伝統板・第二 189360

「谷口雅春先生に帰りましょう」は、こちらです。「案内板」は、こっちです。

本掲示板の目的に従い、法令順守および社会倫理の厳守をお願いします。本掲示板の管理人は、聖典『生命の實相』および『甘露の法雨』などの聖経以外については、どの著作物について権利者が誰であるかを承知しておりません。「著作物に係る権利」または「その他の正当な権利」を侵害されたとする方は、自らの所属、役職、氏名、連絡方法を明記のうえ、自らが正当な権利者であることを証明するもの(確定判決書又は文化庁の著作権登録謄本等)のPDFファイルを添付のうえ、本掲示板への書き込みにより、管理人にお申し出ください。プロバイダ責任制限法に基づき、適正に対処します。


いい夫婦

1:伝統 :

2015/04/02 (Thu) 05:07:19

*光明掲示板・伝統・第一「いい夫婦 (55)」からの継続です。
    → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=36

・・・

『光と大地』

        *谷口清超先生『白鳩』誌(昭和40年7月号)より

人間の太陽と大地とは ”男性”と”女性”とである。
これらは本来単独で存在すべきものではないのである。

お互いに助け合い、おぎない合ってこそ、はじめて無限の生命の産みてとなる。

それ故、女性はよき妻とならなければならない。
そして男性は、よき夫となるべきである。

温かい『家庭』の中において、はじめて一切の生命が伸長する。

子供は健康に育ち、優良な発育をとげる。
夫と妻とのあたたかい愛の和合があれば
生命は伸びるほかはなく、健康に育たざるを得ないのである。

夫婦が日々感謝し愛の交錯をもってすごす家庭は、
断じて失敗はあり得ず、没落はないのである。

http://blogs.yahoo.co.jp/yghms533/17393964.html

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・第一「いい夫婦 (3843)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=737

(2)光明掲示板・第二「いい夫婦 (2884)」
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=624

(3)光明掲示板・第三「いい夫婦」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=52

            <感謝合掌 平成27年4月2日 頓首再拝>
2:伝統 :

2015/04/22 (Wed) 04:38:09


今日、4月22日は「よい夫婦」の日です。

「よい夫婦」の日に因み、次の情報を紹介いたします。

     *Web:【LIFE HACKS】よい夫婦とそうでない夫婦の差(2015.04.15)より


日本の夫婦の「いま」に関する調査を、婚姻期間が10年以上の男女を対象に実施した。

調査の結果、全体の約7割が自分たちを“よい夫婦”だと思っている一方

「妻が欲しいと思っているものと実際に夫から貰っているものに相違がある」
「夫は妻へ感謝をしているが、妻は感じていない」など、
夫婦の間のすれ違いが起こっていることがわかった。

このことから、夫が妻に対して感謝を伝えるとともに、
妻が本来欲しいと思っている「旅行」や「ジュエリー」を贈ることが、
すれ違いをなくし、今後の“よりよい夫婦”でいられる秘訣となることがわかった。

詳細は、以下のWebにてご確認ください。
  → http://dime.jp/genre/165562/

<参考Web:「いつまでも仲の良い夫婦でいるための秘訣ベスト10」
        → http://allabout.co.jp/matome/cl000000001127/ >

・・・

以下は、愛妻家で、今、輝いている松岡修造さんの話題です。

《奥さんに気に入られるのが僕の課題》

松岡修造、妻から外食断られ落胆 理由は「僕が食べることに夢中に…」
オリコン 4月20日(月)15時56分配信

 
元プロテニスプレーヤーでスポーツキャスターの松岡修造が20日、
都内で行われた『日清麺職人』新CM発表会に出席。

松岡は「子どもの時間より妻との時間を大切にしたい」と愛妻家の面をみせたが
「食事に誘っても、(妻は)嫌って言うんですよね…」といい
「僕が話し聞くより食べることに夢中になっちゃうから、一緒に行ってもつまらないって
言うんですよ」と肩を落とした。



“熱血指導”で人気を集める松岡に対し、妻から

「ほかの人は応援するのにどうして私にはしないの?」と言われたこともあるようで、
松岡は「そう言われてショックだった。
だって、家で『頑張れ~!』って言わないでしょう?」

と苦笑いだった。

夫婦げんかについては「怒られることはないんじゃないかなぁ。言い合いはある」と明かし、
自身は「謝らないで無視をしちゃうタイプ」という。

それでも「1番大切なことはちゃんと奥さんの話を聞いてあげること。
それが出来ていないけど。奥さんに気に入られるのが僕の課題ですね」と家庭を思いやった。

  (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150420-00000330-oric-ent

・・・

以下は、プロ野球球団「ロッテ」の伊東勤監督の場合

        *千葉日報(4月21日)より


ずっと、どこかで感謝の気持ちを伝えたいと考えていた。
ちょうど、2人の子供が巣立った今が、その時だと思った。

    □    ■    □

「今思うとさ、俺はいつも家にいなかったからね。妻も、2人の子供も、2月が誕生日でね。
ちょうど、春季キャンプ期間中。全然、一緒に祝ってあげることが出来なかった。
評論家時代だって、キャンプ地巡りをしていたからね。寂しい思いをさせてしまった」

 
いきなり、双子の子供を育てるのは並大抵のことではなかったはずだ。
さらに夫は遠征などでほとんど自宅にいない。
そんな中で弱音や愚痴の一つも聞いた覚えがない。

学校の参観日、運動会、入学式、卒業式。そのような子供の行事も大体、
チームスケジュールの都合上、行けないことが多かった。

子育てを中心とした家庭の事は妻に任せっきりの日々だった。
現役時代などは、なかなかその負担に思いを巡らせる余裕がなかったが、
子供たちが巣立った今となって、あらためて振り返るとその尊さを心から感じる。

    □    ■    □

子供たちがいなくなった後の自宅は、どこかヒッソリとしているように感じた。
「ありがとう」と言って、花束を渡した。
「ちょっと、照れたかな。嫁もそうだったと思う」。

妻は「まあ、珍しい」と監督がこだわって選んだ「愛」の意味のこもった
赤いバラの花束を両手で受け取った。じっと見つめていた。翌日だった。
遠征のため、いつものように準備をし、自宅を後にした。

しばらくして、1本のメールが入った。妻からだった。
「昨日は、お花をありがとう」。
心が通じ合っていること、感謝の気持ちが伝わったことが、なによりうれしかった。

 
「嫁も子供たちが巣立ってホッとする部分と、寂しい部分があるだろうなあ。
子供たちもこれから、社会の厳しさにぶつかる。
大人の社会の厳しさ、大変さが分かって、そこからどうするかが大事になってくるよね」

遠い空を眺めながら、ふと家族のことを思い、微笑んだ。

   (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150421-00010000-chibatopi-base

            <感謝合掌 平成27年4月22日 頓首再拝>
3:伝統 :

2015/06/02 (Tue) 03:50:40


         *「女は愛の太陽だ」(P22)より

神の合わせ給える”一つの完体”は永遠に離別してはならないのである。
性格が合わぬように見えても、性格が合わないのが本当の”半身”なのである。

陰電気と陽電気とは全然性格が合わぬけれども、互いに牽引して《もと》の一つになる
のである。性格が合わないことを気にする必要はない。

性格の相異から事物に対する着眼点が異なって、別の対場から意見を述べてくれるので、
相補って完全なる判断が出来るのである。

しかしいつまでも一つの問題について対立意見を固執してはならない。

陰極と陽極とが結ばれて一つの電流となって流れるように、
判断の相異・意見の相異は夫婦一つにむすばれて抵抗のない流れになって
最後は一つになって、はたらくがよいのである。

            <感謝合掌 平成27年6月2日 頓首再拝>
4:伝統 :

2015/06/22 (Mon) 05:02:11


映画「愛を積むひと」

この映画は、公開されたばかりなので、まだ観ておりませんが、
感動的なお話がWeb上にありましたので、紹介させていただきます。


《佐藤浩市、妻の手紙に涙も「姑息なことを…」と宣伝部に恨み節!》

        *cinemacafe.net 6月20日(土)より

映画『愛を積むひと』が6月20日(土)に公開を迎え、
佐藤浩市、樋口可南子、北川景子、野村周平、杉咲花、吉田羊、柄本明、
朝原雄三監督が舞台挨拶に登壇。

奥さんがしたためた佐藤さん宛ての手紙がサプライズで届き、樋口さんが壇上で読み上げた。
最初は、樋口さんから手紙を奪おうとしていた佐藤さんだが、観念して妻の言葉に耳を傾ける。

佐藤さんは、目を真っ赤にしつつ「暑いから汗かいちゃって…」と定番すぎる言い訳。
樋口さんに対しても「可南子さんが泣くことないでしょ(笑)!」とツッコみつつ
「ありがたいものだと思ってます」と照れくさそうに感謝の思いを口にした。

人前での涙がよほど恥ずかしかったのか
「まさか、こんな姑息なことを宣伝部が考えているとは思いもよらず、不覚でした」
とサプライズを企画した宣伝部への恨み節を口にし、会場は笑いに包まれた。

『愛を積むひと』は全国にて公開中。

    (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150620-00000007-cine-movi

・・・

《初日舞台挨拶の動画》

  樋口可南子も感涙! 映画「愛を積むひと」初日舞台あいさつ(動画)
    → http://maidigitv.jp/movie/Qw-EIyag2yQ.html

グッとこらえたような表情で聞いていた佐藤は、目には涙があふれ、

「字ってまた違う気持ちの伝わり方があるんで。ありがたいです」

と感謝した。

大役を果たした樋口も「素晴らしい奥様です。ほんとに浩市さんは幸せだなあ。
私も長く続けて行きたい」と目尻をぬぐい、ともに聞いていた共演者らも幸せそうな顔だった。


・・・

《佐藤浩市 号泣した妻からの手紙全文 とても先に逝けない》

       *デイリースポーツ 6月20日(土)より

愛妻からの手紙全文は以下の通り。

   ◆◆◆◆  

浩市さん。心臓が飛び出るくらい、ビックリしている事と思います。スミマセン…。

私は、この作品を観るのが、今日で3回目。きっとまた、客席で号泣していると思います。

もし自分が夫よりも先に旅立つことになったら、ふとそんなことを考えてしまいました。

良子さんのように大きな愛を持ったウソを、浩市さんや息子たちに突き通せるでしょうか?
最後まで、あんなに強く凜としていられるでしょうか?
罪を犯した若者を、大きな愛で許せるでしょうか?

そして、自分がいなくなった後を想像し、あんなに優しい手紙を書くことができるでしょうか?

私には、とても自信がありません。


結婚した当初、身体があまり丈夫でない私は、
「自分が死んだら、保険金で、好きな映画を作ってね」と、
あなたに言ったことがありました。

勿論、当時は、まだ若く、死という存在が遠くにありました。
でも、自分が浩市さんよりも、先に逝ってしまうような気がしたのは、本当です。

今の私は違います。

篤史さんと似ていて、役者の仕事しかできない浩市さん。
あなたを残して旅たつ事は、家族は勿論、事務所のマネージャーさん映画関係者の皆様に、
とてつもないご迷惑をおかけする事になり、
それを思うととても、先に逝くことなど出来ません。

この作品を通じて命には限りがあるということを、痛感しました。
当たり前の日常が、突然無くなる事もあるということも。

その時、後悔しないように、健康を大事に、
大切な家族や大切な方達との時間を、丁寧に過ごしたいと思います。

 
23年前に浩市さんから頂いたお手紙にあった

「僕は一生あなたの味方です」ということばを、今も忘れません。

私の一番の味方は、浩市さんです。


だからどんな困難も乗り越えていけます。

これからも、家族でいろんな形の愛を積み上げて、
沢山の笑顔につなげていきましょうね。

【愛を積むひと】は、ご夫婦は勿論、恋人達、子どもの立場から、
そして迷える若者と、幅広い層のお客様の心に残る作品だと思います。
1人でも多くの方に観ていただいて、もう一度、大切な方と人生を見つめ直す、
ひとつのきっかけになるといいな、と思います。

 
浩市さん、私は浩市さんを1人にしないように、
浩市さんよりも1日でも長く生きる事を、約束します。

 (原文ママ)

 篤史…作中の佐藤浩市。良子…作中の樋口可南子。2人は夫婦を演じた。

    (http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150620-00000045-dal-ent

            <感謝合掌 平成27年6月22日 頓首再拝>
5:伝統 :

2015/07/02 (Thu) 03:21:24

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涙なくして語れないある夫婦の物語
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         Web:聖羅ワールド(2014年09月10日)

仕事から帰宅すると、妻は食事の支度をしていた。

僕は彼女の手を握り「話があるんだ」と切り出した。
妻は何も言わず席についた。

その目は苦痛に満ちていた。

ふと、僕はどう切り出したらいいのか分からなくなった。

でも言わなければならない。

「離婚したいんだ」と。

僕は冷静に、その言葉を口にした。
妻は大したリアクションも見せず、ただ静かに聞き返した。

「どうして?」

その問いに敢えて答えないでいたら、妻はとうとう怒りをあらわにした。

彼女は箸を投げ散らかし叫んだ。

「あんたなんか、男じゃない!!」


その夜、その口論のあと
僕らはとうとう一言も言葉を交わさなかった。

妻のすすり泣く声がかすかに聞こえた。
わかっている。

どうして僕らがこうなってしまったのか、
妻はその理由を知りたがっているのだ。


でも僕は、彼女を納得させられるような説明を
とうてい与えられるはずはなかった。

それもそのはず。

僕は「ジェーン」という他の女性を愛してしまったのだ。
妻のことは、、、もう愛していなかった。

ただ哀れんでいただけだったのだ!


