある臣下が王妃の服を引っ張った。

王妃はすぐさまその者の冠の房を引きちぎり、荘王にこう言った。

「ロウソクが消えた隙に、私の服を引っ張った者がいます。
私はその者の冠の房を引きちぎりました。
ロウソクを灯しさえすれば、それが誰だかすぐわかります」。

すると、荘王は、「私と酒を飲むのに、冠の房をはずさないとは何事だ」と言って、
皆に冠の房をはずさせた。
荘王はそこでロウソクを灯し、先ほどと同じように、臣下たちと心ゆくまで酒を飲んだ。

 
後に、呉国が兵を挙げて楚の国に攻めてきた。
楚の国に、戦闘のたびに先陣を切って戦い、敵陣に攻め入って敵兵を打ち破る者がいた。
そして、ついには、敵の将校の首を討ち取って荘王に献上したのである。

荘王は不思議に思い、その臣下に、「わしはこれまでお前を寵愛したことがないのに、
お前はなぜわしにこれほどまでに尽くしてくれるのだ」と尋ねた。
すると、その臣下は、「以前正殿で冠の房を無くしたのは私です」と答えた。

あの宴のとき、その臣下が酒に酔って礼を失したにもかかわらず、
荘王は寛大な心で、それを咎めることも無かった。

彼は、それをずっと深く心に留めており、
荘王の寛容な振る舞いに報いるために、身を呈して敵を退けたのである。

荘王はこのように、寛容で思いやりのある心を持ち、
他人の些細な過ちを咎めなかったことから、ついには大業を成し遂げ、
春秋五覇の一人となりえたのである。

http://www.epochtimes.jp/jp/2006/01/html/d62740.html

           <感謝合掌 平成27年5月26日 頓首再拝>
10:伝統 :

2015/05/31 (Sun) 04:03:23

           *Webより

中国の清の時代に張英という官吏がいた。
彼の実家で屋敷の境界をめぐって隣人との争いがあり、実家の人は彼に掩護を求めてきた。

彼はそれに対し、「千里修書只爲牆,讓他三尺有何妨。長城萬里今猶在,不見當年秦始皇。」
という詩を返した。

意は「はるばると手紙を書いてよこしたのは、ただ土塀のためだけだったのか。
隣人さんに3尺(1メートル)ばかり譲るのが、いったいどんな困ることがあるというのか。
万里の長城は今なお存在しているが、それを作った清の始皇帝はもういない」。
人の営みははかないもので、たかが土塀で争うのはばからしいという意味である。

 
実家の人たちはこの詩の意を悟り、自ら土塀を3尺退いた。
隣人は張家の寛容さに敬服し、同じように塀を3尺後退させた。
結果、道幅が広くなり、人々はこの地を「6尺巷」と名付け、張英の徳行を称えた。

 
また、釈迦牟尼が修行していた時の話である。

ある日、釈迦牟尼が村人達に囲まれ、罵声を浴びてしまうが、
釈迦牟尼はみんなの罵声に静かに耳を傾けた後、「今日は隣村に行かなければならないが、
明日は時間があるので、まだ話のある方は、その時に集まって、ゆっくりお話を聞かせて
ください」と話した。

村人は釈迦牟尼の反応を不思議に思い、
「われわれの言ったことが聞こえなかったのかい? どうして反発や反論はないのかい?」
と聞いた。

「反発や反論を聞きたければ、10年前の私に言ってください。
今の私はもう人の話に心が左右されない。自分の考えに基づいて行動しているのであって、
人の態度や気分で情緒が動じることはない」と釈迦牟尼は答えた。

 
唐の詩人孟郊の『秋懐』という詩に「君子山岳定、小人丝毫争」とある。
君子は辱められても、利益が損なわれても、山岳のように動じない、
一方、器量の小さい人は、微かな利益のためでも、争い戦うという意味である。

名利や損得を淡白に見ることのできる人は、人に対しても寛容な心で包み込むことができ、
度量の大きな「君子」でいられる。そして、寛大な心の「君子」は、その寛容力が人に尊敬され、
より心豊かな心境で暮らすことができるのだ。

http://www.epochtimes.jp/jp/2009/12/html/d44389.html

           <感謝合掌 平成27年5月31日 頓首再拝>
11:伝統 :

2015/06/06 (Sat) 04:17:13


             *Webより

丙吉(ビンジー)は、前漢の宣帝時代の丞相(大臣)である。
彼の車夫は酒が好物でした。ある日、車夫は丙吉を載せて外出していた時、
酒を飲み過ぎて、車の中に吐いてしまいました。

西曹主管は車夫をひどく叱り、彼を解雇しようとしました(注:西曹は官吏名)。
丙吉は、「酒に酔っただけで彼を解雇したら、今後は誰が彼を引き取ってくれますか?
怒らないでください。少し我慢すればいいのです。彼は敷き布団を汚しただけです」
と言いました。そして、車夫は解雇されませんでした。

この車夫は辺境の地区の出身で、
ときに辺境で発生した緊急の軍務情況を察知することがありました。

ある日、車夫は外出中に、ちょうど宿駅の兵士が紅白格子織の緊急書簡袋を携え、
目の前を疾走していきました。車夫は彼を尾行し、そっと探りを入れました。

そしてついに敵軍がすでに雲中、代郡地区あたりまで攻め入っていることが
分かりましたので、彼はすぐに丙吉の元に行き報告しました。

「恐らく敵軍が侵入された辺境には、多少の防衛はあるものの、
駐屯する官吏は老年で病気がちだから、侵入を防ぎとめる大任は難しいと思われます。
丞相が先に巡察された方が良いのです」と言いました。

丙吉は彼の言ったことは理にかなっていると思い、
関係官吏らを招集して、辺境の官吏を順番に審査しました。

まだ審査が終わっていないうちに、
宣帝は丞相と御史大夫を引見して、辺境の紛争の状況を尋ねました。

丙吉は情況をすらすらと答えましたが、御史大夫は慌てふためくだけで、
詳しい情況は知らず、降格されました。

職務に忠実な丙吉は人々に称賛されました。
丙吉は心から車夫に感謝しました。車夫になぜこのような行動があるのかといえば、
すべて丙吉の度量が大きいためなのです。

http://www.epochtimes.jp/jp/2009/11/html/d28056.html

           <感謝合掌 平成27年6月6日 頓首再拝>
12:伝統 :

2015/06/29 (Mon) 04:58:43

寛容の心を起す日

          *「光明道中記」(P198、6月26日)より

【批評は斬(き)る念である。(『生命の實相』第六巻)】

或る学生が某大学への入学に、もう三度も辷(すべ)っているのである。
「どうして私はこんなに辷るのでしょうか」とその大学生は私に質問した。

「それは、君はあまり人を批判し過ぎて、人を容れてやる寛容の精神がないから、
学校当局でも君を批判し過ぎて君を寛容に学校へ入れて呉れないんだよ」
と私は答えた。

その答があまり的中したので、学生たちはどっと一時笑ったものだ。
学生の集まりが散会してからお山に帰って行くときにも「先生に見事にやられた。
全くやられた」と言って、学生たちは噪(はしゃ)ぎながら帰って行った。

それが当の学生の心の中に寛容の心を起させる動機となったらしいのである。
その学生は非常に素直になって人を審判(さば)かなくなった。
すると、不思議なことに――不思議でもないが、その学生は今年の入学試験にパスしたのである。

私は言った。

「君が寛容の心になって、人を容れる心になったから、学校も君を入れてくれたんだよ」

「そうでもないんですけど」とその学生は謙遜していたが流石に嬉しいらしいのである。

私も嬉しい。

           <感謝合掌 平成27年6月29日 頓首再拝>
13:伝統 :

2015/07/09 (Thu) 04:20:08


      *「生命の實相」第三十七巻幸福篇上(P86)より

すべての人間の本質は神の子であり、
すべての人間の表現は、時間空間の立場に従ってことごとく異なる。

一つの立場を測る尺度で他の人間を測って批評してはならない。

正しさは美徳であるが、寛容はより大なる美徳である。
寛容を失うとき正しさは悪に変わる。


           <感謝合掌 平成27年7月9日 頓首再拝>
14:伝統 :

2015/07/17 (Fri) 04:24:53


          *「生命の實相」第七巻生活篇(P105~106)より

昔から生長すべき者になくてならぬ資格として「運鈍根」の3つが数えられている。
頭のよい才気のあるこんな人こそ、大いに運命を開拓するに相違ないというような人物で
ありながら、あまりに頭が良いために他人の欠点が眼につきすぎ、

小さな他人の欠点でもその人には顕微鏡で見るかのように大きく見え、
その実はほんとにつまらないことに腹を立てて同輩と衝突したり、
先輩といいあらそったりしてせっかく昇進の道が目の前に見えていながらも
容赦なくその地位をなげ棄ててしまう。

そして自負していわく、
自分は清冽の水でなければ生活できない鮎のような高潔な君子であると。

こうした人々はいたるところに地位を失い、職業を転々として
ついに運命を開拓すべき機会を失って社会の不平分子となってしまうのである。

かかる人々は、寛容とか雅量とかの徳性が、潔癖という小徳にくらべて
いかに大なる徳性であるかということを知らないのである。

かかる人は赦すということが、赦さないということよりも
いかに大きな仰ぐべき徳性であるかということを知らないのである。

諸仏のうちでも阿弥陀仏が衆人渇仰(かつごう)の的となって
最も多数の信者を吸収しているのは阿弥陀如来は諸仏のうちで赦す力が最も大きい
と考えられているからである。