深い罪悪難にさいなまれながら、僕は離婚の「承諾書」を書き上げた。

その中には、家は妻に譲ること、車も妻に譲ること、
僕の会社の30%の株も譲渡することを記した。

彼女はそれをチラと見ただけで、ビリビリと破り捨てた。


僕がこの10年という月日を共に過ごした、この女は
僕にとってもはや「見知らぬ誰か」に成り下がっていた。

彼女が今まで僕のために浪費した、
時間、労力、エネルギーに対しては、本当に申し訳ないと思っている。


でも自分が「ジェーン」を愛しているという気持ちに、
これ以上目を背けることは出来なかった。


承諾書を破り捨てた後、妻はとうとう大声をあげて泣き始めた。

ヘンな言い方だが、僕はその彼女の泣く姿を見て、少しホッとしたのだ。

これで離婚は確定だと。


この数週間、呪いのように頭の中に
つきまとっていた「離婚」という二文字は、これでとうとう現実化したのだ。

その翌日、僕は仕事からかなり遅くに帰宅した。

家に戻ると、妻はテーブルに向かって何かを一生懸命に書いていた。

夕食はまだだったが食欲など到底なく、
僕はただベッドに崩れるように倒れ込み寝入ってしまった。

深夜に一度目が覚めたが、その時も妻は
まだテーブルで何かを書いているようだった。

僕はもはや大した興味もなく、ふたたび眠りについた。
朝になって、妻は僕に「離婚の条件」を突きつけてきた。


彼女は家も車も株も、何も欲しくないと言った。

でもその代わりに「1ヶ月間の準備期間」が欲しいと言ってきた。

そして彼女の条件は、その1ヶ月の間、
出来るだけ「今まで通り」の生活をすること。

その理由は明確だった。

僕らの息子が、1ヶ月後にとても大切な試験を控えているため
できるだけ彼を動揺させたくないというのが、彼女の言い分だった。


それに関しては、僕は即座に納得した。
だが、それ以外にもうひとつ妻は条件をつけてきた。

「私たちが結婚した日、あなたが私を抱き上げて、
寝室に入った日のことを思い出してほしい」と。

そして、これからの1ヶ月間、あの時と同じようにして
毎朝、彼女が仕事へ行く時に彼女を腕に抱き上げて、
寝室から玄関口まで運んでほしいと言うのだ。


僕は「とうとうおかしくなったな・・・」と思った。

でもこれ以上妻といざこざを起こしたくなかった僕は、
黙って彼女の条件を受け入れた。


僕は「ジェーン」にこの事を話した。

ジェーンはお腹を抱えて笑い、「馬鹿じゃないの」と言った。

今さら何をどうジタバタしたって、離婚はまぬがれないのにと
ジェーンは嘲るように笑った。


僕が「離婚」を切り出して以来、
僕ら夫婦はまったくスキンシップを取っていなかった。

なので彼女を抱き上げて玄関口まで連れていった1日目、
僕らは二人ともなんとも変な感じで、ぎこちなかった。

それでもそんな僕らの後ろを、息子は
それは嬉しそうに手をパチパチ叩いてついてきた。


寝室からリビングへ、そして玄関口へと
僕は妻を腕に抱いたまま10メートルは歩いただろうか。

妻は目を閉じたまま、
そっと「どうかあの子には離婚のことは言わないで」と耳元でささやいた。

僕は黙ってうなずいた。

でもなぜか、そうしながら
心はひどく動揺していた。

妻をドアの外に静かに下ろすと、
彼女はそのままいつものバス停へ向かって歩いていった。

僕もいつも通り車に乗り込み仕事へ向かった。


2日目の朝。

初日よりは少しは慣れた感があった。

抱き上げられながら、妻は僕の胸に自然ともたれかかっていた。
僕はふと、彼女のブラウスから薫るほのかな香りに気づいた。

そして思った。

彼女をこんな近くできちんと見たのは、いつ以来だっただろうかと・・・

妻がもはや若かりし頃の妻ではないことに、僕は今さらながら驚愕していた。
その顔には細かなシワが刻まれ、髪の毛には、なんと白いものが入り交じっている。
結婚してからの年数が、これだけの変化を彼女に・・・

その一瞬、僕は自問した。

「僕は彼女に何てことをしてしまったのだろう」と。


4日目の朝。

彼女を抱き上げたとき、ふとかつて僕らの間にあった、
あの愛情に満ちた「つながり感」が戻ってくるのを感じた。

この人は、この女性は、僕に10年という年月を捧げてくれた人だった。

5日目、そして6日目の朝、
その感覚はさらに強くなった。

このことを、僕は「ジェーン」には言わなかった。

日にちが経つにつれ、妻を抱き上げることが
日に日にラクになってゆくのを感じた。

なにせ毎朝していることなので、
腕の筋力もそりゃ強くなるだろうと、僕は単純にそう考えていた。


ある朝、妻はその日着てゆく服を選んでいた。

鏡のまえで何着も何着も試着して
それでも体にピッタリくる一着が、なかなか見つからないようだった。

そして彼女は「はあ~っ」とため息をついた。

「どれもこれも、何だか大きくなっちゃって。。。」

その言葉を耳にして、僕はてハッ! とした。

妻はいつの間にやせ細っていたのだ!

妻を抱き上げやすくなったのは、僕の腕力がついたからではなく
彼女が今まで以上に軽くなっていたからだったのだ!

愕然とした。

それほどまで、やせ細ってしまうまで
彼女は痛みと苦痛を胸のなかに。。。

僕は思わず手を伸ばして、妻の髪に触れていた。


そこに息子がやってきた。
「ダディー、マミーを抱っこして『いってらっしゃい』する時間だよ!」

息子には、父親が母親を毎朝抱き上げるこの光景を目にすることが
すでに大切な日常の一場面となっているようだった。

妻は、そんな息子にむかって「おいで」と優しく手招きしたかと思うと
彼を力いっぱいぎゅっと抱きしめた。

僕は思わず目をそらした。

そうしないと、最後の最後で、気が変わってしまいそうだったからだ!

僕はだまって、いつものように妻を腕に抱き上げ
寝室から、リビング、そして玄関口へと、彼女を運んだ。

妻はただそっと、僕の首に腕を回していた。

そんな彼女を、気づいたら強くグッと抱きしめていた。
そうまるで、結婚したあの日の僕のように。。。

彼女の、それはそれは軽くなった体を腕のなかに感じながら
僕は例えようのない悲しみを覚えていた。



そして最後の朝、

妻を抱き上げたとき、
僕は、一歩たりとも歩みを進めることができなかった。

その日息子はすでに学校へ行ってしまっていた。

僕は妻をしっかりと腕に抱き、そして言った。

「今まで気づかなかったよ。僕たちの結婚生活に、
こうしてお互いのぬくもりを感じる時間がどれほど欠けていたか・・・」



そして僕はいつも通り仕事へ向かった。

何かにせき立てられるように、とにかくここで、
最後の最後で自分の決心が揺らいでしまうのが怖くて
それを振り切るかのように、車を停めると鍵もかけずに飛び出し
オフィスのある上の階まで駆け上がっていった。

気が変わってしまう前に、オフィスへ行かなければ。
早く「ジェーン」のもとへ!

ドアを開けるとそこに「ジェーン」がいた。

彼女を見た瞬間、
僕は思わず口にしていた。

「ジェーン、すまない。僕は離婚できない。」


「ジェーン」は「はあ? 」という目で僕を見つめ、
そして額に手をあてた。

「あなた、熱でもあるの?」

僕はジェーンの手を額からはずし、再度言った。

「すまない、ジェーン。僕は離婚はできないんだ。」


「妻との結婚生活が『退屈』に感じられたのは、
彼女を愛していなかったからではなく僕が毎日の小さな幸せを、
他愛のない、だけどかけがえのない小さな日常を大切にしてこなかったからなんだ。

今頃になって気づいたよ。

あの日、あの結婚した日

僕が彼女を腕に抱いて家の中へ初めての一歩を踏み入れたあの日のように
僕は死が二人をわかつまで、彼女をしっかり腕に抱いているべきだったんだ!」

「ジェーン」はようやく事の次第を理解したようだった。

そして僕のほっぺたを思いっきりひっぱたくと、扉をバタン! と閉め
ワーッ! と泣き叫びながら飛び出して行った。


僕はそのまま黙って階下に降りた。
見ると、花屋が目にとまった。

僕はそこで、妻のためのブーケをアレンジしてもらった。
店員が「カードには何とお書きになりますか? 」と聞いてきた。

僕はふと微笑んで、言った。
「そうだね、こう書いてくれ。」

『毎朝君を腕に抱いて見送るよ。死が二人をわかつ、その日まで...』


その日の夕方、僕は
妻への花束を抱え、顔に笑顔をたたえて家についた。

はやる気持ちで階段を駆け上がる!
早く早く!妻のもとへ!


出迎えてくれた妻は

ベッドで冷たくなっていた。。。。


何も知らなかった。
僕は、何も知らなかったのだ。

妻が癌であったことさえも。

ジェーンとの情事にうつつをぬかしていた僕は、
妻がこの数ヶ月必死で病魔と戦っていたことに気付きさえしなかったのだ!


妻は分かっていたのだ。

自分がもうじき死ぬことを。


彼女が出してきた「離婚の条件」は
僕を責めるものではなく、僕を救うためのものだったのだ!

自分亡き後、最愛の息子から
僕が責められることがないように。


毎朝お母さんを抱き上げて優しく見送るお父さん。

そう、そういう僕を毎朝見ていた息子にとって

僕はまぎれもなく
「お母さんに離婚をつきつけたお父さん」ではなく
「お母さんを最後まで愛したお父さん」となったのだ!

          ・・・

僕はどうしても皆さんにお伝えしたい。

日々のささやかな幸せ、、、
それが人生で何よりも大切であるということを。

幸せは大きな家、土地、高価な車、または銀行の残高、、、
そんなものの中にあるのではないということを。


もしも今、あなたの傍らにかけがえのない伴侶がいるのなら
毎日がどんなに忙しくてもどうか、相手が大切だと伝える
小さなジェスチャーを心を通わせる時間を大切にしていただきたいと思います。

http://minkara.carview.co.jp/userid/1795029/car/1337658/4055275/photo.aspx

            <感謝合掌 平成27年7月2日 頓首再拝>
6:伝統 :

2015/09/02 (Wed) 04:46:42


           *メルマガ「人の心に灯をともす(2012年01月05日)」より

   (日垣隆氏の心に響く言葉より… )

   夫婦には二通りあると、私は思っています。

   一つは、夫が自分の仕事について妻にまったく話さないという関係。

   もう一つは、職場の人間関係から取引内容まで、
   微に入り細をうがってペラペラしゃべる夫婦。

   妻と夫を入れ替えてもいいでしょう。

   これはもちろん、夫婦仲のバロメーターです。


   普段まるで話をしていないと、いざというとき相談できなくなってしまいます。

   リストラされそうになった、急な転勤を命じられたというとき、
   妻にそれを告げると、「じゃあ、辞めれば?」とあっさり結論を下されたり、
   「あっ、そう」と軽く流されたりします。


   この仕事にどれだけ力を注いでいるか、自分は職場でどういう役割を果たしているか、
   転勤を命じられたこと自体より信頼していた上司に言われたことが、ショックだった、
   などというディティールは、毎日話をしていないと伝わりません。

   悩みを打ち明けるには、共通の基盤が必要ですから、
   普段、仕事についてしゃべらないでいると人生についての相談もできない
   という状況まで引き起こす可能性があります。

   仕事について話すか否かは、自分自身がどれだけ
   仕事をおもしろく思っているかのバロメーターでもあります。


   まったく話さないという人に理由を尋ねると、決まって返ってくる答えがあります。

   「言っても、どうせわからない」

   しかし、言ってもわからない状態にした張本人は、その人自身です。


   妻でも夫でも恋人でも、部外者に説明する際には、不可欠な要素がいくつかあります。
   まず、自分の仕事がどういうものなのかを自分自身、理解していること。
   次に、それをきちんと説明する言語能力。

   さらに、利害関係がないプライベートな間柄の相手にも
   興味をもって聞いてもらえる、話のおもしろさ。

   何より、自分自身「仕事がおもしろい」と思っていなければ、
   仕事を理解することも、おもしろく説明することもできません。

   もし、仕事がおもしろくてたまらなければ、
   誰かに話したい、わかってもらいたいと思うはずです。

   夫婦に限らず、部外者にどれだけおもしろく仕事の話ができるか試してみましょう。

          <『ラクをしないと成果は出ない』大和書房>

                 ・・・

仕事の話を部外者にもわかるように、面白おかしく話ができる人は仕事が好きな人だ。

仕事がつまらないと思っている人が、仕事を面白そうに、楽しく話すことはできない。
仕事をやらされていると思ったら、楽しむことはできない。

「随所作主 立処皆真」(臨濟録)

随処(ずいしょ)に主となれば、立処(りっしょ)みな真なり

自分の与えられた立場において、
我が事として主体性を持って精一杯やるならば、必ず真実にめぐりあえる。

他人事(ひとごと)の「人生」や、他人事の「仕事」は、誰の胸にも響かない。


「どれだけおもしろく仕事の話ができるか」は、どれだけ仕事が好きかどうかのバロメーター。

            <感謝合掌 平成27年9月2日 頓首再拝>
7:伝統 :

2015/09/12 (Sat) 04:45:35


         *「あの世に聞いた、この世の仕組み」雲黒斎・著(P38)より

求め合うのが「恋」。与え合うのが「愛」。
相手に何かを望むのは「恋」。何も望まないのが「愛」。
愛と恋とはまったくの別物、似て非なるものだ。

愛を望めば、愛が足りない現実ができる。だから、恋は儚(はかな)い。
愛は、相手に何も求めない。自分から与えるのみ。だから、永遠。

まわりを愛することができる人間は、まわりから愛される。
もっと自分を愛してくれと渇望している人間は、ますます嫌厭(けんえん)される。

愛されることを望むなら、自分から愛することだ。
与え合えば、求め合う必要はない。

誰かに「愛を求める」なんて、
「愛」を「愛」と知らずにいる大バカ者のすることだ。

ギブ・アンド・テイクも、結局は「取引」でしかない。
相手に何かを望んでいるうちは本当の愛とは呼べない。
読んで字のごとく、どこかに「下心」があるうちは、「恋」なんだ。

「求める愛」など存在しない。
「愛」とは、あくまで与えるものだ。

「妻は、もっと僕のことを愛すべきだ」などと考えているかぎり、
あまえは愛がなんであるかを、見失ったままとなるだろう。


            <感謝合掌 平成27年9月12日 頓首再拝>
8:伝統 :

2015/09/22 (Tue) 04:51:55


          *「生命の實相」第14巻倫理篇(P95~96)より

宗教とはわれらの哲学や学説ではない、「われ神の子」の自覚がただちに生活となり、
そのままが家庭となることであります。

自分自身を醜いつまらない人間だと見る人は、
また他の人をば醜いつまらない人だと見る人であります。
人は自分のとおりのものを相手に移入して、
相手のうちに自分自身の影を発見するのであります。

家庭の中にあって《本当の自分》はつまらないと思う人があるならば、
その人は他の家族に対しても、《本当の貴様》は実に醜くつまらないと見る人なのです。

「あんなことをいっていても《本当の貴様》の腹の中は実に醜く穢(きたな)いものであるぞ」
こんな考えを持ってすべての家族に対するならば、その人の家庭の空気は
必ずや窒息するように暗くなってくるのであります。

だから、妻に対してその「本当の彼女」を見るということは、
彼女の腹を割ってみたら出て来るであろうところの醜い穢らしさを見ることではなく、
その神の子なる完全なる実相を見ることなのであります。

良人に対してその「《本当の彼》」を見るということは、
彼の腹を割ってみたら出て来るであろうところの
《醜い穢(よご)れた内心》を暴露することではない。

たとい、《醜い穢(よご)れた内心》があるように見えてさえも、
それは本当の彼ではない仮相であるとして、
その仮相の奥に神の子たる十全の真の良人を見ることであります。

これが真の宗教であり、宗教が家庭に生きることなのであります。

たとい今の現われはどうあろうとも妻は良人の完全なる実相を見、
良人は妻の完全なる実相を見、親は子の完全なる実相を見るところに
完全円満幸福なる家庭が出現するのであります。


            <感謝合掌 平成27年9月22日 頓首再拝>
9:伝統 :

2015/10/02 (Fri) 04:49:44


            *『真理』第5巻女性篇(P85)より

夫婦生活をしております中には、
夫婦の意見が対立するということが往々あるものであります。

そして良人は良人で「私は之を正しいと思う」と言う。
妻は妻で「私は是を正しいと思う」とこう主張して
良人と奥さんとが相譲らないで、議論する。

議論に熱心になって、ついに火花を散らして興奮して争う。
その結果、良人はムシャクシャして面白くないので余所へ遊びに行く人もあれば、
「もうお前には物を言いたくない」と互いにムッツリしている家庭がよくあるのです。

けれども、こんな家庭が民主主義の家庭になるほど殖えて来ました。

そんな場合に、奥さんが本当に無我になっておしまいになったら、
却って良人の方から進んで、妻が望むであろう通りにして下さるようになるのであります。

            <感謝合掌 平成27年10月2日 頓首再拝>
10:伝統 :

2015/10/22 (Thu) 04:41:25


         *Web:「心温まる感動エッセイ・・・」より

初めて出会った日から、半年で婚約し、結婚。
1年足らずで新生活がスタ‐トした。

当初は、お互いの気持ちがよくわからないまま、細かいことで毎日けんかが続いた。
今では原因を覚えていないが、ある日、突然、真夜中に家を飛び出した。

怒りにまかせた速足で実家へと向かう。
暗い夜道で心細かったが、一人で歩けたのは、後ろを付いてくる人影が分かっていたからだ。

3時間も歩いただろうか、明け方に実家に着いた。
驚く両親に泣きじゃくる私。
さらに後から来た夫が「わがままなんですよ」と反論する。

そんな大騒ぎをしながらも、朝になると、何もなかったように仲良く帰宅した。

若い2人を両親はハラハラしながら見ていたことだろう。
あれから40年。

優しく見守ってくれた両親もすでに他界した。
今、天国から見えますか?

笑いながらけんかができる、年輪を重ねた夫婦になりましたよ。


(読売新聞より抜粋/埼玉県/62歳/女性)

              ・・・

若い時分は自分を認めてもらいたいが故に相手を責める・・・、そして衝突する。

それが齢を重ねるごとに二人の思いを確認するために喧嘩をするようになる。

夫婦喧嘩も年月の経過とともに熟成させていく必要がある。

本来、喧嘩とは相手との絆をより深くするために必要なものであると思う。
そのためにも夫婦喧嘩には作法が必要だ。

笑いながら喧嘩が出来る・・・、いつしか、そんな夫婦になりたいもの・・・。

http://blog.livedoor.jp/nobuoshiina08/archives/51851554.html

            <感謝合掌 平成27年10月22日 頓首再拝>
11:伝統 :

2015/11/02 (Mon) 03:13:12


           *Web:夫婦の育て方のヒント(2013年09月18日)より

(松原泰道氏(僧侶)から学ぶ夫婦の育て方のヒント)

夫婦はお互いを見合うよりも
共に理想を見上げましょう。

同じことをするのもひとつの方法ですが、
違う手段をもって協力し合うことで
理想を磨き合うのもいい。

結婚とは不思議なご縁です。

人間誰しも完璧な人などいませんから、
結婚とはマイナス同士のふたりが一緒になることに過ぎません。
そしてその縁を互いに努力して成長させていくことに夫婦の意味があります。

夫婦はいわば共同体です。
いつまでも幸せな結婚生活を送りたいと思うのでしたら、
お互いが見合うのではなく、同じ目標を共に見上げてみることです。

お互いの顔を見るばかりでは飽きてしまい、それこそ喧嘩になるかもしれないでしょう。
そうではなく一緒に高い理想を持ち、そのためにお互い努力していくことが大切なのです。


仏教の経典にはたとえ話が多いのですが、いずれも象徴的です。

ある国王が新しい城を建て、東西に白壁をめぐらした。
双方の壁に絵を描いてもらおうと二人の有名な画伯に依頼します。
国宝としても残るだろうと力作を期待してのことです。

そして1ヶ月という期間を与えて
東の壁を甲に、西の壁を乙に描いてもらうことにしました。

その期間中、甲は時間をかけて丁寧に絵を描きました。
しかし、一方の乙は一本の筆も持たず、線はおろか、点さえも描かない。
ただ丹念に壁を磨くだけでした。

1ヶ月後、国王はまず甲の壁を見ると、実に素晴らしい絵だった。
甲がこれだけの絵を描いたのだから、
乙は一体どんな傑作を残したのだろうと楽しみに振り返ると、何も描いていない。

真っ白のままだった。


国王は乙の怠慢を責めるのですが、
乙は微笑を浮かべ、「どうぞここまで下がってご覧ください」。

王が指示された位置まで下がって、改めて乙の画面を見ると、
磨いて磨いて磨き上げた乙の壁に、甲の神韻縹渺(しんいんひょうびょう)たる
奥ゆかしい絵が浮かんできた。

つまり、甲の絵を引き立てることによって、より素晴らしい壁画になったということです。
国王もこれには感心して「よくぞ磨いた、よくぞ描いた」とたたえるのです。


私はこの話を、よく夫婦のたとえ話にするんです。

甲乙どちらでもいい、共に同じ仕事をするのも方法だろうけれど、
このようにどちらかの仕事や作業を引き立てることによって、
夫なり妻なりの仕事が映えていく。

たとえば夫が一生懸命に仕事できるよう、妻が健康的な食事をつくることもそうですし、
働く妻のために夫が育児を手伝うこともそうでしょう。

ひとつの目標を持ちながら互いに協力し合うことができれば、
すれ違いの生活を送っていたとしても、夫婦は円満でいることができると思います。

        (日本人への遺言/マガジンハウス)

               ・・・

著者の松原泰道氏はもう既にお亡くなりになられましたが、
「私があるのは家内のおかげ。今度生まれ変わってもお互いを探し当て、
結婚をしようねと約束をしています。年寄りのおのろけです」という言葉を遺しています。

さらに「今日悟ったことがあっても、明日はまた違う迷いが出てくることでしょう。
一本の縄のように、プラスとマイナスの出来事が交差しながら進むのが人生です」とも・・・。

結婚生活を送っていると、今日は「この人と結婚して本当に良かった!」と思っていても、
また次の日には「何でこんな人と結婚したんだろう?」と思う日もあります。

しかし、それが夫婦生活であると思いを定めた時、
ちょっとかもしれませんが相手に優しくなれるような気がします。

天気に例えれば、夫婦も晴れの日もあれば、雨の日もある・・・。
雨の日があるお蔭で二人の仲も潤いが保たれます。

そしていつしか、「夫婦はお互いを見合う関係よりも、共に理想を見上げる関係を」・・・、
目指していきたいものです。

http://blog.livedoor.jp/nobuoshiina08/archives/2013-09-18.html

            <感謝合掌 平成27年11月2日 頓首再拝>
12:伝統 :

2015/11/12 (Thu) 04:50:52


       *『こころのチキンスープ13 ほんとうに起こったラブストーリー』より

バスの乗客は、白い杖を持った美しい若い女性が
慎重にステップをのぼってくるのをはらはらしながら見守っていた。

彼女は手探りで座席の位置を確かめながら通路を歩いて、
運転手に教えられた空席を見つけた。座席に腰を下ろすと、
ブリーフケースを膝に載せ、杖を脚によせて立てた。

34歳のスーザンが視覚障害者になってから1年になる。
誤診のために視力を失って、
彼女は闇と怒りと苛立ちと自己憐憫の世界に突き落とされた。

ひと一倍独立心の強い女性だったのに、
残酷な運命のいたずらのせいで、ひとの助けを借りなければならないのが辛かった。

「どうして、こんな目にあわなければならないの?」

彼女は怒りに胸をつまらせて嘆いた。
だが、いくら泣いてもわめいても祈っても、
辛い現実が変わるはずもないことはわかっていた。
視力は二度と回復しない。

 
以前は明るかったスーザンの心は、重い鬱の雲に覆われた。
毎日をやり過ごすだけでも、苛立ちや果てしない疲労の連続だった。

彼女は必死の思いで夫のマークにすがった。

マークは空軍の将校で、心からスーザンを愛していた。

視力を失った彼女が絶望の淵に沈み込んだとき、
マークはなんとか妻にもういちど力と自信を取り戻させよう、
もういちど独立心を回復させてやろうと決意した。

軍人であるマークは、扱いの困難な状況に対処する訓練を充分に受けていたが、
その彼でさえ、これはこの上なく厳しい闘いになることを知っていた。

ついに、スーザンは仕事に復帰する決心をした。
だが、どうやって職場に通ったらいいだろう? 

以前はバスを使っていたが、
ひとりで街に出るなんてもう怖くてできない。

マークが、毎日車で職場まで送って行こうと申し出た。
2人の職場は街の反対側に分かれていたのだが。

はじめ、スーザンは喜んだし、
ほんのわずかなことにも大変な思いをしている妻を
守ってやりたいというマークの気持ちもこれで満たされた。


ところがしばらくすると、マークはこのままではいけないと気づいた。
そんなことを続けるのはどう考えても無理だったし、負担が大きすぎる。

スーザンはひとりでバスに乗ることを覚えなければいけないんだ、
とマークは自分に言い聞かせた。
だが、彼女にそう言うと考えただけで、彼はひるんだ。

それでなくても頼りなく、怒りにさいなまれているのに。
そんなことを言われたら、どうなるだろう?


マークの予想どおり、またバスに乗ると考えただけで、
スーザンは震え上がった。

「目が見えないのよ!」

彼女は苦々しく答えた。

「どうすれば行く先がわかるの? 
あなた、もうわたしの面倒を見るのがいやになったんだわ」


こう言われてマークの心は傷ついたが、しかしなすべきことはわかっていた。
彼はスーザンに毎日、朝晩いっしょにバスに乗ってやると約束した。
彼女がひとりで大丈夫と思うまで、どんなに時間がかかっても。

そのとおりになった。
まる2週間、軍服を着て支度を整えたマークは、毎日スーザンの送り迎えをした。

残った感覚、とくに聴覚を働かせて、自分の居場所をつかみ、
新しい環境に適応する術をスーザンに教えた。

バスの運転手ともなじみになり、彼女に気を配り、
座席をとっておいてもらえるようにした。


そのうちに、スーザンも笑い声をあげるようになった。

バスを下りるときにつまづいたり、
書類が詰まったブリーフケースを通路に落としてしまう
といった運の悪い日にすら、笑顔が出るようになった。

 
毎朝、2人はいっしょに出かけ、それからマークはタクシーでオフィスに向かった。
車で送迎するよりももっと費用がかかったが、マークは時間の問題だと知っていた。

スーザンはきっとひとりでバスに乗れるようになる。
彼はスーザンを信じていた。
視力を失う前の、何があっても恐れずに立ち向かって、
決してあきらめなかったスーザンを。


ついに、スーザンはひとりでバスに乗ると言いだした。
月曜日になった。スーザンは出かける前に、
夫であり親友でもあるマークの首に両腕をまきつけた。

彼の誠実さと忍耐と愛を思って、スーザンの目に感謝の涙があふれた。
「行ってきます」。
2人は初めて、べつべつに出勤した。

月曜日、火曜日、水曜日、木曜日……。

毎日は無事に過ぎていき、スーザンの気持ちも、
かつてなかったほど明るくなった。
やったわ! 自分だけで出勤できるんだ。

金曜日の朝、スーザンはいつものようにバスに乗った。
料金を払ってバスを下りようとしたとき、運転手が言った。
「あんたはいいねぇ」

スーザンは、まさか自分に言われたのではないだろうと考えた。
いったい誰が目の見えない女性をうらやむというのだろう。
この1年をやっとの思いで生きてきたというのに。

不思議に思って、彼女は運転手に聞いた。
「どうして、いいねぇなんて言うんですか?」

運転手は答えた。
「だって、あんたみたいに大切にされて、守られていたら、
さぞかし気分がいいだろうと思ってさ」

スーザンには運転手の言っていることが全然わからなかったので、もう一度尋ねた。

「どういう意味なの?」

答えが返ってきた。

「ほら、今週ずっと、毎朝ハンサムな軍人が通りの向こうに立って、
あんたがバスを下りるのを見守っていたじゃないか。

あんたが無事に通りを渡って、
オフィスの建物に入っていくのを確かめているんだよ。

それから、彼はあんたにキスを投げ、小さく敬礼をして去っていく。
あんたはほんとうにラッキーな女性だよ」

 
幸せの涙がスーザンの頬をつたった。
目には見えなくても、マークの存在がありありと感じられた。

わたしはラッキーだ。ほんとうにラッキーだわ。
彼は視力よりももっと力強いプレゼントを、
見る必要などない、
はっきりと信じられるプレゼントをくれたのだった。

闇の世界を明るく照らしてくれる愛というプレゼントを。

(シャロン・ワイダ)

            <感謝合掌 平成27年11月12日 頓首再拝>
13:伝統 :

2015/11/19 (Thu) 04:13:41


11月22日は「いい夫婦の日」です。

いい夫婦の日にちなむアンケート調査の結果がいくつか発表されていますが、
シニア向け宿泊予約サービスを提供する株式会社ゆこゆこの
「シニア夫婦に関する調査2015」の結果をご紹介したいと思います。


(1)夫婦はオープンな関係へ。「配偶者への秘密」は減少傾向。

   特に女性では32.8%→25.0%と、昨年から7ポイント以上減少。
   秘密として多いのは、「お金」関連。

   例、へそくり(女)、退職金の額(男)
     買い物の額(女)、妻へのプレゼントの思い(男)


(2)パートナーへの満足度上昇。
   「生まれ変わってもまた今の配偶者と結婚したい」、男女ともに増加傾向

   男性は44.3%→56.3%、女性で32.0%→43.5%と、ともに上昇。

   年代別でみると、「結婚したいと思う」は、50代が48.5%、60代53.8%、70代以上59.9%と、
   高年齢者ほど今の配偶者と再び一緒になりたいという思いが強いことがわかりました。


(3)「忍」ぶ関係に終止符?