この如来は「善人なおもて救わる、いわんや悪人をや」というように、
自身の名号を称するいっさいの衆生を摂取して捨てないという大いなる寛容の徳を
もっているがゆえに、万人に渇仰せられるのである。


今、世界の人類の半分を支配しているキリスト教の開祖イエスは、
当時もっとも人々から指弾(つまはじ)きされていた収税吏(みつぎとり)と
一緒に酒をのんでたわむれるだけの雅量があったのである。

諸君よ、大きく周囲のものを自己のうちに吸収して生長しようとするならば
潔癖や狷介(けんかい)を捨ててしまえ。

縁あって自分の名を呼ぶいつさいの人間のいかなる悪をも阿弥陀仏の大誓願のごとき
またキリストの大雅量のごときをもって赦せ。

かくのごとくすればあなたは阿弥陀仏のごとくキリストのごとく多くの渇仰者を
目分の傘下に引きつけることができるに相違ないのである。

           <感謝合掌 平成27年7月17日 頓首再拝>
15:伝統 :

2015/07/26 (Sun) 06:22:22


          *「光明道中記」(P368)より


【寛容、雅量の徳は潔癖の徳より上位である。(『生命の實相』第四巻)】


もっとも下にあるものは地である。
そのもっとも下にあるものの中からこそ万物が生ずるのである。
すべての動物、すべての植物、すべての鉱物悉くもっとも下にあるものから生じたのである。

もっとも下にあるものの処へ一切の栄養は集まってくるのである。
雨を地を潤し、日光は地に光を降り濺(そそ)ぐ。
すべての肥料は地へ灌(そそ)ぎかけられる。

地は一切の重味を荷って黙々としているが、
一切のものは地によって支えられて地によって生み出されたものである。

蔓(かずら)の如く一時に勢いよく伸び上がるものは威勢が好いが、冬には葉を枯らし、
風が吹けば風に飛ばされてしまう。

地はどんな風にも、どんな風水にも、どんな噴火にさえも滅びぬ。
大海の底にあっても、地は依然として地であって、その大海を支えているのである。

吾れ大地の如くならんとは私一つの念願(ねがい)である。
最も下にあらんことを希(こいねが)い、最も動かざるものであることを希い、
最も誇らざるものであることを希い、最も生み出すものとならんことを希う。

           <感謝合掌 平成27年7月26日 頓首再拝>
16:伝統 :

2016/03/21 (Mon) 03:30:43


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(P82、3月10日)」より

反抗心というものは自己低卑の証徴(しるし)である。

反抗心の逆は包容精神である。
包容精神は自己偉大の自覚である。

少青年に反抗心はあらわれ、一概にはいえないが、父母には包容精神があらわれている。

乞食でも親分となるほどのものは包容精神が大きいので子分から尊敬せられる。

            <感謝合掌 平成28年3月21日 頓首再拝>
17:伝統 :

2016/06/26 (Sun) 03:57:17


          *「光明道中記」(6月26日)より

【批評は斬(き)る念である。(『生命の實相』第六巻)】

或る学生が某大学への入学に、もう三度も辷(すべ)っているのである。
「どうして私はこんなに辷るのでしょうか」とその大学生は私に質問した。

「それは、君はあまり人を批判し過ぎて、人を容れてやる寛容の精神がないから、
学校当局でも君を批判し過ぎて君を寛容に学校へ入れて呉れないんだよ」
と私は答えた。

その答があまり的中したので、学生たちはどっと一時笑ったものだ。
学生の集まりが散会してからお山に帰って行くときにも「先生に見事にやられた。
全くやられた」と言って、学生たちは噪(はしゃ)ぎながら帰って行った。

それが当の学生の心の中に寛容の心を起させる動機となったらしいのである。
その学生は非常に素直になって人を審判(さば)かなくなった。
すると、不思議なことに――不思議でもないが、その学生は今年の入学試験に
パスしたのである。

私は言った。

「君が寛容の心になって、人を容れる心になったから、学校も君を入れてくれたんだよ」

「そうでもないんですけど」とその学生は謙遜していたが流石に嬉しいらしいのである。

私も嬉しい。

            <感謝合掌 平成28年6月26日 頓首再拝>
18:伝統 :

2016/08/04 (Thu) 04:05:30


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2015年11月17日)より

   (修養団・元伊勢道場長、中山靖雄氏の心に響く言葉より…)

   人は、いいことも悪いことも、すべてひっくるめた条件の中で、
   人間の幅が広がっていくのです。

   そういうふうに人生をとらえることができれば

   「見るに意味あり」で、
   自分が見させられるものへの意味を見出せます。

   「聞くにわけあり」で、これを聞くというのは、
   何かわけがあるから聞かされたのだと思えてきます。

   「出会いに縁あり」で、出会うということは、
   この出会いが自分に必要だったのだと受け止めていける。


   こういう世界があるのではないかと思うのです。

   「見なければ、気にならない。聞かなければ、苦にならない。
   誰が見せるんだろう。誰が聞かすんだろう」

   なにか必要があって見せられたり、聞かされたりしているのだ。

   そう考えてみてください。

   そして、自分のこととしてとらえていくのです。

   たとえば、電車で足を1回踏まれたら、誰でも踏んだ人を責めます。

   2回踏まれたら、踏んだ2人目を責めますか?

   でも、3人目に踏まれたら、いよいよ自分で考えますよね。


   「自分の立っている場所が悪いのだろうか」とか、
   「私も踏まれないように注意しなくては」と、
   自分のこととしてとらえるようになります。

   これが常にできるようになったら、みんな少しずつ優しくなれます。


   見なければ、気にならない。

   聞かなければ、苦になりません。

   いったい誰が見せるんだろう?

   いったい誰が聞かせるんだろう?

   このことを感じながら生きることが大切なのです。


   《すべては今のためにあったことです。
    つらかった過去もすべて 今を喜んで生きるための根になっています》

          <『すべては今のためにあったこと』海竜社>

               ・・・

嫌なことを聞かされたり、見るはめになったことは、
その時に、聞かなければならない意味、見なければならない意味がある。

つらいことや苦しいことを経験することも同じ。


そこに意味を見出せない人は、
愚痴、文句、不平不満、泣き言などを言うだけで終わってしまう。

人やまわりのせいにする人だ。

そこに意味があると思える人は、すべてを自分ごととして捉えることができる人。


「すべては今のためにあったこと」

見るにわけあり、聞くにわけあり、出会いに縁あり、

と感じながらこの今を生きていきたい。

            <感謝合掌 平成28年8月4日 頓首再拝>
19:伝統 :

2016/08/23 (Tue) 03:20:36

         *『生活の智慧365章』(P104~105) より


団体の幹部、役員、講師たちも、現象の人間としては、
あらゆる点において完全無欠とはいうことはできないのである。

すべての人間は、その実相は既にある”神の子”として
「無限の完全さ」を宿しているのであるけれども、現象的には努力によって
徐々に開顕開かれて行く”最後の完成”をめざしているのである。

だから団体の幹部役員講師たちにも、団体のメンバーから見れば不完全であり、
批判の的になる点は無数にあるのである。

それを内部で指摘し批判し攻撃し合っているのでは内部紛争を起して、
外部に向かう人類光明化の目的を達成すべき力が弱まるばかりである。

幹部といえども普通のメンバー、誌友、信徒たちと同じく、
感謝され、称賛され、美点を見つけてもらい、激励されることによって、
はげまされて実相の完全さがあらわれて来やすくなるのである。

信徒や誌友たちは、教団の幹部の人たちにも現象人間として色々の苦労があり
悩みがあることを察して、欠点を見ないで、実相の完全円満さを念じて、
その円満さ顕れる手伝いをしてあげるべきである。

            <感謝合掌 平成28年8月23日 頓首再拝>
20:伝統 :

2016/09/05 (Mon) 03:59:23


            *「真理」第4巻青年篇(P119~120)より

もうあの人の顔を見るのも嫌だ。
まるで虫唾(むしず)が走るような気がする ―― と形容出来るほどの人が
近寄って来ようとも、その人が実相に於いては神の子であることを知り、
その実相を拝み出そうと、相手の完全なる実相を凝視し、礼拝するものは偉大なるかな。

如何に自分に反感を持ち、如何に卑劣な行ないをなし、如何に利己的行動を
自分に仕向け、恩を仇で返し、自分に反旗を翻して来ようとも、それを憎まず
包容し得る寛容性を有(も)つ者は偉大なるかな。

その人の偉大さはその人の包容力によって量られるのである。

彼は、相手の悪意を知らないのではないのである。
彼は心の波長を慧敏(けいびん)に感じて相手の悪意も反感も、
その計画しつつ「自分を売ろうとする」反逆性をも知る。

併し、尚彼はイエスがユダにしたように相手を愛するのである。

かくの如き青年こそまことに吾が理想とする青年であるのです。

            <感謝合掌 平成28年9月5日 頓首再拝>
21:伝統 :

2016/09/09 (Fri) 03:49:28


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(P77<9月9日>)より

貧乏は、「欠乏」の想念、「努力」の欠乏、「誠実」の欠乏、「サービス」の欠乏、
「愛念」の欠乏、「持続力」の欠乏、「寛容精神」の欠乏、「与える心」の欠乏等の
具象化であると言うことができる。


特に寛容精神の欠乏は、はなはだしく他(ひと)に対して批評的になるために、
他(ひと)から愛されることなくいかに自己が賢明で、努力も、誠実もありながら
世に容(い)れられないで失敗してしまう原因になるのである。

「吾は神と一体である。神が吾を赦し愛し給うがごとく、我もすべてを赦し愛するのである。
神の無限の愛と赦しがわがうちに満ちていてすべての人を愛したまうのである」

と念ずることは愛と寛容の精神を養うのに最も良い。

             <感謝合掌 平成28年9月9日 頓首再拝>
22:伝統 :