   夫婦関係を表す漢字、男性1位は「絆」、女性1位は「友」
   2013年、2014年ともに女性の1位だった「忍」は、今回は5位にランクダウン。

   男性の「絆」では「いつも二人で力を合わせて乗り越えてきた」
   「互いを必要として結婚し、今日まで暮らしてきた」
   「運命共同体」「常に繋がりを感じている」、


   女性の「友」では「夫婦の対等な関係」「旅行や趣味などの行動を共にする仲のよさ」、
   とはいえいつもベッタリというわけではなく、自分の自由な時間もある
   <適度な距離感>。「友」は、このような夫婦関係を心地よく感じている、
   シニア女性の心情を表している漢字だといえます。

   (https://www.atpress.ne.jp/news/81325

・・・

シニアに関するその他のアンケート調査

(1)雇用延長意識調査(ミドル層対象)
   → http://www.lisalisa50.com/research20151116_16.html

(2)“新しい大人世代“(40~60代)~健康・介護調査
   → http://www.lisalisa50.com/research20151118_3.html

   例として、介護予防策を実践していることとして、
   1位「定期健診」50.3% 、2位「適度な運動」48.1% 、3位「散歩など」45.6% となっています。
   続く4位が「手先や指を動かす」35.2%、5位が「新聞や本を読んで頭を使う」33.8%。

(3)シニアのお金に関する調査(60歳以上男女対象)
   → http://www.lisalisa50.com/research20151116_3.html

  ①今後「配偶者」のためにお金を使いたい男性48.0%に対し女性は34.2%。
  ②貯金額「2000万以上」が26.3%にも関わらず貯金額、年金支給額に不安の声。

(4)「お寿司」に関する調査(50代以上男女対象)
   → http://www.lisalisa50.com/research20151108_5.html

(5)「60歳以降の就業及び健康」に関する意識・実態調査(40代~70代男女対象)
   → http://www.lisalisa50.com/research20151103_1.html

(6)シニアの健康に関する調査(60歳以上の男女対象)
   → http://www.lisalisa50.com/research20151023_3.html

            <感謝合掌 平成27年11月19日 頓首再拝>
14:伝統 :

2015/11/20 (Fri) 04:35:39

        *『いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー 2015』より

☆ お笑い芸人の藤井隆(43)とタレントの乙葉(34)夫妻

☆ 文部科学大臣の馳浩氏(54)、タレントの高見恭子夫妻

            (http://www.fufu1122.com/poy/

              ・・・

以下は、文部科学大臣の馳浩氏(54)、タレントの高見恭子夫妻へのインタビュー

          *読売新聞(2015.11.19)より


(1)妻(高見恭子)から見た夫(馳浩)

  ①夫は自由きままな私と家族になってくれて、
   感謝の気持ちが20年分たまりました。

  ②夫のまっすぐでまじめなところを尊敬しています。


(2)夫から見た妻

  ①料理が上手。

  ②家庭でやすらげる。


(3)夫婦円満の秘訣

  ①いっしょの布団で寝ることでしょうか。
   今は、狭いベットで犬も猫も一緒に寝ています。(夫)

  ②おいしい食事を作ってくれること。
   いつも百点満点です。
   食べたいものを伝えるようにしています。(夫)

   特別でない普通の料理を大事にしています。(妻)

  ③散歩は大切な夫婦の時間です。(夫&妻)

  ④家族が一緒にいて、幸せを感じています。(夫&妻)

            <感謝合掌 平成27年11月20日 頓首再拝>
15:伝統 :

2015/11/22 (Sun) 04:07:49

今日11月22日は、「いい夫婦の日」。

「いい夫婦 川柳コンテスト 2015」としては、以下の発表がされております。


大 賞 「私には 今のあなたが ちょうどいい」


企業賞 「満点を 求めぬ夫婦 仲が好い」( テーマ:いい夫婦の条件)

    「乾杯の 笑みも涙も 知るグラス」 (テーマ:乾杯)

    「午後3時 わが家の小さな 喫茶店」 (テーマ:ちょっと贅沢)

    「君がいる だけで美味しくなる ご飯」(テーマ:ごはん)


優秀賞 「お互いに 貸し借りがある いい夫婦」

    「心まで すっぴんでいる 妻が好き」

    「勝つよりも 負ける力の いい夫婦」

    「秘訣など ないが毎日 ウフフフフ」

    「長生きを 競い合ってる 今朝もまた」

   (http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000057.000001589.html


・・・


<参考「いい夫婦 川柳コンテスト 2014」>

大 賞 「いい親で あるより先に いい夫婦」


企業賞 「満天の 星を味方に プロポーズ」

    「スカイブで 単身赴任の キミと呑み」

    「ベランダに コーヒー香る アンの朝」


優秀賞 「いざという 時は夫が 前に出る」

    「日常が 流れるごとく 老夫婦」

    「ごろ寝する 夫に添い寝 しようかな」

    「空気ほど 軽くないわと 笑う妻」

            <感謝合掌 平成27年11月22日 頓首再拝>
16:伝統 :

2015/12/02 (Wed) 04:05:09


         *「生活と人間の再建」第6章(P88~90)より

結婚の最初は、無我献身で始まる。
もっとも恥ずかしいところさえ拒まないで与えるということは、
無我献身の象徴的行為に過ぎないのである。

ところが恋愛当初の数ヶ月をすぎてしまうと、自分にいやな事は、
相手に与えたくなくなってしまうのである。

捧げ合いである結婚生活が「奪い合い」である結婚生活に変化してしまう。
そこに「多」の《一元的統一》はやぶれてしまい、
多(た)が「多(た)」のままでばらばらになってしまう。

家庭が有機体ではなくなってしまう。
そこに混乱と闘争と破局が生ずる。
試練の生活が続くのである。

その試練の生活は、外から課せられたる試練ではないのである。
事故の「心」が「多の一元的統一」に失敗したる所の反映であるのである。

「愛」は無我の愛の与え合いでなければならないのに、
いつのまにか、「我(が)の執着」に化している「自分の心」の反映なのである。

「生命(せいめい)」は「多」の一元的統一によってのみ、現われるのであるから、
かかる我の執着で対立している家庭に於いては、生命(せいめい)は生き生きとは現われない。

斯かる家庭では子供は多くの場合には生まれない。
もし生まれるならば、多くは病弱であるか不良であるかである。

かかる家庭に於いて計画されたる事業には、生命(せいめい)が生き生きと働かないが故に、
その事業には生気がなく自ずから衰退する外(ほか)仕方がないのである。
そこから色々の困難と災厄とが続出して来るのである。

それは、その家庭の生活が生命(せいめい)の原理にそむいているからである。
吾々はかくして生ずる一切の不調和を生活者自身の心の影として反省し、争いを調和に変え、
憎しみを感謝に変え、執着を「真の愛」に変えることによってのみ問題は解決するのである。

多くの人たちは、「愛」と「執着」を混同しているが故に
つきなき闘争を小田巻きの糸の如くに繰り返すのである。


「自分は真に愛しているか、執着しているのではないか」と百遍くりかえして反省してみて、
そして執着を捨てて本当の愛にその人の心がかえってしたった時に、
その家庭は始めて天国に化するのである。

            <感謝合掌 平成27年12月2日 頓首再拝>
17:伝統 :

2015/12/22 (Tue) 04:09:25

夫婦とは、運命共同体である。
協力しながら生きていくという覚悟を持つ。

           *Web:夫婦円満になる秘訣 より

夫にも妻にも、夫婦になれば、覚悟が必要です。
独身のころは自分勝手にしていたけれど、これからは協力しなければなりません。
未婚時代は「自分は自分。他人は他人」と思って生きていました。
しかし、夫婦になれば違います。

妻の事情は夫に関係し、夫の事情は妻にも関係します。
体は2つでも、夫婦として営んでいるかぎりは、1つと思うことです。

自分の健康状態は自分の体のことだから、
伴侶には関係なく、迷惑をかけることもないと思います。
ところが、自分の健康状態はパートナーにもつながることです。

たとえば、なんらかの事情により、
夫が健康状態を大きく崩して、長期の入院になったとします。
入院するのは夫だけで、妻の健康状態に変わることはないと思いますがそうではない。

夫が入院して身動きが取れなくなると、妻は大変です。
食べていくことができなくなります。
夫が妻の代わりに稼ぎに出る必要が出てくるからです。

夫が入院して身動きが取れなくなることで、妻は夫役も対応しなければならなくなります。
生活費を稼ぐために、妻は夫のように朝早くから夕方まで働いて疲れます。
夫ほど力や体力がない女性には、夫以上に大変と感じるはずです。

そのうえ、家では変わらず掃除や洗濯があります。
子供がいれば、育児に奮闘し、目まぐるしい毎日になるはずです。
妻は、2人分の働きをしなければならず、苦労します。

大変な負担になれば、今度は妻のほうこそストレスで倒れるかもしれません。
結果として夫も妻も入院してしまう……、
なんて縁起の悪いことを考えたくはありませんが、可能性はあります。


では、逆のパターンも考えてみましょう。
妻が、なんらかの事情により、長期入院することになりました。
入院するのは妻だけで、夫の健康状態に変わることはないと思いますがそうではない。

妻が入院して身動きが取れなくなると、夫は大変です。
妻がいなくなるので、掃除・洗濯・食事まで、すべて自分で作る必要も出てきます。
そのほか、こまごまとした雑務など全部夫がします。

子供がいれば、子供の面倒も夫が見なければいけませんね。
いつも妻ばかりに子供の面倒をお願いしていた夫が、急に子育てになると、必ず戸惑います。
大変な負担になれば、今度は夫のほうこそストレスで倒れるかもしれません。

結果として夫も妻も入院してしまう……。
おや、これは先ほどと同じケースですね。
縁起の悪いことを考えたくはありませんが、可能性はあります。


夫婦というのは、夫と妻とが協力し合っているからこそ、成り立ちます。
夫婦になれば、お互いに支え合いながら協力していくということです。
支えがいなくなると、倒れます。

夫婦でいるかぎり、自分の健康状態は相手にもつながることであり、
相手の健康状態は自分にもつながることになります。
 
「運命共同体」です。
 
独身のように「自分は自分。相手は相手」というふうに、別々に考えるのは卒業です。
これからは「妻の事情は夫の事情であり、夫の事情は妻の事情」です。

       (https://happylifestyle.com/7373 )

・・・

《夫婦は一体》

         *『愛はかくして完成す』(P90)より

すでに結婚したる人は、たがいに一つの魂の半身が相合うことによって
完体と成り得たる幸福なる人たちであるから、その幸福なる運命に感謝し
夫婦たがいに祝福し合いて、その福(さいわ)いを悦ばねばならぬのである。

感謝と祝福と悦びとは夫婦の幸福生活を永遠に持続するための3つの心的要素であるのである。

            <感謝合掌 平成27年12月22日 頓首再拝>
18:伝統 :

2016/01/02 (Sat) 04:43:32

《一番好きな人を生命がけで育ててくださったお母さんが、一番好きです》

      *「光に向かって 100の花束より」高森顕徹・著(第46話)より

あるところで、熱心に仏法を求めている娘を、嫁にもらった。

初夏の夜、雷で主人を失った姑さんが、
激しい稲妻と、天地にとどろく雷鳴に、ひとり蚊帳の中で恐れふるえていた。

かねてから雷ノイローゼの母親を案じて、2階からおりてきた嫁が、
さっそく、蚊帳の中に入り、母親をしっかり抱きしめてなぐさめた。

「お母さん、蚊帳の中にいれば心配いりませんよ。
雷は電気ですから、麻の蚊帳には通じません。○ねば一緒です」

(○:死)

なかなかもどらぬ妻を案じて、おりてきた息子が、母親を抱いている妻を見て感動した。

「おまえはあんなに、お母さんが好きかい」

部屋に帰って、夫の問いに妻は、

「あなたが世界中で一番好きです。
一番好きな、そのあなたを、生命がけで育ててくださったお母さんですから、一番好きです」

こんな嫁を迎える家は幸せなり。

こんな妻に恵まれた夫は幸せなり。

            <感謝合掌 平成28年1月2日 頓首再拝>
19:伝統 :

2016/01/11 (Mon) 04:47:48


今日、1月11日は鏡開き。

鏡開きは、お正月の間神前に供えていた鏡餅を下げ、
割っていただく神聖な行事です。

縁起ものなので刃物を使わず、手や木鎚で割って小さくし、
このことをおめでたく”開く”と表現します。

「鏡」は夫婦円満、「開き」は末広がりであることを意味しています。

・・・
 
以下は、「生活と人間の再建」第6章新しき生活設計(P95~98)より抜粋

(1)結婚というものは、本来一体なるところの「一人格」が陰陽の性別に
   かりに現れたものが、もとの一つに結合して人格の高次の完成を成就する
   ためのものであるということができるのである。

(2)結婚は陰陽にわかれたる人格が「一人格」に完成する所の崇高な行事であり、
   結婚後は「一人格」として生活することが要請されるのである。

(3)真の夫婦は「ツマ」即ち連なってまったく完体となる所の
   人格の完成を目指す所のものでなければならないのである。

   即ち男性的な《知性》と女性的な《愛情》の性格とが相補って、
   一つの完成したより高き人格にまで完成するものでなければならないのである。

   男性・女性それぞれの魂の中にも、《知性と愛情》とを色々の割合に於いて保っている。

(4)かくて創造されたる新しき人格は、互いに「一体」であって、
   もう既にそれは神の如く男性でも女性でもないのである。
   それはまことに「神性」だというほかはないのである。

   これこそが真の完全なる結婚の理想であって、
   そこからのみ本当の神の子の胎児が生まれ来るのである。

            <感謝合掌 平成28年1月11日 頓首再拝>
20:伝統 :

2016/01/22 (Fri) 03:42:07


《ヤセがまんではすまなくなる~良妻と悪妻》

         *「光に向かって 100の花束より」高森顕徹・著(第42話)より

彼は、サラリーマンである。

ひそかに彼が見くだしていたBが、人事異動で、同期から、初めて課長に昇進した。
彼は、ショックを受けた。だが彼は、Bにかけよって、

「おい、おめでとう。よかった、よかった」

と、肩をたたいて握手を求めた。
負けたくやしさを、無理にがまんして、まったく平気なように演技する。

さらに、おきざられ組は、当然のように集まってBの祝賀会を催す。
お互いに、ヤセがまんしたことを、他人に知られたくないという思いは同じである。

屈辱を自覚するのが怖いのだ。
ある線まででくいとめたい。
男心は哀しいではないか。


くたくたに疲れた祝賀会の後にも、まだ彼らには難関が残っている。
家の玄関をあけると、奥さんが迎える。

「あら、また飲んできたのね」

「うん。Bが今日、課長になった」

「その祝賀会があったんですね」

だれとだれが昇進したのかと、奥さんが追及する。

「同期が先に課長になったっていうのに、よくも平気でいられるわね」

「そりゃ同期の全員が、同時に課長ってわけにはいかんさ」

「なら、あなたがなればいいでしょ」

「いやあ、Bは優秀だからね。適任だよ。さあて、風呂にでも入って、ねようか」

「意地もなにも、ありゃしないんだから」

ヤセがまんなしでは生きていけない、
涙ぐましい男の胸の内が、まったくわかっていない。

察しようともしない。


聡明な奥さんなら、それに気づいたうえで、そっとしておく。

悪妻はもちろん、気づかない。
見せかけを真にうけて突っかけていく。

男のコンプレックスに、妻が土足で踏みこんではならない。
ヤセがまんでは、すまなくなろう。

            <感謝合掌 平成28年1月22日 頓首再拝>
21:伝統 :