2016/09/20 (Tue) 04:41:36


         *『 生長の家 』(昭和24年8月30日の法語)より

   肉体のためよりも
   魂のために金銭を消費するものは
   健全なる使い方である。

   精神の修養にさえも金銭を惜しむものは
   “ けち ” というものである。

   寛大で同時に
   浪費でないのが
   最良の経済である。


   http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12871868.html


             <感謝合掌 平成28年9月20日 頓首再拝>
23:伝統 :

2017/01/30 (Mon) 21:27:27


          *『生命の實相』第三十七巻幸福篇上(1月30日)より

交友を選ぶことは生涯のうちで最も大切なことである。
悪しき友と交わってはならぬ。
悪しき人間は《本来ない》けれども、方向のまちがった側へ進む者を「悪しき人間」と仮に言う。

生命(いのち)の本質の栄えのことを思わず、外面の虚栄に心を奪われ、五官の快楽のことに
のみ心を引かれて悪しき者と交わるならば、その人は人生で一番大切なものを見失う時が来る。

かく言えばとて、決して一日中一室に閉じ籠っている憂鬱な友達を選べという意味ではない。

明るく生きることは人生の一つの美徳である。
強く生きることも一つの美徳である。
大きく生きることはさらにまたもう一つの美徳である。

何物をも包容しつつ、強く大きくしっかりと
生命(せいめい)の大地を踏みしめて行くことは常によい。

外面(がいめん)の虚栄や五官の快楽には強さがなく、大いさがなく、広さがなく、包容性がなく、
それが常に狭く個人的なものになりたがるから低卑なのである。
孤独ということも、それが個人的なかぎりにおいては人の生長を害(そこな)うものである。

            <感謝合掌 平成29年1月30日 頓首再拝>
24:伝統 :

2017/02/14 (Tue) 04:35:51


             *「光明法語」(2月14日)より

他に寛大なるものは、神からも寛大に取り扱われるであろう。
其処に「善人なおもて救われる況や悪人をや」と
親鸞の言ったことがもっともだと思われるのである。

人を赦すものは神からも赦されるのである。
人を審判(さば)く者は法則によって審判(さば)かれるのである。

神につかえる道は人につかえることにあるのである。
「いと小さきわが兄弟に対してなせるは我に対してなせるなり」とキリストは言っているのである。

その代わりに神からの報いも人を通して与えられるのである。
突如として天から降って来る訳ではない。 

            <感謝合掌 平成29年2月14日 頓首再拝>
25:伝統 :

2017/03/10 (Fri) 04:08:50


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(3月10日)」より

反抗心というものは自己低卑の証徴(しるし)である。
反抗心の逆は包容精神である。
包容精神は自己偉大の自覚である。

少青年に反抗心はあらわれ、一概にはいえないが、父母には包容精神があらわれている。

乞食でも親分となるほどのものは包容精神が大きいので子分から尊敬せられる。

            <感謝合掌 平成29年3月10日 頓首再拝>
26:伝統 :

2017/03/21 (Tue) 03:20:12


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(3月21日)」より

すべての人間はその本質は神の子であり、
すべての人間の表現は、時間空間の立場に従ってことごとく異なる。

一つの立場を測る尺度で他の人間を測って批評してはならない。

正しさは美徳であるが、寛容はより大なる美徳である。
寛容を失うとき正しさは悪に変わる。

            <感謝合掌 平成29年3月21日 頓首再拝>
27:伝統 :

2017/04/14 (Fri) 03:03:15


         *メルマガ「人の心に灯をともす(2017年04月12日)」より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   みなさんは、家族は長く一緒にいて自分の主張をし合うことが
   仲よしの証拠だと思っているところがあります。

   でも、私はそのように家族をとらえていません。

   家族とは、他人に対して言わなくてすむわがままを、
   目の前の家族という名の特別な存在に対しても言わないという
   訓練の場なのだと考えています。


   あることを他人から言われたときに、その他人に対しては
   腹を立てたり、怒ったり、怒鳴ったり、いら立ったりしない。

   ところが、同じ言葉を夫や妻、子どもから言われたら、
   ものすごく激昂(げきこう)して、
   腹を立てて、怒って、怒鳴りまくってしまうという人はいませんか?

   実は結構いるのですが、そういいう性質を幼児性といいます。


   つまり、この人には甘えていいという特別な感情を持っているわけです。

   もしここで踏みとどまることができるなら、
   その人は忍耐力というのを持っているわけです。

   自分で自分の感情が制御できているんですね。


   それがある人との関係では制御できて、コントロールできるのに、
   別の人との関係ではコントロールできないというのは、
   制御ができないのではなくて、制御をしないのです。

   家族だから、妻だから、夫だからという理由で制御しないのは、
   甘えているという意味でそれを幼児性といいます。


   結婚というのは、幼児性の克服のための訓練の場なのです。

   そこのところに気がつかない限り、
   多分穏やかな家庭生活というのを得ることはできません。


   家族というのは、わがままを言い合うために存在するのではなく、
   わがままを言えるような人間関係が目の前にあって、
   それでなおかつそのわがままを言わないために存在するのです。

   言わないということは大人になるということです。


   この話をしたらある人がこう言いました。

   「それではストレスをどこで発散するんだ」と。


   もう一度いいます。

   家庭というのはストレスを発散する場ではありません。
   幼児性でわがままを振りまきたくなる状況設定をされているのが家庭。

   そこで自分がいかに幼児性を振りまかないで、
   それを克服していくかということ。

   これは業(ごう)というものですけれど、その業の克服のために、
   家庭というものが存在するのです。


   家庭というところは、人間が成長する場所なのですね。

   幼児性というものを克服するために家庭が存在する
   ということがわかってくると、
   子どもとの関係、親と子の関係というものも見えてきます。


   実は親が子どもを育てているのではなくて、
   子どもが親を育てにきているということに気がつきます。

   結婚した時に、自分だけのわがままで生きてきた人生から
   相手が一人増えるわけです。
   妻という名の家族が。

   そして、子どもができたときには
   もう一人別な存在ができてきます。

   妻や夫や子どもが自分の思いどおりにならなかったりすると、
   感情をかき乱されます。


   そのときに、どんなことがあっても
   いら立たないということの訓練の場として、
   実は家庭というものが存在する。

   ですから、家庭はわがままを言うところではないし、
   ストレスを発散する場ではないのです。

       <『みんなが味方になるすごい秘密』KADOKAWA>

           ・・・

昨今、親が躾(しつ)けと称して自分の子供を虐待(ぎゃくたい)したり、
妻に暴力をふるったりする記事をよく見る。

そういう人には、すべて幼児性がある。

どんなに偉そうなことを言おうが、我慢ができなくて、わがままで、
自分さえよければいいという、甘えの抜けない幼児と一緒だ。


大人になりきれない幼児性のある人は、
わがままを振りまきたくなる状況設定をされている場(家庭)で、
自己コントロールができない。

これは家庭だけでなく、たとえば飲食店や小売店で、

「お金を払っているから私はお客だ」

と威張ったり、怒鳴ったり、いら立ったりする人も同じ。

あるいは、会社の中で上司が部下に接する態度も、
年配者が若者に対する態度もみな同じ。

幼児性があるから、ものすごく激昂(げきこう)したり、
腹を立てて怒ったり、怒鳴りまくってしまう。


「家庭はわがままを言うところではないし、ストレスを発散する場ではない」

大人になる修行を続けたい。

            <感謝合掌 平成29年4月14日 頓首再拝>
28:伝統 :

2017/04/21 (Fri) 04:02:50


         *「光明法語」(4月21日)より

若し彼が聖フランシスがしたように、また光明皇后がなし給うたように、
癩(らい)病患者の膿血に接吻する事が出来なかったならば、
彼の愛は乏しいのであるだろうか。

人間には生れつき、又は或る習慣的な後天的な影響から、
迚(とて)もそれに触れることが出来ないところの、
見るだけでも慴気(おぞけ)を顫(ふる)うような相手があるものである。

或る人は蚯蚓(みみず)が恐ろしくて触れることが出来ない。
或る人は蜘蛛(くも)が恐ろしくて触れることができない。
そのように或る人は到底癩(らい)病患者に触れることが出来ないのである。

            <感謝合掌 平成29年4月21日 頓首再拝>
29:伝統 :

2017/04/22 (Sat) 04:18:55


         *「光明法語」(4月22日)より

スター・デーリーはどんな強盗の首魁(しゅかい)でも
彼の名前を聞けば顫(ふる)え上がる程に、膽(きも)の据わった泥棒であった。

併し獄舎の中で大衆を相手に説教しようと演壇にたった時には、
その膽の据わりはどこへやら、ボーッとして周囲が見えなくなり、
一語も発する事が出来ない程に恐怖心を感じたのであった。

生命(いのち)の奪い合いでは恐れないデーリーが演壇が恐ろしいのは
臆病のせいであろうか。

時として人には到底克服出来ない嫌悪や不快や恐怖をいだく
心の傷があるものである。

そう云う心の傷は労ってやるべきで攻撃すべきではない。

            <感謝合掌 平成29年4月22日 頓首再拝>
30:伝統 :

2017/05/08 (Mon) 04:25:12


       *メルマガ「人の心に灯をともす(2014年11月6日)」より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   あるとき、講演会の後で、結婚してずーっと夫が好きになれなくて、
   夫を否定してきたという奥さんとお会いしました。