2016/02/02 (Tue) 04:48:49


       *「強運のつかみ方」橋本 京明・著(P170~171)より

もし、ご主人に感謝の言葉を伝えているのに否定ばかりされるという場合は、
ご主人が職場や外の世界で誰かに否定されている可能性があります。

ととえば、職場の上司から理不尽なことばかり言われていたり、友だち関係で
トラブルが起きていたりして、そのイライラのはけ口を奥さんであるあなたに向けて
しまっているのかもしれません。

しかし、ご主人はそんなときも心の奥底では、奥さんに常に味方であってほしいし、
自分を認めてほしいと思っています。想いと態度が裏腹になっているのです。

そのようなときは、どんなささいなことでもかまわないので、
ご主人を認めて肯定する言葉を伝えましょう。

玄関の靴をそろえてくれたら「玄関をキレイにしてくれてありがとう」
子どもの面倒をみてくれたら「忙しいときに面倒を見てくれるから助かるわ」など、
あえて褒めるようにします。

また、日常の会話も否定的な言葉を使うのは一切やめます。
たとえば、「大きな庭でガーデニングするのが夢だったのに・・・」ではなく、
「窓際に観葉植物の鉢を置いてみたら、こんなに素敵になったの」と、
生活を楽しむポジティブな言葉に言い換えてください。

こうしてあなたが明るく幸せそうにしていると、ご主人はあなたに当たってしまった
ことを反省し、いつも味方でいてくれる奥さんを大切にしようと思うようになるでしょう。

やさしい言葉を使うことで、家庭の運を高めていくことができるのです。

            <感謝合掌 平成28年2月2日 頓首再拝>
22:伝統 :

2016/02/22 (Mon) 03:16:43


         *「生活と人間の再建」第6章(P90)より

夫婦は互いに相手を自分の思う自由にしようと思う
そのことがすでに他(た)の自由を侵害する反愛的なものの考え方であるのである。

「愛するとは放つことである」というグレン・クラーク教授の言葉は、
永恒(えいごう)に真理であるということができるのである。

人間には原子と同じように、陰陽があるのである。
陰極と陽極とは、相反するが故に相牽引するのである。

もし陽極を愛するが故に、自分と等しく彼を陰極ならしめようと思うならば
それは却って失敗するのである。

自分のもたざる所の善きものを相手がもっているから、
補足の原理に従って、互いに牽引して夫婦になったのである。

もし相手を自分と同じものにならせたならば、
補足の原理は成り立たないが故に互いに牽引しなくなってしまうのである。

夫婦は互いに、相手に於いて自己のもたざる美質を認めて、
それに対して自分を献身する所に「多(た)」の《一元的統一》が成り立って、
家庭そのものが、一個の生命体となることができるのである。

            <感謝合掌 平成28年2月22日 頓首再拝>
23:伝統 :

2016/03/02 (Wed) 03:53:32


        *メルマガ「人の心に日を灯す」(2016年02月23日)より

   (日垣隆氏の心に響く言葉より…)

   《外部の人に自分の仕事のおもしろさが伝わらなければ、それはつまらない証拠》

   夫婦には二通りあると、私は思っています。

   一つは、夫が自分の仕事について妻にまったく話さないという関係。

   もう一つは、職場の人間関係から取引内容まで、
   微に入り細をうがってペラペラしゃべる夫婦。

   私は男性なので「夫が」としましたが、妻と夫を入れ替えてもいいでしょう。


   これはもちろん、夫婦仲のバロメーターです。

   普段まるで話をしていないと、
   いざというとき相談できなくなってしまいます。

   リストラされそうになった、急な転勤を命じられたというとき、
   妻にそれを告げると、

   「じゃあ、辞めれば? 」とあっさり結論を下されたり、
   「あっ、そう」と軽く流されたりします。


   この仕事にどれだけ力を注いでいるか、
   自分は職場でどういう役割を果たしているか、
   転勤を命じられたこと自体より信頼していた上司に言われたことがショックだった、
   などというディテールは、毎日話をしていないと伝わりません。

   悩みを打ち明けるには、共通の基盤が必要ですから、
   普段、仕事についてしゃべらないでいると人生についての相談もできない
   という状況まで引き起こす可能性があります。

   仕事について話すか否かは、自分自身が
   どれだけ仕事をおもしろく思っているかのバロメーターでもあります。

   まったく話さないという人に理由を尋ねると、
   決まって返ってくる答えがあります。

   「言っても、どうせわからない」

   しかし、言ってもわからない状態にした張本人は、その人自身です。

   どんな業界にも、共通認識や専門用語があります。

   同僚や同業者どうしなら、細かに説明しなくても、
   阿吽(あうん)の呼吸でわかりあえます。


   ところが妻でも夫でも恋人でも、部外者に説明する際には、
   不可欠な要素がいくつかあります。

   まず、自分の仕事がどういうものなのかを自分自身、理解していること。
   次に、それをきちんと説明する言語能力。

   さらに、利害関係がないプライベートな間柄の相手にも
   興味をもって聞いてもらえる、話のおもしろさ。

   何より、自分自身「仕事がおもしろい」と思っていなければ、
   仕事を理解することも、おもしろく説明することもできません。

   もし、仕事がおもしろくてたまらなければ、
   誰かに話したい、わかってもらいたいと思うはずです。

   夫婦に限らず、部外者にどれだけおもしろく仕事の話ができるか試してみましょう。

   《仕事のストーリーテラーを目指す》

        <『ラクをしないと成果は出ない』大和書房>

             ・・・

魅力のある人は、その人の普段の飾らない行動がカッコイイ。

失敗やポカまでもさらけ出すそのありのままの姿に、人は魅(ひ)かれる。

逆に、失敗やミスをひたすら隠す秘密主義の人は、自分に自信がない。


会ってまもない浅い関係の人ならいざ知らず、もう何年も一緒にいる
夫婦や友だちの関係であっても、自分の仕事や大事な情報あるいは自分の本音を
話さない秘密主義の人がいる。

自分の本心を隠し、自分を飾ろうとしている人だ。


話がおもしろい人は、自分のドジ話も失敗談もネタにして笑いを取るような人。

つまらない人は、カッコをつけて表面を取り繕(つくろ)っている。


人からみたら些細(ささい)で、つまらなそうなことでも、
それを面白がって、ワーワーと大騒ぎして笑って暮らす人は魅力的だ。

そんな人は、仕事でも同じ。


毎日を面白おかしく暮らしたい。

            <感謝合掌 平成28年3月2日 頓首再拝>
24:伝統 :

2016/03/12 (Sat) 04:18:11

           *「生命の實相」第14巻倫理篇(P87~88)より

《人間の実相は神の子》

人間の実相は 「神の子」 であり 「仏子」 であり、ミコトであります。
われわれはわれわれの良人(おっと)の中に、妻の中に、
その実相を見て家庭生活を営まねばならないのです。

われわれは、互い互いの人格の内に 「神の子」 を見、「仏子」 を見、
ミコトを見て尊敬しなければならないのであります。

いったん迎えた良人なり妻なりは外面に現れた現象がどうあろうとも、その現象の悪さをもって、
良人そのもの、または妻そのものの悪さと思ってはならないのであります。

ジャンバル・ジャンが盗みをしても盗みをしていない本来善い人間であるところの実相を見て、
ついにジャン・バルジャンを善人にしてしまった彼(かれ)ミリエル司祭のように、
われらは良人または妻の本来 「神」 なる実相を見なければならないのであります。

できるだけ妻は良人の、良人は妻の、欠点を見ないように、
暗い方面を見ないようにしなければならないのであります。

肉体人間は「実相仏」ではないから、時にはつまずくことも、
実相が蔽われて悪く見えることもあります。

しかしその悪さを実在であると思わないことです。
その悪さはやがて過ぎ去りゆくべき《かりそめ》の迷いの雲だと思い、
光り輝く善そのものの良人または妻の実相を観るように心がけよ。

たちまち、その悪さは消えゆきて本来「神の子」なる良人または妻の実相が出て、
家庭は異常に光明化されることになるのであります。


良人または妻の善さはどれだけ深く信じてもよいのです。
信じて信じすぎるということはないのであります。
信ずれば信ずるだけ光を放つのです。

信じていたのに裏切られましたというのは嘘であります。
それは信じようが足らず、信じていても信じていることの言葉または態度での現しようが足らず、
信じていても相手の人格の自由をこちらの型にはめ縛ろうとした場合が多いのであります。

本当に相手の価値を信じていたならば
相手をそんなに自分の型にはめようとはしなかったに違いありません。

自分の型にはめようとするのは、やはり、相手それ自身にまかせておいては
何か善くないことが起こるに違いないと危惧するからであります。

危惧は信頼の足りなさの表現でありましょう。
本当に信頼していたならば相手を自由に放つ、放たないのは信頼がないからです。

伝書鳩でも信じているからこそ自由に放つのです。
良人を信じているといいながら、妻を信じているといいながら、
鳩を放つほどにも良人または妻を自由に放たないならば、
その人の「信ずる」という心もよほどよい加減なものであります。

人の人格は、本来自由を好むものでありますから、自分の自由に縛ろうとするとき、
良人でも妻でも逃げて行くのであります。

            <感謝合掌 平成28年3月12日 頓首再拝>
25:伝統 :

2016/03/22 (Tue) 03:08:34


          *「愛は勝利する」谷口清超先生(著)(P50)より

第一に知らなければならない事は「夫婦は一体である」という事であります。

それは自分の「我」の心で一つに結びついたというものではなく、
神様によって本来から「一つ」のイノチに生み出されている
“聖家族”であるということであります。

したがって私達は「夫婦一体」を、まず「心」の世界で行ずべきであり、
したがって夫と妻は常に心を通じ合っておらなければならないはずであります。

            <感謝合掌 平成28年3月22日 頓首再拝>
26:伝統 :

2016/04/02 (Sat) 03:17:24


          *メルマガ「人の心に火を灯す」(2016年03月31日)より

   (ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子氏の心に響く言葉より…)

   「どれほど愛し合っていても、相手を100%信じては駄目。
   98%にしておきなさい。
   残りの2%は、相手を許すために取っておくの」


   「初めから疑ってかかるのですか」と不思議そうな顔をする学生たちに、
   そうではなくて、もしも100%信じてしまったら、裏切られた時、相手が許せなくなるから、
   と説明すると納得してくれます。

   信じるということは大切なこと、美しいことですけれども、
   悲しいことに人間の世界に“完全な”信頼はあり得ません。

   信じることを教えるのも教育なら、人を疑うことの必要性、
   単純に物事を信じてしまってはいけないことを教えるのも教育の一つの役割なんです。

   それは、神でない人間は、他人も自分も皆、弱さを持ち、間違うことがあるのだ
   という事実に目を開かせ、許しの大切さを教えることでもあります。

   赤ちゃんが一番最初に習わないといけない発達課題は「信頼」だといわれています。

   空腹で泣けばミルクが与えられ、おむつが汚れれば取り替えてもらえ、
   落ちないようにしっかりと抱かれることによって、赤ちゃんは自分が愛されていることを知り、
   まわりの世界への好意と信頼感を身につけてゆくのです。

   この時期に十分な信頼感を得られないで発育した子どもは、
   不信感の強い大人になると考えられています。


   ですから、折あるごとに子どもたちをしっかり抱きしめて、
   基本的信頼を持たせるようにしましょう。

   そうすれば、大きくなって厳しい現実に直面し、人間の弱さが否が応でも
   触れざるを得なくなった時も、絶望することなく、98%の信頼と、2%の許しの余地を持って、
   たくましく、優しく生きてゆくことができるでしょうから。

            <『目にみえないけれど大切なもの』PHP文庫>

              ・・・

結婚式でよく聞くスピーチがある。

「結婚前は両目をしっかりあけ、結婚したら片目をつぶって見る」

という言葉だ。


これは、なにも結婚だけの話ではなく、人間関係全般に言えること。

本当は、「片目はつぶり、もう一つの片目は薄目でボーッとみる」くらいでちょうどいい。

人に完璧を求めれば苦しくなるだけだ。


「98%の信頼と、2%の許しの余地」

長く続く人間関係には「許し」がある。


たくましく、優しく生きてゆきたい。

            <感謝合掌 平成28年4月2日 頓首再拝>
27:伝統 :

2016/04/22 (Fri) 03:16:17


         *Web:モスキー日記(2016年04月01日)より

4月22日は「よい夫婦の日」です。
1994年に国連が発表した「国際家族年」をきっかけに、講談社が提唱しました。

似た日としては、11月22日の「いい夫婦の日」があります。
同じような日が1年に2回もあるのは、「夫婦」の持つ力が大きいからでしょう。

 
Sさんは、いつも部屋を散らかす妻の欠点が、気になっていました。
直してほしいと説得するのですが、熱心に言えば言うほど妻は、
逆にSさんの欠点を見つけて反論します。

そして、いつも喧嘩になってしまいます。

 
そんな時に出合ったのが、次の言葉でした。

「夫婦が互いに相手を直したいと思うのは逆である。
ただ自分をみがけばよい。己を正せばよい。
その時、相手は必ず自然に改まる。

夫婦は、いつも向いあった一組の鏡である」

 
この文を読んだSさんは、妻の欠点を言わないようにしようと決心しました。
すると、妻もSさんの欠点を言わなくなり、家庭に和やかな時間が増えたのです。

 今日の心がけ◆まずは自分から改めましょう

   (http://plaza.rakuten.co.jp/monoski/diary/201604010021/


            <感謝合掌 平成28年4月22日 頓首再拝>
28:伝統 :

2016/05/02 (Mon) 04:17:55


          *「真理」第4巻青年篇(P355~356)より

多くの女性は恋人のときには一目彼氏を見るだけでニッコリ嬉しそうな笑顔を
湛えてくれたのに、結婚してしばらくすると、毎日顔を見てもニッコリ笑わなくなる
どころか、膨れっ面をするのが常習となってくるのであります。

ワイリー氏の言うように、
「私たちは自分に一番身近な、一番大事な者を至極当たり前だと考えています」
ここから不幸な運命を生ずるのです。

もっとも「考える」ということは心の問題ですから、
家庭の運命 ―― ひいては人間の運命は、
心によって定まるということが出来るのであります。

もっと夫婦は互いに素直に、その思いやり深い愛情を
顔や態度にあらわすようにしなければなりません。

男性は、女性が自分に対して愛情の籠った微笑で見詰めてくれることに
無上の喜びを感ずるのであります。

            <感謝合掌 平成28年5月2日 頓首再拝>
29:伝統 :