   その方は、こういう状態ではいけないと思って、ありとあらゆる本を読み、
   精神的な勉強をしていく中で、ある人からこう言われたそうです。

   「夫を変えるためには、まず、自分が変わることなんですよ」って。

   「その意味が、自分の中に深く入ってなかったけど、今日、小林さんの話を聞いて、
   初めて理解できたように思います。
   夫を変えるためには、まず、自分が変わることなんですね。よくわかりました」

   とその奥さんは、とても納得したようにおっしゃったのです。


   私は、こう言いました。

   「それは、大きな誤解です。
   私は『夫を変えるためには、自分が変わらなくちゃいけない』
   なんて一言も言っていません。
   『夫を変える必要がないんだ』ということを言っています」

   だって、自分が変わっちゃえばいいんですから。

   「夫を変えるためには、まず、あなたが変わること」なんていう論理ではなくて、
   あなたがすべてのことに関して、〈気にならない人〉になったら、
   問題が全部解決するんです。

   もし仮に、相手を変えるために自分が変わったとして、
   2、3ヵ月経っても、相手が全然変わらなかったら、
   さらに苛立(いらだ)つでしょう。

   もっとパワーアップして恨(うら)んでしまいそうです。

   私が提案している解決策は、
   「その人の存在を全部認めてしまいなさい」ということなんです。
   これを「受け容れる」と言います。

   相手を変える必要なんかどこにもない。
   その人を認めて、自分が〈気にならない人〉になったら、それで“終わり”。
   ありとあらゆることに、気を遣うのをやめてしまうんです。

   多くの人は、自分の価値の中に相手を連れてこようとして苦しむのですが、
   その人の良いところも悪いところも踏まえた上で、
   そのまますべて受け入れてしまえばいい。


   すなわち、自分の心を広げる。
   許容量、寛容度を上げるということです。

   ニコニコしながら「世の中には、そういう人もいるよね」って、
   自分の価値観を押しつけないで〈気にならない人〉になる。

   周りの人は、こういう人のことを、人格者と呼ぶんですけど、
   私は「人格者を目指しなさい」と言っているのではありません。

   損得勘定で突き詰めていくと、すべてのことに鷹揚(おうよう)になって、
   イライラしなくなったら自分が一番ラクだ、ということなんです。

   これを、「究極の損得勘定」といいます。

   そもそも、宇宙にはイライラする現象があるのではなくて、
   イライラする考え方をするから、そのことにイライラしてしまうのでしょう。

          <『楽しい人生を生きる宇宙法則』講談社>

            ・・・

「人を変えるのではなく、自分を変えること」とは、よく言われることだ。
人を変えることはできない、というのが心理学の大前提。

自分が変わるとあたかも周りが変わったかの見えるが、
それは自分の見方が変わったからにすぎない。

事実は一つだが、その見方や考え方はいくつもある。

許容とは、その程度ならよしとして、許して受け入れること。
「許す」は、「緩(ゆる)す」。
緩すとは、ゆるめることであり、ゆるくすること、ゆるやかにすること。

ピンと張った糸は、何事もはじき返してしまう。
しかし、緩(ゆる)めた糸は、はじき返すことはない。

「気にならない人」になるには、緩く生きること。

ボーっとして生きるということ。

自分の許容度、寛容度を上げる生き方をしたい。

            <感謝合掌 平成29年5月8日 頓首再拝>
31:伝統 :

2017/06/26 (Mon) 03:16:56


         *「光明道中記」(6月26日)より

【批評は斬(き)る念である。(『生命の實相』第六巻)】

或る学生が某大学への入学に、もう三度も辷(すべ)っているのである。
「どうして私はこんなに辷るのでしょうか」とその大学生は私に質問した。

「それは、君はあまり人を批判し過ぎて、人を容れてやる寛容の精神がないから、
学校当局でも君を批判し過ぎて君を寛容に学校へ入れて呉れないんだよ」
と私は答えた。

その答があまり的中したので、学生たちはどっと一時笑ったものだ。
学生の集まりが散会してからお山に帰って行くときにも「先生に見事にやられた。
全くやられた」と言って、学生たちは噪(はしゃ)ぎながら帰って行った。

それが当の学生の心の中に寛容の心を起させる動機となったらしいのである。
その学生は非常に素直になって人を審判(さば)かなくなった。
すると、不思議なことに――不思議でもないが、その学生は今年の入学試験に
パスしたのである。

私は言った。

「君が寛容の心になって、人を容れる心になったから、学校も君を入れてくれたんだよ」

「そうでもないんですけど」とその学生は謙遜していたが流石に嬉しいらしいのである。

私も嬉しい。

            <感謝合掌 平成29年6月26日 頓首再拝>
32:伝統 :