2016/05/30 (Mon) 04:39:35


         *「光明法語」(5月30日の法語)より

ある講習会で私は仲の悪い夫婦に
「仲よくすれば好いのである。既に仲が好いと信ずることが必要である。
仲が悪いから仲をよくしましょうと努力するのではいかぬ」と教えた。

ところが其の夫人は「仲よくしよう」と努力した。
しかし夫が自分を愛してくれないように思われるのである。

愛して欲しい、愛して欲しい。
切なる願いがもどかしく自分の心をかきむしる。
イライラする。そのために仲よくなれぬ。

或る日彼女は愛して欲しいと思うよりも「先ず愛しよう」と決心した。
そして彼女は仲よくなれたのである。

            <感謝合掌 平成28年5月30日 頓首再拝>
30:伝統 :

2016/06/04 (Sat) 03:14:28


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(6月4日)」より

心で愛し合っている男女と、愛していないが法律上夫婦であると記載されている男女と
どちらが真実の夫婦であるのかとはよく訊かれるところである。

厨川白村式な「自由恋愛観」の上では、心で愛し合っている男女の方が本当の夫婦であり、
愛し合っていぬ法律上の夫婦などは、形式の夫婦であって、本当の夫婦ではないと思われて
いたけれども、本当は法律上の夫婦こそ本当の夫婦であるのである。

法律上の夫婦を形式的なものと見ているのは、実相を知らぬものである。

宇宙はコトバによって造られている。
法(ほう)は宇宙の大法がその時その処その人における時処相応の相(すがた)において
顕現したのであるから、コトバが肉体としてあらわれたのが法律上の夫婦である。

法律上の夫婦は宇宙意志が定め給うた理念の夫婦の顕われと観るべきものである。
それが本当に好きになれないというのは、神が一対の男性と女性とに創造(つく)り給うた
実相を見ないからである。

本当に神が造り、そして与えたまうた実相の配偶を見るときは、たといその配偶の現象の姿が、
乞食の姿をしていようと、醜い顔をしていようと唯一無ニの「自分の半身」そして
「自分のすべて」であるところの相手を見出すことになるであろう。

そこから油然(ゆうぜん)と本当の夫婦愛が生まれる。
法律に登録されていない夫婦はすみやかに届け出て宇宙の大法が
時処相応にあらわれたる一対になることがよいと思う。

法的な何ものもない単なる好きな相手だということは
五官の快楽の惑わしにかかっていることがあるものである。
だから単に好きな相手だというだけで身をまかせたりしたあとで捨てられる女性は多い。

法的な許しが出たあとでないと、いくら好きな男性でも身を委(まか)すべきではない。

            <感謝合掌 平成28年6月4日 頓首再拝>
31:伝統 :

2016/07/02 (Sat) 04:43:23


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2016年05月12日)より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   結婚には、次の「4つのパターン」があります。

   (1)大恋愛結婚

   (2)恋愛結婚

   (3)お見合い結婚

   (4)いいなずけ婚

   「大恋愛結婚」と、「恋愛結婚」の違いは、周囲の反対があったかどうか、です。

   親、親戚、上司、同僚などから「絶対に、やめたほうがいい」と
   反対があった場合を「大恋愛結婚」、
   反対されずに祝福された場合を「恋愛結婚」といいます。

   では、この4パターンの中で、
   「もっとも離婚率が高い」のは、どのパターンだと思いますか?

   一番離婚率が高いのは「大恋愛結婚」、
   2番目に離婚率が高いのが、「恋愛結婚」、
   3番目が「お見合い結婚」で、
   一番低いのが「いいなずけ婚」です。

   どうも、「自分の好き嫌い」が入れば入るほど、離婚率は高いようです。

   結婚相手は、「自分が、ただひたすら人格を磨くため」に存在しているらしく、
   好きな人と結婚したからといって、幸せになれるわけではありません。

   自分で好きになった人を追いかけて、
   「ついに妻にした」「ついに夫にした」という結婚は、
   「意外に別れやすい」と思ってください。

   自我を通して結婚した場合は、「自分が中心」にあるため、
   自分が相手を嫌いになると離婚につながります。

   反対に、「結婚してください」と言われた人に対して
   「はい、わかりました。私を選んでいただいて、ありがとうございます」と
   手を合わせて感謝した場合は、長続きするようです。

   1000組以上の仲人(なこうど)をして、「1組も離婚をしていない」という方がいます。

   この方は、「どうやって男女を選んで引き合わせているのか」という
   ブライダル雑誌の取材に、次のように答えていたそうです。

   「女性に条件をつける男性も、男性に条件をつける女性も選びません。
   『相手が女性なら誰でもいい』『相手が男性なら誰でもいい』と
   考えている男女だけを引き合わせています」

   この方の発言には、「結婚の本質」が隠れていると私は思います。

   結婚相手が自分に合うか合わないか、ではなく、「自分の問題」だということです。

   条件をつけたり、わがままを言ったりしている人は、
   誰と結婚してもうまくいかないでしょう。

   男性運がないのも、女性運がないのも、運がないからではなく、
   自分が条件を振り回しているからです。

   それは、結婚のみならず、すべての人間関係、すべての社会関係でも同じです。

   「あーだ」「こーだ」と言わないで、
   「私を選んでくれてありがとう」という心で生きていくことができたら、
   親子関係も、夫婦関係も、仕事関係も、ものすごくラクになると思います。

   その人間関係の中で「私を選んでくれて、ありがとう」と言えるようになったら、
   問題が起きることは少なくなるはずです。

         <『ありがとうの神様』ダイヤモンド社>

                ・・・

小林正観さんはこう語る(同書より)。

「『私は誰の世話にもならず、老後もひとりで生きていく』と言った方がおられました。

そういう考え方で生きるのもよいと思いますが、
人間は、生きているかぎりまわりに迷惑をかける存在です。だとしたら、

『自分は無力でたいしたものではないのだから、
人に迷惑をかけながらでしか生きられない』

と思い、まわりのすべてに感謝し、
手を合わせて「ありがとう」と言いながら生きていくほうが、
ずっとラクに生きられるような気がします」


我々は、人に限らず、植物や動物に迷惑をかけながら生きている。

食料として多くの動植物を殺傷し、それを食べているからだ。


自分が迷惑をかけて生きている、
ということを自覚している人のことを謙虚な人、という。

謙虚な人は相手やまわりに、感謝しながら生きている。


「私が」「私が」という「我(が)」が強い人は、
自分中心の「利己の心」で生きている。

「おかげさま」という「下座(げざ)」(下・げ)の心で生きている人には、
「利他(りた)の心」と「感謝の心」がある。


「私を選んでくれてありがとう」という感謝の心で生きていきたい。

            <感謝合掌 平成28年7月2日 頓首再拝>
32:伝統 :

2016/07/08 (Fri) 03:33:10


          *「光明法語」(7月8日)より

ひとたび相手を真に放ってしまった時に、愛は清まって真に法愛たるを得るのである。
キリストは「天国に於いては、彼等は結婚せず、夫婦関係もなく、天の使の如し」と
言っている。これは決して天国では人間が、中性的な人間になる意味ではない。

すべての創造は唯一者の陰陽への分化とその融合によって行なわれるのである。

それはキリストの言った天国の状態は陰陽の結合の否定ではなく、
それは猥雑な肉的関係がないと云う意味に過ぎない。

天国に於ける陰陽の結合は魂に於いて音楽の合奏の如く行なわれる。

            <感謝合掌 平成28年7月8日 頓首再拝>
33:伝統 :

2016/07/22 (Fri) 03:03:57


        *「生きがいの創造 “生まれ変わりの科学”が人生を変える」
              飯田史彦(著)(P173~175)より
    
「生まれ変わり」の諸研究からは、ソウル・メイト同士の切磋琢磨や、
許し合うことを学ぶ必要性が、明らかにされている。

これらの深遠な仕組みを目にするとき、私は、精神分析学の世界的権威である
エーリッヒ・フロムが、著書『愛するということ』(The Art of Loving)において結論づけた、
次の言葉を思い出さずに入られない。

 
「愛とは本質的に、意志に基づいた行為であるべきだ。
自分の全人生を相手の人生に賭けようという、決断の行為であるべきだ。
だれかを愛するというのは、たんなる激しい感情ではない。

それは決意であり、決断であり、約束である。

もしも、愛がたんなる感情にすぎないとすれば、
『あなたを永遠に愛します』という約束には、何の根拠もないことになる。
感情は生まれ、また消えてゆくからだ。


しばしば見受けられるのが、『愛があれば絶対に対立など生じない』という幻想である。
2人の人間の間に生じる真の対立、すなわち内的現実の奥底で体験されるような対立は、
決して破壊的なものではない。

そのような対立は必ず解決され、カタルシスをもたらし、
それによって2人は、より豊かな知識と能力を得ることができる。

そのような経験に基づく愛は、たえ間ない挑戦である。

それは安らぎの場ではなく、活動であり、成長であり、共同作業なのである。


ソウル・メイトたち、なかでも夫婦として何度も生まれ変わりをくり返している相手は、
たがいに切磋琢磨できる最高の相手だからこそ、時には両者の間に、解決すべき
大きな課題を課して生まれてくることもあります。

その時、「こんな問題をかかえているのでは夫婦としてやっていけない」と考えるのではなく、

「課題があるからこそ夫婦であり、いちばんのソウルメイトだからこそ、
力を合わせて乗り切れるのだ」と考えることが大切です。

そして、フロムがいうように、「この人を絶対に愛するという強靭な意志」に支えられた
「共同作業」としての課題解決を心がければ、今回この世に生まれてきた大きな目的を
果たすことができるにちがいありません。

精神分析学にもとづいたフロムの主張は、「生まれ変わり」の研究結果を知ることによって、
さらにその説得力を増し、胸に迫ってくるのです。

            <感謝合掌 平成28年7月22日 頓首再拝>
34:伝統 :

2016/09/22 (Thu) 03:34:18


          *「生活と人間の再建」第6章(P96~98)より

だから結婚というものをたんなる肉体の結合と考えてはならないのである。
それは陰陽にわかれたる人格が「一人格」に完成する所の崇高な行事であり、
結婚後は「一人格」として生活することが要請されるのである。

「肉体の結合」はたんなる「一人格の結合」の影にすぎないのである。
完全なる結婚は、肉欲の満足に主点を置いてはならないのである。

だから肉体だけの結合を欲する結婚がもしあるとすれば、
それはただ肉体の満足であって本当の結婚ということはできないのである。

完全なる結婚は、肉体の満足に主点を置いてはならないのである。
肉体の満足は娼婦に対しても出来るのである。
又少女に対して暴行を加えて致死せしむることもできるのである。

生活に困るから適当な相手を見つけて性の満足と生活の保証を得たいと思うがごときも、
愚劣な結婚であって、真の結婚ではないのである。
かくの如き動機で成立した夫婦が存在するならば、それは真の夫婦ではないのである。

真の夫婦は「ツマ」即ち連なってまったく完体となる所の
人格の完成を目指す所のものでなければならないのである。

即ち男性的な《知性》と女性的な《愛情》の性格とが相補って、
一つの完成したより高き人格にまで完成するものでなければならないのである。

            <感謝合掌 平成28年9月22日 頓首再拝>
35:伝統 :

2016/10/22 (Sat) 04:33:24

もう一度だけ言う、女性の怒りは「ポイント制」しかも永久不滅だ

        *Web:MAG2NEWS(2016.10.19)より

女性と男性の考え方の違いに戸惑う方は多いのではないでしょうか。
特に男性からは「女性の気持ちがわからない」と嘆く声がよく聞こえてきます。

今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では、
女性がなぜ突然怒りを爆発させるのか、そのメカニズムについてわかりやすく解説しています。


《ポイント制だって知らないらしいよ》

さて、本日はポイント制のお話。

男性と女性の考え方の違いをテーマになんどか記事を書いているんですが、
ミョーに男性読者からのウケがいいんですよね。

多分、男性が目にするメディアの中では、「恋愛の駆け引き」みたいな
異様に特殊な状況だけを想定して、男女の違いを書いているのでしょう。

なので、フッツーの日常での男女の違いについて、知識のインストールが出来ませんよね。

マズい状況ですよねえ、それ。
駆け引きが必要なくらいの恋愛の場面って、あっという間に終わっちゃいませんか?
それ以外で相手の考えていることがわからないって、すごーくマズいと思うんですよ。


てなわけで、今回は一番重要な(?)「怒り」についてです。
オトコって、ヘンな地雷を踏んでくれますからね。

女性からすると、日常生活の中でダンナの振る舞いは
「どうしてそんなこともわからないの?」ってカンジです。

察するのが得意な女性は、ごく自然に物事を推測したり相手の気持ちをくみ取ったりできます。
これがあまりに当り前に出来るので、女性はその自覚がないほどですし、
コレが出来ないというのが想像出来ないんですよね。

なので、「ハッキリ言ってくれなきゃわからない」
男性ってすべからく「コイツ、マジ?(@_@;」
くらいに感じてしまうことも多々あります(苦笑)。

で、これが日常生活の中では「ムカチーン!!(`へ´)!」となるわけです。

ははは。ああ、なんだか笑いが乾いちゃうわ。


で、こっからが本題なんですが、こういう日常のイラムカはだんだん心に溜って
…あ、いや、貯まっていきますよね。
あ、男性の読者さんたち、ここひとつめのポイントですよ。

女性の怒りは溜って…貯まっていくんです。
ムカチン来たあと、それが「はーい、ポイント1!」となるんですよ。

怒りポイントとも言うべきカードを女性は全員持っていて、
日々怒りポイントを貯めていっているんです。

そうとは知らずに男性は、ちっこいところでも
カンタンに怒りポイントを貯めてくれるんですよねえ(`∇´)。


そして訪れる恐怖の瞬間。そう、ポイントが貯まった時です。
何が起るかといえば、そう、激怒(`皿´)=3 ですよ。
ポイントが使われたわけですね。

しかも、すでにポイントは完全に貯まっているので、
もうキッカケはなんでもイイんです(笑)。

 ★ ティッシュを置きっぱなしにした
 ★ 洗い方ががちょっと雑だった
 ★ しょう油を取ってと頼んだ
 ★ 洗濯物のたたみ方が違った


男性読者さんたちは、きっと1度や2度心当たりがあると思いますが、
そう、いわゆるあの「地雷ポイントがわからない」現象は、こうして起こるんです。

そのときの行為や言葉が問題だったんじゃないんですよ。
それ以前にポイントが貯まっていたということ、
そしてそれに気づいていなかったことが問題なんです。


さて、そんなポイント制を採用している女性の怒り。
おそらく男性は、できれば怒りポイントなんて貯めてほしくないと思いますよね。なにより

どうしたら貯めずにいられるのか
貯めちゃったとしてどうしたら減らせるのか
が知りたいトコだと思うんです。

大爆発の大ゲンカをすれば、そりゃ怒りポイントはゼロに戻りますが、
それはあまりにキツい。
その凄惨すぎるイベントをパスする方法が知りたいですよね。

そして、多分

  相手の愚痴を聞いてあげる
  なにかプレゼントをする
  食事に誘う
  家事を積極的にやる

こういう行動で怒りポイントを減らすよう努力しているかもしれません。
えーとですねえ、そんなけなげな男性のためにここで衝撃の事実を申し上げましょう。


怒りポイントは、大爆発以外行使不能にして永久不滅

なんです!!( ̄□ ̄;; 怒りポイントは1度貯まったら、行使されない限り、
すなわち大爆発しない限りゼロにはなりません。しかも永久不滅です。

ケンカのときに、女性が数年前数十年前のケンカやムカつく出来事を蒸し返すのも、
怒りポイントが永久不滅だからなんです。

そして、愚痴を聞いてあげるのも、プレゼントをするのも、
食事に誘うのも、家事を積極的にやるのも、怒りポイントを低減させることはなく
「嬉しいポイントが貯まる」だけなんです。

嬉しいポイントってのがあるんですよ、怒りポイントとは別にね。
で、男性の意に反して、嬉しいポイントは怒りポイントと相殺されることはナイんです。

がーん………(=0=;)

そんなバカな。じゃあどうしろって言うんだ…。

みたいな気持ちになりますよね。
そりゃなるよ。

毎日、ちょっとしたすれ違いや諍いがあるのは、どうしようもない。
それなのにそれが行使不能で永久不滅だなんて…。


そう、この結論はあまりにもヒドいので、私はアタマをひねって考えたんですよ。
どうやったら大爆発以外でポイントを低減できるのか? を。
で、ひとつだけ思いつきました。コレならイケるはず!


それは「女子会に行かせること」です。

男性読者さんたちはご存じないと思いますが、
女子会というのはランチと愚痴のことなんですよ(笑)。
特に身の回りの人についての愚痴です。

女性は、ストレスをおしゃべりによって解消するので、
さんざん貯まりまくった怒りポイントも、
たくさんしゃべって聞いてもらうと低減するんです。


え? 「それならボクが聞いてあげるのに」?

…チッチッチッ。ムリムリ。男性じゃダメなんですよ。
そもそも男性と女性では愚痴聞きのスキル差がハンパないんです。
ま、さしずめ「砂場の山と富士山」「月とスッポン」くらいでしょうか(笑)。

しかも怒りポイントを貯めさせた本人に愚痴るって、そりゃ愚痴じゃ済まないですよ。
おそらく小出し爆発になるだけです。

ここはオンナ友達に任せておきましょう。

オンナの怒りは、ポイント制。
これを知らないってこと自体が女性としては驚きなんですけど、
ぜひ、これを覚えて女子会に気持ちよく送り出してやってください。

http://www.mag2.com/p/news/224006/1

            <感謝合掌 平成28年10月22日 頓首再拝>
36:伝統 :

2016/11/19 (Sat) 12:54:40

「いい夫婦の日」直前アンケート! ~ 夫婦円満の秘訣とは?

       *Web:Cross Marketing(2016.11.17)より

(1)約8割が円満夫婦! 夫婦円満の秘訣とは?

  ①「会話をよくする」が63.9%
  ②「食事を一緒にする」が44.5%、
  ③「お互い一人になる時間や空間を作る」が37.7%


(2)「いい夫婦の日」認知度は高いがお祝いは特になし。


(3)約3割の夫婦に離婚危機の歴史あり。


(4)結婚相手は「人生という旅を共にする同士」。


   (https://www.cross-m.co.jp/cromegane/hu20161117/ )

            <感謝合掌 平成28年11月19日 頓首再拝>
37:伝統 :

2016/11/20 (Sun) 03:02:29


        *『いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー 2016』より


☆ 宇崎竜童・阿木燿子ご夫妻 (結婚45年目)

☆ 杉浦太陽・辻希美ご夫妻  (結婚10年目)

            (http://www.fufu1122.com/poy/


《夫婦円満の秘訣》

【 宇崎竜童・阿木燿子ご夫妻 】 

 ☆ よくお互いが話す。(宇崎竜童・阿木燿子)

 ☆ 尊敬すること、尊敬されること。(宇崎竜童)

 ☆ 相手に、自分自身に飽きないこと。
   いつも今日初めて会う人のように思えたらと願っています。(阿木燿子)


【 杉浦太陽・辻希美ご夫妻 】

 ☆ 互いに思いやる事ではないでしょうか。
   そして、感謝「ありがとう」を忘れないこと。(杉浦太陽)

 ☆ 思いやり・スキンシップ(辻希美)


<参考:歴代のパートナー・オブ・ザ・イヤー
    → http://www.fufu1122.com/poy/backnumber.html >

            <感謝合掌 平成28年11月20日 頓首再拝>
38:伝統 :

2016/11/21 (Mon) 03:36:02

いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー 2016
【理想の夫婦】宇崎竜童・阿木燿子ご夫妻コメント


Q1.プロポーズの言葉を教えてください。

<宇崎さん>あなたは私とけっこんすることになっています。

<阿木さん>18歳で知り合った直後からあなたは僕のお嫁さんになる、
      と冗談めかしてではありますが、そう言っていました。


Q2.お互いの好きなところを教えてください。

<宇崎さん>何事にも真剣に取り組み手を抜かず真っ直ぐに潔く生きる。

<阿木さん>明るくめげない性格。基本的に善人であり、優しいところ。


Q3.お互いにここは直してほしいというところがあれば、教えてください。

<宇崎さん>何ひとつありません。

<阿木さん>日常をもっとピシッとして欲しい。時間を無駄なく使って。


Q4. 結婚45年を迎えた感想を教えて下さい。

<宇崎さん>良く半人前の私を支えてくれました。

<阿木さん>あっという間の45年間でした。
      いろいろなことがありましたが二人で力を合わせて
      ここまできたなという感じです。


Q5思い出に残るご夫婦のエピソードをひとつお教えください。

<宇崎さん>猫を飼うようになってからパパ、ママと呼び合うようになった。

<阿木さん>「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」がヒットしたこと。
      主人がバンドを作ったこと。私達が作曲、作詞家になったこと。


Q6. 45周年の記念日にはどんな時間をお過ごしになる予定ですか?

<宇崎さん>美味しい料理でも食べに行きますかー!!いつもは忘れてしまいます。

<阿木さん>結婚記念日に何か特別なことをする習慣がないので今年もいつものように、
      お互い仕事をしているかも。


Q7.夫婦円満の秘訣を教えてください。

<宇崎さん>尊敬すること、尊敬されること。

<阿木さん>相手に、自分自身に飽きないこと。
      いつも今日初めて会う人のように思えたらと願っています。


Q8. 生まれ変わったらお二人はまた結婚しますか?

<宇崎さん>勿論です。でももう生まれ変わりません

<阿木さん>はい。お互いに魂として成長した後に再会したいです。

  (http://news.biglobe.ne.jp/economy/1114/prt_161114_7065680031.html

            <感謝合掌 平成28年11月21日 頓首再拝>
39:伝統 :

2016/11/22 (Tue) 03:05:55

今日11月22日は、「いい夫婦の日」。

「いい夫婦 川柳コンテスト 2016」としては、以下の発表がされております。


大 賞 「どこからか 食事時には 来るあなた」


企業賞 「嬉しさを 二倍味わう ペアグラス」( テーマ:乾杯)

    「年輪が よく似た顔に 作り上げ」( テーマ:相性)

    「子が帰省 張り切る妻と 炊飯器」 (テーマ:ごはん)


優秀賞 「玄米のような夫婦になりました」

    「夫婦の日 いいお天気と 窓を開け」

    「いい夫婦パパと私のことかしら」

    「アツアツが程よく冷めてホカホカに」

    「御神籤を 妻に内緒で 三度引き」


佳作  「感謝して どんどん育つ 夫婦仲」

    「人生で 一番長く 見たい顔」

    「君の名を 綺麗に呼ぼう 夫婦の日」



   (http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000072.000001589.html


・・・


<参考「いい夫婦 川柳コンテスト 2015」>


大 賞 「私には 今のあなたが ちょうどいい」


企業賞 「満点を 求めぬ夫婦 仲が好い」( テーマ:いい夫婦の条件)

    「乾杯の 笑みも涙も 知るグラス」 (テーマ:乾杯)

    「午後3時 わが家の小さな 喫茶店」 (テーマ:ちょっと贅沢)

    「君がいる だけで美味しくなる ご飯」(テーマ:ごはん)


優秀賞 「お互いに 貸し借りがある いい夫婦」

    「心まで すっぴんでいる 妻が好き」

    「勝つよりも 負ける力の いい夫婦」

    「秘訣など ないが毎日 ウフフフフ」

    「長生きを 競い合ってる 今朝もまた」


         ・・・

<参考「いい夫婦 川柳コンテスト 2014」>

大 賞 「いい親で あるより先に いい夫婦」


企業賞 「満天の 星を味方に プロポーズ」

    「スカイブで 単身赴任の キミと呑み」

    「ベランダに コーヒー香る アンの朝」


優秀賞 「いざという 時は夫が 前に出る」

    「日常が 流れるごとく 老夫婦」

    「ごろ寝する 夫に添い寝 しようかな」

    「空気ほど 軽くないわと 笑う妻」


            <感謝合掌 平成28年11月22日 頓首再拝>
40:伝統 :

2016/12/24 (Sat) 03:50:01


           *「光明法語」(12月24日)より

ネクタイを結ぶにも左は中心であり、右はその中心に従って巻くのである。
かくて美しきネクタイの結び目はつくられる。

左は良人であり、右は妻である。

箒で掃くにも、擂鉢をすりこ木で摩するのも、左手は上にありて中心を保つ。
右手はその中心に従って動くのである。

太陽系統では、大なる陽(太陽)を中心としてすべての遊星は動く、
遊星は自ら光を放たず陰である。

物質の原子も、中央に陽電気エネルギーの原子核あり、
その周囲を陰電子はめぐるのである。

            <感謝合掌 平成28年12月24日 頓首再拝>
41:伝統 :

2017/01/08 (Sun) 04:10:14


         *メルマガ「人の心に灯をともす(2016年12月05日)」より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   どうやら、人間の愛情というのは、結婚してから「3年」でなくなるらしい。

   結婚して20年、30年続いている夫婦がいますが、
   この人たちがどうして長く続いているのかというと、結婚してから3年の間に、
   「愛情以外の別の概念」をつくり上げることができたからです。


   愛情を永遠のものだと勘違いして、その愛情だけに寄りかかっていると、
   結婚生活は破綻をきたすらしい。

   「いつまでもこの人を愛し続けよう」と思っても、
   「いつまでもこの人から愛され続けるだろう」と信じていても、
   生物学的に見ると、愛情は、「結婚後、3年で終わってしまう」ようです。


   結婚すると、普通は「ゴールイン」といわれますが、
   じつは結婚した瞬間から、「3年間の執行猶予(しっこうゆうよ)」がはじまります。

   この執行猶予中に、「愛情以上の価値観=尊敬」を
   つくり上げることが「結婚生活」のようです。

   では、どうすれば相手を尊敬できるようになるのでしょうか。

   それは「常に相手のよい面を見つけること」です。

   目の前の夫、目の前の妻を、自分の思い通りにつくり変えようとするのではなくて、
   「相手はこういう個性があって、自分とは違うものを持っているんだ」と、
   丸ごと全部受け入れる(感謝する)。

   そして、相手のすばらしいところ、社会のよいところ、宇宙の楽しさを、
   自分の中で見出す訓練ができるようになると、あれこれと批判、論評をしなくなり、
   お互いを認め合うことができるようになります。


   同じ言葉を他人から言われたときは、怒らないで踏み止まることができるのに、
   同じ言葉を妻(夫)から言われると、すぐに腹を立てる夫(妻)がいます。

   外では踏み止まれるのに、家では踏み止まれない
   (正確に言うと「踏み止まらない」)のは、「幼児性」があるからです。


   結婚は、何のために存在するのか。

   じつは「幼児性を克服するため」に存在しているようです。

   家庭というものは、自分の思いを通す場所でも、甘える場所でも、
   ストレスを発散させる場所でもありません。

   家庭は「幼児性を削って大人になる作業をする場所」として
   存在しているらしいのです。

   結婚をして、わがままが言える相手ができた状態になったとき、
   いかに踏み止まって相手を受け入れるか。

   それを問われているのが「結婚の本質」のようです。

          <『ありがとうの奇跡』ダイヤモンド社>

             ・・・

美輪明宏氏の素敵な言葉がある。

「いつまでも子供でいたい…
無邪気な男は楽しくて魅力的。

でもいずれ困る時がくる。
腹をくくってきっぱりと、自分の幼児性を捨てなければいけない時が来る」


幼児性が強い人は…

自分本位で、人を平気で傷つけたりする人。

言葉尻をとらえて、延々と相手を責め続けたりする人。

誰かが後始末して(片づけて)くれるだろうと、平気で汚したまま行ってしまう人。

感情のままに怒鳴り散らしたりする人。

いつも上から目線の人。

いばっている人。


「家庭とは、幼児性を削って大人になる作業をする場所」

これは、家庭だけでなく、学校、職場等、すべての人間関係でいえること。

幼児性を捨て、成熟した大人になりたい。

            <感謝合掌 平成29年1月8日 頓首再拝>
42:伝統 :

2017/01/24 (Tue) 04:45:56

いつも○○を言っている夫婦は、6年以内に離婚する

       *Web:ダイヤモンド・オンライン(2016/12/16(金))より


《「コレ」だけ守れば、仲良くいられる》

結婚をすれば、必ずケンカをします。

相容れない対立があるとき、あなたとパートナーはどうしますか? 