2017/07/15 (Sat) 04:10:24


            *「人生の秘訣265章」(P253)より

忍辱の一面は、辛抱強いと云うことである。
「ならぬ堪忍するが堪忍」と云う諺があるが、

最も辛抱強く私たちを赦しておられるのが、
神であると云うことができるのである。

神は如何なる場合にも、私たちを罰したまうことはないのである。
ただ吾々は自己が言葉や、想念や、
行動で蒔いた種を循環的に刈りとるだけのことである。

私たちは常に愛行によって行動の良き種を蒔き、
祈りと神相観とによって良き想念の種を蒔き、
讃嘆と美しき言葉とによって良き言葉の種を蒔くようにしなければならない。

更にその「良き種」が腐らずに生育するように、
祈りと愛行と良き言葉とを常にたゆまず繰返すことによって、
その「良き種」の生長を促進するようにしなければならない。

すべて良き種を生長せしめるには、その結果を急いではならないのである。
農夫が秋の収穫期が来るまで急がず待つが如くにである。

            <感謝合掌 平成29年7月15日 頓首再拝>
33:伝統 :

2017/07/30 (Sun) 03:46:38


         *「生命の實相」第7巻生活篇(P102~103)より

誰でも周囲の人々から常に、
なんじは不正直だと疑いの目をもって見ていられるか、
言葉でお前は不正直だと言われるならば、
本当にその人は不正直になってしまうのである。

思想は種子(たね)である。
間断なくその人の人格へむけてまかれたる種子は、
ついにはそこに根をおろし、芽を出し、やがて現実の実をむすぶのである。

だから諸君よ、人間を疑うな。
疑っていたとおりにその人がなったとて、
それは諸君に先見の明があったためではないのだ。

諸君の飛ばした疑いというバイ菌が、その人に付着して繁殖したので、
罪はかえってあなたにある場合が多いということを知らねばならぬ。

人間は神性をもつ。
神聖なる人間の心を疑う者は神にむかって罪を犯すものだ。

諸君は人間の心の扉をひらいて、その中の神性を逐い出し、
疑いや盗賊の像を祭りこむ権利は少しもないのである。

諸君は人間を剣で刺し殺したことがないからとて、
疑いで相手の人間の神性を刺し殺したら、
なおいっそう重大な罪を犯すものであることを知らねばならぬ。

だから諸君よ常に深切な心、愛の心、寛大な心をもって
あらゆる人間に対して敬愛するようにしなければならぬ。

雲がかかっていても太陽が存在しないと思って失望してはならぬ。
外の雲をとおして内の太陽を見なければならぬ。

心の力で相手をいっそう悪くしてはならぬ。
常に疑いや悲しみや暗黒を自分の心から放送してはならぬ。

諸君よ、喜びと愛と太陽の光線とを人生に撒いて歩け。
諸君が心で喜びを放送すれば、その念(おもい)は消えるものではないのである。

念は種子だ。
やがて諸君が撒いた喜びの念が、幾万粒の歓びの果実となって
枝もたわわにこの世界に色づくことであろう。

            <感謝合掌 平成29年7月30日 頓首再拝>
34:伝統 :

2017/08/17 (Thu) 04:48:19


        *「希望を叶える365章」(P252)より

技術や才能にすぐれている者が必ずしも幸福になり、繁栄する者ではないのである。
繁昌も心にはじまる。心が豊かでなかったらば繁栄することはないのである。

心が豊かであると云うのは包容力が大きいこと、寛容の精神があること、
小さな変動にビクビクせず、「我これを成す、必ず成功する」と云う大局を見透しての
大信念をもって、繁栄に要するあらゆる要素を動員する智慧を有することである。

いくら自分ひとりが優秀な智慧を有しても、一人では大事業をなすことはできない。
それだから同僚や協力者や部下の得意とする能力をよく理解して、
その天分と能力とに随ってそれを信頼して重用することが必要である。

繁栄に必要なのは、これらの人々との調和である。
いくら優秀な技術と才能とがあっても調和が欠けていたならばその事業は崩れてしまう。
調和を得るには相手の立場に立って考えてあげることである。

            <感謝合掌 平成29年8月17日 頓首再拝>
35:伝統 :

2017/09/09 (Sat) 04:51:24


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(P77<9月9日>)より

貧乏は、「欠乏」の想念、「努力」の欠乏、「誠実」の欠乏、「サービス」の欠乏、
「愛念」の欠乏、「持続力」の欠乏、「寛容精神」の欠乏、「与える心」の欠乏等の
具象化であると言うことができる。

特に寛容精神の欠乏は、はなはだしく他(ひと)に対して批評的になるために、
他(ひと)から愛されることなくいかに自己が賢明で、努力も、誠実もありながら
世に容(い)れられないで失敗してしまう原因になるのである。

「吾は神と一体である。神が吾を赦し愛し給うがごとく、
我もすべてを赦し愛するのである。
神の無限の愛と赦しがわがうちに満ちていてすべての人を愛したまうのである」

と念ずることは愛と寛容の精神を養うのに最も良い。

             <感謝合掌 平成29年9月9日 頓首再拝>

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