(1)穏やかに妥協し合う。

(2)派手にケンカして仲直りする。

(3)価値観の違いにほとんど向き合わない。

じつは、3タイプのいずれであっても、幸福で安定した夫婦関係を築くことができます。

ただし、重要な条件がひとつあります。

結婚研究家のジョン・ゴットマンが言うには、
結婚生活においてポジティブな交流(触れ合い、笑顔、ほめ言葉など)を、
ネガティブな交流よりも多く持つことです。


さあ、さかのぼって考えてみて。

ゴットマンは、35年の研究を集約すると、
「幸福な結婚生活を送るカップル」には次の特徴があると言います。

(1)仲の良い友人のように振る舞う。

(2)対立したときに、穏やかにポジティブに対処する。

(3)口論のネガティブなやりとりを後から修復する。

(4)ネガティブな感情を完全燃焼させる。


《こんな夫婦は、平均6年以内に離婚する》

逆に、以下の4つの言動を日常的にくり返すカップルは、
平均5.5年以内に離婚することがわかっています。

(1)批判

   パートナーの欠点について、不満を述べる。
   「あなたはいつも散らかして、私に片付けさせるのね。
   どうしてそんなにだらしないの? 」

   (改善例:「一緒にお皿洗いをしてくれたら嬉しいな」)

(2)軽蔑

   相手がまったくのダメ人間であるような、見下した言い方をする。

   「ダメよ、そんなやり方! 」

(3)防御

   責任を否定する
   (「私だったら、そんなことしないけれど……」
   「あなたがそんなことをしなければ……」)。

   コントロールできない状況を非難する。

   責められるとパートナーの不満を受け止めずに即座に自己弁護をする
   (「あなただって完璧な人間じゃないでしょ」)。

(4)妨害

   聞いていることを示す合図(うなずく、「うん、うん」「それで? 」などの相づち)
   をせずに、石のように黙っている。


ジョン・ゴットマンいわく、
「(結婚の達人は)自己弁護したり傷ついたりする代わりに、
ケンカの最中にも愛情や相手への強い関心、敬意をさりげなく示します」。

対立を避けるのではなく、上手に扱うことが、円満な結婚生活につながります。
これは、子どもとの関係にも同じことが言えます。

 (この原稿は書籍『いまの科学で「絶対にいい! 」と断言できる最高の子育てベスト55』
から抜粋して掲載しています)

http://diamond.jp/articles/-/109986

            <感謝合掌 平成29年1月24日 頓首再拝>
43:伝統 :

2017/02/11 (Sat) 04:33:15


       *Web:【しあわせ心理学】パンダの温度 より


『悪人夫婦』は、夫婦仲が良い

あなたも、このような夫婦喧嘩を見かけた経験があるかと思います。


そんなとき、いつもこう思うんです。

「悪人夫婦になれば、喧嘩しなくても済むのに・・・」



悪人夫婦??


意味がわからないですよね。


悪人夫婦とは・・・

「俺が悪い」「私が悪い」と言いあう夫婦です。



たとえば…

妻:「あー! ごめん! 割っちゃったー。大切な茶碗だよね? 」

ラッキー:「うん・・・。でも自分で片付けなかった僕が悪いんだよ」


妻:「違う違う!無理してたくさん運ぼうとしたから・・・。私が悪い。ごめん・・・」

ラッキー:「いやいや、僕が悪いよ!食事の後片付けすらできなくてホントごめんよ! 」

妻:「ううん。疲れてるんだからいいのよ! 」

と、このように、

二人ともが、「自分が悪い」と主張する悪人なんです。



なんでもかんでも自分が悪い、

そんな夫婦が、悪人夫婦。



(会話はまだ続きます)

妻:「この茶碗、高かったんでしょ? 」

ラッキー:「うん、でもいいんだよ!次は二つ買えるように、仕事ガンバルるからさ!! 」


妻:「いいわね! めおと茶碗ね! 」

と、会話は進み・・・

その夜は、・・・





善人夫婦は喧嘩ばかり


逆に、善人夫婦の場合は…

妻:「あー! 割れちゃったー! 」

夫:「バカ! 大切な茶碗だろ! なんでもっと慎重に扱わないんだよ! 」



妻:「手が滑ったんだって! そんなに言うなら、あんたが片付ければ! 」

夫:「後片付けは妻の仕事だろ! 俺は会社で働いてるんだ!」


妻:「わたしだって働いてるじゃない!あんた最低ね! 」

夫:「出てけ!! 」

妻:「おまえが出てけ!! 」


これが、善人夫婦。

二人ともが、「自分は悪くない」と主張する善人なのです。





何か悪い事が起きようとも・・・

悪人夫婦ならば、災い転じて福となすことができる!


逆に・・・

善人夫婦には、何ひとつ良いことは起きない。

ちょっとした出来事ですら、大喧嘩へと発展してしまいます。

そして愛も冷めていく。

            <感謝合掌 平成29年2月11日 頓首再拝>
44:伝統 :

2017/03/03 (Fri) 04:41:46

今日3月3日は「耳の日」です。

「耳の日」は、難聴と言語障害をもつ人びとの悩みを少しでも解決したいという、
社会福祉への願いから始められたもので、日本耳鼻咽喉科学会の提案により、
昭和31年に制定されました。


「耳の日」に関連し、いい夫婦の紹介です。

         *Web:NHK福祉ポ-タル・ハートネット(2014年11月06日)より

ブレイクスルー
File.18 見えず聞こえずとも・・・
 ~ 梅木好彦(65)さんと妻の久代さん(64)(年齢は、放送当時、2014年11月10日)

   → http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2014-11/10.html

《収録後のインタビュー》

――どのようなことを伝えたいと思いながら今回ご出演されたのですか。

(久代)「盲ろう」という障害のことを理解してほしいということです。
    盲ろう者は全国に2万人いて、支援を必要としているので、
    支援の輪をもっと広げて生活向上のために協力をお願いしたいな
    ということを話したかったんですけど、
    スタジオでは言えずに終わってしまいました(笑)。

(好彦)人間として大切なこと、「神様に愛されている」ということを伝えたかったです。
    自分や相手だけじゃなくて神様からも愛されているということを
    たくさんの人に知ってほしい。
    それを自分の人生を通じて伝えていきたいという夢があるので、
    お話できてよかったです。


――お二人が幸せを感じるのはどのようなときですか。

(久代)見えなくても聞こえなくても、側に主人がいて、
    いろいろと協力してもらっているということが幸せです。
    ひとりでは何もできないけど、主人がいれば安心して暮らせる。
    そういう人がいないと私はなかなか難しい。
    目の代わり、耳の代わりになってくれる主人がいてくれて幸せです。

(好彦)よく男性と女性は半分半分で、合わせてやっとひとつになると言われますが、
    本当にそうだなと思っています。
    妻とは性格が正反対で、自分にないものを持っていて、二人合わせて一人前。
    そう感じるときは幸せですね。


――これからの夫婦としての展望を聞かせてください。

(久代)人間いつ死ぬかわからないから将来のことはあまり考えないで、
    お互いに話したいことを話す時間を作って、二人三脚で歩んでいきたい。
    そういう時間をもっと作ることが必要かなと思います。
    聞いて、話し合う、ゆったりとした生活をしていきたいです。

(好彦)私は昔、宮崎県でおじいさんとおばあさんと三人で暮らしていたんですけど、
    おじいさんは気の短い人で、おばあさんは気の強い人で、
    若い時はすごくケンカが多かったそうなんです。

    そんな二人が歳をとって、お互いに力の足りないところを
    助け合って暮らしている姿が、すごくいいなと思ったんですね。
    ですから、そういう助け合う夫婦になっていけたらいいなと思います。

(久代)いろいろな夫婦がいるので、自分たちの夫婦のかたちを作っていく。
    人の夫婦が羨ましいと思ったら、そうはなれないよ。

(好彦)ということです。わかりました。

      (http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/2800/202178.html

            <感謝合掌 平成29年3月3日 頓首再拝>
45:伝統 :

2017/03/09 (Thu) 03:56:10


           *「光明法語」(3月9日)より

欠点を見つけるのはその人を真に愛していないからである。
愛は欠点を見ないでその奥にある神性を観、実相を観る。
愛するほど強力なものはないのである。

私が宇部の講習会をしたときに夫婦仲の悪い婦人に
「仲をよくしたら好い」「既に仲好いと思えば好い」と話した。
それは智慧の働きである。

ところが吉田國太郎講師が光明講座のときに
「仲が悪いのは愛しないからである。愛すれば仲がよくなるのである」と話した。
その婦人は良人を愛し始めて幸福になったと云うのである。

            <感謝合掌 平成29年3月9日 頓首再拝>
46:伝統 :

2017/03/10 (Fri) 04:10:36


           *「光明法語」(3月10日)より

其の婦人は今まで「仲好くしよう」と努力したけれども仲好くなれなかった。
それは意志の努力であった。

彼女は「仲悪し」を心の中に思い浮かべて、
「仲好くなろう」と努力したから仲好くなれなかったのである。

また「愛されたい」と求める心でいるばかりで、
積極的に愛しようと努力しなかったから仲好くなれなかったのである。

愛せよ、与えよ、与えるのが愛である。
無条件に与えよ。無条件に与え切るとき、自分が愛されるようになるのである。
愛とは与えることである。放つことである。

            <感謝合掌 平成29年3月10日 頓首再拝>
47:伝統 :

2017/03/12 (Sun) 04:36:06


           *「光明法語」(3月12日)より

その婦人が、良人から「愛されたい」と願ったのは、
既にその婦人が良人を愛していた証拠である。
人は愛していない相手から愛されようなどとは思わぬ。

かりにらい病患者があってそれが醜くて到底こちらが彼を愛し得ぬ場合、
吾々はそのらい病患者から愛されてつきまとわれたら恐らく迷惑を感ずるばかりだろう。
すなわち、こちらが愛していない相手からは愛されたくないからである。

彼から愛されたいと思うのは既に自分が彼を愛しているからである。
「自分は彼を愛している」と気がつく事が第一である。

            <感謝合掌 平成29年3月12日 頓首再拝>
48:伝統 :

2017/04/02 (Sun) 03:36:32


          *メルマガ「人の心に灯をともす(2015年06月01日)より抜粋

結婚五十周年を祝う盛大な金婚式の席のスピーチで、
イギリスの名宰相と言われたチャーチルは、夫人に向かってこう言った。

『この五十年間には辛いことが山ほどあった。失ったものも多かった。
悲しいことも、楽しかったことも、嬉しかったこともあった。
時にはあなたと別れようと思ったこともあった。

時には他の女性にうつつを抜かし、あなたを裏切ってしまったこともあった。
そうして五十年が過ぎ去って、私たちにはあといくらも時間が残されていない。

しかし、もし神さまが私たちに生まれ変わるチャンスを与えてくれるなら、
私はもう一度あなたにプロポーズするだろう。
そのときあなたは私のプロポーズを受けてくれるかい?』


奥さんは顔を赤らめながら、
『その申し出、喜んで受けます』と」(感奮語録・行徳哲男)より


究極の幸せは、「あたなと一緒にいることができて幸せ」と言ってもらえること。

もう一度生まれ変わっても、あなたと一緒にいたい、と言ってくれる人がいること。


            <感謝合掌 平成29年4月2日 頓首再拝>
49:伝統 :

2017/04/22 (Sat) 04:08:58


        *Web:MAG2NEWS(ライフ2017.04.10)より

《我が家のトラブル》

さて、本日はホントはアヤシくないアヤシイお話。

季節の変わり目には、体調が崩れたりしませんか?
私は体調には来ないんですが、気分には来る(ー_ー)んですよね。
要するに、なんでか分からないけどイライラむかむかションボリするんです。

家庭生活が平穏に過ぎていくことは、人生の幸せの大部分を占めていると思います。
いらいらムカムカした家庭では寛げませんからね。

そのために、掃除をテキパキ終わらせたり、
気分をリフレッシュしたりするわけですよね。

ところが、そんな努力を虚しくしてくれちゃうことが起こるんです。

子供が熱を出した!

納期が前倒しになって大幅残業!

電車が遅れてお迎え時間に間に合わない!

義理両親から趣味じゃないモノが贈られてきた!

天気予報がハズレて洗濯物が台無し!

こんなふうにソトからやってくることは自分ではコントロールできませんからねえ。
しかも、ソトからのトラブル以外に気を付けたいのが月齢です。
昨年の年末頃に月齢カレンダーもあったほうがいいよっていう記事をアップしましたが、
それはこういう理由もあったんです。


ちなみに我が家。
私がメモ魔なので、いろいろな出来事や名前、場所など記録しておくんですね。
その中にはもちろん家族のイベントや誕生日、ケンカなども含まれています。

で、あるとき、ふと思いついて調べてみると、
なんと家族のケンカやもめ事はほとんど百発百中で
満月か新月の前後1日以内に起こっているんです。

もちろん満月や新月にいつもケンカしているわけじゃなく、
何事もなく過ぎるときもありますし、全く関係のないときもあります。

つまり満月や新月だからとって揉め事があるわけじゃないんですが、
揉め事が起こるときは大体満月か新月なんですよ。

月は感情に影響を及ぼすといいますが、
我が家では全くそのとーりな結果になっているんです。

そんなことが重なって、我が家では、満月と新月のころにはお互い感情が激しやすく、
心にもないことを口走りがちだということを理解し、十分気を付けるようになりました。

せっかく家庭でハッピーで豊かな気分を味わいたいのに、
月のせいで努力をフイにしてしまいたくないですからね。
おかげで最近、この時期でのトラブルが減ってきたように思います。


ちなみにもっと積極的に行動するなら

(1)新月には新しいことを始めてみる。
(2)満月には断捨離やデトックスをしてみる・

などがいいんです。

新月には新しい料理のレシピに挑戦してみたり、
逆に満月にはダイエットや不要品の片付けをするなど。
そこまでできれば月と上手く付き合えるようになったということでしょう。

我が家は、まだまだですけどねえ。えへへ。

ちなみに先日、ムッショ~にムカつきました。
しかもそれがなんでだか解らない!! んです。
事情の分からない家族はみんなでオロオロ。

まあ、私も解らなかったんだけども。
主婦の感情の波は、家庭内にモロに波及するからねえ。

ごめんなさいねえ。

で、ふとカレンダーに目をやると、そこには燦然と輝く満月のマークが!!!
いや~、笑い話じゃないんですよ。実話です。

感情に影響を与える月。

家族のトラブルや夫婦げんかを振り返ってみてください。
家庭の平穏に大きな影響を与えている月の力を感じる結果に
なっているかもしれませんよ。

   (http://www.mag2.com/p/news/245739 )

            <感謝合掌 平成29年4月22日 頓首再拝>
50:伝統 :

2017/05/12 (Fri) 03:58:51


        *『 生長の家 』(昭和25年12月9日の法語)より

   妻は良人に絶対無我にして
   良人と一体にならなければならないのである。

   良人が定めたことを無断で変更してはならない。
   良人の想いを大切にしなければならないのである。

   庭の一木一草でも植えたものは大切にしなければならない。
   それを植えかえるときには許可を得なければならない。

   戦争中も食糧不足中に庭を開墾して畑にして
   良人に喜んで貰(もら)うつもりで
   庭の土をくつがえしたところ、

   其処(そこ)には良人が毎日仕事から帰って来て、
   それを見るのを楽しみにしていた一本の雑草があったのである。

   良人は今日帰って来て見ると、
   その雑草が無慚(むざん)にもなくなっていた。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12295392.html

            <感謝合掌 平成29年5月12日 頓首再拝>

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